-Narration-
「……これで、ナルニアでの仕事も終わりってわけね。で、晴れて帰国、アンタも専務の椅子に座れるということね」
「ま、俺の商才を持ってすればこの程度の左遷など、たった三年もあればチャラにできるってことだ。あの専務の狼狽する顔が目に浮かぶな。プロジェクト『ナルニア王国物語』最後の演出に相応しいと思うな……フッフッフ……」
アフリカの小国ナルニア某所で、とある夫妻が語り合っていた。
「あの専務、エロマンガ島あたりにでも飛ばされるんだろうな。フッフッフ……」
「そうそう。昨日クロサキ君から報告があったんだけどね……」
妻がどこか嬉しそうに口元をニヤリと傾ける。
「忠夫がね、とうとう彼女を決めたそうよ」
「ななな何ィィィィィィッ!!!???」
夫がまるでこの世の終わりでも見たかのような叫び声を上げる。
「忠夫のくせに彼女が出来ただとォ!?認めん!!俺は認め……おぶっ!!」
ドゲシッ!!!
「みっともない真似はやめんかっ!!」
妻の鉄拳制裁が炸裂した。
「しかし、あの女にモテねー忠夫に彼女だなんて……」
「自分の息子に可愛い彼女が出来たことくらい素直に喜べないのかアンタは」
「で、その彼女ってのは誰だ?まさか美神さんなのか?」
「残念、不正解。忠夫の彼女ってのは……おキヌちゃんのことよ」
「な?」
夫が目を点にし、気の抜けたような声を出す。そして哀れみを込めて叫んだ。
「忠夫……いくら女にモテねーからっつってヤケ起こして幽霊にまで手を出したか!!あーんなことやこーんなことは諦めてのプラトニックラーヴなんて出来る性分じゃねーくせに……あのバチ当たりが!!神をも恐れぬ煩悩息子め!!」
「コラ。それは幽霊やってたときの話よ」
「幽霊やってたとき?」
「今のおキヌちゃんはね、『生きた女子高生』になってるのよ。アンタはほとんど会ってないから知らないのも無理ないけど」
「い、生きた女子高生になっただと……それじゃあ、問題点は全てクリアしたってことか……」
全身を震わせ、顔に脂汗をダラダラと流す夫。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉっ!!!後で生き返るんだったらあの時口説いておくべきだった……はなげっ!!!」
グバキッ!!!
「この天下無双のスケコマシがっ!!」
今度は妻の高速肘鉄砲が夫の顔面にめり込んでいた。
「今の生きてるおキヌちゃんがあるのは、忠夫の頑張りがあったからこそだから。おキヌちゃんが忠夫にぞっこんなのも無理も無いわね」
「あの忠夫が女の為に命を懸けてまでふんばったというのか……?」
「まあね。でもとうとう、忠夫がおキヌちゃんの気持ちを受け入れる決心ついたなんてね。夢にも思って無かったわよ」
妻は少し嬉しそうに、ワイングラスの淵を軽く弾く。
「前に会ったときの忠夫って、美神さんかおキヌちゃんか、一昔前の少年漫画の主人公みたいに優柔不断な男だったからね。あのまんまじゃ鴨取りゴンベエみたいにオイシイところを逃したりして、何時までたっても『いいオトモダチ』止まりなのは間違いなかったわ。あいつも男になったってことかしら」
「なるほどな。なら美神さんは俺が……へぶんっ!!!」
グシャッ!!
「いい加減にせいや……」
今度はパンプスで、夫の足を親のカタキでも討つかのような勢いで踏みつける。
「ここは帰国がてら、成長した忠夫を見に行こうかしらね。色々確かめたいこともあるし」
「そういえば以前の決着がまだついてなかったな。今度こそ決着をつけてやろう……」
成田空港八番ゲートにて。
髭をたくわえ、メガネをかけたダンディがスッチーをはべらせながら凱旋していた。
「じゃ、これ電話番号よ」
「必ず電話するよ……」
と、スッチーの頬に軽くキスをするダンディ。最もこの光景を彼の妻が見ていたら、彼は明日の朝日を拝むことは無いであろう。
そして気力を上げたところで、彼は右の拳を突き上げて叫んだ。
「待ちに待った時が来たのだ!我々の左遷が無駄で無かったことの証の為に!再びナオンの理想を掲げる為に!専務就任成就のために!日本よ!私は帰ってきたぁ!」
「ママー、あのおじちゃん変だよー」
「見ちゃいけません!早く行くわよ!!」
……端から見ればただの変なオッサンでしかなかった。
「極楽大冒険」
Report.03 THE WINNER
-Side of Kinu-
「ふん、ふふ~ん♪」
長い冬も終わり、いよいよ春、三月です。
「最近ご機嫌だねぇ、おキヌちゃん」
「氷室さんにしてみれば、ずっと前から温めていた恋が実ったわけですから。無理もありませんわ」
はい、そうですよー。私、とうとう横島さんの恋人、つまり彼女さんになったんです。もう嬉しくて嬉しくて。本当に、本当に生き返れてよかったと心の底から思ってます。
「でもさー、あの性欲魔人・横島忠夫とおキヌちゃんじゃ絶対つりあい取れねーと思う」
「そうですわ。氷室さんも物好きですわねぇ、はぁ……」
一文字さん、弓さ~ん……。先入観で横島さんのことを決め付けないでくださぁい……。そんなこと横島さんの目の前で言ったら絶対泣きますよ。最も横島さん自身に問題があるのは否定できないんですけど。
「それでもおキヌちゃんの一途な気持ちに正直に応えたんだから、その点は評価できるな。おキヌちゃんみてーないい娘に想われてその気持ちに気付かねーなんてのは全くといっていいほどバカだしな」
「ええ。あそこまで尽くしたのに横島さんが氷室さんに振り向かないんだったら、横島さん、外道になってましたわよ」
うわぁ……。もしあの時横島さんが私の気持ちに応えなかったら多分、この二人の横島さんへの評価って地獄の六丁目まで落ちてたかもしれません……。
「本当に良かったね、おキヌちゃん」
「はいっ♪」
「でも大変なのはこれからだぜ。あの男のことだから、いつか浮気するんじゃねーか?」
「……」
そうなんですよね。横島さん、女の人を見るとすぐ飛び掛るんですから。それでナンパとかセクハラといった行動に走るから大抵相手にされなかったので私としても安心してたんですけど、彼氏彼女の関係になった今となっては目を光らせておかないといけませんね。私が彼女になってもまだ狙ってる人はたくさんいるはずですし。
「そんなことしないように釘をさしておくのが、彼女になった私の役目ですから」
「いい心意気ですわ。私もあのバカにお灸を据えておかないといけませんわね」
「雪之丞さん、また音信不通なんですか?」
「ええ。バレンタインのときは門限ギリギリの時間で来てくれたからまだ許せるけど、相変わらずコレなのですから」
浮気性の彼氏さんと、すぐに音信不通になる彼氏さん。お互い彼氏さんのことで苦労させられますね、弓さん……。
「その点私は気楽なんだけどな」
「どうしてですか?」
「だって、タイガー影薄いだろ?だから誰かに取られる心配ねーし」
一文字さん……。なんか酷いこと言ってませんか?
「じゃ、また」
一文字さん、弓さんと挨拶した後、私はいつものように事務所へと向かいます。事務所では私を待ってる人がいます。もうただの仕事仲間とか、友達とかそんなのじゃない関係の、私の気持ちを受け入れてくれた最愛の人が。
でも、私と横島さんが付き合い始めたこと、美神さんやシロちゃんにはまだ言ってないんですよね……。いつかは言わないといけないけど、今言ったらなんというか……
『おキヌちゃん、抜け駆けは良くないわよ……。横島クンは私とは千年の縁があるんだから……』
『おキヌ殿!!拙者を肉で買収した隙に先生を落とすなんて卑怯でござる!!』
美神さんもシロちゃんも、横島さんに好意を寄せていることはわかっています。だけど、私だってたとえ抜け駆けと言われようと横島さんだけは譲れないんです。幽霊だった私が今『生きている女の子』としてここにいられるのは、横島さんのおかげ。だから私にとっては横島さんは全てなんです。
でも、誰かが傷ついてしまったり、怨み辛みに囚われたりってのは嫌ですから、今度横島さんと相談した上で話すことに……
「やあ」
突然、私に声をかけてきた人がいました。……って、ナンパですか?それならごめんなさい。私にはもう彼氏さんがいますから。
「君……おキヌちゃんって言ったよね?」
えっ?私の名前を知ってるってことは……どこかで会った人なのかな?
「久しぶりだね。その制服、とても似合ってるよ」
あ……。このお髭をたくわえ、メガネをかけた中年くらいの男の人って確か、幽霊だったときに……も、もしかして、横島さんのお父さん!!???確か『なるにあ』とかいう遠い遠い国でお仕事してるっていう……。
「あ、は、はい!!お久しぶりです!!」
「何でも幽霊から生き返って、問題点が無くなって晴れて忠夫と交際始めたんだって?」
「って、い、いきなり何の話をなにぬねのォ!!???」
私は緊張のあまり、変な言葉を口走っていました。だって……横島さんのお父さんですから、私達の仲をどう思ってるのかって考えると……もう……。
「まあ、こんな路上で立ち話ってのもアレだから喫茶店でも行こうか、私がおごるから。時間はあるよね?」
「はっ、はい……」
横島さんのお父さんの誘いとあったら、断るわけにもいきませんよね。最も横島さん本人が知ったらあの時みたいに怒るでしょうけど。
お父さん……か。私、孤児だったから本当のお父さんの顔なんて思い浮かばないなぁ……。それにもう三百年も過ぎて……ううん、止めよう。今の私は大好きな人と、友達と一緒にこれからを頑張って生きるって決めたんだから。
喫茶店『とりんとん』にて。
「……そうか。私達の知らない間にも、忠夫は色々と苦労してたんだな」
「はい。でも今は立ち直って、私に『過去に縛られず、これからを大切にしよう』って後ろを押してくれて……それで……」
私は横島さんと付き合うようになった経緯を、横島さんのお父さんに話しました。
「ただの女たらしのバカ息子とばかり思ってたが、立派に成長したもんだな。しかもこんな可愛らしい女の子が彼女だなんて、忠夫も犯罪者だな……」
か……可愛らしいなんて……。そ、そんなことないですよぉ。でも横島さんを犯罪者呼ばわりってのは……。
「親子なんですから、あまり息子さんのことを悪く言わないでくださいね」
「君みたいな可愛い娘が言うんだったら。しかし、生き返れるってわかってたならあの時君をマークしておくべきだったな、私としたことが」
ちょっ、何を言ってるんですか!!私だってあの時はまさか生き返れるなんて夢にも思ってませんでしたし、それに恋愛感情なんてものは持ってなかったし……。
「で、おキヌちゃんはもう……忠夫と繋がったりしたのか?」
!!!!!!!!
「な、なななな何言ってるんですかもぅ!!」
……間違いなく横島さんの血筋ですね。みんなスケベなんですから……。でも……横島さんと繋がるのって悪くないですよ……って何考えてるの、私。
「いやぁ、デリカシーの無い発言をして申し訳ない」
横島さんのお父さんはメガネを外して、胸のポケットから出した目薬を点していました。目が悪いんでしょうか?
「今さっき、目が悪いとか思って無かったかい?生憎これは伊達メガネ。私の視力は両方とも2.0だ。ただ、仕事疲れで目が充血してるからね」
前から気になってましたが、横島さんのお父さんのお仕事って一体何なのでしょうか?横島さんは『現地でゲリラとやりあってるくらいだから、相当胡散くせー仕事やってんじゃね―のか』とか言ってましたけど。
「今回日本に来たのは、やっぱりお仕事の関係ですか?」
「ん?ああ、ナルニアでの仕事が終わったからね。私も晴れて本社の専務の椅子に座れることになったのさ」
「それはおめでとうございます。ということは、これからは日本で暮らすんですか?」
「まあ、そういうことかな。私はあの忌まわしき専務に復讐してやるんだよ……フフフ……」
な、なんですか、この邪念は……。
「お待たせいたしました」
うぇいとれすさんが、横島さんのお父さんと私の分のこーひーを持ってきてくれました。
「本当ならクリュグを差し上げたかったんだが……」
「くりゅぐ?」
「シャンパンのブランドさ。メチャクチャ高いお酒だぞ!!」
「ま、まさか私にお酒飲ませるつもりだったんですかーっ!?」
私、魂だけは三百歳越えてても身体は十七歳だし今着てるのは六女の制服ですし、そんなことしたら停学になっちゃいますよ!!
「ハハハ、冗談だよ冗談。でもそのコーヒーも最高級品だから、ゆっくり味わってくれたまえ」
「はい……」
私はこーひーかっぷを手にとって、頂こうとしました。そのとき、いきなり横島さんのお父さんが……。
「あっ、あれは忠夫か!?」
「えっ!?」
突然あの人の名前が出てきたものだから、条件反射でお父さんの指差すほうを向いてしまいました。でも、その方向にはあの人は……いませんでした。
「……いませんでしたよ」
「あ、すまない。どうやら私の見間違いだったようだ」
もうっ、自分の息子の顔くらいちゃんと覚えてくださいよ。でもどうしてお父さん、胸ポケットに手を入れてるんでしょうか?
「さ、冷めないうちに」
「それじゃ、いただきます♪」
私はお言葉に甘えて、改めてこーひーを頂きます。
「あっ、このこーひー、美味しいですね」
「当然。これはキリマンジャロ産の厳選された豆を使ってるんだから」
「へー、そうなんですか…………あれれ?」
ど、どうしたんでしょうか……。私…………急に…………眠く…………なって………………
「くー…………」
「…………さて、と…………」
「……『さて』ではありません。目的を忘れないように…………」
「くー、くー………………」
-Side of Yokoshima-
……俺、ひょっとして茨の道を歩みだしたんじゃないのだろうか……。
俺、横島忠夫は先日のデジャヴーランド~東京タワーのデートでおキヌちゃんこと氷室キヌちゃんと彼氏彼女の関係になった。もちろん以前の『こーなったらもー』『でいこう』のようなやましい動機ではなく、俺とおキヌちゃん、お互いの気持ちを確かめ合った上での交際である。
しかし、それで新たな問題が発生してしまったのだ。
実は、俺とおキヌちゃんが付き合い始めたってことはまだ美神さんにもシロにもタマモにも話していない。おキヌちゃんが俺のアパートで飯作ってくれたり掃除してくれたりっていうのは『いつものこと』なので警戒されてねーけど、暇さえあれば嬉しそうな顔で俺に纏わりつくことが以前より多くなったからな。美神さんやシロの目線がどこかよそよそしくなり始めたんだよな。もしかして、俺がおキヌちゃんにしか見せない顔を見せてるってことに気付かれたんだろうか……。
いつか美神さんやシロが、俺とおキヌちゃんの仲を引き裂こうとするんじゃねーかと思うとな……。例えば仕事の時、わざと俺とおキヌちゃんの持ち場を離したり、出かける予定が入っているときに限って俺に適当な仕事を押し付けたりとか……疑心暗鬼っていうんだろうな、こういうの。俺は別に、どんなにボロクソに言われようがボテクリこかされようが構わない。でも、おキヌちゃんにまで冷たい視線を浴びせたり嫌がらせをするっていうのは勘弁して欲しいんだよな……。
「横島クン、これ片付けといて」
「了解」
うわぁ……。美神さんが露骨に嫌な顔してるよ……。そりゃあ、俺だって美神さんには色々世話になってるし、いつぞやの件で千年の縁があるってことも知っている。そして何よりもあのチチシリフトモモ……なんだよなぁ。
「先生」
「シロ、どうしたんだ?」
「先生、最近おキヌ殿と仲が良くなったように見えるでござるが」
「い、いや……。おキヌちゃんは誰にも優しいからさ、気のせいだよ、気のせい」
「そうでござるか?拙者、この前先生とおキヌ殿が一緒に『らぶろまんすえいが』なるものを見にいったのを見たでござるよ……」
な……!!アレをシロに見られたっつーのか!!おキヌちゃんがどうしてもってせかすから、入念に計画を立ててバレねーようにしたつもりだが……不覚だった。
「ふーん?何時の間にか一緒に映画見る仲になったんだ?」
「み、美神さんまで……。ア、アレはこの前飯作ってもらった礼ッス!!それ以上でもそれ以下でもないッス!!」
美神さんやシロの気持ちは良くわかる。でも俺は……ずっと前から俺のことを理解し、一途に慕ってくれて、あの日勇気を出して告白してくれたおキヌちゃんの気持ちを受け入れたんだ。出来れば美神さんやシロにはわかって欲しい。でもこの様子じゃなぁ……。一体俺はどうすればいい……?
ズガガガガガガガガガンッ!!!!!
「な、何よこの銃声?」
「狼藉者、成敗いたす!!」
「あ、これ俺のケータイの着信音ッス」
「そんな悪趣味な着信音にしないでよね!!」
やっぱ悪趣味なんかこれ?俺は面白そうだからこれにしたんだけど。とりあえず、このタイミングで電話がかかってくるのは大助かりだ。さて誰から……『氷室キヌ』って……おキヌちゃんからか?このタイミングじゃ、やっぱりまずいかも知れん……。
「あ、俺。横島忠夫だけど?」
「フフフ……」
電話に出たが、聞こえてきたのはあのいつもの可愛らしい声と弾けるような喋りじゃなかった。なんつーか、昔よく聞いてたようなオッサン臭い声……。
「この娘は頂いていく。ナオン再興の為に!!…………ブチッ」
この声……まさか…………
「あのクソ親父ィィィィィィッ!!!!何が『ナオン再興』じゃァァァァァァッ!!!!!!!」
「ど、どうしたのよ横島クン?」
「先生?何を叫んでいるのでござる?」
「すんません!!俺、ちょっと出かけてきます!!」
親父め……。俺に何の連絡も無く帰ってきたと思いきや、美神さんのみならずおキヌちゃんにまで手を出しやがって!!許るさん……絶対に許るさーん!!!
-Narration-
「さすがですな。百合子夫人もお喜びになるでしょう」
「世辞はいい。新入社員じゃ有るまいし」
喫茶店『トリントン』から、二人のスーツ姿の男と眠りの世界に落ちた学生服姿の少女が出てくる。眠っている少女に肩を貸しているメガネと髭の男―横島大樹はせっかく部下のクロサキがねぎらっているのに受け入れようともしない。まだまだ安心できる段階ではないからか。
「では、予定地点に行くとしよう……」
そういって大樹が少女を連れたまま何処へと行こうとしたその時であった。
「ここから出すわけにはいくかぁ!!」
何者かが大樹に襲い掛かってきた。それは赤バンダナに上下デニムの少年、即ち大樹の一人息子、横島忠夫であった。
「き、貴様、忠夫!!どうやってこの場所を知った!!」
「そんなことはどうでもいい!!くたばれクソ親父ィッ!!」
大樹は息子の恋人である少女―氷室キヌを小脇に抱え、息子の攻撃をかわす。キヌの体重が軽いとはいえ、とても人一人を抱えているとは思えないほどの俊敏さである。
「親父……てめーとうとうおキヌちゃんに手を出したか!!」
横島は怒りの鉄拳を父に向けて繰り出す。さすがに大樹が超人じみてるとはいえ霊能力の無い生身の人間、まして一応肉親相手に『栄光の手』はマズイと判断したのか、使ってはいない。
「ふん、こしゃくな真似を。貴様、邪魔するなぁっ!!」
キヌを抱えているが故、大樹は右腕一本しか使えない。しかしそれでも横島の攻撃を難なくさばいてゆく。まるで幾多と無く修羅場を潜り抜けてきた戦士のように。
「やかましいっ、エロ中年、いやロリコン中年がぁ!!」
「ふっ、意気込みはよし。だが、相手がヒヨッコではな!!」
大樹はこのような台詞を戦いの最中で吐けるほどの余裕振りである。少し戦っただけで、自分の相手ではないと判断したのだろう。
「忠夫、私を敵に回すにはお前はまだ、未熟!!」
横島の一瞬の隙を突き、大樹の右ストレートが飛んでくる。横島は間一髪でかわしたが僅かに拳が肩をかすめ、すさまじい拳圧を感じる。
「未熟だとぉー!!」
かつて横島は、嫉妬心から大樹に立ち向かったことがあった。あの時は悪霊を使うという情けない戦い方であったが。その後横島は幾多の戦いを経て成長し、悪魔アシュタロスすら出し抜くほどにまで至った。それなのに『未熟』と呼ばれれば、怒るのも当然であろう。
「そこかぁっ!!」
大樹が左腕を使えないことに付け込み、左側からの攻撃を狙う横島。キヌに当たらないよう細心の注意を払い、大樹の顔を狙う。
ガシッ!!
「なっ……!!」
突然何者かが二人の間に割って入り、横島の拳を掌で受け止めていた。
「横島支社長、ここは私が支えます。行ってください!!」
「しかし、クロサキ君一人では」
「一人で行ったほうが身軽です。さあ、早く!!」
「すまぬ!」
大樹の忠実なる部下・クロサキに行く手を阻まれみすみす大樹を取り逃がしてしまった。
「くっ……ま、待て!!」
「ここから先は通しませんよ、忠夫君!!」
「ちくしょう、そこをどいてくれ!!」
恋人を連れさらわれた屈辱と怒りに燃える横島。その彼女を連れ去った男はどんどん遠のいていく。
「待ってろ!!今すぐそこまで行ってやるからな、おキヌちゃん!!」
なんとしてでもクロサキを排除して先に進まなければならない横島は、ポケットから文珠を取り出し念を込める。
”爆”
「出来ればこれは使いたくなかったが……これでもくらえ!!」
ドォォォォォォン!!
「すまねえ……でも死にはしねーから勘弁してくれ……何ィッ!?」
切羽詰った状況とはいえ、霊能力者で無い者に対し文珠を使ってしまったことに多少の罪悪感を感じる横島。だが爆風から出てきたのは、スーツこそボロボロになってるものの本人は全くの無傷だったクロサキの姿だった。口元には「ニィッ」と笑みすら浮かべている。
「甘い……甘いですよ忠夫君!戦いに状況など選べやしないのですから!!」
「って、あんたも親父と同類かーっ!!」
「せっかくのアルマーニが台無しになりましたよ……」
まるでプロの格闘選手……いや傭兵のごとき熟練された技で攻めてくるクロサキ。横島は避けるのに精一杯だった。
「……親父の会社はこんな人間離れした連中ばっかりなのか……?」
大樹が勤める会社は『村枝商事』という総合商社であるが、どのような事業を行っているかというのは息子である忠夫にも断片的にしか伝えられていないので良く解らない。しかし大樹やクロサキのような超人じみた人材がいることを考えると、裏で相当凄まじいビジネスを行っているのでは無いのかとも思える。
「覚悟っ!!」
クロサキのハイキックが横島の目の前に迫る。避けようにももう間に合わない。
「やられるっ!?」
ハイキックが横島の顔を狙おうとした一瞬、彼は身を屈めて蹴りをかわした。野生の本能という奴か、それとも歴戦で身につけた『見切り』か。蹴りが虚しく空を切っている間に、横島はクロサキの軸足をスライディングで払った。
「うおっ!?」
「あんたと遊んでるヒマはねぇんだ!!」
すっ転ぶクロサキを置いて、横島は立ち上がって恋人を連れ去った大樹の追跡を開始した。
「待ってろ、必ず俺が助けてやる!!」
「……クロサキ君は上手くやってくれたようだな。もうそろそろだ」
『予定地点』と呼ばれた場所で、眠り姫をベンチに座らせて大樹がほくそ笑んでいた。
「……くー……よこしまさぁん…………」
夢でも見ているのか、少女の寝顔は幸せそうだった。
「しかし、実に可愛らしい……。忠夫にはもったいなさ過ぎるな…………何!!」
そんなキヌの寝顔を見て大樹が感慨にふけってるその時、またもや何者かが奇襲を掛ける。
「見つけたぞ、親父ィッ!!!」
「忠夫……!!クロサキ君、しくじったな!!」
再び合まみえる横島親子。息子はベンチですやすやと眠っているキヌを見て、とりあえず安心する。だが、この父親を倒さない限り彼女を取り戻すことは出来ない。
「一度ならず二度までも……!」
「このバカ親父がぁっ!!」
「おのれ、この横島大樹は二年待ったのだ!貴様のような分別のない者に、私の理想を邪魔されてたまるか!!」
「意味不明なこと言ってんじゃねぇっ!!!」
そんな辻褄の合わない事を言っても理解されるわけがないだろうに。それでも言ってしまう大樹はかなり熱い。
「何故おキヌちゃんを奪った!!」
「もう貴様などに話す舌を持たん!戦いの意味さえ解せぬ男に!!」
「それでも俺は、おキヌちゃんの彼氏だ!!」
「それは一人前の男のセリフだあっ!!!」
大樹は明らかに息子を見下している。一般論で見れば、かたや世界的なスーパービジネスマン、かたや貧乏煩悩学生なのだから無理も無いだろう。
「このやろうっ!!」
横島の渾身の一撃が、大樹の左肩に浅いながらもヒットした。ようやく一矢報いた、という一撃である。
「くっ、抜かった!!」
大樹の悔しさは相当なものであろう。かつては一撃も実力では当てることの出来なかった息子に一矢報いられたのだから。
「だがこの程度で私に勝ったと思うな!!」
大樹が一気に間合いを詰める。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラーッ!!!!!!!!!」
横島大樹必殺の荒木○呂彦式オラオラパンチ連打が襲い掛かる。霊能力者でもない大樹がこれで悪霊を消滅させたことは、かつて横島もキヌも直接目にして知っている。
「俺を昔の横島忠夫だと思うなーっ!!!」
無数の拳に対し、小さなサイキックソーサーを連発して相殺する横島。あの『オラオラ』を見て一瞬で思いついた技だが、上手く行ったようだ。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーッ!!!!!!!!!」
最早ラッシュの速さ比べである。
キキィッ!!
「ん?到着したか!!」
突如鳴ったブレーキ音に大樹が反応する。そこには一台の高級車が停まっていた。車種が日○シーマだというのはこの際問題としないこととする。
「アンタ!おキヌちゃんかっぱらって、やっとお戻りか」
車の運転席の窓を開けて出てきた顔に、横島は驚愕した。
「お……お袋!!???」
そこにいたのは『グレートマザー』『村枝の紅百合』の異名を持つ横島忠夫の母、百合子であった。とても高校三年の息子がいるとは思えない若々しさである。
(な……何故親父だけでなくお袋までこんなバカなことやってるんだ……!?)
今回の件が大樹単独の行動ならば、百合子から制裁が下るため若干安心できたはずである。しかしご覧の通り、百合子が大樹とつるんでキヌ強奪作戦を展開しているのは誰が見ても明らかであった。
そんなこんなで横島が動揺し動きが止まった隙に大樹はベンチに座らせていた眠り姫・キヌを抱え、車の後部座席に乗せる。
「くっ、ま、待て……なっ!!」
はっと我に帰って阻止しようとする横島だが、何者かに羽交い絞めにされてしまう。
「さあ、横島支社長、百合子夫人!!行ってください!!」
「ありがとう、クロサキ君!!」
「くそっ、離せ、離せぇぇぇっ!!!!」
クロサキが横島を捕らえている隙に大樹も車に乗り込み、ドアを閉める。そして窓だけを開き、息子に対して告げた。
「忠夫、覚えておけ。ナオンの中興を阻む者は、いつか必ず私に葬り去られるという事を……」
そういい残し、横島夫妻とキヌを乗せた高級車は走り去っていった。
「おキヌちゃん……チクショオ……チクショォーッ!!!!!」
横島の叫びが虚しく響き渡った。
「任務完了。私もこれより帰還します」
車が見えなくなったことを確認するとクロサキも羽交い絞めを解き、何処へと去っていった。
そしてその場には、目の前で恋人を連れさらわれ、うなだれる少年がただ一人残されていた……。また、かつてのような思いをするのであろうか。
「…………まさかお袋までグルだったとはな………………あれ?」
横島はふと気付いた。よく考えてみれば、百合子が関与しているのならいくら大樹とはいえキヌに手を出すようなことはしないはずだ。ということは、夫婦で何かを企んでるに違いない。
「まさか『忠夫が可愛い女と付き合うのを阻止してやる!!』とか思ってるんじゃねーだろうな……お袋はともかく、親父ならそう考えたって可笑しくねぇ……」
何でそんな発想になるんだと思わず突っ込みを入れてしまいたくなる。普通だったら息子が可愛い彼女を作ったなら喜ぶはずなのだが。
「だけど、おキヌちゃんまで巻き込んだのは納得いかねぇ……待ってやがれよ親父、お袋!!」
たとえ親といえども、キヌにまで手を出すのなら容赦はしない。横島は立ち上がり、改めてキヌを取り戻す決意をするのだった。
ホテル『茨の園』にて。
「決してラブホテルとかそういういかがわしい所じゃないわよ」
誰に突っ込んでるんだ、百合子さん。
「少々荒っぽいけど、上手く行ったようね」
「まあな」
ベッドですやすやと眠っているキヌの向こうで、大樹と百合子が会話を交わしている。あんな激しいバトルが近くで行われていたのにまだ眠っているということは、よほど強い睡眠薬を飲まされたのだろう。
「ところで、おキヌちゃんには変な真似しなかったわよね?」
「ハ……ハイ、ナニモシテイマセンヨ、ユリコサン……」
百合子にギロリと睨みつけられドスの入った声で言われれば、大樹といえども逆らうことは出来ない。更に追い討ちを掛ける。
「もしおキヌちゃんに変なことしてたら、ビーフケークハマー喰らわしてた所よ……」
「…………」
無言の大樹であった。
「で、どうだったのよ?忠夫の様子は」
「いや、あいつはまだまだ未熟……」
「私が聞いてるのはそんなことじゃないわよ。必死だったか、ってこと」
「そう言われれば……あいつは必死だったのは間違いないな。一度はクロサキ君すら振り切ったし」
息子が必死になっていたと聞いて、少し嬉しそうな顔をする百合子。
「ふーん。やっぱ忠夫、本気みたいね」
「おっと、もう時間か。本社で仕事をしていかなければならないので行って来るよ」
大樹はスーツの襟とネクタイを但し、アタッシュケースを手に部屋の出口へと向かった。その途中、大樹は真顔でこう言った。
「百合子」
「何よ?」
「『アンタ、楽させてあげるよ。おキヌちゃんでもしっかり磨いておくんだね』とか気の利いた台詞くらいは言ってくれないのか?」
どげしっ!!
「はなげっ!!」
「んなこと言ったら、アンタは隅から隅までおキヌちゃんを手洗いするでしょうが!!」
横島夫妻の『星の屑作戦(仮名)』の真相やいかに?
そして横島忠夫は、何を企んでるのかわからない両親からキヌを取り戻すことが出来るのか?
あとがき。
第三話、ついにやっちまいました。「ガンダム0083」ネタです(爆死)。
そもそもは横島とウラキの声優つながりで始まって、ガトー役に相応しいポジションを考えたら大樹が適任だった、という妄想から生まれたエピソードです(壊死)。
『おキヌ強奪』という、下手すりゃ殺されかねない展開ですがその辺は次回でフォローしておきますので。最もグレートマザーがいるなら大丈夫でしょうけどね……。
構想自体はずっと前から出来てたので、あっさりと書けてしまいました(苦笑)。
次回は横島親子の激しいバトルが展開されますのでー。
レス返し。
>ゆんさん
うーん、黒かったですか?(汗)さしずめ「半黒キヌ」といったところでしょうかねアレ。
糖尿病って……ラブコメで糖尿病になったら笑えませんぜ(苦笑)。
>内海一弘さん
横島が浮気したらそりゃあ大変なことになるでしょうねえ。なんてったっておキヌちゃん、「横島さんにずーっと憑いていきますからねっ」ですから。祟られたりしてね……。
>SSさん
今回は美神さんとシロに、ちょっとした心境変化を用意しておきました。
でも今回最大のヤマはやっぱ横島夫妻?
>meoさん
そうか!!キスで煩悩高めて文珠生成……その手があったか!!!(汗)
>いりあすさん
やっぱりここで障害が無いと面白くないですからね。今回、横島夫妻という障害を乗り越えられるか?