体操着に着替えた横島のクラスの生徒がグラウンドの片隅に集合していた。
その視線の先には、肉体言語をフル活用して語り合うブルマ着用生傷満載の二人の姿があった。
「「横島は私のモノだー!!」」
学校で逢いましょう! 第5話
〜恋する二人はせつなくて横島のことを思うとすぐ勝負しちゃうの〜
幸か不幸か彼等のクラスは午後から体育だった。
そして授業の内容は体力測定だった。
神無とメドーサ。互いに身体能力には自信がある。
先ほど水入りとなった決闘の代わりとばかりに『記録で勝負!』となったのだが……
100m走をバストの差でメドーサが勝利し、ハンドボール投げを神無が僅差で上回り、垂直跳びは互いが空を飛ぶことで引き分け、立位体前屈は、豊満な胸が邪魔してメドーサが負けたものの、何故か神無は涙を流して悔しがり、持久走は互いが意地の張り合いをつづけてこれまた引き分け……
―― 一進一退の攻防を繰り広げ、睨み合いから途中に壮絶なる舌戦はさみ、神無のローキックとメドーサのボディブローを皮切りにナックルトーキンと相成った。
神無は全身のバネを使い、拳を天へ突き上げる。アッパーカットを喰らいのけぞったメドーサの背後に素早く回ると、ドラゴンスリーパーを極める。偶然にも上体をおもいっきりそらし胸を強調する形になったことに喜ぶ男子学生を余所に、二人の戦いは加速する。
「神無ったら、完全にキャラが変わっちゃってるわねー」
「二人ともきっと不器用なのね、意志と力は十分だけど、心を表現する方法が遠回りしてるって言うか……それも青春よね♪」
「似た者同士、一緒に自分の最高をお互いに引き出しあってアピールしてるみたいね、って神無! そこはスピニングトーホールドじゃなくて足四の字でしょー!!」
自分の記録が書き込まれたプリントを片手に完全に観戦者の立場の朧と愛子。
「願望と気持ちの表現…か。若いってうらやましいねー」
暮井緑は二本目のタバコに火をつけつつ、さして羨ましくもなさそうに呟く。どうやら午後に美術の授業は無いらしい。
横島はというと、ナイスなアングルでキャットファイトを眺める為に、民族大移動よろしく男子生徒の先頭に立ってグラウンドを怪しく歩き回っていた。
男子生徒の中で恐怖に押しつぶされそうな心を良心だけで支え、気をもんでいるのはピート只一人。
「あ、あの神無さんも、その、メドーサ…さんも…そろそろよいのではないですか? あとはほら、放課後に肩くんで、夕日を眺めながらお互いの健闘を称えて――」
「お前には関係が無い!!」
「すっこんでろ!!」
「……わかりました、そうします……」
「ピートくん弱っ」
だが、一体誰がこの二人を止められるというのだろうか。
メドーサの仕掛けたコブラツイストを腰投げで抜けると、そのまま足を取り、今度こそ足四の字固めに入る神無。
足四の字固め。別名フィギュア・フォー・レッグロック。
足を交差させての膝を攻める関節技。
技をかけられた側の足の形が、数字の“4”の字に見えるため、この名前が付けられている。
大体において関節技というのは掛けられている側が一方的に不利な場合が大半であるが、この足四の字固めは、寝返りを打ってうつぶせになれれば、攻守が逆転するという技なのだ。
しかし、それは簡単な事ではない。自分ひとりが寝返りを打つのは容易いものの、技を掛けている相手も一緒にひっくり返さなければならないのだ。相手だって人形ではないのでこちらの行動に抵抗するのは明白だ。しかも、激痛に耐えて体を動かさなければならない。
足四の字固めとは、絶え間なく襲い掛かる苦痛に耐える精神力と、相手の行動を読む頭脳と裏をかく高度な心理戦が必要な非常に高度な膠着状態なのだ。
……だが、見ている方にとっては互いに寝そべった形で膠着するという何とも派手さに欠けるビジュアルであることは否めない。
「くっ……いい加減さっさと諦めろ……」
「……ハン! こん…なの……へでも…無いね!」
骨のきしむ音が見えるかのような攻防に観衆は息を呑んだ。
「二人とも真剣だなぁ」
足四の字で膠着してから、ナイスアングル探しを諦めたのか愛子や朧のそばに腰を落ち着けた横島。
「もてる男は辛いわね、横島くん♪」
一人の異性を巡って衝突する二人。青春ストライクなシチュエーションを目の当たりにして、その当事者をからかいたくなったのだろうか、意地の悪そうな笑みを向けていた。
「んなことはいいから二人を止めるいい手段ねーかなー」
存分にキャットファイトを堪能したとはいえ、やはり彼にしてみれば、『美人は仲良く』が理想なのだろう。
そんな彼の声が聞こえたのか、
「止めるだけなら簡単よ。ようは、横島、お前を巡っての勝負だろう? なら、今すぐこの場でお前がどっちが良いかを判断を下せばいいのよ」
暮井緑は、足をロックしたたまうつ伏せになったりあお向けになったり忙しい二人を、退屈そうに眺めながら会話に参加する。
「なっ……!? で、できん! 選ばなかった方に後で何て言われるか分ったもんじゃないだろ! それに両手に花が俺の好みだからなぁ……」
「…えらそうに宣言するな……。二人がそれで納得するなら、こんなことにはなってないんじゃないの? ……それでも両手に花がいいって言うなら、手が無いわけでもないけど……」
「お願いします、先生」
「ふぅ……わかった。甲斐性を見せてくれよ。あ、机。メガホンを出してくれ」
ため息と共に吐き出された紫煙を顔に受けながら、地べたに頭を叩き付ける横島を一瞥すると愛子の机の中からでてきた安っぽいメガホンを口に当てる。
「…あ〜あ〜コホン、二人ともちょっと聞けー。このままじゃ勝負がつきそうも無いので、こっちで勝手に勝負の内容を変更するー。今ここにいる、横島を先に捕まえた方が勝ちってことでどうだー?」
「何だってんだい?」
「…つまり、鬼ごっこで決着ってことか?」
ガッチリロックされた足で繋がったままの二人が怪訝な表情をうかべて顔を見合わせる。
「そうそう。二人ともそろそろ疲れてきたんじゃないか? それに横島を求める気持ちが強い方が勝ちって意味で…ね?」
「ちょ、待てっ! 火にガソリンぶちまけるよーなこと提案してんじゃねー! つーか、俺を巻き込むな!!」
暮井の発言を理解した横島だが、そもそもこの事態の中心人物が今の今までずっと高みの見物というのがおかしいのだ。
「と、いうわけで横島の周囲の生徒諸君! 避難したほうが身のためだと思うのでさっさと散っちゃいなさい」
涙やら鼻水やら唾液やらを撒き散らしつつ詰め寄る横島を無視して事を進める暮井をみて、愛子は朧の手を取り走り出す。
他の見物人も蜘蛛の子を散らすように逃げていく。ポツンと残される形になった横島は、でかい図体を精一杯ちぢめてこっそり居なくなろうとしていた友人を文珠で『引』き寄せる。
「ま、まてタイガー! お前は友人バリア2号っつー重要な役があんだろーが!!」
「は、放してつかぁーさい横島サンー!! ワッシはまだ死にたくないんジャー!」
二人の視線が横島を貫く。
お互いにぶつけ合っていた想いの照準が、横島にロックオン。
「じゃぁ、位置についてぇ……」
うろたえる横島を余所に、淡々と進行する暮井。
二人がそれぞれ姿勢を整える。正しいクラウチングスタートの姿勢だ。腕でそれぞれの胸が若干強調される。
「よーい……」
クイッと二人の腰が持ち上がる。餓えた肉食獣を髣髴とさせる神無とメドーサの瞳が妖しく光る。
上を向いたブルマに包まれた尻を目の前にしつつも、霊感でコレはヤバイと判断した横島は二人に背を向け、全速力で走り始めた。
無駄だと知りつつもあがくのが人の性(さが)なのか。
「ドンッ!! って言ったらスタートねっ…て聞いちゃ居ないか…」
それはまさにロケットスタート。
神無とメドーサの居た所は土煙と抉れた地面だけが残っていた。
「ほらほら横島ー。逃げないで二人とも受け止めてやんなきゃだめだろうが。男の見せ所だろー!?」
「こんなん受け止めたら死んでしまうわボケー!!」
韋駄天もかくやというスピードの二人の突撃を受け止めきれる男は存在しないだろう。
「美女二人に迫られて死ねるんなら本望じゃないかぁ」
すでにグラウンドに背を向けて歩き出した暮井緑は、またタバコを取り出し一仕事終えた満足感を味わっていた。
「こんな迫られ方はいやじゃぁ〜〜!! 二人とも眼が逝っとるちゅーねん!!」
「まってダーリン!!」
「今行きます横島殿!!」
「お願い、もっと色っぽく迫ってーー!!!」
結局愛の鬼ごっこはグラウンドを7周半したあと、学校を飛び出し余人のあずかり知らぬ所で決着がついたらしい。
朧が三人を発見したときは河川敷の原っぱで横島を真ん中にして三人仲良く大の字で目を回している、なんとも平和な姿だったそうな。
続く――
――あとがき
五ヶ月ぶりになってしまいました。楽しみにしていてくださった読者の皆様には大変申し訳ない気持ちで一杯です。
こんな更新速度でありますが、完結させるつもりですので。どうぞ気長に付き合ってやってください。
・零式さん
大変お待たせいたしました。見捨てていなかったら、どうぞこのお話も読んでやってください。
・弟子二十二号さん
ドリアングレイの絵の具は実際おっかない能力だと思います。
・ハイントさん
レストランを救う旅……間違っても魔鈴さんの所に現われて欲しくないものです。
・武者丸さん
細かい所のネタに気づいてくださって嬉しいです。
またちょこちょことネタ混ぜつつ書いていこうと思います。