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「スランプ・オーバーズ!23(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-03-24 21:55/2007-03-24 21:56)
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 「ねえ、ころめちゃん〜」

 「なーに?」


 その会話は一昨日の夜、澄み切った満天の星空の下で為されたもの。
 連日の修行による疲労で爆睡中のおキヌを起こさないよう、忍び足で部屋を抜け出して訪れた、中庭と夜空を臨む縁側にて。


 「私、令子ちゃんに褒めてもらえると思う〜?」

 「んー…彼女、厳しいからね。ちょっとやそっとの事じゃ認めてくれないでしょうね」

 「やっぱりそう思う〜? 私も、霊波砲とかどか〜んって出来るくらいじゃ、一人前って言ってくれないと思うの〜」

 「理想が高いからねー。でも、無理難題は押し付けてこないわよ。冥子ちゃんに出来ないことは言わないでしょ」

 「期待してくれてるのよね〜…頑張って応えなきゃって思うんだけど、こう、何て言うのかしら〜…それだけじゃ駄目な気がするの〜」

 「ははー…そんな事考えてたら、眠れなくなっちゃったのね」

 「ころめちゃん鋭〜い」


 冥子の修行はおキヌよりも内容が濃い。打てば響く冥子の飲み込みの良さに、小竜姫が知らず熱くなっているケースも多々ある。
 単純な霊的素養で比べれば、冥子は誰よりも優れていた。
 だからこそ、壁も分厚い。突破できそうな材料は揃っているのに、構築の仕方が思い浮かばない。冥子のアンバランスさはそんな面にも現れている。


 「どうしたら令子ちゃん、一発で私のこと認めてくれるかしら〜」

 「そうねえ…今までどうしようもなかった事を、どうにかしてみる…ってのは如何?」

 「どうしようもなかった事…?」

 「冥子ちゃんにはあるでしょ? 起これば最後、誰にも止められない台風みたいなものが」


 そこまでヒントを出されれば、冥子でも分かる。自分自身の代名詞とまで言われ恐れられたものだ。


 「あう…でも〜…皆が暴れてる間って、全然記憶にないの〜」

 「そこを『どうにか』するの! 令子ちゃんも、もしも貴女が暴走を制御した、なんて分かったら褒めざるを得ないと思うわよっ」

 「そうかな〜」

 「そうよっ!」

 「そうかな〜…」

 「心眼ころめの言葉を信じなさい! 私も手伝うんだから!」

 「む〜…じゃあやってみる。一緒に頑張ろ〜」


 ころめも正直、一朝一夕で達成出来るとは思わない。でも妙神山に来てからの冥子の成長ぶりは、もしかしたらという期待感を抱かせるには十分過ぎる。
 冥子がやる気を出しており、ころめや小竜姫という師匠に恵まれている今、この時なら…冥子最大のデメリットをメリットに変える方法が見つかるかも知れない。


 「…頑張ろう、冥子ちゃん。私、精一杯サポートするから。冥子ちゃんのために、冥子ちゃんが一人前になるために。私がいなくても泣かないように、ね」

 「あ〜、また子供扱いした〜!」

 「ふふ…ほら、もうお部屋に戻りましょう。明日もきっと、小竜姫様張り切るだろうしね」

 「…ころめちゃん?」

 「んー?」

 「いなくなったりしないよね〜?」

 「もっちろん。私はいつも冥子ちゃんと一緒よ」


 …ころめは、即答したときの冥子の笑顔が忘れられない。
 そして、即答してしまった自分にも驚いた。自分はもっと…先に待つ現実を理解していると思っていた。頭でも心の中でも。
 でも何故か、口が勝手に動いていた。
 冥子の甘えん坊な部分が、どうやら自分にもあったようだ。ころめは心中で苦笑してその部分に思いを馳せた。
 まだ時間はある。
 ゆっくりのんびりと、冥子との時間を大切に紡いでいこう。


 「…焦らずいきましょ、マイペースに」

 「それは得意かも〜」


 時間はある。


 そう、ころめは信じていた。


 けれど、時計の針は唐突に加速を始める。


 一つの、覆らない結末へと。


 否応無しに、転がるように。


 止まる事無く…加速していく。


               スランプ・オーバーズ! 23

                    「黒意」


 斬線が竜の体表を螺旋に奔った。アンチラを載せたシンダラによる超高速の斬撃だ。
 冥子は暴走する小竜姫の周囲を、インダラを駆って接近と回避の両方をこなしていく。

 「冥子ちゃん、さっきの段取り分かってるわね!?」

 「うん〜! でもころめちゃん、ほんとに大丈夫なんだよね?」

 「くどいっ! 貴女は制御に全霊を傾けてっ!」

 アンチラの刃は確実に小竜姫を捉えているが、鋼のような竜鱗の硬さに有効打となっていない。いつぞやの対アーサー・ベヒモスボディ戦を髣髴させる硬度だ。
 あの時と違うのは、ベヒモスが敏捷性皆無だったのに比べ、こちらは空を支配するかのように暴れ回る素早さを持っていること。
 どんな攻撃も通さない鱗と、全てを焼き尽くす火炎の吐息。それに加えて敏捷性…絶望するに十分な材料が、これでもかと提示されている。
 周囲を飛び回るシンダラに手を焼きつつも、怒れる竜は冥子に向けて大きく口を開いた。灼熱の塊が、口周りの空気を揺らめかせる。

 「! メキラちゃ〜んっ!」

 冥子の影から飛び出したメキラが、冥子とインダラを含めてテレポートする。それと同時に、吐き出された火炎が帯状に地面を焼き払った。
 竜の右側へ転移した冥子は、すぐさまメキラを影に戻し、アンチラによる攻撃を続行する。十二神将の中で、辛うじてアンチラ&シンダラのコンビだけが、速度と鋭さの二面において竜と拮抗する力を発揮出来ていた。


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 竜の咆哮は、それだけで衝撃波のように辺りを震わせる。インダラの足運びが乱れるのを、冥子は必死になって宥めて落ち着かせ、決して速度を緩めない。
 既に地面は度重なる火炎の洗礼に晒され、赤熱の絨毯のように赤黒く染まってきている。まともに火炎を浴びた部分は爛れてしまい、走れたものではなかった。
 熱波に汗を噴き出しながら、冥子は竜と付かず離れずの距離を保ち続ける。

 「…アジラの炎なんて、これに比べたらロウソクね」

 ころめの愚痴も、この惨状を見れば頷ける。言葉少なに集中し続ける冥子に代わり、ころめは心眼の機能をフル回転させて竜の弱点を探っていた。
 おキヌの言によれば、小竜姫の眉間を霊気による攻撃を加えれば暴走は止むという。
 だが、アンチラの斬撃が眉間をなぞっても、小竜姫は怯むどころかますます猛る一方で手が付けられない。単なる弱点ではなくて恐らくは、眉間の内側に竜化を解く経穴のような…一種のツボがあるのだろう。そこを線ではなく点で突く必要がある。
 ハイラの毛針なら、弓矢に近い攻撃を行えるか。霊力をハイラに集中し、一撃に特化した針を撃ち込めばあるいは。
 けれど、相手は空を縦横無尽に飛び回る暴君。足を止めて狙いを定める余裕は全く無い。だからといって、流鏑馬の如くインダラの騎上から狙い撃てる技量が冥子にあるかというと、それも至難の業だ。ハイラ単独で竜の正面に出しても火炎の餌食になるだけだし。

 一時でいいから、小竜姫の動きを封じて毛針を撃つ隙を作らねばならない。

 「最後の手段が最良の手段、か…あはは…もうちょっと時間が欲しいところだったわね」

 「何か言った〜!?」

 「何でも! アンチラ達が気を惹いてくれてる間に、集中集中! やっぱこれしかないんだからね!」

 目には目を、歯には歯を。
 しかし、従来の暴走ではこの竜神を止められない。好き勝手に暴れまわる式神を個別に撃破されて終わるだろう。
 もっと時間を掛けて、じっくりと会得させるつもりだった方法を試すしかない。
 ころめは心眼に蓄えられた霊力で己を強化し、覚悟を決める。

 「こっちは準備完了! 冥子ちゃん、打ち合わせ通りやるわよ、いい!?」

 「こ、ころめちゃんについて行くわ〜!」

 本当に僅かな時間しか、打ち合わせには使えなかった。方法的には単純なため、言葉で伝えるだけならさほど時間は必要無いけれど。
 時間を掛ければ掛けるほど、アンチラ・シンダラ・インダラへの負担が成功率を下げていく。

 (名前、付けてる場合じゃないわね…残念)

 成功すれば冥子の超必殺技となるだけに、ころめは残念がる。この瀬戸際で思うものにしては、どうにも緊張感の足りない感想だったが。
 まあ、自分は冥子ちゃんの心眼だし、と一人で納得。

 「…終わってから、いい名前考えようっと。うん…終わってから」

 「ころめちゃ〜〜ん!? もうアンチラちゃん達じゃ抑えられない〜!!」

 「…じゃあいいわね!? 冥子ちゃん、全霊力解放っ!!」

 「わああああああああああああああああああああああっ!!!」


 声の限りに絶叫する冥子が、インダラの背から飛び降りた。時速で言えば200キロ近い高速の馬上から、だ。

 が、その体は霊力の迸りに呼応して現れる彼女の式神達によって支えられ、無事に着地を果たす。


 「あああああああああああああああああああああああああっ!!」

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 尚も高まり続ける霊力に、十二神将の雄叫びと冥子の声がシンクロする。その異様な鬼気に、暴竜の動きすら一瞬止まった。
 練り上げられた霊力は、普段なら無軌道に放出されて十二神将の制御どころではない。しかし、霊波砲を始めとした霊力制御術のノウハウを驚異的な速さで呑み込んでいった今の冥子は、暴走時と遜色無い霊力量を供給しながらも、我を失うことなくバルブ全開の霊力放射を維持し続けられた。
 しかし、まだ足りない。
 狂戦士と化す十二神将を抑えるためには、彼らとのラインの維持が不可欠。荒れ狂う霊力を凝縮して式神に流し、暴力を武力へと昇華する役目だ。
 そこはころめが受け持つ。冥子には全力で霊力を放射し続けてもらわなければ、小竜姫に対抗する力は生まれない。
 云わば冥子がエンジンを、ころめがステアリングを担当して十二神将を乗りこなすような形だ。最終的には、冥子一人で両方をこなさせるのが、ころめの予定だったが。

 「あぐう…っ!? こりゃ、短期決戦ね…行くわよ冥子ちゃん!」

 「んんんーーーーーーーーーーーっ!!」

 冥子の放射する霊力を、一度その身で受け止めてから十二神将へと送っているころめ。ブローチ全体が霊力の過負荷によって軋んでいた。


 グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 竜の咆哮が圧力となって冥子の体を叩くも、十二神将の霊圧も負けてはいない。彼女を庇うように周囲を囲んで小竜姫と向き合う。

 「みんな〜〜…お願い〜〜〜〜っ!!」


 主の願いに応え、リミッターを解除した式神の群れが、一団となって暴竜に挑む。

 十二の意志、十二の力。

 一つになった彼らの強さは、今、この瞬間だけは。

 暴竜すら脅かす激流となって顕現するのだった。


 とてかん とてかん

 「あー…今日も平和だのう右の」

 とてかん とてかん

 「そうだの左の」


 異界で起こっている事件の事など露知らず、妙神山正門では鬼門の二人が暢気に門の修理を行っていた。
 小竜姫に頼られ、期待すらされている事実を知ったこの二人は、すこぶる上機嫌である。捻り鉢巻が妙にサマになっていた。
 冥子に吹き飛ばされた門扉は、応急処置で一応嵌まってはいる。けれど、本来は外開きの門扉を力いっぱい内側にシバき飛ばされたため、門柱と蝶番も痛んでしまった。
 でも幸いな事に再建時の資材の一部を保管してあったので、修理のために馴染みの業者を呼ぶ必要は無かった。
 因みに、『とっとけば?』と、軽ーく提唱したのは美神である。先見の明というか、経験則というか…
 美神なりに、神族の台所事情を考慮したのかも知れない。
 とてかんっ、と金槌の音が一つ響いて、鬼門の二人は門扉から離れた。

 「よし、終了。何気に大工仕事の腕、上がってるなワシら」

 「屋敷の普請にも駆り出されておるからな。しかしそれも!」

 「うむ!」


 「「小竜姫様に信頼されておるが故の事!」」


 再建されて一年も経っていない正門に、鬼門の荒々しい修理跡は正直みっともないが、本人達は会心の仕事であったとばかりに胸を反らして笑う。


 「おや…」


 ひとしきり爆笑を終え、額の汗を拭った鬼門の耳に、その小さな声と機械音は聞こえてきた。

 「「ぬ?」」

 鬼門両人が足元に視線を落とすと、そこに黒い帽子を被った老人が車椅子姿で佇んでいた。門扉の修理のため、山道に背を向けていたとはいえ…この距離まで接近されて気配に気付かなかったとは。鬼門は警戒心を強めて老人と相対する。

 「おやおや…? おかしいですね。随分と静かだ」

 その老人…伝馬業天は鬼門の姿にも動じず、ただ目だけを細めた。

 「お主、修行希望者か? それにしては随分と歳を食っているようだが」

 「ここは数ある修行場の中でも、こと過酷さにおいて右に出るものはおらぬ妙神山…命が惜しくば、他を当たることだ」

 妙神山正門を守る番人の顔に戻った鬼門の言葉に、伝馬は細めた目に引っ張られるようにして唇の両端を上げた。どこか歪んだ笑みの形だ。

 「いえいえ…あたしは、仲間を迎えに来ただけですよ。仕事を終えて、出てくるはずなんですがねえ…」

 「何?」

 「しかし、おかしい。あたしの命じた仕事をこなしたのなら…こんなに静かでいられやしないのに。仕損じたか?」

 笑みを浮かべたまま訳の分からない言葉を連ねる伝馬に、鬼門は顔を見合わせて門前に立ち塞がった。巻いたままだった鉢巻を解き、両腕を組む。

 「修行希望者でないのなら、きちんと用向きの程を述べよ! 事と次第によっては取り次がんでもない」

 「今は修行者が滞在しておるゆえ、すぐさまとはいかぬがな」

 「…ああ、六道冥子さんと氷室キヌさんでしたかな。ふぅむ…中はどうなっておるのやら。札の起動を確認したからこそ、こうして出向いてきたのに…隠行符も機能しているから…何かトラブル…」

 会話が成立しているようで、しかし伝馬の台詞の端々には不審なものを感じる。

 「…右の。そういえば、先ほどの小竜姫様…不審者がどうのと言っておったな」

 「まさかこの者…」

 霊能者…特に職業霊能者は個性を強く求められる。見た目がどんなに変でも、実力を示せば認められるのがオカルト業界だ。
 伝馬の放つ異様な雰囲気は、個性と呼ぶにはちぐはぐな印象を受ける。鬼門とて妙神山で幾千人もの修行者をその目で見てきたのだ、一目で、とは行かないまでもその者の性格がどんな存在に近いのか…その程度なら看破出来る。

 「…む、おやおや。どうやら気取られたようで」

 「貴様からは邪気を感じる…即刻妙神山から立ち去れい!!」

 「この鬼門ある限り、中へ入れさせはせんぞ!!」

 轟、と高まる鬼門の霊力に、伝馬は感じ入ったような表情で細かく頷いた。気圧されたり、恐怖を感じているものとはまるで違う。
 鬼門は車椅子の直前にまで歩み寄り、更にプレッシャーを掛けていった。

 「ほうほうほう。なるほど、聞くと見るとでは大違いですなあ…貴方達のお噂はどうも…ヘタレた武勇伝ばかり届いておりましてね。中々どうして、実際に相対するときつい霊圧です」

 言葉の中にも、微塵も怯んだ様子はない。高圧の霊気は老体ならずとも厳しい筈なのに、けろっとしている。鬼門は腰を落として身構えた。
 しかし、実力で排除するには…この老人は余りに小さい。ましてや車椅子の世話になっている相手を暴力で追い返したとなれば、小竜姫が黙っていないだろう。
 彼女の折檻は、仏罰ランクでも上位に入賞する鋭さだ。背筋が凍えるように震えた。

 「「帰れ!!」」

 結局、鬼門は歯噛みしながら怒鳴ることしか出来ないでいた。

 「…っと、待ち人が来たようですな。鬼門のお二方、お手間を取らせました」

 怒号もプレッシャーも何処吹く風の伝馬が、不意に鬼門の背後を見て言った。視線に釣られて鬼門も振り返ると。


 「「ぐはあっ!?」」


 薄く開いていた門に動揺した瞬間、死角から不意打ち気味に繰り出された霊波刀による連撃が、二体の鬼の巨躯を打ち据えた。

 …それはまるで、『同時に複数回の斬撃』を放ったかのような閃き。

 目にも留まらぬスピードと、それに比例した威力の前に、鬼門は為す術も無く伝馬の前に倒れ伏した。

 「お疲れさん、首尾はどうでした?」

 「………言われた通りにやった」

 「それはおかしい。あたしの命令は何だったでしょう、はい復唱」

 「…………」

 鬼門の背中に降り立った霊波刀の主…終始俯き加減で顔のよく見えない少女は、伝馬に無表情を向けて黙り込む。
 伝馬は、じっと彼女の返事を待った。

 「……小竜姫は隙が無かった。寝る瞬間、眠っている間も。でもさっき、異界へと向かう途中で突然隙が出来たから、そこを狙った。そこしかなかった」

 渋々、少女は答えた。感情の起伏を抑え淡々と。

 「ふむ…あたしの命令は、『こっち』で彼の竜神様を暴走させる事であって、異界やら魔界やらで暴れてくれてもちっとも有難くないんですがねえ。どうしたものやら」

 顎の白鬚を弄りながら、伝馬は少女と何の騒音も聞こえない修行場とを交互に見てため息を吐いた。彼の手が時折懐を探るのを見て、少女が慌てて口を開く。

 「い……異界に、おキ…氷室キヌと六道冥子がいた。あの札で暴走した小竜姫は…止まらない。だから」

 「おや。そうですね…宣伝効果的には、トントンといったところでしょうか。その二人が小竜姫の手で殺されたとなれば、ですが」

 黒衣の老人の言い放った物騒な台詞に、少女の体がぴくりと反応した。僅かに、ほんの僅かにだが…伝馬を見る目に暗い感情が混ざる。すぐに掻き消え、伝馬からは窺えなかったが。

 「ま、それで良しとしましょうか。あまり欲をかいて、厄珍みたくあこぎで薄汚い人間になっても嫌ですしな。ここはあくまで保険…本命は向こう、と」

 車椅子を操作して少女に背を向け、伝馬は背中越しにも分かるほどに相好を崩して笑い顔を造った。期待と狂気が入り混じったような禍々しい笑みを。

 「では下山するとしましょうか。頼みますよ」

 「………」

 少女は無言でハンドルを握ると、車椅子ごと眼下、険しい崖肌の道を跳ねるように下っていった。純白の尾が流れるような軌跡を描き…あっという間に見えなくなる。


 「な…鬼門様!?」

 チリが鬼門を呼ぶために駆けつけたのは、それからすぐの事だ。

 既に門前広場のどこにも、伝馬と少女のいた痕跡は残されていなかった。


 火炎と雷撃が絡み合ったこれまでにない一撃が、真っ向から竜の火炎放射を受け止めて散らす。
 飛び火した炎玉は、バサラが吸い込んで詰まらない事故を防いだ。ひとかけの火炎でさえ、冥子に当たれば致命傷となってしまうからだ。

 「メキラ・アンチラ・シンダラちゃん!! えっと、あれ! ざんじんの何とか!!」

 「斬刃の檻! 行け行けーーっ!!」

 霊力を全開にしているせいか、冥子&ころめのテンションは異常に高まっていた。
 アジラとサンチラによる火炎と雷撃の複合攻撃で竜の炎を相殺しつつ、カオスの城でも見せた三鬼によるコンビネーションで、攻撃を畳み掛ける。攻撃の密度だけで言えば、冥子は小竜姫を圧倒していた。
 その証拠に、暴れる小竜姫は冥子が踏ん張っている地点から徐々にだが、押し戻されている。
 冥子の後ろはもう異界の出口だ。暴竜が万が一扉を破って外に出たら大惨事となってしまう。

 「マコラ・ビカラちゃ〜〜ん!!」

 冥子の影から、申の式神マコラと亥の式神ビカラが同時に躍り出て、戦場へと向かっていく。
 斬刃の檻に囚われた小竜姫であるが、やはり刃が通っていない。鬱陶しげに四肢の鉤爪を振るい、全身をしならせて弾き飛ばそうとする。イラつかせはしても、肝心のダメージとは程遠い。

 「斬って駄目なら、ぶん殴るっ!!」

 ころめの叫びに呼応して、マコラの全身が変化を始めた。無茶な変化は自身にも負担になるマコラの変身能力だが、冥子から過剰なまでの霊力供給を受けている今、その身はほぼ自由自在に変化を遂げられる。
 マコラが変化したのは、一振りの大槌だ。その柄の部分をビカラが銜えて、竜へと突進していく。

 「離れて〜〜!!」

 斬刃の檻の解除と同時に、突進していたビカラが思い切り空中…小竜姫の鼻先へと飛び上がる。シンダラが目眩ましに竜の血走った眼の前を横切り注意を惹いた。

 「光になれえーーーーーーーーっ、なんちゃってっ!!」

 大きく振り被られたマコラハンマーを、ビカラは勢いのままに小竜姫の鼻っ面へと振り下ろした。生物を殴る音とは程遠い堅い重低音が鳴り響き、小竜姫は顎から地面へと叩きつけられる。

 「い、あっ……! ごめんね、マコラちゃん…!」

 マコラが受けた衝撃は、当然冥子にも反動となって襲い掛かる。ラインが太くなり繋がりが強まった分、その衝撃も大きい。
 けれど、ころめは気付いていた。
 マコラが打撃の際、自ら反動を押さえ込んでいたことに。主の肉体に最小限のダメージしか残さないよう、ラインを絞っていたのだ。
 十二神将再契約の儀式によって、彼ら自身もまた冥子との関係を再認識した。
 それは小竜姫の目論見通り、過剰に紡がれてしまった絆の形をリセットする意味合いがある。
 歪な関係と言わざるを得なかった従来に比べ、自分の力を正しく認識し、正しく振るえるようになった今の冥子なら十二神将を対等の戦友として見ることが出来る。
 式神達もそれは同じだ。ぽややんとしておっちょこちょいで、いつもニコニコと笑顔の絶えない可愛らしい主は自分達が守ってやらないと何にも出来ない、と。
 でも今は、彼女は紛れも無く彼らが『従うべき存在』だ。

 「今よ、冥子ちゃん!」

 「うん〜! メキラ・バサラ・ハイラちゃ〜〜〜んっ!!」

 冥子の傍で火の粉を吸っていたバサラの巨体が、メキラによってテレポートする。その行き先は、地上でのたうつ小竜姫の頭上。

 「つるべ落としっ!!」

 どっごおおんっ、と丑の式神の自重全てが小竜姫の首へ圧し掛かり、地面に亀裂が奔った。
 竜は堪らず咆哮を上げる。鼻先に喰らった打撃と、延髄への攻撃が重なったせいでさしもの暴竜も動きを止めた。隙が、生まれた。
 未の式神ハイラが全身の毛を逆立てて、竜の眼前へ飛び出す。竜の口腔内からは苛立ちと怒り全てを溜め込んだような、凄まじい熱量の紅い輝きが洩れてきていた。

 「正気に戻って〜!!」

 ハイラが放った渾身の毛針は、数十本の白毛を束ねて形成した一本の槍。
発射の反動でハイラが毛玉のように転がっていくのを、シンダラが掬い取って空へと逃げるのと同時に、超高温の火炎がその場を焼き尽くす。
 しかし、小竜姫の反撃はそこまでだった。彼女の目には、白い槍が一直線に火炎の熱で揺らめく空気を切り裂き、己へと向かってくるのが映っていた。


 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!


 狙い違わず、槍は竜の眉間へと突き刺さった。
 とはいっても、先端を僅かにめり込ませる程度にしか刺さっていない。少し身じろぎすれば抜け落ちてしまうだろう。
 しかし、効果は絶大だ。
 バサラの巨体を振り落として小竜姫は空へ舞い、苦痛の咆哮を上げて狂ったように火炎を吐きまくる。
 冥子は出していた式神全てを影へ匿うと、一目散に逃げ出した。体力も霊力も限界近くまで酷使してしまっている。

 「め、冥子ちゃん…やった、わ、ね…はふうー…」

 地面に落下し、急速に低下していく小竜姫の霊圧を感じ取り、ころめは労いの言葉を頑張った主へと掛けた。適当な岩陰でぺたんと座り込んだ冥子も、胸元のころめに向けて満面の笑みを返す。

 「(ぜはー、ぜはー、ぜはー、ぜはー、)」

 「…ああほら、無理に返事しなくていいから。死にそうな顔しちゃってるし」

 真っ青な顔で笑う冥子は、けれど達成感に満ちていた。ころめは心眼を細め、眩しげにそんな冥子を見る。

 (どうにか、最悪の事態は――――――――っ!?)

 ほとんど消えかけていた小竜姫の霊圧。
 しかし、ころめの心眼はもう一つ…小竜姫の強い霊圧に隠れていて、今まで感知し損なっていたドス黒い波動を見つけていた。
 その気配は、未だ竜体を保っている小竜姫の背中の方から感じられる。そう、そこは…
 ころめの全身に、悪寒が走る。

 「冥子ちゃん、まだ…!?」

 はっとしたころめが叫ぶと同時に、ドス黒い波動がじくじくと、ごぼごぼと嫌な気配を放って小竜姫の背部…逆鱗付近で弾けた。


 グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 鎮静化しつつあった小竜姫の霊圧が再び爆発的に膨れ上がり、凄まじい咆哮と共に竜体を暴れさせる。

 「え、な、何で〜〜〜〜っ!?」

 冥子が悲鳴を上げて、迫りくる暴竜から逃げようと立ち上がるが…

 「うきゃうっ!?」

 一度弛緩してしまった冥子の脚は、言う事を聞かずもつれて転んでしまう。

 「あ〜っ! ころめちゃんが〜〜!!」

 転んだ衝撃で首から提げていたペンダントがすっぽ抜け、ころめは回転しながら暴竜の目の前まで滑っていった。ころめは反射的に叫ぶ。

 「冥子ちゃん逃げなさい!!」

 「駄目〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 感覚の無い脚をぎゅーっと抓り、涙目になりながら無理矢理起き上がった冥子は、ふらつきながらころめへと駆け寄り急いで拾い上げる。

 「あ……」

 彼我の距離、三メートル。

 その近さでもって、冥子と小竜姫は視線を絡ませた。

 「冥子ちゃんっ!!」


 閃光。


 咆哮。


 何が起こったのか、分からない。


 風に吹き散らされた花弁のように。

 手を離した風船のように。


 冥子の体は、手足を投げ出した格好のまま、くるくると空を、青い空を舞っていた。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 冥子らしさ、はどんなに強くなってもやはり残るものでしょうかねえ、と最近悩んでおります。何て難しい子なんだ…
 おかしい、全然更新頻度が早くならない…! 週一で、とかほざいてたのは誰でしたっけ。

 ではレス返しを。


 とおりすがり様
 や、まともに小竜姫と十二神将の暴走同士がぶつかったら、十二神将瞬殺ではないかと。手綱はやっぱり必要です、暴走するにしても。なので、今回のような対決に。
 妙神山壊すかどうかはまだ未定!(ぇ


 スケベビッチ・オンナスキー様
 レスは嬉しい限り。ありがたやっ。
 伝馬、少女共に次シリーズで掘り下げていく予定なので…もうちょい黒くなるでしょう。悪人の造形、もっと捻ってもいいかなあ。
 人間的な成長に伴って、霊的にもすくすくと。冥子と美神を対面させるのが今から楽しみではあります。ショウチリはオマケ(断言)。小竜姫もちょくちょく乙女部分を出してますが、そこを逆手にとられて暴走を。横島が悪いですね!(断言2)
 次の魔填楼編で、色んな伏線回収をしていきますのでよろしゅうです。取りこぼしがないようにしないと。


 カシム様
 伝馬は一生懸命悪人っぽく書いております。悪人=黒、という安直な発想はいただけないので次に登場する際には凝った格好をさせる予定ですが。三枚目にするためには、やっぱり美神が必要ですよね。彼女の本領というか本懐というか…場を支配するエネルギーがあるのです。
 鬼門、今日『も』じゃなくて今日『は』なら正しかったんですけども。気付かなかったから罪は同じー。鬼門スキーな作者的には涙を飲んで、シバき倒されてもらいました。ああ残念だ。涙が出ますね! 打たれ弱い門番だ…
 短編もお読みいただき恐悦至極。今度はほのぼのでいこうかと思っております。


 以上、レス返しでした。皆様有難うございました。


 次回、決着です。冥子編、寄り道が過ぎた感はありますが…ようやくの一段落。次話とエピローグの二話で終了です。どうぞよろしく。

 ではこの辺で。最後までお読みいただき有難うございました!

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