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「この誓いを胸に 第二話(GS)」

カジキマグロ (2007-06-21 23:10/2007-06-22 20:58)
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 金毛白面九尾の狐。金毛白面で九つの長い尾を持つ狐。美女に化けて時の権力者に近づく。この狐は世界史実中に過去三回現れており、インドから中国、そして日本へと渡ってきたものと言われている。いずれの国も九尾の狐が現れると王や帝が病に倒れたり疫病が流行ったりしているため、傾国の妖怪といわれ、国を滅ぼす妖怪とされている。日本では後鳥羽上皇の頃に現れ、その聡明さと美しさ故に上皇の寵愛を一身に受けた。しかし上皇が病に倒れ、不審に思った陰陽士にその正体を見破られ、やがて射殺されてしまう。
 その後、妖弧の怨念がある山の石に宿り、近づく者を皆殺しにした。これが、世に言う「殺生石」である。この「殺生石」も室町時代に入り、会津・示現寺を開いた玄翁和尚によって破壊され、全国の高田と名のつく地に飛び散ったとされている。

「そして、今回その全国に飛び散った殺生石の一つから九尾の狐が発生した事が確認されました。」 

 まるで卵の様に割れた小さな殺生石を映し出しているスクリーンの前で、男が言葉を発している。

 此処は防衛庁の中にある会議室の一室。今この中では、九尾の狐が復活した事に対し、対策会議が開かれていた。

「伝説では全国に飛び散った殺生石は岡山、新潟、広島、大分、に落ちたとされている……。しかし実際に妖弧が発生した殺生石は東京にあった小さな欠片か……。灯台下暗し。まんまと騙された訳か……。」

 スクリーンの丁度反対側、上座の位置に座った初老の男が重々しく口を開く。

「はい。我々としても今回の件は予想外であり。この殺生石を発見したときには既に、九尾の狐の姿は何処にも確認する事が出来ませんでした。」

「…………GS協会は何と言っている?」

「…………それが……妖弧を保護すると言っております。」

 前に立つ男の言葉で、会議室にざわめきが起こる。

「ほう、それは何故だ?」

 その中で唯一人、まったく動揺していない上座に座る男が、前に立つ男に尋ねる。

「はい。何でも過去に九尾の狐がインド、中国、日本と渡り、国を混乱させたという事実が、最近の研究では間違いでは無いか? というふうになっており。また、今回発生した妖弧は、転生体として生まれてまもなく、知識も力も無い子供の可能性が高い。ならば此処で無理に殺そうとして妖弧に、人間に対する不信感を持たせるよりは、手厚く保護し人間と共存出来る道を選んだほうが良い……。との判断らしいです。」

「なるほど……道理だな……。」

 上座の男がその話を聞き楽しそうに笑う。すると上座の男から見て、丁度右側の席の真ん中辺りに座っていた男が、突然立ち上がり声を荒げる。

「ふざけるな! 妖怪と共存だと!? そんな甘い考えの下、国家を危険にさらせるか!!」

「………なら如何するかね?」

 興奮する男に上座の男が尋ねる。

「無論駆逐します!」

「どうやって? GS協会の協力は求められんぞ?」

「そんな腰抜け共の力など不要です! 我々の部隊だけで十分です!」

「そうか………。ならやりたまえ。」

「はい! では、私は早速準備に取り掛かりますので、これにて失礼いたします。」

 男はそう言うと足早に会議室を後にした。

「よろしいのですか?」

 上座の男の直ぐ隣にいる男が訪ねてきた。 

「かまわんよ……。所詮あの男。東は親の七光りで今の地位を得た小物に過ぎん。まあ、本人は全くそのことに気づいていないようだが……。恐らくは今回の件で九尾を退治し、己の出世の足がけにでもするつもりなのだろう。」

「………ならばなおさらお止めになったほうが…。もしあの男が失敗でもしたら、あなたの責任に…。」

「もしではないな……必ず失敗する。私の方でもそれを見越して既に手は打ってある。」

 上座の男が発した台詞に、隣にいる男は驚愕した。

「あなた……。もしや始めからこうなる事を予想して……。」

「覚えておくといい長野君。この世界で生き残りたければ相手の裏を正確に読み、自分が如何行動するべきか常に考えろ。そして………。」

  そこでいったん上座の男は言葉を区切り虚空を見上げる。

「……そして、六道、八神、高柳、紅井には絶対に喧嘩を売るな。いいな? この日本で長く生きたければ私の言葉を忘れるなよ?」

 長野はその余りの迫力に、唯頷くことしか出来なかった。


  この誓いを胸に 第二話 傾国の美女


「忠夫よ……。お主は変な奴だとは思っていたが……本当に変な奴じゃ。」 

「断定するな!!」

 横島は風呂から上がり、今は八神宅の食卓についている。唯行きと帰りで違うのはその頭に子狐が一匹、乗っていることだ。
 その子狐は、横島の頭の上で気持ちよさそうに目を瞑り、その以上に多い尻尾をフリフリと振っている。

「お主、その狐が何だか知っているのか?」

「狐やろ?」

  横島が首を傾げる。すると子狐は器用にバランスを取り、横島の頭上から落ちないように己の態勢を保つ。

 八神はその横島の言葉に頭を抱えた。

「何処に尻尾が九本ある狐が居るのじゃよ?」

「………俺の頭の上。」

「………………正解。」

 暫しの沈黙。

「キュー。」

 子狐の至福の声が部屋に響く。そんなに横島の頭の上は心地がいいのだろうか?

「………まあいい。忠夫、よく聞け。その狐は九尾の狐と言って妖怪の中でも最高位に位置する大妖怪じゃ。」

「………九尾の狐。何か聞いたことあるな?」

「まあ、余りにも有名な妖怪じゃからな。よく小説や漫画などにも登場する。お前が知っていても無理は無い。」

「う〜〜〜む。でもあんまりいいイメージが無いな………。」

 横島が腕を組み唸る。彼の中ではどうしても九尾の狐のイメージが、強大な力を持った悪という存在でしか思い浮かばなかった。

「キュ〜〜〜〜〜。」

 すると横島の言葉を理解したのか、頭上で子狐が悲しそうに鳴く。

「うお!!すっ…すまん!そんなつもりで言ったんやない!」

「………コン……。」

 子狐の目が潤んできた………。その姿はまるで、某CMのチワワの様だ。

「堪忍や〜〜〜!!」

 横島が堪らず、頭上から子狐を下ろし腕の中に抱く。人は無意識に、小さくて可愛い存在が泣きそうな時に抱きしめる習性がある。多分……。

「いや〜〜〜。微笑ましいの〜〜。」

 そんな慌てている横島の姿を見て八神が面白いものを見るように、ニヤニヤと笑っている。しかし彼は、心の中では表の表情とは全く違うことを考えていた。

 まず、先ほどの会話で間違いなくこの子狐は言葉を理解した。それから推測するに、この子狐は前世の記憶を少しずつ取り戻しているのかもしれない。八神としては、そうではなく始めからある程度は、言語を理解できるようにして生まれてきた、と思いたかった。   
 それは何故かというと、もしこの子狐が前世の記憶から自分の知識をつけているのならば、それはいずれ傾国の妖怪として人間に殺された記憶も蘇ると言う事である。そうなれば過去と同様に九尾の狐と人間の戦いが繰り広げられるかも知れない。
 一説によれば、九尾の狐を押さえるのに、何と8万という大群を要したともある。現代は技術も進歩し、そこまでの戦力は必要無いのではないか? と考える輩も居るが、とんでもない。
 現代では、電子技術などは進歩したが、オカルト技術は衰退の一途なのである。下手をすれば過去以上の被害を出すかもしれない。

(さてさて、これは横島忠夫という小僧が今回の鍵じゃな……。)

 八神の目には先ほどから、横島と子弧の微笑ましい光景が映されていた。子弧は間違いなく横島を気に入って、懐いている。
 現代の研究、調査が当たっているのならば、九尾の狐は自分を守る存在を裏切ったりはしない、情には厚い妖怪となっている。

 八神は思う。その可能性に掛けて見ようと……。もしあの子狐が前世の記憶を思い出し、人を憎んだとしても、あの少年だけは憎まないという可能性に………そうすれば九尾と人間の、共存の可能性はゼロでは無くなるのだから。

「さて、そろそろ飯にするかの?子狐の方は油揚げでいいかの?」

「コン!!」

 子狐が嬉しそうに鳴く。

(そしてあわよくば、わしも気に入られたいの〜〜〜。)

 八神は穏やかな表情をして、台所に向かった。


 それから二人と一匹は食卓につき食事を共に取った。料理の内容はレトルト。
 八神が言うには、九尾の狐の保護という依頼が旧友から来て、それの準備をしていたから夕食の支度が出来なかったらしい。
 その割にはしっかりと油揚げは手作りで準備していたが……。

「言ったじゃろ?九尾の狐の保護に向かう筈だったと……。誘き寄せるには餌がないとの。」

 八神が笑いながら言う。
 子狐はどうやらその発言が不満だったらしく、八神を威嚇し始めた。
 何となくだがそのときの子狐の心が横島には読めたような気がした。

(私はそんなに安い女じゃないわよ!!)

 うむ、こんな感じだろう。しかし子狐よ………。油揚げを、尻尾を全力で振りながら食べているお前に説得力は無いぞ? ついでに隣に居る俺にその尻尾がビシビシと当たって痛いぞ?

 横島はぼんやりと食卓に並べられたレトルト食品を食べながら思った。

 食事の後、横島は八神から九尾の狐について教わった。
 そのときに出てきた九尾の狐の玉藻前という名から、この子狐をタマモと名づけた。
 子狐の方も、この名を気に入ったらしくタマモと呼ばれたら尻尾を振りながら、鳴いて反応を返してくれた。

 子狐の命名も終わった後、時計を見るといつの間にか11時をさしていた。

  八神にも言われたのもあるが、横島は今日、相当疲れが溜まっているので、素直に就寝しようと自分の部屋にタマモを頭の上に乗せ引っ込んでいった。

  そして横島たちが寝て更に一時間、日付は変わり、テレビでは深夜番組が始まる時間。
 八神はそんな中、居間で唯一人、座禅を組み瞑想をしていた。

「…………来たか………。」

 八神はそう呟くと、ゆっくりと立ち上がり玄関の方へ歩いていった。
 そして玄関に着き、戸を開けるとそこには二人の男女が立っていた。

「夜分申し訳ありません。しかし電話ですと盗聴される可能性もありますので、直接お話に参りました。」 

 黒いスーツに身を包んだ長身の男が口を開く。
 八神はそれを片手で静止、現状報告をするよう、彼に促した。
 長身の男は頷くと、今現在、自分が持っている情報を八神に報告し始めた。

「まず、防衛庁の動きなのですが……我々高柳と六道の働きかけにより自衛隊は動かないとの事になりました。」

「ふむ……。まずは一安心かの……。しかし、まだ何か問題が有るのであろう?」

「………はい、東と言う男が、個人として妖弧討伐に乗り出したらしいのです。」

 男の発言に八神が顎に手を当て眉間にしわを寄せる。

 個人として乗り出した? その東と言う男は個人で兵を動かそうというのか? 否、そんな事が、平和を憲法の九条で掲げる日本で許される訳が無い。
 そうなると私兵を雇うはず………しかし、GS協会の協力は得られないから、正規のGSは雇うことは出来ない。となれば………。

「モグリのGSを雇ったか………。」

「はい、そのようです。」

 何と愚かな男であろうか? GSが免許を持ち、GS協会に認定されなければ開業、除霊行動が出来ないという方針は国家が決めたことであり、法律にも定められていることだ。  
 故にモグリのGSは言ってみれば、法律に違法して除霊活動を行っているような連中である。そんな連中に国家公務員たる者が金を払い。雇うとは何事か? 問題ないとでも思っているのか? 愚かな………国家公務員が国家に背いて如何するのだよ? 恐らく東と言う男は、自分の周りしか見えていない馬鹿なのだ。結局は利用されているだけ……。
 その証拠に、奴が個人で今このときも動けていると言う事だ。本当に上の連中が東を止めるつもりならば、簡単に止められる。
 だが、それをしようとしない………。防衛庁のお偉いさんはどうやら、無能な部下の切捨てと妖弧の討伐。どっちに転んでも美味しい。いやもしかして一石二鳥で両方転がり込んで来るかもしれないシナリオを作り上げたらしい。全く………。反吐が出るな……。

「こんな事を考えるのは……あの狸か?」

「はい、恐らく黒幕は現防衛庁長官かと思われます。」

「フン! だったら調べるだけ無駄じゃな。奴の事じゃ。東が失敗すると踏んで、切り捨てる工作を既に完成させておるじゃろう。」

「東本人は気づいていないようですが………。」

「……哀れな男じゃ、成功しても失敗しても捨てられる運命か……。まあ、わしにとっては、どうでもいい事なのじゃがな。現状は大体把握出来た。ご苦労じゃったな。高柳にも宜しく言っておいてくれ。」

「はい。では引き続き九尾の保護をお願いいたします。」

 二人は一礼をすると、近くに止めてあった車に乗り八神宅を去っていった。

  暫く八神は車の去っていった方をジッと見ていた。
 そしておもむろに右腕を、胸の前まで上げる。
 するとまるで、タイミングを見計らったかのように一羽のカラスがその腕に止まった。

「……六道の式神。お前もご苦労だったな。」

 八神はカラスの脚に括り付けてあった紙を取ると、そのまま空に放してやった。
 そして紙を開き中に書いてある文字を読む。

「東を失脚させ、国を黙らせるのに後三日かかるか………。六道のお嬢ちゃんもいい仕事をしている。」

 八神は紙に目を通した後、満足げに頷いた。
 脳裏に浮かぶのは六道現当主の女性。
 六道とは古い付き合いの八神は、彼女を幼い時から見てきた。
  昔はよく泣き式神を暴走させていたが、今では立派な女傑に成長し、六道を引っ張っている。

「時が経つのは、真早いの〜〜。」

 八神は昔を思い出したのか懐かしそうな表情を浮かべ、家の中に入っていった。


 次の日、横島は八神から五時に叩き起こされた。正直まだ眠い。同じ布団で丸くなって寝ていたタマモも、もっと寝ていたかったらしく不満そうに八神を見ている。

「お主等、今から一時間。山を散歩して来い。」

「はい?」

 朝っぱらから何言ってんだ? この爺さんは? と、言いたげな表情をして、横島が首を傾げた。
 一方タマモは再び布団の中に潜り、丸まって睡眠態勢を取ろうとしている。
 八神はそんな横島とタマモに業を煮やしたのか、二人の首根っこを掴み。

「さっさと言って来い! 説明は面倒だから帰ってからじゃ!」

 布団から廊下に放り投げた。

「うおおおお!!」

「コーーーン!!」

 二人? は唐突の出来事により、受身もまともに取れず床にダイブ。横島にいたっては、鼻を打ったらしく顔面を押さえ転げまわっている。

「ほれ! 早く行け!」

 しかしそんなのお構いなしに、八神は横島の尻を蹴り玄関の方へと追いやっていく。
 横島はこれ以上尻を蹴られたら、真っ赤に腫れ上がり猿の様に成りそうだったので、仕方なく立ち上がり、タマモを頭に乗せ、言われたとおり山へ散歩に出かけたのだった。


 そして横島達が散歩に出て一時間後、帰ってきた彼らの表情は行きと違いスッキリとしていた。

「どうじゃったか?」

「どうって……。まあ、何だか頭が、スッキリしたな。」

 居間で茶を飲んでいた八神の質問に、横島は正直に答える。
 朝早く起き、自然の中を歩くのはこんなにも気持ちのいい事だったのか………横島は毎日早起きして歩いてもいいかな? と思うのであった。

「コン。」

「そうか、タマモも気に入ったか?」

  横島が頭上に居るタマモを撫でる。

「何故、お主等の気分が良くなったか判るか?」

「う〜〜ん。マイナスイオンってやつ?」

 横島が腕組みをして、考える仕草をしながら答える。

「ふむ、それもあるかも知れんが………自然の中から発せられる気は、陽気である事は知っているか?」

「ああ、知っている。」

 横島が頷いた。彼の、この知識は過去に幽霊が教えてくれたものだ。

「人間と言う生き物は、基本的に陰陽の気のバランスが一定に保たれておる。しかしそれも時間によって少しずつずれており、夜中から朝早くにかけては陰気に、昼は陽気に傾いておるのだ。」

「………と言うことは。俺は今、自然の気を吸収したから気分が良いのか?」

「うむ、その通りじゃ。」

 八神が頷く。なるほどそれなら納得と、横島は思ったのだが、此処で疑問が一つ頭の中に浮かんだ。自然の気が陽気ならば人工的な物から発せられる気は陰気だ。八神の話を聞く限りでは、昼は陽気側に陰陽のバランスが傾くらしい。そうしたら都会に住んでいると、昼は陰気を吸収し今の様に気分が良くなるのだろうか? 少なくとも横島はそのような経験を一度もした事が無かった。

 横島はこの事を八神に質問してみた。

「ほう、中々良いところに気づいたな? わしが今教えたのは、あくまでも基本の考えであり、常にと言う訳ではない。人間とは不思議な生き物でな? そのときの精神状態でも陰陽のバランスが変わる生き物なのじゃ。例えば………誰かから褒められ、気分が良いときは陽気側に、逆に怒られ落ち込んだ時などは、陰気側にバランスが傾く。それにな? 忠夫よ。お前の気分が良いのは陽気の性質も関係しておる。」

「陽気の性質?」

「うむ。陽気の性質は光、活発、明るさなどじゃ。お前はそれを今朝吸収したから気分が良い。陰気を吸い込んでもそうは行かんぞ? もう想像つくとは思うが、陰気の性質は陽気とは逆で闇、静寂、穏やかじゃからの。いくら吸い込んでも気分は晴れん。」

「おお! 納得。」

  横島が手を叩き頷く。
 頭上のタマモが、器用にそれを真似ているのが非常に微笑ましい。

「気を吸収するのは霊力の強化にも良いからの。明日から毎日起きて散歩をする様に……良いな? 無論タマモもじゃな。」

「コン!?」

 タマモが驚いたように八神を見る。………何だか昨日よりも表情が人間らしいのは、気のせいだろうか? まあ、それはそうとタマモは、何で私まで!? と言いたいのであろうと横島は思った。

「妖怪は基本的に陰気に傾いておるからの。自然の中を歩くのは早く力を付ける意味でも良いのじゃよ。判ったか? それでも嫌ならば今日みたいに叩き出す。」

「キュ〜〜〜。」

 タマモが悲しそうに鳴く。そんなに朝早く起きるのは嫌か? この駄目狐め。
 するとタマモが横島の方を向き威嚇をしはじめた。

「ウーーーーーーーー。」

「うお! タマモどうして俺の考えている事が判った!?………何? 声に出てた? いて!! 噛むな! あっ……いや! 堪忍や〜〜〜!!」

 横島の頭にタマモが噛み付き、自在に動く九つの尻尾でも巧みに攻撃をする。

「…………さて、飯にするかの。」

 そう呟くと、八神が立ち上がり居間を後にした。

「助けてーーーーーー!」

 後ろでは横島の叫び声が響いていた。


 それからタマモの怒りも無事治まり、三人? は朝食を取った。するとその席で横島は八神から数枚の万札を貰い、飯を食ったあと町に出て、自分の日用品を買い揃えて来いと言われた。

 この時、その大金(横島にとっては)に手が振るえていたのは横島の秘密だ。

「キュ〜〜〜〜〜。」 

  タマモが横島に擦り寄って来る。恐らくは一緒に連れて行って欲しいのだろうと横島は思い。なら行くか? と、誘おうとした瞬間に八神からその台詞を止められた。何でも、タマモを傾国の妖怪として退治しようと動いている連中がいるらしく、今外に出るのは危険だということ。ならばしょうがないと、横島も思い、タマモに留守番を頼んだのだった。

 まあ、狙われている当の本人はその事に非常に不満そうだったが………

 その後はタマモに油揚げを買ってくると言う条件で何とかご機嫌を取り、此処から町まで片道二時間は掛かるので、横島は直ぐに八神宅を後にするのだった。


 そして今横島は東京渋谷に来ている。

「う〜〜〜む、やっぱり都会やな〜〜。」

 横島が辺りの景色をグルリと見回して、その感想を口にする。
 彼自身、大阪出身で十分都会人なのだが、やはり日本の中心東京。何だか大阪には無い、威圧感を感じる。

「まあ、いいか?さっさと買い物済まして帰ろう。」

 しかし、何を買おうか? 正直、日用品を買えと言われても特に今欲しいものなど無い。服は実家から持ってきたし、布団もテレビもあり、飯まで出てくる。
 不満など全く無い生活………あれ? じゃあ俺、別に町に出てこなくて良かった?…………しょうがない……タマモに油揚げだけでも買って帰ってやるか……。

 横島はそう考えると近くのスーパーに入っていくのだった。


「油揚げ、油揚げっと…………。」

 スーパーの中に入った横島は油揚げを求め、歩いていた。
 油揚げは豆腐などの大豆製品の場所に大体置いてあるので、それを目印に探せば直ぐに見つかるはずである。

「え〜〜〜っと……あっ。あった、あった。」

 横島は油揚げを見つけると、お金もあるという事で、一番高いやつを手に取った。

「これでよし。後は………間食用に菓子でも買いますかね。菓子売り場は、レジの近く。中央に位置している事が多いから……こっちかな?」

 そう言うと横島は大豆の売り場から動き出し、自分の経験から予想したお菓子売り場の方へ向かった。

「おお!」

 そこで横島は目を大きく見開き、感嘆の声を上げた。
 なんと、お菓子売り場には彼好みの女性が立っていたのだ。

(良い! すごく良い! 見た感じは俺より二、三歳年上見たいやから、中学生ぐらいやと思うけど……良い! あの、ちち、しり、ふともも!! あの歳であれ位あれば、将来は俺好みのグラマラス!! 此処で声をかけねば男にあらず!! 横島忠夫、いっきまーーーーす!!)

 この間0.1秒。脳内で即時ナンパと言う結論を出した横島は軽やかな足取りでターゲット目掛けて動き出した。


 しかし、そのとき彼は見てしまった。


 彼女の手が商品にすばやく伸び。


 それを何の躊躇なくバックに入れた現場を………。


「(万引きってやつか?)まっ! 俺には関係ないけどね。お姉さーーーーーーん!!」

「うわ!! 何あんた!?」

  いきなり大声を出し、近づいてきた横島に驚いた女性が声を荒げる。

「生まれる前から愛しておりました!!」

 女性の手をギュッと握り、微笑みながら初対面なのにそんな言葉をほざく横島。

「なっなっ!?」

 女性は突然の事に混乱しているのか、言葉をうまく紡ぎ出せないでいた。

「ささ。どうぞ此方へ。」

 横島はそんな女性に構うことなく、手を引きスーパーの外へと向かおうとしている。

「ちょっ! ちょっと。あんた!!」

「ああ、このお菓子はお近づきの印に僕が買いますよ。」

 そう言うと横島は女性のバックから、彼女が先ほど万引きしたお菓子を取り出した。

「あんた! いい加減に………って何勝手な事を!」

「警備の人に見られてましたよ?」

「えっ?」

 横島が女性の耳元で囁く。
 女性は一瞬何を言われたのか理解できなかったのか、呆けた表情をしたが、直ぐに表情をきつくして横島を睨みつけた。

「まあ、今回は俺に任せてください。」

 横島はそんな女性に苦笑して、会計を済ませにレジへ向かった。そのときまだ二人は手を繋いでいて、横島は心の中でやわらけ〜〜な。気持ちええな〜〜。とその感触を表には出さず楽しんでいた。


 私はいつも通りの行動をしていた。いつも通り朝一人で起きて、いつも通り町へ行く、そしていつも通り万引きなどをして、いつも通り家に帰るつもりであった。だが今日は違った。私のいつもには居ない妙なガキが一人存在していた。そのガキは今もまだ私の手を引き、前を歩いている。そして私に色々と話しかけてくる。何がそんなに楽しいのだろうか? 私はさっきから全ての問いかけに反応を返さず無視しているのに……。このガキは何を考えているのだろうか?

 私には判らない……。

 唯イライラする。邪魔された事にイライラする………。

 私は捕まりたかった………そして警察でも何にでも突き出して欲しかった。そうすればきっとママが私を迎えに来てくれるから……。例え怒られてもいい。嫌われてもいい。ママが側に居て欲しい……。

 だというのにコイツは私の邪魔をした……。せっかくチャンスだったのに! イライラする。私を助けたみたいに勘違いしているこいつが!

「もう、いい加減離しなさい!!」

 私が乱暴に握られていた手を振りほどく。ガキのほうは笑いながら、すいませんと私に謝り、特に気にしていない様子だった。

 それがまた癇に障る。

「何なのよ!? あんたは一体!?」

「僕、横島忠夫。12歳! 今年で中学生です! よろしくどうぞ!」

「いや………。まあ、そうじゃなくて……。」

 横島とか言うガキの的外れな言葉に私は頭を抱える。
 何だかムカつき過ぎて、頭が痛くなってきた。もう帰ろう………。

「あっそ………。じゃあね。私もう帰るから。」

「ああっ!! そんな、つれない! 折角のあなたと僕との運命の出会い! これはもうそこのレストランでお互いを語り合いましょうよ!?」

「だあーーー! 鬱陶しい!」

 私が帰ると言ったら、ガキがまた擦り寄って来た。
 だから手をいちいち握るな!!
 私はガキの顔面を殴る。

「あいた!!……だがしかし! この横島忠夫! せめてお姉さんのお名前を聞くまで引き下がれません!!」

「離せーーー!!」

 ガキは私に何度も殴られているのに、私の手を離さずに耐えている。中々見上げた根性だ。私は心の中で少しだけ、横島と言うガキの打たれ強さに感服していた。

「ねえ、ママ? あの人たち何しているの?」

「しっ! 見ちゃいけません!!」

「おい、あの坊主やばくないか?」

「頭から血、流しているよ………。」

 周りの人たちが私たちを見て騒ぎ出した。
 ヤバイ………。何だかとっても恥ずかしい………。
 このガキはいくら殴られても離しそうにないし………。あーーー!!

「もう! 判ったわよ! いい! よく聞きなさいよ!? 私の名前は美神令子! これでいい!?」

「美神令子さんですね? ありがとうございます! この横島忠夫、完全に覚えました! もう忘れません! ………後住所と電話番号とか教えてくれないでしょうか?」 

「調子に乗るなーーーー!!」

 全力の右ストレートが、ガキの顔面を捉える。
 あっ………。何だか物凄くスッとした。ストレス発散にいいかも……。

「へぶし!!!!」

 ………私ってこんなに力あったのだ……。ボロ雑巾の様に後方に吹っ飛ぶガキを見て思った。それはそうと……流石に今の一撃はやばかったかな?

「あ〜〜〜。大丈夫?」

「だっ……大丈夫っす……あっ…いや、大丈夫では無いので美神さんの膝枕で眠らせてっぶ!!」

「うん、それだけ話せれば大丈夫ね。」

 少しでも心配した私が馬鹿だった。
 右足でガキの顔面を踏みつける。
 ああ、何だかとっても快感。

「まっ、今日の事は一応礼を言っておくわ。」

 するとガキが……いや横島が目を大きく見開き、私の顔を見ながら呆けている。

「何よ?」

「あっ。いや何でも無いです。」

 横島が首を振るう。
 まあ、何にも無ければいいけど……。

「そう、それじゃあ。私もう行くわ。縁があったらまた会いましょう。」

「縁が無くとも、会いに行きます。ええ、今度こそ住所と電話番ごっぐは!!」

「じゃあね。」

 横島の顔面をもう一発、今度は左のストレートで殴り、私は彼に背を向け歩き出した。
 
 私は思う。本当に変なガキだった。だが不思議と最初に感じていたイライラ感はもうない。むしろ、胸がスッとしてとても気分がいい。ママが仕事で何時も居ないで、一人で過ごすことが多くなり、最近少し気持ちが憂鬱気味だったのが、一気に解消された感じだ。

「横島忠夫か………。本当に変な奴と会ったわ。」

 私は鼻歌を歌いながら家路についた。


 横島は顔面を押さえながら、美神が去っていった方を見ていた。

「ふう、何とか最後には笑ってくれたな………。」

 ため息を一回吐く。

 始めて彼女の姿を見たとき、その体に引かれた。
 次に顔を見たとき、その余りの表情の無さに愕然とした。
 横島にはこの世で許せないものが二つある。
 一つは、女にモテまくりチヤホヤされて調子に乗っている美形。
 もう一つは、暗い表情をして心の底から笑う事の出来ない美人だ。

「やっぱり、美人はああでなくちゃあ〜〜勿体無い。」

 美神令子が最後に浮かべた笑顔を思い出す。
 とても明るく太陽の様な笑顔。

「綺麗やったな〜〜〜。また是非お会いしたい! それに結構良い掴みだったから、もう一押ししたら電話番号ぐらい教えてくれるかもしれん。フッフッフッフッフ………。」

 グッと拳を握り、邪な笑みを浮かべる。
 此処最近でグッと下心が増加してきた横島であった。

「コン!!」

「いでっ!!」

 すると彼の腕に鋭い痛みが走る。
 見てみると鞄の中から顔を出しているタマモが、横島の腕に噛み付いていた。
 あれ、確かタマモは今家に居るはず………。

「何でお前が、此処に居るんや?」

「キューー?」

「いや、そんな可愛く首を傾げられても………。」

 小首を傾げたタマモに対し、どういった反応を返せばいいか判らず横島が思わず苦笑する。

「まあ、いいか………。もう用事も済んだし、帰るか。」

「コン。」

 横島の問いにタマモが鳴いて返事を返す。
 横島はそれから肩にもう一度鞄をかけ直し、新宿駅に向けて歩き始めた。

「お前そういえばさっき何で怒ってたんや?」

「コン!」

 タマモが先ほど自分が怒っていた理由を思い出したのか、頬を膨らませソッポを向く。 

(本当に人間らしくなってきたな………。こいつ……。)

 そのうち人語を話し出すのではないか? というか人間に変身? 九尾の狐は、人間に化けたとき美人だったという話から、ちょっと期待している横島であった。


 「まさかね〜。こんなに速く見つかるとは思って無かったわ………。」

 横島たちから数メートル後方にいる、サングラスをかけた女が呟く。彼女の手には携帯電話が握られ、今も誰かと繋がって会話中である。

「ああ、だが気を抜くな。ガキの方はいいが、相手はあの九尾……。騙す事に長けている化け物だ。」

 電話の向こうから男の声が響く。

「判っているわよ。抜かりは無いわ……。久しぶりの日本での仕事だもの。必ず成功させて稼がなきゃね……。」

「ふっ。ならいい。そのまま尾行を続けろ。いいな?」

「は〜〜〜い。」

 そして電話が切れる。 
 それを確認すると女は一回舌打ちをして不機嫌そうに髪をかき上げる。

「フン! 偉そうに………。」

 女はそれだけ言うと横島たちを見失わないよう尾行を再開した。


 横島達が八神宅を出て丁度一時間後。
 八神は一人、自室で茶をすすり考え事に耽っていた。

「やられたの………。」

 八神が呟く。彼の机の上には一枚の葉っぱが置いてある。

「妖弧は相手を騙す事に長ける。その妖弧の最高位に位置する九尾ならなおの事………。子供だと思い、油断していたわしのミスじゃな。」

 横島が出て行った後、八神はタマモが付いて行っていないか心配になり家の中を探した。 
 するとタマモは直ぐに見つかった。縁側で一人、日の光を浴びて気持ちよさそうに眠っていたのである。
 始めは今朝早くに起きたから眠いのだろうと思い。八神はタマモに声をかけずにそっとして置いたが……それがいけなかった。
 もしこの時八神がタマモに近づき声をかけていれば、きっと彼ならば気づいていたであろう。このタマモが葉っぱを媒介にして作ったダミーである事に………。

「しかし九尾は賢い……。いかに子供とは言え、己の身に危険が迫っているのが判っていて、あえて其処に向かうような妖怪ではない。」

 ならば何故タマモは其処に向かったか? 答えは恐らく横島忠夫という少年が其処に居るからだろう。
 タマモは己の身の危険より、その少年と共に居る事を選んだのだ。
 八神は深いため息を吐く。確かにタマモが横島を気に入る事は大賛成だ。しかし………。

「気に入りすぎじゃろ?」

 さて、不味い事になった。今、もしあの二人が襲われたら間違いなくやられるであろう。それにモグリのGSは危険な所が多い。タマモだけでなく横島も邪魔だからと言う理由で殺される可能性も出てくる。急いで自分も渋谷の方へ向かわなければな……。八神は自室を出て玄関の方へ向かおうとした。そのとき、呼び鈴が鳴った。

「………誰じゃ?」

 八神が玄関に行き戸を開ける。
 するとそこに、スーツに身を包み、髪をオールバックに整えた30代後半ぐらいの男が立っていた。
 八神はこの男を知っている。故に友好的な態度ではなく無表情で声をかけた。

「何様かな?」

 男は浅く頭を下げる。

「お初にお目にかかります。私は東と申します。今日は八神老にお願いがあり参りました。」

「そうか? しかし残念じゃ。わしは今忙しい……。今度にしてくれんかの?」

「いえ、そういう訳には………。国の一大事でもありますが故。」

「ほう……。それはの………。じゃが、そんなものわしには関係ないと思うがの?」

「いえ……。それが大いに関係があります。老……九尾の狐を此方で保護していますよね?」

「だから何じゃ?」

 八神が悪びれた様子も無くしれっと答える。
 そんな八神の態度に東の眉間にしわが寄る。

「ご自身が為さっている事が、何なのかお判りで?」

「お主の様な愚か者から妖怪を保護する………かの?」

 八神が、東を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言う。

「どちらが愚かなのですかな? 九尾の狐と言えば国を滅ぼす妖怪………。あなたはそんな化け物を保護し、日本を滅ぼす気ですか?」

「GS協会からは何も聞いていないのか? それは事実では無いとの事らしいぞ? ちゃんと調べてから動かんか小僧。だから親の影響で今の地位を得たと影で言われるんじゃ。」

 東が歯軋りをする。

「そんな話、信じられるか?」

「信じる? 何を戯けた事を………。お主はこの事を判断する程知識を持っていないじゃろ? 綺麗な言葉を並べてぐだぐだ言わずにはっきりと言ったら如何じゃ? 私は馬鹿で愚か者なのでろくに調べず。先入観だけで九尾を退治しようとしていますとな……。」

「貴様……! 人が下手に出ていれば!」

 ついに東が声を荒げる。
 彼は先ほどからずっと人を小馬鹿にしたような、八神の態度に我慢できなくなったのだ。

(本当に小物じゃな……。もう怒りよった。)

 八神はそんな東の態度に内心呆れていた。
 何でもそうだが、こういう論戦でも相手のペースにはまったら負けである。それなのに、この東と言う男は面白いほど簡単にはまってしまった。
 さすがは親の影響で祭り上げられた坊ちゃん。扱いやすい。

「やかましい奴じゃ。それに下手に出る? この阿呆が……。そう思うのなら茶菓子の一つでも持ってこんか。もうわしは行くぞ? お主との会話は時間の無駄なのでな……。」

 八神は玄関の戸を閉めると、そのまま鍵をかけずに歩き始める。別に家の中には捕られて困る様な物は何一つ無いし、今はそれどころではない。一刻も早く横島たちの下に行かなければならない。それなのに………。

「行かせると思うか?」

 東が、何かを八神に突きつける。その手に持っているのは一丁の拳銃であった。

「…………お主は銃刀法違反と言う法律を知っているのか?」

「国家の大事だ。多めに見てくれる。」

「国家の大事か………。先も言ったが、いい加減綺麗な言葉を並べるのを止めたらどうじゃ?」

「フン! 何が言いたい?」

「お主の目的は国家のためではなく、自分の為であろう?」

  八神の台詞に東の目が見開かれる。
 どうやら図星を突かれ驚いたらしい。

「………まあ、教えてやってもいいかもな? その通りだ。私は国家など正直どうでもいい。私が欲しいのは出世の理由……。ただそれだけだ。」

「法律に違法してまでもか?」

「そんなもの後で如何にでもなる。一般市民が九尾の狐に対して持つイメージは即ち悪。GS協会が何と言おうが国民に訴えれば勝つのは私だ。」

「正義は我にありか? 反吐が出るの〜〜。自分の欲の為に命を奪う必要があるのか?」

「命? 何を言っているご老人? 妖怪は我々の敵。敵に対してそんな命だ何だと慈悲をかける必要は無い。」

 さも当然のように妖怪を敵と言い。その命を否定する東。
 もういい。こいつの話は疲れるだけだ。早くこの場を去ろう。八神はそう思った。

「そうか? まあ、いいがの。本当にそろそろ行くので、その物騒な物を仕舞ってくれ。」

 すると小さな金属音が辺りに響く。 
  どうやら東が拳銃の引き金に込める力を少し強めたようだ。

「舐めるのもいい加減にしろ。別に私は殺人をしたい訳ではない。」

「だったらそれを仕舞え。そうすれば殺人などせんでいいぞ?」

「無理な相談だ。これを仕舞った瞬間に、あなたはあの少年たちの下に向かうであろう?」

 八神の眉毛が少しだけつり上がる。

「何故そう思うのじゃ?」 

「知れた事。九尾の狐は今、一人の少年と一緒に居るのでしょう? 先ほど部下から連絡がありまして。二人で町を歩いているのを発見したらしいのですよ。」

「そうか………。」

 なんと言う事か……。八神は、表には出さずに内心焦っていた。
 己が考えた最悪の事態が起こってしまったのだ。

「ええ。故にあなたには大人しくして貰おうと………。」

「もういい。退け。小僧。」

 その瞬間、東の目から八神の姿が消える。


 そして、鈍い音と共に東の体が虚空を舞った。


「待っていろ……。直ぐに行く。」

 その言葉と共に八神は動き出した。
 地面に倒れ、少しも身動ぎをしない東など眼中にも入れずに………。


「はあ、はあ、はあ、はあ、っく……。」

 横島は今何処かも判らない道を走っていた。
 呼吸は荒く。汗も止まることなく流れ続け、彼の服をぐっしょりと濡らしていた。

「畜生……。何でこんな目に……。」

 横島が異変に気づいたのは丁度、電車の中での事。彼は自分たちが誰かに監視されている事に気づいたのだ。
 始めこそは理由が判らず困惑していたが、今朝、八神が言っていた台詞を思い出し。嫌な汗が額から流れた。

『タマモは今、狙われておる。』

 だったらやばいな。横島は思った。

 幽霊との別れから二年。横島はあれから毎日自分を鍛えてきた。それにより彼の体は、その年齢の割には非常にがっちりして、とても良い身体つきと成っていた。しかしそれは世間一般的なトレーニングで得ただけであり、決して実戦で得た訳ではない。故に彼は戦う体力が有っても、戦う術が無い。これでは全く意味が無く。自分より体力がある相手などには直ぐに敗北してしまう。

(何とかして爺さんの所まで行かないと……。)

 今横島が考える限りではもっとも安全な場所とは八神の下だ。
 あの爺さんならこの状況を打破出来る。

「コン………。」

 鞄の中からタマモの不安そうな鳴き声が響く。
 横島はその声を聞き、自分自身に気合を入れ、心の中で決意を固める。
 こいつを殺されるわけにはいかない……。必ず守ると……。

 すると一人の女性が横島の席の隣に座った。
 中々の美人で思わず先ほどまでの不安や恐怖を忘れ、横島は喜んで興奮したのだが、次にその女性が発した言葉により一気に頭が冷めて行った。

「そのバックの中にいる子狐を此方に渡して。坊や。」

 静かに、とても優しい声色。
 故に恐ろしい。まるで得体の知れない者のようで……。
 横島の中で恐怖と言う名の波が渦巻き、心をかき回した。
 溜まらず彼は予定よりも三駅程早く電車を降りてしまった。
 その恐怖の根源から逃げるように………。

 そして今に至る。

「最悪だ。完全に迷っちまった………。」

 横島が辺りを見回す。其処は人の気配が感じられずに、静まり返った不気味な町。
 ゴーストタウンと言う奴だ。

「もしかして、誘い込まれたって奴か?」

「ご名答………。」

 その声に反応し横島が後ろを振り返る。
 すると其処には身長が180cm以上ありそうな大柄な男が一人立っていた。

「誰や!」

 横島が声を荒げる。

「君に教える必要は無い。此方も時間が無いのでね……。まったく他の奴らは高柳や六道の相手で来れなくなるとは、誤算だったな。」

 男がおもむろに右手を此方に向ける。
 すると金属が擦れる音と共に袖から銃が出てきて………。


  発砲。
 

「どわ!!」

 突然の事に驚いた横島はバランスを崩し、地面に尻餅をつく。

「君に様は無い。そのバックを置いて何処になりとも消えるがいい。」

「うっ……うああああああああ!!」

 横島が叫びながらバックを置き去りにして、その場から逃げ去る。

「所詮は子供か………。」

 男が横島の背を見ながら呟く。そして直ぐに、己に課せられた仕事を遂行するためバックに銃口を向け数発発砲した。
 弾丸は一発も外れる事無くバックに命中。いくら伝説の妖弧と言えど、まだまだ子供で、特注の銀の弾丸をこれだけ撃たれれば命は無いだろう。
 撃ち終わった男は静かにバックを見つめていた。其処で気づく。いくら待ってもバックから血が出てこない事に……。

(まさか!!)

 男がバックに近づき、チャックを開ける。
 其処には穴が数箇所に開いた一匹の妖弧の死体が有った。
 男はそれを見てホッとしたが、しかし………。

 ポンッという音と共に妖弧の死体が一枚の葉に変わった。

 それを見た男は一瞬呆けたが、直ぐに現状を理解し、自分が騙された事に気づき怒りに身を震わる。 

「あのガキ………!」

 男はバックを力いっぱい蹴飛ばすと、横島が逃げ去った方へ走り出した。


 横島は古い三階建てのビルの中に隠れていた。

「はあ、はあ、上手くいったな。」

「コン。」

 横島の問いかけにタマモが答える。何故此処にタマモが居るのかと言うと、二人は追っ手から逃げている時に一瞬の隙をついて二手に別れていたのである。
 別れた後、横島は囮として、タマモが作った分身を予備としバックの中に入れ、再び目立つように大きな通りから逃げ、タマモは反対に細い動物しか通れそうにない道を進み逃げた。そして横島が追っ手を騙し逃げてきた所で、二人は合流したのである。

 しかし向こうはモグリとは言え妖弧討伐の為に集められたプロである。こうも簡単に騙されるであろうか? 無論そうなる為に、此処には三つの要因が存在していたのである。

 まず、一つ目の要因は相手が隙を見せた事である。妖弧討伐隊の人数は全部で5人であった。彼らの計画では、まずその内の一人がタマモを発見したら尾行、予定の場所まで追い込む。そして残りの4人の内、一番腕の立つ者がその場所に先回りし、追い込まれたタマモを二人がかりで討伐する。そのとき他の者たちは、必ず来るであろう追っ手の相手をするという物であった。
 此処で一つ彼らの誤算があった。それは自分たちに向けられた高柳、六道の追っ手が予定外に腕が立ったという事である。これにより当初横島達を尾行していた女性は、そちらに向かわなくてはならなくなり、横島たちへの目が数分間だけ無くなったのである。そしてこの数分間のとき横島とタマモは無事分かれることが出来、彼らを救う一つの要因となったのである。
 次の要因はタマモの能力の高さだろう。確かにタマモは子供であり、霊力はそんなにまだ無いが、持っている存在的な能力は伝説の妖怪。金毛白面九尾の狐のものであり、非常に高い。それによりタマモが作り出した自分の分身は、己にそっくりな霊力を持つ存在となった。これが後々、一人先回りをして、待機をしていた男を騙す事になる。
 最後の要因は女性から連絡を受け急遽、横島達の下にやって来た男が持っていた見鬼君にあった。見鬼君の特性は妖怪や幽霊といったもの達が発する霊力。いわば陰気に反応し場所を示す物である。この見鬼君には更に特性があり、相手の霊力の強さよりも、その霊力の発生源が近いほうに反応するようになっている。例えば自分より100m離れた地点に強い霊力を発生する悪霊が居たとする。しかし自分の直ぐ後ろには弱いが悪霊が居る。  
 この時に見鬼君が反応するのは後ろに居る悪霊の方で、100m先の悪霊には、後ろの悪霊を倒したあと、もしくはその悪霊が自分に急接近した時ぐらいにしか反応しない様になっている。横島達のときもこの状況に良く似ている。タマモが逃げた方向は丁度、男が接近してくる逆方向であり、横島は逆に男の方に向かっていった。これにより男が持つ見鬼君が反応したのは横島が持つ偽タマモで、本物のタマモは無事逃げる事が出来、偽タマモを持つ横島が男と出会ったのである。

 まあ、この二人はそんな要因があったなどと知らず。自分たちの作戦勝ちだとしか思っていないが……。

「それにあのおっちゃん達余裕が無さそうやし……。此処で暫く大人しくしとけばその内助けが来るやろう。」

 横島がタマモの頭を撫でる。するとタマモは気持ちよさそうに目を細め「キュ〜〜〜〜。」と鳴いた。

「あ〜あ。しかし、お前に買った油揚げダメになったな。」

「………コン。」

「………その……。何だ? また買ってやるから、そんなに落ち込むな。な?」

「コン。」

「よしよし。ええ子や。タマモ。」

 本当に聞き分けのええ子やな〜。タマモは……。一家に一匹は欲しい妖怪だな。
 横島はタマモの頭を撫でながら、そんな事を思っていた。
 正直始めタマモを殺そうとする者たちから追いかけられたときは泣きそうであったが、こうしてタマモと二人で協力し乗り切ってみると充実感と言うか、爽快感と言うものがある。まあ、そんな事をこの状況で感じること自体、感覚が麻痺しているのかも知れないが………。ともかくもう安心だろう。この広いゴーストタウンで自分達を発見するのは試練の技だ。息を殺し。下手に動かず潜んでいれば、まず見つかる事は無いだろう。

(でも、安心は出来んな……。爺さん。早く来てや〜〜〜。)

 横島が虚空を見上げる。其処にはガラスが張っていない窓があり、赤い光が差し込んでいる。もう直ぐ夜だ。

(…………夜のほうが隠れている方は有利になるんやけど……。やっぱり不安になるな。)

 横島の体が少しだけ震える。段々と気温が下がってきた所為か? それとも彼の心に潜む恐怖からか? ともかく横島は自分の体が冷えていくのを感じた。

「コン……。」

 そんな横島を見て心配になったのか? タマモが擦り寄ってくる。
 横島はそんなタマモに苦笑し、抱きしめた。

(あったけ〜〜な〜〜。)

 横島の体に少しだけ暖かさが蘇った。


「ガキ! 出て来い!!」


「っ!!?」

 突然響くあの男の声。

 横島は体が冷や水をかぶったかの様に冷たくなるのを感じた。それなのに全身からは嫌な汗がだらだらと流れる。

(マジかよ!? 早過ぎるだろう!? 何でばれた!? いや……落ち着け! まだ見つかった訳じゃない!!)

 彼は自分を叱咤し、タマモを強く抱きしめ沈黙を決め込む。
 
「………出てこないか? お前らが此処に居るのは判っているんだよ。まあ、ガキの方は判らないのだがな………。おい! 狐! 妖怪のお前が此処に居ることは判っているんだよ! 出て来い!!」

 男が威嚇を込めて此方に銃を撃ってくる。やっぱり場所がばれている!何でや!
 するとビコービコーと電子音みたいな音が、この部屋に響いている事に横島が気づく。そっと覗いてみると、男が持っている人形みたいな物が此方を指差し、出している音だという事が判った。

  あれが俺たちの場所を教えた!?

 横島はその光景を見て瞬時にそう判断した。

「何だ? やっぱりガキも居たじゃないか? 早く出て来い……。蜂の巣にされたくは無いだろう?」

 ヤバイ! 見つかった!? 横島が慌てて顔を引っ込めたときには既に時遅し。男には完全にばれてしまっていた。如何すればいい!? 横島の頭の中でグルグルとこの現状の打開策を思い浮かべようとしていたが、いかんせん所詮は素人の彼ではいい案どころか、一つも思い浮かばない。万事休すか? 横島の脳裏にそんな言葉が過ぎる。

「コン!」

 すると突然タマモが横島の腕から離れ、男の前に出て行ってしまった。

「なっ!?」

  横島がそんなタマモの行動に驚き、声を上げる。

「ほう? 自ら出てきたか………。もしかしてあのガキを守るためか? 傾国の妖怪にしては味な事を……。」

 男がタマモに銃を構える。しかしタマモは全く怯むことなく男を睨み威嚇を続けている。

 俺は何をやっている? 

 横島が考える。タマモは殺されるかも知れないのに、身を張って男に立ち向かっているというのに自分はビビッて声を上げるだけ……。

 ハハッ……ホンマ昨日から厄日やな〜〜。やっぱりキスがいけんかったんやろうか? あれで運を使い果たした? あ〜あ……笑えね〜〜。嫌やな〜。痛いのは……。銃で撃たれたら、すげ〜痛いのやろうな………。

 そこで横島が大きく息を吸い込む。

 でもな? それよりも嫌やのは、此処でタマモを見捨てる事やな。 男横島! 死にたくないが! やっぱり行きたくないが! いざ出陣!!

「どうりゃーーーー!!」

 覚悟十分。気合満点。逃げたい気持ちいっぱいで、横島が隠れていた所から、銃を構えた男に向かって走る。

「コン!!」

「………出てきたか。」

 タマモは驚き。男は冷静に横島の行動を見る。

「あああああーーーー!!」

「アホだな。無策に突っ込んでくるだけか……。」

 男がそう言葉を吐き捨てると銃口をタマモから横島に移した。

 このとき横島はあることを思い出していた。それは前日の八神との戦い。あの爺さんは運歩? とか言ったか、変な歩法を使っていた。そのときに地面との摩擦を限りなく零にする為に自分の足の裏から霊気を放出し、少しだけ自分の体を浮かして地面との間を空けていた。横島は思う。なら、自分の体を浮かすではなく。吹っ飛ばすぐらい霊力を放出したらどうなるか? 横島は足の裏に霊力を集中させる。こんな事今までした事は無いが……と言うか、彼は霊力を体の一部に集中するという行為すらやった事が無いのだが……。 
 やるしかない。横島はイメージする。自分の足の裏に霊力が集まるように、そして集中する。コントロールなど必要ない! 唯全力でぶっ放すのみ! 忠夫!突撃形態だ!!

「ああああああっしゃーーーーー!!」

「何!!」

 裂ぱくの気合と共に横島の体が爆発的に加速した。男はその変化に驚き、銃の照準がずれてしまった。

「ぶぐっ!!」

 男は顔面に横島の渾身の頭突きが突き刺さり、何かがひしゃげるような音と共に、後方に血を撒き散らしながら吹っ飛んでいった。

「ぐっ!!」

 無論横島の方も無事ではない。この世に作用反作用の法則がある様に、横島の頭にも男と同等の衝撃が加わっている。彼は額から血を流し、軽い脳震盪を起こしていた。

「コン! コン!」

 タマモが声を荒げながら近づいてくる。

「ああ……。大丈夫や………。タマモ…。いや…。やっぱり痛い。」

 頭を押さえながら何とか立ち上がる横島。頭がくらくらする。

「キュ〜〜。」

 タマモが足に擦り寄る。横島はそんなタマモの頭を撫でてやる。
  へへ…。決まったぜ。彼はタマモに向けてサムズアップをした。

「コーーーン!!」

 すると突然タマモが大声で鳴く。横島は目を見開いて何事かと思ったが、直ぐにその理由を理解した。


 それは轟音と共に、彼の腹から激痛と熱が沸き起こっていたからだった。


「ぐああああああ!!」

 横島が腹を押さえ地に転がる。痛い。痛い。痛い! 洒落にならないほど痛い! 何も考えられない。銃で撃たれるとはこれ程なのか!? やばい………。意識が……。

「コン! コン! コーン!!」

 タマモが懸命に鳴くが、横島は呻くだけで何も反応を返さない。

「ぐぞがきが……! ごろじでやる!」

 男が右手に銃を、左手で血だらけの顔面を抑えながら、怒りに狂った狂気の目で此方を睨んでいる。

「もうゆるざん……。らぐにはごろざん!」

 男が引き金に力を込める。タマモにはその光景がやけにゆっくりと見えた。これが走馬灯と言うやつであろうか? 自分は死ぬのか? この少年も死ぬのか? 私を守ってくれたのに? 身を挺して守ってくれたのに? 始めて自分を命がけで守ってくれた人間なのに? タマモの中で色々な思いが溢れる。 

 タマモは始め横島を利用するつもりで、彼に近づいていった。守るだけ守ってもらったら後はさっさと身を隠し、静かに暮らすつもりであった。しかしそこで予想外の事に気づいた。この少年はとても心地いいのだ。一緒にいるだけで心が落ち着き、穏やかになる。

 好きだった……。この少年の頭の上が、抱きしめられる事が、自分の頭を撫でられる事が………。


 失うのか? この温もりを、安らぎを……。


 嫌だ。


  嫌だ。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ!


「じね!!」

 男の声と共に銃声が響く。

 しかし何故だろうタマモに先ほどまでの恐怖はない。この男が今の自分にはとても矮小な存在にしか見えないのだ。そして何だろう? 不思議と怒りが込み上げてきた。

 死ね? 誰に向かって言っているの? この小物が………。いいわ…見せてあげる。私の力……。金毛白面九尾の狐の力を………。


 その瞬間大気が悲鳴を上げた。


「うわーーーー!!」

 男は突然巻き起こった炎に驚き尻餅をつく。今度は一体何なのだ!? 男が心の中で叫ぶ。

「ふふふふふふふふ………。」

 すると炎の向こうから妖艶で底冷えするような女性の笑い声が響く。

「まっ……。まざが………。」

 男の顔から血の気がなくなり、死人の様に真っ青になる。彼の脳裏には今、最悪結果が思い浮かんでいた。

 炎が消え、その向こうに居る人物。否、化け物の姿が浮かび上がった。

 其処にいたのは美しい。まさに絶世の美女と言うべき存在が、とろけそうな笑みを浮かべ、静かに立っていた。

「あっ………あああああああ!!」

 男はその女の姿に恐怖し、銃を乱射した。
 
「無意味よ。」

 その一言だけだった。別に体を動かしてなどいない。ただ一言そう言っただけ……それなのに、女の前に巨大な炎の壁が現れ、銀の銃弾を全て蒸発させた。

「あっ……あっ…。化け……物……。」

「そうね。私は化け物よ……。だからあなたが私を滅ぼそうとするのは良く判る……。人間はいつでもそうだから……。でもね? 何故この少年を殺そうとしたのかしら? 同じ人間なのに……。私みたいに化け物でもなんでもない。あなた達と同じ人間なのに!!」

「ひっ!!」

 その瞬間、女から膨大な霊力が溢れ出す。男は溜まらず悲鳴を上げた。

「安心しなさい……。殺さないでいてあげる。」

「えっ……。」

 先ほどの激昂とは打って変わり、女がとても優しい笑顔で男に語りかる。男は殺されるとばかり思っていたのでこの言葉は予想外であった。故に彼は少しだけ嬉しくなり気づく事が出来なかった。

 女の目が全く笑っていない事に………。

「生きて、生きて、生き抜いて苦しみなさい。」

「ぎゃあああああああ!!!」

  男の体が、天井にも届きそうな巨大な炎に包まれる。しかしその炎は直ぐに消え男を解放する。

「あ……ぐあ……。」

 苦しそうな男のうめき声が辺りに響く。

「苦しみなさい…。それがあなたの罪よ。」

 そう言うと女は男に興味を無くしたのか、男に背を向け横島の方へ歩き出した。そして横島の下まで来ると彼女はそっと彼の頭を撫でる。そのときの表情には先ほどまでの余裕は無く、何処か焦っているようだった。

「いけない……急いでヒーリングをしないと……。」

 女は横島の服を上げ、腹にあいた傷を懸命に舐め始めた。


(体が重い、思うように動かせない。もしかして死んじゃった? 俺……。)

 横島がぼんやりとそんな事を考える。

(死ぬとこんな感じで全身がだるいんだ。まあ、それよりタマモのやつは無事だろうか? もしかして死んだかな〜〜。あの状況じゃあしょうがないか………。結局中途半端に終わったな、俺って………。)

 横島がため息を吐く。何かもう自分が情けなくなってきた。もう少し頑張れる子だとは思っていたのに……。

(ああ。しかし結局、合法的な覗きも出来ない。ちちも揉めない。尻も触れない。ふとももで眠れもしないなんて………何だったんやろう。俺の人生って………。せめて美女の膝枕で眠りたかった!)

 そのとき横島の頭がゆっくりと持ち上げられ、やわらかい物の上にそっと置かれた。

(そうそう、こんな感じ……って…。)

 横島はその現実的なやわらかさに驚き、そしてそれが何か気になり重いまぶたをゆっくり開けた。

「あら、起きた?」

 すると其処には慈愛に満ちた表情で此方の顔を覗き込む絶世の美女がいた。

「あっ………。」

 流石の横島もこれには言葉を詰まらせる。まさか本当に美女から膝枕をされているとは、どうやらこの世に神はまだ居るようだ。だがしかし一つだけ気になることがある。

「お姉さん誰ですか?」

「うん? 私はね。化け物よ……。」 

「はい?」

 そのあんまりな答えに横島が完全に呆けてしまう。この女性は自分の事を化け物といった。冗談ではない。あなたが化け物なら、この世の殆どの女性は化け物になってしまうではないか!? 

「ふふ……。横島が考えている様な事ではないわ。私は金毛白面九尾の妖弧……。三国に渡り、混乱を巻き起こしてきた妖怪……。そういう意味で化け物と言っているの。」

「………あの……もしかしてタマモさんですか?」

「ええ。」

「なにーーーーーー!!

  横島がその美女……否、タマモの発言に驚き立ち上がる。

「ちょっ……。ちょっと! 横島! ダメだって、あんたまだ動いちゃあ……!」

「そんな事はどうでもええんや! お前本当にタマモか!?」

「え……ええ……。」

「成長しすぎだろ!? お前さっきまで体長30cmもない子狐だったんだぞ!? 何を如何したらそんなに成長する!? と言うか質量保存の法則無視か!!? ああ、しかし!! これはこれで美味しいのかもしれん! 理論をとるか本能をとるか……! 俺は! 俺は! 如何すればええんやーーーーー!!」

「………お〜〜い。帰ってこ〜〜い。と言うかあんた、私の化け物発言無視? かなり覚悟を決めて言ったんだけど……。」

「はっ? 何でや?」

  横島がタマモの方を見て首を傾げる。

「………本気で言ってる………?」

「いや、だから何でや?」

「は〜〜〜〜………。」

 タマモが額を押さえ長いため息を吐く。

「いい。もう一度言うわ。私は今完全な傾国の妖怪として蘇ったの。言わばあんた達人間の敵! 判る!? 私はあんたの敵なのよ!! 殺す殺されるの仲なのよ!! 私はあんた達人間が憎いのよ!! 本能から憎いのよ!!」

 タマモが横島を睨み、興奮して怒鳴る。そんな彼女の姿を横島は唯黙って見つめていた。

 この叫びは、タマモの心からのものなのだろう。当然か……。こいつから居場所を奪い。命を奪い。全てを奪ったのは人間。傾国の妖怪として完全に蘇ったタマモなら人間を憎んで当たり前だ。不安なのだろうな……。また奪われる事が、裏切られる事が………。俺に何が出来る。今の俺に…………。こういう時に親父のテクニックが羨ましい。あいつならこの状況も無難に切り抜けるだろう。さて、如何する俺? 

「私たちは!! 私たちは! ……私たちは…どんなに馴れ合っても……所詮は……敵でしかないのよ………。」

 タマモの目に涙が溜まる。ああ、もうあれこれ考えるのは止めだ。横島はタマモをそっと抱きしめてやる。そのときに彼女の耳を、自分の心臓の位置に押し当て、その鼓動を聞かせる。心臓の鼓動とは一種の精神安定剤みたいなもので、その音だけで非常に心を静めてくれる。

「なあ、タマモ?」

 横島がタマモの背を優しく叩きながら、彼女に問いかける。

「俺はさ……馬鹿だからよくそう言うのは判らん。だから俺にとって大切なのは、お前がタマモかどうかって事だけや。」

「……何それ?」

「ああ、何だ。要はお前が、油揚げが好きで、俺の頭の上が好きで、自分の頭を撫でられるのが好きだったらそれでいいって事や。」

「……国を滅ぼす妖怪でも?」

「そうや。なら聞くが、タマモ。お前は油揚げが好きか?」

「うん。」

「俺の頭の上に乗るのは好きか?」

「うん。」

「頭を撫でられるのは好きか?」

「うん。」

「よし。なら十分だ。」

 横島がタマモの頭を撫でながら笑う。

 それだけでこいつは満足なのだろうか? それだけで私を受け入れてくれるのだろうか?

 ああ、本当に心地いいな……こいつの側は…。ずっと一緒居たい。ずっと共に在りたい。

 だから最後にもう一度だけ聞こう……。

「私は金毛白面九尾の妖弧……。三国に渡り、混乱を巻き起こした妖怪。言ってみれば、あなた達人間の敵………。だから教えて……あなたは…あなたはこんな私でも……」


 受け入れてくれますか?


「おう。」 

 とても短く簡素な言葉。しかしタマモにとってその言葉は、どんなに綺麗に飾られた言葉よりも、心に響き彼女を満たしていった。

「ありがとう………。」

  この日、傾国の美女は誰かを騙すためではなく、悲しいが為でもなく、生まれてはじめて、唯嬉しくて涙を流した。


 それからしばらくして、モグリのGS達を退けた八神たちが、横島達の居る現場に着いたとき、彼らはその光景に思わず呆けてしまった。

「ほっほっ。中々面白い組み合わせじゃの〜〜。」

 唯一人、八神だけが顎に手を当て、楽しそうにその光景を眺めていた。

 その光景とは、弾痕や焼け焦げた後があちらこちらにある部屋で、全身に大火傷を負い辛うじて息をしている男が一人と、直ぐ近くで月明かりを浴び、静かな寝息を立てている少年と、その少年の胸の上で幸せそうに丸くなって眠っている子狐の姿だった。


 あとがき

 まずは此処まで読んで下さった方々に感謝を、そして感想ありがとうございます。何と言いますか……投稿するまでに時間がかかってしまい申し訳ありません。次回はもっと早く書き上げたいのですが、また同じぐらいになりそうなのでご了承ください。

 さて、今回はタマモ編みたいに書いたのですが……だらだら書きすぎましたね。もっとスッキリまとめられたら良いのですが難しい。きっと途中で飽きた人もいると思います。前編、後編に分けたほうが良かったかな? と思う次第です。

 次回、この話のちょっとした続きと、落ちをつけようかなと思っています。

 では、次回も読んでいただけたら幸いです。

  改行が可笑しくなっていたので修正しました。読んでしまった方々申し訳ありません。読みにくかったですね。

 誤字の修正をしました。ご指摘ありがとうございます。


 レス返し

 万々様
 そうですね。確実に進む事が大事ですね。これからも遅いとは思いますが進んでは行きますので宜しくお願いします。

 BLESS様
 俺はロリコンやない。という台詞は、横島の王道の一つでもあるので必ず入れたいですね。何時入れるかはまだ考えていないのですが、近い内に入れると思います。

 無名様
 私は妖魔シリーズと言うのが、どのようなものか判らないので何とも言えませんが……。基本的にこの世界ではチャクラの解放=力ではありません。原作の美神達の様に、チャクラなど開かずとも道具を使い、仲間と協力し、相手を此方のペースに巻き込んだりと色々な要素を駆使して勝つという風にしたいと思っています。また参考までにですが横島が全てのチャクラを開いたとしてもメドーサや小竜姫よりも霊力は低いと私は設定しています。

 たぬきち様
 フラグ発生ですw タマモは良いキャラですからね〜。フラグを立てたかった。

 え〜に様
 予定では夏子の登場は考えています。あと高柳さんは、物語が進行するにおいて余り重要ではないのですが、この世界ではかなり重要なポジションに居ます。それも高柳さん個人ではなく高柳家としてであり、それは後々書こうかなと思っています。

 チョーやん様
 本当に書いていて思ったのですが、八神は猿神と通じるものがありますね。何だか書いている本人が皆さんにいわれて気づきました。

 zerosenn様
 設定を褒めていただくと、頑張って考えたかいがあります。なるべく違和感が無いよう。スムーズに読んでいただける様にこれからも書いていきたいので応援宜しくお願いします。

 内海一弘様
 やっぱり、八神と猿神は何か似ていますね。これは猿神が出したときに区別つかなくなるのではないかと不安です。

 DOM様
 たった二話で二つもフラグを立てしまいました。何だか早すぎる展開なような気がします。もう少し落ち着いたほうがいいのだろうか?

 iei様
 実は私も今大学二年なんです。正直原作の横島達の時代だと、私が小さすぎて、もう余り背景知識とかを覚えていなかったもので、だったら自分と同じ年にしてやろうと思いこの設定にしました。

 GX様
 やはりタマモの敵となるのは国だと私は思いました。三国に渡り滅ぼしてきた傾国の妖怪。これの復活を政府の人間がよしとするはずが無いと思ったからです。

 見守る猫様
 美神とのファーストコンタクトはこんな感じで、これは後々の伏線的なものです。後日美神編を書きますのでどうかそちらも読んでいただけたら幸いです。

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