――12月24日、旧渋鯖男爵邸――
メドーサの火角結界によって事務所を失った美神たちは、つい先日、『渋鯖人工幽霊壱号』が管理するこの屋敷を入手することになった。
美神と横島は、ここを新しい事務所として使う為、この日手伝いを呼んで掃除や資材搬入などの作業を一日がかりで行っていた。
「もう一息ね。今夜はクリスマス・イヴだし、終わったら宴会にしましょ」
だいぶ整頓された事務室を見回し、美神は背後でせっせと動き回っている『手伝い』の三人に声をかける。
そして、美神のその言葉に、その『手伝い』たちは――
「ええっ!? 新事務所の整頓を手伝わせていただいただけでなく、パーティーのお誘いまでっ!? 私、感激です……っ!」
「大げさだなー、弓は。……まあ、宴会に誘ってもらえるとなると、アタシも嬉しいんだけどさ」
「一仕事終えた後、テーブルを囲って皆でお食事……これも青春ねっ!」
とまあ、一様に喜んだ。
台詞だけで既に説明する必要もないだろうが、弓かおり、一文字魔理、愛子の三人である。
「どもー。厄珍堂寄ってきましたー」
と、そこにダンボール箱を抱えた横島が、部屋に入ってきた。
「あ、ご苦労様。……これでよーやく仕事再開できるわね。ま、いろいろあったけど新しい事務所も手に入ったし、来年はもー……
稼いで稼いで稼いで稼いで稼ぎまくるわよっ!」
「その意気っス! 同じベッドで朝日を見るまでお供します美神さんっ!」
「あんたの頭はそれしかないのかあああっ!」
ドバギャッ!
いつものくだらない台詞を吐いた横島を、額に井桁を浮かべてシバく美神。横島はあえなくノックダウン。
「まったく……毎度のことながら、何を考えてるんですかこの男は」
「余計なこと言わなきゃいーのにな」
「横島くん、大丈夫?」
「ほっときゃいーのよ、そんなの」
血の海に沈む横島には一瞥もくれず、美神は口々にコメントする三人の方に振り向いた。……頬が微妙に赤いのは気のせいだろうか。
「ところでさ……物は相談なんだけど、一文字さんと愛子、おキヌちゃんがいない間、うちで働かない? 一文字さんはアシスタント、愛子は事務員でね。正直、おキヌちゃんが抜けた穴って、結構でかいのよ」
「へ?」
「わ、私たちが?」
言われ、魔理と愛子は目をしばたかせた。対し、名前を呼ばれなかったかおりの方といえば、動揺してうろたえている。
「あ、あの……おねーさま。私は誘ってくれないんですか……?」
「悪いけど、弓さんは闘龍寺の跡取りだから、下手な扱いできないのよ」
「そ、そんな……!」
首を振る美神の言葉に、かおりは背景に『ガーン!』という擬音をつけて固まった。
「後継者が外部のGSについて変な癖でもついちゃったら、私が悪者にされちゃうでしょ。家の許可が取れるんだったら話は別だけど……あなたの能力が申し分ないだけに、私としても残念なんだけどね」
「そ、そうですか……仕方ありませんわね……」
心底気落ちした様子で、仕方なしに頷くかおり。美神はその様子に気の毒に思うが、前言を撤回することはない。現実問題というのはわりとシビアなのだ。
「ま、とにかく今は、宴会の準備に――」
――美神が言いかけた、その時――
ドォォォンッ!
屋敷全体を揺るがしたその轟音に、彼女の台詞は最後まで続かなかった。
『二人三脚でやり直そう』
〜第三十三話 サンタが街にやって来る!〜
「せ、せっかく片付けたっつーのに……!」
衝撃で色々な棚が倒れ、一気に雑然となる事務室。横島と一緒に力仕事の全てを引き受けていた魔理は、その惨状にやり場の無い怒りを覚え、拳を震わせた。
「人工幽霊壱号! 何があったの!?」
『何かが私の結界に衝突しました。かなり強力な霊体のようです』
「……あ」
崩れ落ちた本棚の下敷きになった美神の問いに、人工幽霊が答えた。それに、横島がわずかに反応する。
(……そーいや、そんなこともあったなぁ……)
本の山の中から這い出しながら、『以前』起きたことを思い出す。霊体と聞いた美神たちが、確認のため外に出ようとしていたところを、横島は後ろから追いかけた。
そして、玄関から外に出てみると――果たして、横島の想像通りの人物が、そこに転がっていた。
「……サンタやん」
赤い服に赤い帽子。鼻まで赤いその人物は、どこからどー見てもサンタクロースそのものだった。
――その後、仕方ないので事務所に運び、適当にベッドを用意して寝かせた。
聞けば彼は本物のサンタクロースで、今夜中に世界中――と言っても、クジ引きで当たった運の良い子だけ――にプレゼントを渡さなければならないらしい。
しかしその仕事の最中、街のど真ん中に張ってある結界、つまりこの事務所に衝突してしまい、腰がイってしまったのだそうだ。
「今晩中にあと120人に配らなあかんのに……どないしてくれるんじゃー!」
「おっさんが勝手にぶつかってきたんじゃない」
ベッドから起き上がることもできないまま、しかし犬歯を剥いて文句たれるサンタクロース。しかし美神としても、よもやサンタが結界に衝突するなどとは夢にも思ってなかったので、反論の内容は真っ当である。
とはいえ、それでも気の毒だと思ってしまう人間はいるわけで。
「……なあ。なんなら、あたしが代わりにやってやろーか?」
「ねーちゃんホンマけ!?」
魔理の申し出に、サンタは望外の幸運とばかりに飛びついた。
「ちょっと……本気ですの?」
「そりゃー、勝手にぶつかってきて好き放題文句言い出すこのオッサンにゃー同情しよーもないけどさ。けど、世界中にプレゼントを待ってる子供がいるんだろ? ほっとけねーじゃん」
「……とんだお人よしですこと」
言葉とは裏腹に、優しげに苦笑するかおり。対してサンタの方は、魔理の台詞の前半部分に釈然としないものを感じたのか、思いっきりしかめっ面になっている。
「…………ま、ええわ。とにかく、時間がないさかい、すぐ行ってくれ。行き先はトナカイが知ってるさかい心配あらへん。子供の枕元にプレゼント置いたったらそれでええんや」
「ふーん。で、そのプレゼントって、この袋の中か?」
「そや。その袋に手ぇ入れたら、その子の欲しいもんが自動的に出てきよる。全部配ったら、自分の分も出してみい。ええもん出てくるで」
――ぴくっ。
サンタの最後の言葉に、美神の片耳がダンボになった。
「へぇ、太っ腹だなぁ」
「ま、手伝ってもらうというなら当ぜ「さあ、出かけましょう! 子供たちの夢を叶えてあげるのよ!」……おねーさま?」
突然サンタルックに着替えてかおりと魔理の前に出た美神は、キラキラと瞳を輝かせて袋をひったくると、外に向かって一目散に走り始めた。
「あっ……待ってくださいおねーさま!」
「あたしを置いてくなー!」
その後ろを、どたばたと追いかけるかおりと魔理。廊下から「真っ赤なおっはっなっのー♪」という鼻歌が聞こえてきて、階下の方へと遠ざかっていく。
「お、おい。勘違いしとらへんか? その袋は確かに欲しいもんが出てくるけど……」
「あーもう聞こえてねーから」
遠ざかる声に向かって制止の声を上げるサンタ。しかし、横に立つ横島は、苦笑しながらその言葉を遮った。
「……おまえらは行かんのか?」
「うーん……みんなが行くから本当は私も行きたかったんだけど……ちょっと勢いに乗り損ねちゃったわ」
サンタの質問に、愛子は寂しげに苦笑しながら答えた。
「子供にプレゼントっつーのはいいけど、ソリは一台しかないんだし、大人数で行っても意味ねーだろ。だから俺は、留守番して散らばったもんでも片付けてるわ。
それに……俺が欲しいのはなんでも言うこと聞くハダカのねーちゃんであって、ガキの頃に欲しがった超合金合体ロボじゃねえよ」
「よ、横島くんって……」
「……なんじゃ? 知っておったんか?」
真顔でセクハラ発言をかます横島に、愛子は呆れた表情になったが、サンタの方は驚いた様子である。
そんなサンタに、横島は「まーな」と苦笑で答えた。
――ところ変わって、新事務所から少し離れた上空――
「……ふっふっふっ……」
寒空の中、満天の星空を背景に含み笑いを漏らす、空飛ぶ影が一つ。
「あの蛇女に石にされてから、次に目覚めてみれば神気溢れる神界の中……危うく浄化しかけたが、どうにかこうにか逃げることに成功したわ。余がこのような目に遭ったのも、あの忌々しき蛇女のせい……次に会った時こそ始末してくれる」
ぎり、と悔しげに歯軋りしながらつぶやくのは、石化から回復した丁稚二号ことブラドー伯爵。旧事務所は瓦礫の山なので、美神の霊気を追跡して現在の居場所を特定しようとしている最中だった。
「こちらの方だな……うん? あの洋館……そうか、あそこが新しいねぐらというわけか」
程なくして、ブラドーは旧渋鯖男爵邸を見つけた。遠目に見てさえ霊的に優れた物件ということがわかるほど、霊気の充満した建物であった。
その建物の前庭で、探していた美神が二人の少女を引き連れてソリに乗り込んでいる。
「ふむ。外に出ているならば丁度良い。帰還の報告でもしておくか。……くっくっくっ。
再び吸血鬼の理想を掲げるため……蛇女への復讐の成就のため……
美神令子除霊事務所よ! 私は帰ってげぶろぉっ!?」
ブラドーがせっかくの決め台詞を最後まで言う前に。
急加速ですっ飛んできたソリに思いっきり撥ねられ、人工幽霊壱号の結界にぶち当たってバウンドし、建物の裏に向かってきりもみ落下して行った。
そしてそれっきり、ブラドーは動かなくなった。その様子は、霊視できる者が霊視すれば、朝日が昇るまで起き上がれるかどうかは微妙なところと判断したことだろう。
「……なんか撥ねた?」
「気のせいでしょ。空で何か撥ねられるわけないじゃない。そんなことより飛ばすわよ!」
「わ、わ、わ! お、おねーさまちょっと落ち着いてー!」
発進直後にソリを襲った衝撃に、魔理は後ろをしきりに気にし、美神は意に介さずといった様子で手綱を握り、かおりは振り落とされないよう必死にしがみついている。
(全世界の全ての富……! 明日から私は世界の支配者……!)
今の美神の脳裏には、そのことしかなかった。
――なお、翌日夕方、横島が新事務所の裏で灰の山を見つけたが、特に関係は無い。無いったら無い。
ちなみに、ブラドーが事務所に復帰できたのは、それからさらに一週間後であったことを付け加えておく。
「ん〜……」
深夜にもなろうかという頃合。
美神令子除霊事務所の前に一台の車が停まっており、そこから降りた少年は、疲れをほぐすかのように大きく伸びをした。
「マネージャー、送ってくれてサンキュです。ここでいいから、そっちも上がってください」
少年の言葉に、車の運転手は頷き、別れの挨拶を一言交わしてから、車を発進させた。
その車を見送り、少年――銀一は、目の前の洋館を見上げる。
「ここ……かな? なんか変な雰囲気やなぁ。明かりがついてるってことは、まだ誰かいるんかな?」
そうつぶやく銀一の右手には、手書きで住所と地図の書かれたメモがあり、左手にはリボンで綺麗にラッピングされた箱が提げられている。その赤い包みとサイズを見る限り、中身はクリスマスケーキといったところか。
彼はそのまま前庭を進み、玄関まで行く。ドアに手をかける前に、インターホンはないかとドアの周辺を見回した。
と――
『どちら様でしょうか?』
「わっ」
突然どこからともなく話しかけられ、銀一は驚いた。
「い、インターホンで喋っとるんか? マイクはどこや……?」
『いえ、そのままで構いません。お客様でしょうか?』
「……? なんや、けったいやなぁ。ま、ええわ。俺は銀一。横っち……横島か美神さんはおりまっしゃろか?」
『美神オーナーは外出中ですが、横島さんならいらっしゃいます。少々お待ちを』
声はそう言って、一旦会話を切った。
ややあって――
『許可が出ました。どうぞ、お入りください。横島さんは二階です』
その言葉と同時、扉がひとりでに開いた。銀一は「どんな仕掛けなんや……?」と首を捻りながらも、中に入る。
そして、最初の部屋を抜けて階段を上がると――横島は、そこで待っていた。
「横っち!」
「銀ちゃん! どないしたんや? こんな夜更けに」
「ファンレターん中にクリスマスケーキ混じっとってなぁ。折角やし、皆で食べよ思って来たんや。それに、聞けばこの建物、昨日手に入れたばかりっちゅー話やん。新事務所開業祝いも言っときたかったし」
言いながら、手に提げていた包みを横島に見せる。「おー」と言って手を差し出してきた彼に、その包みを渡した。
「銀ちゃん、すまへんなぁ……せやけど、ファンレターん中っちゅーんが、そこはかとなくムカつくねん」
「ひがむなや。せっかくケーキ差し入れに来たったのに」
「じゃかしい! もてる奴は敵や! ……って言いたいところやけど、今日はケーキもらえたから言わんといてやるわ」
「しっかり言ってるやん」
「こまいこと気にするなや。応接間はこっちや。今は美神さんはおらへんけど、手伝いに来た子と……あと、変なおっさんがおるねん」
「変なおっさん?」
「ま、見ればわかるって」
そう言って通された先は、地震があったのかと思えるほど、乱雑に棚や書類が崩れた部屋だった。それでもいくらか片付けたのか、一部にスペースが空いている。
「……なんやねんこれ」
「事務所の結界に変なんがぶつかってきてなぁ……ほら、あのおっさんや」
「変なん言うなや」
横島が示した先には、その言葉に不平を漏らす変なおっさん――サンタクロースが、簡易ベッドに寝かされていた。その隣には、机に腰掛けた女子高生。
「横島くん、お客さん?」
「ああ。俺の友達の銀一。クリスマスケーキ差し入れに来てくれたんだ。銀ちゃん、あの子は机妖怪の愛子だ。気のいい奴だから、妖怪だからって身構える必要なんかないぞ」
「妖怪と普通に接することができるなんて、横っちの非常識は変わらんなぁ……ま、横っちがそう言うなら、いい奴なんやろ」
愛子を紹介した横島に、銀一は小声で返した。そして愛子の方に向き直る。
「ども、銀一です」
「はじめまして、愛子です。銀一くん……だっけ? なんか、どこかで会ったよーな気が……見覚えあるのよね。なんでだろ?」
互いに自己紹介し、不思議そうに首を捻る愛子。
「ま、ンなことどーでもいーじゃねーか。せっかくケーキ差し入れにきてもらったんだから、パーティーしようぜ。……確か、冷蔵庫の中にシャンパンあったな」
「ちょ、ちょっと横島くん。美神さんに無断でシャンパンなんか用意しないでよ。帰ってくるまで待ってあげましょ」
「つってもなぁ……帰ってくるの、たぶん丸一日後だぞ? それにその時にはもう疲れて宴会どころじゃないって」
横島の行動を制止する愛子に、彼は経験則からそう答えた。『以前』の記憶では24時間かけて世界一周して、帰ってきた頃には疲れ果てて宴会どころではなかったのだ。あの時美神が宴会用に用意しておいたシャンパンは、後に彼女が一人寂しく処理したとかなんとか。
――ともあれ、そんなわけで。
横島、銀一、愛子、サンタの四人で、ささやかなクリスマスパーティーが開かれた。
一方その頃、美神たちはまだ日本国内を飛んでいた。
「こんな辺鄙な場所にプレゼント渡す子がいるの!?」
「文句言っても始まらんでしょ……って美神さん! 前、前!」
吹き付ける寒気に身を縮こませ、ぶちぶちと文句を垂れる美神。隣の魔理が、呆れ顔でコメントし――目の前に雪山が迫っているのに気付いて、慌てて美神を促した。
「うっどわああああああっ!」
女性にしては豪快な声を上げ、美神が思いっきり手綱を引っ張った。
――そして――
『人は凍るものよ。血も肉も――そして心も』
視界を覆い尽くす吹雪の中、宙に浮く女が黒服の中年を見下ろす。
女は白い和服に身を包み、服の裾から覗く肌は純白で、髪の色も白かった。対する黒服の中年は、幾分退行した前髪前線と丸眼鏡が特徴的な神父――唐巣神父だった。
「くっ……!」
唐巣は悔しげに歯軋りし、目の前の女――雪女を睨み付けた。しかし雪女は怯むことなく、そのルビーのような真っ赤な瞳を唐巣に向ける。
『人を凍らせる……それが私の、雪女の仕事。さよなら唐巣神父。あなたも凍りなざめろばぁっ!?』
台詞は最後まで言い終わることなく、謎の悲鳴に取って代わった。横合いからいきなり超高速で飛来した『何か』に激突され、豪快に吹っ飛ばされたのだ。
「……………………えーと」
雪女と相対していた唐巣神父は、いきなりの事態に脳がついていけず、しばしの沈黙の後どうにか搾り出した声も、要領を得ないものだった。
が、まあ……とりあえず。
「こっちも仕事なんで……悪いね」
既に聞こえてないだろうとは思うが、一応声をかけて、頭から雪に上半身を埋めてピクピクと痙攣する雪女に近付く。
そして聖印を切って彼女を浄化し、唐巣の仕事は完了した。
「ちょっと美神さん! またなんか撥ねちゃったよ!?」
「気にしない気にしない! 空飛んでりゃ道路交通法なんてないのよ! 私たちはひき逃げにはならないから安心しなさい!」
「さすがおねーさま! 一切の情け容赦ない見事な自己中っぷりですわ! 私もあやかりたいものです!」
「お前そりゃ褒めてんだかけなしてんだかどっちなんだ弓ィィィっ!?」
「さースピード上げるわよ掴まってなさい!」
「どひぃぃぃぃぃ!?」
魔理の悲鳴をドップラー効果で残し、ソリは雪の中を突っ切っていく。
そんな中、魔理は美神の助手は断ろうかなーと、なかば本気で考え始めていた。
「へー。銀一くんって近畿剛一だったの。道理で見たことあったわけだわ」
場面は戻って、美神令子除霊事務所。
美神のシャンパンは結局開けられることになり、四人は宴会を楽しんでいた。シャンパンがノンアルコールだったあたり、さりげない気遣いが伺えた。
ちなみにサンタだけは、どういうわけか自前の日本酒を呷っている。それを見ている三人が三人とも、色々と突っ込みたい気分になっていたが、突っ込んだら負けという思いがそれを押しとどめていた。
「しっかし、本物のサンタやなんて……つくづく、横っちの周りはおもろいことになっとんなぁ。GS助手なんてバイトしてるだけでも驚きやっちゅーんに、事務所は幽霊憑きやし、友達に机妖怪がいたりするし、サンタがいたりするし、果ては武神さまの弟子かい。まるで人間びっくり箱やな」
「……えらい評価やなー」
「これでも褒めとるんやで?」
苦笑する横島に、銀一は朗らかに笑って答えた。
「武神さまの弟子ってのは本当に驚きよね。ウチの学校は霊能のエリート校だけど、そこまでの英才教育は望んでも得られないわよ」
「弟子っつーても、ちゃんと教えをもらったのは二週間だけだって。そっから後は、たまに妙神山に行った時に稽古つけてもらうだけだし」
「そーいや、妙神山の竜神はえらい美人やって聞いたけど、ほんまか?」
「おう。美人も美人……いや、美少女って感じかな、小竜姫さまは」
サンタの問いに、なぜか誇らしげに答える横島。
「小竜姫さまはいいぞ〜。いつもの凛とした仕草もいいけど、たまに見せる天然なところも可愛くて。あの人といつか人間と神の垣根を越えた禁断の愛をはぐくむのが、俺の野望だ」
「野望って……横っち。神様に対してそんなこと言えるのって、お前ぐらいなもんやで?」
「かまへんかまへん! 全世界の女は俺のもんじゃ! わっはっはっ!」
「……まったく」
高らかに笑う横島に、愛子はシャンパンを飲みながら冷たい視線を送った。
「何を言ってるんだか。そんなんだからモテないのよ。おキヌちゃんも、どうしてこんなのを……」
「ん? どうした愛子? 心配せずとも、お前も俺のハーレムに入れてやるぞ。美少女大歓迎じゃ!」
「言ってなさい」
横島のタワゴトに、冷たく返す愛子。それでもあからさまに怒らないのは、彼の言っていることの大半がただの冗談――それでも100%冗談と言えないのが困りものだが――だとわかっているからだ。
それに、美少女と言われて悪い気はしない。第一、妖怪である彼女を、妖怪としてではなく一人の女性として接してきているあたりに、一抹の心地良さを感じているのも事実だった。
「そういや、おキヌちゃんはおらへんのか? 美神さんと一緒か?」
「ああ、おキヌちゃんなら……」
疑問に思った銀一の問いに、横島は白龍会の一件を説明する。
「そっか……んじゃ、俺は連絡役になればええんやな?」
「ああ。暇が取れた時でええ。見学を口実におキヌちゃんとこに行ったってくれ」
「わかった。『踊るゴーストスイーパー』の撮影も順調やし、今の時期、見学するのに不自然な点はないやろ」
そう言いながらも、銀一はおキヌのことを考えていた。
接していた時間は、それほど長くはない。しかしその長くない時間の中で会話した感じからすると、彼女がとても好感の持てる女性であることは容易に見て取れた。
そして、彼女と話す時、その話題が横島のこととなると、途端に会話に熱が入る。一生懸命横島のことを話す彼女は、特に輝いて見えた。
(……難儀やな、ほんま)
銀一は胸中でため息をついた。不覚にも、その時のおキヌに心を奪われてしまったのだ。
なんで自分は、横島のことが好きな女の子ばかり、好きになってしまうんだろーか……とやるせない気持ちになる。飲まないとやってられないとはこのことだが、目の前のシャンパンはノンアルコールだ。酔えるわけがない。
「なんや辛気臭い顔しとんのー。どないしたん?」
そう話しかけてくるの声に振り向いてみれば、そこには顔を真っ赤にしたサンタ。吐く息が酒臭く、酔っているのは一目瞭然であった。
そして、その手には一升瓶――
「あー……サンタさんや。その酒、ちょいくれんかいな?」
思わず、そんな要望が口から滑り落ちた。サンタはその言葉に、嬉しそうに笑う。
「おっ。小僧、お前飲めるクチか? ええでええで、しっかり飲みい!」
「あっ! ずるいで銀ちゃん! 未成年やからって遠慮しといた俺の立場があらへんやん!」
「そんなことで遠慮するんは横っちらしくないで。素直に欲しい言えや!」
「ちょっと二人とも! 未成年なんだからそんなの……あ、でも、アウトローに憧れるのも青春の一ページ……じゃなくて! だめだってば!」
――まあ結局、愛子の制止の声も届かず。
サンタの酒を飲んだ横島と銀一は盛大に出来上がり、二人で吉本興業からスカウトが来そうな見事なコントを披露した上で、息の合ったコンビプレイで愛子のスカートをめくり上げた。
小学校の頃よくやった技を久々に成功させ、ハイタッチして喜ぶ二人を、愛子が机でどつき回し――彼らが血の海に沈むことで、その夜の宴会はお開きとなった。
「……さ、さすが、横島くんの、幼馴染、ね。テレビ見て、描いていた幻想が、一気に、崩れ去ったわ」
ぜぇはぁと肩で息しながら、羞恥で真っ赤になった顔で、二人の屍を見下ろす愛子。
そんな三人の様子を見て、サンタは「やれやれ」といった仕草でため息をついた。
結局、美神たちが戻ったのは、横島の言った通り翌日の夜になってからだった。
「た、ただいま……」
げっそりとした様子で、事務所のドアをくぐる三人。
「おーお疲れさん。さすがに人間にゃきつかったやろ?」
「あ、美神さん。お邪魔してます」
簡易ベッドの上から、帰ってきた三人を迎えるサンタと銀一。――そう。銀一もサンタと同じく、ベッドのお世話になっていた。
「あ、来てたの、近畿クン? ……って、どうしたのよその怪我?」
「あ、あはは……聞かんといて……」
美神の質問に、あさっての方向に視線を逸らす銀一。
「まったく、銀ちゃんはやわいなぁ。その程度の怪我、10分で治せよ」
「あほんだら。横っちみたいな化けモンと一緒にすんなや。なんで俺と同じ怪我しといて、10分で立ち直れんのや」
「そりゃまあ……慣れ?」
「ンな慣れあるかい」
首を捻りながら答える横島に、銀一はじっとりとした視線を向けた。ちなみにこの日の仕事は、怪我のせいで全部キャンセルである。
「あの……近畿クンって、もしかして……アイドル俳優の近畿剛一ですか?」
と――そこに、かおりが遠慮がちに話しかけてきた。その瞳には、何かを期待するような色が見え隠れしている。
「ええ、そうよ」
だが、その問いに答えたのは、愛子だった。どこかしら不機嫌そうに、頬を膨らませている。
「でも気をつけた方がいいわよ。横島くんと幼馴染らしくてね。彼と同類なところがあるから」
「まあ……」
「「ちょっと待て」」
愛子の説明に、途端に警戒の色を滲ませるかおり。対し、不本意な説明をされた身の二人は、揃って抗議の声を上げた。
「ま、そんなどーでもいいことはほっといて……」
美神はそんなやり取りも我関せずといった様子で無視し、持っていた袋に手を突っ込む。
「ふっふっふっ……全世界の富、全世界の富……♪」
「美神さん……あんたって……」
その背後で疲労困憊の魔理が、怪しい笑いを浮かべる美神を見て、何かを諦めたようにどんよりとした空気を背負う。
しかし――美神が袋から取り出したものは。
「…………え?」
服を着た犬だか狐だかのぬいぐるみだった。しかも片方の耳がとれかけ、えらくボロである。
「なんだそりゃ? ……これ、本当に望んだもんが出てくるのか?」
呆ける美神を見ながら、魔理は袋を取って、頭に疑問符を浮かべながら中に手を入れる。その中から出てきたのは、綺麗にラッピングされた小さな箱だった。
「お。あたしのはマトモだな……ほらよ、弓。お前も出してみろ」
「あまり興味はありませんけど……まあ折角ですし」
そう言って、かおりは袋を受け取って中に手を入れた。出てきたのは、魔理のと同じようにラッピングされた、やや大きめな箱だった。
「はて……一体なんでしょう?」
その箱に疑問を覚えるかおりの横で、魔理ががさがさと包みを解き、箱を開ける。
魔理の箱から出てきたのは――フリルのついた、小さな赤いリボンだった。
「なっ……!?」
「あら、一文字さん……なんですのそれは? あなたにそんな少女趣味があったなんて……」
「ばっ! ばかっ! あ、あたしはこんなの……!」
「……その袋は、子供の願いしか叶えへんのや」
弁明しようとする魔理の言葉を遮り、サンタが説明を始めた。
「そ、そういえば、あたし小さい頃、こんなリボン欲しがってた時期があったよーな……」
「あ、あのさ、おじさん……」
記憶を掘り起こそうとしている魔理の横で、美神がサンタに話しかけた。
「私、小さい頃、これと同じものを持ってたわ……まさか?」
「ひひ……願い事は一人一回だけや。あんたのはもう、叶えてしもたいうことやな。小さい頃はあんたも可愛かったでぇ」
言って、人好きのする笑顔で笑うサンタ。
その好々爺とした笑顔と、手の中のぬいぐるみを見て――
「……ま、いいか」
美神はクスッと微笑み、ソファに腰を下ろした。
――おまけ――
「ところでサンタのおっさん、俺にもその袋、使わせてもらえないか?」
美神がプレゼントに納得した後、横島はおもむろにサンタに話しかけた。
「……ん? おまえは子供の頃欲しがったもんなんぞ、今更欲しくないんちゃうんかったか?」
「そりゃそーなんだけど……ま、いーじゃねーか」
言いながら、一度はサンタの手に戻った袋を取り、その中に手を入れる。
そして、中から出てきたのは――古めかしいデザインの鞠だった。
「あ、やっぱりな」
「なんやねんそれ?」
こんな鞠、横島が欲しがるはずがない――そう思った銀一が、横島に訊ねる。
「これ、おキヌちゃんのプレゼント。取り出せるのは必ずしも自分が望んだもんじゃないと思ってね」
「ま、そりゃそーや。そうでないと、プレゼントを渡す子供を、いちいち起こさんとあかんからな」
何を当たり前な、といった様子で答えるサンタ。横島はその解説に満足して頷くと、その鞠を銀一に手渡した。
「……横っち?」
「それ、今度白龍会に行った時にでも、おキヌちゃんに渡しておいて。きっと喜ぶと思うから」
「あ、なるほど……わかった。任せとき」
横島の頼みに、銀一は納得して頷いた。それを後ろから見ていた魔理は、「ほーっ……」と感嘆のため息を漏らす。
「へぇ……おキヌちゃんが言ってた通り、ただ馬鹿でスケベなだけじゃなかったんだな。あたしの理想のタイプとは違うけど、確かにああいう男も悪くないね。
……ところで弓。お前のは中身なんなんだ?」
「…………え?」
突然振られた魔理の素朴な疑問に、かおりはなぜか固まった。
「こ、これは……そう! 帰ってから開けることにしますわ! い、今開けたら、楽しみが半減するではありませんか!」
「……何わけわかんねーこと言ってんだ? プレゼントっつーんは、皆で見せ合った方が楽しいに決まってんだろ? あたしのも見せたんだし、不公平はいけないよな?」
「そ、それは……! あ、今日は既に25日なんですわよね!? いけない、無断で外泊してしまいましたわ! は、早く帰らないと!」
「あっ! おい弓っ!」
あからさまな挙動不審で逃げていくかおりに、魔理の制止の声は届かなかった。
「……なんなんだよ、あれ?」
残された魔理としては、釈然としない様子で頭をぽりぽりと掻くしかできなかった。
「…………あ、危ないところでしたわ……」
事務所の玄関まで逃げたかおりは、青い顔で手の中の包みを見下ろしていた。
おそるおそる、その包みを開ける。そして、中に収まっていた箱は――
「や……やっぱりですわ……」
その中身を見て、かおりはがっくりと肩を落とした。
「こ、子供の頃とはいえ、この私がこんなのを欲しがっていたなんて……一文字さんに知られたら、いい笑いものよ……!」
とはいえ、一度は欲しがり、そしていかなる経緯であれプレゼントとしてこの手にあるもの。無闇に捨てるのも憚られる。
かおりは諦めてその箱を両手で抱え、逃げるように事務所から外へと飛び出して行った。
走り去る彼女の手に収まっている箱には、夢見る幼女がよく見るアニメにあるような不思議な杖――いわゆる『魔女っ子ステッキ』が入っていた。
このステッキが闇に葬り去られる運命にあるかどうかは……弓かおり本人にしかわからない。
――あとがき――
本当は季節ネタはあまりやらないようにしてたんですが、原作ストーリーの順番と投稿の時期が重なっちゃったんで、「気にせずそのままGO!」ってことにしちゃいましたw もののついでに、雪女の話も一撃必殺で片付けて(ぉ
とゆーわけで、三十三話をここにお贈りします。
しかしブラドーはあれですね。不幸が似合うとゆーかなんとゆーか。石化して、復帰一発目でリタイヤ。自分で書いておいて、さすがブラドーと思ってしまった私は壊れてますか?
次回はテレサが登場します。原作ではフェードアウトしましたが、ここでは生かしておくつもりです。
ではレス返しー。
○1. アイクさん
おキヌちゃんのメイド姿は、和尚さまも推薦してましたしねーw おキヌちゃんには、この白龍会で霊波砲と魔装術を修得してもらう予定です。どんな形で修得することになるかはお楽しみw
○2. 山の影さん
白龍会は、基本的に横島くんとおキヌちゃんが「助けたい」って思えるような善良な場所にしたいです。悪巧みしてるのはメドーサ(それと和尚が一枚噛んでいる程度)だけで。合宿ですか……なんか、的を射てますねw
○3. 夢識さん
男のメイド姿も、某仮面のメイ○ガイみたいな姿になれば、むしろ漢らしさ溢れる服装になるんですがw ……でも勘九郎じゃあなーw
○4. 文月さん
銀ちゃん来たらそーなりますかっw 楽しくなりそうですねー。『白龍の華麗なる日々』シリーズでは、もちろん銀ちゃん訪問イベントも準備しております♪
○5. ミアフさん
やっぱ、美神さんは原作においてヒロインでしたから、おろそかにしたくなかったんですよ。人気のほどは置いといて(ぇ
帰ってきたら争奪戦勃発ですかなーw
○6. スケベビッチ・オンナスキーさん
ブラドーがいない理由は、例の年取る部屋の前で横島くんが語った通りです。美神さんはツンデレにしてはデレ分が少ないと思いますが、私の作品ではもう少しデレ分上げてみよーかなと思ってますw
○7. Februaryさん
陰念以下、おキヌちゃんに群がる男たちの扱いは、今後の『白龍(中略)日々』シリーズで取り上げていきます。紅一点(華は意識の外)の加入で、白龍会は面白い場所になるでしょうw
おキヌちゃんの魔装術に関しては、今後の展開をご覧あれw
○8. 内海一弘さん
ちょっと門下生の数が多すぎたかなーなんて思わないでもないですが。まあ一度出してしまった以上、引っ込めるわけにはいかないわけでして(汗
今後の美神さんとおキヌちゃんとオカマ(ぇ)にご期待くださいw
○9. 零式さん
陰念にあの姉妹の料理をですか!? ……死にますね、確実に(汗
男キャラのメイド姿にトラウマ持ってしまうのならば、『仮面のメイドガイ(角川ドラゴンJr.コミックス)』を一度見てみましょう。耐性つきますw
○11. 秋桜さん
美神さんVSおキヌちゃん(魔装術)、第一ラウンドはGS試験直後ですかなーw 白龍会の処遇については、今後の展開をご期待くださいw
○12. とろもろさん
最初の書き込みは消されてしまいましたか。私は消される前のレスを読んでいないので、どんな書き込みがあったか知らないのですが……
展開予測にしろ展開要望にしろ、こういうオープンな場でそういうことをするのは、ネタの暴露と同義です。ひいては、ネタ潰しにもなりかねませんので、ご注意をー。
白龍会でのことは、今後の展開をご期待くださいとしか言えませんね(^^;
○13. 長岐栄さん
おキヌちゃんは確実に白龍会のアイドル的存在になりますねw その辺も考えてありますので、今後の展開を見守っててくださいw 美神さんのデレ分は、原作よりも少々高めにしていきたいと思ってます。
○14. いりあすさん
横島くんのクラス……ああ確かに、あんな感じかもしれませんねw 華と勘九郎は、白龍会での理性の門番です。理性の門を抜けて欲望の世界に旅立とうとする不届き者を威圧し撃退する、屈強な門番のイメージでw
レス返し終了ー。では次回三十四話、テレサ登場編でお会いしましょう♪
BACK< >NEXT