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「スランプ・オーバーズ!24(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-04-03 23:30)
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 六道家の屋敷には、冥子がこっそり通う秘密の部屋が存在する。
 その部屋は冥子が小学生の頃に偶然見つけた隠し部屋で、どうやら父のライフワークであるオカルトアイテムコレクションを、秘密裡に保管するためのスペースらしかった。同じような部屋は、恐らくは沢山あったのだろう。
 でも確保するだけしておいて使われてはおらず、冥子が入り込んだ時、足元から埃が舞い上がって彼女はけほけほと咽てしまった。
 空っぽのショウケースや木製の陳列棚が並ぶ、屋敷の規模と比べると小さめの部屋である。天井も幾分低く、小学生の冥子には丁度良いサイズだった。
 冥子はここを自分だけの秘密の隠れ家にして、お気に入りのぬいぐるみやクレヨン、おもちゃの類を持ち込んでは十二神将と共に遊ぶようになった。同年代の友達がいなかった分、一人で遊ぶ道具だけは不自由しなかった。

 周囲の大人、特に冥子の母は埃に汚れた靴やスカートを見て、冥子が何か隠し事をしているのにあっさり気付いたが、黙っていた。ただ、使用人数十人体制で娘が危険なことをしないか監視…もとい、見守っただけ。十二神将がいれば身の安全だけは保障されるが、周囲への被害を出さないために、母の眼は必要だった。

 その内、秘密の部屋は冥子の逃避場所として使われるようになった。学校で嫌な事があったとき、母に叱られたとき…身体が大きくなるにつれ狭く、でも不思議な安心感に包まれるその部屋で、冥子は涙を流した。
 大人になった今でも、その部屋はおもちゃやぬいぐるみ、壁一面の落書き…十二神将と遊ぶうちに壊してしまった棚の残骸がそのまま残っている。

 部屋には天窓があった。隠し部屋の窓らしく、普段は屋根と一体化して部屋の所在を隠している。お父様らしい遊び心だわ〜、と冥子は子供ながらに思ったものだ。
 スイッチ操作で音もなく天井の一部が丸く切り取られ、空が徐々に現れる様子が冥子はお気に入りで、電気を消した部屋で天窓一つから降り注ぐ光を浴びながら、ぼーっと空を眺める時間は少なくなかった。


 (あ〜〜………)


 冥子は今、ぼんやりと子供の頃を思い出しながら…くるくると回る青空を眺めていた。
 何で回ってるんだっけ〜? と痺れたように上手く動かない頭で考える。


 「――――ちゃん! 冥子ちゃん!!」

 「…あお〜い…」

 「冥子ちゃんしっかりして!!」


 誰だっけ。

 朦朧と霞む思考の中、冥子はやけに切羽詰った声を張り上げる相手を探して、視線を動かした。
 音源は、右手でしっかりと握り締めた何かだった。無意識の内に掴んでいたらしい。
 ああ、これは…お気に入りのブローチだ。そういえば、ペンダントにして提げてたなあ。
 でも…こんなに…ぼろぼろだったかな?


 「冥子ちゃんってば!!」

 「―――――――――――――っ!?」


 意識が覚醒したと同時に、身を苛む風の強さと修行着がはためく音が冥子の五感に強く警告を発する。命の危険レベルの警報だ。
 冥子は、仰向けに回転しながら落下中だった。空は、回りはしない。


 「うわあ、私落ちてるの〜?」

 「の〜? って暢気な事言ってないで早くシンダラ出してっ! 溶岩の海に落ちて骨まで溶けるわよっ!!」


 中央の薄紅色の石は無事だが、金縁の装飾部分の大半が壊れた痛々しい姿のころめは、眼下に赤熱した地面と、逆鱗への刺激によって暴れ方が半端ではなくなった小竜姫を視認して騒ぐ。
 状況にやっと頭の整理が追いついた冥子も、慌ててシンダラを大声で呼んだ。地上の点のように小さな冥子の影から飛び出したシンダラは、急上昇して主を助けるとそのまま現場から離脱していった。


 「冥子ちゃん、霊力はまだ残ってる…?」

 「う、うん…でも〜…もう、さっきと同じことは出来ないと思う〜…」

 「…私も、冥子ちゃん助けるのにかなり使っちゃったから…」


 異界の広さは果てしない。小竜姫の暴れる一画から一旦退却した冥子は、シンダラを暴竜の視界の外まで飛ばして安全を確認してから、地面へと降り立った。
 途端に膝がかくんと崩れて、どっと汗が噴き出してくる。擬似暴走のつけは大きい。


 「ああ…ころめちゃん、ぼろぼろ〜…さっき、小竜姫様の攻撃から庇ってくれたのね〜」

 「霊波をクッション代わりにしたんだけど…力が強くて吹き飛んじゃった。スペースショットも真っ青の打ち上げ体験だったわあ…」

 「大丈夫? 大丈夫〜…?」

 「ご安心を。本体には影響無いわ。それより問題は、小竜姫様に起きてる異変よ。私が感じた黒い波動…逆鱗にくっついて常に刺激を与え、竜化を解除させないようにしている」

 「ふぇええ…だからさっきみたいに…」

 「まずそれを除去してからじゃないと、正気に戻せない寸法ね。誰だか知らないけど、えぐいことしてくれるわ…」


 姿が見えないほど遠ざかっているにも関わらず、竜の怒号はここまで聞こえてくる。
 これは小竜姫の悲鳴だ。
 意に反する行為を強いられる、竜神族の姫の苦痛。
 暴走は、決して解放とは違う。委ねたところで心も身体も楽になりはしない。
 冥子には今の小竜姫の辛さがはっきりと分かる。


 「…絶対、止めるわ〜」

 「…うん。犯人の奴に、きっちり落とし前着けさせてやらなきゃね」

 「ころめちゃん、令子ちゃんみたい〜」

 「何言ってるの。最初に小竜姫様が仰ったでしょ? 私は貴女の第三の目、第二の心、そして第一の友。私の想いは全て冥子ちゃんの想い。美神令子じゃなくて、『六道冥子』の、ね」


 ころめの言葉は、冥子をいつも勇気付ける。
 自分はこんなにぼろぼろなのに、冥子だったら多分泣き出すくらいぼろぼろなのに、誰よりも強い意志で己の信念をはっきりと伝えてくる。


 「だから、もう一頑張り! ね、冥子ちゃん!」

 「……………うん。お願いころめちゃん、私に力を貸して〜!!」


 冥子はふらつく足に活を入れて立ち上がり、頬の汚れを手の甲で拭った。視線は一点…小竜姫の嘶く方角に据えられて曇りなく力強い。

 残る霊力は少なく、対する相手は変わらず強大。

 それでも、冥子はもう、決して揺るがない。一歩も退かない。

 美神に認めてもらうためでも、GS免許のためでも無く。


 六道冥子が六道冥子たるために。


 インダラに飛び乗った一人の式神使いは、再び暴竜の懐へと駆け出すのだった。


               スランプ・オーバーズ! 24

                    「終息」


 「小竜姫様を鎮める方法はさっきと同じよ。ただ手段と時間がシビアになっただけ」

 疾駆するインダラの鞍上で、冥子ところめは最後の打ち合わせをしていた。

 「逆鱗を蝕んでる物の正体は分からないけど、霊毒を染み込ませた呪符の一種だと考えられる。これを除去してから再度ハイラの毛針を打ち込むしかないわ」

 「そうね〜…アジラちゃんかサンチラちゃんにお願いして、じくじくの元を焼いてもらう?」

 「ううん。ここからは詰め将棋よ、冥子ちゃん。限られた霊力で最適な式神を最適な場所に配置する必要がある。切り札だった擬似暴走がもう使えない以上…取れる手段は限られてくる」

 ころめの本体であるブローチは、今は冥子の胸元に留められている。たった一撃小竜姫の攻撃を凌いだだけで、白毛の紐は千切れ本体も傷ついた。二度目は無い、ところめはその身で痛感してしまう。
 溜め込んでいた霊力も大半は持っていかれたし、内心の焦りを顔に…眼に出さないよう、ころめは己を律する。

 「…私とクビラの霊視で逆鱗の位置を見定めて…アジラとサンチラには火炎の迎撃…アンチラとシンダラにはかく乱を続けてもらって…」

 「…待って、ころめちゃん。もしかして、このまま待ってたら小竜姫様の霊力が尽きて〜、ぱたんきゅうってならないかしら〜?」

 それこそ、自分の暴走とは比較にならない規模の霊力放射を続ける小竜姫。静観していても霊力が枯渇して元に戻るのでは、と若干の希望的観測も交えて冥子は言った。タンクが空になれば、無い袖は触れなくなる。
 周囲への被害も異界である限りは無視していいだろうし、いくら小竜姫でも、竜体のままで何時間も暴れてはいられないのでは。

 「駄目よ。神族の霊力は生命力に等しい。強引な暴走で霊力を垂れ流している状態のまま放っておけば、霊体の維持に必要な分まで消費しちゃう。見殺しには出来ないでしょ」

 「じゃあやっぱり…」

 「ええ。今のうちに何とかしないとね」

 そう都合良くはいかないか。弱気になっていた自分を反省し、ならばと冥子は自分の霊力の限界がどの辺りかを見定める。何匹式神を呼べて、何発霊波砲が撃てるか…ころめの言う通り、最適な手段を模索しながら。

 が、そこで苦しげに空でのたうつ小竜姫が視界に入った。

 その姿を見た途端、細かな計算はどこかへ吹き飛んだ。暴竜の眼に、もう冥子の姿は映っていない。逆鱗の疼きが促すままに、そこら中を破壊・蹂躙し、火炎で炙って焼き払う。

 「…苦しそう、小竜姫様〜」

 「うん、だから対策をきちんと…」

 「…ころめちゃん、駄目〜。私ね、やっぱり令子ちゃんみたいには動けない…」

「え?」

 「難しい作戦とか、向いてないみたい〜…だからね、だから…もっと簡単に言って?」

 「ええ!? ちょっと、今更何を…?」

 擬似暴走の際にも、冥子はころめの的確な指示と精密な霊力調整で小竜姫と渡り合っている。
 難しいも何も、冥子は完璧にころめの期待に応えられているのだ。それを今更難解だとごねられても。
 ころめの頭は真っ白になる。

 「ころめちゃん、私を気遣ってすごく細かいところまで指示を出してくれるでしょ? そういうの、もういらない〜。もっと簡単でいいの〜」

 ぱからん、とインダラの足が自然に止まった。
 冥子はころめを手に取ると、真正面から柔らかな眼差しで己が分身を見詰める。


 冥子の瞳を見て、ころめは悟る。


 「…そっかあ、私…冥子ちゃんの保護者気取りだったんだ。冥子ちゃんを信じきっていなかったんだ」

 心眼の役目は、主の迷いを払拭する光明となること。手を取って歩くことはあっても、それ以上の補助は主のためにも行わない。

 冥子の成長が嬉しくて。

 冥子の笑顔が可愛くて。

 ころめはついつい、役目を超えて手助けしてしまう。
 彼女のためにならないと知っていても…自分がいつまでも彼女の傍にいられない、と理解しているから。
 せめて、心眼ころめが在る限りは…冥子の潜在する全ての能力を引き出してあげたい。

 「冥子ちゃんはとっくに、私なんかの想像の上にいるんだ。小賢しい対策とか指示は…貴女には不要だったのね」

 六道冥子の強さの根幹は、自然天然天衣無縫の心にこそある。誰もがそう考えていた。
 でも違った。
 冥子の持つ本当の強さは、無垢な心程度ではない。
 誰のどんな言葉や力、思想にも揺るがない『不濁の強さ』こそが根幹にある。
 それ故に外見上はマイペースで、お嬢様で、脱力系の性格に間違われる。

 どんな色を足しても透明。

 冥子から離れ、客観的に彼女を見たからこそ分かる、その本質。その尊さ。

 心格を理想の強さとするなら、今の冥子は現実の強さ。そして現実は、時に理想を凌駕する強さを見せる。

 ころめは完全に理解する。

 彼女は…もう、霊能的にも精神的にも、補助が必要な存在ではない。

 「…六道冥子はもう、私が居た頃の女の子じゃないってことね。うわー…私、あっという間にお役御免?」

 「ころめちゃんのお陰で、私は私の頑張れること、分かったの〜。だからね、だから…もう、いいよ〜? ころめちゃんは私の心眼じゃなくて、一人の『ただのころめ』ちゃんになって…そして本当のお友達になろう?」

 そうころめに語りかける冥子の顔は、動物園で泣いていた彼女からは想像も出来ないほど、穏やかで大人びていた。

 「私にしてほしいこと、言って? 小竜姫様を元に戻すには、どうすればいい〜? 式神のあの子をどうとか、霊力の残りが〜とかはいいから〜。もっと私を信じて〜」

 教え導く心眼というかたちから、目線を同じくする『お友達』に。

 そうだった、ところめは思う。

 冥子は最初から、自分を友人だと言ってくれた。自分でも第一の友人だ等と言っておきながら、その旨冥子を手のかかる妹か弟子のようにしか考えていなかった。

 …理解するのが遅すぎた。

 でも、全くもって悪い気はしない。

 「…冥子ちゃんに教えられるとはね。うん、いいわ…何だかすっごくいいわよ、冥子ちゃん! 俄然やる気出てきたーー!!」

 心眼を見開いて叫ぶころめに、冥子は真顔に戻って言う。ころめを胸に留め直し、同じ方向を向いて。

 「どうすればいい〜?」

 「簡単よ!」

 心眼としての使命や、心格としての義務感なんかを全て吹っ切ったころめは、高らかに叫ぶ。

 「冥子ちゃんが抑えてる間に、私がころめレーザーで呪符を焼き払う! んでもってその直後に眉間に一撃っ! 名づけて『出張! 青空鍼灸院 in 妙神山 〜貴女の暴走、癒します〜』!! どう冥子ちゃん!? 出来るっ!?」

 「任せて〜! シンダラちゃん、ころめちゃんを銜えて飛んで〜!」

 「…あー、なんかこっちのがしっくりくるわね。令子ちゃんの真似して理詰めで考えてたら、肩凝っちゃった」

 「だって、貴女は私だもの〜…あ、肩ってどの辺〜? 終わったら揉んであげる〜」

 「…いあ割れちゃうから。じゃあ行ってくるわね! サポートよろしくっ!」

 暴竜・小竜姫をほったらかしにして理解を深めた二人は、ころめの言葉とは裏腹に肩の力の抜ける会話で場を支配すると、僅かな言葉のやり取りだけで自分の役割を認識し、それぞれの持ち場へと散っていった。
 シンダラに銜えられたころめは小竜姫よりもずっと高い空へ。
 インダラを駆る冥子は、小竜姫を抑えるべく残された霊力を必死に高めて。

 作戦名はしょうもないが、冥子&ころめが辿り着いた『二人の位置』による、真のコンビネーションがここに、本当にようやく姿を見せようとしていた。


 「馬鹿がいまちゅ。無為無策で単身飛び出した挙句の果てに手がかり一つ見つけずに遭難した馬鹿がいまちゅ」

 「………うっさいやい…」


 その頃、東京に程近い某県山中において。
 空腹及び疲労のせいで川辺にぶっ倒れているバンダナの青年を、第一発見者の少女が介抱というか介錯っぽい言葉の刃でなますに切り刻んでいたりしたが、物語とはあんまり関係無かった。


 「追いかけてきたパピに感謝するでちゅよ? もしくはやること為すこと全てがコメディな自分の体質とか」

 「…誰か可哀想な俺に優しい言葉ぷりーず……がふっ」


 おキヌとショウはチリを鬼門の方へ向かわせた後、自分達は斉天大聖の元へと急いでいた。
 老師は正確には妙神山に常駐する神族ではないので、屋敷に寝泊りする部屋があるわけではない。
 だが、各種ゲーム機にネット設備、天界では構築出来ないPC環境を実現するために、下界、妙神山に通称ゲーム猿部屋を確保してあった。最近は物騒な事件も無いので、お猿は入り浸りになっていたのだが。

 「こっちじゃキヌ! 猿はいっつもこの部屋で遊んでおるっ!」

 屋敷の中庭から、靴を脱ぐ間も惜しんで廊下へ土足で駆け上がった二人は、ショウの先導のもとその部屋を目指した。

 「ここじゃ! くおら勝ち逃げ猿っ!! 緊急事態じゃ出てこんかああああっ!」

 どばしーん、とショウが勢いにあかせて老師の部屋の障子を蹴り開けると。

 「………うむ?」

 老師のずんぐりむっくりとした後姿とは似ても似つかぬ細身の影が…明かりを消した室内で胡坐をかき、ぶつぶつと何事か呟きながらシューティングゲームに興じていた。特徴的な髪型が、後ろからでも良く分かる。


 「うふふふふ……甘いのねー…我が心眼の極みにかかれば、この程度の弾幕などゼビウス一面前半の如し! 温いっ! 私を撃墜したかったら難易度GODを用意することね! ふふふふ…首〇蜂でも〇姫でも東〇でも何でもかかってくるがよいの「不審者あああああああああああああああっ!!!!」ねびゅらあっ!?」


 そのどう見てもイっちゃってる人影目掛け、ショウは情け容赦の無いドロップキックを側頭部に見舞い、彼女は傍らのゲームソフトの山へ頭から叩き込まれた。
 轟音と共に崩落したソフトの山から、小ぶりなお尻とひくひくと蠢く両足が突き出ている。

 「ショウ様今の音は!? って、このうっすらと見覚えある下半身は…あ、ヒャクメ様あああああああっ!? ちょ、ショウ様っ!?」

 「ぬ、こ奴は知り合いかキヌよ。神族の者とも思えぬケバケバしいオーラだったゆえ、小竜姫に手を下した犯人かと先制攻撃を」

 「知らない人にドロップキックしちゃいけません!!」

 「オレの本能が勝てると囁いたんじゃあ!!」

 おキヌは取りあえず、段々動きが鈍くなってきた彼女の足首を掴んで力任せに引っこ抜く。
 一方ゲーム画面では、一杯に広がった敵の弾幕に、操縦者のいないヒャクメの機体は連続で撃墜され、あえなくゲームオーバーの文字を躍らせていたりした。


 「せっかく安地発見したのにぃぃぃ……ひどいのねぇぇぇ…」


 一瞬で全てを台無しにされたヒャクメは、くわーんと耳鳴りのする頭を抑え、うつ伏せのまましくしくと畳を涙で濡らすのだった。


 グガオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!


 小竜姫の咆哮は時間が経つにつれ、その激しさと痛々しさを増していく。
 絶対的な霊力量はかなり減っているはずでも、放出されている霊波の質が病的なまでに鋭く、他を圧倒している。ロウソクの最後の輝き、だろうか。

 「見つけたっ! 逆鱗と呪符! 読み通りっ!」

 シンダラと共に小竜姫の頭上から霊視を行い、彼女を蝕む符の位置を特定したころめは、霊波砲を放つべくその身に霊気を集束し始める。


 ビキッ


 「っと!? うわお、危ない危ない…もう時間ないわねー…一発で決めなくちゃ!」

 思えば、酷使が続いていた。
 もともと、心眼とは小竜姫の竜気と霊気によって生まれ出る仮初の存在。そこに文珠『移』によって無理矢理冥子の心格を移し、ころめとなったその身は…きわめて不安定だった。
 その事は、美神も小竜姫も…ころめ本人さえも承知していること。全て理解した上で、ころめは冥子の身から分離することを選んだ。
 だから、ころめは全身全霊で冥子を鍛えてきた。後悔の無いよう、胸を張って冥子を一人前と呼べるよう。
 しかし小竜姫の暴走という非常事態が、ころめに残された時間をあっという間に削り取ってしまった。
 擬似暴走の要として、溢れんばかりに流入してくる霊力を制御し式神へ送り続けた挙句、竜との激突を防ぐために瞬間的に膨大な量の霊波を、それこそ今のころめが出せる最大威力の霊波砲で衝撃を相殺したお陰で…
 ころめがころめでいられる時間は、残り僅かだった。

 「…ま、土壇場で冥子ちゃんの成長を確認出来たし、未練は無いわねー」

 ぴきっ、ぱきっとブローチの装飾部分が剥がれて落ちていく。
 心眼が開いている宝石にも、崩壊の予兆は現れていた。
 ころめは慎重に霊波を紡ぐ。逆鱗を撃つまでは消えるわけにはいかない。

 「冥子ちゃん、これからは朝も一人で起きられるようにならないとね。ああそうだ、お料理とかお洗濯とか…その辺も出来るようになってほしいな」

 眼下では、インダラに乗った冥子が見事な手綱捌きで小竜姫の火炎を避けている。ころめの中の記憶にある、馬術のお稽古風景ののんびりさ加減からは、まるで想像のつかない光景だ。

 「恋人も出来るといいな。令子ちゃんと横島君みたいなカップル、やっぱり憧れるわよねー…あのじれったい感じがいいわあ…」

 ころめはシンダラを急降下させる。小竜姫は冥子に気をとられて自分には気付いていない。背中の逆鱗と、それを蝕む符がはっきりと見て取れた。狙いを定め、更に霊波を紡いでいく。


 ぱきんっ


 「おわっと! もうちょっともって…まだ射程外なのよ…っ!」

 ぼろりと、大き目の破片が宝石から欠け落ちた。急降下中のころめに、自分の身を気遣う余裕は既に無い。
 装飾部分もとっくに剥がれてしまい、シンダラは直接宝石を銜えていた。絶妙な力加減で、ころめを傷つけないように…けれど、しっかりと。

 「楽しかったなあ…ちょっと恵まれすぎ、ってくらい楽しかった。令子ちゃん達とも沢山お話出来たし、大満足ね」

 独り言を呟くそばから、ぽろぽろと欠片が砕けて飛んでいく。
 でも、もうころめは気にしなかった。

 「……………さて、最後の最期…『見敵必殺・ファイナルころめバスター』準備完了っ! 冥子ちゃん、後はよろしくっ!」

 シンダラの接近に気付いた冥子が、小竜姫を抑えるべく何かを叫んだ。同時に影から残り全ての式神が飛び出し、まるで訓練された一個小隊のように苛烈な攻撃を仕掛けていく。雷が、火炎が、斬撃が、体当たりが、鉄拳が…雨のように小竜姫へ降り注ぐ。

 「っわあああああああああああああああああっ!!!!」

 冥子自身も、残る全ての霊力をかき集めた特大の霊波砲を放って、小竜姫の横っ面に叩き込んだ。

 暴力対暴力の見本のような、凄まじい力のぶつかり合い。

 冥子と十二神将の完璧な連携攻撃を見ながら。
 ここだ、とばかりにころめは叫ぶ。冥子の全霊に応えるように、共鳴するかのように。


 「ファァァイナルッ!!」


 心眼が、限界まで見開く。


 「こっろっめえーーっ!!」


 その焦点に、白銀色の霊波が集束する。


 「バスタアアアーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 …発射の瞬間、何故か冥子の笑顔が脳裏に浮かんだ。致命的な破砕音と共に。


 撃ち放たれた閃光は、冥子の猛攻で動きの止められた小竜姫の逆鱗を覆う黒い呪符に突き刺さり、一瞬で蒸発させた。
 竜の悲鳴が、激しく木霊する。


 「…みっしょん・こんぷりーと…………いえい」


 満足そうに呟いたころめの身体は、霊波砲の反動でもう、原型を留めていない。


 「しんだらちゃん…ありがとうね…さ…めいこちゃ…とこ…もど」


 最後まで言い終えない内に…最後のかけらは砕け、薄紅色の塵となって空に散る。


 小さな主を失ったシンダラは、名残惜しげに塵の運ばれていった方角を見やると、身を翻して降下していった。


 グルガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!


 ころめの一撃で逆鱗の疼きから解放されたとはいえ、逆鱗に更なる衝撃を喰らったのは事実だ。
 小竜姫の咆哮を真正面から受け止めて退かない冥子は、全身を貫く霊気の過剰運用による激痛に歯を食い縛りながらも、最後の命令…お願いを式神達に告げる。

 「みんなあああああっ! お願い〜〜っ!!」

 言葉にする必要はどこにもない。ころめと冥子がそうであるように、当然冥子と十二神将の間にも。
 六道家に仕える十二神将ではなく、六道冥子只一人の式神であると心底から認識した彼らは、主の願いに応え、主の想いに歓喜する存在。

 アンチラが苦し紛れに放たれた竜の熱い息吹を切り裂き。
 バサラが火炎の残滓ごと、最大級の吸引能力を発揮して小竜姫の動きを抑制する。
 サンチラはその隙に小竜姫の首に巻きつき、ゼロ距離から雷撃を浴びせ。
 アジラは火炎放射で小竜姫の視界を塞ぐ。

 そして、その火炎が晴れたとき。

 メキラのテレポートによってちょこんと小竜姫の鼻先に載ったハイラによる、至近距離からの毛針の一撃が、竜の眉間に突き立った。


 グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!


 暴れまわる小竜姫から振り落とされたハイラやサンチラを、インダラと上空からシンダラがそれぞれ高速で回収し、離脱。
 竜の尾が叩き砕いて飛散する岩や土くれは、ビカラとマコラが冥子の前で迎撃した。

 アアアア……アア

 か細い悲鳴を最後に残して、小竜姫は地響きと共に地面へその身を横たえた。
 冥子は念のためにクビラによる霊視で彼女が本当に力尽きたのか、また、逆鱗付近におかしなものが残っていないかを確認し…

 「…おわ、ったあ……やったわ〜…ころめちゃ…ん」

 ぎりぎりまで霊力を消耗し、汗びっしょりに蒼褪めた顔を綻ばせた冥子は、その場に昏倒した。
 地面に倒れる寸前、ショウトラがひょいと彼女の上半身をふかふかの毛皮で受け止める。冥子は微笑を浮かべたまま、すうすうと寝息を立てていた。
 人型に戻った小竜姫もまた、眼を回して気絶している。普段の竜化と違い、霊力の大半以上を使い切ったためにすぐには覚醒出来ないだろうが。


 冥子の襟首を銜えて、器用に彼女の体を地面に寝かせたショウトラは、何度か冥子の頬を舐めるとその傍から離れた。

 わおーーーーんっ

 ショウトラの遠吠えに続いて、十二神将全ての何かを悼むような、悲しむような声が…異界に響き渡る。

 彼らは冥子の影に戻らず、ずっと。
 鎮魂のためなのか、切ない鳴き声を上げ続けるのだった。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 小竜姫との決着と、薄々も何もあからさまに伏線を張り続けてきたころめの消滅。
 『心眼』はもともと、ずっと一緒にいられるような存在ではない、と作者は考えますし。レスにも頂いたように、あくまで補助器具の役割です。
 彼女がいる限り、冥子は真の意味で一人前とはなれないでしょう。


 ではレス返しです。


 内海一弘様
 ころめは冥子の成長をきちんと見届けました。ということで笑顔でお見送りを。
 オカルトアイテムにはエグいものが沢山ありそうで、伝馬はその手の物に精通している設定です。何考えてるのかは、次シリーズにて。にんにん。
 冥子ところめで賑やかにやれるのも、今回まで。うーむ、寂しい話です…


 柳野雫様
 伝馬絡みのお話を挿入したことで、冥子編は異常に長くなってしまったような気がしましたが多分気のせいですよそうですよね。次シリーズで回収致します。
 ババを引く、鬼門。幸せになる権利は鬼にだってあるはずですが、どうしてもこうなるんですよねえ…何が悪いのでしょう。小竜姫もこっそり不幸属性。
 冥子&ころめコンビ、好きだったんですけれども今回限り。合掌。


 木藤様
 伝馬の能力…一応伏せるのがルールですよね。アイテム使いである、とだけ。
 そしてカーンの復讐が分かりません…す、すたーとれっく? 管狐と因果関係が…? 凄いな海外SF!
 厄珍も商売敵くらいいるだろうなあと思って考えたのが伝馬です。相応の因縁はありますようー。怨み骨髄。


 霧島勇気様
 初レス有難うございます!
 長いお話にお付き合いいただき、感謝の念に耐えませんなあ。
 前々話での横島の〜というのは、美神親子相手に啖呵切って飛び出したアレでしょうか。勿論、その前の台詞含みで。
 言い訳をさせてもらうと、この横島の行動の根幹には『不安』があります。他者に、ではなく自分に、ですね。作中にこそこそと横島の奇異な行動は散りばめてあるのですが、それはまあともかく。不安っちゅうのは、えてして動くことで解消されたり和らいだりするものです。横島の不安の中身は、今後のお話で言及するものなので…この場では語れないのが歯痒いですがっ。私見ですが、横島は恐らくシロタマについては楽観視しているのでは、と。あいつ等なら平気やろ、てな感じに。それが今回、このような事態になって不安と噛み合い、勇み足をするきっかけとなってしまった。いざとなれば美神が助けてくれるとも思っていた筈です。
 で、美神ですが。彼女もまた、シロタマについては楽観視に加え…重要視もしていない存在なのではないでしょうか。犬神の生態についても詳しいだろう美神ですから、もともと保護してどうこうする存在ではない、野生の獣であると。発言の冷めた部分は、公人としての立場を表明したものなのはご理解頂けていると思います。
 シナリオのためにキャラを振り回しているように見える…がふっ。これはどんな言い訳も出来ない、作者の力量不足ですね。あ、でも、ビデオレターはそもそも、タマモがシロを騙して届けさせたのが最初で最後の設定だったんですが…一発ネタで。シロタマについては、次シリーズで空白期間の出来事を補完するつもりだったので、もう少々お待ちを。半分くらいは予定通りの進行なんですが。がが。
 うわ言い訳長っ! 格好悪っ!
 しかし、貴重なご意見を聞かせてもらって感謝しております。該当部分を見直して、自分でもなるほどと思ってしまいました。伝える事の難しさったらないな!
 今後は見苦しい言い訳をしないよう、精進致します。日々是勉強也。


 以上レス返しでした。皆様有難うございました。


 次回、冥子編エピローグ。来週中には上げたいと…お仕事の都合で、書く時間が限られてしまいそうですが。

 ではこの辺で。最後までお読みいただき、本当に有難うございました!

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