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「スランプ・オーバーズ!26 (GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-06-17 18:30)
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 スランプ・オーバーズ これまでのあらすじ!


 自他共に認める世界最高のGS美神令子。
 彼女の陥っていた深刻なスランプは、横島や小竜姫の助けもあって無事に克服された。
 が、美神達を中心に猛威を振るう嵐は、次から次へと災難を呼び込み安らぐ暇を与えない。

 WGCA…世界ゴーストクリーナー協会の日本上陸。
 不老不死の大錬金術師、ドクターカオスの不審な動き。
 十二神将使い六道冥子のGS免許停止。

 事務所に自分を頼りにしてやってくるマリアや冥子を無碍にも出来ず、美神は彼女達に力を貸して事態の解決へと動き出す。

 カオスチルドレンの胎動。
 マリアの兄を名乗る存在。
 …ヘンな戦隊ヒーロー(笑)。

 マリアは兄・アーサーと会うために、カオスが異界に築いた城へと向かう。
 が、その直前…きらめき動物園での己の不甲斐無さに、冥子は厄珍堂で『ミチガエール−α』という如何にも怪しげな薬を購入、服用して心格を顕現させ美神達を困惑させる。
 しかし、美神達は立ち止まらない。心格冥子の異質さに不安を抱きながらも、マリアを追って異界へと突入する。

 マリアとアーサーの再会。
 己の在り方と創造主カオスへの不信に苦悩するアーサー。
 マリアの言葉に狂喜し、ELボディ・ベヒモスを起動させるアーサーとの戦い。
 カオス降臨とプロジェクト・オーバーズの存在。

 異界での戦いで損傷し、マリアはカオスの許で修理を受ける事となる。
 アーサーという管理人と、城の施設・記録を再び手に入れたカオスの手による徹底改修が彼女をどう生まれ変わらせるのかは…神ならぬ魔王のみぞ知る、である。

 冥子に顕れた心格は、冥子とは桁違いの集中力でもって十二神将を操り、一時はベヒモスボディを圧倒する。
 しかし、ノックバックが訪れた。過剰な霊力消費に耐え切れなくなった冥子の体は悲鳴を上げ、カオスの介入が無ければ…命を落としていた。

 冥子の想い。
 美神の決断。
 妙神山での修行。

 妙神山修行には、もう一人同行者がいた。
 美神と横島の不在中に新たな力『神域』と、新しい家族ショウチリを迎え入れた氷室キヌだ。
 妙神山の麓で彼女は、神域会得のきっかけとなる事件の当事者でもあった天才ピアニスト久遠梓と、そのマネージャー宮下健二との再会を果たす。
 梓と、そして冥子の持つ強さに触れたおキヌは、冥子に逃げ道を作っていた自分の弱さを捨て、一人の霊能者として妙神山に挑むことを決意した。

 鬼門との試練。
 再び顕れた冥子の心格と…美神の手紙。
 驚きっ放しの健二と、そうでもない梓のコンビ。

 小竜姫と横島忠夫の文珠によって、冥子の心格は新たに『心眼・ころめ』として冥子の補佐をするべく生まれ変わる。
 ころめと小竜姫の指導に加え、やる気になって修行に励む冥子の成長は著しく、十二神将再契約の儀、冥子自身の霊絡開発を順調に進めていた。

 …事件はそんな中で起こった。

 一瞬の隙を突いた、小竜姫への暴走工作。
 見え隠れする、黒衣の老人の思惑。
 犯人と思しき、霊波刀使いの姿。

 異界の修行空間で暴走する小竜姫を止めるべく、冥子は一人立ち向かう。
 『どうにもならなかったことを、どうにかする』。
 ころめの言葉と修行の成果が、ここに結実した。
 暴走の制御。冴え渡る十二神将の連携が、本能のままに荒れ狂う小竜姫の暴走を凌駕する。
 しかし、小竜姫の暴走は悪意によって操作されていた。
 ハイラの毛針が竜の眉間に突き立つも、小竜姫の逆鱗に貼られた呪符の効果が彼女の沈静化を許さない。

 暴竜の一撃。
 冥子ところめの絆。
 異界の空に木霊する、十二神将の遠吠え。

 大きな犠牲を払いながらも、冥子は単独で小竜姫の暴走を鎮圧することに成功する。
 そして、妙神山での修行を終えた冥子の傍らには、ころめの置き土産とも言うべき新たな友の姿があった。

 その頃、下界では何者かが張り捨てていく特殊な結界、陰陽の帳の撤去作業がオカルトGメン主導で行われていた。
 美神美智恵や西条輝彦、高校卒業後オカG入りが内定しているピートといった面々が東奔西走する中、撤去作業中のGSが襲われる事件が発生する。
 横島はその犯人を捉えた写真に、愛弟子とも呼べる妹分の姿を見て激昂した。

 横島の身に起こるスランプの予兆。
 事務所の居候犬神コンビの消息。
 オカルトショップ魔填楼の再来。
 WGCA開発の人工文珠。


 …この世界に、平穏は似合わない。


 GS美神の存在する、この世界には。


              スランプ・オーバーズ! 26

                   「狂願」


 東京都庁の地下には、複雑に入り組んだ首都霊脈の中心とも呼べる霊的拠点が存在する。
 そこは先の大霊障時、人間側の最後の砦として活用された施設である。当然様々な設備が併設されていて、今現在美神がいる部屋もその一つだった。

 「じゃあ始めるわよ。西条さん、準備はOK?」

 目の前のマイクに美神が告げると、モニター内で長髪の男性…西条が軽く微笑んで手を振ってくる。普段の激務を感じさせない、爽やかな笑みだ。

 「冥子は? 大丈夫?」

 西条がいつもの調子なのを確認してから、美神は西条と相対するもう一人…六道冥子へと声を掛けた。
 彼女は美神の声にきょときょとと辺りを見回してから、カメラを見つけて大きく頷いてみせた。こちらも、平時の彼女だ。

 「それじゃ、どーぞ。滅多なことじゃここは壊れないと思うけど、式神が暴走したら都庁ごとでっかい墓標になるかもねー」

 ぎくり、と西条のニヒルな笑みが引き攣る。霊剣ジャスティスの柄に添えられた右手に、じっとりと脂汗が浮いてきていた。
 対照的に冥子は涼しい顔で美神の皮肉を聞き流している。

 「はいさっさと始める!」

 援護射撃ではないけれど、美神なりの応援ではあった。西条の実力なら、『今まで』の冥子など瞬殺出来る。十二神将は確かに脅威の存在だが冥子本人の戦闘力は低いと言わざるを得ない。付け込む隙はいくらでもある。
 対霊対人共に訓練を、更には実戦で磨き抜かれた西条の技の前に、冥子は抗しえるものではなかった。

 ………だが、全ては過去の話だ。

 「六道さん! 手加減はしないよ!」

 「は〜い。私も頑張りますね〜」

 ね〜、と被さるようにして彼女の目の前に丑の式神バサラが聳え立つ。西条は咄嗟に式神の正面から離れ、広い無機質な部屋の壁際をひた走る。
 一挙動で抜いていた拳銃の狙いは、バサラの背後に隠れているであろう冥子本人だ。因みに中身は模擬弾。とはいえ、当たり所次第では痛いだけで済まない威力を持つ。

 「!」

 西条の判断は抜群に早い。
 が、冥子の行動も負けず劣らず迅速だった。

 「瞬間移動…メキラか!!」

 バサラの背後には、冥子の姿は無かった。
 どんなに広いといっても室内である。西条は瞬時に霊気を探り、冥子の移動先に見当を付ける。
 手に握っていた脂汗が、今度は首筋にどっと溢れた。

 「ころめちゃん直伝…ええと〜…なんとかばすた〜っ!」

 冥子は、西条の背後にいた。それも、本当に真後ろに。寅の式神メキラに跨って、西条の動きを完全に予想した移動地点だった。
 英国紳士のノーブルな振る舞いも忘れ、西条は大慌てで彼女から逃げる。彼女の手元で溢れる霊波砲の光量が、致死一歩手前の威力なのを肌で理解したために。
 間一髪で放たれた至近距離からの霊波砲は、西条の長髪の先端をかすってこの部屋…霊動実験室の壁に炸裂して黒煙を巻き上げる。

 「ざんね〜ん…外れ〜」

 「いきなり不意打ちから始めるとは…君も令子ちゃんに似てきたようだね」

 壁面に残る痕跡が、霊波砲の威力の凄さを物語っている。西条は冷や汗と脂汗で背中がぐちゃぐちゃに濡れるのを感じながら、冥子から距離を取って再び相対する。
 油断は、していない。
 冥子を舐めてもいない。
 けれど、どこまでいっても西条の知る冥子はお嬢様だった。妙神山で修行を受けてきたとはいえ、ほぼ完成の域にあった冥子の霊力がそんなに化けるとも思ってはいない。

 (…そう、霊力に変化は無い。変わったのは、心の姿勢、置き所だ…っ!)

 西条の思考は、頭上から降ってきた巨大な影によって中断された。

 (上!? っと、下っ!!)

 否、中断だけでは済まなかった。
 メキラによって西条の頭上へ瞬間移動したバサラは、その質量をエネルギーに転化して襲ってくる。
 西条は直撃すれば全身の複雑骨折は免れないその一撃を、横っ飛びで避けてみせる。予想されるバサラの落下音と衝撃に備えながら。
 が、バサラの巨体は空中で再び掻き消えてみせた。肩透かしを喰らった西条の意識が僅かに上へと向けられた瞬間、足元スレスレを薙ぎ払うように、一条の光線が迸る。
 辰の式神アジラの石化光線である。
 横っ飛びで崩れていた体勢から、ジャスティスを床に突き立てて無理矢理空中で体を引っこ抜き、宙へと逃れたのも束の間。
 更なる追い討ちは、西条ほどの人間…GSをして口許を歪めさせるくらいに、容赦の無いものだった。
 未の式神、ハイラが視線の先に佇んでいた。
 空中で身動きの取れない西条に対し、広範囲をカバーして逃げ道を徹底的に潰せるハイラの毛針攻撃は、正直冥子が取るにしては非情過ぎる戦法に見える。

 (〜〜〜〜!!)

 腕と腹筋が引き攣る痛みに耐えながら、西条は強引に体を縮めると床に突き立てたままのジャスティスの刀身の後ろへ、一旦は離れた全身を腕力だけで引き込む。
 一刹那の後に降り注いできた霊波針の雨は、西条の高級スーツをズタズタに引き裂きながらも致命傷には至らない。西条の模擬弾同様、威力を抑えてあった。

 「ふわ〜…西条さん速〜い」

 「……驚いたのは、こっち、なんだが」

 ちょこなんとメキラに跨ったままの冥子からは、疲労の色は感じられない。西条は自分の置かれている状況の異質さに、笑いがこみ上げていた。

 「ここまで歯が立たないとは、ね。自惚れるつもりはないけれど、オカルトGメン実働班の中でも、僕と対等に戦える者は極めて少数なんだよ? 先生やピート君も含めてね」

 「え、西条さん…もう負けを認めちゃうっての?」

 美神は思わず声を上げた。破れたスーツに顔を顰め、やれやれとジャスティスを鞘に収める西条を見て。

 「十二神将の恐ろしさを、まじまじと見せ付けられた気分だよ…正直、反則だね彼らは」

 鞘に収めた霊剣は、しかし降参の合図ではない。
 西条は呼吸を整えると、腰溜めにジャスティスを引き、柄に軽く指を添える。
 いわゆる、居合いの構えである。

 「でも、僕にも意地がある。一矢報わせてもらうよ」

 「じゃあ私も本気で〜」

 西条の霊気が高まる。世界中のオカルトGメンを選りすぐっても、西条ほどの人材は一握りしかいない。彼がICPO超常犯罪課・日本支部を任された理由は、キャリアだけではないのだ。

 「…くっ…全く、貧乏クジを引いたな」

 だが、それでも。
 西条の霊気に呼応するかのように爆発した冥子の霊圧は、彼を圧倒する。


 「みんな〜! 行くわよ〜〜!!」


 西条の抵抗など、顕現する暴力の塊の前ではほとんど意味を為さない。
 大気を震わす多重の咆哮。主人、冥子の周囲に一瞬で展開される無敵の盾と矛の群れ。
 十二の異形が放つプレッシャーは尋常では無かった。冥子が群れの中心でにっこにこに微笑んでいるのもまた、不気味。
 西条は気後れする前に、自身最速の一撃を群れに叩きつけた。

 「はあああああああああっ!!」

 殺傷ではなく、鎮圧を目的とした警察官ならではの一撃。鞘の内側を加速しながら抜き放たれたジャスティスは、振り抜かれた軌道の前方広範囲へ霊波の光を撒き散らす。

 (ジャスティス・スタン・スプラッシュ! これで隙が出来なければ…)

 冷水を浴びせるような程度の威力にしかならないのは、まだ開発途中の新技であるから仕方ない。でも喰らったら確実に隙は生まれる。コンマ一秒の世界ではあるが、西条には十分だ。クイックドロウの腕前も、西条はオカG屈指の速度を誇るのだから。


 ぱちーん、と情けないような切ないような音が、霊動実験室内に響き渡った。


 「…?? 西条さん〜…今、何かしました〜?」

 冥子の動体視力では、西条の居合いは当然見切れない。何が起こったのかも分からない。
 西条は半目になってジャスティスの刀身を見、次いで己が左手を見て…がっくりと項垂れた。

 「…完敗だよ、降参だ。ここまで圧倒されると、逆に清々しいね」

 「???」

 冥子は首を傾げて、さっき美神の声が聞こえたカメラの方へと目をぱちくりさせる。
 モニター室では、美神があんぐりと口を開けて、その結果に声を失くしていた。

 「…つまりあれね」

 と、ここまで無言で美神の背後に控えていた制服姿の女性…美神美智恵がため息を吐きながら娘の横へと並んで口を開く。彼女の胸には、真っ白い仔猫が抱かれていた。

 「西条君の苦し紛れの中途半端な一撃じゃ、冥子さんの展開する十二神将の鬼気と霊力、冥子さん自身の放つ暴走制御のための膨大な霊気を貫けもしなかった、と」

 「…下手な結界並みの霊的フィールドだわ、あれ。西条さん、気を落とさないでねー?」

 冥子の最終奥義、妙神山修行でころめと共に展開し、最終的には暴走小竜姫相手に一人でやってのけた、暴走制御術。
 その際に放出される冥子の霊力量は、一つの結界にも匹敵する濃度をもつ。下手な攻撃ではダメージどころか弾かれてしまうだろう。

 「中途半端だったのは認めますが、別に苦し紛れじゃあありませんよ。勝算も持たずに模擬戦なんか受けやしません」

 少なからず傷ついた様子の西条は、今度は本当に霊剣を鞘に収めて肩を竦めてみせた。冥子の霊圧も十二神将が姿を消すと同時に霧散する。はふ〜、と冥子のほっとしたため息が聞こえた。

 「まあこれで、冥子さんの魔填楼事件捜査協力が決まったわけね。はい、お友達を返すわ」

 隔壁のように分厚い扉を開いて、美智恵はモニター室から実験室内へと入ると抱いていた仔猫を冥子に手渡した。

 「こころちゃ〜ん」

 「なー!」

 大人しく美智恵に抱かれた仔猫、こころは冥子を見るや否や腕の中から飛び出し、華麗に冥子の頭上へと着地を決める。特等席に納まってご満悦なこころの喉を、冥子はさすってやった。とても式神には見えない。

 「西条君、お疲れ様。現場から帰ってきて早々悪かったわね」

 「いえ。彼女が素晴らしい戦力になると分かっただけでも、収穫は大きいです」

 冥子と西条の模擬戦は、妙神山から冥子が戻って早々に提案したものだ。もっとも、初めは美神との試合を望んだのだが。
 美神は冥子の肩に優しく手を載せ、至極残念そうに言った。

 冥子の成長を確かめるのなら自分は第三者の目線で見ていたほうがいい。丁度魔填楼事件の協力要請が来ていたから、その打ち合わせがてら西条にでも相手してもらえばいい。事務所の近所じゃ迷惑だから、都庁地下の霊動実験室を使わせてもらえばいい等。
 美神は決して逃げたわけではない。繰り返し言うが、残念感丸出しで彼女は冥子の相手を断ったのだから。力をつけた冥子の暴走なんてもんが炸裂したら、いくらなんでもお空の一等星になってしまうなんて考えたわけではない。
 断腸の思いで美神は西条へ冥子を託した。西条の都合は無視して。
 実際、冥子の凄まじいまでの強さに触れて美神は安堵のため息と、ちょっとだけ寂しさも感じていた。もう、教えられることは事務所の経営面くらいにしか残っていない。

 と、一抹の寂寥感を振り払うようにして口に出した次の話題で、美神は一気に不愉快な気分に自分が囚われたのを知る。

 「ま、横島の馬鹿が消息不明の行方不明の分は補って余りあるわね」

 学校も休んで…と、母に続いて入ってきた美神は苛立たしげに呟いた。
 横島は例の写真を見せられた後、事務所を飛び出していったきり家にも事務所にも戻っていなかった。失踪して直ぐに、妙神山から降りてきていたパピリオが彼を追っていったと人工幽霊一号から報告があったが…正直そのコンビに何を期待すればいいのやら、だ。

 「あいつ、ほんっっっとに…相談くらいしろってのよ」

 「…へえ? 彼、単にシロちゃんが心配で失踪しただけじゃないのね」

 「…ずっと様子がおかしかったのよ。酷くなったのは、あの遊園地での事件の後からだけど」

 手持ち無沙汰な様子で、美神は腰の天華に触れたりヒールで床を蹴ったりと落ち着きが無い。おキヌもいないため、彼女を宥める役の人間が存在しなかった。

 「良く見てるのね、横島君のこと。令子はお姉さんなんだから、貴女から悩み事なら私に言いなさいくらい言ってあげなきゃ駄目よー?」

 「何で私が横島如きにそこまでっ!?」

 「イライラしてるね令子ちゃん…全く、横島君には困ったものだ」

 「令子ちゃんの隣は横島君専用ね〜」

 「ああもうストレス発散したいいっ!!」

 自分では美神を慰めきれないと知る西条の言葉に、冥子の邪気の無い一言が加わって美神の精神をちくちく刺激する。
 横島さえいれば、何の負い目も無いまますっきりと気分転換できるのに。主に格闘的な手段で。
 その矛盾がまた苛立たしい。

 「横島君はともかくとして。当面は魔填楼事件の捜査協力に令子・冥子さん・小笠原さんに、今日はいないけれど唐巣神父。それとWGCAにも協力の打診をしたら、快諾してくれたわ。何でも伊達君が名乗り出てくれたらしいの」

 モニター室から作戦司令室へと移動した一行は、今後の動きについて対策を練っていた。
 美神も詳細を知ったのはつい最近、横島が飛び出した翌日のことだ。

 魔填楼事件。

 陰陽の帳は氷山の一角にしか過ぎない。オカルトショップ魔填楼がここ数ヶ月で絡んできた事件の数は、優に百件を超える。

 霊能を用いた強盗事件の犯人が、魔填楼印の違法霊能ドーピング薬を服用していた。
 とある密輸の現場を押さえたら、積荷が魔填楼印のキメラ…合成獣だった。

 今の二例は比較的大きな事件だが、小粒の事件にもいちいち名前が挙がったり、全く無関係と思われた事件にも関与があったりと、時間が経つにつれ魔填楼の危険性が浮き彫りにされていき、とうとう一括りに『魔填楼事件』として捜査本部が設立されるに至ったのだ。

 「魔填楼主人、伝馬業天については厄珍さんが詳しく情報を教えてくれたわ。…すっごく憎憎しげに」

 厄珍堂店主、厄珍は魔填楼とは同時期に開業したライバル同士で、お互いを敵視し合っては様々な妨害工作で商売の邪魔をしまくったらしい。
 当時の様子をヒートアップしながら喋る厄珍に対し、美智恵は飛び散る唾を避けながら辛抱強く情報収集を行った。最終的にはキレて一発はたいたが。ぐーで。

 「厄珍堂は知っての通り、グレーゾーンの商売を綱渡りで続けている問題店よ。でも、魔填楼は真っ黒。正真正銘のスーパーブラックね」

 「プラモの塗料みたいですね…」

 美智恵の言い回しに突っ込めたのは、司令室に入ってきたばかりのピートだったりした。

 「横島さん、今日もやっぱり学校には…」

 詰襟姿で現れたピートは、美神の物言いたげな視線に首を振って答えた。

 「ピート君、ごめんね。学生とGSと警察官の三足の草鞋だなんて、凄い負担だとは思うけど」

 美智恵の労いの言葉にも、首を振るピート。師匠に似て、苦労性が板に着いてきたようだった。…ブラドー島でも、城主の一人息子として気苦労が絶えなかったに違いない。

 「僕のことより、今は…」

 「そうね。伝馬を逮捕して事態を収拾しないと、いずれ日本のオカルト業界は混沌に堕ちるわ」

 「日本は霊障も多いけれど、優秀な霊能者も多い。過去の事件解決歴がそれを証明している。けれど、世間はもう、オカルト技術が銃や剣に匹敵する武器になることを知っている。伝馬の横行が一般にも知れ渡ったら…風当たりはこれまでの比較にならないだろう」

 美智恵と西条の深刻な話は、美神達民間GSには死活問題そのものだ。
 アシュタロス事変を引き合いに出さずとも、日本には大霊障と呼んで差し支えの無いオカルト事件が、歴史の教科書にすら載っている。
 昔と違い、現在は情報の伝達速度が人々の噂話のそれを遥かに凌駕しているので、魔填楼事件が肥大化し、尚且つその対応に手を焼いている等という噂が広まれば、日本GS界の威信は失われるだろう。
 目に見えない『信頼』の脆さ。それはどんな業界にも存在する。

 「早めに伝馬ってジジイをとっ捕まえて官憲にしょっ引かないと、商売上がったりってわけね。…くっくっく……いい鬱憤晴らしになりそうじゃない?」

 美神の形容し難い黒いオーラに、冥子以外の全員が引いた。美智恵ですら。

 横島と二人っきりの時は、それはそれでストレスだった。
 でも、いざ彼すら居なくなった時…美神は事務所の広さと静かさに絶句したものだ。人工幽霊一号と、お手伝いの小鳩は空白を埋められるほど饒舌ではない。

 (令子が壊れる前に、せめておキヌちゃんだけでも帰ってこないかしらねぇ…)

 娘の邪悪な微笑に天を仰ぎつつ、美智恵は事務所メンバーの一刻も早い全員集合を願わずにはいられないのだった。


 誇り。

 言葉だけのもの。実体の無いもの。

 誇り。

 胸に抱いて進むもの。決して砕けぬ不破のもの。

 誇り。

 己が己である証。己が己でいられる証。

 …誇り。

 失って分かる、その重さと尊さ。


 キィィ…キィィ…と、車輪の軋む音が深夜の小さな山村に響いていた。

 「ふむ。いやいや、なるほど。根は同じ、ってことでしょうかね」

 人工的な明かりの一つもない、暗闇に沈んでいる人気の無い村。
 そこには月明かりすらなかった。

 「ドイツの人狼も日本の人狼も、月からエネルギーを受けているわけです。例え新月であっても、月は空から無くなるわけではない。微々たるものであっても、降り注ぐエネルギーは人狼族の糧となる、と」

 車輪の音は、周囲のものより一回り大きい屋敷の前で止まった。戸口は開け放たれ、内部からは焼け焦げた魚や肉の匂いが漂ってくる。

 「では実験です。『本当に月を消したら人狼族はどうなるのか?』…ドイツでの実験結果は、良好でした。彼ら、古き森の人狼族は揃って行動不能、思考すら不鮮明になってただの野生動物の群れと化しました」

 車輪は再び前進を始め、戸口を越えて屋敷内へと上がりこむ。車輪に付着した土がぽろぽろと廊下に零れていった。

 「では牙と爪でもって戦う欧州の人狼族と違い、日本の文化…武士の文化に影響されたのか、霊波刀という独自の武器で戦うこの国の人狼族ならば?」

 車輪が再び止まったのは、屋敷で最も広いと思われる部屋の前だ。襖は倒れ、囲炉裏の鉤には焦げ臭い異臭を放つ鍋が掛けられたままである。

 「結果は見ての通り。しかし、こちらの人狼族の皆さんはいやはや、強靭な精神力をお持ちだ」

 その部屋の中、折り重なるようにして倒れている人々…否、人狼達の前で、魔填楼主人・伝馬業天は顎をさすった。

 「かなりの抵抗に遭ってしまいました。人形を二体も壊されて…ええと、名前は捨てたんでしたかな? 人狼の娘さん」

 「………」

 「貴女が我侭を言うから、こうして連れてきましたが。どうです、納得されましたか? 録画画像は信じられない等と…道具は道具、カメラは誰も騙しやしません」

 伝馬の車椅子を押してきたのは、黒いコートとフードで全身を包んだ、歳若い少女だった。周囲の暗闇と、フードの落とす影でその表情の程は窺えない。
 しかし、車椅子のレバーが軋み音を上げるほど、彼女の手には力が籠もっていた。

 「…今、私を殺しても傷つけてもこの殺月の天蓋は解けませんよ? なに、死にやしません。仮死状態で眠っているだけです。日本の人狼は一味違いますな」

 伝馬は可笑しそうにかすれた笑い声を喉の奥だけで上げる。空気を澱ませるような、厭な音だ。
 少女は握り潰しそうになっていたレバーから手指を引き剥がすと、部屋に背を向けた。

 「……仕事が終われば、皆を解放するのだな?」

 何もかもを押し殺した、低く平坦な彼女の声。

 「あたしは商売人ですからな。約束は守ります。どれ、そうしたらもう片方の保険も見に行きますかな? 貴女にとっては、そっちのが重要かも知れませんし」

 「いらぬ」

 少女は頭を振ると、廊下の奥へ歩み去っていく。伝馬の皺に埋もれた細い目が、背中越しに彼女の後姿を追いかけ、目尻を下げる。

 (…いやはや、いい物を拾わせてもらいました。アレと今度の仕掛けが上手く機能してくれれば、あたしはまた一歩…あの『革命』に近づける)

 伝馬の肩が小刻みに震えている。彼の目には、倒れ伏す妖怪の姿も、たった今まで追っていた少女の姿も最早映ってはいない。
 かといって目に見えぬ遠くを夢想している訳でもない。

 (革命の殉教者よ。大いなる先駆者よ。願わくば、あたしもその末席に名を連ねさせたまえ)

 黒き翁の視線の先にあるのは、過去。狂おしいほどの羨望と渇望。

 その爪先に手が届こうとしている今、彼が立ち止まることなど、在り得ない。

 剋目せよ、と伝馬は叫ぶ。

 慟哭せよ、と伝馬は嗤う。

 全ては、己が願いのために。

 人外の住まう小さな村で、誰よりも妖怪じみた老人の嗤い声は、ぐつぐつと煮え滾る汚泥の飛沫のように…いつまでも周囲を汚し続けるのだった。


 続く


 後書き

 竜の庵です。
 大変久しぶりな、オーバーズ26話をお届けしました。
 オリ色が強い分、その辺の説明は文字数を要します。そこに如何に原作キャラの魅力を引き出して絡ませられるかが、問題であり目標でしょうね。やり過ぎたら駄目だし。

 ではレス返しです。


 (´ω`)様
 かおりの父は実はひょうきん族派だった…! とかどうでしょう。無駄に意外。


 落葉樹様
 雪之丞が横島に土下座>横島が美神に土下座という流れでしょうね、それだと。文珠で治る…かな?
 テンポの取り方、更には読み手の受け取り方によって物語って印象が変わりますからねー。ぽんぽんと読めて笑ってもらえたなら、作者的には嬉しいことこの上ありません。


 disraff様
 これは仰るとおりだったなあ…頭ん中の映像だけで先走ってしまったのが間違いの原因でしょう。申し訳ありません。こういう部分が一箇所でもあると、やはり冷めますよねー…不愉快にさせてしまい、本当にごめんなさいでした。今後は精進します!


 February様
 かおりの腕は、ちょっと悩みはしたのですが。本物と。でもまあ…雰囲気的に生身はNGだろと判断しました。曖昧だったのでバイオレンス指定は付けましたけれど…もう少し上手く書ければなあ。
 清涼院って…ば、薔薇組? 雪之丞も言い回しはアレですが、確実に成長しているはずです。わんぱくでも逞しく育って欲しい(古
 母は強し。雪之丞の母も、きっと強い女性だったに違いありません。
 雪之丞はあんまりお金使わないんじゃないか、と思って。食費くらい? きっとぽーんと現金で購入したと思われます。で、すっからかんに。漢らしい!


 内海一弘様
 雪之丞の知らないうちにさくさくとんとんと話は進み、本人がおかしいなと思う暇も無く、なあなあの内に一緒に暮らしてたり。
 雪之丞と弓父の周波数が合ってしまったのでしょう。どうしたって男同士の間には、女性の入り込めない領域があるのです。
 26は少し重め、暗めでしたね。今後、明るい場面も出てくると思います。


 柳野雫様
 雪之丞の価値観は、偏った知識によるもの。極道映画とか三流スパイ映画とか。
 弓父に限らず…言ってみたい台詞、柳野様にもあるでしょう!? ここは俺に任せて先に行け! みたいな。
 ガチで戦ったら、弓父と弓母はほぼ互角の設定です。ただ、弓母のが容赦無い感じでしょうか。弓母専用水晶観音バリエーションも考えてありましたが、出せず仕舞いに。まあ、折を見て。
 雪弓のペースが、父母相手にどこまで貫けるかが見ものですな!


 以上、レス返しでした。皆様有難うございました。

 っと、25にレスを付けて下さったぽえぽえ様にも、この場を借りて感謝を。レス数少ないから目立つ目立つ(笑)。
 冥子はただころめの想いを受け入れるのみ、ですね。こころが例えどんな凄まじい能力を持っていても、どんな姿であったとしても喜んだでしょう。にっこにこです。


 さて次回、やっとこさ犬神コンビのお話に触れられそうです。件の少女が何故こんなことになってしまったのか…そろそろ伏せなくてもいいのかな。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き、本当に有難うございました!

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