「おー、人がわんさかいるなあ。」
卒業の行事が全て終わった後、横島は屋上から校庭の様子を眺めていた。
特に用があって屋上まで来たわけではない。今日登校してくる時などは、『もう通わなくてもよくなるんだな。』くらいにしか考えていなかったし、卒業式が行われている間も欠伸を我慢するのが大変だったくらいである。
まあ、在校生送辞を机妖怪の愛子が読んだ時には驚いたが。
(何で愛子が? あいつ卒業しないのか? それにこういうのって普通生徒会長とかがするんじゃないの?)
どうやら校長以下先生達は、生徒会長よりも愛子の方を推薦したようである。まあ、妖怪の愛子よりも目立つ学生の方が少数なのであろう。(哀れ生徒会長)
横島が眺めている校庭では様々なシーンが繰り広げられている。肩を叩いて笑いあっている男子学生。感極まったのか抱き合って泣いている女子学生。校内でも特に人気があった卒業生は多くの下級生に取り囲まれている。
「あ〜、やっぱりピートの奴も囲まれていやがる。困ったような顔はしているけどな。あ〜あ、タイガーなんか男を抱きしめて泣いていやがる。」
それをニヤニヤ笑いながら見ていた横島だが、急にそれを止めて空を見上げる。その顔はどこか寂しそうにも見える。
「卒業・・・・・・・・しちまったんだな・・・・・・・・」
『もう通わなくてよくなる』じゃない、『もう通えなくなってしまう』・・・だ。『学生』という『季節』が終わってしまった。
思い起こせば、バイトに明け暮れ、ろくに登校しなかったせいで成績も出席もギリギリだった1〜2年生時代。
どこから見ても典型的な落ちこぼれだったのに、偶に登校すると気安く声を掛けてくれたクラスメート達。時には集団でアパートまで様子を見にも来た。
煩悩丸出しだったせいで、殴られたり色々言われたりたりはしたが、無視まではしなかった女子達
ボロクソに文句も言ったが、それでも補習をして進級させてくれた先生達。
ゴーストスイーパー助手、なんてバイトの関係もあって親しくなったピート、愛子、タイガー。
『除霊委員』なんて訳のわからん役職まで押しつけられたが、“親友達”であり“仲間達”だった。
アパートのお隣さんで、貧乏神のせいもあって親しくなった小鳩ちゃん。
一時は貧乏神のせいで学校に通えなくなりそうなハプニングもあったが、今はきちんと通えている。
おふくろが急に帰国して、職員室で担任に賄賂を渡そうとしたこともあった。
偶に登校したと思ったら、校門の所で佇んでいるルシオラを見つけて、そのまま早退したこともある。机の落書きはもはや修正不能なまでになっていたけど。
自分と厄珍の煩悩のせいで、絵に閉じ込められることにもなった美術担当の暮井先生
見られることに“ちょっとだけ”快感を感じたのも今なら笑って思い出せる(苦笑だが)。
美神さんに認められ、仕事に支障が出ないようにと真面目に通い、勉強もした3年生時代。
そういえば、『呪いを掛けている』なんて疑われて連行されたのもここ(屋上)でだった。
「・・・・・・・・なんだよ、結構楽しかったんじゃねぇか。・・・・・んでもって・・・俺って寂しがってんじゃねぇか・・・・・」
柄にもなく泣いてしまったかもしれない・・・・・・・・・・・・・・・・・・一人だけなら。
校庭を見ていた体を振り向かせ、手摺りにもたれ掛かって屋上を見渡す。
そこは・・・・・・・・・・・・・・ピンク色の空間だった。
別れを惜しむカップルがわんさかといる。自分達だけの空間を作り上げて。
どうやら友達同士や特定の相手が居ない生徒のお別れの場所は校庭、恋人同士は屋上というのがこの学校の定番のようである(お礼参りは体育館裏?)
「はぁ〜、流石に泣ける気分にならんな。この雰囲気じゃぁ〜」
そろそろ立ち去ろうと歩き出した時、
「おーい! 横島く〜ん!!」
声がした方を見ると、机を担いだ愛子が走り寄ってくる。
「やっと見つけたわ。まさかこんなカップルだらけの屋上にいるなんてね。横島君もここで誰かと待ち合わせ?」
「うんにゃ、ここ(屋上)には俺が一番乗りだったの。んでもって俺がここから校庭を眺めているうちにわんさかとカップルが増殖しただけ。
ところでどうした? 何か用か?」
側に来て机を置いた愛子にそう話しかける。
「言いたい事があったのよ。卒業おめでとう横島君。」
笑顔で言う愛子。言われた横島は少し驚いた顔をして、
「あっ・・・ああ、ありがとう愛子。」
そう言ながら次第に笑顔になっていく。
「でもそれは愛子も同じはずだろ。何で送辞なんて読んでたんだ?」
もっともな疑問である。
「何言ってるのよ横島君、私は学校妖怪よ。学校に居なければ存在意義が無くなっちゃうじゃない。私は常に青春の中に存在するのよ。それに、ここの先生達ほど私を理解してくれる学校も無いでしょうしね。」
「そっか・・・・・・じゃあ今度はまた1年生から始めるのか?」
「ううん、2年生から始めるつもり。新入生達は私を見慣れていないから驚くだろうし、そのせいで授業に支障が出たら困るもの。だったら見慣れている2年生からの方が良いだろうって先生達と話し合ったの。」
「なるほど、そうかもな。しっかし、相変わらずあの先公達は愛子にだけは優しいんだな。俺なんて顔を横に向けて唾を吐かれたことだってあるってのに・・・・・」
「それは横島君が問題児だったからでしょ。それに、3年生になってからはそんな事もなかったんじゃない?」
「じゃあ、あの『呪いを掛けている』事件はどうなんだよ? やっぱ俺って信用されてないじゃんか。」
「ううぅ〜ん・・・・・・・・」
これには流石に何も言えない愛子。
「まあ、もう過ぎた事だし良いけどさ・・・・・・ところで、愛子の用事はそれだけか?」
「ううん、これからが本番なの。・・・あのね・・・・・・・横島君の第2ボタンを私にくれない?」
顔を赤らめて愛子が話す。
「だっ・・・・第2ボタンだぁ〜?! そっ、そんな親父達の青春時代にあったような時代錯誤なこと・・・・・」
驚きで僅かに後退る横島、もはや背中は手摺りに密着している。
「何を言ってるのよ! これこそが青春じゃない。卒業式という青春の1ページは、気になる男の子から第2ボタンを受け取る事で完結するのよ!!」
さっきとは別の意味で顔を赤くした愛子が熱弁をふるう。
「そっ、そんなものなの?」「そうなの!!」
もはや噛み付かんばかりに詰め寄っている愛子。
「それとも・・・・・・・私にじゃダメなの? 妖怪なんかの私にじゃ・・・」
次第に声が小さくなり、愛子は横島から離れていく。
「いや、そんなことはないぞ。・・・・わりぃ愛子、驚いたのとちょっと照れくさくてさ・・・・・・・・・・・・
はいよ、こんな俺のボタン一つで愛子の青春の1ページが完結するなら光栄だ。・・・・・もらってくれるか?」
横島は、照れ笑いを浮かべながらも丁寧に取り外した第2ボタンを愛子に差し出す。
「ありがとう。本当にありがとう横島君。」
横島の記憶の中には無い程きれいな笑顔を浮かべた愛子は、受け取った第2ボタンを両手で包んで胸に押しつけていた。
「じゃあ、そろそろ行こうか? 周りのカップル達は帰りそうにも無いしな。そういやぁ、今晩の卒業パーティには来るんだろ?」
愛子の机を持って歩き出しながら尋ねる横島。
「ええ、参加させてもらうわ。だって横島君達との高校最後のイベントですもの。」
「でもさ、愛子って女子達にも人気あっただろ。そっちには参加しないのか?」
「もちろんそっちにも参加するわよ。女子達とのパーティは3時からだし、横島君達とのパーティは7時からでしょ。十分掛け持ちできるわよ。それもこれも青春の1ページですもの。」
寄り添うように歩きながら愛子が応える。もっとも、本体の机を横島が持っているのだから当然なのだが。
「ちょっと待てや、さっきは俺のボタンで青春の1ページが完結するって言ってたじゃねぇか。」
「私の“青春ノート”は、いくらでもページが増やせるのよ。」
「なんつぅ〜御都合主義的発言。」
「いいの! “青春”なんだから。」
「いや、それ訳分かんないから・・・・」
横島と愛子が去ってからも、ピンクの空間は輝きを増し続けていた。
愛子の本体を抱えたまま校舎を出ようと階段を降りていた時、
「おぉっと!」
「きゃっ! あっ、横島さん。」
「小鳩ちゃんじゃない。どうしたの? そんなに慌てて。」
踊り場のところで駆け上がってきた小鳩とぶつかりそうになる。
「あっ・・・・・私、横島さんを探していたんです。ご卒業おめでとうございます。」
ペコリと頭を下げながら小鳩が告げる。
「ありがとう小鳩ちゃん。いやー、何とか俺も卒業できたよ。」
頭を掻きながら横島が応える。
「・・・・・・・・・・横島君、私先に行ってるわね。」
そう言った愛子が本体の机を横島から受け取り階段を降りていく。
「・・・・・・・・・・すいません。愛子さんには悪い事を・・・・・・」
「ん〜、まあ大丈夫だと思うよ。何てたって“青春”の雰囲気には敏感な愛子だからね。」
「なら・・・・良いんですけど。」
肩をすくめて小鳩がそう言う。
「でも・・・・・横島さんが卒業しちゃうと、小鳩寂しくなってしまいます。」
更に顔を俯かせる小鳩。
「こればっかりはなぁ・・・・・・・・危うく同学年になりかけた事もあったけど・・・」
何と言っていいか解らない時にポロリと本音が出てしまう、無駄に正直な横島だった。
「でもさぁ、これからもお隣さんなのは変わらないんだから、俺としてはこれからも仲良くしてもらいたいんだけどな。」
「はい! こちらこそよろしくお願いします。」
笑顔になって顔を上げる小鳩。
「うん、よろしくね。小鳩ちゃんは今日もバイトかい? 今日パーティがある事は聞いてるだろ?」
「はいそうですけど、その時間までには終わります。それにこれからはお母さんも働く事になりましたから。」
「えっ? そうなの? だいぶ元気になってきたのは知ってたけど、いったい何処で働くんだい?」
「あのアパートを横島さんが除霊してくれたおかげで、最近入居を希望する人が増えてるんです。丁度3月で引っ越しが増えるシーズンですし。そのせいもあって、不動産屋さんから管理人というか苦情報告係のような仕事を依頼されたんです。
あの不動産屋さん、自分が所有しているアパートなのに、あまり近づきたくないみたいで・・・・・
そんな理由で、除霊した横島さんと親しくて神様まで憑いているお母さんが適任だって頼まれたみたいで。お給料はそんなに高くはないらしいんですけど、お母さんも私に頼りっきりにならなくても良くなるって張り切ってました。」
「そうかぁ、道理で最近引っ越し便のトラックが玄関に停まっている事が多くなってきたと思った。でも、本当に良かったね。」
「はい! みんな横島さんのおかげです。ありがとうございます。」
「いや、そこまで考えていた訳じゃないから。貧乏神も役に立ってるみたいだし、どんどん福の神になってきてるって事なんじゃない?」
「そうですね。貧ちゃんのおかげかもしれませんけど、でも一番は横島さんのおかげです。」
なかなか意見を譲らない小鳩。
「まっ・・・まあ、俺でも小鳩ちゃんの役に立ったって言うんなら光栄だよ。」
こう言わないと会話が終わりそうにない。
「じゃあ俺はそろそろ行くね。クラスの奴らに一声くらい掛けたいからさ。」
「はい! ではまた後ほど。」
そう言って小鳩と別れた横島は校庭を目指す。
「ん? 横島ではないか。卒業できたらしいな。おめでとうと言っておくぞ。」
「暮井先生・・・・・ありがとうございます。ところで、今日は『どっち』の暮井先生ですか?」
「ああ、今日は『ドッペル暮井』の方だ。」
「・・・・・こんな日にも『本物』は来ないんですか・・・・・」
暮井先生(オリジナル)の我が儘ぶりに呆れる横島。
「いや、今日に限っては違うぞ。私の方が希望したんだ。」
「そりゃまた何で?」
「当然、生徒と過ごした時間が私の方が長いからだが?」
「・・・・・『本物』にとっちゃ笑えん理由ですね。」
(本当に『クソ仕事』って思っていたのかよ・・・・・・)
暮井先生(オリジナル)の横着ぶりには横島でさえ戦慄を覚える。
「まあ、それはいいさ。しかし、君が卒業するのは私としても残念だ。」
「へっ? そりゃまた何で?」
「君のように破天荒で、ネタに欠かない生徒はいないからな。感性を刺激してくれるよ、君は。
しかも芸術に対する意識も高い。あの時の脱ぎっぷりには芸術に対する意欲を感じさせられたよ。」
「・・・・・いやっ・・・・・・あれはその・・・・・・その場の勢いって言うか・・・・・・そもそも、男の裸なんぞ仕方なしに自分の以外は見たくもないって思うし・・・・・」
「・・・・・・ふむ、まあ残念な事に変わりはない。これからも元気でな・・・・・・・・・・・勢いで脱ぐのだけはするなよ。警察ざたになったら学校の名に傷が付く。」
「言われんでもしません!!」
歩きながら後ろ手を振って暮井先生が去っていく。
「やっぱ、脱いだのって失敗?」
その疑問に答えが返ってくる事は無い。
「おぉ〜い、タイガー、そのへんにせんと五体満足な奴が居なくなっちまうぞ。」
校庭に出た横島が一番目立っているタイガーの側へ歩いていくと、相変わらずクラスメート(もちろん男オンリー)を号泣しながら抱き締めている(ベアハッグとも言う)。
その周りにはクラスメートの屍がわんさかと・・・・・・・・
(何でみんな逃げなかったんだろう?)
* お約束に疑問を投げかけてはいけませんよ横島君 *
「あぁ〜! よっこ島さぁ〜ん!! わっしは! わっっっっっっしわぁ〜!!」
横島を見て腕に更に力がこもるタイガー。お〜い、顔が青くなって泡吹いてっぞぉ〜。
「いいかげん放してやれや、お前クラスの男子全員を病院送りにするつもりか?」
「じゃっども・・・・・わっっっっっしわぁ〜!!」
「あぁ〜、卒業できたのがどれほど嬉しいかはもう判った。お互い何度もやばかったからな。だからもう放してやれ。」
「分かりましたけん。」
ドサッ
今まで抱き締められていた生徒が地面に落下する。せめて降ろす時くらい、気を遣ってやらんか。
「・・・・・・・・・まあ、これも良い思い出になるかもな・・・・・・(やられた方はたまらんだろうが)」
「はいですじゃぁー」
屍の間を抜けた二人は辺りを見回す。
横島は指弾を使って『癒』の文珠を屍達に飛ばしていた。
「だいぶ人も減ったな。」
「ですのぅ〜」
「・・・・・あそこだけは相変わらず大盛況だな・・・・・・」
「・・・・・ですのぅ〜」
人の塊がポツリポツリと点在しているだけの校庭に、一際大きな塊が見える。その中心にいるのは、
「ピートの奴か・・・・・・・・・ったく最後の最後までもてやがって・・・」
ギュッ!
拳の握りに力がこもる。
「みっ・・・・みんな・・・・もう・・・・そろそろ・・・・・・・・あっ、横島さーん!」
女生徒に囲まれて困り果てていたピートが横島を見つける。
「たっ・・・助けてくださーい!!・・・あぁ、そんなところ触らないで・・・・・・」
かなり積極的な女生徒もいるようである。
「ったくあいつは・・・・・・女絡みだと必ず俺に助けを求めるんだから・・・・・んなこったから女達の間に俺とピートが“できてる”なんて妄想する奴が出てくるんだ。」
「そっ、そんな事まで言われとったんですかぁ〜?」
「ああ、いい迷惑だぜ・・・・・・・・ほっといて帰るか?」
「じゃっどん・・・・」
ピートを無視して歩き出そうとしたところに、
「見て見て、横島さんったらピートさんがもてるのに嫉妬して知らんぷりしてるぅ〜・・・・(クスクスッ)・・・」
「ほぉ〜んとだぁ〜・・・・(クスクスッ)」
こんな事を話している女生徒の声が聞こえる。
「(#!!)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
仕方ない。タイガー! ピートを助けるぞ! これは“仲間“を思いやる“友情”からだ。“ゆ・う・じょ・う”からだからなぁ〜!!!!」
「わっ、わかりましたけん・・・」
やけくそのように大声を出してピートに群がる女生徒の方へ向かっていく横島。タイガーは脂汗を流しながらついていく。
「はぁー、助かりました横島さん。」
「気にするなピート。俺たち“友達!!”じゃないか、“仲間!!”じゃないか。“仲間!!!!”の為ならこれくらいの事どおってことないぜぇ〜」
あえてピートには話していない横島。何にせよ最後の最後で“薔薇のお仲間”と誤解されたくはないらしい。
“記録”よりも“記憶”を取る横島だった。
「はぁ〜、“青春”だわぁ〜」
やっぱ、学校の場面の『締め』は、その言葉なのね愛子さん。
「その19 卒業の日(後編)に続く」
『あとがき』
どうも「小町の国から」です。
『待っていた』、『1話から読んでみたら面白かった。』などの温かい感想、どうもありがとうございました。
もう嬉しくて、頂いた勢いのまま書いては見たのですが・・・・結構長くなってきている。
よって、学校での場面だけで「その18」は終わりにします。
他の場所での出来事は「その19」に回しますのでご了承ください。
やっぱり、「卒業の日」って特別だよね。
しかも、『学生』から『社会人』になる時の「卒業の日」は。
今の勢いをなるべく保ったまま今後も努力しますのでよろしくお願いします。
それでは「その19」でお会いしましょう。
「小町の国から」でした。