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「言尽くしてよ 永く想わば 第四話 後編(GS)」

金平糖 (2007-05-11 19:50)
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言尽くしてよ 永く想わば 第四話 後編


「全く人が悪いっすよ」

 苦笑。
 「依頼書に嘘はない」という美智恵の言葉をあっさりと信じた間抜けさ加減と、現場と依頼書の相違点に気付かなかった注意力不足に腹が立つのだ。
 まあ美人相手をそう深く恨める筈もない以上、怒りの矛先は自分にしか向けられない訳だが、バカみたいに騒いだとしてもその場限りのさっぱりとした所が横島にはある。

「まあまあ。ちゃんと気付いただけえらいわよ」

 悪びれもしないで笑う美智恵。
 実際、気付いただけで大したモノだ。
 この場合、居間にいた浮遊霊に近い自縛霊――いや他縛霊を吸引なり破魔札なりで片付けてお終いとしてしまいがちなのだ、少なくとも観察力がないGSや霊に対する配慮のない二流、三流のGSならば。

 小鳥遊から同じように依頼書に嘘を交えるという訓練を受けていたという事を差し引いて考えても、14歳という年齢を加味すれば十分賞賛に価する。
 そして霊を説得したという一事。
 確かに大した知性は感じられないモノの、問答無用に祓うのではなく、説得し成仏を促すその態度こそ絶賛されるべきもの。

 神通棍や破魔札など強力な武装で一気に制圧する、まさに物量による力押しな除霊が流行な昨今。
 背景にバブル景気があるのは間違いないとしても、この稼業はそういう優しさを持ってると辛い事が多いというのも一因ではある。

 流石は小鳥遊薫の最後の弟子、と言える。
 勿論、説得で自主的な成仏を促すのは力押しで滅ぼすよりも遙かに実力を要する。
 それをこの年齢から仕込んでいる辺り、小鳥遊の目線の高さが窺われた。

「何故、横島君がさっきの霊――藤田さんだったかしら? を強制的に祓わず、説得し成仏させようとしたか、分かる?」

 何やら考え込んでいる令子に、問いかける。

「…無駄も良いトコだわ」

「そう、かもね」

 省みて「母親の力ずくでの除霊しか見ていない」令子からしてみればそんなモノだろう。
 この辺りの意識改善も重要課題だ。
 尤も、母親が受ける依頼はBクラス以上の危険度=基本的に話し合いの余地がない依頼ばかり、という観点は令子の頭にはないらしい。
 美智恵の脳内で今後の予定表がかなりの速度で書き換えられていく。
 と、足が止まり横島の声がかかる。

「ここっすね」

 行き止まりだ。階段に続くように正面に窓が、右手にドアがある。
 近づくまで分からない程ではあったが、邪気と言って良い霊気がドアから微かに漏れていた。
 よほど強力な結界がドアの向こう側に展開されている、というならば別だが、つい先日まで普通の家族が暮らしていた家だ、まずそれはあるまい。

 廊下に結界札を貼る傍ら、窓を開け外を確認する横島。
 柊の木が大きくせり出していて、その向こうに塀がこの家を囲っていた。
 少し視線を上げると、道祖神――地蔵菩薩がぽつねんとバス停の横に立っていた。

「霊視出来るかしら?」

 視線を家の中、問題の部屋のドアに戻すと、美智恵が声をかけてくる。。

「いや、ドアあけないと無理っす。
 まだまだ未熟なんで、物理的障害を透過して霊視するってーのは無理っす。
 というかそれが出来たら銭湯行きます。こんなトコいません」

「セクハラは辞めろって言ってるでしょうがっ!」

 ごすっ
 光速で打ち出された拳が横島を貫く!

「かはっっ! み…み、美神さん、これから本番だってーのに…」

「ふんっ! 自業自得でしょうがっ」

 赤兎はと言えば、美智恵に抱きかかえられていた。
 令子と同時に宙を舞ったのだが、途中で首根っこを美智恵に捕まえられたらしい。
 優しさなのかも知れないがどうせなら破壊力抜群な自分の娘さんを止めて欲しかったと思う。
 美智恵の腕の中で暴れる赤兎はちょっとらぶりー。

「…まあ大した相手でもなさそうっすね」

「そうね。ドアの向こう側、支配しているその部屋しか影響がないみたいだし。
 引き篭もりの悪霊って言うのもゾッとしないけど」

 これだけ騒いでて何の反応もないというのも張り合いがないというか。
 外に影響を及ぼせない程弱い悪霊なのか、強力に自縛している為にその部屋から出ないのか。
 馬鹿騒ぎがメインだったのかソレを探るのがメインだったのかは兎も角、部屋に入らない限りの安全は確保されてしまった。

 そしてこの空気だ。
 美智恵が一喝したからであろう、落ち込み気味だった令子の気持ちも上向きに変えてしまった。
 まあ、あの程度でセクハラだったら社会に出たらさぞ大変だろう、と思わなくもない。
 が、14歳の処女少女なら当然の反応か。
 落ち込んでいるよりは大分マシだろう、多分。

 暴れている赤兎を横島の方に放る。
 受け取ると同時に顎に前蹴りが決まったようだが、頭を後ろへ持って行かれながらも赤兎を抱き寄せ、頭を撫でてやっている。
 気を良くしたのか、すりすりと横島の胸元に頬を擦り寄せていた。

「ほらっ! ちゃっちゃっと片付けなさい!」

「あらほらさっさー」

 横島の臀部を蹴り飛ばし発破を掛ける美神に、臀部をさすりながら赤兎を美神に手渡す横島。

「………」

「…どうかして?」

「いや、格好良い決め科白がいまいち思いつかなくて」

 こつん

「馬鹿言ってないで頑張りなさい」

 先に手を出そうとした令子を制して、美智恵の拳骨が軽く横島の頭を叩いた。
 機先を制された令子がふくれっ面を赤兎と一緒に見せているのが微笑ましく、頬を染めて視線を逸らした横島の横顔も可愛らしいかった、美智恵にとっては。
 背中を視線の集中砲火に晒されながら、火行符を五寸釘でドアに貼り付けて灯りを確保し両手を空ける。

「太白招来!」

 右手に持った金行符が霊気を帯びた銀板に変わる。

「へぇ…金行符を銀に変えた…投擲と盾かしら?」

「金気と水気は扱い辛くて、実は金行符使ってもコレが限度ですけどね。
 けど浮遊霊程度ならコレ投げつけるだけで切り裂かれて消滅します」

 ちなみに水行符を使っても水鉄砲の代わりか、或いは符自体を濡れ煎餅の如く水浸しにする程度しか出来なかったりする。
 …まあ喉が渇いてる時には役に立つかも知れないが、除霊には使えないだろう。
 聖水として打ち出せば正しく嫌がらせ程度にはなるかも知れないが。

「じゃ――行きますか!」

 ドアノブを回すと同時に蹴り飛ばし勢いよく開ける!
 がこぅっ!

「ゴーストスイーパーだ! 神妙にしろい!」

「何処の岡っ引きよあんたは…」

 金行符をドアに噛ませて固定すると、部屋の奥、ベッドの上に幽霊が浮かんでいた。
 横島が声を掛けようとした瞬間!

「ぐぉぉぉぉぉ!!」

 襲いかかる悪霊!
 金行符を投げつけ――

「ちょっ――とまていっ!!」

 ――避けようとして背中に美神親子がいる事を思い出し、サイキックソーサーで突進してくる霊を払い除ける!
 銀と化した金行符は狙いもつけずに放った為に掠りもせずに部屋の壁に突き刺さっていた。
 がっと音を立てて転がるように部屋の隅に吹っ飛ぶ悪霊。

 更に追い打ちを掛ける為、ソーサーを消して五寸釘を二本、西部劇の名手も斯くやという速さで投擲!

 かかっ!

「ベネ!」

 イタリア語で「良し」の意味だ。
 嫌々ながらも師匠に某千年不敗の武術の奥義を練習させられまくった甲斐があると言うものだ。ちなみに名を「雹」という。投擲術の一種だ。
 横島の感慨深さは計り知れない。

 漫画の真似なり名科白を言うなりならまだしも――それはそれでウケが取れるというものだ――、特訓を真似されると洒落じゃ済まないのだ。
 某竜玉の特訓など、主人公が人外だから出来るのであって、普通の人間に耐えられる特訓ではない。横島が普通かどうかは兎も角。

 亀の甲羅を本気で用意した時は流石に全力で抵抗した。
 その結果、小鳥遊の道場が半壊したというおまけが付いたが、どうにか納得してもらったのだ。
 その当時の事を思い出すと泣けてくる。生臭かったし。

 余談だがその後、どういう経緯かは兎も角、某企業に重力制御装置の開発援助資金とやらが小鳥遊の口座から落ちたのは、小鳥遊の秘密その17である。
 完成したらさぞ面白い事になるだろうと思われる、主に横島忠夫が。

「まあどうせ――」

 かこん、音を立てて釘が壁から抜けた――

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「――歳星招来! 我が敵を絡み取れ!」

 がしゃん!
 黒く染まった窓の外から、柊の木の枝が大挙して押し寄せる!
 一足飛びにベッドに飛び込み背後からの枝を躱すと、そのまま枝は横島に襲いかかってきた幽霊達に向かい、二重三重に巻き付き、絡めて捕縛した。

「…凄いわ。完璧に樹木を操作しきってる…」

 足掻いてはいるが悪霊がその拘束を逃れる術はない。
 そう断言出来るだけの力がそこには在った。

「俺の五寸釘でお前を――というか根性の入った悪霊を縫い止めきれるとは思ってねーっての。
 こんな事もあろうかと!
 そこの窓の外に枝が届いてた柊の木に木行符を貼り付けておいたのだよ、ふっふっふっ」

 漢の浪漫全開の科白を美(少)女の前で言えた事に感動すら覚えながら調子に乗りまくる横島。

 毎夜毎夜夢で見る高島は五寸釘の一撃でかなり強い――と横島には思える――妖怪などを滅ぼしていたのだが、今の横島では縫い止める事すら今のように失敗する事がある。

 先は長い。

「木行符は得意中の得意な上に偶然にも柊の木だったからな。
 まず貴様にはほどけんぞ!」

 柊の木は珍しく洋の東西を問わず、「魔除け」或いは「聖なる木」として崇められている木だ。
 柊を五行符で操り悪霊を捉えている以上、力ずくでこれをほどくには相応の神秘か、相当の霊力が必要だろう。
 一度捉えられてしまえば、物理力を持たない悪霊は横島の技術力云々ではなく柊の木という神秘に横島の霊力を合わせた力を上回らねばならないのだから。

「…これ、横島君が操った訳…?」

 目の前で見てもなお信じられなかったのだろう、令子が茫然自失の態で横島と、不自然に枝が伸び部屋を横断している柊を交互に視線を移す。
 令子に抱えられた赤兎は両手を振り回すようにして喜んでいた。

 美智恵が霊視ゴーグルを通して悪霊を視ている中、

「話が通じる相手でもなさそうだし!
 そのまま滅せよ!
 汝、朱なり夏なり螢惑(けいわく)なり!
 木気より生じて我が敵、我が業、我が穢(けが)れを焼き尽くせ!
 火生木! 急々如律令!!」

 しゅごぉう!!

 木気が火気を生じて燃え上がる!
 それは煌々と、さして広くもない部屋をカッと照らし、悪霊を絡め捕ったまま煉獄の炎も斯くやと言う勢いで燃え、30秒もしないうちに花火のように消え果てた。

「…除霊終了っすかね」

 部屋の一切に火が燃え移らなかったのを確認するように周りを眺めて、呟く。
 柊の木は部屋に伸びていた分だけが完全に焼失したようで、足下に灰が散らばっていて、ドアに打ち付けた火行符と窓から差し込む月明かりが部屋を照らしていた。

「この部屋にいた悪霊は、ね」

「どういう意味? 悪霊はここにいた奴だけじゃないの?」

 ちぱちぱと手を叩いている赤兎を抱いたまま、しげしげと焼け跡や外の木を観察していた令子が、窓の外に出していた顔を美智恵に向けて尋ねた。

「今の悪霊は、なんだったのかしらね? 横島君?」

「子供の自縛霊、じゃないっすよね…依頼書にある母親――さっきの女性霊に殺された子供だったらもっと外見年齢低いっぽいですし」

「じゃあ、一階の女性霊――藤田さんが成仏してなかった理由は?」

「お子さんの霊が心配で……あれ? ここ、子供部屋っすよね?」

 この部屋にいた悪霊=子供の霊なら話はスッと通るのだが、どう思い返しても先ほどの悪霊は子供とは言い難い。
 死後、邪念のみで形成された、所謂「恨みの塊」のような悪霊は、人というよりは人っぽい化け物と言った外観になるのが通常で、その意味で先ほどの悪霊は正しく悪霊だった。

「実を言うと、私が下調べに来た時は子供の霊がここに自縛してたのね」

 苦笑しつつ、神通棍に霊気を通わせ始める。
 キッと表情を引き締めて、未だにクエスチョンマークを浮かべている二人と一匹に声を掛けた。

「食霊って分かるかしら?」

「そーゆーことっすか! ……の割には弱かったっすねぇ」

「説明しなさいっ!」

「分かったからいちいち手をださんといてくださいっ!」

 食霊とは主に悪霊が他の幽霊を吸収し、一段上の力を手に入れる行動を言う。
 誰も彼もが行うという訳ではないのだが、恨み辛みで凝り固まった悪霊は力を求める方向に傾きやすく、結果として弱い悪霊や無害な浮遊霊が強い悪霊に取り込まれるケースが多く、手に負えない悪霊がますます手に負えなくなるといった事が間々ある。
 悪霊同士の食い合いというのも存在しないでもないが、食霊のケースで言えばやはり無害な霊が有害な霊に喰われるケースが殆どだろう。

「まあ大して強い訳でも知能があった訳でもなかったみたいだしね…むしろ、この後が怖いわよ」

 娘に対する横島の説明が殆ど正鵠を射ている事に頷きながらも、

「さっきの悪霊に食霊されたのは『誰』だったのかしらね?」

「子供の幽霊じゃないの?」

「じゃあさっきの女性霊は『何故』成仏してなかったのかしら?」

「そりゃあ子供の幽霊が気がかりだったんじゃないスか?」

「では、子供の霊はどうなったのかしらね?」

「そりゃあ…さっきの悪霊に喰われて………アレ?」

 飛びついて来た赤兎をあやしながら青ざめた横島。

「多分、『まだ』吸収しきれてなかったんでしょうね。
 だから、さっきの女性霊は『まだ』子供の霊がここに自縛していると勘違いしていたし、今の悪霊は『まだ』ここから離れられなかった、という所かしらね。もう調べようはないけど」

 美智恵の推理を聞きながら横島の様子に首を傾げる令子を余所に、赤兎を頭に乗せ両手を空けて印を結び、一階において来た式紙とリンクを開始する。

「どわっ!?」

「どうしたのっ?!」

 一階に置いて来た式紙と意識を繋げた瞬間、高圧を放つ恨みの念で襲われ、壊されたのだ。

「いや一階に置いてきた奴が壊されただけっす。
 ……マジやばいっすね」

 勿論、式神ケント紙で作った式紙を壊された位でリバウンドが来る筈もない。
 単純に意識が繋げた瞬間、撃破された事ので驚いただけの事だ。

「自分で気付いたのは良いけど、私に言われる前に――もっと言えば、今の悪霊を倒した後、すぐ確認する位じゃないと監視の式神を置いた意味がないわよ? 横島君」

 事実その通りだろう。意識をリンクさせた瞬間、壊されたという事は一階の女性霊が自意識を殆ど無くした事を示しているようなものだ。
 或いは自意識を持ってはいるがそれは凶暴な意志の具現という意味でのソレだろうから、どちらにせよ大差はない。

 言われる前に気付いていればもう少し様子を探れただろうと思われる為、後悔と不甲斐なさとで頭を掻きむしると、赤兎が頭を撫でてくれた。

「抜けてるわねぇ」

 母親が側にいれば怖いモノなど何もない令子が、思いっきり横島の肺腑を抉る声音で呟く。
 勿論、悔しさやら驚きやら、横島に対する諸々の感情の裏返しではあるのだが。

「まあ、これは私も予想外の出来事だったから、ここからは私がやるわ。
 多分、横島君じゃまだ相手にならない位には厄介になってるだろうし」


  ☆ ☆ ☆


「おお、そういえば先生!
 今日、忠夫の奴がご一緒させてもらってるというGSはどのような方なのですかな!?」

 ふと、思い出したように大樹が尋ねる。
 ビール瓶と一升瓶が合わせて二桁に突入しているので、十中八九本気でふと思いついたから尋ねたのだろうが。

「ふむ。
 美神美智恵嬢じゃ。
 年の頃はいくつじゃったかのぅ。百合子嬢より少し若い位じゃったかな?
 おお、そうじゃ。写真があったわ」

 グラスをテーブルに置いて懐を探ると、B5程の大きさ、厚さ3僂曚匹離▲襯丱爐鮗茲蟒个掘⊃枚ページを手繰る。
 タイトルには「女性GS名鑑 著・小鳥遊薫」とある。

「おお、これじゃ、この女性じゃ。
 S級のランクを取得している日本唯一の現役女性GSで、かつICPO超常犯罪課――通称オカルトGメンに所属し、現在設立準備中のオカG日本支部支部長候補でもある」

 開いたアルバムを大樹の方へ差し出しながら、手酌で酒を注ぐ小鳥遊。
 現役を引退したS級女性GSには現在の六道家当主・六道冥菜がいる。

「GSとしての腕前は超が付く程一流じゃな。
 心構えも腕前も事務処理能力も群を抜いており、師匠たる唐巣の小僧は疾うに越えておるとわしは睨んどる。
 また美智恵嬢の弟子は数人おるが、そのうちの一人、西条はイギリス支部に所属し、若干23歳で実働部隊の隊長に抜擢された人格、腕前共に太鼓判付きの逸材よ。
 他の弟子もGS協会やオカGの各国支部でそれなりの評価を得とる。
 師匠としてもなかなかの腕と評判というわけじゃな」

 蛇足だが西条以外の弟子が平行世界で一切合切姿を見せなかったのは、宇宙意志の現れとしか思えないのだがいかがであろう。


「ほー……絢爛たる経歴ですなぁ。
 それにしても――」

 パラ…
 アルバムを手繰りながら、真っ赤に染まった大樹の頬が緩む。

「女性のGSはスタイルが良いのが多いですなぁ」

 よだれを垂らさんとばかりに、アルバムに食い入る。
 かなり際どい角度で撮られたモノや、明らかに盗撮な写真まで掲載されていた。

「そーじゃろそーじゃろ。
 なにせ日常的に霊と闘うわけじゃからして、運動不足にはまずならん職業じゃ。
 太って動きが鈍って死にましたじゃ話にならんからな。
 結果、女性に限らずGSは体格が良いのが多いんじゃ」

「そうみたいですなぁ。おお、このねーちゃん、凄い格好だ」

 先祖代々霊能力者という家も決して少なくないGSという職業には、独特の霊衣を来て仕事にかかる輩も多い。
 その中には際どい服装もあるわけで。

「都内唯一の霊能科がある六道女学院の校内対抗戦なんぞ凄いもんじゃぞ。
 ぴっちぴっちじゃ。
 まあ若すぎてどうもわしの好みじゃないんだがのぅ。
 忠夫の奴に話したら特別審査員に呼ばれた時は連れて行けと泣いてせがまれたわ」

 はっはっはと酒臭く笑う小鳥遊。

「へぇ…」

「――勿論、羊の群れに狼を連れていくような真似はせんがな、分別ある師匠としては」

 酔いも一気に冷めるような声。
 ケツの穴につららを突っ込まれるような気分を実地で味わされる事になるとは恐るべし。

「いやはや、美神さんのような一流のGSの除霊を見学出来るとは、忠夫の奴も幸せ者ですなぁ、先生」

 『今日、息子を実地で鍛えてくれる一流のGSの事を訊いていた』という線で押すつもりなのだろう、冷や汗垂らし顔面蒼白でアルバムを畳み小鳥遊の方へ押しやる大樹。

「女性GSのスタイルがどうかしたかしら? あ・な・た?」

「ど、どうかしたかなぁ? な、んのことだい? 百合子さん」

「む、催してきたわ。年を取ると近くて困るのぅ」

「あ!? 先生、狡っ!」

 光の速さで歩いて――しっかりと女性GS名鑑は懐にしまってから――居間を抜け出す小鳥遊の背中に負け犬の遠吠えを投げかける。
 と同時にしっかりと大樹の両肩がロックされた、百合子の手によって。
 真後ろからのし掛かる精神的圧力と両肩を握り潰さんばかりの物理的圧力によって、大樹の生命は――

「忠夫が頑張ってる時にお酒飲んでるだけならまだしも――」

 小鳥遊が太鼓判を押す程のGSが側にいるというから、百合子としては今日の除霊に小鳥遊がついていかない事を了承したのだ。
 小鳥遊をして「彼女が側にいて忠夫に何かあるような悪霊が相手なら、最低でも協会に所属するGSのトップ5は揃えないとどうにもならん」と言わしめる程の人物らしい。
 ならば可愛い子には旅をさせろ、ではないが、小鳥遊の手から離して見るのもまた教育。
 念のために有能な部下に監視させているのは百合子だけの秘密である。

 と、いう思いを母親がしてるというのに、父親は殆ど気にも掛けないどころか女性GS写真集に夢中とは――

 勿論、大樹は大樹なりに、あくまで大樹なりにではあるが息子の事は心配しているのだ。
 が、霊能関係は自分達が心配したところで何が出来る訳ではない。
 故に小鳥遊に師事を求めたのだ。
 その小鳥遊が酒飲んで酔っぱらう程余裕を見せているのだ。
 下手に不安げな顔を見せたら小鳥遊に対しても失礼だろう。

 まあ、百合子が本当に怒っているのはそんな事ではないので、容赦なく後光がスパークし始める。

「――今日こそはゆっくりと話をつけましょうか? あなた」

 勿論、次は小鳥遊本人の番である。

 小鳥遊は美智恵の実力を熟知しており、まかり間違ってもランクDの除霊で傷つくどころか苦労の一つもする筈がないと確信している為、遠慮なく酒盛りしていた訳だが。

 百合子にしてみれば、ソレを理解してても許したかどうか?
 大体女性GS名鑑とはなんだ。
 まさか忠夫に見せてはいないだろうか?
 大樹に折檻を加えながら、そんな事を考える百合子だった。

 兎も角――合掌。


  ☆ ☆ ☆


「こりゃ凄ぇっ! なんつー霊圧だ…」

 子供の霊が消滅した事を察知したのだろう、横島が張った結界越しか結界を破ったのかは兎も角、階段を下りきった途端に強力な霊圧が一行を襲う。
 赤兎は耳を伏せて令子の胸に身体ごと顔を埋めていたし、横島も令子も青ざめた顔をしていた。

「気をしっかりと張ってるのよ。
 気持ちで負けたら、それで勝負は着いたようなモノなんだから」

 神通棍から発せられる霊気の出力に驚きの余り声も出せない横島。
 師匠である小鳥遊が見せてくれたソレとは正にレベルが違っていた。

「じゃ、横島君。ドアを開けて。開けたらすぐにどきなさい、一応、いつでも襲われても良いつもりでね。
 令子は私たちからすこし距離を取って。間違っても射線上に入らないようにね。
 赤兎ちゃんは令子の事お願いね」

 横島が頷き、半身をずらしドアに手をかける。
 令子が赤兎を伴って美智恵の斜め後方、階段の影に隠れ顔だけ覗かせていた、赤兎と共に。
 それらに一瞥すると、横島に頷く。
 そしてドアが開け放たれた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 哀切の響き、とでも表現したら良いのだろうか。
 ドアから見えた美智恵の姿を確認するなり、悲鳴を上げていた。
 瞳と思しき――もう既に人っぽい外見であって人のソレとは言い難くなっていた――辺りから涙を流していた。

「ごめんなさいね」

 正眼に構えて、一言謝罪を口にする。

 元々、親子の霊に対して、横島がどのように対応するかを見たかったのと、令子にこういう除霊もあるのだと教えたかったのだ。
 子供の霊が食霊されるという不測の事態がなければ、恐らくは美智恵の予定通りに事は終息していた筈なのだが。
 予定と食い違いが生じたのは別に美智恵のせいではなかろうが、それでも余計な苦痛を母親の霊に遭わせてしまう事になってしまったのは申し訳なく思う。

 それはそれとして、予定とは違ったが一流と呼ばれるGSの一撃がどれほどのモノか、娘のボーイフレンドに見せておくのも悪くはない。

 目の前の女性霊はもはや理性はなく、ただ恨み――まあ相当に八つ当たり的だが。なにしろ子供を殺したのは自分なのだから――の念で凝り固まって見境はなくなっているらしい。

 ただ、恨みを晴らすためにのみ美智恵に襲いかかる!

「はっ!」

 電光一閃!

 ずじゅぅっ!

 部屋に踏み込むのとほぼ同時だった。
 焼けた鉄板に水をかけたような音と共に、神通棍の一撃が悪霊を切り裂き無に帰していく。

「アレを一撃!? レベルが違いすぎ!」

 開いた口が塞がらない横島。
 小鳥遊の伝手で他のGSの除霊を見学させてもらった事は何度かある――勿論、小鳥遊が同伴の上でだ――が、ここまで神通棍に霊気を通わせられるGSを見たこともなければ、これほど強力な一撃も見たことはなかった。

 後には何も残らず、ただ火行符の灯りと神通棍が放つ霊光が薄暗く居間を照らしていた。

「…今の程度だったら、ランクCってトコね。この手の悪霊は時間が経つにつれてどんどん強くなっていくから、早々に埒を開けないとランクがBや、場合によってはAまで上がる事もそう珍しくはないわ。
 勿論、ランクが上がっていく課程で大概、何人もGSが犠牲になっていくわけだから、自分の実力と悪霊のランクの算定は冷徹に計算して、勝てないなら勝つ公算が立つまで闘わない事ね」

 神通棍を終いながらも油断なく六感を開放して辺りを探る美智恵。
 その言葉を聞き、大きく頷く横島。
 まさにレベルの違いを見せつけられた。
 きっと横島はこの一撃を忘れないだろう、スーツ越しに揺れた標準以上のサイズの胸やズボンの臀部に浮き上がったパンツの筋と共にS級GSの腕の程を思い出すのだ。

「…何か不埒な事考えなかった?」

 チャキ…
 音を立てて首筋に触れた冷たい硬質が、背中から横島を固めた。

「イヤイヤ美智恵サンノ雄姿ヲ思イ返シテタダケデスヨ?」

「ふぅぅん?」

 反対側の肩に陣取った赤兎も唸りを上げて横島の耳を甘咬みしていた。
 余談だが兎とじゃれていて指の第一関節から先を噛み千切られた人間も世の中にはいるのだ。

「さ、後片付けしないと」

 汗を一筋垂らしながら話を逸らそうと、居間に足を踏み入れる。
 赤兎を首筋から剥がし頭の上に乗せると、六感を開放していた美智恵が大きく息を吐いた。
 索敵は終わったらしく、緊張感が目に見えて抜けていた。

「うーん。
 今回は悪い事しちゃったなぁ…子供の霊さえ助けられてれば大人しく成仏出来たのに…」

 五星の結界を構築していた結界札を剥がしながらぼやく。
 そういう意味なら調査段階でとっとと子供の霊を成仏させてしまえば、女性霊も大人しく成仏していたかも知れないが、結果論だろう。
 更に言えば他のGSが請け負っていたら問答無用で二階の悪霊を滅した後に狂った女性霊に殺されていたかも知れないし、そもそも子供の自縛霊を祓う為だけに来たつもりの三流どころなら二階の悪霊に殺されていたかも知れない。
 油断すればどのような事態であれ起こりうる可能性はあるのだ。

 調査段階や、或いは依頼書が作成された段階からGSが現場で除霊に入る間にすら状況や悪霊のランクが上下する事もある。
 また今日のような「安く状況が切羽詰まっていない依頼」の場合は、経費――主に札などの道具代――が発生しただけで赤字確定である事が多い為、依頼発生から受注までの期間が空いてしまう事も多々あり、その間にこのようなアクシデントで済し崩し的にランクが上がってしまう事もある。
 依頼を受けていざ現場に到着してみたら、仕事の内容が反転している事だってあるのだから、事前の入念な準備と同時に、何が起きても即応出来る臨機応変の心構えが大事なのだ。

 そんな事を述べてから、総論的に一言を加える。

「今回の横島君の除霊は細かい減点は有っても十分及第点よ?
 14歳でここまで出来るなんてね…さすがは小鳥遊先生と言ったところかしら」

「でもママはやっぱり一流よね! 横島君じゃああは行かないでしょ」

 久しぶりに見た母親の除霊を見て昂奮したのか、少し頬が上気していた。
 手振りも大仰に喜ぶ令子。

「凄かったっすよね〜、俺どころかお師さんでもああはいかないっすよ」

 褒められて悪い気はしないが、いきなり目指すべき山の高さを強烈に実感させられたショックはなかなかでかい。
 何とも微妙な表情で頬を掻いていると、頭の上の赤兎がおでこの辺りを前足で擦って来た。
 どうも撫でてくれているらしい。
 その様子を微笑ましく見ていた美智恵が、横島の認識を訂正する一言を呟く。

「小鳥遊先生の凄さは除霊の腕じゃないわよ、横島君」

「うっす。あのジジイ、凄いんすよ。
 この間OLナンパしたって名前と電話番号とスリーサイズをメモした紙見せつけられたんすよ! いつ撮ったのかポラロイド写真もセットで!!!
 くぅぅぅ、こっちにゃ彼女もいないというのにっ!
 あんなジジイがモテるなんて世の中間違っとる!!」

 おろろーんと最後は泣きすら入りながら叫ぶ横島。

「…別に私が言いたかった先生の凄さっていうのはそういうんじゃないんだけどね…」

 こめかみを抑える美智恵。
 70の年寄り――確かに肉体的にも精神的にも70とはとても思えない――がOLをナンパとは…と驚いて良いやら。
 色んな意味で常軌を逸したお人だ。

「へぇぇぇ…?」

 そこへ冷気すら湛えた令子の声と赤兎のうなり声。
 それがどのような感情に起因した声なのか、まず本人が分かっていなさそうなところが美智恵としては残念なところである。

「さあ!
 とっとと後片付けして一応簡易結界張ってこんな陰気くさいトコおさらばしましょう!
 その後は一緒に食事でもどうですか美神さ――痛い痛い赤兎痛い! 痛いのは好きじゃないって言ってるでしょ痛いってば!!?」

 赤兎の噛みつき攻撃! 効果はバツグンだ!

「赤兎! 次は引っ掻きよ!」

「のぉぉぉ! 背中がりがり言ってる! 言ってるから!」

「すっかり馴染んでるわね……昔から必要以上に人を近づけない子だったのに…」

 ぽつり、と呟く。
 例外は自身の最後の、そして最も優秀な弟子である西条だけだが、それでも懐いてるというよりは憧れていると言った方が正しかったし、何より彼の前での令子の猫かぶりは凄まじかった。
 本音で付き合える友人が出来て、母親としては一安心と言ったところか。
 と、小さくため息を吐いて、じゃれ合ってる二人と一匹を放って、横島の言う後片付けをし始める美智恵だった。


  ☆ ☆ ☆


「ただいまー、夕飯ご馳走になって来たから飯はいらんわ」

 轟沈中の大樹は忠夫が帰宅する同時に百合子の指示で寝室へ。
 こういう時鍛えてる息子がいると便利でよね、と言わんばかりの笑顔が眩しかった。
 殆ど赤兎と令子によるものではあるが全身傷だらけ――もう治りかけてはいるが。食事中に傷病平癒符を服の下のあちこちに貼り付けていた為に――で帰ってきた息子をこき使う母親。
 実に正しい日本の家族のあり方である。

「で、お師さん大丈夫っすか?」

 大樹を寝室に片付けて戻ってみれば随分と飲んだらしく、ビールの瓶や焼酎の瓶がテーブルの上に随分並んでいた。
 勿論、下手な散らかし方をすると百合子に怒られるから二人とも行儀良く飲んでいたせいだ。
 その百合子は台所で洗い物をしていた。それでもまだ洗い待ちの積み上げられた皿が、テーブルに幾ばくか残っていたが。
 残り物のサラダのプチトマトを摘み、ドレッシングがかかってないレタスを千切り手にとってソファーに腰掛ける忠夫。

「まだまだ酔ってなぞおらんわ」

 確かに言葉はしっかりしているし、見た目も頬に多少の赤みが差した程度だ。
 背中と服の下は人には言えない傷や痣がかなり出来ているが、何もかも言えない。

「んじゃ報告っす」

 ぽんっとプチトマトを口に放り込んでから、

「かくかくしかじかうまうまのまのまいぇー。
 で、美神さんちで夕飯ご馳走になって、美神さんちから最寄りの駅まで送ってもらって、帰宅って感じっすね」

 美智恵の手料理も旨かったがなんと言っても令子の手料理まで食べられるとは思ってなかったので、今日は良い日な横島だった。
 そう、今日は死ぬには良い日だと言う位に幸せな一日の最後だった。

 帰り際に美智恵から小鳥遊の修業や日々の過ごし方、両親の性格など細々とプライバシーを尋ねられたが、別に隠す程もないので正直に答えていた。
 今後も令子との付き合いがあるだろう忠夫の素行調査の一環だったとは本人は気付かなかっただろうが、その話を聞いていた小鳥遊と聞こえていた百合子の二人は気付いていた。

 だからといってどうするでもないが。
 令子の素行は多少悪いとは言え、目くじら立てて付き合いを辞めさせる程の事でもないし、これから先GSとしてやっていくなら目上で実力のあるGSとの縁故はバカにならないのだから。
 まして、美神美智恵がオカルトGメン日本支部設立の為に駆けずり回っているのは業界では有名な話だ。
 今は民間GSの天下である日本だがこれから先はどうなるか分からない。
 その意味でも美神家と親しくするのは正解と言っていい。
 勿論、未だ子供な忠夫にそんな話をする必要もない。

「ふむ。
 面白い経験だったようじゃのぅ」

 故にこの一言を呟いたのみの小鳥遊だった。
 まだまだ酔っていないの言葉通りにちびちびと日本酒を手酌で飲んでいる。
 肝機能も腎機能も心肺機能も健康そのものだ。

「っすねぇ。
 美智恵さん凄かったすよー。
 あそこまで強くなれるもんなんすねぇ」

 ソファーに腰掛けた膝の上で丸くなっている赤兎の口元にキャベツを持って行きながら、横島がため息を吐く。
 人は――或いは令子はあそこまで強くなれるかも知れないが、自分はあそこまで到達出来そうにない。
 そう思えてしまう程、あの一撃は強く華麗だった。
 スタイルも華麗だった。
 きっちりとしたスーツ越しですら分かるえろてぃずむ。
 にへらと横島の顔が緩む。

「…にやけた顔してるとどやされるぞ…」

 ぼそっと呟く小鳥遊の声にびくっと身体を震わせる。

「ま、それは兎も角じゃ。
 現在のGSの主流は美智恵嬢のスタイルじゃ。
 相手の特性を見抜き、それに合わせて道具を使いこなす。
 情報を制し常に先手を取るように動き、状況に対して臨機応変に動く。
 まあ、忠夫とは除霊方法、というより得意とする武器が違いすぎるでな、あくまで参考程度にしかならんとは言え、勉強にはなったじゃろ」

「ッス。勉強になったっす。
 あそこまで俺も強くなれるんすかねぇ」

「人の強さに限界なぞないわ。
 限界があるとすれば諦めたその時よ。
 ましてやお主は霊的には今が成長期の入り口、これからの精進次第で美智恵嬢を越える事とて不可能ではないわ」

 げぷっと酒臭いゲップを吐き出し、袂に手を入れぼりぼり掻きながら真顔で諭す。

「ホントっすかー?」

 美智恵の実力を目の当たりにして、アレを越えられると思える程、忠夫の自己評価は高くない。
 とは言え努力次第だと言うのは分かる。
 まして、美智恵の除霊スタイルと忠夫の除霊スタイルは大きく違うのだから、比較しすぎる事に意味はないのだ。

「まー、GSとして成功しやすいのはお主の方よ。
 何故なら道具代がかからんのじゃからな。
 元手ゼロでハイリターン、相応の実力さえあれば事業として成功しやすいのは、な」

 これは忠夫が全ての除霊道具を自前で創る事が出来る事と、陰陽五行術や霊視ゴーグル無しでの高感度霊視など、美智恵を頂点としたスタンダードなGSが道具を必要とする場面で忠夫は道具を必要としない、という特性の為だ。
 GSの出費の7割が道具代である。
 つまり必要経費がほぼゼロに近い商売が出来る、という事。
 普通の商業的な知識があれば、これが如何に有利に働くかは自ずから明らかだろう。

「んー…GSとして成功か…
 モテモテ?」

「それなりにモテるじゃろうなぁ。
 GSは金回りが良いのが多いし、一般人とは違った感性の持ち主も多い故、そういうトコに惹かれるおなごも多かろうよ」

「お師さん…俺頑張るっすよ!」

 決意も新たに拳を強く握り込む。
 赤兎は欠伸をして眠り始めてしまった。
 元来、兎は夜行性な筈なのだが、赤兎は何故か殆ど横島と同じ生活サイクルで生きていた。

「あんたって子は…」

 ため息と共に居間に入ってくる百合子。
 片手にはお盆、その上に小鳥遊の為のお酒のおかわりと、忠夫の為の磯辺焼きが数枚乗った皿があり、疲れた声で続けながらテーブルにそれらを配置する。

「もう少し真面目に人生設計考えたらどうなんだい?
 別に今更GSになるな、なんて言うつもりはないけど…」

「失敬なっ! 真面目にGSになって横島ハーレム帝国を築くんだ!」

「…忠夫?」

「というのは冗談で。
 世の中には昔の俺のように霊障で悩んでる人がいるわけで。
 そんな人達の為に働けたらと思います、はっはっは」

「で、どんな人だったんだい? その…美神さん、だったっけ?
 いつもお前の修業を見に来る女の子の親御さんなんでしょう?」

「美人だった。そらーもー美人だった」

 疲労度がどっと増した事を感じながらも、この色ボケ息子から事の次第を聞き出す為に百合子が言葉巧みに会話を誘導し始めた。


 ☆ ☆ ☆


「…ママ」

「なにかしら?」

 横島を最寄りの駅まで送った帰り。
 美智恵の運転するクラウンの助手席でポツリと呟く令子。

「…随分横島君の事気に入ったみたいね?」

 いくら娘の友人だからとてあり得ない筈だ。
 弟子以外の人物に、下手すれば西条以外の弟子よりも入れ込んでるようにすら見える程誰かを気に入る母親などは。

「そうね。正直感心したわ。
 14歳であそこまで出来るなら、西条君以上のGSになれるかも知れないわね」

 美智恵が手放しで賞賛するのもかなり珍しい。
 例えそれにお世辞が何割か入っていようとも、だ。

「お兄ちゃん以上なんてあるわけないじゃないっ!」

「…別にあなたが怒る事でもないでしょうに」

 深夜の首都高を走る窓から見えるネオンが藍色の空気を切り裂いて行く。

「……ママはあたしの修業はつけてくれないのよね」

「親は師になれないっていうのが持論なの。
 まあ…物理的に時間が取れないっていうのも事実だけど…
 それについては…ごめんね、としか言いようがないわね…」

 今、自分が何をしているか。
 それについて一切を他人に、別して娘に語る訳にはいかないジレンマが美智恵の胸をずきりと突き刺す。

 流れる景色から視線も顔も動かさず、ウィンドウに写る自分に言い聞かせるように、

「……なら、ママの師匠を紹介して」

 呟かれた声に我が耳を疑い、思わず首を真横に、娘の方に向けてしまう美智恵、
 高速道路を走行中の運転手が、だ。

「…ママじゃなくて良いの?」

 この科白は駄目だ。
 言ってしまってからそう思うものの、はっきりと本音だった。

「お兄ちゃんならまだしも……
 あんなガキに、美神の女が負けてたまるもんですかっ!
 絶対横島君以上のGSになってやるんだからっ」

 母親の問いに答えず、窓の外に向かって怒号を上げる令子。
 と、唐突に振り返って美智恵を睨みつける。

「ママの師匠なら凄い人なんでしょっ!?」

「…S級GSの一人で、一部では日本GS協会の良心とまで言われている程のお人よ。
 除霊の実力も日本どころか世界で並べてもまずベスト10には確実に入るわ」

 超が付く程お人好しだけど、と口の中で呟く。
 日本に帰国し、顔を出すたびにテレビ番組にでも出られそうな貧乏生活を送ってるのは正直辞めて欲しいのだが。

――誰かしっかりした女性が嫁にでも来てくれればこんな事にはならないんだろうけど。

 誰のせいで師が独身生活を送っているのか、すっかりと棚上げして師の生活を心配してしまう美智恵。
 と、逸れた思考を引き戻す令子の声。

「ママがそこまで言う程の人なら問題ないじゃないっ!
 見てなさいよ横島君!」

――一週間前、久しぶりに帰国したその日、一緒に夕食を食べた後、この話を持ち出したら「大嫌い」とまで叫んで家を飛び出したのは誰だったのかしらねー。

 美智恵が呆れ半分にそんな事を考えていると、未だぶつぶつと何かを呟きながら群雲に陰った三日月をにらみ付けている令子。

 よほど横島が母親に気に入られた事、そして自分の予想以上の実力だった事がショックだったのだろうが、これはこれで美智恵の計算通りだった。
 マザコン気味の令子なら、自分のボーイフレンドに母親が気に入って色々気に掛けてやれば、何らかのアクションを起こすのではないかという目論見もあったのだ。

 今後自分が側にいない間に、令子の側にいるだろう男の子の事を自分でもよく知るというのが本来の目的だった為、それが上手く行かなくても構わない程度の目論見だったがこうも上手く行くとは…
 令子の劣等感コンプレックスや横島に対する想いはなかなか複雑かつ根深いものだったらしい。

 色々と予想通りだったり予想以上だったりはしたが、随分と収穫があった事に喜びながら視線を道路に戻す美智恵。
 とっくに降りるべき出口を通りすぎていた事に気付いたのは、次の出口の看板が眼に入ってからであった。


後書き

言い訳しようもない程遅れました、申し訳ありません。(´・ω・`)
四月がいかんのですよ…色々ありすぎて_| ̄|○
どれだけいらっしゃるか分かりませんが、独りでも読んで下さる方がいる限りがんばりますので_| ̄|○
ペースに関しては保証の限りではありませんが必ず完結させますので…
完結宣言した途端にこの間の空きようって自分でも信じられませんが(ノД;)

しかもなんか最後あっさりしすぎたような…(´・ω・`)精進が足りませんな…頑張るです。

感想読み返すのが本当に力になります、皆様ありがとうございました。

第五話は六月前には…なんとか(´Д`;)最悪でも六月中になんとか書き上げます。


以下個別レスです。
本当に本当にありがとうございます。

1:kkhnさん

ありがとうございます_| ̄|○なんつー間違い…
完全に無知ゆえでした。いえっさー、で一つの単語のように考えてました。
感謝です。

エミさんはもう暫く出てきませんが、原作より深い関係になると思います、乞うご期待ヽ(´ー`)ノ

2:内海一弘さん
赤兎、なんか天○無用のアレみたいですね、なんか。書いてる本人が言うのもなんですが。
そして美智恵さんが横島君に高評価つけるのを見て、唐巣神父に弟子入り決定。
この時点で原作より早い段階での弟子入りになるんで、美神さんもパワーアップするかも知れませんが予定は未定です。(・∀・)

3:DOMさん
14歳のガキがいくら精神年齢高めでもやっぱりどっか抜けてないと、ましてや横島なんだし( ´ー`)y-~~原作でもなんでも横島君はうっかり八兵衛なのですよw

師匠が酒盛りしてるのは美智恵さんの実力をよく知ってるからですね〜余裕ぶっこいてます。
実際、足手まといがいても、美智恵さん独りで手に負えない状況って通常の除霊仕事じゃ滅多に出ないと思うんですよね…ましてやそんな状況が予想される仕事に足手まといを連れていく訳ないという逆説もありますし。

本文でも書きましたがそんなトコです、理由としては。

あと酔っぱらいの戯言を気にしてはいけませんw

4:アミーゴさん

情報を制する者は世界を制すってのは原作の本人の科白ですがヽ(´ー`)ノ
まあうっかり癖も20(原作での令子の年齢)に達すればどうにかなってるでしょう、多分w

5:枯鉄さん

美神さんだって可愛い頃があったんですよっ!
実際、西条がイギリス留学する原作の話の10歳の令子はそれなりに少女してましたし…
美智恵さんの偽装死がいかに影響でかかったか、よく分かりますね(´Д⊂

6:冬8さん

どっち○除霊ショーはGS美神の世界だと普通に番組として存在してそうですけどね〜

子育ては下手でもGSとして、或いはキャリアウーマンとしては一流ですからね、美智恵さんは。
今後の師匠の指導や赤兎の活躍にご期待くださいヽ(´ー`)ノ
特に赤兎は大事なキーマンならぬキーラビットですからw

7:yujuさん

依頼書に嘘なんかないわよーって三話で言い切ってるのに実は嘘があったという…
確かに性悪ですねぇ( ´ー`)y-~~
まあ横島の実力を見る為だけの罠ですから危険って程でもなかった訳ですが。

赤兎は牝(♀)ですよー、多分嫉妬は入ってるでしょうねぇ。
令子に対しては随分懐いてますが、これには裏設定がありまして、今後の展開に関わるので今は秘密ですヽ(´ー`)ノ

あとまだ式神じゃなくて「ペットの妖怪になりかけの兎」というややこしい立場だったり。
なので意識を繋げて感覚を共有したりは出来ませんし、影も亜空間化はしてません(´ー`)
ここらは今後、本文中で語る予定です。

師匠に関してはノーコメント(´ー`)┌酔っぱらいの戯言ですよー?w

8:銭形刑事
初めまして、拙作を読んでくださりありがとうございます。
師匠と横島夫妻の出会いは…外伝的に書くか本文中で書くか、いずれにせよどこかで触れますので〜
むしろ小鳥遊の過去的な話をどっかですべきかもですね…収集がつかなくなる前に(・∀・ゞ


その児童向け小説については全く心当たりありませんのでよろしければこっそりメールででもお教え下さいw

遅くなりましたが必ず完結させますのでお付き合いくださいますよう、よろしくお願いします。

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