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「スランプ・オーバーズ!27 (GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-07-08 22:19)
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 少しだけ、揺れるなと思った。


 …でも、あったかいなぁと思った。


 自分が今どういう状態にあるのか、彼女にはまるで分からない。

 本音を言えば…分かりたくない。

 現状が不明でも、不明に至る道筋は鮮明に、嫌になるほどはっきりと覚えている。

 彼女は傷を受けた。

 体にも…心にも。

 薄汚い策に嵌められ、大切なものを奪われ、誇りを汚された。

 彼女は決して許さない。あの、黒衣の老人を。

 彼女は決して忘れない。あの…


 (…泣いてんじゃ……ないわよ……馬鹿…犬)


 相棒の、涙を。


 「ほぁ……(この子、今寝言言ったの)」

 「ほぁ………(くーん、って。可愛いの)」


 少女は胸に抱いた毛布の中で眠る仔狐を見て、もう一人の少女と笑い合った。鏡合わせのような笑顔の、双子の少女達だ。


 「ほあっ! (なあなあ、俺達なんでこんな事しなきゃいけないわけ?)」

 「ふうぅ…(仕方ないじゃん。母ちゃんが行けって言うんだから)」


 その少女二人をそれぞれお姫さまだっこで抱えて、山中の道無き道を併走しているのも双子の少年達である。


 「ほあ(文句を言うな。目的地までまだ遠い)」

 「ほあ…(妹達を守ってやれよ)」


 更に彼らの前方で、走るのに邪魔な枝葉を手刀足刀で斬り飛ばしつつ先導しているのは、これまた双子の青年達だった。


 「ほああっ! (だってわざわざ飼い主んとこに届けてやる義務なんてないだろ!)」

 「ほぁ……(私も、街に下りるの怖いの…)」

 「ほあっ! (兄貴達は化けるの上手いからいいけどさ、僕らや妹達はまだ不安なんだよ)」

 「ふうぅっ…(お前、ケイにはもう完璧だって胸を張っていただろう。あれは嘘か?)」

 「ほ、ほあっ!? (兄貴見てたの!?)」


 彼らが住んでいた山を出て、今日で二日目だった。
 人目を避け、速度を殺さず駆けるためには、必然的に道を外れ遠回りをしなければならない。一直線に進めればとっくに目標地点には到達しているが、道中、何かの弾みで変化が解け、魔獣の姿を衆目に晒せばこの旅は終わる。

 彼らは、人間ではない。

 かといって、野生の獣ですらない。

 兵器として生を受け、戦場で敵を屠るために培養された…人造の魔物。

 騒ぎが起これば、たちまち駆除されてしまうだろう。こちらには、幼い妹もいるのだから。


 「ほあ…(化け猫いいなー…あいつ、化けるのが仕事だし)」

 「ほおおっ! (うちと同じで、母ちゃん美人だしな!)」

 「ほぁ…(あのおもちゃ、凄いの)」

 「ほぁぁ…(くるくるって飛ぶの)」


 依然、高速で岩肌や木の幹を蹴って進みながらの会話だ。兄二人は、後方の安全を確保しながら先を急ぐ。


 「…ほあ(…しかし、母の願いとはいえ…この場所は確か、日本で最も人間の数が多い街ではなかったか?)」

 「ほおあ…(東京、か。妹達も、厄介な拾い物をしてくれる)」


 兄二人の会話は、背後の空気とは打って変わって静かな分、硬い気配を放っている。
 器用に枝を片手で刈り払いながら、一人がジャージのポケットから小さな紙片を取り出した。

 それは、一枚の名刺だった。


 「ほう…(美神令子除霊事務所…無事辿り着けるか)」


 泥と雨で汚れてはいたが、その紙片を唯一の道しるべとして…六人の旅は続く。


 「ほうっ! (俺東京行ったらタワー上りたい! 電波出てるらしいぞ!)」

 「ほあっ! (僕は土ん中を掘り進んで走るっていうチカテツに乗りたい。きっとドリル付いてるんだ!)」


 「「………(………)」」


 兄二人の気苦労は、絶えない。


               スランプ・オーバーズ! 27

                    「家族」


 穏やかな温もりの中…タマモは思い出す。あの日の事を。


 …あの日、二人の少女はいつものように過ごしていた。


 「タマモ?! 貴様、拙者のろなるど一号に落書きしたでござるなっ!!」

 「落書きじゃないわよ。ノーズアートって知らないの?」

 旅の最初の目的地は、そう、妙神山だった。
 横島や美神が妙神山へ修行に向かうのを知って、人狼族の少女犬塚シロがタマモをお揚げ料理をエサに連れ出したのだ。
 けれど、いつの間にか二人の旅は別の意味合いを持つようになっていた。

 「何があーとだっ!? ろなるどの胸板いっぱいに蛙なんぞを描きおって!!」

 「だってどれが誰のだか分かり辛いんだもん。みんな同じ顔だし」

 「だからどうして蛙をっ!?」

 「さあ? 自分でもどうして黄色く塗ったのか分からないのよね」

 シロは元々、横島らと合流出来たら自分も修行に付き合うつもりだったらしい。先生と慕う横島に、稽古と称したスキンシップを図ろう…なんて打算もあったのだろう。
 タマモはタマモで、横島&シロの馬鹿師弟コンビのいない事務所では、からかう相手もいないから。暇潰しに付き合う感じでしかなかったが、シロのお揚げ料理云々に釣られたのも確かだ。

 「ろなるどが泣いておったぞ! さっさと洗い流すでござる!」

 「やーよ。あんたのろぼなんだから、あんたがやりなさいよ」

 「むぅぅぅぅ…! 女狐の分際でぬけぬけとっ!」

 「きれいに描けてるんだし、いいでしょ。今にも喋りそうじゃない。…蛙が」

 二人が騒いでいるのは、そこかしこに砕けたコンクリの塊や、折れ曲がった鉄骨の散らばる無骨な空間だ。
 瓦礫を片付け、というか適当にぶっ壊して確保したスペースに、近くの洋館の廃墟から持ち込んだソファやらテーブルやらを配置した…まるでひみつ基地のような一画で、二人は言い争いを続けていた。

 「あんただって前にカメラ壊したでしょ。お陰でビデオレターは一本しか送れなかったし、修行の記録も出来ないし。あれ、まだ謝ってなかったわよね?」

 「ぐ、むぐ…! あれは不可抗力であって、拙者の操縦ミスで踏み潰したのではないと…」

 「言い訳なんて、侍らしくないわね。人狼族の誇りが聞いて呆れるわー」

 「むむぐぐぐ……!」

 「あ、狼じゃなくて犬っころだっけね。ごめんごめ〜ん」

 「むががががあああああっ!?」

 タマモの揶揄するようなからかいの声に、もう何度も同じネタで馬鹿にされているシロの堪忍袋の緒は、あっさりぷちりんと切れた。
 右手に霊波刀の煌めきを携えて、シロはタマモに斬り掛かるも…そんな反応もとうの昔に見切っているタマモは驚きもしない。猫のようなしなやかさで座っていたソファの後ろへ回り込むと、目くらましの狐火を軽く放って一目散に逃げ出した。
 見る人が見れば、美神と横島の掛け合いと同じ匂いを嗅ぎ取れるだろう。

 「待たんかああああああっ!! 女狐えええええっ!!」

 案の定、シロは目の色を変えて揺れる九尾のポニーテールを追いかけ始めた。
 もう何ヶ月も過ごしている基地である。
 犬神の超感覚もあり、目を瞑っても二人はこの中を駆け回れる。タマモは床に開いていた亀裂へ躊躇なく身を躍らせた。…あっかんべーっとしながら。
 狼とは思えない奇声を発して、シロも後へ続く。
 地下は地上よりも広く、非常灯の明かりが等間隔で灯っているためか、周囲の様子も把握し易い。
 地上と同じく瓦礫の散らばる殺風景な室内で、壁面から覘くケーブルの束や天井から落ちたらしい用途不明の機械を見ても、ここが一体何のために作られた施設なのか…容易には推し量れない。
 タマモはテーマパークの一種ではないか、と推測していたが。

 「隠れても無駄でござる! お前の妖気を辿るなんぞ朝飯前っ!」

 青筋を額に浮かべて、霊波刀の刃をぺろんと舐めあげるシロには、そんなこと関係なかった。
 広間の端から幅の広い通路へ駆け込み奥を目指す。女狐の妖気は間違いなくシロの走る先へと続いていた。


 地響きのような震動と、タマモとは別の霊気を感じたのはその時だった。別の、とは言ってもシロのよく知るものだが。


 「あ、ああっ!? ずっこいでござるタマモっ! こっちは―――――!?」

 自分が誘い込まれた通路の先に何があるのか、シロはようやく思い出した。慌てて急ブレーキを掛けるのと、通路の先でフラッシュのような光が瞬くのはほとんど同時。

 「やっちゃえろぼー」

 「ま゛っ」

 タマモの声に反応する余裕も無く、飛来してきたロケット花火のようなミサイルの群れから、シロは一も二も無く逃げ出した。

 「格納庫に逃げ込むとはおのれーーーーーーーーーっ!?」

 捨て台詞と共に、シロは通路を逆走していった。
 …少し遅れて、広間の方で小規模の爆発音が連鎖して轟くのを、タマモは大きな人型石像の肩上で聞いていた。相棒の相変わらずのお馬鹿っぷりと間抜けっぷりを堪能できて満足、である。

 「よくやったわろぼ。もうあんなしょぼい兵器しか残ってないのが残念だけど」

 「…ま゛」

 石像…ゴーレムの同意とも同情とも取れる返事は冴えなかった。

 ここはかつて、美神除霊事務所がその形を取り戻した場所。
 一つの因縁から解放され、幽霊から生き返った氷室キヌと合流し、チームとして再起動した思い出の地。

 とはいえ、シロもタマモもそんな背景は知ったこっちゃない。
 彼女達は偶然を重ねてこの地に行き着いたに過ぎなかった。強力な霊波動が残留していたので、物珍しさからアジトにした、なんていう子供っぽい理由もある。

 「…しっかし、人間ってのは遊ぶことに命懸けてるわよねー」

 通路の床に倒れていた南部リゾート開発、と書かれた工事用立て看板をゴーレムの肩から見下ろして、タマモは呆れ声を上げる。
 デジャブーランドをハイエンドと見積もっても、この旅の間に見て回った遊戯施設の数と質は、彼女をして圧倒されるばかりだった。
 悪いがシロが盛んに叫んでいた武者修行の旅〜…なんてものに、タマモはほとんど興味が無い。テンションが上がる理由も分からない。
 タマモが旅を続ける理由。それは偏に、懐の古今東西のお揚げ料理を網羅せんとする『御揚百珍』完成のためと、もう一つ。

 「関東圏はほとんど行き尽くしたわよね…そろそろねぐらも代えどきかも」


 そう、全国遊園地参りである!


 「グレート・ウォール・マウンテンを超えるアトラクションには未だ出会っていないけど…というかこれ、微妙に古いのよね」

 どこからともなく取り出した一冊の雑誌のタイトルには、遊園地パーフェクトカタログとある。タマモが読み込んだせいもあるが、それ以前からこの雑誌は少々古ぼけていた。おキヌの本棚から無断で拝借してきたのだが、タマモの知らない歴史があるのだろう。

 「ま゛っ」

 「ん? あー、馬鹿犬はいいのいいの、ほっといて」

 意思疎通が出来ているのか、タマモはカタログを読みながらゴーレムの声に答える。
 魂を持つ石像と称されるゴーレムだが、実際には呪的プログラムによる擬似人格が付与されたに過ぎない。人工的な魂を精製することの難しさは、マリアや人工幽霊一号の豊かな感情と接すれば直ぐに分かることだろう。

 「……ま゛」

 「うっさいわね。そんなに心配なら見に行けばいいじゃない。…あ、あんた狐組じゃなくて犬組のろぼか」

 ゴーレムの耳元に鼻を寄せたタマモは、納得したようにカタログを閉じて肩から飛び降りた。

 「やっぱり犬組全員に『謎の黄色い蛙』アートを徹底しようかしら」

 「ま゛、ま゛っ?!」

 「なあに、イヤなの? でもー、うちの子達にあんなもの描きたくないしー」

 「ま゛あああっ!」

 「差別って何よ! あの今にも達者な江戸弁で根性論をぶち上げそうな黄色い蛙のどこがイヤなわけ!?」

 …プログラムの範疇を超えた反応ではと思うが、それはさておき。

 廃棄されたこの施設の地下に眠っていた数体のゴーレムは、プログラムの入力を済ませるだけの待機状態で保存されていた。
 シロはともかく、タマモが霊力制御の術法に長けていたため、これらの新しいおもちゃを起動させて修行相手や遊び相手にするまで時間は掛からなかった。

 ゴーレムの他にも、少女二人の興味を惹く代物がたくさん存在した。
 中でも、迷彩服に身を固め、統制の取れた動きでこちらを攻撃してくる軍人の人形達は修行相手にはもってこいの連中だ。
 シロとは特に気が合ったらしく、侍と軍人の心意気の共通点やら何やらを話の種に、夜通し議論を交わしたりしていた。勿論、タマモはこれっぽっちも興味が無かったが。

 本来なら、ここまで長居する気も無かった。

 けれど、人の目の届かない山中であり、周囲には野生の獣も水源も豊富に存在する立地環境に加え、先述のゴーレムや人形達といった修行相手にも恵まれたこの施設は、旅の拠点として捨て難い魅力をもっていた。
 隠し通路や隠し部屋の類も多く、遊び心に火が着いた事も確か。

 いつの間にか、二人の旅はこの地から始まり、この地で終わる様相を呈していた。

 「…ま、蛙はともかく。ねぐらを変える前に一度、うち…事務所にも顔出したほうがいいわよね。ミカミはともかく、おキヌちゃんなんかが心配してるだろうし」

 …タマモにとって、家とは何なのか?

 事務所での日々を思い出す度に、タマモはふと考えてしまう。
 まず一つだけ間違いないのは、ここは家ではない、ということだ。
 事務所と同じく寝床があり、ご飯があり、シロをからかって過ごすことに違いは無いのだが、あの空間が放つ雰囲気とこの基地とではどこかが根本的に違っていた。

 美神や横島達の存在か?

 …人間は、嫌いだった筈だ。火器で武装した大人達に追われ、撃たれ、捕えられた記憶はそうそう薄らぐものではないし、その時に感じた怒りや憎しみも忘れられはしない。
 けれども、保護、というか捕獲された先で出会った横島やおキヌは…怒りや憎しみの対象としては、どうにもピントが合わなかった。まあ、あの恐ろしく汚くて臭い部屋でお揚げを食べ、その様子を嗤った横島に殺意を抱いたのも事実ではある。
 が、おキヌのヒーリングの温かさや裏表の無さそうなぼんやりした雰囲気に…タマモは狐火を放つ事が出来なかった。
 結局、気恥ずかしさから掛けた幻術以上のことは、二人には出来なかった。

 あの恐ろしく汚くて臭い部屋も、横島にとっては掛け替えのない家なのだろうか?

 家族も分からない。シロには犬塚という姓があり、人狼の里という故郷がある。既に鬼籍の人だが胸を張って誇れる父がいて、詳しくは知らないが母も里にはいるのだろう。
 タマモには姓がない。
 当然だ。白面金毛九尾の狐とは一種一体の希少種。凡百の妖怪とは、勿論人狼族なんぞと比べてもらっては困る。
 タマモは誰の血も受け継がず、転生を繰り返して生きる文字通り孤高の狐。血族も家族も必要とはしない。

 だが、今のタマモは家族と聞くと即座に思い浮かんでしまう人々がいる。

 家長というか支配者である美神令子。
 優しい姉のような氷室キヌ。
 からかい甲斐のある妹分の犬塚シロ。
 横島忠夫については、実は良く分からない。兄のような弟のような、大人のような子供のような…普段はシロに匹敵するお馬鹿のくせに、時折、そう、夕暮れ時に垣間見せる表情やぼんやりと窓の外を眺める時の彼は、壮絶な体験を経た大人にも見える。

 ともかく、タマモは家族というものの意味がきちんと理解出来ないでいた。美神達を家族と呼ぶことにはまだまだ抵抗があるし。

 「………ま゛」

 「……何よ。言いたいことがあるなら『ま゛』以外でちゃんと喋りな」

 「…………ま゛」

 「………ふん。ああ、ったく、シロの奴いつまで呆けてんのよ」

 自分がミサイルで吹っ飛ばしておいて、呆けるも何も無いと思うが…タマモはゴーレムの視線から逃げるように早足で通路を広間へと歩いていった。
 無言のゴーレムが、肩を竦めたように見えたのは…きっと錯覚だろう。


 「おうタマモ! お客人が来たでござるよ!」


 ミサイルの爆風のせいか、煤けた広間の天井から地上へ戻ると、鼻の頭を黒くしたシロが待っていた。

 「客…?」

 胡散臭い匂いを即座に嗅ぎ付け、タマモは渋面を隠さずに聞き返した。そんなタマモにむっとしたのか、シロは己の背後にいたその客の耳元に何事か囁く。

 「済まぬでござるな、伝馬殿。アレは肉を喰わないからたんぱく質が足りないのでござる。怒りっぽくて切れやすい、いまどきの子供なのでござるよ」

 「誰が子供よ! それと足りないと怒りっぽくなるのはビタミンやカルシウム! たんぱく質はエネルギー源!」

 御揚百珍のお陰か、食品の栄養素にちょっぴり詳しくなっているタマモは、シロのいい加減な知識を即座に訂正すると共に、件の客…車椅子の老人に鋭い視線を向けた。


 「いやいや…お気になさらず。あたしは平気ですから」


 好々爺然とした笑みを浮かべた老人は、骨ばった手を振ってみせた。
 黒色の人民服のような格好に、白く長い髭だけが酷く目立っている。車椅子の背中には大きな荷物が括りつけられていて、こんな山中まで一人で、しかも車椅子で旅をしてきたらしい。
 タマモは警戒心を解かず、シロに説明を促す。気配も霊圧も一般人のそれと変わりないし、きな臭い匂いもしないけれど、どこか…第六感に訴える何かを感じる。

 「伝馬殿は、実は厄珍殿のお知り合いなんだそうでござる。古い友人とか」

 「厄珍…? ああ、あのヘンな店ね。私を見て五年後が楽しみとかなんとか言ってた」

 「それ、拙者も言われたでござるな…」

 「あっはっは。厄珍さんも変わらないようですなあ。相変わらずのド助平だ」

 伝馬は膝を叩いてひとしきり笑うと、懐から名刺入れを取り出して一枚タマモに差し出した。

 「お初にお目にかかります、オカルトショップ『魔填楼』店主の伝馬業天と申します。かの高名な九尾の妖狐さんとお近づきになれるとは、いや本当についている」

 「! ちょっとシロ! あんた私のこと…」

 「いーではないか。聞けば伝馬殿も警察とは因縁浅からぬ様子。同じオカルト畑の住人として、わざわざタマモを売り飛ばしたりせんでござるよ」

 「あたしも厄珍さんと同じく、ちょっとばかり御法に触れる品物を商ってますからなあ」

 「…………」

 機械音と共に近づいてきて名刺を差し出す伝馬から、渋々それを受け取ったタマモであるが…最初に感じた違和感を拭い切れず、伝馬に対して身構えが解けない。

 「おいタマモ! こんなご老体相手に何を警戒してるんでござるか。拙者は良く知らないでござるが、この動く椅子は脚代わりでござろう? つまり…」

 「分かってるわよ。いざとなれば逃げるのは簡単だろうし…でもおかしいじゃないの。年寄りが一人でこんな山の中くんだりにまで来るなんて」

 人里からこの廃墟まで、大人の足でも丸一日は掛かるだろう。一応建設当時に使われていたらしい細い道が、唯一の陸路として山麓から続いてはいる。途中で金網に覆われた私有地との境界にぶつかるが。

 「確かにタマモさんの仰るとおり、年寄りの一人旅には酷な道でした。しかし、私もお仕事でこういった場所を巡ってるもんでしてね」

 伝馬は意外と長い腕をひゅるっと背中へ回すと、荷物の中からタマモも知っているオカルトグッズを取り出した。

 「見鬼くんの初期バージョンにあたしが改良を加えたものです。もう二十年来の付き合いになりますか」

 「それが何よ?」

 「タマモ! もうちょっとふれんどりーに出来ぬでござるか全く!」

 「シロは黙ってな」

 「な、ぐ……」

 「これの反応を頼りに、あたしは世界中の霊的廃棄物を収集してるんです。リサイクルのためにね」

 オカルトグッズにもピンキリがあるが、高級品となればザンス王国製の精霊石や、純度の高いレアメタルを部品に使っていたりするものだ。
 ランクが落ちれば当然素材の精度も劣るし耐久性も減るが、総じてオカルトグッズとは一般製品よりも廃棄に手間の掛かるものが多く、扱いも難しいためか意外と不法投棄も多いらしい。
 GS並みとはいかないまでも、オカルトグッズを扱う業者にはそれなりの知識が必要だ。見た目のバブリー感に惑わされて新規参入した他業種からの移転組や、素人同然の知識しか持たないモラルの欠如した業者には、荷の重い仕事である。

 「あたしの仕事は、そうした不法投棄品や訳アリのグッズを安く入手して霊的に洗浄処理し、生まれ変わらせることなんですよ。オカルトリサイクル業者なんて、語呂の悪いことこの上ありませんがねえ」

 「ほれ見たかタマモ。立派なお仕事ではござらんか。拙者達だってここに残留しとった霊気に引かれて辿り着いたんでござるからな!」

 伝馬の説明と、シロの擁護する発言を聞いても…微かに残る違和感が消えない。

 「…………」

 だが、照れくさそうに頬を掻く今の伝馬からは、タマモの第六感に触れた悪意や敵意のようなものを、全く感じられない。オカルトアイテムの類で誤魔化してもいないようだ。
 シロが妙に肩を持つのが、気になるといえば気になるが…この少女だって、他人の敵意には自分以上に敏感な筈。おかしな気配があれば、感づいているだろう。


 ふと、家族のことを思い出す。


 家族とは、疑わないものだとシロは言っていた。無償の信頼こそが家族の始まりだと。

 タマモは唇を尖らせて自分を見るシロに胡乱な視線をやって、むむむと悩む。

 「なータマモー……なー……」

 「…っ!」

 シロは認めないかもしれないが、この少女はきっと、判断の是非の優劣についてはタマモの方が上だと思っている。だからこそ、こうして自分に伺いを立てているのだ。勝手に巣穴へ入ってきた人間の処遇について、最終的な結論をタマモに託すために。

 「〜〜〜〜〜っ! ああもう、分かったわよ!? 私達の邪魔さえしなければどうでもいいわ!」

 ぱああっ、とシロの表情が笑顔に変わった。明らかにほっとしていた。

 …そんな顔を見せられたら、何も言えない。タマモはため息を吐くと警戒を解いて肩を落とした。気を張るのも楽じゃないし、らしくない。

 「ちゃんと面倒見るのよ? あんたが拾ってきたんだからね」

 「伝馬殿は人間でござるよう……」

 「あたしもまだ介護が必要な歳じゃあ……」

 ぶっきらぼうに言い放って向けた背に、二人のごにょごにょという会話が聞こえたが、無視。
 誰とでも打ち解けられるシロに若干のやっかみを覚えながらも、タマモは自分がシロに信頼されていることを少しだけ――――――――――


 少しだけ、嬉しく思った。


 「〜〜〜!」

 ぼふっと赤面した顔を見られないよう、タマモはそのまま狐に戻ると瓦礫の陰から廃墟を囲む森へと駆けて行く。


「タマモーーー! ご飯までには戻るでござるよーーっ! 今日はお客人も迎えての豪華でぃなーでござるからなっ!」


 (何がそんなに嬉しいんだか…)

 シロのうきうきした大声に、タマモは苦笑して駆け足から弾むようなリズムでジャンプし、太い幹の大樹を駆け登っていった。茂った葉が震動で舞い散り、地面に落ちるよりも早く仔狐の体は森を見下ろす樹の天辺に到着する。
 少女の姿に戻ったタマモは、足元の枝に腰掛けると暮れかけてきた夕日を見て一息ついた。

 「…家族、ってのも悪い気分はしないわね。馬鹿な妹でも」

 口に出して呟いてみると、これまた恥ずかしいったらなくて…タマモは一人赤面して頭を振った。

 「ああああ…何やってるんだろ、私。日和ったわー…いいのかな」

 美神達に出会い、シロに出会い、二人で旅に出て…
 正直、居心地が良いと思ったのは確かだ。
 美神の話によると、転生前の自分も美女に化けては時の権力者のもとで暮らしたという。

 …昔の自分も、家族が欲しかったのだろうか。

 前世の記憶なんて興味の無いタマモだが、その辺りの自分の気持ちがどこにあったのか…知りたくなっていた。

 「…やっぱり、一回事務所に帰ろっと。ミカミに聞きたいこともあるし、おキヌちゃんの料理も食べたいし。ヨコシマの馬鹿面も久々に見たいしー」

 彼女達の顔を思い出して呟くタマモの様子は、どう見てもホームシックであるが。
 家や家族の存在について試行錯誤中のタマモは気付いていない。
 単に、寂しいと思っている自分を認めたくないだけかも知れないし、ひたすらにプライドが許さないのかも知れない。
 美神の意地っ張りな部分が、タマモにも受け継がれているのだろう。…幸か不幸かは、それこそ知らないけれど。

 「んん…っと! はあ、そろそろ戻ろ。シロ一人じゃ碌に客の相手も出来ないだろうしね」

 いつの間にか夕日は姿を消し、人工的な光の届かない眼下の森は暗闇に包まれていた。夜目の利く妖狐に、夜も闇も恐ろしいものではないけれど、晩御飯が。

 「馬鹿犬は加減知らないから…私がちゃんと管理しないと、蓄えの分まで食べちゃうわ」

 再び狐に戻ったタマモは、樹から下りるとシロの待つひみつ基地へと軽やかに、ひた走るのだった。


 ……だが、タマモは知らない。


 この夜の夕食が、シロと過ごす最後の晩餐だということを。


 待ち受ける、黒き悪意の…醜さを。


 タマモは、まだ、知らなかった。


 続く


 後書き

 竜の庵です。ようやくシロ&タマモに起きた事件が描けます。ペースはこれまで以上に開きそうですが、どうぞよろしくお願いします。
 しかし一体何処で間違えたのか…タマモは美神を呼び捨ててないんですよね、原作では。もしかしたら、どこかの二次創作での呼び方が混ざったのかも知れません。今更変えるのもアレなので、押し通しますけど…失敗したなあ。


 ではレス返しです。


 セキヨウ ユキト様
 いやあ全くです。時間経つのが異常に早くて…忙しいのは言い訳にしたくないのでアレですが。
 更新速度、早くは出来ないけれど一定のペースは守りたいですね。お互い頑張りましょう。色んな意味で。
 パワーバランス。GS世界は反則技も多いので難しいですよねえ…冥子はあの性格だからバランスを保ってられるのでしょうか。綱渡りのようなバランスです、今作は。


 February様
 うふ、やっと悪役らしい悪役を書けそうで、作者的には楽しいのですが。まだまだこの爺様には活躍してもらいますよ。くくく…
 西条は試金石扱い…。冥子の強さは真っ当な相手と当てればよく分かると思い、彼にしたのですが。ちらっとお目見えした新技も霞んでしまいましたね。
 美神はそんな冥子の強さを見切った上で、対戦を辞退しました。決して自分の命が惜しかったわけでも負けるのがイヤだったわけでもありませんよ? うん。ねえ?
 雪之丞は金遣いが大味ではと予想。豪快とも適当とも違います。大金を手にしたら大金を使ってしまうような…あれ、適当でいいか!


 柳野雫様
 燃える台詞で最近有名になったのは、某ドリルアニメでしょうか。燃え台詞の宝石箱やー。
 西条は癖の無い強さの分、他人の強さをアピールし易いので生贄もとい対戦相手になってもらいました。怪我が無くて何よりですね!
 伝馬との決着をどうするかは、まだ詳細を詰めておりませんー…が、悪役には相応しい末路があるのも確かですので。お待ち下さい。うふ。


 内海一弘様
 伝馬の策の弄しっぷりは、まだまだ出てきます。お楽しみに(?)
 西条の霊力は、もう完全に定着しているんでは、と。美神の二度目の修行時の、もっと極端な例になりそうです。後は手持ちの武器でやりくりをするしかない、霊力よりも技術で強くなる段階でしょうか。妙神山修行ではもう、霊力に変動は起きないような気がします。剣の修行ならともかく。


 以上レス返しでした。皆様有難うございました。


 次回、タマモ回想編の続きです。お楽しみに。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き有難うございました!

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