インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

!警告!壊れキャラ有り

「二人三脚でやり直そう 〜第三十二話〜(GS)」

いしゅたる (2006-12-17 21:36)
BACK< >NEXT


「出来ることなら替わって差し上げたいのですが……闘龍寺の跡取りという立場が恨めしいですわ。総合的に見ても、私こそが適任ですのに」

「アタシも、道場に通うのはともかく、調査なんて繊細な仕事は出来そうにないしな……ちっ、悔しいぜ」

「学校を休んで不正の調査だなんて、こんなの青春じゃないわ……っ!」

 ――六道女学院学生寮の前。

 今日は白龍会入りを果たす日である。荷物をまとめて退寮するおキヌに、三人のクラスメイトが見送りに来ていた。
 その表情はお世辞にも晴れやかとは言いがたく、三者三様に悔しさを滲ませている。
 弓は自身の言葉通り、このメンバーの中では霊的格闘能力、判断能力、分析能力のいずれもが優れているため、おキヌよりも遥かにこの任務に向いている。しかし立場的に、実家以外の道場に入門するのは不自然に過ぎた。
 魔理ならば出自は平凡で、かつ性格的にも霊的格闘に向いているため、道場への入門は自然である。しかし彼女の場合、やることなすこと全てがガサツなので、本人の言う通り、調査という仕事は向いていなかった。
 机妖怪の愛子などは、学校に括られた存在であるため、何週間も学校を離れるなどできはしない。そもそも、悪霊や妖怪に対抗するための戦闘術を学ぶ場所に妖怪が入門するというのも、変な話だ。

 見送られるおキヌの方は、そんな三人の顔を見て、苦笑する。

「皆さん、そんな顔しないでください。別に、そんな大した危険を冒しに行くわけじゃないんですから」

「でもなぁ……」

 おキヌの言葉に、魔理がそれでも心配そうに顔を歪める。

 彼女たちは、理事長の六道夫人を通じて、ある程度の事情を聞いていた。美神令子除霊事務所の仕事の関係で、とある霊能格闘道場の不正を暴くための潜入調査をする――要約すれば、その程度で終わる説明であったが。
 だが、簡単すぎるその説明が、かえって彼女たちの不安を煽った。加えて、彼女たち以外のクラスメイトには「家庭の都合により休学」としか伝えられていないのも不自然に思えてしまい、その不安を助長した。なぜ正直に「バイト先の仕事の都合」と言わないのだろうか、と。
 実は危険な仕事だから、心配させないために重要なところを隠したのでは……と邪推してしまうのは、それほど不思議なことではない。

 ……というより、事実として彼女たちの不安は的中しているのだが。何せ、相手はメドーサである。
 この件に関し、美神の説明で小竜姫の名を耳にした六道夫人が、おキヌに「神族に恩を売る機会なんて滅多にないから〜、頑張ってらっしゃいね〜」などとどこかで聞いたような台詞を贈ったのは、記憶に新しい。
 何を考えての言葉なのかは、想像しない方がいいかもしれない。


 閑話休題。


「まあ……あなたが引き受けた仕事なのですから、外野がとやかく言っても仕方のないことでしょうけど……危ないと思ったら、すぐに逃げてくださいね」

「はい。ありがとうございます」

 美神さんも同じこと言ってたなぁ……と思いながら、それは口に出さずに素直にお礼の言葉を言う。もし言ってしまっていたら、「美神お姉さまが危険って言ってましたの!?」と大騒ぎすること間違いなしだろうから。

「それじゃ、行って来ますね」

 ぺこりと一回頭を下げるおキヌ。

「気をつけて行ってらっしゃいね」

「せっかくだから、強くなってきなよ」

「無事に学校に戻ってきてね。おキヌちゃんとは、まだまだ青春したいんだから」

「ふふ……皆さん、ありがとうございます。頑張ってきますね」

 友人三人の励ましの言葉に、おキヌは微笑んで答え、きびすを返す。
 最後に一回、肩越しに振り返って友人たちに手を振り、そしておキヌは六道女学院学生寮を後にした。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第三十二話 白龍の華麗なる日々【いちにちめ】〜


 木々の生い茂る小高い丘の中で、まるで穴を開けたかのように整地された場所に、白龍の名を持つ三つの建物が建てられていた。

「んしょ……っと」

 数十段に及ぶ石の階段を上りきり、最初に目の前に現れるのが、寺特有の立派な木造の門構え。門の上に『宗教法人 白龍寺』の看板が掲げられているが、門の両脇にある『除霊事務所 白龍GS』と『霊能格闘道場 白龍会』の看板は、どう見ても作ってからの経過時間が他の部分と違いすぎるので、後付けの感が拭えない。

 そして、その門をくぐれば、目の前に白龍寺本堂の威容が客を出迎える。向かって右側には、平均的な寺にはあって当然の墓地がその例に漏れることなくあるのだが、その規模は申し訳程度でしかない。
 対し、逆の方――向かって左側には、近代的な二階建ての鉄筋の建築物がある。一見してそれほど大きな建物ではないが、よく見ればかなりの奥行きがあり、相当数の部屋があることが見て取れた。一階部分には事務所らしき大き目の部屋があったので、GS事務所兼門下生の下宿、といったところか。
 肝心の道場は、そこから見える範囲にはない。ないということは有り得ないので、裏の方かもしれない。というか、大なり小なりの何かの打撃音が、寺の裏手の方から断続的に響いてきていた。

「……よしっ」

 おキヌはその音にちょっとだけ腰が引けたものの、意を決し、一歩踏み出した。


 ――そして。


「「「「「うおおおおおおおっ!?」」」」」

「きゃっ!?」


 除霊事務所を訊ね、白龍寺の和尚(平行未来において、ある有名なポーズで石化されていた人物)に入門の意思を伝えた後。
 とりあえず初日は見学だけ、ということで道場に案内された途端、なぜか大歓声に迎えられて、おキヌは仰天した。
 そんな門下生たちを、和尚はギロリと睨みつけた。すると、その場にいた全員が一瞬硬直し、水が引いていくかのように静かになる。

「えっと……?」

 おキヌは、横に立つ和尚に問いかけるような視線を向ける。和尚は気まずそうにコホンと咳払いをし、ぽつりとこぼした。

「……なにぶん、ここには男ばかりなのでな」

「はぁ……」

 いまいち要領を得ない和尚の言葉に、おキヌは生返事を返した。


 その後は、道場の修行風景を背景にして、和尚による簡単な説明がされた。

 この白龍会道場は、四段階のステップに分かれている。
 一段階目のステップは、筋トレや霊力の集中・発露、それと基本的な空手技といった、いわゆる基礎の段階である。半分近い門下生が、この段階だった。
 二段階目のステップになると、霊波砲を筆頭とした数々の霊能格闘の技を練習する段階になる。この段階にいる人数は、門下生の約三分の一といったところらしい。一段階目よりは少ないが、差があると言うほど差があるわけではない。
 そして、三段階目のステップとなると、途端に人数が減る。門下生全体から見れば、一割弱といった程度だろう。このステップに進んだ者は、門下生同士の実戦形式の組み手を中心にやることになる。修行中に大怪我をする者も出るせいで、人数の少なさに拍車がかかっていた。

「それで、四段階目っていうのは?」

「それは言えんな。ただ、霊能格闘を極めた者だけが到達できるステップとだけ言っておこう。到達者には、修行内容も含め、守秘義務を徹底させている。いわゆる、門外不出というやつだ。
 そして、そこまで到達しているのは、今のところ鎌田勘九郎と伊達雪之丞の二人のみ……あとは、陰念がもうすぐそのレベルに達することができるといったところか」

「え? 雪之丞さんたちですか?」

 知った名前が出てきたので、おキヌは思わず声に出してしまった。

「うん? あいつらと知り合いなのか?」

「あ……はい。元々、ここのことを教えてくれたのはあの人たちですから」

「なるほど」

 和尚は、得心したように頷いた。が――その一方で、おキヌは別のことを考えていた。

(勘九郎さんと雪之丞さんが到達してて、陰念さんももうすぐ到達できるステップ……しかも、守秘義務を徹底して情報が漏れないようにしている。……ということは、そのステップにはメドーサが関わっている? だとすれば、内容はたぶん魔装術の伝授……)

 というよりも、それ以外に考えられない。守秘義務で話せないと和尚は言っていたが、もしかしたら彼自身、場合によっては修行内容を知らされていないのかもしれなかった。
 しかし、だとすれば厄介なことである。
 白龍会とメドーサの繋がりを証明するためには、少なくとも、メドーサが白龍会の内部において何かをやっている現場に居合わせる必要があった。だがそれをするには、その最終ステップまで進むことが前提条件となる。

(……私に出来るかしら?)

 無論、その最終ステップに進まずとも、メドーサが和尚に接触して何かしらの『取引』をしてくれれば、その現場を押さえることは可能だ。何かしらの記録媒体を使って証拠品を作るも良いし、それができずともおキヌが一部始終を見聞きできれば、それだけでも事足りる。
 しかし、いつどこで行われるか、そもそも行われること自体あるのかどうかわからない『取引』を待つなど、できはしない。メドーサがここに入り込んでいる以上、既に『取引』が終了している可能性も大きいのだ。
 加えて、いずれの場合も、メドーサに察知されてしまえば終わりである。おキヌの足で、メドーサから逃げられるはずもない。改めて、危険な仕事であると思った。

 と――

「…………?」

 おキヌは、ふと隣の和尚を見て、その顔に疑問符を浮かべた。眉間にしわを寄せ、なにやら不機嫌そうな表情である。
 その視線の先は、道場内の修行風景――

「喝ッ!」

「きゃっ!?」

 突然、和尚の怒号が道場に響き渡った。その怒号に、道場内の動きがピタッと止まる。おキヌも、思わず耳を押さえ、小さい悲鳴を上げた。

「貴様ら何をやっているか!」

 和尚は額に井桁を浮かび上がらせ、門下生たちに向かって怒鳴りだす。

「なんだそのへっぴり腰は! なんだそのやる気の無いトレーニングは! ここはままごとをやる場ではない! いつもの覇気はどこにいった貴様ら!」

「えーだって」

 和尚の発する圧力に固まっている門下生の中、視線を逸らすことでどうにか受け流している一人が、あさっての方を向きながら口を尖らせた。
 和尚は、ギロリ!とその一人を睨みつける。しかし彼は、額に一筋冷や汗を垂らしながら、なおも続けた。

「……だって、あんま激しいもん見せると、その子入門しなくなるかと思いまして……女日照りなんスよ、うちら。早乙女は女っつーてもアレだし、修行修行の毎日だし、やっぱ俺らも人間だから潤いの一つも欲しくなるっつーか」

「そ、そうだそうだ!」

「俺たちにも潤いをー!」

 一人の真っ正直な言葉が、他の門下生たちに勇気を与える。賛同する声は波が広がるようにだんだんと大きくなり、道場全体に広がるまでさほどの時間も要さなかった。

 が――和尚の方はといえば、井桁をさらに二つ増やしただけだった。

「喝ァッ!」

「「「「「…………」」」」」

 和尚の怒号が再び道場に響くと、同じシーンを繰り返したかのように、またもや道場内が静まり返った。

「……ふむ。どうやらワシの教え方が少々甘かったようだな……いい度胸だ貴様ら。今日はワシが直々にその根性を叩き直してやるから、覚悟せい……」

 ぱきぽきと指の骨を鳴らしながら、門下生たちの方にゆっくりと向かっていく和尚。「ぜ、全身全霊で遠慮しまっすーっ!」とか「あたたた……急に腹痛が……」とか訴える門下生もいたが、和尚はそれら全てを華麗にスルーし、目の前にいた最初の犠牲者の頭を鷲掴みにした。


「我が手に掴めぬもの無し!」


 和尚はそう叫び、その門下生を片手で持ち上げ、まるで武器を振るうかのように薙ぎ、払い、振り下ろした。その暴風の前に、何人もの門下生たちが巻き込まれ吹き飛ばされる。和尚はその手に掴んだ門下生をぽいっと放り捨てると、近くで棒立ちしていた別の門下生の頭を掴む。

「あ、あわわ……」

 おキヌの目の前で、怒号と悲鳴の飛び交う阿鼻叫喚のバイオレンスの嵐が吹き荒れた。その様は、某世紀末覇者をモチーフにデザインした戦国覇王のようで、おキヌはその暴行を止めることもできず、口に手を当ててうろたえるしかできない。
 どうしたものかと右に左に視線をさまよわせ――ふと、その視線が道場の外に止まった。

「……あら?」

 おキヌの見ている先には、白龍の三つの建物を囲う森――その一端があった。その森の中で、二つの影が目まぐるしく動き回っている。
 いまだ騒がしい道場を背景に、おキヌはそちらの方へと歩いていく。道場の縁に立ち、何がいるのかと目を見張って見ると――

「どすこぉーいっ!」

「どぅわっ!? やってくれたなこのっ! おりゃあっ!」

 片方の大きな影がその巨体でぶちかましをかけ、もう片方の小さな影がそれを間一髪で避けると、反撃とばかりに体中の傷跡から霊波砲を放った。
 双方とも、白龍会の道着を着込んでいる。しかも、二人ともおキヌの知っている顔であった。先程和尚が言っていた『三段階目のステップ』での実戦形式の組み手、といったところだろう。

「華さん! 陰念さん!」

「「ん?」」

 おキヌが呼びかけると、二人は同時に動きを止めた。そして、おキヌの方へと視線を向ける。

「……おキヌさん?」

「おキヌちゃん……か!?」

 華は多少戸惑ったように、陰念は驚き三割喜び七割といった感じで、それぞれおキヌの名を呼んだ。

「なんでこんなところに……?」

「はい。私もここに入門しようと思いまして……GS目指す以上は、それなりの戦闘能力が欲しいですし」

「な、なんだってー!?」

 おキヌが答えた途端、陰念は嬉しそうな顔で驚いた。

「そ、それじゃ今日から、おキヌちゃんが同門に……」

「はい。そうなりますね」

 頷くと、陰念は頬を染め(気持ち悪いほど似合ってない)、両手を組んで何やら天に祈り始めた。その表情は幸せそうで、頭の中でリーンゴーンと鐘の音が響いてそうな様子である。
 が、おキヌはそんな陰念の様子をじっくり観察する余裕もなく、華の方に視線を向ける。

「あ、あの、それよりも……」

 言いながら、ちらりと視線で道場の中を示す。それを見て、華は目を丸くした。

「ああ……道場の方が騒がしいと思ったら、そういうことでしたか。和尚のアレも久しぶりですね……わかりました。ちょっと待っててくださいね、すぐ終わりますから」

 華はそう言うと、隣でトリップしている陰念の方を見た。その陰念といえば、「大丈夫かいおキヌちゃん? 女の子がそんな生傷を作るもんじゃないよ。ああ陰念さんって優しいんですね……ぽっ。えへ、えへ」などとブツブツ言っては笑い出し、どこからどう見ても精神に疾患を抱えているようにしか見えない。
 華は「はぁ〜」と盛大にため息をついて肩をすくめると、その頭を「ぐわしっ!」と無造作に掴んだ。

「……へ?」

 陰念、こっちの世界に帰還。しかし既に時は遅し。
 華は陰念の頭を掴んだまま、野球のワインドアップフォームのごとく、片足を大きく振り上げた。

「歯ァ食いしばれぇぇぇぇっ!」

 ブンッ!

「のああああああああっ!?」

 ミサイルのごとく打ち出される陰念。涙が尾を引き、その軌跡に跡を残す。
 そして――


 ごんっ。

「「おべるっ!?」」


 頭と頭を打ち合わせ、謎の悲鳴を上げて崩れ落ちる和尚&陰念。

「……………………」

「これでよしっ」

 顎が落ちんばかりに愕然と大口を開けるおキヌの横で、華が一仕事終えたとばかりに「パン、パン」と両手を払った。実際、道場内の騒ぎは収まっている。

(……横島さん……私、早まったのかもしれません……)

 白龍会に来たことを、早くも後悔しかけるおキヌであった。


 ――そんなこんなで日も暮れて、一日が終わる。

 頭にでっかい絆創膏を貼り付けた和尚が、おキヌに入門の意思を再確認すると、彼女は頷いて入門書にサインした。見たところ、エンゲージみたいな霊的呪縛のない、どこにでもある普通の書類であった。

「そうなると、あとは寝る場所か。同性の早乙女が相部屋ならば良かったんだが、あいにく一人部屋でな……悪いが、氷室君にも一人部屋に入ってもらおう。早乙女の部屋の隣になるから、何かあったら早乙女に聞くといい。こっちだ」

 そう言って和尚は立ち上がり、おキヌの部屋となる空き部屋へと案内する。
 その後を付いて行き二階に上がる。廊下を歩き奥の方に行くと、『早乙女 華』と書かれたプレートの部屋の隣に、何もプレートの掛かってない部屋があった。

「一人部屋は本来、最終ステップに進んだ者の部屋になるのだが……早乙女はあれでも一応女だからな。手を出す奴がいるとも思えんが、年頃の女性が男と相部屋というのもまずいので、今まで一人部屋でやってもらっていた。
 まあ、いずれ相部屋を空けて早乙女と一緒に寝泊りしてもらうから、今はこの一人部屋に入っていてくれ」

「は、はい」

 なにげに失礼なことを言う和尚に、おキヌは後頭部にでっかい汗を垂らしながら頷いた。
 言われるままに入って見るが、明かりが点いていないので真っ暗である。後から入ってきた和尚が、入り口脇にあるスイッチを入れると、天井にある蛍光灯が点いて部屋が照らされた。
 空き部屋と言うだけあって、ものの見事に何も無い部屋であった。ベッドとクローゼットがあるだけである。

「部屋の鍵はベッドの上にある。とりあえず荷解きは後にして、ここに置いておくといい。食堂と風呂にも案内しよう」

 言って、部屋を出る和尚に、おキヌは続いた。

「食堂……ですか。お料理は、誰が作ってるんですか?」

「それは……まあ、行ってから紹介した方が早いな。……ここだ」

 一階の最奥部にある『食堂』とプレートのかかった部屋に案内され、扉を開く。すると、30人ぐらいはゆうに入れそうな大きい部屋の中から、香ばしい匂いが漂ってきた。

「あら……誰か来たと思ったら、和尚サマだったのね? いらっしゃい」

「おキヌさんの案内ですか? お疲れ様です」

「あ……」

 二人が入ってきた気配を察したのか、厨房の中からカウンターに顔を出す二人の人物。割烹着に身を包んだ華と、エプロンドレスに身を包んだ勘九郎

「華さん、鎌田さん。お料理は二人が?」

「そぉよぉ。これも花嫁修業ってやつかしら♪ おキヌちゃん、ここに入門するんだってね。華から聞いてるわ♪」

「花嫁修業って……あなたは男でしょうに」

 ウィンクして嬉しそうに答える勘九郎に、華が呆れたように突っ込む。

「…………鎌田。お前はなんて格好しとる」

 襲い来る疲労感に抵抗するかのように、眉間を揉み解す和尚。

「エプロンドレスは男の夢じゃなかったのかしら?」

「意味が違う。XY染色体が着ていいものではないわ。そういうものは、むしろ氷室君のような女性が……ゴホン、なんでもない」

 言いかけ、空咳ひとつして視線を逸らす和尚。心なしか、その頬は赤い。
 しかしその答えに勘九郎は不満らしく、口を尖らせた。

「えー。それじゃ、この格好じゃ雪之丞を悩殺できないってことかしら? 残念ねぇ」

「……どんな格好しても無理だと思いますよ……」

 疲れた声で、しかし律儀にツッコミを入れる華。

「それよりも、料理を再開しないと。全員分の料理は時間がかかりますから」

「そうねぇ。今日も腕によりをかけて、愛情たっぷりの料理を作らなきゃ♪」

 ルンルン♪といった擬音がつきそうな様子で厨房へと戻る勘九郎。華はため息を一つつき、その後を――

「……あの、華さん。私も手伝っていいですか?」

 追おうとしたところで、おキヌに呼び止められた。

「おキヌさんが?」

「はい。私、お料理は得意ですから♪」

「うーん……それじゃ、お願いしましょうか」

 そういうことになった。


 その後、部屋からエプロンを持ってきたおキヌが厨房に加わり、料理は滞りなく完成した。

「助かりました、おキヌさん」

「ふわぁ……私、こんな大量のお料理作ったの初めてです。すっごい労力ですね」

「こういうのは、体力勝負ですよ」

 汗を拭うおキヌに、華が笑顔を向けた。

「おキヌちゃんって、料理の腕もいいのねぇ。見習いたいぐらいだわ」

「そ、そんな……」

 勘九郎の正直な褒め言葉に、おキヌは顔を赤らめる。
 やがて、食堂に人が入り始めた。最初の一人が、カウンターの前に来る。

「あー、腹減ったぁ……お? 君は……」

「あ、はい。氷室キヌです。今日はお料理を手伝わせてもらいました」

 目の前の人物の疑問の声に答えながら、料理を盆に並べて手渡す。

「これからはずっと君が料理を?」

「うーん……どうでしょう? 手伝わせてもらえるなら、ずっとお料理したいですけど」

「そっかぁ。いや、君みたいな可愛い子が料理してくれるなら、元気が出るよ。何せ、鎌田と早乙女じゃ、ビジュアルが……」

 彼が言いかけたその時。

「アタシらのビジュアルがどうだって?」

「修行中の身で女性を口説くとは、感心しませんね……」

「――ひっ!? じゃ、じゃあ俺はこれでっ!」

 厨房の奥から出てきた勘九郎と華が、凄みのある視線をその男に向けた。哀れにも彼はその先を言うことを許されず、そそくさと逃げるようにテーブルに向かっていった。
 その後も門下生たちが入ってきては、カウンターで応対に出るおキヌの姿に、あるいは口元を綻ばせるだけで盆を受け取ったり、あるいは盆も受け取らずに口説き文句を口にしては勘九郎と華に釘を刺され、あるいは軽く「これからよろしく」などと挨拶をして去ったりしていた。

 そして――

「さーて、メシメシっと……ん?」

 一人の門下生が食い意地満点の笑顔で食堂に入ってきて、カウンターに立つおキヌの姿を目にして動きを止める。

「……えーっと……氷室キヌ……だったか?」

「あ、雪之丞さん」

 その人物は、伊達雪之丞だった。

「なんでここに?」

「なに? 聞いてないの雪之丞?」

 その問いに答えたのは、勘九郎だった。

「彼女、昼からいたわよ。まったく……修行に集中するのもいいけど、少しは周りを見る余裕ぐらい持ちなさいな。そんなんじゃ、いつまで経っても壁を越えられないわよ」

「うるせ。大きなお世話……って勘九郎。お前、なんつー格好してんだよ」

「うふ♪ 似合う?」

「うふ♪じゃねえ! 気持ち悪いんだよ何もかも! 今すぐ着替えろ!」

「やだ……ここで脱げって言うの? ダ・イ・タ・ン・なんだからっ」

「ぬがあああああっ!」

 気持ち悪いと言われて、さらに気持ち悪い所業に出ようとする勘九郎に、雪之丞は叫んで頭を掻き毟った。

「まあまあ……落ち着いてください」

「ハァ……まあ、勘九郎が変なこと言わない限り、落ち着いてられんだが……んで? 氷室はなんでここに?」

「あ、はい。私、今日からここでお世話になることになりました」

「お世話に……? ってことは、入門したってことか?」

「はい」

 雪之丞の問いに、おキヌは頷く。その間にも、料理を盆に並べる手は休めない。盆に乗せ終わった料理を、雪之丞に手渡す。

「ん、サンキュ。……ま、ここの修行は厳しいからな。あんま期待できそうにも見えないが、弱音なんか吐くんじゃねーぞ」

「ありがとうございます。頑張りますね」

「おう。んじゃ」

 ぶっきらぼうな物言いにも、気分を害した様子もなくにっこりと返すおキヌ。雪之丞は彼女に向かって片手を上げながら、盆を持ってテーブルに向かった。

 その後も門下生たちが入れ代わり立ち代り入ってきた。陰念が「おキヌちゃんの手料理が食えるってのは本当かああああっ!」と叫びながら入ってきて勘九郎に張り倒されるという一幕もあったが、それほど問題もなく夕食の時間は終わりを迎えた。


 ――ともあれそんなわけで。

 おキヌの白龍会入り一日目の夜は更けていくのだった。


 ――時間は数時間ほど遡り、その日の昼間。

「どーすんのよこんな部屋っ!」

 都内某所の古びた洋館の中。入り込んだ美神は、そのゴールとなる部屋の前で、誰ともなしに叫んでいた。

「どーすんのって言われても……ブラドーがいれば楽だったんスけどねぇ」

 それに答えるのは、言わずと知れた横島。
 この洋館は、明治時代に建てられた『人工的な幽霊屋敷』である。渋鯖男爵という当時のオカルト科学者が、その研究の成果として生み出した『渋鯖人工幽霊壱号』――それが憑依し管理する屋敷であった。
 が、その人工幽霊壱号は、一定以上の霊能者の霊力の波動を受けていないと、その存在を維持することができない。霊力の波動を受けられなくなって数十年が経ち、そろそろ限界も近いということで、屋敷と自分の新たな所有者として美神令子を招いたということである。
 そして今、その美神令子が自分の所有者としてふさわしいかどうかを見極めるため、様々なテストを受けてもらっていたところだった。そのテストも、この部屋で最後となる。

 最後のテスト――それは、一歩歩くたびに五年ほど歳を取るという部屋で、その部屋を通って執務机の上にある権利書を入手しろというものであった。扉から執務机まではだいぶ距離があり、どんなに大股で歩いても十歩――つまり五十年分――はある。
 横島の言う通り、老いなどまったく関係のないブラドーがいれば、何の苦労もない部屋だったのだが……あいにく彼は、現在神界で石化の治療中だ。

「こーなったら……横島クン! お姫様抱っこさせてあげるから、あたしをあそこまで運びなさい!」

「ちょっ……何言ってるんスか!」

 案の定というか予想通りというか、『以前』と同じことを言い出す美神。しかしさすがに、二度も美神に老いた自分を見せる気にもなれない。

(……そーいや、隊長って美神さんが4、5歳ぐらいの時と今とで、ぜんぜん見た目変わってなかったな……美神さんもその娘なんだから、4、5歩ぐらいまでなら外見変わらんかも)

 とはいっても、それが確実な保証はないし、見たところそれ以上は確実にかかる距離である。
 やはり美神の言う通り、『以前』と同じことをするしかないのか……と考えたところで、横島の脳裏には妙案が浮かんだ。

「……わかりました。んじゃ、行きますよ!」

「ん……お願い」

 言いながら、背中と膝の裏に横島が手を回す。「よっと」と声を出し、その体を持ち上げた。美神は落ちないようにするため、横島の首に両手を回す。

「ん……? 美神さん、ちょっと顔赤くないっスか?」

「そっ……! そんなことないわよ! いーからさっさとあそこまで私を運びなさい!」

「へーい」

(……はて? 『以前』はもーちょっと違うやり取りだったよーな気がしたけど……?)

 横島は胸中で首を捻りつつも、足元に霊力を集める。

「横島クン……? 何してんの?」

「あ、こないだメドーサにやったサイキック・ボードやろうと思いまして。あれで飛んでいけば、歩数いらないと思いますから」

「そ、それはそうだけど……ってちょっと待ちなさい!」

「行きます! うりゃっ!」

 ――美神の制止も間に合うことなく。
 サイキック・ボードを展開させて低空を飛ぶ横島は、猛スピードで部屋の中を突っ切った。


 ……その後の展開は、大方の予想通りである。

「どーすんのよ! 屋敷に大穴開けちゃって!」

「ひぃーっ! すんまへん! かんにんやー、仕方なかったんやー!」

『や、屋敷が……ううっ』

 煤まみれになっている美神と横島。すっかり風通しの良くなった部屋。人工幽霊壱号の悲しげな声。美神の手には、権利書がしっかりと収まっている。

「ちっと頭働かせればすぐわかる結果でしょーがっ!」

「ぎゃーすっ!」

 美神の神通ヌンチャクにシバかれ、横島は成す術も無く血の海に沈んだ。

「……まったく……抱っこさせてあげたんだから、ちょっとぐらいまともに男らしいところ見せてくれたって……」

 顔を真っ赤にしながらつぶやいた声は、ドクドクと血を流しながら意識を手放す横島の耳には、届いていなかった。


 ――あとがき――


 というわけで、三十二話終了です。白龍会の面々がなんか面白いことになってるので、一応壊れ表記を入れておきました。
 副題に【いちにちめ】とありますが、連続で続くわけじゃないです。GS試験編までに何回か挿入する予定の白龍サイドの話で、次の【ふつかめ】はテレサ編の後になるかと。
 あと蛇足ですが、冒頭で三人娘とクラスメイトで六道夫人の説明が違うのは、戻った時の伏線になります。
 とりあえず、人工幽霊の話はこの程度でー。さて次は何の話をしようかな? 時系列的には韋駄天の話なんだけど、先に終わらせちゃったしw テレサ編には、次に一話ぐらい挟んでからにしようと思います。

 ちなみに前回の横キヌの『夫婦の会話』ですけど、原作通りの関係でもありえた会話だと思ってます。銀ちゃんの話で、事前の打ち合わせもせずに阿吽の呼吸を見せた横キヌコンビですし、手料理ぐらいなら当たり前のように振舞ってる間柄なわけですしね。

 ではレス返しー。


○1. スケベビッチ・オンナスキーさん
 一人だけじゃ完璧になれないから二人三脚。そんなところですねw これからおキヌちゃんの修行が始まります。どうぞ温かい目で見守ってあげてくださいw

○2. 盗猫さん
 ヒロインレースには、小竜姫さまの他にも美神さんも参加させる予定ですw 他のキャラは……よほどのことでもなければ、障害物扱いで終わる可能性も(^^; 将来的に、障害物からヒロインレース参加者にランクアップしそうなのは、小鳩ちゃんぐらいなものですかw

○3. 山の影さん
 横島くんは、意外とおキヌちゃんに依存しちゃってると思うんですよ、精神的な部分で。傍にいてもらいたいから、失いたくないというか守ってあげたいというか。美神さんやルシオラに対するスタンスとは、ちょっと違うんですよね。
 ちなみにタイガー登場は、GS試験編直前ですよーw

○4. とろもろさん
 横島くんは、女性や子供には甘いですからw そのおかげで、竜神族三人からの評価はだいぶ上がりましたw 飢えた狼たちの方は、色々考えてます。どうやって落としてあげようかなーw(黒い笑み
 雪之丞の「ママに似ている」は今回は出ませんでしたが、いずれ出しますw

○5. 内海一弘さん
 横島くんの竜神入りは、死後の話になりますねw それも、本人の希望次第ってことになりますし。小竜姫さまは可愛く書こうと思ってああなったんで、可愛いと言われれば狙い通りってことですねw

○6. 文月さん
 横島くん一人が頑張る逆行ものはもう見飽きましたので。やっぱり、パートナーがいると華がありますよねw これぞ理想の夫婦像……などという意識を持って書いたわけでもないですが(^^;

○7. いりあすさん
 美神さんは、しばらくは横島くんと二人で仕事することになりますから、チャンスが増える……かも? 後進の横島くんがどんどん力をつけているので、わりと危機感持ってます。斉天大聖の修行も早まってしまうかもー。

○8. 秋桜さん
 変態は結構出番あるかも? 変態に関しては、今回も結構はっちゃけてましたしw 陰念の野望は成就するのか! ……まあ、まず無理ですがw

○9. doodleさん
 横島くんのナンパや呪詛を描写すると、文章量食うので割愛しましたw まあ、やったところで神剣のお仕置きが待ってたでしょうけど(^^;

○10. Februaryさん
 私も、壊れ小竜姫さまやヘタレ小竜姫さまは大好きですよー♪(ぇ これからも一生懸命書いていきますw 勘九郎は死なせない方向で考えてますが……横島争奪戦に参加ですか。そりゃまた怖い考えをw


 レス返し終了ー。では次回三十三話で会いましょう♪

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

yVoC[UNLIMIT1~] ECir|C Yahoo yV LINEf[^[z500~`I


z[y[W NWbgJ[h COiq O~yz COsI COze