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「言尽くしてよ 永く想わば 第七話(GS+(有)椎名)」

金平糖 (2007-06-04 02:23)
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言尽くしてよ 永く想わば 第七話


「んー…ん? 北の空から星が…西に落ちた……おいおいおい…」

 忠夫の宿星から見て、北から西に落ちるのは人生に影響を与える何かが、この数日間に目覚めるか目覚めたか、或いは発生するかしたかを示すもの。

 その影響が現れるのが明日か10年後か死ぬ間際か分からない上に、影響が与えられたから幸福になるのか不幸になるのかも分からない。更に基本的に回避不能イベント。極めて迷惑な卦と言える。

 酒に酔い潰れているとも露知らず、空が晴れているにも関わらず自主トレの時間に令子が来なかった事を残念に思いながら、赤兎とムラマサを伴って自主トレを終え、夕食を小鳥遊と両親と二匹と一緒に済ませ、自宅の風呂にてシャワーを浴びて汗を流した後、庭先の縁側に腰を掛け、コーラ片手に夕涼みをしている二匹と忠夫。

 背中では大樹と小鳥遊が飲んで騒いでいた。面倒を見ている百合子の苦労が忍ばれる。

「ん? 何の事かって?」

 Tシャツにトランクスという楽な格好をした忠夫の膝の上、同じように空を見上げていた赤兎が首を傾げるのに答えてやる。

「宿星ってな、夜空の星一つ一つには意味があって、一人一人、その人の運命と連動して輝く星があってな、陰陽師ってのはそれを見て他人の運命を読んで、災難を避ける手伝いをしたりするのさ」

「ほー、それって人間だけか? 俺たちは分からんのか?」

 柿ピーをぽりぽりと貪りながら、ビールの一番小さい缶――135ml缶にストロー刺して優雅に夕涼みを楽しんでいるムラマサ。
 赤兎も人参を囓って忠夫に背中を撫でられ、気持ち良さそうである。

「……どーなんだろうな…? 一応、生年月日が分かれば占えると思う……が」

 規格外というか常識外の前世・高島の記憶を思い返してみても、流石にネズミ――というか動物を占った事はないので歯切れの悪い言葉でしか返事を出来ない。
 赤兎も振り返ってぺしぺしと横島の胸を叩き、占えと要求している。

「……赤兎の生年月日は……おかーん! 赤兎の誕生日分からんかー?!」

「――1987年1月30日よ」

 すらっと購入時の書類を調べもせずにペットの誕生日が出てくる辺りは流石である。
 ちなみに赤兎はペットショップで購入したジャパニーズホワイトという、元々家畜用に品種改良された種で、普通はペットショップでは売っていない。
 一目惚れして即座に購入したのは百合子なのだから、覚えていて当然かも知れない。

「さんきゅー」

 台所で酔っぱらい二人の相手をしている母親に礼を言い、空を見上げ赤兎の宿星を探す。
 ちなみに小鳥遊は今日は泊まりである。翌朝、クロサキが迎えに来る予定。

 東京の空では、基本的には冬ですら北極星などの一等星や二等星など明るい星しか見ることは出来ない。ネオンや大気の湿度、月の有無によっても星の光は遮られてしまう為、星見をするのには東京は実に不適切な場所である。
 しかし、忠夫のような霊能力者は眼に霊力を集中させる事によって感度を上げる事が出来る為、月が煌々と照る夜、新宿歌舞伎町の不夜城の中などと言った最悪の状況でなければそれなりに星を見ることが出来る。
 まして忠夫の霊視は相当の高Lvなので、新月の今夜なら問題なく星見が出来た。

「ほれ、見えるか? 多分、アレが赤兎の星だな」

 指さす先には弱々しいながらも星が見えた。
 多分、と付けたのは人間と同じ法則で兎を占って正しい結果が出るのか分からないからだ。

「ん……暫くは平穏、けど一年以内に大きな転機ありってトコか。
 赤兎に取って大きな転機ってなんだろうな?」

「ちぇっ。流石に俺ぁ、誕生日なんざ分からんからなぁ」

 実験室で生まれ改造されたムラマサの知識には自分の誕生日に関するものなどない。兵器には不要な知識だからだ。

「まあ、筮竹とかだったら占えるだろうけどな。別に占星術だけが占いじゃねぇし」

 ちなみに筮竹とは易で使う竹などで出来た48本の串の事で、転じてそれを使った占いそのものを言う。

「まあ何でも良いや。早くGSになってロケット買ってくれ」

 適当なムラマサの言葉に頷いて頬を胸元に擦り寄せる赤兎。

「気楽に言うなボケネズミ。いくらすると思ってんだ」

 赤兎を撫でながら適当に答える忠夫。

「ごーすとすぃーぱーは儲かるんだろ? 頑張れや」

 GSの稼ぎならロケット位そのうち買えるようになるのではないか。現在の技術革新がこのままのスピードで進めば、そう遠くない将来宇宙旅行が楽しめる日が来る、それまで忠夫が頑張って稼ぐ、と、百合子に諭された二匹は期待感をあらわに忠夫に懐いていた。

 忠夫にしてみれば月なんぞという死の星に行くよりも風俗店にでも行きたいお年頃である。
 数年後、彼は激しく期待を抱きつつ非公式ながら人類初の民間人による宇宙飛行を体験する事になるのだが、それは神ならぬ身には予想どころか妄想する事さえ無理な事だった。

 赤兎を抱きかかえ、ムラマサを頭に乗せて立ち上がり、欠伸をかみ殺して呟く。

「さて…とっとと寝るかね…」

「ふぁーあ…大樹とジジイはよくあんだけ酒飲めるなぁ」

「俺はネズミが酒飲む事の方が吃驚だけどな」

 洗面所で歯を磨き――勿論、ムラマサと赤兎も歯を磨く。何処までも器用な動物共である。無論、歯ブラシは特注品――大人達に声を掛けて、自室へ。

「んじゃ寝るぞー」

 赤兎とムラマサを両脇に転がしベッドに身体を横たえる。
 今夜もまた、前世である陰陽師・高島の人生を夢に見るであろう事に鬱陶しさすら感じながら、眠りに落ちる――


 ☆ ☆ ☆


「うーむ。年を取ったかのぅ。あの程度の酒で二日酔いとは」

 足下に転がしてあるジュラルミンの鞄を蹴飛ばすように足場を広げつつぼやく。

「…まだまだお若いと思いますが。あれだけ飲めるというのなら」

 新幹線の車中、クロサキの持ってきたお茶を飲みながら、軽く頭を振る小鳥遊。二日酔いだと言っている割に、顔色も身体の動きも酔っているようにはとても見えない。
 普段身につけている着流しや甚兵衛などではなく、スーツ姿の小鳥遊は、供にクロサキを連れている事もあって、どこぞのお大尽か、ご隠居かと言ったような風情すら漂っている。
 端的に言えば昼間のパパはちょっと違うと言ったところか。ジジイだが。

「スケジュールを確認しておきます。
 京都に到着予定は7:40、その後、レンタカーで鬼道家まで20分ほど、8:00過ぎには鬼道家に到着出来るかと。そこから先は任せて構いませんか?」

「ああ、構わん。確認しておくが、マサムネとやらは必ずしも殺さなくても良いんじゃな?」

 今回の京都行きの一番の目的はマサムネの確保だ。
 しかし、ムラマサを見ている限り、そう危険な存在ではないと判断している小鳥遊。

「奥様からも言われておりますが、そこは先生のご判断にお任せするとの事です。金銭的な問題はお気になさらずに……」

「うむ……鬼道の馬鹿息子と会うのも十数年ぶりか……」

「差し出口やも知れませんが……京都支部のお弟子さんにお会いしないでよろしいので? その程度の時間は幾らでも調整が出来ますが……」

「いらんわ。今更師匠づらして何を……いらん事だ」

 煩わしそうに手を振る小鳥遊。
 元とはいえ幹事長まで務めた人物が支部に気軽に足を向けるなど、職員達にも要らぬ気苦労を掛けてしまうし、弟子である京都支部支部長は忙しいのだ。

 千年王城と呼ばれ、霊的にも文化的にも極めて重要な遺産が眠る京都は、首都・東京と遜色ない程霊的犯罪や霊障が起こりやすい土地であり、一度問題がこじれると東京以上に厄介な土地である。その原因は歴史の古さそのものと言える。
 そこに常駐するGS達を管理、指導しなければならない京都支部の面々の労力たるや、現在オカルトGメンが存在しない事も考慮に入れるとどれほどのものか計り知れない。
 そんな中、師匠ヅラして足を向けるなど持っての他だと、小鳥遊は言う。

「では鬼道家との交渉は恐らく一時間もしないうちに終わりましょうが……おみやげはいかが致しましょう?」

 横島忠夫の秘書クロサキ。百戦して危うからぬ男。
 ちなみにこの男は社用で京都までの出張を用意したのだ。よって、京都支社に顔を出したり接待に走ったりしなければならない為、鬼道家の事が終わった後は小鳥遊と行動を共にすることはない。

「八つ橋が定番なんじゃが……あんまり旨くないからのぅ」

 京都人に聞かれたら文句の一言も出てきそうな事を平気で呟く。

「京都で美味しいと評判の地酒はいくつかピックアップしてありますが…」

「まあ久しぶりの京都じゃ。暫くぶらぶらさせてもらうかの」

 新幹線のシートを倒し眼を瞑る小鳥遊に、

「では、少々電話をして参ります」

 手帳をしまい席を立つクロサキ。
 この時代(1980年代)は未だ携帯電話は普及しておらず、漸く自動車電話が出始めた頃である。


 ☆ ☆ ☆


 大概のキリスト教会では日曜日には日曜礼拝を行うし、毎朝ミサも行う。ここ、唐巣教会でもそれは変わりはない。神父――唐巣和宏に弟子入りした美神令子も必然的にこれらの準備や運営を手伝う事になる。信仰心など欠片も持ち合わせいない美神も、何事も修業と言われてしまえば手伝わざるを得ない。そもそも母親の師でもある上に、一週間に何度か連絡を取り合ってるらしい。
 結論として、サボれない、という事になる。

「先生、陰陽師って今じゃ式神使いと殆ど同義なのは何故なのかしら? 横島君を見てると式神はむしろ一つの武器って感じなんだけど…」

 教会内、規則正しく幾つも並ぶ椅子の一脚に腰掛け、だるーと言わんばかりに机に突っ伏したまま、顔だけ上げて師に質問する美神。早朝ミサの後、教会内のモップがけを終えたばかりの彼女は文字通り疲れていたのだが。
 そんな師を師とも思わぬ態度も気にせず、反対側の椅子、通路に足を出すようにして座っている唐巣は目を通していた手紙から顔を上げ、ふむ、と小さく呟くとすらすらと言葉を紡ぎ始めた。

「…陰陽道で一番有名なのは安倍晴明だね。阿部氏自体はそれこそ神武天皇の時代から続いている訳だが、陰陽道となると彼の代から阿部氏は陰陽道の家となる。

 その安倍晴明の師匠、賀茂忠行・賀茂保憲親子が現代人のイメージする陰陽道の祖と言って良い。陰陽道自体は吉備真備が753年の第十回遣唐使船で、陰陽道の聖典『金烏玉兎集』を持ち帰った事から始まるのだがね。
 賀茂保憲は嫡子・賀茂光栄と安倍晴明の二人に全ての技術と奥義を伝授した。

 その後、阿部氏は安倍泰親などの名高い陰陽師を輩出しながら、安倍有世が土御門家を興し、室町時代には賀茂家から出た幸徳井家と共に陰陽頭を勤めるようになり、他の阿部氏の一族とは一線を画した権力と霊能の大家としての実力を備えるようになる。

 更に時代が下ると土御門家から輩出された六道家、一条院家、五条門家などが台頭してくる。尤も、現在でも式神使いの大家として残っている六道家以外は殆ど、云い方は悪いが雑魚式神使いに成り下がっていたり、霊能の大家としての権威は失墜し、古くからの血筋を残す財閥という形で生き残っているばかりだが。或いは政治的な権力こそないものの、その土地古くからの家柄という事で大事にされていたりはするみたいだけどね。

 陰陽道そのものが――式神使いとしての六道家以外――衰退傾向にあるのは、戦国時代に土御門久脩が豊臣秀次の自害に連座――どうも秀次の依頼で秀吉に対する呪詛を行ったらしい――して失脚、この時に秀吉によって貴重な文献や土御門家伝来の家宝が焼かれ、有能な弟子達も連座して死刑や流刑に処され、土御門家自体は江戸自体になって陰陽頭に復帰、江戸幕府から全国の陰陽師の差配権を与えられ、政治的には復興するも霊能的に陰陽道は一気に衰退の一途をたどるようになる。

 一方の旗頭、幸徳井家も江戸時代の中期に当主が夭折した折、土御門家に権力を奪われ衰退、更に明治時代に入ると「反近代化」の象徴となりえる陰陽寮の廃止などに伴って土御門家も権力を奪われ、現在に至る。

 陰陽道が廃れた理由を簡単に言えば、権力争いに終始した為、といえるだろうね。特に秀吉に様々な文献や奥義、秘伝書を焼かれたのは文化的にも痛かった。

 それでも符術などは現在でもそれなりに使われ続けてはいるが、他の陰陽術、例えば禁術などは使える者が少なくなり、今では京都の古い家柄の一部で細々と継承し続けている位だ。星見の技術・法則や言霊のみによる陰陽五行術などに関してはもはや現代ではそういうのもあったという事実だけが伝わってるだけ。

 陰陽師に関してはざっとこんな所かな。現在の宮内庁の常任御用GSだって、陰陽師と呼べるGSはいないからね……美智恵君のようなスタイルか、或いは仏教的な――弓家の弓式除霊術みたいなその家独自の除霊法を使うスタイルか……
 ま、それは兎も角、式神以外の陰陽道の奥義が現在では殆ど廃れたからこそ、陰陽師=式神使いになってしまった訳だ、少なくとも現代では」

「へー…じゃ、横島君みたいなパターンは貴重なんじゃないかしら?」

「令子君の言うとおり、彼の前世の記憶は有る意味、平安時代の陰陽道のデータバンクとも言える。小鳥遊先生が保護しなければ、どんな馬鹿が彼の知識に手を伸ばそうとしたか分かったものじゃない」

 当時の風俗を知る、ただその為だけでも十分に価値がある知識なのだ、横島の前世の記憶は。それは当時をそのままタイムマシンで見て来たのと等しいのだから。
 と、机に突っ伏しだらけ切ってた美神が、ふいに疑問を呈する。

「ママも褒めてたけど、その横島君の先生ってそんな凄いの?」

「…霊能力、という意味ではそう凄いものじゃないんだけどね…
 第二次世界大戦での敗戦の後、GS業界も例外なく混迷の巷にあった。そんな中、冥菜さんのご両親、つまり先代の当主夫妻と小鳥遊先生とが先頭切ってGHQと政治的な暗闘を繰り返し、今のGS協会がある。オカルトGメンが今まで日本になかった理由もその辺りにあるのだが…
 まあ、詳しく知りたければご本人に聞きなさい。横島君に頼めば会ってお話を聞く位してくださるだろう?」

「そーねぇ…横島君の話じゃ横島君そっくりなスケベジジイって話だけど…」

 どうしても尊敬に値するような、つまり母親や神父が褒める程とは思えない美神。普段が普段だけに、横島の除霊時以外の評価は基本的には低いのだ。GSとしては悔しいが自分より一歩も二歩も先に進んでいるとは認めざるを得ないのだが。

「…横島君は小鳥遊先生そっくりなのか…」

 十字を切って頭を振り、何かを振り払うような仕草。

「そうそう、どうして六道家だけが今では大家として生き残れてるのかしら?」

「六道家が今も大財閥かつ霊能の大家として生き残れているのは、政治的、経済的に重要な立場に家を置いておいた事と、代々の当主が「女性」である事が大きいね。「跡取り息子」を「有能な男」に育てるのは難しいが「娘婿」は「有能な男」を選んで宛がえば良い、と言うわけだ。まあ血筋的に男子出生率が極端に低い家でもあるのだが。
 当主たる六道家の娘は『跡取り娘を生める事』と『十二神将を使いこなし、世の為人の為に働く事』が要求される。これは普通の人には受け入れがたい霊能力を受け入れてもらう為でもある。

 政治経済の分野は婿に、霊能の分野は当主たる娘に、という役割分担をはっきりさせ、政治的にも経済的にも重要な立ち位置を維持するよう動き続けた事、福祉事業の充実、六道女学院を通じての後進育成の推進、更に長きに渡り十二神将を使い世のために闘い続けてきた事――六道家が長きに渡り絶える事なく続いてきた理由はそんな所かな。

 更に言えば陰陽道全て、ではなく式神使いとして特化して奥義を選び極め伝え続けたからこそ、その技術は比類なきものまで高まった。そしてそれはそのまま他の陰陽術が失われていく中、六道家を筆頭とした式神使役法だけが技術として磨かれていく事に繋がって行く。
 結果として六道の家はGSの世界じゃ並ぶことない権威と実力を兼ね備えるに至る」

「権威と実力、ねぇ…先生と比べてどっちが強いの?」

「六道家現当主――六道さんと? GS試験のような戦いをしたら、という事かい?」

「ええ」

「対人戦なら8割方私が負けるだろうね。
 六道家の十二神将は一体一体の能力が特化的に高く、六道さんはそれらのコンビネーションして闘わせるのがとても上手い。たとえて言うなら一匹ずつでも手に負えないような獣が群れを成し連携を組んで襲ってくるようなモノだからね。尤も、彼女は精神的に弱い面があるから上手く動揺させればなんとか……」

 勿論、真っ当なGSとして活動していた六道冥菜は悪霊や悪魔、妖怪などを恐れる事はない。突発的かつ想像の埒外な状況には極めて弱いが。例えばいきなり娘の目が一つ眼だったりとか。

「逆に対悪魔戦なら主のお力を借り、この世に在る数多の精霊達の力を借りられる私の方に分があるだろう。まあ、状況と相手次第だが基本的には六道さんの方が上だろうね。
 まあ……それとは別に……六道さんには僕は頭が上がらなくてねぇ……」

「GSの元締めみたいな人だから?」

「それもあるんだが……昔――そう、君の母親、美智恵君と出会うよりもずっと以前、異教の儀式を執り行ってね……魔物を滅ぼす為に必要な儀式だったのだが、カトリックの教えからは当然のことながら反している。
 そのせいで破門され、GSの資格こそ取り上げられなかったものの、異端者、反逆の信徒として本国(イタリア)どころか日本ですらGSとしての活動を禁止させられそうになったんだ。
 そんな時、私の為に奔走し余計な噂をもみ消し、GSとして日本で動けるようにしてくれたのが六道家の前当主の冥華さんとその婿である六道黄泉さん。
 つまり、六道家の前当主夫妻に返しきれない恩がある為、ちょっと逆らいづらいモノがあるのさ」

 ちなみに六道黄泉は小鳥遊薫の腐れ縁的友人であり、戦後のGS業界を引っ張った六道夫妻の片割れであり、六道冥子の祖父である。当時は兎も角、現在は既に夫妻共に鬼籍に入っている。

「へぇ……それにしても神父が異教の儀式ねぇ……」

「私は教会の判断にも自分の行動にも後悔も文句もないよ。
 ただ、救うべき人を救う為には必要だったから行った。流石にその直後から数年――そう、六道家から押しつけられた美智恵君に出会うまでは色々と悩み、荒れたりもしてたけどね……」

 そう、呟いて遠い眼をする唐巣。

「押しつけられた??」

「元々彼女は六道さんの弟子でね。次の六道家当主予定の冥子さんを妊娠して、お腹が目立ってきたからちょっと面倒見切れないんで唐巣くんよろしくと……まあ強引に押しつけられたのが君の母親との出会いなのさ……」

 当時を思い出すまでもなく、あの強引さと他人を頼る性格には少々辟易してくる。思わず目を閉じて唸る唐巣。

「……ふーん……ねぇ、先生――」

 もしかして――
 直感が働いたその内容を問おうとした時、

「ちわーっ!」

「邪魔するぜー」

 きゅっ

 一人と二匹の元気な声が、閑散とした教会内に響き渡る。
 頭に兎を、肩に鼠を乗せて両手に買い物でもしてきたのか、中身の詰まったビニール袋をぶら下げていた。

「おはよう、横島君」

 身体を起こし、欠伸を一つしてから近づいてくる横島に挨拶。

「横島君、こちらがあたしの先生で唐巣和宏神父」

「初めまして、横島君。美智恵君から話は聞いているよ」

「初めまして、横島忠夫っす。今日はよろしくお願いします。美智恵さん、なんて言ってたんすかね?」

 荷物をとりあえず側の机に置いて手を空け唐巣の手をとる。
 赤兎が横島の頭から令子の胸元に飛び込むと、ムラマサがやれやれ、と呟いた。

「その女の何処が良いのか俺にはよく分からんよ」

「なんか言ったネズ公?」

「……あんたみたいな美少女に抱きつけて赤兎の奴ぁ果報者だなと言ったんだよ」

 霊力すら籠もった握り込みによる圧死に対してプライドを売るムラマサ。横島に感化されたのか、随分卑屈になったものである。

「…なるほど…本当に鼠が喋ってるね…いや、流石にこの眼で見るまではどうにも信じがたかったんだが…」

 令子が放るように机にムラマサを置くと、美神の左腕に乗って胸元に身体を寄せ、すりすりと懐く赤兎。

「くっ…赤兎め…いつもながらなんて羨ましい……っ」

 涙流さんばかりに目を血走らせ拳を強く握りこむ横島。

「なるほど…確かに小鳥遊先生のお弟子さんという感じはするね…」

 こめかみに指を当てて唸る唐巣。

「あ、そうそう。お師さんから神父に渡すよう言われてたんすよ」

 と、ビニール袋をドン、と神父の目の前へ。

「…小鳥遊先生が…? 何かね?」

「育毛剤と毛生え薬っすね、薬屋寄って買って持ってくよう言われたんで」

 一つ一つ机の上に並べながら、ちら、と悲しくなり始めている唐巣の頭に目線を合わせ、すぐにずらす横島。

「あ、これ神父に渡すよう言われた手紙っす」

「あ、ああ…」

 ひくついた表情で受け取り、二つ折りになっている手紙を開き中身を確認する――
 ひょいっと美神が背後から覗いてみるとそこにはこうあった。

『わしは白くはなったがフサフサだからしてこんなのはいらんのじゃがなー 小鳥遊薫』

 ぴしっ!

「先生〜?」

「どーしたおっさん?」

 白く固まってしまった唐巣が再起動したのはそれから五分後。ちょうど令子が用意した珈琲が一杯分、横島とムラマサに飲み干された後だった。ちなみに赤兎にはレタスが用意されていた。


 ☆ ☆ ☆


「さて……すまなんだ、政樹」

 ホテルの一室。
 ビジネスホテルの一室であろうその部屋のベッドに、少年――鬼道政樹は所在なげに腰掛けていた。
 その肩に、雄々しい隼を留せながら、きょとん、と年相応に幼げな顔で問い返した。
 何故謝られねばならないのか? と。

 反対側のベッドに腰を掛けて深く、膝に頭が付く程深く頭を下げたまま、呟く。

「たとえ事情はどうであれ、親と引き離してしまったという事実は消えんわ」

 小鳥遊の方も誤解、というか読み違えていた事があったのだ。

――まさか息子を金で売る――いや息子にそう思われるような真似をするとは……

 鬼道政也には旧友である政隆の孫、政樹を弟子として自分が鍛えてみたい、と頼んだのだ。

 政樹の置かれている現状が余りにも酷いのと人の親としては明らかに失格な政也から引き離すという算段もあったし、何より横島に同年代で同性の霊能力者を友人として宛がっておきたかったというのが小鳥遊の本音ではあった。政樹は見たところ素直で頭も良さそうだし、何より隼――マサムネが懐いてるという事が政樹の人格の証明書みたいなものだ。

 当然、六道家に復讐するに固執している政也は一度それを拒否。勿論、それは想定の範囲内である。

 次の段階として用意してきたジュラルミンケースを目の前で開けてみせる。
 それはそれとして、旧友の家がこのまま没落していくのを放っておく訳には、という感じで話を持っていき、金銭的援助、その担保としてマサムネを確保。そして一旦交渉を打ち切り、酒でも飲んでから改めて弟子として引き取らせて欲しいと懇願するつもりだったのだが、鬼道政也は想像以上の馬鹿だった。いや、小鳥遊も安易だったのかも知れないが……

 金を見るなりひったくるようにジュラルミンケースを抱え、何処へなりとも連れて行って是非六道家に復讐してくれと頼んできたのだ。息子の目の前で、だ。

 本気でキレた小鳥遊は飛び上がるように立ち上がるや否や、霊能力を失っている政也に霊力を全力で篭めた拳で横っ面をぶん殴ってしまった。治療費の名目で更に金を置いて、政樹とマサムネをひったくるように鬼道家――と言っても物置のような荒ら屋だが――を辞し、後始末をクロサキに任せ自身は一人と一羽を連れてタクシーで一応予約しておいたホテルへ入り、現状に至る。

 そもそも政樹に席を外すよう言っておき、金を出す直前に政樹が戻ってきたのが不運というか、不覚というか、ケチの付き始めだった。

 息子を売る方も売る方だが、買う方も買う方だろう。
 自分が嫌われるだけなら兎も角、不用意に少年の心に傷を作ってしまった事を考えると慚愧に堪えない。

 更に霊能力を持っていない人間への霊力を伴った暴力行為はオカルト犯罪法違反である。
 勿論、正当防衛/過剰防衛などは通常の法律同様適用されるが、どう言いつくろってもそのどちらも適用が効く状況でないのは明らかだ。まあそこら辺はクロサキが上手く取りなすだろうが、父親を目の前でぶん殴った年寄りに対して隔意を抱かれても、これまた文句を言う資格すらない。

 馬鹿だとは知っていたがそこまでプライドも持ち合わせていない馬鹿だったのかと、鬼道政也の人格を読み違えた事が全ての原因である。

「ええ、謝らんでええわ。これで阿呆な苦行からは解放されるんやし…」

 はは、と力なく笑う政樹の顔は、唐突に変化した自分の現状を受け入れきれてはいない、当然だが。

「ったく…爺さんも政樹も気にしすぎさぁねぇ。あたしは爺さんに感謝してるよぉ? あのクソ親父はホントに政樹の事を道具程度にしか思ってなかったからねぇ」

 政樹の肩に捕まっていたマサムネが大きく翼をはためかせて、肩から飛び立ちサイドテーブルに着地した。政樹の両肩と両腕には牛皮を三重に重ねた肩当てと手っ甲を装備している。隼の足は鋭く鼠などの小動物を簡単に切り裂いてしまえる程だし、獲物を逃がさない為の握力もかなりのものなので重装備に越したことはない。

 尤も、これはクロサキがもしかしたら必要になかも知れないと先んじて用意しておいたもので、小鳥遊とクロサキが鬼道家を訪れるまで、なけなしの服や雑巾などを手に巻いたり肩に当てたりしていたらしい。

「そりゃあ、人間が普通の動物を道具のように鍛えるのは、こうして人並みの知能手に入れてみれば当たり前の事だと分かるけどさぁ、だからって息子をそういう風に鍛えるなんて許しちゃいけない事だと思わないかねぇ」

 ちょいちょいっと嘴で毛繕いをしながら、さも何でもないように呟く。

「ふむ…ムラマサに比べて随分としっかりとしたものの見方が出来るようだのぅ」

 顔を上げ、マサムネと向き合う小鳥遊。
 ムラマサは可愛くない訳ではないが、馬鹿だったので知能を高めたと言っても所詮動物か、と思っていたのだ。

「そういやあの美味しそうなムラマサが事を起こしてくれたからあのババアから逃げられたんだよねぇ…その上あたしを助けてくれた政樹を救ってくれた爺さんが、政樹を助けてくれたのは爺さんの弟子がムラマサを救ったのが縁だなんて…長生きはするもんだねぇ」

 通常、猛禽類をペットとして飼う場合、コオロギ・ミールワーム・ウズラ・ヒヨコ・ハト・スズメ・マウス・ラット・ウサギ等を与える。きっちりムラマサ、そして赤兎は射程範囲内だ。

「…マサムネは幾つなんや?」

「さあねぇ…知能与えられた時から数えれば半年ほどかねぇ。多分、生まれた時から数えて20年位?」

 さして興味もなさそうに呟く。
 どうでも良いがマサムネは♀だ。決してお姐言葉を話す♂ではない。

「猛禽類は平均30年〜40年は生きるからのぅ、勿論個体差はあるが」

「へー…マサムネは随分年上やったんやね」

「そんな事ぁどうでもいいさね。それよかこれからどうするんだい?」

「…孤児院に行く。
  次に養子縁組。霊能を継ぐ、所謂名家では夜叉丸の性能とお主の才能も相まって、簡単に受け入れてくれるじゃろう。
  最後に、わしの弟子になる。マサムネと一緒にいたいのであれば、この道しかないのじゃがな」

 喋る上に、動物的ではなく人類的に知能の高い隼などそうそう外に出せるものではないし、アニマル・ウェポンとして使われる事も考えると技術の拡散も防がねばならない。
 よって、自分と横島夫妻の管理下における最後の案以外はマサムネと政樹は別れざるを得ない。

 そんな事を説明すると、政樹は小さく笑った。

「なら考えるまでもないやろ。小鳥遊の爺さん――いや、お師匠。これからよろしうお願いします」

「良かったねぇ、政樹」

 と、サイドテーブルから飛び降りるととことこと歩いて――短距離なら飛ぶより歩く方が疲れないのだ――トイレまで行き、飛び上がって器用にドアを開けて閉めて、マサムネはトイレの中へ消えた。

「……珍しいモンを見たわ」

 小鳥遊を絶句させるという、なかなかの離れ業を見せるマサムネだった。
 ちなみに隼は身体の真下に糞尿を放出する為、その点では非常に飼育しやすい猛禽類だ。

「器用やからねぇ、マサムネは」

「まあ良いわ。
 では政樹、これから弟子となるお前にいくつか伝えておく事がある」

 一つは同性でほぼ同年代の弟子がいる事。
 その少年は前世の記憶をかなり鮮明に持ち合わせているので、興味があれば尋ねてみるのも良い事。
 次に、住む場所について。自宅は無駄に広いスペースがあるので、住み込みでも問題ないが、今考えてる事があるので保留という事にして欲しい事。
 最後に、学校に行く事。

 そう、驚いた事に鬼道政也は息子を学校に行かせてなかったのだ。
 金がなかったのか、学校の時間も修業に充てたかったのかは兎も角、人の親の所行ではない事は確かだ。

「学校に行くって……お金なんてないで、僕は……」

「安心せい。金なんぞなきゃないで何とでもなるし、なんなら出世払いで構わぬわ。おぬしは間違いなく、有能なGSになれるとわしは思っておる。
 まあ、GSにならないならそれも結構。おぬしならどのような職についても一廉の人物になれるとわしは確信しておる。だから無理にGSになろうなんて考える必要はないぞ?」

 小鳥遊薫の目に狂いなぞないわー、と大仰に笑う小鳥遊。
 若い者を育てる時は自信を持たせる事、誇りを持たせる事が何より重要である事を小鳥遊は長年の経験から知っている。自分の素質に自信を持てば、それを実証する為に努力を惜しまないものだ。
 若い者から誇りと自信を奪う事は未来を閉ざす事と同義である。

「……お世話になります」

 涙すら滲ませ辛うじて言葉を紡ぐと、政樹は深々と頭を下げた。

「まあ、六道家に復讐なんぞ無駄だがな、見返してやるのは面白いと思わんか?
 お前らが切り捨てた俺は、鬼道家は、これだけ強いGSになった、隆盛を極めたってな。
 何も六道家を潰す事だけが復讐ではないのじゃからな」

「そうやね……うん……」

「さて、久しぶりの京都じゃ。遊び倒すかのぅ。案内しろ政樹」

「はい、お供しますわ。けどお師匠? 僕、殆ど京都市街を歩いた事はないで」

「……もう二、三発殴っても問題なかったやもな……」

 鬼道の馬鹿息子に再び怒りを覚え拳を握り込む――が、ここで拳に霊力を纏わせても仕方がない。
 立ち上がり、握った拳を開いて政樹の頭に乗せる。

「それではわしがとっておきの店に連れて行ってやろう。おぬしも16ならば問題なかろう」

 好色爺そのものと言った風に笑う小鳥遊と無邪気に頷く政樹がひどく対照的であった。
 マサムネがトイレから出てくるのを待って、二人と一匹揃って京都の町に散策に出る姿は、誰が見ても祖父と孫のそれだったであろう。

 尤も、行き先を知れば顔をしかめる人もいるかも知れないが。


 ☆ ☆ ☆


「…こりゃあ妖狐という奴じゃないか?」

 小説家である父、真友大介がそう呟くのを少年――真友康則は聞いた。


 二人――正確には母を含めた三人は里帰りをしていた。小説家としての仕事が軌道に乗り始めたので、勤めを辞めて念願の孤島へ引っ越しが決まり、その準備も一通り終えたのでT県の実家へ挨拶を兼ねて遊びに来たのだ。
 当然の如く両親は余りいい顔をしなかったが、今更取りやめも出来まいという事で諦めていた。そんな中、東京のコンクリートジャングルとは違う自然を満喫していた康則。

 そして彼は運命に出会う。

 それは金色の獣。虎鋏に捕らわれ、それでも康則を威嚇するように唸りを上げて動かぬ後ろ足を無理矢理立たせて威嚇する体勢を取っていた。

「――ちょっと待ってて!」

 子狐にそう怒鳴ってから、踵を返して森を掛けて行った康則。

 そんな彼を見送るでなく見送ると、力尽きたのか子狐は崩れ落ちるように倒れ込んだ。


 大介の目の前には虎鋏に足を食いつかれ、どこかふてくされたような顔をした金色の子狐が横たわっている。その狐は体毛が金色に輝き、康則の乏しい語彙では美しいとか綺麗とかしか言い表しようがない程で、その尻尾は九つに分かれていた。

「妖孤?」

「狐が三百年を生きると妖怪になる。で、妖怪となった強くなるにつれ、時が経つにつれ狐は尾っぽの数を増やして行き、九本の尾っぽを持つと妖孤としては最高の位になる。そして更に時間を経て修業を積むと今度は尾っぽの数が減って行き、四本で天狐と呼ばれ、尾っぽが消え去る頃には空狐と呼ばれるようになる。天孤・空狐ともなればもはや神様に等しい存在になる。
 ゲーム世代にわかりやすく言えば、暗黒騎士としてはジョブレベル99になった騎士がこの狐だ。更に強くなるにはベースレベルを上げクラスチェンジして聖騎士に、そして神騎士にならないといかん」

「凄い狐なんだね」

「うむ……しかし、こんなトコで虎鋏に引っかかるような筈はないんだが……九尾の狐と言えば姦策と誘惑で国を滅ぼす代名詞ともなっているし…」

 というより、こんな所に虎鋏が仕掛けてあるのがおかしいのだが、それは考えても仕方がない。密猟者が仕掛けたのかも知れない。

 小説家だけあってオカルト方面の歴史にも詳しい大介の分かりやすい科白に、康則の瞳が輝き出す。同時に、狐の瞳が翡翠の光で大介を睨み付ける。

「そんな悪い狐とは思えないんだけど……」

「まあ伝説の類なんぞ嘘八百の集まりだからねぇ。よしんば伝説が本当であれこの狐が伝説の狐とは限らないし。
 さて……一応聞くがどうしたい?」

「連れてってあげようよ。小笠原……小笠原島に引っ越すんでしょ? 自然の多いトコだって言ってたじゃん」

「小笠原諸島の嫁姑島な。
 まあ私は構わないし、母さんも動物好きだからね、連れて行く事自体は構わないのだが……」

 と、独特の模様の刻まれた虎鋏を外してやる大介。瞬間、飛び退こうと力を入れたが、両の後ろ足に大きく刻み込まれた虎鋏の傷跡がそれを許さず、その場に蹲る九尾の子狐。

「無理しない方が良い、いくら妖怪だってそんだけ食いつかれりゃ暫くは動ける筈がない。
 それで物は相談だが、君はどうしたい?
 っと、自己紹介が遅れたね、私は真友大介、ちょっとは売れてる小説家。こっちは息子の康則、小学生6年。
 私たちは君が妖怪だろうと、悪魔だろうと神様だろうとなんなら宇宙人だろうと、一向に構わない。その前提で聞いてもらいたいのだが、私達と一緒に都会の喧噪を離れ自然と戯れて生きるか、この開発が始まった那須で人間に追われて生きるか。
 ……そういえば那須って殺生石か……まあ構わないか。時代の生き証人が手に入ったと思えばむしろラッキーかな?」

 大介の自ら突っ込みを聞き流し、狐に手を伸ばす康則。まともには動けない事を実感してふてくされたのか、そっぽ向いたまま動かずにいる狐をゆっくりと背中を撫でてやる。頭を撫でるのは危険だと大型犬の時に父に教わったので。

「うわ……凄い気持ち良い……」

「だから狐の毛皮は高いんだしな――いや別に君を毛皮にして首に巻いてセレブリティ〜なんて言うつもりはないからね」

 九尾の子狐のうなり声と強い視線に、慌てて言い訳をする大介。

「そうだよ、こんな可愛い狐をマフラーになんかしないって。
 一緒においでよ。友達になろう?」

「ネズミの油揚げとまでは行かないが、毎日お揚げを出す位ならしてあげられるぞ、多分。
 狐がお揚げを好きってのがホントかどうか知らないが……」

 狐の好物は、古くからの油揚げとされており、狐を捕まえる時にも鼠の油揚げが用いられた。そこから、豆腐の油揚げが稲荷神に供えられるようになり、豆腐の油揚げが狐の好物になったとされる。
 要するに揚げ物が大好きな種族なのだろう、多分。

 案の定、ぴくりと耳を立て、大介の方を向く九尾の子狐。

「あとこれは忠告だが……俺達と一緒に行かない場合でもここに長居するのは辞めた方が良い。殺生石の事もあってここらの住民は金毛九尾白面の者をよく知ってる。それが君からすれば誤解かどうかは別として、九尾の狐=悪となってしまってる。近年じゃあ一部の学者連中やオカルト関係者はそれは間違いだって主張してるみたいだけど、まだまだ一般論にはなり得ないだろうね」

 大介に背中を撫でられたまま、眼を瞑り――眼を開けた時にはその頬を大介の腕になすりつけていた。

「よろしくな! えーと……名前どうしよう?」

「多分、力が回復するか成長するか、どちらかで人型になれるようになれるだろう。
 その時に訊けば良いんじゃないかな。で、名前がないようなら大介が考えてやれば良いだろう」

「うん、分かった。とりあえず、傷の手当てしないと……」

「お祖父ちゃん家に戻れば救急セット位あると思う。
 日も落ちてきたし、戻ろうか」

「うん――うわ、柔らかい……」

 抱き上げた九尾の子狐は少年の両腕にすっぽりと収まり――
 漸く人心地つけたのか、小さくため息を吐いて眼を閉じて少年の暖かい腕に寄り添っていた。

「懐かしいな……」

「…ん?」

「昔な、父さんも妖怪の子供を拾った事があってね……その子は近所にすむGSに目を付けられた時に、自分から姿を消して私たち家族に迷惑をかけまいとしてくれたが……二度ある事は三度ある、かなぁ」

「……妖怪ってみんながみんな悪い訳じゃないのにね」

「そうだな……」


 金毛九尾白面の者――前世で玉藻御前と呼ばれた大妖孤の幼生はこうして少年に連れられ、数日後には本土を脱出し、オカルト犯罪など今まで数える程もなく地脈の流れも安定した小笠原諸島・嫁姑島に移住する事になった。

 数年後、真友大介は歴史小説の第一人者として文壇を席巻する事になる。

 この事件とも呼べぬ小さな出来事がこの物語にどう影響するかは――今は未だ。


後書き

今回の長話、六道家に関して。
六道家に関してはあのおばさんに財閥切り盛りする能力はない、と勝手に独断しました。
…とても有能そうには見えないし? 過去話での唐巣への強引な依頼は、むしろ唐巣のGSの師が六道系列、或いは六道家の人間だったから、その当主の依頼は断れない、という論法の方が個人的には納得出来ました。

そこからじゃあ婿が有能だから繁栄かつ長続きしてるのだな→経済方面は冥子の父、オカルト方面は冥子の母が担当、といった感じに。実際、原作での魔鈴の話では知識的には頼れるトコを見せてますしね、六道婦人。全くどうして原作で名前を出してくれなかったのか…

という訳でここの冥子母――冥菜さんは腹黒くはありませんし経済関係も疎いです。
まあ強引で他人に頼る性格ではありますが、そこは六道家の血筋――甘えん坊、という事で。

大体、初代からしてアレな六道家なんですから、婿がしっかりしてなきゃ続く訳がない、というのが結論です。はい。

狐さんに関してはノーコメントで。再登場は多分40話以上先ですがその時にきっちり説明しますので。
……完結したら外伝書くかなー……遠い話ですね(´・ω・`)まずは完結。

批判・設定の矛盾などの指摘は受け付けますので遠慮なさらずお願いします。
でも優しくしてくれると嬉しいです(´・ω・`)

あ、宮内庁云々とかはこの物語で登場する予定は欠片もありませんのであしからず。
ただ、天皇を霊的に守護する存在はオカルトが普通に存在するGS世界なら、あって当然だろうな、という程度で出しただけですから。
ついでに陰陽道の歴史も本来の日本史に適当に適当に設定付け足ししただけですので。
この設定で行くと六道家が出来たのは室町〜戦国にかけてなんですね。

まあ設定決めた事が役立つかどうか、本編でしようされるか分かりませんが(;´ー`)y-~~

後書き長い…(´・ω・`)技量不足にて申し訳なく…
そして唐巣の除霊シーン_| ̄|○別に先延ばしにしたい訳じゃないんですけどね(´Д`;)

と言うわけで個別レス。感謝です、本当にありがとうございます。

1:葉っぱの河流れさん
過分なお褒めの言葉、ありがとうございます。
まー令子さんに関してはだめだめ女子中学生を地で行ってもらってますからね…この生活してて、平均以上のスタイルって詐欺というか宇宙意志を感じてしまいますがw

政樹君+マサムネと忠夫君+ムラマサ&赤兎、そして赤兎にヒロインの座を奪われそうな令子さん。
メインはこの三人+三匹となります、とりあえず。

>追伸に関して
勘違いでしたか〜それは失礼しました。
これからも読んで楽しんで頂けるようがんばります。

2:yukihalさん
初めまして、読んでくださりありがとうございます。
中学生で母親在世中ですからね〜流石に原作後半と比べて一緒だったら美智恵さんが泣きますw
省みて横島君は横島君ですからね、出来る限り原作のイメージは壊さないよう、差を出していけたらと思います。

赤兎と師匠を気に入って頂けたのは幸いです〜
やはり嬉しいものですから。

あと質問の件ですが、諭吉さんが百万人=百万円という意味で使いました。
ちょっと分かりづらかったですかね? 以後気をつけます。

3:単三さん
18歳からだと素で勘違いした作者のミスです(´Д`;)申し訳ない。
けど違和感はないですよね…ないから見過ごしたのかも知れませんが(´ー`)┌
鬼道家は親父と政樹との差があまりにもな原作だったので、では祖父は?という点からああいう風に…受け入れて頂けたみたいでなによりです。

4:DOMさん
この段階で自覚出来る程令子さんは恋愛に敏感ではない筈ですヽ(´ー`)ノ
正統派ヒロインとは具体的にはどのような? GSで正統派ヒロインというと…?

若い頃(原作の美智恵と公彦と神父の馴れ初め話)は真っ当に生活してたみたいなんですけどねぇ…
閑散とした風ではあってもそれなりの部屋に住んでましたし…
いつからあんな極貧生活に…美神家に関わったからでしょうか?(笑えない

政樹君に関しては仕上げをご覧じろという事で(・∀・)

5:むじなさん
典型的な駄目親ですから〜<美智恵さん
まあ同じミスを二回繰り返す程馬鹿ではないし、周りの環境も随分違うからひのめちゃんはきっと良い子に育つんでしょうけど。
常々思ってたんですよね、神父。いくら何でも栄養失調で倒れてたらGSなんて疲れる仕事やってられないでしょうに…まあギャグなんでしょうけどねぃ(´・ω・`)

>横島夫妻が令子失格云々
別に今すぐ結婚する訳ではないんですから…w そりゃあ、原作の令子さんは20〜21でアレでは、正直結婚相手としては微妙ですが…

6:万々。さん
楽しんでもらえて何よりです。
ムラマサの能力は固まってきました、まだちょっと先ですが暫くお待ち下さいませ。
タイガーとヒャクメはアレですね、使い勝手が良すぎるが故に役立たずにされてしまう…
悲しい事です(´・ω・`)
神父と初遭遇、いかがでしたでしょうか?w

変わり者の多いGSでこれほど上に立つに相応しい人はいないんですけどね…何ともはや(´・ω・`)

7:Tシローさん
初めまして〜師匠と赤兎を褒めてくださってありがとうございます。
帝釈天の話をそのときまで横島君が覚えているかどうか…w
暫く先ですが、その時まで楽しみにしてて下さいw
擬人化は…するのかなぁ?( ´ー`)y-~~

8:冬8さん
今ふと思ったんですけど御坊家みたいですね、参考にしたわけではありませんがっ。
兎の丸焼きは兎も角、兎は美味しいらしいですね、食材としては。
現代の日本では殆ど食べられてませんが、江戸時代は食べてたみたいですし、世界的にみると色んなトコでも食べてます。
更に大戦時は繁殖力が旺盛で栄養価が高く美味しい事から食用として北の方で飼育されていたとか何とか。

神父の髪は…きっとそう遠くない将来波○カットに…(´Д⊂
続きも頑張って書かせて頂きます〜

9:趙孤某さん
僕も14歳くらいから飲んでましたが、18→20は作者の勘違いです。
でも違和感ないところが美神くおりてぃ。

もし政樹と冥子の子供が出来たとしたら……(((( ;゜д゜)))
神父も原作よりはマシな生活はする予定ですよ〜
少なくとも美智恵在世中ではw

10:鹿苑寺さん
十中八九鼻つまみ者でしょうね。神父のせいでダンピングを強いられる事もあるでしょうし。
ただ人柄とか人徳とかで余り問題にならないって感じでしょうか?

お酒に関しては…完全に「ワインと魚介類の相性の悪さ」を忘れてました_| ̄|○
美味しんぼ読み直して出直してきます…

>2丁目
横島君ならこんなもんではないですかね?
行ったことない人に取っては偏見の塊の場所ですし…まあオタクとかコミケとかも似たようなものでしょうけど、知らない人に取ってはという意味では。
僕自身ですか……(´-ω-`)…フゥ…

11:内海一弘さん
師匠は神父の事を高く買ってますから歯がゆくてならんのですよ〜
鬼道家は親父がアレで息子がああじゃ納得出来ん→納得する設定を、という感じで。
鳶が鷹を生むってLvじゃないですからね…というか横島にすらそれでも人の親かと叫ばれる鬼道父…<原作・式神対決編

12:枯鉄さん
自分の気持ちに気付くのも素直になるのも追い詰められてからじゃないと駄目な子だと思ってますから、僕はw
今回のお話楽しんで頂けていたら感謝ですよ〜(・∀・)

13:北条ヤスナリさん
初めまして〜読んでくださりありがとうございます。
どうも手を広げすぎて主人公たる忠夫と令子にスポットが当たってませんでしたからね…(´Д`;)
今回は出ましたけどいかがでしたでしょう?
赤兎がヒロインだなんて作者も勘違いしそうだなんてそんな事はありませんから( ´ー`)y-~~

温泉のシーンではお仲間がいるみたいですよ(・∀・)b
まあ擬人化しなくても可愛がってるペットにこんなことしてもらったら悶え死ぬと思いますけどw
お互い連載頑張りましょう(・∀・)b

14:氷砂糖
月編は外せませんからね…行かずに済むならですけど、どうも月からのマイクロウェーブで三人娘の製造エネルギーを供給したり逆天号作ったりしたみたいですし、公式設定はありませんが。

神父は言い換えれば馬鹿だけどいい人なんだよな…って感じでしょうか。
この日本で手に職があって栄養失調とかあり得なさすぎですから…
お互い頑張りましょう〜

15:柳野雫さん
ふ…鬼道と結ばれるなんて珍しいにも程がありますからねw そうそう忘れられるものではありませんw

らしくあれば何でもありですよ(・∀・)b まあ神父にも幸せが来ると…いいですね…(´-ω-`)
そしてナチュラルに酒を飲む中学生、それが令子クオリティ。
こういう子供が変わる切っ掛けはでかくないとなかなか…( ̄ー ̄)

まあ…政樹君は苦労性ですから…子供の事でも苦労する運命かな、と…(・∀・ゞ
ペットに背中を流してもらう、いいですよね(´¬`)

今回はいかがでしたでしょうか?(・∀・)

16:スケベビッチ・オンナスキーさん
神父はもっとえらくならないと駄目だと思うんですよね〜世のために。

スケさんの言うとおりではありますねぇ。
周りが苦労するのは正に…もう少し一面での協調性というか、人間そんないい人やってられんよという事を分かってくれないと…
神父は分かっててなお自分の信念貫きそうですが(・∀・ゞ

赤兎大人気で嬉しい限りです(・∀・)ペットに懐かれる、それだけで癒されます。

美しいって程ではないと思いますが読みやすいよう心がけてますが…(〃▽〃)
過分なお褒めの言葉ありがとうございます、これからも頑張ります。

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