生まれた時から忌み子と蔑まれ、疎まれてきた。白い身体が忌み子の印だったらしい。あたしを産んだ親でさえあたしを嫌った。仲間にも家族にも心を許せる存在はおらず、安らいだ時間など記憶にもない。
そんなあたしが一族に絶望したのは、生を得て十五年ほど経った時。そしてその絶望が神族という枠に及ぶまで、さらに十年。
結局神族として生を得たあたしは、たったの二十五年で魔族になった。わかりやすく人間の年齢に言い換えるなら、まだ乳飲み子に等しい頃だ。
身体が白かった。ただそれだけで、あたしの運命はそこまで狂った。
ただそれだけで、だ。
……しかし今はその身体のおかげで命を拾い、そして保護までされていたりするから運命というのはよくわからない。
これからあたしはどうなるのだろうか。
できればこれから訪れる運命が優しいものであって欲しい。今、あたしはそれほど悪い気分じゃないのだから……。
横島の部屋で天井を見ながら、あたしはそんなことを考えていた。
横島の家に保護されて一週間が過ぎた。その間あたしは段ボール箱の中、毛布に埋もれながら怠惰に過ごし……もとい、養生の為に身体を休めていた。
一週間の休養で、あたしの身体は自分でも驚くほど回復していた。その理由はここ、横島の部屋にある。この部屋には、驚くほどに霊気が充満しているのだ。
神聖さは欠片もないとはいえ、空中に混ざる霊気の密度は下手な霊的拠点並み。霊体が皮をかぶったような存在と比喩される神魔族にとって、こういった環境はまさに絶好の休息場といえる。無論、あたしにとってもそれは変わらない。
成りこそはまだまだ小さな蛇の姿をしているが、その内在霊力はここへ来た時の比ではない。今ならきっと、烏や猫に補食されるようなことにはきっとなるまい。
……言ってて自分で悲しくなってきた。
ともあれ、この部屋は弱体化しているあたしにとって、身体を回復させるには素晴らしい環境と言える。ただここにいるだけで身体が回復するのだから、これ以上はないだろう。
しかし同時に、どうにも我慢のならない問題がこの部屋にはあったのだ。それはあたしが、この部屋から出て行きたいと思うほどの問題だった。
最初この部屋に充満する霊気に気づいた時、あたしはその霊気の密度に驚いた。何故この部屋にそれほどまでの霊力が充満しているのかと、首をひねったものだった。
そして、その答えこそが今あたしを苦しめている問題だった。それがどんなものなのか、少し考えてみればすぐにわかる。問題提起はたったの二つで済むのだから。
一つ。部屋に霊気が充満している以上、それは横島が放出したものだ。その方法とは?
二つ。横島の霊力源はなんだったか?
察しがよい方は、これで気づいたかもしれない。
……そう、答えは簡単だ。奴の自家発電、それが全ての答えである。
ちなみに自家発電とはある行為の比喩だ。それがどんな意味か具体的にわからない方は……わからないままでいいと思う。うん。
まあそう言うわけで、毎日毎日、暇が出来ると猿のように奴は発電している。そりゃ部屋の中に霊気が充満するわけだ。
で、時刻は昼の十一時半。今日は仕事のない横島は、さっそく発電の準備にかかろうとしていた。
……さすがに、いい加減にしろといいたい。
嫌気の差したあたしが、部屋から脱出しようとしたのも無理はないと思う。見かけは蛇でも、性別は一応女だ。
あたしはするすると段ボールの壁を乗り越えると、奴に視線を向けないように外へと続くドアへ向かう。ドアを開ける力など無いが、以前述べた通りあたしは魔族。物体は障壁とはならない。
「あれ? どこへ行くんだ?」
あたしの行動に気配で気づいたのか、奴が声を掛けてきた。
当然のごとく無視をして、あたしはドアをすり抜けた。
外へ出たあたしは、まず眩しく暖かな陽の光に目を細めた。横島の部屋ではついぞお目にかからなかった生命の根元。太陽を苦手とする魔物や魔族は多々あれど、あたしにとってはそんなことはない。陽の光にあたしは改めて生きていることを感じた。
次に感じたのは清々しい空気の素晴らしさだった。横島の部屋に充満する霊気は魅力的だが、その霊気を内包する空気は淀み腐ったようなものだった。男の一人暮らしの部屋の空気はみんなこんなもんかもしれないが、だからこそ余計に外の空気が美味しい。
世界は美しく、生きてるってことは素晴らしい。
柄にもないことを考えながら、あたしはうきうきとした感情を否定しきれなかった。
取りあえず遠出をしてみよう。外を出歩いても、今のあたしに危害を加えられる動物はそうそういないはずだ。GSや妖怪に気をつける程度でいい。近くを散策するぐらいならば大丈夫だろう。
そう考えたあたしが、身体をくねらせた時だった。
「そうかなぁ。大丈夫かな……」
「大丈夫やて。相変わらずに薄給や。飛びついてくるに決まっとる」
あたしの耳がこちらへ近づいて来る会話を捉えた。同時に遅ればせながら、妙な霊気も感じ取る。おそらくこの会話の主のどちらかは霊的な存在だ。
その場にピタリと動きを止めたあたしは、そのまま様子を窺った。いざとなったらすぐに横島の部屋に戻れるよう準備をしながら、だ。
そして、会話の主はあたしの視界に姿を現した。
一人は人間の女だった。歳はまだ十代後半といったところか。人間の通う学校というやつの制服を身に纏い、その手には買い物でもしてきたのか、ネギの飛び出たビニール袋を持っている。これでもかと言うほど自己主張している胸が特徴的だった。
しかしそれよりもずっと目を引いたのは、おっとりとして優しそうな、それでいて芯の強そうな目の光だった。
その理由は女の隣、会話の相手にある。
ビニール袋片手にふわふわと浮きながら、女と会話している存在。その姿はラテン系の明るい格好に陽気な雰囲気を纏い、それでもなお隠しきれない貧乏くささ。
貧乏神だった。
取り憑いた対象を貧乏にするしか能のない、逆に言うならその方面に掛けては絶大な力を持つ神だ。当然取り憑かれた対象は貧乏のどん底を味わい、心はすさみ、目は腐っていくのが常である。
しかし女の目は澄んでいた。しかも貧乏神と談笑までしている。それがあたしの目を引いた理由だった。
「あ……」
女があたしに気づいて小さく声を上げた。そして隣の貧乏神を振り向き、
「見て見て、貧ちゃん。綺麗な蛇だね。真っ白……」
「真っ白な蛇は縁起がいいんやで。金運上昇やな」
「わあ、凄いね貧ちゃん。やったね」
どういう会話だ……。少なくとも貧乏神とする会話じゃない。
あたしがじとりとした視線を向けていると、貧乏神と目があった。
あたしの目を見た貧乏神は一瞬はっとしたような表情を浮かべ、そしてその目がすぅっと細くなっていく。
なにやら少々嫌な予感がした。そして、こういった予感には素直に従った方が良い事をあたしは知っている。それは長年戦士として生きてきた経験からだ。
目の前の二人から逃げるべく、あたしは横島の部屋に戻ろうと首を回す。しかしその時、部屋のドアは内側から開けられた。
現れたのは当然横島だ。その視線はドアの前にいたあたしをすぐさま捉える。
「お、いたいた。勝手にいなくなるなよ」
横島はあたしを素手で掴むと、胸に抱き上げた。一週間でこれぐらいはするようになったなれなれしい男である。
そのまま部屋に帰ろうとした横島は、通路に立つ女と貧乏神に気づいた。
「あれ、小鳩ちゃん。や、元気?」
「………」
小鳩と呼ばれた女は、その顔を朱に染めたまま横島の言葉に反応しなかった。その様子に、横島が軽く首をかしげる。
ちなみにあたしには、この女が顔を赤くしている理由はわかっていたが。
「あのな」
女の隣に立つ貧乏神が、あたしの言葉を代弁するように言った。
「トランクスいっちょの格好で、平気で外に++---出るんやない……」
それからしばらくして、あたし達は小鳩と呼ばれる女の部屋にいた。
着替えてから改めて挨拶をした横島に、顔を赤くしたままの小鳩がこう言って誘ったからだ。
『商店街のくじ引きで、高級牛肉と純米大吟醸が当たったんです。それでこれからすき焼きをしようかなって思うんですけど……横島さんも、ご一緒しませんか?』
横島がこれを断るわけがない。かくして横島はあたしを抱えたまま、小鳩の部屋にお呼ばれされることになった。……当然着替えたが。
小鳩の部屋は横島の部屋の隣だった。貧乏神も一緒に住んでいるらしいが、今までその気配に気づかなかったのは不覚だ。壁に隔てられており、かつこの貧乏神の霊圧が低いとはいえ、だ。
反省しながらも、あたしは事のおかしさを見逃しはしなかった。
そう、この貧乏神の霊圧は低い。よくよく感じ取ってみると、貧乏神とは思えないほど低い。その小さな霊圧に加え、くじ引きで牛肉や酒が当たるというのも貧乏神付きにはあり得ない出来事だ。一体、この貧乏神はどうなっているのだ?
その疑問の答えは、程なくしてわかった。
「こんな高級なすき焼きは初めてや! 本当に良いの、小鳩ちゃん」
「ええ、横島さんには一杯良くして貰ってますから。貧ちゃんが福の神になれたのも、小鳩バーガーの売れ行きが順調なのも、横島さんのおかげです。それにこの量は私たち二人にはちょっと多いし。お酒だって、料理に使うんじゃもったいないようなものだし」
すき焼きを作りながら横島へと笑いかける小鳩に、あたしは納得したように頷く。
試練を乗り越えることによって、貧乏神は福の神に反転することができる。その試練を女の代わりに横島が受け、そして見事貧乏神を福の神としたのだろう。しかし成り立ての福の神の為、その力はまだ微々たるもの。それが低い霊圧の答えというわけだ。
あれ、でも貧乏神の試練に挑戦するには、貧乏神の影響を受ける立場に無ければならないが、横島はどうしてこの女の縁者となったのだろう。血縁はないと思うのだが。
まあ、いいか。
それにしても、横島はよく正解を選ぶことが出来たものだ。あたしは試練の内容を知っているが、普通の人間はあの答えは選べないと思う。やっぱり、色々な意味で横島は馬鹿だ。
あたしが苦笑していると、件の元貧乏神が一升瓶を持った手を横島に伸ばした。
「さあさあ、飲むで!」
「おっとと」
一升瓶の中身をコップに注がれた横島は、お返しとばかりに元貧乏神に注ぎ返した。次いで小鳩を見て、
「ほら、小鳩ちゃんも」
「え!? でもわたし、未成年ですし……」
「それを言ったら俺もだよ」
その未成年の横島を誘ったのは小鳩だ。
「少しなら大丈夫だろ。今時みんな飲んでるって」
「そうやそうや。それに外で飲んでるわけでも、これから何か運転するわけでもない。問題あらへんて」
「そ、そうかな」
横島に続いて貧乏神にも進められ、小鳩はおずおずとコップを手にした。そこに横島が半分ほど一升瓶の中身を注ぐ。
それが終わると、横島は最後に手酌で醤油皿に酒を入れた。
「なんや?」
「こいつの分だよ」
怪訝そうな顔を浮かべる貧乏神に笑みを浮かべ、横島は隣でとぐろを巻くあたしの前にその醤油皿を置いた。
正直、少し嬉しい。竜や蛇の類は、おしなべて酒好きだ。あたしも例外じゃない。
「それじゃ、乾杯だぁ!」
横島のかけ声の元、空中でガラスの鳴る音が響く。
そして宴会は始まった。
「こらうまいこらうまい!」
「その肉はわてのやで!」
餓鬼のように食って飲む横島と元貧乏神と、それを楽しそうに見る小鳩。あたしは首を伸ばして醤油皿に入った酒を舐めながら、その様子を眺めていた。
こういった空気はあたしが今まで味わったことのないものだ。
悪くは、ない。
そうこうしている内に話も弾んでいく。横島と小鳩は、出会った頃の話や最近の出来事などをお互い話していく。それはあたしにとっても興味深い話だった。敵としてしか認識していなかった横島のことを、多少なりとも知ることができるからだ。
やがて幾ばくかの時が経ち、あたしが醤油皿の酒を舐めきった頃、顔を赤くした小鳩がにこにこと笑いながら横島に訊ねた。
「ところで、この蛇さんはどうしたんですか?」
おそらく話題に上るだろうと予想していたあたしは、興味なさそうに畳の上でとぐろを巻く。
「ああ、こいつ? こいつはさ、夜中に俺の部屋に迷い込んできたんだよ。一目で人外ってわかったけど邪気はないし、弱ってたから保護したんだ」
「そうなんですか。わたし蛇ってあまり見たこと無いんですけど、この蛇は凄く綺麗な気がします」
「そうだろ? でもそれだけじゃないんだ。結構可愛いんだよこれが」
横島のこの言葉に、あたしは思わず勢いよく横島を振り返った。
何を言い出すんだこの男は……。
「普段段ボールに入れてんだけどさ。こう手を入れるとな、すり寄ってくるんだ。で、舌でちろちろ舐めてきたりして。なんかこう、可愛いんだよ!」
笑いながら力説する横島に、あたしの顔はみるみるうちに熱くなる。
「他にもさ、目が覚めたら俺のことを探してさ、俺の姿を確認したら安心したようにまた眠ったりさ。もうなんつーか、いいんだよ!」
待て、待て!!
違うんだ! あれはそういう、親愛の意味なんざ欠片もないんだ! ただ横島の身体にまとわりつく霊気を吸収していただけで、他意は全くない。本当だぞ!? それに横島の姿を探しているのだって、あくまで警戒心だ。勘違いするな!
「それにな……」
黙れ。もうしゃべるな!
聞く相手もいない言い訳を胸の内で並べていたあたしは、なおも口を開く横島を尾でばしばしと叩く。
「いててて。……なんだよ」
横島はあたしに目を向けると、無造作にあたしをつまみあげた。
「暴れるなよなー」
そう言いながら横島は、胡座をかいた足の上にあたしを置いた。そしてなおも暴れようとするあたしを宥めるように、そっとあたしの身体を指先で撫でる。
その扱いに憮然とした表情で横島を見上げると、優しげな目がこちらを見ていることに気づいた。その途端暴れようとする気持ちが霧散したのだから、不思議なものだ。
あたしは身体の力を抜いた。弛緩した身体に横島の体温が心地よい。他人の体温に安心を覚えるなんて、あたしの人生の中では今のところ横島だけだ。
「それでな……」
横島は再び小鳩達と会話を始めたようだ。その声をあたしは横島の足の上で聞いた。
しばらくそのまま聞いている内に、やがてあたしの瞼が重くなって来た。酒を飲んだこともあるだろうが、この場所が気持ち良すぎることもあるだろう。
あたしを撫でていた手は、今はあたしの身体に置かれている。まるで包まれているかのようだ。凄く安心する。
その安心感も手伝ってか、沸き上がってくる欲求に素直に従いたくなった。そして、そうしたところで別に何か問題があるわけではないのだ。
あたしは身体を少しよじり、より横島の体温を感じられるように体勢を調整すると、そっと目を閉じた。
安らかな眠りは、あっという間にあたしの意識を包んだ。
どれほど時間が経っただろうか。長いような気もするし、短いような気もする。
あたしの意識は、何かにひっぱられるようにしてゆっくりと浮上していく。段々と覚醒していく感覚が、身体に触れる温かな感触をあたしに伝えた。それは包まれるような安心感を伴う感触だ。それがなんなのか鈍い頭でとろとろと考え、やがてそれが横島の体温だと思い出した時、あたしの意識は覚醒した。
小鳩の部屋はだいぶ静かになっていた。時計の秒針がたてる音がはっきりと聞こえるし、眠る前の明るく騒がしい雰囲気もない。宴会は既に終わりに向かい、今は静かに飲んでいるところのようだった。横島がグラスを傾ける動作があたしに伝わってくる。
視線だけを動かしたあたしは、ふとテーブルの下から小鳩の顔が覗いていることに気づいた。その顔は赤く、瞼は閉じられている。どうやらあたしが眠った後で酔いつぶれたらしい。少し髪を乱して横になる小鳩は、あたしから見てもなかなか女の魅力があった。
小鳩の寝姿は横島からは位置的に見えないだろう。その事にあたしはほっと息をつき……何故ほっとしなけりゃならないのか少し憮然となる。
こんな所にいるからだ。だから妙なことを考える……。
そう考えたあたしが横島の足の上から退こうとした時、テーブル越しに貧乏神が口を開いた。
「なあ、横島……」
その貧乏神の声色にあたしは動くのをやめた。
貧乏神の雰囲気が妙だと感じたのだ。動くのをやめて、眠っているふりをしながら聞き耳を立てる。
「あんさん、わかっとるんか?」
「なにが?」
「決まっとる。あんさんの足の上にいる、その蛇や。あんさんがどう考えとるかは知らん。せやけどな、そいつはただの蛇やないで?」
その指摘にあたしはどきりとした。
嫌な予感がした。それは、アパートの通路で貧乏神と目があった時に感じたものと同じ不吉な予感だ。
ことり、とグラスを置く音が聞こえた。そして横島が笑って応える声。
「こいつがただの蛇じゃないことぐらい知ってるよ。霊気を糧にする蛇なんていやしないもんな」
「そうやない。その蛇がただの蛇じゃないことぐらい、ちょっとでも霊能がある奴ならわかるやろ。せやけど、わいが言いたいのはそんなことやない。その蛇が……妖怪でもないことに気づいておるんかと聞いとるんや」
今度こそあたしの全身から血の気が引いた。貧乏神が何に気づいているのか、何を言いたいのかがわかったからだ。
そしてあたしが予想した通りの言葉を、貧乏神は口にする。
「その蛇が魔族やと気づいておるんかと聞いてるんや……」
あたしは思わず叫びそうになった。黙れと言いたかった。
しかし実際のあたしは何も出来ない。硬直したまま、息をするのも苦しい。
もう聞きたくない。言って欲しくない。しかし貧乏神は続ける。あたしが今どんな気持ちなのか知りもせず、横島に告げる。告げてしまう。
「魔族がどんな存在か、それをGSであるあんさんが知らんとはいわんやろ。今は弱っているようやから大人しいかもしらんが、これから先はどうなるかわからん。寝首をかかれることもありうる。それを、わかっとるんか?」
言うまでもなく魔族は人間の敵だ。今の神族に成り代わって表の覇権を得る為に、この世界の秩序を乱し、滅ぼす事を目的とするのが魔族なのだから。
デタントによって神族と魔族の関係が見直されているとはいえ、古来より魔族は神の敵。引いては人間の敵だった。当然、GSにとっても相容れない仇敵だ。
そして横島はGSであり、あたしは魔族なのだ。
もちろん今のあたしは、横島に危害を加えようなどと考えもしない。しかし一度は横島を殺そうと狙った。それは確かな事実だ。
貧乏神の言葉に、嘘はない。
ふと、脳裏にどこへ行っても疎まれ、排斥され続けた過去が浮かんだ。もう遙か昔のこととはいえ、その時のことは鮮明に思い出すことが出来る。あたしが魔族となった根元がそこにあるのだから。
あの時と同じ事が起きるのだろうか。横島に、あたしは追われるのだろうか。
そう考えると、あたしの身体は小刻みに震え始めた。これでは横島に気づかれると思っても、自分ではどうしようもない。
恐い。……その時、あたしは素直にそう認めた。
あたしは、横島に嫌われ追われることが……とても、恐い。
「………」
その時、震えているあたしにそっと優しく触れるものがあった。それはあたしの震えを落ち着かせるかのように、ゆっくりとあたしの身体を撫で始める。
横島の手だった。温かく、優しい手だった。
横島はあたしが起きていることに気づいている。そしてあたしが貧乏神の言葉を理解していることにも、おそらく気づいている。気づいていてなお、横島はあたしに優しく触れてくれている……。
横島は貧乏神に言った。
「こいつが魔族だって事は、知ってるよ。あの夜、俺はこいつに襲われたんだ。その時、明らかにこいつの気配には魔族特有のものがあったからな」
「……知ってて、飼っとるんか!?」
貧乏神の驚いた声が部屋に響く。
しかし実際には、あたしの方がよっぽど驚いていた。ただの蛇じゃないとは思われているだろうが、魔族であることに気づかれていたとは思っていなかった。
魔族だと思われていないから、あたしを助けたのだと思っていた。邪気がないなどと言ったのだと思っていた。
「正確には飼ってるってより、保護ってのが近いと思うけどな」
「それでええんか!? 何度も言うが、魔族やで!? しかも襲われたんやろ!」
「こいつに会った夜、こいつは酷く弱っていたよ。凄くびくびくしているような感じもした。……恐い時は誰だって攻撃的になるだろ」
魔族に襲われたという事実を、横島は大したことではないように言った。そこからは、あたしに対する嫌悪の情も感じない。
横島はさっきからずっとあたしの身体を撫でている。なで続けてくれている。安心していいとでも言うように、あたしに触れてくれている。
「こいつは、悪い奴じゃないよ。魔族だろうがなんだろうが、それだけで十分さ。俺の所がこいつにとって安らげるなら、ずっとここにいていい。拒む理由なんて無い」
横島の言葉が優しくあたしの胸を打つ。視界が歪み、熱いものがあたしの目からこぼれ落ちていく。
それに気づいているのか気づいていないのか、横島が取って付けたように言った。
「それに……こいつ可愛いしな。俺としても結構楽しいんだよ」
それを聞きながら、あたしは小さく震えていた。恐怖ではなく、嬉しくて震えていた。
そんなあたしを、横島はやっぱりなで続けてくれた……。
あたしは、生まれた時から忌み子と蔑まれ、疎まれてきた。白い身体が忌み子の印だったらしい。あたしを産んだ親でさえあたしを嫌った。仲間にも家族にも心を許せる存在はおらず、安らいだ時間など記憶にもない。
でも、今は違う。
白い身体も、魔族であるという事実も彼は気にしなかった。
あたしのことを悪い奴じゃないといい、可愛いとさえ言い、あたしを優しく抱きしめてくれる。安らぎを与えてくれる。
もし運命の神がいるのなら、あたしは今こそ心の底から祈りたい。
どうか、これから訪れる運命が優しいものであって下さい。今あたしは、生まれて初めて幸せとはどういうものか、知ることが出来たのだから――。
あとがき
またまたお久しぶりです。テイルです。
相変わらず誰とはいいませんが、蛇姉様の続きです。
楽しんで頂けたら嬉しいですね。
それにしても第二話目で既に、「憂鬱」って何? ってな感じに。
あ、自家発電があるか……。
>はにわ様
続きでございます。
長編というわけではないですが、後一話か二話ぐらいは続くかもしれません。
量的には全部あわせても、短編?
>読石様
拙作に出てくる横島は、なかなか狸です。
本当はどこまで気づいているのでしょー?
それは作者にもわからない……。
>案山子な名無し様
原作の悪役っぷりは欠片もなし。
神族と魔族の違いって、結局何なんでしょー。
いいのかな、こんな魔族……。
>旅人様
初感想ありがとうございます。
……鶴の恩返し。
機織技能はないからなぁ蛇姉様は。
ならば答えは一つ。……ふふふ。
>SS様
続きが見たいと言われれば!
書いてやるのが世の情け!
世界の平和を護るため!
あなたの欲求を満たすため!
今、必殺の!
サンアタッ……って、あれ?
混ざった……?
>Heckler様
続編でございます。
投稿の間隔がまたあると思いますが、お付き合いくだされば幸いなり。