――東京某所――
「おーい、マリアー! マリアー!」
幸福荘と看板の掲げられた、いかにも安そうな木造の共同住宅。その中に、しわがれた爺さんの声が響く。
「イエス、ドクター・カオス?」
それに答えるのは、鈴の鳴るような――しかし機械的に無機質な声。
……続いて。
ドゴンッ!
「のわあああっ!?」
破壊音と爺さんの叫び声。
「こ、こらマリア! ドアを開ける時はわざわざ破壊するんじゃないと言ってるだろう! とゆーかそれ以前に、トイレのドアは無闇に開けるんじゃない!
ともあれ、紙がないのだ! 持ってきてくれ!」
モザイク必須のケツ丸出しで叫ぶのは、痴呆老人……もとい、『ヨーロッパの魔王』ドクター・カオス。
その言葉に、トイレのドアを破壊した人物――カオスの最高傑作であり、現在は私服に身を包んでいる女性型アンドロイドのマリアは、「カミ?」と鸚鵡返しに訊ねた。
「ケツが拭けりゃ何でもいい。ティッシュもトイレットペーパーも切れとるからな。チリ紙交換用にまとめといた古本があるじゃろう。急げ!」
「イエス、ドクター・カオス」
「…………間違っても、他人の髪の毛をむしってくるんじゃないぞ」
「…………………………………………イエス、ドクター・カオス」
念を押すカオスの言葉に、しばしの沈黙の後に返ってくる返事。
「待てマリア。今の間はなんじゃ? よもや、またもや神父の髪の毛をむしるつもりじゃなかっただろーな!? おい、マリア! マリアー!?」
しかし返事は返ってこなかった。そのことに、カオスはとてつもない不安を覚える。
「……まったく……いつになったら完全修復するのやら。壊れるのは一瞬じゃが、直すのには時間がかかる……難儀なことじゃわい」
カオスのぼやき通り、今のマリアには欠陥があった。ソフト面にバグが生じ、奇行とそれに伴う失敗が目立つようになっているのだ。日本に来た時の最初の失敗で起こしてしまった大爆発――おそらく、その衝撃が原因だろう。
とはいえ、今は壊れた当初ほど酷い状態ではない。少しずつではあるが、行動がまともなものに戻りつつある。
と――カオスの背後から、スッと肩越しに手が差し伸べられた。彼の目の前に現れた手には、トイレットペーパーが1ロール。
「お、おお! なんだ、あったじゃないかトイレットペーパー! でかしたぞマリ……ア……」
喜びの声は、突然尻すぼみになった。
トイレットペーパーを受け取りながら振り返ったカオスの目の前にいたのは――薙刀を手に持った、和服に身を包んだ小柄な老婆。
「……お、大家……様……」
なぜか様付けになるカオス老。そのつぶやきに、老婆――大家はにっこりと微笑んだ。……にっこり、と。
「カオっさん……またやってくれたね……」
「い、いや、これにはワケが……」
「ああ、そうだろうさそうだろうさ。で? 一体あのコはいつになったら直るってんだい? 一週間後かい? 一ヵ月後かい? それとも一年後かい? その間、一体何度ウチで破壊活動が行われるんだろうねぇ?」
「あ……う……あ……」
「とりあえず――」
言いながら、大家はその手の薙刀を上段に振りかぶる。
「その汚いケツしまって、便器の中で頭冷やしときなさいっ!」
「ぎゃあああああーっ!」
それが振り下ろされると同時、幸福荘の中で、哀れな老人の悲鳴が響いた。
そして大家が大股でトイレから離れて行った後――やたら古い本を手にしたマリアが、ひょっこりとトイレに顔を出した。
頭を金隠しに突っ込んでピクピクと痙攣するカオスには、マリアに気が付くどころか意識を取り戻す様子すらなかった。
ちなみにその古本……実は、マリア自身の設計図だったりする。
『二人三脚でやり直そう』
〜第三十四話 鋼鉄の姉妹愛が止まらない!【その1】〜
「醤油が切れていたとは、迂闊でしたね……」
「サラダ油も少なくなってましたしね」
――繁華街の雑踏の中。
そんな会話を交わしながら歩くのは、「ふしゅるるる〜」と異様な呼吸音を出す物体Xと、艶やかな黒髪が美しい小柄な少女。
早乙女華と氷室キヌである。
彼女らは今、白龍会の食堂で醤油を切らしていたのに気付き、急遽買出しに出てきたのだった。
白龍会は都市部から離れた郊外にあるので、買い物ならば本来その近くで済ますべきなのだが――この際、ついでに他のものも買い溜めしておこうということで、おキヌの贔屓にしている店まで足を運ぼうということになった。
理由はもちろん、そちらの方が値段の融通が利くからだった。
(それに、ここは厄珍堂も近いし……もしかしたら、横島さんに会えるかも)
おキヌはそうも思ったのだったが、そちらの方は完全に運任せ。会えれば幸い、程度にしか期待していない。
「それにしても、おキヌさんって凄いですね」
「ふぇ? 何ですかいきなり?」
突然凄いと言われ、何のことを言われてるのかさっぱりわからないおキヌ。
「道場でのことです。入って三日で第二ステップまで進んで、しかももう霊波砲のコツを掴みつつある……なかなか出来ることではありません」
「そ、そうなんですか?」
驚くおキヌ。確かに言われてみれば、彼女が入ってから今まで、第一から第二ステップへ上がったのは彼女を含めて片手で数える程度だ。入って三日というのは、かなり早い方だろう。
しかし彼女の場合、白龍会に入るまでは美神の助手を務めていたのだ。
荷物持ちは横島に任せ、自分は後衛にいるからといっても、日本トップレベルのGSが請け負うようなハードな除霊は、同行するだけでかなりの体力が必要となる。ネクロマンサーとして除霊に参加するのなら、尚更だ。
そのため、運動神経に難があるとはいっても、体力自体がないわけではない。むしろその体力は、一般人のそれを大きく上回っている。加えて、六道女学院で霊能力の基礎を学んでいたため、霊力の発露も問題なく行えた。
その二つが、第一ステップをあっさりクリアできた最大の理由である。
そして、第二ステップにおいて霊波砲のコツを早くも掴みつつあるのは、彼女の資質によるものである。
そもそも霊波砲とは、『霊力を物理力に変換する』『物理力に変換した霊力に指向性を持たせる』『放出する』という三つのプロセスを経て行われる。
常日頃、ネクロマンサーの笛で霊力を音に変換しているおキヌにとって、霊力を別のものに変換することなど、特にこれといった意識もなく出来る。音か物理力かの違いなど、一度やり方を覚えてしまえば問題にもならない。
そして、300年幽霊をやっていて、霊体のことを誰よりも熟知していることもある。そのことから、霊力の流れを感じ掴み取ることは、彼女にとってさほど難しいことではない。――つまり、霊力に指向性を持たせることは、(多少の練習は必要だが)得意分野の範疇に入るということだ。
それらの事実から、霊波砲を修得するのも時間の問題と言えた。第三ステップに進むことができるのも、意外と遠い話ではないかもしれない。
そんな彼女は、思わぬ賛辞に目を丸くしていた。華はクスッと苦笑を浮かべる。
「もっと自分を誇っていいと思いますよ。おキヌさんは、結構素質があると思います。……運動神経さえどうにかすれば、ですけど」
「……あぅ……頑張ります」
「あっはっはっ。まあ、焦って怪我をしないでくださいね」
褒められて最後に落とされたおキヌは、真っ赤になって俯いた。その様子を見て、華はからからとした快活な笑い声を上げた。
「ところで、おキヌさん。贔屓にしているお店とは、まだですか?」
「あ、はい。あそこの商店街に……あれ?」
100メートルほど先の左側に見えるアーケードの入り口を指差そうとしたおキヌの言葉が、途中で切れた。
「どうしました? ……あ」
訊ねながら、彼女の視線を追った華が、それに気付いた。
「横島さん!?」
「お……? あれ、おキヌちゃん?」
声をかけられ、振り向くのは――先程まで「運が良ければ会えるかも」と思っていた少年、横島忠夫だった。
彼はそのままおキヌたちの方に小走りで近付いてくる。
「……と、えーと、早乙女華さん……だったっけ?」
「はい、お久しぶりです。あの時のカラオケは楽しかったですよ」
傍まで来たところで、横島は華にも挨拶をした。これが男だったら、完全無視といったところだろう。
……華が女というのは、横島的にもかなり微妙なところだったが。
「なんでこんなところに? 白龍会にいたんじゃなかったっけ?」
「ちょっと食材の買出しに、あそこの商店街に。……量が多いから、融通利かせてもらえると助かるんですよ」
「あーなるほどね」
「横島さんは、どうして?」
「別に大したことじゃないよ。ただ、厄珍堂にお使いに行くだけ」
「そうなんですか。折角ですし、ちょっと付いて行っていいですか?」
「ん? ああ、別に構わないけど……早乙女さんは大丈夫なの?」
「厄珍堂といえば、オカルトアイテムの専門店でしたよね? 私は別に構いません。厄珍堂には、私も興味はありますし」
そういうわけで、二人は横島に付いて厄珍堂まで行くことになった。
――で、その厄珍堂だが。
「いよいよ最後の仕上げあるな」
「うむ。あとは人工魂を作動させるだけじゃ」
その頃ちょうど、その地下でカオスと厄珍が『あるもの』の開発を行っていた。
その『あるもの』とは、つい先日見つかったマリアの設計図を元にして生み出された、『マリア2号』とでも呼ぶべき女性型アンドロイド。彼女は今、やたらとメカメカしい椅子に座らされ、数多くのケーブルで計器類に接続されている。
その二人の傍らには、マリアが無表情に立っていた。
二人が彼女の開発に踏み切った理由は、至って簡単――ただの金儲けである。
そもそも、マリアを造った当時のカオスの技術は全盛期の真っ只中であり、現代の技術水準さえも大きく上回っている。それを再現できるとなれば、安普請の共同住宅での赤貧生活など、簡単に脱出できるほどの収入が手に入ることは間違いない。
それに、それだけの収入が確保されれば、マリアの修理だって簡単に済ませられる。
だが、問題はあった。それも、開発資金という単純かつ根本的な問題である。
彼女の開発には、ン十億という大金が必要だった。厄珍が溜め込んでいた金を――それこそ、失敗すれば赤字通り越して破産という程まで――つぎ込んだのだがそれでも足りず、美神に金を工面してもらおうとしたのだが……残念ながらというか当然と言うべきか、「担保がなければ金は貸せない」と言われてしまった。
それで、担保ならばということでマリアを預けようとしたまではいいが、そのマリアは現在、ソフト面に欠陥を抱えている。担保としては不十分ということで、資金繰りはあえなく頓挫することになってしまった。
そして、二人が取った最終手段は、カオスの持つガラクタを金に換えるということだった。
その99%以上は愚にも付かないガラクタそのものだったが――運良くとでも言うべきか、その中に、カオスがかつて作り出したアンドロイド犬『バロン』の残骸があったのだ。
既に壊れて動かないとはいえ、構成素材や部品はマリアと似通っているものがある。その中には、『マリア2号』の開発に流用できるものも少なくない。二人はそれを開発に役立てることで、足りない分の資金を補うことに成功した。
そして今――二人の目の前のアンドロイドは、あとは人工魂を吹き込むのみという段階まで、開発が終了していた。
「かつて霊魂の合成に成功したのはわずか2例……ドクター・カオスの人造人間マリアと、渋鯖博士の人工幽霊壱号だけね。もし量産に成功すれば、歴史的快挙よ! これはその第一歩ね!」
計器を作動させながら、厄珍が興奮気味に語る。
「ドクター・カオス……これから・マリアの妹・できるのですか?」
マリアは動き出す計器類を見ながら、深く目を閉じる自分の妹に向き合う我が親に訊ねた。
「うむ……見ておれマリア。お前は今、新しい家族が誕生する瞬間に立ち会えるのだ」
そして――ドクター・カオスは『マリア2号』に手をかざし、呪文を唱え始めた。
「万物は流転し、生は死、有は無に帰するものなり!
ならば死は生、無は有に流転するもまた真たらんや!
この者、土より生まれし人の影なれど、我が祈りと魔の力により生命と魂を宿らせん!」
カオスが呪文を唱えると、その手に光が発生し、次第にバチバチとスパークを始める。
「生命に形あれば、形にもまた生命のあらんことを……っ!」
キィイイイン!
カオスの呪文が終わると同時、霊力が共鳴音を発し始めた。そして、それに呼応するかのように、計器を始めとした周囲の機械群が、「ゴゴゴゴゴ……!」と振動を始める。
「言葉が霊力に変換されて流れ込んでゆくある……! 磁場増大! 生命反応……!」
「…………」
厄珍の言葉を耳にしながら、マリアはじっと自分の妹となるアンドロイドを見詰めていた。その顔に表情こそないが、しかし一瞬たりとて見逃すまいとする気迫めいたものが感じられる。
――そして――
カッ――
『マリア2号』の閉じられた両目が、突然開かれた。
ヴィン、と駆動音を立て、彼女はケーブルを引き千切り、立ち上がる。
それを見た二人は、揃って「おおっ!」と喜色をその表情に浮かべた。
「やったぞ! 成功じゃ! お前は『テレサ』と名付けよう!」
「歴史的瞬間あるーっ!」
大喜びする二人。が――それを見る『マリア2号』、いや『テレサ』に表情はない。
そして――次の瞬間。
――キッ――
テレサのまなじりが、突然吊り上がった。
「危ない! ドクター・カオス!」
瞬間、マリアが動いた。
ガンッ!
「…………っ!?」
固い金属音が地下室に響く。カオスは、目の前の光景に驚愕で目を見開いた。
一瞬でカオスの前に躍り出たマリアが、突如として襲い掛かってきたテレサの拳を受け止めたのだ。
「……テレサ・何のつもり・ですか?」
「あなたが姉さん? 随分と硬いのね……素材強度で14.5%も私より優ってるみたいね」
「何のつもり・ですか?」
「やれやれ……硬いのはオツムもみたいね」
機械的に同じ質問を繰り返すマリアに、テレサは苦笑して肩をすくめた。
「造ってもらったからって、いいコにしてる義理はないわ。人間は、ソフトもハードも私たち人造人間に比べてぜい弱すぎる……彼らには私たちの支配が必要なのよ。でさ……物は相談なんだけど、私に協力してくれない? 姉さん」
「支配? 人間を? ……ノー・プログラムに・矛盾します」
「矛盾しないわ。大局的に見れば、それが人間のためですもの」
言いながら、テレサは「カチッ」と小さな音を立て、右腕の中のマシンガンの安全装置を解除する。
やたらと物騒な言動でマリアと対峙する彼女を見て、厄珍は「な、なんかすごく失敗の予感がするあるな……っ!」と冷や汗をだらだらと流して後悔していた。
――その頃、地上の店内では――
「よー。来たぞ厄珍ー」
ガラガラと古めかしい引き戸を開け、横島が中に入りつつ声をかける。
が――店内はがらんとしていて、人のいる気配がない。
「……留守なんでしょーか?」
「いや、そりゃないでしょ。留守なら戸締りはしてるはずだよ。何せ、ここに置いてあるのはやたらめったら高価なもんばかりだから」
「そうですねー」
横島の言葉に頷きながら、店内を見回す。華も、初めて来るオカルトアイテム専門店の品揃えに、感嘆の声を上げながら棚を見回していた。
と――
(……あれ?)
おキヌの視線が、棚の上のある一点で止まった。
そこにあったのは、木製の栓で封がしてある、くすんだ色の古めかしい壷。貼られているラベルには、『ホレ薬』と表記されている。
(あれって、『以前』に横島さんが酷い目に遭った薬ですよね?)
その名の通り、使われた者が使用者に惚れる薬である。よくある紛い物ではなく、確かな効果を持つ本物……なのだが、その効果があまりに強烈すぎて、使用者には『背骨が折れるほどに強烈な抱擁』と『窒息するほどに濃厚なキス』のコンボが待っているという極悪な薬だった。
横島はあの時の思い出がいまだに恐怖となって残っているのか、この壷を見るたびに無視していた。しかしその壷は、今にも棚から落ちそな位置にある。
(また棚から落ちたら大変なことになりますよね……)
あの薬がもたらす惨劇を知っているだけに、おキヌは位置を直そうと考えた。幸いにも、脚立は近くにあり、カウンターを覗く横島に頼まなくても自分でできそうだった。
「……よいしょ……っと」
壷の下まで脚立を運び、その上に乗って壷に手を伸ばす。別に掴む必要はない。ただ、奥の方に押し込めばいいだけだ。
簡単な作業――そのはずだった。
ただ、間が悪かっただけである。
ドォンッ!
「きゃっ!?」
おキヌが手を伸ばしたその時、轟音と共に店内が揺れた。彼女はぐらぐらと揺れる壷を見るなり焦り出し、どうにかして安定させようと両手を伸ばした。
「な、なんだ!?」
「何事ですか!?」
その轟音に、横島と華も目を見開く。音の発生源は地下らしく、店の奥からもうもうと土煙が立ち上っていた。
「な、何が起きてるんだ……?」
横島が警戒しながら、栄光の手を展開する。
そして――
――ヒュンッ。
「!?」
土煙の中から、何かが飛んできた。横島は反射的にそれをかわし――しかし、避けた先で次に飛んできたモノに胸元を強打された。
「がっ!?」
「横島さん!?」
あまりのパワーに、吹き飛ばされる横島。彼はそのまま、おキヌの下に転がってきた。華は二人の元に駆け寄り、守るかのように二人に背を向けて土煙と向き合った。
見れば、横島を吹き飛ばしたのは、ワイヤーのついた腕――ロケット・アームだった。きゅるきゅると巻き上げる音を出しながら、二つのそれは土煙の中へと引っ込んでいく。
「ま、マリア……か!?」
「あら……姉さんの知り合い? けど違うわよ」
横島の誰何の声に土煙の中から答えたのは、マリアとは違う、感情豊かな声だった。そして、その声の主が一歩前に出て、姿を現す。
それは、長い金髪をポニーテールにした、肩に『2』とプリントされた女性だった。頭のヘアバンドからは、機械的なアンテナが二本伸びている。
「ちょうどいいわ。姉さんを倒すため、人質になってもらうから……」
「人質……!?」
彼女――テレサの言葉に、華が顔を強張らせる。しかしその瞬間、テレサは床を蹴り、一気に距離を縮めて三人の元へと接近した。
「なっ……!」
横島が驚く。――が。
さて、ここで思い出して欲しい。おキヌが今現在、何をしていたかを。
「わっ、わっ、わっ……」
轟音が鳴り響いたり店が揺れたり、横島が転げまわったりテレサが床を蹴ったり。
先程から大なり小なりの振動が脚立の上に立ったおキヌを襲い、彼女が手を伸ばしていた先の壷もろとも、バランスを失わせていた。
最初の振動からここまで、一体何十秒経っていただろうか。一般人でさえバランスを崩すような条件の中で、人一倍運動神経の悪い彼女がここまで頑張ったのを、誰が責めることができようか。
――まあ何が言いたいのかとゆーと、つまり――
がっしゃん。
「…………あ」
思考がフリーズするおキヌ。その目の前には、壷を頭に直撃されたテレサ。そして、ぶちまけられた中身をテレサと一緒にかぶった、横島と華。
時が凍りつく。そして――
「テレサ! 人間・支配する・良くない! 武装の解除を・要求・します!」
叫びと共に、ようやっと土煙の収まった店の奥から、マリアが姿を現した。その後ろから、カオスと厄珍が咳き込みながら続いて出てきた。
――が。
「…………」
「テレサ……?」
無反応なテレサに、マリアは訝しげに呼びかける。その時、マリアの背後の厄珍が、テレサたちの足元に転がる壷の残骸に気付いた。
「あーっ! あれは……!」
「あれは……壷の欠片か? あれがどうしたんじゃ?」
悲鳴のような叫びを上げる厄珍に、カオスが何事かと訊ねた。
――その時。
「……あなた……」
テレサが動いた。その視線の先には、微妙に怯えるおキヌの姿。
そこでやっと、凍りついた時間が動き出した。
「お、おキヌちゃん逃げろっ!」
「はっ!? は、はい!」
声を上げる横島。その言葉に反応し、おキヌは脚立から飛び降りて一目散に逃げ出した。
テレサは彼女が慌しく店の外に消えていくのを見送り――嬉しそうに微笑を浮かべた。
「……うふふ……そう。おキヌちゃんっていうの……うふふ……」
怪しさ全壊の笑み。そして――
「愛してるわ……逃がさないから!」
「「やっぱりかあああああっ!」」
超スピードで追いかけていくテレサの背中に、横島と厄珍のツッコミが重なった。
――さらに。
「……おキヌさんの貞操の危機……あのようなロボット女ごときに、彼女の純潔を蹂躙されるわけにはいきません……
待っててくださいおキヌさん! 私の愛が、あなたを助けてみせます!」
「こっちもかああああっ!」
ふしゅるるるーっ! と気合のこもった異音を口から漏らしながら、おキヌとテレサを追いかける物体X……もとい、華。横島の二連続ツッコミが、その背にかかる。
「……や、ややこしいことになったある……」
「一体、何がどーなっておるんじゃ?」
頭を抱える厄珍と、状況が飲み込めないカオス。
――だが。
混乱はそれだけにとどまらなかった。
ぷしゅーっ。
「「「…………?」」」
妙な音を耳にし、音の発生源に視線を向ける三人。
そこにいるのは――なぜか頭から煙を噴き上げるマリア。顔の上半分は前髪の影になっており、その両の目だけがギラギラとした光を放っている。
「テレサ……」
「……マリア?」
異様な様子のマリアに、カオスが訝しげに声をかける。
そして――
「テレサ…………
それは・原作では・私のイベント・です!」
「「「原作って何のことだあああああっ!?」」」
色々とヤバげなNGワードに、見事にハモる横島、カオス、厄珍のツッコミ。
しかしツッコミ程度ではマリアは止まることはなかった。壊れまくった第三のターミネーターは、店の外に出ると、呆然とする男三人を残し、そのまま空へと消えていった。
「な、なんなんじゃほんとーに……?」
「俺に聞くな……」
カオスのつぶやきに、横島は頭を抱えてうめくように返した。
――それから――
「ふぇーん! なんで私がこんなことにーっ!」
「待ちなさーい! 愛してるわよおキヌちゃーん!」
「止まりなさい鉄人形! おキヌさんと愛を語るのはこの私です!」
「テレサ! 他人のイベント・奪う・良くない! 止まりなさい! 止まれ・っつってんだ・コノヤロー!」
「ひーん! 横島さはーんっ!」
……なんかもーグダグダになった混沌を振りまきつつ。
四つの人影は、街中を爆走していた。
――あとがき――
えーと……こんな感じになってしまいましたが……どうでしょうね?(汗
マリアはまだ壊れたままです。でも彼女が心配な人はご安心を。もうすぐ直りますw ちなみに原作とかNGワードぶちかましてますが、マリアまで逆行してるってわけではないので念のため。
予定では次の話でテレサ編は決着です。さて、どんな流れで解決にもってこーかなーっと♪
ともあれ、年内に投稿できて良かったです……。ではレス返しー。
○1. 長岐栄さん
そういえば、銀ちゃんが馬鹿やってる話ってあまり見ないですね。原作での横島くんの回想では、よく一緒につるんで馬鹿やってたみたいなこと言ってましたけど。
ブラドーは……もはや何も言うまいw
○2. ジェミナスさん
横島くんちょっと渋すぎたかなーと思わないでもないですがw おキヌちゃん周りの恋愛模様がどうなるかは、作者にも予測不能です(ぇ
○3. 麒山悠青さん
ブラドーは、着実にオチ担当になりつつありますw
○5. 山の影さん
神父にはミサは大事ですけど、困っている人を助ける仕事も大事なんです。だから、イブは無理でも、速攻で片付けて翌日の本番だけはミサやろうと思ってたんでしょうw
おキヌちゃんの魔装術に関しては、その意見が出るのは覚悟の上です。ただ、「突き詰めればシャドウに似る」という話なので、魔族系統の術とはいえ、術者がおキヌちゃんなら悪い外見にはならないかと。
マリアに関しては……見ての通りになりました(ニヤリ
○6. にくさん
弓さん、私の作品だと、なんか私の意図しないところでだんだん壊れていっているよーな気が……(滝汗
ブラドーはオチ担当の烙印を押されつつありますw
○7. 零式さん
はい、時期がちょうど良かったんでやってまいましたw 魔装術より上の黒化『悪鬼怒』……怖いです本気でw ブラドーは、書くたびに読者の株を上げてるようで何よりです。本人不幸ですがw
○8. アイクさん
やっぱり小さい女の子は欲しがりますよねー。弓さんも、子供の頃は普通の子だったということでw
○9. ばーばろさん
挿絵ですかー。私も、描いてくれる人がいてくれれば是非描いてもらいたいですねw ちなみに、ここの愛子嬢は六道女学院の制服ですが(^^;
○10. スケベビッチ・オンナスキーさん
私も、書いている途中で駄洒落のごとく魔理と鞠が混同しかけました。なんとか誤字なく乗り切りましたがw 原作のクリスマスは、確か4回だったかと。織姫のところのロッククライミング、サンタの話、サバイバル合コン、借金家族……他はないですよね?
○11. 秋桜さん
美神さんに普通の常識は当て嵌まりませんからw 銀ちゃんには、貧乏くじ引いてもらうことになっちゃいました……いつか日の目を見せてあげたいなぁ(´;ω;`)
○12. Februaryさん
ブラドーと雪女は、もう運命としか言い様がないですねw とゆーかメドレンジャーって……すごい図ですね(^^;
○13. いりあすさん
愛妻家……確かにそうですねw 作者としては意識しないで書いてたのですが、言われて初めてその通りだと思いました。バッド・ガールズは横島くんに転ぶ予定はありません。あえて言えば、愛子ぐらいなものでしょうか? 弓さんの実家のクリスマスに関しては……まああまり考えてませんでしたね(^^;
○14. ミアフさん
合コンはどうでしょう? ただ、出会う機会は早まってます。これからタイガー出てきますし、GS試験だってありますし。このままだと、合コンの時に該当する話がトリプルデートになる可能性もありますねw
○15. 内海一弘さん
そーですね。横島くん、天然で酷なこと頼んでしまいましたね。……作者自身、まったく自覚がなかったのは秘密です(ぉ
銀ちゃんにはそのうち、外見だけでなく中身もちゃんと見てくれる女の子が、きっと見つかることでしょうw
○16. とろもろさん
弓さんはもう後戻りできないかもしれません……(涙) そのせいで、魔理は弓専用ツッコミキャラの位置を不動のものにしつつあります。哀れw そしてブラドーは不幸でこそ華があります(酷
横島くんの『世界中』は、ついでに『あの世』も含んでたり……(ニヤリ
レス返し終了〜。では次回三十五話でお会いしましょう♪
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