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「二人三脚でやり直そう 〜第三十九話〜(GS)」

いしゅたる (2007-03-05 19:08/2007-03-05 23:20)
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 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン……

 校内にチャイムが鳴り響く。教壇で本日最後の授業を講釈していた日本史の教師が、その音に顔を上げた。

「え〜……ま、そーゆーわけだ。この宇治川の戦が、義仲最後の戦場になったんだな。次は引き続き、鎌倉幕府成立までの流れを教える。ちゃんと予習復習しとけよ。ほい号令」

「きりーつ!」

 教師が授業の終了を告げると、待ってましたとばかりに号令がかかる。教師が教壇から去るのを待つまでもなく、堰を切ったかのように教室が喧騒に包まれた。
 それからいくらもしないうちに、別の教室での授業から直接来たのだろう、教材を持ったままの担任が教室に姿を現した。

「おーい、横島」

「ん? なんスか?」

「今思い出したんだが、今日転校生が来てたんだ。けど、どういうわけだか来てないだろ? 校内にいるかもしれんから、探してきてくれないか?」

「へ? なんで俺が?」

「普段学校に来てないんだから、その分奉仕しろ。それに、妖怪はお前の専門分野だろ?」

「なんスかそれ」

「いーから行った行った。身長が2メートル越してる大男だから、見ればわかる。あ、それとお前ら。俺は教材置いてくるから、ホームルームはもう少し待ってくれ」

 台詞の後半はクラス全体に向かって言い、担任はそのまま教室を離れる。

「なんだ? 転校生って妖怪なのか?」

「あれじゃない? 今朝ちょこっとだけ顔見せた大きい奴」

「あー……そういや、そんなのいたなぁ。横島、探して来いよ」

 聞き耳を立てていた連中が、口々に騒ぎ出す。横島は「しかたねぇなぁ」と舌打ち混じりにつぶやき、教室を後にした。

「……ったく……なんで俺が……」

 廊下を歩きながら、ぶちぶちと文句垂れる。

「だいたい、何だよ妖怪って。そりゃー確かに、あいつは妖怪じみた体格してるけど、一応人間のはず…………あ」

 つぶやいていると、不意に何かに思い当たったのか、足を止めて短く声を上げた。

「あーあー。思い出した思い出した。あいつ、影薄いからすっかり忘れてたわ。そっか、もーあいつが転校してくる頃だったのか。あいつなら確かに見ればすぐわかるわな。確か……あん時は体育館のところにいたっけか」

 逆行前、よく一緒に馬鹿やってた、巨大な体格のわりには気が小さく影も薄い友人を思い出した。今朝顔を見た時点で思い出すべきだったのだが、直後に出てきた母親とのひと悶着で、すっかり忘れ去ってしまっていたのだ。
 ともあれ、知らない相手でもないので、しっかり探してやろうとは思った。記憶を頼りに、いまだにそこにいることを願いつつ、体育館に向かう。

(……いた)

 果たして、彼は横島の記憶通りに、体育館の傍で何をするでもなく立ち尽くしていた。ただ、手に何かの写真を持って、ブツブツとつぶやいている。

(確かあれ……エミさんの写真だったよな。そーいやあいつ、最初の頃はエミさんに依存してたんだよなー)

 会うたびに「エミさん、エミさん」と言っていた大男の顔を思い出し、苦笑する。
 と――

(……って、名前なんだっけ? ド忘れしちまった)

 お前本当に友達か。

(えーっと……確か、動物の名前がついてたよーな……うーん……タ……タ……タイ……タイ……ジャガー○田?」

「タイはどこ行ったんですジャーッ!?」

「うぉうっ!? 読心術!?」

 どうやら、考えているうちにすぐ近くまで来ていたらしい。しかも内心のつぶやきにツッコミを入れられ、横島は少なからず動揺した。

「……しっかり声に出てましたですケエ」

「まじか……って、お前だよな? 今日うちのクラスに来た転校生って」

「はいですジャ」

 久しぶりに聞いてみると、改めて不思議な喋り方だと思う。この口調に何人もの二次創作作家が泣いた頭を抱えた人間も少なくないだろうに。

「つーか、朝来てたよな? ずっとここにいたのか?」

「う……きょ、教室はおなごが半分もいましたケエノー。わ、ワッシ、おなごは苦手で……戻らなきゃいかんですのに戻る勇気も持てず、ずっとここで悩んでたんですケン」

「おいおい……」

 あまりの情けない物言いに、横島も苦笑を禁じえない。

「で、でも、横島サンが来てくれて助かったですジャー。これでワッシも……」

「ま、そんな大した手間じゃなかったし、別にいーよ。ホームルーム始まっから、教室に戻ろうぜ」

「け、けどワッシは……」

「なんだ? 女がいるから怖いってか? ったく、お前それでも男かよ。俺なんか、美人にはとりあえず口説くのが礼儀って信じて疑ってねーっつーのに……とにかく行こうぜ」

 言って、横島は背を向ける。
 が――

「横島サン……許してツカサイ!」

 背後から聞こえてきたその言葉と同時。


 ゴスッ!


 何かの衝撃が後頭部を襲い、横島の意識は問答無用で刈り取られた。

(え……?)

 横島は、何が起きたかわからなかった。
 ただ、意識が闇に落ちる直前――「そういや俺、『今回』あいつに名乗ってたっけ?」といった疑問が鎌首をもたげた。


 ――数分後、学校裏――

「よくやってくれたワケ」

 気を失った横島を肩に担いだ大男に、ワンボックスから降りた褐色の肌の美女――小笠原エミが、労いの言葉をかけた。

「エミさん……」

 しかし、彼の表情は暗い。その様子に、エミはため息をひとつついた。

「何を言いたいのかはわかるけど……今はよしとくワケ。行動の良し悪しは後回しよ。とりあえず、とっとと横島を車に乗せなさい。帰るわよ」

「はいですジャ」

 そして、三人を乗せた小笠原オフィスのワンボックスは、すぐさまその場から離脱した。


 そして――それを見送る影一つ。

「……あらあら……あんなにあっさり捕まっちゃって、情けないわねぇ」

 少し離れた交差点の角から顔を出したのは、誰あろう百合子であった。

「さて……お手並み拝見、といきましょうか」

 つぶやき、彼女は懐から携帯電話を取り出すと、電話帳機能から一つの電話番号を呼び出した。
 彼女が耳に当てた電話のディスプレイには、「クロサキ」と表示されていた。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第三十九話 母よ、母よ!……え? 虎? 誰?【その3】〜


 エミの今回のターゲットは、指定暴力団『地獄組』である。
 依頼人は警察の暗部。エミを使った非合法的な手段によって、彼らを追い詰め撲滅への足がかりとするのが目的であった。
 そして、地獄組の依頼により彼らの護衛についたのが、誰あろう美神令子。『金さえ払ってもらえれば誰でも顧客』というスタンスが生み出した対立とも言える。

「ま、あそこまで強力な結界張れる奴で、暴力団に肩入れしそうなGSといえば、令子しかいないワケ。でも、あの程度の結界じゃ、私の呪いは防げない……それだけに、令子の方も、今回の相手が私だってことに気付いたに違いないワケ」

 今頃は念入りに戦闘準備してるでしょうね、と締め括り、エミは横島の方へと視線を向けた。
 ワンボックスの床に転がされた彼は、両腕を後ろ手に縛られ、両足も縛り付けられている。

「ん……」

「エミさん、横島サンが気が付きますジャ」

 小さくうめき、身じろぎする横島を見て、大男がエミに報告する。言われるまでもなく、エミもそれに気付いていた。

「……気が付いた?」

 彼女が問いかけると、横島はうっすらと目を開けた。

「う……俺は……いったい……あれ? エミさん?」

 目を開けて予想もしなかった相手が目の前にいることに、横島は驚いた。そして、即座に自分の状態を認識する。

「って、なんじゃこりゃあ!? 何で俺、縛られてるんねん!?」

「ちょっと手荒な手段を使って連れてきたのよ。おたくには、事が済むまで大人しくしてもらいたいワケ」

「どーゆーことっスか!」

「どうもこうもないわ。おたくが令子の傍にいると、不確定要素が強すぎて勝算が不透明になっちゃうのよ」

 そう言うエミの脳裏に浮かぶのは、死津喪比女の時に見せた土壇場での爆発力、そしてブラドー島で見せた美神との連携であった。この男を放っておけば、大事な場面で全てをひっくり返されてしまう……そんな危機感が心の裡に生じる。

「全てがうまく行ったら、令子はGSを廃業……おたくは晴れてフリー。その時はウチで拾ってあげるワケ。令子のところと違って、ちゃんとした……いえ、おたくの能力を考えれば、それ以上の給料を払ってもいいわ」

 そして、その彼の能力ゆえに、エミは横島という人材を欲しがっていた。
 もっとも、彼女が欲しがっている人材は横島だけではない。700歳という実年齢の割には、その若い外見通りに純朴な美少年であるピートも、霊能者として――それ以上に一人の女として欲しがっている。さらに、横島を引き抜けばおそらくセットで付いて来るであろうネクロマンサー・氷室キヌも、居るなら居るで心強い存在であった。

 前衛に横島とピートを配し、後衛にはエミとおキヌ。そして精神感応によって両者の中間に立つ大男――タイガー寅吉には、後衛を守る最後の壁も兼任してもらう。
 この布陣ならば、どんな相手が来ても除霊できるだろう。付け加えれば、所長のエミと恋人(予定)のピート、この二人のルックスを利用すれば宣伝効果も抜群である。

 だが――横島からしてみれば、そんな予定は知ったことではなかった。

「美神さんがGSを廃業……!? そんなこと……!」

「させないって言うワケ? おたくにとっても悪い話じゃないと思うけど……」

 上体を起こして言いかけた横島に、エミは蠱惑的な微笑を浮かべて近付いた。そしてその背後に回って膝を付き、彼の背中から両手を胸に絡めて耳元に口を近付ける。

「え、エミさん……!?」

「もう一度言うわよ……令子のとこでゴミみたいな薄給で働く必要なんか、もうないワケ。ウチなら、令子のとこの十倍は出すわよ。おたくなら、それに見合った能力がある。もっとも……今回のことで令子がGSを廃業したら、選択肢はなくなるワケだけど」

「はああああっ! 息が耳にっ! おっぱいが背中にいいっ! い、いかんぞ忠夫ーっ! こ、こんな色仕掛けで、気持ちいいなんて顔に出しちゃダメなんだーっ!」

 しっかりと顔に出てます。あまつさえ口に出してもいます。

「……思春期のガキだから色仕掛けで責めてみただけなんだけど、予想外に効果的みたいね……」

 顔がにやけるのを止められないといった横島の様子に、エミはなかば呆れながらつぶやいた。
 美神の折檻を受けて血ダルマになっていた情けない姿は見たことあるが、今現在の表情はそれにも増して情けない。あの時「おキヌを助ける」と男らしい覚悟を決めていた横島忠夫を思い出すと、本当に同一人物か一瞬疑ってしまったぐらいである。

「……ま、いいわ。おたくはそこで、令子が破滅する様子を大人しく見てなさい」

 エミは立ち上がってそう言い捨てると、いつの間にかタイガーが用意した、髑髏で作られた呪術用の燭台の前に移動した。

 そして彼女は、儀式を始める……


 そして――数十分後。


 燭台に灯っていた呪術の炎が、突然消えた。
 後には、黒煙が吹き上げるのみ。

「令子が来たわ……計画通りよ! 始めるわ!」

 エミはきりっと表情を引き締め、タイガーに準備を促す。

(美神さんが廃業って言ってたよな……? 確か、幻術による暗示ってやつか……?)

 エミが呪術を行使していた数十分の間、横島は完全にタイガーの能力と今後の流れを思い出していた。
 確かこの後、タイガーの幻術を幻術と見破れなかった美神は「霊能力が消えた」という暗示をかけられ、あわや霊能力消滅の憂き目に遭っていたのだ。
 その後は横島の乱入により幻術を見破ることができ、事なきを得たのだが……今ここで脱出してその流れを再現できなければ、非常に困ったことになる。いみじくも、この捕らえられている状況は――理由こそ違えども――その時と一緒であることだし。

 ――だが。

 横島の拘束は、その時と比べるのも馬鹿らしいぐらい、厳重に過ぎた。電気椅子のようなゴツゴツした椅子に座らされ、拘束具も両手両足のみならず、両肘、両腿、首、胴とガッチリ固められている。
 しかも座らされる直前に見たその椅子には、何かの霊符が何枚か貼り付けられていた。拘束具をどうにかしようと霊波刀を出そうとしても出せなかったことから、霊力封じの類であったと推測できる。

(警戒されてる!? もしかして俺、相当警戒されている!?)

 自分が高く評価されているのは嬉しいのだが、その結果がこの厳重すぎる拘束では、素直に喜べない。

(どーする俺!? このままじゃ、美神さんはまったく取り得の無いただの銭ゲバゴーマン女に成り下がってしまう!)

 錯乱しているのか素なのか、なにげに失礼なことを考える横島であった。


 ――ちょうどその頃。


 ピクッ。


 地獄組にいた美神が、突如何かに反応して顔を上げた。その額には、井桁が浮かんでいる。

「美神さん? どーかしたのか? まさか、小笠原さんが……?」

「いえ……なんだかよくわからないけど、横島の奴、帰ってきたら折檻しとこーかしらと思って」

「なんだそりゃ」

 突然ワケのわからんこと言い出した美神に、隣にいた魔理はきょとんとした。


 ――場面は戻って、今まさに自分の命が危険に晒されていることに気付いていない横島の方は。

(まずい……まずいぞ! そーなったら、メドーサとかにあっさり殺されてしまうやんか!)

 先のことを考え、とことん焦燥していた。

(今後、美神さんにはアシュタロス関係の色々な厄介事に巻き込まれるっつーのに……霊能力がなくなったら、身を守ることができなくなるじゃねーか! となると、どーあっても俺が守らにゃならんことに……)

 そして始まるシミュレート。横島の脳裏に浮かぶのは、今まさに死の縁に立たされんとする美神の姿――


 …………

 ……

 …


 ――逃げる美神。追う魔族。息を切らせた美神は全身に傷を負い、袋小路に追い込まれる。
 にじり寄るのはヌル、デミアン、ベルゼブル、あと何故か居る有象無象の妖怪ども。

『追い詰めたぞ、美神令子……』

『さあ、その魂の中にあるアシュタロス様のエネルギー結晶を渡してもらおうか』

 美神令子、絶体絶命の大ピンチ――

『おっと、そこまでにしておくんだな』

『なにっ!?』

 そして、そこに颯爽と現れる我らが横島忠夫。

『てめーらアシュタロスの手駒程度に美神さんをやらせるわけにゃいかねーぜ。このGS横島忠夫が、てめーらをアシュタロスの野望ごとぶっ潰してくれる!』

 宣言し、霊波刀を振るい文珠をばらまき、次々と魔族を蹴散らす横島。その勇姿に、助けられた美神はうるうると目元を潤ませ、横島に抱き付いてくる。

『ありがとう、横島クン! あなたは命の恩人よ!』

『はっはっはっ。当たり前じゃないか。美神さ……いや令子を守るのは俺の役目だから』

『ああっ……なんで今まで気付かなかったのかしら……私の傍には、こんなに素敵なナイトがいたってことに!』

『そんなことはどうでもいいのさ。君が気付こうと気付くまいと、俺は令子を守るナイトであることには変わりないんだから……』

『ああっ……素敵……!』

 感激のあまり、ことさらに強く抱きしめてくる美神。
 そして――

『横島さん……素敵です……!』

『さすがはヨコシマ! 私の惚れた男よ!』

『横島さん……私が見出した才能は、気のせいではなかったのですね……』

 周囲からは、いつの間にそこにいたのか、おキヌ、ルシオラ、小竜姫がいて、感動の眼差しで横島を取り囲んでいる。
 更にその輪の外側には、エミ、冥子、シロ、タマモ、ベスパ、パピリオ、愛子、マリア、美衣、グーラー、メドーサ(コギャルver.)、ハーピー、その他今まで出会った全ての美女たちがひしめき合っていた。

『『『『『『『『『『キャーッ! 横島さまーっ!』』』』』』』』』』

『はっはっはっはっはっ!』

 彼女らにもみくちゃにされる横島はどこまでも幸せそうであった。


 …………

 ……

 …


「はーっはっはっはっ! くるしゅーないくるしゅーない! 全員平等に愛してやるぜえええっ!」

「おーい。戻ってこーい」

 妄想の中で得意絶頂に叫ぶ横島。その横では、既にイっちゃってる様子の彼に多少ならず引きまくってる表情のエミが、控えめに声をかけていた。

「じゃ、じゃあワッシが手柄を立てたらエミさんは……」

「おたくまで一緒になって妄想すんなっ!」

 その横島に感化されたのか、一緒になって妄想を始めるタイガー。エミはそんなタイガーを一喝すると、こめかみに指を当てて苦悩するポーズを取った。

「……ったく……もっとマトモかと思ったけど、横島ってばこんな奴だったかしら……?」

 彼女は比較的マトモなところしか見ていなかったので、そう思うのも無理はない。

「ま、ともあれ」

 これ以上考えると頭が痛くなる――と考えたかどうかは定かではないが、エミは思考をシャットダウンして、タイガーに真面目な顔を向けた。

「いくわよ!」

「おう!」

 エミの号令に、タイガーが応じた。そして、懐から一目でオカルトアイテムとわかる怪しげなデザインの横笛を取り出すと、それを構えて呪文を唱える。


「虎よ! 虎よ!

 ぬばたまの森に燦爛と燃えて!

 そも、いかなる不死の手、はたは眼の造りしか、汝がゆゆしき均整を……!

 我が命により封印を解き、再び目覚めるがいい!

 虎よ! 虎よ!」


 エミの呪文が進むごとにタイガーの気配が妖しくざわめき、その目が爛々と燃え上がる。
 そして――


 ピルルルルルルルルルッ!

「グガァッ!」


 最後にエミが横笛を吹いたと同時、タイガーの姿が真っ白な虎人へと変貌した。

 そして――二人は出陣する。最後にワンボックスの内側に、念のためにと霊力封じの霊符を貼り付けて。


「くっ……早く脱出しないと!」

 エミたちが出て行って、横島は即座に、脱出せんと身じろぎし始めた。
 全身が拘束されているのでそう簡単にいかない――と言うより身動き一つ取れないのだが、だからと言って諦めるわけにはいかない。下手をすれば、美神が霊能力を失ってしまうのだ。今後のためにも、それだけは避けなければならない。

 と――

「あらあら……これはまた、徹底的に拘束されちゃってるわねぇ……」

 突然、眼前の扉が開き、そんな声が飛び込んできた。そこにいた人物、その声の主は――

「お袋っ!?」

「特に大した怪我はしてないみたいね?」

 そう――そこにいたのは横島忠夫の偉大なる母、横島百合子その人であった。

「ちょ、ちょーど良かった! お袋、助けてくれ!」

 これ幸いにと、助けを求める横島。
 だが――

「…………」

「……お袋?」

 百合子は黙して動かない。ただ、息子を冷めた目で見下ろすだけである。
 そして――盛大なため息をひとつ。

「はぁ〜……情けないわねぇ」

「え?」

「別に日常的に周囲を警戒しろとは言わないけど、それにしたってこうも簡単に捕まるなんて……あまつさえ、母親が来たからって簡単に助けを求めちゃって。自分でも情けないとは思わない?」

「なっ……!? そ、それがピンチに陥ってる息子に対する言葉かよ!?」

「あんたが普通に一般人してくれるなら、私だってこんなこと言わないわよ」

 反論する横島の言葉を、百合子は一言で切って捨てた。

「けど、あんたが目指すのは、GSなんてゆー荒事ばっかのヤクザな仕事でしょ? この程度のピンチを自力でなんとかできないようで、この先やっていけるのかしら?」

「そりゃそーかもしれねーけど、今はまずいんだよ! 今すぐこの拘束外して美神さんとこに駆けつけないと、大変なことに……!」

「あんた、今後もその台詞を言い続けるつもり?」

 激昂する横島に、しかし百合子は視線の温度を更に下げて問いかける。

「GSの仕事ってのがどういうのかは知らないけど、あんたが今陥っている『一分一秒を争う事態』ってのは、それこそ何度も遭遇する事態なんじゃないの? その時々で、常に助けてくれる人が傍にいるとは限らないでしょう?」

「そ、それは……」

 言われ、思い当たることは何度もある。あと一瞬だけ遅ければという状況で守れたものもあれば、間に合うことなく後悔したこともある。全て逆行前の記憶ではあるが、時間との勝負という状況は、確かにさほど珍しいことではなかった。

「思い当たることがあるみたいね? とにかく、間に合わないと大変なことになるってんなら、どうにかして脱出しなさいな。それができなければ、GSなんてやめちゃいなさい。
 あんたみたいなロクデナシでも、私にとっちゃたった一人っきりの息子なんだからね……正直言っちゃうと、いつかの死津喪比女みたいな妖怪変化と命のやり取りするような危険な仕事は、してもらいたくないのよ。GSやめるってんなら、今ここで拘束解いてやってもいいけど?」

「……残念だけど、そいつは無理な相談だよ」

 さすがに、ルシオラのこともあるし、アシュタロスとの戦いを避けるようなことをするわけにもいかない。横島は、百合子の出してきた交換条件を断った。

「そう……残念ね。じゃあ、頑張って自力でなんとかしなさい?」

「……わーったよ」

「それじゃ、私は用事があるからこれでね」

 百合子はそう言って、その場から去って行った。ワンボックスの扉を閉め、いずこかへと去って行く。

「……せめて、拘束具の一つも外してくれりゃーいーのに」

 不満げな横島のつぶやきは、誰にも聞かれることはなかった。


(なーんかあるわね……)

 息子が囚われている小笠原オフィスのワンボックスから離れ、その道中、百合子は息子のことを考えていた。

 彼女にとって横島はたった一人の息子で、GSなどという死と隣り合わせの危険な仕事に就いてもらいたくないというのは、紛れもない本音である。それが叶わない望みであるならば、せめてどんなことがあっても生き延びることができるよう、少しでもスキルを高めさせるだけだ。
 先ほどの突き放したやり取りは、そんな心情の表れである。

 が――気になるのは、「GSはやめない」と言った時の息子の表情である。そう言い放った彼の瞳は、ほんの一瞬ではあるが、悲しみに彩られていた。

「何か悩みがあるなら相談しなさい? それを聞いてあげるのが、親の務めってもんよ……」

 言う相手が目の前にいないとわかっていながら、ついつい口を突いて出る。そんな自分に苦笑しながら、彼女は目的地へと歩を進めた。
 どの道それは、息子が話してくれるまで待ってやるつもりである。無理矢理聞き出すのは野暮というものだ。

 と――唐突に、彼女の足が止まる。その目の前にあるのは、一台の大きなキャンピングカー。
 その後部の扉に手をかけると、迷うことなく開け放って中を覗き込んだ。

「……どう?」

「お帰りなさいませ、奥様。全て完了してます」

 突然開かれた扉に慌てることもなく、まるで財閥の執事のごとき対応で出迎えたのは、スーツを着たサラリーマン風の丸眼鏡の若者――クロサキであった。
 彼がいるキャンピングカーの内装は、原型を留めていないほどの改造が施されており、無数のブラウン管でぎっしりと埋め尽くされていた。

「地獄組組長の邸宅108箇所に監視カメラと集音マイクを設置、全ての画像と音声を記録中です。これで一晩も記録し続けていれば、警察のテコ入れに必要十分以上の証拠が集められることでしょう」

「上出来よ。相変わらず仕事が早いわね、クロサキ君」

「恐縮です」

 労う百合子に、恭しく頭を下げるクロサキ。
 とゆーか仕事が早いどころの話ではない。彼が百合子から連絡を受けてから、何時間と経っていないのだ。彼は一体何者かと激しく問い詰めたいものである。

「で……組長の部屋はどのカメラ? 息子の上司も、そこにいるはずなんだけど」

「はい。こちらに」

 クロサキに案内され、百合子はひとつのブラウン管の前に立つ。その映像の中では、昨晩見た亜麻色の髪のボディコン女性が、確かに映し出されていた。

「さて、馬鹿息子の勤め先、美神令子除霊事務所……どれ程のものか、見せてもらおうじゃないの。タイガーの能力は厄介よ。忠夫……間に合うかしら?」

 ブラウン管を眺める彼女の瞳は、ある種の期待に満ちていた。
 彼女にとってはこの観戦がメイン。地獄組の犯罪の証拠集めは、そのついでに過ぎなかった。


 ――そして。

 美神が4重の結界を張り、直後にエミが姿を現す。
 彼女が笛を吹いて放った謎の術により、美神、ブラドー、魔理、愛子、地獄組組長の五人はジャングルへと飛ばされることとなった。

 美神令子と小笠原エミ、日本が誇る一流GS同士の対決の幕が、切って落とされた――


 ――あとがき――


 えー、やっとタイガーの名前が出てきました。どこまで名前出さないで行けるかなーと思いましたが、いーかげん不自然になるのでここらで断念w
 こんばんは、いしゅたるです。
 グレートマザーの急遽参戦決定により、シナリオの大幅変更を余儀なくされたタイガー編。やっと全体像が決まりました。この辺、前回のあとがきにも書いていた某氏のご協力あってこそですw
 原作よりも厳重な拘束を受けている横島くん、死津喪比女の時やブラドー島で力を見せていたのが裏目に出てしまっています。果たして彼は、原作通りに間に合うことができるのでしょうか?

 ではレス返しー。


○1. 平松タクヤさん
 横島くん、逃げ道ありませんねーw まあ、元よりGS試験から逃げるなんて選択肢はないのですが。

○2. wataさん
 GS試験にグレートマザー。某マザコンが反応しそうですw

○3. 山の影さん
 愛子は当分やめられなさそうですw 息子が大きな試合に出ると知れば、応援に駆けつけたくなるのが親心でしょう。

○4. Februaryさん
 小隆起&グレートマザー……アシュタロスでさえ勝てる気がしないですw

○5. いりあすさん
 対九能市戦なんか、原作通りの勝ち方すれば、横島くん明日がありませんね(^^; エミのクライアントは、別に百合子じゃないです。

○6. らなさん
 本文中に「数百年の眠りについている間、人間は随分と大胆に生殖方法を変えたものだ」って書いてある通り、ブラドーは眠る前はマトモな性知識持ってましたよw

○7. 山葵さん
 今回はなんとか名前が出てきましたw 横島くんの性活……どうなっちゃうんでしょうね(^^;

○8. アイクさん
 強制パワーアップですか……GS試験前に、「グレートマザー、息子を妙神山に閉じ込めるの巻」なんてやっちゃいましょうかw

○9. 秋桜さん
 パワーアップと呼べるかどうかは微妙ですが、この後GS試験に向けての付加要素は予定しておりますー。

○10. とろもろさん
 やはり、グレートマザーの存在感の前には、全ての人から忘れ去られる運命なんですよw

○11. スケベビッチ・オンナスキーさん
 ブラドーの認識、美神さんの不機嫌の理由、全部正解ですw 特に美神さんの心境の方は、本文でその辺を説明できる機会を虎視眈々と狙ってます(ぉ

○12. 零式さん
 おー。お久しぶりです♪ タイガーの扱いの悪さは、宇宙意思以外の何物でも(ぁ
 百合子さんがGS資格取ったら、日本最強のGSが誕生してしまいますw

○13. 内海一弘さん
 はい。大樹野放しです。けど、下手なことできません。全部バレる運命にありますからw 美神さんの機嫌の悪さは、まんまヤキモチですw

○14. わーくんさん
 タイガーは哀れでこそ輝きます(酷

○15. 文月さん
 名無しキャラは非常に魅力的だったんですけどねぇ……やっぱり私の技量では無理でした。これ以上名前出さないままだと不自然になります……orz
 賄賂受け取ったかなんて、聞かないのが優しさですよ?(マテ

○16. まぼろし木藤さん
 >三つ数える! 貴方はタイガー寅吉なんて知らない!!
 ……??? すいません、意味がわかりません……


 レス返し終了〜。次はとうとう四十話到達。全体像も決まったことですし、今度はもう少し早く上げられる……かな?

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