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「想い託す可能性へ 〜 じゅうさん 〜」

月夜 (2007-06-28 02:47/2008-03-09 02:20)
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 ※男女の絡みはありませんが、表現に性的なモノが含まれますので十五禁としています。また、表現的にインモラルなのかもしれませんので”イ”表示を付けています。読まれる方はご注意下さい。


   想い託す可能性へ 〜 じゅうさん 〜


 突発的な事が起こっても、サクヤヒメの日課はその時間帯に掛からない限り変わる事が無い。彼女は、眠りに就かせていた表層意識を朝の五時には覚醒させていた。

 彼女は、必ずしも眠りが必要ということはなかった。興味がある事が起これば、夜通し起きていることすらあるくらいだ。なので人間の生活サイクルに合わせて、その時その時の気分しだいで表層意識を眠らせたり覚醒させたりしている。

 この点、人間から現人神となったおキヌちゃんはこうはいかない。どうしても人間としての習慣が残り、眠りは必要となってしまう。

 おキヌちゃんがサクヤヒメの様に眠りを自在にコントロール出来るまでには、約百年ばかりの時間が必要だ。それでもおキヌちゃんは、サクヤヒメの歴史を体験した分、必要な時間は短い方ではあるけれども。


 パチっと目をあけて身体を起こしたサクヤヒメは、周りに寝ている来客を見渡してクスっと微笑むと、ある場所に向かって転移した。

 そこは人間には誰一人として知られてはいない、富士山の地底深くを流れ落ちる滝。

 周りをヒカリゴケの淡い光に照らされているその滝は、雪解けの水が地下のマグマ溜りの傍を通り温められ、滝の所まで水位が上がって流れているようだ。

 滝の高さは五メートルくらいあり、ヒカリゴケの光を受けて煌めきながら滔々(とうとう)と流れ続けている。

 滝から流れ落ちた温かいお湯の流れる先には広大な空間を持つ地底湖があり、瀞々(とろとろ)と奥の暗闇に流れていた。

 その広大な空間を支えるように、三十人ほどの大人が両手を広げて囲めるくらいの太さの柱が数十本もある景色は壮観の一語に尽きた。

 滝の落下地点には底の深い滝つぼがあり、そこからもうもうと靄(もや)がたちこめている。どうやらこの地底湖全体が、天然の温泉になっているらしい。

 その滝つぼから三メートルほど右にズレた所に細く白糸の様な滝が幾筋も出来ていて、飛沫(しぶき)がキラキラとヒカリゴケの光を反射していた。

 その白糸の滝の落下地点には、水面すれすれに隠れた平らな岩が鎮座していた。そこから更に二メートルほど離れた岩場に、サクヤヒメは姿を現した。


 シュルリ  シュル


 淡い光に照らされた空間に、衣擦れの音が吸い込まれていく。

 向こう側が薄く透けて見える衣服。千早と呼ばれる上衣を脱いで傍らの岩に掛けると、腰の後ろで結んでいた腰帯を解(ほど)いてシュルシュルと落としていく。

 帯を全て取ると、手元にくるくると巻いて千早を掛けた岩のくぼみに置いた。

 帯を取ったことで肌蹴た小袖(こそで)の袖から腕を抜いて、また岩に掛ける。彼女が着ていた小袖は、袴の中に入れるタイプでは無いようだ。

 次に緋袴を止めている細い朱色の紐を解き袴を下ろして透けるように白い足を抜くと、サクヤヒメは白い肌襦袢のみの姿になった。

 肌襦袢の下には何も着けていないらしく、重たげな二つの丸みの谷間が目に眩しい。

 辺りはもうもうと滝つぼからたちこめる湯気によって濡れているが、サクヤヒメが結界を張ってあるのか衣服を掛けている岩は一つも濡れてはおらず、視界も妨げられることは無かった。

 緋袴と細い結い紐を衣服が掛けてある岩の空いた所に掛けると、彼女はヒタヒタと裸足で白糸の滝へと向かう。

 サクヤヒメは、おもむろに虚空から彼女が持っているオリジナルの神鏡を出現させて、滝の対面の空中に浮かべる。

 次にその宙に浮かべた神鏡に一筋の神気を当てた後、水面に隠れた平らな岩に正座をして滝に当たり水垢離を始めた。

 神気を当てられた神鏡は、宙の一点でくるくると回転しながら地底湖全体を祓う霊力を迸らせているようだ。

 今日は日課の水垢離以外に、三ヶ月に一度の大掛かりな儀式がある。その為にも念入りに穢れを濯ぐサクヤヒメだった。

 温かい水がサクヤヒメの肩や頭に当たると飛沫となって彼女を濡らし、濡れ羽色をした腰まで届く長い黒髪を更に濡らして光沢を出し、艶(なま)めかしさを増していく。

 更に滝の水は、白い肌襦袢をサクヤヒメの肌に水分を含んでピッタリと張り付かせて見事な肢体の輪郭を浮き立たせ、薄い生地に隠されていた彼女の豊かな双乳やその頂をを淡い光の中へと曝す。

 しばらく滝に打たれながら祓(はらえ)の祝詞を唱えていたサクヤヒメは、先ほど神鏡に当てた神気が地底湖の隅々まで広がって完全に穢れを祓ってしまったのを感じると、三ヶ月に一度の朝の神事で一番大変な大地の慰撫を始める為に瞬時に精神を集中する。


 (んむっ!)


 自らの意識を水脈を伝って富士山と一体と為し、富士山から伸びる地脈・霊脈に自らの神気を流し込んで用意を整えたサクヤヒメは、神鏡に視線を集中させて大祓の祝詞(おおはらえののりと)を基にした地祓の祝詞(じはらいののりと)を唱え始めた。

 地祓の祝詞によって富士山周辺の穢れを祓い、神鏡を通して各地に連なる浅間神社周辺を祓い、地脈・霊脈を伝って日ノ本に根ざす草木や生命に溜まっている澱を浄化して、ささやかな活力を与える準備をしていく。

 地祓の祝詞を終えたサクヤヒメは、更に精神の集中の度合いを増す。大地の慰撫はここからが本番だ。なぜなら日本全国のミシャクジの男神と男神を祀る山々から穢れを祓った揺り返しが来るからだ。

 この揺り返しとは、地祓の祝詞で祓い集めた陰気を指す。その他にも大地が溜め込んでいる過剰な地殻エネルギー等をも大地の精霊に働きかけて陰気へと変換し、引き寄せる意味も持っている。

 穢れを祓って集まった揺り返しの陰気が来るまでの間、集中力を高めながらサクヤヒメは人間達の未来を憂う。

 明治の初めまではこの大地の慰撫を行う回数は年一回で良かった。各地で人々に祀られていた神々がその神威を以って護り、日ノ本全体に溜まる陰気も少なかったのだから。

 しかし産業が発達し人間達の生産技術が向上するにつれて人々から精神的な余裕が失われ、物欲に囚われる人間が増えていくにつれて段々と回数が増え、高度成長期を境に現在では年四回になっている事に彼女は心を痛める。


 (ふぅ、嘆いても仕方ありません。今までの私では、日ノ本に溜まる澱を浄化する事しか出来ませでしたし。でも、今日からは……っと、来ましたか。さて、ここからが大変ですね。各山々の殿方は節度ある方が多いのですけど、一部のミシャクジの男神や悪神はあまり遠慮というものが無いですし)


 ほとんどのミシャクジは男神であるし、山々に祀られているのも男神の割合が大半を占める。中には女神もいるにはいるが、永い男尊女卑の風習で圧倒的に男神が多い。

 滝に打たれるサクヤヒメの眼前に、揺り返しの陰気と少しばかりの陽気が混ざり合ったモノが次々と日本全国から集まってある形を成していく。

 それらはなんと陽根の形を取って、空間を埋め尽くす勢いで無数に増えていくではないか!

 中には秘女巫女(ひめみこ)の女神達も来ているが、それは彼女らがサクヤヒメの負担を少しでも減らす為と、大地の慰撫で発生する陽の霊力を取り込んで格を上げる為であるようだ。

 ちなみに秘女巫女の女神と表記しているが、彼女達は流れの歩き巫女が村々に落ち着き、のちに神格化された者達で性神としての側面が強いので便宜上そう表記している。


 「サクヤ様。今日は一段と輝いて見えますが、何か嬉しい事でもありましたか?」


 秘女巫女の女神の一柱が、サクヤヒメの傍までやってくると尋ねてきた。

 いつもは憂いを帯びているサクヤヒメの表情が、今日は晴れやかなのだから不思議に思ったのだろう。

 彼女の霊力は、この場にやってきた秘女巫女の女神達の中でも群を抜いて高い。

 それもそのはず。彼女は人間だった頃、江戸の中期始め頃の元吉原で高尾太夫と云われた花魁だった。それも代々の高尾太夫の中でも一番聡明と落語の噺にも登場する紺屋職人へと嫁いだ人物であり、日本古来より伝わる芸能の世界で、とりわけ女性に人気のある女神なのだから。

 蛇足ではあるが、彼女を祀っている元吉原の流れを汲むある大人のお風呂屋さんでは、彼女自らが実技指導をしていて政財界を中心に今も繁盛しているそうな。


 「ええ。この場にいる一部の殿方達には、残念なお知らせではありますけどね」


 そう言って、尋ねてきた秘女巫女の女神の頭目に微笑むサクヤヒメ。


 「この場の殿方に残念なことですか? もしかして、大地の慰撫を止められるのですか?」


 サクヤヒメの言葉に女神は表情を曇らせる。

 大地の慰撫が無くなると自分達の霊力の向上や維持が難しくなる事は言うに及ばず、各地の山々の男神が暴れるかもしれないからだ。

 それは日本全国の火山活動が激しくなる事を意味し、それに伴って人々の間に不安が広がり世情が悪くなっていくのを意味する。


 「大地の慰撫は形を変えて残るでしょう。貴女を始めとする秘女巫女の女神達には嬉しい事かもしれませんよ? 今まで私を手に入れようと考えていた殿方達には残念な事になるだけですから」

 「まさかっ! 半神が戻られたのですか!」


 サクヤヒメの楽しげな言葉に、秘女巫女の女神達の頭目は驚いて声を大きくしてしまった。

 陽根の形で実際にこの場に“半分又は大半の霊力”をつぎ込んで“来ていた”サクヤヒメ達が忌避する男神達は、サクヤヒメの傍にいる秘女巫女の女神の言葉に震えだす。

 彼らの間では、かの半神がサクヤヒメに手を出してきた相手に対してどういった報いを与えていたか、伝わっているのだろう。


 『お…終わりだ……』

 『う…うぉおお〜〜。俺は、俺はあんな目に会いたくねぇーー!!』

 『き…き…筋肉がぁ〜、迫ってくるぅ〜〜!』

 『う…うぅ……ナニへの串刺しは、い…イヤだぁ!』

 『もう勃起(た)たなくなるんだ……。う…うわぁぁああー、根の国の女だけに勃起するのは嫌だぁー!』


 本当にどんな報いを与えてきたのだろう?(汗

 ちなみに、根の国の女とは肌が醜く爛(ただ)れてウジが湧いて腐臭を放ち、外見的にはかなりの醜女(しこめ)でイザナミノミコトの尖兵である。

 しかしその実態は、人の温もりを求めずには居られないだけの根の国の住人であり、怪我をした者や病に罹った者を献身的に看病する心優しい女性でもあるのだ。

 彼女達を真に愛する者が現れた時、彼女達の外見はその優しい心根を映す見目麗しい姿に換われるのだが、イザナミノミコトが根の国の女王となって数千年、そのような例は二十に満たない。

 その前例を作っているのがニニギノミコトが送った者達だというのだから、その者達は更正する見込みがあったのだろう。どのくらいの年月を掛けて更正したかは知られてはいないが。

 この場に無数に浮かんでいる大半の陽根は、各地の山々のホンの少しの陽気と溜まりに溜まった陰気が混ざりあったものでそれらに確固たる意識は無い。吐き出すだけ吐き出すと消えてしまうだけだ。

 受け持つ山に溜まり過ぎた陰気を浄化してくれるのだから感謝しているのだろうが、ほとんどの山神は自分達の奥さんが一番怖いのだろう。

 サクヤヒメが言った節度ある殿方というのは、そういう者達だった。

 だが、ミシャクジの男神の一部や悪神が大地の慰撫を行うサクヤヒメに一目惚れをしてしまい、彼女を手に入れようとここ四百年の間、躍起になっていて問題になっていた。

 彼らは負の淫気に染まった者達。

 誤ったミシャクジ信仰によって生み出された者達であり、それは忌御霊達を祖とする系譜が姿形を変えて残り続けていたせいでもあった。

 彼らは、異性や同性を自らの快楽を満たす為の道具としてしか捉えない。

 彼らに取り憑かれたモノは人と妖の老若男女を問わず、自らの性欲(主に加虐欲・支配欲を伴う)を満たす事のみを求めてしまい、最期には魂すら取り込まれて悪神達の糧となる道しか残されない。

 そんな輩に四百年以上も狙われているサクヤヒメはいい加減に頭に来ていた様で、今回の事件でニニギノミコトの転生である横島がこの時空に戻ってくると知って決断したようだ。


 「ふふふ、もう私は力を抑える必要は無いのです。秘女巫女の女神達には苦労を掛けましたけど、感謝しています。不埒な者の振る舞いにはもう、我慢する事もありませんよ」

 「くすっ。サクヤ様よろしゅうございましたね。それでは、今日からは……」

 「ええ、今日からは遠慮はしません」


 サクヤヒメと秘女巫女の女神達の頭目は、二柱揃って怖い笑みを漏らす。

 良人の再降臨を悠久の時の果てに待つ身のサクヤヒメは、今まで大地の慰撫を行ってきた際にやむをえなく神通力を抑えて行ってきた。

 夫婦神のサクヤヒメは半神であるニニギノミコトが居ない場合、その持てる霊力を存分には揮えないからだ。

 その為、図に乗った悪神や一部のミシャクジの男神が儀式の間中、負の淫気をたっぷりと載せて遠慮無くサクヤヒメにぶっ掛けていくのだ。

 サクヤヒメをその気にさせるつもりなのであろうが、これまでただの一度も彼女を護る神気による護りを突破した者は居ないので失笑を誘うが、サクヤヒメ達にしてみれば鬱陶しい事この上も無かった。

 しかも、濃度の高い負の淫気を撒き散らされる為に、他のミシャクジの男神や格の低い男神が影響されてしまい、引き摺られてしまうのが彼女達の悩みの種だった。

 なぜなら、せっかく祓った穢れが、影響を受けてしまった男神の淫気(転じて陰気)に引き寄せられて戻ってしまうからだ。

 大地の慰撫を止めれば良いという意見もあるだろうが、そうすると日本各地の火山が今より一層活動を盛んにしてしまい、人間や動植物が住めない土地へと変わってしまう恐れがあって止める事は出来なかった。

 この現状を憂えた日本全国に散らばる流れの歩き巫女を神格化した秘女巫女の女神達が、大地の慰撫の時に負の淫気を陽の霊力へと昇華させて手伝ってくれるようになった。

 これを喜んだサクヤヒメは、女神達の能力を取り込んだ儀式神楽を編み出して、彼女達の行いに報いろうとした。これが現在の大地の慰撫である。

 ただ、女神達の柱数は圧倒的に少ない為に全ての負の淫気を今までは完全に昇華しきれていなかったし、元凶たる悪神達を止める事が出来ずに悔しい思いをしてきた。(万単位の柱数に対して数十柱しかいないのだから、苦労が忍ばれる)

 今まで受けてきた数々の負の淫気が、秘女巫女の女神達の脳裏に浮かぶ。昇華しきれずに飲み込まれかける女神達も居た。その都度サクヤヒメに助けられ、事無きを得たこともあった。

 だけど今日からは違う。サクヤヒメの半神が戻ってきたのだ。

 彼女の抑えられていた神通力が解放されるのだ。


 (サクヤ様の御伴侶が戻られるのなら、この国の未来(さき)の暗雲をも晴らされるのでしょうか?)


 今まで好き勝手していた悪神達が目に見えて怯んでいるのを見やった女神達の頭目は、溜飲が下がる思いで今までを振り返り未来に想いを馳せる。

 今までに無い、大地の慰撫が始まろうとしていた。


 パンッ! ンンンン……ンンン…………ンン…………


 「大地を護る神々に願い申し奉る 人々の営みを日々見守る神々に願い申し奉る


 神気の篭った拍手(かしわで)を力強く一つ打ち鳴らし、この場に集まってきている日本全国から齎(もたら)された陽根の注意を引くと、祝詞を唱えながらサクヤヒメは立ち上がり、静かに滝壷へと歩を進めた。


 「日ノ本に集う霊脈の要たる富士の鎮守コノハナノサクヤヒメの名において願い申し奉る


 滝壷まで来るとサクヤヒメは水面をすり足で地底湖の方へと進み、手指や腕をしなやかに艶(なま)めかしく動かして舞を踊り始める。


 「日々募り積もる数々の軋轢や摩擦をこの場に放ち給え 猛る衝動をこの地に満つる静謐(せいひつ)の気を用いて鎮め給え 積もる諍いをこの地に流れる水気を用いて流し癒され給え


 すると、彼女が通った後には辺りに満ちていた陽根から夥(おびただ)しい気が吐き出されていくではないか!

 軽やかに水面を渡り踊るサクヤヒメに続いて、秘女巫女の女神達もそれぞれ舞を踊り始める。

 彼女らが舞い踊りながら通った所は、先のサクヤヒメと同じく陽根から気が吐き出されていく。無数の陽根を艶かしく扇情的に撫でたり、自らの身体を使って気の放出を促している様は淫靡としか言いようが無い。

 無数の陽根から吐き出される気を、神楽を踊ることによって昇華させていく女神達。

 無秩序に散らばって踊っている様に見えるが、地底湖を俯瞰して見れば彼女達は三重の円を描いて、交互に右回りと左回りに踊っているのが判る。

 その三重の円の中を外の円から内側の円へ、また内側から外側へと、ある法則に沿って踊り行くサクヤヒメの姿が見られた。

 数々の陽根から放出された陰陽の気が混ざった混合気は、神楽舞によって形成された陣の中心で純粋な陽の霊力へと昇華されて神楽を踊る秘女巫女の女神達へと流れていく。

 見目麗しい女神達が妖艶に踊る中、サクヤヒメがこの地に集まった日本各地の怒り・悲しみ・妬み・嫉みを具現化した陽根や、大地の歪みや摩擦によって起こる膨大な熱や電磁波を具現化させた陽根に対して、秘女巫女の女神達の様に触れる事無く吐き出させているのは、どういった仕組みなのか疑問ではあるが……。

 次々に吐き出される混合気の飛沫の一滴すら軽やかに躱わして、女神達は衣装を乱しながら妖しく、それでいて一挙手一投足に神経を張って優雅さを損なわず、誘うような淫靡な表情で舞い踊る。

 どうやら、この大地の慰撫という儀式は、アメノウズメノミコトの踊りをサクヤヒメが習ってアレンジした物のようだ。


 シャーン シャーン シャーーン  ンン……ン……  シャララーーン  ンン……ン……


 女神達の衣装に付けられている鈴や金物が涼やかな音を鳴らす中、時折衣擦れの音がして洞窟内を木霊する。

 負の淫気に染まったミシャクジの男神や悪神は、そんな彼女らを自らの欲望に取り込もうと主にサクヤヒメ目掛けてぶっ掛けるのだが、肌襦袢一枚で女神達に劣らぬ妖艶さで踊る彼女に躱わされるわ陣によって昇華されるわで一滴たりともかかりはしない。


 シャン  シャッシャン シャーーン……ンン……ン…………


 ただ、サクヤヒメが躱した先に秘女巫女の女神の一柱が居た場合、少しは被ってしまうらしく徐々に彼女らを火照らせて動きを阻害していくのはどうしても避けられなかった。

 踊りの一挙手一投足には意味があり、どうしても避けられない場面が出てしまう。その場合、サクヤヒメは己の神気で防ぐ事が出来るのだが、秘女巫女の女神達は性神としての在り方ゆえに防ぐ事が出来ないのだ。


 シャラン シャラシャラ  パシャアーン……ンン……ン……

 (きゃうっ


 いくら神楽舞によって構築された昇華の陣から陽の霊力を供給されていても、マイナスベクトルの気を取り込んでしまっては打ち消しあってしまう。


 シャララ  パシャッ

 (ひゃぅう……はふっ


 なお性質の悪い事に悪神達が放つ負の淫気は、サクヤヒメを淫楽へと墜とす為にかなりの霊力が篭められているので、どうしても昇華しきれずに彼女達の中に淫気の澱として残ってしまうのだ。

 身体が火照り、舞いがより艶めかしくなる秘女巫女の女神達によって、陽根のほとんどは直ぐに放出させられどんどん数を減らされていくのは皮肉なことではあるけれども。

 サクヤヒメは踊りながらも冷静に彼女達を見守る。動きが致命的に鈍くなる前に、彼女達の中に溜まる澱を浄化する為に。


 シャラシャラシャラシャラ シュルルルルルル


 (どうしよう、逃げ切れないっ)


 サクヤヒメが踊り始めて三十分が経った頃、女神となって日が浅い一柱が運悪く四柱の悪神に囲まれてしまうのが彼女の視界に入った。

 キロ平方メートル単位の広大な地底湖全体に陣を展開しているので、どうしても一番外側の円では孤立してしまう女神が出てしまうらしい。

 どうやらその四柱はサクヤヒメを狙う事を一旦諦め、孤立してしまった女神に対して溜まりに溜まった鬱憤(うっぷん)を晴らそうという心積もりのようだ。


 (させるものですか!)


 慰撫という儀式の性格上、攻撃的な霊力はこの場で発することは出来ない。今この場では、慰めて鎮めた後に癒すという呪力が構築されているのだから。

 そんな中、サクヤヒメはどうするのか?


 (水の子らよ 猛る殿方を包み鎮め給え


 視線と手先の動きで術式を組み、水の精霊達にお願いして対象となる陽根に向かって水の精霊を仕向けるのだ。


 シュパシュパッ シュパパパパパパッ    パシャン パシャパシャパシャパシャ   トプンッ…………


 四方八方から悪神の陽根だけを狙って水鉄砲のごとく水面(みなも)から水が飛んでいき、目標に当たった水はそのまま陽根を覆って水中へと取り込みある場所へ流してしまう。


 ゴボガバゴベ ((((うぉおおおおーん、はぁなぁせぇーーー!!))))


 流された先は妖穴に直結するマグマ溜である。

 そこで妖穴に施された封印に取り込まれてマグマに焙られ続け、月一度の浄化によって地球に無害な精霊として取り込まれることとなる。  合掌。


 「ありがとうございます、サクヤ様っ」


 助けられた女神は礼を言うと、再び踊り始める。

 年若い彼女らは、己の格を上げるべくひたすらに踊り、昇華された霊力を取り込んでいく。立ち止まっている暇は無いのである。

 助けた女神の礼を柔らかな笑みで返して、サクヤヒメはヒカリゴケの淡い光に照らされた白い脚を片足だけ思い切り天に向かって広げながら、踊っている最中に地底湖内の空間にあまねく意識を向けた。


 (そろそろ限界を迎えている娘らがいますね)


 すると数柱の女神達の動きが目に見えて鈍くなっているのが感じられて、悪神達に狙われ始めているのが感じられた。

 すかさずサクヤヒメは、彼女達を助けるべく祝詞を唱える。


 「富士の地で清め澄む水の子らよ 踊り舞う乙女らをその身で飾り癒し給え 更なる活力を与え給え


 サクヤヒメの祝詞が唱えられると、水面がにわかに漣立ち飛沫を上げていく。

 飛沫が上がった所を女神達が通るたびに、キラキラと彼女達を飾り立てるかのようにヒカリゴケの光を受けて飛沫が輝き、彼女達の身体に溜まった澱を浄化し霊力を回復させた。


 ((((((なにこれ! 今までの儀式の時とは全然違う!!))))))


 いつもとは違って、回復の度合いが桁違いなのを感じた女神達は、最初は驚き次には笑みを浮かべた。今日の神楽は違うと、女神達の誰もが歓喜に震えた。

 自分達を飾り立てる清水の飛沫に霊力を補給され、神楽舞のクライマックスが近づくのを感じた女神達は一層舞いを激しくしていく。

 いつしか、地底湖に響く鈴や金物の音が小さくなり、変わりに水音や水に濡れた衣擦れの音がそこかしこで鳴り木霊していた。

 そんな中で、女神達の許容量を超えてなお有り余る陽の霊力が陣によって練り上げられ高められていく様は、淡いヒカリゴケの光の中で輝く渦柱を作っていて荘厳な雰囲気を放っている。


 「清めたまえ 祓いたまえ」 


 サクヤヒメが祝詞を唱え始めると、女神達も次々に祝詞を唱え唱和していく。


 「「「「「「「「「「この地に満つる集いたる力よ 産女神らに練られし陽の力よ」」」」」」」」」」


 陣の中心で渦を巻いて満ちる練り上げられた霊力が、彼女達の祝詞によって方向性を与えられていく。


 「「「「「「「「「「水の路(みち) 地の路 霊の路を辿りて遍(あまね)く日ノ本を廻(めぐ)り」」」」」」」」」」


 この場に満ちる方向性を与えられた力は、まず手始めにこの場に集まっていた負に傾いた淫気に向けられた。


 「「「「「「「「「「清め給え 祓い給え 癒し給え 日々を健やかに過ごす糧を与え給え!」」」」」」」」」」


 祝詞を唱えながら神楽を舞い踊る彼女達の高揚に応じて水面が漣、飛沫が跳ね上がり次々目標を取り込んで、あるべき場所へと運んでいってしまう。

 中には抵抗する輩もいるが、巨大な力の奔流には敵わず哀れにも飲み込まれていった。


 「「「「「「「「「「清め給え 祓い給え 日ノ本に暮らす民草に健やかなる日々を ささやかなる幸を与え給え!!」」」」」」」」」」


 女神達の高揚が最高潮に達し、サクヤヒメと女神達の祝詞が最後の詞(ことば)を放つ。

 方向性を与えられた莫大なる陽の霊力は、今までの大地の慰撫では見られなかった大きさと勢いで日本全国を遍(あまね)く廻(めぐ)ってゆく。

 その奔流は水の力や地の力が衰えた山々や土地に行き当たると、百年以上は掛かる筈の自浄作用を二十年ほどまで縮める活力を与えていった。

 いつもの大地の慰撫ならば、百年ならば九十年までしか縮められないのだから、その練り上げられた力の大きさに驚かされる。

 逆巻く陽の霊力が全て無くなり、地底湖に静寂が満ちた。ただ滝の音だけが遠くに聞こえるのみだ。


 パシャン  ンンン……  ンン……


 しばらくして一滴の水が地底湖の水面に落ちると、女神達は神楽の最後でキメた姿勢をめいめいに解いていく。


 「あぁ〜、スッとしましたわぁ〜〜。今まで悔しい思いをしてきたのが嘘のよう! 今日は本当に燃えましたわっ。サクヤ様、ありがとうございます!」

 「あははは。ホントホント、あいつらの慌てようったら無かったわね〜」

 「そうね。いつもはどうしても澱が残ってしまって、不快感があるものね」

 「もうっ、おもいっっっきりイケた〜!! って感じよねっ」

 「そうそう。こんな爽快感は何百年ぶりかなー」


 秘女巫女の女神達は神楽舞が終わって、めいめいに今日の神楽の感想を言い合っている。その主な話題は、今まで苦い思いをさせられてきた相手が、為す術も無く妖穴送りとなった事ばかりだった。

 中には高揚感から達した女神も居たようだが。

 他には神通力全開で踊りながら、彼女達の中に溜まっていく澱を浄化してくれたサクヤヒメへの感謝の声があがっていた。

 彼女達は全身びしょ濡れになって和気藹々(わきあいあい)と話に花を咲かせている。中には衣装を脱いで、温泉に浸かりだす者までいるほどだ。


 「サクヤ様。今日は皆、初めての達成感を味わっているようですね」

 「ええ、喜ばしい事です。私が不甲斐無いばかりに貴女方には苦労を掛けました」


 秘女巫女の女神達の頭目が、サクヤヒメの傍に寄ってきて女神達の喜びを伝えてきた。

 頭目の衣装はサクヤヒメの肌襦袢と同じく、飛沫によって透けていて艶めかしい。彼女は踊りながら衣装を脱いでいたようで、肢体が透けて見える薄い襦袢一枚の姿だった。

 女神達の中でも格の高い者は、例外なく薄絹一枚のみなのが見られるのでそういう踊り方なのだろう。格の低い女神ほど、慣れていないのか衣装が残っているようだし。

 だから途中で水音と衣擦れの音だけになったのだろう。


 「いいえ、サクヤ様。本来ならばサクヤ様お一人でコレだけの事が為せるのに、私達が高みを目指せる様にとお力添えを頂いているのです。感謝の念を持ったとしても、苦労とは思いませんわ」


 サクヤヒメの労いに、心からの笑顔で感謝を伝える秘女巫女の女神達の頭目。

 今日の大地の慰撫で新米女神はかなりの霊力を受け取ったはずであり、経験豊かな女神達でさえこれまでにない充足感を得ている。

 これまで厄介だった悪神達も、霊力の大半を妖穴送りにされて暫くはおとなしくなるかと思うと嬉しさがこみ上げてくる女神達だった。


 「さぁ、お開きにしますよ。後は温泉でゆっくり疲れを癒して下さい。また、再々来月もお願いしますね」

 「「「「「「「「「「はぁ〜〜い」」」」」」」」」」


 数十柱の女神達の喜ぶ姿を微笑ましく見ていたサクヤヒメは、彼女達へ労いの言葉を掛けて自らも肌襦袢を脱いで、温泉に浸かる。

 彼女の周りには、見目麗しい女神達が入れ替わりたち替わりに訪れては挨拶をして、仲間達の許へと戻っていく。

 皆本当に心から楽しそうで、挨拶を返すサクヤヒメも久しぶりに心から笑っていた。

 女神達が近くでわいわいと楽しくお喋りをしているのを、湯に浸かってぼ〜〜っとしながらサクヤヒメは今日の大地の慰撫の結果を知る為に日本全国へと水脈を使って感覚を飛ばした。


 (ちょっとやり過ぎたかしら?)


 はにかんだ表情をしながら、ペロっと内心で舌をだすサクヤヒメ。

 日本全国から感じられる生命の萌芽に、次回の大地の慰撫ではもう少し力を抑えなければと今日の神楽舞の結果に反省する彼女だった。


 ちなみに今日の大地の慰撫によって十月十日(とつきとうか)後の新生児が近年に無い人数で生まれ、日本の出生率をかなり押し上げたそうな。


 こんにちは、月夜です。想い託す可能性へ 〜 じゅうさん 〜 をここに投稿です。
 内容的にエロのタガが外れてきているようです。横島帰還部分を書いてると、どうしても十八禁になってしまう……_| ̄|○
 秘女巫女の女神の設定は独自の物です。根拠となる伝承は多々あるのですが、統一した呼び方が無かったので便宜上こう呼んでいます。
 なんとなく今回の物語は文章の構成がおかしく感じているのですが、どこを直せば良いのか解らないという事態に陥っています。
 誤字・脱字、表現がおかしいと感じられる所があればご指摘願います。

 では、レス返しです。

 〜アミーゴさま〜
 いつもご感想をありがとうございます。レスがあるとホントに嬉しいです。
>ちょっとあまりにも可哀想で可哀想で
 ルシオラさんは原作ではホント無いですからねー。生まれる前からのコンプレックスはいかんともし難いんですね^^ヾ
>サクヤの姉御
 下町を取り仕切るいなせな姐さんって感じなのでしょうか?^^ヾ 着物を肌蹴させている情景が浮かぶなー。今回の話は肌蹴させる程度どころではありませんが^^ヾ ところで安西先生の元ネタが解りません_| ̄|○

 〜冬8さま〜
 いつもご感想をありがとうございます。レスがあると喜んでいる私が居ます。
>横島の行動基準で一番描写が
 チチシリフトモモと一番最初に来てますからね(笑)それに応えたいルシオラさんが健気に思えます。
>すーぱーヨコシマン
 すーぱーになるかどうかは解りませんが、多分最初は持っている力に振り回されるんじゃないかと思っています。老師がどう導くのかが鍵になるかもしれません。

 〜読石さま〜
 いつもご感想をありがとうございます。文章の指摘など、凄く助かっています。ご期待に副えているか不安ではありますが^^ヾ
>失敗や悪い事全部押しつけてるような
 私の不徳の致すところですね。そういう意図は無いんですけど。あと、裏技女王の令子さんが思い浮かばないのは、ルシオラを手に入れようとする除くモノの干渉があったからと私は思っています。その辺の描写も入れれば良かったと反省しています。
>黒髪○ーテルとか
 そうです! と、言いたいんですが、残念ながら違います。顔立ちはおキヌちゃんに似ています。だけど、肢体は姫さまなんですよ。もう少し描写を増やせばと反省してます。

 〜傍観者さま〜
 ご感想をありがとうございます。今回のお話にも感想が頂けたら幸いです。
>あの時ってジャミングされてて
 原作では、一度目の地下からのバイクでの突入時にジャミングされていますが、二度目の突入ではルシオラの霊基が横島に混ざったおかげでアシュタロスを騙す為の「影」文珠が使えています。また、魂の結晶を破壊した時の文珠は「破」であり、問題無く使用できています。なので、「破」ではなく「模」にすれば、私は別の展開もあったと思っています。


 文章が自分でも荒れていると感じてはいるのですが、打開策が見つかりません。三人称を止めて一人称形式にしたら多少は良くなるでしょうか? でも、ただでさえ描写不足なのに、一人称にすると描写不足に拍車が掛かりそうで……。すみません、愚痴になってしまいました。
 次回の投稿は7月末になると思います。では、次の投稿まで失礼致します。

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