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「がんばれ、横島君!! 14ぺーじ目」

灯月 (2007-05-25 00:13/2007-06-21 01:33)
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「相手の内情を知るのは大事だとは思わないかね? 敵対するにせよしないにせよ、よく知りもしないで事を起こすのは愚かの極みだ。敵を知り己を知れば百戦危うからずと言う言葉もあるわけだし。君だってよく知る相手と見知らぬ他人では対応が変わるだろう。そうだろう? つまりはそういう事なのだよ。いや、私が何か企んでるとかそういう意味ではなくてだね。ここで我ら魔族が生活していこうとする限りやはりGSの動向には気を配っていた方がよいわけで。それなら信頼できる相手を業界内に送り込んで情報をリークいやいや……色々教えてもらえばそれなりに対応や処置もしやすいと。ついでに業界で上の方の地位に昇りつめてもらったら私達に手を出せないように圧力ではなくて、裏工さ…げふん。さりげなく手を回してもらえるだろう。それに私の部下の弟子がお偉いさんだったりしたら私も子供たちに自慢できるというもの!
――と、言うわけで私は別にいけない事は何も企んでいないのだよ!!
………あの、横島君。聞いているかね? 何だね、その視線は! ハートに痛いよ!! そしてその手にこもる霊気は何? え、ちょっと? 待ちたまえ、私の完璧な説明の一体ドコに不満が!? ア、やめ…ひぃ! ひひょろげえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいいぃぃぃぃぃっ!!!!」


がんばれ、横島君!! 〜横島君と色んなお仕事〜


「比較的簡単で初歩的な除霊の仕事だよ。監督役はメドーサに任せるから、頑張ってきたまえ」

無事GS資格を取得して数日。アシュタロスさんが紙の束をメドーサさんに手渡した。
にこやかに告げた、その姿がむやみやたらとぼろぼろで。
何故か俺に視線が集中した。
知りません。

「お兄ちゃん、気をつけてね? 絶対無茶しちゃダメよ」

「そうでちゅよ、危なくなったら雪ちゃんを盾にするんでちゅよ!」

「……おい待て、チビ」

「お兄ちゃんも陰念も気を付けて。…主に身近な人に」

「ふ。ありがとよ」

微妙に視線を逸らし呟くベスパちゃんに、陰念も遠い目をして答えた。
勘九朗はしなを作って「無事こなしたらご褒美いただけますぅ〜?」と、アシュタロスさんに擦り寄っている。
それをあわてて引き剥がしにいったベスパちゃん。成長したね。
ルシオラちゃんは俺の腕を持ったまま傍観し、パピリオちゃんは雪と不敵な笑みを交し合っていた。
メドーサさんは仕事内容の書かれた書類を眺めて、我関せず。
助けに行こうとしたドグラはハニワ兵に押さえつけられているし。
…ハニワ兵、アシュタロスさんに何か恨みでも?
いつもの日常。その中に悪霊退治が加わった日。


目の前にあるのは廃墟同然の元工場。
荒れ放題で、目に見えて錆が浮きリフォームするより取り壊すのが最善だと素人でもわかる。
その工場の中でぼんやりした人影が口汚く喚いていた。

「ここは俺の工場だ! 再開発など許さん、失せろ!!」

そのたびに残ったわずかな窓ガラスが割れ、耳に痛い不快な音がする。
よくあるパターン、自縛霊。
メドーサさん曰く、ごくごく初歩的で基本的な仕事らしい。
ほんとによくある話、どーにも経営不振で工場の持ち主が工場内で首吊り自殺。で、その後土地を買った企業が工場を壊そうとしたら、化けて出てきたと。
なんとも迷惑な奴だ。
どういう風に除霊するかは、俺たちで決めろとメドーサさん。
やる気無さそうに近くの壁にも垂れて立っている。
俺と陰念が悪霊の気を引き、雪と勘九朗がその隙に悪霊を除霊。
むしろ雪一人に任せた方が楽なんだが。
あいつは手段を選ばんから工場ごと破壊しかねん! いくら取り壊し予定でも人様のものだし。勝手にやっちゃ駄目だろう。

「ここはもうてめーの土地じゃねぇんだよ。大人しく成仏しろ!!」

「そうだぞー、無駄な抵抗は止めて除霊されなさーい!」

「うるさい! 失せろ〜!!」

キィィィン!!
うわ、うるさ! 耳を押さえてしゃがみこむ。

「失せるのはてめぇの方だ!!」

「死人は死人らしく静かにしてなさい」

背後から忍び寄った雪のパンチ一発。
簡単に悪霊は消え去った。
あんまりに呆気なさ過ぎて雪は不満顔だったが。
少し気合を込めただけで成仏しやがってとぶちぶち言っていたが、お前の少しと一般人の少しを一緒にするな。
そんなこんなで初仕事は無事終了。
その後も女子高に出る悪霊を退治したり、スライムを退治したり。
女子高という事で勘九朗が女装するというアクシデントもあったりもしたけれど。
うん、正直どこの破壊兵器かと思った! スカートから伸びる筋肉のしっかりついた生足は狂気の沙汰。
悪霊の正体が校長の若かりし日の煩悩の塊で、手っ取り早く片付けるために校長と融合させる事に。
初めは上手くいかなかったが、校長と煩悩が勘九朗のセーラー姿を直視してうっかり精神をシンクロさせたおかげで何とかなった。
その結果、なんかはじけた人になったが。本人が楽しそうだから問題ないだろう。
スライムの時は雪の奴がいきなり霊波砲を喰らわせて、小さなかけらとなってそこらじゅうに飛び散って。
丸一日かかってようやく全部駆除して。
雪にはしっかりきっちりお仕置きしときました。
とあるデパートでの仕事もあった。
照明が偶然魔方陣を描き、厄介なものを召還してしまったとの事。
メドーサさんが言うには、そういった偶然の産物は意外と多いらしい。
昔は不吉なものを呼ばないように、色々配置などに気を遣っていたのだが現在ではほとんどなく結果ヤバイものが出てきてしまうのだと。
とりあえず真っ暗な夜のデパートでの仕事はもうしたくない。
暗くて怖い。幽霊や化け物とはまた違った怖さがある!
動くマネキンに迫られた時は本気で怖かった。倒したけどさ。
で、次はでっかいビル。
一見しただけでは分からないがそーとー酷い奴がいるらしい。
だって、依頼者の使いだと名乗ったスーツ姿のおっちゃん。
怪我だらけなんですが。腕は骨折でもしているのか首から吊って。松葉杖でひょこひょこ歩いている。さらに額の白い包帯。
社長室を占領しているという件の悪霊の恐ろしさをとうとうと語った。

「先日来ていただいたゴーストスイーパーとその助手も殺されまして。それはもう酷い有様でした。
特に助手の方は原形をとどめておらずもう○○が×××でして、△△△が◆◆な状態で!」

ビビらせたいのか、退治して欲しいのかどっちだよ!?
テンション下がるわ!!
ええい、物凄く嬉しそうな雪の顔がむかつく。
エレベーターが目的の階に着くまで、メドーサさんが簡単な説明をしてくれた。

「こいつも典型的な霊だね。株に失敗して全財産をなくし半狂乱になって飛び降り自殺。
悪霊と化した後もまともな思考を持たないタイプ。社長室に対する執着のみで動いているから、侵入者は力尽くで排除しにかかるだろうねぇ。これまでのゴーストスイーパーたちみたいに」

せいぜい頑張れ、と言われても。
これ絶対見習いのこなす仕事じゃねーだろ。死人が出てるし。
チン、と軽い音と浮遊感。最上階、到着。

「さぁ〜て、気合入れていくかぁ!」

雪が、それはそれは楽しそうに指を鳴らした。
社長室は、実際酷い有様だった。
壁には無数のひびが走り、観葉植物は倒れて枯れて、窓も無事なものは一つも無い。
床もはがされ、パソコンの類は全て滅茶苦茶。壁に埋め込まれた配線がのぞいている箇所もある。
一番気になるのはいたるところにこびりついた、赤黒い染み……。

「随分派手にやったわねぇ」

感心した面持ちの勘九朗。辺りを興味深げに見やっている。
メドーサさんはエレベーターのすぐ横の壁にもたれかかる。
ここから先は俺たちに任せるという事だろう。
早速雪が姿の見えない悪霊に向かって出てこいと喚いて。
勘九朗と陰念も油断無く辺りを窺うが、何も異常は無い。
出てくる気は無いのか? 思った瞬間、

ドガドガァガラララ!

天井が崩れた!
エレベーター近く。岩と化した元天井が積み上がっている。

「メドーサさん!? 大丈夫ですか!!」

すぐ傍に居た彼女は無事なのか!? かけた声には簡単に応えがあった。

「これぐらいどうという事は無いさ。いちいち騒ぐんじゃないよ」

瓦礫の一つを軽々蹴り飛ばし、メドーサさんは変わらぬ姿勢で立っていた。
よ、良かった。さすが魔族!!
そうして俺たちの目の前で、不気味な燐光が渦を巻き収束し一つの形となった。
どくろのような顔。ぽっかり開いた眼窩の奥でゆらゆらよどんだ光が瞬いている。
そいつはけけけと気持ちの悪い笑い声を発していた。
侵入者である俺たちに向かい威嚇するように爪?を見せ付けていたが、首を傾げたかと思うと何故か壁に頭をぶつけ始める。

「人格が完全に崩壊してるわねー」

「話し合いとか絶対無理だな」

「厄介だな、おい」

とりあえず様子を見ている俺たちの前、雪がずずいと進み出た。

「は! どんな奴でも倒せばいいんだよ倒せば!!」

止める間もなく悪霊に向かってダッシュする。
思考など出来なくても敵意はわかるのか、悪霊も雪目掛けて飛び掛った。
中空でぶつかり合う両者。
霊気が火花のように散り、壁に叩きつけられたのは雪!
おいおい、力押しで雪に勝ったのか。
だとしたらこの悪霊、強いぞ。
なかなかやるわねと、目を細めて勘九朗。

「こんの、やろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

獣のような身のこなし。素早く起き上がった雪は先程よりも強く霊力を収束させ悪霊へと向かっていく。
ガチリ、ギュイン!
悪霊の爪と雪の拳が打ち合って。ばちばちばちばち、光が飛び散る。
けけけけけ!と気味悪く笑いながら悪霊がいきなりその姿を消し去った。
倒されたわけじゃないのは分かっている。
周囲を警戒しながら肩で息をする雪に駆け寄った。

「おい、大丈夫か、雪?」

「あいつ、強いぞ! 霊力そのものがかなり強い!!」

ふははははは!! 至極満ち足りた顔でこいつは…。
もーこいつだけ残して帰ろうかなー。
そんな事を考えた俺の隣、いつの間にやってきたのか陰念が同意するように深く深く頷いた。
……それほど俺の顔に出ていたのか。それともこいつも同じ事を考えていたのか。
どちらにせよ雪が強いと言うくらいなのだから、相当なんだろうな。
手の中にニードルを生み出す。ソーサーは威力が高い分屋内ではうかつに使えない。
陰念も腕に霊気を集中して、いつでも戦えるようにしている。

『けけけけけけけけけけけけけけけけけけー!!』

笑い声か奇声か。相変わらず判別つかない声とともに、奴は唐突に現れた。
勘九朗の真後ろ!

「あら、残念♪」

キュゴウッ!! ゴッゴッゴッ!

『けけ……け―――――!?』

手の中に溜めていた霊力の放出。その後の連打。
それだけであっさりと悪霊が消えてしまった。
こいつ。出来るんならさっさとやれよ!

「て、てめぇ! 勘九朗、よくも俺の獲物をー!!」

「あらぁ、雪之丞がもたもたしてるからじゃない。悔しかったらあの程度相手、一撃で倒してみる事ねー。ほほほ」

せっかくの強敵を勘九朗に仕留められ食って掛かる雪を放って、俺たちはその場を後にした。
何とか無事だったエレベーターに乗り込んですぐ、どこぞの戦闘狂の切ない声が聞こえたとか聞こえなかったとか。

次の仕事は海。まだ季節は早いけど、海です。

「男! 男は居ないのぉぉぉぉぉ!?」

「やかましい、少し静かにしな!!」

「すみませんすみません! こいつの事はいいですから話を続けて下さい!」

「は、はぁ…それでは。実はここ最近……」

騒ぎ立てた勘九朗がメド−サさんの一撃で沈黙し、依頼人たるホテルのオーナーに平謝りする俺。
すぐ近くの海岸は暑い季節になれば人で埋め尽くされるのだろうけど。現在はがら〜んとして水遊びや散歩中のごく僅かな人影しか見当たらない。
オーナー曰く、この付近には山もあるので海の季節ではなくとも、山登りのついでにこのホテルに泊まって行く人もいるのだという。
そんなホテルで最近宿泊客を騒がしているものがいるという。
夜中、どこだどこだと呟きながらホテルの部屋を、ドアノブをがちゃがちゃと回し徘徊するモノ。
目撃者の話では、潮の匂いのする醜悪な怪物だったとか。
実際、そいつの通った後は海水が滴っているという。
そのせいでおかしなうわさが流れ、早めにどうにかして欲しいと。
ちなみに、メドーサさんはもう正体が分かったらしい。
が、やはり手を貸す気もヒントを出す気もないようで。
ホテルの部屋でのんびりするから、解決するまで邪魔するなと言われた。
俺たちには仕事でもメドーサさんには休暇か。

「どうする、手分けして捜すか?」

「潮の匂いってことは海関係だろ。妖怪か幽霊か、どっちか調べねぇとな」

「海かぁ。捜す範囲が広くなるな。夜まで待つか?」

俺と陰念が話し合っている横で、勘九朗は男が居ないと嘆き雪はそんな勘九朗の姿に怯えて距離をとる。
とりあえず、この浜辺をざっと見回る事にした。
あまり危険な感じは受けないので、全員ばらばらで。
雪は即勘九朗とは反対側に駆けていった。前回襲われかけたのが相当こたえているらしい。
勘九朗の傍には決して近付かない。まるで手負いの獣のように。
好き好んで近付く馬鹿も居ないだろうし。
家族連れの平和な光景を横目で眺め、家にいるルシオラちゃんたちの事を思い出す。
仕事の時は怪我しないようにといつも心配してくれるのだが、今回は少し違った。
行き先が海だったからだろう。一緒に行きたいと言ってきた。
遊びに行くわけではないし、危ないから駄目と!と言っても納得してくれなくて。
パピリオちゃんが拗ねて、そして珍しくルシオラちゃんも拗ねた!
見送りの言葉がお兄ちゃんのバカぁ!だったもんなぁ。
後ろでそれはもう楽しそうな顔をしていたアシュタロスさんは、直後ルシオラちゃんの八つ当たり的一撃を喰らっていたが。

(それはよ、兄弟。嫉妬だぜジェラシーだぜ! 女心だぜ!!)

うお、魔眼! いきなり話しかけんな。
いつの間にか左手の甲に目が開いている。
てか、嫉妬って何にだ?

(蛍のお嬢も立派に女って事さ。帰ったらちゃんとお嬢の気の済むまで付き合ってやりな。あ、土産も忘れんなよ?)

はぁ。なんかよくわからんが、わかった。
土産ねぇ。ホテルの売店に何かあったかな、ルシオラちゃんたちの喜びそうなもの。

(…たち、ねぇ。複数形かい兄弟。ま、いいけどな)

何か引っかかる言い方だな。
今は仕事を片付けるのが先だろ。行くぞ!
適当に歩き回る俺の感覚にわずかだ、霊気の痕跡らしきものが引っかかる。
感覚が鋭敏になっているのかわからないが、これは魔眼のおかげらしい。
感謝しろよーと頭の中で声がする。
痕跡としては薄いと言うか、弱い。
あまり強くは感じ取れないが、人間のものとは異質。
それ以外の存在。それを残したモノは。
まだ何かないかと霊気を辿っていると、背後から軽やかな女性の声がかかった。

「あの…お一人ですか?」

清楚なワンピース姿のきれいな髪の可愛らしく笑う人。

「一人で散歩なさっていたでしょう? 私も一人なんです。話し相手になってくれませんか」

控えめな笑顔もかわいらしいなぁ。申し分ないほど美人ではあるがのこの人…。

(おい、兄弟。わかってるとは思うがこのネーチャン、人間じゃねーぞ)

ああ、やっぱり。
魔族が身近にいるせいか、人かそれ以外かの見分けが結構簡単につくようになった。
悪い気配はしないけど、ここに出る奴と無関係とも言い切れない。

「はい、喜んで」

にこりと笑って承諾した。
ナニコと名乗る彼女は俺たちが依頼を受けたホテルに泊まっているらしい。
直球勝負してみました。

「最近、そのホテルを夜な夜な徘徊する奴がいるらしいんですけど。何か知りませんか、ナミコさん?」

ぴしり。そんな擬音が聞こえそうなほど硬直した。

「あ、俺ゴーストスーパー見習いでそいつをどうにかして欲しいって頼まれたんで、ここに来たんですよー」

付け足せば、傍目にも分かるほど彼女の顔色は悪くなっていく。
にこにこ〜と警戒させないように笑いながら、返答を待てば魔眼が呆れた声を出す。

(兄弟、笑顔も時に脅迫だぜ。知ってるか?)

知るか! そもそも脅迫なんてしてないっつーの。
数分後、彼女はポツリと呟いた。心当たりがある、と。
ホテルの一室。
部屋の中央、部屋の主でるナミコさんと勘九朗がソファに腰掛け激しく盛り上がっている。
内容は、亭主の愚痴。
手がかりを見つけたと言って皆を集めたのが一時間前。そしてナミコさんの部屋に来たのがそれより少し後。
事情を聞いてる最中相槌を打ちまくっていた勘九朗のテンションが上がり、ナミコさんも興奮してきて。
二人、おしゃべりの嵐を巻き起こしている。
事情そのものは単純だった。
ナミコさんはこの辺の海に住む人魚で、毎晩このホテルを歩き回るっているのはおそらく彼女を探しに来た夫。
その夫がどうにも浮気な奴で、怒ったナミコさんは別れると言って出てきたらしい。
そして自分も浮気してやるとばかりに、このホテルに泊まって適当な男に声をかけていたと。

「ただの夫婦喧嘩かよ……」

「ち、つまらねぇ」

陰念と雪が、不満そうに呟いた。
夫婦喧嘩かぁ。懐かしいな。
親父とお袋がいた頃は三日に一度はあったもんな。毎回親父が死に掛けて謝ってお袋のご機嫌を取って何とか収めてたっけ。
夫婦なんてもんはどこも同じか。
うっかり遠い目をしてしまう。

「そーなのよ! もうホント最悪!! こっちは毎日の家事で疲れてるってのに、平気な顔して帰ってくるのよ。信じられる!?」

「男なんてそんなものよ。女の気持ちなんてまるでわかってないんだから」

分かりきった事だが。お前は男だ、勘九朗。
話の合間にナミコさんはルームサービスのサザエのつぼ焼きを食べているのだが。殻ごとばりばりと。
凄いな、人魚! 歯も顎も丈夫なんだな!!
ところで、この人ホテルの宿泊費とかどうしてるんだろう。
疑問に思ったそれを、聞いてみた。

「ああ、それは簡単な事です。海の底には人間の船が結構沈んでいて、そこからお金になりそうなものを持ってきたんですよ。
ついでに倒したフカのヒレなんかも売りましたしねー」

売りましたしねー、って。フカって鮫だよな。
倒せるんだ、人魚。強いな!
おとぎ話のイメージを信じてる人が聞いたら泣くぞ。

(人間の思い出ってのは忘却と美化で出来てるんだぜ、兄弟)

フォローありがとう、魔眼。
その後、彼女を囮にホテルを徘徊していた旦那の半漁人捕獲。
茂みから子供が飛び出してきた時は驚いた。子持ちかい!?
個人的な問題なので、亭主とはしっかり話し合ってもらうことにした。
かなり切実な家族会議が明け方近くまで続き、なんとか元の鞘に納まったようだ。
夫婦仲良く、子供とともに海に帰っていった。

また仕事です。海です。
ぶっちゃけ、ホテルの依頼の後こっちに来ました。近かったから。
現在小型のクルーザーで海に出てます。
運転しているのはメドーサさん。

「凄いですね、メドーサさん。船舶免許なんて持ってたんですね」

「持ってるわけ無いだろ、そんなもの」

…………………え?

「何やってるの、横島? 早くこれ着なさーい」

かけられた言葉に振り拭けば、すでにしっかり救命胴衣を着込んだ三人の姿。
差し出されたその一着を、いそいそと着込んだのは言うまでも無い。
幽霊船が出るらしいのだ、この海域。
しかもただの幽霊船ではない。潜水艦だと言う。
そいつに今までたくさんの船が沈められたとか何とか。
話を聞いた雪は早速血が騒ぐーと騒ぎ出しているが。
霊波をキャッチ出来る霊対レーダーを使ってる時点で初歩的な除霊じゃないだろう、絶対。
雪は指を慣らし、勘九朗と陰念は双眼鏡を覗き込み。俺はレーダーの反応を見る。
そうこうしているうちに、レーダーが大きく反応し始めた。

「あ、メドーサさん! 反応が…あっちです!!」

「飛ばすから、しっかり捕まっときな」

ヴドドドドドドド―――――ッ!!

言った途端、船が凄いスピードで進み始めた。突然の事にバランスを崩した陰念が船から落ちかけるが、そんなことはお構いましだ。
スピード狂ですか、メドーサさん?
そしていくらも行かぬうち、見えたのはごく普通の船と人魂が浮遊する古臭いデザインの潜水艦。
ターゲットはもちろん潜水艦の方だが。あっちの小さい船は?

「幽霊潜水艦の艦長と……素手で遣り合ってますわね」

双眼鏡で様子を窺っていた勘九朗が、ぽつりと呆れ声を上げた。

「え〜と、それ…人間か?」

問えば、多分と小さな声。
スピードを緩め、こそりと近付いて。
艦長らしき薄暗い影を背負ったおっさんと、やたら傷だらけのじーさん。
潜水艦の影、聞いてみました。二人の言葉。

『爆雷い落として俺の艦を沈めやがって!!』

「おめーが先に撃ったからわしはしかたなく応戦して!」

『先に撃ったのは貴様だろうが、こんのうそつき野郎が!!』

「なにをー!? お前が先に撃ったくせに!!」

子供の喧嘩か、これは?
俺たちは顔を見合わせ――取り押さえました。
何故かじーさんの船にあった呪縛ロープで二人揃ってぐるぐる巻き。
いや、じーさんの船、霊的装備が結構凄い。

「突然出てきて、なんじゃお前ら!?」

『そうだ、部外者が邪魔するなー!!』

ぎゃんぎゃん喚いて元気のいい年寄りと幽霊だ。
潜水艦は動かない。いや動けない。
このじーさんが銀のモリを撃ち込んだせいで、動く事が出来なくなっているのだ。
なぁ、俺たちが来る必要なかったんじゃないのか?

「さて、じーさんたち。一体どうなってんのか事情を聞かせてもらおうか?」

「ふん、誰が話すか若造!」

『これは俺たちの問題だ! 貴様ら、さっさと……』

「素直に言わないと――勘九朗に迫らせるぞ?」

「『ごめんなさい』」

背後でじゅるりと生理的嫌悪を催す音を立てていた勘九朗は、見事に揃ったそのセリフに心外だと言わんばかりに顔を歪めた。
迫らせるのは冗談のつもりだったんだけど。
どこまで射程が広いんだ、こいつ。
ともあれ、とても素直に話してくれたので助かった。
幽霊艦長は貝枝。じーさんは鱶町。海軍兵学校の同期だったと。
じーさんが演習中に本物の魚雷を撃ち込まれて乗っていた駆逐艦を沈められたと言えば、自分の方こそ爆雷落とされて殺されたと叫ぶ。
貝枝が海の亡霊どもを手下にすれば、鱶町のじーさんは呪符を仕込んだ爆雷装備。
頭に血が上って二人一緒に縛り付けられているにもかかわらず、やたら激しい口喧嘩。
言葉の端々から五十年間、毎年ずーっとこれを繰り返しているのが分かった。
低レベルに言い争ってる幽霊とじーさんは無視して。
主を待ち波に揺らめいている潜水艦を指差し、言った。

「雪。GO!」

「任せろぉ!!」

嬉々として、飛び込んでいきました。
直後、潜水艦の中から悲痛な叫びや爆音が聞こえ俺の艦が〜!!と貝枝が泣き叫んだが。
まぁ、自業自得と言う事で。
十分後。
手下の亡霊たちも強制的に成仏させて。雪もすっきりとしたいい笑顔を浮かべて。
俺たちが見守る中幽霊潜水艦はもの哀しい嘆きとも軋みともつかぬ音を上げ、海へと還り、消えた。
さめざめと泣いている貝枝と、勝ち誇った笑みを浮かべているじーさんをどうしようか?
結局勘九朗がいったん港に戻ろうと案を出し、それに従う事にした。
港に着いたら、着いたで……凄かったが。
なにせ五十年間ず〜っといさかいを続けていたのだこの二人は。周囲の人間を省みず。
そう。港に着き、二人の姿を確認した途端。
巻き込まれたとか船を沈められたとか盾にされたとか、漁の最中に襲われたとか。
じりじり距離を詰めてきた人たちがいたわけで。
つまり、恨みを買っていたわけだ。それもかなり。
考えるまでもなく、不吉な顔つきをした方々の前に貝枝と鱶町のじーさんを差し出しました。

「こ、こらこの薄情者〜!!」

『人非人〜っ!』

「息子の仇ー!」

「よくもわしの船を沈めてくれたのぉ!?」

「大体貴様らは尋常小学校のときから迷惑な……!!」

「演習中に実弾使う奴があるか〜!!」

青褪めるじーさんと貝枝と、ここぞとばかりにおどりかかる人々。
いくら呪縛ロープで縛ってあるからって、幽霊を素手で殴れるとは。
よっぽど腹に据えかねてたんだろうな。
じーさんの方も年寄りだからと言って手加減なし。

「日頃の行いって、大事よねぇ」

しみじみ呟く勘九朗。お前が言うな!
そんなこんなで、なんだかとっても形容しがたい顔をして貝枝は成仏しました。
あのままボコられ続けるよりは、さっさと成仏した方が得策だと判断したかどうかは知らないが。
鱶町のじーさんもライバルが居なくなって神妙な顔をするかと思いきや、

「はーっはっはっはっ! これしきの事で成仏しよってこの根性無しがー! やはりわしの方が上だったようだな!!」

このじーさんは……。
周囲から突き刺さる視線なんぞ何のその! ふんぞり返って高笑い。
全く反省してないな。
貝枝が消えたおかげで納まっていた空気が、ぴきぴきとまた悪くなっていく。
再び内なるどす黒い何かを溢れさせた罪無き一般市民の皆様が、じーさんを取り囲むのを横目で眺めて一言。

「帰るか」

「そうだな」

「腹が減ったぜ」

「潮風はお肌に悪いのよねー」

「船、返さないとねぇ」

依頼通りに幽霊潜水艦は成仏させたし。後のことは知らん。


家に戻って、久しぶりにゆっくりルシオラちゃんたちと遊びました。
このところ仕事続きだったから、アシュタロスさんも骨休めすればいいと言ってくれたのでしばらくはお休み。
お土産の海の生き物ヌイグルミは割りと受けた。
イルカや亀みたくポピュラーで可愛いものは一切無く、イソギンチャクやヒトデやウミウシ、深海魚とか。
そんなものばかりだったので、正直かなり迷ったが。
喜んでくれればそれで良し。
ルシオラちゃんにせがまれて一緒に買い物や散歩にも行きました。
まだ一人では外に出せないが、俺と一緒なら大丈夫だろう。
ルシオラちゃんだって、家の周辺の地理を覚えておいた方がいいだろうし。
最近構ってあげられなかったから、これだけでも凄く喜んでくれて。
機嫌も直って、本当に良かった。
GSの仕事がなくても学校や修行でそれなりに忙しいが、命の危険の無い日々と言うものはとても大切だと痛感した。
まったりと過ごした数日後。
甘えてくるルシオラちゃんを膝の上に乗せ、ぼんやりTVを眺めていたらアシュタロスさんがいつもの如く無駄に輝く笑顔で言ってきた。

「はっはっはっ。どうだね横島君。仕事には慣れてきたかい?」

「ええ、まぁ。何とか。俺一人じゃないですし」

仲間がいるというのは嬉しい。心強いかどうかはともかくとして。

「そうかいそうかい。それは良かった! 私も仕事を紹介した甲斐があると言うもの。
それでまた一件丁度良い仕事が入ったのだよ。今回のは少し手強いが君たちなら大丈夫だ。期待しているよ!」

その爽やかな声に、反射的に頷いて。
ちょっと後悔しました。
いや、アシュタロスさんが原因で後悔させられるのはいつもの事か。
ナルニアにいる親父、お袋。忠夫はいま、映画のスクリーンの中にいます。
映画のタイトルは幕末の狼。新撰組のお話ですよ。
でも俺は出演者でも何でもありません。ただのゴーストスイーパー見習いです。
スクリーンの中にいる俺から観客席が見えると言う時点で充分おかしい。
何でスクリーンの中にいるのかというと、これも立派にゴーストスイーパーの仕事だからです。
アシュタロスさんがもってきた新しい仕事。
それはモンタージュと言う、絵や写真にこめられた魂を食い荒らす妖怪を退治すると言うもの。
シルクハットをかぶり、ステッキを持った某喜劇王を思わせるユーモラスな外見だが厄介な妖怪だという。
モンタージュは映画のフィルムにすら害を為す。
映画は大勢の出演者やスタッフの情念の結晶。当然そこにも魂は宿る。
モンタージュに食い荒らされれば絵も写真も映画も、二度と元には戻らない。
この幕末の狼と言う映画は現在進行形で被害にあっているのだ。
アシュタロスさんはフィルムそのものに封印を施し、モンタージュを閉じ込めた。
とある映画館でそれを上映し、映画の登場人物土方歳三の力を借りて俺たちは映画の中へ入り込んだのである。
そもそも依頼人がこの土方歳三本人だと聞かされ、本気で驚いた。
アシュタロスさんとどうやって知り合ったんだ?
……それはいいか。どうせアシュタロスさんだし。
で、その依頼人が今どうしているのかと言うと。
勘九朗に迫られてました。

「ふふふふふ。素敵、この渋い顔付きがたまらないわぁ♪ 近くの茶屋で一杯どうかしら?」

「こここ断るっ!! ぎゃー!? どこに手を突っ込んで…止めんか〜!!」

ホントすみません。
こいつがここにいる時点でこの映画は十八禁指定でいいと思う。
ちなみにスクリーンの向こう側。現実世界の観客席にはポップコーンとコーラを手にした三姉妹。
その隣に笑顔のアシュタロスさんと退屈そうなメドーサさんも。
俺たちが仕事をしている姿を見たい!と言ったルシオラちゃんたちに二つ返事で承諾したのだ。アシュタロスさんが。
ま、ルシオラちゃんたちに危険は無いみたいだからいいけど。
来て早々、近藤勇が文字通り頭から食われた。
モンタージュという奴はそうやって映画の出演者全てを食い尽くして、作品そのものを駄目にするようだ。
いきり立った雪がモンタージュに殴りかかる直前、場面が変わってしまった。
現実ではなく映画ゆえこうなってしまうとの事。
それは仕方が無いか。ここは映画の中なんだから。
しかし――

「あのー、ものすっごい病んだ目付きで木陰からこちらを窺っているあの人は何ですか?」

うわぁ、真剣持って今にも斬りかかって来そうだ。なんかぶつぶつ言ってるし。

「何ですか歳さん、その見慣れぬ輩は? 倒幕派だな!? 不穏分子だなっ!?
斬る斬る斬る斬る斬る斬る〜〜!!」

「止めろ総司! この人たちは……っ」

土方さんの制止を無視し、嬉々として刃を振り上げた男はけれど、

「やんのか、ああん!?」

「う゛っ!?」

雪に凄まれぴたりと止まる。

「ああ、持病の労咳がー!!」

げふげふごはぁ!
わざとらしいほどに咳き込み、血を吐いた。
なんかそれでも人斬りたいとか呟いてますが。
土方さんは落ち着かせる為に俺たちに新撰組の羽織を着せて、仲間だと言う事に。
これが沖田総司かい。ファンに喧嘩売ってんのか?
監督が今までにない斬新な解釈を狙ったとかで、こうなったと。

「斬新過ぎて、逆に失敗したんじゃねーのか?」

「何事も狙いすぎると、逆にスベるってよくある話だよなー」

俺と陰念はそう言ってやはり土方さんに迫っている勘九朗と、野犬みたいにお互いを警戒しあっている雪と沖田の姿を生暖かく見守った。
さて、モンタージュを一体どうやって倒すかだが……。

(モンタージュを倒すなら尺の長いシーンが必要だぜ。奴は映画の流れに沿って現れるからな)

そうなのか? それじゃ、何で今は出てこないんだよ。

(どこでもいいってワケじゃねぇよ、兄弟。短いシーンだとすぐ場面が変わるし食える人数も限られる。
だから尺の長いシーンで一気に襲うのさ。脇役でも何でも食うから、人の多いシーンだとさらに出現率が上がるぜ)

なるほど。あいつの餌は作品の魂。映画の場合は役者たちこそがその源と言う事か。

「土方さん、モンタージュを倒すためには尺の長いシーンが必要みたいっす。戦いやすいシーンはありませんか?」

「う、うむ! それなら次の…だから離せこの!……場面が丁度よいって!? 止めろと言うに!! ぜぇはぁ…池田屋でござる……く、この!」

勘九朗にくっつかれながらありがとうございます、土方さん。
さすが武士!! 陰念も感心してます。
そしてシーンが変わる。
瞬間、魔眼の声が聞こえた。

(あー、一応言っとくけどよ。映画の世界に入ってるんだからそこの主演男優と条件は一緒だぜ? 喰われりゃ死ぬから気を付けな、兄弟)

そーゆー事はもっと早く言えぇぇぇ!!
俺の叫びは空しく。何も答えは返らない。
唐突に、世界は夜になった。
時代劇でよく見る町並み。どこかで犬が吠え、拍子木を打つ音が聞こえる。
池田屋の前。
いるのは俺たち三人と、土方さんと沖田。その五人。
その他の新撰組メンバーは皆食われたとか。それでいいのか、主人公!?
他のメンバーがいないと聞いて、なぜか勘九朗がとても残念がっていたけど。理由を考えたら負けだ。

「さぁ〜て、行くぜぇ!!」

にやり。雪が笑って池田屋の戸を開けた!

「いらっしゃいま……ひ、新撰組!?」

迎えた女中が姿を認め、悲鳴を上げる。

「斬る斬る斬る斬るー!!」

「おらぁ、敵はどこだぁ〜!」

ハッスルした沖田がむやみやたらと刀を振り回し、間髪入れずに雪が破壊活動に出た。

「「止めんか!!」」

俺と土方さんの制止の声など届きもしない。
そして騒ぎを聞きつけて、階上から柄の悪い男達が飛び出してくる。
あれが敵役の浪士たちか。
が、よく見ると彼らの後ろの方で――食われていってます。
モンタージュ! 早速出やがったな!!

「行くぞ!」

「おおう!!」

俺と陰念が駆け出すが、一番の見せ場のため敵役が張り切ってなかなか前に進めない。
土方さんも取り囲まれてるし、雪は依頼をすっぱり忘れているのか乱闘に興じている。
勘九朗にいたっては浪士の中でも自分好みの男を狙って襲っている。
ああ、行きがけの駄賃とばかりに池田屋の従業員らしい青年――おそらくエキストラ――も襲われた。
……あれは放っておこう。
俺たちで何とかしないと!!

「陰念、薙ぎ払え!」

「任せろよ。――おおぉらぁ!!」

物質化した霊気が腕にまとわりつく。
仄白く光る陰念の装魔拳が、問答無用で振るわれた!
一振りするごとに生み出される霊気の衝撃は浪士たちをたやすく、言葉通りに薙ぎ払ってゆく!

「うわぁ!?」

「ぐぅ、負けるなぁ! 見せ場じゃー!!」

「盛り上げろー!!」

プロとして、その根性はなかなかのもんだが。
今は邪魔でしかない!
陰念のおかげで開いた道をモンタージュ目指しひた走る。
呑気に人を食いやがって!
喰らえ、ニードル!

キキキキィン!!

鋭い音。投げつけたニードルはステッキの鋭い一閃によって叩き落される。意外とやる。が、甘い!

「こっちもあるんだよ! いっけぇ!!」

作り出していたのはニードルだけではない、ソーサーもこの手の中に!

ドォウ!!

派手な爆音。直撃し、ぐらりと傾ぐモンタージュ。
これでも、まだ倒せないか。
だが、後もう一押し!

「伏せろ、横島ぁ!!」

背後の声。反射的に身を沈めた俺の頭上。
何かが凄いスピードで掠めていった。

ずがぁん!

「ギヒ、ヒィィィィィィィ!!」

何かが裂ける衝撃音。モンタージュの絶叫。
見れば、奴がぶすぶすと煙となって消えていくところだった。

「おー、無事か横島」

追いついた陰念。その両腕に宿っていた霊気は今は片方だけ。

「ああ、さっきのお前が?」

「おお、なんか……飛ばせるもんだな」

「そうか。助かったぜ」

笑って差し出した手を、陰念は握り返し。
それから、くるり眼下を見下ろし。

「どうするよ、これ」

ため息混じりに呟いた。
ああ、そうだなぁ。
力なく笑うしか出来ない。
雪は真剣相手に素手で立ち向かい楽しそうに人をぶっ飛ばし、勘九朗は少しでも気に入った相手は手当たり次第に捕まえて。
元々この映画の出演者である沖田は、微妙に焦点の合わない目付きで人を斬りまくっている。
何このやりたい放題。
真面目に戦った俺たちが馬鹿みたいだ。
そんな胸に吹く切ない風に負けそうな俺たちの肩、後ろから叩く人が一人。

「土方さん!? ……大丈夫ですか?」

あちこち着物が裂け血が滲み疲労の色が見え隠れする依頼人は、俺の言葉に流石主役と惚れ惚れする笑顔で返した。

「いや、かすり傷だ。お主たちのおかげで助かった。よくこの映画をあの妖怪から救ってくれた!」

「ははは、そんな……」

「ま、仕事だしな」

「うむ。さぁお主たちを元の世界に戻そう。すぐ戻そう!」

言うなり、目が開けていられないほどの光が視界いっぱいに広がった。
そして気がつけば薄暗い映画館内。
背後のスクリーンは、今だ騒がしい池田屋の様子を垂れ流している。
ぽかんとしているとぱたぱたと子供たちが駆けつけてきた。

「お兄ちゃん、すっごく格好よかったよ!」

「ほんとでちゅ、ヒーローみたいでちたよぉ!!」

「すごいね、お兄ちゃん! 陰念も強かったんだね。見直したよ」

すごいすごいと口々にはしゃぐルシオラちゃんたちを見て、ちゃんと戻ってこられたのだと実感する。
褒められた陰念もまぁなと笑っていた。

「はっはっはっはっはっ。流石だね、横島君。流石この私の見込んだ人材だ!」

ぱちぱちと拍手とともにアシュタロスさん。
土方さんにもにこやかに声をかける。
きゃいきゃい騒ぐ子供たちと、イスに腰を降ろし大きく息を吐く陰念。
あれ、何か足りないような?
ふと、違和感が頭をよぎる。
それに答えるように、いつの間にか傍に来ていたメドーサさんが一言。

「いいのかい、あれ?」

スクリーンを指差した。
………あ、忘れてた。
映画の中はあの三人のパラダイス。
無論、止めるものなど誰もいない。

「土方さん?」

わざとですか?
苦笑交じりに見やれば、自然な動作で視線を逸らす。
まぁ、付き合い切れないというその気持ちはよくわかりますが。
子供たちもアクション映画が顔負けのその様子を見て喜んでるし、別にいいだろう。

「あんたたちもよくやったよ。無事でよかったねぇ」

珍しく。本当に珍しくメドーサさんがねぎらいの言葉をかけてくれた。

「そ、そうですか? いやぁ、確かにちょっと厄介でしたけどでも…」

「一歩、間違えたら二度とこっちに戻れなくなるところだったのに。本当に、よくやったね」

「はい?」

戻れなくなるって、何が!?

「ちょっと、おばさん! それどーゆー事!?」

食いついてきたのはルシオラちゃん。俺の腕にしがみつき、メドーサさんにきつい視線を向けている。
メドーサさんはルシオラちゃんを見下ろし、にやり。

「そのままの意味さ。横島たちがモンタージュにやられても土方がモンタージュにやられても、どちらであろうが戻る事は出来なくなってたね」

「な、何よそれぇ!? 聞いてないわよ、そんな事!」

わなわな体を震わせて、きっと俺を見上げるけれど。
俺もそれは初耳です。そう首を横に振れば、今度はアシュタロスさんに視線を巡らせた。

「パパ、どういう事!? 知ってたの、お兄ちゃんが戻ってこれなくなるって!」

「いやしかし、あくまで可能性の問題であって……。それに横島君たちなら大丈夫だと信頼したからこそ」

「心配と信頼は違うでしょ! どうしてそんな大事な事を先に言わないの!? 信じられない、パパのバカぁ!!」

「そうでちゅよ、何考えてるんでちゅか!! 何かあったらどうするつもりでちゅか!」

「……流石に一生に関わる問題をだまっておくのは悪いと思うよ、パパ。ちゃんと教えないとサギとおんなじよ?」

ルシオラちゃんは涙目で、パピリオちゃんは真っ赤な顔で。ベスパちゃんは静かに冷たく。
怒られて、アシュタロスさんの全身から見る見る血の気が引いていく。

「わ、私が悪かった! だから嫌わないでくれ、娘たちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

あーあ、とうとう床に突っ伏して泣き始めたよ。
陰念も土方さんもそれを呆れきった目で見ている。
メドーサさんが妙に楽しそうなのは、こうなる事を予測した上での発言だったんだろう。
つくづくストレスが溜まってるんだな。
スクリーンの中、場面が変わってようやく俺たちの不在に気付いた雪と沖田がぎゃんぎゃん吠えるが。
土方さんはドコ吹く風。
意地の悪い笑みを浮かべて、陰念と談笑する事に決めたらしい。
スタッフロールまでには戻してやると呟いていたので、問題ないと思う。
アシュタロスさんは子供たちのご機嫌取りに必死で、メドーサさんはその様をにやにやと観察している。
ゴーストスイーパーになったはいいが、結局俺の厄介ごとが増えただけじゃないのか?
予感でもなく確信で。
俺は深々と息を吐いたのだった。

後日。銀行口座を見に行ったらとんでもない額になっていて、危うく腰が抜けそうになりました。


続く


後書きと言う名の言い訳

自分が書かない限り誰も続きを書かないんだよなとか自動筆記ってないかなとか愚考する五月のある日。
己の脳内妄想をもっとスマートに文章化したいのが最近の野望。今回は無駄にぐだぐだと長かったので…くそぅ。
陰念の技名は木藤様の案を採用させていただきました。ありがとうございます!!
魔眼は気まぐれなので出たり出なかったり。そして勘九朗のエンジンが全開になってきて止められません…。
この横島君は金銭的にも精神的にも充実した生活送っているので餓えてません。なので仕事の報酬は特に気にしてませんでした。基本的に報酬は四人で山分けの形です。
次回はおそらく人工幽霊一号が登場。そろそろ霊力補給させないと消滅するかと。
それでは、ここまで読んで下さった皆様ありがとうございます!!

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