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「言尽くしてよ 永く想わば 第一話(GS)」

金平糖 (2007-03-16 22:55)
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 道場、であろう。少なくとも居間ではない。
 一面木目も美しい床、三方は障子で仕切られていて、正面の神棚が納められている壁だけは床と同じ木の壁で出来ていた。
 その道場の真ん中に、一人の老人と一人の青年――と兎が向かい合って座っていた。

「今日は式神の使い方についての指導するぞ!!」

 老いてますます盛ん、烈士は暮年なるも壮心已まず、を地で行く自分の師匠を見上げる横島。

「さー・いえっさー!」

 敬礼位を取る横島に続けて足下で敬礼位を取る兎。

「…お主ペットを連れてきたのか?」

「元々人懐っこい兎だったんすけど、最近は更に…よっぽど頑張らないとくっついてくるんでいっそ連れてきたんすけど。ダメっすか?」

「いやダメという事ではないが…」

 兎である。両足で立って敬礼位をとって横島の隣にいる、という以外は取り立てて変わったところなどない。
 …まあ敬礼位を取る兎自体どれほどいるのか甚だ疑問だが。

「ふむ…? ちょっと抱きあげても構わんか?」

「大丈夫じゃ? 赤兎は人懐っこいっすから」

 弟子に確認を取ってから、子供を持ち上げるように両脇に手を入れて兎を持ち上げる。

「…せきと? 赤兎馬の赤兎か?」

「いえす」

 赤兎馬とは三国志の名将にして横浜中華街他世界各国の中華街で商売繁盛の神様として祭られている関羽の馬の事だ。
 一日に千里走ると言われ、名馬の代名詞の存在と言って良い。

「…真っ白じゃが」

 円らな瞳だけは確かに爛々と赤いが、体毛そのものは純白と言っていい程白い。
 見つめられて照れるのか、もじもじとするのがらぶり〜。

「白い悪魔は好きじゃないんです」

 ついでにひねってボケてこそ関西人(命名当時)だ。
 勿論、作品自体はシリーズ通して大ファンだ、むしろ人生のバイブル。

「…よく分からん」

 さすがにこの世代に漢の浪漫を理解させるのは難しい。

「それに赤いのは速いんすよ、通常の三倍は」

 昔、赤兎を本当に「赤く」しようと学校の絵の具で、嫌がるのを無理矢理塗りたくっていたら母親にしこたまぶん殴られたというのも、横島にとっては懐かしい思い出だ。

「まあ良いわ。そんな事はどうでも。
 それよりお主、この兎はいくつじゃ?」

「さー? 俺が小学生の…1年位から飼ってたからもう8歳にはなってるんじゃないっすかね?」

「…兎の10歳は人間に当てはめるとだいたい78〜90歳に相当するんじゃが」

「…赤兎って実は年寄り?」

「ちなみに平均寿命は4〜6年」

「流石通常の三倍だけはあるっすね!」

「阿呆!」

 かっ!

「どわっ!」

 怒号と共に放出された霊波砲で吹っ飛ばされる横島。
 勿論この程度でどうにかなる横島ではないが。

「霊視もしてみたが、どうも妖怪化しかかっているようじゃの」

「は?」

 はいずるようにして師匠の前に戻り、正座。

「お主の霊気を長年浴びていた事と、恐らくお主の事か、お主の両親の事かは分からぬが、この兎はよほど大事に思っておるのだろう。
 付喪神の例を引くまでもなく、長年連れ添った「モノ」には自然と「想い」が篭められてしまうモノでな。そういうものは物の怪に転じやすいのよ」

「へー…赤兎、お前実は凄かったんだなー」

 横島の足の上に戻りって、顔を上げる赤兎――そして恐らく笑顔と共にサムズアップ。

「……兎って親指たてられたっけ?」

 そもそも親指があったかどうか?

「流石お主の霊気を受けて妖怪化しかかってるだけはあるな。変な事だけ妙に器用じゃ」

「そーいえば家でも変な事してたなぁ、こいつ」

 うりうり、と脇に入れた両手の親指で赤兎の頬をぐりぐりしながら、

「親父のスケジュール手帳の日付指さしながらお袋に差し出したり、糞をちゃんとトイレでしたり」

「……その時点で何とも想わなんだか? おぬしも親御も」

「いやあ、うちは色々凄いっすからねぇ。で、どうなるんすか、こいつ」

 今度は人差し指だけを立てて横島の前で振ってみせる赤兎。
 見た目は普通の兎の指と大差ないだけに目の前の光景は不思議そのもの。

「知らん。まだ成り立ての妖怪とも言えん状態だしのぅ。まあ暫くは普通のペットとして扱っておけばよかろう。そのうち何か出来るようになるかも知れんし、獣人化出来るようになるかも知れん」

「獣人?」

「このド阿呆!」

 かっ!!

 今度は一点に収束された一撃だったらしく、座っていた横島の額に直撃して首を後ろに持っていっただけに留まった。
 ちなみに漢の浪漫「目から怪光線」だ。

「い、痛いっす」

「獣人位覚えておかぬかっ! 狼男位お主とて知っておろう!」

「うーん。………赤兎ってそういや牝だっけ……」

 勿論、この瞬間に頭に浮かぶのはバニーっぽい獣人の赤兎だ。

「イイ!! でぃもーるとイイぞ赤兎!!! 流石俺のペットじゃああああ!!!」

「うむ、そのときはワシも呼べよ」

「赤兎は俺のモンじゃあああ!! ついでにこの世の女は全て俺のものじゃあ!!」

「この馬鹿弟子がぁぁぁぁぁぁ!!!」

「馬鹿師匠に言われたくないわぁぁぁっ!!!」


 そしてプラカードを持った赤兎がソレをくるりと回した。

 『暫くお待ちください』

 この兎はあなどれない…

☆ ☆ ☆

「さて! 色々あったが今日は式神について指導する!」

 良い感じにぼろぼろになった師匠――小鳥遊薫、70歳。
 戦国武将を想わせる厳つい顔に真っ白になった髭を蓄えたマッチョ老人。この世代にしては背が高く180僂呂△襦

「うっす! お願いしますっ!」

 こちらも良い感じにぼろぼろな横島。
 ちなみに二人とも私服だ。別に流派を開いてる訳でもないから、道着などはないのだ。 道場は小鳥遊の自前だが、彼は別に武術の師範とかではない。
 自宅の庭に建てた道場の由来を以前横島が尋ねた時の答えは、「自宅に道場、格好良かろう?」だった。
 要するに二人は同類項なのだ、スケベな点も含めて。

 ちなみに赤兎は横島が用意していた人参を囓っていた、肘を立てて頭を支えつつ横になりながら。

「作麼生(そもさん)!」

 禅問答の時、相手の返事を促すのに用いる言葉で、答えよ○門!という言葉と意味は同じ。

「説破!」

 答えてみせるぞごるぁ、位の意味。

 どうでもいいが無駄に熱くテンションが高い二人だ。

「そもそも式神とはなんぞや!」

「術者の霊気を依り代に宿し、人や動物、昆虫などに変化させて意のままに操る術っす!」

 すらすらと答えているが殆ど高島が師から教わった言葉の繰り言だ。

「うむ! 50点!」

 かっ!

 今度は大きく開けた口から霊気砲を放つ小鳥遊。

「はっ!」

 サイキックソーサーを展開して右手で払い除ける!

「うむ、そこそこに使えるようになったみたいだのぅ」

「うい。これも俺の努力のおかげっす」

 軽く答えながら、集中して出した霊気の塊を身体に戻す。これはそれなりに高等技術なので、今の横島では気軽に行えない。

「…そこはお世辞でも師匠のおかげというべきじゃないかの?」

「いや実際努力したのは俺だし」

「…話が進まんから突っ込まぬがもう少し謙虚に生きた方がよいぞ」

「美人相手にはそーします」

「うむ、それでこそ我が弟子」

 それでいいのかあんた。

「式神術とは大まかに分けて二種類ある。
 一つはおぬしが言ったような術。
 もう一つは妖魔の類を捉え、術を施し式神として使役する方法じゃ」

 形式上、前者を式紙、式紙術と記し、後者を式神、式神術と記す事にする。

「なんか違うんすか?」

「一長一短はあるがのぅ」

 と、赤兎が運んできたホワイトボードに書き込み始める。
 ツッコミもしないで平然と受け取る辺りに人格が滲み出ていた。

「前者は使い捨てになりやすい。というより普通は使い捨て前提で使役する。
 後者は使役する者が何らかの形で式神自体を放棄しない限りは、倒されても影に戻るだけだし、ある程度時間をおけば復活もする。更に後者の方は『特殊な力』が宿りやすいのぅ。前者は人が作る以上、そこまで大層な能力は持たせられない事が多い」

 人型の式紙を作れば人が「普通」出来る事以上の事はさせづらい、という事だ。戦いに限定すれば殴る蹴るは出来ても空を飛ぶのは無理。鳥形の式紙は空は飛べるが普通の鳥以上の戦闘力は期待出来ない。
 対して式神は六道家の十二神将の例を見れば分かるように、一体一体ずつが人では出しえないような力を持つ事が多いのだ。
勿論、式神でも汎用性に特化させる場合もある。鬼道家の夜叉丸などがそうだ。
 人型は汎用性を、人外型は特殊性を発揮しやすいのは人間・獣人・神族・魔族・妖怪、いずれの種族であれ変わりはない、という事だろう。

「前者は比較的初心者から使用出来る、勿論高度に使いこなすには修練が必要なのは当然じゃ。
 後者は『ただ使う』それだけでもそれなりに高度な技術が必要だし、使役する者が式神使いの適正を持っていないと式神が暴走しやすい。勿論暴走すれば単なる妖魔以上にやっかいな存在になりやすい。なぜなら使役者の霊力をエネルギー源にして、力の限り暴れ回る訳だから当然じゃな」

「なら適正を持っているなら式神を、持っていないなら適切に式紙を使いこなした方が効率が良いって訳っすね」

 膝の上に上ってきた赤兎をあやしながら、感心しきりの横島。

「一概にそうとも言えんがのぅ。式神は一方面に特化させられている場合が多い、その方が『特殊な力』が強化される故に、な。
 つまり単体では応用が利きづらい場合が多い。
 まあ、汎用性に特化した人型の式神もある。この手の式神は人と同じように道具を使わせたりする事が可能だったりする。しかし、人型の式神は強力に用いるには、精緻なイメージ力や使役する者の技術がより高度に必要だったりする訳じゃ」

 ふむ、と一つ頷いてから、

「お師さんは式神作れるんすか?」

 前世の記憶では高島が吸引符に捉えた妖魔を式神にして売ってたりしたのを、横島は鮮明に覚えていた。

「出来る訳なかろう。式神使いの大家、六道家ですら疾うにそんな術は継承されておらぬ」

「は?…そんな大層な術なんすか?」

 思い返すのは鼻歌交じりで式神を制作している高島の間抜けな姿なのだが。

「…まさかお主の前世は式神を作れたのか?」

「うい。式神売って生活してましたよ。まあ貴族に頼まれたりお金がなかった時位でしたけど」

 絶句するしかない。小鳥遊の心境としてはどう反応していいのかすら分からなかった。
 聞けば聞く程、横島の前世は色々な方向に飛び抜けていた。

「その術、おぬしは出来るか?」

「多分出来るんじゃないっすかね? 手順は頭の中にしっかり入ってますから」

「……横島」

 何もかもを引き締め、異論を許さぬ眼光と声音で、続ける。

「その術の事、他言無用じゃ。使える事はおろか、知ってる事すら口にしてはならぬ」

「なんでっすか?」

「…おぬしは罪もない妖魔を単なる道具、研究材料、武器として人に使わせても良いのか?」

 もし式神作成の術が世に広まりでもしたら、単なる趣味の為に――或いは効率の良い武器として罪もない妖魔が大量に狩られる事になるだろう、かつてアメリカのバッファローがそうであったように。日本狼がそうであったように。

 そしてそれは横島の倫理観から言えば絶対の悪だ。

「…分かりました。絶対誰にも言いません」

「うむ、心せよ。おぬしが心より信じていたとしても、人間であろうが妖魔であろうが神族であろうが、魔が差すという事は誰にも止められぬ事なのだ」

 そう、どんな善人とて悪を犯すし、逆にどんな悪人でも善を行う事もある。

「ういっす」

「式神作成の術、絶対に使うな とは言わぬが使う時はわしに知らせよ。誰に知られても厄介極まる事ゆえな」

「いえっさー」

 素直に頷く弟子を見て、鷹揚に頷き微笑むその様は好々爺と言って良い、人懐っこい笑顔だった。

「では今日は式紙を作って使役してもらおう」

「うい〜」

 と、赤兎が道場の隅の箪笥から持ってきたのは画用紙とハサミ。
 この兎、なかなかやりよるわ、などと想いながらそれを受け取る小鳥遊。

「これは式神ケント紙と言って、ハサミで想い通りの形に切り抜き、霊力を篭め念じる事で式紙を作り出す事が出来る」

「へー…最近は便利なモノが売ってるんすねぇ」

 高島の時代は和紙を霊水で清めたり、自身が斎戒沐浴したり色々手間がかかったものだ。 尤も高島は必要でないと自分が判断したら、決まり事など平気で破る人間だった為にそれほどその手の決まりを守っていた訳ではないが。


「では作ってみよ」

「何作っても良いんすか?」

「当然じゃ」

「ではっ!」

 ハサミをたかだかと掲げて構える。
 暫しハサミの奏でる金属音と紙が擦れる音だけが道場を支配し――

「出来たっす」

 人型――出るトコが出て引っ込むトコが引っ込んでる辺り、女性型なのだろう――の紙をひらひらとさせる。

「次は霊力を篭めて念じるのじゃ」

「念じるってどうするんすかね?」

「人型の式紙なんじゃろ? 強くイメージするのじゃ、完成した式紙の姿をな」

「呪文とかは?」

「口にしたければすればよかろう。この程度に呪を必要とするのはよほどのへたれじゃがな」

 陰陽術において呪文、真言の類は術者の思念を強化する為に口ずさむものであり、簡単な術なら言霊の力は借りる必要はない。

 それならばと脳内に描くは理想の美女――今まで見てきたありとあらゆる美人を脳内に走らせ、手に取った式神ケント紙に霊力を篭める!

 ぼんっと言う音と共に、紙が人に変わる――

「おおお! 凄いぞ俺!」

 目の前に現れた式紙は、確かに美人だった。
 すらりと伸びた手足にきゅっと括れたウェスト、バランスを崩さぬ程度に存在をアピールする臀部にばんっと突き出た胸。そして何より作り物めいてなお生々しく美しい顔貌。
 横島の頭は妄想で出来ているのかも知れない。

「ふむ。初めて作ったにしてはなかなかじゃな」

 マネキンのように突っ立ってるだけの式紙を見て、小鳥遊。
 ぺたぺたと式紙の体をまさぐりながら、

「だがまだ甘いな。肌の質感や触り心地も乳房の柔らかさも本物には遠く及ばぬわ」

 酷評。
 というか肌の質感だの触り心地だのは使役するのに何の関係があるのだろうか。

「てめっ何人の式紙にセクハラしてやがるっ!!」

 そんな事にも気付かず怒号を放つ横島。
 そもそも意志すらない式紙にセクハラについて文句言うのもアレだが。

「何抜かす馬鹿弟子がっ! 式紙の出来を確かめただけじゃ!」

「俺のモンに手を出すんじゃねー!」

 道場の隅で丸まっていた赤兎が欠伸を一つ。
 めんどくさげに背中に手を回してプラカードを立てた。

 『暫くお待ちください』

 ☆ ☆ ☆

 更に良い感じにぼろぼろになった小鳥遊と、うい〜と力なく返事を返す横島。こちらも更に良い感じにボロボロだ。

 ちなみに横島の技術では先ほどの人型の式紙をそれなりに戦わせたり走らせたりは出来ても、本人が望むような行動を取らせる事は出来なかった、とだけ記しておく。
 小鳥遊が昔を懐かしむような眼差しで横島を見ていた事などはどうでも良い事だ。

「では今度は鳥型を実際に使役してみせるのじゃ」

 今度は鳥形の式紙を作ってみる事になった。
 意識を同調させれば偵察なども出来るし、小さいモノなら運ばせる事も出来る。実用的な式紙の使い方・実践編だ。

「こんなモンすかね」

 さすがに鳥を作るのに熱意をもてないのか適当に作って適当に霊力を篭めて適当に念じた。
 それでも出来た鳥――鳩はそれなりの出来だった。

「では飛ばしてみよ。強く念じるだけで良い」

「ういっす」

 ばさささ…

 何の苦もなく、式紙が空を飛ぶ。が、さすがに覚束ない。どうも頼りないものの、道場内をくるくると旋回し、寝こけてる赤兎にちょっかいをだしたりして、式紙の操作に集中していた。

 そうして10分ほど経った後。

「では外へ飛ばすのじゃ」

「いえっさー」

 開け放たれた障子から外の世界へ飛び立つ。
 目を閉じると式紙の瞳を通した世界が見える。

「おお、今俺は空を支配している!」

「ふむ、同調も上手く言ってるみたいだのぅ。
 では三丁目の角の交番へ迎え」

「なんで?」

「この時間なら交番の裏の家で女子大生の娘さんが風呂に入ってる筈じゃ」

 何故知ってる、などとは夢にも覚えず考えもしない。

 ただひたすら煩悩が高まるのみ!

 がっと音を立てて横島の体から霊波が溢れ出る。

「そして今! 神になるっ!!!」

「さて、茶でも飲むか」

 火をつけておけば勝手に燃え上がる弟子だ、後は暫く放っておいても式紙の使い方を実践で学ぶ筈。
 足下にすり寄ってきた赤兎を伴い、弟子を道場に放って自宅の居間に戻る小鳥遊だった。

 師匠とペットがいなくなっても、煩悩燃え上がる横島には関係なかった。
 本能の命ずるまま、手足の如く式紙を操作し、各家の風呂場を覗きまわり銭湯を覗き――

「ん? あれは…」

 式神の目を通して見えたのは自分が毎晩修行場にしている神社の境内の公園 亜麻色の髪、そして月の光を返す目元――


☆ ☆ ☆


「ママなんか大っ嫌い!!」

「令子!」

 バタンっ!!

 豪奢で空疎な自宅を飛び出す。当てなどない。

 美神は今日は久しぶりに母、美智恵と一緒に夕飯を過ごしていた。
 楽しい食事になる筈だった。結果は前述の通りだったが。

「ふぅ……」

 美智恵のため息が部屋を支配する。時計の針だけが小さく音を刻んでいた。
 久しぶりに帰国するだけの余裕が出来たのは僥倖と言って良いものであり、予定されたものではなかった。
 それでも余裕が出来たのであれば思考は親としてのソレになるのは致し方ないと言える。
 事実、美神令子の親なのだ、美神美智恵は。

 しかし、だ。
 たまに逢えた母親に説教される娘の気持ちを考えてみるといい。
 例えそれが自業自得だろうと、正論で弱みを突かれる事ほど人を激昂させるものはない。
 子を知るは父に若くは莫し、とは中国の哲学書の一つに書かれている言葉だが、人類が地球に現れてからこっち、親程子供をよく理解している存在はそうはない。
 尤も「何が正しいか」を、「何が間違ってるか」を指摘するだけでは前述のように反発されるのが落ちだ。そもそも子供とて馬鹿ではない。そんな事は分かっているのだ。
「何が正しいか」ではなく。
「何が間違ってるか」でもなく。
「現状の自分を受け入れて欲しい」と叫ぶのはいつの時代の子供とて同じだろう。
 だが大概の親はそれが分からない。
 かつて子供であった自分の悩みなど思い出す事もないのだから……

「このままじゃいけないわね…」

 とは言え現状では手のうちようもない。
 この手の問題は時間をかけねば解決しない事の方が多いのだ。まして自分が側にいてあげられる訳でもない…


 ぶぉぉぉぉぉ…

 原付バイクが法定速度をぶっちぎって夜の街を切って行く。
 彼女は不良と呼ばれる。事実そうだろう。煙草こそ吸ってはいないがアルコールはもう既に人並みに飲んでいるし、免許なし&ヘルメットなしで原付バイクを走らせる事など何のその。捕まらないのは親から盗んだ隠行の符を原付に貼って誤魔化しているのだ。
 自分で嫌っている霊能のアイテムをなんだかんだと言い訳して自分の、それも犯罪に使う。それがまた自己嫌悪を呼び起こす。

 見事な悪循環だ。

 父親が側にいる訳でもない――生きてるのかどうかも美神には定かにはされていない。
 母親すら側にいてくれない――オカルトGメン日本支部設立に奔走しているのは知ってはいるが、子供が、自分よりそんなモノが大事なのかと思うのはそんなに間違いなのだろうか。
 この身に宿る異能の力とてそうだ。
 母親が導いてくれるのであればどれほど苦行だろうと耐えられる筈。
 しかし、彼女の中途半端な矜恃が自分からそれを頼むのを許さない。
 母親が何をしているか、その重要性を、そして母親がどれほどの熱意で以てそれに望んでいるかを理解してしまう程には聡く。
 それを受け入れて自分で道を切り開くには幼くて。
 誰かに頼ろうとするには自分を高く見過ぎている。

 思考が空回る…いらいらするっ

 ききぃっ

 派手な抵抗音を立ててブレーキが軋む。
 何処をどう走ったのかは覚えていないが、いつの間にか公園に来ていたらしい。
 横島という、最近は毎日顔を合わしている少年の修行場。
 まだ時間が早いのか今日は修行はしないのかは定かではないが、少年の姿は何処にも見あたらなかった。見渡せない程に広い公園ではないし、神社の境内も兼ねている為遊具も少ない。
 腕時計を見ればまだ19時を過ぎたばかり。
 いつもは21時過ぎてから顔を出すのだから、論外に早い。
 しかし。

「っにしてんのよあの馬鹿っ」

 怒りが収まらない。
 熱が冷めない。
 分かっている、八つ当たりだ。
 そもそも彼とは何の約束もしていない。
 というかここで見学する許可すらもらった覚えもない。来るなと言われた事もないが。
 勝手に来て勝手に見て、勝手に帰る。それだけの関係。
 理解しているというのに怒りが止まらない。
 公園内を彷徨いては数少ない遊具に、木々に八つ当たるように蹴飛ばし、彷徨きながら…

 十分ほども経っただろうか。


 風が、冷たい。
 春というには寒いが冬というには暖かい、そういう時期だ、部屋着のまま飛び出してきた彼女に取っては余り気持ち良い風ではなかった。

 誰もいない夜の公園では怒りを紛らわす手段もなく、さすがに怒りは消失していた。
 代わりに胸を占めたのは、寂寥感と後悔、懺悔と自己嫌悪。

――せっかくママと夕食だったのに…

 ぶちこわしてしまった、それも自分から。
 美智恵が説教をするのはある意味当然だろう。なにせ未だ中学生の未成年なのだ、夜遊びすらそう許される事ではないし、無免許での原付など論外だろう。
 それでも、それでもだ。
 二ヶ月ぶりに逢えたのだ。小言や説教など抜きにして甘えたいと思うのは、14歳の少女としては当然の欲望だろう。
 子供の二ヶ月と大人の二ヶ月はその体感時間において雲泥万里と言っていい程差がある。
 大概の大人はそれを知っていながら理解していない。
 美智恵は優秀な人間で一流のGSで神算鬼謀の持ち主だとしても、母親としては平凡なのかも知れない。

 彷徨くのにも疲れた――いい加減不審人物そのものだったが、ぺたりとベンチに腰を下ろす。
――疲れた…なに、やってんだろ…あたし…

 思考が纏まらない。
 何をすればいいかも、もう分からない。
 ただ、空を見上げると――

 今夜はこんなにも鳩が――

 …鳩?

 気付けば目の前に鳩が降りたっていた。
 19時も過ぎれば日は落ちて世界は闇の領域となる。
 この時間に鳩が塒以外にいる訳がなかった。

「…なに?」

 目と目で通じ合う、という訳でもなかろうが、鳩の視線は間違いなく美神の瞳を射抜いていた。
 まっすぐに見つめられる。
 どれほどそうしていたか、感覚的には10分程もそうしていただろうか?

 ふぁさ…

「え?」

「まだまだ夜は寒いっすよ? 美神さん」

 背中からGジャンを掛けてくれる、少年の声。
 振り向くとそこには頭に兎を乗せバンダナを巻いた少年――横島の姿。

「こんばんは、美神さん」

「……ところでなんであたしの胸を揉んでるのかしら」

「……つい…」

 兎と共に視線を逸らす、しかし手は美神の、その年代にしては十分に発育している胸にかかっていた。Gジャンを美神に掛けた時につい手が滑ったのだろうが――

 がすっ

 夜空に横島の血飛沫が舞い、兎がキャット空中三回転で見事に着地していた。


後書き

皆様、感想感謝です、金平糖です。

とりあえず第一部的なモノとして美神(唐巣の指導)と横島(小鳥遊の指導)がGS免許取得(高校2年17歳)してから細かい話を入れて終了。二部は20歳で共同事務所開いておキヌちゃん拾うトコからって感じでしょうか。
そこまで書ききれるかどうかはともかく、決意表明の為ここに発表してみました。

以降、個別レスです。

皆さん、感想くださって、読んでくださってありがとうございます。

1:meoさん
初めまして、感想どうもです。某動画が何を指しているのか勉強不足にて分かりません(´・ω・`)
九字真言はそのうち出てくると思います(・∀・)b

2:シンさん
なんだこのプレッシャーはΣ(゜Д゜)
記憶はあくまで「知識」としてのソレであって高島と横島が融合とかそういう事にはなりませんよー。
隠れ人気属性に関してはおっしゃる通りかと_| ̄|○すっかり忘れておりました。人気あった事だけ覚えてる辺り逆にたち悪いですね(´Д`;)
心情の変化はこの作品のメインですから楽しんでいただけるようがんばります。
原作とかけ離れててもこの話の流れなら納得、と言っていただけるように。

3:たつのりさん
ありがとうございます(・∀・)
続きが続きが遅くなって申し訳ありませんでした(´Д⊂

4:くーがさん
ありがとうございます。今回も楽しんでいただけましたでしょうか?

5:たかさん
横島最強モノを否定するつもりはありませんが、この作品はそうはならないよう努力します…でもまあ横島位才能があって一年しっかり努力したら、実戦がなくてもこれくらいは出来るんじゃないかなと自分では思ってます。
第一話、楽しんでいただけていたら幸いです。

6:たぬきちさん
前回はまあ仕方ないですね、僕が悪いんですから。
独自色を出すのは結構難しい気がするんですが…頑張ります(`・ω・´)b

7:アミーゴさん
初めまして。
勿論、人間の範囲で強くなります。その縛りをなくすと僕の場合はぐだぐだになりそうですしね。
美神が大人しいのは…そのうち本編で理由が出るかと(多分
僕としてはそんな大人しくした覚えもないんですが……そりゃ原作終盤の鬼と比べれば大人しすぎなのは当然かとw

8:スケベビッチ・オンナスキーさん
初めまして。
タイトルはご指摘の通りです。不勉強にてお話の漫画の方はわかりません(´・ω・`)
『恋ひ恋ひて逢へる時だにうるはしき言尽してよ長くと思はば 』
ですね。相聞歌(要は恋の歌)です。
意味が気になった方はぐぐってみましょう。万葉集であっさり出てくる筈です(・∀・)

お待たせしましたがご期待に添えましたでしょうか?
他にも「無修正」とか「洋物」とか「風俗」とか馬の前にぶら下げる人参のストックは十分です(`・ω・´)b

9:SSさん
名作になるよう努力します(`・ω・´)
技の設定はー…あんまり考えてないですねぇ…
とりあえず式神とか符術とかはそれなりに考えてますが、そこまで奇抜なモノにはしないつもりですし。

筆が遅いのはご容赦…(´Д⊂
期待に応えられましたでしょうか?

10:キツネそばさん
はじめまして。
読みやすいよう努力して書いてますので、そういっていただけると本当に嬉しいですw

11:内海一弘さん
14歳の横島君はおっしゃる通り精神年齢高いです。
高島の人生を「体験」している事と霊障の恐怖を師の導きがあったとはいえ自分で乗り越えた事が大きいと思ってます。
逆にこの時点では美神の精神年齢は低い筈なんですよね…大人ぶっていても。それが表せているか微妙な気がしますが…
今作、ご期待に添えましたでしょうか?


12:DOMさん
ありがとうございます。
こじつけにならないよう、ある程度以上の説得力のある設定、頑張ります。
文珠使える上に式神がありますからねぇ…まあ文珠登場は相当後ですけどね。

13:のっぽさん
名作と呼ばれる作品になるよう、頑張ります(`・ω・´)

14:ゆぅさん
初めまして。
違和感なくって言葉は一番嬉しいですね。これからも違和感なくするっと読める作品であるよう頑張ります。

15:ぞらさん
ありがとうございます。読みにくい作品にだけはしないよう、頑張っております。
設定の助言、ありがとうございます。
考えるところがありまして大変助かりました。

妙神山編はかなり、かーなーり、先ですけど(・∀・;ゞ

16:yujuさん
美神とエミ、冥子は三人とも高校は別な筈です。
じゃないと「初めて声かけられた」のが「GS試験」の時ってのはいかに何でもありえないですし、六女の理事長の娘を知らないってのもおかしい話ですし(学年が一つ違うとはいえ)、時空消滅内服薬の時に美神は六女の制服は着てませんでしたしね。
という訳で原作と違う方向へ行かす為に六女にってのはあるかも知れませんがまだ未定ですw

式神に関しては多くても4体じゃないですかね。それ以上は面倒くさいちょっと問題ありそうですし。最強モノにするつもりもないのでパワーバランスは考えて
手加減しますw

17:クラナリさん

初めましてー。

先は長いですね〜なんせ今の段階で14歳ですからね…原作一巻の時の美神の年齢が20歳の筈ですから、原作より3年分多く書かねばならないという…(´Д⊂

とりあえず見捨てられないよう頑張ります(・∀・)b

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