「ホントに溢れてんなぁ、ユーレイ」
「やっぱり大元を断たないと駄目ねー」
「そっち何か見付かったかー?」
「いや、この部屋何もねーよ」
現在。
薄汚れてかび臭い建物。
人魂や半透明の人影が横切るその中で、家捜し真っ最中です。
がんばれ、横島君! 〜横島君と悪霊退治〜
都心。住宅街の真っ只中。
黒い鉄柵に囲まれた不自然極まりない洋館。
ひっそりと建ち、壁は一面蔦で覆われて。
立派な門柱には石像。庭は広く、濃い緑が茂り。
バックに暗雲雷鳴をつければ、ぴったりフィットする事間違いなし。
ある種景観を損なう建物。
出る。ここは出る。
霊感と関係なく『出る』と断言できる。
隣で雪たちも同じように洋館を見上げている。
ああ、何で俺はそんなヤバゲな洋館の前に居るのかな?
答えは簡単。
実習です。
道場での、仲間内の手合わせだけでは自分の実力が測りづらい。
それに俺たちが目指しているのはゴーストスイーパー。
果たして俺たちの腕が本当に悪霊に通じるのか?
今回はそれを確かめに来ました。
「それじゃあ、この屋敷のことを軽く説明するよ」
俺達の顔を眺め、やる気無さそうにメドーサさん。
片手に持った小さなメモをひらひらさせる。
「ここの元の持ち主は鬼塚畜三郎。十代で一大勢力を築いた犯罪組織のボスさ。
気に入らない相手は見境なしに殺しまくり、一日平均1・42人殺されたと。……人間にしてはやるね」
最後の言葉が気になりますよ? メドーサさん。
まーそんな無茶なボスについていけなくなった部下に殺害されたという、お決まりのパターン。
死んだ後も何やら未練があるらしく、この家の自縛霊となって取り壊そうとする人を次々憑り殺しているらしい。
なんとも迷惑な事に。
「今まで何人ものGSが除霊に失敗してるから、気をつけな」
プロが失敗するような仕事を俺たちにどうしろと?
雪はすっごく嬉しそうな顔してますが。あいつは別だ。
「あのー、メドーサさん? もし除霊に失敗した場合はどうするんでしょうか?」
手を上げて、おそるおそるの問いにメドーサさんはしばし沈黙の後――
「その時はその時さ」
目を逸らして言わないで下さい。
「まあ、あんたたちの力なら多分大丈夫さ。頑張りな」
言うなり、メドーサさんは俺にぽんと携帯電話を手渡した。
「それじゃ私は帰るから。仕事が終わったらそれで連絡するんだよ」
……………
「ええと、それはつまりメドーサさんは一緒に行かないと?」
「あんたたちだけでやらないと意味が無いだろう」
ご尤もで。
「ですけど危ないじゃないですか! 俺たちだけなんて。不測の事態とかありますし、それにもし悪霊が手に負えないほど強かったら…!」
必死の訴えにけれどメドーサさんは、がしっと音がするほどきつく俺の両肩を掴み。
「最近ねぇ、胃が痛むんだよ…。こう絞めつけられるみたいにきりきりとね。
一体いつ痛くなるのか考えてみたら、アシュ様や勘九朗と一緒に居るときなんだよ。
仲間に薬を作らせたけど、どうも効きが悪いみたいでね。――ゆっくりしたいんだよ」
俯いているせいで表情は窺えないが、響いてくる声はこれでもかと言うほど切実でした。
「……すみません、メドーサさん。アシュタロスさんには俺の方からよく言って聞かせておきますんで。
ゆっくり休んで下さい!!」
果たして素直に謝罪する以外、何が出来たというのだろうか?
「それじゃ、行きましょうか?」
メドーサさんを見送って、ぽつんと残された俺たち。
最初に言ったのは勘九朗。
背負った荷物には万一の為に応急治療セットや携帯食、寝袋やらが入っている。
出来ればそれを使うような事態にはなって欲しくない。
特に寝袋。
それを使うとゆー事は、つまり一晩あそこに泊まるとゆー事で。つまり勘九朗と一夜を共にするとゆー事で。
……何その悪夢。
「おい、何ぼけっとしてんだよ。さっさと行くぜ!」
嫌な想像が頭の中を駆け巡り、動きを止めた俺に雪のそれはもーうずうずした声が飛ぶ。
腕をぐるぐる回して、とっても楽しそう。
「陰念ー。あんたも早く来なさいよ」
「お、おう!」
勘九朗にびくびくしながら答えたのは陰念。
とある同情すべき事情で入院していたが、つい先日退院を果たした男である。
第一印象、チンピラ。
態度も口も顔も悪い。陰念という名前がこれほど似合う奴も居ないだろう。
あの顔の傷はどうやればつくんだ?
そこが不思議でたまらない。
そーゆう外見だけに警戒していたのだが。話してみて分かった。
こいつはまだマトモだ。
雪みたいな戦闘狂でも勘九朗のようにカミングアウトしているわけでもない!
見掛けはあれだが、中身は割りと普通。
だからと言って、進んで仲良くしたいタイプではないが。
重々しい鉄の門、鎖が巻かれて南京錠がついている。
預かった鍵で外して開ければ、すっかり錆付いた音がまるで悲鳴のように上がった。
先頭を行くのは雪。背中からでも迸る楽しみオーラが良くわかる。
ドアもこれまた立派な両開き。
開けようと、がちゃがちゃやっているが上手くいかないらしい。
ずっと放って置いたから門同様錆付いているんだろう。
…た……れ…!
ふと。
風が吹き、何かが聞こえた。
「あん?」
「あら」
空耳ではなかったようで、雪たちもきょろきょろと周囲を窺う。
オオォォォォォォォォン!!
うめきを思わせる嫌な風、そして――
『立ち去れ! 死にたくなければべぇ!?』
「うおわ!!」
ゴギィ!!
突如ドアに浮かび上がった醜悪な顔が言い切るより早く、驚いた雪が反射的に放った爪先がその口に命中し、勢い余って古びたドアを蹴り破った。
「汚ねぇ! 口の中に足突っ込んじまった!」
嫌そうに靴を払う、そーゆー問題じゃないだろう。
蹴られたショックからか、顔は消えたがおそらく今のが殺された元家主なのだろう。
「いやぁね〜。中、埃だらけよ。それにかび臭いし。服が汚れちゃうわ」
現れた悪霊などお構い無しに、勘九朗が邸内を覗き込み眉をひそめる。
やはりこいつも感覚がおかしい。
ほら、陰念も複雑な顔してる。
「お前ら、もー少し驚いてやれよ。せっかく出てきたんだから」
「何言ってんだ、横島? 向うが勝手に出てきたのに、なんでこっちが気を遣ってやらなきゃならねぇんだ」
「そーよー。それにどーせすぐ倒しちゃうんだし。どうでもいいでしょう?」
あっけらかんとした雪に、笑顔な勘九朗。
……悪霊、立場無いなぁ。
邸内は予想通りに荒れ放題。
かび臭い空気の中、埃が目に見えるほど漂っている。
壁も床も傷み、家具は少し力を込めればすぐに壊れてしまうだろう。
だが、一番辟易したのはそこではない。
ここ…霊がいっぱいなんですけど。
あ、また見えない誰かが横切りましたよ?
「な、なんでこんなに幽霊が多いんだよ!?」
「たぶん、鬼塚の悪霊が放つ霊気に引き寄せられてきたんでしょ? 磁石が鉄を引き寄せるように弱いものは強いものに引かれるのよ。
ま、いるのはほとんど無害な浮遊霊だから、大丈夫よ」
気にしない気にしない♪などと言われても。
気になります!
むっちゃ見られてますから!! ほら、階段の上の人とか! ぼろぼろの床の隙間とか、居るから!!
姿がはっきり見えない分、怖いです。
問題の悪霊の気配は微塵もなく、雪がやや不満そうに聞く。
「で、まず何をするんだよ?」
「そうねぇ。普通は降霊術を行って悪霊を呼び出して、どうして現世に留まるのか理由を聞き出して。平和的に除霊を行うわねー。
誰か降霊術できるー?」
その問いに、当然ながら首を縦に振るものはおらず。
勘九朗も出来ないのだろう。
降霊術は諦めるしかない。
「じゃあ、家捜しする?
あの悪霊がいつ出てくるのか分からないし。ただ待ってるよりはマシでしょう」
「そーだな。この洋館に執着してるって事はここの何かあるんだろうし。
もしかしたら除霊のヒントになるものがあるかもしれないしな」
と、言うわけで捜索決定。
回りくどいやり方を好まない雪と陰念はぶちぶち文句を言っていたが、力尽くで行こうにも相手が出てこないのなら仕方が無い。
何もしないのも暇なので、家捜しに付き合う事に。
何が起こるかわからない為、四人で固まって一部屋ずつ調べてゆく。
本当は二手に分かれても良かったが、それだと誰かが勘九朗と二人っきりになり。
俺と雪と陰念で組み、勘九朗が一人でという案もあるにはあったのだが。
正直、後が怖いので止めました。
がごん、ごとごと、ばき!
触れるだけでも危ない家具を何のためらいもなく破壊しているのは雪と陰念。
戦えない分、これでストレスを発散するつもりか?
「ちょっと、埃が凄いんだからもう少し静かに動かしてよ」
「ああ? メンドーだろうが」
「おい、このクローゼット壊すぞ」
あーあ。いいのかなぁ、これ?
壁に飾ってあった風景画、床に落ちて額ともども砕けて破片を飛ばし。
ぼろぼろでも原形を保っていたイスやテーブルは容赦なく木片と化し。
ドアは開けずに突き破られた。
だが、どの部屋にも何も見付からない。
まあ、ドス黒い染みとか何かが撃ち込まれたらしいいくつもの丸い痕とかはあったけど。
それは置いといて。
少なくともわざわざ悪霊になってまでここに留まる理由になるものは無かった。
「ちっ、あの程度の霊、出てきたら一発なのによ」
「メドーサ様もなんでこんなつまらねぇ仕事を…」
雪と陰念。凶悪な顔で愚痴をこぼさないで欲しい。
確かに何も見付からなかったが、まだ調べていない場所はある。
それに、家に入れたくないはずの悪霊が何故か出てこないのも気になるし。
とりあえず、奥の方。
まだ行っていない部屋へ。
窓の外に茂る木々のせいでここは殊更暗く、重い空気が漂っている。
奥にはドアが一枚。
その向こうに屋根裏部屋に続く階段があるらしい。
しくしくしく……
場違いな、いや、もしかしたらぴったりな女の子のか細い泣き声。
柱の影、誰かが居た。
「誰だ!」
雪の鋭い声に、彼女はゆるりと顔を上げた。
やや釣り目だが、可愛い顔立ち。胸に『来来軒』と書かれたエプロン。
影にいるまま俺たちを見据え、悲痛な声で訴えた。
『助けて下さい……私って可哀相な幽霊なんですぅ!』
近所のラーメン屋の店員だったのだが、出前に来たときついうっかりとラーメンをこぼして鬼塚に殺されて。
人生まだまだこれからだったのにぃ!と哀しくて悔しくて成仏出来ないのだと。
俺たちは顔を見合わせる。
「どうする? あー言ってるけど」
「そーゆう奴って結構いそうだよな、ここ」
「いちいち相手してたら切りがねぇだろ」
「でも放って置くのも可哀相だろう」
ひそひそこそこそ。
怪しんでる勘九朗、どうでもいい雪と陰念。擁護派は俺だけか。
「お前らなー、もう少し人としての情ってもんをもてよ。女の子が泣いてんだぜ? かわいそーだとか思わないのか」
「ただの自縛霊だろ。お前こそ甘すぎるぞ、横島」
「それにはっきり言葉を話せる幽霊は知恵もあるから、もしかしたら悪霊だった場合大変よ」
「目的は鬼塚なんだから、他の幽霊はどーでも良いだろうが!」
『あのー、私の話聞いてくれませんか…?』
「でも、鬼塚を倒したって彼女が成仏するとは限らないだろ?」
「だからって、いちいち付き合ってられるか!」
「そうやって同情して他の奴らの面倒を見てたら日が暮れるぞ」
「可哀相だとは思うけど、あたしたちの手に負えなかったらどうするの? 期待させて駄目だったら余計可哀相でしょう」
「それはそーだけど……」
『あのぉ、皆さん?』
「まずは鬼塚を探し出して……!」
「どこに居るわからないから、ここで幽霊やってる彼女なら」
「この家壊しても良いんだったら、暴れて引きずり出すのも」
「そんな乱暴な手段は止めて、あたし向きじゃないわぁ」
『私の話……』
「だーかーらー! さっさと悪霊を…!」
「それを捜すためにも!!」
「首突っ込むなって言いたいんだよ、俺は!」
「声が大きすぎるわよ。もう少し静かに出来ないの、あんたたち」
『話を――聞かんかい、あほんだらぁ!』
あ。存在を忘れ去られて放置されていた少女の霊が、切れた。
『なめとったらあかんどー、こらぁ! 大人しくしとたっら調子こきやがってドタマかち割ってラッキョの入れもんにしたるぞ、おお!?』
怒鳴り喚くその姿は、少女のものとはかけ離れた醜悪さで。
どちらかと言えば、ドアに出現した鬼塚に近い。
「ははーん。あんた、鬼塚ね? 女の子の霊に化けてあたし達を油断させようとしたんでしょ」
にやりと笑う勘九朗。びきりと霊は口を閉ざたかと思うと悔しそうにその姿を揺らめかせ。次に現れたときには少女の面影は消え、凶悪な鬼塚の顔と成っていた。
『ぐぐ、くそったれ〜!!
ここはワシの家じゃーっ! ズカズカ上がりこみやがって、死ねー!!』
叫び、真っ先に俺に向かい飛び掛ってきた!
俺が一番弱く見えたんだろうか?
確かに一番貧弱だけども。甘い!
この程度のスピード、いつも組もうとしてくる勘九朗から逃げ回っている俺には何でもない。
「おっとぉ!」
『クソガキャー!!』
避けた俺が気に食わなかったようで、またも俺に接近する悪霊。
だが、こちらも避けるだけではない。
「サイクック・ニードル!」
声と共に、手のひらに生まれる丁度箸くらいの長さと細さの霊力の塊。数本。
サイキック・ソーサーの改良版。
「喰らえ!!」
撃ちだされた針は一本目、二本目とわずか掠めるだけだったが三本目。
バシュッ!
見事額に命中。
悪霊は屋敷中に響き渡るような悲鳴を上げ、後ろにあった朽ちた扉を突き破り逃げ出した。
……。
あー、良かった。
実は使うの初めてなんだよな、これ。
威力はソーサに劣るものの、使用する霊力は少ないし一度に複数作れるし。
三本だけだったのは俺が未熟なのと、集中力の問題だ。
ちなみに技のヒントはお袋です。
俺が幼い頃、浮気して帰ってきた親父にお袋が投げた箸とか、ね?
うん、あれは凄かった。スプーンまで見事に壁に突き刺さってたもんな。もちろん丸い方が。
そんな遠き日の思い出に浸っていると、後ろから伸びてきた腕に力強く首を掴まれた。
「横島、何だ今のは! てめぇ、あんな面白そうな技が使えたのか!? なんで、俺とやる時に使わねぇんだ!!」
「だー! んな事したらお前ずっと俺に突っかかってくるだろーが!!」
「ほらほら、じゃれてないで追うわよ」
呆れを含んだ勘九朗の制止の声に、ほとんど俺の首を絞めかけていた雪はしぶしぶながらも手を離したが。
その目がじと〜っとこちらを見るのを止めないので、しばらく言われるだろうなぁ。
行くぞと、先に進む陰念の後を追い階段を駆け上れば屋根裏部屋に続くだろう手前の壁に、ニードルが突き刺さったままの鬼塚がうめきを上げて張り付いていた。
俺達の姿を認めるや否や、この壁の向うには何も無いぞー!と喚きだした。
その言葉に顔を見合わせ――にやり。
迷う事無く付近探索。
「お。スイッチ発見」
「よし押せ、横島」
ぽちっとな。
途端にギギギィと錆びた音。
鬼塚の張り付いている辺りが区切られ開く。
「あらー。なにここ?」
「本棚? 本に、テープ?」
「なんだこりゃ? 愛の詩集? あ、鬼塚畜三郎って書いてるな」
「ああ、愛よ。わが心の君、夢の君。 黄昏時に儚く消えた君よ、今どこに? ……ぷっ」
薄暗い隠し部屋。
一面の本棚を埋める大量のノート。そしてカセットテープ。
適当の手にとって表紙を見れば、『鬼塚畜三郎 愛の詩集・第586巻』と書かれていて。
中身はまぁ、むか〜しの少女漫画や甘ったるい恋愛小説に出てきそうなアレなポエム?
思わず笑っちゃう内容だ。
とりあえず全員で読んでみた。
「ぶ! あはははははは!! なんだ、これ!?」
「古いつーか、クサイ! 青い海よ白い雲よ、答えておくれ。僕の本当の楽園はどこ? ぶははははははっ!!」
「これは…確かに恥ずかしいわねぇ。こんなもの残してたんじゃ、成仏できなくて当然よねー」
『やめろー!! 知らんぞ! ワシはそんなもん知らんぞぉ〜〜!!』
「知らないって、お前。はっきり名前書いてあるし。
……このテープには自作の歌でも吹き込んでんのか? なんだよこの、やくざものバラードって?」
『言うなぁ!! 読まないでくれー!!』
おーおー、泣くほど嫌か。
ニードルのせいで身動き取れない今のうちに、相談。
燃やしてやるかばら撒くか、いっそ雑誌に投稿するか?
恥ずかしいポエムを堪能しながら話し合っていると、手にした詩集をパタンと閉じて勘九朗。
何を思ったかびしりと鬼塚を指差した。
「甘いわ!」
『へ?』
何が?と問うより早く、勘九朗はぐぐいと拳を握り熱く語り始めた。
「上辺だけの表現! 薄っぺらな感情! ありきたりな言葉の羅列! ひねりもオリジナリティも何も無い!!
これでは何も伝わらないわ!!
ポエムに必要なものは、そう! 迸るパッション、心揺るがすエモーション!
己の心の情景をあらん限りの言葉という名の地図で持って表現せしめる!! それこそがポエムと言うもの!!
それが分からないなんて、あなた! 真のポエマーでは無いわね!?」
何ですか、真のポエマーって?
むしろ書いてるのか、お前。怖いから聞けんけど。
『こ、こんなオカマに批評されるなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!』
あ、成仏した。
なんとゆーか、ものすっごい泣き顔のまま儚く消えていく鬼塚に同情したのはきっと俺だけでは無いだろう。
「あら、あの程度で成仏するなんて。情け無いわねー」
「いや、普通はすると思うぞ。お前に言われたら」
「……結局戦えなかったな」
控えめな陰念と、遠い目をする雪。
とりあえず終わったのでメドーサさんに連絡しよう。
ずいぶん早く終わったな、とメドーサさんに驚かれ苦笑するしかなかったのは置いといて。
何故か? アシュタロスさんにも報告しようということになった。
聞けば今回この仕事を回してくれたのは、アシュタロスさんだという。
アシュタロスさんも俺たちがちゃんと戦えるか、知りたかったらしい。
なので本人の口からアシュタロスさんに知らせるのが良い、と。
……ストレスの元その1アシュタロスさんにストレスの元その2勘九朗をぶつけてストレス解消、などと考えているのでは?と思うのは俺の邪推だろうか。
うん、きっと気のせいだ。
芦原邸の前で待っていたメドーサさんが病んだように、にやりと笑ったりしても。
出迎えてくれた子供たちにただいまを言って、初めて家に来た雪と勘九朗と全く同じ反応をしている陰念を紹介して。
アシュタロスさんが待っているリビングに。
勘九朗、頼むから想い人に会いに行く乙女のよーにそわそわしないでくれ。
「パパーおにいちゃん帰ってきたよー」
「アシュタロスさん、ただいま戻りました」
「や、お帰り横島君。初めての除霊はどうだ…てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
いつもの笑顔で俺を迎えたアシュタロスさん。
だが勘九朗の姿を認めた途端、その顔を恐怖に引きつらせて思いっきり後退した。
やっぱりトラウマになってますか。
ああ、メドーサさん。楽しそうですね。
「お久しぶりですわぁ、アシュ様! お元気でしたか?」
「ひぃぃぃぃぃ! 近寄らないでくれたまえぇ!!」
「あら、そんな。つれない事言わないで下さい、アシュ様。一晩ともに過ごした仲じゃありませんか」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 言うな、思い出したくないぃ!! こんにちは、あの日の悪夢! さようなら、きれいな私ぃ!!」
おー、混乱してる混乱してる。
俺含めて子供たちも雪たちも生暖かい視線で見守ってますからね、アシュタロスさん。
メドーサさんのみ、サディスティックな笑顔ですが気にしない。
アシュ様ー!と駆け寄ろうとしたドグラをぐりぐり踏みつけているが、見てない見てない。
周りの反応などお構い無しに、アシュタロスさんににじり寄る勘九朗に呆れ半分感心半分。
どこまでも自分に忠実な奴だ。
「もう、そんなに照れないで下さいなアシュ様♪ 私だったらいつでもオッケェですわ」
「何がおっけぇだね、何が!?」
「何がって、そんな…。それは――」
「いや、言わなくていい! 聞きたくない!! だから頬を染めんでくれっ!!」
「うふふふ。アシュ様、可愛い☆ なんでしたら私が子供たちの母親になっても…」
その言葉の続きを勘九朗が紡ぐ事は無かった。
何故ならそれよりも早く動いた俺が、勘九朗の胸倉を掴み上げ庭に向かってぶん投げたからだ。
「ざけんな、てめぇはぁ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
バギッシャアァン!!
窓ガラスを突き破って、庭の土の上を滑り丈夫な塀に激突しぴきぴきと痙攣する様を見てようやく我に返りました。
「……あれ、俺?」
「よ、横島君?」
あ、皆目ぇ丸くして俺を見てる。
どーも勘九朗の母親発言に切れてしまったらしい。
エプロンを身につけ子供たちに私がママよーとか言う姿を想像したら、そりゃー切れるか。
他人事のように俺が思っていたら、いきなりアシュタロスさんがしがみついてきやがりました。
「ああ、ありがとう! ありがとう横島君! 勇者だ、君は!!」
オカマに迫られたからって泣かんで下さい、魔神様。あんた一応強いんでしょうが。
それに感謝される理由は無いですし、この人にも言わなきゃならない事があるし。
いまだ俺の腕に縋って泣くアシュタロスさんの頭をぐぐいっと掴み、言う。
「アシュタロスさん、駄目じゃないですか? 部下にストレスを与えるよーな真似しちゃ」
「ああああの横島君? 私には何の事だか!? ……嗚呼! 頭がみちみちとかぎちぎちとか鳴ってるから、鳴ってるから!!」
「メドーサさんが最近胃薬のお世話になってるらしいんですよ。何かしたでしょう?」
「断定!? 私は普通になんら変わる事無く仕事をこなしているが…疑わしい目で見ないで下さい」
情けなく項垂れるアシュタロスさん。
くいくいっと、服のすそを引っ張られたので下を見やれば子供たち。
「お兄ちゃん、先にお風呂入ってくるね」
「あんまりパパいじめちゃダメでちゅよー」
「パパももう今更だけど、お兄ちゃんを怒らせないよう気を着けた方がいいよ?」
「眩しい笑顔が胸に突き刺さるぞ娘たちぃ!!」
いつもの事と割り切って、可愛い笑顔で風呂場に向かうルシオラちゃんたちを見送って――尋問再開。
結果、仕事中どころか所構わず子供自慢していたことが判明。
普通のレベルならまだしも、ビデオの強制鑑賞会したとか。
こんの……親馬鹿が!
ちゃんと叱っておきました。
「駄目ですよー、アシュタロスさん。公私混同しちゃあ。訴えられたら負けますよ」
「すみませんごめんなさいホント申し訳ありません生きててごめんなさい存在してごめんなさい……」
燃えカスの如き物体を手際よく片付けるハニワ兵を横目で確認し、俺はすっかり忘れていたメドーサさんたちに向き直った。
ハニワ兵が気を利かせてお茶を出してくれていたようだけど、客を放り出しておくなんて礼儀の無い事をしてしまった。
メドーサさんはドグラをぐりぐりしたまま呆然としているし、雪と陰念は顔が真っ青。
「あははははー。ママーやっと会えたね。僕ずっと寂しかったんだよ。わぁきれいなお花畑、ママにたくさんお花を摘んであげるよー。……あ、小川もあるから渡ろうか。ほらちょうど小船が……。うふふふふふ」
「乗るな、渡るな! むしろ逝くなぁ!!」
ここではないどこかを見ながらここにはいない誰かに語りかける雪の肩を、陰念が必死の形相で揺さぶっている。
大丈夫か、二人とも?
メドーサさんはといえば、放心していた顔に徐々に生気が戻り始め。
その目に光が宿ると同時に、いきなりがばりと俺の体を抱きしめた!
「よくやった! ああ、本当によくやったよ! 横島!!」
「わぐ!? メ、メドーサさん? ちょ、胸が、胸がぁ!!」
顔に丁度メドーサさんの胸が! あの豊満で弾力溢れる塊がぁ!!
息が出来ません。窒息しそうです。でもこれで死んでも悔いはありません! ドンとこいです!!
蕩けそうな幸福感に浸っていると、背後から叫び。
「あぁー!! 何やってるの!?」
お風呂から上がったルシオラちゃん。
「離れて! お兄ちゃんから離れてよぅ!!」
俺の服を掴んでメドーサさんから引き剥がそうと奮戦し始める。
メドーサさんはその姿を眺め、ふふんと鼻を鳴らした途端今まで以上にきつく俺を抱きしめた。
「お兄ちゃんを離してって、言ってるでしょうおばさん!!」
「はん。悔しかったら自力で取り戻しな、小娘」
張り合わないで下さい。
ルシオラちゃん、そんな力いっぱい引っ張ったら痛いから。服が破れるから。
雪と陰念は?
苦しい息の合間をぬって、ようやく首を巡らせ確認すれば。
二人ともまだ、青い顔してました。
そしてひまだったらしいべスパちゃんとパピリオちゃんに連れて行かれた。
ハニワ兵も遠巻きにしてるし。
助けは無しか。
でもいいや。幸せだから。
結局、ルシオラちゃんとメドーサさんの争いは俺が酸欠になり意識を失うまで続きました。
悪霊よりもタチ悪い奴は割と身近に居ました。
つづく
後書きという名の言い訳
アシュ様いじめのシーンを書くと、キーボードを打つ手がとまりません。何故?
陰念が存在する意味ってあったのかと疑問が残ったり…。台詞だけだと雪と区別つけ辛いよ!!
次回は裏面。子供たちをたくさん書きたいなーと思ってます。
GS試験編は来年です。二月くらいから、かな。一月はだらだらした正月の話を書きたいです(希望)。