「…………よろしくお願いします」
氷室キヌは受話器を置いて溜息ひとつ。
学校から帰ってきてすぐに電話を掛けて用事を済ますと、キヌは鞄をひとつ持って出かけようとした。
日課となっている横島のアパートに行く為に。
タイトル:「魂の行く末は」 第二話:「明かりの落ちた世界」
美神令子除霊事務所に明かりが灯る。
『お帰りなさいませ。美神オーナー。どうしました? こんな時間に』
時刻は午後九時過ぎ、霊達が静かにしていて除霊の依頼が来ないので休業状態になっている。その上に毎日の検査等でここ暫くは事務所に来ていなかった美神の意図を読めずに、人工幽霊壱号が声を掛ける。
「……別に。ちょっとね」
美神はあからさまに言葉を濁すとソファに身を投げ出した。
『……そうですか。何かご用意いたしましょうか?』
「いいわ。少し休ませて」
人工幽霊壱号は疲れきった美神に何か出来ないかと声を掛けたが、彼女の拒絶に何も言えなくなる。
(無理も無い。あれから既に二週間も経っているのですから)
***
アシュタロス事変から二週間。
それは、横島忠夫が美神と融合消滅してから二週間経ったという事になる。
一時の混乱から立ち直った人々は、すぐに横島を救う為に行動を開始した。
横島は神族魔族が何も出来なかったアシュタロス事変において、アシュタロスの敗北を決定付けた人物として、英雄として扱われている。その為、神界魔界人界の三界の総力を上げて救出活動が行われ。
その全てが失敗に終わっている。
二つの融合した魂を分離する方法は、無いわけではない。
だが、そのどれもが人の魂が耐え切れずに崩壊するか、変質し別人と化す。
それでは意味が無い。
誰もが横島忠夫の帰還を願っているのだから。
そして、可能性がある方法はふたつ。
その内のひとつはコスモプロセッサーだが、もう既に存在しない。
もうひとつは文珠。
規格外のその存在なら可能性はあるはずなのだが、文珠を生成できる唯一の人物を救出する為なのだ。
それはまるで、密室の中の鍵のようで手詰まりになっている。
***
『美神オーナー。小笠原エミ氏がいらっしゃったようです』
沈黙が支配してからどれ位経ったのか、人工幽霊壱号が突然の来訪者を告げる。
美神はエミがやって来た事にいぶかしみつつ、通す事を許可する。
「何しに来たの?」
身を起こしつつ、不機嫌そうに言い放つ。 元々、会えば喧嘩ばかりしている間柄だ。必要以上に突き放した言い方になる。
それに対するエミは「やれやれ」とでも言いたげな表情をした後、簡潔に用件を告げた。
「飲みに誘いに来たワケ」
***
美神とエミ、この二人で飲みに行くのはこれが初めての事である。
寄ると触ると言い合いになるこの二人であるから、それも当然のことだろう。
そんな二人は今、高級そうなバーで無言で飲んでいる最中だった。
「何か、言いたい事があるんじゃないの?」
どれほど経っただろうか。
沈黙に耐えたれなかったのだろう。美神が吐き出すように問いを発した。
「ベタなセリフなワケ」
そんな余裕の無い美神を、子馬鹿にするように薄く笑う。
「用事なんかないワケ」
いきり立つ美神を流して杯に口をつける。
「じゃあ、何で……」
訳が分からなくて苛つく美神。完全にエミのペースだ。
「あんたの所の子から電話が来たワケ」
その言葉で全てが氷解する。
「それだけ心配掛けてたって事か」
「そういう事なワケ」
脱力した美神はカウンターに突っ伏すと小さく笑う。
夜はまだ長い。
二人はしみじみと飲み始めた。
***
既に終電も無く、酔いに任せて歩いて公園まで来た酔っ払い二人。
「何で、こんなんなっちゃったのかなー?」
「なんなワケー?」
エミは既に腰砕けで、ベンチに座り込んでいる。
もうすでにお互いが言っている事もよく理解して無いだろう。
「横島の事よー」
「あの小僧がなんなワケー?」
元々、悩みを聞くにしても、ストレスを発散させるにしても、酒が入ったほうが良いと思い飲みに誘ったわけだが、少し飲みすぎたかとエミは後悔する。
「……やり直したい」
ボツリと零したその言葉と共に、美神から霊力が溢れ出す。
「ちょっ!」
流石にエミも慌てだす。しかし、酔いが回って上手く動けない。
エミがもたもたしている間にも、美神の霊力はどんどん溢れ出す。
「やり直せるもんならやり直してやるーーーーっ!!」
仁王立ちのまま叫んだ美神の霊力が変化し、その胸のあたりから何かが溢れ出した。
「文珠?」
そう、美神の胸から溢れ出したのは文珠。
その数は十以上あるだろう。
その全てに文字が刻まれている。
《離》《癒》《補》《分》《間》《充》《治》《行》
その他幾つもの文字の刻まれた文珠が次々と現れる。
「な? 何? なんなワケ?」
それらの文珠は幾つかが同期連係を起こしている。
「よ、横島?」
そして、霊力は高まり続け。
「や、やばいワケッ!」
エミは咄嗟に目を閉じて、ガードする。
光の爆発が起きた。
それは公園を覆うほど大きく。
巨大な霊力で。
反応が遅ければ、失明していたかもしれない。
光が収まり。
再びの薄明かりに目が慣れた頃。
その中心には、美神令子と横島忠夫が倒れていた。
あとがき
続きです。
暗いシーンは後幾つかあったんですが、こうなるのならそれはくどいだろうと削りました。
あっさり戻ってきましたが、融合した事はこれからの事にちゃんと影響します。
もし、融合したまま話が続く事を期待していた方がいらしたら、すみません。
さすがに、そのまま続けると雰囲気が暗いままなので今回はこうなりました。
一応、融合したまま美神が横島とルシオラを産んでエンドとか考えたんですが、今回はボツになりました。
前回の感想への返信は前回の感想欄に書いておきました。