「よしシロ、今度はこのアパートだ。」
「はいでござる。」
車を停めて横島とシロが降りる。今日の二人は灰色のつなぎ服姿だ。
「このアパートに貼るお札は6枚。俺がこれとこれ、そしてこれを貼るから、残りはシロに任せるぞ。いいか?」
横島が手に持ったアパートの図面を指さしながらシロに言う。
「はい、任せるでござる。」
同じ図面を手にしたシロが頷く。
「じゃあ、とっとと片付けるぞ。あと5件も廻らないといかんしな。」
「はいでござる。」
横島とシロが別方向に駆けだしていく。
横島の今日の仕事は、アパートやマンションに結界札を貼り付ける作業である。
現在横島が暮らしているアパートを所有している不動産屋が、もう幽霊騒ぎで家賃を下げるのは懲り懲りとばかりに美神除霊事務所に相談に来て、令子と話し合った結果、霊の侵入や活動を防ぐ札を貼る事になったのだ。
令子としては高く吹っ掛けたかったが、相手も商売人。決して満足のいく金額とはいかなかったらしい。
しかし、横島や小鳩が格安で入居している事もあるし、今後大口の依頼がある可能性も考えると断るわけにも行かない。令子は受けることにした。
問題は期限である。入居していた人が出ていき、新たな入居者が入ってくる、この3月の僅かな期間内に作業を終えなければならない。
じかもその札を人の目に付くところに貼るのも、『入居する人の印象が悪くなる』と言う理由で不動産屋が難癖を付けたため、必然的に屋根裏や床下等の場所に潜り込んでの作業になる。
安い金額でそんな場所に潜り込むなんて当然令子はごめんである。そうなると適任者は・・・・・・まあ、考えるまでもなく横島とシロになる。
「いい、私が図面を検討して『最小!』の枚数で『最大!!』の効果を出す場所を決めたんだから、きっちりと貼ってきなさいよ。」
そう言って令子は必要分のお札のみを横島に手渡す。
令子の迫力にビビリながら頷いた横島は、シロの手を取って事務所を駆け出ていった。
「よしっと、こんなもんだな。」
作業を終えた横島が床下から出ていく。外に出て埃を払っているとシロが戻ってくる。
「せんせーい。こっちは終わったでござる〜!」
「ああ、お疲れ。あ〜あ埃だらけじゃねぇか、ちゃんと払えよ。」
そう言いながら横島はシロの背中の埃を払ってやり、シロも自分で前の方を払う。
「まあ、こんなに汚れるんじゃぁ美神さんがやろうとは思わんわな。」
「でも先生と二人で仕事するのは楽しいでござるよ。」
尻尾をブンブンと振りながら嬉しそうにシロが言う。
「ん〜、まあシロがそう言うなら良いか。嫌々やるよりはそっちの方が効率も良いだろうし。
さーて、朝から頑張ったんで予定よりかなり進んだし、遅くなったが昼飯にすっか。」
シロの髪の埃を払い終わった横島は、軽くポンとシロの頭を叩いてそう言う。
「はい! 拙者お肉が良いでござる。」
「分かった分かった。焼き肉食い放題にでも行くぞ。」
「はいでござる〜!」
車に乗り込んだ横島とシロは食い放題に向かって走り出す。
一方こちらは美神除霊事務所内。令子とおキヌは書類作業をしている。
掃除の行き届いた部屋で、時折紅茶を口に含みながらの作業。経営者と雇用者の違いが如実に分かる光景である。
「うぅ〜ん、こっちは終わり。おキヌちゃんの方は?」
両手を挙げて伸びをしながら令子が尋ねる。
「私の方ももうすぐ終わりです。」
「そう、じゃあ終わったら休憩にしましょう。」
「はい。」
姿勢を戻した令子は窓の外に視線を移し、ポツリと呟く。
「横島君達・・・・ちゃんとやってるんでしょうね?」
「大丈夫ですよ。このところの横島さん凄く張り切って仕事してますもん。」
おキヌも仕事を終えたようで、肩や首を回しながら令子に応える。
「そう・・・ね。でも、今日廻る予定の件数ってけっこうあるしなぁ」
「横島さんとシロちゃんなら大丈夫・・・・・・だと思いますけど・・・・・・心配なら電話で確認したらどうですか?」
曖昧な笑みを浮かべた顔でおキヌがそう話す。
「そうね。」
令子は受話器を取って横島に電話を掛ける。
「プルルルル・・・プルルルル・・・ふわぁい(ゴクン)横島です。」
「横島君? あたしよ。作業の進み具合はどう?」
「順調です。後2件で終わります。あぁ〜! シロぉ〜、それ俺の・・・・あ、すいません美神さん。」
横島の声の他に『ジュージュー』と何かが焼ける音や『カルビおかわりー』との声が聞こえてくる。
「ちょっと横島君? 今何処にいるの?」
「少し遅くなりましたが昼飯の最中なんです。シロのリクエストで焼き肉食い放題なんですけど・・・・だからぁ、喰うだけじゃなくお前も焼けって言ってるだろ! あっ、すいません美神さん度々。」
「はぁ〜、判ったもういい。とにかく! きちんと仕事は終わらせなさいよ。」
「了解しました。それでは。」
呆れた顔で受話器を戻す令子。ため息も出ている。
「美神さん? 横島さん達・・・どうかしたんですか?」
「んっ? 戦争中・・・だった。」
「えっ?」
おキヌは驚いたものの、令子の顔を見るとトラブルがあったようには見えない。
「美神・・・さん?」
「シロと一緒に焼き肉食い放題かぁ・・・・・戦争・・・よね。」
「・・・・・(クスッ)・・・そう・・・ですね。」
令子とおキヌはその場面を想像し、顔を見合わせて笑った。
「ねえ美神。」
「ん?・・・・・・タマモ、何か用?」
令子が振り返るといつの間にかタマモが立っていた。
「お金ちょうだい。」
「お金? 小遣いならあげてるでしょ。何に使うのよ?」
「下着・・・買うの。なんか窮屈で・・・小遣いだけじゃ買えない。」
「窮屈ってブラの方?」
頷くタマモ。
「ちゃんと肩紐の調整はしてる?」
「んー、分かんないけど全体的に窮屈なの・・・・」
「そう・・・おキヌちゃん、ちょっと確認してみてくれない。」
「はい。じゃあタマモちゃん、あたしの部屋に行こっか?」
「分かった。」
おキヌとタマモが部屋から出て行く。
「タマモがねぇ〜。」
ドアの方から視線を戻しそう呟いた後、令子はカップに口を付ける。中の紅茶は冷たくなっていた。
しばらくするとドアが開く。令子が視線を移すとタマモとおキヌが戻ってきた。
「どうだった、おキヌ・・・・ちゃん?」
視線の先には笑顔のタマモと、少し白くなったおキヌ。
「タマモ・・・ちゃん。胸が・・・・大きくなってました。今のブラじゃあ小さくって・・・・・・・・・ははは・・・・・・・・カップで・・・・・・・・・負け・・・ちゃった・・・・・・・」
遠い目をして上半身がフラフラしているおキヌ。遂に事務所メンバー内で・・・・・・・・(自主規制)
「そっ、そう・・・なの。なら買うしかないか。」
令子としても、おキヌになんて声を掛ければいいのか解らない。
「ってことで、お金ちょうだい美神!」
こちらはご機嫌なタマモ。何にせよランクが上がるのは嬉しい事である。
「でも変ねぇ・・・妖狐の成長ってそんなに早くないと思ったんだけど。そもそも人間とは寿命が違うし・・・・」
考え込む令子。人間に比べると妖狐の寿命は遙かに長い。そのため成長にもそれなりに時間が掛かるはずなのだ・・・・変化をしている場合は別にして。
「何か切っ掛けでもあったのかしら? タマモ、いつ頃から窮屈になってきたの?」
「う〜ん・・・・・なんかムズムズするなーって感じがしたのは・・・・・年末頃かな。はっきりと窮屈だって感じたのは先月位から。」
天井を見上げるような姿勢で思い出しながら話すタマモ。令子はそれをじっと見つめて聞いている・・・・・・・おキヌからは視線を外して・・・
「その他に、その頃から変わった事ってあるの?」
「ん〜・・・・・・・・・・ああ、使える妖力が増えた事とその制御が楽になった事・・・・・・くらいかなぁ〜。」
「そう・・・・・・・・・・・えっ?! それってまさか横島君の例の練習につき合い始めてからって事?」
「ああ、そうね。そうかもしんない。」
「そっか・・・・・横島君もタマモの腕が上がってきたって言ってたものね。」
「じゃあ・・・・・私を変えたのは横島なのね!!」
(ズルッ!)令子が椅子からこける。
「あっ、あんたねぇ〜、その言い方・・・・・・・・・って、そうね! 横島君が変えたんだから私じゃなくて横島君に買って貰えばいいじゃない!」
つい出費の事を考えてそう言ってしまう令子。
「そうね! そうする!」
そう言うとスキップしながら部屋を出て行くタマモ。どうやら屋根裏部屋に戻るようである。
「えっ?・・・・・・・しまった・・・・・・迂闊な事を・・・」
自分の発言が新たな火種になる事を考え、頭を抱えて後悔する令子。
「とりあえずは・・・・・・・・・戻ってこないおキヌちゃんをどうするかね。」
あえて見ないようにしていたおキヌの方に視線を向け、ため息を吐きながら立ち上がる令子だった。
横島とシロの乗った車が事務所前に着いた。
「終わった終わった。ただいま人工幽霊一号。」
『おかえりなさい横島さん、シロさん。』
「ただいまでござる。」
「風呂場って今誰か使ってるか?」
『いえ、どなたも使用していませんが。』
「そっかぁ、じゃあ美神さんに報告が終わったら使わせて貰うわ。もう埃だらけでさぁ〜。」
『はい、分かりました。』
「じゃあ、報告しに行きますか。行くぞシロ。」
「はいでござる。」
横島とシロが事務所の中に入る。
「今帰りました美神さん。今日の予定は終了しましたよ。」
「・・・・・お疲れ様、横島君。」
テーブルの所に座っている令子とおキヌの雰囲気は暗い。空気も何故かどんよりとしている。
「?・・・何かあったんすか?」
「ん〜ん、別に。」
「??・・・そうっすか。人工幽霊に聞いたら風呂場誰も使ってないって事なんで使わせて貰いますね。シロ、お前から使っていいぞ。」
「いいのでござるか?」
「ああ、俺は先に車の中を軽く掃除してくる。埃っぽくなってっからな。じゃあ美神さん、そう言う事で。」
再び外に出ようと横島が扉に向かった時、その扉が開いてタマモが入ってくる。
「おかえり横島!」
そう言って横島に軽く抱きつくタマモ。
「おいおい、どうしたんだタマモ? 俺の服汚れてっからくっ付かん方がいいぞ。」
二人の態度に、令子は顔に手をやり首を横に振っているだけだが、シロが黙っていなかった。
「なんでござるかこの女狐! 先生から離れるでござる。」
「嫌よぉ〜だ。」
「こっ、この女狐。切り捨ててくれる。」
あくまでも離れないタマモにシロがキレかかり、霊波刀を出す。
「ちょぉーっと待て〜! 落ち着けシロ。タマモも一端離れてくれよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」「ん、分かった。」
シロは黙って霊波刀を消し、タマモも横島から離れる。
「じゃあ何がなんなのか説明してくれよ。いきなりの事で訳分からんぞ俺は。」
「ん〜、実はね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・というわけ。」
タマモは横島との訓練によって妖力が活性化し、その結果として体が成長した事。そのため下着が窮屈になってしまった事。それは横島のせいなのだから、お金は横島持ちで下着を買いに連れて行ってくれと話した。
「ええっ〜! そうなの?」
そんな話をされれば、横島でなくてもつい視線が胸に行ってしまうのは仕方がない事。
「いやん! そんなに見ないで。」
胸を両手で隠して体を振るタマモ。全然嫌がってはいない。
「あっ・・・・・・すまん、つい・・・」
視線を戻して頬を掻く。
「理由は分かったわよね。じゃあ買い物に行きましょ!」
タマモは横島の手を取って歩き出そうとする。
「待て待て待てぇ〜!! 何で俺がそんな事をせにゃぁならんのだ!」
「えっ?!」
横島の手を放し、顔を見つめるタマモ。その目には涙が浮かんでいる。
「責任・・・とってくれないの?・・・・・・横島が・・・・あたしを女にしたくせに!!」
(ズン!!)そこここで倒れている美神達。
「(ガバッ!)タマモ〜! お前言い方ってもんが・・・・・・・・」
「責任・・・とって・・・くれないの?(ウルウル)」
体を起こし文句を言おうとした横島であったが、膝立ちになり両手を胸の前で組んだタマモが更に詰め寄ってくる。
(うっ、何でこんなに罪悪感が・・・・・俺? 俺のせいなの?)
「わっ、分かった。買わせていただきます。だから・・・もう許して・・・・・・」
金毛白面九尾の狐であるタマモの戦略の前には、女性経験の乏しい横島ごときでは敵わなかった。
「じゃあ行きましょ。ほらぁ、立ってよ。」
涙の跡など何処へやら。笑顔に戻ったタマモが横島を引き起こそうとする。
「待ってくれ。さっきも言ったように埃だらけだからさ、せめてシャワーくらい浴びさせて。」
「んも〜、しょうがないわね。じゃあ待ってるから早くしてね。」
横島にウインクしてから椅子へと向かい可愛く腰掛けるタマモ。体は横島の方を向いている。(ツボを押さえてますなぁ)
「分かったよ・・・・・・・おいシロ、何時までも突っ伏してないで早くシャワーを浴びろ。俺は車を掃除してくるから。」
そう言うと横島は全てを振り切るように部屋を掛け出してゆく。
(せぇんせー・・・・・・・タマモめ、いつか倒してやるでござる。)
(よぉ〜こぉ〜しぃ〜まぁ〜・・・・・あんたタマモに手を出したら・・・・殺す!!)
(横島さんのバカ、横島さんのバカ、横島さんのバカ・・・・・・・・・・・・・・・・・私の胸の・・・・・バカァ!!)
床に伏したままの乙女達の心境は複雑そうである。
一方、外では。
(俺はロリコンじゃない、ロリコンじゃない、タマモの仕草に驚いただけでドキドキなんかしていない。していない!)
そう考えながら一心不乱に車内の掃除をする横島、男心も複雑なようだ。
「そう、そこを右・・・・・・・・・・横島君、そこの駐車場に入れて。」
「はい。」
令子のナビに従って運転をする横島。後ろの席にはおキヌ、シロ、タマモが座っている。
横島がシャワーを浴びて出てくると、どういったいきさつがあったのかタマモだけでなく、全員の下着を横島持ちで買いに行くという事に決まっていた。
タマモは不満顔であったが、どうやら数の暴力で押し切られたらしい。
「ここっすか?」
「そうよ。さあ入りましょう。」
「待って下さいよ。ここって・・・女性下着専門店(ランジェリーショップ)じゃないですか!」
「そうよ。入り「だーかーらぁ〜!」・・・何よ横島君、五月蠅いわね。」
横島によって行動が邪魔をされ、明らかに不機嫌になる令子。
「こんな所じゃ、男の俺は入れないじゃないですか。何でデパートとかにしてくれないんですか。」
「もう・・・・女性の下着はとっても大事なの。そのスタイルを維持するのも崩してしまうのも、下着の選び方に掛かっているんだから。
だからきちんと採寸してきっちりと合ったものが選べるところの方がいいでしょう。それにデザインも大事だから、専門店の方がいいの。
それに最近はカップルで来ている客も多いから、男の横島君が居たって問題ないわ。」
「それは・・・・・そうかもしれませんが、女性4人に男1人じゃあやっぱ変でしょうが。」
「うーん、確かに珍しいかもね。でも気にしない気にしない。」
「充分気にするわ!」
「何よ、横島君にとっては天国みたいなもんでしょうが? 昔私の下着を何枚盗っていったと思ってるの?」
「誰のでもないただの下着なんかに興味なんかありません! 確かに昔美神さんの下着を盗った事はありますが、それは美神さんのだから・・・・・・・・・・・・あっ!・・・・・」
いつの間にか横島はとんでもない事を口走っていた。
「そっ、そう。私の・・・・・だから・・・・・・・・だったんだ。」
令子の顔が赤くなる。下着を盗られたのに何故赤くなるのだろう?
そこでジーっとこちらを睨んでいる3人の視線に気が付く。
「さっ、さあ行くわよ横島君!」
「いやじゃぁ〜! 僕お外で待ってるぅ〜!!」
令子に引きずられていく横島。その後を3人が付いていく。
これからの数時間、横島にとって極楽なのか地獄なのか・・・・・・・・・・・・・・
それは皆さんの想像しだいである。
『あとがき』
どうも「小町の国から」です。
記念すべき20作目なのですが、最近シリアスっぽいかなーと思いまして。
話の季節が4月になれば当然雪之丞とのバトルは避けられないでしょうし、その前にちょっと息抜き的なものを書いてみたかったんです。
特にバトルは二人の位置や姿勢をイメージしながら書いていくので、たぶん次作には少し時間が掛かるでしょう。
『その割に大したこと無いな』なんて感想を頂くかもしれませんが・・・・・
まあそれも私の実力って事でしょうから“努力あるのみ”ですね。
作品を再開してからの皆さんの感想も良いようなので、作者としても嬉しく思っています。
しかし、『どこかの掲示板でこの作品が勧められていて』って・・・・・・本当に嬉しいです。勧めてくれた方にも『ありがとう』です。
それでは「その21」でお会いしましょう。
「小町の国から」でした。