タイトル:「魂の行く末は」 第三話:「トゥ ビィ」
彼はひとり、そこにいた。
そこは暖かく、柔らかで、居心地のいい場所。
いつからそこにいるのか、どうしてそこにいるのか。
彼には思い出せない。
自分が何者なのか、名前すら思い出せない。
だが、それは彼にとって、どうでもいい事。
だから彼は思考を停止し、全てをこの場所に委ねようとしていた。
『でも、それでいいの?』
消え行く彼に、何処からともなく語りかける声。
『いいも何も、俺に出来る事なんか無いだろ?』
彼はその声に疑問を持つ事すらない。
『あるわ。……にしか出来ない事が』
その声は力強く、優しく、彼に沁み込んでいく。
『どうでもいいよ……』
それでも、彼が消えていくことを止められない。
今の彼には何もないのだから。
消える事に抵抗などありはしない。
『……これでも!? 彼らを、彼女達を悲しませたままでいいの!?』
泣いてるのだろうか、その声が震えている。
言葉と共に、幾つものイメージが彼に伝わっていく。
――神通棍を使い、除霊を行う亜麻色の髪の女性。
――子守唄を歌う、巫女服を着た女性。
――台所に立つ、みつあみの女性。
――戦いの最中、嬉しそうに笑う男。
――教室で人から奪った弁当を食らう男。
――女の子に囲まれて慌ててる男。
他にも沢山の人々。
そして……。
そして。
――真っ赤に染まる東京タワーでの……。
『あ……』
涙が零れる。
『まだ、何も終わってない……』
彼の言葉に力が満ちる。
思い出す。
大切な。
大切な人の事を。
『いえ、何も始まってないのよ?』
優しく、彼の言葉を訂正する。
『そうだっ。……が待ってるんだっ!』
そう、何も始まっていない。
これから幸せになるんじゃないか。
『まだ、キスしかしてないのにーーーっ!!』
『……そ、そう来るか』
彼の煩悩丸出しの台詞に、声も呆れているようだ。
『戻る! すぐ戻る! だが、どうすれば良いのか分からねぇーーっ!』
『……にしか出来ない事があるでしょ?』
どうすればいいのか分からなくて七転八倒する彼に、気を取り直した声が道を指し示す。
『……できるのか? 今の俺に』
戸惑う彼。
声が言う、彼にしか出来ない事。
それを今の状態でも出来るのか。
彼は全く自信が持てないようだ。
『……ならできるわ』
些かの惑いも無く確信している声。
『そうだな。やるしかねぇもんな』
自信満々な声に勇気を貰い、彼は集中し始める。
彼の力だけではなく、周りからも力を集める。
もう半ば周りと融合している彼にとって、それはたやすい事だった。
だが、そこで周りに異変が起きた。
――……やり直したい。
今まで聞こえてきた声とは違う意志が現れる。
『まずいわ』
今まで聞こえてきた声にも焦りが混じる。
『なんだ?』
彼もまた、嫌な予感がし始める。
その為、出来るだけ急いでそれを形成。
既に結晶化し始めたそれを、目的に合った能力へと制御する。
だが、間に合わなかった。
――やり直せるもんならやり直してやるーーーーっ!!
周りの意志がそれに伝わる。
それが、目的以外の能力も持ち始める。
そして、発動。
彼は周りから引き裂かれ、移動する。
傷は癒され、足りない物は補充される。
『さようなら。ヨコシマ』
遠ざかる声。
必死に伸ばす腕。
届かない手。
今なら分かる。
その声の正体。
彼女以外に誰がいるというのか。
『ルシオラーーーッッ!!!』
彼女を呼ぶ声だけがむなしく響くのみだった。
***
横島が目を覚ましたとき、世界は赤く染まっていた。
窓から差し込む夕日。
彼女といた時間。
甦る思い出。
横島の頬には涙が伝っていた。
あとがき
むずかしいです。
横島らしくなりません。
でも、ルシオラが絡んだシリアスだからこんなかんじでいいかな?
次回以降はもうちょっと、横島らしくなる予定です。
前回の感想への返信は前回の感想欄に書いておきました。