3月も末になり、今日は雪之丞との最後の訓練である。
空き地に文珠で結界を張って二人が訓練するのはいつも通りだが、今日は何故かタマモが付いてきている。まあ、横島が脱いだジャケットの上に狐形態で丸くなっているだけなのだが。
「おっし、こんなもんだろ。横島、終わろうぜ。」
「そうだな、終わるか。」
二人は訓練後のストレッチを始める。
「どうだった? この4ヶ月の訓練は?」
「そうだなぁ・・・・うん、マジにためになったよ。こういう動き方があったのかって思ったし、足運びってものの重要性も分かったからな。」
「ならいいさ。でもこれは「ほんの触りだけだってんだろ。分かってるよ。」・・・ならいい。
でもこれで、やっとお前と全力でバトルが出来る事になったんだな・・・・・・クーッ、楽しみだぜ。」
「・・・・・・・・・俺としては、お前がこのまま旅にでも出てくれると助かるんだが・・・・・」
「バカ言え! 目の前においしい餌がぶら下がってんのに、逃す手はないだろ。」
「あぁ〜分かった。うん、うん。ちゃんとつき合わせてもらうよ。」
「あたりまえだ! その為に俺は焦れったい4ヶ月を過ごしたんだからな。」
「はいはい、ご教授どうもありがとうございました。」
「・・・・・誠意が感じられんが?」
「・・・・・気のせいだろ。」
「まあいいさ。じゃあ俺はこれでな。」
「・・・ん? これまで教えてくれた事に感謝して、飯でも一緒に行こうかと思ったんだが。」
「まあ、それは今度な。ちょっと野暮用でよ・・・・・・・・」
「・・・・・弓さんだな?」
「なっ! い・・いや、そんな事は・・・・・・」
「きっさまぁ〜・・・吐け〜! 吐かんか雪之丞! 弓さんだろ? デートなんだな?!」
雪之丞の胸ぐらを掴んで横島が迫る。
「いやっ、何と言ったらいいのか・・・・・」
「てんめぇ〜、硬派なふりしてちゃっかり上手い事やってるんだな? そう言えば去年のクリスマスパーティーが終わった後も二人でコソコソと去って行きやがってぇ〜、吐け! あの後何処へ行った? お持ち帰りか? そうなんだな?! お持ち帰りしたんだな?!
くぅ〜! 俺には彼女もいないってのに、こんな三白眼の目つきの悪い野郎に何であんな美人の彼女がぁ〜。納得いかん! いかんぞぉー!!」
「お、おい! 落ちつけ、落ちつけってば横島!」
「なぁっとくいかぁ〜ん!!(ボヒュ!) のわぁ〜! あっちい。」
突然タマモの狐火が横島を襲う。雪之丞から手を放し、火を消すために地面を転げ回る横島。
「タマモ! 何すんだいきなり!」
横島がそちらを向くと、人間形態になったタマモが呆れた視線を向けている。
「まったく、男の嫉妬は醜いわよ横島。」
「・・・例え醜いと言われようとも・・・・・彼女の居ない男は彼女持ちに天誅をくれてやらなにゃぁならん時があるんじゃあ!!」
「はぁ〜、でも雪之丞もう居ないわよ。」
「なに!」
振り向くが、先程まで居たはずの雪之丞の姿は何処にもない。
「くっくっく、何処へ逃げようともこの『探』の文珠があれば・・・」
ボヒュ! 再び狐火が横島を襲う。
「ぬぅおわぁ〜! こらタマモ!」
今度はギリギリで躱す横島。
「もう諦めなさい。それよりも今までずぅーと待ってた私にはご馳走してくれないの?」
「お前ただ寝てただけ・・・・・・・いえ、是非とも奢らせて下さい。」
文句を言おうとした横島であったが、一際大きなタマモの狐火を見てあっさりと陥落した。
「じゃあ行きましょ。ああ、これはご褒美のカウントにはならないからね。」
「何ぃ〜! 確かまだ72杯「75杯分よ!」・・も残ってるのにぃ、お前は鬼か?!」
「ううん、妖狐よ。」
せっかくのボケを普通に返されてしまい、横島は肩を落とす。
「もうちっとツッコミを覚えろや、俺に流れる関西人の血が嘆いているぞ。」
「そんなのいちいちつき合ってらんないわよ。」
「くっそ〜、このグータラ狐め。」
「何か言った?」「いえ、何も!」
振り返りざまに狐火を構えたタマモに抵抗する術は横島にはなかった。
「じゃあ行くわよ。この前いい店見つけたんだ。」
横島の腕に抱きつくようにして歩き始めるタマモ。この前のランクアップ以来、タマモはよくこの戦術を用いる。
(あぁ〜、そんなにしがみ付かれたら柔らかい感触が腕にぃ〜!!)
まだこれに抵抗する術を持ち合わせていない横島にとって、己の矜持を貫けるかどうかの瀬戸際が迫っている。
そのまま何かをブツブツと呟く横島をタマモが引っ張ったまま、二人は夕暮れの繁華街に消えていった。
そして時は4月になる。
ピンポーン! 呼び出しのチャイムが鳴る。
「おっ! シロが来たか。」
シロとの散歩がすっかり習慣になってしまった横島の朝は早い。既に目を覚まし、洗顔等も済ませ、着替えも終わっている。
横島は玄関に向かって歩き出す。
「お〜、今日も早いなシロ「よう、横島。」・・・・・すいません、間に合っています。」
そう言ってドアを閉めようとするが、寸前で雪之丞に止められる。
「お前なぁ〜、約束を果たすために俺がこんなに早く来てやったってのに。」
扉の隙間から玄関に滑り込んできた雪之丞がそう話す。
「えーと、エイプリルフール?」「違う!!」
「にしたって、こんな朝早くに来る事はないだろう。」
呆れた横島の言い方に、
「楽しい事は1分1秒でも早いほうが良いからな。」
やる気満々の雪之丞の応え。その後続けて、
「それに・・・・・お前が逃げる可能性もあったし・・・・・」
「ねえよ。どうせ今日来るとは思ってたんだ。こんな時間は予想外だったがな。」
「なら話は早い。早速「ちょっと待て、先約があるんだ。」・・先約って何だよ?」
「シロとの『散歩』だよ。悪いがその後でなら(ピンポーン)・・・どうやらシロが来たらしい。」
ずっと玄関で立ち話をしていたため、雪之丞にどいてもらい扉を開ける横島。扉の向こうにはシロがいる。
「先生・・・に伊達殿! やっぱり美神殿の言ったとおりでござった。」
「「えっ?!」」
意味不明の二人にはかまわず、ポケットから携帯電話を取り出して掛け始めるシロ。
「美神殿でござるか? 美神殿の予想通り、既に伊達殿が先生の部屋に来ていたでござる。
・・・・・・・はい・・・・・・・・はい・・・・・・・・承知したでござる。」
そう言ってシロは電話を切った。
「先生に伊達殿、これから事務所まで来て貰いたいのでござるがよろしいか?」
「あん? 何でだ? 俺と横島はこれから「その件にも関係あるのでござるよ!」・・・・・・・ちっ! 分かったよ。行こうぜ横島。」
「ん〜、ちょっと待っててくれ。事務所に行くんなら着替えも持って行くから。」
「分かった、早くしろよ。」「おうっ!」
横島は自分の部屋に引き返していった。
シロの先導により、驚異的なペースで美神除霊事務所まで到着した3人。室内に入るとそこは多くの人が集まっていた。
「美神さんやおキヌちゃん、タマモは良いとして美智恵さんとひのめちゃんに神父、小竜姫様にヒャクメまで! いったいどうして?」
「弓・・・・・・お前もかよ。」
「あう、にぃ〜、にぃ〜」
横島を見つけたひのめは手を伸ばしながらトコトコと歩いて横島へと辿り着く。足にしがみつかれた横島はひのめを抱き上げる。
見るからに嬉しそうなひのめの笑顔に、横島の表情も綻ぶ
「ひのめ〜。久しぶりに『にーに』に会えて嬉しい?」
我関せずの美智恵は横島に抱かれたひのめと話している。
「ん? 私は昨夜ママから電話があったの。
雪之丞から4月1日に例の場所を貸して貰いたいって連絡があったから・・・・・てね。
雪之丞の性格だと夜討ち朝駆けの可能性があるから、雪之丞が居たらすぐに連絡をしろってシロに言い聞かせたのよ。」
「わたくしはおキヌさんから連絡があって・・・・・・・いくら雪之丞でも身方の一人ぐらいは必要だろうと思いまして・・・・・」
「GS協会の副理事長として・・・・・というのは名目で、二人の成長に興味があってね。」
「私は、このところ妙神山でヒョクメが何かを覗いてはニヤニヤしていたので問いつめたところ、今日このような事があるのを知りまして、妙神山最難関コースを合格した二人がその後どれほど成長したのかに興味がありまして。」
「あれは『問いつめる』なんてものじゃなかったのね〜、『尋問(拷問付き)』なのね〜」
「まあまあ落ち着けよヒャクメ。それでパピリオは?」
「あの子はまだ修行場を出る許可が下りていませんので、老師に預けてきました。」
「そうっすか。でも、単なる俺らの戦いにこんなに人が集まらなくでも・・・・なあ、雪之じょ・・・・う?」
横島がそう言いながら振り返ると、雪之丞は弓かおりと何やら二人だけの世界を作っている。
(場所を変えるまでもない! この場で切り捨ててやる!)
危険な考えをして、ひのめを抱いたまま霊波刀で斬り掛かろうとする横島。それを令子とおキヌが止める。
「横島君、落ち着きなさい。場所を変えてから・・・ね。(こんな所で二人に暴れられたら事務所が壊滅しちゃうじゃない)」
「よ、横島さん。だめですよ、ひのめちゃんも居ますし。(いいな弓さん。私もあんな風に横島さんと・・・・・・・・キャ〜! 私ったら、キャ〜!)」
横島を止めたという結果は同じであるが、これ程までに思考が違うとは。それが読めるヒャクメは呆れていた。
(くっそ〜! 今日は本気でやる。殺ってやるぅ〜!・・・・・・・・・・喪服姿の弓さんも色っぽいかも・・・)
あれだけ決心を固めても直ぐに斜め横に思考がスライドするあたり、このところ直接的なセクハラをしなくなったとはいえ流石は横島である。
「じゃあみんな、移動しましょう。」
美智恵の掛け声でそれぞれが車に乗って移動を始める。ちなみにひのめは横島が運転する車の助手席に乗っている。チャイルドシートなどいつの間に設置したのであろうか?・・・・・ひのめの母美神美智恵、相変わらず謎の多い女性である。
「さーて、そろそろいいか横島?」
「ああ、いいぞ。」
都庁地下にあるシミュレーションルーム内で向かい合う二人。ご褒美バトル第一回戦が始まろうとしている。
都庁に着いたら、どこから情報を仕入れたのか、小竜姫やヒャクメという神様が二人(?)も来る事を聞きつけた政治家達が大挙して待っており、いささか時間の掛かる場面もあったのだが。
「いい西条君、周囲の結界は強くしておいてね。何があるか分からないから。」
「はい、壁、床、天井とも300マイトの出力でも耐えられるようにしておきました。データ測定機器の方も万全です。」
西条は先にこの場所で部下と共に準備をしていた。やはり中間管理職は辛いという事なのだろうか?
令子達はモニタールームの窓から二人を見つめている。
「どんな戦いになるのかしら〜、おばさん楽しみだわぁ〜」
「・・・・・六道理事長・・・・・・・・・何であなたまでここに?」
取り敢えず誰もその件にはツッコまなかったので、唐巣神父が代表して質問する。
「え〜? 霊能に関しての事で〜、私の耳に入らない事はそうはないのよ〜。今日は〜、ショウトラちゃんも連れてきたしいいじゃない〜。唐巣ちゃんも一緒に見ましょう〜。」
やはり聞かなければ良かったと後悔する唐巣神父。こうやって彼の髪の毛は減ってゆくのだろう。
「二人とも準備は良い?」
そちらを無視したまま美智恵がマイクで話す。
『おおっ! いつでも。』
『・・・・・・・いいっす。』
二人の返事がスピーカーから聞こえる。
「じゃあ・・・・・始め!!」
皆が更に窓に近寄り、二人を見つめる。
『じゃあ・・・・・始め!!』
その声と同時に二人が動き出す。
雪之丞は様子見とばかりに魔装術も纏わず横島との距離を詰める。
一方横島は右手に霊波刀を出し、一歩踏み込むと同時に妖刀八房もかくやという速度で連続攻撃を仕掛ける。
「くっ!」
雪之丞は絶妙の見切りと体捌きで何とか躱しているものの、横島の攻撃は続く。8撃を超えて尚も・・・
「す、凄いでござる。これが先生の本気でござるか。」
人狼のシロですら耐えきれるか分からない程の連続攻撃。初手は横島が取った。
「ちぃー」
雪之丞は間合いを取ろうと足の裏から霊波を出して飛び退く。横島にそれを追える程の足技は無いが、前に出ながら霊波刀を伸ばして追撃する。
霊波刀は自らの霊波で作り出しているため、長さが変わろうとも重さはない。更に数々の修行によって横島の霊波刀は瞬時に長さを思い通りに変えられるようになっていた。
「無駄だ雪之丞!」
飛び退いた雪之丞が着地すると同時に横島の霊波刀が上段から襲い掛かる。
キィン!!
モニタールームで見ていた誰もが、横島ですら決まったと思った一撃、手応えもあった。
だが、そこには魔装術を纏い霊波刀を頭で平然と受け止めている雪之丞がいた。
「舐めんな横島、進歩したのはお前だけじゃねぇ。俺の魔装術の防御力も更に上がってんだ。」
そう言った雪之丞が同じ技を使って今度は横島に一気に迫る。
「くっそう。」
こちらも瞬時に栄光の手に形を変え向かい打つ横島。
接近戦での打ち合いが始まった。
「何故、何故伊達殿は先生の霊波刀で切る事が出来なかったのでござるか?」
「霊波刀の特性ゆえ・・・ですね。
横島さんの霊波刀は変幻自在に長さを変える事が出来る。しかし、それゆえ密度が一定ではない。おそらく先端の密度は高いでしょうが他の部分はそれよりも低い。横島さんの霊力が上がった事を考慮してもです。
雪之丞さんの魔装術の防御力が上がった事も確かでしょうが、いつもの長さの霊波刀であれば無傷とは考えにくい。長く伸ばした故に、先端以外の部分の強度が弱くてしなってしまったのでしょう。」
シロの問いに小竜姫が答える。視線はどちらも二人を追ったままだが。
「ぅらあ!」「ぐぅ・・」
栄光の手での攻撃も強化された魔装術と雪之丞の捌きに躱され、逆に攻撃を躱しきれなくなった横島の脇腹に雪之丞のフックが決まる。
前屈みになり突き出た顔面に雪之丞のストレートが迫る。横島は顔に改良型サイキックソーサーを出してパンチを逸らすと共に、雪之丞の胸に当てた栄光の手を伸ばして自分から離れる。
「ほう、今までのソーサーとは感触が違ったな。」
「ああ、物理的な攻撃を防ぐための改良版だからな。」
「しかも顔にも出せるのかよ。」
「てめぇの魔装術の防御力には適わないが、出来る能力は活かさんとな。」
「相変わらず器用な奴だ。」
「じゃなきゃお前とは戦えん。」
そう話している間に脇腹のダメージが薄れてくる。横島の姿勢も良くなってきた。
「・・・そろそろいいか?」
「待ってたのかよ・・・・・ああ、来い!!」
霊波砲を囮にして再度詰め寄る雪之丞、横島はその手には乗らないとばかりにステップで躱して霊波刀も使える間合いを維持する。戦いは接近戦からやや中距離に近い間合いへと移っていく。
「横島さんも雪之丞さんも凄い・・・・」
「雪之丞、頑張りなさい・・・・頑張れ!」
「弓さん・・・・・・横島さん、頑張れー!」
普段はお淑やかな弓ですら夢中になって我を忘れている。そんな弓を見たおキヌは嬉しくなって負けじと横島を応援した。
雪之丞のパンチをサイドステップで躱した横島が左肘打ちに行く、スゥエーで躱そうとした雪之丞だが、その横島の肘に霊波刀が出現する。
「なにぃ!」
自ら倒れて何とか凌いだ雪之丞、追撃しようとする横島に霊波砲を撃つ。左手のソーサーで弾こうとした横島だが、その霊波砲は何とソーサーを貫通した。
「うぉあ! あっぶねえ。」
堪らず横島も距離を取る。その間に雪之丞は起きあがっていた。
「やるじゃないか横島、まさか肘から霊波刀を出すとわな。」
「サイキックソーサーだって出るんだ。霊波刀が体のどこから出ても不思議じゃないだろ。」
「相変わらず非常識な思考をしてやがる。」
「お前が言うな! 魔装術なんかを使うお前が! でも、さっきの霊波砲は何だよ。俺のソーサーを貫通したぞ。」
「お前の霊波刀にやられた経験を活かしてな。密度を高めれば貫通力も増す。
それにな・・・・・・こんなのもあるんだよ。」
ジャンプして上段から襲ってくる雪之丞。咄嗟に霊波刀で迎え撃った横島だったが、
ギィーン!
受けた横島の霊波刀には・・・・・・雪之丞の霊波刀が打ち合わされて(否、食い込んで)いた。
「お前それっ?!」
一度弾いて距離を取り、横島は見つめる。
「どうだ、霊波刀には霊波刀だ。しかも魔装術で表面を覆って、ほぼ実体化しているんだぜ。」
「くっ!」
「てめえが俺の体術を盗んだように、俺はお前の技を盗んだのさ。」
そう言って斬り掛かる雪之丞、横島も迎撃するが霊波刀の強度で明らかに負けている。
(これじゃあ、すり抜ける剣も消されてしまうな・・・・・・どうする?)
雪之丞に押されながらも必死に考える横島。
「雪之丞が霊波刀もマスターしていたなんて。どうするの横島君? 私なら・・・・・・・・」
「まあ、まだ大丈夫でしょ。」
戦いを見ながら真剣に考える令子の横ではタマモが見ている。いなり寿司をぱくつきながら。
「あんたねぇ。」
「大丈夫よ横島は。結果として負けるかもしれないけど、この程度で負ける訳無いわ。」
そう言いながらもいなり寿司を口にしているが、目つきは真剣そのもののタマモ。それを見た令子も、
「そうね・・・」
そう言って戦いに目を戻す。
(頑張れ横島君、あんたの実力はそんなもんじゃないでしょ。)
(くっそー、こうなったら)
一度雪之丞から離れた横島は、小竜姫から教わり鍛錬してきた霊力を解放し霊波刀の出力を上げて凝縮させる。
それは地道な努力によって、普段の霊波刀より少し短い位にまで能力が上がっていた。
「おりゃあ!」
雪之丞の霊波刀を見てから防御に回っていた横島が攻撃に転じる。
キィーン!!
密度の上がった二つの剣が打ち合わされる時、それはまるで本物の刀同士がぶつかり合うような澄んだ音がした。
「やるじゃねぇか横島!」
「ったりめぇだ! 簡単に負けてられっか」
キン! キン! キン!・・・・・・・・・・・・・
やはり霊波刀の扱いには横島の方に一日の長がある。横島は密度の高めた霊波刀を時には右手に、時には左手にと移し、優位な展開に持ち込む。
そのまま連撃に入った横島の霊波刀が、遂に雪之丞の魔装術をも突き抜けて左肩に突き刺さる。
「ぐっ! このぅー!!」
攻撃を受けた雪之丞は霊波刀を消し、収束した霊波砲を至近距離から横島に発射する。
改良型ソーサーで防ごうとしたが、その貫通力により左脇腹を抉られる横島。
「くそっ!」
霊波刀を消して後退する横島、左肩の痛みなどものともせずに追撃の霊波砲を撃とうとした雪之丞の目の前に突然現れる『爆』の文珠。ノーモーションで指弾を使い放ったのだ。
「野郎ぅー!」
すかさず霊力を全て防御に回し、爆風に無理に抵抗しないよう踏ん張ることなく両足を浮かす雪之丞。
そして文珠の発動。凄まじいまでの爆発が起こる。この部屋全体を揺るがす程の。
受け流しきれず壁にめり込む雪之丞。傷ついた背中から霊波を放出し脱出はしたもののダメージは大きく、片膝を床に着けてしまう。
(横島の文珠、威力を増してやがる・・・・・・・最近の霊力向上のせいか?)
気配に首を上げると横島の伸ばした霊波刀が真っ直ぐに迫ってきている。
(振り回せばしなるだろうが、全霊力を込めた突きならどうだ!)
回避をしようとする雪之丞だが足の自由がきかない。
「くそったれがぁ〜!」
無様に横に倒れ込みながら魔装術を解き、こちらも全力の霊波砲を横島向けて打ち出す。
結果、突きを躱された横島が瞬時に霊波刀を消し、防御に霊力を回すが・・・・・・・ほんの少し遅かった。
作りかけのソーサーを吹き飛ばし、横島の腹に霊波砲が命中する。どうやら文珠の爆発は横島にも少なからず影響を与えていたようである。(閉鎖された空間で使用すれば当然なのだが)
「がっ!」
その一言を発した後に横島は前のめりに倒れ込み、気を失った。
「やっ・・・た・・か。」
そう言った雪之丞も、自ら倒れ込んだ姿勢のまま立ち上がれなかった。
「楽し・・・・かった・・・ぜ・・・・・よ・こ・・・し・ま・・・」
雪之丞も意識を手放した。
「あれっ? ここは?」
「起きたか、横島?」
横島が声のした方を向くとベットに寝ている雪之丞。改めて自分を見ると横島もベットに寝ている。
「どうやら怪我はヒーリングで治してもらえたらしいな。」
「そうだな・・・・・・・・・・でも、体中痛くて起き上がれんぞ。」
「ああ、俺もだ。」
「雪之丞もか。仕方ない、もう少し横になってるか。」
「そうだな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
二人黙って天井を見ている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・負けたな・・・俺。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僅差でな。」
「負けは負けだ。悔しいが、やるだけやって負けたんだ。仕方ないか、命があっただけ儲けものだな。」
「・・・・・そうだな。俺も全力でやった・・・・・・・・・・・・・楽しかったぜ。」
その言葉に横島は苦笑しながら、
「楽しかったかどうかは別にして、燃えたよ。」
「ああ、俺も燃えた。」
「・・・・・そっか。
ところでまた明日、2度目のバトルをしに来るんじゃないだろうな?」
「そりゃ俺でも無理。それにあと3回しかない、互いがもっと強くなってからの方が楽しいからな。楽しみに待ってな。」
「・・・・・さいですか・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
再び二人黙って天井を見ている。
どの位の時間が経っただろうか、扉が開き令子達が入ってきた。
「どう二人とも? 大丈夫?」
最初に話し掛けたのは美智恵。
「怪我の方は大丈夫ですが、体中痛くて。」
「俺もだ。」
「まあ、あれだけ派手に動き回ればいくら鍛えてても筋肉痛位にはなるでしょうよ。」
令子がそう返す。
「筋肉痛かぁ・・・・・まだまだ鍛え足りないって事かよ。」
「何言ってるのよ雪之丞。あんな人の限界を超えた動きをしたんだから当然でしょう。これに懲りてあまり無茶はしないでもらいたいですわね。」
「・・・・・弓、それ慰めてんのか?」
「なっ、なんでこのわたくしがあなたなんかを・・・・・・・・・・・・・」
そんな微笑ましいやり取りを見ている人達に笑顔が浮かぶ・・・・・・・横島以外。
「けっ! 彼女持ちは良いのう・・・・・・・・今度文珠で呪ってやる。」
「はいはい、拗ねないの。」
そう言いながら軽く横島の肩を叩く令子。
「いたっ! まだ痛いんすよ美神さん。」
「ああ、ゴメンね。」
非難する横島の言い方にも笑顔で返す令子。
ツンツン
「痛っ! だっ、誰だ?!」
ツンツン
「ねえ、ここも痛いの横島?」
言いながらも更につつくタマモ。
「痛っ! 本当に痛いから許してくれタマモ。痛っ! いてぇ〜って言っとろーが! ぁぁ〜・・・うう痛い。」
つつくのを止めないタマモに文句を言うために起きあがろうとして更にダメージを受ける横島。
「ほらほら、タマモちゃんもそろそろ止めましょうね。大丈夫ですか横島さん?」
「ううぅ〜、やっぱおキヌちゃんはええ娘やのぅ〜」
おキヌの気遣いに涙を流しながら横島が言う。
「そんな・・・・・・・」
途端に赤くなるおキヌの顔。だが、他の面々は面白くない訳で・・・・・・
「横島くんも〜、伊達くんも〜、強いのねぇ〜。」
険悪なムードになりそうな場を救った(破った)のは六道理事長であった。
正に間を外す天才、色々と関わりを持っている一同は何も言えない。
「どちらかでいいから〜、冥子の〜面倒を見てくれるとおばさん嬉しいな〜。」
ピシッ! っと固まる一同。冥子の面倒を見る、すなわちあのプッツンの前に常に身を晒すという事である。冥子は美人ではあるが、何度も命の危険を感じた経験のため横島ですら遠慮したい。
「ねえ〜どうかしら〜横島くん〜、伊達くん〜?」
迫る六道理事長。
「まあまあ先生、その件はまた日を改めて。」
「うぅ〜ん、しょう〜がないわね〜。」
何とか唐巣神父の説得で事なきを得る。ほっとする一同。
「二人とも、今日の戦いは素晴らしかったよ。このまま互いが切磋琢磨していけば、更なる高みに上れるだろう。できれば正しき道を歩んで貰いたい。頑張りたまえ。」
流石は唐巣神父。例え全面的に六道理事長の世話を任されていながらも見るべき所は見ていたようだ。GSとしての能力も高く、GS協会の副理事長に抜擢された程の人物の発言だ。その発言は重い。
唐巣の言葉に二人は頷く、ベットに横になったままではあるが。
「先生! 拙者がヒーリングを・・・・痛! 髪を引っ張るなタマモ。」
「もうヒーリングはいいから。ほらぁ、少し休ませてあげなさいよ。」
先程横島をつついて遊んでいた者の発言とは思えない。シロを押して行こうとしたところに、
「にぃー、にぃー。」
そう言いながらひのめが歩いて横島のベットに近付いていく。
にやりと笑ったタマモは、
「は〜い、ひのめちゃん。『にーに』よ〜。」
そう言ってひのめを寝ている横島のお腹の上に乗せる。
「ぐっ、た・タマモぉー! ああ、ひのめちゃん動かないで、痛いんだよぉ〜。」
と、横島が言ってもひのめはご機嫌。ペチペチと横島の体を叩く。
「もう! ほらひのめ、いらっしゃい。」
呆れた令子がひのめを抱き上げる。ひのめは少々不満らしいが。
「まあ何にせよ、よく頑張ったわ横島君。負けたのは残念だけど、今日の戦いで得たものを今後活かしなさい。」
「美神さん・・・・・・はいっ!」
令子が美智恵の方に歩き出すと小竜姫とヒャクメが近付いてくる。
「お二人ともよくここまで精進しましたね。」
「ホント、すごかったのね〜」
「唐巣さんも言っていましたが、これからも努力し続ける事です。そしてどうしても越えられない壁にぶつかった時は、また妙神山にいらっしゃい。可能な限りお手伝いしましょう。」
「私も協力するのね〜」
「ありがとうございます。でもヒャクメは・・・・・・・・なあ、雪之丞・・・・・」
「ああ・・・・・・・・・だな。」
「二人とも酷いのね〜!!」
ヒャクメの叫びで辺りの雰囲気が和やかになる。
「では・・・・・帰る前にせめて歩ける位までにはしてあげましょう。」
そう言うと小竜姫は二人に竜気を送る。それによって何とか起きあがれるようになった二人。
「どうも外は人が多く集まっているようなので、このまま帰ります。」
相も変わらず都庁の外には政治家達が集まっていた。しかし小竜姫が武神だからといって、元プロレスラーの政治家がいるのはどうよ・・・
「では皆さん、御機嫌よう。」「またね〜」
地下に張り巡らした霊的結界などものともせずに消える二人。人と神様の差を感じる瞬間である。
「じゃあ動けるうちに帰りますか。」
そう言って横島が立ち上がる。
「わたくしたちはタクシーで帰りますわ。」
雪之丞を支えたかおりがそう話し、二人で部屋を出て行く。
「そっか、じゃあ美神さん帰りましょう。」
「ごめん、私と神父はママと西条さんに用事があるの。あなた達だけ先に帰って。ひのめの面倒もよろしく。」
そう言いながら抱いていたひのめをおキヌに渡す。
「はい。じゃあ横島さん、帰りましょう。」
横島、おキヌ、シロ、タマモが部屋を出て行った。
「・・・・・じゃあママ、そろそろ行きましょう。」
「そうね。」
美智恵、唐巣、令子の3人は先程のモニタールームに戻った。
「どう西条君、結果は出た?」
「はい先生。これを見て下さい。」
ディスプレイに横島VS雪之丞の戦闘結果が表示される。
「なに? この出力。」
「ええ。」
「むう・・・」
画面には二人が出した霊力値が表示されている。
「横島君で平均97マイト、瞬間最大値108マイト。文珠の出力に関しては・・・・測定不能・・・・」
「伊達君も平均103マイト、瞬間最大値116マイト・・・・・・・とはね。」
「二人の霊力向上は想像以上だね。短期間でここまで成長するとは。」
「それでいてあの動き。近接戦当時の彼らの強さは群を抜いています。」
「攻撃だけでなく、防御にも進歩が見られる。まだ伸びるかも・・・・・・・どう令子、西条君、あなた達で勝てそう?」
「無理ね。」
誰よりも負けず嫌いの令子ですらあっさりと認める。
「あの二人の強さは単に霊力だけじゃない。うーん、よほど巧妙な罠を仕掛けて、あの手この手の霊的アイテムをかき集めて、竜の牙を使っても・・・・・相討ちがやっとかも。」
「僕も同じです。銃や剣だけであの二人を倒せるとは思えない。」
「そうだね。まあ私は元々近接戦闘はしないからね。神や精霊の力を借りて除霊するタイプだから。」
唐巣神父でさえも敵わないのを認める。
「でも、今日の戦いで二人のタイプがはっきりしたわ。伊達君は悪霊の除霊よりも妖怪や魔族等の実体化している相手の除霊に向いている。」
「そうですね。魔装術もあの高出力の霊波砲も、悪霊退治には威力が有り過ぎる。」
「一方横島君はオールマイティーね。霊波刀などの出力も自在に調整できるし・・・・・まあ、あの文珠は反則技としても、『浄』の文字で発動させればネクロマンサー並の効果があるでしょうね。」
「そうね。」
「横島君は令子の事務所に勤めているからまだ良いけど、伊達君は・・・・・・・野に放つには危険すぎる力だわ。
せめて所属が決まれば・・・・・・弓さんの『闘竜寺』・・・とか。」
「うーん、彼は束縛を嫌うタイプだからねぇ〜。」
「別にぃ〜、うちで預かってもいいのよ〜」
驚いた4人が振り向くと、そこには笑顔の六道理事長がいる。
「先生!・・・・・・・・・いつの間に・・・・」
「最初からぁ〜居たわよ〜、誰も気づいて〜くれないんだもの〜」
全員が脱力する。この話し方、そして何を企んでいるのか解らない思考。やはりただ者ではない。
「じゃ、じゃあ今日は解散しましょうか。この件はまた後日にでも。」
そう美智恵が宣言し、令子、唐巣、六道理事長が帰っていく。
「西条君。」
「はい。」
「横島君をどう思う? もっとストレートに言うとGメンに欲しくない?」
「・・・・・・悔しいですが・・・・欲しいです。それも是非とも・・・」
美智恵と西条の目下の悩みは、Gメン所属の除霊担当者の能力が低い事であった。
ガルーダもどきの時は実体を持った相手だったので、監視や一時的な防御くらいなら可能だったが、悪霊相手ではなかなか効果が上がらない。その為、指揮官である西条が現場に出向いたり、本来高価な破魔札を湯水のように使用しているのだ。
「彼がGメンに来てくれれば・・・・・例の支部を増やす件も何とかなりそうなのですが・・・・・今回入ったピート君だけでは・・・」
「そうなのよねぇ〜。それに彼の除霊スタイルは高価なアイテムを必要としない・・・・・・・欲しいわね。」
「・・・・・・・・はい。」
「ただいまー。あれ? おキヌちゃん、横島君達は?」
事務所に戻った令子がおキヌに聞くと、
「(クスクス)・・・・・・・」
忍び笑いをしながら指で示すおキヌ。そこには、
柔らかい日差しの中、ソファーに横になりひのめを抱いたままの横島が、動物形態になったシロ、タマモと仲良く眠っている。
「まったく・・・・・・・・まあ、いいか。」
そう言った令子の眼差しはとても暖かだった。
色々な場所でそれぞれの思惑が交錯する中、ここ美神除霊事務所は平穏な空気に包まれていた。
『あとがき』
どうも「小町の国から」です。
やっぱりのバトルを書くって難しい。
でもこれで横島君の『修行編(?)』は終了です。
日常を送りながら変化していく心情なんかを書いていければなっと思っています
それでは「その22」でお会いしましょう。
「小町の国から」でした。