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▽レス始

「光と影のカプリス 第63話(GS)」

クロト (2007-04-20 19:25)
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 待ち合わせ場所の東京駅前へは文珠を使えば一瞬で行けるが、使わずに済むのならそうした方が良いのは当然である。タダスケたちは普通に電車に乗って移動した。
 そもそも一瞬で行ったところで、その後道具が到着するのを待っていなければならないのだから、たいして時間を節約できるわけでもないし。
 一口に東京駅前といっても結構広いが、カリンが着ている黒いチャイナドレスは非常に目立つし、横島とは本体と分身の間柄だからお互いある程度居場所が分かる。おまけに優れた嗅覚を持つタマモがいっしょにいるのだから、探し出すのはいたって簡単だった。
 というわけでリュックを左手に提げて待ちぼうけている角っ娘はすぐに見つかったが、なぜか少女は横島が知らない男2人と話をしているようだった。

「……?」

 横島もタマモも首をかしげたが、タマモは聴覚も優れているから、ちょっと耳をすませば3人の会話を聞き取ることなどたやすい。

「―――私は連れを待っているのだと今言ったはずだが?」
「そんなツレないこと言わないでよ。シャレたディスコ知ってるんだ、いっしょに行こうぜ(白い歯がキラーン)」

(……ナンパ?)

 タマモはがっくりと肩を落とした。
 そう言えばクラスメイトの男子たちもカリンを見たとき騒いでいたが、どうもあの服には男の煩悩を刺激する特殊効果があるようだ。
 カリンが自分の意志でそんな服を選ぶわけがないから、たぶん横島のせいなのだろうけど……。
 タマモはこれを横島に報告していいものかどうか迷ったが、しかし隠していても意味がない。
 そしてそれを聞いた横島の怒り狂うまいことか。

「何ぃ、俺のカリンをナンパだと? 許さん、俺の必殺ヨコシマ・キックで血の海に沈めてくれる!」

 ヨコシマ・キックとはかってタダスケも使ったことがある必殺の(?)飛び蹴りであるが、横島の場合は小竜気を両足にまとうことで助走の速さと衝撃の威力を大幅にアップしていた。ただし今回のように一般人に先制攻撃で使う場合は、オカルト犯罪防止法をごまかすため蹴る寸前に術を解除するというセコい配慮をしていたりする。
 相手が若い女性の場合は股間を顔に押しつけて精神的ダメージを与える技に変化する点はタダスケの場合と同じだった。
 タマモは「俺のカリン」という微妙すぎる発言にさらに力が抜け落ちたが、それでも横島の上着の裾をつかんで止めてやるのは間に合った。考えている事が口に出るクセもたまには役に立つというところだろうか。

「そんなことしたら騒ぎになるでしょ。私に任せときなさい」

 すっと現場に近づいて、男たちの背後から幻術をかける。すると2人は急にぽやーんとふやけた顔つきになって、あさっての方向に歩き去っていった。
 カリンは突然腑抜けになった男たちの姿に目をぱちくりさせたが、その後ろにタマモを見つけると事態を理解できたようで、

「ああ、タマモ殿が追い払ってくれたのか。しつこくて困っていたんだ、助かった」

 カリンの記憶には、かって横島が40人連続でナンパに失敗したときの「ふられ言葉集」がしっかりインプットされているのだが、ああいうのはさすがにムゴいと思って穏やかな対応に終始していたため、逆に脈アリと思われてしまっていたのだ。
 事件は解決したと見た男性陣が2人の方に近づいて来る。しかしなぜか横島はしかめっ面して何か考え込んでいるようだ。

「うーん、やっぱカリンを単独行動させるのはよくないか……むむむ」

 独占欲と嫉妬心は相変わらずらしい。
 さすがにカリンはちょっと引いてしまったが、それでも放置するほど冷たくはなかった、というかそんな方針を実行されたら何かと困る。

「いや、私はああいう連中について行く気はないんだが……」

 と、まずは自分を信用してくれるよう求めてみた。
 ちなみにタダスケがさっきから何か言いたそうな顔つきながらも黙っているのは、かって自分も「俺のシロ」という世迷言を吐いた経験があることを思い出してしまったからだったりする。
 それに大事な仕事を前に余計なトラブルを起こしたくないし、後で話のタネに使えそうでもあったから。

「それとも、私を信じてくれないのか?」
「ぬわっ!? い、いやそのよーなことは決して」

 すがるような目で見上げられた横島は面白いほどに狼狽した。
 彼もカリンの節度は疑っていない。あくまで彼女がナンパ野郎どものターゲットになるのが腹立たしかっただけなのだが、ここでそれをそのまま口にしたら男の器量が疑われよう。今さらといえば今さらだが。

「じゃ、問題ないな」

 と今度は満面の笑顔で言われて、横島は完全に作戦負けした。
 こうもあっさり敗退するのは男としてちと悔しいが、経験値の足りない彼の脳みそからこの劣勢を盛り返すほどの反攻策がすぐに出て来るはずがない。

「忠夫もカリンさんも、痴話ゲンカは後にしてくれ。早く中に入ろう」

 そこにしびれを切らせたタダスケがそう言って仲裁に入る。彼としては一刻も早く現場に行って、クモ妖怪の在否を確かめたいのだ。しょうもないバカ話に付き合っているヒマはない。
 しかし彼もまだ冷静さが戻り切っていなかったのか、この言い方はまことに迂闊であった。

「誰が痴話ゲンカだっ!?」

 とさっきのナンパで気分を害していたカリンが敏感に反応する。

「2人ともそこに座れ! この際だから女性の心理というものについて小一時間ほど説教してやる」
「ええ!? い、いや俺はそういうつもりじゃなかった、っていうかそんな時間は」
「そ、そーそー。早く中に入って毒素を見つけねーと」
「いいから座れ!」

 両横島が引けた腰で逃げ口上を述べるが、カリンは聞こうともしない。
 事態はいよいよ混迷の度を増しつつあったが、両横島にとっては救いの神というべきか、いやおそらくは疫病神と呼ぶべきであろうが、今度は彼らもよく知っている、しかしとても間延びした声が割り込んできた。

「あら〜〜〜、横島クンたちじゃない〜〜〜。こんな所で何してるの〜〜〜?」

 六道家の跡取り娘にして式神12神将の使い手、六道冥子である。ただでさえ目立つ組み合わせが騒ぎ出したのだから、知り合いならいやでもその正体に気づくだろう。

「ん? ああ、六道殿か……。いや、横島の親戚が訪ねて来たから外食に来ただけなのだが、六道殿こそ何を?」

 さすがにカリンも冥子に感情丸出しの対応をする勇気はなかったようだ。いったん怒気を静めて、とりあえず無難な応答をした。

「へえ、横島クンの親戚なんだ〜〜〜。あ、はじめまして〜〜〜、六道冥子です〜〜〜」

 冥子がタダスケの方を向いてぺこりとお辞儀をする。タダスケも軽く頭を下げて自己紹介した後、話題転換をかねて、改めて冥子がここにいる理由を訊ねた。

「あ、はい〜〜〜。えーっと〜〜〜、私GSしてるんですけど〜〜〜、ここで妖怪の仕業らしい失踪事件があって〜〜〜、原因の調査と解決っていう仕事を〜〜〜依頼されたんです〜〜〜」


 ぱっきぃぃぃん……がらがらがらがら……!


 冥子から見るとタダスケは初対面だしかなり年上だから敬語を使っていたが、その内容は彼にとって激烈にショックな内容であった。
 それはもう、身も心もガラスのごとく砕け散るくらいに。

 冥子は、パル○ンテをとなえた!
 タダスケは、はげしく混乱した!

 といった感じであろうか。


 横島たちに破片を組み立ててもらってようやく復活したタダスケを冥子が不思議そうに眺めていたが、当のタダスケはそれどころではなかった。いや考えるべきことは多々あるのだが、まともな判断など出来そうにない。
 一方冥子は急にぽんっと手を打って、

「そうだ、もしヒマだったらお仕事手伝ってくれない〜〜〜? お金は半分あげるから〜〜〜。
 暗い地下道で1人きりじゃ怖いなって思ってたところなの〜〜〜」

 と、横島たちに仕事の手伝いを依頼してきた。
 犬飼の事件でいっしょに仕事したから、冥子も彼らの実力はかなり高く評価しているのだ。

(ど、どーするんだおい!?)

 横島がタダスケに顔を向けて目で訊ねる。意外な展開に横島も驚いていたが、方針を決めるのはタダスケの役目であろう。
 冥子は「妖怪」の正体は知らないだろうから、「体長2mのクモ」といきなり出くわしたら暴走する可能性が極めて高い。毒素の採取どころか生き埋めになりそうだ。
 依頼を断って彼女を出し抜く方向で動けば命は安全だが、冥子に先にクモを発見されたらおしまいだし、地下鉄構内で顔を会わせたりしたら非常に気まずい。
 タダスケにとっても究極の選択だったが、この仕事が冥子の所に行った理由はともかく、彼女が構内に入る前に出会えたのは非常な幸運といっていいだろう。もしここに来るのを明日の朝にしていたら、冥子が仕事に成功するにせよ失敗するにせよ全ては終わっていたのだから。いやこれも商売敵のエミにさえ「たとえば戦いになると令子はバカみたく強運じゃない?」と言わしめた令子の悪運ゆえであろうが……。

(く、ここは冥子ちゃんと一緒に行動するしかないか……!?)

 彼女のプッツンは文珠で何とか防げる。元の世界に帰るのがまた遅くなってしまうが、背に腹は変えられない。タダスケはぐいっと首を縦に振った。
 横島がその意向通り冥子に依頼を受ける旨を伝えると、冥子はぱーっと微笑んで横島の手を取った。

「わー、ありがと〜〜〜。やっぱり持つべきものは友達よね〜〜〜」

 うれしそうに少年の手をぶんぶんと振り回すさまは、とても年長の先輩GSとは思えない。
 横島は冥子のなすがままに任せながらも、

(大丈夫なんだろーな、未来の俺!?)

 と一抹の不安は隠せないのであった。


 そういうわけで横島たちは冥子に同行する事にしたが、この先はなかなか難しい。
 冥子の暴走を防ぐのが最優先課題なのは当然だが、横島たちはクモ妖怪のことは知らないはずなのだ。そこをうまくごまかしつつ毒素を採取するのはかなり骨が折れることだろう。
 正式に依頼を受けた冥子といっしょなら大手を振って構内を探索することができるが、さっきカリンが「外食に来ただけなのだが」と言ってしまったので、せっかく彼女が持ってきたライトや真銀手甲などは使えないというマイナスもある。
 もっともライトは冥子が持って来ていて、今は先頭のタマモが通路の先を照らしていた。その隣にはカリンがついている。
 この2人とその後ろにいる横島が、索敵と不意打ち防ぎの担当であった。さらにその後ろに冥子がいて、前衛組が妖怪の動きを止めた所で本格的な攻撃を行うという役割分担である。
 タダスケは背後の用心という名目で、冥子の斜め後ろの辺りにいた。
 真の目的はいうまでもなく、冥子が暴走したり強すぎる攻撃をしようとしたら文珠で止めることである。そのあと余裕があればクモの頭部は攻撃しないよう、何か理由をつけて頼もうと思っていた。

「つーか狭いところですし俺たちもいますんで、式神出すのは2、3体くらいにして後は引っ込めといた方がいいと思うんスけど」

 横島がそんなことを言ったのは、タダスケの入れ知恵によるものである。
 タダスケは10年前に冥子の所に出張させられた経験から、冥子がすぐプッツンするのは、仕事の時はいつも12神将を全員出しているので常に安定値ギリギリのエネルギーしか残していないため、ちょっとした精神的動揺ですぐ制御力が必要量を下回ってしまうからだと知っていた。だから用のない式神は引っ込めておくようにすれば、綱渡りが戸板渡りになるくらいには安全度が増すだろうと思ったのだ。
 わざわざ横島の口を借りたのは、むろん初対面の自分がそんなことを言うのは不自然だからである。

「うん、わかった〜〜〜」

 ちょうど式神を呼び出そうとしていた冥子が童女のように素直に答えて、しばらく考えた末アンチラ(兎の式神。鋭い刃のような耳が武器)とインダラ(馬の式神。時速300kmで走る)だけを呼び出した。
 いつもは心細いので12神将全員を侍らせているのだが、今日は4人がかりの護衛体制が実に頼もしげである。あえて暴走のリスクを背負う必要は感じなかった。
 5人+2体はそういう態勢で暗い通路をしばらく歩いていたのだが、やがてタマモがすっと目を細めた。

「妖気を感じるわ。たぶんこの先にいるわよ」

 と低い声で注意をうながす。さらに警戒を強めつつしばらく進むと、上の方からかぼそいうめき声のようなものが聞こえた。
 タマモがライトを傾けてそちらに光を当てる。

「助けて……助けてくれーっ!」
「会議に遅れるーっ!」

 そこには失踪者と思われる人たちが、ねばねばした粘液のようなもので天井に貼り付けられていた。タマモたちの姿に気づいて救援が来たと思ったらしく、一斉に声を張り上げて助けを求める。
 だが順序としては、まずこの近くにいるだろうクモ妖怪を退治するのが先であろう。
 タマモがライトをくるくる回して辺りを照らすと、天井の一角に前情報通りの巨大なクモが被害者の一人を脚でかかえて卵を産み付けているシーンが見えた。楽しそうに鼻歌を唄っており、「ハンショクハンショクー♪」と哀れにも苗床にされたその男性に口頭での解説まで加えてやっている。

「わっ……!?」

 あらかじめ知ってはいたタマモだが、そのグロさに思わずくぐもった悲鳴がもれた。この場で精神力最弱、かつ敵の正体を知らなかった冥子は言うまでもない。

「きゃーーーーーーっ!!!」

 文字通りクモの糸より細い冥子の理性の糸がぷっつんと切れ、盛大な絶叫とともに暴走の態勢に入る。タダスケがすかさず右手に文珠《眠》を出し、その背中に投げつけた。
 が、

「き、効かない!?」

 冥子の悲鳴は止まらない。どうやら彼女の暴走パワーを甘く見ていたようだ。

(や、やっぱこーなるのかよ未来の俺!?)

 横島は心の中で毒づいたが、このままではあと数秒とたたぬ内に被害者たちもろとも撲殺のうえ埋葬である。くわっと表情を引き締め、冥子の方に向き直って乾坤一擲の必殺奥義を繰り出した。


「のっぴょっぴょーーーーん!!!!」


 ―――がくっ。

 冥子は力が抜けてずっこけたが、それによってテンションが下がり、大破壊の危機は去った。タダスケもいっしょにコケて次の文珠《笑》を自分に発動させてしまっていたが、こちらはとりあえず無害そうなので放っておいてもいいだろう。

「い、いきなり何するの横島クン〜〜〜」

 びっくりしたじゃない〜〜〜、とぷんすかしながら抗議する冥子だが、そんなさますら可愛らしいのは彼女の人徳といっていいものかどうか。
 ちなみにタダスケは被害者たちの前で大笑いするわけにはいかないので、座り込んで両手で口元を押さえ、必死で笑いをこらえている。文珠《笑》を冥子にぶつけたなら恐慌状態から平静状態に戻るだけで済んだだろうが、タダスケは普段の状態でまともに食らってしまったのだ。しばらくは使い物になるまい。

「……何やってるんだか」

 前衛のカリンとタマモが後衛3人のおバカっぷりにため息をついた。どうやらこの場は自分たち2人で何とかするしかないようだ。

「とりあえず私が相手するから、タマモ殿はクモが横島たちの所に行こうとしたら狐火で牽制してくれ」
「……うん」

 とタマモが頷くのを背中で聞きつつ、カリンが1歩前に出て身構える。ただし今の状況はあまり芳しくはない。
 こういう状況では金縛りの術からの青竜刀投擲がきわめて有効かつ安全なのだが、今回はもし術を破られた場合、妖怪が脚にかかえた被害者を盾に使うおそれがあった。
 ならば接近戦をするしかないが、しかし見知らぬ一般人の前で空を飛びながら大きな刃物を振り回すのはいかがなものか。
 というわけで、カリンはせっかく冥子がいてくれているのだから、やっぱり力を借してもらうことにした。

「六道殿。私がヤツの動きを止めるから、アンチラとシンダラ(鳥の式神。亜音速で飛べる)であの被害者を救出してくれ!」

 この作戦にはなかなか深い思惑があって、まず戦闘のジャマになる被害者を救出=隔離するという狙いのほか、冥子がクモの頭部を攻撃するのを防ぐという意図も兼ねている。横島の影法師のわりには実に機転が利く娘であった。

「う、うん〜〜〜!」

 冥子も一応はGSだから、最初のショックから立ち直りさえすれば、その後は普通に行動できる。アンチラをシンダラの背に乗せてクモ妖怪に急接近させた。
 妖怪は別の脚を振り上げて迎撃しようとしたが、すかさずカリンが金縛りの術でその動きを止める。

「アンチラちゃん〜〜〜!」

 その隙にアンチラがシンダラの背中から跳躍し、クモが被害者をかかえた2本の脚を切り落とした。ささえを失って落ちた被害者は、シンダラが足でつかんで地面まで運び下ろす。冥子も死津喪比女や犬飼の事件で多少は成長したのか、なかなかのコンビネーションプレイであった。
 ダメージを受けたクモ妖怪がバランスを崩し、天井から床に落下する。

「来るか……!?」

 カリンは攻撃に備えて肩の青竜刀に手をかけたが、妖怪は脚を切られたのがこたえたのか、残る6本の脚をフル稼働して後ろの方に逃げていった。かなりのスピードで、横島とカリンはともかくタマモや冥子の足では追いつけそうにない。
 しかしこの展開はある意味好都合でもあった。

「六道殿はタダスケ殿と被害者を頼む。横島とタマモ殿は私といっしょに来てくれ!」

 被害者たちや冥子のそばから離れれば、カリンは全力を出せるし持って来た道具も使えるのだ。クモの口部を破壊される心配はなくなるし、安心して毒素を採取することができる。
 本来なら横島ではなくタダスケと共に行くべき、というかタダスケがそういう指図をするべきだったが、何故だかうずくまって震えているばかりなので仕方がない。

「う、うん〜〜〜。気をつけてね〜〜〜」

 冥子は依頼を受けた張本人として、自分が妖怪を追いかけるべきだという義務感はあったが、カリンの指示に逆らってまでというほどの積極性はなかった。おとなしく頷いて3人を送り出す。

「何で俺がこんなこと……」

 横島は歩きながらもぶちぶちとグチっていた。毒素が欲しいのはタダスケで仕事を請けたのは冥子なのに、なぜ直接の当事者でない自分とカリンやタマモだけでケリをつけに行かねばならないのか。
 そう言いながらもリュックの中をさぐって、真銀手甲を付けたり結界札をタマモに渡したりしている辺り、一応彼も状況は理解できているのであろう。

「手榴弾は持って来なかったのか?」

 彼がこの世で2番目に畏怖する女性の名を冠した、聖なる広域殺傷兵器のことである。あれならクモ妖怪がいくら素早くても、確実にダメージを与えることができるはずだ。
 しかしカリンはかぶりを振った。

「いや、あれは強すぎて妖毒を変質させるかも知れないからな。置いてきた」
「ああ、なるほどな。威力があればいいってわけでもねーのか」
「そうね、確かにアレは痛かったし」

 横島もタマモもその見解には納得のようだ。特にタマモは実際に我が身で味わった分、その危険性がよく分かるらしい。
 そんな話をしながら進んでいくうちに、通路は岩肌が露出した洞窟のようになっていた。
 タマモがちょっと訝しげな視線で辺りを見渡す。

「こっちから妙な気配を感じるんだけど……?」

 と少女が見すえているのは、特に何の変哲もない岩壁だ。そっと壁に手をつけ、横島とカリンが見守る中でしばらく耳と鼻に神経を集中させていたが、やがてゆっくりと目を見開いて言った。

「わかった、この先は空洞になってるのよ。かすかだけどクモの声と風の音が聞こえるから」

 相変わらずの優秀な聴覚である。
 ただしこの岩壁を壊す力はタマモにはない。正確な厚さが分からないから、カリンの剣でもちょっと無理だった。

「横島、やってくれるか?」
「ああ、それじゃいったん戻ってくれ」

 物理的な「破壊」力なら真銀手甲でぶん殴るのが1番強いのだが、横島はそれだけでは不足だと感じたらしい。カリンが体内に戻ると、横島は小竜気全身装着を発動した。

「おまえも意外に念の入った性格なんだな。ふふっ」

 出て来たカリンはちょっと趣旨不明な笑みを漏らしながらも、本体の意図を察して小竜気を物質化し、ついで横島の自慢の拳をつくってやった。その形状はブラドーの時とは少し違い、肘から先が竜の頭部のような姿になっている。
 ただし例の「煩」マークはそのままだが、横島は細かいことは気にしなかった。

「おおっ、かっちょええ! それでこそ俺の影法師だ。んじゃタマモ、おまえも頼む」
「……そこまでするの?」

 なんで昆虫ごときにそんな重武装を、とタマモは少しあきれたが、断るのも可哀想である。
 タマモは大家の頼み通り、例の翼付き胸甲に変化してやった。愛と勇気の合体変身ヒーロー、人狐一体ヨコタマンの登場だ。

「ヨコタマン・パーンチ! そしてキーック!」

 強烈な拳打と蹴りを受けた岩壁ががらがらと崩れ落ちる。厚さは1、2センチくらいで、思ったよりも脆かったようだ。
 その先は意外にも、幅数十メートルはあろうかという大空洞になっていた。底は平らで苔むしているように見えるから、ひょっとしたら何かの理由で地底湖が干上がったものなのかも知れない。
 そのちょうど(元)水面に当たりそうな所に、クモ妖怪が横一面に大きな巣を張っていた。ここが妖怪の本宅なのだろう。

「うわ、すっごい……地下にこんな所があったなんて」

 とタマモが目を丸くすると、横島も驚いた顔で同意した。

「ああ、自然の神秘ってやつだな。変身しといてよかった」

 あの巨大な網のような巣にはまったら、粘つく糸で身動き取れなくなってしまう。しかし仮にもヒーローならば空を飛べて当然なのだから、そんな罠など恐くも何ともない。
 横島はクモ妖怪がやたらすばしこかった上に、天井にぴったり張り付いていられるようなヤツだったから対抗策として人狐一体をしたのだが、この形態は広いところに出ればなおさら有利である。
 4枚の翼がはためいて横島の体が宙に舞い上がると、少し湿った冷たい風が少年の頬を打った。やはりここは元地底湖だったのだろうか。
 慎重に様子をうかがいつつ、クモ妖怪の真上まで移動する。
 クモ妖怪が持つ飛び道具は口から吐く糸だけで、その射程距離は2メートルもない。上空にいるヨコタマンには手の出しようがなく、黙って様子をうかがっていた。

「ん、じゃあまずは私にまかせて」

 朧寿司の報酬はやはり効果があったのか、今日のタマモはけっこう協力的だった。胸甲の中央部からごおごおっとお揚げファイヤーを吐き出す。
 直接ぶつけて妖怪を燃やすつもりはない。巣を燃やして彼の行動範囲を狭めるのが目的だった。クモだって炎は恐いだろうから、外しているものにわざわざ自分から当たりには来るまい。
 ヒーローのくせに安全な場所から飛び道具を撃つばかりとは言語道断な卑怯っぷりだが、戦いとは勝つことが何よりも大切なのだ。そして思った通り妖怪はかさこそと逃げ回っているが、だんだん足場がなくなって動きにとまどいが出て来た。
 そうと見極めた横島が相棒に一斉攻撃を指図する。

「必殺、ブレストお揚げファイヤーハリケーンスペシャル!」
「いっけぇーっ、お札ファンネルぅー!」

 ヒーローたる者、必殺技を使うときは技の名を大声で叫ぶのがお約束というものだ。先行したお揚げ火の雨がクモ妖怪を囲むようにして落ちたために、続いて飛んで来た追尾機能付き破魔札の群れを彼は避けることができない。

「ギ……シャアァーッ!」

 残った6本の脚をつぶされたクモ妖怪が悲鳴を上げる。そこまでしてから、ヨコタマンはようやく接近戦に移行した。
 クモ妖怪の頭の上に着地して、右拳を高く振り上げる。

「小竜姫さまに代わって仏罰じゃーーっ!」

 横島の自慢の拳が頭頂部にぐさりと刺さると、妖怪はびくんと震えて絶命した。


 ―――つづく。

 原作よりは楽に倒せたのは、ひとえに仲間割れやよそ見をしなかったからです(ぉ
 次は企画の方を書きますので、こっちの続きはしばらく先になりますです。ネタが浮かばなければ没るかも知れませんがorz
 ではレス返しを。

○meoさん
>この蜘蛛がこの世界では存在しない
 それはさすがにタダスケさんが可哀相なので、クモは居ることにしました。代わりにぷっつん娘もつけましたけど(酷)。
>風俗行ったりすれば文珠作れて帰えれたり?
 原作でも女の子つきの飲み屋に行ってましたし、大いにやりそうですな。で、帰った後でワイシャツの匂いでバレてシバかれる、と(笑)。

○whiteangelさん
>ハグハグ
 横島君も何とも幸せな少年であります。

○遊鬼さん
>なんだか、俺の10年って・・・
 ぐはぁっ!!(吐血)
 ああっ、筆者は病弱なんですからあまり刺激しないで下さいorz
>まさか依頼すら受けて無いとは
 もっと危険な人物に依頼されていたというオチでありました。
 タダスケ哀れ(ぉぃ

○無虚さん
>対アシュ戦に必要な文珠がこんな所に
 おおっ、ざっつぐっあいであ!<超マテ
 もっとも今回はアシュ編を書く予定はなかったりするんですが……。
 いやルシが前作で主役張りましたから、今回は遠慮させようかなと(^^;

○通りすがりのヘタレさん
>色々な相違点
 ここで冥子出現という魔展開は、彼もまったく想像していなかったようです。哀れ(ぉぃ
>タマモが姿を自由に変えられるところから真実に届きそうだというのに
 タダスケもしょせんは横島ですから、こと男女関係においてそんな鋭い洞察眼を持っているはずがないのですよー(笑)。
>カリン関連の究極ナルシスト疑惑の再燃
 は、いきなり再燃してタダスケにもバレました(笑)。
 ロリ&フタマタ疑惑も含めて、何とか横島に相応の面白い目に遭わせてみたいものです。
>タダスケから見れば十分悪魔憑きならぬカリン憑きに見えそうかと愚考しつつ
 さぞ羨ましく見えたことでしょうねぇ。

○アミーゴさん
>不法除霊
 冥子さんのお手伝いという形になりましたので、法的な問題はなくなりましたー。
 ここの横島は本免許持ちとはいえ、勝手に他人の敷地に入り込んで騒ぎ起こしたら管理者(営○地○鉄?)とひと悶着あるでしょうからねぇ。
>もうすっかりクロトさんに洗脳されちゃってるんでしょうかw
 にゃふー、そういうご感想は物書きとして随喜の至りであります。
 横タマのほのラヴに癒されて下さいww

○KOS-MOSさん
>ぜったいにソレは等価じゃねぇ
 まったくです。横島はこんなにも煩悩野郎なのに、なぜこれほどいい思いばかりしているのでしょうか。理不尽な不幸の連続に涙するのが彼のキャラ立ちであるはずなのに(ぉぃ
>タダスケ
 横島が不当に幸せな分は、きっと彼にしわ寄せが行ってるんですねぇ。一応は同じ横島ですし(笑)。

○ばーばろさん
>おいらだって食ったこと無いのにっ!
 筆者ですら食べた事ないのにっ!(ぉ
>ヒャクメの千里眼の劣化版って、ホントは凄いんだけどねぇ
 そうですねぇ。文殊《覗》があれば覗きの成功率は100%、しかもバレるおそれはほとんど無し、という世界中の男子が垂涎の超アイテムなのですが。
 はっ、もしかして原作の横島は文珠ができるたびに(以下検閲により削除)。
>カリンたんにハグされたんだからっ。しかもカリンの方から
 横島君もこれは初体験ですからねー。おかげでまた世迷言吐いてます(笑)。
>タダスケが未来に帰ったら、無い事無い事言いふらされるんだろうなぁ
 無い事ばかりですか(笑)。
 しかし仮にそうなっても、横島にとっては別世界のことですから痛くもかゆくもありませんので、やはり差し引きはプラスの方が大きいですなぁ。むむ。
>ところでタダスケ・・・覗いてる時にひっぱたかれたのがヨコシマで良かったんだぞ
 これが不幸中の幸いというものでしょうか(^^;
>小竜姫さまを引き込めば、ヨコシマを竜神化させやすくなるんじゃ?
 させやすくなるか、それともジャマされるか、難しいところでありますな。
 引き込む時の彼女の横島への好感度が彼の生死を分けそうです(^^;

○内海一弘さん
>たとえば3年後とかで
 タダスケが「若い令子」がいる世界に3年間も居座ってたら、そのうち何しに来たのか忘れそうですな<超マテ
 クモが居てくれて何よりであります。
>美神さんとおキヌちゃん
 冥子が代わりに出たということでひとつ。
>ハグ
 むしろ窒息死させるべきだったかも(ぉ

○鋼鉄の騎士さん
 前作は逆行物でしたのでだいたい原作の流れに沿いましたが、今回は好き勝手やってます(ぉ
 横島は前非を悔いて態度を改めるどころか、おバカっぷりがますますひどくなっておりますが(笑)。

○Februaryさん
 依頼を受けてたのは小竜姫さまじゃなくて冥子ちゃんでありましたー。
>今回の横島に対するお仕置き
 お仕置き役が女の子なのはちょっとまずいかと愚考致しますが(笑)。
>世界の八割はロリコンらしいから!!
 そ、そうだったのかー!
 しかし究極自己愛と二股で三重苦となっては、弁解の余地はなさそうです(w
>人工幽霊壱号
 つまり小竜姫さまのご寝所として出演したいと?<超マテ

○kkhnさん
>カリンと横島はすでにカレカノなんじゃねーか?と最近とみに思う
 まだだ、まだ落ちんよ(ぇー
>美神令子が出なくても話が進むなら無理に出そうとして歪めるよりも「きっと元気にやってるさ」でいいのではないでしょうか
 ありがとうございますー、そのように言っていただけると安心します。
 前作のアシュ編では南極戦までリタイアさせるという大技をかましましたが、今度はアシュ関連の事件すら起きてないという、まさにタイガー扱いになってます(汗)。
 でも筆者は決して令子ヘイト者とかではないことをここに強く明記しておくものでありますです。あくまで技量未熟のため、展開の都合上活躍させてやれないだけなのですよー(・_・ )( ・_・)

○minoさん
>今の貴様に比べたらタダスケの高校時代なんて聞くも涙語るも涙
 タダスケ主観だと、実は大勢の女の子に好かれてたという事実はきれいに抜け落ちますからねぇ。横島がそれを聞かされたらさぞ同情……いや増長するかも。
>なぜならこちらにはグレート・ワイフの目は届かないのだから!
 未来令子が入院してる病院でさえセクハラしてたくらいですから、大義名分まであるとなるとどれほどの悪行をかますことやら想像がつきませんなぁ。
 なぜ未来令子さんはこんな男と結婚したのでしょう。もしかして世の女性たちのためにあえて体を張ったのか!?<超違
>蜘蛛退治ですが美神やおキヌちゃんは出なくても良いのですが(マテ)
 いやいや痛み入ります(ぉぃ
>そうなると何故毒素に感染したのか
 えーと、タダスケがカプリスの世界に来たのは単に時間移動に失敗からであって、ここの令子が感染するかどうかとは無関係なのであります。
 ちなみにタダスケが時間移動を試みたのは、彼がもといた世界の令子が原作通りの経過で感染したからです。それで過去に行って血清の材料を取って来ようと思ったのですが、制御ミスでカプリス世界に来てしまった、と。

○読石さん
>カリンさん横島くんを胸元に抱き寄せたりとかしたりと普通に恋人同士のじゃれあいにしか見えませんねぇ
 一応は本体と分身の間柄ですし、仲良きことは美し……いけど、カリンもその方向性は考えた方がいいかも知れませんねぇ(^^;
>著しすぎる富の偏在
 まったくです。世の中まちがってます(ぉ
>展開が全く読めず次回が非常に楽しみです
 ありがとうございますー。
 これからも先を読ませない面白い話を書きたいと思います。

   ではまた。

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