「さぁ、着いたよ」
「すげ〜!! ホンマもんの教会って初めてや〜!!」
二人の目の前には、一つの教会が建っていた。
その外装はまだ新しく、建築数年ほどといった所。
忠夫は、抱えていた荷物を地面に置き、その中に駆け込んでいく。
それをゆっくり後を歩いていく唐巣。
「今日から、ここが君の家になるんだが、気に入ってくれたかな?」
忠夫は、それに元気よく答え、探検を始める。
それを見ながら唐巣は荷物の整理を行っていく。
「ふ〜まだまだやる事が多いな。」
だが、口とは裏腹にきびきびと手は動く。
そんな中、一通り見回ったのか、忠夫が唐巣の元に戻ってきて一言。
「これから、お世話になります! 唐巣神父!」
「あぁ、こちらこそ。」
------上を向いて歩いていこう その3------
忠夫の退院後、唐巣は知り合いの弁護士などに頼み、忠夫の身辺整理等を行った。
幸い、横島家は一軒家ではなくマンションを借りていただけなので、荷物や両親の財産などの整理だけでよかったのだが、唐巣に取って問題だったのが…
「なんだこの金額は!?」
と、スーパーサラリーマン、元スーパーOLの資産はとんでもないものであった。
唐巣とてGSの端くれであるため、それなりの額を見てきたが、一般家庭と思っていたのが間違いだったのだろう。
「……これは忠夫君が成人した時のために残しておくべきだろう。」
そんなわけで、真実は闇の中。
しかしこれまでは、最低限しか企業の依頼を受けてこなかったが、これからはそうはいかない。
忠夫の養育費や生活費の分も稼ぐ必要がある。
それは、唐巣なりの懺悔の一つであったのだろう。
そして、それ以上にすべき事、それが------
「------彼の力の制御。」
今は、どっちつかずの仮止めみたいなもの。
忠夫が既に道を選んでいる以上、少しでも早く、己の力の扱い方を知っておくべきであろう。
あの力が唐巣のいない所で暴走した事を考えると、ぞっとする。
このままでは一人で外に行く事も、ままならない。
「だが、今日は、それよりも身の回りの整理だな。」
結局、この日は、部屋の片付け等で夜になってしまい、夕食を取ったら、すぐに就寝という事になった。
次の日、唐巣は予定通り、忠夫の霊力の制御を教え始める。
「いいかい、まずは最初に、自分が霊能力を持っている事を自分で理解するんだ。知る事、これが一番肝心な事だからね。難しく考える必要はないよ、そうだな、私の右手を見てごらん。」
「……なんか変な光が出とるよう〜な?」
忠夫の霊力は仮封印されているまま。
それでも、唐巣の右手に集まった霊力を見る事が可能という事は、すでに霊穴が開いてしまっている証拠であった。
このままでは近いうちに仮封印が解けるのは明白である。
(やれやれ、封印の意味が殆どないな。)
忠夫は、本来ならじっくり起こしていく霊力を、チューブラーに寄生された事によって、一気に目を覚ましてしまったのだった。
それは高速に走っている車を、一度も運転した事もない者にハンドルを明け渡すような事である。
「それが、霊力。今度は忠夫君も同じようにしてごらん。大丈夫、絶対出来るから。」
ならば、まず与えなければいけない事は、忠夫になら出来るという自信。
子供ならではの柔軟な想像力、吸収力などに期待するしかない。
絶対出来る、出来ないわけがない、それを当たり前にする。
「……右手に……集める……お? お? こ、これけ!?」
「うん、おめでとう。」
「あ、うん、うん! でけた! でけた!」
唐巣は、忠夫がうまく一回で成功出来た事にほっとする。
こういうものは一回で出来ないと、大分時間を必要としてしまう。
1か100か、それとも一生できないか。
幼い子ほど、有利なものだろう。
出来ないという事を知らないのだから。
無知は時に罪に、そして、時には武器にもなる。
「神父、神父! 次、次は、次!」
「焦る事はないよ、まずはそれをず〜と、続ける事から始めよう。大丈夫だよ、忠夫君は筋がいいから、すぐに次のステップにいけるからね。」
覚えのいい教え子を褒めながらも、抑える所は抑える。
この能力、基本が肝心なのだ。
確かに基本だけでは戦えない。
だが、基本を出来ない者は生きる事さえ出来ないと、唐巣は思っている。
応用とは基本の延長にこそあるものなのだから。
少しふてくされながらも、忠夫は霊力を右手に制御する事を続けていく。
それを横目に唐巣は、忠夫に寄生しているチューブラーについて考え始める。
前回、除霊できたのは、知り合いに強力な精神感応者(テレパス)がいた事がほぼ全てであった。
テレパスが、女性の中にいるチューブラーの意識を取り込む事によって、結果的にチューブラーが女性の体から出て行ったにすぎない。
もし普通に第三者などが、忠夫の中にいるチューブラーを除霊しようとすると、チューブラーの意識が、忠夫を内部的に破壊するという脅迫行為に出る。
従って、現段階で唯一可能な除霊方法は、そのテレパスに協力してもらう事なのだが、
「しかし、この方法はな〜」
唐巣が苦悩するのは、その方法をもう一度使いたくても使う事は出来ない為であった。
一つ、これが決定的で、そのテレパスはその事件がきっかけで、他者の意識を奪えるほどの力を失ってしまった事。
それゆえ、唐巣はそのテレパスほどの能力者を知らない。
二つ、仮にテレパスが居たとしても、今度はそのテレパスにチューブラーが寄生して犠牲になってしまう。
それを回避するには、忠夫がチューブラーに霊力を明け渡さなければいけないのだが、今の忠夫では体が持たない。
二つ目は、今後の成長や周りのフォローでなんとかなる可能性があるが、一つ目だけはなんともならない。
「……やはり、彼女と連絡を取ってみるか……う〜ん、あそこに聞くしかないのか〜」
唐巣は、いやそうな顔をしながら電話の方へと歩いていく。
その後ろで、忠夫は霊力を集中させる時間をすこしずつ延ばしていく。
「……もしもし、唐巣です……はい、六道当主の方に繋いでください。」
この電話が、一つの騒動を巻き起こすのは、また先の話。
この日は、特に何かが起きる事もなく、無事平穏に終わる。
もちろん、この状況自体が異常だといえばそれまでだが。
次の日から、忠夫の一日のサイクルは、寝る、散歩、遊ぶ、修行となった。
唐巣が、いつGSとして働いているかというと、忠夫が寝ている時に動くしかなかったのだが、ある日、夜中に悪夢で目が覚めた忠夫が、唐巣が居ない事で大騒ぎになった事で、今では昼間に留守番をしてもらったりもしている。
もちろん、留守にするときだけは、教会に結界を貼る事を忘れない。
そんな二人が、今の暮らしに慣れ始めて、数週間後------
「忠夫君、今日はこのお使いに行ってきてくれないか?」
霊力の制御にも少しずつ慣れて行き、今では一人で外出する事が可能になっていた。
封印の方は、まだかけられているが、それでも最初の頃と比べれば、大分弱い封印になっている。感覚的にいうと押さえつけられていたものが、今では包み込むように、といった具合だろうか。
「はぁ〜い、了解、これとこれね、まかせとけ!」
いつまでも、教会に籠らせ続けるわけにもいかないで、最近では頻繁に買い物にいく事になっている忠夫。
「いってきま〜す!」
元気よく教会を飛び出して行く忠夫。
少し歩けばすぐそこに商店街があるので、迷う事もない。
道を歩けば、知り合いも増えてきて、挨拶を何度もかわす。
「おう、忠ぼう! 今日もおつかいかい!」
「あ、おはようございます!」
最初は、唐巣の子供かと勘違いしていた近所も今では、大分慣れたもので、忠夫が一人でお使いにきても、挨拶をしてくれるようになった。
その頃、教会では唐巣の待ち人が、ようやく到着した。
唐巣が教会の掃除をしている最中、後ろから声がかかる。
「------久しぶりね…神父さん。」
「------その声!? 美神くん!!」
唐巣は、突然現れた女性に驚き、しばらくあたふたしてしまったが、とりあえず、世間話をしながら部屋の方へ案内する。
「まさか、神父の方から、連絡を取ってくるなんて……ダメよ〜私はもう結婚してるんだから〜。」
「一体、何の話をしているのかね!? 私は君から、何かアドバイスが聞けないか------」
「はいはい、もう、ジョークよ。相変わらず、お固いわね〜」
美神という女性は、変わってなくて安心したと、言いお茶を口に運ぶ。
そんな美神に、唐巣も君も相変わらずだなと返すしかなかった。
「しかし、今までどうしていたんだい? 六道家からは今は、連絡を取る事が出来ないって…」
「ごめんなさいね、ちょっと、海外の各地を転々としてたから、殆ど日本にいなかったから…」
美神自身、優れたGSであり、世界各地を転々と動いて悪霊退治を行っていた。
「でも、そろそろ令子のためにと思って、日本に定住する事にしたのよ。」
「……令子? あぁ、娘さんの名前ね!」
写真見る? と美神は娘の写っている写真を手渡し、子供自慢を始める。
とりあえず、相づちを打ち唐巣。
「……ねぇ、神父、一つ質問していい?」
「なにかね…その含み笑いは?」
美神は、すごくニヤニヤしながら辺りを見渡して言う。
「------いつ結婚したの?」
「ぶぅ------!!? い、い、一体何を根拠にそんな事を!?」
思わず、吹いてしまう唐巣に、美智恵は日用品に子供のものが多く混じっている事から、と推測する。
「あぁ、なるほど、なら、こちらから話そう。今日、君に来てもらったのはその子の事でだね------」
唐巣は真剣な顔に戻り、忠夫の事を話し始める。
何故、美神にその事を話すかというのは、彼女自身が昔、チューブラーに寄生され、そしてチューブラーを除霊する事に成功した唯一の人物であったからである。
本名、美神美智恵は昔、己に寄生されたチューブラーを、今は夫の吾妻公彦というテレパス、そして唐巣の三人で除霊する事に成功したのだった。
「なるほど……それで、私に。」
「あぁ、君なら何か、名案でも浮かぶかも思ったのだが……」
美智恵は、昔を思い出し、そして、今の現状に心痛める。
あの思い、両親に対して行ってしまった行為。
それが分かるだけに、まだ顔も知らない少年に対して同情する。
そして、打開策が浮かんでこない自分に対して腹が立つ。
今の美智恵が協力出来る事といったら、せいぜい自分の経験を話してあげる事や、チューブラーに寄生されている状態で、いかに霊力をコントロールするかぐらいであった。
「そうか……いや、それだけでもありがたいよ。ありがとう。」
「いいえ、結局は解決策になっていないもの。これから、また考えてみるから少しでも、協力出来る事があったら言ってね。」
唐巣は、そんな美智恵に感謝の言葉を伝え、娘が今、どうしているのかを訪ねる。
「令子は、近くのファミレスで大人しくしといて、って言ってあるけど…」
自分の子供が素直に大人しくしているわけがないと、言う。
「つい最近、夫と令子が、初めて顔合わせしたんだけど、それから妙にわがままになってね〜」
「そうか、公彦君の能力を考えたら……難しいな」
美智恵の夫である公彦は、テレパスの力が今でも強すぎるのか、己の力で制御出来ず、無意識に他人の思考を読み取ってしまう。
チューブラーの事件の際、美智恵だけが公彦に思考を読み取られなくなったが、娘である令子の思考は読めてしまうため、公彦自身が令子を遠ざけていた。
「あの子の気持ちもわかるけどね、いきなりこの人が父親ですって言われたら戸惑うのも無理ないか〜」
ため息をつきながらも、令子の気持ちを酌む美智恵。
「親というのは難しいものだね〜」
「あら? そういう神父だって、今では立派な子持ちのお父さんじゃない?」
「な、何を言うかね!?」
そんな噂の張本人の横島忠夫君だが……
「……乙女の大事な所を…覚悟なさい!」
「ち、ちゃう! ごかいや!?」
……運命の出会い?
------上を向いて歩いていこう その3完------
あとがき
ようやく、横島と彼女の初対面です。
とりあえず、年齢ですが、
美神美智恵 27歳前後
美神令子、 8歳前後
で合ってますよね?
西条って、美神が10歳のとき、いくつか知ってる方がいらっしゃったら教えてください。多分、16〜18だと思うんですが…