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▽レス始

「学校対抗試合の舞台裏・後編(GS+オリキャラ+α)」

いりあす (2006-12-31 00:24/2006-12-31 14:38)
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 この手に霊能の 力を宿して
 世界を切り拓け ゴーストスイーパー!

 (Ready Go! Fight It Out!)

 魂の鼓動に 心を委ねれば
 溢れるこの光が 暗闇切り裂くの
 でも心に ひとつの古傷
 苦い思いを 胸の奥に秘めて走るわ!

 この手でいつの日か 未来引き寄せて
 アイツをもう一度 捕まえてみせる
 無限のキャパシティ きっと手に入れて
 世界を駆け巡れ ゴーストスイーパー!

 (Ready Go! Fight It Out!)

 あの淡い想い 失くしたあの日から
 目の前に広がった 新しい世界
 でも心は 後ろ髪引かれ
 悔いる思いが 先に進ませてはくれない!

 無限の未来から 一つの望みを
 アイツに巡り会い 一緒に歩こう
 心を解き放ち 翼を広げて
 世界を駆け抜けろ ゴーストスイーパー!


おキヌ「えっと……なんですか、この詩?」
夏子「いりの字がテキトーに創った、私のテーマソングやってさ。
   よう知らんけど、第3次SR○αの紫髪のボディコンエージェントの
   前期BGMに合わせて作詞してみたんやと。
   歌詞引用はアカンけど、自作はアリなのがここの規約やさかい」
おキヌ「ふ、ふ〜ん……あ、本当の後編のマクラはこの後ですからね」
夏子「ホンマにテキトーな詩やからな、ツッコミは大歓迎やで」


 幼馴染み……と言うほど、古い付き合いではなかった。家も今はともかく、子供の頃の感覚で言えば少し離れていた。
 けど、小学校1年生の時から同じクラスで、お互いの事はよく知っているつもりだった。他愛のないアホな話をして、勉強を教え合って、今になって考えればしょうもない理由でケンカをしては両親や先生に怒られたりした。
 アイツの事を好きだと自覚するようになったのは、実のところいつの事だったか分からない。多分、ハッキリそれを認めたのは他の男の子から告白されたのを断った時が最初じゃなかっただろうか?

 いつの頃からか、アイツに素直に感情をぶつけるのが気恥ずかしくなった。ちょうど色気づいた年頃の私達が、バレンタインデーのチョコレートを学校に持ち込むようになった時も、アイツにはどうしても渡せなかった。当時クラスで一番格好の良かった子にはみんな平気な顔してプレゼントしていたのに……アイツのところに近づいて、包装されたそれを突き出す、たったそれだけの事がどうしてもできなかった。
 多分、そういう風に気恥ずかしく思ってたのは、自分一人じゃなかった。2月14日の朝なんて、アイツを遠巻きに取り囲んで火花が散っていた。でもアイツときたら、クラス一格好いい悪友の方をジト目で眺めているばかりで、自分を取り巻く女の戦いになんて気づきゃしない。

 で、素直になれないまま、そのクラスの色男にまとわりつくグルーピー達に付和雷同する事で自分の本心を誤魔化し続けて、何年かがズルズル過ぎていった。いつか自分の気持ちを伝えよう――なんて、今にして思えば典型的なあすなろ症候群だった。
 だって、気付いてなかったから――伝えるチャンスが、いつまでも与えられるもんじゃないって、気付いてなかったから。


 事の起こり……いや、終わりかな? それは小5の時、今や学校のアイドルみたいになっていた件のハンサムな奴――断っておくが、別に疎遠だったワケじゃない。男の子の中では、アイツの次ぐらいに仲が良かった――が転校する事になった事から始まった。当然、校内にウジャウジャいたミーハーなファンの女子は大騒ぎになり、何故かアイツが八つ当たりの的にされていたのはご愛敬。
 引っ越しの前日、彼に学校の屋上に呼び出された。彼が何の用で私を呼んだか、薄々理由は分かっていた。彼が私に抱いているであろう気持ちがどういうものか、気付かないほど私も鈍感ではない。案の定彼は、

『俺、お前の事好きなんや。落ち着いたら絶対会いに行くさかい、それまで待っててくれへん?』

 ……とのたまった。他のグルーピー達なら二つ返事で『はい!』って答えるところだろう。けど、そう言われた瞬間、脳裏をよぎったのは彼ではなく、アイツの屈託のない笑顔だった。目の前の彼に愛想を振りまく事で、あの笑顔を裏切りたくはなかった。だから私は、お別れ間際の社交辞令なんて考える事もなく、キッパリと答える事にしてしまった。
『ごめん。気持ちは嬉しいけど、私――』

 少し言い淀んで、すぐに続けた。

『――が好きやねん。…クラスの中じゃ、けっこーライバル多いけどね』
『……そっか』
 彼はため息と共にそう呟いてから……急にパッと後ろ、昇降口の方を振り返った。
『どしたん?』
『イヤ、何となく……今、誰かがおったような気がしてな……』
『え゛? そらアカン、こんなとこ他の女の子に見られたら、明日から何言われるか分からんやない!』
 特に彼の熱狂的なファンに言いふらされたら、袋だたきにされかねない。私は目撃者をひっ捕まえるべく階段を駆け下りていった。その後ろで、彼がどんな表情をしていたかは、気にしている余裕がなかった。


 彼が引っ越して一週間ぐらいで、学校の女子によるファンクラブは流れ解散になったようだ。かと言って私を含めた女子一同が今度はアイツに乗り換えたとか、そーゆー事は一切ないのが奇妙なもので。一時期は彼にキャーキャー言っておいて、何を今さら……という後ろめたさもあったのかも知れない。トーゼン、私とアイツの仲が進展するでもなく……いや、彼が引っ越してから逆に少し疎遠になったような気がする。お互いの態度は表向き変わりなかったけど、アイツの側でどこか一歩引いていたように思える。


 そして、もう半年ほどして……今度はアイツが両親の仕事の都合で東京に引っ越す事になってしまった。スケベな問題児がいなくなると知って清々するような事を言ってる連中もいたけど、私からすればそれどころじゃない。アイツとはこれからもずっと一緒だと思っていたのに。私は、アイツにまだ何も伝えてはいないというのに。
 でも、似たような事を考えていた女の子は他にもいたから、いつかの時のように屋上に引っぱり出して……なんて事ができないまま、とうとう引っ越しの当日になってしまった。


『ほな、俺もう行くから』
 新大阪駅のホームで、アイツはちょっと申し訳なさそうに笑った。私がどんな表情をしていたのか、自分では全く分からなかった。
 そして、何も言えなかった。『行くな』とか『手紙書くから、返事くれ』とか『忘れんといて』とか『好きや』とか、言いたい事はいくらでもあるだろうに、頭が真っ白になって何も言えない。

 やがて、新幹線の発車のアナウンスが流れる。それを聞いたアイツの両親が、『ホラ、時間やで』と言ってアイツを促した。アイツはちょっと名残惜しそうな表情で、新幹線の昇降口に乗り込んだ。私がそれを追いかけるようにホームの縁まで駆け寄った時……アイツは愛用の帽子を外して、私にポンと渡してくれた。そして、アイツはニコッと笑って私に言ったのだ。

『心配すんなよ、夏子。心配せんかて―――』

 その次に投げかけられた言葉で、私はアイツの態度のよそよそしさの理由を初めて理解した。そして、あの日の屋上で感じた人の気配……その主が誰だったのか、も。
『こ、この……よ、よ……』
 頭がワヤクチャになって何も言えなくなっているうちに、ドアはピシャリと閉まり……列車は東の方向へいっさんに走り出していった。

 列車が遠ざかってゆくのを呆然と眺めながら、私は自分が泣いている事に気がついた。私はアイツを何度となくアホ呼ばわりしていた。アイツも私のことを、何度かアホと言った。でも、この時だけはそうじゃなかった。私はアイツと自分、両方の愚かしさに猛烈にむかっ腹が立った。そして、線路の向こうに消えていったアイツをにらみ据えながら、私は頬を流れる涙を手でグシグシと拭って………


『横島の……横島の、バカッタレぇぇ――――――!!!!!』


 アイツの……横島忠夫の事を“バカ”と呼んだのは、それが最初で最後の事だった。


   『学校対抗試合の舞台裏・後編』 Written by いりあす


「ん〜〜〜っ、美味いっ! なんでこういう合宿やキャンプで食べるカレーちゅうのは、こんなに美味いもんなんやろうなあ」
 連休三日目の夜。夕食のカレーを平らげながら、本当に彼女、真田夏子は実に幸福そうな顔をしていた。
「そ、そうなんですか? 私は初めて食べるものですから、何とも……」
「よく食べますねえ、夏子さん」
 お相伴にあずかる小竜姫とおキヌも、その健啖ぶりにはあっけに取られるしかないらしい。ちなみに作ったのは小竜姫とおキヌの二人で、本当はこの5倍作ったのだが、その大半は別棟の横島・愛子・ヒャクメ・パピリオ・ジーク・斉天大聖・天蓬元帥・捲簾大将・玉龍三太子の夕食の席に載っている頃だろう。
「そりゃ食べるわ、おとついの朝から大したモン食ってないもん」
「おととい?」
「せやな。この山を登り始めてから目的地に着くまで、結局3日かかってもうたし」
「「え゛…?」」
 とんでもない事をアッケラカンと言う夏子に、思わず食事の手を止めてしまう二人。
「いや、もう大変やったわ。登ってるうちに道間違えたみたいで、気がついたら森ン中をウロウロしとってん。おとついの夜野宿したせいで次の日は風邪こじらせてフラッフラでな〜、通りがかった猫又の親子連れが拾ってくれんかったら危なかったわ」
 さらにとんでもない事を言ってくれます夏子さん。
「猫又の親子連れ? ひょっとして、美衣さんとケイ君に会ったんですか?」
「ああ、そんな名前やったな。で、その二人に薬もろて一晩泊まらせてくれたんや」
「へ〜、大変だったんですねえ」
 相づちを打ちながら、おキヌは“そう言えば、前に横島さんが化け猫さんを助けた事があったっけ……”と内心で思い起こしていた。が、残念ながらおキヌも美神もその化け猫の名前を知らなかったから、夏子を助けた親子連れと同一人物だとは気付かなかった。
「ところで、小竜姫さんもその親子の事知ってるん?」
「ええ、半年ぐらい前に妙神山の麓に引っ越してきたそうですよ。何でも前に住んでいた家が御呂地岳の地震で潰れてしまって、この山の中の家に移ったとか……でも変なんですよねえ、妙神山には山小屋なんて無いのに」
「あ、それやったら山小屋やないんや。一年ぐらい前にこの山に建設業者がぎょうさん入ったらしくって、その時に建てたプレハブを始末せんとその場に捨ててったみたいなんや。仮眠室としてパイプベッドやら布団や毛布まで置き去りになってたもんで、それを使わせてもろてるんやと。助けてくれたお礼に捨ててあったドラム缶とコンクリートブロックで即席の風呂を作ってあげたら、大喜びしとったわ」
「……一年前、ですか……」
 途端に眉をしかめる小竜姫。その様子に気付いたおキヌが、そっと彼女の耳元に口を近づけた。

(小竜姫さま、その業者さんって……)
(ええ……多分、私が修業場を壊した時に美神さんが呼んでくれた業者ですよ)
(やっぱり……)
 美神が工事費をケチったツケは、業者による産業廃棄物の不法投棄という形でも現れているらしい。美神本人は、アシュタロス一派に修業場を綺麗サッパリ壊されたから手抜き工事の痕跡が消えたと鼻歌混じりなのだろうが……

「それにしても、GSの卵が何の違和感もなく妖怪のお世話になったんですか?」
「え? なんで? 一宿一飯の恩義に人間も妖怪もないやろ、別に賞金首でもあるまいし」
 小竜姫の質問にサラリと答える夏子である。
「ご近所はんに迷惑かけてるんならともかく、そうでもない妖怪いてこましたかてしゃあないやん? ここ来る途中で聞いた限りやと、猫又の親子が引っ越してきてからクマやイノシシが畑を荒らす事も減ったし、山ン中の荒れ田を代わりに耕してくれるんで助かっとるそうやけど」
「へえ〜、村の人達ともうまくやってるんですねえ」
「ま、今日び山ン中切り開いてデカいハコモン造る事もあんまのうなったしな、変に妖怪退治するよりは仲良うして村興しに協力してもらう方がええって事やろ。どこの田舎でも働き手が減って、荒れ田や荒れ山が増えてるのが現実やし」
「どこも大変なんですねえ」
 私が産まれた頃は、どこの山でも村の総出で新田の開墾をしていたけどなあ……と、江戸時代の頃の事を思い出してしまうおキヌである。


「さて、と」
 自分の皿を片づけながら、小竜姫が席を立った。そして、壁の向こう……横島達のいる宿坊の方向を指差しながら、おキヌに軽く目配せを投げかける。
「私は………の様子を見てきますから、ゆっくり疲れを取って下さいね。最近、老師とパピリオにせがまれて“えきしょうてれび”と“しいえす放送”を導入したんですよ」
 そう言って小竜姫が指し示したのは、32インチはある大型のディスプレイとチューナー、そしてその隣にズラリと並んだ家庭用ゲーム機の山だった。
「……誰の趣味なん? アレって」
「……神族や魔族にとっては、昨今の人間の“まるちめでぃあ”は新鮮なものだそうです。あ、お風呂場はあっちの廊下を奥に行って突き当たりを左ですから。それじゃ!」
 そうさっさと説明してから、小竜姫はさっさとその場を去っていった。
「………どしたんやろ、小竜姫さん?」
「い、色々と忙しいんですよきっと」
 さっきの目配せで小竜姫の意図を何となく理解したおキヌは、夏子に対して誤魔化す事にした。


 とにかく、小竜姫は忙しい。横島とおキヌの両方がバラバラに妙神山に修行に来て、なおかつおキヌが来ている事は横島に内緒にしておいて欲しい……なんて頼まれたものだから、たまたま斉天大聖老師を訪ねて来ていた父とその友人達に横島の応対を頼み、パピリオとジークにおキヌの修行を見てもらい、その間を立ち回って自分は両方の相手をする……と、連休初日の朝におキヌがここにやって来た時に(彼女は特急を乗りつぎ、山道は幽体離脱して自分の身体を抱えて飛んでくると言う反則じみた方法で横島より数時間早く到着した)手早く手を打った。
 ところが横島には愛子という同行者がついて来ていて、とどめに夏子という予期せぬ第三の修行者である。機密保持のため横島―夏子間の情報もシャットアウトしなければならないから大変だ。こんなにてんてこ舞いになったのは、デミアン達がこの山を襲った時以来ではないだろうか……と、廊下を歩きながら小竜姫はため息をついた。


「ん〜、このカレーというのも、なかなかいけまちゅね」
「うむ。わしらが天竺で食った物とはだいぶ違うが、これはこれで本場とは違った風味があっていけるぞ」
「うんうん、僕らの知っているインドカレーとは別物だね、これは」
「あ、そういえば皆さんインドにも行かれたんですから、カレーだって食べた事ありますよね…ん、おいしい! 合宿の夜のカレーってやっぱり青春よね〜」
「あ〜っ! シゴキの後のメシはうまいっ! こらうまいっ!」
 一方、宿坊の方でも同じ献立で夕食会が開かれていた。もっともこちらは、横島たち9人という結構な人数の賑々しい夕食風景である。

「皆さんお待たせしました、食後のお茶と点心ですよ」
 前述の多忙さなど無かった風を装って、小竜姫がお茶とデザートの……どこで買ってきたのかショートケーキを手に宿坊側の食堂に入ってきた。
「おっ、待ってました! カレーだけだと舌がピリピリして、甘いモンが食いたくなるんだよなあ」
「朱次兄……少し食いすぎだ」
「天蓬元帥導師は下界にいた頃から健啖家だったって、専らの評判なのね〜」
「ああっ! 導師、僕のケーキからイチゴを持っていかないで下さい!」
 妙神山という霊能力者の修行場という名前にふさわしくないこの騒がしい食卓。

(……でも、たまにはこういうのもいいかも知れませんね)
 と、小竜姫はホッとするような気分を感じながら、その喧噪を見つめていた。竜族として成人してから間もなくこの天界と人界の接点の管理を任され、はや数百年。責任者の斉天大聖は滅多に天界からここには降りてこないし、両親と会う機会もそうそうあるもんじゃない。たま〜にやって来る人間の霊能力者に荒行を課しながら(もちろん、この妙神山の土になった者も一人や二人ではきかない)、移ろいゆく自然や人界の営みをただじっと見守るだけの生活。
 そんな悠久の歳月に変化が生じたのは1年前、目の前の少年を含めた奇妙な三人組がこの山門を叩いてからだ。以来、堰を切ったかのように次々と起こる事件、陰謀を巡らす魔族達、そして広がる知己の輪。アシュタロスの事件が終わって一息ついてみると、まるでこの一年が何十年も経ったかのような慌ただしくも充実した時間だった。そう、まるで悠久の歳月を過ごす苦行の合間の、一時の奇妙な休暇のようでもあり。
(父上も玄奘三蔵法師様と一緒に旅していた頃は、こんな気持ちだったのかも知れませんね)
 父・玉龍三太子が天界を追放されてから玄奘三蔵や斉天大聖に出会うまでの数百年間の事を語る事は無い。きっとそれはとても寂しい歳月で、だからこそこの奇妙な友人達との友情を愛しているのだろうな、とも最近思えるようになった。
(せめて二十年……いえ、十年。もう少し、この人達と共にこんな騒々しい時間を過ごしたいものですね)
 そんな風に小竜姫は思っていた。そうしたら、遠い未来に彼らとあの世で再会した時に、この騒々しい日々の思い出を酒の肴に語り合う……そんな日を楽しみにしながらその後の歳月を過ごす事ができるのかも知れない。

「おいパピリオ〜! 最後に食べようと思ってたチョコプレート食うな〜っ!」
「甘いでちゅよヨコシマ、このメンツで好きな物を最後にとっておこうなんて、料簡がチョコレート以上に甘いでちゅ!」
「……っと、いけないいけない」
 ケーキの取り合いに発展している目の前の食卓に気がつき、彼女も慌ててケーキを食べ始めた。これ以上考え事をしていたら、“あれ、ケーキ食べないの? そんじゃいただきま〜す!”なんて風に自分の分を取られてしまう。


「それにしても、正真正銘のネクロマンサーなんて初めて会うたわ〜。本当にいるものなんやね〜」
 山門をくぐってからの最初の修行の際に目の当たりにした、彼女がネクロマンサーだという事。昔懐かしい檜の湯桶からお湯を頭にブッかけながら、その時の驚きを夏子は素直に口にする。
「しかも世間一般のイメージとは145度ぐらい違う、“いいネクロマンサー”やもんな。霊の気持ちが分かるっての、なんか特別なコツでもあるん?」
「コツなんて言われたって、全然説明できませんよ。ただ、自分も幽霊だったからあの霊(ひと)たちの気持ちが分かる、本当にそれだけなんです」
 と、彼女の隣の洗い場で髪を洗いながら(小竜姫なりに美容には気を遣っているのか、リンスインシャンプーがちゃんと買ってある)、おキヌが苦笑しながら答えた。
「は? ………幽霊やった? おキヌちゃん、死んだ事……あるんか?」
「ええ、そうですよ。300年ぐらい前に一度死んで、去年まで幽霊だったんです」
「………………あるんやな、そういう事」
 頭からポタポタ水滴を滴らせながら、夏子はしばらく何も言えなかった。
「詳しい話ははしょりますけど、300年ほど前に地震を起こして各地を荒らしていた妖怪を退治するための人柱になりまして、それ以来ずっと幽霊として独りぼっちだったんです」
「そりゃ気の毒やな。15か16か知らんけど、若い身空で生贄にされて挙げ句成仏もできひんなんて……あんまりやないか」
「いいんですよ、私は進んでその役に就いたんですから。えっと、それでその後妖怪を改めて退治してから、凍らせてあった私の身体を持ってきて、反魂の術で生き返らせてもらったんです」
「うわっ、ネクロマンサーの次は反魂の術? おキヌちゃん、とんでもない人生……いや、幽霊生……いや、生きてないか……ま、色々あったんやな」
 眉の上あたりでザックリ切ってある前髪とは対照的なやたら長い後髪をワシャワシャと洗いながら、知識でしか知らない単語のオンパレードに目を丸くする夏子。
「そのお陰で霊の気持ちも少しだけど分かるようになって、ネクロマンサーの笛を吹けるようになったんですよ」
「そっか、おキヌちゃん300年も幽霊としてガンバってたんやな。頭下がるわ、私」
「ま、まあ人柱の役目を代わってもらおうと思って、通りすがりの人を殺そうとした事もありましたけど……」
 その中の一人といつの間にか親しくなって、気がついたら恋人の一歩手前なのだから世の中は面白い。そのあたりの事はまだ恥ずかしさが残っているのか、おキヌは口にはしなかったのだが……

「それで、夏子さんはどういった事情でGS志願になったんですか?」
「ん〜……おキヌちゃんの話を聞くと、あまりにアホらしいいきさつなんで話しにくいな〜……」
 どうにかこうにか髪を洗い終えた夏子、前髪の生え際をポリポリと小指の爪で掻いた。
「おキヌちゃん、コックリさんって知っとるやろ? キューピッド様とかエンジェル様とか、色んな言い方あんねんけど」
「えーと、学校で学生がやるって言う、降霊して質問をする占いのようなもの……でしたっけ」
「そう、それそれ。小6の時な、クラスの友達2人ほどと一緒にそれに手ぇ出してん。その時、ちょっと占って欲しい事があってな」
 手をごしごしと洗うおキヌの横で今度は前髪を一房いじくりながら、夏子は苦笑いする。
「その年の春に転校してもた男の子がおってな、私ら3人そいつの事が好きやってん。それでな……アホくさい話やでそいつの実名は挙げんけど、そいつが好きなのは誰やろか、とかそいつにまた逢えますか、とか今にして思えばアホな質問をしたんや」
(いくら横島にまた会いたいからって、ホンマにアホやったなあ……)
 説明しながら内心ため息をつく夏子。
「でもって、呼んでもた霊に取り憑かれかけて、本職のGSに祓ってもろたのがコトの始まりや。それ以来変に霊感がついてもて、不本意ながら霊だの何だのが見えるようになってしもたんや」
「あらら」
「で、中途半端に見えたりするから気色悪いんやって考えて、そういう事を何となく日頃から意識してみたりしたら、声は聞こえるわ話はできるわ、挙げ句変な霊に襲われそうになるわ。GSに頼んで金取られるのもイヤなんで自分であれこれ勉強しとったら、気がついたら霊能に目覚めとった」
 身体を手拭いでこする手を止め、夏子は腕組みしてうんうんと頷いた。内心では
(ホンマ、成り行きっていう言い方がふさわしい話やな〜……)
 などと自分の過去の行為に呆れていたりする。

「その、その頃夏子さんが好きだった人って、結局どうなったんですか? ……名前は聞きませんけど」
「さてなあ、あれから6年も経つもんな。今頃どこでど〜しとるんか、サッパリ分からんねん」
 20人ぐらいは入れそうな広い湯船の中からのおキヌの質問に、不機嫌そうに答えながら夏子は手拭いを肩越しに背中にパシンと叩きつけた。
「そもそもあのアホ、私が他の男の子を好きやったって勘違いしとったし。アイツが引っ越していったその日に、駅のホームで見送りした時やねんけど、最後にソイツ別れ際に何言うたと思う?」
「さ、さあ……?」
「こう……半泣きになって列車の昇降口の前に立ちつくす私に向かって、『心配すんなよ、夏子。心配せんかて銀ちゃんには絶対会えるって』……って言いよった。ワレ、何アホなコトぬかしとんねん! ウチが好きやったんはワレの方っつーとんのや!! ……と、帰り道にモーレツに腹が立ったわ!!」
「な、ななな夏子さん、どうどう、どうか落ち着いて……!」
 いきなり思い出し怒りを始める夏子をなだめるのに必死で、おキヌは“銀ちゃん”という単語に引っかかるものを感じるヒマがなかった。


「へくしょい、へっくしょい、ぶへっくしょ―――い!!!」
 いきなり三発ほど、横島は盛大にクシャミした。
「ん? どうした、風邪でもひいたか?」
 テーブルの向かい側の斉天大聖が、いぶかしげに眉を動かす。
「………あれ? いや、急に悪寒がしたんだけど……変だな、もう消えた」
「ほう? 誰ぞお主の噂でもしておったのか? まあそれはともかく、早く切らんか」
「後がつっかえてるから、チャッチャと進めて欲しいのね〜」
「ああ、分かってるって! ほれ」
 右隣に座っているヒャクメにせかされて、横島は“西”を切った。


 再びカメラは戻って、昔風のタイル張りの湯船に浸かっている夏子&おキヌ。
「それにしても、ここの妙神山って霊能力者にとっては最高峰の修業場って聞いて来たんやけど、なんやアットホームな雰囲気でイメージと違うんやな〜。ちょっと気合い外されたわ。霊能力者としてかなり分厚い壁にブチ当たった感じなんで、思い切ってここまで来たんやけど」

 彼女こと真田夏子は、市立天王寺高校・通称市天の霊能部の主将である。この市天の霊能部は部活動の体裁こそとっているものの、その実GS試験の歴代合格者の輩出数は六道女学院に次ぐものがある。
 しかしそんな学校でキャプテンを張る事は、そのプレッシャーたるや六道女学院の首席に勝るとも劣るまい。普通科の高校である以上は放課後の練習や自主トレに頼らざるを得ず、そういう自己研鑽に限界を感じていた彼女はこの妙神山の門を叩く事を思い至った……らしい。

「でも、雰囲気はほのぼのしてますけど、実際の修行は“失敗したら死ぬ!”って感じのハードなものなんですよ? 私だって、これでも命がけだったんですから」
「やろうな〜。ここにたどり着くまでからが、既に命がけやったもん……あ、ここに着くまでが既に修行なんか。あの道はちょっと間違うたら、もう仏さんも見つからんやろし……私らって、もしかせんでも物好き?」
「物好きと言えば物好きなのかも知れませんけど……GSとしてもっと強くありたいっていう気持ちは本当なんでしょう?」
「ま、ね」
 温泉と言うには微妙に違う気がするお湯の感触を感じながら、二人はそろって苦笑する。なおここのお湯は、地脈から吹き出ているせいか微妙に霊力を帯びた、いわゆる霊泉である。
「ま〜私の場合、ホンマ成り行きで霊能力者になってもたんやけどな。本気になって打ち込んでみると、なんか色んなコト覚えるたびに世界が広がってくような気がするっつ〜か……いや、別に悪霊しばくのにカタルシス感じるだけってワケやないで、ホンマ。あと、さっきのアイツの事を自力で占ったろかとか思ってたのもあるし」
「まあ、霊能の道に進む動機は人それぞれですからね。私の動機なんて、突き詰めて考えたらもっと不純ですし」
 どことなくうろたえ気味な夏子の隣で、おキヌはクスッと笑った。

 彼女の動機の場合、不純と言えば不純だし、純粋と言えば純粋ととれないこともない。300年ぶりに生き返ったせいで霊体と身体が不安定な状態だから、あの時の霊団のような降りかかる火の粉から自分を守れるようになりたい――というのは表層的な理由。結局、あの二人のそばにいたかったのだ。一人は同性として、そしてもう一人は異性としてとても大切な人達。美神令子や横島忠夫と一緒に歩いていたかった――これは不純な動機なのか、それとも純粋なものなのか。

「好きな人が二人いて――一人は女性でもう一人が男性なんですけど――その人達がGSだから、私もGSになって二人と一緒にいられるようになりたいって……これって、やっぱり不純なんでしょうか?」
「ん〜、別に悪くはないと思うけどな。悪霊や妖怪をいてこますのがオモロい、なんて言ってる連中よりはよっぽどマシやと思うな」
 指先で水面をピッピッと弾きながら、夏子は首をひねる。
「ゼニを稼ぎたい、強うなりたい、人に認められたい……人が生きてくのに動機なんてそれこそいくらでもあるもんな。けど、GSってのは悪霊や妖怪、つまるところ生きとる存在や前は生きとった奴と切ったはったするのが稼業や。そーゆー稼業を何の目的意識も持たずに惰性で続ける方が問題なのかも知れんし」
「そうですね……」
 ふと、彼の……横島の事がおキヌの脳裏をよぎる。彼は今、明確な目的を持っているのだろうか? あのアシュタロスとの戦いの後……あの魔族の少女、ルシオラがいなくなってからしばらくの間、彼は目指すものを見失いかけていなかっただろうか? 一時期の彼が、何とはなしに宙ぶらりんな状態にあった事を、彼女は知っている。いや彼だけではなく、美神令子も、シロも、タマモも、それに自分もそういう状態だった事を自覚していたから――だから横島に対しても霊能に対しても、こうして一歩、二歩と足を踏み出そうとしている自分がいる。
(うん、頑張ろう! 私だって、いつまでもお留守番役じゃいられないもの)
 と、改めて思うおキヌであった。

「ところで、さっき言うてた二人のうちの男の方って……彼氏なん?」
「…………え、ええっと……その一歩手前ぐらいなんじゃないかなあ……って思ってるんですけど……」
「あ、別に名前とかは聞かんとくから。私だってさっきの話の人名は伏せたままやし、第一名前聞いたら余計詮索したくなってくるさかいな」
 湯当たりとは別な理由で赤くなるおキヌに、夏子はいささか底意地の悪い笑顔を向けた。


「どふぇっくしょ―――い!!!」
「ヨコシマ、さっきからクシャミが多いでちゅね。本気で風邪でちゅか?」
 盛大にツバを飛ばす横島に、上家のパピリオが眉をしかめる。
「ぶるるる……何や? 美神さんあたりが悪口でも言ってんのかな……ほい」
 軽く身震いしながら横島はまた一枚牌を河に捨てた。
「あ、それ当たりでちゅ! 発中ホンイツ小三元で12000点でちゅね」
「い゛っ!?」
 見事にハネ満直撃した横島が、思わず硬直した。


 さて、そんなこんなで連休もいよいよ四日目。
「え〜、おキヌちゃんには“体術の修行”、夏子さんには“短期集中修行コース(仮称)”を行いたいと思いますが」
 二人ビシッと並んだおキヌと夏子を前に、師匠役の小竜姫が説明を始める。
「夏子さんは3日間をメドに修行してステップアップのきっかけをつかみたい……そういう希望でよかったですね?」
「うん、それでええわ。いきなりドーンと力を授けてもろたかて、自分で伸ばした実力でないとそれに酔ってもて自分を見失いかねんもん。欲を言えば、街に戻っても続けられるようなええトレーニング方法を教えてくれるともっとええんやけど、な」
「よろしい。それでは少し修行の準備をしてきますから、少しお待ちを」
 夏子の格好は昨日の登山用の格好から、恐らく霊能の実戦用の服装と思われる出で立ちに変わっている。黒い筒首のアンダーシャツの上に白地に黒い縦線のストライプの入った半袖のシャツ。同じ柄のズボンの腰の黒いベルトに神通扇を二本と呪縛ロープ、そしてポーチを挟み、脛をラバープロテクターとオーバーソックスで固め、足には頑丈そうな安全靴、手には薄手の白手袋………極端な言い方をすれば、阪○タイ○ースのユニフォームからロゴと背番号を取っ払って足元を履き替えたようなコスチュームだと思っていただければ分かりやすい。
「それって、夏子さんの学校のユニフォームか何かなんですか?」
「ンな大したモンやない。ただの個人的な服や。でも霊能のトレーニングしてる時は普通この服やから、だいぶ服に霊力が馴染んで霊衣みたいになってきとるとは思うけど。ま、元々はコイツに揃えたくてあつらえたモンなんやけど」
 そう言って夏子が腰のポーチから取り出して頭にかぶったのは、ほつれや切り傷のあちこちに残る、すっかりボロボロになったタイガ○スの野球帽だった。
「ずいぶん年季の入った帽子ですねえ」
「やろ? 6年前に、昨夜話したアイツからもらった帽子なんや。毎日毎日ず〜っとかぶってたから、もうボンロボロになってもたけどな。まあアレや、まだ残っとるアイツとの数少ない接点や」
 そう言いながら、彼女は今度は腰に差してあった二本の神通扇を手に取る。
「もっとも、馴染んだ霊衣やからダメになるまで使うってだけかも知れんけどな。この神通扇も一緒で、近畿の人間は関東の連中みたく霊具を使い捨てするのが嫌い、ってのもあるんやし」
 この二本の神通扇もよくよく見れば、そこかしこで骨が曲がっていたり、割れているのを修復したり、丸々交換したような形跡のあるくたびれたものだ。美神が日頃愛用している神通棍が常に新品を揃えてあり、歪んだり傷の入っているものは遠慮無く買い替えているのとは対照的である。もちろん美神令子にしてみれば、壊れかけの霊具を騙しだまし使い続ける事ほど危険な事はないと考えているだけなのだが。
「市天の霊能部は部活動やからな、霊能の養成専門の学校みたいにお金が潤沢にあるわけやないんや。せやから、霊具なんかはOBの寄付やお古を使う事が専らなんや。何たって市天霊能部の不文律でな、“初任給は親のために使え、次の給料は後輩のために使え”ってのがあるんやし」
 そう言って、夏子は一見無造作に扇をたたむ。
「この神通扇も昔のOBが5年前にGS引退した時に霊能部に寄贈してくれて、その後使うてた先輩が卒業した時にもろたモンなんや。つまり、私はこの神通扇の三代目の持ち主、ちゅう事やな」
 そして、最後にポーチから破魔札を何枚か取り出す。
「こっちの破魔札も、札職人になった先輩から、練習作を安う譲ってもろたモンやしな。知ってる? 破魔札って、職人が札を特殊な方法で書いてから、霊能者集めて霊力ぎょうさん吹き込んで作るんやと。一番高い8000万円のフダなんて、金○峰寺の修行僧が総出で丸一日儀式やったもんらしいで」
「だから、破魔札は高いんでしょうね」
「ま、札作るのも訓練だの素質だのが要るもんな。私なんかがやっても、どーしてもうまくいかんし」
 失敗した事でも思いだしたのか、夏子は少しだけ遠い目になる。
「あ、私の実家(正確には、生き返った自分を引き取ってくれた家)のお義父さんやお姉ちゃんは、自分で破魔札を作ってますよ」
「あ、ええな。巫女さんの格好してるってコトは、実家は神社か〜」
 祀られていたのはおキヌ自身なのだが、そんな事はさしもの夏子も想像がつくまい。


 などと言っている間に、小竜姫が戻ってきた。
「お待たせしました。修行に先立ちまして、まずはこれを渡しておきますね。これを首から下げるなりして身につけていてください」
 そう言いながら、彼女が取り出したのはヒモのついた二枚の名刺サイズのプレートのようなものである。
「これは何ですか?」
「それは秘密です。ただ、これからの修行に必要になる、とだけ言っておきましょう。だから、なくさないようにしてくださいね」
 プレートを受け取る二人にそう説明しながら、小竜姫はパチンと指を鳴らす。それに応じるかのように、いつもの闘場の中央に一つの扉が現れた。
「これから始める修行ですが、おキヌちゃんに夏子さん。お二人にはある場所へ行っていただきます」
「ふんふん」
「この扉は一方通行です。ですから二人とも、ここへ戻ってくる帰り道を見つけて帰ってくる事。それが今回の修行です」
「………それだけなん?」
「それだけなんです。単純でしょう?」
 事も無げに言い放つ小竜姫を前に、顔を見合わせる夏子&おキヌ。
「……どう思う、おキヌちゃん?」
「あれだけの説明だと何とも言えませんけど、甘く考えない方がいいと思いますよ」
「……せやな」
 深呼吸しながら、夏子は扉の前に立つ。首から下げたプレートを撫でながら、おキヌもそれに並んだ。
「それでは時間無制限、“霊能サバイバル・オリエンテーリング”、スタート!」
「はいっ!」
「はいな!」
 二人は腹をくくって、バッと扉を押し開けて中へと駆け込んでいった。

「……さてと、それでは横島さんの様子を見てきましょうか。あとは頼みますよ、二人とも」
 誰とはなしにそう呟き、小竜姫は無人の闘場を出て行った。


「よ〜し、修行開始! って、ここはドコやねん!?」
「……え? え? ええっ?」
 扉をくぐった二人が見た光景は、見た事もないものだった。そこは木のまばらな森の中だった、しかしただの森とは思えない。灰色の土、ワケの分からないねじくれた感じの木々。空はさながら真冬の秋田・山形・新潟・富山・石川・福井・鳥取・島根県のような重苦しい感じである(作者注:ご当地の方々、ごめんなさい)。そして、肌を刺すような異様な空気……
「そ、そんな…! こ、ここって、まさか……!」
 おキヌの方には、この空気や雰囲気には覚えがあった。
「知っとるんか、おキヌちゃん?」
「前に一度来た事があるんです……ここ、魔界です……!」
「なんやてぇ!?」
 いきなりトンデモない単語が飛び出したので、さしもの夏子も仰天した。しかし魔界だと思って見回してみると、確かにこのおどろおどろしい雰囲気も納得できる。

「つまり何や、魔界に放り出して“自分らで帰り道を探して戻ってこい”って修行か? そりゃ確かに、荒行の極致やな。食われでもしたらど〜するっちゅうねん」
「とにかく、ゴールはどこかにあるはずですよね? それを探しましょう」
「あ、チョイ待ち。移動するにしても、まずはアタリをつけてからや」
 早速歩き出そうとするおキヌを制してから、夏子は小竜姫のプレートを取り出す。ヒモは手に握り、プレートの真ん中部分を人差し指の先に乗せる。
「悪いけどおキヌちゃん、周りを見といて。いつ何が出てくるか分からんさかい」
「は、はい……」
 慌てて周りをキョロキョロし始めたおキヌの隣で、夏子は半眼で深呼吸を二、三度する。
「木行、火行、土行、金行、水行、陰気、陽気……行気の揺らぎにこそ赴くべき道があり、それが如何なる道であれ……」
 などとブツブツ言いながら、夏子はプレートを前に突き出しながら慎重にその場をゆっくりと身体を一周させ始めた。
「……………」
「……………」
 やがて、半周したあたりで指の上のプレートが滑るようにほんの少し横回転した。
「……よし、まずはこっちから行ってみよっか。木はまばらやから、そうそう方向感覚を見失うたりせんと思うけど」
「今のは何ですか? 何か特殊な占いでも?」
「いや、ただのダウジングや。何かありそうな方角をアタリつけてみただけ。せやけど今は手がかりが無いでな」
 そう言いながら、夏子は反応のあった方へ歩き始めた。


「……む、早いな。いきなりゴールの方向を探り出したか」
「けど、最短ルートをまっすぐ突っ切るのが安全かどうか考えないのは性急だね」
「無理もない。おキヌの方は魔界の危険さをよく知っている。が、それ故に道を急いでいるとも言えるがな」
 二人が視認できるギリギリの場所、切り立った崖の上から彼女たちを見つめる二対の目には、二人とも気がつかなかった。


「人間の感覚ってのは思ったより鋭敏でな、無意識で見えないところにある“何か”を感じ取る事はあるんや」
 と、魔界の森を歩きながら、夏子は後のおキヌに説明する。
「せやけどそれは無意識下の反応で、自分自身でそれに気付かない事の方が多い。で、さっきみたいに物を持った状態で霊感を張り巡らせながら周りを調べる事で、無意識下で起きる微弱な身体の反応を目に見える形にする、コレがダウジングの基本や」
「それって、私にもできるんでしょうか?」
「ああ、できるできる。ま、コツをつかむのはチョイと骨やけどな」
 水気の少ない堅い地面を歩きながら、二人はそんな事を話していた。
「あ、それから……体力とか霊力の配分とか、気をつけた方がいいですよ」
「へ?」
「前に魔界に落ちかけた時に聞いたんですけど、魔界では人間は体力や霊力を消耗させたら、もうそれを回復する方法が無いそうなんです。陸に打ち上げられた魚みたいなもんだ、って言ってました」
「あ〜、そりゃマズいな〜。さっきのダウジング、大丈夫やったかな?」
 なんて事を言いながら、魔界の森(恐らく、その外れぐらいだろう)を歩き続ける二人。口数が多いのは不安や恐怖を紛らすという側面もあるのだろうが……その歩調は、ほんの少しだけ早足になっていた。だから、周りに対する警戒がほんの少しゆるんだのかも知れない。

「見た事もない木や草が生えているんですねえ」
「そりゃそうやろ、魔界の植物に見覚えがあったら大変や」
 などと会話しながら、地面のあちこちにツルを這わせた、、3メートルぐらいの背丈の木の傍らを通り過ぎようとして、そのツルをまたごうとした時。

 ぱしっ!

「えっ!?」
 何故か、おキヌの両足首にそのツルが巻き付いた……と思ったその途端!

 がばっ!

「きゃあ――――っ!!?」
「お、おキヌちゃん!?」
 いきなり物凄い力で、おキヌの身体はツルに逆さ宙づりにされてしまった。足首から持ち上げられたものだから、袴が下に落ちて白い脚がフトモモまで露わになる。
「な、な、何なんですかこれはぁっ!?」
 周りを見れば(逆さまだけど)、今の今まで地面にだらしなく延びていたツルが起き上がり、動き回っている。その姿たるや、気色の悪い事この上ない。
「げげ、これってもしかしてもしかせんでも……」
 神通扇を構えながら、夏子が嫌悪感タップリに言う。
「これはアレか? アレなんか!? 近づく女の子をヒン剥いてあ〜んな事やこ〜んな事をした挙げ句、精気を吸い取ったり卵やら種やらを植え付けたりするエロいモンスターなんか〜!?
「え゛、え゛え゛え゛――――っ!?」
 夏子のトンデモない発言に、逆さ吊り状態のおキヌも仰天する。しかしよく見ると、確かにこの木から生えているツルの先端はどことな〜く、先日至近距離でタップリと見た(そしてタップリと触れた)男性のナニを思わせるような形をしているようなしていないような……横島の部屋で前に見かけた“いんじゅうナンタラ”とかいうHビデオのパッケージとか、横島の学校でコッソリ読んだ成人コミックのとある部分が脳裏をパッとよぎる。
「……って、きゃあ、きゃあ、きゃああ〜〜〜っ!!」
 身の危険を感じて、慌てて脚を閉じてその場所を手で抑えるおキヌ。その彼女にまた別なツルが一本迫ってきていたりして。
「おキヌちゃん! って、こいつら!」
 助けようとする夏子の方にもツルが何本も押し寄せている。もっとも、こっちは向かってくる夏子を排除しようと鞭のように打ちかかってくるのだが。それを扇で払い除けるのに必死で、おキヌを助けに行く暇がない。
「夏子さん、逃げて下さい! このままじゃ夏子さんまで……!」
「アホか! 修行仲間をそんなエロい目に遭わせられるか! ンな事になったら、あんたの彼氏に顔向けできんやろが!」
「か、彼氏……そ、そうだ、夏子さん!」
 自分の身体をまさぐるようにあちこち巫女服をつつき回すツルを片手で払い除けながら、おキヌは上(正確には下)で苦戦中の夏子に呼びかけた。
「破魔札を出して下さい! 一枚か二枚か、こっちに向かって投げて下さい!」
「あ、ええけど……でも、その体勢で受け止められるんか!?」
「いいから、早く!」
「わ、わかった!」
 パッと二、三歩後退してから、夏子はポーチから破魔札を二枚取り出す。そしてそれを、言われるままに上に向かって投げつけた。しかし、ヒラヒラした破魔札はおキヌのところまで届きそうにない。
「ありがとうございます、夏子さん!」
「おっ!?」
 礼を言うが早いか、すかさずおキヌは幽体離脱! 空中でその破魔札を受け取った。
「どういう生き物で、どういう生態をしてるのかは知りませんけど―――」
 霊体は普通の物理法則には干渉されない。そのまま破魔札を構えてツルをかいくぐる。

「この世だろうとあの世だろうと、私にそういう事をしていいのはたった一人なんですっ!!!」
 そしてそのまま、木の幹に破魔札を叩きつける! 霊力が立て続けに炸裂して、謎の植物モンスターは動きを止めた。
「今や! 邪なる木行よ、金行により破れ火行へ還れ!!

 ザシュ! ズバシュ!

 その隙を逃さず、夏子が神通扇をたたんでツルを殴りつける! 次の瞬間、ツルは刀や斧で切られたかのように切り落とされた。さらに踏み込んでさらに木の幹を二回斬りつけ、最後に赤いオーラを帯びた両の扇で突きを叩き込む! 幹に二つの大きな裂け目を入れられた木は、さらにその直後に燃え上がり始めた。
「おキヌちゃん、大丈夫か!?」
「え、ええ、何とか……」
 振り返った夏子が見たのは、ツルが外れて地面に激突しそうになった自分の身体を、その霊体で受け止めたおキヌの姿であった。
「え……っと、ああ、幽体離脱か。2人になってたんで、一瞬混乱してもた」
 おキヌの幽体離脱の能力というのは霊能に目覚めてからこっち確実に向上していて(本人の本来の希望とは全く違った結果のはずなのだが)、特に巫女服姿だと今では身体と霊体の見分けをつけるのも難しかったりする。一見2人いたおキヌがまた1人に戻る様子を、夏子としては感嘆しながら見るしかない。

「それにしてもこの木……なんで私を狙ったんでしょうか?」
 夏子の霊力の炎に焼かれて動かなくなったワケの分からない植物モンスターを見下ろしながら、まずおキヌはそう言いながら夏子の方を横目で見る。
「………夏子さんの方がグラマーなのに」
「植物にとって、胸の大小なんて関係ないんやないの? むしろ……」
 そう言いながら、夏子はおキヌの傍らに立ち、
「この辺とか(小袖の襟を軽くはだける)この辺とか(袖をまくる)この辺とか(後ろ襟を引っ張る)この辺とか(袴の裾をめくり上げる)、肌を見せてるんでそ〜ゆ〜あたりから出てくる女のニオイに反応したんとちゃう? それに……」
 顔を赤らめながら服を元に戻すおキヌに、さらに夏子の追い打ち。
「おキヌちゃん……ブラとかショーツとか、着けとる?」
「………のーこめんとです」
 魔界のド真ん中だというのに真っ赤になってうつむいているおキヌである。


「それにしてもあの人間、なんで魔界の植物の植生をああも正確に見抜いたのだ?」
 そんな二人の姿を双眼鏡で眺めながら、魔界正規軍ワルキューレ特務大尉。
「当てずっぽじゃないのかい? 日本じゃ、そーゆー系列のエロビデオとかあるみたいだし」
 ワルキューレとは全く別の方向を双眼鏡で見回しながら、声だけでワルキューレの疑問に答えるのは同じく魔界正規軍のベスパ特務中尉。実はこの二人が、この修行の試験官役である。
「そっちはどうだ? 妙な奴が近づいてはいないか?」
「いや、問題ないね。この森をうろつく妖魔やモンスター以外で、ここに近寄る魔族の類はいない」
 この二人の役目は、修行のエリアに上位の魔族を近づけない事と、二人が死体も残らないような目に遭わないよう監視する事。
「ん、また移動を始めたか。このまま気取られぬように尾行するぞ。ベスパ中尉、引き続き周辺の警戒を」
「りょーかい」
 多少のズレこそあるものの出口に向かって歩いてゆく夏子&おキヌを、上空からそっと後を追うワルキューレとベスパの二人。
「しかし小竜姫も無茶を言う。いくら辺境とはいえ人間を魔界で修行させろなどと……」
「それだけワルキューレが信用されてるって事だろ? あんた、今じゃ魔界じゃ三界デタント派の急先鋒だって目されてるらしいし」
「任務に忠実なだけだ……あ」
 双眼鏡を覗きながら様子を見ていたワルキューレが、不意に声を上げた。
「どうかしたかい?」
「ハチの巣に入り込んだな。お〜お〜、追われてる追われてる」
「大丈夫じゃないの? ここのハチなんて、なんて事はない下級の妖蜂さ。刺されたって、人界のスズメバチより三倍強烈なだけだし」
「……三倍強烈な妖毒を食らったら、さすがに命に関わる気がするが……」
「どうする? 助ける?」
「いや、様子を見よう。む、岩壁に行く手を遮られたな」


「どないする、おキヌちゃん? ここで何とか食い止めるか、それとも強行突破して逃げるか?」
 岩壁に後ろを塞がれた状態で、目の前にはいかにも危険そうなハチの大群。あちこち逃げ回ったせいで、さすがに二人とも息が上がっていた。
「私が何とかしてみます……夏子さん、すいませんがハチをどうにかして食い止められませんか?」
「あ、そうか、おキヌちゃんはネクロマンサーやったな……うまくやれば、こういうモンスターもあしらえるんか……オーケー、何とかやってみるわ。バシッと決めてや」
 軽くサムズアップしてから、夏子はおキヌをかばうようにして神通扇を構える。その後ろで、おキヌも袂からネクロマンサーの笛を取り出し、深呼吸して息を整えた。
「せいっ! はあっ! とりゃあーっ!」
 飛びかかってくる妖蜂を、次々と的確に扇で叩き落としてゆく夏子。その後ろで、おキヌはネクロマンサーの笛を唇に当てた。

 ピュリリリリリリリィィィ―――

(ごめんね…あなた達に危害を加えるつもりはなかったの……もう、やめましょう? もう誰も、あなた達の巣を荒らしたりしないわ……)

 ピュリリリリリィィィィ――………

 が、妖蜂達は夏子の周りを飛び回るのをやめようとしない。その姿は、隙あらば針の一刺しを加えようと爛々と狙っていた。
「や…やっぱり、ダメ……!?」
「いや、いける! 笛が鳴ってる間、ハチは動きが鈍っとった! もっぺんやってみい、せやけどただ吹くだけやアカン!」
「え?」
 もう一度笛を吹こうとしたおキヌ、夏子の指摘に手を止めた。
「ただホイッスルみたいに吹いてても効果がハッキリせえへん! 何でもええから、その笛で歌を演奏するんや!」
「は、はい!」
 “何か”と言われても具体的にどんな歌にすればいいのか、戸惑ってしまう。言われるままにおキヌは自分にとって最もつながりの深い、あの歌を演奏し始めた。


 〜〜この子の可愛さ限りない、山では木の数萱の数、
    尾花かるかや萩ききょう、七草千草の数よりも、
    大事なこの子がねんねする、星の数よりまだ可愛、
    ねんねやねんねやおねんねやあ、ねんねんころりや…〜〜

 〜〜〜〜♪、〜〜〜〜〜〜♪、〜〜〜〜〜〜〜〜♪


『ヴ…? ヴ、ヴヴ、ヴ………』

 その笛の音は、先ほどよりもずっと心に染み渡る響きがあって、まるで家に帰って眠りに就きたくなるような気持ちを呼び覚ます………


「……行ってもたな。おキヌちゃん、ご苦労さん」
 夏子の呼びかけで気がついた時、あれだけいた妖蜂は一匹もいなくなっていた。恐らく、攻撃する意志をなくして元の巣へ戻っていったのだろう。
「た、助かりましたね……」
「ああ、全くや。おキヌちゃんがいなかったら今頃ボコンボコンに刺されとった、おおきにな」
 さっきと同じように、夏子はニッと笑いながらビシリとサムズアップ。
「せっかくの笛なんや、どうせ吹くならメロディのある歌の方がええやろ?」
「そうですね。この修行が終わったら私、いろんな歌を演奏してみます」
「ああ、それがええ。さてと、ここがどこかよう分からんな、もう一度ダウジングして方向を確かめんと……」
 そう言いながら、夏子は先ほどのようにプレートを指の上に乗せた。

「………………反応がさっきより強うなっとる。少しは近づいとるんかな? とにかく、こっちや」
「今度は、怪しいところは迂回するようにしましょうね……」
 さっきよりは慎重に、二人はまた歩き始めた。


「お疲れ様です、横島さん。調子はどうですか?」
 再び場所は替わって別館。朝のトレーニング(と称する横島くん追いかけ回し大会)を終えて控えの部屋で荒い息をついている横島のところに冷たいお茶を差し出しながら、小竜姫はねぎらいの言葉をかける。
「あ〜、死ぬかと思った。あの3人だけかと思ったら、どこで話を聞いたのか二郎真君やナタ三太子まで混ざってくるし……正直、逃げ回るのがやっとだった……」
「その5人がかりで何とかなるんだから、横島さんの潜在能力も侮れないのね〜」
「うんうん。長兄が面白い人だというのも、分かるような気がするよ」
「シゴキに耐えるのも青春ね〜〜」
 愛子のための修行教本、題して“早く人間になりたいマニュアル”を作っているらしいヒャクメと玉龍三太子が、感心半分呆れ半分にツッコミを入れた。
「で、パピリオとジークにイケニエ……じゃなかった、稽古相手を代わってもらって休憩中。は〜、ここまで必死こいて霊力使ったのも、久しぶりやったな……」
「いいじゃないですか、たまには霊力をフルに使っておかないと、せっかく伸ばした力が鈍ってしまいます」
「いつもいつも霊力をフルに使ってたらヘバっちまいますって。アシュタロスの一件が済んだ以上、あんなに必死で霊力全開するほどの事ももう無いと思うし」
「でも、アシュタロス事件が終わったからと言って、今後何も大騒ぎが起きないという保証も無いのよね〜。だったら、力を錆び付かせないようにしておくのも大事だと思うけど」
「ま、その時はその時だけどな。少なくとも美神さんが直接狙われる事はもう無いと思うし、俺がマークされる事なんてもっと無いだろーし」
 お茶を飲み干してから、横島は人心地着いたような表情で笑った。

(だといいのですけどね……)
 と、小竜姫はほんの少しだけ心配になった。今の横島は人間のGSの中でも上の下ぐらいの戦闘力がある程度だろうが(知識や諸技術を勘案したGSとしての技量はまだ中レベルだろう)、かつてルシオラの魂の一部を取り込んだ時の彼は、確かに人間の限界を僅かながら超えてしまっていた。
 それは“彼女”の最後の力故であり、アシュタロスを阻止しようとする宇宙意志が横島の力を一時的に増幅していた故の事なのだろうから神魔族もさして重視はしていないのだが(単に文珠の字数が1字から2字になっただけの問題ではなく、完全な生身、しかも単独でアシュタロスに一太刀浴びせるまでに増幅・集中された霊力が問題なのだ)、もしこの先彼が宇宙意志の追い風を一身に浴びるような事態が起きたら、次は横島自身が反人間的な神魔族の忌避を買わないとも限らないのだ。
(その為にも、三界を揺るがすような事件をこれ以上起こさないようにしませんとね……)
 と、小竜姫は内心で決意を改めて自覚する。だからこそ神界・魔界の間の交流も強めているし、両界から人界への人材派遣すら計画されているのだ。あと何年、何十年後の事になるかは分からないが、ルシオラが人間として――つまり横島の娘として転生してしまえば、横島があの時のような超常的な力を行使する事は無くなる。その時は、彼はごく普通の“人間の凄いGS”として平凡(?)な人生を送る事ができるだろう。美神親子の時間移動能力も既に封印してしまったから、神魔族が特定の人間を狙う事もさしあたり無くなる。
(ま、それも遠からずやって来そうではありますね。おキヌちゃんあたり、どうも脈アリのようですから)
 昨日の修行でおキヌがぶちかました大胆な告白を思い出し、彼女は危うく吹き出しそうになった。

 ジリリリリ――ン、ジリリリ――ン……

「あれ、電話?」
「あ、私が出ますね」
 不意に廊下から聞こえてきた電話のベルの音に、小竜姫が素早く席を立って駆け出していった。妙神山の電話は古めかしい黒電話……どころではなく、明治大正年間にまだポピュラーだった壁掛け式の、あの一見顔のように見えなくもないデルビル磁石式電話である。
 正確に言えば、実はあれはルシオラが昔作った電話機型兵鬼“わりこみ君”である。ハンドルを回して“交換手”に繋いで欲しい相手を告げれば、普通の電話だろうが特殊な回線だろうが自由に繋いでくれるという優れもの。パピリオによると、某国の核ミサイル搭載潜水艦をジャックしたのも、あの電話で大統領府と国防総省のホットラインに割り込んだ成果らしい。
 なおルシオラ本人は横島本人と話をしたさにこの兵鬼を作ったのだが、当の横島の電話は料金滞納で止められていたというオチがついたのだそうだ。

「小竜姫さま、なんか忙しそうだな……」
「そうなの?」
「俺たちの他に、誰か修行に来てるのかな?」
「さあ? どうなのかしらね〜……」
 ヒャクメはキーボードを叩きながらそう誤魔化そうとしたのだが、
「来てるよ? 若い女の子が二人ほど」
「な゛!? ちょ、ちょっと三太子様!?」
 玉龍があっさり言ったものだから、ヒャクメはギョッとして腰を浮かした。
「なに〜っ!? わ、若いねーちゃんが二人も修行に!? こ、これは驚きだっ!」
「わっ! さ、さすが横島くん、さっそく元気になったわね」
 テーブルにヒジを突いてボヘッとしていた横島がいきなりガバッと立ち上がったもんだから、隣にいた愛子が思わずのけぞった。
「フフフ、ここはこの妙神山の先輩格としてビシッと励ましの言葉をかけて来ないと…」
「ああどうぞ、君の責任内で自由にしたまえ」
「言われなくたって自由にしますって……って、あれ?」
 さっそく飛びだしかけた横島、あることに気付いてハタと立ち止まった。
「何スか小竜姫さまの親父さん、その“責任内で自由”って?」
「別に他意はないよ? 君の責任を取れる範囲内なら、いくらでも彼女たちの邪魔をしてくればいいさ」
「……………」
 こういう言い方をされると、横島も“ハイそれでは”と駆け出しては行けない。何せ、この妙神山に修行に来る事の重さは横島自身が身に染みて知っている。それを考えると、どこの誰かは知らないが彼女たちの修行の“邪魔”をする事は憚られた。まして、万が一自分の野次馬根性が彼女たちの修行の失敗を招くとしたら(失敗、つまり死である)、その責任は自分にかかってくるとしたら……
「そういう見た目甘そうで厳しいあたり、さすがに親子っスね……」
「僕からしたら、自分も小竜も甘いもんだと思ってるよ。シビアさで言えば、僕の知ってる限りでは玄奘三蔵殿が一番だったと思うし」
「でも、横島さんも少し成長したのね〜」
 マニュアルを何ページかプリントアウトしながら、ヒャクメが感心したように茶々を入れる。
「昔の横島さんだったら、制止も振り切って後先考えずに突貫していたと思うのよね〜」
「あ、それ私も同感。私に突貫してくれた事は一度もなかったけど…
「……前の俺って、そんなに見境無しだったか?」
「「うん」」
 ヒャクメ&愛子の綺麗な同意に、思わず横島はテーブルに突っ伏した。


 さて、カメラはまたまた夏キヌコンビ。あの後も色々あったが、今のところ試験官のワルキューレとベスパ(二人は気付いてないが)の手を煩わせることもなく行程を進めていた。

「あ、あの〜〜……夏子さん? はひ〜…」
「え? 何?」
「本当に、この道が一番適切なんですか? はふ〜…」
 荒い息をつきながら、おキヌが前を行く夏子に尋ねた。とにかく斜度がかなりキツい登り坂が続いているので、山育ちのおキヌでさえ負担が大きい。ましてここは魔界、消耗した体力が回復する事はほとんど無いのだから無理もあるまい。
「せやけど、この丘の、周りは、見ての通りの、沼地やったもん。あんな所に、踏み込む方が、よっぽど辛いと、思うんやけど」
 ずんずん歩いているように見える夏子の方も、言葉が切れ切れに出てくるのは息が上がっている証拠だろう。
「ゴブリンだか、何だか知らんけど、さっきの奴みたいのが、いるかも知れんやろ? それなら、高いところに上がって、辺りを見渡してもてから、次のルートを、決めた方がええやろ」
「それはまあ、そうなんですけど、ぜは〜…」
 ただ今二人の現在地点は、湿地帯の中にポツンとそびえる小高い(と言っても、標高にすれば少なくともン十メートルはあるだろう)丘の中腹である。この丘を突っ切るのがダウジングによる最短ルートなのもあるが、沼地に踏み入れて妙なモノに遭遇してはたまらないというのが大きい。何せ、迂回路を探していたら身の丈2メートル近い(ビックリしたので大きく見えただけかも知れないが)妖魔と出くわしたのだ。幸い出会い頭だったので夏子の格闘四連撃(昨日右の鬼門を沈めたアレの事)で伸したが、ああいう手合いが他にもいるかも知れないし、魔界のヒルなんかにたかられでもしたらどんな目に遭うか知れたものではない。
 なお、おキヌも夏子得意の四連打の手ほどきを受けたが、最後のキックに破魔札を乗せるという器用な真似だけはどうしてもトレースできなかった事を念のため付け加えておく。

「あ、着いた着いた、てっぺんや。おお、絶景哉絶景哉」
「石川五右衛門みたいですね、夏子さん……うわあ」
 坂道を登り切った二人が見たのは、絶景と言えば絶景だろう。目の前には木のほとんど生えていない開けた坂道が続いていて、その向こうにはまた森と、赤だの青だの色々と色合いの違う湖水、たなびく雲は虹色に光っている。相変わらずよどんだ空にはグリフィンだかヒポグリフだかが遠くで飛んでいるように見えるし、地平線の近くではオーロラが揺らめいている。確かにこれは、なかなかお目にかかれるもんじゃない(魔界の景色なんて、生身の人間がそうたびたび見られるもんでもないが)。
「多分、ゴールはこの坂を下りきった先の森の中やと思う。ダウジングの反応もだいぶ強うなってきたし」
 そう言って、夏子はさながらスキーのゲレンデのような坂道の先にある森を指差した。
「じゃ、さっそく行きましょう。そんなに急な下り坂じゃないですから、降りるのは簡単そうですよ」
「チョイ待ち、おキヌちゃん」
 息を整え直して(体力は消耗していても呼吸は別問題)さっそく坂を下りようとするおキヌを、夏子が袖を引いて止めた。
「……なんでこの坂、木がこんなに生えとらんのやろ?」
「ん〜……日当たりが悪いとか、誰かが根こそぎ切っちゃったとか、でしょうか?」
「だとええんやけどな……よっと」
 そこら辺に転がっている何の変哲もない石(と言っても、人間界には存在しない鉱物かも知れないが)をヒョイと拾い上げ、斜面に軽く放り出す。二、三回バウンドして、斜面に止まる……

 がばっ!!

「え゛!?」
「お!?」
 2、3秒ほどたった途端、地面から手のようなモノが飛び出し、石をたちまち捕まえてしまった。そして、石をガサガサとまさぐった後、大した物ではないとでも思ったのか石をそのままにして土の中に戻ってゆく。
「……ンなこったろうとは思ったんや。危なかったな、おキヌちゃん」
「ど、どうするんですか? ひょっとして、この斜面はずっとこんな感じで……?」
「かも知れん。ま、実験その2いってみよ」
 ビビるおキヌをよそに、夏子は今度はできるだけ転がりやすそうな木の枝を拾い上げる。そして、少し勢いをつけて斜面を転がしてゆく………

 がばっ! がばっ! がばっ! がばっ!

 三度ほどさっきのような手が飛び出し、しかしながら転がり降りる木の枝を捕まえられずに空を切る。最後に枝が転がるのをやめたところで、四本目の手に捕らえられた。
「ん〜、なるほど。つまり、素早く通り抜ければあの手に捕まらずに済むっちゅう事やな。斜度はスキー場で言うと初級と中級の中間ぐらいやし……行けるな……」
「え? 夏子さん、それって、もしかして……って、ちょっと?」
 夏子の言葉の意味に気付いて、引きつった表情で坂道を指差しながら坂と夏子を交互に見るおキヌ。その肩を、夏子がガッチリと捕まえた。そして、素早くおキヌの袴の裾をつまみ上げて袴の帯の間に突っ込む。つまり、おキヌは袴を高くからげる形になるわけで、白い脚が膝のあたりまで露わになる。ついでに素早く、夏子はおキヌの足から草履まで抜き取った。
「ええかおキヌちゃん、転んだらアウトやで。脚がもつれんように、適当にブレーキを掛けながら走るんや」
「え? ちょっと、夏子さ……きゃああああああああ!!??
 文句を言うより早く、夏子によって坂道に思い切り押し出されてしまうおキヌ。坂道だから脚が回り出すとそう簡単に止まれるものでもなく、止まったらどうなるかはさっきの実験でハッキリしているワケで……
「よっしゃ、行けえっ! おキヌちゃん、悲鳴上げてないで走るのに集中や!」
「キャ――ッ!? キャ――、キャ――――!!!」
 2メートルほどの間隔を横に取りながら、二人は猛然と(?)坂道を駆け降りてゆく。彼女たちが走り去った直後に地面から謎の手が飛び出してゆくのだが、後ろを振り向いているヒマはない。
「よーし、行ける行ける! このまま森まで突っ込むで!」
「わ、わ、わ……って、前、前! 地面、地面!!」
 自分を追い抜いて前に出る夏子を追いかける形で、もつれそうになる脚を必死でこらえながら走っていたおキヌが不意に金切り声を上げた。先の森の方に視線を向けていた夏子が前の地面を見ると、そこには何とゴール間近のところでクレバスが走っているではありませんか。
「幅は4、5メートル! いける、跳ぶんやおキヌちゃん!」
「そ、そんなあああっ!?」
 悲鳴を上げるおキヌを尻目に、夏子は猛然と走るペースを上げる! そしてその勢いで、思い切りよくクレバスの裂け目間際でジャンプした。
「いやっほぉ〜〜〜〜〜っ!!」
 そして、クレバスの向こう側に綺麗に着地した。

「わわわ、わあああ―――っ!!」
 少し遅れて、おキヌも走り込んで思い切りジャンプ! しかし、助走が遅かったせいか夏子に比べてジャンプが弱い! 思い切り伸ばしたおキヌの左足は前半分しか地面に乗らず……
「おっと」
「わあっ!?」
 落っこちかけたところで、夏子が伸ばされたおキヌの右手をハッシと捕まえた。そしてそのまま手を力強く引っ張り、彼女の身体そのものをクレバスのゴール側へ引き寄せた。
「はい、ご苦労さん。カンニンな、無理にやらせてもて」
「は、はふ〜、はひ〜……ま、また幽霊に逆戻りするかと思いましたあ……」
 荒い息をつくおキヌの背中をポンポンと叩いて、夏子はバツの悪そうな表情で詫びを入れた。

「……で、着いたんですか?」
「ああ、多分ゴールはもうじきや。お互い、霊力と体力がなくなる前に着いてよかったわ」
 大きく息を吐き出しながら、夏子は胸に下げた件のプレートを手に取る。
「ひょっとして、コレの効果なんかな? 確かにヘバっとるけど、死ぬほどヘバっとるワケやない……このカード、最低限の生命維持装置かなんかなんやろか?」
 などと疑問に思ったからといって答えが示されるでもなく、夏子はポーチにしまってあった草履を取り出しておキヌの足に履かせた(と言っても、足袋は土埃だらけなのだが)。
「ほな、行こか。問題は、ゴールがど〜ゆ〜代物か小竜姫さんが教えてくれなかったって事やけど……あ゛」
 森の中に視線を向けた途端、夏子の視線が森の中にいた何者かの目を捉えていた。
「キキッ!? 人間だ!」
「人間がいるゾ! それも、若い女だキィッ!」
「あちゃあ……」
 身長30〜50センチぐらいの、コウモリの羽を生やした小悪魔(人間のカテゴライズでは、インプか何かなのだろうか?)のような魔物2鬼とバッチリ鉢合わせしていた。
「美味そうだキィッ! さっそくいただきだキィッ!」
「キキッ!? ずるいぞテメー!? そっちの柔らかそうな女はオレのもんだキィッ!」
「わわっ!?」
 慌てて臨戦態勢をとった二人に、小悪魔達は飛びかかってきた。
「残念やったなあ、こちとら人間の女は女でもGSの卵や! 火も通さんと食ったら腹壊すで!!」
「よしなさい! こんな所で、ケンカなんてさせないで……!」
 夏子が神通扇を構えてそれを迎え撃ち、その後ろでおキヌはネクロマンサーの笛を構えた。

「木行の雷! シビレろっ!」
「「キィィ!?」」
 霊波を籠めた神通扇に触れた瞬間、小悪魔の身体の周りを火花が飛び散った。電気ショックを食らったような衝撃を受け、小悪魔達は立て続けに地面にポテチンと落ちる。そしてもがきながら立ち上がろうとしたところへ、

 〜〜〜〜♪、〜〜〜〜〜〜♪、〜〜〜〜〜〜〜〜♪

「「キィ…………」」
 おキヌの奏でる子守唄に乗せられた霊波が包む。2鬼は眠気でもそそられたのか、そのまま地面に横たわって動かなくなった。
「よっしゃ、この場を離れるで。他にもお仲間がおるかも知れんでな」
「そうですね、行きましょう。そ〜っと、そ〜っと……」
 せっかく眠ったか気絶したかしてくれた小悪魔達を刺激しないよう、2人はそろそろと森の奥へ踏み込んでゆく……


「……これがゴール……ですよね?」
「……やろうな。スタートのドアと、同じ造形やし」
 そして数十メートルのところで、唐突にデンと立っている扉を見つけ出した。
「ん〜? 何やろ、鍵でもかかっとるんかな……」
 そう言って、夏子はおそるおそるドアノブに手を掛け、そっと回し……さらに軽く引いてみた。すると、何の抵抗もなくドアは開いた。
「開いてますか?」
「……開いとるな。ちょっと拍子抜けやけど、まあええわ。さ、ゴールゴール!」
 そう言って夏子は、多少警戒しながらも(ドアを開けたら魔物! って可能性は捨てていない)ドアをパッと開け………


「………あれ?」
「………ありゃ?」
 扉の枠で周りと仕切られただけの、何の変哲もない魔界の森の景色を見た。
「ひょっとして……ハズレ? この戸、ただのフェイクなん!?」
「あ、夏子さん! ちょっと待って下さい!」
 憤然としてドアを閉めようとする夏子を、おキヌが制した。
「ほら、この扉の中! よく見てください、空間が揺らいでますよ!」
「ナヌ? あ、ホントや! おキヌちゃん、ナイス!」
 おキヌの指摘にもう一度よく見ると、確かに扉の枠の中のところでは、向こう側の森の景色がユラユラと動いているように見えた。
「って事は、このドアを“開けろ”ちゅう事やな。するって〜と……コレかな?」
 そう言いながら、夏子は最初に小竜姫に手渡されたプレートを扉のところに近づけてみる。すると、扉の中の空間の揺らぎが一際大きくなった。
「鍵はこれなんかな? すると、この修行の性質から考えると……こうか!?」
 夏子は目を閉じて、手に持ったプレートに霊力を集中させる。そして霊力はプレートを通して扉の枠の中の空間に干渉し……
「あ! 見えました夏子さん! 妙神山ですよ!」
 おキヌが叫んだのを聞いてから、夏子も目を開ける。そこには、揺らぐ森の景色の中心で、プレートを中心に直径50センチぐらいの円状に妙神山の例の異界空間の闘場の景色が広がっていた。
「く……私の今の霊力やと、このサイズが限界か……!?」
 赤い顔をした夏子がフッと霊力と身体の力を抜くと、妙神山の景色はかき消えてしまった。
「霊力を思いっきり集中させんと、通り抜けできるまで“ドア”は開かんって事やな。今ぐらいのサイズやと、通り抜けようとしたら引っかかってまう……」
 いや、引っかかるだけならまだいいが、空間が戻ったりしたら二人はそれぞれの次元に身体が二つに泣き別れとなりかねない。
「じゃ、二人でやってみましょう! 二人がかりなら何とか……」
 とおキヌが夏子を励ましながら自分のプレートを取り出した時。

「キキィ! いたぞ! 人間の女どもダッ!」
「アイツラをやった女どもだ! やっちまえ、キィッ!!」
「肉が柔らかくて美味そうだキィッ!!」
 バタバタとした羽音と、いくつものキーキー声が二人の耳に飛び込んできた。
「うわ、最悪や……」
「あ、あう……」
 他の小悪魔達が二人を見つけて、どうも群れなして追いかけてきたらしい。
「おキヌちゃん、連中は任せるんや! 悪いけど、その“ドア”を頼む!」
「えっ!? でも夏子さん、霊力が……!?」
 またしても夏子がおキヌをかばうように身構えたので、おキヌは狼狽した声を上げた。
「確かにええ加減限界や! せやけど、アイツら追っ払うのに二人とも霊力使てもてどないする!? 私が食い止めてる間に、ゴールへの道を拓くんや!」
「は……はい!」
 確かにネクロマンサーの笛で小悪魔達をあしらっていても、結局はジリ貧だ。となれば、ここは自分の霊力のありったけをぶつけて“扉”を開くしかない。
 夏子が小悪魔達と交戦状態に入るのを背中で聞きながら、おキヌはプレートに霊力を集中させ始めた。


「ふ……ん、やはり数時間も魔界を歩き回っていると霊力がだいぶ落ちていますね」
 開きかけた空間の扉がまた元に戻ったのを見ながら、小竜姫は難しい顔をしていた。
「でも、これが最後の試練です。一瞬だけでも一定以上の霊波をぶつければ、ゲートは開放される……さて、二人のうちどちらがそれを可能にできるか?」
 修行をつけている手前、自分は二人を助けるわけにはいかない。彼女としても、ゲートをハラハラしながら見守るしかなかった。


「う……あ、あと少し……!」
 扉の中の空間の揺らぎにプレートを当てて霊力を集中するおキヌだが、どうしても人二人が通り抜けるだけのスペースを確保する事ができなかった。
「おキヌちゃん、呑気してるヒマはないんよ!? 繰り返せば繰り返すほど霊力は消耗するんや!」
「そ、それは、分かっているんですけど……」
 ここまでの行程で夏子ほどでもないにせよ霊力をだいぶ使ったおキヌの方も、“ドア”を8〜9割ぐらいまでは開けられる実感がある。が、開けてからまた閉じるまでの短い時間だけでも、通路を安定させるだけのパワーを集中できないでいるのだ。

「せいっ! はあっ! でぇやぁぁっ!!」
「キィッ!?」「ギャッ!」「ウキィ!?」
 しかし、そんな間にも夏子が後ろで悪戦苦闘している。もう時間は無いが、霊力もいい加減限界だ。
「昨日の修行の時の事を思い出して……あの時、小竜姫さまに一太刀浴びせた時の事を……」
 と再現しようとして、顔が一気に紅潮してしまった。だってあの時、横島の事を物凄い勢いでカミングアウトしてしまったのだから。しかし、その時の小竜姫の言葉が彼女の脳内でリフレインする。

――人間というのは、大したものですね。
  人を好きになる事で、あそこまで強くなれるんですから――

 その言葉をもう一度胸の奥で反芻してから、おキヌは迷うのをやめた。
「恥ずかしがってなんていられない! やらなくちゃ……!」
 霊力を集中させていく彼女の脳裏を、横島の姿がよぎる。普段ならここで泡を食ってしまうところだが、今はそれを否定しないで、ただ受け入れてゆく。
(横島さん……横島さん、横島さん、横島さん、横島さん――――!!)

 あの道路標識の傍らでの出会いから1年、本当に色々な事があった。笑った事も、怒った事も、泣いた事も、ヤキモチを焼いた事、嬉しかった事、もどかしかった事、そして――たった一夜の事とはいえ、愛し合った事。
 この試練をくぐり抜けて、GSとして成長してみせる。そしてその時こそ横島さんと――そう彼女が心の中で改めて決意した次の瞬間、おキヌの魂のどこかにあったリミッターが外れた。そして、彼女の霊力は本来の能力の限界を超えてパワーが上がってゆく!

「おっ!?」
「「「キィッ!?」」」

 美神から聞いた話だが、かつて横島はアシュタロスとの最終決戦の時、『煩悩全開――!!』と叫びながら霊力をオーバーフローさせたという。ならば、自分の今やろうとしているオーバーフローも、それと同じような名前になるはずだ。そう思ったからこそ、彼に対するあらとあらゆる感情を込めて……

「幻想、全開っ!!!」
 そう叫びながら、フルパワーの霊力を籠めたプレートを“扉”に叩きつけていた。


「! これは……」

 どたどたっ!!

「ハア、ハア……こ、ここは……?」
「ふう、ふう……元の妙神山の闘場です……戻ってきたみたいです……」
 開いた“扉”をくぐって二人が転がり出てきた先は、元のただっ広い修行場だった。周りを見回すと、ちゃんと小竜姫もいる。
「お二人とも、お疲れ様でした。これでこの修行は完了です」
「つ、疲れましたあ……」
「酸素の薄いところで訓練すると運動能力が上がるってのは聞いた事あるけど……よりによって魔界だなんて、どんな高地トレーニングやねん」
 ゴールに着いてホッとしたせいか、おキヌも夏子もその場にへたり込んでしまった。
「でも、少しは効果が出てきたとは思いますよ。ほら」
 そう説明しながら小竜姫は二人にヒーリングを施し、さらに霊力も軽く吹き込む。
「どうです? 超回復の理論と相乗されて、霊力や体力が格段に上がっていると思いますが」
「お? そう言われてみれば……」
「確かに、何となく……」
 回復した二人、何とはない実感を感じて自分の両手をまじまじと見る。ややあって、疲労から回復した夏子がまず立ち上がった。
「ちょっと、試してみよか。水行を以て、火行を制すっ!!
「きゃっ!?」
 そして、開いた神通扇を素早く二振りする。扇が通り過ぎたその直後、鋭い冷気がその場を走った。
「おおっ、上がっとる上がってる」
「そうですね、修行前の1〜2割増しぐらいにはなっていますね。おキヌちゃんの方は?」
「えっと……あ、本当だ」
 夏子の後ろで跳んだりはねたりしていたおキヌも、その辺を確認していた。
「確かに、今朝に比べて何だか身体が軽くなったような気がします」
「それは何より。でも、身体能力の方は日頃から適度なトレーニングを欠かさないようにして下さいね」
 霊力もそうだが、体力というものはそれ以上に伸びやすく落ち込みやすいものである。


「さて、もう外では未の刻になってますから……お昼ご飯にしましょうか」
「あ、もうそんな時間になってるんですか?」
「え〜と……子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未……ほうほう」
 小竜姫の言い方は昔風だったので、パッと理解できたおキヌと指折り数えた夏子の差が出ている。
「お昼ご飯のあとは、午後の修行ですよ」
「あ、あの〜、小竜姫さま……」
 二人を促して外へ出ようとする小竜姫に、おキヌがおずおずと手を挙げて呼びかけた。
「はい?」
「ひょっとして、午後もこんな感じの修行ですか? また魔界に行って……」
「ああ、大丈夫ですよ。魔界流しの修行はこれっきりですから、安心して下さい」
 と言って、小竜姫はおキヌと夏子の胸をなで下ろさせてから、
「今度は天界です」
 と付け加えた。
「「……え゛?」」
「さっきの魔界が低酸素地での高地トレーニングを意識しているなら、次はその逆みたいなものですから。なにせ天界というのは、生身の人間が行くには魔界より危険な面がありますからね」
「「うひゃあ〜〜〜!!」」
 どうやら、午後の修行も生やさしい物ではないらしい。


「どわ〜っ!?」
 斉天大聖の振り下ろした如意金箍棒を、横島は横っ飛びで辛うじてかわした。しかし、すぐさま如意棒は真横に薙ぎ払われ、横島の胴に襲いかかる。
「おわっ!!」
 とっさに横島、サイキック・ソーサーを手に展開させてその一撃を受け止める! 猛烈な勢いを押し止めた衝撃で2メートルばかり後ろにズレていったところで、何とか踏ん張った横島。
「お〜、なかなかやるでちゅねヨコシマ」
「外野、ちょっと静かにしててくれっ!」
 押し止めた反動を利用して、すかさず如意棒の上に飛び乗る横島。そしてその上を器用に走り抜け(幸い如意棒は六角棒で、一辺は30センチ前後。上を走るのは無茶ではない)、一気に斉天大聖の懐に飛び込む。
「!!」
「行けぇっ!!」
 片手の中に握り込んでいた文珠を一つ、斉天大聖の胸に叩きつける! 籠められていた文字は……“凍”。

 ドギャッ!! ビキビキビキッ!

 絶対零度近い凍気をまともに浴びて、巨大な氷像と化す斉天大聖。しかし、かつてコレを浴びたルシオラやパピリオはほんの数秒で冷凍状態から回復していたから、この猿神が復活するのもまた当然の事。しかし、
「続いて、もう一発っ!!」
 如意棒から後ろ跳びに飛び降りながら、横島がさらにもう一発文珠を投げつける。その文珠には……“爆”の一字が刻み込まれていた。

 ドゴン!!!

 熱した陶磁器を冷水の中に放り込んだり、逆に凍りついたガラスに赤熱した金属棒をくっつけたりすると砕ける事がままある。つまり、単に熱したり冷やしたりするよりも、熱い←→冷たいの急激な温度変化は物質の結合を急激に脆くする効果があるわけだ。
 これはあくまで物理的な効果だが、霊体に対しても多少の援用は利く。つまり、反対の属性を持った二種類の霊波を連続して浴びせる事でその効果は増幅される。

「……チャンス!」
 そんなわけで、爆風の中から出てきた斉天大聖はかなりのダメージを負って、足元がふらついていた。それを見た横島、三つ目の文珠を左手に握り込んで斉天大聖に突進する。その途中、左手の握りから二方向に霊気の刃が出現した。と同時に、右手の甲からも霊波刀が飛び出す。
「食らえぇぇっ!!」
「―――!!?」
 “剣”の文珠と“栄光の手”の二刀が、目の前のハヌマンの胸板に突き立てられた! 並の妖怪なら間違いなく即死ものの一撃を食らい、斉天大聖はゆっくりと仰向けに倒れた。


「お〜、本当に勝ちよったか。やるな、坊主」
 感嘆した声と共に、軽く拍手しながら一つの人影が壁際から歩み寄ってきた。
「そりゃな……あんだけ寄ってたかって追い回されれば、イヤでも実戦の勘が戻ってきますって。アレ、結構動きが単調だし」
 近づいてきた人影……斉天大聖に対して、横島はヘバって座り込みながら毒づき、闘場に倒れた“斉天大聖”を親指で示した。指差された“斉天大聖”は光に包まれ……やがて消えた。後には、焼けこげた一本の毛だけが残されている。
「しかし、パワーはだいぶ落としてあるとはいえ、孫長兄の身外身に普通の人間が勝つかねフツー?」
「……確か、孫長兄より数桁の力の差をつけてあると聞いたが」
「それでも、上級のGSが何とか渡り合えるぐらいのパワーなんだろう? 文珠のストックを一気に使ったとは言え、ツボにはまった横島君、本当に強いよ」
「でちょ〜? そこはヨコシマ、私達が見込んだ人間でちゅから」
「うんうん、戦友が高い評価を受けて、僕も鼻が高いですよ」
「見てるだけの外野は、気楽だよなあ……」
 天蓬元帥・捲簾大将・玉龍三太子・パピリオ・ジークは一応褒めてるのだが、横島としてはあまり嬉しくなかった。
「大体なんで、あんな事言い出すんスか? 『ワシの身外身と戦って勝て! さもなくばこの山から降ろさせんぞ』だなんて……」
「そりゃ、昨夜のお主が悪い。あんな下手な元禄積みなんぞ仕掛けよってからに」
「ううっ……スンマセン、負けを一気に取り返したかったんや〜〜……」
 麻雀でのイカサマの種を抑えられたものだから、横島としてもグウの音も出ない。ちなみに、昨夜はパピリオの総合トップ・横島のドンケツで終わっている。ちなみに、ブービー賞はヒャクメ。

「老師に横島さん、そっちはどう? 終わったんですかね〜〜?」
「おう、こっちは終わったぞ〜? なかなか面白い一戦だったな」
 様子を見に来たヒャクメに、天蓬元帥がそう答えた。
「それじゃ、早く来てね〜。愛子ちゃん、待ちくたびれてるから」
「オーケー……しかし、この身体で下山できるかな?」
「大丈夫でちゅ、私が駅まで送っていくでちゅよ! ほらほらヨコシマ、早く着替えるでちゅ!」
 かったるそうに立ち上がる横島の手を、パピリオが引いて道場から連れ出していった。


「それじゃ、駅まで二人を送り届けてから買い物して戻ってくるでちゅよ」
「皆さん、お世話になりました! 修行がうまくいったら、またここにご挨拶に参ります! ああっ、コーチと生徒の友情……青春だわ!」
「あのな……そんじゃ、また来ますね。小竜姫さまも、またお会いしましょうね〜♪」
 連休最終日・午前。検診&リハビリ&修行を終えた横島、修行の第一段階を済ませて“早く人間になりたいマニュアル”をヒャクメ達から受け取った愛子、そして二人を麓まで送ってゆくパピリオの三人が、妙神山の山門に並んでいた。見送るは、この5日間いつになく大挙集まっていた神族・魔族の皆さん。
「おう、もうこんなバカらしい理由でここへ来ないようにせいよ」
「妖怪変化のおぜうさんも、また遊びに来てくれよな。俺らも連絡くれればすぐに飛んでくるからさ」
「……縁があれば、また会おう」
「二人ともお元気で。それぞれの望みが実現するよう願っているよ」
「人界に留学する事になったら、またよろしくね〜〜」
「右に同じだ。体に気をつけろよ」
「横島さんも愛子さんも、お元気で。もし修行に行き詰まりを感じたら、いつでも訪ねてきてくれて結構ですよ」
 そんな見送りの言葉を受けながら、三人は下界へ降りる石段を降りていった。

「ところで老師」
「ん? 何じゃ」
 天蓬元帥達が宿坊へ戻り、ヒャクメとジークがおキヌ達の様子を見に行く中で、小竜姫と斉天大聖だけが山門に残っていた。
「あそこまで横島さんを手荒に扱ったのは、何か理由でもあったのですか? 結果的には以前の勘が少し戻って良かったとは思いますが……」
「いや、なに。ワシの弟子がみすみす腕を鈍らせてしまうのが惜しいと思っただけの事じゃ。それに…」
「それに?」
 小竜姫に促されて、老師は頭を軽く掻いた。
「かつてあの坊主がここを訪れた時、何か宿星の様なものを見たような気がしてな」
 そう言いながら、斉天大聖は軽く嘆息する。
「一部では宇宙意志という言い方をするが、ワシらの世代は“天意”と呼んでおる……人界・天界・魔界を包括する一つの世界そのものが、あの人間に何かをさせようとして運命と加護を与える、それが宿星という奴じゃ。その使命というのは、恐らくアシュタロスを止めるという事なのじゃろうが……」
「まだ何かがあると?」
「何も無いとは思うが、何かあるのかも知れん。故に、あの坊主の宿星がその役割を終え、去っていったかどうかを確かめたかったのでな」
「……それで、どうだったのですか?」
 あの時のような事が、まだ起こり得るのだろうか? そんな事を気にしながら、小竜姫は先を促した。
「……よう分からん。宿星は去っていったようじゃが、光が全て失せたわけでもない。恐らくあれは、下界で何か起きた時の為の保険かも知れん」
「は…? 保険…ですか?」
「本来なら去るべき宿星がまたいつでもあ奴の上に戻れるように、中途半端な状態になっておるように見える。強すぎる宿星は、人間を不幸にするからのう」
 そう言ってから、老師は小竜姫――直弟子にして義弟の娘、つまり義理の姪を横目で見た。
「小竜姫も、坊主の宿星が戻って来るような事態にならん様、修練と下界の監察を怠るでないぞ?」
「はい……!」
 物静かな言葉に逆に緊張を刺激され、小竜姫は背筋を伸ばしてから一礼した。


 数時間後、連休最終日、正午過ぎ。
「お世話になりました、小竜姫さま。修行をつけていただいて、ありがとうございました」
「いえ、これが私の役目ですから」
 横島達が下山してから少し後、今度はおキヌが山を下りる。見送る教師陣(老師達抜きの若い世代ばかり。ただし、パピリオはまだ戻ってきていない)の間には、夏子の姿もあった。
「そんじゃおキヌちゃん、元気でな。私は明日の朝帰る予定やから、ここでお別れや」
 夏子は連休明けの学校を一日だけ休んで、ここでの修行を行う事にしている(市天の霊能部員には、霊能の実務や修行のための休みは大目に見てもらえる不文律がある)。そんな彼女は一歩進み出て、おキヌちゃんと握手を交わした。
「縁があったら、また会おうな。GSの業界も広いんか狭いんかよう分からんから、縁がどのくらいのもんかは分からんけどな」
「はい、夏子さんも頑張って下さいね」
 握られた手をギュッと握り返しながら、おキヌは笑う。
「それから、夏子さん」
「ん?」
「この前言ってた初恋の人に、また会えるといいですね」
「……ん、おおきに。おキヌちゃんも、今の彼氏とうまくいくとええな」
 少し質の違う微笑みと共に、二人はエールを交わした。


 こうして、それぞれのゴールデンウィークは終わった。
 おキヌの修行の成果が、数週間後の横島くんの高校(仮名)VS六道女学院の学校対抗試合でお披露目される事になったのはご存じの通りである。


 5月末日、大阪市立天王寺高校。
「おーい、夏子〜〜……って、あれ?」
 一人の女子生徒が“霊能部”と看板の書かれた部室のドアを開け、怪訝な表情で部室の中を見回した。
「なあ素子〜、夏子どこ行ったん?」
「ん? 夏子だったらまだ来とらんよ。トイレでも行ったんじゃないの?」
 “GS志願者のための風水入門”なる古書のページをめくりながら、素子と呼ばれた女生徒が答えてくれた。
「ちょっと探してくるわ。素子も、これ読んどいて」
 そう言って彼女は一枚のプリントを手近なテーブルに置き、部室を出て行った。

 真田夏子が市天に入ったのはここに近畿圏最大の霊能部があるからというのが第一だが、この校舎に一ヵ所気に入ってるところがあるという理由もある。
「なんでPTAや市民団体は、このオープン廊下にイチャモンつけるんやろなあ……」
 なんで外の騒音や雨風がダイレクトに入ってくるとか落ちたら危ないとかネガティブな理由付けばかりして、外気に面したこの気持ちのいい廊下の造りを改善しろと言ってくるのか、夏子にはどうしても納得できない。外の騒音や雨風、大いに結構。こんな天気のいい日の陽気を全身で感じられなくなる方が、よっぽど辛気くさい。
 落ちたときの責任問題がどうのこうのなんて、アホくさい。不注意な奴が落ちるのであって、学校側は手すりの保守管理をキッチリやっておけば何も気にする事はないのだ。確かにお調子者の生徒が手すりで平均台をやって下に落ちてケガをするが、そんなのはそいつらの自己責任なのだ。現に自分は去年最上階の手すりで逆立ちまで披露して教師陣から拍手喝采と共に3日間の自宅謹慎処分をもらったが、それもまたお調子者の自己責任に過ぎない。何が悲しくて、このオープン廊下に壁やら安全ネットやらを設置しなければならないのだろう?
 そんな事を何となく考えながら、夏子は最上階の廊下から外の風を感じていた。

「あ〜、おったおった〜! 夏子〜」
 階段を登ってきた隣のクラスの女子が、そんな夏子に駆け寄ってきた。
「ん? ああ、望か。カンニン、精神統一にかこつけてボンヤリしとった」
「……まあ、それはええんやけど。ほい、これ。試合やってさ」
 そう言って、望は一枚のプリントを夏子に手渡した。
「試合? あれ、京阪戦ってもっと後やなかった?」
 ちなみに京阪戦とは近畿地区の霊能を行う高校生の競技会の事だが、古い寺や神社で修行を積む京都の高校の生徒と部活でハイレベルな訓練をする大阪市立天王寺の生徒がいい成績を残す事から、実質的に京都VS大阪の構図になっているところを皮肉ってつけられた通称である。
「あ〜、ちゃうちゃう。今度の夏に…」
「暦はもう夏やけど」
「…夏に霊能の全国大会やるんやと。で、その大会ルールで練習試合兼テストマッチをやるから片っぽの代表に出てくれって」
「ふ〜ん、全国大会ねえ……」
 望から受け取ったプリントを見ると、確かに個人戦の京阪戦とは違って3対3の団体戦方式になっている。
「で、このテストマッチはどうするん?」
「出るのは私と素子と夏子でええんと違う? 全国大会の本戦の方はまた別に選考せなあかんけど、先生もそうしろ言うてはるしな」
 そう言いながら、望は夏子の背中を軽く小突く。
「この前の連休、山ごもりで修行やってたんやろ? その成果、見せてもらうさかいな」
「オーケー。ま、やってみますか」
 自慢しているわけではないがそれなりに自信のある長髪をパッと風になびかせながら、夏子は例のごとくニッと笑った。

(全国大会か〜………)
 全国大会、つまり日本中の霊能高校生が集まる大会。と聞いて、最初にパッと思い浮かんだのは京阪戦で当たった他県のメンバーではなく、この前妙神山で出会った一人の少女の顔だった。
(おキヌちゃんに、また会えるやろかな〜……もし会えたら、例の彼氏っての紹介してもらおっかな……おおぅ)
 ほんの少しだけ強くなってきた風が、夏子の髪とスカートを僅かに舞い上げた。 


「ひとまず、おしまいや!」by夏子


 追記

おキヌ「ところで、私のテーマとかはないんでしょうか?」
夏子「いや、試しに作詞してみたら、愛だのラブだのと
   恥ずかしいフレーズのオンパレードになったさかい、
   とてもやないけどお見せできんのやと」
おキヌ「は、はあ……」


 あとがき


 お待たせしてしまいました、いりあすです。
 横×キヌな学園もの(そうか?)の中編二作の間に当たる本編、無事書き上げる事ができました。ついに間が4週間に開いてしまい、申し訳ありません。

 それはさて置き、本編は番外的なお話なのでいろんなキャラを出してみました。と言いますか、SS多少書いているからにゃ原作のいろんなキャラを書きたいな〜と思って、妙神山編を書いてみた次第です。


○夏子に関するイロイロ

 ※登場について

 前作で全国大会編をかなり期待されちゃった以上、全国のライバルキャラとして色々オリキャラを出さなければならない。そんなライバル達の筆頭格として白羽の矢が立ったのが、前作で名前をチラリと出した夏子です。賛否両論あるとは思いますが、おキヌちゃんに対する明確なライバルキャラになるとは思っていますので(それも、多分二つの意味で)ご容赦下さい。

 ※能力について

 夏子の霊能は、“基礎霊力はさして高くないが、技と体術を組み合わせて補うタイプ”という設定にしてあります。霊圧は修行前60マイト前後→修行後70マイト前後ぐらい。ベースは陰陽五行(日本の陰陽師というより、中国での陰陽五行に近い)で、身体能力はおキヌちゃんより確実に上、って感じです。アイデアは、うし○と○らの某符咒士とナム○クロスカ○コンの主人公&ライバルから得ています。

 ※性格&横島について

 彼女については、コンセプト的にはあまり“可愛くない”キャラにしていく方向です。その辺は、横島にフラレた(正確には、自分が横島をフッたと勘違いされた)事を引きずり、若干性格が屈折したという裏設定を考えてますが……
 横島に関しては、まだ割り切れていないという設定。大体、横島の事を知りたくて霊障に巻き込まれた、なんて笑うに笑えないきっかけで霊能力者になったという設定ですからね。

 あと、彼女の大阪弁はかなり適当です。原作の回想シーンではあまり大阪弁を喋っていませんが(横島の回想シーンでも同様)、恐らく銀ちゃんの前ではみんなええ格好しようと意識して共通語を喋っていたのだろうと勝手に想像していますw


 というワケで、プロットが練れたらいよいよ全国大会編かな〜と内心ハラハラしています。我ながら、話を大きくしすぎたかと冷や汗を流してますし。


 最後に、レス返しをば。


>スカートメックリンガー様

 おキヌちゃんが魔装術を覚えていたら、多分陰念みたいな不完全な状態では女華姫もどきで、後期型雪之丞や勘九郎みたいに完成させるとキヌ姫モードかな……とか思ってみたりします。
 あと、多分夏子は“ポチ”の存在は知っているでしょうけど、それが横島だとは気付いていないというスタンスです。美神さんは有名ですからねえ……でも東京人に対する対抗意識強そうだから、あまり好意的には思っていないかも。


>ASU様

 夏子に関しては、このシリーズを続ける時点で出す事は決めていました。今さら完全オリキャラに差し替えるのもどうかと思ったので、そのあたりはご容赦下さい。


>HEY2様
>wata様

 オンナの戦いは残念ながらこの時点では開戦していません。しかしこのシリーズが続くと、絶対に何かが起きる事でしょうw マイペースで書くとどんな遅筆になるか知れたもんじゃないので、文章の質が落ちない程度に急いで書かせていただきます。


>giru様

 夏子の学校“市立”天王寺高校・通称市天は架空の高校ですので、実在する“府立”天王寺高校・通称天高とは一切関係がありません。
 市天は日本でも指折りの霊能部を抱える高校で、たぶん市民派な校風。キャンパスがあるとしたら四天王寺周辺、おそらく茶臼山あたりだろうと勝手に設定しておきましょうw
(大阪の皆さん、並びに大阪をよく知らない皆さん、どちらもごめんなさい)


>長岐栄様

 そう言えば、長岐栄さんが他のサイトで書いた夏子もポニーテールでしたね。でもポニーにしておくと、横島の野球帽をかぶれないという問題がw


 あとがきの追記

 この夏子に声をつけるとしたら誰かな〜とか思っていたら、いりあすの脳内ではだんだん荘真○美さん演じる某超サイヤ人の嫁みたいな威勢のいい声になってきました……な、何か違うorz

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