インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

!警告!バイオレンス有り

「スランプ・オーバーズ! スピンオフ1前編 (GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-04-25 22:23)
BACK< >NEXT


 伊達雪之丞の記憶にある母の姿で、最も印象に残っているもの。

 それは、それまでの苦労が忍ばれるような、荒れた肌の手のひらの感触だった。


 「…気合だ。ああ、分かってる…けっ、今更ビビってんじゃねえよ…」


 チンピラじみた台詞で自分を鼓舞するのは、香港時代を彷彿とさせて少し懐かしい。


 「一歩だ。一歩、踏み込みさえすりゃあ…」


 あの頃はモグリだった自分への負い目もあってか、まともな仕事からは自ら遠ざかり、進んで街の暗部で受けるような依頼ばかりをこなしていた。


 「………くそ、なんつうプレッシャーだ…この俺がここまで気圧されるなんてよ」


 だが今は違う。美神令子やその取り巻きとの出会いによって、雪之丞は変わった。暗くじめじめした裏社会と縁を切り、強くなるために交わした魔族との契約も、妙神山での修行によって己の力へ昇華させた。


 「…おいおい、世間の奴らってのは、こんな化け物と戦ってるのか? 信じられねえ」


 昏い過去は乗り越え、母に顔向け出来る。
 本当の強さを知った今ならば、雪之丞は胸を張って太陽の下に立てる。眩しい輝きと真正面から相対できる。


 「別にアレだ、なんてこたあねえよな? 単にちょっと寄って、渡すもん渡して、とっとと帰っちまえばいいんだしよ。難しく考えるからおかしな重圧感じちまうんだ、うん」


 雪之丞はネクタイを指で乱暴に緩め、ウォーミングアップとばかりにその場で軽くフットワークを使い始める。
 軽快な動きで体を温め、頭に血を廻らせて。
 数分後、革靴が砂利を噛んで止まった時には、雪之丞の全身からオーラの如く闘気が立ち昇っていた。


 「よっしゃ行く「人の家の前で何トチ狂った踊り披露してるのよアナタはっ!?」ずわああああっ!?」


 伊達雪之丞、一世一代の大勝負。

 彼が挑もうとしていた敵の名は、弓かおり。

 そしてここは、ラスボスの住む最後の要塞…闘龍寺。

 雪之丞は闘龍寺門前にて、かれこれ三十分以上も足を竦ませたり反復横飛びしたり魔装ってみたりトンボを切ったりして、時間を浪費し続けていた。


 「こ、これはだな!? 通過儀礼って奴だ通過儀礼! 男が一度は通らなきゃならねえ試練の一つで、お約束とも「いいから取りあえず入って」…はい」


 母のそれにも似た華奢なかおりの手が、雪之丞の襟首を問答無用に掴んで引き摺っていく。
 その力強さに半ば安堵、半ば恐怖を感じながら…

 雪之丞の長い一日は幕を開けた。


          スランプ・オーバーズ! スピンオフ 1

              「Snow & Bow」 (前編)


 「全く、見覚えのある霊圧を感じて出てみれば…」

 「るっせーな…」


 弓家は六道家には劣るものの、オカルト業界でも高名な霊能筋を誇る一門である。
 弓家現当主であるかおりの父は、その誇りと力の一切を娘に継がせるべく、幼い頃から厳格な家訓・思想のもとに彼女を律してきた。
 父の期待、一族の歴史に恥じぬよう、かおりもまた優等生であり続けた。自分と同じ霊能のエリート達が集う六道女学院でトップを守り、友を選び、ライバルは蹴落とす。一流を演じ、二流を蔑んだ。


 「そもそも、何その格好? わ、私に会いに来たんじゃないの!?」

 「ああ? 格好って…んだよ、どっかおかしいのか? ってそりゃお前に用があって来たに決まってんだろが!」


 けれど、一人の少女との出会いが彼女を変えた。
 思い返してみれば、彼女…氷室キヌとの出会いが齎した変化はまるで物語のように典型的で、赤面ものの青春ストーリーだった。
 尤も、お陰で親友と呼べる存在が二人も出来たし、憧れの存在美神令子にも名前を覚えてもらえた。


 「おかしいに決まってるじゃない!? 雪之丞、貴方が着てるのは喪服よも・ふ・く!! うちの檀家にでもなるつもり!?」

 「ああ!? 店の奴に『寺に行くのにおかしくない服』って言ったら案内されたんだよ!! スーツじゃねえか! どこが変なんだよ!?」

 「寺に行く…って、どうしてそこで彼女に会いに行…〜〜〜ああもう恥ずかしい事言わせないでくれる!? それに私、まだ貴方のこと許したわけじゃないんですからね!!」

 「ぐっ…!? いや、あのだな? だからまあ、色々と話着けに来たんだよ今日は…誤解があるみたいだしよ」


 天翔ける龍の如く、広く人々の記憶と心に残る闘いをせよ。
 代々弓家が管理しているここ闘龍寺では、初代が残したとされるその言葉を常に心の芯に置き、弓式除霊術の修行を行っている。

 現在、雪之丞とかおりが痴話喧嘩の花を綻ばせているこの場は、本来神聖な空間なのだ。次期当主候補のかおりをして、すっかり忘れているようだが。


 「大体誤解って…ああ、来たわよ雪之丞…」

 「ちっ…おい、なんて言やいいんだよ?」

 「知りませんわ。自分で考えなさい」

 「くそ、面倒くせえな…」


 道場は門下生を取っているわけでもないので、それほど広くはない。しかし霊能を交えた格闘術の場合、取れる戦術の幅は広く、その分動ける範囲も広くなければならない。
 壁際の神棚前に並んで正座していた二人から、がらりと開いた扉までは結構な距離があった。
 雪之丞が視線だけをそちらへ動かしてみても、逆光で入ってきた人物の顔までは確認出来ない。


 「…待たせてしまったな」


 低い、落ち着いた声音。道場の空気がぴんと張り詰めるような緊張感と、場に馴染む一体感。清冽な雰囲気が道場の空気と見事に融和していた。


 「伊達雪之丞さん、だね? 私が当家の主…弓一徳だ」

 「…どーも」


 僧服を着こなし、かおりとは似ても似つかない太い造作の顔立ちをした男性こそ、かおりの父、一徳だった。
 草履を脱いで道場へ上がる時、歩く所作、気配の散らせ方…全てが堂に入ったもので、体も無駄の無い筋肉で包まれている。


 「お父様…あの、彼は」

 「おい、俺に任せるんじゃ…」


 父の放つ威圧的な空気に、かおりは先ほどまでの突き放した態度とはうって変わって、傍らの男について思わず助け舟を出してしまう。雪之丞が腹芸の出来る男ではないと知っているからこそ。

 ついさっき、門前から雪之丞を屋敷へと引き摺る途中、二人は一徳と鉢合わせしてしまったのだ。
 かおりが男を家へと連れ込もうとしたのは当然初めての事で。
 友人や雑誌から得たこの手のシチュエーション突破の方策を、超高速で演算するかおりに向けて、一徳は二人で道場で待つよう告げるとその場から去っていった。
 その間、一徳は娘が引き摺っていた男に対して、一瞥もくれなかった。豪胆な男性である。


 「彼はその、六道でお願いしている現役GSの特別講師でして…」


 ベタといえばベタ過ぎる嘘は、彼女なりに考え尽くし選び抜いた珠玉の内容である。


 「今日は特別講師だけに特別にお願いして、主席の私のために特別コーチングを…」

 「…かおり、彼との話が済むまで外へ出ていろ」

 「あう…は…はい…」

 「心配すんなかお…弓サン。あれだ、家庭訪問? 先生だし」


 時間の問題にもならなかった。一徳は娘の嘘を暴く真似すらせずに斬って捨てる。
 更にかおりの嘘に乗ったつもりらしい雪之丞の台詞で全て台無し、止めを刺された。
 いつも通り目つきの悪い雪之丞の横顔にため息を吐いて、かおりは立ち上がった。正座していた足が痺れて縺れたりはしない。これでもお寺の子である。


 「では、失礼します…」

 「また後でな弓サン」


 状況を理解していない彼に、頭の痛くなるかおりであった。


 「…見舞いの時以来だな、伊達さん」

 「………ああ」


 かおりが出て行った道場で、一徳は雪之丞と向き合う形で正座すると、僅かに言葉の角を取った喋り口調で喪服姿の雪之丞へと話しかけた。
 それを受けた雪之丞も、やはり、とばかりに足を崩す。さっきからじんじんと痺れて辛かったのは秘密である。


 「あの時、寝たふりをしていたな。やはり私と顔を合わせるのは気が咎めたかね?」

 「そんなんじゃねえよ…確かに、合わす顔なんざ無かったが」

 「罪滅ぼしのつもりでかおりと付き合っているのか?」

 「…旦那。あいつがそんな理由で付き合えるタマだと思ってんのか?」

 「…付き合いを否定はしないのだな。腹を据えたか」


 あの時。
 それは、アシュタロス事変が本格化し始めた最初の事件。
 雪之丞とかおりの両名がデートの最中に魔族に襲われ負傷した、雪之丞にとって屈辱以外の何者でもない黒歴史。
 当時、全身のチャクラをボロボロに傷つけられた二人は、同じ病室で治療とオカルトGメンの質問を受けていた。
 一徳が娘の見舞いに来たのは、質問攻めの毎日から解放されてすぐの事である。
 雪之丞の怪我は、魔装術を貫いて余りある威力の魔力砲を受けたこともあって重症だったが、持ち前のタフさが幸いして順調に回復していた。

 病室に入ってきた一徳の霊圧は、かおりとそっくりだった。その霊圧を感じた瞬間、雪之丞は毛布を被って寝たふりを決め込んだ。
 チャクラよりもずっと深く傷つけられていた彼のプライドが、一徳を恐れた。

 一徳の霊圧は、怒りに満ちていた。
 娘を傷つけた敵への憎悪。
 娘の鍛錬が足りなかった自分への憤り。
 共にいたというのに、女一人守れずにいた…隣のベッドの男への憤怒。

 結局一徳が見舞いに来たのは後にも先にもそれ一度きりである。霊的治療設備の整った病院だったため、入院期間が短くて済んだのが幸いだった。


 「謝罪しろってんなら、俺は…喜んで土下座でも何でもするつもりだぜ?」

 「…それなりに、覚悟は決めてきたようだな」


 立ち上がった一徳は雪之丞にも立つよう促すと、見た目では分からない程度に腰を落とした。その気配の変化に、雪之丞の目つきが悪く、もとい鋭くなる。


 「…男には、一生に一度は言ってみたい台詞というのがあるだろう? 伊達さん、一つ私の夢を叶えさせてくれるか」

 「…ああ?」


 道場内の空気が、次第に剣呑なものへと変化していく。一徳から発せられているのは、清冽を絵に描いたようなオーラだった。


 「深く考えず、一手交えるための方便だとでも思ってくれ。では」


 いつの間にか、一徳の手には宝玉の数珠が握られている。雪之丞は半目になって彼の言葉を待った。


 「『貴様が娘をやるに相応しい男かどうか、この私が直々に見定めてくれる。さあ掛かってくるがよい』」

 「…もうちょっとこう、テンション上げて言ったほうが様になったと思うぜ?」

 「様式美に拘る方ではないのでな。言えただけで満足だ」

 「…十分に拘ってたと思うぜ?」


 雪之丞は心なしか満足げに見える一徳へ、三白眼を向けた。彼が臨戦態勢に入ったのは間違いなく、無防備に一撃を受ければ雪之丞とて無事では済まないだろう。
 が、雪之丞は霊力を高めることは愚か、ろくに身構えもせずに一徳の前に立った。背後にどれだけ空間があるか、それだけを確認して両腕を組む。


 「…何の真似だ?」

 「悪いが、俺は手を出さねえ。旦那に殴られる理由ならあるし、覚悟もしてるが…俺が旦那をボコる理由は一つもねえよ」

 「私は、舐められているのかな? 純粋に手合わせを申し込んでいるのだが」

 「ケジメって奴だよ、俺なりのな。ここに来た理由の一つは、旦那にぶん殴ってもらうことだ。後はまあ、おいおい話すが…かおりがいねえんじゃ話せねえ」


 一徳は伊達雪之丞の実力を知っている。魔装術という水晶観音と系列的には同種の霊能力を奮うこの男が、恐らくは自分よりも強い事実も。
 しかし、武術とは己よりも格上の存在にこそ用いられる技であり、GSの戦いとはえてしてこちらが『挑む者』である。
 こんな、情けをかける以前の対応で納得出来るわけがない。一徳はかおりの父である前に…弓式除霊術の師範なのだから。


 「…一撃喰らえば、目が覚めるか?」

 「はっ…殴り辛いんなら、もう一つ理由をやるよ。よっく聞けよ、旦那」


 雪之丞は腕組みをしたまま、嘲るように口の端を歪めると言い捨てた。


 「俺は、弱いもの虐めはしねえんだよ」

 「…!」


 安い挑発だが、なるほど、と一徳は数珠を握る手に力を込めた。
 あくまで雪之丞は、一徳をかおりの父として見ている。弓家伝来の除霊術も、闘龍寺の歴史も一切無視して。


 「…弱いもの、か。ならば剋目せよ。弓式除霊術の奥義…その最奥を」


 目の前の男を本気にさせるには、こちらの本気を見せるのが手っ取り早い。
 父の拳の痛さを、文字通り痛感させてやろうではないか。


 「水晶観音・明王変」


 宝玉の数珠が眩い閃光を発した。かおりのそれとは比べ物にならない密度と速度でもって、一徳の全身が水晶の鎧に包まれていく。
 憤怒の象徴の如く、豪奢で力強い明王の鎧。一徳が最後に気合の入った喝を入れると、青白い水晶が紅蓮の輝きに変化した。
 これこそ、弓式除霊術の真骨頂…水晶明王の姿だった。


 「………」

 「これでも、腕すら解かぬか…なら、そのままでいろ。じきにそんな余裕は無くなる」

 「へいへい」


 顔色一つ変えず、つまりは口角を上げた嘲笑のままの雪之丞の顔面に、紅の豪拳が叩き込まれた。


 「馬鹿に付ける薬、厄珍堂には売ってないかしら…」


 一方、道場から追い出されたかおりは手持ち無沙汰に境内をうろついていた。
 落ち着きのないことしきりだが、さっきから吹き荒れる父の霊圧と、正反対に静かな雪之丞の霊圧の変化に敏感になってしまい、そわそわしっ放しだった。


 「ああああ……来るなら来るで事前に連絡しなさいよ全く、アイツは! 半年以上も音沙汰なしで、戻ったと思ったらGCなんて新参者の組織に入ってて…GS免許が泣くわよ」


 苛立たしげにかおりは上着のポケットから携帯電話を取り出すと、画面も見ずにとある番号へ発信する。こんな時、愚痴る相手は一人しかいない。


 『…もしもし?』

 「一文字さん!? ちょっと聞いてくださる!?」

 『んのおっ!?』

 「馬鹿が馬鹿みたいな顔して家に来たっていうのに、ろくに話も出来ずにお父様に捕まってとっても取り調べチックな空気を醸し出してるのよどうすればいい!?」

 『ああ? 馬鹿って誰だよ? もしかして、伊達さんのことか?』

 「馬鹿でチビの三白眼といったらアイツ以外に誰がいます!? とにかくアイツが今家に来て、お父様とタイマン…もとい差し向かいで話をしているのよ…」

 『お前な、仮にも彼氏に馬鹿チビ三白眼はねーだろ…』

 「そんなことは問題じゃないわ! どうすればいい私!? 一文字さんならどうするこんな時!? ライフカードはどれを選ぶのっ!?」

 『テンパってんじゃねえよ弓…普通に話終わるの待って、一緒に飯でも食いに行きゃあいいだろが。久しぶりに会ったんだろ?』

 「それはそうですけど…余りに唐突で感動も何もありませんわ」

 『連絡する暇も惜しんで、会いに来たんだろ。伊達さん、もしかしたらプロポーズとかしに来たんじゃね?』

 「ぷろっ!?」


 かおりの脳内で、ツンツン髪の天辺にアンテナを立てたメカメカしい雪之丞を、手元の操縦機で操る自分の姿が浮かぶ。

 『行きなさい、マザコン28号!』

 『ウガー!』

 …それはプロポだ。
 虚しくも自分に自分でツッコミを入れて、かおりは改めて赤面した。色んな意味で恥ずかしい。


 「わ、私はまだ高二ですわよ!? っていうか結婚とかは弓家の婿に入ってもらわないとお父様が納得しないだろうしああその美神お姉様より先に幸せになるのはちょっと忍びない気もするしああでもやっぱり学生結婚って響きにちょっぴり憧れもあったり!?」

 『………冗談だよ冗談。お前、ほんとに可愛くなったなー……』

 「な…っ!? 一文字さん、それはどういう…!?」

 『去年よりもすげえいい女になった、って意味だよ』

 「し、知ったような口を聞かないでくれる!? 一文字さんと違って、私は男一人出来たくらいで世界が変わって見えるような狭い価値観は持っていませんっ!!」

 『照れんな照れんなー。やー、伊達さんグッジョブだなー』


 電話の向こうでにやけているに違いない親友の声に、確かに去年に比べ丸くなった自分を自覚していたかおりは、反論する事が出来ない。いい女と臆面も無く告げられて、満更でもないし。
 ただ、その変化が全て雪之丞との付き合いの中で起こったと言われるのは、心外である。氷室キヌとの出会いもあったし、一文字魔理との和解だって重要な出来事だった。


 『あーっと、何の話だっけ弓? 脱線したよーな気がするけどさ』

 「…もういいわ。貴女と話してると、いつもこうなるのよね…」

 『まーな。気にすんな気にすんな。あんまり気にしてっと目元の皺が増えるぞ?』

 「お肌の劣化が著しい貴女には言われたくありません」

 『けっ…あ、今度おキヌちゃんと三人でよ、温泉でも行かね? 美肌効果抜群のとこでもさ』

 「あらいいですわね? 氷室さんが妙神山から戻ったら検討しましょう」

 『んだな。あっと、あたしこれからタイガーの奴と出掛ける約束してっから切るな。伊達さんによろしく言っといてくれ』

 「そっちは悩みが無くて良さそうね…じゃあまた明日学校で。お休みなさい」

 『ういー』


 電話を切ると、不思議にささくれていた気持ちが落ち着いていた。親友…と呼ぶのは未だに気恥ずかしいが、一文字魔理との他愛無いお喋りの後に訪れる安心感は、以前のかおりには無かったものだった。


 「ふう…あら?」


 闘龍寺に限らず、神社仏閣の類には強弱の差はあれど、結界が張られている。
 それは連綿と受け継がれてきた霊格が生む自然発生的なものと、外敵の侵入を拒むために人為的に構築されたものの二種類があった。
 闘龍寺は前者に当たるが、先々代の当主が補強を施していたため、後者にも相当する強力なものに仕上がっている。
 かおりが見ている先、闘龍寺東側の土塀付近で、その結界が何かに反応し、弾けた。


 「うちの霊圧に寄せられた浮遊霊かしら…お父様は取り込み中だし…」


 付近を彷徨う低級霊が、強く清浄な霊気を放つ闘龍寺へ引き寄せられることは、良くある現象だ。
 大抵は結界に弾かれて散ってしまう程度の弱い霊だが、稀に下級の妖怪やら小規模霊団やらが引き寄せられる場合もある。
 だがまあ、そこそこ知能のある霊や妖怪なら、初めから結界にぶつかったりはしない。
 かおりは修行の一環として、結界に触れて苦しむ浮遊霊の除霊や、父の手伝いで妖怪を追い払ったりしていた。

 今回の相手も浮遊霊の一種だろうと判断し、かおりは父に報告せずに処理する事に決めた。憂さ晴らしにもなるので一石二鳥だ。


 「水晶観音は必要ないだろうけれど…そういえば、あの馬鹿が言ってたわね」


 無手のまま門へ向かおうとして、かおりはふと足を止めた。もう半年以上も前に聞いた、何故か頭に残っていた雪之丞の台詞を思い出す。


 『霊ってのはな、ガチだ。どんな雑魚でも、幽霊になって現世で彷徨ってる以上…すげえ妄執か無念か、とにかく俺達にゃ想像もつかねえくらいのエネルギーを持ってやがる。
 いいか。てめえが高慢ちきなプライドぶら下げて雑魚を見下すのは勝手だけどな、そんな感情なんざ、俺達の敵に比べればクズだ。クズに塗れて死にたくないなら油断すんな。
 お前、ちょっと耳年増なとこあるからよ。聞きかじりの知識で敵を判断したりすると余計危ないぜ? 
 …あ、おいぃ!? なんで怒ってやがる!? 年増か!? 年増は年増でも耳年増だぞ!? 別に俺はお前が高校生のコスプレしてるようにしか見えないなんて思っちゃぎゃああああああああ!?


 「…うふふふふふ」


 ついでに思い出した肉を打つ感触に邪悪な笑みを深めながら、それでもかおりは屋敷へ一旦引き返すと、自室から自分用の数珠を持ち出して万全を期した。
 僧形でないと似合わないが、今回は着替えるまでもないだろうし、私服のままで身につける。


 「お父様の霊圧…ああ、とうとう明王まで…雪之丞、死んじゃ駄目よ?」


 どーせ気に障る一言でも呟いて、父の逆鱗に触れたのだろう。
 彼氏の安否を適当に案じながら、かおりは門を出て寺の東側へと向かった。
 時刻は夕暮れ近い。
 父の説教折檻が終わる頃には、夕餉の時間に丁度良いだろう。積もる話もあることだし、ボロ雑巾状態(予定)の雪之丞に美味しいご飯でも奢ってもらおうか。


 「…あの魔女の方のお店なんかいいわね。合コン以来だけど」


 かおりは、くすりと歳相応の可愛らしい笑みを浮かべる。決して高校生に見えないなんてことはない、綺麗な微笑み…恋するもの特有の甘さを湛えた笑顔で。


 …現場はもう、すぐそこだった。


 紅蓮の連撃は、雪之丞を容赦なくカチ上げ、叩き潰し、吹き飛ばした。
 既に道場の床は雪之丞の零した血で所々を赤く染め上げ、壁面には罅割れている箇所が幾つも窺える。


 「ふー…そろそろ、本気になってくれるかな? 私も娘の友人を病院送りにするのは、些か気が咎めるのだが」


 一徳の声にはまだまだ余裕があった。全力で打ち込んでいないのと、雪之丞が全く抵抗しないために疲労が少ない。
 …そう、雪之丞は抵抗していない。
 していないにも関わらず…彼は何事も無かったかのように、立ち上がる。顔面は腫れ上がり、鼻と口から赤黒い血が流れている。ネクタイは半ばから千切れ、ワイシャツのボタンも幾つか無くなっていた。
 見た目だけなら満身創痍である。


 「…旦那の気が済むまでやってくれ。俺はまだまだ元気だしな」


 不可解だった。
 一徳は腰溜めに構えた拳に霊気を纏わせながら、ゆっくりと腕を組み直す雪之丞を見やる。
 決して軽くは無い打撃をほぼ本気で打ち込んできたのに、彼から痛みを感じられない。辛さを見ることが出来ない。
 肉体の頑強さは、打撃の際に伝わる感触で大体分かっている。彼が物凄い密度で修行をしてきたことが、伝わってくる。


 (…それに加えての、この精神力か)


 雪之丞は目を閉じない。
 顔面だろうが腹部だろうが、迫り来る拳から目を背けず受け止める。
 少なからず、一徳のプライドは刺激された。当初の目論みはとっくに崩れ、如何にこの強情な男を驚かせる一撃を見舞うか。そればかり考えてしまっていた。


 「なるほどな…これが、あの大霊障の最前線で戦った者の強さ、か」

 「…俺なんざ、端役も端役、木っ端程度の役目しかなかったけどな」


 自嘲気味に唇を歪める雪之丞に、一徳はこちらも野太い笑みを浮かべると、溜めてあった拳へ注ぎ込む霊力量を、更に引き上げた。手加減無しの、最後の一撃。


 「これで手打ちだ、伊達さん。この一撃に耐えられたら、私は君を認めよう。過去の不甲斐無さも水に流すし、かおりとの付き合いも許可する」

 「はん…旦那、かおりにそっくりだぜ。ああっと、逆か。その回りくどさは遺伝だったんだなおい」


 真っ直ぐに想いを伝えられないかおりの性格は、確かにこの頑固親父から受け継がれたもの。娘は父に似るというが、典型だ。容姿が似なくて幸いだった。


 「では、行かせてもら…ぬっ!」


 二撃目のことは考えない、必殺必倒の一撃を一徳が放とうとした瞬間、道場の壁面上部にある窓が割れ、何かが飛び込んできた。


 それは、細長いものだった。


 「こ、れは……!?」


 それは、見慣れたものだった。


 「…んだと?」


 それは、単体では余りに歪に見えるものだった。


 「………油断、したな」


 一徳は床に落ちたそれを拾い上げると、厳しい目で割れた窓を見上げて呟いた。


 「済まないが、伊達さん。決着はあと――――――――!?」


 道場の清浄な空気が、その気配に呑み込まれて異質化した。一徳は突然魔界へ放り出されたような錯覚を覚えて、思わず絶句する。


 …雪之丞が、じっと一徳の持つ細長いものを見ていた。


 それはさっき、雪之丞の襟首を掴んでいたもの。


 母のそれにとても似ていると思ったもの。


 力無く五指を開いた…女性の、右腕


 雪之丞が母以外で唯一、心を許せると感じた存在の、片腕。二本しかない内の一本。


 「か、は……が、な、何だ…この霊圧は…!?」


 呼吸が苦しい。目の前の小柄な男から発せられる暗く重く分厚い霊気が、一徳だけでなく道場全体を包んで押し潰そうとしている。


 「かおり…」


 雪之丞は瞬きもせずに、その腕を見続けていた。


 後編へ続く


 後書き

 王道が好き、と改めて宣言しておきます…竜の庵であります。
 オーバーズ外伝をお送りします。一週間に一作の投稿…全然無理ですね。あっという間に時間が経ってしまいます。おかしい…
 雪之丞とかおりが主役のお話なのですが、あんまり外伝感が出ませんね。本編もころころ主役が変わってるしなー。
 あ、かおりの父はかずのりと読みます。母は後編に出す予定。


 ではレス返しです。


 内海一弘様
 ころめとこころ。ころめの望みは叶ったのでしょうかねー…うーむ、もっとどうにか出来そうな気もしました。でも、あの形が一つのハッピーエンドになってくれればと。
 数百年ぶりの妹? ですしね、十二神将。萌えるのか十二神将!?
 ヒャクメ(笑)。かっこ笑いが良く似合いますね、彼女は。能力はほんとに凄いのに、仕事だってきちんと多分している筈なのに…生来の性格が災いする典型ですか。


 February様
 作者はですね、ウルトラマグナスの足が動かないのが不満で、代わりに完全変形バルキリーをクリスマスに買ってもらった記憶があります。
 初感想有難うございます! 力になりますぜー。
 実は十二神将の妹っていう発想は無かったんですよねえ…言われてみればその通りで、猫可愛がりですねと言われて更に納得を…。
 最初から最後まで真面目なヒャクメも、アリだと思うのですがありませんかそうですか!


 meo様
 最近第三期が始まった魔砲少女のアレですか? 少女じゃなくなってるみたいだけど。


 カシム様
 干支プラス猫でフルバ…おおう、その通りですね。家族が連載雑誌を買ってたので、なんとなく知ってます。
 ころめにはきちんとお別れを言わせたかったのですが、ちょっとだけ悲壮な最期でしたでしょうか。彼女が現れることはもうないけれど、冥子を筆頭にころめを知る者達が彼女を忘れることはないでしょう。鬼門とかは忘れていいか。
 冥子にとってころめもこころも大事なお友達。混同したりはしません。でも同時期に存在したらごっちゃになってたかも…それも彼女らしさでは! (と逃げる
 地の分と会話文のバランス。多分に作品の雰囲気も関わってくると思いますが、作者は地の文の上手い作家さんを尊敬してます。状況の説明、繋がり、流れ…すいすいと読ませる文章を作れるのは凄いです。自分は会話に逃げてるので…


 以上、レス返しでした。皆様有難うございました。


 次回、外伝後編。
 雪之丞、本領発揮で焼け野原。

 ではこの辺で。最後までお読みいただき、有難うございました!

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

yVoC[UNLIMIT1~] ECir|C Yahoo yV LINEf[^[z500~`I


z[y[W NWbgJ[h COiq O~yz COsI COze