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▽レス始

「スランプ・オーバーズ!19(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-02-10 18:57)
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 「………」

 「………」


 ここのところ。


 「………………ぁ」

 「………………ぁ」


 二人はずっと。


 「ぅ…………………………………」

 「ぅ…………………………………」


 こんな調子だった。


 美神除霊事務所の最初期時代。
 思えば、所長一人バイト一人という体制で過ごした時間は、極めて短い期間だけだった。
 普通なら実働班の二人に加えて事務員の一人でも雇うのが、GS事務所の体裁としては真っ当なのだが、そこは美神である。
 事務管理なんてものは、人任せには出来ないもの。拝金主義は言い過ぎでも、お金スキスキーを隠そうともしない美神には不要な存在だ。
 働いて働いて稼いで稼いで…ちょっぴり帳簿に細工して。
 充実した人生とは、充実したお財布にこそ宿るもの。ライフ・イズ・マネー!

 だから当時、丁稚と二人きりであっても意識することは無かったし、ましてや男として見る目線そのものがナンセンスだった。

 「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 所長室で一人長い長いため息を吐いて、香り立つコーヒーの横に額を落とした美神は、ここ数日の己の態度について深く反省していた。
 おキヌと冥子がショウチリを連れて妙神山へ行き。
 マリアはカオスが修理のために引き取って、まだ帰ってくる気配を見せない。
 臨時雇いの小鳩は除霊には関わらないため、接する時間自体が少ない。

 「はふううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」

 問題は、横島忠夫である。
 事務所では大抵の場合小鳩も一緒にいるので気にしない…努めて気にしないように自制しているのだが、除霊先ではそうもいかない。コンビでやれる範囲の仕事しか請けていないせいもあって、仕事柄、二人きりで一夜を明かすケースだって少なくない。

 「私……こんなに弱い子だったっけ……」

 らしくない弱音は、多分自分の中で横島に対するスイッチが切り替わったせいだ。
 丁稚モードから、違うモードへと。
 セルフ検閲が入ったそのモードだと、どうにも横島と喋り辛い。あっちにその気がなくても、無駄に意識し力が入る。

 「あたしゃ乙女か!」

 漫才師みたいなノリで無理に誤魔化そうとしても己の心に嘘はつけない。

 「はあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 結局振り出しに戻る、美神なのだった。


               スランプ・オーバーズ! 19

                      「願望」


 悶々とした日々を過ごす美神を尻目に、冥子の修行は今のところ順調だと言えた。

 「アジラ、出ませい!」

 小竜姫の呼び声に応え、カメレオンのような姿の辰の式神、アジラが影から飛び出す。本日5体目の相手だ。

 「本日の再契約は、このアジラをもって終了とします。舞台も荒れてしまいましたし、冥子さんの消耗程度も頃合です」

 クビラに始まった冥子と十二神将の再契約は、式神の特性も性格も知り尽くしている冥子が、今までは終始圧倒出来ていた。
 丑の式神バサラは、鈍重な動きが災いして冥子に最接近を許し、霊波を吸入されない位置からのピンポイント霊波砲の連射で沈み。
 寅の式神メキラは、瞬間移動時に僅かに生じる霊気のブレをころめが見切り、先読みしたこれまた霊波砲の一撃で勝負を決した。
 てこずったのは卯の式神アンチラである。
 先の3体に対して、完全攻撃特化型の式神であるアンチラは流石に戦い慣れていて、長い刃状の耳の鋭さとリーチは、動きの素早さも生かした多角的な攻撃で冥子を追い詰めた。
 しかし、冥子はアンチラの弱点も当然の如く知っていた。アンチラは日本刀のような耳を振り回して破壊力を得るため、体躯とのバランスが悪い。平坦な場所ならともかく、足場が悪いと十分にその鋭さを生かせないのだ。
 冥子はそれを逆手にとって、足場である舞台を霊波砲の乱射で抉り、削り、破壊痕で埋め尽くした。そこかしこに出来たクレーターと、飛び散った岩片で足場の有利を失くしたアンチラに、冥子は隙を突いて攻撃を加え屈服させるのに成功した。

 「はあ〜〜〜……はあ〜……ふう〜…あうう…」

 「大丈夫、冥子ちゃん? もう一頑張りだから、集中して!」

 これまでの4戦を見れば一目瞭然だが、式神のいない冥子の戦術は豊富な霊力量に頼った力技による部分が大きい。
 覚えたての霊波砲は制御がまだ甘く、メキラやアンチラといった素早い相手には思い通りの威力と精度を出せず、余分に霊力を使っている。
 消耗は小竜姫が言った通りに激しく、冥子は感じたことのない霊的疲労感に襲われていた。

 「では、始め!」

 「冥子ちゃん、さっき教えたとおりにやるのよ!」

 「わ〜…分かった〜…」

 アンチラ戦で荒廃した舞台が、今度は仇となる。
 アジラは高温の火炎と石化の光線を用いる、アンチラと同じく攻撃力の高い式神だ。どちらもまともに浴びれば戦闘不能は余儀なくされるだろう。
 爬虫類のように足音もなく岩陰やすり鉢状に抉れた舞台を移動しつつ、アジラは迫ってくる。

 「え〜と…あれね〜…うん…よおし…」

 冥子も油断無くアジラの動きを捉えて、ころめに教わった技を試そうと集中する。
 アンチラ戦の後半から、霊気を練る度に引き攣るような頭痛や足腰の疲労を感じるようになっている。これは、霊力の枯渇が近い証拠だ。

 (うう……でも、このくらい〜!)

 今まで散々式神に叩き込んできた攻撃の痛みは、こんなものではなかったろう。もし自分が受けたなら、痛みと恐怖で泣いていただろう。
 影の中で眠る4体の家族に、自分は酷い仕打ちをしたのだから…この程度の苦痛で参ったを言う訳にはいかない。

 「! 冥子ちゃん、あそこよ!」

 ころめが警告する。その先には、岩から頭を出したアジラの、真っ赤な口腔が見えていた。
 咄嗟に冥子は両手を突き出す。そして、叫ぶ。


 「冥子ちっく・そ〜さ〜!!(命名ころめ)」


 アジラが吐き出した火炎の帯が、冥子の前に発生した大型の霊波盾に遮られて周囲へ飛び火した。

 「よっし、成功! 冥子ちゃんその調子よ! でももう少し霊気を抑えて、ソーサーの大きさを調節してね? 消費が激しすぎるわ」

 淡い水色の丸い盾は、かつて横島が発現したサイキック・ソーサーと同種のものだった。しかし、冥子のそれは霊波の質の違いもあるが…強度・安定度共に段違いだ。

 「こ、こう〜?」

 冥子は全身を覆う大きさの盾を、一回り小ぶりに凝縮してみせる。ころめが補助しているとはいえ、霊力の扱いに関する呑み込みの速さは、小竜姫の目から見ても正しく天才、であった。

 「でも冥子ちっくはちょっと恥ずかしいの〜…」

 「えー? かっこいいと思ったんだけど…」

 「前から思ってたけど〜…ころめちゃん、色んな名前付けるの好きよね〜」

 「そうね。出来れば、冥子ちゃんの赤ちゃんの名付け親にもなりたいかな」

 「ふええ…!? そんなのいつになるか分からないわ〜…」

 顔を真っ赤にして照れまくる冥子に、アジラは攻めあぐねた様子で小竜姫を見た。が、小竜姫も頬を赤らめてそっぽを向いていたりした。想像力豊かな竜神である。

 「ソーサーは維持してね。アジラの攻撃をそれで防ぎつつ、隙を窺うの!」

 「分かった〜!」

 岩のせいで霊波砲の射線は通りにくい。しかしアジラの攻撃もまた直線的で、条件は五分だ。
 冥子も岩陰に身を潜めながら、アジラの動きを予測する。式神の好む動作やクセを思い出し、周辺の状況と照らし合わせながら機会をじっと待つ。
 ソーサーを維持していると、自分の霊力の流れが良く分かる。既成の十二神将へのラインとは別に、体内の霊的中枢から霊絡を通り、手先から放出されている。
 その感覚が何だか新鮮で、冥子は楽しかった。自分が霊能者である自覚が芽生えるような、そんな気がして。
 式神使いの冠を脱いでも、やっていける…美神が自分に求めた、六道冥子一個人の強さを得られたかも、と。

 (令子ちゃんの強さの秘密が分かる気がする〜…)

 ひょこっと岩陰から顔を出してみると、正確に火炎が襲ってきた。向こうは完全に冥子の居場所を把握しているようだ。でもそれはこちらとて同じこと。心眼の名は伊達ではない。

 「…ころめちゃん、次で決めるわ〜…」

 「! 冥子ちゃん…うん、分かったわ。貴女が思うようにやってみて」

 ころめは冥子がそんな台詞を吐くとは、まるで思っていなかった。

 (…KO宣言とはね…ふふ、そんなところまで令子ちゃんに似なくてもね〜)

 それは実際、令子を模した心格であるころめに似たのだが…本人は気付いていない。
 今の冥子が理想に見ているのは、ころめであって美神ではなくなっていた。美神に頼る気持ちが薄れ、自己の中にあったころめという強さに惹かれている。

 「…! 行くわ〜〜!」

 アジラの霊気が動いたのを感じて、冥子はソーサーを盾に岩陰から飛び出した。体力も霊力も限界が近い。この全力駆動で決められなければ、冥子は勝てないだろう。
 襲い来るのは、石化の光線。雷撃にも似た軌道は読みづらいものだが、冥子は突進しながらも確実にソーサーで捌いてみせた。
 が、弾いた光線が小さくしたソーサーから踏み出していた右足にかすり、足首から先を重たい石へと変化させる。

 「冥子ちゃん!」

 「平気〜! 行け〜〜〜っ!」

 前方、クレーターの真ん中にアジラはいる。光線に続いて火炎を吐くべく、式神の霊圧が高まっているのを感じた。今までにない規模の火炎が予想される。
 冥子は頭痛に耐えながら、渾身の霊力をソーサーに注ぎ込む。手先が熱く痛みを訴えるのも構わずに。
 そして、アジラが特大の火炎を吐いたのと同時に、強化したソーサーを投げた。
 横島がやったフリスビーのようにではなく、円形の盾を『そのまま』押し出すように。

 『!!』

 アジラが驚いて硬直するのが分かった。火炎が、盾に弾かれながら逆流してきたのだから。
 辛うじて出来たのは、迫り来るソーサーの右側へジャンプして火炎流とソーサーの波状攻撃から、身をかわす事。
 だがそうして中空へ逃げたアジラが見たのは、クレーターの縁から自分へ向かって飛び込んでくる、ここまでソーサーを盾に接近していた冥子の姿だった。

 「ごめんね〜…!」

 空中で、冥子は泣きそうな顔をした。アジラに、痛くしてごめんね、と心底から謝りながら右腕を振り被る。


 「両断・冥子りんちょっぱーっ!」


 ころめが色々と台無しにしながらも、冥子の繰り出した霊気を纏ったチョップは、アジラの脳天を捉えて昏倒させたのだった。

 「お見事でした、冥子さん。心眼との連携も素晴らしいの一言です」

 小竜姫は掛け値なしの賞賛を冥子に浴びせた。仰向けに倒れて胸を激しく上下させる彼女の足元に近づき、石化から徐々に治り始めた足首へヒーリングを施していく。アジラを下しても、その影響がまだ残っていた。

 「この程度なら、明日から再開して問題ありませんね。この調子で十二神将全て、取り返してくださいね? 本格的な修行はそれからなんですから♪」

 「小竜姫様ったら…あんまり冥子ちゃんを追い詰めないで下さいね。…精神的にも」

 「あら、私は冥子さんのモチベーションを高めようと思って…って、冥子さん?」

 「ふふ……頑張ったもんね、冥子ちゃん。ちょっとだけ、このままにしておいて下さいませんか?」

 「ええ、夕食までは」

 小竜姫ところめが声を潜めて会話する中。
 額や頬を煤で黒くし、だらしなく地面に寝そべった冥子は…健やかな寝息を立てて、泥のように眠りこけていた。
 子供のように無邪気に。
 けれど、達成感に満ちた彼女の寝顔が、修行の成果を雄弁に物語っている。

 「令子ちゃんにも、この顔見せてあげたいな」

 「まだですよ。まだ喜んでもらっては困ります」

 「もー…小竜姫様、空気読んで下さいな。今は、素直に冥子ちゃんを褒めるところなんですから」

 「空気? 気配を読むのは得意ですよ?」

 「はあ…」


 ぐだぐだと続く小声の会話にも、冥子は満足そうな微笑を浮かべたまま起きようとはしないのだった。

 「ふにゃ…令子ちゃ〜ん…」


 冥子が大の字に転がっていた時、同じ異界の外れでは、おキヌもまた息も絶え絶えに地面に伏していた。

 「氷室さん、大丈夫ですか…?」

 ペットボトルに冷水を汲んだものを差し出しながら、梓は疲労の極致にいるおキヌを心配そうに見つめる。
 地蔵を押して、少し動いて、倒れて。起き上がるとまた押して…
 冥子が数日で突破していったこの修行に、おキヌはかなりてこずっていた。

 「あり、が、とう、ございま、す………」

 ぎしぎしと錆び付いたような体を起こし、水を受け取って、おキヌは考えてしまう。
 こういう言い方は失礼だが、あののんびり屋さんの冥子でさえ出来たことに、何故ここまで苦戦してしまうのか。
 運動神経は正直どっこいどっこいだろうし、実際の運動能力を比較しても冥子に劣る部分は見当たらない…はず。
 とすると、冥子にあって自分に足りないものは何なのか。
 500ミリのペットボトルの半分ほどを一気に飲み干し、残りを頭から被って、煙を噴きそうな脳を冷やす。後頭部からうなじへ流れる冷水が心地よかった。

 「でも大分進むようになりましたね。40メートル…ってところでしょうか」

 「がんばですキヌ姉様!」

 「がんば、って…チリちゃん、砕けた物言いが出来るようになったね」

 「パピの教育の賜物でちゅ。チリは固すぎでちたからね」

 相変わらず地蔵の頭に座っているパピリオと、肩に座っているチリ。この二人は日を重ねる毎に仲良しになっていた。今では同じ部屋で眠っているし。
 チリが同年代(?)の友人を作って、ころころと笑う姿はおキヌにとっても幸いである。事務所と除霊現場だけでは培えないものを、チリはここにきてどんどんと吸収している。

 「そういえば、ショウ君はどこに? あんまり姿を見てないなあ」

 「兄様なら、斉天大聖様のお部屋でゲームに夢中になってます」

 「ああ…健二さんがいつもお茶を運んでるお部屋ですね。ショウ君、眼を悪くしなければいいけど」

 付喪神にも近視はあるのだろうか、とおキヌは思ったが。
 短時間の瞬発力を鍛える目的でもある地蔵押しに、足が悲鳴を上げて立ち上がるのを拒否していた。温泉に浸かるまでは、筋肉痛との戦いが続くだろう。
 それでもどうにか宥めすかし、軋む体に鞭を打って地蔵に手をかける。

 「キヌ姉様、少し休まれたほうが…」

 「ううん、いいの。一生懸命やらないと冥子さんに追いつけないから…」

 地蔵の肩から降りて、修行着の裾を引っ張ったチリだが、おキヌの決意は意固地に近い。近くで見上げると、おキヌの腕や足には細かい擦り傷が無数についていた。
 温泉に浸かる度、顔を顰めるので分かってはいたのだが…生傷の絶えない様子は見ていて忍びない。
 特に顔に出来た傷は、温泉効果で翌朝には治っているといえ、痛々しい。

 「うー……」

 「無駄でちゅよチリ。おキヌちゃんの頑固さは、ある意味小竜お姉の上を行きまちゅからね。3歩進んで2歩下がる非効率的なやり方でも、進んでるだけマシでちゅ」

 「パピちゃん…」

 第一の弟子・冥子が早々に地蔵押しから体術の基礎訓練までクリアしてしまったため、パピリオはおキヌを第二の弟子として指導している。半分は見守るだけだが。
 俄か弟子のことでも、一対一で見ていれば自ずと強さと弱さの両面が見えてくるもの。呆れ気味のパピリオには、おキヌが自分の弱さを過剰に自覚してしまっているのが分かる。
 やれやれ、と肩を竦めると、パピリオは息を止めて地蔵を押すおキヌの背後へ飛び降り…

 「うり」

 「うひゃうっ!?」

 ひざかっくんを豪快に喰らわせた。

 「ななな何をするんですかぁっ!?」

 予想もしない位置に、予想外の衝撃を受けて地蔵に抱きついたおキヌは、当然の抗議をした。加害者は涼しい顔である。

 「この程度のことでバランスを崩してちゃ、いつまで経っても地蔵は動かないでちゅよ」

 「むぐっ……不意打ちは卑怯ですよう…」

 師匠の悪びれない様子に毒気を抜かれ、肩の力も抜けたおキヌは地蔵に背中を預けて唇を尖らせる。
 コンディションの悪い状態でいくら地蔵を押しても、全力にはならない。それにおキヌの抱える問題はそれだけではない。今のままで続けてもパピリオの言う通り…地蔵が動かないのは分かっていた。

 「一生懸命と全力はまるで違いまちゅよ? おキヌちゃんは一生懸命やっていまちゅが、一線を越えようとしていまちぇん」

 思わせぶりな話は、小竜姫譲りか。パピリオは得意げな顔を見せた。

 「冥子はその点、自分の全てを注ぎ込むことが出来ていまちた。こう言うと分かり易いでちゅかね…覚悟が違う、と」

 ニヤリ、と浮かべた表情は魔族によく見られる、お前の魂くれませんか的な黒いもの。ただし、言っている内容の大半は受け売りであるが。
 言葉は借り物でも、パピリオの言わんとしている中身は彼女自身がおキヌに感じた本物だ。

 「覚悟…」

 「モチベーションが違う! テンションが違う! 気合が違う!」

 「モチベーションにテンションに気合まで!?」

 「要するに、おキヌちゃんには明確な目標がないんでちゅよ、多分。理想と目標、これもまた別のものでちゅ。冥子にはそれがありまちた」

 「理想と目標…ですか?」

 「そうですねぇ…似て非なるもの、ではありますよね。私だったら世界一のピアニストが理想で、コンテストでの優勝が目標、みたいな。今は違いますけど」

 梓も一度はその道で両方を目指した身である。自分に置き換えれば容易に想像がついた。GSを目指すようになってからは、また一から未来設計の建て直しを健二と共に行っている最中で、世界一のGSを目指すのかは未定である。

 「パピリオちゃんが言ったものを保つためには、確かに必要ですね。氷室さんの目標って…聞かせてもらってもいいですか?」

 氷室キヌの理想。
 氷室キヌの目標。
 ぱっと思いつくのは、今の居場所である美神除霊事務所のことだ。美神がいてシロとタマモがいて、ショウチリがいて…そうして彼がいて。
 理想、と呼ぶには身近で、でも目標、と呼ぶには遠すぎて。

 「私は…」

 彼の隣にいたい、と思うのは本心だ。公私共にパートナーとなって支えられたらどれだけ素晴らしいか。
 おキヌが今妙神山にいるのも、平たく言えばそのためである。自分を鍛えて、足手まといになる事無く彼の…横島忠夫に背中を預けてもいい、と思われるため。
 でもそれは、理想とも目標とも違う気がする。

 「私は……」

 願い。
 そう、願いだ。
 こうだったらいいな、と想うだけの拙い願望。
 具体的なものなど何一つない、曖昧模糊とした未来の姿。

 「その差、でちゅね」

 言葉の続かないおキヌに対し、断定的な口調でパピリオは告げた。

 「おキヌちゃんが脳裏に思い描いたものは夢や願望でちゅ。しかし今、現実に必要なのは確固たる目標! 理想を現実に変えるための、一つの到達点なのでちゅ!」

 「パピちゃん…後ろ」

 「然るに…ん?」

 おキヌに人差し指を突きつけ、演説の核心部分に入ろうかと思った瞬間、チリが苦笑を浮かべて俄か師匠の背後を遠慮気味に示した。

 「パ〜ピ〜リ〜オ〜……」

 手頃な高さにあったパピリオの頭を鷲掴み、じわじわと締め上げたのは小竜姫だった。

 「何をしたり顔で説教しているのですか! きちんと面倒を見るという約束で、私は貴女に冥子さんやおキヌさんをお願いしたんですけど?」

 「いたたたたた!? 小竜お姉頭ああっ!? 耳からぴゅるっとなんか出ちゃうでちゅうううううっ!?」

 爪先立ちになりながら悲鳴を上げるパピリオ。こんな場合でも武神の手際は際立っていて、上手に妹分の抵抗を受け流して無力化している。純粋に、折檻に慣れたとも。
 全く、と暴れるパピリオを解放した小竜姫は、何だか表情の冴えないおキヌを見て首を傾げた。ふと周りを見れば、一様に微妙な表情をしている。

 「…? どうかしたのですか、皆さん? おキヌさんの修行に進展が見られないのです?」

 「あはは…それはまあ、見ての通りなんですけど」

 地蔵は未だゴールに届いていない。昨日から地味に進んではいるが、一息にスタートから運んだものでもなさそうだ。
 やはりパピリオが邪魔をしたのでは、と勘繰った視線を蹲るパピリオに向けてみる。

 「あうううう…おキヌちゃんの修行が進まないのはパピのせいじゃないでちゅよ。この子自身の問題でちゅ。そーゆー所をびしっと指摘してたのに…ううう」

 「あのですね、パピリオ? さっきのご高説は聴こえていましたが、人の心というものは他人が容易に…」

 「あ、いいんです小竜姫様! パピリオちゃんは悪くないです。…悪いのは、やっぱり私です」

 慌てて仲裁に入ったおキヌの声は尻つぼみに小さくなっていく。
 空気読んでくださいところめに言われたばかりの小竜姫でも、おキヌの様子が只ならない事は分かった。冥子にばかりかまけて、おキヌの修行をあまり見てやれなかったのは、監督の落ち度だ。

 「あの、おキヌさん…」

 「すみません、小竜姫様。今日はこの辺で止めておきますね。根を詰め過ぎても良くないでしょうから! ちょっと汗を流してきます! お夕飯の当番も私でしたよね、すぐにそっちも始めますから! それじゃ失礼します!」

 早口に小竜姫の恐縮した声を遮って、おキヌはお辞儀するととぼとぼと出口へ歩いていった。走れるほどには、回復していない。

 「おキヌさん、行き詰っているようですね…彼女と冥子さん、雰囲気こそ似てはすれど、やはり違う人間、か…」

 妙神山修行場は、霊的成長に壁を感じた霊能者が訪れる場所だ。人の霊気・霊波は心の働きとも密接に関係している。
 小竜姫とて長い時間を生きてきた経験がある。心の機微に聡いとはお世辞にも言い難いが、今のおキヌの陥っている袋小路がどのようなものか、凡その察しはつく。

 「…久遠さん。皆さんがここへ来て何日になりますか?」

 「え? えっと…今日で2週間ちょっとですね。…あれ、私、何か忘れてるような気が」

 向けられた問いに答えた梓の脳裏に、何かが一瞬閃いて通り過ぎていった。街中で流れていたピアノ曲のタイトルが思い出せないような、気持ちの悪い感じが残る。

 「んー…? あれ…?」

 「小竜お姉、冥子はどうしてるんでちゅか? ヒマだからそっち行きたいでちゅ」

 「今日の分のノルマを終えて休んでますから、そっとしておいてね。それよりパピリオ、ちょっと頼まれてくれますか?」

 「ほえ?」

 「ちょっとしたお使い、ですよ」

 そう言ってにっこりと微笑む小竜姫に、パピリオは言い知れぬ不安を感じて一歩下がった。ああ、碌でもないこと頼まれるなコレ…と彼女の第六感が告げている。

 「偶には、私もお姉さんらしいところを見せなくちゃ、ね。ふふ………」

 小竜姫は引きまくりのパピリオを無視して、笑顔を崩さず呟くのだった。


 電子音が場を支配する、八畳の和室。だが人間が人間らしく暮らせる空間は、その半分以下のスペースしかなかった。
 けれど、それでもいいのだ。
 何故なら。

 「うわははははははは!! どうじゃ小僧! これでワシの120連勝ぞ!」

 「むがああああああああああああああっ!! ここが! 昇竜拳のナナメ入力が憎いぞおおお!!」

 ここには猿しかいないから。

 「どうしてもしゃがみ大パンチに! 対空弾幕の薄さが致命的じゃあああ…」

 「初心者にコマンド系は敷居が高いのう! 大人しく溜め系のキャラにすればいいものを…くっくっく」

 「ぬううう…! やってやる、やってやろうではないか! オレは今から波動を極める! 対空なんぞノーマル大パンチと垂直ジャンプ中キックで凌ぎきってくれる!」

 「頼みの綱の波動拳も3回に1回しか成功せぬ未熟者が何をほざくか! SPゲージが泣いておるわ!」

 2匹の猿の片方は、正真正銘の猿だ。もう片方は、コントローラ自体をここに来て初めて握る新参者、和楽器笙の付喪神…ショウ。
 この部屋の半分を埋めるのは、各種ゲーム機のハードとソフト、攻略本、設定原画集に初回限定版特典のフィギュアや音楽CDの類だ。

 「老師様ー……お茶の御代わりをお持ちしましたよ。ほら、ショウ君も」

 「ん、済まんの。お主は筋が良いぞ? 茶坊主の才能がある」

 「健二! オレの事は今日から豪ショウと呼べ! 背中に天の文字を背負う最強の漢と!」

 薄暗い、ゲーム画面の照り返しばかりが悪目立ちする混沌空間。
 お茶を差し入れにきた宮下健二は、褒め言葉に全然聞こえないお猿の台詞に感情の薄れた平べったい視線を、ショウのまるで意味不明な台詞には引き攣った笑みをそれぞれ返して、空の湯飲みを回収、代わりのお茶を彼らの傍らに置いた。

 「しっかし同じゲームばかりでよく飽きませんね? 老師様」

 「かっかっか…対人は千差万別、攻め手守り手の駆け引きがあるからのう。特にこやつの様な初心者相手は、思考を読みきって対処するのがある種快感でもある」

 「うわー性格悪ーい」

 健二にはまるで興味の無い世界なので、平坦な感想しか出てこない。
 何より健二が謎に思ったのは、3台のTV画面が全て稼動していることだった。
 一番大きなディスプレイでは、二人が格闘ゲームの対戦をしている。それは分かる。
 が、ネットと繋がっているらしい2台のPC…デスクとノートにまで、違うゲームの画像が映っている。
 お猿の老師曰く、片方は放置中で、片方は張り込み中とのことなのだが…もうさっぱり理解出来なかった。

 (放置って。電源切っちゃ駄目なのか?)

 そう内心では思っても、老師の私物に勝手に触ったら仏罰が下る。少し前にパピリオが何本かソフトをこっそり持ち出そうとして、老師に見つかったのだが…あの煙管の一撃は下手な鉄パイプの殴打よりも痛そうに見えた。実際パピリオは泣いてたし。

 「ん…老師様、これって、今日の日付で……日付? え、今日ってもう…」

 張り込み中と説明されたデスクトップのPC画面の左下に、現実の日付とゲーム内の暦が並んで表示されている。
 それを見た健二は、顔面を蒼白にして口の端を引き攣らせた。

 「む? おお、そういえばそろそろ再POPの抽選時間帯じゃの。小僧、勝負は一旦預ける。暫しCPU相手に腕を磨くが良い」

 老師のふかす煙管の先が、健二の方へ向く。再POPも抽選も健二には意味不明で、聞く気も無かったが…
 どのみち、今の健二には関係無い。彼が今思っていることは一つだけ。

 自分は茶坊主じゃなくて。


 「今月の仕事忘れてたあああああああああああああああああああああっ!!」


 マネージャーだったということだ。

 「梓ああああああーーーーーーーーーーーーっ!! 明るい内に下山するぞおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 障子を開け放つやいなや、健二は全速力で斉天大聖の部屋を飛び出し、梓の名を叫びつつ凄まじい勢いで去っていった。明るいうちとは言っても、もう午後を大分過ぎているのだが。

 「ふむ…あ奴の茶も飲み納め、か。残念じゃのー。む、ライバルがおるのか…むむ」

 ちらっとだけ健二の後姿を眺めた老師だったが、すぐに視線はPC画面に向けられた。

 「くううううっ!? 手足が伸びるとは卑怯もいいとこじゃ! 貴様はゴム人間か!」

 ショウはショウで、ヨガヨガ煩い敵相手に奮闘中で…健二が出て行ったことにも気付いていない。
 つくづく報われない男、宮下健二(25歳・マネージャー)であった。


 こうしてひどく慌しく、久遠梓と宮下健二は下山することとなった。
 おキヌ達との別れ際、小竜姫は梓にGSとしての師匠にある人物を推薦し、写真と紹介状まで書いてくれた。
 その人物は人格者で、霊能者としての実力・実績も申し分なく…何より。

 「あの方のお住まいには確か、ピアノがあったと思いますよ。大きなものですから、準備するのは大変でしょうし都合が良いのでは?」

 「そうなんですか。気を遣っていただいて、有難うございます。お仕事が終わったら、早速尋ねてみます」

 「氷室さんも六道さんもお元気で。無事に修行をやり遂げて下さい」

 また会いましょう、と約束して。
 二人はこの日、妙神山を後にした。


 …余談だが。

 「…ここにあるのはピアノじゃなくて、きっとオルガンですねえ」

 「うわ良い人そうだな。さすが聖職者」

 手渡された写真に写る、見るからに善人ぽい神父の姿を見て…二人は好印象を覚えるのだった。

 …おキヌ達との再会も、そう遠いことではなさそうである。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 悩みは人を育てるそうですが、本作の登場人物は悩みすぎ。美神除霊事務所のコアメンバーを筆頭に、色んな人が育ってきてます。
 妙神山見学組は、今回で退場です。いいお師匠につけるといいですね?(白々しく

 ではレス返しを。


 とおりすがり様
 剛錬武を粗大ゴミにした霊波砲は、流石にライフル程度では済まないでしょう。初弾のころめレーザーを称した、とご理解下さい。ころめバスターはそうですね…百式のメガバズーカランチャーくらい。どっちもMAP兵器ですけど!
 修行、が本作のものなのか原作のものなのかによりますが…単純に霊力量を比較すると、軽く十倍差はありそうです。活用の仕方が、美神が群を抜いて上手いためにそこまで力の差に現れないだけで。今回の修行で、その差も大きく違ってくるでしょう。


 スカートメックリンガー様
 式神の争奪戦、という方式自体も歴史あるやり方でしょうし、小竜姫も意識している筈です。六道のご先祖様が訪れている、と作中でも言及しちゃってますし。
 冥子の修行はまだ中盤ですから、この程度じゃありませんよう。命懸けてもらわんと…ね。
 横島と冥子の相似点ですか。なるほどー…成長の仕方も似ている部分がありますね、確かに。似ているからこそ、美神に同じように惹かれた…というのは穿ちすぎで赤面ものの発言ですな。あー恥ずかしい。


 内海一弘様
 GC責任者コンビは、いっつも同じオチなのが玉に瑕。プライベートでどうなっているのか、いずれ語られる時が来るとか来ないとか。
 デジャブーランド編ですか? あー…えーと……んー…(消えるようにフェードアウト
 冥子は掘り下げれば下げるほど、潜在能力の凄さが浮き出てくるような。この子は化けるために存在すると言っても過言ではありませんよ、ほんとに。でもやり過ぎると彼女の持ち味を殺しますね…悩ましいです。ころめ共々、難しい存在に。
 悪寒、というのはスイッチみたいなもので。入力された以上、何らかの出力があるでしょう。合掌。
 おキヌの修行は遅々として進まず…うーむ、冥子編なんですけどね。もうあんまり関係無くなってきました。鬼門戦以降、笛も吹いてませんがいいのかおキヌ。


 スケベビッチ・オンナスキー様
 ツンデレは別にいます(挨拶のつもりか!
 リハビリ…? む、お体ご自愛下さい。健康は買ってでも保てとおばあちゃんが言っていましたよ。
 冥子が主役ですから、いいのです。脇役で。ちょこちょこっと出ては場を賑わしてくれる、その程度の存在でお願いします。元々の存在感が強いメインキャラなんですから。
 人造文珠のスペックについては、後書きやレス返しで説明するのはヘンなので…作中で描かれるまでお待ち下さい。目玉アイテムですから、話題になるはずです。
 春乃もロディマスも、当初の設定よりおかしな性格になっています。何故だろう…でも、春乃はツンデレとは違うのです。絶対。これだけは力説しておこう!(何故
 ころめは明るいいい娘です、とだけ。剛錬武が鬼門化している…! なまじタフなので、禍刀羅守より駆り出される機会が多い不憫な奴です。
 健二は意図的に似せてますが、ロディマスは似てるかなー…キャラ造形を見直さないといけません。精進しないと。


 柳野雫様
 WGCA−JAPANは楽しげな職場です。立ち上げたばかりで活気もあり、ロディマス&春乃のド突き漫才も場を和ませる一因ですから。上手く回っております。
 冥子の成長はゆっくり描いていきたいものです。霊的なレベルアップもありますが、内面の成長は字数を必要としますから…焦らず見守ってやって下さいな。
 妙神山、賑わってますなあ…冥子編が長引いてしまう理由の一つは、この空気の良さもありますな。
 今後、彼女達の修行はどんどんと苛烈になります。なんせ小竜姫ですから。うふ。


 カシム様
 お久しぶりですー!
 冬話は、一応の目安で設定してある分量をかなりオーバーしてしまって…ボリュームと中身がつりあっていれば良いのですが。仕込んだ小ネタにニヤニヤして頂ければ本望です。
 修行場崩壊がデフォに!? まだ考え中なのに、そんな事言われたら崩すしかなくなりますね…! 冥子は霊的成長期とは別に、今が伸びしろの大きい時期。人間的成長期とでもいいますか。あ、おキヌは押してます。押せてませんけど。
 GC文珠については、今後の説明をお待ち下さい。まだ、試作の域を出てないとだけ。
 WGCA−JAPANの姿は、誰の主観によるかで大分違いますね。美神にとっては商売敵だし、オカGにとっては使える人材の増員。業界全体にとっては…第一話の副題通りの嵐、でしょうか。その辺も今後明らかに。タオレンジャー、どっかで再登場するのかな…


 以上、レス返しでした。皆様有難うございました。

 次回、十二神将再契約編・完…の予定です。小竜姫がどのようにお姉さんぶるのか、期待せずにお待ち下さい。

 ではこの辺で。最後までお読みいただき、有難うございました!

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