タマモ討伐事件から早くも一週間が過ぎた。
横島は今、八神宅の縁側で仰向けに寝転び、雲がゆっくりと流れている青空をぼんやりと眺めていた。
そんな彼の腹の上にはタマモが丸まっており、静かに寝息を立てている。
(本当………幸せそうに寝取るな。こいつ……。)
横島はタマモを起こさないように、一週間前より一回りほど大きくなった、彼女の頭を優しく撫でてやった。
「キュ~~~~………。」
するとタマモが、眠っている筈なのに気持ち良さそうに鳴く。
横島は思わず苦笑をしてしまった。
このようにのんびりと過ごしていると、あの一週間前の事件がまるで嘘のように感じてしまう。
此処には恐怖は無いし、苦痛も無い。
唯穏やかに、優しく時が過ぎていくだけ……。
横島は、この時間が何時までも続けばいいのにと思っていた。
だがしかし……。彼には判る。
この穏やかな時間が、とても脆い基盤の上に立っていることが………。
その事を思い知ったのは丁度二日前の事。
銃で撃たれたからと言う理由で、大事をとって五日間ほど病院に入院し、そして退院をしたその日の夜の出来事だった。
呼び鈴が鳴ったので、横島が玄関の戸を開けると其処には、六十歳ぐらいの初老の男が一人立っていた。
『八神老はご在宅かな?』
男が横島を見ると笑顔を作り、話しかけてきた。
男は髪の毛は薄く、残っている髪も多くは白髪であった。
しかし眼光は鋭く。
顔には油がのっており、何かと腹黒そうな狸のイメージが横島の中で浮かんだ。
まあ、彼がそう思ったのは、顔の特徴と言うよりは、男の中年太りした腹を見た所為であるかも知れないが…。
『来たか……。まあ、上がるといい。』
何時の間にか横島の後ろに立っていた八神が、男に声をかける。
横島としてはもう八神が、彼の背後に気配を消して立つ事には少し慣れたが……やはり心臓には悪い。
それから八神は男を居間に通して、ちゃぶ台を間に挟み、お互いに向き合って座布団の上に座った。
横島はその時話の邪魔になるかと思い、居間で丸くなっていたタマモを頭に乗せて自分の部屋に引っ込もうとしたが、八神から話に参加しろと言われ、断る理由も無く、少し二人とは離れた地点に座布団を敷き座った。
男はそんな横島をチラリと一瞬見たが、直ぐに正面に居る八神に向き直り、ゆっくりと口を開き始めた。
『判っていると思われますが……今回私が此処に来た理由は、先の部下の暴走であなた方に……特に、横島忠夫君……。君に迷惑をかけた事に対しての謝罪なのだよ。』
『おっ……俺ですか?』
『ああ。』
男の言葉に横島は目が点になった。まさか行き成り自分に向けて謝罪の言葉が来るとは思わなかったのだ。
だが少しだけ冷静になり考えてみると、この狸爺(横島命名)が、自分に対し何故謝罪をしなければならないか?
この爺は部下の暴走といった。横島が思いつく中で暴走と言った言葉がしっくり来る様な事件は、五日前のタマモ事件しか思いつかない。
そう結論付けると、横島の心の底から、段々と怒りが込み上げてきた。
『……タマモの……九尾を討伐しようとしていた連中の上司だから、謝罪に来たのですか?』
『そうだね……。』
そうだね。じゃねえよ狸! 横島は心の中で毒づいた。
横島の怒りはもっともで、男の言う部下の暴走で彼は殺されかけたのだ。
冗談で済まされる問題ではない。
部下の面倒もまともに見られないような上司に、部下を持つ資格などあるのか!? そう思うと横島は、いつの間にか男を睨みつけていた。
『……やはり、許しては貰えないか……。』
『当たり前や! あんたの部下の暴走か知らんが、こっちは銃で撃たれて死に掛けたんや!! そう易々と許せるか!!』
『落ち着け、忠夫。』
立ち上がり激昂する横島を八神が窘める。
横島は何で止めると言いたげに八神を睨んだが、逆に睨み返されて何も言えなくなった。
『すまんのォ。長官殿………。ところで、お主の暴走した部下は如何した?』
『あの男……東でしたら今頃刑務所でしょう。それに地位も名誉も失いました。彼がまともに社会復帰する事はもう無いでしょうな。』
『そうか。たった五日でもう其処まで事が運んでいたか……。どうやらお主の計画は成功したようじゃ………のォ?』
『計画……? 何の事ですかな?』
男が首を傾げる。
そんな彼の態度を八神が鼻で笑った。
『とぼけるな。お主の目的は始めから東の排除………。でなければ、こんなに事が上手く運ぶわけが無かろう? 東とて名門の生まれ。裏へのコネは多く持っておる筈じゃ。しかしそれを使う暇すら与えずに刑務所に叩き込み、奴の権利を全て奪う。それも今回の事件をマスコミに知られずにのォ……。』
八神の台詞に横島は驚いた。
彼の言葉が正しければ、この狸爺は不必要な部下の排除の為にタマモをダシに使い、自分は命を狙われたのだ。
(ふざけるなや……!)
横島は八神の目が無ければ、この場で間違いなく男に殴りかかっていただろう。
彼の怒りの度合は其処まで上がっていた。
『………心外ですな。今回はあなた方の協力があったからこそ、後始末が早く片付いただけ……。私だけの力ではとてもとても……。』
『ほう、そうか……のォ?』
『信じて貰えませんか? それは困りましたな……。』
『爺さん、一つ聞いてええか?』
横島が二人の会話を遮って、男に声をかける。
その声は先ほどの激昂とは違い、低く、重い。
それだけに不気味ではあるが……。
男はそんな横島を無視する事が出来ず、視線を八神から横島へと移す。
『どうしたのだい? 忠夫君?』
『俺は正直あんたの事を許す事は出来ん。だから一つだけ聞きたい。タマモにはもう手を出さんのやろうな?』
横島が更に男をきつく睨みつけて言葉を紡ぐ。
八神はそんな横島の態度に思わず感嘆の声を上げてしまった。
12の小僧が感情的ではなく、冷静に今後の方針を男から聞き出そうとしている。
命まで狙われて、本当に死に掛けた人間が、そう簡単に出来る事ではない。
それだけ横島忠夫と言う少年が、急激に成長していると言う事なのだろう。
『………もちろん私は君の九尾の保護と言う考えを支持するよ。』
『……ならええ。』
横島がそう言うと、座布団の上に座りなおした。
そして部屋に暫しの沈黙が訪れる。
『では、私はこれで失礼いたします。余り謝罪にはならなかった様ですが……。』
男がそう言うと立ち上がった。
すると八神も無言で立ち上がり、男と共に玄関の方へ歩いていった。
居間では、横島とタマモだけが残された。
『キュ~~~~。』
頭の上のタマモが心配そうに鳴く。
横島は、そんなタマモを撫でてやることしか出来なかった。
(俺の考えを支持するか………。)
結局あの狸は曖昧な表現しかしなかった。
タマモを絶対に討伐したりしない。
我々も協力して保護していく。
そんなニュアンスの台詞は全く言っていない。
あくまでも私個人が、妖弧の保護を支持しているだけ………。
それすらも信じられないが……。
今回、あの狸が謝罪に来たのは便宜上の為であり、本気で何かするつもりは無かったのだ。
横島の顔が険しくなる。
頭の上ではタマモが幸せそうに目を瞑っている。
でもよ。タマモさん?
お前は今後も命を狙われ続けるのだよ?
もしかして、お前には一生平穏なんて来ないのかもしれない……。
それでも良いのかい?
横島は心の中でタマモに問いかける。
良いのよ。私はあんたが側に居てくれれば……。
『え………?』
横島が行き成り心の中に響いた声に驚き、頭の上に居るタマモを見る。
しかしタマモは、いつのまにか穏やかな寝息を立てているだけであった。
この誓いを胸に 第三話 八神のレッスン。
「少なくとも俺はタマモの味方で在りたいし……。あんな狸爺何てどうでもいい。」
空を見上げながら横島が呟く。
「そうすると俺が戦っていく相手って必然的に人間になってくる訳か……。」
「ふむ、そんな事は無いのだがのォ。」
不意に横島の視界に影が射す。
無論八神がいつの間にか横島の隣に座り、茶を啜っているのだが……。
横島が腹の上で丸くなって、寝ているタマモを起こさないように優しく抱き、体をゆっくりと起こす。
「どういう意味や?」
「お主がこれから戦っていかねばならんのは、人間ではなく。国じゃ。」
「くっ……国って……マジかよ?」
「こんな事で嘘をつくか。考えてみろ。タマモの前世は傾国の妖怪じゃぞ?」
「………だな……。」
横島がため息を吐く。
そうだタマモが過去に滅ぼしてきたとされるのは、人間では無く国だった。
彼女を恐れているのは国。
そして国に住む人間は彼女の存在を恐れる。
人間だけでない。
その国に住む妖怪も、幽霊も彼女の存在を恐れる。
故に孤高。
いや……孤独といった方がいいのかも知れない。
彼女に仲間など存在しない。
そう思うと横島の表情が自然と険しくなった。
「不安になったか?」
八神が横島の方を見ず、空を見上げながら彼に問いかける。
「そりゃ~~な~~。相手が国だし。今の俺では如何しようもならんやろう………。」
「まあ、それはしょうがない事じゃ。お主は所詮まだ子供じゃからのォ。」
だが、実際横島は大したものだった。
年の割に彼は冷静に現状を受け止めている。
それは、「国が相手だろうが関係ない! 俺が必ず守ってやる!」と言う、少年漫画の主人公が、実力も伴っていないくせに吐くような無責任な台詞を言わない事が何よりの証拠だ。
現状の理解、冷静な判断力、それによる今後の行動の導き方。
横島の中でそれらの処理が、少しずつだが出来始めているのだろう。
八神は不謹慎かもしれないが、自分の恐らく最後になるであろう弟子の成長を、嬉しく思っていた。
「なあ、爺さん?」
「何じゃ?」
「俺は国と戦って勝てるか?」
「ふむ……。やり方によっては勝てるかも知れん。」
「本当か?」
横島が眼を丸くする。
国と言う巨大な存在に、自分が勝てる方法がある事に驚いたのだ。
「うむ。しかし勝ってはならんな。否、戦ってはならん。」
「何でや?」
「……国に勝つには其処に住む国民の同意を求めなければならん。それが民主主義じゃ。だがな、そうなるとお前はタマモについて、日本に住む全ての人間に打ち明けねばならん。まずは此処で問題が発生する。人間は基本的に例外を嫌う。それも巨大な力を持った得体の知れないものは特にな………。もしお主がタマモについて、オカルト知識の無い一般人に公開すると、間違いなくタマモを退治しろと言う奴等が出て来るじゃろう。そうなると黙っていないのが上の連中じゃ。ここぞとばかりにタマモを非難し、わし等を悪に仕立て上げ、自分らを正義と言い。国民にタマモ討伐を訴えるじゃろう。」
「確かに……。」
「それにな? 仮に勝ったとしよう。そうしてもまだ終わった訳ではないぞ? 次に来るのは中国、インドからの非難の声じゃ。」
「そういえば、タマモが日本に来る前は……。」
「お主が思っている通りじゃ。九尾の狐は日本に来る前に中国、インドで国を滅ぼしておる。彼の国にとってもタマモは天敵。恐らくは日本が妖弧を保護すると言い出したらその国が黙ってはおらんだろうな。」
八神の台詞を聞き、横島が大きなため息を吐く。
「だから俺たちは、指をくわえて何もする事が出来ない。と言う事なんか?」
「無論、国の方もな………。」
八神がにやりと笑う。
「へ……? 如何いう事や?」
「判らんか? タマモを保護すると決めたのは日本GS協会と六道、高柳、それにわしじゃぞ? 言わば日本の除霊行為を全て牛耳っている連中が、タマモとお前の周りをガッチリと固めておるのじゃ。幾ら国とは言え、簡単には手が出せん。」
「何か凄そうやな………。」
横島が額から汗を流しなら、乾いた笑みを浮かべる。
八神はそんな横島の台詞に肩を竦めた。
「本当に凄いぞ。それに更にお主が関わる事により、紅井もこの守りに加わるじゃろう。六道、高柳、紅井、八神……戦後日本最強四家が揃ったと言うことじゃな。」
「戦後日本最強って………何やそれ? てかお袋の実家もその中に入っているんか!?」
「ああ、お主は何気に凄い血を引いておるからのォ。」
今明かされる驚愕の事実。
確かに家のお袋は凄い。
何が凄いって言われたら判らないが、ともかく凄い。
色々なものを超越している様で凄い。
だがしかし………少なくとも紅井の爺さん婆さんは普通だった。
それこそ何でこの人達から、家のお袋みたいな決戦兵器が生まれたのが不思議なぐらいに………。
だが、ようやく判った。
結局は蛙の子は蛙だったって事か………。いや、サイ○人の子はサ○ヤ人か?
「だが、百合子よりはマシだったぞ? 少なくとも紅井は夫婦で恐れられていたからのォ。」
訂正。どうやらサ○ヤの子は、実は唯のサイ○人ではなくスーパーサ○ヤ人だったらしい……。え? じゃあその息子の俺は何かって? ハハハ……おそらくは親父の血を引き、ヤ○チャまで退化したかな? もしくはエロからとって亀○人? ……ウ○ロンとか言うなよ………。
「………忠夫よ……何故泣く?」
「あれ……お…おかしいな、俺ってば!? 人間に生まれてきて嬉しいはずなのに、どーして!?」
拭いても拭いても後からドンドン流れ出る涙に、横島は困惑した。
せめて強さ的にはク○リンが良かった……。だってあいつ人間最強だし………。
「まあ、いいがの……。それよりそろそろ道場に来い。今日から修行の始まりじゃ。」
「へい……グス…判りました。せめてク○リン目指して頑張ります……。」
「………そうか……まあ、頑張れ。」
八神は哀れみを込めた瞳で横島を見つめ、そう言うと、一人先に道場の方へ歩いていった。
「コン。」
いつの間にか起きていたタマモが横島の肩を叩く。
気のせいか、この子の瞳にも哀れみがこもっている様な気がする。
「何だかとっても、どちくしょーーー!!」
そんなタマモの眼が横島にはたまらなく辛かったのは言うまでもない。
そして十数分後、何とか立ち直った横島はタマモと共に道場へ向かった。
「それでは始めるかのォ。」
八神が首を鳴らしながら横島の正面に立つ。
「うっす……。と言いたい所なんだが、爺さん?」
「何じゃ?」
「このままでいいのか?」
横島がそう言うと両手を広げ自分の服装を見る。
黒のTシャツに短パン、とても今から武道をする者とは思えない格好。
道着とかは着ないのだろうか?
彼はそのことを八神に質問した。
「ああ? 別にいいじゃろ?」
中々素敵な爺さんだ。
どうやらこの人の辞書に、何かを始めるときは形からと言う言葉は無いらしい。
「それじゃあ、準備はいいか? 今日やる内容を説明する………あ~~。その前にタマモ…悪いが忠夫の頭から下りて、道場の端の方へ移動してくれんかのォ?」
「キュ~~~~。」
タマモが悲しそうに鳴き、首を横に嫌々と振る。
くっ! 萌えるぜ!
八神は平静を装いながら、心ではタマモを抱きしめたい衝動に駆られていた。
「タマモ…悪いが爺さんの言う通りに……な?」
「………コン。」
タマモは不満そうではあったが、横島の頭から下り、道場の端の方へ移動した。
「よし。では今日やる事じゃが……。それは効率の良い人間の倒し方じゃ。」
「はあ?」
横島が思わず、八神の台詞に呆けてしまう。
彼は悪霊の倒し方など、GSに必要な技術を教えてくれるものかと思っていたのだ。
「人間の倒し方って…爺さん…元GSじゃないのか?」
「そうじゃが?」
「だったら何で人間の倒し方を教えるんや?」
「忠夫よ。お主の言う疑問はもっともでな。普通のGSは自分の弟子にまず、霊気のコントロールの仕方を教える。そして次に破魔札や吸引札、神通棍といったオカルトアイテムの使用法を教えていくのじゃ。」
「うんうん。」
横島が頷く。
「だがのォ~~。お主、GSになりたいのでは無かろう?」
「………そういえばそうやな……。」
横島が自分の目的を思い出す。
そうだ自分はGSになりたいのではない。
チャクラを開きたいのだ。
そしてタマモを守りたい。
だったら八神の言う通り、一般的なGSとしての修行は、余り意味を成さないと言う理由も判る。
「まあ、霊気のコントロールはチャクラを開く上でも必要な事じゃから教えるにしても……。基本は意識的に体の各部位に霊気を流すような行為じゃ。そんなもの何時でも出来る……。それこそ学校の授業中などにものォ。」
「そうか………。それならば合理的だ。」
勉強に余り魅力を感じない横島としては、授業中そっちをしている方が断然良い。
暇つぶしになり、チャクラも開ける。
まさに一石二鳥ではないか!
横島が嬉しさの余り、ニヤリと笑う。
「だが、調子に乗って成績を落とすと百合子に絞められるぞ?」
「無論。心得ております。」
嘘だ。
すっかり忘れてた。
我が家の魔人の存在を……。
何事もバランスが大切か、勉強もせなな……。
「ならばいい。それに人間を倒す手段を学ぶのは除霊にも役立つのじゃ。」
「へ? 何でや?」
人間を倒すのが除霊に役立つ? 横島には八神の意図が良く判らなかった。
「GS達が戦うのは何じゃ?」
八神の問いかけに、横島が腕組みをして考える。
「う~~む。悪霊や妖怪……かな?」
「うむ。そうじゃな。その中でも多くは悪霊じゃ………。ならばその悪霊の元となる存在は何じゃ?」
「悪霊の元となる存在………。」
横島はその答えを導き出そうと頭を捻る。
悪霊とは、強い現世への執着心、怨念や恨みで幽霊となり、人に害をなす者の存在を言う。
要は、悪霊とは幽霊と言う枠の中に存在する、一部の危ない集団の事を指のだ。
ならば幽霊とは何だ?
こいつらは何故生まれる?
何処から生まれる?
自問自答の末、横島が出した答えは………。
「………人間?」
「うむ。」
八神が満足そうに頷く。
「まあ、人間だけでなく動物にも幽霊となり、悪霊になるものもおるが………九割は人間じゃ……。忠夫よ。お主はホラー映画を見た事はあるか?」
「ああ、あるで。」
「それに登場する幽霊は皆、人型をしておらんか?」
「確かにそうやな………。」
「これは映画だけでなく現実でもそうじゃ。殆どの幽霊は、己の生前の姿をしておる……。無論、人格崩壊を侵しておる者は多少変わってくるが……やはり人型じゃ。霊体には肉体と違って特定の形など無いのにな………。」
「…………。」
横島は八神の話を黙って聞いている。
道場の端で丸くなっていたはずのタマモも、いつの間にか起き上がり、八神の話に耳を傾けていた。
「それこそが幽霊が持つ。肉体への……生への執着心じゃ。奴等は己の死を認めたく無いが為。霊体となり、特定の形が無くなった自分の体を、少しでも生前の姿へと近づけようとする。そして、その思いから想像されたイメージは現実のものとなり、奴等に人型を与える。これが幽霊に人型が多い理由じゃ。」
「へ~~~。」
「じゃが………それが仇となる。」
「仇……?」
「そう。それは奴等の戦闘方法が限定されるという事じゃ。人間の戦闘法は腕や足を巧みに使うのが主………人型を得た幽霊も殆どはそれと同様なのじゃ。よってお主が人間に対しての戦闘法を学んでおけば大抵の悪霊には対処出来るという訳じゃ。」
「なるほど。」
横島は納得したのか頷く。
要は人間を倒す術を学べば、幽霊を倒す術も自ずと身につくと言うわけだ。
まあ、横島としては先に述べたようにGSになる気は余り無いので幽霊を倒さなくてもいいのだが………。
それに、どちらかと言うと彼の敵になりうるのは、今の所人間の方だ。
だったら八神の教えはある意味理想的なのかもしれない。
「まあ、大体説明はこれぐらいでいいかのォ?」
「ああ。」
「では………構えろ……。」
その瞬間、道場の温度が下がったかのような錯覚を横島は覚えた。
来る!!
一度死線を潜り抜けた事により生まれた、彼の直感がそう告げる。
そして鈍い音と重い衝撃が横島の身体を駆け抜ける。
「ほう………。防いだか……。」
八神が感嘆の声を上げる。
横島はそんな八神を見て不敵に………。
笑えなかった………。
前回と違い。しっかりと霊気を両腕に集中して防いだはずなのに、衝撃が腕を貫通し内臓まで届いた。
正直吐きそうだ………。
しかしこれぐらいなら動ける。
「……それに、霊気のコントロールも何時の間にか出来ておるのォ。やはりこの前の事件でかなり成長したようじゃ………。」
呼吸を整えながら立ち上がった横島を見ながら、八神が嬉しそうに笑う。
辛い横島としては、そんな八神に怒りが沸かない訳が無い。
クソ爺……。
こっちは苦しいのに……。
眼に物見せてくれる!
横島は足に霊気を集中させ、それを放出するエネルギーを利用し、八神との距離を一気に縮める。
「くらえ!! 爺ーーーーー!!」
スピード、霊気の凝縮度、その両方が前回の比では無い右拳を、横島が八神の顔面目掛けて振り下ろす。
「ほれ。」
しかしその拳は八神にあっさり軌道を逸らされ空を切る。
だがそれだけでは終わらない。
八神は、体制を崩した横島の腹に膝蹴りを食らわした。
「ブフッ!!」
横島の体がくの字に曲がる。
前回だと此処で意識を失っていただろうが今回は違う。
これぐらいでは今の横島は意識を失わない。
否、失ってはいけない。
これは全て作戦なのだから………。
「むっ!!」
八神が驚愕の表情を浮かべると、横島との距離をとる。
そのとき彼は少しだけ、横島に膝蹴りを食らわした右足を引きずっていた。
横島はその光景を見て、不敵に笑った。
「驚いたのォ~。何時の間に相手の体内に直接霊気をぶつけられる様になった?」
「へへ………。出来たのは昨日や…。幾ら爺さんでも少しは効いたやろ?」
「ああ………。効いたのォ~~。」
八神もまた横島と同様に笑う。
しかしそれは、先ほどまで浮かべていた好々爺の様な笑顔ではなく。
例えるならば、獲物を狙う猛禽類の様な笑みであった。
(もしかして俺……。地雷踏んだ?)
横島は、表情には出さず、内心冷や汗を流していた。
自分は八神の何かしらのスイッチを押してしまったのかもしれない……。
「肉を切らせて骨を切るか……。一本とられたわ。」
「そうか? じゃあ、切が良いから今日はここら辺で………。」
「これからはわしも、ちゃんと霊気を纏って戦おう………。」
その台詞の後に八神の霊力が膨れ上がる。
マジか!? 今まで霊力を殆ど利用していない攻撃だったのか!?
横島が眼を大きく見開き、慌てて再度構えをとる。
そんな彼に対し、八神はゆっくりと右腕を横島に向けた。
その刹那、横島の視界いっぱいに閃光が走った。
「これが、霊波砲と言うやつじゃな……。」
八神の声が耳に響くが、身体が思うように動かない。
まさか、行き成りエネルギー弾が飛んでくるとは夢にも思わなかったので、横島は防御もまともに出来ずに、吹っ飛ばされてしまった。
「……やはり……爺も……サ○ヤ人だったか……。」
薄れていく意識の中、横島は自分の周りには、極端に普通の人間が少ない事を思い知った。
「コン! コン!」
心配して駆けつけてくれたこの子狐も妖怪だし………。
なんだ? 俺の周りは魑魅魍魎の巣窟か?
ああ……でも、タマモお前はいいよ。
可愛いし、将来安泰だし(主に体)、保護欲沸くし。
ついでに俺が目覚めたときに、あの美人バージョンで膝枕をしてくれていたら最高だ……。
そんな事を考えながら横島の意識は闇に落ちていった。
まどろむ意識の中、横島は自分の頭が何かの上に乗っている事に気がついた。
(まさか………。タマモか? お前の膝枕なのか!?)
横島は自分の意識が急速に回復するのを感じた。
それはそうだ。
あの大人バージョンのタマモがそこにいるのならば、起きなければならん。
男として……否、横島忠夫として! ペットもとい妹みたいな彼女の成長を見なければならん!
横島は鼻の下を少し伸ばし、ちょっとドキドキしながら眼をカッと開ける。
「おお、起きたか?」
眼を開けた横島の視界に入ってきたのは、いい笑顔で此方の顔を覗き込む八神だった。
そう彼は今、爺に膝枕をされていたのだ。
ピキッ………。
横島が石化する。
「ほっほっほっほ。そんなに嬉しかったかのォ?」
「アホかーーーー!!」
石化から復活した横島が飛び起き絶叫する。
しかしそんな彼の怒りなど何処吹く風。
八神は悪戯が成功した子供のようにニヤニヤ笑っている。
「アホはお前じゃ。言ったじゃろうが、タマモはまだまだ子供で人化してもお主が思っている様な大人の姿では無い。」
「キュ~~~。」
近くで座っていたタマモが悲しそうに鳴く。
早く大人になりたい。と思っているのだろう。
何処からか取り出した葉っぱを頭の上に乗せ、必死に力を込めている。
傍から見ると中々面白い光景だ。
「畜生………。判っていた。判っていたさ……。タマモはあの時暴走と言う形で一時的に大人へとなれた。そしてその影響で急激に成長したが、まだまだ子狐であのちち、しり、ふとももになるには後10年は掛かることぐらい……。だが!!」
横島が血の涙を流す。
見たかった!
あの悩ましげなボディーを……!
頭に浮かぶのは大人バージョンのタマモ(何故か裸)。
ちくしょーーー! 正直見たかったぞ!!
俺のピュア? な心を弄びやがって!!
爺! 許さん! 俺の怒りを思い知れ!!
俺の痛みをお前も知れ!!
「くらえやーーーーー!!」
横島が裂帛の気合と共に八神に飛び掛る。
彼の右腕には、その時異常なまでに霊気が収縮していた。
「ぬっ!!」
八神がその変化に気づき、先ほどまでのふざけた態度を一変して構えをとる。
「どうりゃあ!!」
横島が右腕を振るう。
そのとき彼の腕を包む霊気は、淡く光を放つ剣の様になっていた。
「むん!!」
対する八神も横島と同じ霊気で作り上げた、淡く光を放つ剣を振りかざす。
両者の中央で交差する剣。
まるで雷の様に弾ける霊気。
衝撃が周りの空気を振動させる。
「ぐっ……!」
「ぬう……!」
横島と八神が呻き声を上げる。
両者の体には空気の振動による強烈な圧力がかかっていた。
そんな中、八神は自分の体を無理やり前へと動かした。
「カァーーーー!!」
そして横島の鳩尾を目掛けて掌底放つ。
「ボフッ!!!」
中央で交差していた霊気の剣に全神経を集中させていた横島は、その一撃をもろに食らい、腹を押さえてうずくまった。
「ふう……。流石に今のは驚いたのォ。」
八神が一息吐き、額の汗を拭う。
「ぐう………。卑怯だ……。」
苦しそうに呻きながら顔を上げた横島が、涙目で八神を睨みつける。
「何が卑怯じゃ。行き成り襲い掛かってきよって……。」
「爺が俺の心を傷つけたからや!」
「………もう、起き上がったか……。中々の回復力じゃ。」
「嬉しくねえ!!」
ダメージから回復し、直ぐに起き上がった横島に八神が感心する。
しかし次の瞬間、八神はその表情をスッと真剣なものに変えると、横島を鋭い目つきで睨みつけた。
「じゃが………霊波刀を……。否、少し違うな……。忠夫よ。あれは何じゃ?」
先ほどの横島の攻撃は眼を見張る物があった。
もし彼がこの技を試合の時にしていれば、霊波砲では勝負が決しなかったろう。
手を抜いた?
その様な事があれば八神は横島に、特別メニューをやらせるつもりであった。
「えっと……何やろうな?」
しかし予想に反し横島は頬をかいて、首を傾げた。
そんな彼の態度に八神が表情を崩し呆れた。
「お主が分かっておらんのか? どうやら怒りで一時的に生まれたものか……。先と同じものを、もう一度出せるか?」
「ああ………。やってみる。」
そういうと横島が右腕に霊気を集め始める。
すると彼の腕が淡く光、まるで籠手の様な……それでいて鋭い爪がついている霊気が具現化された。
「出来た………。」
その腕を見ながら横島が、驚いた様子で呟く。
「なるほど……。霊波刀では無いな。その様な霊気の凝縮の仕方は、わしもはじめて見た。」
「そうなんか? これってそんなに珍しいのか?」
「うむ。普通、霊気の凝縮は霊波刀に代表される様に何かと武器に関する物が多い。例えば棍、小刀、槍等じゃ……。じゃが、それらを使いこなす者は、現在では殆どおらん。」
「何でや?」
「理由としてはそんな事をするよりは、神通棍を使ったりする方が簡単で効率が良いからじゃ。」
「だったら……俺のこの腕は余り役に立たないと言う事か……。」
横島がガックリと項垂れる。
折角必殺技っぽいのを見つけたのに……。
「アホか……。それを実戦で使える程に昇華させる事が難しいから普通のGS達は、オカルトアイテムに高い金払って頼るのじゃ。もしお主のそれが実戦にまで使えるように昇華されたら、それ程万能な武器はこの世に無い。先の一戦でも判るようにその籠手は、特に形状が決まっておらん。忠夫よ。それに色々なイメージを送ってみろ。」
「イメージか? 判った。」
横島は眼を瞑り、右手の霊気にイメージを送る……と言っても何を送ろうか? 急にそんな事を言われても中々思いつかない。
まあ、無難に剣と言う事で……。
彼はそう結論付けると、剣のイメージを霊気に送る。
すると右腕の霊気が段々と伸びていき、西洋刀の様な、両刃を持った剣に霊気が変形した。
「おお……。すげえ。イメージ通りだ……。」
「やはりな……。その籠手は、お主がイメージすれば剣になり、盾にもなるであろう。どうやらお主は、霊気の収縮の才能がずば抜けて高いらしいな。こんな事、普通は絶対に出来ん。霊気を一点に集中、凝縮、維持するだけでも難しい事を、お主は更に形状の変化までやってのける………。良かったな。忠夫よ。その籠手は、間違いなくお主の切り札になるじゃろう。」
「本当か!? おお、すげえ! 意外な才能だ! よし、こいつが切り札ならば名前を付けなければな! ええと……。そうだな……。決めた!!」
「早いのォ………。」
「こいつの名は栄光を掴む手ーーー! ハンズ・オブ・グローリーや!!」
横島が右腕を高らかに上げ、誇らしげに叫ぶ。
「………まあ、名前はどうでもいいとしてじゃな。それは既に実戦で使えるぐらいの出力が出ておる。」
「名前は大切じゃ! で……そうなんか? 俺には良く判らんが……。」
「わしは霊気のコントロールだけならば世界最高を自負しておる。そんなわしが作り上げた霊波刀と同等の出力なのじゃ。そこらの悪霊など一発じゃよ………。それにな、現段階でのお主の霊気のコントロールなど遊戯に等しいレベル。そんな段階でわしと同等なのじゃ。もしお主が、わしレベルに霊気のコントロールが出来るようになれば、悪霊どころか高位な神魔族にも、傷を負わすことが出来る様になるかもしれん。」
「………本当に切り札やな……。」
「そうじゃ。じゃから実戦では余り使うな。切り札は最後まで取っておくから意味を成すからな……。」
「ああ、分かった。」
「よし、ならばそろそろ飯にしようかの?」
八神は横島に背を向けると、道場の玄関へと歩き始めた。
横島も近くにいたタマモを頭に乗せると、八神の後について行き、道場を後にしたのであった。
その後は特に何事も無く。
今横島はタマモを連れて露天風呂に来ていた。
街灯など何処にも無いのに、夜空に輝く星と月明かりでかなり明るい。
こういった光景は、都会ではまずお目にかかれないので、横島は密かにこの時間を気に入っている。
「ウキ。」
この猿達も、はじめは驚いたが今では慣れたものだ。
群れのボスっぽい奴が露天風呂の真ん中に堂々と座り、その周りを無数のメス猿が囲む。
言わばハーレムだ。
だが、全然羨ましくない。
だって猿だし………。
「クフ~~~。」
タマモが上半身を出し、下半身だけ湯に浸かり気持ち良さそうに鳴く。
見ていてとても癒される光景だが、もしこれが大人バージョンだったら………想像するだけで息子が元気になるのは仕方がない。
「ふ~~。」
横島が大きく息を吐く。
そして湯の中から右腕を出し、霊気を集中させる。
すると淡い光を放つ籠手が具現化する。
「栄光の手……。俺の切り札か……。」
横島がそれを見ながらポツリと呟く。
周りでは猿が不思議そうにそれを見て、首を傾げている。
果たしてこの栄光の手がはじめに傷つけるもの何であろうか?
悪霊。
妖怪。
神族。
魔族。
……人間……。
栄光を掴む為には、犠牲はつく。
何かを得る為には、何かを捨てる。
誰かを守るためには、誰かを倒す。
横島はこの栄光の手と言う名前をその場の勢いだけで付けた訳ではない。
この名は彼なりの覚悟。
栄光を掴むために障害は倒すと言う彼なりの誓いなのだ。
「コン。」
タマモがのぼせそうになったのか、休憩のため横島の頭によじ登る。
何となくそんなタマモの姿が可笑しかったので、横島の真剣な表情も自然と崩れていった。
「掴んでやるわ………。俺なりの栄光をな……。」
横島は頭の上に登った、タマモの頭を撫でながらそう呟いた。
あとがき
まず此処まで読んで下さった方々に感謝を、そして感想ありがとうございます。
久しぶりの投稿です。
のんびり書いていたらこんなに時間がかかってしまいました。
今回は横島君の栄光の手を出したくて書いた話なのですが………。
結構無理やりです。
アダルトタマモの裸で煩悩を高め霊力を上げる。
からかわれた怒りで集中、闘志を高める。
そして栄光の手へ……。と言う感じです。
更にこれ以外にも自分勝手な設定を書いたので、違和感が無いか不安いっぱいです。
まあ、書いたものはしょうがない。
次回は一週間ぐらいで投稿できると思います。
理由はもう書き上げているからです。
後は見直して、修正して終わり……。
それぐらいなら直ぐに終わらせろよ。と思いますが、次の次の話も書いているのでご了承ください。
では、また。次回も読んでいただけたら幸いです。