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「スランプ・オーバーズ!14(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-12-20 19:30)
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 「「「「いただきまーす!」」」」


 装備一式の買出しに手間取ったせいもあり、普段よりも遅めの晩餐となったが。
 妙神山登山を明日に控えて、食事の内容はパワーの付く肉料理をメインに豪勢なものとなった。

 「はい、どうぞ。たくさん食べて下さいねー」

 急ぎ足で作ったとは思えないほどの質と量は、流石おキヌといったところか。横島を筆頭に、料理を頬張っては満足げに頷く仲間達を見て、おキヌは微笑む。

 「おキヌちゃんやっぱり凄いわ〜フミさんのお料理に負けないもの〜」

 六道家の食事ともなれば、超一流の調理と給仕が為されるもの。知らず舌の肥えた冥子でも、おキヌの料理に不満点は無かった。マナーを煩く指摘されたりもしないし。

 「おキヌちゃんと冥子の壮行会なのに…余計な体力使わせちゃったみたいね」

 美神の苦笑はてきぱきと料理を取り分けては、甲斐甲斐しく配膳するおキヌの様子に対してのもの。主賓が誰だか、これでは分からない。

 「いいんですよ。普段通りのことをやってないと、逆に意識しちゃいますから」

 「そうそう。おキヌちゃんは誰かさんと違って、神経がガンダ〇ウム合金で出来てないかりゃっ!?」

 「その機動戦士は誰の事? 私も知ってる人?」

 食事が不味くなってはいけないので、美神の怒気は微笑み混じり。ダイニングテーブルの下から、足の甲を爪先で抉るような軋み音がしたのは気のせいだ。
 空気が悪くなることもなく、宴はわいわいと進む。

 「しっかし…冥子ちゃん、ほんとに大丈夫なんすか? 十二神将は全部護符化して、荷物に入れちゃうんでしょ?」

 「本人から言い出したことよ。いいのよね、冥子?」


 「このポテトサラダ美味しい〜! おキヌちゃんどうやって作ったの〜?」

 「これはですねー…」


 「冥子なら心配ない。このオレが保証する」

 横島や美神の心配を余所に、冥子のマイペースは変わらない。冥子のお守りを任せっきりにしているショウが、ハンバーグを切りながら保護者目線で代わりの返事を返してきた。

 「あんたに保証されてもねぇ…」

 「令子よ。お主、最近の冥子を見て気付くことはないのか?」

 口許をソースで汚しながら横目に自分を睨んでくるショウに、美神は珍しく怯んでみせた。
 冥子=甘えんぼ。
 彼女は昔から、令子に対してパーソナルフィールドが皆無に近い。無防備に懐に飛び込んできては、子犬のようにじゃれ付いてくる冥子を美神は鬱陶しく思っていた。
 無邪気で純真な冥子は、友人として接する場合なら可愛いものだ。
 けれど、対等の立場に立つ一人のGSとして見た場合…彼女の美徳は汚点に変わる。
 プライドが高く、自他共に認める一流の仕事人である美神には、冥子の無防備さがどうにも煩わしかった。…どうしても嫌いになり切れない、己の甘さも含めて。

 冥子と一つ屋根の下で暮らすことになって、美神は冥子が毎日のように自分に擦り寄ってきては『構ってオーラ』を放射し、親ガモの後の子ガモ状態になる事を懸念していた。
 最初は確かに、夜通しテンポの悪いお喋りに付き合わされたり、ちょっとした口論で半泣きになったりと想像通りの行動を取っていた冥子だったが…
ショウがお目付け兼生贄として冥子の側にいるようになったせいもあるが、そういえば最近になって、二人の距離が若干だが離れてきているのも事実だった。

 「ほんの僅かしか付き合いのないオレでさえ、出会った当初の頃と今の冥子では、心に据えた決意の差とでも言うのか…ぐっと大人っぽくなったのが分かるぞ」

 大人びた台詞を口にするのが、見た目幼稚園児のような付喪神であるのが可笑しかった。
 他人の成長を認める、というのは思った以上に気恥ずかしい。

 (言えた義理じゃないけど、ちょっと寂しいわねー)

 木製のボールに盛られたポテトサラダは、冥子が褒めたように美味しかった。美神はおキヌと談笑を続ける冥子に、心の中だけで一言呟き、サラダを啄ばむ。

 「…大人っぽくなったっていうと、ショウ? あんたも随分大人しいじゃない。さっきからあんまり食が進んでないみたいだけど」

 「……あっはっはっは。そんな事は無いぞ? そして余計な事は言うなよチリ?」

 「ショウ様、お口に合いませんでした?」

 「好き嫌いは駄目よ〜ショウちゃん」

 気恥ずかしさから話題のすり替えを行った美神の声に、天然コンビも反応してそちらを見る。ショウの額に浮く汗は、何に由来するのか…チリだけが知っていた。

 「大丈夫ですよ。デパートで晩御飯の前だというのに大きなパフェを食べていたー、なんて絶対キヌ姉様には言いませんから。あらお口が滑ってしまいましたわ」

 「妹よぉーーーーーーっ!? 念話であれほど文字通り念を押したと言うのにこの離反劇は酷くないかのう!?」

 確信犯的な笑みで綻ぶ口に手を当てるチリに、兄の悲痛な叫びが降りかかる。

 「ショウ様! お散歩に行ってただけじゃなくて、そんなものまで食べてたんですか!」

 「そう猛るなキヌ! 絶対怒ると思って黙っておったのは謝るが! 懐かしい人間に是非にと奢ってもらったもので、断れなかったんじゃ!」

 「懐かしい?」

 「そうじゃ。ほれ、梓と健二の奴よ。ぴあのりすとの仕事で来ていたらしくてな」

 「え、久遠さんと!? もうショウ様! なんで教えてくれないんですか!!」

 「いやじゃから、パフェの事を黙っておるには、そもそも喫茶店におるという事実から隠蔽する必要があってだな…」

 「梓と健二ってだ〜れ? 私も知ってる人〜?」

 「冥子様、ピアニストの久遠梓様ってご存知ないですか?」

 「もう! ショウ様のばかー! 私、久遠さんとお話したいこと沢山あったのに!」

 「やっぱり怒った!? 見ろチリ、最悪の結果じゃ!」

 「私〜、クラシックって聞いてたら寝ちゃうから〜」


 「…明日からは、こんな賑やか風景もおあずけっすね」

 「…そーね。この落差は慣れるまで大変かも」

 「なんなら俺が毎晩美神さんの孤独を癒しに馳せ参じても…っ!!」

 「マリア、早く戻ってこないかしらー」

 「ガン無視!?」


 六道冥子、氷室キヌ両名の妙神山修行壮行会は、最後まで賑やかに、最後までこの面子らしい空気と雰囲気のまま、賑々しく進行していった。


 …翌日早朝、案の定お寝坊さんだった冥子を、おキヌが慌てて起こしに行ったのはお約束。


               スランプ・オーバーズ! 14

                      「道程」


 美神が車で麓まで送ってくれる、というのを丁重に辞退して。
 おキヌと冥子は、朝一番の列車を乗り継いで現地へと向かっていた。
 妙神山は霊能者だけではなく、一般登山家の間でも有名だ。知名度で富士には及ばないが、霊験あらたかな妙神山の山頂でご来光を拝む、なんていうツアーもあるくらいに。
 ローカル線に揺られるおキヌの周囲の座席には、ちらほらと御山目当ての乗客の姿も見えている。

 (修行場に行くって人はいなさそうだけど…)

 考えてみれば、小竜姫とは何度も顔を合わせている。彼女の凄い所は勿論、ちょっと生真面目が過ぎていて間抜けに見える所なんかは、おキヌもシンパシーを覚えるくらいに。
 けれど、本来の仕事である修行場管理人の姿は一度しか見ていない。それも幽霊の頃、ほとんど蚊帳の外から。
 修行の当事者として相対する小竜姫は、きっと私情を挟まず修行者の事を第一に考える、教師の鑑のような指導者なのだろう。

 果たして自分についていけるのか…

 おキヌの肩に寄りかかって寝息を立てている冥子は、性格はともかく実力は一流、十分に妙神山修行を受ける資格がある。
 翻っておキヌ自身を鑑みるに…GS免許も未だ取得していない半人前の霊能者だ。ネクロマンサーとして、神域使いとしての能力は世界有数であっても、知識や体力、場数に至るまで不足だらけだ。
 いくら六道女学院の霊能エリート教育を受けているとはいえ、周囲にいるのが美神クラスの存在ばかりでは、自信のつけようもない。

 (ここで頑張って、ちょっとでも差を縮めないと!)

 既におキヌの中では、冥子の付き添いという立場での同道は無くなっている。
 彼女と同じく、一修行者として妙神山に挑む。
 美神もきっと、それを望んでいるに違いない、と。

 (そしたら横島さんにも褒めてもらえるかも…………きゃーきゃーっ!?)

 イマイチ緊張感と縁遠い、おキヌであった。


 「うわ〜〜……………ここから登るのね〜……」

 「ほらほら冥子さん、ここにお名前を書いて下さいね。入山者名簿ですって」

 冥子は霊峰の風格漂う妙神山を見上げて、肩からずれそうになったリュックを担ぎ直した。服装もいつものひらっとしたワンピースやドレスではなく、きっちりと登山着で固めているために、動きがちょっとぎこちない。
 撫で肩なので、頻繁にずれを直す必要があるのも彼女らしいか。
 名簿が設置してあるのは、登山道入口脇の年季の入った丸太小屋だ。妙神山全景、と書かれた色褪せた山岳写真が額に入れて飾ってあった。
 今日の日付の入山者名簿には、おキヌ達以前に入山した登山客の名が、意外なほど多く並んでいる。

 「はー…何だかお年寄りばっかりですよ。凄いなあ………あれ」

 感心しつつ備え付けのボールペンで名前を書くと、一つ前の名前に目と指が止まる。すると自然に、その前に連なった名前にも視線は行く。おキヌにとっては忘れられないその名前に。

「……………まさか、ですよね」

 綺麗な字体は、彼女の性格を如実に現しているようで。
 少し硬い感じの字体からは、彼の実直で一途な性格が出ているようで。

 「久遠さんと宮下さん……GSでもないのに、ねえ?」

 「ねえねえおキヌちゃん〜」

 「あ、ごめんなさい。はい、冥子さんもここに…」

 「そうじゃなくて〜、ほらあそこの人達〜…何だかね、私達に手を振ってるみたいなの〜。おキヌちゃんの知り合いの人〜?」

 冥子が指差す先。妙神山登山道入口、と刻まれた石碑の前で…一組の男女が小屋へ手を振っている。

 「な…!? えええ!?」

 小屋から飛び出したおキヌは、驚きと喜びを9:1くらいの割合にして、ついでに混乱をぶちまけた…結局パニック状態のまま、二人の前へと駆け寄る。


 「な、何で…………!?」

 「おはようございます、お久しぶり氷室さん」


 以前、腰近くまであった長い黒髪は、今は肩甲骨の辺りで切り揃えられていた。だからといって、魅力は欠片も損なわれていない。雰囲気に軽さが出て、更に磨かれた印象だ。
 おキヌと似たような格好でも、彼女の登山着姿は『着られている感』がない。和服でもドレスでもカジュアルでも…彼女が纏うと、衣服は彼女と一体となって魅力を補強してみせる。
 モデルになるには背丈が足りないが、オーラの強さは微笑んでいるだけで他を圧倒するカリスマが感じられた。


 「何で久遠さんが妙神山にーーーーーーーーーーーっ!?」


 そんな梓との予期せぬ邂逅に、おキヌは再会の喜びも、言いたかった言葉も全て忘れて…悲鳴じみた声を上げるのだった。
 宮下健二が梓の隣で、冥子に腰を90度に折って名刺を渡している姿も、眼中に入らずに。
 妙神山から吹き降ろす冷たい風が、紅潮したおキヌの頬をふわりと撫で去っていった。


 「あの時は本当にお世話になりました、氷室さん。改めて御礼を言わせて頂きます」

 丁寧に頭を下げてくる天才ピアニストに、おキヌは大慌てで追従するように深く会釈をし返す。

 「いいいいえ!? 私もすっごく久遠さんには教えられて…じゃなくて、えっと! あの、どうしてお二人がここに…!?」

 取り合えず落ち着こう、という事で。
 石碑の前に車座になって4人は座っている。どなた〜? とのんびり尋ねてくる冥子に二人との出会いや事件の事を簡潔に話し、梓と健二にも冥子を紹介してやった。六道の名は音楽業界に於いても有名なようで、財閥主体のリサイタルにゲストで出たこともあったという。

 「ショウ君から聞いてません? 私、GSになりたくて勉強中なんですよ」

 「えええええええええええええええええっ!?」

 サーーッとおキヌの顔から血の気が引いていった。思い出すのは、九音堂での自分の不用意な一言。

 『久遠さん、ネクロマンサーの素質があるかも知れませんよ!』

 梓のレクイエムを聴いたおキヌは、興奮に任せてそう言い放った。それほどに、彼女のピアノは魂を、心を清冽に感動させるものだった。実際、一人の幽霊が成仏したのだから、おキヌの見立ても間違ってはいない。
 間違ってはいないのだが。

 「ご、ごめんなさい!!」

 恥ずかしくて、死んでしまいたい。
 おキヌは梓と健二に向ける顔がなくて、思い切り頭を下げた。

 「え、氷室さんどうして…?」

 「だって久遠さん…ピアニストとして絶対に、絶対に大成功して…世界中の人達を感動させることが出来るのに…私が…」

 才能と一言で片付けるならば。
 久遠梓の才能は間違いなく、ピアノのそれだ。ネクロマンサーの素質があるといっても、これから長い年月をかけて育み、開花させるまでに並大抵ではない苦労が必要となる。おキヌは成り立ちから特別なのだから。

 「九音堂でのことは、私にはほんのきっかけにしか過ぎませんよ? 氷室さんが仰ってくれた言葉は、確かに背中を押してくれましたけれど…」

 頑なに頭を上げようとしないおキヌの肩に手を置いて、困ったように梓は語りかける。

 「GSのお仕事はね…とっても大変なの」

 おろおろと視線を彷徨わせる健二に比べ、冥子は丁寧に、あの心格冥子を思わせるくらいに落ち着いた声で、ゆっくりと話し始めた。

 「私も〜…十二神将ってお友達がいるんだけど〜、皆で一生懸命やっても…全然駄目で迷惑ばかりかけちゃうの〜…」

 「冥子さん…?」

 おキヌが顔を上げて、膝を抱えた冥子を見る。いつもはにこにこと天真爛漫な表情なのが、今はやけに大人びた顔つきをしていた。

 「想いだけじゃ駄目なの〜、でも〜…強い力と想いを一緒に持つのは〜…凄く難しいわ〜」

 冥子は梓に、にっこりと問いかける。

 「梓ちゃんには〜…そういう想いってある〜? GSになって、とっても辛い事があっても頑張れる…そんな想いが〜。強い力を持っても溺れないような、強い想いが〜」

 …正直、おキヌは冥子を同じ側の人間として捉えていた。侮っていた、と言い換えてもいい。事ある毎に暴走し、美神を頼って甘えてくる彼女を反面教師にしていたけらいもあった。
 しかし今、上っ面だけではない言葉で梓の答えを待つ冥子の姿は、おキヌよりずっと大人の横顔をしている。
 冥子の精神構造は、何時ぞやナイトメアが垣間見た時のように、幼くて脆い。
 でもそれは、成長の可能性を大いに秘めた若芽のようなもの。
 化けるという表現は大げさだが、冥子の成長は目に見えて早い。

 「…冥子さんの言う通り、GSは凄く辛いお仕事です。あ、いえ、ピアニストが楽だとか、そんなのじゃないんです。でも、久遠さんのピアノで救われる人の数はきっと、GSが救う人の何倍も多いと思うんです…」

 ネクロマンサーが救うのは、あくまで死者の魂だ。報われぬ想いに縛り付けられた悪霊を成仏させる、鎮魂の担い手。
 梓のピアノは、生きている人間にこそ聴いて欲しい。死ぬほど辛い目に遭っている人ほど、彼女の音楽は心に染み入るはずだ。
 おキヌは、自分の軽率な一言で梓の人生を狂わせてしまったような、そんな自責の念に囚われていた。

 「………氷室さん、六道さん…心配してくれて、有難うございます。ほんと言うと、私もこのままGSを目指して進んでいいのか、少しだけ迷っていたんです」

 「うえっ!? そうなのかい梓?」

 少なからず、健二にはショックな発言だった。迷いや恐れを表に出さない梓の性格は分かっているが、パートナーに何の相談もしてくれないのはやはり寂しい。

 「ほら…引退しないで、って手紙が届くでしょう? それを見るたびに、私も悩んでいたんです」

 梓は個人事務所を健二と経営している。そこには毎日のように数十通のファンからの手紙が届き、最近はその大半が前述の内容だった。
 積み重なっていく手紙の束の高さは、それだけファンの引き留める想いが強いということ。

 「六道さんは…」

 「冥子でいいわよ〜。せっかくお友達になれたんだから〜」

 「…冥子さんは、GSを辞めようと思ったことはありませんか?」

 「ん〜〜〜〜〜〜………もしも、ちょっとだけずれてたら…あっさり辞めちゃってたかも〜」

 「ずれる…?」

 「うん〜。私ね〜、GS資格試験の会場で、令子ちゃんに会ったの。それでね〜、横島君やおキヌちゃん…エミちゃんに〜…マリアちゃんやドクター・カオスさん…ええと…あとは〜…」

 指折り指折り、友人や仲間の名を数え始める冥子。
 一人一人の名前に、忘れ難い思い出があった。

 「令子ちゃんに会えなかったら〜その後に出会った皆にも会えなかったでしょ〜? もしも、そんな…ほんのちょっとだけタイミングがずれて…一人でGS試験を受けていたら、今の私は無かったと思うの〜」

 冥子の寄る辺は、強大な家名でも十二神将の暴力でもない。
 そのどちらにも屈せず、六道冥子を受け入れてくれる存在…美神を筆頭に、紡いでいった名前の数が冥子を支える絆の強さと等しい。

 「今ね、私〜…GS免許を取られちゃってるの。皆と出会えたきっかけをくれた〜…大切な宝物なのに〜、私が失敗しちゃったから」

 だから、と冥子は妙神山を見上げてきりりと目許を引き締める。

 「令子ちゃんに心配掛けずに済むように、ここで頑張るの〜。チャンスをくれた皆が私を見て、もう大丈夫だね、って言ってくれるように〜!」

 庇われる立場から、肩を並べる立場へと。
 六道家のお嬢様というレッテルが剥がれても、十二神将使役者・六道冥子として生きていけるように。
 美神に言われるまでもなく、冥子は自身の在り方について悩み尽くしていた。ミチガエールだって、手段としての善し悪しはともかく、冥子が散々に考え抜いた結果のものなのだから。

 「令子ちゃん達と『出会えた』私は、絶対に辞めないわ〜」

 凛々しくも可愛らしい真顔が、ふっ、と柔らかな元の笑顔に戻る。梓もおキヌも、彼女の決意の強さを知って黙るしかなかった。特におキヌは、これまでの見解を180度転回せざるをえない。冥子はもう、おキヌの側…『守られる者』ではなくなった。

 「そうですか…失礼ですけど、冥子さんは見た目以上にしっかりしてらっしゃったのね…非礼をお詫びします」

 梓が身を置いていた世界、芸能界でも生き馬の目を抜くような戦い、争いは日常的に行われている。今日初めて逢ったが、冥子の線の細さでは恐らく生き抜けない苛烈な世界だ。そう思っていた。
 ならば、もっと過酷であろうGSという仕事はどうか。俄か勉強で知識を身につけたに過ぎない梓でも、冥子が今まで脱落せずに生きてこれた理由には、察しがついた。

 助けてもらっている。

 生かしてもらっている。

 だから、あんな質問をした。冥子が一般的な常識人であればあるほど、助けられ生かされる日常に嫌気が差す筈だ、と。

 「今のお話を聞いて、私の迷いも無くなりました。私はやっぱり、GSになりたい」

 「久遠さん!」

 「氷室さん。私にピアノを辞めないで、と言ってくれる方々は、皆さん私の身を案じて下さる方ばかりなんです。GSの勉強をするため、と説明すると…皆さん私のような女性では無理だ、と」

 武器を取って悪霊を退治する。一般人のGSに対する見方がそうである以上、梓のファンが華奢な梓を心配するのも当然だ。美神が有名なのは、女性の身でありながら、という一文が目立つからでもある。

 「でも氷室さんや冥子さん。綺麗な金色の鞭を操っていた美神令子さん。皆さん一流のGSとしてやっているじゃないですか。…気を悪くしないで下さいね、おキヌさん」

 梓の次の一言は、おキヌが改めて久遠梓に対する認識の甘さを痛感するものだった。自分とは違う、大人の女性の強さを。

 「まだ高校生の貴女に出来て、私に出来ないなんて…ちょっと信じたくありませんよね? 見ず知らずの私のために、命を張って戦ってくれた氷室さんの姿、強さは…きっと大人の私こそが持っていないといけないものだから」

 救おう、守ろうと必死になるおキヌが、梓には美しく見えた。自分もこうなりたい、と思った。
 九音堂での最後…梓がおキヌを制して自分のピアノで田中を成仏させたのには、子供っぽい対抗心と、大人としてのプライドとが混在した、梓の見栄もあった。

 「私のピアノを聴いて下さる人は、他にも選択肢が沢山あります。生きているんですから。でも、成仏出来ずに苦しんでいる霊に、選択肢はありませんよね。こちらから手を差し伸べてあげない限り、彼らはずっと苦しんだまま…。私には少しだけ、お手伝いできる力が…ネクロマンサーの力がある、らしい。なら、私は力になりたい。私を救ってくれたGSの女の子みたいに」

 おキヌを見て惚れ惚れするような微笑を浮かべる梓。おキヌは上げていた顔をまた真っ赤にして俯いた。耳まで赤いのは、冷たい風のせいだけではないだろう。
 冥子も梓も、自分より遥かに大人だ。
 GSという道を選ぶ理由も、決意の深さも、おキヌとは比較にならない。幽霊として何百年生きようと…特別な才能を持っていようと、真似出来ない強さが其処にはあった。

 「…お二人とも、凄いや。私、ちょっとだけ強くなって…ちょっとだけ大人になれたような、そんな気がしてました。今日、冥子さんと明神山に来たのだって、もしかしたら…冥子さんを見て安心しようと思ったからかも知れないんです」

 「私を見て〜?」

 小首を傾げて、冥子はハテナをおキヌへ飛ばす。恥ずかしそうに鼻の頭を掻いたおキヌは、そんな冥子に座ったまま頭を下げた。何だか謝ってばかりだな、と思う反面、それも自分らしい等と思いながら。

 「自分と同じ弱さを持つ人が側にいることで、置いていかれてない…弱さを共有できる仲間がいる、って思いたかったんですきっと。冥子さんはこんなに強いのに…ごめんなさいっ」

 「ふわ〜…そんな難しい事、考えてたの〜? 凄いわおキヌちゃん〜」

 何故かぱちぱちと拍手をしておキヌを讃える冥子に、先ほど見せた大人びた一面は微塵も無い。それもまた、彼女の凄さだろうとおキヌは考える。

 「あはは…でも、目が覚めました。私、妙神山で修行してお二人に負けない強さ…手に入れて見せます! 霊能者としてじゃなく、氷室キヌとして!」

 ぐっ、と頑張りますポーズをして、おキヌは晴れやかに笑った。少女特有の明るさは、今しか持てないおキヌの武器。梓の魅力とは一味違うものの、これもまた魅力の形だ。現に健二の表情が緩んでいるし。梓が僅かに目を細めたのに、気付いていないが。

 「それじゃ〜、みんなで妙神山修行場を目指しましょう〜! えいえいお〜!」

 「「「おーっ!」」」


 「…って、久遠さん!? 久遠さんも修行を受ける気ですか!?」

 「いえ流石にそれは…でも見学くらいいいでしょ?」

 「修行場に向かう道だって、凄く危険なんですよ!?」

 「氷室さん。ピアニストの体力を舐めてもらっちゃ困るよ? 梓はこれでもフルマラソンで3時間切った事もあるんだから」

 「うわ凄いっ!?」


 結局、おキヌにも道中の危険性を具体的に語る材料が無く、二人のイレギュラーを思い留まらせることは出来なかった。
 おキヌのそれより一回り大きい荷物を背負う梓を見て、何も言う事が出来なくなった…のも一因だったり。


 妙神山は中高年の登山愛好家が多いように、比較的なだらかな山道が続く。修行者も一般客も、中腹までは同じ山道を行くため、そこまではおキヌ達一行もピクニック気分で周囲の植生を楽しむことが出来ていた。
 人気があるのも頷ける話で、脇を流れる清流のせせらぎや広葉樹の緑は、緊張感を解す意味合いでも非常に落ち着ける景観だった。
 梓が妙神山のことを知ったのは、昨日のショウの話が初めてだ。GS協会に問い合わせるまでもなく、ネットで検索しただけで世界有数の霊峰・妙神山の名は万単位でヒットがあった。
 地方での公演も多い梓は、旅支度も慣れたもので準備にそう時間は掛からない。
 登山に足りない装備も、ネットの情報だけで揃えることが出来る。小竜姫が聞いたら目を丸くする話ではないだろうか。

 「4合目辺りに、修行者用の道が出てくる筈ですよ。ある程度の霊感が無いと分からない仕掛けになっているそうです。わくわくしてきますね」

 一行の先頭をさくさくと歩む梓のペースは、後続の三人には少々きつめの速度だった。しかも何故か標高が上がるほどに彼女のテンションも上昇して、自然とペースも上がっていく。

 「梓、ちょっとペースを落としてくれ。氷室さん達が苦しそうだから」

 「あ、いけない。ごめんなさいね、氷室さん冥子さん」

 「い、いえ……」

 「あず、さちゃん早いわ〜………」

 本職のGSだというのに、二人の息は行程の半分も消化しない内に荒くなっていた。
 特に冥子の消耗は激しい。普段の移動から何から、式神に頼ってきたツケが想像以上に厳しく圧し掛かってくる。

 「山登りって〜……大変なのね〜…………」

 額の汗を拭って、リュックを背負い直して…でも冥子の目から力は抜けない。
 苦しくて辛いのは承知の上だ。山頂までは程遠い、まだまだ一般登山道の半ばであっても、絶望は感じていられない。そんなものは、甘えと一緒に捨ててきた。

 「行きましょ〜……」

 立ち止まって心配げにこちらを見る梓を促し、冥子はゆっくりと慎重に歩を進めた。ここで無理をしてはいけない、と全身が警鐘を鳴らしている。

 「久遠さん、宮下さん。私達が先頭を行きます。こういう場合、遅い方に合わせたほうがいいって聞きましたから…ごめんなさい…」

 おキヌにはまだ余裕があった。といっても、冥子に比べてだ。健二はとある理由から足腰を鍛えていたし、梓の体力は言わずもがな。ここまで差が出るとは思っていなかったにしても、やはり自分の体力不足は否めない。
 細く長く、心臓に負担をかけないよう深呼吸をして、おキヌは冥子と並んで歩き始めた。

 やがて景観に変化が現れてきた。
 川沿いからはとっくに外れていたが、繁っていた緑の量も随分と減り、辺りは荒涼とした岩石地帯のような、おキヌにも若干見覚えのある風景に変わってきている。
 どうやら修行場へと分岐する道も近いようだ。

 「ん〜〜〜………ねえおキヌちゃん〜、あっちの方っぽくな〜い〜?」

 前方へと緩やかに伸びる登山道とは、僅かに外れた方を冥子は指し示す。
言われたおキヌが集中してみると、確かに霊気の流れのようなものが、そちらから漂ってくるのが分かる。

 「そうみたいですね。それに、この辺、ちょっと見覚えありますよ」

 「うーん……私には全然分かりませんね。現役のGSさんはやっぱり凄いです」

 梓も彼女なりに集中してみるも、澄んだ空気の匂いが心地よいだけで、霊的なものを感知は出来なかった。
 GS修行の初期段階は、とにかく霊気を感じることから始まる。自分のでもいいし、周囲の霊気でもいいから、その感覚に馴染むこと。一度感覚を掴んでしまえば、霊波にピントを合わせることも意図的に遮断する事も可能となる。
 ほんの僅かな霊気にもすぐさま対応出来る二人に、梓はただ感心する。

 「私はほら、幽霊やってたのでちょっと敏感なんです。冥子さんも十二神将って言うすっごい式神とずっと暮らしてきたから、霊圧の変化には鋭いんですよ。ですよね、冥子さん」

 「ほんとは梓ちゃんと宮下さんにも紹介したいんだけど〜…勝手に出したら令子ちゃんに怒られちゃうの〜」

 足元の小石を蹴飛ばして拗ねる十二神将の使い手。
 どんなものか見たい気もするが、音に聞く美神ほどのGSが暴走を恐れる式神…健二は登山で掻いたものとは別種の汗で背中が冷えるのを感じていた。

 「…修行場に到着したら、見せてくださいね」

 梓も少々腰が引けている。

 霊感が示す道を頼りに、一行は登山道を離れて未整備な斜面を、足元に気をつけながら上がっていった。崩落や滑落の危険はまだ無いと思うが、ごつごつした岩肌は転んだだけでも痛そうだ。

 「あ、今結界通りましたね。へー、こうなってたんだー」

 「認識阻害の結界ね〜。これなら普通の人は迷い込まないわ〜」

 「うーーん……少しだけ、何か感じた、ような……」

 「うわ…道が!? オカルトっぽいなぁー」

 修行場へ至る道は、一般的な隠蔽策で閉ざされていた。認識阻害の結界とは、文字通りの意味で人の目を欺く術だ。傍目には従来通りの岩肌が続いて見えるだけなのだが、結界の境目を越えると隠されていた道が姿を現す。
 霊感の無い、健二のような人間には突然道が現れたように見えただろう。
 同時に、周囲に立ち込める霊気の質と量が変化した。清浄な霊気が濃密に漂い始める。これだけで、ただの浮遊霊や悪霊は近づけないくらいに。

 「…久遠さん、宮下さん。ここからが本番です。私の覚えている限り…岸壁に張り付いて進むような箇所もありました。正直、お二人にはここで…」

 「氷室さん。その話は麓でもう結論付いたでしょう? 二人より四人で助け合って進むほうが、絶対に安全です。それに、この道はロッククライミングの腕ではなくて、あくまで霊能者を鍛えるための道のはず。そんなに険しいものではないと思いますけど」

 「でも…」

 おキヌに山道の記憶が薄いのは、当時一緒に登った美神や横島が、やけにスイスイと登頂したからでもある。
 幽霊だった自分は足元なんて気にする必要もなく、同道した二人もまた体力的にも霊能的にも不安要素の無いコンビだったのが、今は災いした。
 超一流と超無能(当時)の組み合わせは、中途半端に霊感に頼ってしまう今の一行より、選択に迷いの出ないベストなコンビだったのだろうか。
 おキヌは相合傘の下に美神と横島の名を思い浮かべて、慌てて消し去った。むー、と変な想像をした自分に喝を入れる。

 「分かりました。…念のため、冥子さん。飛べる式神さんの名前は何でしたっけ」

 「シンダラちゃん〜?」

 「シンダラ…ちゃんだけ、冥子さんにお返しします。美神さんには小竜姫様と会うまで駄目って言われたけど、お二人に万が一の事があったら大変ですから」

 「令子ちゃんには内緒ね〜梓ちゃん」

 「お二人が修行目的で向かうんでしたら問題ありますけど、見学だけですし。落っこちた時のフォローくらい、美神さんも許してくれますよ」

 あっけらかんと落っこちたとき、などと物騒なことを言うおキヌに、若干引く健二であったが。
 おキヌがリュックからごそごそと取り出した式神護符『酉』に、興味を惹かれて覗き込んだ瞬間。

 「シンダラちゃ〜ん」

 冥子の呼びかけに答えて飛び出したエイのような式神の尻尾に叩かれて、叫び声を上げながら斜面を転がり落ちていき…早速お世話になってみたりと忙しい男であった。

 「これが式神ですかー…意外とかわいいな、この子」

 そんな健二に見向きもしなかった梓は、麓でのだらしない彼の笑顔を思い出していたに違いない。


 強風が吹く中、細い崖の道を進む一行。

 「冥子さん気をつけて!」

 「大丈夫〜…あ、お水のペットボトルが〜」

 「え、おわ!? おわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」

 「健二さんが崖下にーーっ!? 冥子さんーーっ!!」

 「シンダラちゃんお願い〜」


 これまた強風が吹き上がる中、ところどころ踏み板の抜けたつり橋を進む一行。

 「絶景ですね、これは…」

 「足元さえしっかり見ていけば大丈夫ですよ」

 「あ、私のハンカチが〜」

 「え、うぷっ!? (ばきん) お? おわあ、おわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………………」

 「シンダラちゃ〜ん。あ、ハンカチも拾ってきてね〜」


 「健二さん大丈夫? 休憩しましょう」

 「梓……俺の髪、真っ白になってない? すげえ老けてない? 目が濁ってたりしない!?」

 デジャブーランドの絶叫系アトラクションも真っ青な、ある意味臨死体験を健二が都合4回繰り返した後、一行は風を凌げる巨大な岩陰で一休みすることにした。

 「うーん…多分、そろそろ門が見えてくると思うんですけど。…そうだ、私ちょっと上から見てきますね」

 荷物からキャンプ用携帯コンロとお茶のパックを取り出し、全員分を淹れて暖を取ったあと、徐におキヌは提案した。時計を見ると、登山開始から4時間ほどが経過している。

 「上から、って…氷室さん一人で先に行くって事ですか?」

 「いいえ、こうやって…よいしょ、っと」

 梓の問いに、おキヌは幽体離脱の実演で答える。ぱたんと倒れかけた肉体は、冥子が膝枕で受け止めた。

 「うわ!? GSってこんなことも出来るのか!」

 「私は出来ないかも〜。やったことないし〜…」

 『では、ちょっと偵察してきますねー。待っててくださーい』

 久々の幽霊状態と、霊気を含んだ強い風に少々危なっかしくしつつも、おキヌはふわふわと一行が身を寄せる巨岩の上へと飛んでいった。

 「これって、体はどうなってるんです?」

 「仮死状態になるの〜。長い間放っておいたら死んじゃうけど〜」

 やけに安らかな表情で眠っているおキヌ。それだけ幽体離脱の大技に抵抗が無いのだろう。300年の実績は伊達ではない。

 「…ほっぺた突いてみようかな」

 「…梓…羨ま、もとい恥ずかしい真似は…」

 「うわー、ぷりぷりですね。若い娘の肌はいいなー」

 「私もやろ〜っと。きゃあ、柔らかい〜」

 どういうシチュエーションだこれは、と健二が自分の置かれている状況を整理する中、二人はおキヌの頬を突いたり撫でたりとしたい放題。
 …理性とは、本能を抑えるもう一つの本能。
 嫌さ本能なら本能に従うのが動物として在るべき姿ではないか。
 つまり、理性と本能は双子の兄弟である。
 ならば、求め訴える本能と咎め押さえつける理性は、サムズアップした拳同士を打ち合わせるナチュラルな関係。
 ごくり、いや、ぐびり、と。
 健二の喉が下品に鳴る。
 そうそう別に変なところを触りたいわけじゃない触るだけなら家に帰れば梓のいやそうじゃなくて薄っすらと朱の差した白磁のような肌の感触はきっとやーらかいんだろな嫌俺は年端も行かない少女の寝顔に興奮するような駄目な大人では嫌少女の寝顔で興奮するだけなら駄目大人の烙印は付かないか付くのはロリコ

 『あー! もう、お二人とも私の体で遊ばないで下さいよ』

 健二の思考にGジャンバンダナ姿の謎神が降臨しようとしていた時、空からおキヌの声が降ってきた。

 「ごめんなさい、あんまり可愛い寝顔だったからつい」

 「柔らかかった〜…またつんつんさせてね〜」

 『もう…恥ずかしいなあ』

 幽体の青白い顔を少しだけ赤くして、そそくさとおキヌは体へ戻っていった。

 「…俺って……」

 一人自己嫌悪に膝を抱える健二を余所に、起き上がったおキヌは偵察結果を報告した。

 「思ったとおり、もうすぐ頂上でした。道も幸い、今までみたいな危ないところも無さそうです。といっても崖沿いの細い道なのは変わりませんけど。これまでのペースなら、一時間もかからないと思います」

 「健二さんが落ちた4箇所が、最難関だったんですね」

 「それじゃあ行きましょう〜。いっぱい休めたから、もう平気よ〜」

 「明日は筋肉痛でしょうけどねー…小竜姫様に怒られるかな」

 リュックをきちんと担ぎ、靴紐の緩みといった最終確認を終えた一行はラストスパートとばかりに、ややペースを上げて山頂を目指す。

 「……俺って……」

 相変わらずの健二は、もうこの際無視で。


 「着きました! ここが妙神山修行場ですよ!」

 興奮したおキヌの息が弾む。ますます純度を増した霊気と空気は、標高と相まって全員の息を白く凍らせた。
 おキヌに続いて冥子も、細かった崖肌の道から門前の広場へ出て安堵のため息を吐く。梓と健二も気疲れからかなりの汗を掻いていた。

 だが弛緩した空気は長くはもたない。

 門前に到着した、という事は。

 そう、彼らは正しく生粋の番兵。

 妙神山修行場の門を守り、修行の第一の関を務め、無資格者には研磨を、有資格者には覚悟を求める…


 「「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」」


 響き渡る一対の怒号。これしきで怯む修行者なら、彼らはもちろん、この先に待つ管理人に会う資格など無い。


 「…………………あっ。えっと……阿門さんと吽門さんでしたっけ?」

 「違うわおキヌちゃん〜。確か〜……修羅の門、だっけ〜?」


 「「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!?」」


 ぽかんとこちらを見上げてから、ひそひそとあーでもないこーでもないと小声で話し合う二人の少女に、再び響いた怒号…というか悲痛な悲鳴。

 「苦狼門、じゃないですよねー…?」

 「それは難しいかも〜。誰も分からないわ〜きっと〜」


 梓と健二は、門に張り付いた鬼の顔が叫んだ事にも驚いたが…
 何故かそれに全く動じず、まるで空気でも相手にしているかのような二人のGSにこそ、驚嘆の目を向けるのだった。


 「じゃあからくり門・連獄?」

 「ある〇かんかっこいいわよね〜」


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 鬼門到着で時間切れ。小竜姫の出番は次回に持ち越しとなりました。
 オカルトがこれだけ認知されているGS世界なら、妙神山の知名度も高いですよね、きっと。建て替えに業者が入ったりもしてるし。


 ではレス返しを。


 カシム様
 誰がどうなってこういう形で終わらせたい、という展望はあるのですが、まだずっと先ですので。長々とお待ち下さい…飽きないよう努力しますので。
 横回転…躓いて、わたわたっと前方に背を向ける格好になって、尻餅でしょうか? うん、ドジっ娘だな! というか前転だと360度回ってるだろ、と血反吐を吐いた作者です。ごふっ
 梓&健二の両名、流石にいきなり妙神山修行を受けよう、とは思いません。受験前に下見に来た大学、のような。ピクニック気分ほど浮かれてませんが、それほど緊張もしていないかな。ピアノもないですし。まだ背負えません。
 久遠梓は天然のつもり、全然無かったのですが!? あれ!?
 横島の理想。これは難しい。既存キャラで彼の理想を体現出来ているのはー…いないかも。冥子と違って、複雑な想いを抱えていますからね。親父にしても、理想、と判じるにはちょっと扱いが…どちらかというと、未来の横島…タダスケのが近いかもです。


 いりあす様
 お久しぶりのレス、有り難い限りです。
 シリアス&コメディの割合は難しいですよねー。いりあす様の作品も読ませてもらってますが、とってつけたようなギャグが無く、自然な流れで両方表現出来るのは見習いたい部分であります。分けて下さい文才。
 小竜姫の霊感が何に作用したのか…! ヒントは冥子! そのまんまですね! 飛び入り参加組は見学に徹する予定ではあるんですが…展開次第ですね。
 横島の理想は、思い切りシリアスか、思い切りギャグか、どっちかに走るしかないかなー、等と思案中です。アシュタロス事変のような出来事が、理想像に影響を及ぼさないはずもないし…しかし、美女で埋め尽くされた武道館で〜…という理想もあって。難しいですね、横島は。


 柳野雫様
 横島は本当に難しい…内面の成長がこれほど書き辛いGSキャラが、他にいるでしょうか? 仕方ないので、もっと悩んで苦しんでじりじりと前に進んでもらいましょう。あるとき、ぺかっと道が拓けるかも知れません。
 ゲストのお二人は、あくまで見学。GS主要キャラと絡めるには、実力がまだ足りないのです。ピアノ背負えるようにならないと。健二が。
 冥子編ですからねー…彼女を中心にして妙神山修行は廻るのですよ。結果として修行場がどうなるかは分かりませんが。暴走出来る駒が二つ揃ってますけど。ご期待下さい(何を


 以上レス返しでした。皆様有難うございます。


 次回、本格的に修行が始まります。
 冥子は勿論、おキヌの修行はどうしようかな…のんびりお待ち下さい。


 ではこの辺で。最後までお読みいただき、有難うございました!

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