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▽レス始

「二人三脚でやり直そう 〜第四十話〜(GS)」

いしゅたる (2007-03-11 20:57)
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「……………………」

 無言で結界を張る美神。その後ろから、助手のブラドー、魔理、愛子、そしてクライアントの地獄組組長が何をするでもなく眺めている。

「なあ、ねーちゃん……今日の美神さん、機嫌悪かないか?」

「そーなんだよなぁ……アタシにも理由はわからねーんだけど」

「きっと、昨日のあれじゃない? 横島君のお母さん。あの人が横島君とおキヌちゃんの仲ばっかり気にするから、面白くなかったとか……」

「ふん、何をくだらんことを……あの美神だぞ? そんな乳くさい人間的な思考回路があるはずげぶろっ!?」

「そこ! うるさい!」

 上から組長、魔理、愛子とひそひそ話が続き、最後のブラドーの失言がさすがに聞き逃せなかったのか、言い終わる前に観葉植物が飛んできてその側頭部に直撃した。
 ダクダクと血を流して床に沈むブラドーは無視し、美神は最後の結界を張り終える。

「最強の結界を4重にかけたわ。エミだろうが誰だろうが、この中にいる人間に呪いをかけるのは不可能……ちょっかい出せば、逆に呪いが反射して自滅する!」

 全ての作業を終えた美神が、得意げに胸を逸らした。

「さ、さすが美神さん……!」

「それにしても……横島のやつ、何やってるのかしら」

 諸手を挙げて賛辞を口にしようとした組長は無視し、美神は誰にともなく愚痴をこぼした。

 が――その時。

「横島なら、私が預かってるワケ」

「…………ッ!」

 突如として背後から声を掛けられ、美神を始め全員が振り返った。
 そこにいたのは――漆黒の呪術衣装に身を包み、見慣れない横笛を手に持った小笠原エミ。

「エミ……!? どうやってこの中に! いえ、それよりも、横島クンを預かったって……!?」

「答える必要なんてなくってよ!」

 美神の疑問は切って捨て、エミは持っていた横笛を吹いた。


 ピルルルルルルッ!


 その笛の音が鳴り響いた途端、エミを中心に光が溢れた。
 そして――その光が収まると。

「「「「「なっ……!?」」」」」

 全員揃って、驚愕に目を見開いた。
 それもそうだろう。地獄組組長の邸宅の一室だった景色は、今の光が溢れた一瞬で、見たこともないジャングルの中へと変貌してしまったのだから。

「テ……テレポート!? そんなバカな! 一度にこれだけの人数を、日本から熱帯までテレポートさせるなんて……そんな能力、あるはずないわ!」

 美神は全力で否定するが、それで目の前の景色が変わるはずもない。
 日が落ちたばかりという時刻だったにも関わらず、そのジャングルは明るかった。さんさんと強い日差しを照りつける太陽は、既に中天に差し掛かっている。
 そのことから、このジャングルが日本と時差の違う別の国であることが伺えた。

 そして――

「ぐっ……!?」

 その太陽を毒とする者が、ここに一人。

「ブラドー!?」

「まずい! どっか日陰に隠れてなさい!」

「させないワケ!」

 エミが再び笛を吹くと、今度はジャングルの木々の間から、邪精霊が飛び出してきた。太陽に晒されてまともに動けないブラドーの足を、邪精霊は容赦なく切りつける。

「がっ!?」

 その場に崩れ落ちるブラドー。彼は、太陽の下にその体を無防備に差し出すことになる。

「ブラドー!」

「くっ……余はもうダメだ……」

 苦しげにうめくブラドーの体は、ブスブスと黒い煙を上げている。彼はのろのろと起き上がると、太陽に向けてその両手を広げた。

 そして、彼は――


   ささやき

   いのり

   えいしょう

   ねんじろ!


 ブラドー は はいになった……


「くだらんことやってる場合かバカタレーッ!」

 反射的にツッコミの叫びを上げた美神の前で、物言わぬ灰の山と化したブラドーは少しだけ風に吹かれ、ほんの一部だけがサラサラと飛んで行った。

 ……今度の復活はいつになるのやら。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第四十話 母よ、母よ!……え? 虎? 誰?【その4】〜


「煩・悩・全・開!」

 ――小笠原オフィスのワンボックスの中――

 囚われの横島が怪しさ全開の雄叫びを上げると、今まで知り合った美女美少女達のあられもない裸身が、その脳内に浮かび上がる。
 前回同じような状況に陥った時は、自由になっていた足の指を使い、針金で拘束具の止め具の鍵をこじ開けていた。妄想展開中は無意識に人間離れしたことが可能というギャグ体質とはいえ、我ながら改めて非常識だと思うものだ。
 だが、今回はそうもいかない。拘束は徹底しており、これで動こうと言うのであれば、どこかに間接があと一つ二つは必要という状態であった。仕方無しに、別方向からのアプローチ――霊力を行使しての拘束具の破壊を試そうにも、霊力封じの霊符がそこかしこに貼られており、それもままならない。

「くっ……霊力が上がってる感じはするんだけど、全然霊波が出ねぇ……」

 彼の霊力源は煩悩である。先ほどの妄想により、彼の霊力は全開状態になった……はずだった。
 しかし結果は見ての通り。この場所からの脱出は、早々に八方ふさがりの様相を呈してきた。

「美神さんのGS生命の危機……ここをどーにかせんと、俺一人で美神さんをアシュタロス一派の刺客から守らんとならん状況になるっ!」

 と――そこで、横島の動きがはたと止まる。

「……………………」

 何事か考えること数秒――


「……魔族からヒロインを守るヒーローってのもいーかもしんない……じゃなくてっ!」

 ふと脳裏をよぎった悪魔の囁きを即座に否定する。

「そもそも俺一人でメドーサとかみたいな魔族連中を相手にできるわけねーだろーが! そーゆーガチンコバトルは美神さんの領分やろーっ! 俺はできるだけ目一杯楽したいんやーっ!」

 ……お前本当に主人公か。


『私の霊能力が消えたなんて……! そんなこと……!』

 スピーカーから、わずかにノイズを混じらせて、美神の狼狽した声が聞こえてくる。
 ここは百合子とクロサキのいる改造キャンピングカー。大量にあるモニターのうち、彼女達が注視する一台のモニターには、その声の主が部屋の中央で立ちすくんでいた。

「……奥様、何が起こっているのでしょうか?」

 クロサキが百合子に問う。
 彼が疑問に思うのも、無理からぬことであった。モニターには地獄組組長の部屋が変わらずそこに存在し、狼狽する美神自身は元より、それと対峙するエミとその横に立つタイガーにも異常は見当たらなかったのだ。

「精神感応ってやつよ」

「は……?」

 短く答えた百合子の言葉に、クロサキは眉根を寄せた。
 タイガーの能力は、精神感応を使った幻覚である。それも、視角のみならず五感全てに作用するほどの、強力なものだ。
 そして、人間の脳に直接働きかけるという特性ゆえに、百合子たちのように監視カメラという無機物を通して見ている者には、何の影響も与えない。

「今、あの場にいる全員には、実物とは違う何らかの景色が見えているはずね。しかもご丁寧なことに、五感全てを騙す形で。会話の内容から察するに、タイガーの生まれ育ったジャングルの景色だろうけど……」

「もしや、あの吸血鬼だとかいう黒マントの男が灰になったのも、そのせいですか?」

「実感を伴った強力な暗示は、現実と何ら変わらないらしいわよ。彼はきっと、あの幻覚の中で太陽の日差しを浴びたんでしょうね。日光の暑さまでも完全再現された幻覚の前には、それを偽物と判断することができなかった……だから灰になってしまった。そんなところね」

「それは……非常に厄介なのではないでしょうか?」

「ええ、その通りよ。あれを幻覚と見破れない限りは、美神令子除霊事務所は確実に負けるわ」

 つい先ほども、美神は神通ヌンチャクを使っていた。
 ――が、ヌンチャクは彼女の霊波を受けて力強く光っていたにもかかわらず、彼女は『霊波を送ってるのに反応しない』と不思議がっていたのだ。
 このままではエミの言葉通り、彼女は『霊能力が消えた』という暗示にかかり、本当に霊能力を失ってしまう。横島が危惧していたことが、まさに現実のものとなるのだ。


『わ、私の机が……私の本体がただの机に……!? ってことは私……普通の人間と変わりなくなったってこと!? ああっ! これで憧れた普通の学園生活が! 青春だわーっ!』


「……本当、一体何の幻覚見せられてるんでしょーね」

 スピーカー越しに聞こえてきた場違いな歓声に、百合子は呆れた顔で呟いた。


 ……チリ……

「ん……?」

 体を動かすこともできず、霊力も封じられ、それでもどうにかしようともがいていた横島だったが――ふと耳元で何かが聞こえ、何の音かと周囲を見回した。
 見える範囲では、何も異常は見当たらない――が、注意しなければわからない程度のわずかな焦げ臭さが、鼻腔をくすぐった。

「ま、まさか……火の気!? こんな状態で火事になったら洒落にならんやないか!」

 さあっと青褪める。確かにこんな状態で万一にも火事になったら、さすがに生き延びることは――

「……待てよ?」

 最悪の事態に考えが及ぶ一歩手前。横島は一つのことに気付いた。

 仮に火事になったとしよう。そうなれば、真っ先に燃えるのは何か?
 このワンボックスの中で可燃性のもの――まず最初に思い浮かぶのが、横島を戒めていた霊力封じの霊符である。火事になってそれが燃えれば、生き延びれる可能性は上がるわけで、希望がないわけでもない。

「って、待て待て。それはそれでいーんだが……」

 そもそもの問題は、今嗅いだ焦げ臭さが、どこから発生したかである。
 前述の通り、横島が思い浮かべる最初の可燃物は霊符だ。他にも運転席に地図だのティッシュだのとあるだろうが、今の状態で視認できるのは、車内の壁に貼られた霊符のみ。

 そして――見た。その霊符の一枚、その中央に、小さな黒い点が出来ていることに。

「焦げてるのは……あれか? とすると、まさか……?」

 試しにもう一度、顔見知りの美女美少女の裸身を脳裏に浮かび上がらせる。


「煩悩全開!」


 霊力が体内に溢れ返る感覚。やはり、霊波は放出されることはなかったが――


 ……チリ……


「……やっぱそーか!」

 横島の表情がぱあっと明るくなった。
 霊力を全開にしたと同時、霊符の焦げ目からわずかに白い煙が立ち上ったのだ。どうやら自分の最大霊力は、霊符の限界をほんの少しだけ上回っているらしい。

「そーとわかったら!」

 横島は気合を入れ、改めて脳内妄想を繰り広げる。今度は、全裸のままグラビアアイドルのようなポージングで誘ってくる美女たちを妄想。

「キタキタキターッ!」

 上昇した霊波に霊符は白い煙を上げるも、焦げ目は大きくなった様子がない。

「ちっ、とっとと燃えりゃいーのに……っ! もっと霊力が必要なんだろーな、やっぱ。……ならこれで!」

 妄想を続ける横島。今度は先ほどエミが目の前にいた時にやった妄想で、最後に押し寄せてくる美女たちを全て全裸に置き換えてみた。

「おおおーっ! パラダイスじゃーっ! おっぱいに押し潰されるーっ! ルシオラ……お前は無理しなくていーからな?」

 最後にぽそりと呟くと、体の内側のどっかから怒気が溢れた気がした。
 気にしたら負けのよーな気がするので、気にせず霊符を見てみる。焦げ目は少し大きくなったものの、燃え尽きるには程遠い。

「これでもまだか……なら! 最後の手段!」

 一刻を争う事態であるというのに、ここまでやって成果がこれ。確かに妄想のレベルを上げれば霊力も上がっているようではあるが、このペースでは霊符が燃え尽きるまでどれほどかかるやら。
 横島は仕方なしに、今まで一度も試してなかった、自分にできる最大の妄想に挑戦してみることにした。

「俺の煩悩はこんなもんじゃねーぞっ!」

 叫び、脳内で繰り広げるのは、今までに見たことのある18歳未満お断りのピンクなビデオ映像群。
 横島の煩悩記憶領域のスペックは並ではない。下手なパソコンよりも遥かに高性能な記憶能力で、彼はそれらの映像を、媒体も無しに委細漏らさず脳内で再生することが可能なのだ。
 脳の無駄遣いと思うなかれ。煩悩を霊力源とする彼には必要なものなのである。……たぶん。
 そして彼は、その中から過去最も興奮した一本のビデオ映像を脳内で再生する。

「これだけじゃねーぞ……さらにっ!」

 横島はその映像に、自ら手を加えた。男優の顔を自分に置き換え、女優――ちなみに一人ではない――の顔を、見知った女性の顔に置き換える。
 そして横島の脳内で、自分と彼女らの濃厚なピンク映像が、スキップ無しのノーカットで垂れ流される。映像内容が進んでいくにつれ、霊符もチリチリと煙を上げ、焦げ目を大きくしていった。

「うおおおおおっ! キタキタキタキタキタキタキタキターッ! 煩悩全開・アルティメットオオーッ!」

 横島が雄叫びを上げ、彼の脳内映像がクライマックスを迎える。
 すると――


 ボフンッ!


 上昇した横島の霊力に耐え切れなくなった霊符が一気に燃え上がり、ただの黒い消し炭へと変わった。そしてそれは椅子に貼られたものも同じであったようで、一瞬だけ背中からかなりの熱量を感じた。
 全ての霊符がなくなったことで、抑えられていた横島の霊波も開放された。決壊したダムのように、爆発的な霊力の迸りがワンボックスの中を荒れ狂い、その圧力で横島の体の自由を奪っていた拘束具がはじけ飛ぶ。

 ――だが――


 ブシューッ!


 同時、彼の鼻と耳から、噴水のごとき勢いで血が吹き出た。

 どうやら、チェリーの横島にとってその脳内映像は過激すぎたようで、自身の限界をブッちぎってしまったようである。
 ワンボックスの床に、失血死必至の量の血溜りを作り出し、自らも「べちゃり」とその中に倒れ込む横島。彼はその脳内で、誰と、そして何人の女性と、どのようなプレイを妄想したのだろうか?

(ああ……えがったー。これで自分の妄想やなければ、思い残すことなく逝けるっちゅーもんや……)

 白目を剥いてうつぶせに倒れる横島の表情は、どことなく満ち足りていた。
 とはいえこの技は、自身が今現在体験している通りに危険すぎる。妄想内容が周囲にバレでもしたら、尚更だろう。
 薄れ行く意識の中で、彼はこの煩悩全開アルティメットを封印することを、心に決めた。


 とゆーか、折角拘束から脱したとゆーのに気を失っているようでは、まったく意味がなかった。


「私が……この美神令子が……エミに負けて廃業……? 私が……私が……わたた……」

「くっそおおお! アタシらを日本に返しやがれ!」

 霊能力が消えたショックで茫然自失になった美神を尻目に、魔理が角材を手にタイガーに殴りかかる。しかし彼女の突進は、邪精霊に阻まれた。

「くっ!」

「無駄よ。おたくらの霊能力は全てなくなってるワケ。霊能力がなければ、邪精霊を倒すことなんでできないわ」

「うっせえ! 霊能力がなくなっても、殴ることはできらあ! 邪精霊なんて関係ねえ! あんたら二人、まとめてぶっ飛ばしてやる!」

「勇ましいことね……でも、それで何を殴るっての?」

 エミが言ったと同時、魔理の角材を持つ手が、急にグニャリとしたものを掴む感触に変わった。手元を見てみると、角材がいつの間にか蛇に変わり、魔理に牙を向けて「シャーッ!」と威嚇している。

「うわあっ!」

 思わず蛇を取り落とす。

「おたくもそこの令子みたく、現実から目を逸らしていた方が幸せよ? 命までは取らないから、おとなしく寝てなさい」

「うっせえっつってんだよ! 寝てろって言われてハイそーですかって言えるか! 霊能力も武器もなくなっても、この拳は残ってるんだ! 最後まで諦めてたまるか!」

「まだ心は折れない……か。無知って時として強いわねー」

 魔理の啖呵に、エミは軽口で返す。
 が――彼女はその言葉とは裏腹に、口の中で密かに舌打ちしていた。


 一方、その様子を見る百合子はというと。

「あの魔理って子……強いわね。タイガーの術中に嵌っていながら、暗示に負けてない」

 幻覚の中にいてなお戦意を失わない魔理に、高評価を下していた。

「しかし、小笠原オフィスの圧倒的優位には変わらないのでしょう?」

「そうね……この戦い、暗示にかかったまま戦意を失ったら、その時点でタイガーの暗示が完了する。そうしたら終わりよ。逆に、エミさん達の方は、そこまでやらないと勝ちにならない……タイガーがあの状態を維持できる時間はそう長くはないわ」

 限られた時間内に、美神たち全員の戦意を失わせることができるか、あるいはそれまで美神たちが耐えることができるか。
 エミの方が優勢とクロサキは言ったが、実際のところの条件は五分五分なのだ。

 と――

「あら……」

 モニターの中で、我慢の限界を突破した組長が、懐から拳銃を取り出してエミたちを脅し始めた。しかし直後に、突然拳銃を取り落とす。

「あの拳銃も、幻術で何かに変えられたわね。組長の方は、これで終わりかしら?」

 百合子の言う通り、パニックになった組長はタイガーに迫られ、自白の約束を取り付けられていた。片や、美神の方は、落とされた拳銃を拾って、じーっと無言で観察を始める。

「へえ……気付いたかしら?」

 美神のその様子を見て、百合子は面白そうに口の端を吊り上げた。

「依頼に関しては美神さんの負けは決まったようなもんだけど、戦いの行方は……まだまだね」

 まだ試合終了のホイッスルは鳴っていないとばかりに、百合子はニヤリと笑った。


「結局これかよ、ドチクショーッ!」

 耳と鼻にティッシュを詰めた横島が、地獄組組長の邸宅内を走って行く。
 気絶している場合ではないと、早々に復活したのだが――結局短いなりにも気絶時間はあり、その分『前回』よりも遅れた感があった。

「間に合ってくれよ……!」

 祈りながら、彼は組長の部屋を目指す。
 玄関で組員に聞いた――コワモテだったのでかなりビビりながらだったが――ので、部屋の場所はわかっていた。

 やがて、目的の部屋へと辿り着いた。

 扉を開けて中に入ると同時、一瞬だけ精神に何かが働きかけてくる違和感を感じた。見れば、部屋の中はどことも知れぬジャングルとなっている。
 そして、目の前では邪精霊と対峙する、全身傷だらけの魔理がいた。

『キシャーッ!』

 直後、邪精霊が魔理に襲い掛かった。魔理は傷のせいかうまく動けないようで、覚悟を決めたのか、悔しげに目を閉じた。

「危ないっ!」

 横島はとっさに叫び、魔理を横から突き飛ばした。

「よ、横島……お前!?」

 突然現れて自分を突き飛ばし、代わりに邪精霊の目の前に身を晒した横島を見て、魔理が青褪める。
 しかし――

「大丈夫だよ」

 横島がそう言うと同時、邪精霊は横島の体をすり抜けた。

「え……? ど、どういうことだ……?」

「これは全部、幻覚なんだよ。っと……間に合ったのかな?」

 言って、周囲を見回す。
 愛子が何かに感謝し、組長はブツブツと何事かつぶやいてあっちの世界に逝ってしまっているようだが、それは無視する。その視線がエミとタイガーを捉えたところで、横島は視線の動きを止めた。

「……驚いたワケ。あの拘束から抜け出してくるなんて」

「まーこっちも必死だったっスから」

「……なあ、横島」

 睨んでくるエミに、横島はおどけて肩をすくめる。その横島に、後ろから魔理が声をかけた。

「ん?」

「全部幻覚って……どーゆーこった?」

「いやだから、そのまんま。タイガーの能力は精神感応で、こっちの五感全部に働きかけて幻覚を見せてるんだ。本当はここはジャングルじゃなくて組長の部屋だし、奴も虎になんかなっちゃいない」

「幻覚って……攻撃くらえばしっかりと痛かったし、角材が蛇に変わった時も感触が……」

「その痛みや感触も、全部幻覚なんだって」

「えー? そうなの?」

 横島の言葉に横から口を挟み、不満そうな声を上げたのは愛子だった。

「それじゃ本当に、全部幻覚なの? 本物じゃないの?」

「……なんでそんなに残念そうなんだよ」

「だって……私、本体がただの机になっちゃったから、普通の人間と変わらなくなったんだーって思ってたんだもん……」

「あのなぁ……ん?」

 その答えに、苦笑する横島。と――その視線が、ある一点に向く。
 そこには――

「美神……さん?」

 美神が気を失って倒れていた。手には、トカゲのような生き物が握られている。

「美神さん!」

 駆け寄ってよく見てみると、外傷こそ多いが命に別状はないようであった。

「少しだけ、遅かったみたいね。令子は既に戦闘不能よ」

「エミさん……!」

 その声に、横島はエミの方を睨みつける。

「美神さんにここまでしたのか……!」

「そいつは令子よ? 当たり前じゃないの。そこまでしないと、いつ反撃されるかわかったもんじゃないワケ」

「そりゃそーだけど」

 一瞬激昂したが、付き合いの長いエミの言い分に、同じく付き合いの長い横島も思わず納得してしまった。

「どの道、令子はこれで十中八九終わりなワケ。組長もこれだけ追い詰めたワケだし、この後自白するのはほぼ間違いなし。あとは、結果を確認して目的達成って寸法よ」

「十中八九……か」

 つまりそれは、まだ美神のGS生命が終わったと決まったわけではないということだ。

 ――可能性が1%でもあれば、あのクソ女には十分よ――

 それは逆行した横島の記憶の中で、エミ自身が言っていた言葉である。ならば、まだ諦めるわけにはいかない。

「要するにエミさんたちは、美神さんが霊能力を失ったことと、組長が自白するのを見届けるまで、ここにいるつもりなんスね?」

「そ。仕損じるつもりもないからね」

「なら……こっから先は、俺が相手っス!」

 宣言し、横島は栄光の手を発現させる。

「無意味とは思わないの? おたくの雇い主は、既に戦闘不能よ?」

「だからこそっスよ。美神さんの助けになるのが助手の仕事っス。そーじゃないと、助手なんて名乗れませんて」

 その答えを聞いたエミは、不敵に――しかしどこか満足げに――笑った。

「そう……しょうがないワケ。おたくに関しては、今後はウチで雇うつもりだから、どっちの力が上かこの際はっきりさせとこうかしら」

「タネはわかってるんスから、俺に幻覚は効きませんよ!」

「はん! 私らの戦闘手段が幻覚だけってことはないワケ! いくわよ、タイガー!」

「おう!」

 エミの呼びかけに応じ、タイガーが突然その姿を消す。

「消えた!?」

 魔理が驚いたその一瞬の後、突如として横島が真横から衝撃を受けた。

「ぐっ!」

 ぶちかましを受けた横島は、2メートルほど吹き飛んだ。足を踏ん張り、なんとか倒れずに済ませる。
 衝撃の一瞬、タイガーの姿が見えた。しかしそれもすぐに消えている。

「幻覚は暗示をかけるだけが使い道じゃないですケエ。ワッシはこの森の中では最強ジャケンノー!」

 どこからともなくタイガーの声が聞こえる。横島は体勢を立て直し、魔理は狼狽して無意味に周囲を警戒している。

「幻覚で姿消してんのかよ! 厄介な……!」

「いや、違う……そーじゃない」

 魔理の言葉を、横島は否定した。

「え? あれが幻覚じゃないって……」

「ああ。幻覚じゃない。あいつの姿が見えないのは、そんな理由じゃないんだ」

「じゃあ、なんだってんだよ?」

「それはな……」

 横島は真剣な表情で魔理と向き合い、もったいぶって一拍置いた。

 そして――ゆっくりと口を開き、その理由を告げる。


「影が薄すぎて存在に気付けないだけなんだ!」

「「「ええっ!? そーだったの!?」」」

「はっきりと違うんですジャアアッ!」


 魔理と愛子のみならず、エミにまで驚かれてしまった笑撃の事実を、全身全霊で否定するタイガー。
 が――直後。

「そこだああああっ!」

 その叫び声で位置を特定した横島が、籠手状の栄光の手を伸ばし、タイガーに攻撃を仕掛けた。

「ぐはっ!」

 伸ばした栄光の手は、狙い通りにタイガーにヒットした。仰け反ったタイガーの姿が、一瞬浮かび上がる。

「一文字さん!」

「おう! 借りを返してやらあ!」

 横島の声に応え、魔理がタイガーに踊りかかった。その拳が、真っ直ぐにタイガーへと迫って行き――

「させないワケ!」

 エミの声と共に、真横からブーメランが飛んできた。

「うおおっ!?」

 とっさに急ブレーキをかける魔理。その鼻先を、ブーメランがかなりの勢いで通り過ぎた。
 その時――


 ビリッ。


「…………へ?」

 布の裂けた音が耳に届いた。

 何の音かと思った魔理は、しかし真っ先に思い浮かんだ可能性を、女としての本能が「認めたくない」と全力で叫んでいた。
 やけに胸元が涼しくなった気がする。目の前の虎男は、姿を隠すことすら忘れ、こちらを凝視していた。弧を描いて戻ってきたブーメランをキャッチしたエミも、その端に引っ掛かっている布切れを見て、「ゲッ」と顔をしかめている。愛子も、「あちゃーっ」とばかりに苦い顔を右手で覆っていた。


 気まずい沈黙が、その場を支配する。


 が――その中で、真っ先に動いた者がいた。

「一文字さん!」

 背後から、横島が声をかけてきた。思わずその声に反応し、体ごと振り向く。
 ……結論から言えば、それは完全な失敗であったと言わざるを得ない。

「おおお……Cカップの白のレース……グッッッジョブッッッ!」

「見るんじゃねええええーっ!」

「べぶらっ!」

 サムズアップした横島の台詞に、今度こそはっきりと自分の状態を認識した魔理。彼女は生まれてから今までの16年の人生の中で、最高にして最強の力でもって、横島の脳天に容赦なく拳を振り下ろした。
 ……もはや説明するまでもないだろう。魔理の服は、エミのブーメランによってその前面を引き裂かれ、純白の下着を男どもの目の前にさらけ出してしまっていたのだ。

「横島君……サイテー」

 地面に突っ伏し、噴水のよーに頭から血を噴き出す横島を、愛子はゴミを見る目で見下ろした。


 が――その光景に反応したのは、横島だけではなかった。


「うへ……うへへ……うえへへへへ……」

「はっ!?」

 突如として響く、怪しげな笑い声。それに最初に反応したのは、エミだった。

「ま、まずい、笛を……!」

 彼女は急ぎ、横笛を口にする。
 ――が。

「おんなあああああっ! 女の乳いいいいっ!」

「なっ! なんだこいつはーっ!?」

 叫びだしたタイガーが、突如として魔理に襲い掛かり始めた。

「やばっ! ま、間に合わなかったワケ!」

「どーゆーことですか?」

 タイガーの制御に失敗し、狼狽するエミ。そこに、愛子が尋ねる。

「タイガーは、一度限界を越えちゃうと、ふだん理性で抑えている内なる野獣が目覚めてしまうのよっ!」

「内なる野獣って……あれは野獣とゆーよりケダモノって言うんじゃ……?」

 呆れ顔でツッコミ入れる愛子の視線は、「ゲヘヘヘ! おんなーっ!」「ぎゃーっ! くんなーっ!」と追い追われるタイガーと魔理。

「……とにかく、助けないといけないわよね?」

「ええ、そうね……」

 言う間にも、タイガーは魔理との距離を詰めていた。そして、その手が魔理の背中にかかる。

「やばっ! 早くしないと!」

「ちょっと! こんなの青春じゃないわよ!」

 横笛は諦め、霊体撃滅波の準備に入るエミと、自らの本体たる机を振りかぶって突進する愛子。彼女らの眼前では、タイガーが魔理を押し倒し――

「ゲヘ、ゲヘ、女……!」

「ひっ……! や、やめ……!」

 組み伏せられ、恐怖に涙さえ浮かべる魔理。
 タイガーの手が、魔理の体に触れる。


 ――その時。


 思いがけない救世主が現れる――


「また暴走してやがるんかいこのダメ虎がーっ!」

「ぎゃぶほうっ!?」


 突如として横から襲ってきた暴風に、タイガーはなすすべなく吹き飛んだ。

 吹き飛んだタイガーは、二度、三度とバウンドし、動かなくなる。一瞬で頬を晴れ上がらせた彼は、完全に白目を剥いていた。
 同時、周囲の景色が元の組長の部屋に戻った。タイガーの姿も、元に戻る。


 倒れ伏す彼を、仁王立ちして見下ろすのは。

 誰あろう最強の秩序の守護者――贈賄の前科があるのはこの際秘密だ――横島百合子であった。


 ――その頃、改造キャンピングカーの中では――

「……あれ? 奥様?」

 いつの間にかモニターの向こう側に現れた百合子を見たクロサキが、その都市伝説ばりの速度で成されたツッコミに、冷や汗をかいていた。


 ――あとがき――

 このシリーズも長いもので、今回で四十話を迎えることができました。これもひとえに、皆さんの応援のおかげです♪
 ……でも、内容はいまだ9巻の真ん中らへん。このペースで行くと、アシュタロス編終わるのは一体何話になるのやら。

 さて、最後に百合子が介入しましたが、グレートマザー編タイガー編は次回で終わる予定です。その後、白龍の華麗なる日々を一本、妙神山修行を一本入れて、四十四話からGS試験編に突入予定。お楽しみにー♪

 ではレス返し。


○1. 零式さん
 横島夫妻とクロサキがいれば、もはや経済界に敵はいないでしょうねーw

○2. アイクさん
 息子の力……あれこそが真髄とはいえ、あの脱出方法見られてたら、横島くんは命がないでしょうね(^^;

○3. スケベビッチ・オンナスキーさん
 原作の横島くんは、結構即物的なものにぐらついてましたからねー。ルシオラやアシュタロスのことがなければと思うと、やっぱりエミのところに行っちゃうかもですw

○4. 平松タクヤさん
 あのような手段でピンチを潜り抜けましたw

○5. 山の影さん
 やっぱり横島くんはこーでなくてはw 彼を縛るには、引田天功用の拘束でも無理なんじゃないでしょーか?(ぉ

○6. 山葵さん
 横島くんは……まあ、一応間に合いました。タイガー、セクハラの虎は即撃沈されましたねw

○7. いりあすさん
 横島くんは、自己評価が低いので、自分がマークされる可能性なんて考えなかったんでしょうw

○8. 木藤さん
 GS美神やうしおととら以前のサンデー漫画は、特に有名なのしか知りませんでしたねー(^^;
 組長がグレートマザーの配下……なんとなくステキな案に見えてきました(ぉ

○9. 月夜さん
 三話前のタイガー編冒頭の調書にあったので予測済みかと思いますが、ちゃんと時給問題は解決するつもりですよーw

○10. 内海一弘さん
 そういえば、悪い評価ってのがあまりないですね? 作者のくせに、言われて初めて気付いた罠w

○11. Februaryさん
 地獄組はもう終わりですw 紅百合に目をつけられたら、もはやまな板の上の鯉でしょうw

○12. akiさん
 一話から一気読み、お疲れ様です。タイガーと魔理は、原作みたいに一発でくっつけるつもりはないですねー。彼の明日はどっちでしょう?

○13. 秋桜さん
 そういえば、シリアス・コメディ問わず、拘束されてた回数はなにげに多いですよね、横島くんって(^^;
 グレートマザーは、結局ナレーションでは終わりませんでしたw

○14. とろもろさん
 どー転ぼうとも、勝者がグレートマザーなのは間違いないですw さすがは偉大なる母。

○15. wataさん
 確かにすごいお人ですから、秘しても気付いてしまうかもです。……そういえば今回も、タイガーの台詞は少なかったよーな?(ぉ


 レス返し終了ー。では次回四十一話でお会いしましょう♪

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