「え〜い! ……きゃ!? もう、やったわね!」
「油断するからよ、お姉ちゃん!」
「パピリオちゃんも負けまちぇんよー!」
「うわ!? お兄ちゃんを集中して狙わないで!! 冷たいって、こら」
「あはははは。仲良く雪遊び! これも青春よね〜!」
積もりに積もった真っ白な雪。
一面の雪の原。小鳥のような可愛い声が空を飾った。
頑張れ横島君!! うらめん〜皆で遊ぼう!〜
それは雪が積もった日。
アシュタロス様は言いました。いつもの思い付きで。
雪合戦をしよう!と。
三姉妹はノリノリ。バイトはまたか、と。
そして実行。
部下も巻き込んでみた。
「ははははは。君たち暇だろう。暇だね。では来たまえ。何故かって? 人数が多い方が楽しいからに決まっているではないか」
笑顔です。無駄に爽やかです。
そして横暴。職権乱用。
反乱起こされる暴君の必須条件。
嫌々ながらも逆らえず、諾を返す部下たちを気の毒に思いつつ。
横島はクラスメイトである机妖怪を誘った。
学校妖怪ゆえに、学校そのものが長期の休みに入れば暇を持て余す彼女。
きっと退屈しているだろうから。
声をかければ案の定。
本体を背負ってすぐにやって来て。
簡単に皆に紹介すればすぐに打ち解けて。
車に乗ってれっつごぅ。
ちなみに部下は現地集合。
場所は以前行った事のある大きな公園。奥の広場。
着けばすでに部下達が待っていた。
うきうき気分のアシュタロスとは対照的、全員微妙な顔をしているが。
なぜか雪之丞たちの姿もあって。
恨めしげにメドーサを見ているところみると、無理やり連れてこられたのだろう。
愛子はメンバー大半が人間で無いことに驚いたが、横島を信用しているので大丈夫だと判断したらしい。
すぐにルシオラたちと談笑し始め。
横島はその様子を柔らかに見守った。
アシュタロスは広場に結界を張り、うろんな視線を送る部下にくるりと向き直った。
「さて、諸君。今日は実に良い天気だ。絶好のレジャー日和だ。そうは思わんかね?
本日集まってもらったのは他でも無い。子供たちに雪遊びをさせたいと思ったのだ!
最もメジャーな雪遊び、雪合戦を! だが人数が少なくては面白く無い。
だからこそ、君たちにも参加してもらう!!」
どどーんと言い切る。
部下の何ほざいてやがる!!と物理的な強ささえ伴う鋭い視線が突き刺さるが、どこ吹く風。
アシュタロスは悠々と言葉を続けた。
「ああ、安心したまえ。何もただでやれとは言わない。賞品がある!
それは世界中の誰もが欲しがるような絶対の至宝。究極にして繊細なる宝! 明媚にして絢爛! 心打たれる神秘の極み!!
一番活躍したものに進呈しようではないか。内容は秘密だが、期待したまえ。
もちろん雪合戦には私も参加するが、なに気にすることは無い。無礼講だ。どんどん狙ってきたまえ」
賞品などと言われても、所詮はアシュタロスが用意したものである。
大した期待は出来ないが、それでも無いよりはまだましか?
主の楽しげな様子にどうしたものかと視線をさ迷わせ。
救いを求めるようにアシュタロスの一歩後ろに立っていた横島を見やれば、彼は困ったように小さな笑みを浮かべて目で訴えた。
申し訳ないけど、少し付き合ってやってくれないか?と。
それを見て、全員きれいに揃ってため息をつく。
――仕方が無いな。
悟るしかなかった。
これはもう逃れられない天災だと。
そしてここに、魔神主催の魔族による雪合戦が開始された。
ぺてぺてぺたぺた。
メドーサに命じられ、適当に雪を積み上げて作った壁。
その影で雪玉を作りながら、雪之丞は深く深く息を吐いた。
「雪之丞、ため息をつくと幸せが逃げるわよ?」
同じように雪玉を作りながら、勘九朗。
その隣では陰念も苦虫を噛み潰したような顔で雪を丸めている。
「なんでこんな事やってんだよ、俺たちは?」
「メドーサ様のご命令ですもの」
「……なんか意味あんのか、この雪合戦」
「あら、たまには童心に返るのも悪く無いわよ」
陰鬱な空気を吐き出す二人とは対照的に、勘九朗はあくまで前向きだった。
どう足掻こうが目の前の現実が変わらないのであれば、楽しんだ方が精神的衛生上ましだろう。
当のメドーサは弟子が作る雪玉を次々と手に取り、全力で投げていた。
魔族としての全力で、喜々として、投げていた。
かなりSな表情で。
病んでいる、と取れなくも無い。
それを見て、ストレス溜まってんだなぁと思うが口には出さない。
矛先がこちらに向くから。
他の魔族――鳥女とかハエとか子供姿とかタコとかが投げてくる雪玉が弾丸の如く壁を貫通して、時折雪之丞たちに襲い掛かるが今のところ命に別状は無い。
直撃したところで、メドーサははんと鼻を鳴らして一瞥するだけだろう。
自分の命は自分で守らなければならない。
周りは、はっきり言ってしまえば化け物ばかりなのだから。
思った矢先――
ばぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!
雪玉が降ってきた。
大量に。ありえないほどのスピードで。
結果、埋まった。
「どうじゃん! フェザーブレッド・雪合戦バージョンは!?」
空中で鳥女が誇らしげに胸を張っている。
ちゃっかり回避していたメドーサは少し離れた所で、甘い甘いと髪をかき上げていた。
………上等だ。
己の名の一文字を持つ白に埋まりながら、雪之丞の中で何かが切れた。
「やってやろうじゃねぇか!!」
魔装術・発動。
はははははははははは!
高笑いしつつ雪玉を投げ始めた。
しっかり霊力込めて。
そんな兄弟弟子の姿を見て、陰念は思う。
壊れた方が楽かもしれない。
でもなんとなく嫌だ。
人として、大事なものが無くなるから。きっと。
「あらら、雪之丞もホント子供ねー。いいわ、私も参加しましょ♪」
傍らで楽しそうに言う勘九朗に、陰念はただただ生温い目を向けるだけだ。
魔装術で外見だけはかなりレベルアップした勘九朗が、鼻歌を歌いつつ雪玉片手に雪合戦――ルールも何も無いただの潰し合いに成り果てたソレ――に参加していくのを黙って見守った。
臆病者と罵られてもいい。凡人と蔑まれても構わない。
すみません。俺はまだそのレベルには行きたくありません! たとえ強くなれたとしても!!
それは魂からの願い。
先程からぎゅんぎゅんと目の前を、すぐ傍を鋼すら撃ち抜けるスピードで雪玉が通り過ぎてゆく。
稲妻っぽいのが頬をかすったが、気のせいに違いない。
陰念、どこか遠くを見ながら霊気の鎧をまとう。
雪之丞たちのように物質化せず、霊気のままの不細工な代物だがそれでも攻撃力と防御力は充分だ。
そのまま近くの木の下に座り込み――
終わるまでこうしていよう。
彼方に飛んだ思考の中、ある程度耐寒耐熱で良かったなとうすぼんやりと考える。
これは己が身を守る為の正当な行動であり、現実逃避ではない。断じて。
この行為が結果的に精神的な鍛錬にもなり、また霊力の持続と放出・固定化の修行になるのだが。
本人は気付いていなかった。
そんな、ある意味最も有意義に時を過ごしている陰念は置いといて。
雪合戦は激化の一途を辿り続けていた。
「ぎゃああああああ!? いた、痛いじゃん!! メドーサ、雪を石化させるの卑怯じゃ〜ん!!」
「は! 魔族に卑怯は褒め言葉だよ。…ヌル、あんた何か薬混ぜただろ!? 何で雪がこんな色に! しかも臭いが、クサ!!」
「そっちこそ、ビッグイーターを…! うぎゃ、私の足をぉ〜!!」
「貴様の足など一本ぐらい無くなっても問題ないだろうが! ええ〜い! 飛び回るなこのハエがぁ!! 私にたかるな〜!!」
「うををぉ!? デミアン、今本気で潰しにかかったな!!」
「ははははははははは!! どこからでもかかってきやがれぇー!!」
「もう、雪之丞ったら…。張り切りすぎよー? 見境なくしちゃってまぁ。私も頑張りましょ」
飛び交う閃光。飛来する石(元雪)。じゅうじゅうと煙を吹く謎の液体。地を這う蛇の魔物とタコの足。景色に全く溶け込めない肉塊の如き魔族。高速で飛行し笑うハエ。
すでに雪合戦と言う言葉が持つ意味から、あらるゆ方向で外れきった現状を見。
アシュタロスは満足気に笑い。
「うむ。皆楽しそうで何よりだ。仲良きことは美しきかな」
見当違いなセリフをほざいた。
お前の目は節穴かと突っ込むものは誰もいない。とても残念な事に。
そしてうんうん頷いて、
「ふふん。そろそろ、私も参戦するとしようか。皆が遠慮してはいけないと今まで我慢していたが…もういいだろう!
では行くぞ! ふははははははははははははは!!」
激戦の輪に飛び込み、集中砲火チックな目にあうのはその五分後。
横島たちはと言うと……
「お兄ちゃん! あたしと組もう!?」
開始早々ルシオラが横島の腕を掴んで笑いかける。ついでに体重をかけた。
外見は十歳程度にまで成長しているとはいえ、それほど重いわけではない。
重さに負けた振りで体を傾けながら、頷いて。
「あ!? ずるいでちゅよ、お姉ちゃん!」
「よぉし、それならパピリオちゃんとべスパちゃんはお姉さんと組もうか?
一緒に、横島君たちをやっつけちゃおう!?」
「わかりまちたー!! 覚悟するでちゅよぉ!!」
「負けないからね! 頑張ろう、お兄ちゃん」
「そぉ〜れ! あはは♪」
幼い掛け声、ゆるく投げられる雪玉。
ふんわり放物線を描いて飛ぶ雪の塊は、落下と同時にべしゃりと潰れる。
原型のまま残るということはありえない。
加減して投げ合い、朗らかに笑みかわすその姿。
霊光も輝かず、黒いオーラも無く暴力流血、一切無し。
険悪さも陰険さも陰湿さも、むやみやたらな殺意も憎悪も悪意も一切無い。
うふふであははできゃっきゃっきゃ♪な空気を撒き散らす。
正しい雪合戦の姿と言えよう。
流石にここを巻き込もうとか、手を出そうとか考える者はいなかった。
命を惜しむのは生物として当然の本能である。
本当に同じ場所に、同じ空間に存在するのかと疑いたくなる。
何だろうか、この隔たり。
横島とてアシュタロスたちの展開する惨劇に気付いていないわけではないが、突っ込みいれようとか関わろうとか思わない。
子供たちに害が無いならそれで良いし、あっちはあっちで楽しそうだし。
むしろどうでもいいし。
そんなこんなで夕暮れ。
横島たち雪遊び組と疲れた顔はしているもののどこか悟ったような陰念を除いた全員が、半死人のように立っていた。
すでに遊び疲れているとかの問題ではない。
立っているのがやっとと言った風情。
そんな中で一際ぼろぼろになっているにも拘らず、相変わらずの良い笑顔。
いわずと知れたアシュタロス。
笑顔が輝くのは一体何の視覚効果か?
「諸君、楽しんでくれたかね!?」
一体どこをどんな視点で見ればそんなセリフが出てくるのか?
全員思った。心から。
誰も口にしないのは気力が無いからだ。
無言を肯定と受け取ったか、アシュタロスは上機嫌に言葉を放つ。
「私も楽しかったさ! 子供たちも楽しんだようで何よりだ!!
やはり童心に返るのは良い。心身ともに健康を保つための秘訣だね。そうは思わないかね?
偶には羽目を外して遊ばなくてはな。ストレスは体に悪い。
我ら魔族というものはどうも殺伐としている。ぎすぎすした空気の中では健やかな精神が育たないというものだ」
魔族の精神が健やかでどーする?
突っ込みたい、が、激闘で磨り減った良心とか自制心とか総動員して耐える。
言ってもどうせ、愚にもつかない言葉が返ってくるだけだ。
黙って聞いていよう。
その方が早く終わる。
「ははははは、堪能して言葉も出ないかね。まあ、いいだろう。
さて、それでは賞品のほうだが――最もはしゃいでいたメドーサ! 君に送るとしよう」
言葉とともに、全員の視線がメドーサに集中する。
視線の意味は決して羨望にはなり得なかったが。
要約すると、気の毒に……だ。
「で、賞品は何なんですか? アシュタロスさん」
もったいぶる素振りを見せた雇い主に、先を促すように横島が声をかける。
聞かれて雇い主はそれは嬉しそうに頷いた。大袈裟なほど。
「はっはっは! 知りたいかね、知りたいだろう! いいだろう、教えてあげよう!!
なんと――我が愛する娘たちの特製ブロマイドセェェェェェェットォ!!」
…………。
ああ、やっぱりなぁ。
ある意味予想通りの答えに、全員が陰鬱に息を吐いた。
そんな部下たちの、嬉しくありませんよ私たち!的なあからさまな態度など一欠けらとて気付く事無くアシュタロスはつらつらと語ってくれる。
主に聞く側にとってどうでもいい事を。
「特別に、一枚ずつ説明してあげよう。
まずはルシオラなんだがね、見たまえこの初めてケーキを食べた時の顔!! 口の周りをクリームだらけにして! フォークを上手く持てないのに頑張って小さな手で持って食べていたんだよ!! 宇宙的な可愛らしさだと思わないか!?
ベスパ。これは庭で転んだ時なんだが、膝を擦りむいて涙目に!! あぁ〜んど上目遣い! 最強だぁ!! 泣くのを我慢したこの表情!! 歴史に残る愛くるしさ!!
パピリオはだね、くしゃみをした時の決定的瞬間だ! なにせくしゃみの音がくちっだよ、くちっ! なにかね、この史上初の可愛らしさは !!
君たちもそう思うだろう!?
それからこれは私の手作りのワンピースを……!」
今だ延々ぐだぐだと並べ立てるアシュタロス。
よくそんなに舌が回るなぁと感心するほど。
そしてそんな娘自慢を聞きながら、部下一同は己の心に残っていた最後の砦――堪忍袋や上司に対する恐怖等々――が粉々に砕けるのを自覚した。
子供たちも確かに聞く分には微笑ましいかもしれないが、結局は自分の恥ずかしい写真をばら撒かれるというわけで。
人並みに羞恥心や良識を育んできた身としては、堪えるわけで。
おねしょの写真を喜々として語るな。
ネガごと消し去りたい。
知らず知らず、指をぽきぽきと鳴らし始める。
アイコンタクトの一つも無く、皆の心が一つになった。そう感じた。
全く有難くないテレパシー能力、開花。
ぐるぅりと、壊れた人形みたいに首を動かし。
横島を、見た。
彼は、やはり困ったように申し訳なさそうに小さく笑って――
大罪人に鎌を振り下ろす死神が如く、握り拳の中唯一立てた親指をいっそ清々しい程の勢いでびしっと地面に突き立てた。
それを確認し、笑ったのは部下一同。そして子供たち。
朗らかな顔だった。
机妖怪が後退りするくらいには。
ゆるゆると、身を屈め。もう一度雪を拾い始める。
そして、本日最後にして最大の雪合戦が幕を開けた。
「餅は足りてるかー? おかわりはまだあるからなー」
暖かいリビング。
お椀を手に行ったり来たりしている横島。
ハニワ兵も、専用の小さなエプロンを身に着けてちょこまかしている。
お椀の中にはお汁粉。おいしそうに湯気が立っている。
お汁粉はハニワ兵が用意していてくれたものだ。
家族だけならまだまだ余裕のあるそこは、いまや人で埋まっていた。
悠々とソファに腰掛け、お汁粉に口をつけているメドーサ。同じくソファを占領して興味深げに椀の中身を箸でつついているヌル。
普段の子供姿に戻ったデミアンは意外に行儀良くお汁粉をすすり。
ベルゼブブは羽をうるさく鳴らしながらその甘さを堪能し、ハーピーも物珍しそうに餅を口に入れている。
床に座り込んだ雪之丞・勘九朗・陰念はそれぞれ疲れているのか楽しかったのか、判断しかねる表情でお汁粉の暖かさを実感して。
雪之丞のみ、何故か先程から汁粉を配り茶を用意する横島の姿を時折見詰めているが。
子供たちも床に座って、愛子から女の子のおしゃれ事情なるものを聞いていた。
「ぽぽぽーぽー」
足元。ハニワ兵の一体が鳴けば、それを的確に理解した横島が子供たちに向き直る。
「ルシオラちゃんベスパちゃんパピリオちゃん、お風呂沸いたから入っておいで。ゆっくり暖まってくるんだよ」
「「「はぁ〜い」」」
立ち上がり、姉妹は傍らの愛子の手を引いた。
「ね、お姉ちゃんも一緒に入ろう!」
「お風呂、大きいから楽しいよ?」
「そーでちゅ! 一緒に入るでちゅ〜。あ、そうだ! メドーサとハーピーも一緒に行くでちゅよ!」
良い事を思い付いたと言わんばかりに顔を輝かせ、ソファでのんびりしていた二人の腕をしっかと掴む。
メドーサは嫌そうに顔を歪めて、ハーピーは戸惑った色を貼り付けた。
それがいいそれがいいと騒ぐ子供たち。
年嵩の机妖怪も面白そうに笑うだけで止める気配は無く。
困った様子で二人が横島を窺えば、やはり申し訳無さそうにそれでもどこか楽しそうお願いしますと頭を下げられた。
メドーサとハーピーは顔を見合わせると、諦めたように立ち上がる。
そのまま手を引かれるままに数歩進んで、ハーピーがふとその足を止めた。
そして横島を見て言い辛そうに口をもごもごとさせた後、言った。
「お汁粉、まだ食べたいじゃん。だから残しておいて欲しいじゃん……」
言い終えて。
恥ずかしかったのだろう、顔を紅くしてしまう。
それに小さく笑って、任せておけと頷いた。
その言葉に嬉しそうに笑い返し、ハーピーは待たせていた子供たちと軽い足取りで浴室に向かった。
女の子一同が消え、残ったのはむさくるしい男だけ。
気力が萎えるなぁとか思いつつ、風呂を覗こうなど露ほども考えず。
ついつい色々体が動く。
そして先程から、雪之丞の視線が気になるのだが。
横島を眺めながら当の本人が呟いた。
「……ママ………」
至近距離にいた兄弟弟子二名は当然その声が耳に入ったのだが、聞こえない振りをした。
椀を片付けたり、散乱したクッションを纏めたり。
帰ってきてからろくに座る事無く家事にいそしむ横島。
惚けた顔の青年の瞳に宿る光は、決して同年代の青年に向けるものではなかったが。
それすらも黙殺した。
陰念は青い顔で平静を装い、勘九朗は心底楽しそうに。
横島が餅はいるか?と問いかけて来たその時――
「ママだ。ママがいる……! ママぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!? 止めんか、ボケぇ!!」
限界点突破したらしい雪之丞が横島に飛びつき、速攻でしばき倒された。
「何血迷ってんだ、てめぇは……!?」
突っ伏した雪之丞の頭を踏み付けながら、お前の母親は男か!?と横島。
かかとを使ってぐりぐりされつつ、半ば意識が飛んだ雪之丞はそれでもなんだか幸せそうにママ〜と呟いていたのだが。
そんな騒ぎにも特に仲間意識の強くない魔族たちは我関せずを貫いていた。
単に近付くとやばいと、本能で警戒しただけかもしれないが。
だが、その暗黙の了解を無視して寄る者がいた。
ドグラだ。
ハニワ兵に混じって片付けをする横島にとことこと。
「横島、一つ聞きたいんだがの」
「なんだ、ドグラ?」
「アシュ様はどーした? 一緒に帰ってこなかったのか?」
問いに、リビングの暖かな空気は霧散した。
その場にいた全員の動きが止まる。
例外は、質問した者とされた者。
横島は真っ直ぐにドグラを見たまま、にっこりと笑った。
それはもうにっっっっっこりと。
華――鈴蘭とかトリカブトとか彼岸花とか――のように。
「雪と戯れてます」
一言。
斬り捨てる様に会話を打ち切り、何も入っていない椀を持ってキッチンへと去っていく。
その場に取り残されたドグラは動かない。
あるわけでもない心臓が握りつぶされたようだった。
室内からでは見えるはずも無い星空に視線を移し、
アシュ様、星がきれいですぞー。
少しばかり意識が散歩に出たらしい。
その日、部下一同はアシュタロス邸に泊まり楽しい時間を過ごした。
昼間。皆が思う存分遊んだ場所。
風に揺れる木々が不吉な歌を奏でている。
暗い空に浮かぶ白い月が星を引き連れ輝いている。
ぐちゃぐちゃに踏み躙られ、泥と落ち葉の混じった雪。
広場の中央。
ぽつんと。歪な雪だるま。
中から何かが飛び出ている。
腕の形をしたもの、二本。
元は紫だっただろうその物体は、いまや青を通り越して白に近くなっていた。
時折なにやらすすり泣く様な声がしたりするのだが。
広い広いこの場所で。
誰もいないこの場所で。
気にするものはいなかった。
たまには大勢で騒ぐのもいいものです。
続く
後書きと言う名の言い訳
陰念の真人間レベルがアップしている今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。
メドーサを除く魔族は横島と初対面です。念のため。あれですね、犬が家族の中で一番偉い人を見分けるようなもんですね。
女の子たちの入浴シーンは各自で補完。仲良くきゃいきゃいしてたのは確実です!
次回は正月のだらだらしたお話予定。二月からGS試験編です(多分)。
では皆様、ここまで読んで下さってありがとうございました!!