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「言尽くしてよ 永く想わば 第六話(GS+(有)椎名)」

金平糖 (2007-05-25 23:16/2007-05-26 00:09)
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言尽くしてよ 永く想わば 第六話

 ムラマサが新たな横島家の一員として加わってから数日が経った。
 その間、洗礼と言わんばかりに様々な事があったのだが、煩雑になる為ここでは言及を避けよう。

 百合子が見る限りに於いてムラマサは問題なく横島家にとけ込んでいたし、忠夫との会話を聞いているとどっちが人間か分からなくなる事もあったり、実は兄弟なんじゃないかという位バカだったりと色々あるが、概ね問題なくやっている。

「と言うわけで今日は神話や説話についてじゃ」

 土曜は学校が半ドン――半休と同義、今では死語だろうか――である為、午後はたっぷりと小鳥遊の指導の時間に充てられる。

「ういっす」

「おう」

 憂鬱そうに――座学は好きではないのだ――返事する横島に、意外にも元気に返事をするムラマサ、赤兎は胡座をかいた横島の膝の上で丸くなっていた。

「まずは…そうさの。月の兎の話は知っておるか? 忠夫よ」

「…さあ?」

 かっ!

 小鳥遊の額から放たれた霊波砲が横島の額を強かに打つ!

「だっ!?」

「どわっ!?」

 頭の上に乗っていたムラマサが道場の床に墜落、衝撃で大きく仰け反った横島は後頭部を強く床に打ち付けてしまった。

「っっってぇぇぇぇ!??」

「おぬし、勉強嫌いは仕方ないとしても、これほど有名な話を知らんというのは情けないぞ」

 兎、という単語に惹かれたのか、横島の膝の上を降りて小鳥遊の胸元へ飛び込む赤兎。
 そもそも兎をペットとして飼ってるくせに知らぬとは何事か、と。
 赤兎を抱き上げて撫でてやりながら、説教は続く。

「という訳で罰として新宿二丁目まで買い物に行ってもらうかのぅ」

「嫌だぁぁぁぁぁ!?」

 体を起こすと同時に顔面に存在する穴という穴から色々吹き出しつつ叫び狂う横島。
 そう、新宿二丁目。そこは有る意味魔界よりも恐ろしい人界にある魔界。
 オカマやニューハーフが集う伝統的な場所。横島にとって――大多数の男子にとっては近づきたくもない場所である。
 余談ではあるが結構女性が気軽に飲みに行く場所でもある。余計な気を遣わないで良いのが人気の秘密だろうか。

「大体! ンなトコになんの用があって買い物に行かされにゃならんのじゃ!」

「いや別に。ぶっちゃけ近くのコンビニでも買えるもんじゃが。
 面白くなかろ?」

「めちゃくちゃ面白くないわ馬鹿たれ!」

「うるせーなぁ」

 赤兎の頭の上に移動したムラマサが、煩わしいと言わんばかりの不機嫌な声で呟く。

「やかましい! 漢のプライドと存在がかかってるんじゃ!」

 所詮は鼠、カマを掘られるという事の意味も内容も知らないからこそ、のうのうとしてられるのだ。
 横島にとっては生きる死ぬかの修羅場よりもなお修羅場である。

「ちゃんとレシートもらってくるんじゃぞ?
 で、まずは月の兎の話じゃが」

「無視するなお願いだからぁぁぁぁ!??」

 転げ回って叫びを上げる奇人変人は放置して、ムラマサと赤兎に語り始める小鳥遊。

――むかしむかし天竺(現在のインド)に猿、狐、兎が住んでおりました。
  三匹は前世では人間だったのですが、悪行の結果、
  地獄に堕ちて苦行を積んでなお足らず、
  獣として今生を生きる事を決められてしまったのです。
  三匹は次こそは、と覚悟を決めて善行を積み、頑張って暮らしていました。

  ある日、三匹は飢えた老人が行き倒れているのを見つけました。
  酷く空腹で体を起こす力もない老人の為に、三匹は食べ物を用意する事にしました。

  猿は身の軽さを活かして木の実や野菜などを手に入れて来ました。
  狐は頭を使い、お供え物だった団子やご飯、お魚などを集めて持って来ました。
  しかし兎は人間が食べるような物は何一つ手に入れる事が出来ませんでした。
  兎には身の軽さも頭の良さも力もありませんので、自分が食べるような雑草が精一杯なのです。

  兎は困り、考えた末、老人と二匹に火を焚いて待っていてくれるよう頼み、
  森の奥へ消えて行きました。
  老人と二匹が言われた通り火を焚き待っていると、暫くして兎が帰ってきました。
  その手には何もありません。
  さては嘘を吐いたのか、と老人が思い、それを罵ろうとした時です。

  兎は笑って、
  「どうぞ私を食べてください」
  と炎の中に身を投げ入れました。
  そう、兎は自分の肉を食べてもらう事で、老人に元気になってもらおうと考えたのです。


「ちょっと待てごるぁ! ンな納得いかん話があるかっ!」

 ムラマサが憤る声。

「やかましいわ。まだ続きがあるんじゃ。黙って聴いておれ」

 本来黙って聴いてるべき横島はあっちの世界に旅立っているが、気にもせず続ける。


――老人は炎の中に手を差し伸べ、焼けた兎を抱きかかえました。
  その時、老人の姿が変わりました。
  そのお姿は帝釈天と人が呼ぶ、偉い神様でした。

  三匹が善行を尽くそうと頑張ってる姿を見て、
  殊勝な心がけだが所詮は獣、本物の信心などではあるまい。
  このような場合どうするかと試そうとなされたのです。
  ですが兎の予想以上の、まさに身を捨てた優しさにいたく感動なされました。

  そして、帝釈天様は兎を月まで運び、社を建てて住まうように言いつけました。
  月を見上げた時、人々が兎の行いを思い返すようにとの願いを込めて。
  火の中に飛び込んだ優しい兎の心が皆に伝わるようにと。

  ですから、月には兎が住んでいるのです。


「と、これが現在、アジア圏で月に兎が住んでいる理由とされるお話じゃな」

「結局はおとぎ話って奴じゃねーか」

 ムラマサがつまらんとばかりに顔を背けたが、実は目元が潤んでいた。同様に感動したのか、ぽろぽろ涙をこぼしている赤兎。

「ほれ、そろそろ帰ってこんかっ!」

 かっ!

 指先から放たれた霊波砲があっちの世界を彷徨っていた横島の脇腹を穿つ。

「ぐはっ!? ってぇぇぇぇ!? ッにすんすか!」

「やかましいわっ! 師の話も聞かんで呆けておったおぬしが悪い!」

「二丁目は嫌なんじゃあああ!」

 喧嘩モードに入った二人を放って、ムラマサを乗せたまま赤兎が道場を後にする。
 廊下を渡り、台所に着くと、まっすぐガス台に向かい、ガスレンジに火を付ける赤兎。
 ボタン押すだけで火がつくので、簡単過ぎて逆に危険なのではないかと思うのだが…

「マテヤ」

 頭の上でムラマサの冷たい声。

「まさかとは思うが…火に飛び込めば月に行けるとか考えてねーだろうな?」

 違うの? と言いたいのだろう、可愛らしく小首を傾げる赤兎。
 赤兎の頭からずり落ちたムラマサは呆れながら、火を消した。そして流し台の上で、ふんぞり返る。

「あのなぁ、さっきのはお話、物語、作り話だぞ? 大体ホントの話だとしても神様がそうそう都合良く焼け死んだ兎のトコ来る訳がないだろーが」

 ぷう、と頬を膨らませる赤兎。そんな事はない、と言いたいのだろうか。

「いいか? 今の人間の技術は凄いんだぞ? 神様なんぞに頼らなくても月に行く位なんでもないんだからな」

 確かにムラマサの言うとおりではある。人間の技術の結晶たるムラマサがこのような事を言うのも違和感があるが。

「で、だ。俺が思うに百合子と大樹はただ者じゃない。あの二人ならロケット位用意出来る筈だ」

 ふふん、自分の明晰な頭脳が怖いぜ、と自画自賛しつつ不敵に笑う。

「わざわざ火に焼かれる必要なんてないんだぜ? 全く無茶しようとしやがる」

 尊敬の眼差しをムラマサに送る赤兎。

「ましてやあの二人は忠夫のバカよりよっぽどお前さんの方をかわいがってるからな。
 お前から頼めば一発だ」

 それも事実だろうが、月までの往復が可能、かつ乗組員が無事に生きて帰還出来るロケットやシャトルを用意するのに、どれだけのコネと金が必要なのが計算に全く入っていないのが、所詮は鼠の浅はかというものか。

「という訳で今晩、頼んでみてやろう。俺様に感謝しまくるがよい」

 ぱちぱちと手を叩いて褒め称える赤兎。

その頃道場では。

「というわけで、伊弉諾尊と伊弉冉尊がセックスした結果――」

「ふむふむ――」

 『セックスで成り立つ神話体系 著・小鳥遊薫』を題材に授業をしていた。
 それがGSとしての活動に役に立つかどうかは――今後の横島の活動次第。


 ☆ ☆ ☆


「はぁ…」

 ため息一つ。
 日も陰り朱く染まり始めた逢魔が時。
 広く綺麗で優雅なバス、そう、風呂というよりはバスと言った方が適切なそれに、令子は浸かっていた。

「上手く行かないわねぇ…これが人生って奴かしら」

 14かそこらで人生を語るとは、片腹痛いと誰かが言うだろうか。
 だが、令子に取ってみれば紛れもない実感だ。

 母親から紹介された唐巣和宏神父は、一見冴えないしお人好しだし金に疎いし甲斐性ないし頭が薄くなり始めてるし、その割に若い頃の写真なんか格好良かったりして時の流れの残酷さというものを実感させてくれたりするが、GSとしての腕は一流だ。

 令子も紹介されてすぐは侮りまくっていたのだが、娘の性格を熟知している美智恵は紹介するや否や除霊現場に神父を引っ張るように直行、つい先日横島が美智恵の監督の下で行った時の悪霊なんて話にならない程強力な悪霊を神父が一撃で滅ぼす様を見て、このおっさんは本当に母親の師だったのだと納得したのだ。
 実に手間のかかる娘だ。

 ちなみにその時の報酬は五千万程であったが、金銭欲からほど遠い存在である神父――ニックネームであってカトリック教会からはとっくに破門されている身――は受け取ろうとはしなかった。しかし美智恵はこっそりと作っておいた神父名義の口座に無理矢理放り込み、令子にカードを預けた。
 曰く「最低限の面倒は見るように」
 勿論、指導料は毎月神父本人の口座に美智恵の口座から自動で落ちるようにはしてあるのだが…

 なお、そのうち一千万ほどは神父が住む教会の修繕費に充てられ、神父の認識ではそれが今回の除霊の報酬であり、それならと神父は納得していた。
 中学生に財布握られる神父の立場も相当ヤバい気もするが、美智恵にしてみれば飢えられる方がよほど困るというところか。
 なお、通帳自体は美智恵が握っているので令子がこれをちょろまかしてどうにかするという事は不可能である。

 それから放課後、時には学校をサボってGSとしての修業を見てもらう傍ら、神父の生活の面倒を見る羽目になってしまったのだ。
 まあ、それは良い。
 令子自身の家事能力は半ば一人暮らしに近い生活が続いたせいもあってなかなか高いし、別に今更一人分の食事作るのも二人分作るのも一緒である。

 問題は意外と自身の霊能力が伸びない事だった。
 勿論、比較対象の横島は同い年とは言え、一年以上も修業している上に前世の記憶という一種の才能にすら恵まれている――それが本人に取って幸か不幸かは別として――為、令子がどれだけ天賦の才に恵まれていようとも、そうそう一足飛びに横島の実力を上回るというのは難しい。

「遊んでたツケかしらね〜」

 はあ、とため息を吐く今の姿は、独りの時にしか出せないもの。不覚にも横島には見せてしまったが。
 才能の差がどれほどあれ一年以上――そろそろ二年か――もの修業時間の長さの差は如何ともし難いのは理屈では分かっているのだが。

「でも納得いかないのよねっ! 横島君に負けてるのって!」

 思わず声に出す程負けず嫌いな令子。
 ばしゃんっと湯を跳ねさせて、湯船から体を引き上げ、その中学生にしては見事に整った裸体を湯気で煙る洗い場に晒す、と。


 とぅるるるるるる…


 閑話休題。


 風呂上がりに母親の赤ワインを開けてグラスに注ぐバスローブ姿の令子。
 確認しておくと令子は14歳、今年で15歳である。お酒は18歳から。

「ママの集めるお酒は美味しいのよね〜」

 一転、本人は気付いているのかいないのかえらく機嫌よく、冷蔵庫を漁りつまみのキャビアを取り出し、フランスパンを用意しテーブルに並べる。

「横島君もやっぱりあたしの成長が気になるのね〜」

 先ほどの電話は横島からだった。
 用件は明日の日曜、令子のGS修業を一緒させてくれないかとの事。横島の師匠は用事がある為明日は指導出来ないらしい。
 なので、唐巣神父――冴え(以下略)だが腐ってもS級GSであり業界では有名人――に頼んでくれないかという内容だった。
 まあ一緒に、というよりは唐巣神父の指導の見学と言ったイメージか。断る理由もないので、二つ返事でオーケーを出し――面倒になったので明日の朝にでも神父に頼めばいいかと、どうせ断る事もあるまいとお酒の準備をしている令子であった。

 テレビのスイッチを入れると危険なデカという人気刑事モノドラマが流れる。ソファーに腰掛け、機嫌よくワインを傾けキャビアをたっぷり乗せたフランスパンを囓り、優雅な一時。
 神父の夕飯はお握りとサンドイッチを置いてきたからまさか飢える事はなかろう、令子本人は今日はぐだぐだとまったりと母親秘蔵のワインで優雅に過ごすつもりであった。
 と、暫くしてふと、気付く。ワインの瓶が二つほど、床に転がっていた。

「…あたしなんでこんな機嫌良いんだろ?」

 さっきまで――少なくとも入浴中は不機嫌だった筈なのだが。
 うーん、と空にしたグラスをテーブルに置いて一つ唸り。

「ま、いっか」

 酔ってきた頭は悩むという頭脳労働を拒否したらしい。今度はウィスキーを棚から取り出し、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し両方を混ぜて注ぐ、適当なスクリュードライバー(偽)を飲み干す。

「ぷはぁ〜っ…んー、お酒が美味しいわぁ」

 殆ど顔を染める事もなく、親のお酒をがんがん飲み続ける令子。
 独り暮らしを全開で満喫していた。


 ☆ ☆ ☆


「美神さんに電話してきたっすよー」

「うむ。ご苦労」

「唐巣の小僧には連絡してあるからの、明日は小僧の教会まで足を運ぶが良い」

「んで、なんでまた急に?」

「ちと京都まで出張じゃ。面倒な事だがのぅ。
 どれだけ時間取られるか分からんではおぬしを連れていく訳にもいくまいて」

 一通りの授業を終えて、実技指導も終えた所で、この話が出た。
 別に学校くらい休ませても良いのだが、小鳥遊は兎も角、母親たる百合子はそういう所は厳格なので、よほどの事がない限り霊能修業を優先するという事はない。

「唐巣神父ってどんな人っすか?」

 居間の畳みの上、座布団を枕にぐったりと倒れたまま尋ねる。流石に煩悩全開状態を二時間維持するのはキツかったらしい。
 その腹の上に赤兎とムラマサが鎮座し、夕食前のおやつを食べていた。

「アフォじゃ」

「…もう少し詳しくお願いするっす」

「S級GSのくせに無報酬で仕事受けるバカじゃ」

「…何考えてるんすか? その人」

「確かにな、あやつが無報酬で受ける仕事の依頼人は貧乏人が多い。
 しかしじゃ、資本主義のこの時代に、「GS最強クラス」のS級GSが、「無報酬」で受けて良い訳なかろう」

 GSは稼げる職である。それは間違いない。しかし、逆に言えば支出が激しい職でもあるのだ。GSとして唐巣神父が無報酬で仕事を受けられるのは、実のところ除霊に際して道具を滅多に使わないという理由が大きい。
 仮に神父が美智恵のような除霊スタイルであった場合、最低でも神通棍代だけでもどこかで請求せねばならず、とても無報酬では受けていられまい。上質の神通棍一本が高級車並の値段がするのがこの業界の相場だ。
 まあ、正味な話、それはどうでもよいのだ。無報酬で仕事を受けて飢えて死のうと神父の勝手である。問題は「S級」が「無報酬」で仕事を受けるという事態そのものだ。S級で無報酬や高校生のバイト並の報酬で仕事を受ければ、A級以下のGSは幾らで仕事を受ければ良いのか?
 「仕事が出来る」=「高額報酬を得られる」という図式こそ資本主義の原点そのものだろう。ましてS級のランクは単なる特殊技能や総除霊数だけではなく、対魔族など人間では困難とされる実績がなければ取得する事が出来ない、正に人類最強ランクの霊能者にのみ与えられるランクである。早い話が安売りされては困るのだ、協会側としては。

「まあ、正直、協会側として面白くないのは事実じゃがな? 別にわしはそれをどうこう言うつもりはないんじゃ。企業のような金余りの連中は逆に唐巣のような清廉潔白なGSは使いたがらんでな」

 逆に「金さえ払えば黙ってる」ようなタイプのGSこそ企業には尊重される。平行世界の誰かのように、である。企業としては、というより腹に一物ある人間は清廉潔白な人間を見ると逆に疑わしく感じるものだし、余り安いと口封じの意味がなくなってしまう。

「あやつの何が気に喰わんと言えばっ!」

 ぐぐっと握り拳すら作って力説する小鳥遊。

「何が気に喰わんと言えば?」

「次の協会幹事長に推薦したら蹴りおったのじゃ!」

「なんすかそれ」

 何かと思えばそんな事か…
 疲れた体を更にぐったりさせて、横島の体から力が抜ける。

「何を言う! あやつのような男こそ協会に必要なんじゃ! それをあの男は!」

「じゃあ、結局今の幹事長は誰なんすか?」

「仕方ないからわしの弟子、お前の兄弟子に当たる男にやらせておる」

「…普通はそっちが駄目だったから仕方なく他人に、じゃないっすかね?」

「権力なんぞ独占して良いことなんぞ一つもないわ。どれだけ努力しても腐るのは仕方ないとしても、
腐らぬように努力するのは義務であろう。そもそもわしの弟子で自分の力でそれくらい出来ん奴なんぞ独りもおらん」

 これから暫く、小鳥遊の愚痴が続く。
 曰く「幹事長ともなれば固定給が協会から振り込まれる為飢える事もないだろうに」
 曰く「自分は未熟ですから? S級で未熟ならどれだけ修業すれば云々」
 曰く「自分を頼ってくれる近所の人の為に云々? 大局的な視野を持て」

 半分以上聞き流していた横島だったが、いつのまにか寝てしまっていた。
 赤兎もおやつの人参を食べ終えたら横島のお腹の上で丸くなっていたし、ムラマサは聞く耳持たないのか台所へさらなる食料を探しに出かけた。

 と、小鳥遊が立ち上がり、赤兎を抱きかかえる。顔をこしこししながら眠そうな赤兎を抱いたまま、大の字になっている横島の腹を――

「てい!」

「ぐぼあああっっ!??」

 踏み抜いた。

「お? どうした?」

 ヤクルトを抱えたムラマサが居間に戻ってくると、のたうち回る横島の姿。

「さて、風呂でも入るかのぅ。
 赤兎とムラマサはどうする?」

「おう、温泉なんだろ? ここの風呂は。相伴させてもらうぜ」

「こ…のっ! じじぃぃぃぃぃ!!」

「ふん。人の話を聞かぬ罰じゃ」

「じゃかぁしぃっ! ボケ老人の繰り言なんぞまともに聞いてられるかっ!」

「誰がボケじゃこのバカ弟子がぁぁぁ!」

「放っておいていいのか?」

 居間が荒れるのもなんのその、霊力を使用してのじゃれ合いに突入した師弟を、抱えたヤクルトをストローで吸いながら呟くムラマサと、小鳥遊から飛び降りて座布団の上に丸くなっている赤兎。
 聞いているのかいないのか、赤兎はそのまま寝息を立て始めた。

「ま、いいならいいけどよ」

 げぷっ、とゲップを吐いてから、空になったヤクルトのプラスチック瓶を放り、赤兎の腹に寄りかかって寝始めるムラマサ。

 小鳥遊と横島の師弟対決は三十分ほど続いた。
 後日談ではあるが、居間の修理に掛かった修繕費は諭吉さんがミリオン単位で空へ旅立ったそうである。


 ☆ ☆ ☆


「うー、染みる…」

「自業自得じゃ、馬鹿者」

 老人マッチョ。
 小鳥遊の裸体を一言で表すならこれであろう。古いモノと思われる傷跡があちこちにあるが、頑健かつ筋肉質な身体だけを見てるととても70代の年寄りのモノとは思われない。

「温泉ってもっと匂いがキツいもんだと思ってたんだがなー」

 たらいに温泉の湯を見たし、赤兎と一緒に浸かっているムラマサ。

「うちのお湯は単純温泉じゃからな。そこまで匂いもキツくはないのぅ」

 総檜造り、広さ四畳の豪華な風呂である。
 ばしゃばしゃとたらいの中でお湯を跳ねさせる赤兎の背中を押して、遠ざける横島。
 そうしておいて縁に頭を乗せて湯に身体を漂わせるように浮かぶ。

「ふ…まだまだじゃな…」

「…くっ…勝ったと思うなや! 俺はまだまだ成長期なんや!」

 ある一点をお互いに確認しあっての一言。

「何が?」

 ムラマサには人間の性知識などないので何の事だか分からない。兵器として作られた以上、そんなモノは必要ないのだろう、性知識があれば赤ん坊が工場で出来るなどという幻想は抱くまい。

「ナニが、じゃ。さて、背中でも流してもらうか」

「へーい」

 ざばあっと音を立て湯船から身体を上げる二人。たらいの上でたゆたいながら、ムラマサは何の事かと腕を組んで悩んでいた。

「そーいやなんでいきなり京都に?」

 ヘチマのたわしで小鳥遊の背中を流しながら、ふと尋ねる横島。

「そこのムラマサの仲間の…なんじゃったかな? 隼の……マサムネか。
 ソレが京都の霊能の大家の庭先に墜落したらしくてのぅ。
 大樹に頼まれて話をつけにいくのじゃ」

「忠夫、京都って何処だ?」

「東京から約600厠イ譴疹貊蠅犬磴痢H擦箸呂い┐茲もそこまで飛べたものよと感心するわ」

 と、答えに詰まった横島に代わり答える小鳥遊。

「まあ霊能の大家と言っても今は名ばかりよ。あそこの家は先代が馬鹿でのぅ…
 先々代はわしと、六道の前当主の婿と、戦後のGS業界を引っ張って一財産築いたんじゃが、その息子がのぅ……ほんっっとぉぉぉに馬鹿でのぅ…」

「…なんかあったんすか?」

「うむ。鬼道家と言ってな、平安時代から続く式神使いの大家、なんじゃがどーも出来が良いのと悪いのと落差が激しくてのぅ。没落しては復興してまた没落と、浮いたり沈んだりしながらそれでも昭和の今まで続いてる訳じゃが。
 先代は輪をかけて馬鹿でなぁ。
 六道家の現在の当主、冥菜の嬢ちゃんに求婚して断られたのを根に持って株式公開買付など企業乗っ取りなどを仕掛けてあっさりと返り討ちにされ素寒貧、更に恥知らずにも六道家に立て直しの融資を願い出て却下されるとソレを根に持って呪殺行為に走り、あっさりと呪詛返しで本人は霊能力の殆どを失う、とまあ話してるだけで情けなくなってくる話じゃな。
 先々代の政隆の奴は本当に頭が良くツラもよく、性格も良くて式神使いとしても優秀で美形なファッキンな奴じゃったんだが……どうして息子はあんなに出来が悪かったのやら…」

 無意識なのか美形を敵とした発言を零す小鳥遊。

「くずやなー」

「何の話かさっぱり分からん」

 余りの情けなさに泣けてきそうになる程だが、話を聞く限り自業自得である。
 赤兎に背中を流してもらい泡だらけのムラマサがぼやく。

「分からんで良いわ、こんな話は。
 まあそういう訳でな。まんざらわしと縁がない話でもないので、クロサキに連れられて京都へ道行きよ」

 ざばーっと横島がかけた湯が小鳥遊の背の泡を流す。その余波がムラマサをずぶ濡れにすると、今度は横島の背中に泡だらけの身体で張り付く赤兎。

「お、背中流してくれるのか?」

「洗うというよりは背中で遊んでるって感じだぁね」

 手桶に溜まったお湯に身体を突っ込んで流しきり、湯船に浮かべてあったたらいに飛び込むムラマサ。本人にも意外だったが予想以上に温泉が気に入ったらしい。

「まあ、そういう訳でな。すまんが唐巣の小僧によろしく伝えておいてくれ」

「ういっす――いてっ! 赤兎、爪立てるなや!」

 身体構造上、赤兎が横島の背中を流そうとすると身体全体の毛で洗うようにする他なく、横島が座った状態だと重力に逆らう術が爪を立てるしかないのだから仕方がない。

「寝ころべばよかろ?」

 ヘチマのたわしで身体をごしごし擦りながら、呆れた声。

「そーっすね…ほれ、よろしくな」

 爪で傷ついた肌に泡が染みるが我慢の子と化した横島が俯せに横たわる。付き合いの良い男である。嬉しそうに泡だらけの身体を横島の背中にこすりつける赤兎。

「京都かぁ……舞妓さんとか…ええなぁ」

 赤兎に背を洗われながら、京都から連想される舞妓の艶姿が脳裏に浮かぶ。

「…クロサキがお目付役じゃなく大樹が一緒ならのぅ…芸者遊びも出来るんじゃろうが」

 正確にはクロサキは小鳥遊の行動を制限するような事はしない。ただ、一緒になって騒いでくれないからつまらないだけである。
 そして、間違っても百合子が小鳥遊と大樹を二人して目の届かない所へ送る訳がない。仕事もある事だし。

 がりっ

 赤兎の爪が大きく横島の背中を抉り、絶叫が風呂場に響き、ムラマサの呆れたため息が白く煙って空へ消えた、そんな土曜の夕方だった。


後書き

赤兎の事を書くと筆が止まらない割に令子独りだと進まない金平糖です(´Д⊂

次回は京都へ師匠がゴー&髪に見放された神父と横島君の初遭遇、そして除霊の仕事の見学ですね〜
鬼道君も出てくる筈です。
早くエミさん出したいんですけどね〜もう少しかかります。最低でも鬼道政樹君の問題と日須持教授の問題が片付いてからですね、はい。

以下個人レスです、皆様感謝ですよー。

1:趙孤某さん
日須持さんとのバトルはそのうち有りますご期待をヽ(´ー`)ノ

先の展開ばかり思いつくのは皆一様な悩みなんでしょうかw お互い頑張りましょ〜

2:yujuさん
マサムネは恐らく鬼道家、というより政樹君にくっついているでしょう。
政樹君の人生は原作よりも幸せな感じになる筈です。
政樹君と誰が恋仲になるのか、想像しててくださいヽ(´ー`)ノ

3:万々。さん
ですよね〜(・∀・)
ムラマサは変な事に博識ですからね〜兵器として作られたが故でしょうか?
式神化にするにあたって悩むのが特殊能力なんですよね…
便利すぎずかつ不便でもなく、強すぎず弱くはない…そんな能力あるかっ
(ノ ゜Д゜)ノ ==== ┻━━┻
って感じで…最強モノにはしたくないので悩むしかないんですけどね。
頑張って悩みます。

4:DOMさん
夜叉丸と隼の融合で天使な感じに? 格好良いかつ強力そうですね〜
まあ万々。さんのレスの繰り返しになりますが、式神の能力で悩む訳ですが…(´Д⊂

美形と思春期以降友情は出来ないと言い切る横島君ですからね…とは言え、色々と原作とは違う存在ですので上手く政樹君と仲良くしてもらおうかと思います。

5:冬8さん
運命の出会い…菜指定希望ですか(*ノノ)
まあ僕自身は性別♂でもそういうのは嫌悪感ない人ですから書く分には良いんですけどね〜
横島君とはくっつきませんが政樹君も冥子以外とくっつく予定なので安心してください。
そしてムラマサのスーパーマウスっぷりが受け入れてもらえたようで何よりですw
飼い主に似るのは当然ですしね(・∀・)
どうも六道家の扱いが悪くなりがちな作品も多いみたいですが、必要以上には悪くしないよう努力するつもりですので。頑張ります。

6:内海一弘さん
幸せにしますとも(`・ω・´)b
ただ、横島家に引き取ると同じノリでエミさんも引き取った方が?って話になりますからねぃ。
悩みどころです。
まあ苦労人だけあって政樹君は横島より数段大人ですので、きっと良い兄貴になってくれるでしょう。

7:鹿苑寺さん
そういわれてみるとなんとなく…でも無関係ですよ(・∀・)b
仮面ライダーSPIRITS最高です(関係ない

8:氷砂糖さん
…そーいやムラマサが喋っててもあっさり受け入れてますね…
まあ霊能なんかに関わると不思議が常識になるんでしょう、きっとw
お互い更新がんばりましょう(・∀・)b

9:枯鉄さん
動物として強力なのは鷹・梟・隼の三匹でしたので、申し訳ないですが鷹のヨシユキ君には早々に退場していただきました。
 前回は横島君よりも赤兎やムラマサにスポットが当たりましたからね…今回は多少改善されているかと。そして次回こそ神父登場ですのでもっと増えるかとー
 がんばって更新続けます(`・ω・´)b

10:柳野雫さん
おお、へたれアシュシリーズの!
へたれアシュシリーズのようには行きませんでしょうが、政樹君もしっかりと幸せにするのでご心配なく(`・ω・´)b
赤兎や師匠を褒めてもらえると励みになりますね〜これからもがんばりますので読んでくださると嬉しいです。

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