「テメェ、バンパイア…いや、バンパイアハーフだな…
人間と吸血鬼の合成品如きがデカイ口叩きやがって…」
ピートの放つ魔力に一時気圧されたベリアルだが、
その魔力に自分の好物の匂い――人間の匂い――
を嗅ぎ取り、根拠の無い安心感に囚われた。
――何故自分のエサ如きを恐れねばならぬのか
魔族の荒ぶる本能故の、自分より弱い存在への優越感
多かれ少なかれ神魔族一般が無意識に抱く、人間に対する
優越感をベリアルは顕著に、そして過剰に剥き出しにした。
――下卑た笑いと共に
「身の程知らずだぁ?誰に向かって口を聞いてるのか解って
ねぇよう「誰が発言を許可した下郎」……チッ、この勘違い
野郎が…もういい、死ね」
ベリアルはそう吐き捨ててピートに自らの鋭利な爪を翳して迫る
根拠無き優越感に後押しされ
ベリアルは自ら死刑執行者の前にその身を晒した
――リスタート――
第十六話 後編
――ズズッ!
反応できなかったのか避ける必要が無かったのか
ベリアルの腕はピートの腹部に串の様に刺さった。
無論ベリアルは反応できなかったのだ、と根拠も無く断定する
「デカイ口叩くからこういう事になるんだよ。良い勉強に
なったか?じゃあ次は俺様の食事のじかボトッ……ん…?」
鈍い音を立ててナニカがコンクリートの床に転がる
何だこれは?
馬鹿ガキの足許に転がった黒いナニカ
見覚えは……ある
……ああ
腹に刺さった筈の自分の腕だ
待て
何で刺さってる筈の腕がガキの足許に転がるんだ?
現状認識に感情が追いつかないベリアルがピートの顔を
覗き込むとそこには――
――どこか醒めた、見下した様な表情の紅い瞳が自分を眺めていた
「あ……あああああああああっっ!!!!!!?」
感情が追いついたベリアルは恐怖とも恐慌とも取れる叫び声を上げる
「う、うでぇ!?俺様の腕がぁっ!?」
ピートの足許に転がったベリアルの右腕がぐずぐずと黒い泡を立てて
崩れていく。
「毒にも薬にもならぬ、か…」
ピートは大して期待してた風も無く、黒い泡を立てる腕を無感動に眺める。
黒い泡と共にベリアルの腕は跡形も無く消え去った
貫かれたように見せかけてピートは腹部のみを霧に変えて、
ベリアルの腕を「味見」した。
――霧で腕を包み込み、溶かしながら「味見」をしたのだ
ベリアルは反応できなかったと断定したが、不幸な事にピートの
認識はベリアルに迎合する事は無かった。
「避けるまでも無いもの」
其れが彼がベリアルの攻撃に下した評価であり、そのままベリアル
そのものへの評価に直結した。
「汝に我が糧となる資格は無し
…せめてもの情
――主への懺悔を許す」
死刑宣告――
救い難き咎人に裁判官が宣告するが如く、
抑揚無く、無慈悲にピートは宣告した。
しかし咎人は慈悲を乞う
「ま、待てよ!わ、解った、エミはアンタに譲る!
譲るから見逃してくれよ!!
――へ、へへへ…そんな冷てぇ事言うなよ…
同じ魔族じゃねぇか?な、な?俺は他の人間で我慢
するから――度し難き――っ!!」
敵わぬと見るやベリアルは諂う様な愛想哂いと口上を
並べて命乞いを始め…
――故に懺悔の機会すら許されなかった
「度し難き愚物…
最早貴様如き模造品が彼の大悪魔の御名を騙るは侮辱以外の
何物でも無きと心得よ……」
ピートの宣告と同時に、ベリアルの全身に霜が降りた
「―――っ!」
声を上げる猶予も与えられず、ベリアルの名を騙ったソレは
その身体に流れる血を凍てつかされ……
――その場で氷の彫像と化した
愚者の彫像の横をすり抜け、ピートはコンクリートの床に
寝かされたエミを抱き起こす。
「エミさん…大丈夫ですか?…エミさんっ」
「……?……!」
ピートの声で俄かに意識を覚醒させたエミの脳が
「なななななっ!?」
すぐ目の前にピートの顔があるという今現在の自分の
状況を確認するや、耳まで血液を逆流させる。
「良かった…気が付いたみたいですね」
「気が付いた、って…っ!ベリアル!」
「アレでしたら、あそこに…」
ピートが視線を向けた先を追うと、そこには氷の彫像
が鎮座していた。
「あれは……?ベリアル!?お宅がやったワケ!?」
「まだ生きてますよ…エミさん、貴女がアレに止めを刺さなければ
いけません。それが貴女の義務だと僕は思いましたので、止めは
刺しませんでした」
「……話は終わったら聞くワケ」
ピートの腕から抜け出し、エミは物言わぬ氷の彫像と化した
ベリアルと対峙した。
極僅かな名残ともわからぬ心中の何かを無視し、エミは
全身に霊気を集中させる
「……霊体撃滅波!」
エミの体から放たれた強力な霊波がベリアルの身体に吸い込まれ…
――カッ!……サラ…サラ…
音も立てず氷の彫像は霧散し、全てを夜風が攫い、その場に何一つ、
ベリアルの存在を証明する物は残らなかった――
――バイバイ……最悪の相棒……
声に出さず心の奥底で静かに別れを告げた
「……これで殺し屋も廃業なワケ」
「………」
ベリアルがいた場所を見つめ、
誰に聞かせるでもなく呟いたその台詞がピートには
なぜか寂しげに心に響いた――
「もう此処に用はないワケ。
…場所変えて話を聞かせてもらうワケ…
――吸血鬼さん」
人気の無い公園のベンチに並んで腰掛けた2人を
夜の静かな空気が見守る
掌で包んだコーヒー缶の温もりが妙に頼りない
「洗礼を受けたバンパイアハーフなんて初めて聞いたワケ」
「ヨーロッパの方でも今ではもう殆どいませんね…」
毒を以って毒を制すの思想の元に、中世の頃は悪魔退治の
エキスパートとしてそれなりの数が存在した。
「兎に角、お礼を言うワケ。アンタがいなかったら私は
今頃アイツの胃袋に収まってたワケ」
「いえ、全ては主のお導きです…
所でエミさんはこれからどうなさるのですか?」
「さあ…今更堅気に戻れる訳もないし…でも私には呪術が
あるワケ。罪滅ぼしなんて柄じゃないけどGSにでもなって
今度は堂々と悪党を懲らしめるのも悪くないワケ」
少し張り詰めていたが、そう笑うエミに陰は無い。
しなやかで頸い人
そんな印象を植え付ける笑顔だった
「それはとても良い考えですね。主もきっと祝福して
下さると思います」
「呪い屋を神様が祝福するワケ?」
「主は生業で人を見ません。前へ進もうとする全ての人に
祝福を与えて下さるのです」
互いを見合う2人
方や殺し屋を廃業した呪い屋
方や神の洗礼を受けたバンパイアハーフ
そんな2人が神の祝福の在り処を自然に論じている
その可笑しさにどちらからとも無く笑い声が巻き起こった
「「プッ…アハハハハッ…」」
夜の静寂に男女の笑い声が響く
こんなに心の底から笑ったのは何時以来だろう?
同じ疑問が2人の脳裏を掠める
「あーあ…こんなに笑ったのは本当に久しぶりなワケ」
「僕もです」
――似た物同士
人間とバンパイアハーフ
同じように笑い、同じような疑問を持っていた
もしかして種族の違いなんてその程度の物なのかもしれない
「さってと、今日は何か生まれ変わった感じがするけど
もうクタクタなワケ」
「そうですね。もう夜も遅いですし、戻りましょうか」
「……ねぇピート」
「はい……むぐっ!?」
不意打ちであった
振り向いたピートの唇を――
――エミは自分の唇で素早く塞いで素早く離れる
正に電光石火の早業でピートを魅せた
「ファーストキスだったんだから光栄に思って欲しいワケ。
じゃあオヤスミなワケ、お堅いバンパイア・ハーフさん。
――またね」
そういってエミは夜の公園を駆け抜け
宵闇に紛れて消えていった
唇に残った柔らかな感触に六感を麻痺させる
ピートがいつの間にか握らされていた紙切れ――
電話番号が記されていた――に気付いて、別れ際の
エミの真っ赤な耳たぶと、「またね」という言葉が
脳内で鮮明にリフレインされた。
「……僕もファーストキスだったんですよ?エミさん…」
誰もいない公園で呟いたピートの顔
それは
――紅い瞳よりも更に鮮明で温かい紅色に染まっていた
続く
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