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「スランプ・オーバーズ!21(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-03-01 22:12/2007-03-02 00:43)
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 狩りにおいて必要なもの。

 それは獲物を捉える目利きの鋭さでも、獲物を逃がさぬ脚力の強さでもない。

 「………」

 必要なのは、この拳に宿るアルティメットな一撃である。


 狩りにおいて必要なもの。

 それは獲物を叩き伏せる腕力でも、獲物に悟られぬ静かな胆力でもない。

 「………」

 必要なのは、この脚に眠るハイエンドな一閃である。


 「「オアタアアアアアアアッ!!」」


 お互いの存在を感知した瞬間、二人の狩人は隠れていた樹上と茂みからそれぞれ飛び出し、空中で激しく交錯した。


 「ほあっ! (俺の無双超絶流・金剛一心撃を防ぐとは!)」

 「あおうっ! (僕のソニックオーバー・フェニックスキックが止められるなんて…!)」


 双方痛打にはならず、ダメージを分散しあった二人は手近な木の幹を蹴り、衝撃を和らげつつ地面へと着地した。広葉樹の葉が舞い踊る。

 「とぅあっ! (でも俺の拳のが威力あったな!)」

 「ほあああっ! (何言うかなこの馬鹿兄は。僕の蹴りをいなすのに精一杯だったくせに)」

 森を渡る風が、舞い散る木の葉をわずかに吹き上げる。そうして晒された二人の姿は、どう見ても子供のものだ。小学校低学年程度の背格好に、学校指定なのだろうか…お揃いの青いジャージを着ている。
 更によく見れば、二人の顔かたちも酷似している。どうやら双子のようだった。

 「ふううぅぅう…! (…お前には無双超絶流禁断奥義を見せねばならんらしいな!)」

 「ほおおぉぉ…! (僕も、神速の領域に足を踏み入れる覚悟が出来たよ)」

 間合いにはまだ遠いが、二人は軽くステップを踏みながら、最大の一撃を放つ最適なタイミングを見計らう。
 舞い上がっていた木の葉の最後の一枚が、奇しくもお互いの間合いが接する中間点に舞い降りようとしていた。
 …暗黙の了解は交わされた。

 「ほああああああ………(無双超絶流禁断奥義・螺旋…)」

 「ふうううううううう………(フルリミットオーバードライブ・インフィニティ…)」

 二人の気配が闘気にまで昇華され、静かだった森を俄かに騒がしく揺さぶる。

 木の葉が、地面に、触れる―――――――――――――!


 「「…ほあ (…アホ)」」

 ごちごちん。

 「ホアアアアッ!? (貫殺豪烈けっ!?)」

 「アアアタアッ!? (ブレイクオメガキャノッ!?)」


 溜めに溜めた力を解放せんとお互いが意識を相手に集中した瞬間、音も無く降り立った二つの影が、彼らの背後から拳骨を脳天へと振り下ろした。
 せっかくの雄叫びも台無しの結果に、べしゃっと倒れた二人は即座に起き上がって闖入者に抗議を始める。

 「ほああああっ!! (不意打ちは卑怯だろ兄貴ども!?)」

 「あおおおおっ!! (せっかく盛り上がってたのにさ!!)」

 「「ほあ、ほああ……… (決闘ごっこは終わりだ。来い)」」

 抗議を受ける二人。彼らは柳に風と怒声を受け流すと、目の前二人の襟首を掴み、森の奥へと引き摺っていった。
 彼らの姿も暴れる二人にそっくりなのだが、少しだけ年上のようだ。風貌も酷似。四人兄弟、しかも双子同士の兄弟とは珍しい。

 五分ほどで、年長組は年少組の襟首から手を離した。目的地である、小さな洞窟の中へと到着したためだ。彼らでぎりぎり頭の届かない、子供達の秘密基地のために存在するような、小さな洞窟である。

 「ほおっ! (あれ、お前ら…なんだそれ? 動物?)」

 「ふうう… (食料…じゃ無さそうだね)」

 洞窟の奥には更に二つの人影があった。更に更に、ロウソクの明かりに照らされる、毛布に包まって眠る何かの動物の姿も。

 「ほぁ……… (この先の、壊れたおうちで見つけたの)」

 「ほぁぁ……… (傷が痛そうだったから、連れてきたの)」

 声から察するに、今度の二人は年少組より更に幼い…女の子のようだった。顔立ちは兄弟に酷似しているが、確かに女の子っぽい線の柔らかさを持っている。それに、ジャージが赤い。
 首を傾げて覗き込んでくる年少組に場所を譲り、彼女達は心配そうに背後から見守る。

 「ほうっ! (これ、妖怪だ…!)」

 「あおっ! (かなり衰弱してるね…)」

 年少組の兄が恐る恐る毛布の端をめくると、獣の胴体には包帯が巻いてある。弟が頭部に触れてみると、ぴくりと身じろぎはするものの…動作は弱弱しい。

 「ほあ…… (犬神だな……人間にやられたんだ、きっと)」

 「ふうう…… (毛並み良いし、妖力も強い。僕らを襲ったコレクターみたいな連中だよ、多分…)」


 年少組が労わるように背中をさするその動物は。


 金色の体毛を血と泥で汚し、死んだように眠る…


 九尾の仔狐だった。


               スランプ・オーバーズ! 21

                    「不協」


 剣戟の音がこの場で響き渡るのは、一体何ヶ月ぶりだろう…
 ひょろひょろっとした軌跡を描いて迫り来る木刀をぼんやり見ながら、小竜姫はふと思っていた。…物思いに耽れるだけの余裕があった。

 「…えい」

 「ふわあっ!?」

 肩口に当たろうとしていた木刀の切っ先を、立てた自分の木刀の峰で軽く引っ掛け、脇へ流す。それだけで、相手…冥子の体は致命的にがら空きになってしまう。
 大袈裟に泳ぐ冥子の背後へ回り込み、小竜姫は彼女のうなじにトン、と軽く刀を当てた。これで冥子は通算十度目の死を迎えることになる。

 「はい、それまで。武器戦闘は苦手のようですね。物凄く予想通りでした」

 「意地悪〜……だって危ないじゃない〜…」

 「ま、喧嘩の経験自体ほとんどないしねー」

 十二神将を取り戻し、小竜姫から己へと霊力の供給ラインも繋ぎ直した冥子は、次の段階…小竜姫的にはやっと本腰を入れた修行…へと進んでいた。
 肉体的な限界は地蔵押しで確認したし、霊力的なものも十二神将との戦いで身に付いた。
 次に必要なのは、十二神将との共闘術である。
 式神を呼び出して任せっきりにする今のスタイルは、式神使いとしてはオーソドックスな方法で堅実な戦い方ではあるけれど、冥子の能力でそれは勿体無い。
 一般的な式神は使い手が常に状況に応じた指示を出し、制御しなくてはならない。でも十二神将は違う。冥子の意を汲んで自ら動ける意志が存在する。制御に専念しなくてもいいなら、自分も動けるに越したことはない。

 「しかし困りましたね…格闘技、武器戦闘共に素人並みとなると…十二神将との共闘は難しいです。最低限の心得くらいはあると踏んでいたのに」

 「以前にもお話しましたけど、六道家にとって十二神将は霊能の全てです。十二神将との共存が大前提である以上、全幅の信頼を寄せる彼らの前で術者が武器を持つのは不義理に当たる、なんて考えがあるのかも」

 ころめの言に小竜姫は困ったように木刀を肩に担いだ。
 冥子が今まで思われてきたような、無邪気な愚鈍さに塗れた人間ではないと判明した以上、戦場では戦士として戦う義務が発生する。
 弱さを言い訳に、式神の陰でのほほんとしている訳には行かなくなる。
 小竜姫は冥子の強さを引き出した責任がある以上、彼女を可能な限り鍛え上げるのは自分の務めだと認識している。過剰な力に振り回されないために。
 精神力、心の強さがいくら身についても、それを発する手段が無ければ…それは今までと同じだ。
 目に見える、万人が納得する強さを身に付けさせたいと、小竜姫は思う。彼女なら大丈夫、と思わせる説得力が。

 「武具庫を浚って、冥子さんと相性の良さそうな道具を見つけましょうか。自衛手段が未熟な霊波砲しかないのでは困りますし。…そうですね、おキヌさんにも手伝ってもらいましょう」

 剣術ほどではないけれど、小竜姫は武芸全般に秀でている。流石に銃器には疎いが。妙神山の武具保管庫には、古今東西の武器防具が納められていた。

 「絶対に持たないと駄目ですか〜? 破魔札とか、吸引札じゃ駄目〜?」

 「霊符の類はあくまで補助的な役割を担うものです。戦闘の主軸を破魔札で行うなんて、聞いたことありませんよ?」

 オカルトGメンの備品にある、破魔札マシンガンなんて物騒な装備ならともかく。
 神通棍のような霊波を通して威力を生む武器を持つのは、現代GS戦闘術の基本だ。その代表でもある美神の強さが際立つのは、基本をとことんまで突き詰めた、究極の万能スタイルだからだ。

 「冥子さんは美神さんよりもずっと、己の霊力に対して厳しくあるべきです。自衛の方法が霊波砲しかないのでは、これまで以上に霊力の消耗が激しくなると予想されます。下手をすると、今までよりも…」

 「暴走し易くなるわね」

 「暴走…そっかあ…」

 「霊力の暴走とは、本当なら術者自身にもかなりの負荷が掛かるはずなのですが。どうして冥子さんは暴走を繰り返しても、無事でいられたのだと思います?」

 「ふえ? それは〜……ええと、式神のみんなが守ってくれたから?」

 冥子らしい答えに微笑みながらも、小竜姫は首を振る。

 「霊力を碌に使わないうちから、暴走していたからですよ。暴走が発動し、常人なら霊力が枯渇して魂まで削ってしまうところを、冥子さんの場合は潤沢すぎる霊力量のお陰で大事に至らない。精神の脆弱さがセーフティにもなっていた訳です」

 「霊力の蓄えが無い状態で十二神将を暴走させたら、冥子ちゃん干乾びて死んじゃうわよ」

 「ころめちゃんストレートすぎ〜…」

 只でさえ冥子の体は暴走に慣れている。脱臼のようにクセ付いてしまい、常人より遥かに霊力の揮発する速度は早い。
 他ならぬ冥子自身の努力と、ここでの修行のお陰で暴走のトリガーは減ったが、爆弾を抱えている事実を覆すには至らない。対策は必要だ。

 「まあ心眼がいる限りは…彼女が抑えてくれますが。根本の解決策を練らないと」

 まだまだ問題だらけの冥子の育成に、小竜姫は気合を入れ直した。妙神山修行場の名が伊達ではないところをここらで示して、修行者数の低迷する昨今の状況を打破してくれる。
 己の本懐に炎を燃やす小竜姫には見向きもせず、冥子はころめを手にとって子供のように笑った。

 「じゃあ、ころめちゃんがず〜っといてくれたらいい話じゃない〜。お母様にも紹介したいし、お家も案内したいわ〜」

 「………あの、冥子ちゃん? 私一応、貴女の心格だったから…全部知ってるから。家の間取りとか、冥子ちゃんの秘密の小部屋とか…」

 「あ! そうだったわね〜。……あのお部屋のことまで知ってるの? お母様には内緒よ? 喋っちゃ駄目だからね?」

 「……うん、勿論。私は…貴女のために存在するんだから」

 ころめの控えめな、でも優しい口調に冥子はますます頬を綻ばせた。

 「……」

 ころめは、その様子を心眼を細めて見ていた。

 まるで…思い出を心に焼き付けるように。

 大事なものを忘れずにいるかのように。

 笑顔の冥子を、ずっと見ていた。


 「所長。お客様がみえておられら、おら、おられます…」

 軽いノックの後に続く言葉の拙さというか一生懸命さに、事務処理中だった美神は小さく吹き出すと、PCの電源を落とした。

 「はいはい。応接室に通して、お茶出してやってね。今行くから」

 「分かりましたっ」

 ドアの向こう、小鳩がぱたぱたと遠ざかっていく足音を聞いて、美神は大きく背伸びした。
 除霊仕事の入っていない平日の昼間。横島と小鳩は学校に行っている時間帯なのだが、何やら風邪が流行っていて臨時休校になったらしい。二人連れ立って午前中に出社してきて、各々掃除やら道具の手入れやら自主的に行っている。
 横島とのぎこちなさも、先日、妙神山との通信でおキヌと話せた事で幾らかは解消された。おキヌちゃん効果様様である。
 …まあ、あの宣戦布告には参ったが。
 簡単に身繕いを済ませてから、美神は所長室を出た。

 「…あれ。何だママじゃない。どしたの?」

 応接室のソファに腰掛けて、小鳩の淹れた紅茶に舌鼓を打っていたのは、美神の母美智恵であった。オカルトGメンの制服に身を包み、雰囲気も硬い。
 仕事の息抜きに来た私人ではなく、美神除霊事務所に用事のある公人として訪れたのだ、と美神は即座に理解する。
 寂しさを表に出すほど子供じゃないが、数少ない無条件に甘えられる相手に気を抜けないのは、ちょっぴり切なかった。

 「令子。横島君もいるなら呼んでちょうだい」

 「え、うん。小鳩ちゃーん! 悪いけど横島君呼んできてくれるー?」

 「はーいっ」

 台所の方にいた小鳩の返事に、美神も美智恵の向かいに腰を下ろした。

 「………」

 「なあに? 暗いわね、ママ。なんか厄介な事件でも起こったの?」

 表情の解れない美智恵に、敢えて美神は軽い調子で尋ねる。母がこんな顔をしているときは、得てしてヘヴィな話題の場合が多いから。

 「お待たせしましたー…隊長? どしたんすか? もしかしてファッキン西条の野郎が東京都条令違反な猥褻行為で懲戒免職になった挙句路上で『見よ俺のジャスティス!』とか喚きながらストリーキングかまして通報逮捕投獄裁判懲役ウン年の五段活用決めて空いたポストに俺が抜擢されたとかっ!? イッツ・ヘッドハンティーングッ!!」

 いつものジーンズ姿の横島が応接室に入って、開口一番捲くし立てたのが上記の台詞だった。
 美神はため息をついたが、美智恵は無反応。目を伏せて淡々と紅茶を口に運ぶ。

 「……失礼しまーす」

 空気の違いに一瞬で身を縮込ませた横島は、美神の隣に座って更に小さくなった。

 「で、ママ? 何の用?」

 「……大分前に、貴方達が通報してきた事件覚えてる?」

 「動物園のヘンな結界っすか?」

 「ああ……陰陽の帳。あれがどうかしたの?」

 「…これはオフレコでお願いね。令子…魔填楼って知ってる?」

 「魔填楼? ああ…昔、厄珍堂とタメ張ってたっていうオカルトショップのこと? 非合法品の取り扱いが過ぎて、国内での営業免許剥奪されたって聞いたことあるけど。私が生まれる前の話でしょ」

 美神は昔、厄珍が話していた内容を思い出して腕を組んだ。『反吐が出るほど嫌いだったが、腕は確かな商売人』と、厄珍は忌々しげに語ったものだ。

 「その魔填楼の刻印が、帳の要石から発見されたの。しかも、同様のものが関東全域で」

 オカルトGメンの管轄は日本全国に及ぶ。せめて関東と関西で最低限二つは支部が欲しいのだが、一向に増員の目処が立たない現状ではどうにもならない。地元の警察と連携を取って通常範囲の捜査はこなしている。

 「関東圏の対処で手一杯になってしまって、他地域の調査が後手に回ってるんだけど…民間のGSやGCにも協力を募って、帳の撤去を行っているわ」

 GCと聞いて美神の眉が顰められたが、オカGからすればGCの日本上陸はメリットが多い。
 WGCA−JAPANはフリーランスの霊能者や、小さなGS事務所を次々とスカウトしてその傘下に収めていっている。所長のロディマス=柊の手腕は確かなもので、傘下に入った者達に対する保障や仕事の斡旋、事務所同士の合併などを積極的に進めて急速に力を増している。
 それに、GCのデータは全てオカGにも提出されているため、管理も容易だ。加えてこちらの要請にも協力的だとくれば…個人主義のGSよりも使い勝手は上である。

 「それって、魔填楼が営業再開したってこと? イリーガルに」

 「ええ。現在、魔填楼主人…伝馬業天の行方を捜索中よ。問題は、魔填楼の目的と…もう一つ。これを見て」

 一つ小さくため息をついた美智恵は、胸ポケットから一枚の写真を取り出してテーブルに置いた。
 その写真に、誰よりも早く反応したのは横島だった。

 「あれ? シロじゃねえか。これ、どこで撮った写真っすか? なんか盗撮っぽいけど…その手のマニアに売られてたり? まさか、その魔填楼ってのが…」

 「ちょっと黙りなさい横島君。…ママ、この写真…」

 状況の呑み込めない横島を尻目に、母子の間で俄かに空気が険しくなる。
 …実はさっきから小鳩が扉の前で、美神と横島の分のティーカップを手にうろうろしているのだが、入るきっかけを掴めずにいたりした。空気読める娘は苦労するものである。

 「…先日、帳の撤去作業を行っていた民間協力者のGSが、何者かに襲われて負傷したの。この写真は、負傷したGSの仲間が咄嗟に犯人を写したものよ」

 「んなっ!?」

 美智恵の説明に、横島が思わず腰を浮かせた。美神も驚いた顔で写真を手に取る。ピンボケの、お世辞にも綺麗に写っているとは言い難い写真だが…

 「…銀髪に朱色の一房。青白い霊波刀…それに、この服装…冬も近いってのに全く…間違いなく、馬鹿犬ね」


 「そ…そんな訳あるかっ!!」


 乱暴に美神から写真を奪った横島は、食い入るように写真を凝視し、声を荒げた。

 「シロが人を襲うなんて…待てよ、隊長! 襲われたGSって、シロを悪い妖怪と勘違いして襲ったんじゃないですか!?」

 いつになく真剣な横島に、美智恵は目を伏せて答えた。

 「彼らは要石の撤去作業の途中、急に襲われたと証言している。全くの不意打ちで、それに…斬られたGSは、今も入院中よ。一刀の下に胸を切り裂かれた…もしも彼が咄嗟に、虎の子の精霊石を発動出来ていなかったら」

 「…殺されてもおかしくはなかった、のね」

 「!? 美神さんまで…!!」

 こんな話を聞かされてなお冷静でいられる美神に、横島は非難じみた声を上げた。
 正義感が強く、誇り高き人狼族のシロが不意打ちで人を傷つけたなんて話…許容できる筈が無い。美神もそれは分かっている。
 分かっていても、事実は事実だ。美智恵が言っている以上、事の次第に嘘は無いのだろう。
 ぎり、と奥歯を噛み締めて美神は耐えた。自分の感情にも、横島の視線にも。

 「落ち着きなさい。横島く…」

 「落ち着けませんって!! ほら、この間ビデオレターくれたじゃないっすか!? あそこにはシロとタマモ…タマモ? あいつは見つかってないんですか?」

 「私がここに来たのは、シロちゃんとタマモちゃんから連絡が無かったかどうか、確かめたかったからなんだけど。そのビデオレターって、何時頃来たの?」

 「…大分前よ。半年も経ってないけど、三〜四ヶ月は前。それ以降連絡は無いわ」

 「そう。そのビデオ、借りていくわね。居場所の手がかりになるかも知れない」

 「どこで撮ったものかは分かってるわよ。仕事で行ったことある場所だから。後で資料と一緒に提出するから、ちょっと待ってて」

 シロとタマモが南部グループの研究所跡地を仮の住まいとして、修行に励む様子があのビデオには収録されていた。
 美神と横島、それにおキヌの三人には思い出深い場所だ。何しろおキヌが生き返り、記憶を甦らせて美神除霊事務所の一員として復帰した最初の事件なのだから。
 横島にとっても、おキヌから衝撃の大好き発言を受けた場所だ。忘れる筈が無い。

 「魔填楼とシロ…どうにも想像つかない組み合わせね…」

 「そうだ! シロの奴、操られてんじゃないですか? 魔填楼ってとこ、厄珍並みに性質悪いんなら十分ありえません?」

 「犬神を強制的に従わせるオカルトアイテム…心当たりが無いわけじゃないけど、それこそ厄珍にでも問い合わせてみないと詳細は掴めないわ。ママ、この件は少しだけ私たちに預からせてくれる? 身内の問題よ」

 「手を打ちたいなら、早めにしないと駄目よ。もしも次に同様の事件が起こったら…警察は、人狼族の駆除も選択肢に置いて行動する可能性が高い。人狼族には前例があるからね」

 「!? フェンリル事件…でもあれは!」

 「オカルトGメンで先にシロちゃんを保護出来れば、そこまで極端な話には発展しないでしょうね。でも、魔填楼の目的が分からない以上、先手を取るのは不可能に近い。そうなると我々オカGのアドバンテージなんて、警察の物量に比べたら無きが如しよ」

 捜査の大半を地元警察との協力の下に行っている関係上、ただの人探しなら圧倒的に地力の差が出てしまう。オカルト犯罪なので指揮権こそオカGにあるが、暴れる『妖怪』を発見した現場の判断で、野犬同様に処理される可能性はあった。

 「横島君はまだ、認識が甘いわ。人と人外の間にある溝の深さを知らない。一般人にしてみたら、人狼も悪霊も同類。そして駆除して然るべき存在。シロちゃんにはね…残念ながら人権は無いのよ」

 「んな…! だって美神さんが身元引受人になって、きちんと登録もしてるんでしょ!?」

 「あのね、横島君。私は公式にはシロの『飼い主』であって、姉でも家族でもない。逃げたペットが他所で人間を襲ったら…処分されてもそれは仕方ないのよ」

 「――――!!」

 美神親子の冷静な…ひどく落ち着いた姿が、横島には耐えられないほどに醜く見えた。彼女らがそれぞれの立場を客観的に見据えて、現状を正確に、的確に理解しているくらい横島にも分かる。

 でも、別問題だ。

 全く、関係無い。

 シロと過ごした時間の掛け替えの無さと、そんなクソみたいな見方は全く関係無い。

 「…俺、シロを探してきます。美神さん達は、『そっち』のやり方で探してくれればいいです。俺は…あいつをむざむざ死なせはしません。あいつは俺の仲間で、可愛い弟子っすから」

 ソファから立ち上がった横島は、美神達の方を見ずに宣言した。自分が浮かべているであろう表情を、美神に見られたくなくて。

 「待ちなさい! あんた一人で動いたってどうにもならないでしょうが! 私が…」

 「…それじゃ手遅れになります。人権とかペットとか…シロを間近で見て、あいつのことを良く知ってる筈の美神さんですら、そうなんですから。誰か一人でも、あいつを犬塚シロとして探してやんねーと間に合わねえ…」

 美神は自分の目の高さにあった彼の拳が、軋むほど強く握られているのを見て、言葉を失った。

 「妖怪とか、人外とか!! んな事言ってる連中に見つかったら、また俺は大事な奴を失くしちまうんですっ!!」

 横島はそう叫ぶと、応接室から駆け出した。
 美神が本心からシロが処分されても仕方ない、と考えているとは横島も思っていない。けれど、自分の手で助ける、という選択肢が世間体の次に来てしまう大人の考え方がどうにも許せなかった。
 我侭な、大馬鹿のド阿呆と罵られても仕方ない行動を取っていることも自覚している。

 でも。

 救えなかった自分だから。

 守れなかった自分だから。

 脳裏にちらつく淡い光に報いるためにも、横島は誰よりも真っ先に動かなければならない。

 「きゃ、横島さん!?」

 「小鳩ちゃん…それ、俺たちのお茶? 頂きます! …熱うっ…おし、行ってきます!」

 扉の外で小鳩と鉢合わせた横島は、返事も待たずにカップの一つを手に取り喉へ流し込み、小鳩の肩を叩いて脇を玄関へと駆け抜けていった。

 「……横島さん…?」

 小鳩は何も出来ずに見送るしかなかった。


 「……やっぱり嫌われたかあ」

 「…………あの馬鹿…私だって心配に決まってるじゃないのよ…何よ、あんな目で見なくたっていいじゃない…あれは他所から見たらの話であって、私の本心じゃないわよ…説明させなさいよ…もう…」

 開け放たれたままの応接室のドアを見て、美智恵は苦笑を浮かべ疲れたように微笑んだ。
 美神はと言うと、膝を抱えてソファの端に蹲り、涙目になって何やらぶつくさと呟いている。美智恵は娘の傷ついた様子に立ち上がると、その横へ座り直して肩を抱いた。ぽんぽん、とあやすようにリズムをとって慰める。

 「大丈夫よ。貴女は嫌われたりしないから、安心しなさい。彼だって、令子の本心がああなんだとは思ってないから、ね? 私達は横島君が言ったように、私達流のやり方でシロちゃんを探すの。いい?」

 「…別に、嫌われたって構わないわよ。プライドの問題よ、プライドの」

 「はいはい」

 (鼻啜って、今にも泣きそうな表情で言われてもね)

 美智恵はこちらに体を預けてくる美神の頭を撫でながら、相変わらず愛情を示すのが下手糞で不器用な我が長女に、愛おしさと情けなさを同時に覚えていた。


 「…何だか面白いことになってまちゅね」

 …その一連の様子を、一人のパジャマ姿で枕を抱えた魔族が立ち聞きしていたのに、誰も気付かなかった。
 彼女は無邪気と邪悪の中間くらいな、小悪魔的笑みをにやーっと浮かべると、急いで着替えるべく屋根裏部屋へ走り出す。

 (うふふー…小竜お姉にお土産話が出来そうでちゅね!)

 部屋の窓から、事務所の前を全速力で走り去っていく横島の背中を認めつつ、パピリオは脱いだパジャマをベッドに放り投げるのだった。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 『広い視野で見れば冥子編と言えなくもない編』……
 は、それとして。
 前話があまりに長かったので、ボリュームを落としました。今後はこのくらいの長さで、回転数が上がればいいなと。目指せ週一投稿。


 ではレス返しです。


 柳野雫様
 小竜鬼…だと芸が無いにも程があるので控えました。
 パピリオが絡めば確かに空気は和むかも知れませんが、今回のような話題では厳しいかも。美神色に染まるおキヌは賛否両論ありますね。でも彼女、別に美神の弟子ってわけじゃないですよねー…それなら横島のが相応しいでしょうし。なんとなく、おキヌは独立の方が似合うかな…
 横島の苦悩は、根が深いのです。時間掛かりますぜー。


 内海一弘様
 おキヌの良さは美神の対極ですからなあ…美神流に染まると、どんな色になるのか楽しみではあります。上手いこと兼ね合えば公私共に最強無敵のGSになれるかも。
 ああっ!? ほんとだ! 一回しか使えないネーミングだった! 素で気付かなかった…ッ! ころめが色んなものに名前を付けたがるのにも、理由が存在します。そのうち明らかに。
 とにかく素直じゃない美神と、素直なのが美点で汚点の横島。おキヌがその間にいて、美神除霊事務所は成り立っている…という感じが出したかったのです。
 横島はぶっ倒れる瞬間、様々な妄想が脳裏を飛び交い、結果原色の液体を噴き出す羽目に。普通にラブラブな関係から、おキヌが床に零したワインを舐めとるようなものまで…どうするんでしょうね(他人事


 スケベビッチ・オンナスキー様
 その場の思いつきですから。センスって表現し辛い…
 おキヌは確かに、周囲をいい意味で観察し動ける視野の広さをもっています。だからこそ、ここではよそ見をしない別の強さを持って欲しかった。自分のためだけに動くことも時には必要でしょう。うん偉そうだな!
 美神越え。何を持って超えたとするかが問題ですよね。恐らく、美神自身が彼女を一人前と認めたなら、もう色んな意味で自分を超えた、と判断したのだと見ていいのでは。道のりは険しそうですが。
 ナナメ45度はブラウン管テレビの華。今の薄型ではチョップできませんしね!
 片割れは…犬神コンビのほうでした。魔界関連のキャラは出番無いなあ…
 ピートは2.3回出てますよ。スランプ第一話にも出てましたー。


 カシム様
 言葉に出せば力にもなるというものです。宣戦布告でおキヌにも目指すものがくっきりと道の先に見えるようになりました。美神はご隠居というか、ご意見番? みたいな。もしくは院政を(ぇ
 冥子編、佳境ですねー。盛り上がっていけばいいけれど。
 影の薄い大男…? えーと…あ、GS試験で10%の力だぁ! って言ってた人か! いやあ流石に違いますね! 白々しいですね!


 以上、レス返しでした。皆様有難うございました。


 さて次回、今度こそ冥子修行が本格化。そして妙神山に不穏な動きが。
 そろそろ冥子編クライマックスが見えてきました。お付き合いの程をよろしゅうに…

 ではこの辺で。最後までお読みいただき、有難うございました!

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