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▽レス始

「スランプ・オーバーズ!18(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-02-01 19:32)
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 真面目な顔や雰囲気が似合わない人、というのはいるものだ。
 如月春乃は、画面の中に映る上司の緊張した表情を見て思う。

 「では支部長。我侭を押し通して実験に参加した支部長。方々に大迷惑を掛けているのを自覚している支部長。準備はよろしいですかこの野郎」

 春乃はいそいそと工事用の黄色いヘルメットを被り、小型のモニター前に設置されたマイクへ清々しく毒を吐いた。

 周囲一帯を切り崩された岩壁が囲む採石場の一角に、WGCA−JAPANと屋根に大きく書かれたパイプテントは設営されている。
 春乃と白衣を着た研究者然とした一団、それぞれが個性的な格好に身を包んだ、GC達。およそ30人以上がやや窮屈になりながら、3台あるモニターを眺めていた。
 全員が何か不祥事に備えてヘルメットを被っているのが、服装のちぐはぐさとも相まって異様だ。

 『そんなに苛めないでくれよ春乃君。責任者としてはだね、間近で研究の成果を確認したいという欲求が…』

 「この部門の責任者は支部長ではなく、ドクター・カオス氏です。っていうか何であの方は欠席なんですかマルタ主任」

 大き目のテントの大半を占有する機材群の調整に当たっていたマルタが、春乃の詰問めいた声に肩を竦めて振り返る。…頬がげっそりとこけ、目の下の隈も濃い。また少し痩せたようだ。

 「魔王殿は現在、愛娘の徹底改修中だそうです。マリアさんでしたっけね。私たちもかれこれ一週間以上は、姿を見てませんよ」

 怒りも呆れもしていない、ただ諦めだけを浮かべたマルタの瞳の色に、春乃もそれ以上の追求は無意味と悟った。お互い上司には苦労しますね、と何度覚えたか分からない共感を今日も得る。

 「いつでもどうぞ。機器のセッティングは完璧です」

 「はい。では人工文珠『ジュエル』の第一回発動実験を行います。支部長、カウント後に発動、投擲をお願いします」

 モニター内のロディマスが親指を立てる。彼の前には真四角に切り出した10tはありそうな大きな岩が据え置かれている。
 ロディマスはヘルメットの他に、機動隊が用いるようなプロテクターと半透明の盾を装備して防備を固めてある。ここからは見えないが、実験現場の近くには救急車も待機させてあった。

 「ジュエルのモードはE、投擲後は確実に塹壕まで退避して下さい。分かりましたね支部長?」

 『耳タコ〜』

 「…実験後、ちょっとお話があるので付き合って下さいね。プロテクターの着用は認めます。無意味ですから」

 『春乃くーーん!? 鎧とか徹す戦国時代の奥義は止めてね!? 内臓直接系は後遺症が! 来月のデジャブーランドに障るから!』

 「っ!? デジュ、デジャブーランドはどうでもいいですから! 真面目にやって下さい!」

 『つれないなぁ…僕は楽しみにしてるんだよ?』

 「いいですから!! さっさと位置につくっ!!」


 「また始まった…」

 「春乃さん、顔真っ赤。ちょっと噛んだし」

 「役者が違うというか、器が違うというか…」

 「ん、あの二人って付き合ってるの?」

 「マルタ主任、それがですねー…」


 ひそひそひそっと春乃の背後で毎度毎度交わされる確信犯的な無駄口に、濃い目の殺気だけ飛ばして。

 「ではお願いします。カウント5!」

 冷静に冷静にと自分に言い聞かせながら、カウントを進めていく。

 「4………3………2………1………発動!」

 ロディマスが大きく腕を振り被り、ビー玉のような虹色に輝く球体を大岩へと投げつける。
 緩めの放物線を描いて飛んでいくそれを、ロディマスはおざなりに構えた盾の後ろから、目を細めて見守った。

 「!? 支部長! 早く退避を! 巻き込まれます!!」

 すぐにでも身を翻して駆け出す予定だったロディマスは、春乃の焦った声にもその場から動こうとしない。少し距離を置いて掘ってあった塹壕からも部下が顔を出して、懸命に退避を促している。

 「馬鹿!! さっさと逃げろよ!!」

 ジュエルと名づけられた人工文珠が、春乃の叫びも虚しく大岩へと着弾する。

 「ロディマスーーーーーーっ!?」


 爆炎の朱色が、モニター一杯に広がった。無論、ロディマスを呑み込んで。
 轟音がモニターと生身の耳両方に轟き渡り、テントを揺らす。威力の程が…否応無しにその場に居た全員に伝わった。


 「馬鹿野郎! 何考えてやがんだクソがっ!!」

 ヘルメットをかなぐり捨てて、春乃はテントから飛び出していった。後ろから誰かが呼び止めるのも意に介さず、全速力で数百メートル先の実験場へ…未だ噴煙のようなもうもうとした黒煙の立ち昇る現場へと走る。

 「真面目にって言ったじゃねえか…! 何巻き込まれてんだよボケが!!」

 完全に地が出てしまい、ぐちゃぐちゃに乱れた感情のままに叫び、喚きながら。
 安全距離の目安に引かれた黄色いテープを跳び越え、騒然とする現場に駆け込んだ春乃の前で…


 「うん、そう。体感すると分かるけど、破裂の方向がばらばらで、威力が集束し切っていない。うん。だから見た目よりも破壊力は落ちるね。オリジナルの壁は厚いってことかなー…っと、怖い人が来た。そんな訳でデータ解析はよろしく。はいはい」


 炎に巻かれ、耳をつんざく衝撃に晒された筈のロディマスが、無傷でインカム相手に淡々と実験結果について喋っていた。
 傍らには岩片の食い込んだひしゃげた盾が転がっている。

 「…………………………………しぶ、ちょう?」

 「春乃君悪かったねー、間近で見たくてさ。ほら、岩の抉れ具合がいまいち予定と違うだろう。あれはジュエルの起爆規模がー…………やー、春乃君の背後に見える強そうな人は誰だろうー?」

 解れて乱れた前髪の下、表情の見えない春乃から漂う戦士のオーラが、ロディマスには具体的な死神の形に見える。鎌なんざいらねえ、俺にはこの拳があるぜと残忍に微笑む処刑人の姿が。

 「……………………………我ながら…不覚を取ったと反省しています支部長」

 駆け寄ろうとするも、謎のプレッシャーに気圧されて遠巻きに眺めるしかない職員達を尻目に、春乃は肩を震わせる。
 爆発現場だというのに、周囲を覆うこの静寂の重さたるや…真空の如し。

 「支部長があの程度の事で殉職なされたりする筈がありませんでした。取り乱した自分を今から殴りに戻りたい気分です」

 よく見れば、俯いた顔は真っ赤に震えている。ロディマスは大いに動揺しながらも、空気も読まずに余計な一言を口走り…命運を決した。

 「射程というか必殺距離だからもう逃げないけど、春乃君? 自分の失敗や落ち度を僕に八つ当たりして発散しようとするのは、感心しないな」


 「誰のせいでお前の名前なんぞ悲鳴混じりに叫んだと思ってやがるーーーっ!!」


 早口に。照れ隠しに。八つ当たりに、若干の安堵も込めて。
 春乃が繰り出した正拳は、技や術を超越して砲弾の如くプロテクターの胸部に炸裂した。

 『いやあ、あれはプロテクターの下に家内安全のお守りが無かったら死んでたね!』

 と、体験者が後に語る程の一撃であった。


 「さて、GCの皆さん。只今お見せしたのが、皆さんに支給される予定のジュエル・モードEです。他にもS・Aなど用途別に意味を込めたタイプを用意してあります。オリジナルのように、無印のものに任意の文字を込めて、とはいきませんが」

 春乃がいなくなり、何となく白々しい空気の流れる本部テントでは、マルタが春乃の代わりに場の進行役として、集められたGC達に説明を続けていた。
 量産型文珠の威力に目を白黒させている彼らに、マルタも鼻が高い。本業の連中が驚くくらいだ、実験結果は良好である。

 「…なかなかの威力だったな。数千万クラスの破魔札と同じか、それ以上の効果はありそうだ」

 そう発言して注目を惹いたのは、彼らの中心でどっかと足を組み偉そうにしている…伊達雪之丞その人だった。タオレンジャーの扮装はしておらず、普通に黒いコートを纏っている。

 「問題は威力より制御の方向だな。その辺、考えてあんのかよ?」

 周囲のざわめきとは裏腹に、雪之丞の態度は至って冷静だ。文珠の威力はオリジナルのものを良く知っているし、今の爆発にせよ自分の霊波砲ならそれ以上の火力を出せる。
 雪之丞の実力は、集まっているGC連中の中でも飛びぬけて高い。何せあの事変の決戦メンバーだったのだから。マルタも流石に彼相手では、高くした鼻を引っ込めるしかない。

 「制御に関しては、まだまだ改善の余地は残ってますね。威力ももう少し抑えて…本格支給が始まるのは早くても来月以降…それまでには何とか」

 「あっそ。……っつーかよ、アレはいいのかアレは。ロディマスの旦那、如月さんに空中コンボみたいなの決められてるぞ」

 「…イヌも食わない類のものですから。放っておきましょう。伊達主任の他に質問のある方はー…」


 モニターの中では、春乃の乱撃がロディマスを宙へと吹き飛ばし、更に叩き落す様というかザマが、格闘ゲームよろしく続くのだった。
 リアル無限コンボは程々に。


               スランプ・オーバーズ! 18

                      「実感」


 妙神山修行、15日目の朝。
 斉天大聖を抜いた6人で囲む朝食を終えて、小竜姫と二人連れ立って異界へと渡った冥子は、胸に抱えた十二枚の式神護符を師匠に渋々渡し、目を潤ませていた。

 「今日からは貴女と十二神将の再契約を主軸にして、修行を行います。心眼の言う事を良く聞くように。いいですね?」

 「は〜〜い………」

 「返事はしっかりと!」

 「は〜〜い!」

 小竜姫の檄に、背筋を伸ばして答える冥子。昨日まで行っていた地蔵押しで溜まった疲労は、夕食後に浸かった温泉のお陰で綺麗に消えている。気力はともかく体力的には問題無かった。
 式神護符を地面に並べた小竜姫は、片手で印を結ぶと小さく口の中で呪文めいた短い言葉を呟き、霊力を護符へ流し込む。
 仄かに霊気を受けて煌めく護符から十二神将全てが飛び出し…冥子の方を気にしながらも、全員が小竜姫の影へと吸い込まれていった。

 「ああ〜〜……みんな〜……行っちゃった〜…………」

 「これで、十二神将は一時的に私の管轄下に移りました。ご安心なさい。先日心眼が言った通り、本当の意味での主人は変わりません。ただ霊力の供給元が貴女から私に移るのみです」

 「確かに、冥子ちゃんから十二神将への霊力のラインが切れてるわ。自分でも分かるでしょう?」

 「うん……とっても心細いわ〜………」

 物心ついた頃から十二神将は冥子と共に在った。
 式神達との繋がりは人間の友人に恵まれなかった彼女にとって、何よりも大切な絆だ。
 幼い頃、十二神将は冥子の遊び相手だった。
 六道財閥系列の私立小学校に編入する頃、十二神将は友人となり。
 将来はGSになるんだ、と自覚するに至った高校生の頃…十二神将はパートナーへと変貌していった。
 そして、ずっと変わらず家族の一員だ。

 「胸の中が空っぽになったみたい……」

 常に感じていた彼らとの繋がりを断たれた今、冥子は例えようも無いほどに不安で心細く、寂しかった。
 自分がどれだけ十二神将と寄り添っていたのか、改めて自覚する。

 「冥子ちゃん、気をしっかり! 私がついてるからね? この心眼…こ、ころめを信じて!」

 胸元からころめが優しく、力強く応援してくれる。自分の理想、心格を移植したもう一人の六道冥子。ある意味、彼女との繋がりは十二神将よりも深い。

 「十二神将のみんなも、貴女を信じて小竜姫様の下へ行ったのよ。必ず強くなった貴女の傍へ帰れるって。だから、ね?」

 「……うん。私頑張る〜! 頑張るって決めてきたんだから〜!」

 「その意気ですよ、冥子さん。十二神将からもひしひしと想いが伝わってきます。これほど式神に慕われる使い手も少ないでしょうね」

 内心、小竜姫は舌を巻いていた。十二神将の維持のために必要な霊力は、一人間が賄えるクラスの量ではない。
 何百年にも渡って受け継いできた式神使いの血の賜物とはいえ、規格外も甚だしい。

 (これは、つまり…十二神将自身も主人の事を考え、己に流入する霊力の量を調節しているという事。なるべく負担にならないよう、それでいていざという時には最大の力を出せるよう)

 そんな関係が在り得るのか、と自分の答えに疑問が浮かぶ。
 式神を消耗品のように扱う使い手も、世界には多い。オカルトアイテムの中には、低位の式神を簡単に作り出せるものもあるという。
 要は式神=所有物。この図式は霊能の世界では常識とまでは言わずとも、暗黙の了解ではあった。
 六道家が特別中の特別で、十二神将が異例中の異例なだけである。

 (だからこそ、今の冥子さんのような弊害が生まれる。冥子さんには、十二神将との壁が必要なのです。お互いをパートナーと認めるために、お互いを守るために必要な壁が)

 ころめに励まされて肩に力の入る冥子を見て、小竜姫は少しだけ胸が痛んだ。冥子に課す試練の辛さは、彼女が彼女であるほどに重く厳しく圧し掛かるのだから。

 「…では、まずは十二神将のいない貴女に、何が出来るのか。その検証から入りましょう」

 心を鬼にして、小竜姫は始まりを告げた。
 自分に出来るのは、彼女を一人前にしてやるための悪役に徹すること。
 冥子の苦しみの捌け口として、自分が受け止めてやること。

 (…壊れないで下さいね、冥子さん。私が必ず心身共に鍛えて鍛えて鍛えまくってあげますから!)

 特訓特訓猛特訓♪ と心のどこかでうきうきし始めている己を見つけて、ちょっぴり鬱になったのは小竜姫だけの秘密であった。


 空っぽの護符を片付けた舞台に、冥子は小竜姫が傍らで見守る中、これも式神の一種といえるのか…巨大な一つ目の鬼、剛錬武と向かい合っていた。

 「剛錬武には攻撃しないよう命じてあります。いわば試し割りの的みたいなものだと思って下さい」

 え!? とばかりに、剛錬武が小竜姫へ単眼を向けるも、主人は涼しい顔だ。涙で前が霞んで見える剛錬武…心なしか、一回り小さくなったような気がした。

 「まずはそうですね…簡単なところで霊波砲を撃ってみてくれますか? 威力ではなく、集束具合に気をつけて」

 単純に霊波を放出するだけなら、見習いクラスの霊能者でも出来る。霊波砲はその発展形で、威力を度外視すれば誰にでも放てる基本技だ。
 冥子の霊力量なら、素養に欠ける現状でもかなりの威力を見込めるだろう。十二神将へ回す分を上乗せすれば、美神のそれに匹敵する破壊力を得られるかもしれない。

 「え〜と………」

 が、のたのたと冥子は両手を前に構えたり、某かめ〇め波を真似してみたりと、様々なポーズで霊波砲を撃とうとして…小竜姫の首を傾げさせた。

 …そのまま、10分が経過しても、まだ。

 「冥子さん…? まさかですけど、まさか……?」

 引き攣った声を出す小竜姫に、冥子は向き直りぺこんと頭を下げる。
 そしてあっけらかんと言い放った。


 「霊波砲ってどうやって撃つのか教えて下さい〜」


 「出来ないのなら初めからそう言いなさいっ!! 時間の無駄じゃないですか!」

 鬼教官モードの小竜姫の怒声が、冥子の耳朶を打つ。
 耳を塞いでしゃがみ込んでしまった彼女に、もう一喝しようと小竜姫はまなじりを上げるが、ころめの声が気勢を削ぎ落とした。

 「小竜姫様。冥子ちゃんを責めないで下さいな。ちゃんと事情があるんです。この娘が霊波砲を撃てない理由が」

 「理由、ですか? しかし、霊波を放出する、という作業は極めて基本的なものです。彼女自身が修練を怠り、基本をおざなりにでもしていなかった限り、撃てない道理はありません」

 「あううう……色んな意味でお耳が痛い〜〜」

 「いえ、小竜姫様も納得出来る理由があるんです。確かに冥子ちゃんは自分自身の鍛錬になるとマコラを身代わりにしてシンダラで逃げちゃったり、ベッドの下に隠れてやり過ごそうとしたりしましたけど」

 「ころめちゃんまで〜〜……あの頃は痛いのヤだったんだもの…」

 六道家では一般教養や礼儀作法の他に、体力面についても専任のトレーナーがついてプログラムを組み、ジムトレーニングや水泳、武道に至るまで英才教育を施す予定だった。
 しかし、冥子があまりに打たれ弱く、事ある毎に十二神将が暴走を始めるため…そっち方面の教育は手詰まりとなっていた。ころめが言っていた脱走やかくれんぼは、まだ大人しい方なのである。

 「冥子ちゃんの霊力を大きなタンクだとします。けれど外部へ供給するためのパイプは12本しかない。小竜姫様なら、この意味の異常性が分かると思いますが?」

 ころめの言わんとするところを、小竜姫は僅かな思考時間でもって理解した。
 可愛らしく眉を寄せ、拳を唇に当てて目を伏せる。考える時の癖なのか、利き腕が神剣の柄に軽く添えられている。

 「…冥子さん。貴女は十二神将へ向ける以外の、霊力の使用法を全く教わっていないのですね? 自らに用いる霊力のラインが形成されていない」

 「そうなんですか〜? ころめちゃん、そうなの〜?」

 「冥子ちゃん、オカルトアイテムをほとんど使えないでしょう? 僅かな霊力を媒介として発動する、破魔札や吸引札みたいなもの以外は。例えば神通棍とか」

 「そうね〜…だから、色んな道具が使える令子ちゃんが凄いって思ったんだし〜」

 「どうして使えないんだと思う? 式神達を使役するときは、あれほどの霊力を発揮するのに」

 特に暴走時は凄まじい。

 「何でだろ〜? 考えたことも無かったわ〜。お母様も何も言わなかったし〜」

 「それは恐らく、貴女のお母様も同様だからでしょうね。先代の十二神将使役者なのでしょう?」

 外見、雰囲気、性格に至るまでそっくりな冥子の母は、今でも冥子から十二神将の所有権を奪い取れるほどの実力者でもある。美神にしてみれば、かなりの食わせ者らしいが。
 そういえば、冥子も母が神通棍のような『霊波を通して武具・道具とする』タイプのオカルトアイテムを使っている場面は見たことがない。
 下手なアイテムより、よほど十二神将のほうが性能的に多岐に渡っているのも原因の一つだろうが。

 「六道家の式神使いは、まさしく式神使役のエキスパート。けれどそれは、式神以外の除霊手段を捨てた結果でもある。六道家の歴史は、内へ閉じていく力の歴史…狭く深くそしてより濃く…血と魂に刻まれた力を残してきた証なのでしょう」

 「並の式神使いなら、式神を失った場合のことを考慮して他の自衛手段を持っている。でも六道家と十二神将は一蓮托生、式神を失う事は、命を失う事と同義よ。それだけじゃなくて、霊能大家としての家名と歴史をも地に落とす、最悪の事態ね」

 難しい顔をした小竜姫と、難しい事を言うころめに挟まれて、冥子はおろおろと視線を彷徨わせる。

 「なるほど…美神さんが危惧する理由も分かりますね。冥子さんは六道家が純粋培養して生み出した、いわば六道の権化」

 「ごんげ〜?!」

 「言い方が悪ければ結晶です。貴女は六道家そのもの…在り方も、力も、何もかもが」

 純粋な結晶は、美しさと同時に脆さも兼ね備える。美神が冥子をこうまでして鍛えようとする背景には、彼女の持つ危なっかしさがどうにもこうにも見ていられない、そんな事情もあるのだろう。
 冥子が変われば、六道家も変われるのだから。

 「貴女が真の意味で自立し、美神さんと肩を並べる存在になるには、六道家の呪縛にも近い慣習を捨て…十二神将が居なくても平気だと納得させなければなりません。少しだけハードルが上がりましたね」

 「あうう…小竜姫様、何だか嬉しそう〜…」

 燃える展開に、知らず拳を強く握り締めていた小竜姫は冥子に言われて力を抜く。

 「冥子ちゃん、令子ちゃんの願いに答えるためにも頑張りましょうね」

 「うん〜! やっぱり令子ちゃんって凄いわ〜、そこまで私の事を考えていてくれたなんて〜! 冥子感激〜!」

 「ふふ…美神さんは本当に友達想いですね。感じ入りました。さあ冥子さん、続けますよ! まずは貴女自身のための霊力ラインを形成するところから始めます!」

 「よろしくお願いします〜!」


 「――――――――――――――――――――――――ひぅっ!?」

 「どしたんすか美神さん?」

 「……誰かに物凄く誤解されて状況が悪化するような気配を感じたわ」

 「……誤解なんてそんな! 俺は美神さんが美貌を鼻にかけたちょっと横着でかなり横暴なそれでいて可愛い部分を徹底的に隠そうとするあまり口より先に手足鈍器が出る意外と世間体より身近な人に対する心象を大事にしちゃうところがとっても微笑ましい二十ウン歳の体は熟れ熟れ頭脳は思春期名GS令子だって知ってますよろぶっ!?」

 「デフォルトのボケにはもうツッコまないわよ」

 「で………でも…この……コピペちっくなやり取りも…なんか…久しぶ…がふっ」


 「いい、冥子ちゃん? まずは私がお手本を見せるから、その感覚を忘れないで」

 「は〜い」

 冥子のためのライン形成。作業的にはころめの存在もあるので、難度の高いものではない。
 かつて横島は心眼の助けを借りてサイキックソーサーを発現させたが、冥子の場合は既に霊力の流れはこれ以上にないくらい活発なため、ほんの僅かなきっかけと助けさえあれば、基本の習得など造作もないだろう。

 「じゃあ、軽く一発………開眼・ころめレーザーっ!!

 ころめのひどく嬉しそうな掛け声と共に、ブローチから一条の閃光が発射され、剛錬武の胸板に直撃した。

 『ウオオオオッ!?』

 「続けてころめレーザー・スプレッドシャワーーッ!!

 今度は放射状に撃ち出された霊波砲が、剛錬武の全身に着弾し爆炎を上げる。

 『ウオオオオオオオオウ!?』

 「ラスト! ファイナルころめバスターーーッ!!

 高らかなフィニッシュ宣言を受けて、目一杯に開いた心眼から極太の霊波砲が発射される。明らかにやり過ぎで、お手本になるような見せ方でもなかったが。
 剛錬武を呑み込んで異界の空へ閃光は駆け抜け…消えた後に残ったのは大の字になって舞台上に倒れる、黒焦げの剛錬武だけであった。叫ぶヒマもなかったらしい。

 「ふうっ! ああ快感だったわー! どう、冥子ちゃん? 貴女の霊力のほんの一部を使っただけでもあれくらい出来るのよ!」

 「目がちかちかする〜…」

 ころめは一仕事終えて満足、とばかりにうきうきと声を掛ける。人型だったら額の汗を爽やかに拭っていただろう。晴れ晴れと。

 「次は冥子ちゃんの番よ。霊力の制御の大半は私がやってあげるから、冥子ちゃんは手の先に霊力を集中するイメージだけ、強くもって」

 「は〜い。集中〜」

 「ほら剛錬武! 早く立ちなさい、次が来ますよ! それでも妙神山修行場が誇る試練の剛鬼ですか!」

 小竜姫の叱咤に、剛錬武の体がぴくりと動き…ぎしぎしと上半身を起こして叱咤の主を見る。涙眼で、もうムリっすとアピールしながら。
 当然、小竜姫はスルー。今の彼女は剛錬武以上の鬼…軟弱な意見は自動的に却下される。早く立て、と目だけで急かされて、剛錬武は焦げ付いた岩の甲羅の表面を剥離させながら立ち上がった。……立ち上がらされた。

 (おキヌちゃんは…すっごく集中してたわよね〜…私が話しかけても気付かないくらいに…自分の体力が空っぽになっちゃうのも分からないくらいに…)

 冥子は両手を重ねて剛錬武…びくっと大げさに怯む剛錬武へ、腕を突き出して構える。へっぴり腰で、小竜姫からすれば修正点だらけの構えだ。

 (集中集中集中集中集中〜……ころめちゃんが撃ったのは、私の霊波〜…私にもさっきのとおんなじのが出せるはず〜)

 「! …剛錬武、防御の姿勢を取りなさい。全力でですよ!」

 何かに気付いた小竜姫がそう命じる。慌てた剛錬武は、自分の弱点である剥き出しの単眼の前で両腕をクロスさせ、腰を深く落とした。
 冥子の霊力がころめを介して膨れ上がっていく。
 十二神将の枷から外れた彼女の霊力は、天井知らずにテンションを高めて辺りを揺らした。岩で出来た鳥居のようなオブジェが、震動で軋むほどだ。

 (集中集中集中集中集中集中集中集中……………………!!)

 「冥子ちゃん行けーーっ!」

 ころめが叫ぶ。

 「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!」

 迫力に欠けた掛け声は、けれど冥子の強い想いを結実させる。冥子は全身から霊力が手先へ集束し、痺れるような手応えと強い反動をもって撃ち放たれていくのをその目で見た。掌が痛いくらいの、力の奔流。

 「きゃあああ〜〜〜〜!?」

 ころめのお手本がビームライフルなら、こちらはハイメガ粒子砲だ。その反動に、へっぽこな構えだった冥子が耐えられるわけがない。
 踏み止まる暇もなく、華奢な身体は背後へ吹っ飛んでしたたかに背中を地面へ打ち付けた。
 放たれた霊波砲は、剛錬武の頭上、かすりもせずに凄まじい光芒を空へ伸び上がらせ、流星のように消えていった。

 「……冥子さん、大丈夫ですか?」

 「あううう……小竜姫様〜、私上手く出来てましたか〜?」

 ひっくり返った姿勢のまま、逆さの小竜姫に恐る恐る問いかける冥子に、鬼教官は小さく頷いてみせた。

 「一度の試行でこれだけの威力を出せるのなら、問題ありません。後は出力調整を学び、確固たる13番目のラインを構築・形成出来れば直ぐにでも十二神将との再契約に移れますよ」

 「冥子ちゃん、どこも体は辛くない? 頭が痛かったり、お腹の真ん中辺が痺れたり」

 「ううん〜。全然平気〜…あ、背中は痛いけど〜」

 擦り剥いたかも〜、と困ったように笑う冥子。…以前までの彼女なら暴走ものの痛みの筈が、ここまで成長した。
 起き上がるのに手を貸す小竜姫には、その小さな成長が嬉しい。
 誰かを育てる実感は、永い時間を生きる神族間では乏しい感覚となって久しいけれど…人間は、こうも短時間で己の心を組み立て直せる。
 自分が妙神山修行場の管理人としてやっていける理由には、そうした成長の実感を間近で見られる…瞬く間に伸びる人間の素晴らしさを感じられるから。そんな理由もあるかも知れない。

 (私にもっと、その実感を感じさせて下さいね…)

 小竜姫は膝を抱えて震えている剛錬武と向き合う冥子と、今も地蔵押しに苦心しているだろうおキヌの事を想い、内心でエールを送るのだった。


 「では、これより十二神将との再契約を行います。私が召還する式神を見事調伏し、己の下へと取り返してみせなさい!」

 初めての霊波砲発射から数時間もしない内に、冥子は己の手で霊波をコントロールし、霊具の使用から発展的な使い方まで会得してしまった。
 本気でやる気になって物事に相対する冥子の吸収力は、六道家の名に恥じぬ天才ぶりである。

 「よろしくお願いします〜!」

 煤けてぼろぼろの剛錬武を送り還し、ざっと掃除も終えた舞台で、小竜姫と冥子は向かい合っていた。

 「では最初の一鬼。クビラ、出ませい!」

 小竜姫の影から飛び出したのは、子の式神クビラだ。霊視能力に特化した式神で、戦闘能力は低い。バレーボール程のごつごつした丸い体と、大きな目玉に長い尻尾を持っている。

 「始め!」

 きっ、とクビラを睨む冥子に、式神は逡巡するような様子をほんの少しだけ見せたが、それも冥子の決意を感じ取った一瞬のことだけ。一直線に体当たりを仕掛けてくるクビラに躊躇は無い。

 (クビラちゃんは戦うのが苦手なのに〜…頑張ってるわ〜)

 子の式神らしく、はしっこい素早さは侮れない。冥子は横っ飛びに体当たりを避けると、覚えたばかりの霊波砲を放つべく集中していく。

 「冥子ちゃん、上!」

 「分かってる〜!」

 ころめの声を聞くよりも早く、地面に落ちた影の形からクビラの第二撃を予想した冥子は、振り向きざまに霊波砲を放つ。

 『チチッ!?』

 霊視に優れた式神らしく、冥子の手に集束する霊気を間一髪のところで感じ取ったクビラは、ぎりぎりで霊波砲から身を逃す。尻尾の先に少しかすった。

 (ちゃ〜〜んすっ!)

 冥子は空中で軌道を無理に変えた事でふらつくクビラに、全身を使って飛びつく。地蔵押しで得た全力の出し方を思い出し、彼女らしからぬ素早い動作で。
 クビラはその動きに面食らったのか、まともに冥子の体当たりを受けて懐かしい匂いのする腕の中へ抱き込まれてしまった。

 「ごめんねクビラちゃん…!」

 必死に抵抗するクビラに、冥子は直接霊波を叩きつけ気絶させた。クビラに限らず、冥子は十二神将全ての霊的防御力は把握している。どのくらいのダメージでK・O出来るのか、その最低限のレベルを見切った一撃だった。

 「くっ…! …なるほど、これがダメージのフィードバックですか。とってつけた程度の私との繋がりでさえ、反動は大きい…」

 霊体に走った衝撃に顔を顰めた小竜姫は、冷静に分析する。
 十二神将を使役するためには、この反動の大きさも抑える必要があった。それは今回の対決である程度改善される筈だが。

 「小竜姫様〜! クビラちゃん、私の影に入れておいて平気ですか〜?」

 「あ、ええ。屈服させた式神はそちらで預かって下さい。けれど、まだ主人は私のままですよ? 十二匹全ての再契約が終わるまで、冥子さんは一人で戦ってもらいます」

 「分かりました〜…ころめちゃん、まず一鬼目よ〜!」

 「ええ! クビラちゃんゲットだぜ〜!」

 「だぜ〜!」

 きゃいきゃいとはしゃぐ冥子ところめに微笑みつつ。
 小竜姫は次の式神へ意識を集中する。

 「では次です! バサラ、出ませい!」

 影から飛び出した巨大な丑の式神バサラが、大口を開けて冥子を威嚇した。
 でも冥子は怯まない。

 「どんどん行くわよ冥子ちゃん。覚悟はいいわね?」

 「もちろん〜! みんなみんな戻ってきてもらうわ〜!」


 冥子の試練は更に続く。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 冥子は徐々に逞しく。
 美神はどんどん脇役に…。
 冒頭の人工文珠は、大分完成形に近いものになってきました。GC達に支給されるようになれば、GSとのパワーバランスもかなり変化するでしょうねぇ。気をつけて扱わないと。

 ではレス返しです。


 柳野雫様
 健二は自棄気味。梓があんまり構ってあげてないせいもありますね。
 心眼ころめ、冥子の体に居た頃と性格が変わってきてます。冥子との共闘でますます変わることでしょう。
 シロタマ話も少しずつ表に出して行く予定です。冥子編が長いので、ちょこちょこと挿入して。うーむ、じれったいったらないな。
 お山の上と下で同時展開、とやれれば少しは纏まるのですが、あくまで今は冥子編。こっちで手を抜くと取り返しがつかなくなる恐れがありますから、のんびりお待ち下さい。こればっかだな!


 スケベビッチ・オンナスキー様
 ちらちらと伏線。シロタマ登場も近い未来でしょう。
 FMJは冥子が見たというか、冥子の母がにっこにこしながら見てたのを覚えていたのでは、と。冥子が見る映画はなんでしょう…低学年向きのアニメ映画とか。
 小竜姫は某魔界の友人の影響も受けて、熱血系に拍車が。「傾注ッッッ!!」とかやらんだけまだマシでしょうか。
 GC&カオス側と、美神側の邂逅もそろそろです。カオス単品とは会ってますが、本格的に関わりあうのは次シリーズ以降で。色んなことを集束させるお話になりそうな予感。


 以上レス返しでした。うう…有り難いったらないな。


 次回も冥子が大変です。ころめとの二人三脚で、修行は進んでいきますよ。
 おキヌもちらっと出る、かな…未定っ。
 近いうちに、よろず板のほうにも投稿しようかなと考えています。クロス作品で、アクション控えめ、まったりほのぼのなものを。

 ではこの辺で。最後までお読みいただき有難うございました!

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