
-Side of Yokoshima-
おキヌちゃんの気持ちを受け入れて恋人同士になったり、親父とアホみてーなデュエルしたり、そんなこんなしているうちにあっという間に三月も半ばとなって―
「卒業証書授与。えー、横島忠夫は今年度を持って本校を…………ぶえっくしょん!!!」
「コラーッ!!俺の卒業証書をツバで汚すんじゃねーっ!!!!」
とうとう俺も卒業となった……。
式が終わった後、俺はこれといった目的があるわけでも無く学校敷地内のあちこちを何となくブラブラとほっつき歩いていた。もうここに通うのも今日が最後だから『何となく』って思ったんだろうな、俺。
「遊……」
「光希……」
卒業後別々の進路になったからなのだろうか、別れを惜しむカップルをあちこちで見かける。昔の俺なら邪魔してたところだが、今となっては別にどうでもいいことだ。
で、校庭では無数の女子卒業生及び下級生に囲まれた……
「ピート君~、私のこと忘れないでね~っ!!」
「ピート先輩、またこの学校に遊びに来てください!!」
「ピートさん、行かないでぇっ!!」
七百歳のモテモテ君がいましたとさ。
「おー、相変わらずモテモテやなー」
「横島さん、見てないでたす……け……うわぁっ!!」
「「「「「「キャ~キャ~!!!」」」」」」
とうとう押し競饅頭で潰されてしまったようだ。ピート、聞こえているなら君の生まれの不幸を呪うがいい。君はいい友人だったが、君のその美形がいけないのだよ。
『あらあら、相変わらず妬いてるのね』
校庭に本体の机を置いて、その上で足を組んでいた愛子が悪戯っぽく笑っていた。
「妬いてねーよ。俺が何時までも嫉妬してるような奴に見えるか?」
『見えるわね』
どきっぱりっていう感じで返された。愛子、お前なぁ……。
『ま、それはもう置くとして、卒業おめでとう。まさかホントに卒業しちゃうなんてね……』
「当たりめーだろ。ここで卒業できなきゃ俺の人生は終わってるからな」
ましてや今はお袋が帰ってきてるからな。卒業できなきゃ絶対俺は殺されてた。『ああ、入念にスケジュール組んどいて良かった』とつくづく思う。ありがとう、鳥○先輩。
「愛子、前もいってたけどお前、また生徒としてここに残るのか?」
『そういうことになるわね。出来れば私も、卒業とその後の社会人っていう新しい青春を味わいたかったけど』
卒業後の進路として『美神さんとこで仕事しねーか?』って薦めようと思ったが、よく考えれば俺とおキヌちゃん、シロ、タマモと既に4人もいるからもうメンツオーバーだと思うしな。それに愛子は現場向きだとは思えねーから、机妖怪だけにデスクワーク……つまり事務とかやらせようにも、美神さんのことだ。あの人は脱税とかの証拠が他人にバレるのを恐れて事務係を雇ってねーからな。実際おキヌちゃんが『手伝いましょうか?』って気を使っても断ってたし。
『横島クンが居なくなると思うと寂しいわよね……』
あ、愛子?お前もしかして俺に……、いやでも、俺にはもう……。
『あ、今もしかして『私が横島クンに惚れてる』とか思ってなかった?』
「なっ!?」
『プッ……アハハハハ……』
な、なんだよそのドッキリカメラに引っかかった奴を見たときのような笑い方は!!
『んなわけないでしょ。私が横島クンなんか本気で相手にすると思ってんの?』
「やかましいっ!!」
『ホント、面白いわねー』
またいつものようにからかわれた。でも愛子、何だよその悲しげな目は。やっぱお前本当は寂しいんだろ。
『でさ、お願いがあるんだけど』
「何だ?」
『横島クンの第二ボタン……私にくれない?』
出たな、卒業式のお約束イベント。一ヶ月前の俺だったらあげてたかもしれないが、今はな……。
「悪りい。俺の第二ボタン渡せねーんだ」
『え……どうして?』
愛子が悲しげな顔をする。いや、お前ともこれが最後だから、渡したいのはやまやまなんだがな。でもなぁ……。
『卒業式に気になる男子生徒から第二ボタンを貰うってのは青春の中の青春じゃない!!何で?』
「何でって言われてもなあ……」
愛子、やっぱり俺のことが気になってるんじゃねーか。ここで俺が『彼女居るから』なんて言っても、この学校の連中に言いたい放題言われるのがオチだからな。
「愛子……止めといた方が良いぞ」
『あら、メガネ(仮名)クン。どうして?』
「今ここでお前が横島の第二ボタン貰ったら……地獄を見るぞ、多分……」
何言ってるんだメガネ(仮名)。そういえばおキヌちゃんとデジャヴーランドでデートした翌日から、こいつ一週間ほど謎の病気で入院していたんだったな。でも一体何があったんだ?
『そ、そうなの……。じゃ、遠慮しとくわね……』
「すまんな。その代わりといっちゃなんだが、時々は顔見せに行くと思うからそん時は頼むわ。じゃあな」
『横島クン……ありがと』
一応、フォローはしておかねーとな。なんだかんだ言ってもこいつには宿題とか補習とかでも世話になったから。
愛子と別れ、ふと通り過ぎた職員室前。
「……校長先生、横島が出て行きますよ……」
「やっと奴もここを去ってくれるか。教頭先生……、塩を撒いてもらえますか」
「実はもう既に用意してあります……」
「教頭先生、今夜は飲みましょう」
「医者にお酒は禁止されているのでは?」
「今夜ぐらいは……今夜ぐらいはいいでしょう……」
「テメーら……好き放題言ってんじゃねぇっ!!!!」
「「よ、横島ァ!!?」」
教師に惜しまれ……てねーな、俺って……。テメーらそれでも教師かよ……。
不愉快なモンを見ちまった俺。でもそんな不快も次の瞬間吹き飛んだ。
「横島さん……、ご卒業おめでとうございます」
「あ、小鳩ちゃん」
廊下で偶然、小鳩ちゃんに出会った。小鳩ちゃん、かしこまってペコリと頭下げてる。可愛いねえ。
「ありがと、小鳩ちゃん。俺も何とか卒業できたよ」
「横島さん、三年間お疲れ様でした」
小鳩ちゃん、俺の卒業を祝ってくれてるけど、その表情はどこか寂しそうだった。
「でも……横島さんが卒業しちゃうと、小鳩……寂しくなります」
「俺だって卒業しねーと明日がなかったわけだし……。でもさ、別にこれが今生の別れってわけでもないだろ?また会えるさ、多分」
「は、はい!あっ……いけない!!バイトの時間が……では、失礼しますね、横島さん」
「じゃ、小鳩ちゃんも頑張ってね」
小鳩ちゃんは手を振りながらスタスタと去っていった。いいねえ、ああいう健気な女の子って。ま、健気といえばあの娘もだけどさ。
「さて、一回りしたことだし、もうそろそろ行くか」
そう思って学校をあとにしようとしたその時だった。
「横島サァンッッッ!!!!!」
「な、なんなんだよいきなり出てきやがって!!」
突然出てきたタイガー服部にビビってしまった。ホント、存在感ねーなコイツ。
「ワッシはタイガー寅吉ジャー!!!」
人のモノローグに突っ込まれた。さすがは精神感応者。
「横島サン、ワッシは、ワッシは……誰にも卒業祝ってもらえなかったんジャァァァァァァッ!!!!」
そう叫んで血の涙を流してるタイガー。まあ、こいつの場合影が薄いからな。祝ってもらう以前に気付いてもらえんかったかもしれないが。
「大きなお世話ですジャー!!どうせワッシは、ワッシはァァァァァッ!!!」
やれやれ……。こいつはお前のことを理解してくれてる人が居るってことを完全に忘れてやがる……。
「何言ってんだよ。別にこの学校で祝ってもらえなくたって、他に祝ってくれる人はいるだろうが」
「え?」
「……本当のバカかお前?見ろよ。あそこに手を振ってくれてる人がいるだろ」
俺は校門のほうを指差した。そこには二人の、うちの学校じゃない制服を着た女の子が二人立っていた。
「横島さーん」
「ちーす」
そう、俺達二人のそれぞれの彼女達である。六女も卒業式があったのか、早く下校になったんだな。
「魔理しゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」
「コラ、そんな大声出してんじゃねーよ!!」
やっと気付いたか。ホント、こいつは鈍感すぎるな。そんなタイガーは置いといて、俺はおキヌちゃんに挨拶する。
「よっす」
「横島さん……」
おキヌちゃん、キョトンとして俺のほうを見ている。どうしたんだ?
「卒業……できたんですよね?」
CRASH!!!
俺は思わず、校門の柱に頭をぶつけてしまった。見事なまでに柱にヒビが入ったぞ。
「何言うとんねん!!ほら、この通り卒業証書だって貰ってるし!!」
最もクソ教師のツバ付だけどな……。
「無事卒業できたんですね。おめでとうございます」
俺が証書を見せると、おキヌちゃんは素直に俺をねぎらってくれた。まったくどこまで天然なんだ、俺の彼女は。そんな彼女は、今度は照れながら聞いてきた。
「で……横島さん、第二ボタン……誰にも渡してませんよね?」
「ああ、ちゃんとここにあるよ。ほら……」
俺は第二ボタンを外して、照れくさくおキヌちゃんに渡す。
「わぁ……。ありがとうございます、横島さんっ」
綺麗な笑顔を浮かべて喜ぶおキヌちゃん。やっぱりおキヌちゃんにはこんな笑顔が本当に似合う、としみじみ思う俺であった。しかし俺も、卒業式をこんな可愛い女の子に祝ってもらうなんてずいぶん出世したものである。
「良かったねぇ、おキヌちゃん。好きな男に第二ボタン貰えてさ」
「ま、魔理しゃん……。ワッシの事は……」
「大丈夫だって。私がもらってやるからさ、お前の第二ボタン」
タイガーよ、お前も幸せ者になったもんだな。俺も親友として鼻が高いぞ。ま、昔の俺だったら『タイガーの分際で!!』とか言って嫉妬しまくってたんだろうが。
ザワリ……
なんか、校門のあたりでただならぬ気配がしているような気がする。ふと背後を振り向いて見てみると、無数の卒業生及び下級生達が俺達に注目していた。なんか、この世の終わりを見ているようなツラしてる奴もいるぞ……。
「な…………」
そして、その中の一人が驚きの声を上げた……。
「タ、タイガーのみならず……横島が美少女に卒業式を祝ってもらっただとォ!!!!?????」
ヲイ!!俺が女の子に卒業式祝ってもらう可能性はタイガー以下だっつーのか!!!そして周囲もそいつに続いて騒ぎ出す。
「悪夢だ……これこそ悪夢だ!!」
「ねぇ、あの制服って六道女学院でしょ!?あの名門お嬢さま学校の!!」
「まさかあんなお嬢さまとそんな仲だったなんて……有り得ん!!絶対に有り得ん!!!」
「あの性欲魔人・横島忠夫と地味なキャラNO.1・タイガー寅吉が美少女に卒業式に迎えに来てもらうなんて……ゴッドよ、ゴッドよ、ゴッドよ~!!!!!!」
「私……もう笑えないよ」
言いたい放題言いやがってこいつら……。
「横島、タイガー!!お前ら精神感応使ってその娘達を洗脳したんだろ!!正直に言え!!」
「違うんジャァァァァァッ!!!!!」
「いい加減にしやがれぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
俺達って一体……。連中、ますます騒ぎまくるし……。
「おキヌちゃん」
「魔理しゃん」
「はい?」
「あん?」
「「逃げるぞ!!」」
俺はおキヌちゃん、タイガーは一文字さんの手を取り、一目散にその場を逃げ出した。
「逃げたぞ!!追え!!」
「逃がすな……逃がすな……逃がすな……」
連中まで追ってきやがった……。何で卒業式だっつーのに俺達がこんな目に遭わなきゃいけねーんだよ……。泣きてーよ俺……。
「極楽大冒険」
Report.05 誰のせいでもない二人
「はぁ、はぁ……」
「どうやら撒いたようだな」
「でも……一文字さん達とはぐれちゃいましたよ」
「あの二人も何とか逃げられたと信じたい……」
俺とおキヌちゃんは何とか連中を振り切って、建物の陰に身を潜めていた。タイガー……一文字さんを守ってやれよ。
「しっかし、ずいぶん走ったな……」
「無我夢中でしたからね」
周囲はもう繁華街だった。連中を撒くのにあちこちと走り回ったからな。
「さて、とりあえずは……」
「あらあら、二人っきりでこんな繁華街に居るなんて、相変わらずの仲良しさんね。というかおませさんねぇ」
「「えっ!?」」
どこからともなく聞こえた声に俺達が振り向くと……。
「やっほー、忠夫におキヌちゃん」
「お、お袋ォ!!??」
「よ……横島さんのお母さん!?」
何故かお袋がそこに居た……。
俺とおキヌちゃんは、偶然鉢合わせしてしまったお袋によって喫茶店に連れて行かれた。とりあえずは時間も有るのでそれは構わないけど。それ以前にお袋に逆らうことは死を意味するからな。
―カランカラン。
俺を先頭に喫茶店のドアを潜る。店に入るなり、ウェイトレスさんが応対してくる。お、このウェイトレスさん、美人だ……。
「いらっしゃいませー。三名様……え?」
俺は光の速さでウェイトレスさんの手を握った。
「ボクの名は横島忠夫!!今日は君をテイクアウトし……」
「忠夫……」
「よぉぉこぉしぃまぁさぁぁん……?」
「え?え?」
背後から強烈な、寒気のするオーラを感じる。振り向くとそこには鬼神と夜叉が立っていた……。
「「何をやってる・のよ(んですかっ)!!!!」」
ゴバキョォッ!!!
お袋とおキヌちゃんのクロスボンバーが俺をKOした……。
「……仕方……なかったんや…………ぐふっ」
「まったく、しょうがないんですから!」
「いやぁ、やっぱ美人見ると条件反射で……」
「とても恋人がいる男の行動には見えなかったわよ……」
お袋とおキヌちゃんのジト目が痛く俺に突き刺さる。
「今日はもういいけど、今度やったら……解ってるわよね?」
「ハ、ハイ……」
「わかればよろしい。で、忠夫。高校は卒業できたのよね?」
「そりゃあ、あんな目に遭えばどんなバカだって卒業しないわけにはいかねーだろ……」
俺は卒業証書の入った筒をお袋に手渡した。
「ふぅん……。ちょっと汚れてるけど、本物の証書ね。とりあえず、おめでとうって言っておくわ」
「そりゃどーも」
『とりあえず』ってのがいまいち気に食わないが、これでお袋に殺されることはなくなったわけだ。いやあ、良かった良かった。
「で、忠夫」
「何だ?」
「アンタ……卒業後の進路ってどうするつもりなの?まさか、何も考えて無いなんて言うんじゃないでしょうね?」
!!!!!!!!
し……しまった!!卒業後の進路なんて全く考えてなかったぞ俺!!もしここで『特に考えてない』なんて言ったらどうなるかは……目に見えてるな……。
「横島さん、そんなに冷や汗流して……どうしたんですか?」
お、おキヌちゃん!!そこに突っ込まんといてくれーっ!!
「その表情を見ると……やっぱり……」
あああ……お袋が俺を睨んでるよ……。もうこうなったらしゃあねえ……。
「え……えっと、俺……今までどおりゴーストスイーパーの仕事続けようと思ってんだけど……」
「ふーん……」
果たして俺は、この場を生き延びることが出来るのだろうか……。すまん、おキヌちゃん。俺が死んだらどうか悲しまないでくれ……。もし死んだとしても、昔のおキヌちゃんみてーに幽霊になってずっと一緒に……ってのもありか?
「いいわよ」
「へ?」
な、なんでこんなあっさり了承するんだお袋?俺はてっきり却下&折檻のコンビネーション喰らうとばかり……。
「ただし、条件があるけどね」
「条件?」
「忠夫。アンタ…………独立しなさい」
え?
え?
ええええええ????
お、お袋……!?
この唐突な発言に、俺だけでなく隣のおキヌちゃんも目を点にしていた。
「ちょ、おかん!!それってどういう意味やねん!!」
「言ったとおりよ。ゴーストスイーパーの仕事続けるなら独立開業しなさい、ってことよ」
な、何でいきなりこんな展開になるんだ?隣のおキヌちゃんも慌ててフォローに入る。
「で、でも……そんなこといきなり言われても……」
「何も忠夫一人で独立しろって言ってないわ。おキヌちゃんと一緒に、ってことよ」
「な!?」
お……お袋!!何爆弾発言かましてんねん!!
「え?横島さんと一緒に独立……ってことは……」
おキヌちゃん、思考がフリーズして硬直してしまってるし!!で、しばらくの沈黙の後に妄想の世界に突入しちゃったよ……。『きゃ~っ、私ったら~!!』とか言ってさ。
「忠夫。アンタ、美神さんとこの給料って、今いくら貰ってるのよ?公式には『時給五千円』ってことになってるみたいだけど?正直に言いなさいよ?」
う……。美神さんには絶対口外するな、って言われてるけど……、お袋に対して適当なこと言ったら…………間違いなく死ぬな。
「…………三百五十円」
「さ、さんびゃくごじゅうえんっ!!???」
お袋がなんか、ムンクの叫びでも思い出させるような驚きの顔を見せていた。美神さんにとってはこれでも高いほうだと思ってるみたいだけどさ……。
「……じゃ、じゃあ、昇給とか正社員への昇格とか、そういった類の話は」
「全然聞いてないけど」
ガツンッ!!!
今度はテーブルに額をぶつけたお袋。
「忠夫……そんなのでいいのか……?アンタ一人だけで生きてくなら別にそれでも構わないわよ。でもね、今アンタの置かれてる状況わかってるの?」
「え?」
「ホント、アンタはバカなのか鈍いのか。そんな給料でおキヌちゃん養っていけると思ってんの?」
「「なっ!!???」」
この発言には俺だけでなく、隣で妄想ワールドに浸りきったおキヌちゃんまで我に帰って驚きの声を上げていた。
「給料のこともあるけど、それ以前にアンタ達、もうくっついちゃったんでしょ?それに先日のあの一件で忠夫も本気だって事も確認したし」
「うん、まあ……」
「じゃあ、何時までも美神さんとこに居るわけにはいかないじゃない」
お袋は俺を指差してきっぱりと言った。
「ど、どうしてなんだよ!?そりゃ、俺とおキヌちゃんは付き合い始めたけどさ、美神さんもシロもタマモも俺達にとっては家族同様だし、ずっと皆で仲良くやっていきたいって思ってるし……」
「ハァ……優柔不断なのか、本当のバカなのか」
お袋が溜め息をついていた。
「いい?アンタが恋人としておキヌちゃんを選んだ時点で、もう美神さんとか他の女性は諦めなきゃいけないのよ。おキヌちゃんは世界で忠夫ただ一人っていう気持ちで忠夫に告白したんだから、忠夫だってそれと同じ気持ちで応えなきゃいけないじゃないのよ」
「な……なんやてーっ!!??」
また妄想真っ只中に突入したおキヌちゃん、真っ赤になって『横島さん……横島さん……』ってうわ言のように呟いてる。
「それなのに何時までも美神さん所に留まってたら、美神さんだって迷惑でしょ。フンギリがつかなくなるでしょうし、それに嫉妬心から嫌がらせに転じるかもしれないじゃない。そんなゴタゴタした状態でずっと仕事が続けられるわけないわよ」
「う……」
お袋の言葉に俺は何も言い返せなかった。確かに俺とおキヌちゃんが付き合い始めてから美神さんやシロの視線がよそよそしくなり始めたし、いつかは嫌がらせとかしてくるんじゃないかとも思ってたしな……。
「忠夫。アンタは気付いてないでしょうけど、女の嫉妬ってのは恐ろしいものなのよ。別にアンタがボロクソ言われたりボロゾーキンになったりするだけならいいけど、おキヌちゃんまでかわいそうな目に遭わせるわけにはいかないじゃない」
俺はいいんかい。で、その言葉の後半に名前が出てきたこともあって、再び我に帰ったおキヌちゃんが反応する。
「そ、そんな……。美神さんやシロちゃんがそんなこと……」
「おキヌちゃんも優しすぎるのよ。アンタだって、忠夫が他の女性に取られちゃうなんて嫌でしょ?」
「……そ、そんなのダメです!!横島さんに『大好き』って言ってもらえたのにそんなこと……でも……」
「なら、けじめはつけないとね。恋愛ってのはそういうものなのよ」
けじめ……か。そういう意味ではお袋の言ってることも最もだよな。あの親父の伴侶をやってるっていう経験があることを考えればな……。
「お袋……。お袋の言いたいことは良く解ったよ。でもさ、独立するにしても俺、まだ美神さんに一人前だって認めてもらってねーし、それに独立資金とかいろいろ問題があるし……」
「ハァ?アンタまだ、一人前だって認めてもらってないの?」
狐につままれたような表情をするお袋。って、お袋の性格考えるとGS資格とって一年以上経ってまだ一人前だって認めてもらってないんだったら、ボテクリこかされてもおかしくないのに……。
「クロサキ君に調べさせたけど、アンタ色々と一人前以上の手柄上げてるじゃない。おキヌちゃんが生き返れた死津喪比女って妖怪との戦いとか、月でのメドーサとかいう魔族との戦いとか、敵地にスパイとして送り込まれて人類の敵にされかけたりとか、世界を破滅させようとした魔神を倒したりとか」
そこまで調べたのかよ。ルシオラのことに触れてないのはお袋なりの気使いだろうけど。今となっちゃ整理はついてるけどさ。
「それだけやったら、十分独立してやっていけると私は思うわよ。あのバカ亭主にも勝ったんだし」
「で、でもなぁ……。あの美神さんが『独立します!』とかいって『ハイそうですか』って答えるとは到底思えねーんだけど……」
そうなんだよな。美神さん、独占欲強いからなあ。あの人の性格からして俺の独立なんて絶対認めないと思うな……。
「そんなことで悩んでるんだったら、ここは私に任せておきなさい」
そう言ってお袋は立ち上がった。
「私が美神さんに話つけてくるから。アンタたちはそこで愛を育んでなさい」
「ちょっ、お袋!?」
「あ……愛を育むって……横島さん、私……悪くないですよ……あ痛っ」
「この状況でボケないように」
お袋……一体何をやらかすつもりだ?
「べ、別にお袋がでしゃばらなくたって……」
「何言ってるのよ。忠夫、私はアンタのたった一人の母親よ?少しは自分の母親頼ったらどうよ?」
「いや、『自分で何とかするのね♪』とかいってギリギリの仕送りしかし無かったのはお袋だろ……」
「ん?何か言った?」
睨みを利かすお袋。この眼には……いや、この眼光には……逆らってはいかん……。逆らったら……確実に死ぬな。
「ナ、ナンデモナイデス」
「ま、別にいいけどね。じゃ、行って来るわよ」
お袋は会計を払い、スタスタと店を出て行った。
俺はしっかり見ていた。店を出た直後のお袋が『ニヤソ』と笑みを浮かべていたのをな……。
「心配ですね……」
「ああ……」
俺達が心配してるのはお袋じゃなくて、美神さんのほうだったりする。何せ以前、美神さんはお袋には全然敵わなかったからな。無事じゃいられんやろな……。
-Side of Yuriko-
やれやれ、私も物好きなのかお人よしになったのか……。けど、ま、やるっきゃないわね。
『いらっしゃいませ。横島さんのお母様ですね?』
「ええ、そうよ。美神さんはいるわよね?」
古びた洋館、って感じの建物の入り口でどこからともなく聞こえてくる声。この建物を管理している『人工幽霊壱号』って代物らしいけど、私はそっち系の人間じゃないからね。気にしないことにするわ。
『み……美神オーナーはおりますよ。どうぞお通りくださいませ』
何怯えてるのよ、幽霊のくせに。
「やっほー、美神さん。お久しぶりですわね」
「よ……横島クンのお母様っ!!???こ……こちらこそお久しぶりで……」
何うろたえてるのよ。別にアンタを取って喰おうってわけじゃないのに。
「あ……えっと……、お茶……用意してきますのでそこのソファに腰掛けて待っててくださいね……」
あらあら。『何で横島クンのお母さんが来るのよっ!!』とか思ってるのね。顔に書いてあるわよ。ま、忠夫の卒業式の日に私が来るっていうことがどういうことを意味するかはわかってるみたいよね。
「お待たせしました……」
「ありがとうございます」
あら。最高級の玉露だなんて、気が利くじゃないのよ。
「それで……ご用件はなんでしょうか?」
「そうですわね……、忠夫の卒業後の進路についてのお話で」
「!!」
以前のことを考えれば仕方が無いといえるけど、警戒されてるわね、私。
「忠夫は今日、無事高校を卒業できました。親として安心しましたわ。美神さんとしては、今後忠夫をどのような処遇で扱うつもりでしょうか?」
「え……ええ。これまで通りに私の助手を続けてもらうつもりですわ……」
「つまるところ、忠夫はまだ美神さんの丁稚のまま、と解釈してよろしいのですね?」
「!?」
狼狽してるわねぇ。
「し……師匠である私がまだ一人前だとは認めていませんからね……。まだまだ私の元で学ぶべきことはたくさんあるでしょうし……」
「あら?確かシミュレーションかなんかで忠夫に負けたって聞きましたが?」
「なっ……何故お母様がそれを!!??」
「風の噂ですわ、オホホホホ……」
私を舐めてもらっちゃ困るわよ。こんな穴だらけのプロテクトじゃハッキングなんてし放題なんだから。最も作業したのはクロサキ君だけどね。
「それから、ICPOの指令とはいえ忠夫をスパイとして敵の母艦に送り込んだりもしたそうですわね?あの時はマスコミに忠夫が人類の敵として報道されてましたから、私も慌てましたわよ……」
普通、息子をスパイ、一時的に人類の敵なんかにされた日にゃ発狂寸前よ。挙句に忠夫はトラウマ背負ってたし。今となっては忠夫も気持ちの整理はつけてるし、本人がそのことを根に持ってないからこの件で責めるつもりは毛頭ないわ。でも、交渉の材料としては好都合なのよね。
「う……そ、そこまで存じてらっしゃるのですか……」
「それに人類唯一の『文珠使い』でもあるそうじゃないですか。ここまで忠夫は頑張ってきたのに、まだ一人前じゃないなんて私には到底理解できませんがどういうことなのでしょうか?」
「そ……それは……」
言葉に困ってるようね。さて、ここからが本番よ。
「ひょっとして美神さん、忠夫に何か特別な感情でも抱いてらっしゃるのでしょうか?」
「!!??」
美神さん、顔が引きつってるわよ。図星ってことね。
「だからこそ、忠夫が離れないようにってずっと丁稚として置いておこうとお思いなのですね?」
「そ……そうですわ。私は彼の雇用主として……」
「本当は美神さん、忠夫のことが好きなんじゃないんですか?」
「!!!!!!」
あ、美神さんが真っ白けになってるわ。見抜かれてさぞショックだったんでしょうね。
「忠夫がおキヌちゃんと付き合い始めたってこと、美神さんも気付いていますわよね?」
「え……ええ、まあ……」
「で、素直になれずに自分が忠夫に惚れているという事実を自分自身にすら誤魔化しつづけてる間に、おキヌちゃんに先を越されて焦ってるんですね?」
「……」
「残念ですわ。美神さんだって素直に告白していれば、忠夫も美神さんの気持ちに応えていたでしょうに……。今となってはもう後の祭りでしょうけど」
どうやら美神さん、意地っ張りなだけじゃなくて忠夫のかつての恋人への羨望と嫉妬が邪魔をして、忠夫が好きだってことを素直に認められないがために告白できずにいたみたいね。忠夫ももう、過去に縛られずに前を見て生きていこうって決めたというのに。
「……それで、お母様は結局何がいいたいわけですか……?」
相当利いたようね。じゃ、この辺で本題といきますか。
「そうですわね。少し脱線しましたけど先ほどの話をまとめれば、忠夫はもう充分一人でやっていけると思いますわ。忠夫を正式なGSとして認めていただきたいのですが」
「……その件については解りましたわ。息子さんはもう一人前のGS、ということでよろしいですわね」
「ええ」
まず第一段階はクリアね。では次に、第二段階、と。
「あと、忠夫の収入についてですけど」
「はっ……」
「公式には『時給五千円』となっていますが、にもかかわらず忠夫が貧乏生活を強いられてるのにはどうも合点が行きません」
いくら私が仕送りギリギリにしてるとはいえ、普通時給五千円貰ってりゃリッチな生活できてるはずよね。まさか実際は三百五十円だったなんて……。
「い、いえ……。その件につきましては……」
何か隠してるような顔してるわね。よし、一気に畳み掛けますか。サングラスなんか掛けてみたりして。
「あと、先ほど話した忠夫のスパイ活動の件でも気になることがありまして」
「!!」
「ICPOが忠夫に報酬及び人類の敵と見なされた件に対する慰謝料として100万ドルほど支払ったそうですが、それが何故か忠夫に届いてないどころか、忠夫はその存在すら知らないみたいなんですが」
「あ、あれは……息子さんの雇用主として私が大事に預かっておりますので……。まだ高校生だった当時あのような大金を彼に持たせたら色々と問題があると判断しまして……」
冷や汗かいてるわね。これを見つけたときは、仰天したものよ。息子を一時人類の敵にしていただけでなく、報酬兼慰謝料までピンハネしてるなんてね……。
「でもあの報酬は、ICPOが直接忠夫に対して支払ったそうですよ?慰謝料も兼ねてますし。それが何故美神さんの下に渡ってるのか理解できません。後、まだ未成年である忠夫の財産を管理する権利は、美神さんではなく親である私にありますが?」
「……申し訳ありません。きちんと支払いますので」
「ありがとうございます。あと、ドルを円に替えて置いてくださいね。それから給料の足りない分も追加して」
今は円安傾向だから、結構儲かるのよね。よし、ここで止めの第三段階に入りましょうか。
「それに」
「それに……といいますと?」
「卒業を機に、忠夫が独立したGS事務所を開くことを認めてもらいたいのですけど。で、おキヌちゃんを忠夫の助手としてスカウトすることも」
「ちょ、ちょっと何を言ってらっしゃるのですか……!!」
独立の話をされて相当焦ってるわね。でも、私の目的はこれなんだから。
「あら。先ほども申しましたが忠夫はもう一人前ですし、独立資本金も先ほどの報酬がありますし。あと自分の意思でパートナーとしておキヌちゃんを選んだ以上、この二人が独立しても何も問題は無いはずですが?それに何時までもこの二人が付き合ってるところを目の前で見ていたら、美神さんもフンギリが付かないでしょうし」
「う……」
どうやらまだ抵抗する気があるみたいね。ならば我が軍にも考えがあるわよ。
「もしどうしても反対されるのでしたら……先ほどの忠夫の時給の詐称及び報酬を横領した件をGS協会及び労働基準監督署に報告しますが?」
「……………………は、はい……」
「では、肯定と見なしてよろしいですわね」
美神さんも素直になれればねぇ。いくら自分が雇用主という優位に立ってるからって何もしないんじゃね。そう思うと、おキヌちゃんは良く頑張ったわ。
本当はもっと言いたいこともあるけど、あまり責め立てるのもかわいそうだからね。これでミッションコンプリート、と。
-Side of Yokoshima-
「「に、におくえーん!?」」
「そうよ。向こうに頭下げさせて、二億円!!」
美神さんとこで何があったか知らねーけど、ともあれ、グレートマザーことお袋は俺の正式なGSライセンスの許可、多額の資本金、俺とおキヌちゃんの独立許可をぶんどって帰ってきたのだった。
「よくそんな、二億ものカネをあの美神さんから持ってこれたな……」
「あーら、こんなこと気合の問題じゃない。というか元々は忠夫の稼いだお金だし」
「気合なのか?」
会社でも敏腕ネゴシエーターとして『村枝の紅百合』って呼ばれてるからなあ。やっぱりさすがの美神さんでも敵わなかったか。というか俺って、そんなに稼いでたんか……。
「それから、法定代理人には私がなるから。それなら未成年のアンタでも法人起こせるはずよ。あとね、事務所は芝の高層ビルに住居兼用で用意しとくわ」
……用意周到だなお袋。もしかしてずっと前から計画してなかったか?
(ん?まてよ……)
俺は、ある事実に気付いた。俺がおキヌちゃんと一緒に独立するってこたぁ……。
「お袋」
「何?」
「おキヌちゃんって、今までは美神さんとこに下宿してただろ?で、美神さんとこから独立するんだったら、住む場所どうするんだ?」
「あっ」
隣のおキヌちゃんも今気付いたって感じだった。もしかして……俺と同居っつーか同棲ってことじゃねーだろうな……。
「決まってるじゃない。アンタの新居兼事務所に下宿するのよ」
「な……なんやてーっ!!!!????」
「えええええええっ!!???」
お、おいお袋!!なにゆうてんねん!!
「今までもわざわざご飯作ってもらったり掃除してもらったりと、事実上の半同棲状態だったくせに何を今更って感じよ」
「って、おキヌちゃんまだ高校生だぞ!!間違い起こったらどないすんねん!!」
「あら、起こっちゃったほうがいいんじゃないかしら?忠夫もスケベな癖に、いざとなるとバカに真面目になるのね」
コラーッ!!!!なんちゅうこといっとるんやーっ!!!!つか、隣じゃおキヌちゃんが……。
「本当に今日から……横島さんと私の二人っきり?急にそんなになっても……あの……その…………心の準備が…………、でも私達…………あの夕日の東京タワーでお互いの気持ちを確かめ合った仲ですし…………いよいよ…………ついに…………」
顔を真っ赤に染めて、深い深いトリップ状態になってたよ。これじゃデコピンくらいじゃ現世には帰れないな。
「うりゃ」
「はっ、はぅ……」
なので首筋に軽くカラテチョップを決めてやった。そんな光景をお袋は苦笑しながら見ていた。面白がられてるな、どう見ても。
「す、すみません……、取り乱してしまって……」
「いや、俺だって突然同居しろなんて言われりゃ取り乱すから……」
「初々しいわねぇ」
俺もおキヌちゃんも照れてしまってる。お袋め、煽ってんじゃねーよ。
「……お母さんだってああ言ってることですし……。その……迷惑かもしれませんけど……横島さんのお傍に……いさせてください!!」
おキヌちゃんは、照れながらも勇気を出して言った。
「ま、まあ……。おキヌちゃんがそう言うんだったら。でもさ、俺の親はともかく、氷室神社の家族にはどう説明するのさ?」
「ああ、おキヌちゃんの家族には私のほうから電話で説明しておいたから。一人納得いかないような声出してたけど、『あの娘には自分の信じた道を進みなさい、って伝えてください』って言ってたわよ。あと六道女学院の学費も立て替えてくれるって」
ぶっ!!お、お袋!!そっちのほうまで根回ししてたのかよ!!納得いかない奴ってのは、多分早苗だろうな……。何かとあいつ、俺に因縁つけてくるし。
「すみません、そこまでして頂いて……」
「いいのよ。私が好きでやってることだから。既成事実作っておくのよ……なーんてね♪」
「き……既成事実って……な、ななななな……何言ってるんですかーっ!!!!」
おキヌちゃんがオロオロしてるじゃねーか……。あんまりからかうんじゃねーよ、お袋。
「さて、私がアンタ達にしてあげられるのはここまでよ。あとはアンタたち次第って事。独立する以上、何時までも私に甘えてもらうわけにもいかないから」
結局、俺達お袋に振り回されっぱなしだったな……。あのお袋にはDNAレベルで逆らっちゃいけねーって刷り込まれてるからな。でもおキヌちゃんと一緒なら、それも悪くねーかもな、と思ったりもする。
「横島さん……これからもよろしくお願いします」
「ああ……もうここまで来ちまったからな。こちらこそ。飯とかいろいろ頼むよ」
「ありがとうございます……!」
照れ隠しの台詞をはいた俺に、満面の笑顔で飛びついてくるおキヌちゃん。そんな彼女を俺は優しく受け止めた。
「熱いわねぇ」
俺たちを傍観していたお袋は、その場から去ろうとする。
「忠夫、最後に一言言っておくけど、おキヌちゃんを泣かせるような真似をしたらアンタの人生は終わったものだと思いなさい」
そう言ってお袋はその場を去っていった。……なんつーか、バラ色の道なのか、イバラの道なのか……。
-Side of Kinu-
「じゃ、自分の荷物まとめてきますので。その後に横島さんのアパートのお手伝いに行きますから」
横島さんのお母さんの強引な計略(?)によって、私は横島さんと一緒にGS事務所を開くことになりました。従って、今まで暮らしていた美神さんの事務所から引っ越さなければなりません。美神さん、怒ってるでしょうね……。全ては私が横島さんに告白したことから始まったんですから……。
「ただいま……」
「…………」
み、美神さん……。相当やつれているように見えます……。あの美神さんがこんなになるなんて……、一体横島さんのお母さんとの間で何があったんでしょうか……。
「……あら、おキヌちゃん」
……どこか暗く沈んだような表情で私のほうを向く美神さん。
「……横島クンと一緒に独立するっていうのは、本当なの?」
私はコクン、と頷きました。もう今更誤魔化すわけにもいきませんから。
「ふぅん……」
なんだか、私を恨めしく思っているようにも感じられます。そうですよね……。横島さんとの付き合いは美神さんのほうが長かったはずなのに、途中で入ってきたただの幽霊でしかなかった私が横島さんを取っちゃったんですから……。
「おキヌちゃん、もしかして自分が悪いことしたとか思ってない?」
「えっ?」
美神さんの口から意外な台詞が出てきたことに驚きます。私は横島さんを取ってしまった、美神さんにとっては恋敵のはずなのに……。
「アンタと横島クンが急に仲良くなったところを見てりゃ、誰だってアンタ達が付き合ってることなんてすぐ解るわよ。別にそれは悪い事でも何でもないわよ」
とっくに気付いていたんですね。やっぱり私って、隠し事するのは下手だなぁ……。
「でも……。私のせいで美神さんに辛い思いさせてしまって……」
「何言ってるのよ。おキヌちゃんは自分の意思で私より先に横島クンに告白したんだし、横島クンだって自分の意思でおキヌちゃんを受け入れた。で、私は告白する勇気もなく嫉妬していた。それだけのことじゃない」
「美神さん……?」
あの強くて、わがままで、意地っ張りな美神さんがこんな素直な台詞を言うなんて……。これは一体……。
「もしかして、気が動転したとか?」
「何ボケかましてんのよ。私は正常よ……」
あ、そんなのじゃなかったんですね……。ごめんなさい。美神さんはやれやれ、って感じで額を押さえてました。
「横島クンが、私やシロには見せてくれない眼差しをアンタだけに向けてたことも解ってるわ。ただの仕事仲間とか、家族とかそんなのとは全然違う眼差しをね……」
いつもの意地っ張りじゃない美神さんがそこにいました。決して横島さんやシロちゃん、タマモちゃんと一緒のときには見ることのできなかった美神さんが。
「そのとき私は悟ったわ。もう横島クンのかけがえのない人がアンタになったってことを、私にはもうなびく事なんて無いって事をね……。おキヌちゃん、多分夕日の東京タワーにでも連れてってもらったんでしょ?」
「ど、どうしてそれを!?」
「横島クンがルシオラ以外の女の子の気持ちを受け入れる場所なんて、あそこ以外にどこがあるって言うのよ。あんなところで『大好き』なんて言ってもらえれば、もう横島クンにはアンタしかいないってことじゃない」
全てお見通しなんですね……。美神さんもやっぱり、ルシオラさんのことで悩んでたんですね……。
「悔しいけど、私だって横島クンのこと、嫌いじゃなかったわ。いや……むしろ好きなほうだった。前世の記憶とかいろいろあるし。出来れば横島クンを逃がしたくなかった。傍にいて欲しかった。横島クンがいてくれるだけで満足だった。横島クンの気持ちを無視してでも、今の関係が続けば良いと思ってた」
私も、出切るなら今までのような関係が続けば良いと思っていました。でも横島さんのお母さんも言ってたように、私が横島さんに告白した今となっては、何時までも一緒にいれば美神さんのフンギリも付かないでしょうし、それに関係がギスギスしてしまうでしょうから……。
「けど、やっぱり横島クンの心を癒すことのできる一番の人は、誰を置いて他にない、夕日の東京タワーで只一人横島クンに嘘偽りのない気持ちで『大好き』って言ってもらえたおキヌちゃんだけなんだからね」
「……」
「いい?もしこれから先、アンタが後ろ向きな姿なんか見せたら……私だって承知しないわよ」
美神さん……。私なんかのために……。もしかして横島さんのお母さんの要求をのんだのも、単に怖かったとかそんなのじゃなくて…………。私の瞳からは、涙が流れていました。
「ほら、何泣いてるのよ。みっともない顔はよしなさい」
美神さんはぐっと顔をあげ、いつもの姐御肌の美神さんに戻っていました。
「いい?横島クンはね、私でもルシオラでもなく、おキヌちゃんを選んだのよ。横島クンの心の傷に効く一番の薬は『笑顔』なんだから。だからおキヌちゃんがいつでも笑顔で横島クンを見てればいつかきっと……」
その美神さんの表情は、先ほどまでの恨めしさとかそういうものは感じさせない、むしろ爽やかな雰囲気すら感じさせる優しいものでした。
「なんか事あることに、説教してばっかりね。ホント、私って損な役回りだわ、ったく」
「……美神さん……」
「というわけで、私も何時までも他人の男を丁稚にしてるわけにもいかないから。後は二人で頑張りなさい。横島クンとアンタの実力なら少なくとも食う寝るには困らないくらい稼げるでしょうから、安心しなさい。あと、さっきの横島クンへのお金のことだけど、もう少し上乗せしておくから」
「……あれほどお金に汚い美神さんが、お金を上乗せしてくれるなんて……。何か天変地異の予感が」
「一度ならず二度もボケるか。アンタの退職金代わりよ。もう、さっさと荷物まとめて出て行きなさいよ。それと、シロとタマモには私からちゃんと説明しておくからね。じゃ」
その一瞬だけ、いつもの私と美神さんに戻ったみたいでした。そして美神さんは、そのまま振り返ることなく自分の部屋へと颯爽と向かいました。それはどこからどう見ても、凛として素敵な大人の女性の姿でした。ほんの少し寂しさを秘めた……。
「…………ありがとう、美神さん。そして…………ごめんなさい…………」
荷物をまとめて引越しの業者さんに渡した後、私はその足で横島さんのアパートへと向かいました。ちょうど横島さんが散らかったお部屋に悪戦苦闘していたところです。
「お待たせしました」
「お帰り……って言うのも変だけどな。おキヌちゃん、やっぱり美神さん……怒ってた?」
不安な顔で私に尋ねる横島さん。私はにっこりと微笑んで返答しました。
「……いいえ。美神さんは理解してくれました。横島さんのことは私に任せる、って」
「そっか。なんだかんだ言っても美神さん、おキヌちゃんには甘いからね」
横島さんも安心したようで、私もホッとしました。もう恋愛関係では縁が切れたといっても、GSとしての付き合いはこれからも続くでしょうから。
「すまんねぇ、お袋の強引な話に巻き込んでしまって……」
「何言ってるんですか。私は『大好き』って言ってもらえたあの日から、横島さんにずーっと付いていくって決めたんですから。それに氷室の家族も、美神さんも許してくれましたし」
さて、私も横島さんの荷物をまとめないと。
「あっ、ちょっ……。おキヌちゃん、疲れてるだろ?ちょっと休んだほうが……」
「いえ、気を使うことなんてないですよ。これから横島さんところにご厄介になるんですから」
「で、でも……」
横島さん、どこか慌ててますね。
「あっ……。『爆乳女教師・國府津円華二十二歳』…………なんですか、この大量の『えっちな本』は」
「うっ!!!」
もぉ、横島さんったらまだこんなの読んでるんですか?私と付き合い始めたっていうのに。
「横島さん……、これはもう必要ないですよね?」
「え、いや……」
うろたえる横島さんですが、私は容赦はせずに詰め寄ります。
「必要ないですよね?」
「えっと……」
「私がいるんですから、必要ないですよね?」
「…………あの、おキヌちゃん?」
「……この先まで言わせないでください……」
-Narration-
美神所霊事務所のリビングで、美神はタマモを相手にティータイムを味わっていた。シロは昼寝の真っ只中だった。
「美神、よく横島のこと諦められたね……、あれでよかったの、本当に?」
「まあね。あんなの見せられればもう潮時だって事はわかってたから。横島クンがルシオラのことを吹っ切れたって解ってたらねぇ……、今更どうしようもないけど」
「解ってても美神は素直になれずに告白できなかったと思うけど?」
「うるさいわね。でもあんなに幸せそうな笑顔を見せてるおキヌちゃんの邪魔するなんていくら私でも出来るわけ無いじゃない」
美神はタマモに悪態をつきながら、紅茶を一口飲む。タマモも嫌な顔はせず、美神の話に付き合う。
「美神も、なんかおキヌちゃんには甘いわね」
「そうね。三百年間幽霊なんかやってた云々じゃなくて、おキヌちゃんとも付き合い長かったし、何より私の妹みたいな存在だったから。私は高飛車で天邪鬼だし、おキヌちゃんは健気で優しい女の子と正反対だった。それでも楽しく共に過ごせた……。今まで私が関わった女の子には、そういうのはいなかったからね」
「そっか……」
美神は『んー』と一つ背伸びをすると、ソファから立ち上がった。
「何時までもそんなこと引きずったってしょうがないから、明日は仕事全部キャンセルしてパーッとどっかで楽しくやりましょうか。タマモ、上で寝てるシロにも言っといて」
「はーい」
タマモは美神の、少し、ほんの少し陰りのある誘いに笑顔で応えた。
あとがき。
第五話、横島卒業で大きく動きました。
グレートマザーの計略による横島&おキヌ独立、そして美神の決意です。
グレートマザーにしてみれば、大樹で苦い経験をしてるでしょうから息子には絶対浮気とかさせないようにと、二人っきりにすると思ってこんな展開になりました。まあ、やり方が結構えげつないのはお約束ですが。
あと美神さんについても、おキヌちゃんだったら多分快く見送ってくれると思いますよ、私は。優しさと口惜しさで距離を置いた、って感じで。ヘイトとかそんなのにならないで独立ってことなるなら、私としてはこの形に落ち着きましたがどうでしょうか。
今回は身を引きましたが、美神さんのことです。『アンタが後ろ向きな姿なんか見せたら……私だって承知しないわよ』って言葉の『承知しない』ってのがありますからね。隙あらば横島再丁稚化計画もあり得るかも。
今回のタイトルの『誰のせいでもない二人』、解る人には解るでしょうね(謎)。
さて、次回からは『開業準備編』が二話ほど続きます。
この後二人をどんな展開が待ち受けるのか?
レス返し。
>ゆんさん
アイコンタクト……原作でも銀ちゃんの話のときにそれに近いようなことやってましたからねー(笑)。
妄想癖の美少女は、どこも悪くありませんぜ(どきっぱり)。
>SSさん
>シメに主役機
せっかくの花言葉ですからねー。
>『二人の』名を呼ばせた
実はそれがやりたかった(笑)
>いりあすさん
エロマンガ島ねえ……南太平洋の制海権確保(違うだろ)。
>サイサリス
何せ花言葉は『偽り』ですからねー(苦笑)。
>内海一弘さん
今回グレートマザー大暴れでした。
そして美神さんも表向きでは決着をつけたようですが、まだ諦めてはいないような……?