─本作品にはTS要素が含まれています、ご注意ください─
俺は今、山道をつかつかと歩いている。漆黒をベースとした服を身に纏い、純白の胸元は、朝日に照らされきらきらと輝いている。
「ふははは!俺にはもう何も捨てるものなどないわ〜!!」
「あはは…そうね…」
妙にハイテンションである。
栗色の髪はゆらゆらと揺れ、山肌には澄んだ高い小鳥のさえずりのような声が木霊する。
「なんて清々しい朝!最高っスね美神さん!!もう何もかもめちゃくちゃにしてって感じっス!!」
「あはは…そうね…」
この会話になっていない会話を何度繰り返したのだろう?もう覚えていないが、何故こんなことになっているかというと、それは3時間ほど前に遡る。
「おはようございます!美神さん!」
「あ…お、おはよう……大丈夫…?」
「え?何がっスか?」
「えっと…あ、うん、なんともないなら…いいんだけどね…」
朝、目を覚まし顔を洗いに浴場へ向かったところ、そこには美神さんがいた。
何やら美神さんは困惑している感じだ。もしかして、心配してくれていたのだろうか?美神さんが?う〜ん…
実のところ俺には美神さんが一体どういう人なのか未だによくわからない。俺が言うのもなんだが、美神さんはたまに何を考えているのかよくわからないことがある。いつも高ビーで強欲で守銭奴な人なのだが、たまに変に優しく感じることもある。ルシオラが死んだとき、俺を慰めてくれたのは本当に嬉しかった。はっきり言って、あれが初めてじゃないだろうか?俺に優しい言葉を向けてくれたのは。
実のところ、あの時初めて、あぁこの人も人間なんだなって感じたものだ。聞かれたら殺されそうだが。
「聞こえてるわよ」
「はっ!!」
地獄を見た。もう少しでルシオラの元まで逝けそうだった。でもごめんもうちょっと待ってね。俺が俺である以上少なくとも悪役以外には殺されることはない。あ、でも…美神さんはあくや…
「聞こえてるんだけど?」
「はぁっ!!」
今度こそ死にそうだ…とか言いつつも一瞬で「あ〜死ぬかと思った」で済んでしまうのが俺なわけで、世の中誠、常識の枠では推し量れぬことの多きことよのぉ…あ〜そんなことより
「美神さん。俺のジーパン知りませんか?見あたらないんスけど…」
「あぁ、それならさっき防護服と一緒に捨てちゃったわよ、崖からぽいっと」
…は?捨てた!?
「なにしてんスか〜!?俺のジーパンが〜〜〜!!!」
「だって、あんた荷物あんまり持てないじゃないの!行きだって、この私が少し持ってあげたんじゃない!帰りもそんなのや〜よ!」
「だからって捨てることないじゃないっスか〜!しかも、わざわざ崖からぽいって!置いていくとかできるでしょうが〜〜!自然破壊もいいとこっスよ!?」
「なによ、こんなところに置いておいてもなんにもなんないでしょうが。あんな薄汚いジーパンなんてもう後腐れなくすぱっと捨てちゃった方が良くない?今はどうせ履けないんだし」
「いや、良くない?って、あんた…まぁ履けないのは確かですけどね。でもあのジーパンはすごいんですよ?なんたって、今まで一度も破れたことがなかったんスよ?あのアシュタロスとの戦いですら!もはや伝説のジーパンっスよ!?」
きっとあれを身に付けている限り、腰から下は傷一つ負わないだろう…
「あんた、あれしか持ってなかったの…?」
「伊達に極貧生活していませんでしたからね…ってか俺どうやって帰ればいいんスか?代えの服なんて持って来てませんよ?まさか裸で帰れって言うんじゃないでしょうね…?」
「あぁ、それならおキヌちゃんが買ってきてくれた服があるわ。下着一式もね」
「下着…ってまさか…」
「そのまさかよ。一応身体は女の子なんだからね、それくらいは着けた方がいいわ」
俺には、女物の下着には嫌な思い出がある。あれは、とあるデパートでの除霊でのことだった…人間をマネキンにしてしまうという下級の悪魔がマネキンに取り憑き、そのデパートに潜伏して人間をマネキンに変えていくという世にも恐ろしい事件だった。あれはとにかく怖かった。その時俺は一度マネキンにされてしまったのだが、そのマネキン悪魔はさらに、俺の服を脱がし、あろうことか、自分の付けていた下着(黒のレース、ガーター付き)を全部俺に着せて行ったのだ!なんとも暇なことをしてくれたものだ、どう見ても男にしか見えないマネキンに女物の下着を着せたところで冗談にしかならないというのに。美神さんには変態扱いされるし、あれは大変な屈辱だったなぁ…。しかし、今思えば何故あの下着は俺の身体にきっちりフィットしたのか謎だ…
「そういえば、いつ俺の寝室に忍び込んだんスか?」
「え…あ、あんたが寝てる間に決まってるでしょ!」
「何しに…?」
「う…ジーパン取りに行ったのよ!捨てるんだから…」
それを聞くと俺はおもむろに鏡を覗き込みじっくり自分の顔を見た。
うん、可愛い顔だ。
「なにしてんのよ…」
「いや…何か描かれてないかと思って…」
「んなガキみたいなことするか〜〜〜!」
『クスクス、朝から仲が良いですね──』
俺が首を絞められているところにヒャクメが唐突に現れた。
「な、何言ってんのよ!ヒャクメ!!」
『クスクス、でも、元気になってくれてホント良かったですね』
「なっ…!!」
「?」
美神さんの顔はよく見えなかったが、少し赤くなっているようにも見えた。
「〜〜っ!ほら!行くわよ、横島クン!着替えるわよ!!」
「いっ!?あ〜はい、はい〜!」
美神さんは俺の襟首を掴むとそのまま引き摺って行く。ヒャクメは相変わらずクスクスと笑いながら小さく手を振っている。
一体なんなんだ〜〜!
しばらく引き摺られ、美神さんの寝室へ辿り着くと、美神さんが荷物の中から下着を取り出してきた。
「ほら!着けなさい!」
「うっ…着けなきゃだめっスか…?」
ランジェリーのトラウマで下着を前にたじろぐ。
「何言ってんのよ!せっかくおキヌちゃんが用意してくれたのよ!?さっさと着けなさい!!」
「うぅ…」
薄いピンク色の可愛らしいブラジャーを目の前に翳され顔を引きつらせる。できればもう二度と着たくないのに…
う〜〜…
「やっぱり嫌だ〜〜〜〜!このままでいいっスよ〜〜〜!!」
「だめよ!さあ、とっとと着ける!!」
「い〜〜〜や〜〜〜〜だ〜〜〜〜〜!はっ!美神さんのを見せてくれるなら!!『がばっ!』「!!!」」
俺は最後の抵抗に美神さんの胸に飛びついた。いつもならカウンターが来るところだが、今回はなぜか顔がそのまま大きな胸元の谷間へとすっぽりと吸い込まれた。
──やっぱりでかいな…
ぴくっ…
顔から伝わるその柔らかな感触に何やら心の底から沸々と何ともいえない感情が込み上げてくるのを感じた。何かいつもと違う…
「やめんか!!」
べちゃ!!
「ぶっ!!!」
そんな、良くわからない感情を一瞬もてあましていると、美神さんは俺を床にたたきつけた。
うぅ…美神さん…優しくしてくださいね…
俺は朦朧とする意識の中、この先来るであろう運命を悟りつつ心の中で呟いた…
って…それは無理か…
ったく…この馬鹿は…
──でも、元気になってくれてホント良かったですね──
全く、元気なのもここまでくると鬱陶しいわ、ホントにいつも通りに戻ってるわね。昨日の様子がまるで嘘みたいだわ…
──いつも通り…か…これからまた、いつも通りの毎日に戻るのだろうか…横島クンにとってはもう“いつも通り“ってことにはなりそうもないけど、それでも、まだましにはなるとは思う。でも…
「ホントにもう元には戻れないのかしら…」
少し思考が沈んでしまった…
ま、今はそんなこと考えてても仕方ないわ。とりあえず着替えさせなくては。
横島クンは事務所で一番身長が低くなってしまっている。前はタマモが一番低かったのだが、今は彼女よりも一回りほど低く、体格も華奢になってしまったようだ。当然ちゃんと着られる服もなく、仕方なく防護服を着せる前に一通り採寸をしておき、学校から帰ってきたおキヌちゃんに着衣一式を買ってきて貰っていたのである。
私は、いそいそと少女の修行服を脱がせ、下着を着けさせ始めた。
それにしても白くて綺麗な身体だけど胸は小さいわねぇ…中学生くらいだから仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけど…。今度、下着の着け方でも教えておこうかしら。
さて、下着装着は完了したわね。それにしても試着もしてないのにぴったりねぇ…しかもよく似合ってるわ。ホントに女の子ね…。えっと、服は確かここら辺だったかしら?
バッグのおキヌちゃんが黒い服を入れていたあたりを漁る。
あ〜あった、この黒いやつね…ん…?これは…
「はっ!こ…これはっ!!」
その黒い服をばっと広げた瞬間、脳裏に衝撃が走った…
う…ここは…?
俺は全裸で辺り一面真っ黒な世界にいた。
う〜ん…なんだ?周りが全く見えないぞ?
視界を闇で埋め尽くす中、目をこらしながら辺りを見回していると、目の前に何かが蠢くのを感じ取った。
ん?誰かいるのか?
『横島クン…ねぇ、横島ク〜ン…』
何やら聞き覚えのある声が甘く囁いてくる
な…なんだ?美神さん!?
『ふふ…ねぇ…気持ちいい…?』
んん??はっ!
目の前に、これまた全裸の美神さんが突然現れたかと思うと俺の身体をあちこち触ってくる。
あ〜〜〜!なんかいいような!されるってのもいいかも…って、ん!?
俺は何やら心地良いようなむず痒いようなそんな気分に陥りながらも、美神さんの背後で闇の中に何かが浮かび上がっているのを視界に捉え、目をこらしそっちへ視線を向けた。
そこには
『おいでませ!”女同士の禁断の世界!!”』
と大きく書かれた巨大な横断幕があった。
あ…あ〜〜〜!なんか知らんがいや〜〜〜〜!!
『ね〜〜ここ…いいでしょ?横島クゥン…?』
全裸の美神さんが、それはもういろいろといけないところを触りつつも、甘く囁きながらさらに迫ってくる。
ひいいいいぃぃぃぃ!助けて〜〜〜〜〜!
必死に逃げようとするが、なぜか身体が全然動かない。
『横島クゥゥン』
美神さんの身体が俺に押しつけられ、腕が身体に絡みつき、その顔はどんどん迫ってくる。
い〜〜〜〜〜や〜〜〜〜〜〜!!!
「…クン…横島クン!」
「ひ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「な…何悲鳴あげてんのよ!?」
「はっ!…あれ?なんか知らんけどとっても怖い夢を見たような…何かとてもやばいことに目覚めそうな、そんな感じの…」
なぜか思い出せないが、でも、決して思い出したくないような…
「何、寝惚けてんのよ。それより着替え出来たわよ?」
「あ…あぁ…結局下着、着けたんスね…?」
俺は胸元の感覚にちょっと複雑な気分になる
「当たり前でしょ!ちゃんと着けたわよ。それに服も着せてやったわよ!」
「あ…ありがとうございます…」
視線を美神さんの方へと向けると、美神さんはなぜか視線をスローモーションでスーッと反らしていく。
「どうかしたんスか?」
「な…なんでもないわよ?」
美神さんは何やら冷や汗をかいているようにも見える。
何かあったのだろうか…?ん?そういえばさっきから足下がごわごわするような…それに腕も動かすたびに何かの抵抗を受けるような…なんだ?
そっと自分の身体の方へ視線を向けた。すると、そこには…
「!?な…な、な、なんじゃこりゃ〜〜〜!!??」
修行場に絶叫が響き渡った…
『きゃはははは!ひ〜〜〜〜〜!うひ〜〜〜〜〜!!あひ〜〜〜〜〜!!!』
ヒャクメがそれはもう楽しそうに腹を抱えて悶えている。
美神さんは顔を引きつらせ何とも言えないという表情をし、小竜姫様はそんな2人の様子にキョトンとした表情をしている。
小竜妃様とヒャクメは俺の絶叫を聞き、駆けつけてきたのだ。
ヒャクメは駆けつけて早々、俺を見るなり腹を抱えて大笑いし始め、小竜姫様は不思議そうにその様子と俺を交互に見ていた。
「ヒャクメ〜〜〜!笑いすぎじゃ〜〜〜〜!!」
『ひ〜〜〜〜〜!だって…だって…!!に…似合いすぎ…ぷぷ!!!』
「あはは…確かに似合ってるわね…とても…」
『本当にお似合いですけど、それがどうかしたのですか?』
三者三様の反応を漏らすが、どうやら本気で似合っているらしい。その姿は…
『ヒャクメ、一体なんなのですか?』
『ひ〜ひ〜〜…小竜姫、あれはね、ぷくく…ゴスロリっていうファッションなのね…ぷぷぷ』
『ごすろり?』
「所謂ゴシックロリータの略ね…」
そう、俺は黒をベースに胸元が白く、袖は肘の内側から切れ目の入り袖口まで大きく開き、ひらひらのフリルやレースを要所要所にちりばめた、豪勢でどことなくレトロな白いブラウスと黒いベスト、そして黒いロングスカート姿という、色こそ違うが某ツンデレドールを彷彿とさせる姿になっていたのだ。もう、どこから突っ込んでいけばいいのかさっぱりわからん…
「あはは…よく似合ってるわよ?横島クン…」
「んなの全然嬉しくないわ〜〜〜〜!」
『そうですか?とってもお似合いですよ?』
「そ…そうですか…?って、違〜う!うぅ…小竜姫様ぁ…」
『ひ〜ひ〜〜…似合いすぎなのね〜〜…!』
「……」
美神さんと小竜姫様の感想にさめざめと涙を流す。ヒャクメはホントに笑いすぎだ、沸々と怒りが込み上げてくるのを感じる。
「っていうか、美神さん!なんでこんなもん着せたんスか!?」
「なんでって、それしかなかったのよ!」
「えぇ!?…じゃあおキヌちゃんが買ってきたのって…これ…??」
「…そういうことになるわねぇ…うちにそんなもの着るような趣味の娘いないし…」
「美神さんがすり替えたんじゃ…?」
「んなわけないでしょ!」
美神さんは顔を引きつらせ、目を泳がせながら曖昧な答えを返してくる。しかし、確かに事務所で誰もこんな格好をしているのを見たことがない。
おキヌちゃん…あんた…あんた一体何考えてんだよ…俺にこれで山下りろってか!?うぅ…これは悪意なのか!?そうなのか!??俺、おキヌちゃんに何か悪いことしたっけ???
このスカートは裾が膨らみ足下まですっぽりと包み込むようにできている。こんなもの着てたら足下が見えるわけがないし、あの狭い山道では邪魔なのは明らかだ。
俺は下はトランクスだったがセーラー服を着て女子校に潜入したこともある。だからといって女装に抵抗がないわけではない、しかも、よりにもよってこれはないだろう…これはもう女装というより…コスプレ…?
「そういえば、こんなのも入ってたわよ?」
美神さんは、そう言いつつレースのちりばめられたクリーム色の頬被りのような布を出してきた。それはまさしくあのヘッドドレス…
「いる?」
「いるか〜〜〜!!!」
なんなの!もう、なんなのよ一体!!これ完璧にコスプレっしょ!!!
おキヌちゃん…あんた、俺で遊んでるのか??
「あぁ…そういえば靴も買ってきてくれてたわね…え〜っと…」
美神さんの言葉に底知れぬ不安がよぎる…
なにがでるかな♪なにがでるかな♪たらららんらたらららん♪
「何これ…?皮のロングブーツ…??」
そう、それは丈は膝下まである厚底でヒールの高い、前側は上半分を皮のベルトで、下半分を紐で網がけに縛るタイプの黒いロングブーツだった。
「うお〜〜〜〜〜!おキヌちゃん!!あんた俺に何をさせたいんや〜〜〜〜!!!」
「……」
『これも似合いそうですけど…』
『ひ〜〜〜〜〜!ひ〜〜〜〜〜!死ぬ〜〜〜〜〜〜!!』
俺はもはや錯乱状態に陥ってしまった。美神さんは盛大に顔を引きつらせ、小竜姫様は相変わらず心底不思議そうな表情をし、ヒャクメはもうそろそろ死にそうだ。むしろ、もう死んでくれ!頼むから!!
おキヌちゃん…こんなもの履いてあの険しい山道を歩いて帰れと仰るのですね?そうなのですね??あぁ…神は死んだ…そこにいるけど…。行きは行きで死にかけたが、これはこれで死にかけそうだ!ふふふ…涙が出ちゃう…だって女の子だもん…
完全に自棄になってしまった俺には、修行服を借りるという選択肢がすっかり抜け落ちてしまい、結局ブーツを美神さんから引ったくると自分で履いたのだった。しかし、これもサイズがぴったりだ…なんか、本気で泣けてくる…
それから小竜姫様が作ってくれた朝食を、どこぞの貴族よろしく優雅な姿でムスッとした空気を漂わせながら食べた。
『よ…横島さん?食事は楽しく頂きましょう…ね?』
「何を言っているんですか小竜姫様、俺は楽しく頂いていますよ?ほら、こんなに目が爛々と輝いているじゃないですか!」
「は…はは…殺気を感じるん…だけど…?」
『あ…あはは…』
『ぷぷ…』
もしかしたら目が据わっていると言うのかもしれない。
その眼光に食事の間中、美神さんと小竜姫様は顔を引きつらせ、ヒャクメは笑いを堪えていた。
朝食を食べ終えると、すぐに出発することになった。もうこのまま下りてやる!きっと生きて帰るから、おキヌちゃん…その時は覚えててよ…?うふふふ…
美神さんは俺の黒い笑みに顔を引きつらせながらも、鬼門の前で小竜姫様とヒャクメに別れを告げ、俺もそれに倣った。
「それじゃ、帰るわね」
「小竜姫様、ヒャクメ、また…」
『横島さん、どうか気を落とさないでくださいね?頑張っていればいずれ必ず報われる時が来ます』
「小竜姫様…」
『横島さん、私もなんとかして診断する方法を見つけるわ。その時は会いに行きますね』
「ヒャクメ…期待せずに待つよ」
『少しは期待して欲しいのね〜…』
小竜姫様とヒャクメを相手にそんなやりとりをしていると、俄に小さな影が山道から現れた。
『ヨコシマ?何その格好?』
『『「「パピリオ!?」」』』
なんていうか、お前には言われたくない!と言いたいところだが
「パピリオ…」
『…』
パピリオはどこか寂しそうに顔を俯けている。
「ごめんな、パピリオ…また来るよ…」
『ヨコシマ…うん、また来るでちゅよ!』
俺は微笑みながらパピリオにそう言うと、パピリオも笑顔でそれに答えてくれた。
『パピリオ…お帰りなさい…』
『ただいま…小竜姫…』
俺と美神さんは、そんな小竜姫様とパピリオの姿を見届けると山道へ向かった…
『ところで、横島さんはあの格好で妙神山を下りるのでしょうか…?』
『…小竜姫、今更だわ…それ…』
ここで、冒頭へ返るのである。
しばらくはしんみりムードだったのだが、だんだん優雅で歩きにくいこの格好に苛立ってきてああなったのである。この会話にならない会話を繰り返すこと100回以上。何度か山道を踏み外しそうになったり、躓きかけたりしながらも、なんとか死なずに下山すると、今度は人通りのある通りで痛い視線と格闘しながら、徐々に殺意を覚えていきながらもやっとのことで美神さんの車に辿り着き、その車で事務所に到着した頃にはとっぷりと夜も更け、時刻は午前0時を回ろうとしていた。
「あ、お帰りなさい!」
事務所ではおキヌちゃんが迎えてくれた。
「え?横島さん、どうしたんですか、その格好…?」
「お…おキヌちゃん…あんた…あんた、俺にこんな仕打ちしておいて、一言目が…それですか…?」
「え…?ええ?」
俺が床に四つん這いになり怒りに打ち震えながらそう言うと、おキヌちゃんはおろおろとしはじめた。
「おキヌちゃん、なんでこんな服買ってきたのよ?」
美神さんが、困ったような顔をしながらおキヌちゃんに尋ねると
「ええ!?あ、あの…私、白い上下のトレーナーを買ってきたはずなんですけど…」
「「え!?」」
事務所が凍り付いた…
実は、おキヌは白いトレーナーを買ってきた“つもり”なのであった。おキヌは美神に横島の服と靴と下着を買いに行くようにと言われ「それじゃ、お買い物に行ってきます」と言い残し出かけよとすると、普段ならそんなことを意に介すことのないタマモが「おキヌちゃん、私も行くわ」と言ってついてきたのである。珍しいこともあるものだとおキヌも思ったのだが、特に気にすることもなく一緒に買い物へ向かい、普通の白い上下のトレーナーと、普通の白いスニーカーを買ったのである。
しかし、このとき黒い笑みを湛えながらそれを見ていた者が居た。おわかりの通りタマモである。実は彼女はおキヌに幻術をかけ、トレーナーやスニーカーではなく某毒舌ドールのコスプレセットを買わせていたのである。その時おキヌは「靴はやっぱりこっちの方がそのままでいいんだけどなぁ…」などとタマモが言っているのを聞いたが、何のことかはわからなかったらしい。一体、おキヌをどこの店へ行かせたのか甚だ気になるところだ。
そして買い物を済ませ、事務所へ帰ると、タマモはおキヌが荷物の準備をしているのを珍しく手伝うようなふりをしながら、彼女にずっと幻術をかけ続け、バッグに黒いコスプレセットを入れさせていたのだ。なぜか上手くバッグに入らない幻のトレーナーとスニーカーに手間取っている間「これで、語尾が『ですぅ』とかなら最高よね」とか「目の色が逆ならなぁ…」などと独り言を言うタマモにおキヌは不思議に思っていたという。
「あ〜なるほどね…」
美神は、キヌの買い物にタマモがついてきたという事を聞いて、ほぼ真相を理解した。おそらくタマモは、よほど自分が魅了されたことを腹に据えかねていたのであろう。さらには、同類であるという対抗意識からの“攻撃”のつもりだったのだろう。横島にとっては自分がタマモを魅了していたことを知らないのだからはっきり言ってとばっちりである。
「えげつないことするわね〜」
「タ…タマモちゃん…」
美神には人のことは決して言えないだろうが、確かにえげつない事には違いない。
おキヌにとってはまさに狐につままれた気分だった。少し顔を引きつらせている。
「タ〜〜〜〜〜〜〜〜マ〜〜〜〜〜〜〜〜モ〜〜〜〜〜〜〜〜!!この厚底で踏んづけてやるわ!!!」
今夜は美神除霊事務所一同寝られそうになかった…
「──それにしても、あいつはあんなアニメを見てたのか…?」
また謎が一つ増えたようだ
あとがき
横島クンのジーパンは伝説のジーパンです。名付けて“ジーパン・オブ・デスティニー”
というわけで第六話です。
シリアスの反動か、エピソード自体が完全にギャグ一色?ていうか、途中からは元ネタ解らない人にはさっぱりかもしれませんね…ごめんなさい…。横島クン(少女)のイメージイラストを描いてるとふと思いついてしまったもので…(汗
それにしても、切り替え早すぎた…かなぁ…?まぁ、今回はほとんど描写がなかったけど、横島クンもいろいろと引き摺ってはいるみたいですけどね。
ちなみに、私はこれから少し忙しくなるので、今後の更新は遅くなってしまうと思います。
あまり期待しているような人も多くはないでしょうが、そういうことで、よろしくお願いします。
というわけで、今回はこんなところで…
レス返し
>文月さん
もうすでに、なんかはっちゃけた雰囲気を醸し出してしまいましたね…まぁ、原因が原因ですけどね(汗
そうですね、そもそもこういう場面に美神さんが一緒にいたというもの自体私は見たことがありませんね。見てないだけかもしれませんが…
>ASUさん
はじめまして〜!
疑問はもっともな事だと思います。
ちゃんと復活できない理由があるのですが。それはまたいずれ出てきます。
魂と霊気構造に関しては、魂=霊体、霊体(魂)の構造=霊気構造だと考えています。結局のところ、魂=霊気構造と考えても間違いがないんじゃないかと。原作ってあんまりそこのところはっきりとしてませんよね、そういえば…
というわけで、答えになってないかもしれませんがこんなところで…
>トトロさん
そうですねぇ…暗いですねぇ…(汗
だいたい、後天性のTSモノは、性別が変わってしまったことで起こるギャップに、自分やその周りの人間を巻き込んだ騒動が起こるというのが普通ですよね。つまり、どたばたギャグであることが多いですよね。
この作品も、そういう一面がないわけではないのですが、基本はシリアスな話なんですよねぇ…
つまり、この作品は邪道なんでしょうか…?
>SOH KAGAMIさん
戻るかどうか、それはわかりませんねぇ
一体これからどうなるのか。ていうか謎だらけですしね。
とにかく、なんとか続けていきたいと思います。
>Februaryさん
一応荷物持ちっていう仕事もありますからね、以前ほどは持たせられないでしょうけど、今でも普通の人よりは体力があるみたいですしね。
もともと、横島クンの仕事はそれだったんですしね。
それに、霊気集中の修行なら自分でもつけられるし、行気法の修行法も教えてもらえるなら残していく必要もなかったってことでしょう。
とりあえず、こんな感じで…
>内海一弘さん
ホントに沈んだまんまですね…
まぁ、横島クンは男でも女でも、人間でもそうでなくても、きっと逞しく生きてくれますよ、多分(笑
周りはそうも言っていられないかもしれませんがねぇ…
>ペレ伊豆さん
う〜ん、どうでしょうね。
こっちの横島クンは高校生してても見た目は中学生のお子様ですからね、どうなるでしょうか…