ここは唐巣が住む教会の近所の、商店街にあるファミリーレストラン。
その中で、一人、髪の長い少女が椅子に座りながら、ぶつぶつと文句をたれていた。
「遅い〜、いい加減待つのも飽きたんだけど……」
どうやら、母親を待っているようだが、我慢の限界か、ぶらんぶらんと前後に振っていた足を地面におろす。
「ちょっとぐらい、平気よ。」
今までの少女なら、ここは我慢と母親を待ち続けていたが、つい先日、今までいないと思っていた父親と対面させられて、機嫌が悪かった。
「だいたい、あの仮面は何よ! ってか、いきなり認めろってのが変!!」
前も見ず、文句をたれながらひたすら前進してれば、目の前に何かが現れても避けれるわけがない。
「------おっちゃん、いつも安くしてくれて、ありがとな!」
「おう、また来いよ!」
少し前方で買い物を終えた少年が、おやっさんに、挨拶をかけながら道へ出てくる。
「------!? 忠ぼう、前!!」
「へ?------うぁ!?」
「きゃっ!?」
気づいた時はもう遅し。
少女と少年が互いにぶつかりあい、少女の方が少年を覆い重なるように倒れて行く。
「…っいっっっ。」
「つ〜…全く、どこ見て------なっ!?」
「へ? あっ!?」
少年の両手が倒れてくるのを拒もうとしたのか、絶妙に少女の胸の位置に収まっている。
少女は、今の態勢に驚き、すぐに少年から離れる。
「アンタ……よくも……」
「あ、あのその……」
少女は恥ずかしさでいっぱい。
過程はどうであれ、胸を触られたのは事実。
とりあえず、その事実が許せない。
対する少年は、女の子の胸を触った事実で逆に焦っている。
「……乙女の大事な所を…覚悟なさい!」
少女の名は美神令子。
「ち、ちゃう! ごかいや!?」
少年の名は横島忠夫。
「問答無用!!」
これが二人のファーストコンタクト。
------上を向いて歩いていこう その4------
「……で、その紅葉模様が出来たわけか。」
唐巣は忠夫の左頬に出来ている手形のわけを知り、苦笑いを浮かべている。
ちなみに、忠夫が帰宅を終えた時には、すでに美智恵の姿はなかった。
「あんなん、どうせぇっちゅーねん!」
確かに、悪いのは自分かもしれない。
だからって、弁解も聞かずこれとは如何に? と、不満一杯の忠夫。
「まぁまぁ、そうだ。 近日中、君に会ってもらいたい人がいるんだが…」
「へ?」
唐巣は、忠夫に美智恵の事を伝える。
以前、彼女が忠夫と同じ境遇に会った事や、そして、それを乗り越えた事。
「君にとって、彼女の存在は必ずためになるはずだ。」
「は、はい!」
忠夫は、まさか自分と同じような人が居た事に驚きと、何よりチューブラーは倒せるという事実を知り、感動している。
「数日後、また教会に来ると言っていたから、それまではまた、いつも通り、基礎固めになる。いいね?」
それじゃぁ、そろそろ夕食の時間だ、と唐巣はキッチンの方に向かう。
今日の夕飯は、サバの味噌煮、豆腐のみそ汁、唐巣特製サラダ。
「いただきま〜す。」
忠夫は勢い良くご飯を食べ始め、唐巣も箸を持とうとした時、電話の音が鳴りだす。
はいはい、と唐巣は受話器を手に取り、向こうが誰か確認する。
どうやら相手は以前、除霊をした事がある人物らしい。
「…はい、わかりました。それでは、明日にでも向かわせていただきます。」
内容は、その人の知り合いが、体の事で、相談があるらしい。
だいたいは、取り越し苦労で、普通の病気なのだが、たまに本当に悪質な霊に憑かれている事があるから、人の良い唐巣は無償で診断している。
受話器を置いた後、唐巣は食卓に向かいながら、明日についてある事を思いつく。
「そうだ、忠夫君。明日、私と一緒におでかけしないか?」
行き先は、白井総合病院。
次の日、唐巣は忠夫を連れて白井総合病院まで、やってきた。
忠夫を連れてきた理由は、この後、一緒に遊ぶため、という事もあるが、今回は除霊ではないので、社会見学が大きな理由。
まぁ、唐巣がやっている事を見てもらおうという事ももちろんあるが。
「お〜、神父さん! こっち、こっち!!」
病院の敷地内をあるいていたら、前方から元気な老人が唐巣に声をかけてくる。
「おりゃ? 神父〜いつの間に、子供なんか作ったんだい?」
「何を言っているんですか。そうですね、この子は僕の教え子みたいなもんですよ。」
唐巣は、相手のからかいを巧みに受け流すが、その言葉に忠夫が少しであるが、表情が暗くなる。
「……の、前に大事な家族ですがね。」
「へ〜。」
少なくても、私はそう思っているよと、最後に言い残しながら、老人の後を歩いて行く唐巣。
そして、それを元気よく追いかけ始める忠夫。
どん!
病院内に入る自動ドアの所で、忠夫が対向から走ってきた同じぐらいの年の少年と、肩をぶつける。
「あ、ごめーー」
忠夫が、少年に対して謝ろうとするが、少年の凄い睨みに思わず、黙ってしまう。
そのまま、少年は無言で、また走り出す。
「大丈夫だったかい?」
唐巣が忠夫に声をかける。
「……てた。」
「え…?」
忠夫がぽつりとこぼした言葉を聞き直す。
「今のヤツ、目が真っ赤だった。多分、泣いてた。」
「……そうか、何かあったんだろうね。」
唐巣が、行くよと言い、忠夫の手を握ろうとする前に、忠夫は今の少年の方へ走り出す。
「神父! 俺、今のヤツと話してくる!」
「ちょっと!……ふ〜、やれやれ、そういえば、こっちにきてから……」
忠夫は同じ年の子供と遊んでいた事はなかった。
好奇心か、それとも何か感じたのか忠夫は、今の少年を放っておけなかった。
仕方ないと、唐巣は老人と一緒に、その老人の知り合いがいる病室に案内してもらおうとするが、今度は看護婦が唐巣達の元に向かってくる。
さっきまで、走ってきたのか、軽く呼吸が乱れている。
「あの〜、こっちに目つきが鋭くて眉毛が印象的な、5、6歳の子供ってきませんでしたか?」
「ん〜、もしかしてさっきの子供かな?」
唐巣は、少年が着ていた服装を伝えて、看護婦も多分それですと、外へと出て行く。
一方、忠夫の方だが、少年が途中で立ち止まっていたので、すぐに追いつく事が出来ていた。
「なんだよ、てめぇ?」
「きっつい、いいかたすんな〜、お前。俺、横島忠夫、お前は?」
とりあえず、二人は近くのベンチに座り込み、忠夫が先に自己紹介を始める。
「誰もお前の名前なんて、聞いてない……俺のお前は雪之丞、伊達雪之丞」
文句を言いつつも、雪之丞も自分の名前を名乗る.
しばらくの間、沈黙が続いていたが、しびれを切らした忠夫が色々と話し始める。
「でさ〜、昨日なんて、わっけのわからん、くそおんなにビンタされてよ〜」
「はっはっは、そういうえば、お前、しゃべり方変だけど、どこに住んでんだ?」
最初は無口だった雪之丞も、少しずつ忠夫のペースに乗せられ、大分受け答えしてくれ、初めて質問を返す。
「え、ちょっと前まで、大阪にいたんやけど、だからかな?」
「ふ〜ん、てんきんってやつか。」
テレビで聞いた事がある単語をしゃべる雪之丞。
「う、うん、そんな、とこや。」
「…? どうした?」
忠夫が動揺したのに気づく、不思議そうに見つめる。
雪之丞としては、そんな変な質問をした覚えはない。
「それよりな〜、昨日、神父が作ってくれたご飯なんやけど〜」
いきなり話を変えて、神父の話を始める。
それはまるで、親が子を自慢するように、子が親を自慢するような話し方だった。
忠夫は話して行く内に笑顔を取り戻して行くが、その逆に雪之丞からは笑顔がなくなっていく。見る人が見れば、雪之丞の機嫌が悪くなってる事がわかっただろうが、神父自慢をしている忠夫はそれに気づかない。
「実は、ついさっきも俺の事------」
「うるさい!!」
雪之丞は、我慢の限界と、ベンチから飛び降り忠夫から離れて行く。
忠夫は驚きながらも、雪之丞を追いかける。
「ついてくんな!!」
「いきなり、どうしたん!?」
互いに駆け足になっていく。
「さっきから、神父、神父ってうるさい!」
「それが、何が悪いねん?」
忠夫は何が雪之丞を怒らせたか全然理解出来ない。
自分は唐巣神父を最高の家族だと言っただけなのに。
「お前はおいしいご飯、俺はそんなもんない!」
「え?」
雪之丞が、走りながらも話す。
「よかったじゃねえか? お前には、元気な家族がいて……」
「何言って……」
忠夫は、確かに家族自慢をした。
だが、雪之丞の言う家族の意味が何か違う。
「俺のママは、今、この病院で入院してる! それで、さっきママと医者達が話してるの聞いた!」
立ち止まる雪之丞と忠夫。
忠夫は、雪之丞が次を言うのを待つ。
「俺のママは、後、一月も持たないって……なんで、なんで!?」
雪之丞は、やり場のない怒りと、己の無力感で、涙を流す。
そんな雪之丞に忠夫は、言葉がかけられない。
その後ろから先ほど、唐巣達と話していた看護婦が話しかけてくる。
実は、この看護婦、忠夫と雪之丞が話していたのをずっと見守っていたのだった。
「雪之丞くん……お母さんのとこ、いこっか?」
看護婦は、雪之丞の母親について弁解しない。
ここで、雪之丞に一月のウソをついてもすぐにばれてしまうウソなのだから。
雪之丞の手を取り、慰めながら病院の方へと歩いて行く。
忠夫は、それを見送る事しか出来ず、病院の受付の近くへと戻ろうとする。
が、その時、病院から爆発音が響き渡る。
「な、なんや!?」
「あっちって------ママ!?」
前を歩いていた雪之丞と看護婦だが、雪之丞は看護婦の手を振り切りそのまま母親が居る病室を目指す。
看護婦がそれを止めようとするが、対向から逃げてきた人たちが邪魔になって失敗する。
「雪之丞……俺……」
「ちょっと、君もなんで!?」
走り出す。
分からない。
子供だったからか? そこが危険だと認識できなかったのだろうか?
ただのガキが、向かった所で何が出来るわけでもない。
だが、少ししか話した事はなかったが、雪之丞を一人で行かせたくなかった。
「はぁ、はぁ、あそこ-----」
雪之丞を見失わないように、必死に追いかける。
普通なら、子供が危険な所に向かっているのだから、誰か止めるものなのだが、今、そんな余裕を持っている大人など一人も居ない。
全員が全員、逃げ惑うに必死であった。
「…神父…どこに」
病院内に入ってから、忠夫は異様な空気を感じ取り、その場ですくんでしまう。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が苦しくなる。
此処は病院。死が近い場所。
何かが原因で、その空気の密度が濃くなり、それを感じ取ってしまった。
最早、忠夫に雪之丞を探す余裕などない。
今は、ただ-----
(にげ、こわい、にげなきゃ)
矮小な自分が恥ずかしいと思わない。
ここにいたら、ダメだ。
その本能が、忠夫に逃げると信号を送るが、体はそれを拒絶する。
「し、ん……ぷ。」
そして、忠夫はその場で、意識を失う。
時は少し戻る。
「大丈夫です、変な霊は憑いていないですから、頑張ってリハビリに励んでくださいね。」
「ほ〜ら、だから、大丈夫だって言ったんだよ、すみませんね〜神父、取り越し苦労なみたいで〜。」
どうやら、老人の知り合いは、本当にたんなる病気だったらしく、唐巣としては、取り越し苦労でよかったと思っている。
「いや〜、まぁ、折角なんで、ゆっくりしていってくださいよ〜。」
「そうしたいのもやまやまですが、ちょっと人を待たせているんですよ〜」
というより、忠夫を探しに行かなきゃならないのだが、中々老人連中が唐巣を離さない。
なし崩し的に世間話につきあわされる唐巣。
「おう、そうそう。知ってるか? 実はこの病院になんだかしらんが、どっかの金持ちの社長が入院しているらしいぞ。」
「へ〜、また、看護婦の世間話でも聞き耳たてていたのかい?」
「うるせい! そんで、その御曹司が、結構見舞いにきているって、ほら、あの美形の兄ちゃんがそうじゃねえか?」
「あ〜、確かおぼっちゃま学校の制服着てるあの長い、銀色のような長髪の兄ちゃんだろ? ありゃ〜悔しいが、男前だな。」
何やら、話が盛り上がっているので、その隙にと、唐巣は病室を抜け出す事に成功する。
「さて、彼を捜しに行かなければ------」
魔力を感じる。
唐巣はその発信源を探り------
「------上か!?」
急いで階段を見つけそのまま駆け上がって行く。
そして、魔力を発する場所から悲鳴があがる。
「この階! そこか!!」
唐巣の先には、異形の化け物。
そのまま化け物に向かって走り出す。
「皆さん、私はGSです!! ここは私に任せて、離れてください!!」
唐巣は接近戦が得意なほうではない。
だが、周りに一般市民がいるため、遠距離から戦うわけにはいかなかった。
周りの患者や、その見舞の人たちは逃げれる人は逃げ、逃げそびれた人達は部屋に隠れる。
「主よ------父と子、精霊の名において-----」
詠唱は完了し、強烈な一撃を化け物の腹部に放つ。
鈍重な化け物は回避が間に合わず、直撃するが------
『ゲヘへ、オメ、ナニカ、シタダ?』
「鈍いか!?」
あまり効果が得られない。
『イネ』
魔力の波動が唐巣を襲う。
回避は出来ない。
「ぐっ、ならば!!」
病室がないほうへと、波動をそらす。
その魔力波は、建物を破壊すると同時に大きな爆音を響かせる。
「まずい。」
場所が悪すぎる。
唐巣は敵を狙いを突き止め、なんとか状況を好転させようと動く。
(なぜ、このような悪魔が……)
材料が少なすぎる。
援軍がいつ来るか分からない以上、防戦していてもダメだ。
「主よ……願わくば…我に力を!」
急所が分からないなら、全ての箇所に霊力をぶつけるだけ。
相手の動きは速くはない。
ならば、やってみせる。
『オメ、ジャマ。オデ、ヤル、コトアル』
唐巣の連続攻撃もこの悪魔には効かない。
悪魔は唐巣をあしらうように、魔力波は放つが、それを唐巣はなんとか、凌ぐ事しか出来ない。
(やる事がある。つまり、ここに来たのは目的があるという事。という事は------)
そんな事はさせない、と唐巣は己の切り札とも言える行動に出る。
「草よ木よ花よ虫よ------」
唐巣のGSにおいての能力は、何かが優れているという感じではなく、均等に優れているというバランス系である。
故に、どんな場面でも柔軟な対応が取れるが、妖魔に対して決定的な切り札というものがなかった。
「我が友なる精霊たちよ!!」
それを克服するために、唐巣が出した答え。
それが、自分の力だけでなく、周囲の精霊、魂の力を借りる事。
「邪をくだく力をわけ与えたまえ!!」
唐巣が基本と思っている霊波のコントロール。
それを人の身で、極限まで極める事だった。
「汝の呪われた魂に救いあれ!! アーメン!!」
周囲の力を借りた強大な聖エネルギーを悪魔にぶつける。
流石の悪魔も、これを受けてはまずいと判断したのか防御態勢をとる。
聖なる力は化け者を包み込み、そのまま飲み込もうとする。
だが、
『アガガ、イダイノ、イダダ、アガが』
効いてはいるが、まだ悪魔は暴れるほどの余力を残している。
「分かっているさ! 悪魔が、そう簡単に消えない事は!!」
それはこの以前、痛いほど身にしみた。
同じ過ち、二度と繰り返すつもりなどない。
唐巣はトドメをと、すでに詠唱に入っている。
「-------ママ!?」
が、その詠唱は雪之丞の出現で止まってしまう。
唐巣は雪之丞の方へ、一目散に走って行く。
一瞬、雪之丞が忠夫とダブってしまった。
「今度こそ、守ってみせる!!」
雪之丞と、悪魔を挟んだ所に唐巣がいたため、十分間に合うはず。
『イマ、オカエシ、シ、ネ、シ、ネ、シネ、シネ!!』
唐巣の背後から負のオーラの固まりが迫ってくる。
「やらせはせん!!」
なんとか、攻撃をそらそうとするが、今までと圧力が違う。
「いけない!? だが、私には待っている人がいるんだ!!」
こんな所で死ぬわけにはいかない。
渾身の力で、結界を貼り続けるが、敵が第二波を放つのを唐巣は見てしまう。
「……神よ」
思わず、胸で十字を切る。
「------あなたは神様を信じているのですか?」
突如、悪魔の攻撃が唐巣まで届かなくなる。
目の前にはいつの前に現れたのか、一人の青年が立っていた。
「私も信じてますよ------神が、人の世を、人の人生、いや、人だけではなく、悪魔でさえも、ね。」
「君は……一体?」
見れば、唐巣があれだけ苦労していた敵の魔力波を、いとも簡単に受け止めている。
「あなたのおかげで、被害が最小限に抑えられていたようだ。私ももう少し早くかけつけたかったんだが、父の病室にもその後、悪魔が出現していてね、まぁ、この悪魔は私に対する陽動という事ですか。」
唐巣は青年の話を理解しようとするが、まだよく分からない。
「父には敵が多くて、病室には強力な結界が貼っていましてね。呪殺が無理と判断したから強硬手段か。しかも、陽動を使ってまで……」
「え〜つまり、悪魔は2体いて、術師は、この悪魔と君が戦っていると勘違いし、その隙にもう一体の悪魔を君の父親に向かわせたが、実際戦っていたのは、私であったため、囮も失敗した、という事かな?」
とりあえず、戦況だけでも理解する唐巣。
唐巣の回答はほぼ正解であったため、青年は何も答えず悪魔を見下す。
「醜い、消えたまえ。」
唐巣は青年の姿を見失う。
いつの間にか青年は悪魔のすぐそばまで接近していた。
青年は右手に霊力を集め、手刀で悪魔を切り裂く。
『ナ、バカ、オデガ、、、オデが、、、』
たった一撃で、勝負がついた。
しかも青年が本気を出しているようには全く見えなかった。
唐巣は、その強さは美智恵を超えているのではと考える。
そんな唐巣をよそに青年は、雪之丞に話しかける。
「大丈夫だったか?」
「あ、え、あ! ママ!!」
雪之丞は、思い出したが、母親の病室にと入って行く。
それに続く唐巣と青年。
病室の中では、一人の女性がベッドで横たわっていた。
この騒ぎでも寝ているという事は相当病が進んでいるのだろう。
(------なるほど。)
一目で、女性が悪霊に取り憑かれている事が分かった。
質の悪い、一度取り憑いたら、時間をかけて死に至らしめる事ができるチューブラーと似ている点はある。
「少年、よかったな。君の母親は救う事が出来るぞ」
「------!? え、ほ、ほんとか!?」
だが、決定的な違いは除霊できる事。
確かに女性は末期に近いが、今から除霊すれば助かる可能性はまだある。
「あの!? 前の病院じゃわからなかったから、ここにきたけど、結局だめで……ママは、ママは助かるのか!?」
「あぁ、大丈夫だ……今日ここで、少年と私に会えた事は神に導きというヤツですか? ならば、ふざけた神だとおもいませんか?」
「それは、どういう事かね?」
青年はそれに答えず、母親の除霊を始める。
大した事はない。知能も低く、ベテランのGSならば十分に対処できるレベルだ。
この母親はただ今まで、GSと出会えなかったという不運なだけだった。
「時期に目も覚ますだろう。それじゃ、私も父の元へ行きますので……」
「あ、ありがとうございます!!」
青年の除霊はあっさり終わり、といっても決して手が抜かれているわけでもない。
唐巣の目から見ても完璧という除霊であった。
その後すぐに、唐巣は忠夫の事を思い出し、いそいで下の方へ降りて行く。
受付の方では、軽く人だかりが出来ていて、その中心には忠夫が看護婦に抱きかかえられている。
「忠夫君!?」
「あ、保護者様の方ですか?」
唐巣は看護婦にかわって、忠夫を抱きかかえる。
どうやら気を失っているらしい。
とりあえず、唐巣は忠夫を起こす為に体を揺らす。
「大丈夫かい、忠夫君。」
「…う、え?…あ、神父。」
まだぼーっとしているが、忠夫が目を覚ましてホッとする。
少し落ち着かせた後、唐巣は忠夫から状況を聞く。
そして、忠夫の魔を察する力があまりに敏感であったために、起きたのだろうと推測する。
(それとも、内なる魔と、外の魔が、反発……いや、よそう。今は下手な推測より彼を鍛える方が先だ。)
軽い事情聴取が終わった後、唐巣は忠夫と病院を出ようとする。
道路の前には一台の高級車が止まっており、そのそばで、誰かを待っているのか、先ほどの青年が立っていた。
「君は、さっきの……」
「そういえば、質問に答えていなかったと思いましてね。」
青年はマイペースに淡々と答える。
「中々ふざけた神の導きじゃないですか? 私に除霊させるぐらいなら、始めから女性に悪霊など憑けなければ、あの少年は苦悩する必要なかったのに、という事です。」
そう答えると、青年は車の後部座席へと乗り込む。
「神はいますよ。だからこの世は------」
「君は何を言いたいんだ!!」
青年の最後の言葉は唐巣の叫びにかき消された。
それは無意識に唐巣が聞くのを拒否したのかもしれない。
青年は車に乗り込み、最後に唐巣と忠夫を一瞥する。
「------!? 出せ!」
一瞬、青年の顔が歪んだように見える。
ただ、車が発進した時、青年が額を抑えていた事は事実。
「……帰ろう。すまなかったね、今日はいっぱい遊ぶつもりが。」
「ううん、それより、またおいしいご飯作ってよ!」
唐巣はそれに答え、二人は家路へと向かった。
「御気分が優れませんが、どうなさいましたか?」
ドライバーである、執事が御曹司である青年を気遣う。
「なぁ、じぃ。お前は前世というものを知っているか?」
「はぁ〜、人並みにですが〜」
今イチ要領がつかめない青年の質問にあやふやな回答した出来ない。
(あの子供を見た額に激痛が走ったと同時に、言葉ではいい表せない憤怒が私の体を襲った)
青年に次の言葉はなくただ遠くを見つめる。
「とにかく、お体には十分に気をつけてくださいませ。次期芦グループの後を継ぐのはあなた様のですから。」
「わかっている。」
車は大きな屋敷に入り、大きな玄関の前で停車する。
「それでは、つきましたぞ。」
「ご苦労。」
青年は屋敷へと入って行く。
その中には複数のメイド達が待機していた。
「「「「おかえりなさいませ、優太郎様」」」」
青年の名は------
「あぁ、ただいま。」
------芦 優太郎
------上を向いて歩いていこう その4完------
あとがき
少し遅れました。2週間とちょっとぶりの更新です。
とりあえず、ある程度の設定ができたのか、いきなり芦優太郎とか出してみました。