学校で逢いましょう! 第4話
〜昼休みの決闘〜
あまり広いとはいえない校庭に、突如できた人だかり。その視線の先に対峙する殺気だった二人の美少女。
校庭で遊んでいた者は当然、校舎からの視線も一身に集めていた。
「……さっさと抜けよ、兎のおまわりさん。それとも、怖気づいたか?」
喚び出した刺叉を構え、眉間に皺を寄せるのは、淡い紫色の髪をなびかせた少女。
「……蛇の分際で吼えるな」
ショーボブの少女が抜いた刀をやや下に構えると、不適に笑う。
殺気のこもった睨み合いで作り上げられた、緊張の糸は
ひっきしっ!!
「死ねぇぇえーーー!!」
「はぁぁーーーーー!!」
加藤先生(63)のクシャミによって断ち切られた。
二人は弾かれたように動き出す。
咆哮と火花を纏い、二人の体が踊る。
金属音がこだまするなかで、二人は鬼のような形相で歩を進める。
「ハン! そんなお上品な剣術で私が倒せるかっ!」
得物のリーチを生かして神無を寄せ付けないでいたメドーサの髪の毛が逆立ち、倍以上に膨らむ。すると、口を大きく開け不揃いな牙を見せながら魔獣が2匹、神無めがけて飛びかかってきた。
「眷属っ!?」
すれ違いざまに一匹のビッグイーターを叩き落し、時間差で現れたもう一匹を真正面から斬り伏せる。
無事に迎撃できたものの、神無の目の前からメドーサの姿は消えていた。
(囮か!)
素早く周囲に気配を飛ばすも、メドーサの気配は掴めなかった。
「危なぁーい! 上から襲ってくる!!」
ギャラリーの声が神無を救った。
咄嗟に横に転がり直撃は避けたものの、耳にとどいた布の裂ける音が、間一髪だったこと告げる。
見れば、メドーサの刺叉の先には破れたスカートの生地が刺さっているではないか。
「チッ」
メドーサの悔しそうな舌打ちが聞こえた。
ちらと神無は自分のスカートを見る。
右側がボロボロに破れ、大胆なスリットとなっている。ギャラリーの男子が何やら「フトモモ……まさしくアレが黄金のフトモモ」等と奇声を発し興奮しているようだが、たいした問題ではない。
――いける
メドーサは手を抜いているようだ。
月の石船の前に出た時のような速さで襲われていたら、被害はスカートだけではなかったはずだ。
それだけではない。悪知恵の働くメドーサが、たった二匹の眷属で目くらまししかしなかった。もっと悪どい手段を使って当然のはずだ。
どういうつもりかは神無には解からないが、好都合なのには変わりは無い。
神無は刀を鞘に収めると腰を落とし、右手を完全に脱力させた。
「あ、あれは……月白剣 脱兎月神抜刀術!」
「知ってるの朧ちゃんっ!?」
「月白剣の歴史は古いわ……私達月神族の誕生と同時に――」
「あー、その辺りは端折っちゃってくれ。説明されてもよーわからん」
解説役になった朧と驚き役の愛子。そしてその隣にちゃっかり観客として座っている横島は、何処からか取り出したスナック菓子をつまみながら、戦う二人を眺めていた。
「ふん、そんな技で私を捕らえられるとお思いかい?」
「そうだな。このまま打ち込んでも貴様には届くまい……だが」
神無は右足のひざを曲げ、左の足を後ろに引いて伸ばした姿勢で、両足の爪先を外側に開いて上半身を大きくそらす。
それは異様だが、ギャラリーの誰もが目を奪われ、息を呑む美しい姿であった。
「月白剣 脱兎月神抜刀術 奥義――」
詠う様に紡がれた声に従いゆっくりと動く右手が、腰の刀にかかる――
「因幡兎阿!!」
神無の掛け声と共に鞘に納まっていた白刃が踊り、闇を剣閃が切り裂く。
「!? やば――」
煌めく三日月が昼間のグラウンドを妖しく照らす。
それが、刹那に神無が刀を振るった軌跡だと皆が気づいたのは、メドーサが居たであろう場所から立ち上った爆炎を背に神無の姿が現れた時だった。
「貴様も見ただろう? 闇を切り裂く三日月の光を…」
刀を持った右手は空にある月を指す様に、まっすぐ斜め上に伸ばしながら、しかし悲しげに伏せられた顔は己を導く月に背くように、あるいは、終わった戦いを惜しみ、嘆くかの如くだらりと垂れた鞘を持つ左手見詰めるように俯いていた。
「……パスタ……。うん、今日はパスタにしよう」
朧の独り言は、誰の耳にも届く事はなかった。
神無の白く濁った目に生気の光が戻ったのと同時に、パラパラとまばらな拍手が起こった。それはすぐさま大きな波となりグラウンドはおろか学校全体を包み込む。
割れんばかりの拍手と賞賛の視線を一身に受ける神無は、静かに、しかしおおいに動揺していた。もともと月警官の長として畏怖や憧れ、あるいはマリア様が見ているような視線を受け止めてきたが、こんなことは初めてだ。
そしてなにより、自分が今の今まで何をしていたのか理解すると、全身の血液が沸騰するのを感じる。
(わ、私は勢いに任せて、あ、あんな大胆な事を……)
ドッと汗が吹き出てくるのがわかった。身体は熱いのに皮膚を伝う汗は妙に冷たくしつこくまとわり付き、とても気持ちが悪かった。一刻も早くこの状況をどうにかしたかったが、自分ではどうにも出来ず、横島も朧もその他大勢と一緒になって手を叩いている。
そんな神無を救ったのは、意外な人物の一言だった。
「あ〜〜〜死ぬかと思った…! あたた、チクショウ――」
誰もが立ち上った爆炎をみて『死んだ』と思った人物がススまみれ且つパーマが特徴的なシルエットで煙の向こうから現れた。
「メドーサ!! 生きていたのかッ!?」
「げぇッ!? アフロが一瞬で元通りにっ!?」「ちょっと、驚く所はそこなの!?」
所々焼け焦げ、ボロボロになった制服に身を包んだメドーサは、中ほどから折れた刺叉を構えなおし、驚愕する神無に相対する。
「驚いたかい? これが私の本気だよ…さて第二ラウンドといこうじゃないか……」
目を細めるメドーサと怒りで目を見開いた神無は、再び睨み合い、ジリジリと距離を詰めた。
ギャラリーは釣られるままに静まり返り、二人を見守る。
二度目の均衡を破ったのは校舎のスピーカーから響く鐘の音だった。
同時に振り下ろされた武器は、耳を突き抜ける甲高い音と激しい火花を一つだけ生み出すとその場で留まった。
小細工なしの全身全霊の一撃同士のぶつかり合いは引き分けに終わった。
だが、引くことを良しとしない二人は、全身の力を使って押し切ろうとする。
交錯する武器をはさみ、意地の張り合いが始まる。
張り詰めた緊張感がまた周囲に広がる。
ざわついていた観客が、再度静かになりかけたそんな時、緊張感の発信源である二人の傍らに横柄に歩み寄る人影が現れた。
咥えタバコで、どこかやる気のなさそうな表情の女教師がツカツカと足早に、緊張をものともせずに突き進む。
その無謀とも言える行為に、周囲の女子生徒からは悲鳴すら上がる。
だが、その女教師は歩みを止める事はなく、ついには二人のすぐそばまでに到達する。
マントの様にはためく、絵の具で汚れた白衣が彼女が誰なのかを強烈に知らしめる。
「く、暮井先生……」
グラウンドの一画で全校生徒に加えて職員からも視線を浴び、なおかつ身じろぎもしない三人。危うくも均衡を保っていた緊張に平気な顔で身を投じるその姿は、ややもすれば殺気だけで極道さんをも道をあけそうな状態のメドーサと神無二人に匹敵する姿であった。
そんな三人の作り上げる一触即発の空気に気圧される周囲のギャラリーの中から「この学校で一番おっかないオナゴの上位三人ジャー……」との呟きがこぼれても誰も異論は唱えることはなかった。
「チャイムも鳴ったし、昼休みはもう終りよ。そう言うわけだから、あんた達の決闘も、一旦ここで終りにしなさい」
「関係ないだろう」
「こればかりは……譲れません!!」
互いに敵を睨みつつ、仲裁に来た暮井に短く答える。
ともすれば無視されたともいえる暮井はというと「あっそ…」とだけ呟くと、何処からとも無く古臭い油絵の具と画材道具一式を取り出し、小さなキャンパスに筆を走らせる。
その途端――
メドーサと神無は身体に起こった違和感を感じとった。
己の腕が思うように動かない。何かに縛られている訳でもない。疲労で言うことが聞かないと言うのとはまた違う。
腕だけが別人のものに入れ替わってしまったような異常な感覚に顔をしかめながら、二人はようやく仲裁者に視線を向ける。
「勘違いしないでね、お願いじゃないの――命令」
肺一杯に吸い込んだ紫煙を二人に吹きかけるように不適に笑う女教師の手には、『Dorian Gray』と書かれた絵の具があった。
――続く
〜あとがき〜
今回もエロがありません。
そして前回、前々回とくらべて量がちょっと少なめです。
書き始めればなんとかなると思ってはじめたこのSSですが書いてみれば苦労の連続でした。たったこれだけの話なのにもかかわらず…
見切り発車はいけませんなぁ…
前回から、今回に到るまでの時間もそれが理由です。
楽しみにしていた読者の方々には申し訳ない気持ちで一杯です。
次もできるだけ早く書き上げたいと思います。
・古人さん
お褒めの言葉ありがとうございます。
・武者丸さん
もともと横島と神無をくっつける予定だったんですが、どこをどう間違えたのやら、メドーサが頑張ってくれてます。なんとか神無も横島と……
・ガバメントさん
やっぱり蛇娘の偽名といったらコレでしょうw
・いりあすさん
続きを楽しみにしてくださったのに、こんな投稿間隔で申し訳ありません。
・菅根さん
神無もきっちり召し上がってもらう予定であります。
・akiさん
エロに期待されると嬉しいやら、プレッシャーやらw
・黒天さん
妖怪食っちゃ寝の可能性はありですね。なんていったってヒャクメ様は役たたz(ry
・足岡さん
穏便に収める為に、暮井先生にご足労願っちゃいました。
・偽バルタンさん
遅投稿すいません。
神無をかわいいと言って下さると、嬉しい限りです。
・かなりあさん
ありがとうございます。次回もがんばります。
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