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「想い託す可能性へ 〜 きゅう 〜前編(GS)」

月夜 (2007-03-11 07:45)
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想い託す可能性へ 〜 きゅう 〜 (前編)


 おキヌちゃんはサクヤヒメと拝殿を出た後、サクヤヒメの後ろに続いて境内の中で比較的広い場所に出ていた。

 「さて、キヌ。貴女は私から別たれた分御霊。神話の時代に私が使用できた神通力は使う事が出来るでしょうから、改めて教える事はありません。今から行う事は術の教授というより、貴女と私の記憶のすり合わせと考えてください。貴女にとっては退屈な時間になるかもしれませんが……」

 サクヤヒメはおキヌちゃんと向き合うと、今から行う事を説明する。

 「はい。どのような術かは分かりますけど、私の記憶もそう良い物ではないですよ?」

 おキヌちゃんはサクヤヒメの気遣いに、自身も同じように返した。基本的な所が同じだけに彼女達の反応は一緒なのだが、おキヌちゃんの方が若干幼く感じるのが興味深い。

 「かまいません。キヌがどのような時を過ごしてきたのか、教えてほしいのです。代わり……にもなりませんが、私が永き時を過ごした経験を貴女に差し上げましょう」

 おキヌちゃんの答えに、サクヤヒメは申し訳無さそうにそう言って顔を伏せる。

 「お顔を上げて下さい、サクヤ…様。気に病むことはありませんよ。私だってサクヤさ……む〜言いにくいなぁー……うん、家族なんだしお姉ちゃんって呼んだ方がしっくりくるわ。私だってお姉ちゃんの事をもっと知りたい。子供達が独立した後は家族の居なかったもう一人の私に、現世で生き返って家族の出来た私を見てもらいたい」

 おキヌちゃんはサクヤヒメの顔を上げさせて、微笑んで言った。二人向かい合う姿は双子のようで……いや、事実永き時を超えた魂の双子の邂逅と言える。

 「そう言ってもらうと、私も心安らかになりますね。では、私達の記憶の旅へ向かいますよ。彼方から此方へと続く悠久の刻 二つに別たれた枝葉の記憶 廻(めぐ)り再び見(まみ)えた枝葉との記憶を合わせ給え!

 おキヌちゃんにお姉ちゃんと呼ばれたサクヤヒメは、顔(かんばせ)をほころばせて術を発動させた。術の発動によって二柱の間に生まれた光はじょじょに大きくなり、彼女達は表面が虹色に輝く光に包まれた。

 おキヌちゃん達は、辺り一面全てが真っ暗な空間に浮かんでいた。術を発動させたサクヤヒメは光が収まったのを感じてすぐに眼を開けたが、おキヌちゃんは未だ閉じたままだ。

 「キヌ…キヌ……。眼を開けなさい。これから、私達の経験した時を見ていきますよ」

 優しく、サクヤヒメはおキヌちゃんを揺する。

 術自体は知っていたおキヌちゃんではあったが、体験するのは初めてで光が溢れた時にはきつく瞳を閉じていた。サクヤヒメの呼び掛けで、彼女はゆっくりと眼を開いていく。

 「こ…こ……は? ああ……私達の無意識界なんですね? なるほど、この術はこういう風に見えるんですか。使い方は知っていても、体験して識ると良く解りますねー。うん、だんだん思い出してきた。そうかー、この術ってお互いの記憶を追体験していくんですね?」

 周りの真っ暗な空間を一通り見渡して、術によって起こる現象を思い出しながらおキヌちゃんはサクヤヒメに確認した。

 「ええ、そうです。神代の時代からの永き時も、この術によって実時間では三十分くらいで済みます。これを使うとお互いの経験を実体験するので、術の体得等には凄く便利です。ですが、お互いの記憶を見せ合うので、本当に気を許した方にしか使えないのが欠点ではありますね。ただ、その欠点に目を瞑(つむ)る事さえ出来れば、後で実感すると思いますが、自分が体得した術を第三者的に見る事が出来るのでもっと昇華させる事も可能です」

 サクヤヒメはおキヌちゃんに術の説明をし、欠点と利点を教えたところで苦笑した。

 「さて、現在の状況説明はこのくらいで良いでしょう。今からキヌの魂の記憶を見ていきます。私から別たれた後の記憶ですから、貴女自身にも再発見があるかもしれませんね。では、心の準備は良いですか?」

 「はい。よろしくお願いします」

 サクヤヒメの最終確認におキヌちゃんは頷く。

 「では……キヌの最初の転生先へ!」

 サクヤヒメとおキヌちゃんの姿が光に変わり、一つになって真っ暗な空間を夜空を翔ける流れ星のように飛んでいった。

 サクヤヒメは体験していく。傍らに半透明になったおキヌちゃんを認識しながら、おキヌちゃんの前世の生涯を。

 その前世では、おキヌちゃんはある豪族の娘としてこの世に生を受けた。魂の神聖さから周りの人間たちから良い意味でも、悪い意味でも愛されていく彼女。父親の右腕として辣腕を揮う男の息子と共に成長していく。

 だが、彼女達の前途に暗雲がたちこめる。父親が治める土地を狙って他勢力の豪族が攻め寄せてきたのだ。

 父親にその右腕たる幼馴染の父親。そして幼馴染の青年は、必死に抵抗していく。その戦のさなか、おキヌちゃんの前世である娘は必死に父親や幼馴染の男の無事を、八百万の神々に祈っていた。

 幼い頃にただ一度だけ起きた奇跡をもう一度起す為に、一心不乱に祈っていた。その奇跡とは幼馴染が川で溺れて大量の水を飲んでいた時に起こった出来事。

 周りの大人が少年を助けて水を吐かせているのを見て、幼い彼女は彼の身体の中の水が出れば良いんだと幼いながら理解し、必死に念じた。

 なかなか水を吐かない少年に周りの大人が諦めかけたその時、彼女の力は発揮される。少年の肺の中から水が瞬時に抜けたのだ。

 それは本当に奇跡だった。彼女が幼いが為に術の維持に必要な集中が短かった事。そのおかげで彼は全身の水分を抜き取られずに済んだのだから。

 彼女が何日も寝食を摂らずに祈りトランス状態に陥った正にその時、父親と幼馴染の青年の二人は敵に肉薄され絶体絶命の危機にさらされていた。

 トランス状態にあったおキヌちゃんの前世の娘は、その危機を感じ取り魂が覚えていた力ある言葉を制御も行わずにとっさに唱えてしまった。我が敵に満つる水よ、去れ! と。

 何日も寝食を摂らなかった娘の身体は、この力ある言葉に耐える事が出来なかった。だが、彼女が倒れる寸前、敵の軍勢の身体から水分が瞬時に強制的に抜き出されていき、次々と渇いて絶命していった。

 幼い時に起きた奇跡。それは少年の身体の中で、一番水分が多かった肺に入り込んでいた水が瞬時に抜けた事だった。肺に溜まった水が抜け切ったところで彼女の集中が切れた事による奇跡だった。

 娘の父親と幼馴染の青年は、娘に小さい頃から聞かされていた話を、目の前で敵が渇いて死んでいくのを見て唐突に思い出していた。二人は胸に湧き上がる悪い予感に、戦の後処理を右腕の男に託して領地に急いで戻った。

 彼らが目にした光景は、領地の人間達が一箇所に集まって悲しんでいる所だった。こうしておキヌちゃんの最初の人生は幕を閉じた。

 サクヤヒメとおキヌちゃんは、娘の亡骸に縋り付いて号泣する二人を最後に見て無意識界へと戻ってきた。

 初めて自分の前世を見たおキヌちゃんは、ショックを隠せないようで暗い表情をしている。サクヤヒメは初めて体験した肉体の死について考えているのか、目を閉じたまま黙っている。

 暫くして、ショックから幾分回復したおキヌちゃんは、次の転生先の人生を見る前に心の準備をする為にどのような人生を送ったのか、さわりだけを覗いてみた。その結果、次の人生はおキヌちゃんが女華姫と一緒に過ごした人生が見えた。

 「お姉ちゃん。私の前世って一つだけだったみたい。次に感じる人生は、今の私の基礎となった人生だよ」

 彼女にとっても、今体験した前世はかなり衝撃的であった。サクヤヒメの分御霊として覚醒したおキヌちゃんではあるが、今現在はっきりと思い出せるのはキヌとして歩んだ人生のみ。それより以前の前世はこういう術を使用するか、かなり集中して思い出そうとしない限り脳裏に思い浮かぶ事は無い。

 「そうですか。私が思っていたよりも、転生はしていなかったのですねー。う〜ん……、さっきはキヌ自身の前世のみを追うだけでしたから、ここはちょっと寄り道してみましょうか?」

 サクヤヒメは、おキヌちゃんの言葉に少し考え込んで提案してきた。

 「寄り道? 何をどうするんです?」

 サクヤヒメの意図が解らず、おキヌちゃんは首を傾げる。

 サクヤヒメはおキヌちゃんの顔をじ〜〜っと見て、一つ頷く。

 「??????」

 急に黙って、じっと見てくるサクヤヒメに戸惑うおキヌちゃん。

 「キヌ、貴女は今の人生でのご両親の事はどのくらいご存知?」

 彼女はおキヌちゃんの両親がどのようにして結ばれたのか知りたくなり、術の構成を少しだけ変える事にした。

 「私の両親は、優しい方達ですよ。三百年経って生き返った私を引き取ってくれて、今の生活を送れるようにしてくれましたし」

 サクヤヒメの意図が良く判らないおキヌちゃんではあったが、問われた事には素直に答えた。

 「私の言い方が悪かったみたいですね。でも、キヌの養父母には一度会ってみたくはあります。ですが、私が今訊いたのは、キヌ自身の生みの親の事ですよ」

 おキヌちゃんの答えに微苦笑しながら、再び訊くサクヤヒメ。でも、本当におキヌちゃんの養父母に会いに行ったら、愉快な事になりそうである。

 「ああ、私の両親の事ですか。それが……私は幼い時にはもう孤児だったのでほとんど覚えてないのです。母が優しく子守唄を唄っていたのは印象に残っているんですけど……」

 現人神となり、今まで生きてきた人生の記憶をほぼ思い出しているおキヌちゃん。でも、はっきりと彼女が思い出せるのは五歳以降の記憶で、それより以前の記憶や自分が生まれる前の両親の事は判らない。

 「そう……。では、キヌがどのようにして生まれてきたのか、ご両親の馴れ初めから見ていきましょうか」

 おキヌちゃんの生い立ちを聞いて、真剣な表情でサクヤヒメは言う。

 「そんな事が出来るの!? 両親の事を知る事が出来るなんて、これほど嬉しい事は無いです。お姉ちゃん、ぜひ知りたい! よろしくお願いします!」

 孤児であった時、預けられたお寺の老住職様から聞かされたのは母親の事のみだった。どんなにせがんでみても、なぜか父親の事は教えてはもらえなかった。だから、おキヌちゃんはサクヤヒメの提案に一も二も無く同意した。

 おキヌちゃんとサクヤヒメは二柱して頷きあう。おキヌちゃんの両親を知る為にサクヤヒメが術の構成を少し変えて詔を唱えると、二柱の身体が再び光の珠となって暗闇の空間を飛んで行った。

 二柱はやがて、とある藩の城へと現れた。

 おキヌちゃんの父親は、とある藩の領主の嫡男だった。彼はお忍びで領地を見回っている際に足を踏み外して、三メートル下の崖に落ちて気絶している所を娘が偶然に通り掛り助けられた。その娘がおキヌちゃんの母親となる女性だった。

 倒れていた彼は打ち所が悪かったのか、腹部と頭部からかなりの出血をしていてすぐに手術を行わなければ危ない状態だった。しかし、この時代に開頭手術や開腹手術の手法は確立されていない。青年の命は風前の灯だった。

 倒れていた青年の容態に一刻の猶予も無い事に娘は気付くと、彼女は両親にも秘密にしていた能力を使って青年を癒す。その癒しの力はかなり強力で、擦り傷や軽い切り傷は一瞬のうちに癒してしまうほどだった。最も酷い頭部と腹部の上に手の平を当てて、一心に治るように念じる娘。

 彼女は長い集中から覚めると、傍らの青年が穏やかな呼吸をしていて命に別状が無い事が確認できると安堵の吐息を吐いた。崖下では満足な介抱も出来ないので、娘は近くの猟師小屋に苦労して青年を運び、筵を敷いてそこに寝かせた。

 娘は、生命の危機を乗り越えた彼を優しく介抱したが、かなり長く治癒に集中をしていた為に介抱の途中で疲れて眠ってしまった。

 彼女の両親の立場上、助けた青年が領主の嫡男と知る環境ではあったが、父親が故意に互いの存在を伏せていた為に、今まで娘が青年の事を知る機会は無かった。

 娘と入れ替わる様に気絶から回復した青年は、傍らに眠る娘に心底驚く。しかし、反射的に身体を動かそうとしたがピクリとも身体は動く事はなかった。

 青年は知る由も無かったが、娘が使った癒しの力によって傷の回復に体力を使われた為だった。身体のだるさによって寝かされていた筵(むしろ)から起き上がる事は出来なかったが、あどけない娘の寝顔に見入る青年。一目惚れだった。

 一刻ほど動くことが出来なかったその青年は、軽く呻いて起きた娘と顔をしばらく見合わせてしまう。寝ぼけていた思考が覚醒してくるにつれ彼女の表情はみるみる赤くなっていく。ようやくはっきりと起きた直後、彼女は思い切り悲鳴を上げて恥かしがりながら小屋を飛び出して行ってしまった。

 放置されて途方にくれてしまった彼は、未だ身体を動かす事は出来なかったので、呆然と無意識の内に伸ばしていた腕を下ろして溜息を吐いてそのまま睡魔に誘われて眠ってしまった。

 暫くして赤い顔をしたまま戻ってきた娘は恐る恐る小屋の中を覗いてみたが、青年が眠っているのを確認して安堵と共になぜか残念に思う心の動きに戸惑う。普段から気立てが良く明るい彼女は、眠っている青年を放って置く事は出来ず、とりあえず自らの心から湧き上がる感情を心の棚に置いて彼を再び介抱し始めた。

 青年が再び意識を回復した時、娘は頬に朱を散らすも逃げる事はせずに動けない青年の世話を一日やり続けた。

 暗くなっても社に戻ってこない娘を心配した父親である神主が探しにきて二人を見つけた時には、二人の心の距離はかなり近くなっていた。

 見つけた時は娘に近づく不埒者かと、きつく青年を睨み付けた神主ではあったが、青年が動く事もできない状態にあるのと同時に彼の正体にも気付いて心底驚いた。

 神主はその職務上、城の内部の情勢にも詳しかったので嫡男の高評価な評判も知っていたし、そもそも神主が登城した時には必ず挨拶を行う間柄だったのである。

 父親の登場に凄く慌てて支離滅裂な事を喋っている娘を無視して、神主は最初の動揺を鎮めて静かに青年を見続ける。その視線には最初に篭められた意味合いは薄れ青年を睨む事はしなくなったが、それでもその視線は圧力を増していく。だが、その神主の雰囲気に青年は呑まれる事無く見返す。

 二人して無言で見続ける様子に娘はようやく気付いたが、二人が発する雰囲気に呑まれて割って入る事はできなかった。

 暫くして、神主の方が一つ頷くと踵(きびす)を返して小屋から出て行った。どうやら神主は、青年を認めたようだ。城主から託された領地内の退魔の一翼を担う神主の眼力に、呑まれる事もなく自然に見返す青年を彼は密かに感嘆していた。後に彼は、退魔仲間の別の仏閣を預かる住職と、この出会いの顛末を肴に酒を酌み交わす事になる。

 突然の神主の登場に怯む事無く対処できた自分の胆力に、一番驚いていたのは他でもないその青年の方だった。

 暫くして神主が何も言わずに出て行った事に青年は認められたと感じ、喜んで思わず傍らでおろおろしていた娘の手を取って抱き寄せてしまった。

 娘は抵抗する間もなく青年の上にかぶさる様に倒れこんでしまう。青年は娘の柔らかさと体温の温かさを感じて、相好を崩す。

 しばらく抱き合っていた二人ではあったが、ふと娘が正気を取り戻して自分と青年の状態に気付くと、あらん限りの悲鳴を上げて小屋を出て行ってしまった。

 その場に残された青年は、娘の悲鳴に慌てて戻ってきた神主と再び対峙する事になり、神主の呆れた溜め息と同時に放たれた戒めの術に縛られて、そのまま放置されてしまった。青年は筵の上で動かぬ身体で涙を流し、一晩を明かした。

 次の日になり、朝餉を持って再び青年の許に現れた娘は、父親の術によって動けなくされていた青年を見てクスリと微笑した。いきなり抱きつかれるのは困りものだが、逃げた後に思った事はそれほど嫌では無かった事。動けない彼には申し訳ないけれども、彼女は安心して青年の介抱を続ける。

 健気(けなげ)に介抱してくれる娘に青年は胸の内に宿った想いをより一層募らせる。この後、青年は回復した後も折をみては、足繁く娘の許へと通ってくるようになった。

 娘と青年は身分が違うなどの原因ですったもんだの問題が山のようにやってきたが、二人は協力し、時には娘の親である神主に助力を仰いで乗り越えていく。

 やがて二人の間に女の子が生まれる事になり、術によってサクヤヒメがおキヌちゃんの母親となる娘の胎内へと入っていき、この世に生まれてきた。その生まれた女の子がおキヌちゃんだった。

 世が世であるので、本来ならおキヌちゃんはお姫様として扱われても当然ではあるのだが、おキヌちゃんの母親となった娘は父親となった青年に迷惑が掛らないようにと考え、青年がどんなに城へ迎えようと言っても、決して頷くことは無かった。

 なぜなら、生まれてきた女の子の魂が尋常ではない神聖さを持って生まれてきた事に、母親になった娘は生来の霊感によって気付いたからである。その為、城の中の権力闘争に巻き込まれる事によって、生まれてきた女の子が害される事のない様にする必要があった。

 青年は、娘から孫の事情を聞かされていた神主の説明によって渋々納得し、城へと迎えるのは諦めたが、それでも忙しい中で時間を作っては神社に赴いて三人で過ごすようにした。三人一緒に暮らす事は叶わないけれど、それでも幸せな家族がそこにあった。

 おキヌちゃんは、サクヤヒメと一緒に自分の人生を振り返りながら、我知らず涙を流していた。孤児であった時には両親の記憶がほとんど無く、片親でも親のいる親友の女華姫に幼心に嫉妬した事は幾度もある。

 成長して同じ孤児となっていた周りの小さな子供達の世話をしながらも、時々心に浮かぶのは自分の両親がどういった人達だったかという想い。

 その想いが思いがけなくこうして成就して、おキヌちゃんは涙をこぼす。両親は愛し愛され、自分は望まれて生まれてきたのだと。幸福な時間は短かったけれど、それでも確かに存在した宝石のような時間。最も知りたかった両親の事を知ることが出来て、おキヌちゃんは満たされた。

 起きてしまった過去は変えようが無い。キヌとして生を受けて、紆余曲折の末にコノハナノサクヤヒメとして覚醒して間もない彼女は、この後に起こる両親の悲劇とそこから連なる現代までの己の人生を、サクヤヒメの傍らで第三者としての視点で視ていく。

 特に衝撃的だったのが、父親の領地を襲い滅ぼしたのが死津喪比女であり、領地を守る為に必死で両親と一緒に戦う祖父の散り様だった。

 人質にされた自分を満身創痍になりながら取り返すも、仲間の住職に託すまでが精一杯であった祖父。その祖父から託されて数えで十五になるまで育ててくれた老住職が、祖父の退魔仲間の住職だった事もまた驚きだった。

 おキヌちゃんの人生が、コノハナノサクヤヒメとして覚醒した時点で終わり、サクヤヒメとおキヌちゃんは最初の真っ暗な空間に戻ってきていた。

 「…………。“狂った除くモノ”によって、本来なら向かうであろう未来を捻じ曲げられていたとは。でも、その介入があったからこそ、こうして私はキヌと出会う事が出来ている。何が良くて何が悪いのか、人の感情というモノはままならぬものですね」

 サクヤヒメはおキヌちゃんの人生を経験し終えると、しばらくは瞳を閉じて沈黙していた。彼女の中で考えがまとまって瞳を開けると、目の前には涙を流している事にさえ気付いていないキヌの姿。そっと彼女を己の胸に抱き寄せ、サクヤヒメはそう言葉をこぼす。

 「お姉ちゃん、ありがとう……。悲しい事があったけれど、それでも私が知りたい事を知る事が出来た。それにイワナお姉ちゃんにサクヤお姉ちゃんという家族も増えた。そこだけは感謝しても良いかも……」

 顔をサクヤヒメの豊かな胸にうずめながら、おキヌちゃんはそう答える。表情は見えないけれど、その声からは沈んだ調子は窺えない。

 「そうですね。私がニニギ様の子を身篭った時に嬉しく感じた事と同じくらいに嬉しいですね。伝承では、私が不義をはたらいたと疑われて、嫌疑を晴らす為に産屋(うぶや)に火を放って三柱の御子を生んだとなっていますけれど……」

 おキヌちゃんの言葉にサクヤヒメは微笑むも、伝承では不義の嫌疑を良人から掛けられたと伝えられている事に表情を曇らす。

 「お姉ちゃん。捻じ曲げられて伝えられたのは残念だけど、あの時は子供達を助けられただけでも良しとしよう? ニニギ様が遠征で居ない時期を狙われて、味方も少なかったのだから」

 サクヤヒメの胸から顔を上げて、少し悲しそうな表情でおキヌちゃんは言う。身重のサクヤヒメを御子ごと亡き者にしようとする輩によって、小屋に火をかけられた事が脳裏に浮かんで顔を顰める。

 「そうですね。事実は私達が知っていれば良い事。それに、姦計を図った者たちはニニギ様によって、それ相応に報いを受けていますしね。ですが、過去の亡霊たる今回の敵は、その者達の影でもあります。禍根を断つ為にも、キヌには頑張ってもらわないと。その為の術をこれから、貴女が私から別れた後の私の歴史をもって経験してもらいますよ」

 おキヌちゃんの慰めの言葉にサクヤヒメは頷き、表情を引き締めて彼女を次の自身が歩んだ歴史へと誘う。

 「はい。がんばりますっ」

 サクヤヒメの真剣な表情に、おキヌちゃんも真摯に返す。

 「とはいえ、私はキヌが羨ましい。今世でニニギ様にあんなに愛されているのだから。神代の時と相も変わらず、あの方との夜は凄いモノですねー。キヌの身体とは言っても、感覚は共有していたから久しぶりに乱れてしまいました。…………この件が終われば、会いに行きたいですね」

 一瞬前の真摯な表情から、どこかいたずらな気配を持った妖艶な表情に変えて、サクヤヒメは言う。

 「お、お姉ちゃん! た…忠夫さんは私の……って、お姉ちゃんの旦那様でもあるんだっけ? あれ? あれれ? わ…私、どうしたらいいの!?」

 サクヤヒメの淫靡な雰囲気と言葉におキヌちゃんは独占欲がでるが、自分が言おうとしていた言葉にサクヤヒメも同じく当てはまる事に気付き混乱してしまう。

 「ふふふふ。キヌ、今はその事は置いておきましょう。さぁ、次に行きますよ」

 混乱するおキヌちゃんを可笑しそうに笑うと、サクヤヒメは彼女を誘(いざな)う

 おキヌちゃんはサクヤヒメの様子に納得のいかないものがあったが、時間もあまり無いので仕方なく頷く。サクヤヒメはもう一度微苦笑して頷いた瞬間、二柱は再び光の矢となって暗闇の中を飛び去った。


 サクヤヒメが存在してきた膨大な時間をおキヌちゃんが経験している頃、令子たちは拝殿内でより具体的な戦術を練っていた。

 「わたしが今持っている文珠は六個よ。このうち二つは絶対に使えないから、四つしか使えないわ。小竜姫、さっき言ったとおり、二つ預けておくわ」

 令子がポケットから文殊を四つ取り出して、その内の二つを小竜姫に手渡した。

 「ほう、それが文珠か? 実物は初めて見るのう。噂では、道真公が使うと聞いた事がある。菅公殿の別名の通り、雷(いかずち)を出すのか?」

 令子の手元と小竜姫の手元を交互に見て、興味深そうに女華姫が問うてきた。

 「あら? 神様でも文珠の特性を知らない方がいるのね。もちろん、雷を出す事も出来るわ。でも、これは成したい事を漢字一文字に篭めて使うものなのよ」

 女華姫の様子に令子は軽く驚き、そんな事もあるのかと思い直して文珠の使い方を女華姫に説明する。

 「ふ〜む、その様に使う物であったか。ニニギの言霊みたいであるな。妾は、神代の時から元禄の時まで、輪廻の輪に取り込まれていたでな。その間の出来事は伝承でしか知らぬのよ。そのせいでサクヤについての伝承は、妾が知っている事実と違う事が多くて困惑したものじゃ。さっき当人に聞いてかなり捻じ曲げられて伝えられていると知ったがの」

 女華姫は嘆息しながら、令子の言葉に答えを返した。ヒャクメは女華姫が零した言葉を耳聡く聞きつけて、敵の調査のかたわらにキーボードを打って書き留めていた。

 「美神さん。文珠については、我々神族も全容を把握しているわけではないのです。道真公は悪用されるのを恐れているので、詳しい事は語ってはくれません。横島さんのおかげでいくらかの情報は手に入りましたが、それでも全てではないのです」

 令子と女華姫のやりとりに、小竜姫は現在までに文珠について判明している状況を吐露した。ただ、女華姫が言った捻じ曲げられた伝承については心に留め置く。視線をヒャクメへと向けて彼女が気付くと、二人して軽く頷き合う。

 「今、分かっている事が全てじゃないって……。文珠って成したい事を漢字一文字に篭めて、対象に触れさせて発動するだけじゃないの? また、複数使用するにつれて出来る事柄は爆発的に広がるけれど、どんな神・魔族でも二つまでしか同時制御は出来ないんじゃなかったっけ? 他には、三個以上の同時制御は宿六にしか出来ないっていうのもあったわね。後はー、確かチラッと聞いたのが、宿六が使用を許可した者にはなんか良い事があったようなー……他に何かあったっけ?」

 令子は指を折り、記憶を掘り起こす。複数の時空の令子の想いが重なった現在の彼女は、それぞれの時空で横島が起こした数々の文珠による奇跡を思い起こす。

 それは<恋>であったり<柔>であったり<黙>であったり<速>であったり<眠>であったり<雨>であったり<静>であったり<寂>であったりと、戦いに役に立つものもあれば彼自身の欲望に沿ったものだったりと様々に思い出される。

 中には恋人同士になり二人とも良い雰囲気になった時に、辺り憚(はばか)らずに止まるに止まれなくて令子自身が使った物もあった。何の文字を篭めたのかは、彼女は決して黙して語らないだろう。こと横島の事に関して流され易い性格になってしまったのを、ただ彼女は苦笑するだけである。

 ちなみに結果は、横島の文珠が一気に五個増えた事でおして知るべしだ。横島曰く、普段とのギャップがツボらしい。

 思考が妙な方向に行って、顔を赤面させる令子。その様子に女華姫や小竜姫は首を捻り、シロは似たような状態になるタマモやおキヌちゃんを見ているし、自身もそうなる自覚があるので少々不機嫌になる。

 いくら令子が以前の様に自分達との絆を取り戻そうとしていると分かってはいても、コレはコレ、ソレはソレだった。なので……

 「美神殿。先生との事を懸想するのは、この件が終わってからにするでござるよ

 ぼそっと、音も無く令子の背後に忍び寄って、彼女の耳元でそう忠告した。

 「……!?」

 顔を真っ赤にして驚いた令子は、声がした方に振り向く。そこには笑んではいるが、瞳が笑っていない狼がいた。それは令子の知らない一匹の牝狼。

 「仲間としては、美神殿を信じる事にしたでござるよ。しかし、女としては……未だ認めておらぬゆえ、忘れなきよう……

 普段は周囲を和ませる愛すべき雰囲気を持つ彼女が、酷薄な笑顔でそう警告した。

 そんな彼女の態度に対して令子はムカッ腹が立つ。この時空での横島に対しての態度は、反省しよう。当人を前にして、どれだけ行動に出せるかは不安が残るけれども。だが、女として、宿六の隣に立つ者として令子は譲れなかった。ここは、どちらが上なのか思い知らせる必要がある! そう決断すると、令子の行動は素早かった!!

 「な〜にをゆってんのかな〜? こん子は〜〜

 そう言ってシロの首根っこを素早く小脇に抱えて、締めながらシェイクしだした。基本はヘッドロック。だけど、この技にはその先がある!

 「わっ、わわ! や、やめるでござるっ。き、気持ち悪いでござる〜!!」

 令子によって、シロが纏っていた酷薄な雰囲気は霧消した。シロは自分が技を掛けられるまで反応できなかった事に驚き、次の瞬間には脳を揺らされながら頚動脈を徐々に締められ始めたので抜け出そうともがき暴れる。

 しかし、結構全力を出しているにもかかわらず、令子のヘッドロックからは抜け出る事が出来ない。なぜか力を入れた方向を絶妙に逸らされてしまうのだ。徐々に頚動脈を締められた結果が現れてきて視野が狭まりだした。脳を揺らされている為、強靭な三半規管も影響を受けて平衡感覚が無くなってくる。

 「シ〜ロ〜〜。この時空では確かにあんたは宿六の女の一人でしょうよ。だけどね、このわたしだって別時空ではアイツの妻であり、横島家の嫁であったのよっ(夫婦別姓にしたけどね)。あんたはどうか知らないけどねっ。わたしはあの姑と男の操縦術についてやりあってたのよっ! 他の女があの舅の所有権を求めてきた時、あの姑がどんなに恐ろしくなるのか知らないようねっ? わたしはその現場を目の当たりにして、わたしに向けられた物でもないのに命の危機を実感したわ! あの恐怖を知るわたしが、あんた程度の脅しなんて屁でもないのよっ!! まぁ、あの姑には未だ勝ててないんだけどね……」

 令子が今、シロに対してやっているのは百合子直伝の技だった。宿六を掴まえたが最後、その締め付けは蟻地獄の如く! 頬に当たる感触は至福の如し!! だが、女性のシロには当然の如く至福は無く、蟻地獄のみだったりする。現にシロは、令子の技に身体をビクッビクッっと痙攣させている……何だかヤバイ痙攣にも思えるのだが……。

 一連のやり取りに小竜姫も女華姫もあっ気にとられ、ヒャクメはというとケタケタ笑っていた。

 「さて、ちょっと横槍があったけど、気にしないで続けるわよ。とにかく、文珠については貴女達でもまだ解らない事があるって事なのね?」

 グダグダな一連のじゃれあいが一段落すると、令子は何事も無く小竜姫に語りかける。その足元には締め落とされて痙攣しているシロが居たが、令子は気にも留めていない。宿六の弟子を自他共に認める彼女の事だ、すぐに復活するだろう。

 「え、ええ……(シロさん、大丈夫なのかしら?)。 どうも横島さんの文珠については、道真様も感嘆するような能力があるようなのです。ですが、その肝心な部分は結局教えてはいただけませんでした」

 シロの様子にジト汗を垂らす小竜姫。それでも彼女は話を進める為に、自身が持っている情報を令子に伝えた。

 「ふぅ…ん、道真公が驚く能力ね〜? あんにゃろう、わたしにまだ隠し事をしてたのか。戻ってきたら折檻しちゃる!

 こぶしを強く握り締めて呟く令子。足元のシロは、彼女の殺気に中てられてウンウン唸っていた。復活にはもう少し時間が掛りそうだ。

 「美神さん、横島さんが自覚しているとは限りませんよ? 道真様も、本人が知らなければ教えない方が良いとも言っていましたし、知っていたら知っていたで、本人はおいそれとは使えまいとも言っていました」

 頬に手を当て説明する小竜姫。道真公が気付いた横島の文珠が持つ能力の一端は既に発揮されているが、この時点では小竜姫も令子も知る由もなかった。

 「道真公の言うそれって、老師は知ってるの? 小竜姫」

 令子は小竜姫の言葉に一先ず殺気を抑えた。足元のシロの顔色も幾分良くなっている。

 「知っていますよ。その調査書は、公式文書ですので私よりも先に老師が閲覧されますから。私がそれとなく訊いたところでは、老師は道真様が気付いたその能力にもあたりはつけているようですけど……(なんで隠すのでしょうか? 彼は私の弟子でもあるのにっ)」

 己の師に、未だ全幅の信頼を得る事の出来ない我が身の不甲斐なさに憤りを感じる小竜姫。

 「そう……老師は知ってるんだ。でもま、今はその事を考えても仕方ないわね。文珠の事はまた時間がある時にでも話し合うとして、この後どうするかよ。敵が居る場所への移動手段とかも確保しないといけないし」

 ここから敵がいる場所までは、直線距離にしても二百km近く離れている。しかもこちらの人数は、少なく見積もっても七人は固いからかなりの輸送力が必要だろうと判断し、令子は頭を抱える。

 「敵地への移動手段は問題無いのね、美神さん。ここの神鏡を使って、私が少し術式を変えて直接敵の近くまで送ってあげるから」

 令子が悩む移動手段を感じ取り、ヒャクメは伝える。

 「へ〜、神鏡ってそんな事も出来るんだ?」

 思いもよらない移動方法に、令子は胡散臭そうにヒャクメを見やる

 「普通は出来ないのね。神鏡の役目は、鏡が置かれている土地に住む氏子達への加護や社と社との間での念話や転移だけだから」

 いかにも得意そうにヒャクメは語り、身体を反らしてえっへんとやる。と、同時にボディースーツの様な衣装に包まれた胸がやゆんと一層強調されるように揺れた。

 「じゃ、なんでヒャクメにそんな事が出来るのよ?」

 ヒャクメの言葉と態度に不信感バリバリの令子。

 役に立つ能力を持っているのに、本人の性格で少々(?)抜けているように見られているのが不憫である。

 「アメノマヒトツノカミの系譜であるからであろう。本来、神鏡に焼き込まれている術式を変える事などは出来ぬはずだが、何か秘術でもあるのではないか?」

 令子の不信感を拭う意図はないと思うが、女華姫がそう口添える。

 「ほとんどセリフを取られちゃって悲しい……イワナガヒメ様の言われる通り、私が居るから出来る事なのよ。でも、やり方は教えてあげられないわねー(というより、こんな裏コマンド知られたら一大事だわ)」

 ヒャクメは言葉の途中で小竜姫に睨まれて、ほんの少し真面目に説明をする。しかし、裏コマンドってなんだ?

 「ま、なんにせよヒャクメに任せるって事に一抹の不安はあるけれど、今はなるべく急がないといけないし我慢するしかないわね」

 大人数を現地へと運ぶ高速な移動手段が他に思い浮かばないので、嫌そうな顔で令子は言う。

 「ヒドイのねー。私って今回かなり役に立ってると思うのに。云われ無き非難は止めて欲しいのね」

 ほんの少し涙目でヒャクメは令子に訴える。ヒャクメの背後に、よよよと波打つ文字が見えるような嘆きっぷりだ。

 「…………まぁ、役に立ってはいるか〜」

 暫く沈黙していた令子だったが、ぼそっと呟く。なんだかんだと言って結構彼女に頼っている事に、遅まきながら自覚したようである。

 「しかしねー、役には立ってるんだけどそれ以上に大ポカもするし、ヒャクメの性格による損もあると思うんだけどね」

 それでも令子の中では、ヒャクメの評価はあまり上がらなかったようだ。不憫な女神である。

 「ヒャクメ。サクヤ様とおキヌさんが戻ってきたら、すぐに現地へ飛べるよう準備をして下さい。イワナガヒメ様、敵がどのような攻撃をしてくるのか今の所あまり明らかにはなっていません。様子見は私が行いますので、支援をお願いします」

 ヒャクメと令子の漫才の様なやり取りに呆れながら小竜姫は話を進めるべくヒャクメに指示を出し、女華姫には最初の攻撃を任せてもらうように要請する。

 「うむ、任されよう。小竜姫殿の剣の技量は、この中で最も高いであろうから適任であろう。シロ殿もそれで良いな?」

 女華姫は令子の足元で寝た振りをしているシロに確認する。

 「了解したでござる」

 女華姫に水を向けられ、令子が言っていた百合子との関係をどうやって築くか、シロは思案していたのを中断してノロノロと起き上がって答える。

 「あと、敵を迎撃した時の感触から、敵の武力はそう高いものとは感じられなかったでござる。多少は兵法が感じられる動きではござったが、拙者には脅威に感じられぬでござるよ」

 妙神山へ逃げ込む途中で迎撃した感触から、シロは敵をそう評価した。

 「油断は禁物よシロ。敵は人形に憑依している妖怪で、その人形は破壊する事は出来ない。敵の攻撃力は、当たった時点でこちらが行動不能になるほどの威力。如何に人形へのダメージを最小にして敵を人形から引っ剥がして滅ぼすか、作戦はその一点に収束するのよ」

 令子はシロの言葉に敵に対する侮りを感じて、作戦で重要な部分を強調して諭す。

 「大丈夫でござるよ。拙者の動きの方が敵より速いでござる。そうそう当たりはせぬでござるよ」

 どうも、先程のヘッドロックの恨みも入ってるらしく、令子の真意はシロに届いていないようだ。

 「シロ。あんたが持ってる技の中で迎撃に使用した技より威力が劣る技は無いの?出来れば最弱の威力ならなお良いわ。あれじゃ威力がありすぎて牽制にも使えないわ」

 シロの態度に怒りよりも肩透かしをくったような感じを受けて、令子は嘆息しながら別の手段で彼女にアプローチを試みる。彼女の侮りを放っておくのはあまりにも拙(まず)かった。

 「あるにはあるでござるよ。ただ、拙者あまり使いたくないでござる」

 使うことを嫌がるようにシロは言う。

 シロが嫌がるその技とはサイキック猫騙しの発展系。サイキックブリットを可能な限り薄めて複数個作って隠蔽し、敵の目の前で炸裂させる技である。存在感が希薄な上に複数方向から一点に同時にぶつかる為捕捉が難しく、また炸裂すると派手な音と強烈な閃光を発し、尚且つ敵の周囲半径二メートルの霊的磁場を乱す効果がある。

 「なんでよ?」

 どのような技なのか判らないが、令子はシロの嫌そうな態度を見てかなり卑怯な技なのだろうと当たりをつけて問う。

 「かなり卑怯なんでござる。先生やタマモが言うには直接戦闘になるのは下策で、直接戦闘せずに敵を無力化できるのが上策だから必要な技だと言われたでござるが、どうしても……その……」

 未だに納得できていないのか、口を尖らせながらシロは歯切れ悪く説明する。

 「ふ〜ん、宿六も言うようになったわねー。それは宿六とタマモの言う通りよ。でも、その様子だと、シロは納得してはいないようね? どうしてなの?」

 「拙者は……敵にも敬意を表するでござるよ。正々堂々と倒してこそ、敵を乗り越えたと思えるでござる。卑怯な手で倒したところで、その一手はいつか自分に返ってくるでござる。それが嫌でござる」

 シロはそう答えるが、どうも言動が首尾一貫していない事に気付いていないようだ。

 (う〜ん、歪な成長の仕方をしてるわね。これもわたしのせいでしょうね。宿六の事に囚われ過ぎて、肝心な事を伝えきれてない。このままだとシロは近いうちにヤバイ場面に遭遇するかも。いえ、この戦いで遭遇する確率が高いわね。これは何とかしないと……よし!)

 さっきは敵を侮る言動をしていたのに、今度は逆の事を言い出したシロを令子は危ぶむ。少し考えた後、彼女を荒療治する事に決めた。

 「シロ。あんたの求道者としての心構えは、それでもいいと思うわ。でもね、それを除霊や今回のような戦いにはほとんど持ち込んではいけないの。ううん、ほとんどじゃないわね、理想は全く持ち込まない事よ」

 シロに向かって、令子は言葉を意識して冷たく言い放つ。

 「何故でござるっ。敵を卑怯な手で倒しても、拙者の気が晴れぬでござる!」

 シロは、自分の戦いに赴く気構えが間違っていると言われた様に感じて強く反駁する。

 「ふぅ……この時空の宿六は、一番大事な事を貴女に見せていないようね。いいこと、シロ。その気構えは、貴女が誰とも交わらずにただ孤高を貫き通すなら実戦に持ち込んでも構わないと思うわ。その戦いは、貴女一人だけに帰結する戦いなのだから。でも、貴女が少しでもタマモやわたし、おキヌちゃんや宿六に仲間意識を持っているのなら、その気構えは命のやり取りをする実戦には持ち込んではいけないの」

 横島を槍玉にする事で、シロの反応を見ながら令子は続ける。

 「ねぇ、シロ。貴女はその心構えで戦って、敵に敗れた後の事を考えた事はある?」

 シロが強く反感をもっている様子に、令子は内心で考えた事は無いでしょうねと考えながら問いかける。

 「敗れた後の事……考えた事はあるでござるよ。次に敵と見(まみ)えた時には乗り越えて見せると、いつも考えているでござる!」

 シロは何を当然の事をという感じで答えているが、その答えが出ている時点で考えた事は無いと言っている事に気付いていなかった。

 「これは……根が深いわねー。……小竜姫、今の貴女ならどうやってシロの意識改革を行う?」

 言葉で説明するのは簡単だ。でも、それではシロは心から納得はしないだろう。敵との戦いが近いというのに、このような仲間の事を真の意味で考えない者が戦力としている事に令子は悩む。

 「美神さん。そのような事をどうして私に訊くのです?」

 令子の意図が解るので、苦笑しながら小竜姫は問い返す。彼女の脳裏に蘇るのは、香港での苦い戦い。

 「ん? 今の小竜姫からは、メドーサと戦っていた時に持っていた“シロと同じ心構え”が感じられないからよ。それに、貴女からの言葉なら、シロに伝わると思うしね」

 小竜姫の問いに令子は正直に答える。

 「はっきりと言ってくれますね。でも確かに美神さんの言われる通り、アレから私は考え方が変わったと思います。常に“周りと自分を生かすには”と真っ先に考えるようになりました。そこから考えていくと、どうしても戦わずして勝つ方法に帰結してしまいます。その為には卑怯な手も致し方無いと考え、時には実行しますよ」

 「そ…そんな」

 シロは小竜姫から感じる物腰から、尊敬に値する剣士と思っていた。その尊敬する方が、生き残る為には卑怯な事も持(じ)さないと言う。彼女は、自分が信じていた物にヒビが入ったように感じた。

 「あのね、シロ。あんたはさっき、自分が敗れた時の事を考えた事があるって言ってたわよね?」

 「そうでござるが? それがなんでござるか?」

 拗ねた様な感じでシロは令子の問いに答える。

 「あんたの言うそれは、本当に敗れた時の事を考えたとは言わないのよ」

 「美神殿は、拙者が嫌いだからそう言うんでござる! 拙者、負けても精進して次には乗り越えて見せるでござる!」

 令子の言葉に強い反感を覚えて、シロは激しく息を乱しながらもかなり強い調子で反発した。

 「シロさん。その考え方は、ご自分が敗北した時の事を真に考えた事にはなりませんよ」

 シロの言葉に小竜姫は厳しい表情をして言った。彼女も、シロの危うさに心を痛める。

 「な…何故でござる!?」

 令子が言った事と同じ事を言う小竜姫に、シロは冷水を浴びせられたように感じた。何故自分のこの考え方が、真に敗れた時の事を考えた事にならないのか解らなかった。

 「シロさん。貴女が敵に敗れた時とは、貴女が殺された時なのですよ? そんな貴女に次は無いのです。そして、残された者には測り知れない悲しみも与えてしまうのです。その事を貴女は本当に考えた事がおありですか? 一度でも真剣に考えた事があるのなら、先の貴女の言葉は貴女の口から出るとは、私にはとても思えないのですが?」

 シロを真剣に見ながら、小竜姫は声音や口調は優しくとも厳しく問う。

 「………………無いでござる」

 小竜姫の言葉を真剣に考えて、確かにその状況を意識して考えた事が無い事にシロは消沈して小さく答えた。

 彼女とて戦いに身を置く者だ。除霊現場で命のやり取りをしている最中には、無意識には考えた事はあるだろう。格下相手の場合ならそれでも何とかやっていけるだろうが、今回のような戦いでは死ぬ確率の方が高い。

 「そうですか。では、一つ問題を出しましょう。この事が解らない限り、申し訳ありませんが今回の戦いに貴女を同行させるわけにはまいりません。良いですね?」

 「そっ……わ…分かった…でござる……」

 戦いの場に連れては行けないと言われ、落ち込む様に俯くシロ。

 「では、シロさん。今から言う場面を想像して下さい。敵の攻撃は熾烈ではありますが、貴女と仲間のタマモさんやおキヌさんは遮蔽物を利用して防いでいます。次に敵への正面からの攻撃は散発的には効果がありました。しかし、貴女の後ろには戦う事は出来ますが、負傷により逃げる事が出来ないおキヌさんやタマモさんが居ます。その場面で、全員が生き残りかつ依頼を達成させるにはどうしますか? この場合の全員とは、前面で戦っている貴女も入りますよ。今まで貴女が見て来た横島さん達の戦い方も参考にして、良く考えてくださいね?」

 小竜姫は噛んで含むように説明する。その様子に令子は苦笑しているが、表情には出していないが一番苦笑しているのは小竜姫自身だった。

 「やってみるでござる……」

 そう言ってシロは拝殿の隅に座って考え込みだした。

 「間に合うかしらね? 結構当てにしている戦力なんだけど?」

 苦笑しながらも、令子は小竜姫に問うた。横島の弟子を名乗っている彼女のことだ。あいつから数々の反則技を教えられているはずと踏んでいる令子。だが、同時に彼女の内にはこういう思いも湧いた。“わたしは宿六に師匠らしい事はほとんどやらなかった”と……。

 「横島さんの弟子なんでしょう? 貴女の孫弟子でもあるじゃないですか。答えを見つけて間に合わせもすると思いますよ」

 小竜姫は微笑みながら令子の問いに答える。

 「小竜姫の出した問題に、いくつの答えを出してくるかしらね……。さて、タマモを起して戦闘準備を進めますか」

 小竜姫の言葉に面映いものを感じて、令子は視線を彼女から逸らしながら言って、タマモが寝かされている場所へと歩きだす。

 「そうですね」

 令子の言葉に小竜姫は二重の意味で頷き、顔を赤くして足早にタマモの許へ向かう令子に苦笑しながら、彼女もまたタマモの許へと向かった。

 その一人と一柱の様子を女華姫は優しげな表情で眺めていた。


            続く


 皆さんこん○○は、月夜です。
 拙作の第九話をここに投稿いたします。分量が多くなりましたので二つに分けました。後編は近い内に投稿いたします。遅筆にも拘わらずにレスを返してくれる方には感謝にたえません。本当にありがとうございます。
 では、レス返しです。

 〜冬さま〜
 レスありがとうございます。読んでいただいたようで嬉しいです。
 >個人的にですが完結を期待しています
 はい、投げ出す事はありませんので、その点はご安心下さい。遅筆なので完結までに時間は掛りますけれど>< 頑張ります。

 〜読石さま〜
 毎回のレスありがとうございます。ホントに嬉しいです。ご期待に沿えてるか、少し不安ですけど(汗
 >やはり「美神令子」の魂の格は高位の神族並ですね
 あの…その…彼女が今回のサクヤヒメとの邂逅で堂々としているのは、後編で理由が語られます。まぁ、彼女は神も魔も恐れるものではありませんけど^^
 >姫忍華麗に舞う
 彼女は原作でも華麗に舞っていました。死津喪比女に殺されそうなピンチになっても華麗に……華麗に舞っていましたとも(汗
 >高位の神々が許さない気がするんですが?
 え〜、今回の事件で発覚しなければ、千年後には本当に大変な事になっていたでしょうね(汗 ニニギの神格隠しは本人の希望で行われています。サクヤヒメはその手伝いをしただけです。だけど、彼女は天界の暗部を警戒して更なる隠蔽工作もしています。彼女は暗殺されかけたりしていますからね。神族上層部への報告は、老師の胸一つですかねー。
 >いったい何と戦う為にそんな危ない技を造ったんでしょか?
 シロとタマモに横島はさわり程度しか説明していません。それだけでタマモは察する事が出来たのですが、シロはセンセーに技を教えてもらえると喜んで深くは考えませんでした。彼女は見た目に精神年齢が追いついていないので、本当にチグハグになっています。答えは後編をお待ち下さい。
 >「完全なる言霊」は流石に高位の神とは言え、一神族の能力としては強すぎる気がします
 ええ、その辺はかなり制限があります。ヒントは横島の××××な状況と△△が高まった感情が合わさった時が発動の条件です。どちらが欠けても発動しません。発動を可能にするエネルギーが溜まって無かったらもちろん発動しません。この状況は、原作で一度だけありましたね。
 >本当にボス敵何でしょうか?
 ボス敵なんですけどね……。何故こんな三下みたいな感じになるんだろう。私が非情になりきれないからかも><

 〜介さま〜
 初めまして。読んでいただいてありがとうございます。気に入ってくれたようで嬉しいです。
 >ワルキューレは出演はあるのでしょうか??
 はぅ! 言われるまで彼女の事は頭にありませんでした>< どうしよう……魔族サイドは今回の事件には絡ませられない事情があるし……ごめんなさい、出せても事件が終わった後になると思います。

 後編は今月中には出せると思いますが、なるべく早く投稿いたします。
 それでは後編まで失礼致します。

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