今、忠夫の目の前には、 一人の奇麗な女性が優しい笑顔で佇んでいる。
年は20代後半と、今が女盛りといったところか。
「初めまして、横島忠夫君。」
緊張しているのか照れているのか、忠夫の様子がいつもより若干違う。
「あ、あ、は、はい。」
「ふふ、そんなに緊張しないで欲しいな?」
この女性、先日唐巣の教会を訪れた美神美智恵。
現在、世界最高のGSと言われる一人でもある。
そして、そんな彼女にも一人の娘がいる。
「ママ、こんなエロガキなんかほっときましょうよ!」
美神令子、先日、忠夫にビンタをお見舞いした少女。
------上を向いて歩いていこう その5------
病院で、唐巣が悪魔と戦ってから数日後、住居が決まった美神親子が教会を訪れていた。
やはりというか、令子が忠夫を見つけて一悶着はあったが、美智恵がその場をおさめて、現在は唐巣と美智恵が食卓を挟んでお茶を飲んでいる。
「何か分かった事はあったかな?」
直接、忠夫の体を見て美智恵なら何か分かるのではないかと期待する唐巣。
美智恵は、お茶を口に運んだ後、一息つき口を開く。
「あなたが言ってた通り、潜在能力は大したものね。」
だが、それ故に暴走した霊力は子供ながらに凄まじかった。
美智恵も取り憑かれた頃、両親に対して、霊力を暴走させてしまった事があったが、両親がGSであったためか、最悪までにはいたらなかった。
「もし、この子が私と同じ道を歩むと言うなら、GSとして一つの欠点を教えておく必要があるわ。」
「欠点!? それはいったいどうゆう事だね!?」
「チュ−ブラーの成長に必要な物------それは宿主の霊力。つまり、忠夫君は、常にチューブラーに霊力を奪われ続けている状況なの。だから、GSとしての欠陥、それは長期戦には向いていないってこと。」
除霊の半分は、悪霊の姿を探す所から始まる。
探している際にも、常に集中力と霊力は消費を早めていく。
「覚えてる? 昔、私が夫の周囲に集まっていた霊を除霊する時、なんで、あんな無謀な事をしたのか?」
そのため、美智恵は除霊の時は常に、己の身を囮にして短期決戦を仕掛けていた。
「あぁ、無茶苦茶だと、当時は呆れるしかなかったが、まさかそんな理由があったなんて……」
唐巣は昔を思い出し、そして、忠夫の前途多難な道に苦渋する。
「でも、あの子はまだついているわ。あなたという優秀な師に恵まれているのだから…」
「な、なにをいきなり?」
唐巣が思い切り顔を歪めているとこから、いきなり美智恵が唐巣を賞賛する。
「私は、世界各国でいろいろな霊能力者を見てきたけど、あなたほど、この世界にあふれてる霊子エネルギーをうまく扱える人はいなかったわ。あなたなら、その技術をあの子に教えれるはず。」
それは、唐巣が病院で悪魔に対して放った切り札。
この世界の自然や精霊の力を借りた、唐巣曰く『霊力コントロールの極み』
「謙遜だよ、チューブラーから解放された君は、僕なんかより、よっぽど精霊、自然、魂の力を借りる事が出来る。」
「私も、あなたぐらいになれるように努力したんだけどね。大して成長しなかったわ……ある一つの力を除いてね。」
「……ある一つの?」
美智恵も昔、外気のコントロールの修行を試みたが、結果は標準以上で終わった。
もちろん、一GSとして考えれば十分だったが、世界最高のGSクラスとなると、標準以上では自分の霊力だけで戦ったほうが効率がいい。
外気コントロールのメリットは、己の内なる霊力をコントロールにのみ使用する事によって、威力などは全て外の力でまかなう事ができるという事。
だが、除霊でいえば、破壊力が自分の力のみで戦った方が上ならば、使用する意味がなくなってくる。美智恵ほど強ければ、それはさらに優れた外気コントロールを必要としてくるのであった。
「そう、私が唯一、実戦で使用可能と判断したのが、雷の力。またはそれに派生する力ね。」
「なっ!? そんな、バカな!? 第一、そんな事普通試せるものではないだろう!?」
「えぇ、確かにそうね。私だって自ら、自分に電流などを打つようなマゾじゃないわよ〜」
驚愕する唐巣に、茶目っ気をいれながら返す。
美智恵も、己のこの力を知ったのは偶然で、昔、雷撃をはなつ妖魔に襲われた際、判った事と唐巣に話す。
「と、とにかく私は元々、忠夫君には、自分の知る限りの事は教えるつもりだ。私が言いたいのは------」
「-------あの子に教える事なんて、私にはないわ。」
「なっ!?……そんな事ないはずだ。君なら、もっと、あの子を正しい方向に導く事ができるんじゃないか……」
唐巣の声がだんだんと小さくなっていく。
「私には…」
忠夫を導こう、だが本当に自分で良いのか?
「今の私には……」
もっと優れた指導者に託した方がいいのではないか?
「…私は無力だ。」
この前の病院でもそうだ、自分は無力だ。
一人で粋がっているだけだ。
悔しい、悔しい、力がないのが悔しい。
「……自信がないんだ。あの時、ともに歩もうと誓ったのに、だんだんと、不安に襲われて……」
唐巣は知らず知らずのうちに、手を十字をきってしまう。
神は何故、彼にこのような試練を与えるか?
神は何故、私に------
「忠夫君は幸せですね。」
「え……?」
唐巣の思考を遮る。
「私にはあの子を、そこまで思ってあげる事なんてできません。神父、あなたは忠夫君が本当に大切に思っているから、そう考えてしまうんです。」
美智恵が苦悩する唐巣に、笑顔で言う。
------大切だから。
「私に出来る事なんて、たかがしれています。でも、あなたにしか出来ない事があるじゃないですか。」
「私にしか……出来ない。」
「-------彼と供に歩む。誓ったんでしょ? なら、途中放棄は認めません。」
びしっと、唐巣を指差し言い切る。
「もしかしたら、神父と供に歩んだ彼が、不幸になるかもしれません。誰だって不幸は嫌ですよ。でも、これだけは言えます。神父が忠夫君を導く事、それは決して間違いではないんです。」
「美智恵、君。」
なんて自信なんだろう。
だが、不思議と、彼女に言われると、そうなのかと自信が湧く。
「ありがとう、美智恵君。あぁ、主よ、一時でも誓いを反故しようとした自分を------」
「神父、違うわよ。謝るのは、神様じゃなく、忠夫君にじゃない?」
「……両方にじゃダメかな?」
その頃、忠夫だが、美智恵に体を見てもらった後、令子と二人っきりにされていた。
そして、二人になる前から、視線で人が殺せるならすでに100は死んでいるだろうという殺気を送る令子と、それに射殺されそうな忠夫。
美智恵が仲良くするのよ、というのは何処か遠く彼方のセリフ。
「ふ〜ん、アンタもGSを目指してるんだ。」
「そ、そうだけど、なにか悪いん?」
小さいながら、必死の虚勢を張っているが、令子にそのようなものは通じない。
(た、たすけて。)
忠夫は本能で理解する。
この女にはサカラウナ。
「べっつに! まぁ、アンタなんか私に比べたら大した事ないしね〜」
令子は他にも、色々な悪口を吐くが、それに対して忠夫は無言の抵抗をする。
まぁ、口で勝てないと判断したのだろう。
「なんとか、いいなさいよ。このスケベ!」
「イタ!? なんで、しばかれなあかんねん!?」
横を向いてたら、頭をたたかれ流石に怒る忠夫。
が、この女王は些細な抵抗も許さない。
「へ〜、このアタシに逆らうなんて、いい度胸してんじゃない!」
「く〜! このアホ、バカ、マヌケ!」
もちろん逃げながら言う。
「待ちなさいよ! このガキ------あ、卑怯よ! そっちに逃げるなんて!!」
そこは、忠夫に残された唯一の聖域(ていうより唐巣)。
令子から自分を守ってくれる(であろう)守護者(ていうより美智恵)。
「------なめんじゃないわよ!」
令子がポケットから切り札を放つ。
「…え?」
それはまっすぐ忠夫の頭に狙いを定めとんで来る。
回避------遅い!?
「うが!?」
忠夫の頭を直撃したもの、それはヨーヨー。
「うふふ、逃がさないわよ。さ〜て、さっきなんて言ってくれたっけ? 令子、忘れちゃったからもう一度言って欲しいな〜」
「あ、あ、あ、」
蛇に睨まれたカエル。
膝をガクガクさせながら、今にも大声で泣き出しそう。
だが、令子は口を塞ぎ、それを阻止する。
「う〜う〜うっ! うーーー!!!」
南無。
忠夫の令子の下僕化が進んでいる頃、今後、忠夫と大きく繋がりを持つであろう少年、雪之丞の方では、母親が意識を取り戻し順調な回復を見せていた。
「ゆきのさ〜ん、どうですか、調子の方は?」
看護婦が、伊達雪之丞の母親、伊達ゆきのの血圧を測りながら聞いてくる。
「はい、本当におかげさまで、もう、歩いても平気になりました。」
「そうですか、でも無茶だけはしちゃだめですよ〜」
しばらく世間話がしたあと、看護婦は次の患者の方へ向かう。
「あの、息子はこの時間、何処にいっているんですか? あの子に聞いても教えてくれなくて…」
「ふふふ、それじゃ〜私たちも教える事は出来ませんよ。大丈夫です、いい息子さんを持ちましたね。」
笑顔で部屋を出て行く看護婦をゆきのは見送るしかできず、結局ベッドに横たわる事にした。
そして、これからの事を考える。
ゆきのが入院生活を始めて、3年以上経つ。
夫は雪之丞が生まれる前から別れており、両親は他界している。
親族からの援助はすでになく、今のゆきのに残されたのは、多額の医療費や、これからの生活費、養育費などなど。
なによりまず、仕事を探す必要がある。
「はぁ〜……」
思わずため息が出る。
だが、たった一つゆきのに残された希望、それが雪之丞。
「そうよね、これからは私がしっかりしなくちゃ!」
雪之丞には寂しい思いをたくさんさせた。
だから、これからは母親である自分がしっかりしなければと奮起する。
「……でも、あの子ったら、一体何をしてるのかしら?」
そんな雪之丞だが、現在は病院の玄関あたりで人を待っている最中であった。
「よ〜ぼうず! 今日もかい?」
「まぁ、がんばんな〜」
病院にいるのに元気な老人? 達が雪之丞に声をかけながら通り過ぎて行く。
どうやら知らないのは、ゆきのぐらいらしい。
「------! 今日こそ!」
自動ドアが開き、一人の青年が入ってくる。
「今日もか? 飽きないな。」
と、雪之丞を一瞥した後、その横を通って行く。
「弟子にしてください!」
その前に立ちはだかり、大声で青年、芦優太郎に向かって叫ぶ。
「毎日言わせないでくれ。ここは病院なんだ、もう少し静かにしたまえ。」
芦は、雪之丞を見る事なく、素通りしエレベーターの方へ向かう。
「俺! アンタが妖怪をやっつけたり、ママを助けてくれるところを見て、感動したんだ! だから!」
「君みたいな子供には、早すぎる力だ。」
エレベーターに乗り込む芦。
そして、芦に続く雪之丞。
「今日はエレベータにまで乗り込んできたか。」
最初の日は、玄関まで。
次の日は、少し歩いて。
「君に本当に素質があったなら、次期が来たらある所から推薦が来る。それまでは、体でも鍛えておきたまえ。」
「でも! 俺は、今すぐ強くなってママを支えたいんだ!」
芦は、雪之丞の方を見ず、淡々と語る。
元々、ゆきのを助けたのは気まぐれ。
あの神父の心をかき乱してみたかっただけだ。
「俺は、アンタに教わりたいんだ!!」
雪之丞の言葉など、芦には響かない。
いや、正確には誰の言葉であっても芦には届かないだろう。
「着いた。これ以上、着いてくる事は許さん。大人しく、母親のもとに帰れ。」
結局、今日、芦が雪之丞を見たのは、玄関でのたった1回だけであった。
「俺は諦めないからな!!」
雪之丞はエレベータのドアが閉まる直前にそう、芦に叫び、母親の部屋の階のボタンを押した。
「アイツについていけば、俺は強くなれるはずだ……とりあえず、走るか。」
その後、病院内で走っているところを見られ、怒られたのはいうまでもない。
------上を向いて歩いていこう その5・完------
あとがき
今回は早い更新になりました。
ギャグ小説が書ける方々を尊敬する今日この頃です。
前回のレスであったので、ご報告します。
期待している方がいらっしゃったら大変申し訳ないですが、自分の前作「心眼は眠らない」とはこの本作「上を向いて歩いていこう」は本筋でのからみはありません。誤解を招いてすみませんでした。
でも設定だけは少しとってきます。
ご要望があれば、サイドストーリーとしてなら、絡ます事はできるかな〜と思っていますが、それも大分先の話かな〜?。
次回------西条襲来。
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