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「想い託す可能性へ 〜 きゅう 〜後編(GS)」

月夜 (2007-03-21 17:58/2007-03-23 23:57)
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 想い託す可能性へ 〜 きゅう 〜後編(GS)


 シロは拝殿の隅に座り込むと、小竜姫から出された問題を考える。

 (拙者の何が間違っているのでござろう? それに、小竜姫殿から出された問題が、拙者の考え違いとどう絡むのでござろうか? いつも作戦を考えるのはタマモやセンセーに任せるばかりでござったから、どう答えて良いものか判らぬでござる)

 体育座りをして額を膝の上に乗せたシロは、小竜姫に出された先程の戦闘状況を反芻するが、最初から思考が停止しかけていた。このままだと思考放棄に発展するかもしれない。

 (慣れぬからと言って忌避していても、答えられぬ時は戦いに連れて行ってもらえぬでござる。それは嫌でござる。…………まずは先程言われた戦闘状況から生き残る術を見つけないと、拙者が求める答えに行き着けないように思えるでござるな。前提となる状況をまず考えると、タマモとおキヌ殿は負傷して素早い動きが出来ない。敵の攻撃は熾烈ではござるが、遮蔽物で防ぐ事が出来る。そして、敵には攻撃は効くでござるが、打撃力が足らない。この条件で拙者が出せる答えは……正面から敵に攻め入って、拙者に注意を惹き付けて仲間を逃がす事でござるか。けれど、この方法だと、拙者にとっては当たり前すぎるでござる。それに……さっき小竜姫殿に指摘された負ける事は死ぬ事だとするならば…………認めたくはないでござるが、拙者のやり方では死ぬ確率が高いでござる。それに、拙者が敗れた後は、タマモやおキヌ殿に害が及ぶかもしれぬでござる。では、全員が生きて帰るにはどうしたら良いでござろう?)

 シロは考える。これまでタマモや横島に任せていた戦術を、必死に考える。小竜姫から与えられた命題を解こうと、今まで見て来た横島達の戦い方を思い出しながら、どう動けば敵も倒し、自分と仲間達が生還出来るか頭から湯気を出しながら考える。

 (拙者だけが飛び出してもダメと言う事は悔しいでござるが、今までの戦いの中でも有ったでござる。いや、本当に悔しいでござるが、かなり有るでござる。では、正面からが無理ならタマモやセンセーは、どうやって切り抜けるでござろうか? …………拙者の嫌いな戦法を使って切り抜けて来たでござるな。囮や騙まし討ちといった戦法で敵の注意を逸らして、態勢を整え直していたでござる。どうして拙者の方法だと、失敗が多くてセンセー達の方法だと成功する確率が高いのでござろう?)

 シロは、今まで行ってきた除霊での横島達の戦い方を反芻しながら、自分の戦法が効かないのは何故かと考えていく。

 (まずは除霊の依頼が来た時、センセー達がどのようにして除霊に臨んでいるか思い出してみるでござる。確か、センセーが依頼書を入念に調べていって、その中で不明な所があればGS協会や依頼主に電話などで確かめていたでござるな。ある程度の情報が集まると、今度はタマモと拙者とおキヌ殿を交えて、意見を出させていたでござる。でも、拙者が出す意見はあまり取り上げられた事は無かったでござるな。確か、正面から殴り込んでというのが多かったでござる。その時は決まって却下されていたでござるなー。うぅ、だんだん悲しくなってきたでござるよ)

 除霊現場へ赴く前にいつも行っていた全員を交えての意見交換で、自分の意見がほとんど採用されなかった事を思い出して涙が出そうになるシロ。

 (いかんいかん、悲嘆に暮れている時間は無いでござる。置いてきぼりは嫌でござる。早く答えを見つけないと……。しかし、拙者の意見が通った除霊もあったでござるな。その時の除霊はどんな物でござったか? 確か……悪霊の数は単体でござったな。他には机などの遮蔽物がほとんど無い室内や屋外でござった。あれらの時は正面から堂々と戦いを挑めて、拙者嬉しかったでござるから良く覚えているでござる。反対に拙者の意見が通らなかった除霊はどういった物でござったろう? う〜ん……確か複数の悪霊が居て、遮蔽物も多くて死角が多かった気がするでござる。しかも、敵の知能も高かったでござるな。あれ? こう並べて考えてみると、拙者が正面から敵を倒していた時は簡単な除霊ばかりでござる。トホホ。拙者、センセーに全然認めてもらえてなかったでござる)

 任せてもらえた除霊現場にて、自分が武士はかく在るべきと思い描く状況で気分良く動けて悪霊を倒せた事を思い出し少し気分が上向くも、その後に簡単な仕事しか任せて貰えていなかった事に気付いて凹むシロ。自分が並べて考えた事例の注目点を見事に外していた。

 (うぅ、どうしたら拙者は認めてもらえるんでござろう? 拙者の嫌いな戦法を受け入れないとダメなんでござろうか? そもそもなんで拙者のやり方はあまり採用されないのでござろう? …………解らんでござる。一先ず拙者の好き嫌いは脇に置いて考えてみるでござる。そういえば拙者、センセーやタマモの戦い方を嫌うばかりで、その戦い方が何故必要なのか考えた事も無かったでござるな)

 今まで生きてきた中で、シロは一番頭を使って考える。彼女の頭から出る湯気は少しずつ減ってきた。彼女の中で考える事に対しての拒否感が少なくなってきていた。

 (タマモやセンセーは、極力敵と直接渉りあわずに済む作戦を考えるでござる。それは何故なんでござろう? 臆病だから? 確かにセンセーには、強い敵と出会うと真っ先に逃げる事を考えるような臆病な所があるでござる。でも、それは拙者が嫌う臆病とは何か違うでござる。では、傷つきたくないから? うーん、これは何だか合っている気がするでござる。だけど、傷付く事を恐れていては敵を倒せ……ているでござるなー)

 横島達のやり方でも敵を倒せている事に、悔しいんだか悲しいんだか判らないけれど涙が出てくるシロ。

 (うぅ……。センセー達のやり方なら味方が傷つく事が少ないでござる。でも、拙者のやり方は拙者さえ傷付く事を我慢できれば良いと思でござる。でも、そう答えると戦いに連れて行ってもらえないでござる。小竜姫殿が出した問題の答えは、センセー達が今までやってきた除霊のいくつかを組み合わせれば、達成する事は出来るでござる。でも、それは拙者には納得のいかない事でござる)

 どうしても騙まし討ちに嫌悪感が出てしまい、思いつくいくつかの攻略法を実行する気になれないシロ。

 彼女は戦闘状況で第一に考える事を仲間ではなく、自分を中心にして考えていた。これではどうやったって、彼女の納得のいく答えなど出てくることはないだろう。彼女が薄情なのでは決して無い。むしろ情には篤い狼の系譜なのだ。実戦の場での彼女は、戦いに集中し過ぎるまでは仲間の状況を頭の片隅にちゃんと置いている。直ぐに熱くなって頭から蒸発してしまうが。

 何故彼女がこういう考えを普段からしてしまうかと言うと、個人と個人の戦いを中心に扱った物語を良く読むからである。しかも勧善懲悪モノを良く好むのも拍車をかけている要因になっていた。それに彼女を見た目で判断してはいけない。いくら見た目が十七・八歳だろうと、その精神年齢は人間で言えば中学生に上がったかどうかなのだから。

 今までは、精神的に困難に直面する事がフェンリル事件の時にしか無かった彼女。その時の困難で小学生低学年から、中学生までに精神年齢を上げる事は出来ていた。しかし、その後は爆発的な成長を遂げるような出来事が無かった。

 アシュタロス事変の時には隠里(かくれざと)の結界によって守られており、その結界を越えて来たモノには周りの人狼の剣士達と共に戦うことで退けていたので精神的な成長はあまり無かった。なまじ戦闘技術が高かった為に、周りの大人と一緒に戦えたのが嬉しくてはしゃいでいたほどだ。

 でも、それでは通用しない状況に今、シロは立たされている。横島やタマモは、シロの危うい成長の仕方を危惧していたけれども、横島はその性格からきつい言葉で矯正する事が出来ず。タマモは普段からシロとケンカ腰の言葉の応酬になってしまって、やはり矯正する事が出来ずにいた。

 シロは普段は素直な性格ではあったけれども、なまじ自分なりの戦い方を知っている為に自分の戦い方を否定されると、反抗期も手伝って反抗するのが常だった。横島とタマモは耳をかさないシロを憂い、次善の策として、彼女が危機に陥っても持てる技を多くしておく事で切り抜けられるように指導するしか方法が無かった。

 横島達が苦慮して導いてきたシロの成長が今、まさに試されていた。

 (小竜姫殿は、拙者が敗れた時は拙者が死ぬ時と言われていた。もし……もし、先ほどの問題で拙者のやり方で飛び出して、拙者が敗れた場合はどうなるのでござろう? …………タマモやおキヌ殿に残された者の悲しみを与えてしまう? 父上が亡くなった時の喪失感をタマモやおキヌ殿に味わわせてしまう? それは……ダメでござる。そんな事は絶対に味わわせてはいかんでござる。でも…そうしたら、拙者の好きなやり方はただの自己満足なんでござろうか? “求道者としての心構えは、それでもいいと思うわ” え?)

 思索を続けるシロの脳裏に、先ほど令子が言った言葉が不意に過ぎった。

 (求道者……道を求める者でござるか……。拙者一人ならいくらでも目指しても良いと、さっき言われたでござるな。でも、仲間が危機に陥っている時や自分達が窮地に陥っている時に考える事ではござらんな。戦いにおける最低限の矜持は必要でござるが、拙者がこだわっていた物はそれとは別物でござった。…………タマモの言う通りでござる。拙者はやはりバカでござる。仲間の事を考えているようで、ちっとも考えていなかったでござる。だからセンセーは忠告を聴こうともしない拙者の事を考えて、さいきっく・ふらっしゃーを始めとする様々な技を伝授されたのでござるな。センセーが強く推すから嫌々覚えた数々の技でござるが、気付けばなんて事はない。全員が生き残る手段を教えられていたでござる。拙者一人が敵に囲まれても、例えばこのさいきっく・ふらっしゃーなら不意を付けば楽に脱出できるでござる)

 シロは膝に当てていた頭を上げて、左手を目の高さに持ってきて手の平に集中する。すると、細かい弾丸状の物が幾つも現れる。しかし、その弾丸の一つ一つの存在感はかなり希薄だった。数にして三十数個はあるだろうか?

 このシロの行動に気付けたのはヒャクメのみだった。彼女が気付けたのも全くの偶然で、何気なくシロに視線を向けたからだった。社の霊気に紛れるほどの存在感の無い霊気で作られた弾丸状のモノに、令子達は全く気付いてはいなかった。

 そのヒャクメも、シロの手の平の上で踊る弾丸の数が幾つになるのか判らなかったくらいだ。シロの手の平で踊る弾丸状の物がかなり気になった彼女は、本気になってよぉ〜く目を凝らしてやっと総数を把握出来た。シロがやっている事の凄さが解ると、目をまん丸にして驚く。ヒャクメは、敵の動きに変化があまり無い事を横目で確認すると、弾丸状の霊気の塊についてもっと詳しく解析しだした。

 ほどなくして出た解析結果に、ヒャクメは一瞬自らの感覚を疑った。指で両目の瞼をこすって再度見てみる。解析結果は変わらなかった。彼女は見えている結果が信じられず、自分の身体のメディカルチェックを念入りに行った。数十秒の間が流れ、自分自身の感覚に異常が無い事を確認したヒャクメは、再びシロが操っている弾丸の解析結果を見た。それでも結果は変わらなかった。

 ヒャクメはあまりの解析結果にあぅあぅと言葉が出てこない。シロが操る弾丸同士がぶつかりそうになる度に、ひぃっと声にならない悲鳴を上げる。

 ヒャクメの不審な行動に最初に気付いたのは女華姫だった。

 「どうしたのだ、ヒャクメ殿? 何をそんなに怯えておる? んん〜?」

 ヒャクメの視線の先を見て、女華姫は怪訝(けげん)に思った。先ほど令子達に凹まされた人狼の娘が、手の平の上でかなりの数の霊気の塊を感情に乏しい顔で縦横無尽に動かしていたからだ。

 「ヒャクメ殿? あの娘がやっている事がそんなに恐ろしい事なのか? 妾には考え疲れて、気分転換にやっているように思えるのだが?」

 そんなに怯える事だろうかと、女華姫は思う。彼女には、シロが操っている霊気の塊の怖さが感じられなかった。

 神族や魔族は篭められた霊力の大きさで、攻撃力を測るのが常識である。その感覚から言えば、シロが操っている霊気の塊は何も脅威に感じる事は無い。むしろ、注意を向けていなければただぼーっとしているように見えるくらいだ。それほどまでに彼女の手の平で踊る霊気の塊は、存在感が希薄であった。

 「イ…イワナガヒメ様。あ…あー、あ…あ…アレはそんな単純なシロモノではないですっ。こここ…んく、こんな室内でやらかすような技ではないですよっ! こ…ここ…これを見て下さい!」
 
 ヒャクメはシロの手の平で踊る霊気の塊から目が離せず、呂律の回らない舌で言葉を何とか紡いで小声で叫び、トランクから空中に投影されているモニタの一つを指差す。その指先は震えていた。

 「うん? この部分であるな? どれどれ? ふむふ…む!? なに! これは真か!! もがむが!?!?」

 「シッ…シー! イワナガヒメ様っ、シロちゃんを刺激しないで下さい!! あああアレだけの数が連鎖誘爆したら、この社なんて簡単に吹っ飛んじゃいますよ!!」

 ヒャクメが指差すモニタを横から覗き込んで見て行く内に、女華姫はある数値の所で驚きの声を上げたが、女華姫がモニタに映る解析結果に驚いて思わず声が大きくなったのを、ヒャクメが彼女にしては記録的な素早さで女華姫の口を手で押さえた。

 シロが実現させている技の威力は、実はかなりヤバイ。直径九mm・高さ二cmの小さな弾丸状の霊気の塊の個体密度は、普段横島達が普通に防御として出すサイキックソーサーの実に五倍。その上、今シロが出している弾丸の総数は三十五発。それでいて、全ての弾丸の存在感はなぜか希薄だった。その理由は、ヒャクメの解析結果で明らかとなっている。ようするに弾丸が発する霊力の波長とはほぼ真逆の波長を、一つ一つの弾丸の周りに展開しているのだ。その為、弾丸自体の存在感が希薄に感じるのである。完全に打ち消していないのは、操る時に見失う可能性があるからだろうか? それにしても物凄い技術である。

 ゆらゆらと手の平で踊る弾丸を見つめながら、シロは思う。

 (この技はセンセーから教えられた技の内の一つでござるが、あまりに卑怯な使い方だったゆえに拙者自身で改良を加えた物。センセーが使っていた時は一発の密度はそれほど高くなくて、むしろ薄くする事で存在を隠す事に特化させていたでござる。ただ、敵を撹乱させる為だけの技。騙し討ちが嫌で、だけれどセンセーが教えてくれた技の基本を変える事は憚られたから出来た技。一発一発の威力を極限まで高めて、それでいて存在感は失くす様にしていったらこうなってしまった技。今回の戦いでは使えぬでござるなぁ。センセーに教えてもらった時の威力で牽制に使うしかないでござる)

 威力の高い技を使う事が出来ない事に残念な思いが湧きあがる。だけど、令子から説明された作戦に必要なのは威力ではなく、敵を撹乱させる技。

 (拙者本当にバカでござった。残された者の気持ちは痛いほど知っておるのに、拙者の我侭のせいで気付かぬ内におキヌ殿やタマモに味わわせる所でござった。もう、無闇に飛び出す事は極力控えるでござる。けれど、相対した敵への敬意を払う事は続けるでござる。その上で、生き延びる道を探し続けるでござる!)

 無造作に操っていた弾丸を見事に自分の周りにピタッと停止させたシロは、全ての弾丸を霊気に戻して自分の中へと還元させた。

 全ての弾丸がシロの体内に戻っていったのを確認したヒャクメと女華姫は、そっと溜息を吐く。あまりの緊張に二人とも抱き合っている事にすら気付いていなかった。

 シロの中で結論が出たのだろう。彼女は立ち上がると、タマモが寝ている場所へと向かう。彼女が見ている先ではタマモと令子が何やら言い合いをしていたが、傍から見る限りじゃれ合いにしか見えない。その光景を見たシロの表情には、晴れ晴れとした笑顔が浮かぶ。

 すぐに応用できるほど器用では無い事を自覚しているシロ。でも、普段から心掛けていけば必ず身につくはず。幸いにも今回の戦いでは、敵の牽制を目的とした役割を持たされている。まずはこの戦いから慣らしていくと、決意を心に秘めるシロだった。


 シロに課題を出した令子と小竜姫がタマモが寝ている場所まで来てみると、どんな夢を見ているのか、にへら〜と崩れた表情で寝こけているタマモが居た。タマモのその様子に、一人と一柱は顔を見合わせて苦笑する。

 「どんな夢を見ているのでしょうね?」

  いつも澄ましている様にしているタマモのあまりにも無防備な様子に、小竜姫は微笑を浮かべながら令子に尋ねる。

 「そうねー。やっぱ宿六に何かを奢らせているか、若しくは……あいつに甘えているんでしょうね。たく……天弧の中の天弧と云われ、最も神に近い仙弧でもある九尾の狐の転生体をここまで懐かせるなんて思いもしなかったわ」

 小竜姫の問いに処置無しといった感じに溜め息を吐きながら答え、ここまで無防備なタマモの姿に軽い驚きを含ませながら横島の事を揶揄する令子。

 「ここまで幸せそうな顔で寝ているのを見ると、起すのが忍びないですね。どうしましょうか?」

 小竜姫はタマモの頬をツンツン突(つつ)きながら、令子に問う。突かれているタマモは、時折眉根を顰めるが起きる気配は無い。小竜姫はタマモの頬を突くのが楽しいのか、止めようとはしなかった。

 「どうしたものかしらね? タマモのこの様子を見ていると、あいつにどんな甘え方をしているかに興味が出るし、それでいて彼女の夢の中に出ている宿六になんで自分を見てくれないのかと理不尽な想いも出てくるし……。ホントどうしたものかしらねー」

 令子の言葉は変に優しく表情は苦笑を表しているが、彼女の右手は正直だ。拳が痛そうなほどに握られていて、ブルブルと小刻みに震えている。タマモを無理やり起すのを、かなり我慢しているらしい。これが横島相手なら、問答無用でシバキ起しているハズ。

 小竜姫は令子の右手に気付くと苦笑し、軽く驚いても居た。なぜなら、令子が横島への想いを隠しもせず、ごく自然に言葉に出したのだから。しかし小竜姫のその驚きは、すぐに自身が持つ横島への想いの深さを知らしめる。
 
 自身の横島に対する想いが彼女達に比べてまだまだ甘いなぁと実感し、精進せねばと新たな決意を燃やす小竜姫。令子達の行動を見て、横島を諦める気は髪の毛ほども無いようだ。己の想いを自覚した小竜姫は、その性格も手伝って愚直に想いが加速している。

 「そういえば、美神さん。貴女はサクヤ様とご対面しても萎縮などせずに、普段通りに振舞われていますね? どうしてですか? 私など、サクヤ様の霊力の大きさに、思わず臣下の礼を取っていたというのに」

 小竜姫はタマモの頬を突くのを止めると立ち上がり、振り返って先ほどから感じていた疑問を令子にぶつけてみた。タマモを起すのは、とりあえず先延ばしにするようだ。

 「そうね、んー……最初にここに来て、サクヤ様を見た時はすっごい霊格を感じたんだけどね。妙神山で最初に貴女と出会った時の様にね。でもすぐに、なんと言うか以前はいつも感じていたなーって感じで懐かしく思ったわ。だからかな? 彼女相手に普通に話せているのは」

 サクヤヒメの雰囲気がおキヌちゃんの持つほんわかな雰囲気に、包み込むような感じを足したように感じられる令子は、彼女を相手にして萎縮しない理由を吐露する。

 「そうですか。やはり、おキヌさんと過ごす時が多かったからでしょうか?」

 「ま、それもあるでしょうね。でも、私は美神令子よ。神も魔も恐れるモンじゃないわ」

 小竜姫の言葉を肯定するも、すぐに不敵に笑い嘯(うそぶ)く令子。

 「ふふ。そうですね」

 小竜姫は、令子のスタンスを羨ましく思う。生真面目な彼女には、どうしても立ち入れない領域に感じるからだ。

 「話は変わるけど、サクヤ様の眠りの術ってホント凄い物ね。妙神山でおキヌちゃんがタマモ達に掛けた眠りの術とは違うようだけど、警戒心がメチャ高いタマモをここまで無防備にしてしまうなんてね」

 サクヤヒメの眠りの術に感心しながら、令子も先ほど小竜姫がやっていたようにタマモに近づいて彼女の頬を軽く突きだす。プニプニとした感触に、令子の頬が緩む。

 「ああ、美神さんっ。抜け駆けはズルイですよ。私もタマモさんのぷにぷにほっぺを触りたいです」

 令子がおもむろに始めたタマモへのプニプニに、小竜姫も先ほどの感触がよほど良かったのか小声で言いながら、令子とは反対の側へスススっと近寄りしゃがんでタマモのほっぺをプニプニしだす。

 一人と一柱はとりあえずタマモを起こす気は無いようである。普段はクールに振舞い、周りとあまり積極的に交わろうとしないタマモの無防備な姿と彼女のほっぺの感触にかなり夢中になっている。一人と一柱の表情には至福の笑顔が自然と出ていた。

 両方から両頬をぷにぷにされているタマモは、眉間に皺を寄せてしきりに身をよじる。どうやら彼女にとっては、あまり気に入るような行為ではないらしい。じょじょにサクヤヒメが掛けた眠りの術の効果が薄れているのも、タマモの覚醒を促していた。

 「あら? 瞼がピクピクしてきたわね。術の効果が切れかけてるのかしら? でも、ぎりぎりまでこの感触は楽しみたいわね。この子が起きると絶対にやらせてはくれないでしょうし」

 タマモの変化に気付くも、彼女の頬をプニプニするのを止めない令子。その反対側でも、小竜姫が同意を示すかのように頷きながらタマモの頬を突く。

 「う…うぁあ…タダ…オ。う…ん、止めてよぅ〜。も…ぅ、……た時は……もするん……ら〜」

 身をよじりながら、タマモは寝言を切れ切れに言う。小さく聞き取りにくいその声も、直ぐ近くに座っている一人と一柱には丸聞こえだった。その寝言を間近で聞かされた一人と一柱は、片方は頬を赤く染め、もう片方はビキッとコメカミに#が浮かぶ。

 「ほー。あん宿六は、タマモと一緒に寝るようなシチュエーションに良くなるわけね〜。そりゃ、この時空では私とアイツは私のせいで…………」

 タマモの寝言に怒りが沸点を超えそうになるが、その原因になった自分の行動に考えが及んだ所で急速に怒りが萎んだ。軽くタマモの頬をつんつんしながら、小声でゴメンと令子は謝る。その謝罪は目の前のタマモに言ったのだろうか? それともおキヌちゃんやシロにだろうか? それとも……? 

 小竜姫は頬を染めながらも、令子が呟いた三文字の言葉に彼女達五人の中に存在する絆の深さを感じる。

 (私も……一緒に………は!? わ…私は何を!? でも……)

 自然と心に浮かんだある情景に最初は気付かなかった小竜姫だが、ふと我に返って思い浮かべていた情景に吃驚する。けれど、彼女は思い浮かぶ情景を以前ほどには否定しきれない。

 「あ〜、もうっ。忠夫! せっかく気持ち良く寝てるんだからっ、もう少し余韻に浸ら…せ……て。……う…うぁあああ! なっ! うぇっ!? み…美神!? なんでここに!!」

 とうとう眠りの術が切れたのか、タマモが勘違いしながら勢い良く上半身を起して令子の方を向く。しかし目当ての人物ではなく令子だった為に彼女は硬直し、パニックに陥った。

 「おはよー、タ・マ・モ。昨夜はお楽しみだったわねー。宿六との夜はどうだったのー?」

 急に起きたタマモに令子は吃驚するが、さっきまで浮かべていた愁傷な表情を奥にしまい、意識して声と表情を平坦にしながらワザとタマモが怒りそうな某RPGに使われた言葉を言う。

 「た…忠夫との夜は……って、な…ななな何を言わすのよ美神! ああーっ、そうじゃないそうじゃない! なんでここに居るのよ!! ここは私達の…へ…や……あうぅ――」

 思わず令子の言葉に乗せられたタマモは忠夫との夜を喋りそうになるが、頭をブルブルブルっと左右に振って寝ぼけた状態で令子に詰め寄る。が、半眼の令子の視線に違和感を感じてキョロキョロと周りを見て、やっと現在の状況に思い至りかなり凹んだ。

 「私のクールなイメージがー。こんなの嘘よー、悪夢なのよー。ホントの私は温かい忠夫の懐に抱かれて寝てるのよー」

 小声でぶつぶつと力無く現実逃避をするタマモ。布団ではなく横島という所に彼女の壊れ具合がうかがえる。正気な彼女なら、心では思っても言の葉には絶対に乗せはしまい。

 「あー、いい具合にテンパってるところ悪いんだけど、そろそろ正気に戻ってくれない?」

 「壊れてなんか無いわよ! 私は正気よ! ……何よ、その目は。ええ、そうよ。私はヨゴレよ。それがどうしたっていうのよー」

 ジトーっとした令子と小竜姫の視線にタマモは耐え切れなくなったのか、拗ねたようにそっぽを向いて低い声で答える。ここに来る前に持っていた令子への反感は吹っ飛んでいるようだった。

 「あー、わかったわかった。今のタマモの姿は、ここに居る小竜姫とわたししか見ていないから落ち着きなさい。貴女が眠らされた後の状況を教えるから、一緒に作戦を考えて欲しいのよ。いい?」

 そっぽを向くタマモの両肩に優しく手を置いて、令子はタマモを落ち着かせる。

 除霊現場を後方から見ていることが多いタマモは、その聡明さから全体の戦闘状況を掴むのに長けている。なので除霊状況を一緒に考える参謀としては、うってつけの存在なのだ。今回の戦いでは、令子にとって必要な頭脳なのである。一刻も早くタマモには正気に戻って欲しかった。

 「スゥーーーーハァーーーーー 良いわ、話して」

 寝台の上で取り乱して落ち込み拗ねていたタマモは、深い深呼吸を一度やる。やっと心の再建を果たして平常心に戻ったように見える彼女。でもよーく彼女を観察すると、左手が微(かす)かに震えシーツをキュっと握って強がっているのが解るだろう。

 「ん、やっと落ち着いたようね。じゃ、貴女が寝た後の話からするわね」

 タマモの左手に令子は気付いていたが、その事は一言も出さずにタマモが眠ってからこれまであった事を話していく。

 時間は限られている。いつサクヤヒメとおキヌちゃんが戻ってくるか判らないが、あまり時間を費やすと敵の力が回復してしまう。なんとしても、今の手負いの状態で倒してしまいたい。

 タマモは令子の話を聞きながら、現在の状況を捉え作戦の大まかな形を脳裏で組んでいく。

 「…………という事なのよ。今はシロには課題を出して考えさせているわ。おキヌちゃん達が戻ってくる前に気付いてくれる事を期待はしているけど、シロ抜きの事も考えないといけないのよ。だから「そんな事考えるまでも無いわ」 ……貴女の考えを聞かせてちょうだい」

 令子がこれまでの事を話して、シロ抜きの作戦も視野に入れようと提案したところでタマモに遮られた。

 「シロ抜きの作戦なんて必要ないわ。あいつは正しく忠夫の弟子よ。必要な事はちゃんと気付く。今まで気付かせて上げられなかったのは私達の怠慢ね。美神の所を出てから、シロにとっては格下相手ばかりの除霊だけしかなかったのも一つの要因だけど、それにどこか満足していたのは私やおキヌちゃんだったわ。忠夫は格上相手の戦い方や技を、シロに教えていた節はあるけれどね。だから、シロには基盤はしっかりと根付いているわ。後はアイツが気付くかどうかだけよ。話を聞く限り、そのヒントは美神や小竜姫に出してもらっているみたいだしね。だから私達は、全力でかつ出来るだけ無傷で敵を叩く事だけを考えるわ。そうでしょう? 美神」

 シロの事を信頼しているのだろう。タマモは当然の事として令子達へ語る。でも、照れくさいのか、タマモ自身も横島と一緒にシロへそれとなく彼女が生き残る為の指導をしていたのは隠した。指導とは言っても、シロと一緒に連携を練習したり、合同技を考えたりなどだが。

 「ふふっ、そうね。タマモの言う通りね。じゃ、一緒に考えるわよ。」

 令子は自信満々に語るタマモを見て不敵に笑う。普段は口げんかばかりしている二匹だが、互いの信頼が深いのが良く解る。タマモの言う事は多分本当だろう。ならば、宿六が気にかけて、折を見ては格上との戦い方を教えているのなら気付くのも早いだろう。

 タマモと小竜姫を交えて戦術を詰めていく令子。彼女の胸の内には、一抹の後悔が去来する。宿六には碌に霊能の技を教えていないのに無理をさせてきた事。シロには歪な成長をさせてしまった事。おキヌちゃんには……今の令子ならば虫唾が走るような事をしてしまった事。それなのに、彼女達はわたしを赦すという。彼女達の信頼に答える為にも、そして宿六に再び会って………。

 「…かみ…みかみっ…美神! こらっ、あんたから作戦を一緒に考えようって言ってきたんでしょうが! 何をぼーっとしてるのよ! って、ああ! 何を頬を染めてるの! た…忠夫ねっ、忠夫の事を考えてるのね!! コラ、戻って来い!!」

 作戦を一人と一匹と一柱であ〜だこ〜だと詰めている時に、呼び掛けても返事をしない令子にタマモは最初は軽くイラついた調子で話しかける。それでも反応せずに頬を染め出した彼女を見てピンと来たタマモは、ガックンガックンと令子を揺さぶる。先ほど痴態を見られた仕返しの分もあるのか、その揺さぶりはなかなか力強かった。

 「えっ? あ? たぁ た たま も? ちょ ちょちょ ちょっと と と と! そ そ そん な に ゆ ゆす 揺すらないで! って コラ わたしが 気が つい てるの 解ってるでしょうが!」

 力強くタマモに揺すられて正気に戻ってきた令子。だが、その事を伝えようとするも、激しく揺すられているので言葉が途切れ途切れになってしまう。タマモの表情を見ると、なんだか楽しそうに見えて令子はついにタマモを振り解く。

 「ちっ」

 振り解かれたタマモは小さく舌打ちをする。

 「あ、今舌打ちしたわね? 『ちっ』て、聞こえたわよ。『ちっ』て!」

 タマモの舌打ちに令子は確信した。途中から先ほどタマモをからかった事の仕返しをされていたのを。令子の頭に血が上る。

 「ああああ、お二方とも落ち着いて。今はそんなくだらない事で言い争っている場合ではないでしょう!」

 「くだらない事って、これは私が築いてきたイメージの一大事なのよ! くだらない事じゃないわ!!」

 「そうよ! この子狐には私が上だって事を判らせないといけないのよ!」

 小竜姫の忠告にも耳を貸す様子の無い一人と一匹。

 間に割って入る事も出来るだろうに、なぜかオロオロ見守る小竜姫をしり目に、ぎゃいぎゃいと言い争う令子とタマモ。その様子はじゃれあっているようにしか見えなかった。

 小竜姫には感じられたのだろう。じゃれあう一人と一匹には、今まで失っていた絆を取り戻すのに必要な事だってことを。だから嘆息すると、どうしようかしらと頬に手を当てて困っているのだろう。

 「タマモと美神殿にも困ったものでござるなー。拙者には課題を出しておいて、自分らは遊んでいるでござるし」

 タマモと令子がぎゃいぎゃいとじゃれあうこと数分。不意に小竜姫の真横で声がする。驚いてそちらを見ると、シロが苦笑しながら立っていた。

 小竜姫には彼女の気配が全く分からなかった。いくら気が緩んでいるとしても、隣に立たれるまで自分が気付かないというのは信じられなかった。

 「シ シロさん? 貴女…どうやって?」

 「小竜姫殿。拙者は狼でござる。獲物に気付かれないように近づくのはお手の物でござる。拙者、自分の好き嫌いでその事を忘れていたでござるよ。まぁ、小竜姫殿に気付かれずに近づけたのは、センセーの教えの賜物でござる」

 シロは、小竜姫殿を驚かしてしまったかと、すまなさそうな顔をして頭を下げる。

 シロは小竜姫が何に驚いているのか気付いてはいなかった。彼女にとって小竜姫は、遥か先の高みにいる武神として認識されている。その為、自分の隠行に感心した驚きと取っていたのだ。シロが令子達の方を見ていて、小竜姫の表情に気付いていなかったのも勘違いの原因だった。

 (どうやって私に気配を覚られずに近づいたのでしょう? いくら気が緩んでいたとしても、最低限の警戒を怠るような私ではないのに。気になります。ちょっと…)

 小竜姫がシロの隠行について訊こうと考えに上らせたところで、当の彼女がスッと動く。

 「ふぅ、仕方ないでござるな。時間も圧しているでござる。ちょっと二人を止めてくるでござるよ」

 そう言ってシロは騒ぐ令子とタマモに近づいていく。彼女の右手には淡く光るハリセンの形をしたモノがいつの間にか握られていた。小竜姫が声を掛ける間もない。

 スパン! スパーン!

 拝殿内に小気味の良い音が二度響く。その音に気付いて、女華姫とヒャクメは小竜姫の傍らまで話を中断して寄ってきた。なぜか女華姫の姿は、最初に出会った巌のような厳つい姿に戻っている。

 「痛った〜……。な…何をするのよシロ! もう少しで美神をへこます事が出来たのに!!」

 「痛たた…何を言ってるのよタマモっ。私に言い負かされそうになって涙目になっていたくせに。痛たた……」

 タマモは頭を抑えてうずくまるが、少しして痛みが多少治まったのだろう。シロを見つけると彼女に向かって抗議する。

 令子は叩かれた頭を痛そうに摩っていたが、タマモの言葉にカチンと来てちょっと誇張を混ぜて言う。でも、涙目なのは令子も同様で、それはハリセンによる痛みになのか、それともタマモとの言い合いによるものなのか、判断は付きそうにない。

 「何よ! 美神こそ「あー、いい加減にせんと、いくら拙者でも終いには怒るでござるよ?」 分かったわよ。美神、この決着は後で付けるわよ!」

 令子の言葉に言い返そうとしたタマモだったが、シロがハリセンを振り被りながら言ってくるのを見て、捨て台詞を言う。シロの本気で叩かれると、あのハリセンは物凄く痛いのだ。

 「そうね、覚えていたらね。さて、案外早い復活ね? シロ。 答えは出たの?」

 頭を擦り擦りタマモにはおざなりに答え、課題の答えは出たのかとシロに問う令子。睨む様な強い視線でシロを見やるのは、決してハリセンで叩かれた事によるものだけではないと思いたい。

 「うっ、えと その。こ…答えは出たでござるよ。センセーやタマモが実践してきたいくつかの方法で切り抜けられるでござる」

 令子の強い視線に、最初は叩かれた事に対するものかと怯えたシロだったが、それだけではない事に気付いて令子の無言の圧力を受けながら答える。

 「ふぅ…ん? ではどうやって切り抜けるのか、答えてもらいましょうか」

 シロの言葉に、令子は予想以上の強さを感じて半目でシロを見やりながら問う。

 「分かったでござる。まずはこれを使って、敵の攻撃に隙を作るでござる」

 そう言ってシロは、手の平に数個の存在感の薄い弾丸を出現させる。

 「なんだか妙に視え難い弾丸ね? まるでわたしの盾みたいだわ。それで、それをどうするの?」

 シロが手の平に浮かべた霊気の弾丸に顔を近づけて、しげしげと観察する令子。

 「これは、センセーのサイキック猫騙しと同じような使い方をするんでござるよ。四方八方から敵の目の前の一点でぶつけて、強い閃光と爆音を出すんでござる。ただ、攻撃力に関しては平手打ちされた程度しかないでござる。これで、敵の目と耳と超感覚を撹乱させて、タマモと一緒に火之迦具槌を撃つでござる」

 自分自身だけで片を付けるのではなく、タマモと一緒に攻撃する事にしたと付け加えてシロは令子に答えた。

 「う〜ん、それは六十点ってところかしらね。及第点ではあるけれど、もう一捻り欲しいわね」

 シロの答えに、独り善がりな部分が無い事にホッとしたものを感じつつも、令子は辛めの点数をつける。

 「例えばどんな事でござるか?」

 「あんたのやり方だと、おキヌちゃんとタマモの安全が確保されていないでしょうが。そこの所はどう考えているの?」

 急に思考方法を切り替えるのは訓練しないと出来ないから仕方の無い事だが、それでももう少し仲間の状態に気遣った案を出して欲しかったとも思う。なので、もう少し突っ込んだ状況をシロに認識させる事にした。

 「遮蔽物で防げているので、特に危険と思わなかったでござる」
 
 「そう……。その遮蔽物が度重なる衝撃で壊れたり、敵が業を煮やして別の攻撃方法をとってくる事は考えなかったの?」

 「……考えなかったでござる」

 令子の示した状況に、シロは青褪める。確かにそういう状況は考えられるし、実際に似たような事は起こった事があるのを思い出したから。

 「じゃあ、今考えなさい。今、あんたはその危険性に気付いた。次に取るあんたの行動は?」

 これで令子が望む答えを出さなかったら、残念だがシロにはここに残ってもらう。そう決意して令子は問う。

 「まずは、タマモやおキヌ殿を敵の攻撃から守れる場所を探すでござる。センセーやタマモなら、必ず仕事の際は逃げ道をいくつか確保している筈でござるから、その場所を訊くでござる。そこに逃げ込んだ上で、敵を倒す可能性をタマモとおキヌ殿と一緒に探るでござる」

 令子の雰囲気に、シロは飲み込まれそうになるのを必死に耐えながら新たに出された条件を元に、以前タマモから窮地に陥った時の事を例にして教えられていた答えを返す。

 「なるほどね。ちゃんと宿六達の戦い方は見て覚えているわけね」

 令子はさっきタマモが言っていた事が、ちゃんとシロの中に根付いているのを感じて満足を覚える。彼女が望んだ答えを、シロがほぼ出してきた事にも感心する。

 「覚えておきなさい、シロ。今回のような仕事やいつもの除霊でも、まず念頭に置くのは味方の安全性をいかに確保するかよ。そして、戦いになった時にもその事は常に忘れないようにするのよ。ま、エラそうに言ってるこの私でさえ、事務所を開いて暫くは気付く事は出来なかったんだけどね。そのせいで、そのしわ寄せはいつも宿六が被っていたんだけど、あの時はそれが当然と考えてた。わたしは毒蜘蛛事件の時まで、本当に気付けなかったのよ。だけど、その気付いた事でさえ、わたしは自分のプライドを守る為に忘れてしまった。それがこの時空のわたしの最大の汚点ね」

 シロに除霊時の心構えを説きながら、途中で令子は自嘲した。あの時が、この時空へと繋がる分岐点だったと、今なら解る。なぜなら、宿六と結婚したわたしは、あの時<忘>の文珠は使わなかったのだから。

 「なんと言ってよいのか判らぬでござるが、拙者合格はもらえるのでござろうか?」

 令子の自嘲にどう答えて良いものやら分からず、シロは小竜姫に尋ねる。

 「ええ、合格ですよ。シロさん、美神さんが言った事を忘れないで下さいね。前衛で戦う者は忘れがちになりますが、まず味方の事を先に考えてから次に自分の行動を決めるように心がけて下さい(美神さんは弱くなった? いえ、あれは変に強がっていた部分が抜けたのでしょうね)」

 「はいでござる」

 小竜姫はシロに合格を伝え、令子が言いたかったであろう事を代わりに伝える。だけど、心内では令子の事を本当に丸くなったと苦笑もしていた。

 シロは小竜姫に合格を言い渡されて、やったでござると小声で言いながら喜びを噛み締めている。喜びでそこらを走り回りたいけれど、戦いに連れて行ってもらえないかもしれないので、シロは必死に自分を抑えてもいた。

 らしくも無く自嘲が出てしまった令子はその事に自身が驚きつつも、小竜姫がシロへと合格を言い渡した事には異論は出さなかった。今まで片意地を自然と張ってしまう事に自己嫌悪していた彼女は、自然と自分の弱い所を出せるほどにシロ達を信頼している事に気付いて満ち足りた気分になる。

 彼女の今の表情は柔らかく微笑んでおり、その美貌とあいまって見る者を引き込んでしまう魅力に溢れていた。惜しむらくは、その表情を見ていたのがタマモだけであり、彼女は何か悔しそうに胸で拳を握って俯き加減でぶつぶつと呟いている。

 「ところで女華姫さま。どうしてまたその姿に? 元の姿でも、戦闘に影響はないんでしょう?」

 ふと我に返り、近くに立って威圧感を振りまく女華姫の姿に気付いた令子は、顔を引き攣らせながら彼女にそう問いかける。

 「うむ。長い事この姿であったからな。こちらの方がしっくりくるのだ。それに、これから下種を倒しに赴くしの、そやつには見せとうないのだ」

 逞しい腕を豊かな(厚い?)胸のところで組んで、女華姫は表情を歪めて令子に答えた。

 「何? 宿六の様に飛び掛ったりしてくるの?」

 かなり嫌そうに答える女華姫を見て、令子は問う。彼女の姿が変わって背も高くなった為に、少し見上げるようになってしまうのがちょっと口惜しい。

 「お主の言う宿六とは、キヌの良人であるニニギの事よな? 今世では横島というたか。アヤツよりもっと性質が悪いのだ。ニニギが陽とすれば、今から見(まみ)える敵は陰というのもおこがましいほどに女に対しての闇が深い者なのだ」

 おぞましい物でも思い浮かべているかのように身を震わす女華姫。令子の宿六という言葉に片眉をピクリと上げるも、おキヌちゃんの様子を思い出して軽く嘆息する。

 実際に彼女は神代の時代に、かの敵が人間の女性に対して行っていた数々の性的な暴行を目の当たりもしている。その時は見るに見かねて女性を救い、その後は折につけ気には掛けていたが、被害者は絶える事が無かった。

 「そ…そう。でもまぁ、今回で必ず滅するわけだから憂いは無くなるし、本来の姿で過ごす事も出来るようになるわよ」

 あまりの女華姫の嫌悪の様子に、頬が引き攣る令子。

 「妾はこの姿も気に入っているのだがな。それに、本来の姿は人の心を鏡の様に返してしまうし、本当の妾を見る事が出来るのはサクヤや父神だけであったしの。しかし、キヌに妾の変身を解くように迫られた時には驚いたわ。周りの者も妾の本当の姿を認識出来ていたのだからな」

 そう言って女華姫は、ほんの少し翳りのある苦笑をする。

 女華姫と令子が話していると、そこへ

 「ふー、やっと当該地区周辺の避難指示や、結界での封鎖指示に目途がついたわ。令子、私は今から急いで事務所に戻らないといけなくなったわ。この戦い、任せるわよ。私は世間の混乱の収拾に当たるわ」

 女華姫の様子に周りが暗い表情になっていたが、美智恵がGメン側の指示を出し終えて戻ってきたことにより空気が変わった。

 「そっか。ママはやっぱり来れないか。仕方ないわね。でも、ママ。老師が言っていたこの世界での宿六への悪い干渉については、戻った時に詳しく調べておいてよ?」

 最初に予想していた通りに美智恵がこれない事を多少残念に思ったが、美智恵の方でしか調べられない事もあるのでそれを令子は頼む。

 「解ったわ。出来るだけ情報は集めてみるわ。だから令子、おキヌちゃん達との絆、ちゃんと取り戻しなさい」

 美智恵はスッと令子の耳元に口を寄せると、令子を励ます。彼女は席を外していた為に、今までのシロやタマモ達と令子との間にどのような事があったのか把握していない。

 「そうね。ホント、その通りよ」

 耳元で囁かれた事に、令子はしみじみと頷いた。

 いくらかはシロやタマモと心の距離が近づいたとは思う。だけど、まだまだ時間は必要だ。彼女達との接し方は、さっき出来ていた事を参考に今後も続けようと令子は考える。

 「ところで令子。サクヤ様とおキヌちゃんは姿が見えないようだけど、どこに行ったのかしら?」

 美智恵は令子の頷きを確認すると、話を変える為に二柱の姿が見えない事を娘に尋ねた。

 「おキヌちゃん達は、今は外で何かをやっている筈よ。多分、サクヤ様がおキヌちゃんに術を授けていると思うんだけれど、実際に見てないから何とも言えないわ。そういえば、もうそろそろ三十分は経つかしらね」

 美智恵に答えながらチラリと左腕の時計に目を向ける令子。あれから結構時間が経っている事に、彼女は軽い驚きを覚える。

 それから更に五分ほど経って、おキヌちゃんとサクヤヒメが拝殿の中へと戻ってきた。二柱が戻ってきた時、ヒャクメは敵の近くに転移する為に準備をしているのか、皆から離れた所でキーボードをタカタカ叩いていて、令子達は作戦時のフォーメーションの位置や敵を人形から剥いだ後の人形の処置について話し合っていた。

 最初に気付いたのはタマモだった。

 「あ、おキヌちゃん達が戻ってきたわ」

 タマモの声に皆が拝殿の入り口に顔を向ける。

 「それじゃ、ヒャクメ。転移の用意は出来てる?」

 「もうちょっと待つのね。敵に気付かれるのを遅らせられる場所を、今探しているから。おキヌちゃんの神気に反応して襲ってきている事は解っているから、それをどうにかしないと直ぐに見つかるのよ。奇襲を考えているなら、そこの所も考えて欲しいのね」

 「おキヌちゃん、神気を抑える事って出来る?」

 ヒャクメの言葉に令子はおキヌちゃんに訊いてみる。

 「隠行術自体は、サクヤお姉ちゃんに教えてもらいましたから大丈夫ですけど、ここで隠行術を発動して転移出来るのでしょうか?」

 令子の問いに術自体は出来る事を伝え、小首を傾げておキヌちゃんはヒャクメに訊いてみる。

 「ん〜、一回やって見せて欲しいのねー。それによって影響があるか調べるから」

 「解りました。では、いきます! 「ちょっと待った!」 ほぇ? タマモちゃん、何?」

 ヒャクメの言葉におキヌちゃんは隠行術を唱えようとすると、急にタマモが待ったをかける。キョトンとした表情でタマモに顔を向ける。

 「その隠行術って個人用? それとも集団用? どっちが出来るかで作戦が若干修正できるわ」

 「そうね。個人用なら今のままでやるしかないけど、集団用ならシロとおキヌちゃんを隠して作戦の幅を広げる事が出来るわね」

 タマモの確認の意図を汲み、令子は軽く作戦案を出す。ちょっとだけ意味ありげにタマモを見ているのはどういう事だろう?

 「なんで私を隠し戦力にしないのか気になるけど、まぁ良いわ。それでどっちなの、おキヌちゃん?」

 令子の視線に不快なモノを感じつつも、それを脇にやってタマモはおキヌちゃんに再び訊いた。

 「えっと、一応皆も効果範囲に入れる事は出来るのよ。けれど、それは自然の中に溶け込ませるという感じなの。森が消えた敵地では効果が薄いかも……」

 タマモの質問に素直に答えるおキヌちゃん。

 「じゃ、神気自体を抑える事は出来ないの?」

 「いえ、それは出来ますよ。ね、お姉ちゃん?」

 令子の質問に何かを揶揄するような感じで、おキヌちゃんはサクヤヒメに向かって笑い問いかける。

 「ここで言う事は無いじゃありませんか、キヌ」

 おキヌちゃんから水を向けられたサクヤヒメは頬を染めて、あさっての方を向いてとぼけようとしている。

 彼女の様子から良くお忍びで社の外に出ているのだろうと、何人かピンと来た者がいた。

 「おキヌちゃん。今は時間が無いから、とりあえずサクヤ様と一緒に神気を抑えてみてちょうだい」

 色々と訊きたい事がある令子だが、時間も無いので話を進めるように持っていく。本当はサクヤヒメを姉と言っていたりしている事を聞き出したいのだが、そこはグっと我慢しているのだ。

 ちなみにサクヤヒメも一緒に抑えるように言ったのは、ちゃんとおキヌちゃんが隠行を習得しているのか確証を得る為と、サクヤヒメの大きすぎる神気に紛れて、ほぼ同質の気を持つおキヌちゃんが分からなくなるのを防ぐ為だった。

 「じゃ、今度こそ行きます。まずは神気を抑える方です」

 おキヌちゃんはそう言うと、目を閉じて集中していく。その隣でサクヤヒメが、こちらは微笑みながら神気を抑えだした。

 二柱の神気は、サクヤヒメがおキヌちゃんの神気を抑える速さに合わせる様にして抑えられていく。おキヌちゃんがサクヤヒメより集中しているのは、これが初めての発動だからだろう。いかにサクヤヒメの身体で術の発動を慣らしたとはいえ、自分自身の身体ではこれが初めてだから慎重になっているようだ。

 二柱が目の前にいるのが解っているのに、段々視え辛くなってきた事に全員が驚く。特に武術を修めている小竜姫とシロに女華姫は、彼女達の隠行に感歎を禁じ得ない。

 「見事な物ですね。目の前に居て意識して見ているのに、ふとした瞬間にはこちらの認識から外れてしまうなんて」

 小竜姫が思わずそう零す。シロや女華姫も同じ思いだった。

 社の神気はそこら中に感じられるが、二柱の気配はもうほぼ分からなくなり周りの神気と同化した様に感じられる。

 「はー、見事なものね。ヒャクメから見てもどうなの?」

 令子は完全に認識できなくなってしまい、これは使えるかもと考えながらヒャクメに訊いた。

 「ダメなのねー。そのやり方はこの神社の中でしか通用しないのねー。若しくは、サクヤヒメ様の加護を強く受けている土地かなのね。でも、神気を抑えるという事に関してなら大丈夫なのねー。霊波迷彩服でもあれば完璧なんだけど……」

 令子の問いに、ワルキューレが居たら借りられたのにと考えながらダメ出しをするヒャクメ。彼女の感覚器官には、はっきりと二柱の様子が捉えられていた。

 「あら、バレちゃった。さすがは天界の調査官ですね。でも、こういうのはどうかしら?」

 ヒャクメの言葉に悪戯がバレた時の様な声を出して、サクヤヒメは彼女を誉めた。でも次の瞬間にはヒャクメでさえ認識が難しくなってしまった。

 「え? あれ? サクヤヒメ様? おキヌちゃん? なんで? 二柱とも見えなくなっちゃった!」

 ヒャクメはうろたえた。どんなに目を凝らしてみても、彼女らの神気や気配が感じられなくなったのだ。

 「え? ヒャクメでも見えないの? それって凄いわねー」

 完全に解らなくなった令子は、ヒャクメが騒ぎ出したのを見て更に驚いた。

 「種明かしについてはごめんなさい、教えられないの。でも、ちゃんと認識できなかったでしょう?」

 突然、術を解いたサクヤヒメがそう言ってくる。おキヌちゃんも遅れて術を解いたらしく、全員に認識できるようになった。

 サクヤヒメとおキヌちゃんが行った術は一見すると応用性がかなり高く見えるが、実は大きな欠点がある。それは、この術を発動している間は、言葉を発する事が出来ず他の術を発動する事も出来ないというもの。それに術を発動している時は、走る事や空中に飛ぶ事なども出来ず、非常にゆっくりとした歩き方しか出来ない。人ごみの中では全く使う事の出来ない術である。ただ一つの利点は、その持続時間の長さだろうか。一度発動すると、3ヶ月は己の意思による解除をしない限り切れる事は無い。

 「これなら敵におキヌちゃんを発見される事は無いわね。なんなら、隠行術を発動したまま癒術とかを使って「できないんです」 へ?」

 「すみません、令子さん。この術って、発動中は別の術を使ったり激しい動きが出来ないんです。この術は本当にただ隠れる為だけの術なんですよ」

 令子の言葉を遮っておキヌちゃんは、術の欠点を教えた。

 「そうなの? じゃ、それは残念だけど使えないわね。でも、神気を極限まで押さえ込む事は出来るみたいだし、作戦の変更はしなくても良いわね」

 令子は、おキヌちゃんから聞いた術の欠点に残念に思いながらも、神気を押さえ込む事は出来ていた事で作戦の変更はしなくてすんだことにホッとした。また、今回の作戦ではあまり役に立ちそうに無い術を真顔で同時に行う二柱の天然さに脱力感を覚える。

 タマモや小竜姫、それに女華姫も二柱の天然さに脱力しているようで、それぞれに顔を見合わせては溜息を吐いている。例外はシロで、彼女は単純に二柱がやった隠行術に感心しきりだった。

 「よしっと。結果が出たのねー。神気を抑えた状態で転移しても、転移には影響は無い事が解ったわ。今回は神鏡を使った転移の新しい可能性が見つかったりと、知的好奇心が刺激されて嬉しいのね〜」

 一柱ヒャクメだけが、サクヤヒメとおキヌちゃんの天然に影響を受けずにちゃんと仕事をやっていたようだが、一言多かった。ヒャクメも天然なのだろうか?

 「ヒャクメっ、不謹慎ですよ! ホントに貴女は「小竜姫、説教は後にしてくれない? 時間がもったいないわ」 むぅ、分かりました。この件が終わりましたらヒャクメにはお仕置きが必要ですね」

 ヒャクメの発言に小竜姫は説教をしようとしたが、令子に遮られて仕方なくこの場は諦める。しかし、ヒャクメを睨んで一言釘を刺す。

 「うぅ、小竜姫が怖いのねー。とりあえず転移の準備は出来たのねー」

 お仕置き怖い怖いと言いながらも、ヒャクメは転移の準備が出来た事を告げる。

 「美神殿、拙者らの武器を部屋に取りに戻る時間はござろうか? 出来れば取りに戻りたいのでござるが……」

 不意に戦に赴くのに愛用の武器も持たずにいる事に不安を感じたシロは、令子にそう問いかける。

 「今回に限っては時間との勝負よ。わたしも道具を取りに戻りたいけど、その時間は無いわ。結界札の代わりをおキヌちゃんに、直接攻撃は小竜姫と女華姫さまに任せるしかないの。敵の攻撃をいなしておキヌちゃんやタマモを守る事が出来るのは、わたしの盾やあんたのサイキックソーサーに掛っているんだから心しなさい」

 令子はシロの質問に苦い思いで答える。

 令子とて出来れば妙神山のワゴン車や、事務所の道具を取りに行きたいのだ。更に言えばシロのサイキックソーサーで敵の攻撃をいなす事が出来るかどうかも不安要素だ。それに加えて、シロの暴走を抑える為に後衛を守らせるのを中心にさせるしか方法を思いつかないのも歯痒い。

 「そうでござるか……。残念でござるが、仕方ないでござるな」

 シロは愛刀を取りに戻れない事を非常に残念に思うが、状況が許してくれなかった。

 「皆さん。この度の件は私達の不始末にも拘わらず、皆さんに任せる事しか出来ない私の不甲斐なさをお赦し下さい。私が出来る事は少ないですが、せめて身を守る物を贈らせて下さい」

 サクヤヒメはそう言うと、後ろ腰に差していた奇妙な形の差料を鞘ごと抜いておキヌちゃんに渡し、宙空から木製のお札を十数枚呼び出して令子に渡した。

 その差料は、本当に奇妙な形をしていた。柄の部分が男性の握り拳八つ分あるのに対し、鞘と思われる部分が握り拳一つ分しか無いのだ。しかし、施されている意匠は精緻に富み見事な造りを誇る。差料を受け取ったおキヌちゃんは吃驚した様子でサクヤヒメを見、令子は受け取った十数枚の木札のあまりの霊力に驚きを隠せなかった。

 「キヌに渡したのは八柄の剣と言います。刃自体には然程の攻撃力はありませんが、これを持つ者は強力な結界に守られます。また、令子殿にお渡しした木札には、悪意を持って害を為(な)して来る者を退ける効果があります。矢面に立つ者に持たせれば、敵の不意な攻撃にも数度は持ちこたえる事が出来るでしょう。この程度では、皆さんの恩に報いる事にもなりませんが、どうか…どうか良人の神格を取り戻してください」

 渡した物の説明を終えた後、サクヤヒメは深々と頭を下げてニニギノミコトの神格の事を請願する。

 「サクヤ様、頭を上げて下さい。確かに発端は貴女でしょう。でも、私達の身内にちょっかいを出してきた事で、もう貴女だけの問題ではなくなりました。それに、この件で新しく分かった事や、再び得る事も出来た者もあるんです。一番大きいのは最高位に近い日本の神様と知己になれたことだわ。これは今後の仕事にもプラスになるわ。だから気にしないで」

 最初こそ敬語で話していた令子だが、ここに来てから見てきたサクヤヒメの行動でなんだか敬語を使う事に違和感を激しく感じてきて、思い切って普通に接する事にした。

 「ありがとうございます。それにしても(クス)、令子殿はキヌの言う通りの方ですね。一時期の影は未だ残っているようですが、今の貴女なら大丈夫と思えます。キヌをよろしくお願いしますね」

 サクヤヒメはおキヌちゃんの生涯を共に見てきて、目の前の女性がいかに感情の表現が不器用か知っている。その彼女が頬を染め、照れを隠しながら自分の請願に答える様に思わず笑みがこぼれる。

 「ええ、任せておいて。それじゃ、行ってくるわ」

 サクヤヒメの言葉が令子にはくすぐったく、彼女に短く答えると小竜姫達の方へと木札を渡す為と装い足早に向かった。

 「それじゃ、私とシロとタマモは二枚ずつ持つとして、残りは小竜姫達に預けておくわ」

 サクヤヒメから預かった木札をそれぞれに渡していく令子。

 「あのー、美神殿? 拙者…そのー……」

 木札を受け取ったシロは、なにやらモジモジしながら令子に話しかける。多少足も内股気味だ。

 「どうしたのよ、シロ? モジモジしちゃって。もしかして……トイレなの?」

 シロがおずおずとした感じで、言葉少なく唐突に尋ねてきた事に怪訝な表情で尋ね返す令子だったが、シロの様子を観察してピンと来たものを言ってみた。

 「そうでござる。ちょっと、もよおしてきたんでござる。その…厠はどこでござろう?」

 「それはサクヤ様に訊くしかないわね。ふぅ…シロ以外にもトイレに行きたい人はいる?」

 溜息を吐きながら、他にもトイレに行きたい者がいるか訊く令子。

 「あ、それじゃ私も行きたいです」

 「私も」

 おキヌちゃんとタマモも申告してきた。どうやらシロのモジモジに感化されたらしい。

 「仕方ないわね。サクヤ様、そういう事だからトイレの場所を教えてくれないかしら?」

 一柱と二匹の様子に軽く苦笑して、令子はサクヤヒメにトイレの場所を訊く。

 「ああ、トイレならそこの渡り廊下を抜けた所にありますよ」

 サクヤヒメの案内を聞いた一柱と二匹は、ちょっと小走りにトイレのある場所へと急いで行った。おキヌちゃんが居るので迷う事は無いだろう。

 「あの子達が戻ってきたら行くわよ。ヒャクメ、いつでも行ける様に準備しておいて」

 「分かったのねー。美神さんも今の内に済ませておくと良いんじゃない?」

 「…………そうね、一応行ってくるわ」

 ヒャクメの薦めに令子はちょっと考えると、トイレへと歩き出す。澄ました風を装っているが、彼女の耳は赤かった。令子も彼女達に感化されたようだ。

 
 忠夫が戻ってくるまで後十時間強。おキヌちゃんは知りたかった両親の事を知る事が出来、新しい家族を得た。そして彼女達の因縁に決着を付ける為、令子達の協力を得て敵地へと赴く。互いの絆と新しく出来た絆を、不器用にも確かめ合いながら。


               続く


 こん○○は、月夜です。
 想い託す可能性へ 〜 きゅう 〜 (後編)をここに投稿です。
 私の文章を読んで、楽しんでいただけたら嬉しいです。
 誤字・脱字、表現のおかしいところなどありましたらご指摘下さい。
 では、レス返しです。

 〜冬さま〜
 感想をありがとうございます。こう反応があると嬉しいですね。
>読み応えはしっかりありましたヘ(-_-ヘ
 私の物語を気に入っていただいたようで嬉しいです。励みになります。
>同じ顔(?)をしたダブルおキヌ+シロ+タマモ+美神+小竜姫 いいですねぇ・・・
 天然一途な三柱にツンデレ一人と一匹。それに天真爛漫な娘一匹。このまま物語り進めるともう一柱増えるしで、ホント横島が羨ましいです。
>いろいろと続きが気になります がんばってください
 ありがとうございます。完結まで長いですけど、頑張ります。

 〜アミーゴさま〜
 初めましてアミーゴさま。感想をありがとうございます。
>なんだか読み勧めていくうちにわけがわかんなくなっちゃいました
 読み難い文章ですみません。でも、面白いと感じていただけたようで嬉しいです。
>ハーレムってのは個人的には×なんだけど
 苦手な部分を少しでも受け入れられる感想をいただけると、励みになります。完結まで長いですけど、頑張ります。

 〜読石さま〜
 いつも感想ありがとうございます。シロが横島から教わった技の数々の理由はこういう感じになりました。めんどくさがりの横島が憂うほどに、彼女は危うかったのです。
>おキヌちゃんのお母さんの
 彼女の反応は、父親のせいで異性と出会う事が極端に少なかったせいでもあるんです。それでも命を大切に思う娘さんでした。母の教えは短かったけれど、しっかりとおキヌちゃんの中に息づいてました。
>今回は美神さんが横島くんと二人っきりの時に使った文珠が
 読石さまなら、街中でこういう状況になったら使う文珠ってなんでしょうか? それが文珠の答えで、令子さんは横島クンにその場で……たんです。その時の反応があまりに可愛かったらしいですよ。
>幸せで良い結婚生活や生き方をしてたんだなぁと
 原作では、美神が凄い赤面してましたからねー。私が考えた歴史の分岐点は本文中の通りです。今の令子さんなら、隊長を越えるのも案外と近いでしょうね。


 やっと次から戦闘を入れたお話になります。どこまで描写を入れられるか不安はありますが、頑張ります。遅筆で申し訳ありませんが、月一ペースで投稿できればと考えてます。では、次回の更新まで失礼します。
 

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