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「言尽くしてよ 永く想わば 第五話 後編(GS+(有)椎名)」

金平糖 (2007-05-18 21:19/2007-05-18 23:40)
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言尽くしてよ 永く想わば 第五話 後編


 ひょんな事から新たな仲間をゲットした赤兎。
 なので縄張りを案内する為、ムラマサを連れて庭を歩き回る事にした。

「離せバカっ! 人を獲物みたいに扱うんじゃねぇ!」

 じたばたと騒ぐムラマサ。
 首筋を咬まれて、つまり咥えられた状態で暴れるムラマサ。確かに見ようによっては猫が獲物の鼠を咥えて運んでいるように見えなくもない。
 赤兎としては折角の縄張りを案内してあげようと、親切心から連れて回ってあげているというのに、五月蠅い事甚だしい。
 なので、黙らす事にした。ぺっとはき出すように放し、

「ちょっ!? ふ! 踏むな踏むな重い重い!! 中身が出るからっ!? やめれぇぇぇぇ」

 横島さん家の赤兎。
 躾に厳しい飼い兎であった。


 P.M.1:00


「この家の構造は大体理解したぞ」

 赤兎に連れ回され、家の中を、庭をぐるぐると歩き回っていたムラマサが大きく頷く。
 横島家の構造は至極単純で、二階に物置と横島(+赤兎)の部屋があり、玄関から繋がった廊下の左側に階段と居間と繋がった台所、右側に寝室と大樹の書斎があり、廊下の突き当たりに脱衣所と風呂位の、普通の家だ。
 横島大樹の稼ぎと「紅百合」の蓄えからすれば随分安価な家に見えるが、これも息子に与える影響を考えてだろう。
 子供のうちから金を持たせてもロクな事にならないのだから――美神家や六道家を見ればよく分かる。

「さて、どうしてくれようか」

 腕を組んだまま、天井を仰ぐムラマサに、何かあるのかと思い同じように上を向く赤兎。
 勿論天井にはシミぐらいしかない。
 何もないので視線をムラマサに戻し、首を傾げて疑問を呈する。非常に可愛らしい姿である。

「決まってる! 百合子の奴にこのムラマサが如何に凄いかを思い知らせてやるのだ!」

 はんっ
 擬音で表せば、こんな感じか。まさに文字通り鼻で笑う赤兎。
 百合子にしてみれば喋れるだけの鼠など普通の鼠とどんぐりの背比べだ。確かに戦争などの破壊行為に使うというのではあれば話も違ってくるだろうが、日常生活において鼠に助けらねばならぬ事がある程、現代の日本人の生活は貧しくない。

「てめっ! 笑ったな!?」

 踏み。
 赤兎の後足がムラマサの体をテーブルに這わせる。

「お、おもっ! 踏むなっ痛い重い痛ぃぃ!?」

 赤兎の身長は耳の部分を抜かすと、約30僉ムラマサは約6冂だ。

 赤兎はこんな名前だがジャパニーズホワイトという種で、真っ白な毛並みと赤い目が特徴の、室外飼育――小学校で校庭の隅のケージ飼いなど――に向いた種で、本来体重が4〜5舛砲覆訝羞燭亮錣覆里世、赤兎は3舛曚匹靴ない。痩せているというよりは締まっているというべき体型をしているのだ。
 それでも頭の上に乗せるのは難儀だろうに、忠夫も大樹も文句を言った事ない辺り流石と言えよう。
 余談だが当初、横島家でも赤兎は外で飼っていたのだが、いつの間にか住処を忠夫の部屋に移した為に殆ど済し崩しで室内飼いになったという経緯がある。

 ムラマサは恐らくハツカネズミの改造体だろう。ドブネズミやクマネズミ――この二種にハツカネズミを加えて通称イエネズミという。約一千種存在する鼠の仲間のうち、この三種しか人間の生活圏内では存在しないことからこの通称が付いた――ならば、でかいもので体長25〜30僂砲發覆襪箸いΑ
 人間の生活圏外に存在する鼠だと潜入や破壊工作には向かないし、この体の小ささもあってハツカネズミで間違いはないと思われる。

 基本的に動物界において体の大きさ=力の強さなのは言うまでもない。
 まして赤兎は忠夫の霊力に長年晒され続けた結果、半ば妖怪化しているのだ。
 知能と五感と発声器が人間並みになった程度のムラマサとは生物としての強さは文字通り格が違う。

 よって、赤兎の足の裏でもがくムラマサに勝ち目など全くなかった。

「悪かった! 俺が悪かったからどけ!」

 その一言で漸く足をどける赤兎。
 テーブルの上にある、袋詰めのお菓子を適当に盛りつけた木皿を手繰りよせ、一つ手に取り袋を破いて中身をムラマサの前に撒く。

「お、おう。ありがとな」

 体を起こし伸びをして、怪訝そうな顔して赤兎とお菓子を見比べた後、いそいそとお菓子を食べ始める。
 鼠はお腹が空きやすいので、適当に食べさせるよう百合子に言われているのだ。尤も、ムラマサは改造されているので、そこら辺ももしかしたら調整されているかも知れない。ハツカネズミの本能のまま食べるのも本来の燃費も、道具として使うには効率が悪い為に。

「旨い飯喰わせてもらって何もせんのも気がひけるだろーがっ!
 なんか役に立ってギブアンドテイクを成立させねーと俺の沽券にかかわるんだよ!」

 鼠の分際でやたら理屈っぽいがこれが生物兵器としての改造の成果なのだろう。その意味で日須持教授はなかなか技術だけは高いらしい。
 まあ、お菓子頬張りながら兎相手にいきがったところで事態が好転する訳でもないのだが。

「で、だ。
 この家でお前は長いんだろ? 何か役立つ事しらねーか?」

 そう言われても、大概の事は百合子が片付けてしまうし、学校には連れていってもらえないし、大樹は仕事を家に持って帰って来ることは滅多にないし。
 ぶっちゃけて言えば何もないのだ、赤兎やムラマサがやれるような事は。

「ん? どうかしたのか?――って咥えるなって言ってんだろうがっ!」

 小さいモノを運ぶ時は手で持つより咥えた方が楽なのだ、赤兎の場合。
 ガタガタとやかましかったのだろう、強めに咬んだらぐてっと力が抜けて静かになった。


 P.M.1:30

 
「なーんで俺が家庭菜園なんてやらなきゃいかんのだ…」

 しかも雑草掘りだ。勿論、掘って根と土をバラしてからじゃないと引っこ抜く事すら出来ないから、正確に言えば草むしりではなく雑草掘りである。
 赤兎はと言えば雑草などは食べてしまっている。この辺は草食動物の面目躍如。ミニキャロットの為にもなって一石二鳥。
 本来雑食であるムラマサは、与えられた人間並みの知能とプライドが邪魔して雑草などは食べる気になれないらしい。

 気を抜いてたらミニキャロットの根を引っこ抜こうとしてしまい、赤兎に踏まれて体中土だらけにされてしまった。
 それ故、手も抜けず気も抜けず、フラストレーションが溜まる一方。

「あら、えらいわねぇ。赤兎ちゃんの手伝いかしら?」

 闖入者のせいで滞っていた家事を再開していたのだろう、洗濯物籠を抱えた百合子が庭先に現れた。

「なー、百合子ー、なんかもーちっとマシな仕事はないのかよ? こんなの普通の鼠だって出来るじゃねーか」

 普通の鼠は人の言うこと聞いて草むしりを手伝うなんて絶対出来ない、などとは考えもしないのだろう、ムラマサが百合子相手に愚痴を零す。

「言ったでしょ? 息子のお目付役だって。3時頃学校から帰ってくるからそれまでは赤兎ちゃんの言うこと聞いててね」

 面倒な事は息子に押しつけるつもりか、全く取り合わず洗濯物を干し始める百合子。

「息子ってどんな奴だ?」

「宿六そっくりのバカよ」

 百合子の身も蓋もない言い様にうんうん、と頷く赤兎。

「大樹そっくりって言われたって大樹の事すらあんま知らんのだが…」

「…バカでスケベで間が抜けてるけど、阿呆かって時にはキッチリ結果出せる大バカ野郎って言えば分かるかしら?」

 大樹で「抜けて」たら忠夫なんて「だだ漏れ」という表現が正しい気はするが、概ね間違ってはいない。

「どんな奴だよ…」

 世間が狭いムラマサにはピンと来ない。
 しかし、あの殺気を放つ二人――さっきはもう一人いたが――の息子というからにはそれなりの男なのだろう。
 当座の隠れ家としては、百合子と大樹の二人は随分頼りになりそうだし、ここは一つ、その息子とやらに如何に自分が出来るネズミなのかを思い知らせてやるとしよう。

 そう腹を括って、とりあえずは赤兎の促すまま雑草掘りを続けるムラマサであった。

 
 P.M.2:30


 じりりりりりりり…

 昔懐かし黒電話――の音がするコードレス電話の子機が、居間のテーブルの上で丸くなってテレビを見ていた赤兎の側で鳴り響く。
 ムラマサは風呂で百合子にしっかり洗われたのが堪えたのか、赤兎の側でぐったりと大の字になっていた。

「もしもし、横島ですけど――ああ、クロサキ君。
 ――へぇ?――んー…――そうね、そうしてくれるかしら?――
 はいはい、分かったわ。いつもありがと、うちのバカ亭主をよろしくね」

 ピッ
 電子音と共に繋がっていた世界が途切れる。

 きゅ?
 喉奥、食道を奮わせて「声」を出し首を傾げる赤兎。
 兎は鳴かないというのは誤解されている俗説で、実際は鳴くのだ。ただ、滅多に鳴き声を聴く事はない。兎は我慢強い種で、虐待してすら滅多に鳴かない。
 鳴くのはよほど機嫌が良い時か、よほど弱った時だけなのだ。

「気にしないで良いわよ。仕事の話だから」

 頷き、視線をテレビ画面に戻す。そこには剣○商売のビデオが流されている。
 赤兎は先生の大ファンで、夕方の某人情刑事モノのドラマ再放送も欠かさず見ているのだ。新宿コマ劇場まで主演の舞台を観に行った時など機嫌が良くて舞い上がらんばかりの喜びっぷりだった。

 百合子も嫌いではない為、家事を一休みしてビデオ鑑賞に付き合っていた。


 P.M.3:00


「なにも玄関で待ってなくてもいいんじゃねーの?」

 心底呆れたと言わんばかりのムラマサ。
 その言葉通り、赤兎は玄関先、所謂玄関マットの上にちょこなんと座って、忠夫の帰宅を待っていた。これもまた日課である。
 ムラマサはそんな赤兎を見下ろすように、下駄箱の上、小物入れに寄りかかるようにして、お目付役の相手が帰宅するのを待っている。

 勿論、そんな言葉など赤兎には届かない。
 まだかまだかと下駄箱の上の、ムラマサの後方にある置き時計と玄関ドアとを見比べている。
 そうして十分も経ったか、ムラマサが余りの暇さに眠りかけた頃、ドアが開いた。

「たでーまー」

 ぴょんっと忠夫の胸に飛び込む赤兎。

「おう、出迎えご苦労」

 鷹揚に赤兎を抱きかかえて撫でてやる。
 別に男の服なんぞどうでも良いと考えてる忠夫なので、赤兎の抜け毛が黒の学ランにまとわりついて目立つ事なぞ気にもしなかった。

「よお、漸くお帰りか」

 欠伸をしながら体を起こすムラマサ。

「…は?」

 視線を声がした方に移すと鼠がえらそうにふんぞり返っていた。

「…腹話術?」

「誰か遅れて喋るか。
 俺の名はムラマサ。お前が忠夫か?」

「鼠が喋っとる?!」

 鞄を落とし両手で頭を抑える忠夫。現実を受け入れきれなかったらしい。
 赤兎が必死に爪を立てて落ちないよう努力しているが、その結果学ランが爪でぼろぼろになってしまっていた。

「おう、俺様はスーパーマウスだからな。
 まあこれからよろしく頼むぜ」


 P.M.3:15


「事情は理解したけどさ…なんやねんお目付役って」

「勿論、忠夫がバカやったかどうかいちいち調べるのも面倒でしょ。
 その点ムラマサちゃんが一緒にいて、後で報告してくれれば楽じゃない」

「そんなに信用ないんか俺!?」

「鏡に向かって尋ねてみたら?」

 居間でおやつのホットケーキを一人と一匹に振る舞いながら、泰然自若の百合子。
 ケーキをぱくつきながら吼えるが、所詮は無駄であた。
 忠夫の膝の上、赤兎は人参をしゃくしゃくと食べている。

「このところ覗きもしてない俺になんてお言葉っ!?」

「…このところ?」

「イエ、14ネンノジンセイデイチドモナイデスヨ? ノゾキナンテ」

 思い切り視線を逸らし汗だくの忠夫。アフォである。

「…なるほどなぁ…百合子の息子の割にはバカなんだな、こいつ」

 げぷっとホットケーキのハチミツまで嘗めきったムラマサ。
 一日にも満たない短い付き合いではあるが、「逆らってはいけない」存在して百合子の事は骨身に徹していた。

「ネズ公にバカ呼ばわりされる覚えはないわっ!」

「鼠相手に本気で怒ってるようじゃ多寡が知れてるわよ」

 ずず…とお茶を一口。
 正論の一言にぐさりと来たのか、ソファーの背もたれに上半身全て投げ出すように天井を仰いでいた。
 と、唐突に体を起こすと、人参を食べ切って口の周りをこしこしと拭っていた赤兎を抱きしめる。

「赤兎ぉぉぉぉ鬼婆がいじめるんやぁ!」

「誰がババアだって…?」

 擬音は恐らく「ゴゴゴ」だろう。間違いなく神域のプレッシャーを放つ百合子。

「ひぃっ!?」

 赤兎を抱きしめたまま飛び退き――

「ちそーさんっ!」

 怒鳴り、そのまま廊下へ飛び出し階段を駆け上っていく。要するに逃げたのだ。

「…バカじゃねぇ?」

 ムラマサの呆れた一声。

「まあ、バカなりに良いトコあるのは認めるけどねぇ」

 コロっと表情を変えて、ムラマサの言葉に相づちを打ち。
 本気で怒った訳でもないのだろう、至極あっさりと表情を穏やかなものに変えると、

「これから忠夫は霊能の先生のトコへ出かけるから、付いていってね、ムラマサちゃん」

「任せな。あんたの息子は俺が守ってやるぜ」

――いくらなんでもムラマサちゃんよりは忠夫の方が強いと思うけどね…

 心で呟いてお茶を啜る。別にムラマサに護衛など全く期待していないが、ムラマサの機嫌を無駄に損ねる事はあるまい。
 そう割り切って聞き流すと、今晩のおかずを何にするか、思考を切り替えて思索し始める百合子だった。


 同時刻 京都府某所上空


 京都駅から随分と離れた、山奥と言って良い田舎。誰が見上げても普通は見えぬ高さ、正しく空の上でそれは行われていた。

「ちっ…振り切れない…! 日須持のババア、ヨシユキになにかしたね?!」

 隼が忌々しそうに吐き捨てた。

 隼は平均最高速度時速200辧速い個体だと300劼砲眞する空の王者だ。尤も最高速度を出せるのは降下時だけである。隼の狩りは鴫や千鳥などの小型鳥類から鳩、雁、鴨などの中型鳥類まで及び、それらが暢気に空を散歩している時、高速で上昇し、時速200劼發梁度で降下し足で蹴り飛ばす。
 そうして蹴り飛ばされた獲物はほぼ即死、運が良くて失神、そしてそのまま墜落し落ちる途中で隼の両足に捕獲される。
 猛禽類というのは鳥類では生態系の頂点に君臨するというのがこの狩りの仕方でも伝わると思う。

 その隼の追尾するのは鷹だった。
 言うまでもなく鷹も猛禽類であり、一方の空の王者である事は間違いない。
 林の中などで鳥を補食する鷹は旋回性能が鳥類で断トツに高いのが特徴だ。その最高速度時速80劼梁度で木々を縫うように飛び、山の中、林の中に飛ぶ小型・中型の鳥を餌とする。

 軍用機に例えるなら隼が速度と上昇・急降下性能に優れ一撃離脱戦闘に向く重戦闘機、鷹が小回りが効き格闘戦に向く軽戦闘機と言ったところか。
 よって、極々単純に比較した場合、隼が逃げに徹したら鷹がそうそう追いつけるものではないのだが。

「逃がさないわよ…! マサムネ!」

 そう、東都大学生物学研究所で生まれた人並みの知能と五感と発声器を持ったスーパーアニマルの二匹、隼のマサムネと鷹のヨシユキが空中での大逃走劇を演じていた。

「あんなババアの言う事なんて聞く必要ないとっ――思わないかねぇっ!」

 マサムネが急上昇を掛け、更に高速飛行中のヨシユキに向かって急降下!

 ひゅおぅ!

 風を切り裂く音が大空に響き渡るが、当鳥同士以外誰もそれを聞く事はない。

「親の言う事は聞くのが当たり前でしょ?!」

 ギリギリまで引きつけ、高速旋回で急降下の一撃を躱し、自身もマサムネを追って降下するヨシユキ。

「バカお言いじゃないよ! あたしらに色々与えてくれた恩は認めるけどねぇ!
 こちとらただの道具じゃないんだ! ほいほい言うこと聞いて――」

 隼ほどではないにしろ相当の高速度で追撃するヨシユキに向かって、急停止、急上昇を仕掛ける!

「人殺しさせられてたまるかってんだよ!」

「がっ!?」

 すれ違いざま、錐揉み回転をしながら上昇するマサムネが、ヨシユキの嘴を、両足を躱して自身の両足の爪をヨシユキのツバサに抉り込む!

「ちぇ…おぼえ…て…なさいよ…」

 言い捨てながら、高度400mはあろう空で力失い墜落していくヨシユキ。

「っっ…つぅ……」

 捨て台詞などに構っていられないのか、通常飛行に戻すと同時に、苦痛の呻きを上げた。

「無理するもんじゃないねぇ…けどさぁ、ヨシユキ…」

 錐揉み回転での上昇など普通の獣では考えもしない事であり、普段使わない動きに筋肉が悲鳴を上げ続けていた。

「もう殆ど覚えてないけど…むかー…し……人に飼われてたのさ…そんなあたしに…戦争…人殺し…道具になれって…の…少し、酷…じゃな…ねぇ」

 そう呟き、力が抜けて行く事を自覚しながら。
 それでも飛んでいた。束縛から逃げる為に、誰かを傷つけたくないが故に。


 P.M.3:30


「おぬしの人生はなかなか侮れんのぅ」

 居間でムラマサの事を一通り説明して納得してもらった後、感慨深そうに小鳥遊が呟いた。
 ちなみに横島家から小鳥遊家まではJL東日本の中央線で三駅ほど奥に引っ込んだ駅の近辺にある。
 勿論、その程度の距離で電車を使って修業になるかと言われて走らされていた。

「そーっすねぇ…出来れば平和に平凡に美女に囲まれて生活したいんすけどねぇ」

 うむうむ、と頷き立ち上がる小鳥遊。そのまま廊下へ出ると、横島もその後ろをついてきた。

「今日は仏教の概略を学んでもらおうかの」

「お師さん、座学は苦手っす」

 毎回座学のたびに訴える忠夫である。

「知識は人を人たらしめる最強の武器ぞ。
 ましてわしらの職業は知らぬでは済まされぬ事とて多々あるのだ、黙って聴いておれ」

 道場つくと、向かい合って座る小鳥遊と横島。
 赤兎は胡座で座っている横島の腿の上に、ムラマサは頭の上に乗って、速攻寝ていた。
 お目付役が寝てていいのか、と突っ込みたいところだが起こす必要もないので寝かせておく。

「しかし忠夫よ。おぬしの前世は平安時代の陰陽師であろう?
 それなりに神族の事は詳しくてもおかしくはないと思うんじゃが?」

「見た事もない神様なんぞ当てに出来るかって、よく言ってましたよ、夢の中で」

「…平安時代にそこまで言い切れるというのは凄まじいのぅ」

 実際、神族に実際お目に掛かった人間など滅多にいるものではない。この日本では妙神山という神族の出張所兼修行場があるので、武神・小竜姫にお目に掛かる機会がある為、GSでもトップクラスに位置する連中は会おうと思えば会える。
 しかし普通の、大多数の霊能と関係ない人生を送っている人々には見る機会すらあるものではないのは確かだ。

 まして、交通網の発達しきった感のある現代ですら秘境も秘境、本当に日本かここはという場所にある妙神山に、修業の為とは言え京都から足を運ぶ陰陽師が当時どれだけいたか…
 しかし、密教的な呪言や真言、神道の祝詞、道教の禁術や暦法など、様々な宗教の儀式や術式を一つに纏めた、極めて日本的と言える陰陽道の体現者たる陰陽師がそこまで言い切る辺り、流石横島忠夫の前世と言えるかも知れない。

「色々あり得ない前世っすからねぇ…」

 あまり人のこと言えない人生を送ってる自覚は全くない横島。

「まあ良い。
 仏教と一口に言うが、その成り立ちから様々な仏教がある――」

 仏教の種類や成り立ち、仏の意味や如来、菩薩、明王、天部の意味と役目etc
 小鳥遊とて座学では横島には身につかぬ事位百も承知だが、だからといって教えなくていいという事にはならない。GSをしていれば神族の繋がりも出てくるやも知れない、そんな時相手の素性を全く知らないというのは余りに不味い。
 というような事をこんこんと説教されて以来、身につくかどうかは別として大人しく授業を受ける事にはしている忠夫であった。


 P.M.6:30


 途中、二回ほど休憩を挟んだが、たっぷりと二時間以上、今日の修業は座学であった。

「あ、足が…あ、頭が…」

 居間でひっくり返って足を伸ばし、濡れたタオルを頭に乗せて知恵熱と格闘中。
 赤兎は横島の腹の上でセロリを囓っていた。

「じーさん、こいつ頭悪いだろ?」

 たっぷりと昼寝をしてお腹が空いたのか、テーブルの上、目の前に出された柿ピーを貪りながら小鳥遊に尋ねるムラマサ。

「頭は悪くないんじゃがな。自ら必要と思えない知識を溜め込むという事が出来んのじゃ」

 その証拠に、余計な事はよく知ってたり一瞬で記憶して忘れる事はなかったりする。
 たとえば女子大の住所と行き方、たとえば三丁目の角の煙草屋さんの娘さんが入浴する時間、たとえば覗きポイントリスト。
 無駄な所で頭脳を酷使しているのが横島という人間である。

「ほれ、飯の時間じゃろ。とっとと帰れ」

「今日はお師さんは来ないんすか?」

 漸く足のしびれが取れたのか、体を起こし尋ねた。
 大樹と酒を酌み交わしたり、百合子の手料理を師が楽しみにしていて、来る時は毎日のように夕飯をご馳走になりにくるのを横島は知っている。

「うむ、今日は遠慮しておこう。やらねばならぬ面倒もあるでな」


 P.M.6:45


「たでーま」

「たでーまー」

 頭の上に赤兎、右肩にムラマサを乗せた横島が帰宅。
 動物の調教師でもここまでやらないだろうに、よくやる男である。

「お帰り。お風呂沸いてるから入っちゃいなさい」

 台所で夕食の準備をしているであろう、百合子の声。

「へーい」×2

 見事にハモる一人と一匹の声。そんな二人を赤兎が微笑ましそうに見下ろしていた。


 P.M.7:30


「んじゃ月読神社へ行ってくるわ」

「飯喰った後も修業か。バカのくせに頑張るなぁ」

「一度誰が主人か思い知らせてやろうかネズ公」

「おう、でかい図体持ってりゃそれで勝てるってもんじゃねー事を教えてやろうかこのバカ」

 靴を履きながらガン飛ばしまくる横島とふふん、と余裕の笑みでにらみ返すムラマサ。
 ぺしっぺしっ
 頭の上に乗っかっていた赤兎が強めに横島の頭を叩く。

「赤兎さん痛いっす」

「なさけねーの」

 ぷっと口元に手を当て笑うムラマサ――の上にどすん、と飛び降りた赤兎。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「情けねーの」

 はっと思い切り見下して笑う横島。
 構成物資にもよるだろうが3圓諒体が落ちてきたら人間とてそれなりに痛いだろうに、ムラマサは完全に赤兎の体に埋まるようにのし掛かられていた。

 この後美神令子に遭遇する予定のムラマサの運命は――

 同時刻 京都府某所


「父さん、庭に鳥が落ちてるで」

「放っておけ。今日の修業もキツいぞ、政樹」

「分かっとる。けどちょっと待ってや」

 そういって少年――鬼道政樹は草臥れた隼を恐れもせずに抱きかかえた。

 これがこの少年の人生の道筋を少し曲げる事になるのだが――
 そんな事は神ならぬ少年には分からぬ事であり、今はただ、その隼を助けてやろうという仏心だけが彼を動かしていた。


 翌日 A.M.1:30

「本日14時半頃、日須持教授の自宅から飛び出した隼――おそらくはマサムネです――が京都方面に飛びたち、数分経って同じ方向に鷹――ヨシユキと思われる鷹――が飛び立ちました。
 その後、京都付近で鷹のヨシユキと思われる死骸を回収、マサムネは力尽きて鬼道家の庭先に墜落した模様です。
 ヨシユキの遺体は冷凍保存してあります。
 ただし、独断で口の堅いのに解剖させました。結果、発声器と額のバイオコンピューター以外は普通の鷹の肉体と大差はないという事が分かりました。尤も遺伝子Lvまでは調べてません」

 つまり、知能や五感はともかく、肉体的には発声器以外の構造的差異はないのだから、行動範囲や速度、筋力などはその獣特有の平均値である、強襲対策の参考にしてくれ、という事だ。

「探りを入れた所、鬼道家の長男がマサムネを保護しているようですが、今のところ「特殊」な隼だとは気付いていない模様です。尤も、保護された時は夕刻、更にマサムネは気絶していて、今も目を覚ましていません。朝になってマサムネが目を覚ませばすぐさまバレるでしょう。

 それとは別件で今朝方、鴉のヨシカネが日須持教授宅から飛び立ちました。これは恐らくムラマサ君を捜索するためでしょう。都内を飛び回っていましたが、夕刻になって教授宅へ帰還、入れ替わりに梟――クニカネと思われる梟――が教授宅から出奔、恐らく二交代制でムラマサ君を捜索しているのでしょう。
 部長の家にムラマサ君が潜伏している事がバレたかどうかは現時点では定かではありませんが、バレたなら残りの蛇、犬、猫を使って強襲してくる事も考えられます。ご用心を。

 なお、これは隼のマサムネを保護した鬼道家に関するレポートです。家柄は良いものの、現状では殆ど力のない没落貴族の典型といった所でしょうか」

 尤も、今では家柄など実力が伴わねば誰も有り難がってはくれませんが、とシニカルに笑うクロサキ。
 深夜と言って良い時間ではあるが、横島夫妻の寝室は灯りがついていた。

 ネグリジェ姿の百合子と、ランニングシャツにトランクス一丁の大樹の二人が、そして一分の隙もない着こなしのスーツ姿、クロサキの報告を受けていた。
 本業の合間に、調査したり二匹の行方を確かめたりヨシユキの死体を確保したりとやる事が山積みだったため、流石のクロサキでもこの時間まで掛かってしまったのだ。

 大樹にしてもムラマサを自宅に置くという選択をした以上は、東都大学での火災事件以前のような遊び半分の仕事ではいられないので、この時間まで待っていたのだ。

「鬼道家ねぇ…オカルト方面に話を持っていかれるのは面倒だな…」

 レポートを捲る大樹の呟きは苦々しげである。
 日本サラリーマンたる大樹も伝説のOL紅百合も、オカルト方面には疎い所がある上、オカルト方面に話を持って行くとなるとどうしても六道家を筆頭とした、所謂「霊能の大家」と競合するなり共闘するなりという話になってしまう。

 小鳥遊からは六道家が絡むと死ぬ程面倒で死にたくなる程鬱陶しいから、出来る限り距離を置くよう言われている為、ここで話をオカルト方面に持っていかれるのは話がややこしくなるのだ。
 これが美神家のように「オカルト業界では有名」というなら、忠夫の為にもむしろ有る程度の付き合いはあった方が良い。しかし、六道家のように経済界にも手がある所と下手な接触をした場合、自分達の仕事のツケが忠夫に回る可能性もあるし、逆に自分達の行動を、忠夫を盾に制限されるかも知れない。夫妻が恐れているのはその点だった。

 小鳥遊というカードがこちらの切り札としてある以上、六道家から手を出してくる可能性だけはない事が救いではある。

「先生に話を通して、合法的に確保出来ないかしら?
 レポート見る限りじゃ、金銭的に随分苦労してるみたいだし」

 霊能力者としてGSで生きていこうとする限り、元とは言えGS協会幹事長の地位と六道家に単独で対抗できる経歴を持つ小鳥遊の権威は決して無視できるモノではない。
 普段がアレなだけにとてもそんな大人物に見えないのが玉に瑕だが。

「そうだな…マサムネに関してはそれで行くか。
 鴉と梟にうちにムラマサがいるとバレたならバレでどうにでもなるしな」

 来ると分かっていれば対処法など幾らでもあるのだ。
 まして、知能があるとは言え獣は獣。ムラマサを一日観察した限りでは、知能があると言っても知識が足らない部分も多く、知能Lvから言えば子供のようなモノだった。

 であれば指揮官の作戦立案能力と実行力がずば抜けて高くない限りは、襲われても裏をかかれる油断は夫妻にはない。
 忠夫とムラマサ、赤兎が一人と二匹で外にいる時に襲われる可能性はあるが、GSの修業だと思って割り切ってもらおう。
 小鳥遊から聞いている忠夫の実力なら、夜間修業中の梟の強襲、睡眠時の蛇の暗殺は兎も角、昼間に犬や猫に襲われたとて遅れを取る事はあるまい。

「とりあえず、今一番危険な蛇のヨシカネと梟のクニカネだったか。の監視は十分に頼む」

「はっ。日須持教授に関してはいかがしましょう?」

「放置。拾うバカがいるなら見てみたいし…いなきゃ勝手に自滅しそうな気がするからな」

「了解しました」

 それで話は終わったのか、ダブルベッドの上に散乱気味だった資料やレポートなどを手早く片付けると、

「深夜までお待たせし、申し訳ありませんでした。では、おやすみなさいませ」

 一礼して寝室を出て行った。

「さーて、百合子ー」

 さっきまでのシリアス顔も何処へやら、崩れた相好で百合子に飛びかかる大樹はまだまだ若かった。


後書き

何故…何故先の展開ばかり思いつくのかっ_| ̄|○
タマモの登場の仕方とかGS試験の決着の付け方とか相当先だから今思いつかんでも良いというのに…

などと無駄な苦悩を味わいつつ、書き上げました後編。
長くなるんで美神さんの出番は今回はカットの方向で。

ムラマサ立場低いなぁ…まあ横島が♀でもない獣に優しい筈がないんですが、赤兎も意外と容赦ないというか、美神さんに感化されているというか。
横島家のピラミッドは
百合子>越えられない壁>赤兎>大樹≧忠夫≧ムラマサと言った感じでしょうか。

最後にちょろっと出した鬼道少年。あれ程美味しいキャラなのに何故か六道関係でしか使われない可哀想な彼ですが、僕はかなり好きなキャラなので出してみました。

にしても…横島夫妻とクロサキ君を少し便利に使いすぎかなという感じもしますが…でも実際、自分の息子が霊能力なんて使い、将来GSとしてやっていく事が確定なら、これくらい心配してもおかしくないと思うんですが、いかがでしょうか?
美智恵さんの放任主義が未だ納得出来ないんですよね〜

これからのキャラ相関変動を楽しんでくれると嬉しいです。
そしてこっそりタイトル修正_| ̄|○

では以下個別感想レス。
皆様、本当にありがとうございます。

1:(´ω`)さん
この目覚まし時計が売ってたら結構な額でも売れそうな気がするんですけどねぇ…
声優VerとかAV女優Verとか…エロエロと( ´ー`)y-~~

2:こめさん
ありがとうございます。
これからもテンポよく読みやすいものを書くよう努力しますよー

3:食用人外さん
誤字・脱字は駄目ですね〜気になってしまって…尤も、書き上げたら一度流して読んで、一日置いてからもう一度最初から読んで投稿するようしてますから、誤字・脱字・日本語の乱れは随分少ない筈ですが…ありましたら指摘してくださるとありがたいです。

赤兎と師匠、気に入っていただけたみたいで嬉しいですねーこれからも頑張りますのでどうぞ楽しんでください。

4:yujuさん
式神になったらGS見習いという事で誤魔化せそうな?
まあ、赤兎は家族と美神さん以外の女性は余り好きではない様子なので、ツンツンしてそうですが(´ー`)┌
元ネタは椎名先生の短編集(有)椎名百貨店1巻のポケットナイトの主人公ですよー
初期の椎名作品なのですが、色々とGS美神との共通点なんかあって面白いですよ。
更新お待たせしました。

5:万々。さん
今まで一度もムラマサが出てたSSがなかったので、このネタを思いついた時はちょっと嬉しかったですね〜意表を突けるな、とw

ネクロマンサーネズミが実はムラマサ、というネタもあったんですが…式神作成師横島、でネクロマンサーネズミが式神になっちゃってるので二番煎じはなぁ…という事で却下です。
なので式神になっても死霊術は使いません。

(・∀・)ノ

6:趙孤某さん
覚えてる限りでは初レスですねー、ありがとうございます。
横島との掛け合いにご期待くださいってトコでしょうかw<性格的に
能力は暫く先ですが、色々考えてますんで楽しみにしててください。
狂気死亜門ほど奇抜なのは無理でしょうが…w

7:葉っぱの河流れさん
初めまして〜もしかして「僕が一番最初」に投稿した作品にレスくださった方でしょうか?
ログとる前にああいう事になってしまったので確認取れてないんですよ(´Д⊂申し訳ありません。

横島夫妻こそ最強のカードですからね。というか原作であれだけやられてしまうと…w

これからもマイペースで頑張らせていただきますので読んでくださると嬉しいです。

8:鹿苑寺さん

そういえば絶チルでもいましたねぇ…色々リンクしてるので椎名百貨店は一度読み返す事をお勧めですねw

一度は考えたネタなんですが、全部式神にしちゃうと陰陽師というより完璧に式神使いになっちゃうしこれで文珠足したらホント最強系の作品になってしまうので却下でした。

猫のノリムネに玩具にされているムラマサ君はどうでしょう( ´ー`)y-~~

9:内海一弘さん
僕もムラマサは好きなキャラなので頑張って書いていこうと思います。
クロサキ君にも人間らしさをちょっと出してみようかなと…w 意外性って胸キュン?

10:DOMさん
確かにGS自体殆どなんでもありな世界ですからね…w

師匠の倫理観としては横島を鍛えるというのが最優先項目なんでしょうが、きっと隠れてフォローも入れてる筈。
まー師匠がチクらなくても何処からか百合子さんの耳に入る事は間違いなさそうですが( ´ー`)y-~~
副題は赤兎の一日です。自分で書いてて可愛いと思う僕は親ばかでしょうか(黙

11:冬8さん
横島家の頂上はエベレストより高いですからね…ムラマサはきっと忠夫と一緒に底辺を争う事でしょう。
犯罪行為は師匠が許しても百合子が許さないので、結局は「師匠がチクらない」だけな気がする今日この頃です。

12:枯鉄さん
ネズミ対決ですね〜猫のノリムネを手に入れてればパイパーははっきり言って雑魚なんですが…
余り式神増やすのもアレですしね〜。

今回はいかがでしたでしょうか?

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