私は今とっても幸せ
だってヨコシマが隣にいるんだもの
ヨコシマは私を好きだって――
今度こそ世界じゃなく私を選ぶって
そう言ってくれた
うれしい
うれしくてうれしくて心が幸せで張り裂けてしまいそう
私は――――
とっても幸せ――
じゃあ
じゃあどうして私は
こんなに怖がっているの?
――リスタート――
第三話
3月5日 PM08:25
「ゴーストスイーパーになる?」
「ええ、来週GS試験があるみたいだから受けるわ」
夕食の後部屋でごろごろしていた横島にルシオラは来週都内某所で
行われるGS資格選抜試験を受けることを告げた
因みにその頃横島夫妻は夫婦の会話をしていた
大樹のメリケン・エクスカリバー・ゴールデン・スペシャルカードの
使用明細に記載されていたホテルの食事代について――
「そりゃまぁルシオラなら合格どころか首席合格も朝飯前やろなー」
実際その通りである。世界最高のGSと言われた美神親子でも
母子共に100マイトには届いていない。
無論霊力の高さだけで強さを測るのはナンセンスである(例・六道冥子)
が、この場合は例外といっていい。
「ルシオラって今何マイトぐらいなんだ?前に7割ぐらいの力しか
戻ってないっていってたけど・・・」
「ん〜・・・確か逆天号にいたときは大体20000マイト位かしら?
その後テン・コマンドを解除して再調整してもらって17000
マイト位になったから・・・ざっと約12000マイト位かしら?
勿論力は抑えるけどね」
「反則や・・・」
改めて力の差を見せ付けられたような気がして萎れる横島
「もうっ!拗ねないのっ」
そういってルシオラは横島を背中から抱きかかえる
「ん〜前のヨコシマも格好良かった(本人主観)けどちっちゃい
ヨコシマもかわいいわ〜・・・丁度良いサイズってやつねっ♪」
まだ成長が始まったばかりの横島の小さな背中に腕を回して
スレンダーながらも柔らかい身体でギュッと抱きしめる
「ななななっ!」
普段はこんな美味しいシチュエーションならば瞬時に煩悩全開
になるだろうが予想外の不意打ちにそれをも忘れてうろたえる
「ルルルルルシオラサンッ!?」
嬉しさよりもかわいいと言われた照れが勝った横島がこの甘美な
罠からのエクソダスを計るが前に回された腕はビクともしない
「だ〜め、恋をしたら躊躇わないっていったでしょ?
だから・・・・・・・・・・・・に・が・さ・な・い♪」
―――ギュッ
「ふおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
更に密着する面積が広がりそれに伴い背中に当たる"何か"の
未知の感触、そしてルシオラの身体から漂う甘い匂いに横島の
理性と思考が漂白され、臨界に達する寸前までいった時、
前に回されたルシオラの細い腕が小さく震えているのに気付いた
横島の理性は潮が引く様に引き戻された
「ルシオラ?」
先程までのうろたえた声ではない――
「――ヨコシマ、そのまま聞いてくれる?」
「・・・ああ」
「私ね、今本当に幸せなの。ヨコシマにもう一度会えて
百合子さんと大樹さんにヨコシマの傍にいていいって
言って貰えて、その上私とヨコシマの将来の事を心配まで
してくれて戸籍まで用意してくれた。あの時私ね、
ああ、もう十分だ、これ以上何か望んだらこの幸せは
取り上げられちゃうって思って感謝したの。
でも・・・・・・」
回された腕に更に力が込められる
「でも私物凄い欲張りだ、これだけ沢山の幸せを貰ったのに
まだ何か欲しがってる。私は自分に問い掛けたわ。
"まだ何かたりないの?""何をお前はそんなに怖がってるの?"
って・・・・・・。私その時気付いた、ああ、私は怖いんだ
ヨコシマはGSになる。そうなれば当然近い将来美神さんや
おキヌちゃん達と出会うことになる。そして・・・そして
あの戦いに飛び込んでいくって・・・そうなった時私はヨコシマ
の隣にいられるのかって、ヨコシマをあの人に取られない様に
ちゃんと自分を見てもらえるのかってそんな事を考えちゃった」
そう独白するルシオラの声は震え、横島の首筋をぽたぽたと
叩く温かい雫は胸が締め付けられるほどに頼りなかった
「・・・・・・・・」
「私っ!私自分がこんなに嫌な事を考えてるなんて信じたく
なかったっ!あそこまで言ってくれたヨコシマを疑って!
ヨコシマにとって美神さんがどういう人かなんて判ってる
はずなのにっ!ヨコシマがあの人と出会うって考えただけで
心の中で美神さんを呪ったっ!ヨコシマを取らないでって!
ヨコシマは私のものだって!絶対に渡さないって!」
震える声で自分の醜さを最も知られたくない相手に
告白してルシオラは慟哭した
「ごめんねヨコシマ・・・ごめんねぇ・・・」
横島の肩に顔を埋めてルシオラは声を殺して泣いた
「最低やなぁ・・・」
ビクッ
ああ
やっぱり欲張りになった自分はこの幸せを取り上げられちゃうんだ
でもこんなに嫌なこと考えてた女の子嫌われて当たり前だよね
ごめんねヨコシマ・・・
こんな嫌な娘が好きになっちゃって――
全身から力が抜け心が悲鳴を上げているルシオラの手に
横島は自分の頬を摺り寄せた
母親に甘えるように何度も何度も――
「ヨコ・・・シマ・・・?」
「惚れた女の子が泣きながら自分を責めてるのに、しかも
その原因が自分を取られたくないからだって解って・・・
――どうしようもなく嬉しいって思ってる・・・
本当に最低な奴だよ――
俺は――」
「っ!!!」
「なぁルシオラ」
「・・・何?」
「ありがとうな」
「・・・っ!?」
「自分を責めて、あの美神さんに心の中で喧嘩を売ってまで
俺のことを好きになってくれて――本当にありがとう」
「・・・・・・」
「俺の隣にいるためにGSになろうって思ったんか?」
「・・・うん」
「GSって命懸けの仕事やぞ?」
「・・・その辺の悪霊なんかこわくないもん」
「まぁそうやろなぁ・・・」
「・・・ヨコシマを守れる位の強さはあるもん」
「魔王の娘は伊達じゃないか?」
「私は・・・私は世界の理に抗った魔神の・・・娘だもん」
「そっか・・・じゃルシオラがGSになったら」
「・・・・・・」
「俺を弟子にしてくれるか?」
「・・・いいの?」
「俺も強くならなあかんのや」
「こき使って荷物沢山持たせるよ?」
「そんなの慣れてるさ」
「お給料安いかもしれないよ?」
「その代わりシャワー覗く位は大目に見てくれよ?」
「・・・バカ」
拗ねた声を出そうと思って失敗した
代わりにヨコシマの頭をギュッとして
ドキドキとうるさい胸に抱き寄せた
いいんだ小さくても
ヨコシマは嬉しそうだから――
「下着盗んだら許さないからね?」
「・・・善処します」
嘘だ
ヨコシマが私の下着を欲しがったら
中身ごとあげちゃうくせに
「綺麗な女のお客さん口説いたらお仕置きだからね?」
「・・・努力します」
嘘だ
ヨコシマが口説こうとする前に
相手に思いっきり見せ付けてやるんだから
これは私のものだって
「ヨコシマがGS免許とってもずっと私の丁稚だからね?」
「そりゃひでぇなぁ」
いいの
私はヨコシマの師匠なんだから
「一人前になっても独立なんか許さないんだから」
「ヨコシマはずっと・・・死ぬまで私の丁稚で――
死んでも私の傍から逃がさないんだから!」
「・・・了解ッスルシオラさん」
千年待った女の人がいた
私はそんなに待たない
だって欲張りだから
焼きもち焼きだから
ヨコシマが私の傍から離れるなんて許さない
ヨコシマが死んでも私の傍から離れないようにするんだ
そんな無茶なことを考えてる自分がおかしかった
でも
そんな無茶なことを考えてる今
わたしは
とっても幸せ
「で、"美奈子ちゃん"だったかしら?"お食事"の相手は?」
大樹は逃げ出した!
しかし百合子にしばき倒された!
「あらあら・・・今夜は私の傍から離さないわよ?
・・・・・・・・・・・・・ア・ナ・タ♪」
へんじがないただのしかばねのようだ
「キリキリ吐かんかいこの宿六っ!!!」
「堪忍やーっ!!!!」
続く
「なぁルシオラ」
「何ヨコシマ?」
「GS試験受けるんだろ?」
「ええそうよ?」
「誰に紹介状もらうの?」
「へ?」
3月6日AM11:00
都内の住宅街を歩く二つの人影――
横島とルシオラは目的地へ歩を進める
横島はジーパンにパーカーという年齢相応といった感じの服装であり
ルシオラは黒のパンツスーツというちょっとアダルトな雰囲気を醸していた
その為、道行く男達の視線がちょっと誇らしいようなむず痒いような
ビミョーさを横島は味わっていたが当のルシオラはどこ吹く風という感じで
隣にいる横島と手を繋いで歩いている
無論頭の触覚はルシオラの幻術で隠していたが
「ねぇヨコシマ」
「ん〜?」
「私たち周りからどういう風に見られてるのかしら?」
「まぁ年の離れた仲の良い姉弟やろうな」
「クッ・・・せめてヨコシマが制服を着ていれば・・・」
「いやそれでも無理あるやろ・・・お、見えてきた」
「あれかしら?」
ルシオラ達の目的地
それは町の中の小さな教会だった――
――リスタート――
第3.5話
横島たちが小さな教会――唐巣教会に来た理由
それはルシオラのGS試験の為だった
日本のGS試験には明文化された規則と暗黙の不文律があった
規則とは至ってシンプル――
義務教育課程を終えた満15歳以上の者という一文であり
不文律とは
GSの弟子であるか若しくは現役乃至引退したGSの紹介状を
提出することであった
前者は問題無かった
戸籍を作成した際に百合子はルシオラが南米某国のハイスクールを
卒業したという事にして――実際に卒業証書が後で郵送されてきた
しかも実在の高校の本物である――おいた為こちらは無問題。
問題なのは後者である
ルシオラに師匠などいないしそもそも実は魔族である
百合子が身元引受人にはなっているが生憎と百合子はGSではない
困った横島は苦肉の策として知り合いに――厳密に言えばまだ
知り合っていないのだが――紹介状を書いてもらうことにした
そこで候補に挙がったのが
六道家 美神家 そして唐巣だった
誰に紹介状を書いてもらうかを考えたが――
六道家
ここに頼めば一番確実なのは確かである
しかし相手は天下の六道家。どこの馬の骨とも判らない相手に
ハイそうですかと紹介状を認めるとは思えない。
いや百合子に頼めば何とかなってしまうかもしれなかったが
それを差し引いてもここに借りを――正確には六道家現当主
六道冥菜に――作るのは得策ではない。あそこのおばはんに
借りを作るともれなく厄介事も"憑"いて来るし、万が一
ルシオラの正体や横島の才能を嗅ぎ付けられたら間違いなく
取り込もうと工作してくるだろう―――パス
美神家
ここも頼めば確実だが六道家と大して変わり無い。特に横島の
才能を嗅ぎ付けたら間違いなくちょっかいをかけてくる
特に美智恵とか美智恵とか美智恵とか美智恵とか
しかし横島はこの時美神達が住んでいた場所を知らなかったし
もしかしたら美智恵はもう偽装死しているかもしれない
ルシオラの無言の圧力に負けたわけではないが――パス
となると消去法で唐巣しか残らなかった訳では有るが
実際ここが一番安全であったし、神父の人柄は前の2人とは
比べるべくも無い。きちんと事情をはなせば紹介状を認めて
くれるだろう――決定
「御免くださーい」
立て付けの悪くなってきた教会の扉が甲高い音を立てて
開くとそこには――
敬虔な神の僕であるが何処と無く幸薄そうな――ついでに
砂漠化の進行が深刻化しつつある――眼鏡を掛けた中年の
人のよさそうな神父が出迎えてくれた
「ようこそ父の家へ。今日はどのような悩みを捧げに来たのかな?」
「えーと初めまして唐巣神父。俺…じゃない僕は横島忠夫といいます
それとこっちが」
「ルシオラ=蛍=芦と言います。初めまして唐巣神父。」
「ほう・・・」
唐巣はルシオラを見やると軽く驚いたように眼鏡の奥で目を細めた
「そちらの少年――横島君と言ったかな?君が抑えているのは
霊力だが其方の女性が抑えているのは―――魔力だね?」
「「なっ!?」」
「ははは・・・そう構えなくても大丈夫だよ。君達からは悪意が感じられない
――何か私に相談事かな?」
やっぱこのおっさん超一流だわ・・・俺は兎も角ルシオラまで一発で見抜くとは
流石美神さんの師匠やなー・・・」・・・ってそうじゃなくてっ!
「わ、私の事見抜いたんですか?」
慌ててルシオラが話を降る
「まぁここには霊障の相談に来る人たちも多いからね・・・まぁ立ち話もなんだし
こちらでお茶でも飲みながら話を聞こうじゃないか」
うまく誤魔化せたらしく神父は2人を礼拝堂の隣の部屋に案内した
「男所帯で大したものは出せないがクッキーはお隣からのもらい物でね。
手作りだから美味しいよ」
「「ありがとうございます」」
2人の前に出された紅茶とクッキーを勧めると神父はティーカップを口に付けた
「・・・それで、今日はどういった用件で私を訪ねてきてくれたのかな?」
「実は来週行われるGS試験の事で神父に頼みがあってお邪魔しました」
「ふむ・・・」
「実は彼女――ルシオラは南米某国から帰化したばかりなんです」
「帰化?と言う事は彼女はその・・・人間なのかい?」
「ルシオラは先祖帰りなんです」
「なんと・・・先祖帰りの人間の話は多少耳にしたことが有るけど・・・
彼女ほど先祖の血が強く出たという話は珍しいね」
「ええ・・・ですからルシオラは霊能力が人並み外れているんです。
ですがそのせいで・・・」
「いや、立ち入った事を聞いて済まなかったね。確かに
その話を聞いて彼女の力に納得したよ・・・成程先祖帰りか・・・」
「ですからルシオラが日本で生活する為にはGSになるのが
一番だと思って試験を受けようと思ったんですが・・・
実はルシオラには師匠がいないんです」
芝居もここまで来ると最早詐欺である。ルシオラ達の力は見抜けた唐巣であったが
横島の演技には全く気付いていない
――やはり横島はあの夫婦の息子であった
――ヨコシマ、事前に打ち合わせてはいたけど知ってる私でも
それが演技なのかわからなくなってきたわ・・・・・・
忠夫、恐ろしい子!!
「――なるほど話は良く解った。私の名前でよければルシオラ君の
紹介状は書かせてもらうよ」
「本当ですかっ!?」
「ああ、君の真摯さには心を打たれた。――君はルシオラ君を
本当に大事に思っているんだね」
「えっ?」
「ははは・・・隠すことはないさ。本当の愛の前では年齢の差など
瑣末なことなんだからね・・・・・・胸を張りなさい横島君、君は
人間として大事なことにその若さで既に気付いている。
――だからこそ私は君の演技に心を打たれたのだよ。」
「「っ!!!!」」
「おっと、これは失言だったかな」
「神父・・・実は・・・その・・・」
何かを言い募ろうとする横島を神父は手で制した
「横島君。私は言った筈だよ。君はその若さで人間として
本当に大事なことに気付いている・・・君自身にその自覚が
無くてもね。その君が何かを隠してまで助けようとしている
ルシオラ君が何者か等という事はさしたる問題じゃないんだよ
少なくとも私にとっては、ね」
「・・・ありがとうございます」
横島は本当に心からの感謝を込めて唐巣に頭を下げた
「ルシオラ君」
「はい」
「・・・君はとても幸福な女性だね。そして男性を見る目も
確かな様だ」
「・・・・・・」
何も言わずに微笑むルシオラだったがその笑顔こそが
千の言葉を費やすよりも雄弁に語っていた
そんなの当然です、と――
「では気をつけて帰りたまえ」
「はい、今日は本当にありがとうございました」
「まぁ君の実力は見る時間は無かったが恐らく
実力を発揮すれば合格は間違いないだろう
頑張りたまえ」
「はいっ!」
「唐巣神父、これを」
「?・・・これは本かな?横島君?」
「どうぞ読んでください。恐らく神父にとって
今最も必要な事が書いてありますから」
「ほう、それは楽しみだね。後でゆっくり読ませてもらうよ」
「はいっ!ではまた」
「気をつけて」
帰り道でルシオラは思い出したように横島に尋ねた
「ねぇヨコシマ、帰り際に唐巣神父に渡した本は何だったの?」
「神父に一番必要な事が書いてある本さ」
「???」
よく解らないという顔をするルシオラだったが横島は確信めいた
自信を持っているらしいので深くは追求しなかった
その夜
唐巣教会の礼拝堂――
「主よ、全能なる父よ、今日のこの出会いは主のお導きなのでしょうか
それとも悪辣なるサタンの狡猾なる誘惑なのでしょうか
主よ、どうかこの迷える子羊に導きを与えたまえ・・・・・・」
神父が一心不乱に神に祈りを捧げる祭壇には――
百万人が実証――あなたは永久に抜け毛から解放される――
「おお髪よ・・・」
全能なる父の声を唐巣がその夜聞けたかどうかは定かではない――
続く