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「託された思い 後編(GS)」

カジキマグロ (2007-05-27 21:50)
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 いつからだろうか?嫌な予感がし始めたのは……親友がこの話を持ちかけてきてからか?三人で仲良く森の中を歩いているときか?それとも目的地に着き洋館を見上げたときからだろうか?分からない。分からないが、嫌な予感がする。確信なんて何処にもない、単なる自分の思い過ごしかもしれない。ゆえに前を行く親友二人にも、声をかけて止めようにも止められない。

「どうしたんや?横っち、難しい顔して?」

 親友、幼馴染の銀ちゃんがさっきから無言の俺に、心配になったのか声をかけてくる。

「あれ〜〜?もしかして横っち……怖いんか?」

 もう一人の親友、夏子も意地悪い顔をして声をかけてくる。俺はそんな訳あるか。と言い、余裕を醸し出して見せたが、それは上辺だけで心の中は今も不安で満たされている。俺は夏子が言った通り、ただ怖いだけなんだろうか?横島少年は今の自分の中にある。このモヤモヤした感情がよく分からなかった。もし、彼がもう少し大人で色々な経験をしていれば気付いていたかも知れない。その彼の不安こそが霊力を少し解放され生まれた彼の第六感と言う事に、しかしそれに気づくには彼は余りに幼く、無知であった。

「よし!!ならええ。じゃあ、探検開始や!!」

 銀ちゃんの声が森に響く。


 少年と幽霊の最後の物語が幕を開ける。


            託された思い  後編


 横島は今、一人横島家のリビングにいる。彼は椅子に座っており、さっきからジッと身動ぎもせず、瞑想を続けている。この体勢に入ってどれくらい時間が経っただろうか?少なくとも2時間は経っている。依然の彼ならばとっくの昔に飽きて止めていた行為も70年、毎日修練を重ねてきた彼ならば苦に思うことも無く淡々とこなす事が出来た。もっともここ最近は寝込んでいたので修練を行っていなかったが……それでも今の彼ならばこれぐらい雑作でも無いことなのだ。それにこれぐらいで音を上げるようでは、これから起こる試練には、とてもではないが太刀打ち出来ないだろう。

「ただいま〜〜〜。」

 さて、帰って来たか……横島が瞑想を止め、フッと短く息を吐く。


    ガチャ


 ドアが開く。そしてそこから買い物袋を提げた女性が現れた。

「あら、幽霊さん。やっと私に会いに来てくれたのね?」

 横島がゆっくりと椅子から立ち上がる。

「ええ、挨拶が遅れて申し訳ございません。はじめまして、伊達と申します。」

 横島が頭を深々と下げる。

「あらあら、礼儀はちゃんと知っている幽霊さんのようね?はじめまして横島忠夫の母、百合子と申します。以後お見知りおきを………」

 横島同様に買い物袋を提げた女性、横島百合子が頭を下げる。

「さて、立ち話はなんですからどうぞ、椅子に腰掛けてください。私はお茶でも入れてきますから。」

「ありがとうございます。」

 百合子が台所の方へ引っ込む。横島が今度は深く大きく息を吐く、彼は今まで数多くの者達と交渉してきた。その中には神族や魔族も含まれており、このような舞台には慣れているはずであった。しかし……

(身内と……違うとは言え、母親と遣り合う事になるとはな……。)

 たとえ百戦錬磨の横島でさえ百合子は恐ろしい存在だと思う。それはさっきの会話でも証明される。横島は百合子に対し先手を打ったのだ。それは心理的な物で、何の予告も無く、いきなり目の前に現れ相手に動揺を誘い冷静な思考を奪う。この方法は横島が戦闘、交渉両方で多様していた基本戦法であり、もっとも得いとするものであった。しかし……。

(見事に破られたか……それに危うく逆に飲まれる所だった。)

 横島は百合子の言葉を思い出す。


(あら、幽霊さん。やっと私に会いに来てくれたのね?)


 背筋に冷たい物が走る。何時自分の存在がばれていたのだろうか?考えられるのはいつも自分達を見張っていた者たちの存在……害はないと思い無視をしていたが、どうやらそいつらは百合子の手の者だったらしい。まさかあの時、笑顔であんな風に切り返されるとは思っていなかった横島は、一筋縄ではいかないっと、気を新たに引き締めたのであった。


 横島が色々と百合子の事を考えているとき、百合子もまた横島の事を考えていた。

(彼、交渉慣れているわ……。クロサキ君の連絡から今日は忠夫について行ってないって聞いたから、きっと現れると思って準備していたのだけれど……)

 百合子はそこで急須にお湯を入れる。

(私の奇襲にも、まったく動じなかった。)

 思い出すのは横島とのファーストコンタクト、百合子は先ほどわざと、あのような言葉を使って横島の奇襲を奇襲で返したのだ。奇襲をしようとしていた者達が、逆に奇襲されることにより生じる混乱は計り知れない。だが彼は……。

(これは、一人では厳しいかもね。家の宿六を呼び戻そうかしら?)

 お盆に急須とちょっとした茶菓子を乗せ百合子は戦場へと向かう。リビングと言う戦場へ……。


 「どうぞ、お茶です。」

「ありがとうございます。」

 百合子がリビングに戻ってきて、自分の分と横島の分を急須から湯飲みに注ぎ。百合子は横島の正面に座った。百合子の表情は笑顔である。否、目はまったく笑っていない。彼女の目からは相手がどういった存在なのか?目的は何なのか?息子を如何しようと言うのか?それらを全て見極めようとする強い意志があった。

「まず、始めに……忠夫君のお母さん。私はあなたの息子さんを如何こうしようとは、まったく思っていません。

 横島は思う。下手な嘘や偽りはすぐにばれる。それに今回の目的は別に百合子に何か要求したり脅したりするものではない。あくまでも彼女の信頼を得て、横島が横島少年を依り代として後数週間生きていく事を認めてもらうためだ。

「ふ〜〜〜ん。でも口ではなんとでも言えるわ。」

「確かに、しかしこれは紛れも無い事実なのです。今の私は余りにも幽霊としては適していない状況であり、実際にあの時、運よく忠夫君に出会っていなければ私は間違いなくこの世から消滅していたでしょう。言わば忠夫君は私の命の恩人………。恩を仇で返すような真似は、私にはとてもできません。」

「………なるほど。あなたが忠夫に取り付いているのは自分の消滅を防ぐためであり、決して忠夫に何か害を及ぼすためではないと、おっしゃりたいのですね?」

「はい。それに私はいつまでも忠夫君に取り付いている訳ではありません。後数週間で私の力がある程度回復するので、そうすれば私は忠夫君から離れるつもりです。」

「そう………。」

 横島の話を聞き、百合子が黙る。おそらく今彼女の脳内では横島の話が本当か?そしてその話を自分は信じてよいのか?と思考を巡らせているのであろう。横島も横島で彼女の思考を邪魔しないよう黙っている。それから数分後、百合子が顔を上げゆっくりと口を開いた。

「あなたの話には嘘はない……。っと私は判断しました。」

「ありがとうございます。」

 横島が頭を下げる。表には出さなかったが、内心ホッとしていた。もしここで信じてもらえなかったら、自分が横島少年の中にいれなくなるのだ。それは彼がなんとしても避けたい事態である。

(どうにか第一段階突破か……。)

 そう、これはまだ第一段階なのだ。その証拠に百合子の表情はまだ交渉をする者の顔だ。

彼女は言葉を続ける。

「しかし………。それとなぜ、忠夫があなたと修行をするのに結びつくのでしょうか?聞けばあなたの修行は10歳の……。いえ、世間一般的に考えても余りに以上であり、危険なものらしいですね?これはどういった事でしょう?」

 その質問で横島は少しだけ顔をしかめる。来るとは思って覚悟をしていたが、やはり辛い。なぜ横島少年があんな命がけ(実際は横島が手加減しているので命に別状は無い)の修行をしなければならないのかと言うと、間違いなく彼が横島の依り代と成ることによって存在能力が開放されたからだろう。言わば自分の責任だ。その話を聞き、おそらく百合子は横島の事を恨むだろう。しかしそれはしょうがない事、横島はそう思った。

「……まず私はあなた方ご両親に謝らなければならない。忠夫君は私の依り代になったときに、彼の内にある存在能力が開放されてしまったのです。」

「存在能力ですか?」

「はい、それもかなり巨大な……。彼は、まだその力を持て余しています。目覚めた当初よりは大分まともになったのですが、それでもまだまだです。私は彼に対して責任を感じています。彼はこれからの人生、下手をするとまともに生きていけなくなるかもしれません。」

   ギリッ

 何かを強く握り締めた音が聞こえる。

「………どういった意味でしょうか?」

 百合子の声は明らかな怒気を含んでいた。何かの拍子で直ぐにでも横島に掴みかかりそうな勢いである。いや、あのような言葉を聞き掴みかからないだけ賞賛すべきことなのかもしれない。

「強い力は組織から狙われる。いい意味であれ、悪い意味であれ……。」


   パンッ


 横島の頬を百合子が思いっきり叩いた。幽霊であり、さらに存在が希薄である横島を普通の一般人が叩くことなど出来はしないのだが、今回は横島が自ら意識して百合子に叩かれようと思い。少しの間だけ自分を一般人でも触れられるぐらいに存在を高めたのである。

 覚悟はしていた。自分はそれだけのことを横島少年にしたのだから……。

「あっ………。」

 横島はそこで気づく、百合子の目から涙が流れていたことに……。自分が泣かせた。基本的に女性の涙には弱い横島。罪悪感が彼の中で一気に膨れ上がる。

「ごめんなさい。でも私はあなたを許さない……。私のたった一人の息子に重い運命を背負わせたあなたを……。」

(完全に嫌われたな。まるで親の敵のような目で見られている。まあ、似たようなものか。)

 横島は思う。ここまで苦しい事は他にあるだろうか?最愛の人を失ったときも苦しかった。しかしあれとはまた別の苦しさ、悲しさが此処にはある。違うとはいえ、実の母親に恨まれる。何とも嫌な経験だ。しかし…………。

 横島は真剣な表情で百合子を見る。逃げる事など許されない。彼女の思いを正面から全て余すことなく受け止める。それが今の自分に課せられた義務。そう覚悟を決めた横島の顔は、まさに漢の顔であった。

「あっ………。」

 今度は百合子が先ほどの横島同様に言葉を漏らす。私はこの顔を知っている。たった一度だけ、この覚悟を決めた漢の顔をした人物を知っている。

「大……樹?」

 百合子は思わず自分の最愛の夫の名を口ずさんだ。

「忠夫君のお母さん。私は本当にあなた達ご家族に対し取り返しのつかない事をしてしまいました。許してくれなど言いません。しかし、責任は取らせてください。後数週間しか私は忠夫君とは一緒にいられませんが、彼に自分の力を隠す術をしっかり教えます。彼が将来普通の生活が出来るように……。だからお願いします。百合子さん。私を信じて、もう少しだけ忠夫君を任せてください。」

 そう締めくくると横島は椅子から立ち上がり百合子に向かい土下座をした。

「な……んで?」

 百合子は先ほどからずっと混乱していた。なぜ?彼が自分の夫と重なって見えるのだろうか?なぜ?彼はこれほどまでに夫の面影を持っているのだろうか?もしかして彼は……。

 百合子の中に一つの仮説が思い浮かぶ。それは考えるだけで馬鹿馬鹿しく非現実的なものであったが、不思議と間違っていない自信があった。

「どうか、頭を上げてください。」

 横島は床に擦り付けていた頭をゆっくりと上げ、そして立ち上がった。

「座ってください。」

 特に逆らう理由も無いので横島は言われたとおり椅子に座る。百合子は瞳に溜まった涙を拭うと、大きく深く息を吐いた。

「あなたの考え、思いは分かりました。どうかあの馬鹿息子をお願いします。」

「本当に申し訳ありません。そしてありがとうございます。」

「しかし……最後にお聞きしたい事があります伊達さん。」

「はい、なんでしょう?」

 百合子が横島の顔を否、瞳をジッと見つめる。

「伊達と言う名前は偽名ですね?」

「!!」

 百合子の言葉に横島の目が大きく見開かれる。なぜそんなことがばれた!?もしかして部下に調べさせたか?いや、それは無いはずだ。大体いくら百合子の元部下が優秀だとしても突然現れた幽霊の自分の情報なんて在るはずが無い。

「どうやら、そうらしいですね?」

「あっ……。いや、これは………」

「なら、最後の質問です。あなたの本当の名前は横島忠夫ですか?」

 百合子の考えに根拠など何処にもない。横島が違うと言えばそれで終わる。しかし彼女には絶対なる自信があった。そう母親としての自信が………。横島はそんな彼女の姿を見て思う。誤魔化しは聞かないなと、そして彼はあきらめたように肩をすくめると、さっきまでの真剣な表情を崩した。

「何でわかったんや?」

 横島の台詞を聞き、百合子は満足そうに頷く。彼女にも先ほどの真剣な表情はもう無い。

「息子が分からん母親などこの世におらんわ。」

「そうか……。そうかやっぱり、お袋にはかなわんかったか。」

「当たり前や。息子は、父親は超えることが出来ても母親は超えられんのや。」

「はははははは!確かにその通りや。最後の最後で俺の乾杯や!」

 二人は声を出して笑いあった。先ほどの緊張感が嘘のように無くなる。もうすでに二人の間に憎しみは無く。苦しみも無く。悲しみも無い。唯、今二人の間にあるのは心地の良い空間だけであった。


 二人はひとしきり笑った後、また話を始めた。

「所で忠夫?あんたどうして幽霊なんかやっとるの?それに年も20代っぽいし……。もしかしてあんた未来から来たの?」

 幽霊の正体が自分の息子と分かった瞬間、言葉遣いが何時も通りに戻る百合子。というか自分の息子が幽霊になっているのにもう少し慌てるとかしないのかな?この母親は?横島は改めて自分の母親って何だろう?と考えていた。

「まあ、お袋だし………。」

「何や?私がどうかした?と言うか、あんた私の話、聞いて無いやろ?」

「あ、いやそんな事無いですよ。」

 いっ、いかん!声に出してしまった。見れば百合子が不機嫌そうに横島を睨んでいる。横島が冷や汗を流して何とか話を逸らそうと口を慌てて開く。

「え〜〜〜っと、そうやな!お袋の言う通り俺は未来から来たんや。」

「………なんか、話逸らされたような気がするけど……まあ、ええわ。」

 まだ、不機嫌そうな百合子だが何とか話題を逸らせることに成功した横島は心の中でホッと胸を撫で下ろす。やっぱり何時になっても、強くなっても母は怖い………百合子が特別なのか?横島には分からない。

「それで、何であんた幽霊なんかやっとるの?」

「分からん。」

「分からんって、あんた……。自分がなぜ幽霊に成ったかも分からんのか?相変わらず抜け取る子やな〜〜〜。」

「しょうがないんや〜〜〜〜!気づいたらいきなり森の中で、俺も訳分からんかったんや〜〜!」

 横島が情けない声を上げる。百合子はそんな彼の姿に呆れてしまった。先ほどまで、この最強のOLと言わしめた自分と同等以上に戦っていた彼はいったい何処に行ったのだろう?今自分の目の前に居る男は唯、情けない表情で情けない声を上げる。何処までも情けない男であった。

「は〜〜〜〜……。この馬鹿息子は……。」

 百合子がこめかみを押さえて、ため息を吐く。額には青筋が浮かんでおりピクピク動いている。横島はそんな彼女の姿に本気で腰が引けている。

「はっ……母上?」

「情けない声ばかり上げてるんじゃない!!」

「堪忍や〜〜〜〜〜!!」

 まったく、こんな馬鹿息子に泣かされた自分に腹が立つ。百合子は思わず声を荒げてしまった。

「ったく!で?ちゃんと元居た時代には帰れるんやろうな?」

「ああ、それなら大丈夫や。ちゃんと手がある。」

「ならええんやけど……。いまいち不安やな〜〜。」

「信用無いな……。俺……。」

「あると思う?」

「…………。無いな。」

 横島は百合子の言葉にまったく反論できない自分に一筋の涙を流した。

(おっ………ん……。お………ちゃ………。)

「!!」

 突然横島の頭の中にダイレクトに人の声が響いた。

(これは念話!?)

 横島は余りに唐突な念話に驚愕を隠せなく、思わず目を大きく見開き表情に出してしまった。

「どうしたんや!?忠夫!?」

 その余りの、突然の彼の変化に驚く百合子。そんな彼女に少し黙って置く様にと言うと、横島は目を瞑り頭の中に響く念話に意識を集中し始めた。

(お……ちゃ……。おっちゃ……。おっちゃん!!)

(忠夫!!どうした!?)

(え………!?おっちゃん!?今何処に居るんや!?助けてや早く!!)

(落ち着け!!今俺はお前の家に居る。お前とは念話で話とるんや。どうした何があった?)

(森の奥にある洋館を探検しよったら、いきなり悪霊が出てきて……。近くに居たGSの人たちが駆けつけてくれたんやけど、まったく刃が立たんで二人ともやられてしまったんや。)

(お前たちは無事なのか?)

(俺たちはGSの人たちが作ってくれた結界のお陰で無事なんやけど、これも何時壊れるか分からんのや。おっちゃん頼む!助けてくれ!!)

 現状は大体今の会話で把握できた。どうやら自体は一刻を争うらしい、のんびりなどしていられない。

(忠夫。いいか、よく聞け。結界には必ず中心……核となる部分が存在する。特に現代のGSが張る結界は市販の札などを使ったものが一般的だから、まずそれを探せ。)

(分かった!ええっと……。あった!結界の丁度中心に張ってあるお札のことやろ?)

(ああ、おそらくはそれだな。そして次なんだが、それに霊力を込めろ。そうすれば結界の効力が長持ちする。要は電池の充電みたいなもんだ。出来るな?)

(分かった!やってみる!!)

(よし!良い返事だ!俺も直ぐに行く。待っていろ。)

(了解!!)

 そこで念話がフッと切れる。どうやら横島少年がお札に霊力を込めるのに集中し始めたようだ。

「今のあいつならもって30分ぐらいか……。時間が無いな。」

 場所の検討は大体つく、おそらくは自分も少年時代に遊んだあの森の奥にひっそり佇む洋館。しかし悪霊とはどう言うことだ?自分が遊んでいたときには、そんなものは存在しなかった。もしかして自分がこの世界にやって来た事で歴史が変わってしまったのか?なら少年たちが今危険な目に陥っているのは自分の所為かもしれない。

「絶対に助けなければいかんな。」

 横島は自分の右ポケットに手を入れる。そこには昨日やっと一つだけ生成することが出来た彼の切り札……文珠が握られていた。しかしそのお陰で彼は今、ほぼ霊力が空の状態だと言っていいだろう。表には出さないが今だってかなりきつい、本来ならば横島少年の中で休息を取らなければならない状態である。

「無理をしたのが裏目に出たか………。」

 悔やんでいる暇は無い。横島は無理やりそう自分に言い聞かせ、百合子に事情を説明し横島少年達を助けに行こうと思った。しかし肝心の百合子が居ない。

「あれ?何処行った?」

 すると奥の方から声が聞こえてきた。

「ええ。分かったわ。………。本当に最低ね。いえ、いいのよ。あなたは良くやってくれたわ………。ええお願い。そいつ等にこのネタで圧力をかけてあげて……。もちろんよ。家の宿六も使ってくれてかまわないわ。それじゃあ、お願いね。」

 どうやら、百合子は電話に出ていたらしい。それにしても何の話だろうか?聞こえた内容だけでも物騒そうだったが……。まあいい、今はそれどころではない。早く説明して助けに行かなければ。

戻ってきた百合子に横島が事情を簡単に説明しようとしたとき、それよりも早く百合子が口を開く。

「今ね。クロサキ君から連絡があったの。忠夫達が悪霊に襲われてるって……。」

「らしいな……。」

「あら?知っていたの?」

「ああ、さっき忠夫から念話で連絡があったんや。まあ、知っているなら話が早い。俺は今すぐに此処を出て、ガキ共を助けに行く。後向こうに居たGSの二人が怪我をしているらしいから救急車を頼む。」

「あんた。助けに行くって………。出来るの?」

百合子が不安そうに聞く。そんな百合子に対し横島は不適に笑って見せた。

「俺はこう見えても未来じゃあ、世界有数のGSだったんだぜ?悪霊の一匹や二匹、物の数じゃあねえよ。」

 その表情は自身に溢れており有無を言わせない物があった。横島忠夫がこんなにも自信を持ってはっきりと言った。なら大丈夫だろう。百合子は思った。

「………分かったわ。未来の忠夫、私の息子をお願いね。こっちからも援護が出来るように手を回すから。」

「ああ、任せろ!!」

 そういうと横島は窓をすり抜け庭に飛び出した………しかし、何か言い忘れたのか。いきなり立ち止まり百合子の方をもう一度振り返った。

「お袋、最後にもう一つ言わなければならない事があった。八神厳十朗って知っているか?」

「八神おじいさん?ええ、知っているわよ。私のお父さんの親友の……。よね?」

「そう。あの爺さんに忠夫の先生をしてもらえるように頼んで貰えないか?忠夫には俺から言っておくから。」

「えっ……ええ。それは構わないけど何で?」

 その百合子の言葉を聞き横島は満足そうに笑うと百合子に背を向け、無言で森に向けて走り出した。百合子はそんな彼の態度や表情に不安を覚えてしまった。彼は何で今そのことを話したのだろうか?そんなに重要な話でも無さそうだし、別に帰ってからでも十分に話せる内容だ…………帰ってからでもいい?もし彼が帰って来れなかったら?

「まさか………あなた………。」

 百合子の脳裏に最悪の結果が過ぎる。彼女は慌てて電話機を取り元部下に連絡をした。


 洋館の中は異様な空気に包まれていた。辺り一面には破壊の後が見られ、ここで激しい戦いが行われていた事が表されていた。そうここで数十分前まで戦い、命の獲りあいが行われていたのだ。そして今、その戦いの勝者は敗者に目もくれず、新たな獲物へとその牙を向けているのであった。

「ふえええええ。怖いよ〜〜。」

「泣くな!夏子!大丈夫やから。俺が必ず守るから!」

「だったら、銀ちゃんも少しは霊力送れ!!てか、こんな所で夏子のポイント稼ごうとするな!!」

「そんな芸当、俺には出来んのや!それにこんな状況だからこそ稼げるポイントがあるんや無いか!!」

「ふええええええええええええ!!」

 中々のカオス状態な三人。夏子が泣き。銀ちゃんがそれを慰め、さりげなく自分の株を上げようとする。横島少年は額に汗を浮かべながら、お札に霊力を必死で込め、そんな銀ちゃんに突っ込みを入れる。もうずっとこんな感じである。結界の外では和服を着た悪霊が鬼のような顔をして暴れている。結界の外に居るGS二人組みは大丈夫だろうか?しかし、彼らを心配する余裕など自分たちには無い。

「くそっ……!!そろそろ………ヤバイで………!」

 横島少年が顔をゆがめる。実は彼の限界はとうの昔に過ぎていたのである。ではなぜ彼が未だに結界を維持しているのかと言うと、おそらくは親友二人を守りたいと言う気持ちと、自分がもっとも信頼する幽霊が来て、必ず自分たちを助けてくれると信じているからだ。しかし………

「ぐっ……が!……。」

 フラッと唐突に彼の視界が歪む。もう限界だった。段々と意識が朦朧とし、四肢の力が抜けていく……。

(ちっく……しょ……お……)

 俺はもう駄目なのか?横島少年が悔しがる。

「お……っち……ゃん……。」

 そして最後の力を振り絞り横島少年が今もっとも信じる者を呼ぶ。


 
        その刹那………。


「カアァァーーーーーーーー!!!」

 獣の様な咆哮。響く轟音。先ほどまで結界の周りで暴れていた悪霊が、まるでぼろきれの様に吹っ飛ぶ。少年達はお互いに抱き合い目の前の光景に目を疑った。二人のGSですら全く歯が立たなかった悪霊が、彼らの攻撃を物ともせずにあしらっていた悪霊がたった一撃で吹っ飛んだのだ。

 そうこちらに背を向け悠然と佇む幽霊の一撃で………。

「「伊達さん!!」」

 堪らず銀ちゃんと夏子が叫ぶ。夏子にいたっては横島に抱きついていた。

「おっと、大丈夫か?」

 そんな二人の頭を横島が優しく撫でる。二人は安心しきったのか涙を流し、無言で何度も頷いている。

「よし、よく我慢したな。そして忠夫、お前も良く頑張った。後は俺に任せてゆっくり休め。」

「は……はは…。来るのが遅いでおっちゃん。もうヘトヘトや。」

「すまなかった。ゆっくり休め。」

 横島は、横島少年の頭も二人同様に優しく撫でる。その時の少年の表情は守りきったという思いからか誇らしげだった。大きくなった。横島はそんな少年を見て思った。


 ニクイ………。ニクイ………。コロス…コロスコロスコロスコロスコロス!!! 


 部屋の中に、体全体が凍ってしまいそうな声が響く。その声の方向を見れば悪霊が此方をにらめ付けて立っていた。

「ちっ!やはり、あれぐらいでは倒せないか……。」

「おっちゃん!!なんかアイツさっきよりヤバイで!!」

 悔しげに舌打ちをする横島に横島少年が声を荒げ問いただす。先ほどから自分の中で警報がガンガンなっているような気がする。


           あれはヤバイと………。


 夏子などは余りの恐怖に気を失ってしまい。銀ちゃんは、意識はなんとか保っているが顔色が悪く小刻みに震えている。

「ああ、ヤバイな。」 

「どうするんや!」

「落ち着け!!確かに今の俺ではあれと戦うには、余りに分が悪い……。だが此方が切り札を使えば十分に勝てる。」

「本当か!?」

「こんな時に嘘つくか安心しろ。お前は二人の事を頼むぞ。」

「分かった!!頼んだで!おっちゃん!」

 横島少年は今の話を聞き少し安心したのか、笑顔を浮かべ後ろに居る二人を安全な所まで移動させるために行動し始めた。

(感情の起伏がまだ子供だけあって激しい所はあるが、これだけの状況である程度冷静で動けるだけかなり成長したな。アイツも……。)

 横島は、一生懸命に親友二人を安全な所まで動かそうとする、弟子の姿に思わず微笑んでしまった。


 ユルサナイ!ワタシヲステタ!ユルサナイ!ワタソヲコロシタ!コロスコロスコローース!!!


 悪霊は叫びながら横島に襲いかかろうと突っ込んでくる。

「今の俺じゃあ。霊力はあんたよりも大分下だ……だがな、そんな猪の様に真っ直ぐ突っ込んで来て勝てると思うなよ!」

 横島は悪霊の攻撃を右にヒラリと交わすと同時に腹に蹴りを食らわす。相手は両腕を上げた状態で襲い掛かって来たので、防御できるわけが無く、腹に直撃を食らってしまう。

「ギッ!!」

 悪霊が苦痛に顔を歪める。それと同時に動きも止まった。

「ほらほら、足元がヤ○チャですよ!!」

 その隙を横島が見逃すわけが無く。腰の回転、ウエイト、そして残り少ない霊力を絶妙にコントロールしたローキックを悪霊の右足に放つ。

「ガッ!!」

 それもまともに食らった悪霊が反射的に右足を押さえようとする。

「この、阿呆が!!」

 悪霊が右足を押さえようとして重心が右に移り、頭が下がって来た所に先ほどローキックを食らわした左足を返し。思いっきり悪霊の顔面目掛けて蹴り上げる!

「ガッギャーーー!!」

 全ての横島の攻撃をクリーンヒットで食らった悪霊は可笑しな悲鳴を上げ、また壁際まで吹き飛ばされた。横島の霊力は本当に残りわずかだ、ではなぜこうも悪霊を圧倒できるのであろうか?それは武術で言う合気の要領と同じである。横島はまず相手の突進してくる力を利用して相手にダメージを与えた。そして次にローキックを伏線として、下がって来る頭にタイミングよく蹴りを入れる。相手の向かってくる力に自分の打撃をうまい事のせて通常の倍以上の一撃を相手に食らわせる。これが力の無い横島が悪霊を圧倒した理由である。

 悪霊が唸りながらゆっくりと、また身を起こそうとする。それを好機と見た横島が悪霊目掛けて駆け出した。彼の右手には切り札である文珠が握られている。

「(これだけ弱らせれば確実に当たる!!)極楽に逝かせてやるぜ!!」

 文珠が当たる射程内に後少しで入り、キーワードを込めようとした瞬間。突然窓から黒い塊が横島を襲う。

「なにーーーー!!」

 堪らず距離を取る横島。いったい何が!?さっき自分を襲った黒い塊を見ると悪霊の前に庇うように立っていた。よく見るとその黒い塊は鳥のように見える。

「まさか……。使い魔か!?馬鹿な!何で幽霊の癖にそんなモン持ってんだよ!!」

 不味いことになった。横島の頬に冷や汗が流れる。一匹だけなら何とかなったが、もう一体増えると成ると話が違う。今の自分が持つ手札の中で、相手を確実に倒せる方法が文珠しかない。しかしそれも一個だけ……。一気に形成が逆転された。

 横島がチラリと後ろを見る。そこには良く現状を理解できていないのか、呆然とした横島少年が此方を見ている。

(撤退すべきだな。しかし……。逃げ切れるか?ここで相手に背を向けるのは危険だ。俺が時間を稼ぐ?どのくらい?………こりゃあ、相打ち覚悟かな?)

「コローーーース!!」

 その叫びと共に再び悪霊が襲い掛かる。しかしその矛先は横島ではなく。

「ギャア!!」

「何!!」

 その矛先は黒い鳥の方に向けられたのだ。もしかしてあの鳥は使い魔ではない!?横島の脳裏に一つの仮説が浮かんだ。

「だがなぜあの鳥の妖怪は悪霊を守ろうとしてんだ?」

 横島が考えに少し没頭している間にも黒い鳥と悪霊の戦いは続けられている。すると黒い鳥が喋り始めた。

「ゴシュジン。ゴシュジン。ダメ。ダメ。モドッテ。」

 その台詞を聞き横島は全てが分かったような気がした。あの鳥は悪霊の使い魔ではない。おそらく悪霊が生前飼っていた鳥か何かで彼女が死んだとき、その血を舐め妖怪となったものであろう。
日本の昔話では、ある女が恨みを晴らすために自分の首を掻っ切り、そこから溢れる血を飼っている猫に舐めさせ妖怪にさせる。と言う話がある。この方法で妖怪となった動物は飼い主を思う気持ちに比例して、飼い主の意思に尊重した行動する。昔話のほうは結局、女の恨みを晴らせず失敗に終わったが、この鳥はどうなのだろうか?見たところ半端ではない忠誠心だが、だって襲われているのに止めようと頑張っているし……。

「まあ、どっちにしろチャンスではあるな。おーーーーーい!!鳥!!!」

「ウルサイ。イマイソガシイ。」

 おお、無視されると思っていたが律儀に返してくれた。横島は鳥の態度に少し感動していた。

「まあ、聞け!ご主人を助けるのを手伝ってやろうか!?」

「オマエ。ゴシュジン。イジメタ。シンヨウナラナイ。」

「いいのか?このままでは埒が明かんぞ?」

「……………。」

 横島の言い分が正しいと判断したのか、鳥は言い返さない。つくづく頭のいい奴だな〜。横島は感動に続き、感心していた。

「オマエにとってその人は何だ?」

「タイセツナ。ゴシュジン。」

「だったらその人を救ってやりたくは無いのか?」

「スクッテアゲタイ。タスケテアゲタイ。ソンナノ、ソンナノ!ナンドモオモッテキタ!」

 鳥が突然激昂する。それから鳥は片言ながら話を始めた。鳥の名前は鈴らしい。どうやら彼女はオカメインコと言う種類の鳥らしい。そうかインコか道理で話せる訳だ。妙なとこで納得する横島。
まあ、それはいいのだがオカメインコとはオーストラリア出身の外来種であり日本には明治時代から輸入がされていたものだ。鈴のご主人が自分の寂しさを紛らわす為に購入したのが始まりらしい。鈴はとても大切に育てられた。毎日一緒に庭で散歩を行ったり、食事をしたり、お喋りをしたりとても幸せだった。しかし幸せの日々は突然終わりを告げた。
 あの男が、ご主人の夫がご主人を殺した。そして鈴も同様に………。ご主人の方は即死だったらしいが鈴はまだ少し息が合った。そしてそのときたまたま口の中にご主人の血が入り、鈴は妖怪となった。
 後は妖怪になった勢いで男を殺し、そのまま森の方へ飛び立った。この洋館に住んでいた家族は、二人の死亡者を出したこの家に留まることを拒み、そのまま引っ越してしまった。それにこの一家はそれなりに力のある家柄だったので、こんな身内の恥をよしとせず、事件自体を揉み消してしまったのだ。
 それから数十年後、鈴が久しぶりにこの家に帰ってくると、なんと驚くことに死んだご主人が悪霊となって、さまよっていたのである。鈴は夫である。八咫烏の協力の下……。

「まて!お前結婚してたのか!?って八咫烏が夫!?どんだけすごいんや!?」 

「フフ。イイオンナニハ。イイオトコガツクノサ。」

「サイですか?まあ、いいや………。ごめん続けて。」

「ウム。」

 鈴の話は続く、悪霊となったご主人を何とかしようと、夫と協力したものの八咫烏神社の祭神である夫が出てくるわけには行かず。結局は成仏させることも出来ずに今に至っているのである。しかも最近になって、あの男の末裔が、その話を何処からか聞きつけ、一族の恥とか言ってご主人を駆除しようとしているのだ。だから鈴はこうして彼女を守っているのである。

「ソレニ。イズレ。ゴシュジンノ、インキモヌケテジョウブツデキル。ソレマデワタシハ。マモル。」

 鈴がそこで口を紡ぎ、キッと横島を睨みつける。鈴のその真剣な目を見て横島は、文珠にあるキーワードを込める。


         それは「浄」であった。


「お前の話はよく分かった。だから俺にも手伝わせてくれないか?」

「オマエニナニガデキル?」

「彼女の陰気を全て浄化させてやる。」

「デキルカ?ニンゲンガ?」 

 その言葉に、鈴が少し頭に来たらしく怒気を含んだ声で横島を睨む。しかしその一般人、否普通のGSでさえ震え上がりそうな殺気にも横島は全く動じず。おもむろに右手に持つ文珠を鈴に見せた。

「ソッ、ソレハ!!」

「知っているなら話が早いな?」

 横島がにやりと笑う。

「ナゼ?キサマガ、ソンナモノヲ?」

「気にするな。だが……。いけるだろ?」

「ソウダナ……コレナラバ」

 鈴も同意を示す。

「よし!じゃあ。最後の勝負をやりますか!」

 横島がグッと伸びをして悪霊を見る。何か思うことでもあるのか?悪霊は鈴と横島の会話の途中から動かなくなっていた。

「まあ、いっか……。ところで忠夫?」

「うえっ!!」

 余りに突然声をかけられたので、横島少年がまともに反応できず変な奇声を上げてしまった。

「よく見とけよ?」

 横島が少しだけ後ろを向き、不敵な笑みと共にそういった。彼がこのような表情をするときは必ず実戦で大事なことを教えてくれるときだ。横島少年はこの数日間でそのことを学んでいたので、直ぐに真剣な表情になりジッと横島のことを見つめた。その姿を見た横島はまた前を見る。

「鈴、少しの間押さえておいてくれ。」

「ワカッタ。シクジルナヨ?」

 そうお互いに言葉を交わすと、横島と鈴は駆け出した。悪霊も此方が動き出すと、叫び声と共に襲い掛かってきた。横島たちの布陣は、前に鈴、後ろに横島である。

「コロスーーーーー!!!」

「ゴメンナサイ。ゴシュジン。」

 考えなしに、また突撃してきた悪霊の攻撃を鈴がひらりと避け、悪霊の顔面に自分の体を覆いかぶせる。いきなり顔面に張り付いてきた鈴を引き剥がそうと悪霊が暴れる。

「おいおい。お前の相手は鈴だけじゃないぜ!」

 横島は、鈴が悪霊を引き付けている間に文珠を発動させる。その瞬間に部屋一面に目が開けられないほどの光が広がる。時間にして数秒、たったそれだけの時間で、先ほどまでこの部屋全体にこびり付いた陰気が霧散、全て浄化された。もちろんその根源である悪霊もである。

「ゴシュジン………。」

 鈴がポツリと呟く。その視線の先には………。


      先ほどまでの鬼のような表情など何処にもない。


        美しい微笑を浮かべる女性が立っていた。


   そして彼女は一礼をすると、まるで蜃気楼の様に消えていった。


「すっ……すげえ。」 

 横島少年は自分の慕う幽霊の本当の力を見て、驚愕を隠せなかった。あれだけこの部屋に充満していた不快感も、悪霊から感じられていた狂気もたった一発で、ほんの数秒で嘘の様に消えたのだ。

「俺にも出来るんかな?」

 少年は自らの手を見つめ、何時かはこの手の中にあの球体を持つことを想像した。


「よう、終わったな。」

「アア。」

 鈴はじっとご主人が消えた方向を見ていた。すると鈴の黒い体が突然美しい純白になっていき、全長30cmぐらいしかなかった体が二倍の一メートルぐらいにまで成長していった。

「鈴………。変わった鳥だとは思っていたが、変身まで出来るんだな。」

「違うわ!馬鹿たれ!これが私の真の姿なのだ!」

「話し方までスムーズになってやがる……。」

 横島はその余りの鈴の変化に愕然とした。さすが自称良い女(メス?)。

「いいか?私はご主人にあれ以上陰気を溜めさせぬよう。私の力を使って抑制していたのだ。その所為で私の力は殆どそっちに回し、此方には最低限だけしか残していなかったので、あのような姿だったのだ。分かったか!」

「なるほど、納得。」

 鈴の話を聞き横島が頷く。鈴のほうは横島の誤解が解けたことか、自分のご主人が無事成仏出来て、自分も元の姿に戻れたのが嬉しいのかは分からないが上機嫌だった。まあ、おそらくは後者だろうが……。

「では、私はこれで失礼させてもらう。少年と幽霊よ、本当にありがとう。このお礼は必ずしたいので今度家に寄ってきてくれ。」

「家?もしかして………奈良県にある八咫烏神社か?」

「そうじゃ。その時は夫共々歓迎しよう………。ではな。」

 そう言うと鈴はその巨大な翼を広げ大空へと飛び立っていった。しかし………。まさか八咫烏神社に招待されるとはな。人生何が起こるかわからん。

「まっ、いっか。今度奈良にでも行ってみるか?忠夫?」

 横島は後ろを振り向き、此方を見ている少年に声をかけた。少年は大きく頷きグッとこちらに向けて親指を立てた。どうやら行く気満々らしい。

「よし!なら帰ってお袋さんに頼んでみるか?」

「おう!!」

 横島少年は元気よく返事をする。その少年の隣では二人の少年少女が気絶している。(銀ちゃんの方はどうやら安心して意識を手放したらしい)まずはこの二人を起こして、その後は百合子に連絡を入れたほうがいいかな?横島は顎に手を当てて今後の予定を考えていた。

 横島は安心していた。周りの気配を探っても悪霊らしき気配はもう無い。それに彼の目の前にいる少年が彼の心を穏やかにさせる。ちゃんと守れたと……。しかし忘れてはいけない彼は今人間ではなく幽霊であることを、そしてこの空間には幽霊を狩ることを仕事とする存在がいることを……。


           残心。人はこの事をこう言う。


           ドーーーーーーーーーーーン!!


            一発の銃声が部屋に響く。


「へっ……………。」

 横島少年が呟く。何が起こった?何でおっちゃんが苦しそうに地面に膝をつく?少年の目に、幽霊の後ろにいる銃を此方に構え、歪んだ笑みを浮かべているロン毛の男の姿が映った。

 そして少年は分かってしまった。ロン毛の男が何と口にしたのか。


 ざまあみろ………。この悪霊が……。


 このGS達はC級といっても、まだ成り立てであり、腕も知識も未熟であった。幽霊イコール自分たちの敵と思うところがあり、今回は特に幽霊にボロボロに負け、自分たちが持つプライドが傷つけられていたので、彼らは幽霊という存在自体を今憎んでいた。そんな憎しみの心を持っているなか目を覚ませば目の前には幽霊が………。まともに働いていない彼の思考は単純だった。唯敵を殺せと………。

 ロン毛の男は横島を撃って力尽きたのか、また気絶してしまった。

「うアアアアあああああああああああああああああああ!!」

 横島少年の絶叫が室内に響く。少年はロン毛の男に襲い掛かると、彼の体を仰向けにし、腹に乗りマウントポジションをとった。そして強く、硬く握り締めた拳を振り上げ。

        殴る。

「嗚呼アアアアアアアアアアああああ!!」

 何度も何度も殴る。少年はひたすらに男の顔面を殴打する。この男は何をした!?誰を撃った!?何で撃った!!?

 少年は止まらない。何時しか少年の拳は何度も男の顔面を殴打する衝撃に耐えられなくなり、皮膚が破け、その中にある肉が少し見えていた。血が拳を振り回す度に辺りに飛び散り、少年の服にも、少年の下で唯殴られ続けている男の服にもおびただしいほどついて赤く染めている。

「嗚呼嗚呼嗚呼アアアアアアアアアア!!!」

 それでも少年は止まらない。許せなかった。立った数日間だけの付き合いだけど、自分が兄のように慕っていた幽霊を傷つけた。この男が………。

「ああっ……あああっ……あぁ…!」

 声を出すのがきつくなって来た。ずっと酸素を吸わず、吐き出すだけで体を動かし続けたので頭がフラフラする。拳は熱く痛いという感覚は段々と無くなってきた。 

 だが………それでも止まれない。右の拳をまた大きく振りかぶる。


「もういい。やめろ。」


 振り上げた右手が優しく掴まれる。なんで!?なんでや!!?撃たれたんやで!?コイツから殺されかけたんやで!!?

「なんでや!!?おっちゃん!!!」

 横島少年が後ろを振り向き横島に向けて激昂する。

「もう、十分だ………。」

 そこには今まで横島少年の人生の中で見たことなど無い、優しくて、寂しくて、悲しくて、そして覚悟を決めた顔をした、兄のように慕う幽霊が立っていた。

「うっ…………。ああ………」

 その横島の表情を見た瞬間、少年は何も言えなくなった。そして彼の中で何かが壊れる音が聞こえた。

「ああ……あ…ああああああああああああ!」

 少年は声を上げて泣いた。一度決壊した涙は止まることを知らず、次から次へとあふれ出てくる。

「いやや!いやや!!別れたくない!もっと一緒にいたいんや!!まだ、色んな事を教えてほしんや!!お願いや!お願いや、おっちゃん!!行かないでくれ!まだ俺と一緒にいてくれ!!」

 横島少年が泣きながら横島に頭を下げる。しかしその間にも少年の中にあった。この数日間、確かに感じていた彼とのつながりが無くなっていくのを感じた。それが少年にはたまらなく辛かった。どうすればいいのかも分からない。唯、少年は目の前の幽霊に頭を下げる事しか出来なかった。

「お願いや……。ヒック。お願いじまず。いがんでぐれ…ヒック……おっぢゃん………お……ぢゃ…。グスッ。」

 悲しみで言葉もまともに発音できなくなってきた。すると横島少年の体が不意に力強く抱きしめられる。その胸は大きく、まるで父親の様であった。そして少年の心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。

どのくらい時間が経っただろうか、横島少年のすすり泣く声も段々と収まっていった。

「落ち着いたか?」

 コクンっと胸の中にいる横島少年が頷く。

「忠夫。今回は特別サービスだ。俺は如何なる理由があろうと男を抱きしめる趣味などは無いが、お前の為を思い。本来ならば美人なお姉さまが泣くための俺の胸を貸してあげた。感謝しろよ。」

「俺やて、そんな趣味ない。」

 横島のふざけた言葉にも何時もの勢いは無いが、ちゃんと返す少年。

「そうか、そいつは良かった。まあ、分かっているとは思うが……俺は此処までのようだ。」

「…………。」

「すまんな。お前のことを最後まで見届けてやれんで……。」

 横島が申し訳無さそうに、頭を下げる。そのとき横島少年はバッと横島の胸から離れ、瞳に溜まった涙を服の袖でゴシゴシと拭い、そして横島の顔を見ないようにそっぽを向いて口を開いた。

「もうええ!俺はもう泣かん!師匠の旅立ちを見送るのも弟子の務めや!だから俺はおっちゃんを送る。」

「なんや?その理論は………。」

 横島が呆れたように苦笑する。しかし嬉しかった。不甲斐ない自分を少年は自らの意思で送ってくれるというのだ。これがもし止められたのならば自分の中に後悔が残るだろう。この少年に悲しみを与えてしまったという。

本当にいい弟子を持った。横島は思う。だから最後にコイツに何か残そう。幽霊の自分では、何か物を上げることなど出来ないが、それでも何かを………。

「結局……霊能力しかないか。」

 横島が大きく息を吸い、手の平に霊力を集める。作り出そうとしているのは文珠。数日間ずっと霊力を貯めてやっと一個出来た物を、今の疲弊しきった自分が作り出すには、自分の体を構成している全ての霊力を注がなければならない。

(別にかまわないさ……。俺はもう長くない。だったら、コイツに何かを残してやりたい。)

 横島の手の平の霊力がドンドン凝縮していく、そして彼の体が今にも消え去りそうなぐらい霊力を消耗したとき、彼の手の中には確かに文珠が握られていた。

「それは……。」

 さっきのっと、横島少年が言葉を続けようとしたとき、文珠が発動する。


           そのキーワードは「幸」


 その瞬間に横島少年の心が羽のように軽くなった。俺はどうしたんだろう?悲しいはずなのに、とても幸せな気持ちに彼は戸惑った。

「今の球体は文珠といってな。あるキーワードを込めることによって発動するオカルトアイテムだ。俺はコイツを自分の霊力で作り出すことが出来る。そして………。お前もな。」

「俺も………?」

「そうだ。後は……最後のレッスンとして千里眼を手に入れるための方法を教えよう。忠夫、第六のチャクラまで開け。そうすればお前は千里眼を手に入れることが出来る。」

「第六のチャクラ………。」

「詳しく説明する時間は残念ながら無い。だが俺以外にもお前にチャクラの解放の仕方を教えられる人物がいる。そいつにはお前のお袋さんから話を通すようにと、言ってあるから大丈夫だろう………。きついとは思うが頑張れよ?」

「まかせとき、おっちゃん!俺はおっちゃんの弟子や!必ず合法的に女風呂を覗いてやるで!!」

 横島少年が高らかに横島に向けて宣言する。文珠が効いたのか表情は何時もと同じで横島少年らしい明るさだった。横島はそんな少年を眩しそうに見つめると、ガシガシと頭を撫でた。こいつなら俺が救えなかった彼女を救えるのではないか?こんなにも強いコイツなら………。

 横島の頭に過ぎるのは一人の魔族の女性。愛し合い、恋人となった。そして帰らぬ人となった。

「強くなれ忠夫!俺よりも誰よりも!そして、千里眼を完成させ!必ず男のロマンを達成しろ!!」

「おう!!」

 本当にいい返事だな。横島は微笑みゆっくりと横島少年の頭から手をのけた。布団の中で死ぬのを待つだけだった自分が、こんなにもすばらしい数日間を最後に味わえた。満足だ。思い残すことはもう何も無い。


         俺の思いはこいつに全て託した。


 いつの間にか、少年の目の前には幽霊の姿など無かった。まるでそこに始めから誰もいなかった様に……。

 外の方から救急車のサイレンの音が聞こえてくる。段々と人の気配が此方に近づいて来ているのが分かる。

「ありがとうございました!!」

 少年は頭を下げた。誰もいない空間に……。しかしそこには、先ほどまでは確かにいたのだ。自分に一つの道を示してくれた幽霊が…………。


 体が重い、目を開けるのが辛い……俺はいったいどうしたのだ?あの後、俺は消滅したはず……。

「あら、やっと起きたの?」

 不意に上から女性の声がする。この声は……。横島がゆっくりとその重い瞼を開けるとそこには此方を慈愛に満ちた表情で見つめる令子がいた。

「……ここは?」

 横島が訊ねる。令子はそんな彼の可笑しな質問にクスリと笑った。

「大丈夫?此処は私たちの家よ。」

「ああ……。そうか………」

 令子の話を聞き横島が自分の体を動かそうとする。しかし体に力が入らずピクリとも動かない。あれは夢だったのだろうか?横島が、ぼおっとそのことを考えていると、令子が彼に声をかけてきた。

「ねえ、横島君。すごく楽しそうな笑顔で寝ていたけれど、いったいどんな夢を見ていたの?」

「聞いてくれるか?」

「ええ、あなたが良ければ私に話してくれない?」

 横島はゆっくりと話し始めた。自分が幽霊となり少年時代の自分と会い、そしてそれから少年を依り代として過ごした数日間。悪霊との戦いを鈴と共に勝利したこと。若いGSの凶弾に撃たれてしまった自分。最後に眩しいほどの明るさで自分を送ってくれた少年。

「全部夢だったのかな?」

「おそらくは違うと思うわ。どういった理由かは分からないけど横島君は確かにそこに行ったんだわ。」

「なんでそう思うんや?」

「私のカンよ。」

 令子がニヤリと笑う。横島はそんな彼女の笑顔に若干恐れを感じたが、彼女が言うのならそうなのかも知れないと思ってしまった。

「そうか……。夢じゃなかったか…。」

 横島は胸を撫で下ろす。

「安心した?」

「ああ、俺はアイツに色々と託したからな……。」

「そう………。」

 そこで部屋の中に沈黙が訪れる。外では何時の間にか雨が止んでおり、雲の切れ間からは太陽の光が大地を照らし始めた。

「横島君……。」

「ん………?」

「お疲れ様。」

「………ああ……。そうだな。もう疲れた……。令子……。」

「何?」

「今まで……ありがとな………。俺なんかと…一緒にいてくれて……。」

「いいのよ。私も楽しかったし……。あなたはよく走ってきたわ…。だからもう、お休みなさい。」

「そうだな………。ありがとう令子…………。そして………おや……すみ……」

 横島の目がゆっくりと閉じられる。令子はしばらく彼の顔をじっと見つめていた。そして彼女の目から一筋の涙が零れ落ちた。

「お休みなさい。あなた……。」

 令子は最愛の夫である彼の前髪を優しく撫でた。


 後日、横島忠夫の葬儀が行われた。そこには人間だけでなく、妖怪、神族、魔族が出席し、一躍世間を騒がせた。


 季節は梅雨時、しかしその日は雲ひとつ無い青空が広がり。太陽が眩しかった。


   あとがき

 まずは此処まで読んでくださった方々に感謝を、そして感想ありがとうございます。前、中、後でお送りした「託された思い」はこれで終わりです。GSという話を殆ど覚えていないくせに書いていたので致命的な間違いをしていないかとても不安です。もし、間違っていたらすいません。
 さて、この話の続きなのですが………。書くかどうかはまだ分かりません。書くことになれば少年横島の、その後の成長を書くことにはしているのですが…。そうすると原作キャラとかもドンドン出てくるので、コミックスをもう一度見直さなければならない事態に陥ってしまい。また、自分自身も最後まで書き上げる自信が無いので(これが主な理由)今の所未定です。もし、書くことになったらその時は、またどうか読んでいただけたら幸いです。


 レス返し

 闇夜様
 感想ありがとうございます。文書力が無い自分ですが読んでいただき嬉しかったです。

 単三様
 本当は前、後編で終わらせる筈だったんですが、自分の配分ミスで段々と量が多くなっていきました。今回なんか特に……。

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