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「DAWN OF THE SPECTER 17(GS+オリジナル)」

丸々&とおり (2006-12-02 03:13)
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「さぁてと、そろそろ開演か。
どうだ、タイガー。仕込みはもう終わってんのか?」


「各種の霊的なトラップも仕掛け終わったし、控え部屋付近のテレパス・トラップもすでに設置済みジャー。
それにしても、予想通り会場の警備は厳重みたいジャな。
不審な奴は入場すら無理ジャろうし、ワシらの出番は無いかもしれんノー。」


雪之丞とタイガーの視線の先では、続々と詰め寄せ始めた客達が一人一人厳重なチェックを受けていた。
警備員は鞄やカメラ等の機械類の中身まで透視が出来る、特殊な改造を施した霊視ゴーグルを身に付けている。
これなら危険物の持ち込みはまず不可能だろう。

対テロ対策とはいえ、来ている客の大半は善良な市民であり、あまりに厳重なチェックに時折反発する者もいたが、そういう場合は有無を言わさず何処かへ連行されていった。
コンサートチケットにもその旨明記してあったとはいえ、流石は美神が手配した警備会社。少々強引だが手際が良い。


「……良し。この感じなら、外は連中に任せておけば問題無いだろう。
それじゃ、俺達は中の警護に移るとするか。」


タイガーも頷き、二人は関係者用の裏口から会場の中へと戻って行った。


「まったく、人が多すぎるわね……『入り口で待ち合わせ』、だけじゃアバウトすぎたかも……
でも中に入っちゃうと余計わからなくなりそうだし、出来たらここで合流しときたいんだけどなー。」


うっかりしていた、といえばそれまでだが、何万人も収容する会場の入り口はそれなりの広さがあり、細かい場所を指定しなかったことが今更ながら悔やまれる。
周囲を埋め尽くす人、人、人の群。
タマモはほとほとうんざりしながら溜め息をつく。
開始時間まで後まだ3時間もあるというのに、既に周囲は期待からくる熱気に包まれていた。
人が多いためか、それとも暑さで集中できてないためか、妖狐の感覚でも待ち合わせの相手が何処にいるか掴み取れない。
こんな事になるなら、群集による熱気が立ち込める会場の近くではなく、もっと別の場所で待ち合わせをするべきだった。
人ごみなど好きではないし、いるだけで体力を消耗してしまうので、タマモとしてはさっさと中に入りたかった。
一人で人を待っていることに気付いた軽そうな連中が、何かと声をかけてくるのも鬱陶しい。
気を入れた目線で追い払うこと数度、ふつふつ苛立ちが募りつつある頃、ようやく待ち人が現れた。


「すまぬ、タマモ。待たせた!」


出来るだけ急いでここまできたのだろう事が、その乱れた息と額に浮かんだ汗からわかる。
うなじに張り付いた銀髪がタマモの目からもやけに艶めかしく映る。
全く、あのシロがねえ。
タマモは思いつつも


「ったく、遅いわよ。この暑い中どれだけ待たされたと思ってるのよ。」


乱れ髪を手櫛で整えながら頭を下げるシロに、不機嫌そうに口を尖らせた。
だがその言葉の内容とは裏腹に、尖らせてはいても整った顔立ちのせいか、それほど怒っているようには見えない。
取り敢えず、文句を言えばそれで満足なのだろう。
シロもタマモの性格は理解しているらしく、軽く謝っただけで済ませていた。


「で、もしかして仕事の途中に抜け出してきた?」


パンツスーツ姿のシロに気付き、タマモが首をかしげる。
一応、今日は仕事はオフだと聞いていたのだ。
横島も来るというのに、上下黒でインナーは白のYシャツという、どうにも色気の無い姿だった。


「う……いや、確かに今日はオフだったのだが……
仙台の方で、また魔獣の大量死が発生したらしくて……」

「どうせ横島に見せるんなら、ボタンの一つも外してくればいいのに。あんたなら、内圧でボタン弾くくらい出来るでしょうに」

「内圧……?」

シロは自身の胸をちらと見やり、その意味を悟ったのか首筋が真っ赤に染まる。
気づけばYシャツのボタンがほつれて外れかけ、谷間がそっと覗いていて、それが余計にシロを恥じらわせた。


「……好きでこうなったのではござらんよ。」

「事実は事実でしょうに。」


細身ながらも理知的な雰囲気を纏い闊歩するタマモと、野性的かつ情感的なシロは好対照で、周りから見ていると目立つことこの上ないのだが、二人は気づかずしばらく口論を楽しんだ。

「肉ばっかり食べてるから、つかなくてもいいお肉がつくのよ。野菜食べなさい、野菜。もしくはお揚げ」

「お揚げはタマモの趣味ではないのか?
まあ最近は野菜もきっちり食べているでござるよ。確かに肩がこって仕方ないでござるゆえ、なんとかならんかとは思うのでござるが……」

ふう、とため息をつくとシロは物憂げに肩に手をやりもみほぐす。
別に野菜を食べたからといって、既に育ってしまった物はどうしようもないだろう。
それにその肩こりは、別にあんたの胸のせいだけじゃないでしょうにとタマモは同情の声を上げる。

「で、コンサートが終わったら直行なんだ、あんた」

「……そうでござる」

「でも、良かったの?そういう場合ってすぐに直行しなきゃマズイんじゃ?」

多少頭を切り換える余裕が出来たのか、シロが勢いをつけて頭を上げた。

「それがピート殿が、終わってからで構わない、と言ってくれたでござるよ。
だが、せっかく今夜は先生のバイクでドライブの予定だったというのに……」


悔しそうなシロとは対照的に、タマモはどこか嬉しそうだ。


「ふーん。まあ、横島とのデートはどうでも良いとして。
仙台に行くなら、お土産はずんだ餅をお願いね。」


「どうでも良くない!
仕事ばっかりでちっとも逢えないでござる!」


あっさりと横島の話題を流そうとするタマモにシロが声を上げる。
予想通りの反応に、タマモは満足そうに笑いながら手を振って前言を撤回する。
全く、あいつの事になると、いつだって本気なんだから。


「ハイハイ、私が悪ぅございました。
そんな事よりお土産忘れないでよ?」


タマモの軽口と、それに反論するシロ。
いつものやり取りを交えながら、二人は会場に入っていった。


週末で渋滞気味の道路を、車の間を縫いながら一台のバイクが軽快に走り抜けていく。
丸いフロントライトを二つ並べた、特徴的なデザインの真紅のスポーツバイクだった。
シールドにスモークが貼られた、フルフェイス型のヘルメットの奥で、横島はこれからの流れを頭の中で何度もシミュレーションしていた。

この四年間、アメリカに渡り色々と無茶をやってきた。
だが、これからやろうとしている事は、この四年間の修羅場を合計してもお釣りがくるかもしれない。
世界的なVIPへの違法な接近――――もしも発覚すれば、タダで済むはずはない。

だが、退くつもりも無い。
痺れるほどの緊張感で縮こまりそうな自分に言い聞かせるようにそう呟くと、アクセルを握り締め速度を上げた。


「おい、今のバイク見たか。」


「あぁ?すり抜けていった赤いヤツか?」


「そうだ。ナンバープレートは見えたか?」


「いや。気にしてなかったが、どうかしたのか。」


覆面パトカーに乗り込んでいたパトロール中の二人の刑事。
その内の一人が、走り去っていった横島のバイクを視界の隅に捉えていた。


「先月、パトカーに攻撃を仕掛けた若い男。覚えてるだろう。
その犯人が乗っていたのが、確か赤い外車のバイクだった筈だ。
さっきのバイクも日本製の物ではなかった……ただの偶然なら問題無いが、一応な。」


それを聞いたもう一人の刑事も、思案顔で懐から携帯電話を取り出す。


「この先はお台場……確かに、万一に備えて本部に報告しておいた方が良いだろうな。
もしも今のがその犯人で、今夜のコンサートが狙いなら大変な事になる。」


本部と連絡を取る、真剣な表情の刑事達。
コンサートの警護は幾重にも敷かれていた。
あの時横島が蒔いた種は、最悪のタイミングで芽吹こうとしていた。


混雑した入場口から少し脇、関係者入り口から会場入りしたシロとタマモは自分たちの席に辿り着いていた。
二階に設けられたそこはいわゆるBOX席と呼ばれる貴賓室で、会場を一望出来、かつゆったりとコンサートを楽しむことが出来るだろう。
今日のような人気の高いイベントの際はいくら金を積んでもそう簡単には手に入らない席だった。
よほど社会的地位の高い人間でもなければ、一生縁が無いかもしれない。
久方ぶりのおキヌとの再会、直接顔を合わせるのはコンサート後になるとはいえ、最高の席を手配してくれた美神に二人は感謝した。
まだ開演までかなり時間があるためか、シロとタマモ以外の姿はBOX席に無い。

巨大な一枚窓から会場を見渡すと、円形の会場にはギッシリと椅子が設置され、既にある程度埋まりつつあった。
会場の中心には同じく円形の舞台が配置されており、無人の舞台には多種多様な楽器が並べられている。
金色に輝くトランペットやトロンボーンといった吹奏楽器や、価値は知らなくとも何となく高価そうに見えるヴァイオリン等の弦楽器。
そして舞台の中央には巨大なパイプオルガンが鎮座しており、それを囲むように他の楽器が配置されていた。
それらの他にも、シロとタマモには判別できない楽器が多数用意されている。


「もしかして、クラシック音楽のオーケストラみたいな感じなのかしら。
うーん、参ったな……眠くならなきゃ良いんだけど……」


「ふむ……拙者はおキヌ殿のコンサートと聞いていたのでござるが。」


二人は音楽関係は詳しくないのだが、その中でもクラシック音楽は特に縁が無かった。
椅子が並べられているだけの一階客席とは違い、シロ達が居るBOX席は10台近く並べられたテーブルを囲むように椅子が設置され、見ようによってはバーのように見えなくも無い。
恐らく、頼めば酒や食事を取る事も出来るのではないだろうか。
部屋の内装を眺めるのに飽きたのか、タマモがテーブルに並べられたオペラグラスを手に取り遊ぶ。
つと、口をついて出た台詞があった。


「ね、シロ。あんた、なにかこの建物に妙な気配を感じない?」


この会場に足を踏み入れてからタマモはずっと違和感を感じ取っていた。


「集中できないというか、何かに纏わり付かれているというか……」


「ああ。これは恐らく対霊ジャミングが作動しているでござるな。
最近ではあまり珍しいものではないのだが、タマモは知らぬのか?」


窺う様子のタマモに、シロは拍子抜けしたとばかり肩をすくめる。
だが、これはタマモが無知という訳ではなく、二人の活動する場所が違う以上、経験からの知識に差異が生じるのは仕方の無い事だった。
オカルトGメンとして官庁や行政施設に出入りする機会も多いシロと違い、タマモの仕事はあくまでも事務方であって、行動範囲はかなり狭い範囲に限られているのだから。


「これは霊能テロには有効な防衛策でな。試しに狐火を出してみるでござるよ。」


公共の場で狐火を使う事は神父に固く禁じられている。
渋るタマモに、シロは大丈夫だからと促す。
シロの自信あり気な様子に、タマモは躊躇いながらも狐火を出そうとする。
だが、霊力を集中させてもその手の平には何も現れなかった。


「あ、あれ?何で?」


「心配せずとも、拙者の霊波刀もここでは使えんでござる。
まあ、拙者達なら本気で出そうとすれば出せるかもしれんが……」


出せても不安定なものが限界だろうと変わらない調子で続けるシロだったが、タマモは一歩引くと険しい表情で周囲を見渡した。
その理由がシロには一瞬わからなかった。
だがすぐに不安の原因を察し、シロはそっとタマモの肩に手を置き優しく声をかける。


「大丈夫。もうお主を追い立てるような者はおらぬよ。
仮にいたとしても、拙者がお主を守ってやるでござる。」


「べ……別に、怖い訳じゃないわよ!
ただ、もしこんな所で何か霊障が発生したらどうするのかと……そう、思っただけ……」


声を上げ、まるで自分を鼓舞するように否定するが、その声色は決して強いものではない。


「ただ……それだけ……」


目を伏せ、自分の体を抱くように組んだ腕はかすかに震え、その表情は明らかに青ざめていた。
現世に復活した直後、まさに狩られる寸前まで追い立てられた経験は、そう簡単に忘れられるものでは無い。
普段の生活でそれが表に出る事は無い。それは過去を忘れたからでは無く、偏に成長した自分の能力なら何者にも負けないと信じているから。
それが――完全にでは無いとは言え――封じられた今、過去のトラウマが表に浮かび上がってしまうのは仕方の無い事かも知れない。

シロが何か声をかけるべきかと迷っていると、蝶番の軋む音と共に背後の扉が開いた。
弾かれたようにタマモが振り返ると、そこには漆黒の一本杖をついた老人が立っていた。
老人は二人に気付くと、穏やかに微笑み、ゆったりとした歩調で歩み寄る。


「今晩は、犬塚シロ君。唐巣タマモ君。
私もお邪魔させてもらうが、構わないかね?」


自分の事を知っている様子の老人に、シロは曖昧な返事を返すだけだった。
会った覚えの無い相手に、怪訝な表情のシロとは違い、タマモは微かに後ずさっている。
タマモの苗字――といっても神父の物を借りているだけだが――を知ってるという事はGS協会の人間なのだろう。
そう判断したシロは、タマモに紹介してくれるよう目で訴える。


「……今晩は、東堂支部長。
こんな所でお会いするとは、思いませんでした。」


タマモの口から出た名前に、思わずシロは姿勢を正す。


「失礼いたしました。初めてお目にかかります、東堂支部長」

敬礼をし、畏まるシロに東堂は優しく微笑んだ。


「そう畏まらなくて良い。今はプライベートな時間なのだから。
それに、そもそも君の所属はオカルトGメンなのだし、私に遠慮する必要は無いだろう。」


撫で付けられた白髪は、獅子のたてがみを連想させる。
だがその深い皺が刻まれた表情は穏やかで、威圧するような雰囲気ではなかった。
仕立ての良いダークグレーのスーツに身を包むその姿は、未だ現役と言われても納得してしまいそうな程に若々しい。
杖を使っているようだが、別段足腰が弱っているようにも見えなかった。


「……お会いしたのは初めてだと思うのですが、何故拙者の事を?」


当然の疑問に、東堂は苦笑いを浮かべる。


「ああ、これは失礼だったかな。どうか気を悪くしないでもらいたい。
ただ、私は君達に期待しているのだよ。君達は人と妖が共存できる事を示してくれたのだからね。
もちろん、君の先輩のブラドー捜査官の活躍もよく耳に入ってくるよ。」


その言葉に、照れたように頬を染めるシロとは対照的に、タマモは一定の距離を保ったまま近付こうとしない。
東堂が近付けば、近付いた分だけタマモは後に下がる。まるで怯えるかのように。
そして、それに気付かないほど、東堂の感覚は鈍くなかった。


「唐巣君。どうかしたのかね?」


無論、この場合の『唐巣』とは、神父の事ではなくタマモを指している。
壁を背にし、これ以上下がれなくなっているタマモに、東堂がさらに一歩を踏み出そうとする。

だが、タマモと東堂を結ぶ線上に、シロが着席を勧める素振りで割り込んだ。
割り込むといっても、相手に失礼にならない程度の極々さり気無い動き。
だがそれは東堂の足を止め、タマモと一定の距離を保持するには充分だった。


「東堂支部長、まずはお座りくだされ」

「……ふむ」

東堂の視線がタマモを捉える。
不安げな瞳は、きょときょと落ち着かない様子だ。
それを感じ取ったのか、シロが東堂になお着席を促しつつ説明する。


「彼女は今、少々神経質になっているのでござる。」


確かに、タマモの表情は強張り、顔色も優れているとは言い難い。


「さて……私が何か気に障るような事でも?」


「いいえ、貴方に非が有る訳ではござらん。
ただ、タマモは対霊ジャミングが施されている建物に足を踏み入れたのはこれが初めてとの事。
どうか、御理解願いたい。」


シロの物腰や口調は丁寧だったが、その眼差しは射抜くように鋭い。
タマモを守護するかのように自分の前に立ちはだかるシロ。
今のこの構図から全てを理解した東堂は、何も言わず背を向け、二人から一番離れたソファーに腰を下ろした。


「既に現役を退いた私に、君をどうこう出来るとも思えないが……これだけ離れていれば安心かね。
どうしても君が安心できないというのなら、私は別室に移っても構わないが?」


東堂の、まるで憐れむような言葉に、怯えよりも怒りが上回った。


「私が、怯えているとでも言いたいの……!?」


歯を噛み締め、東堂を睨みつける。
その姿に、何時も纏っている冷淡な空気は微塵も存在しなかった。
珍しく熱くなっているタマモを、シロが落ち着くよう目で諭していたが、それに気が付ける状態では無かった。
ヒールの音を響かせながら、呆気に取られているシロの横を通り、東堂の隣のソファーに荒々しく身を沈める。

下手をすれば相手の気分を害しかねない行動に、シロは肝を冷やしていた。
オカルトGメン所属の自分はともかく、GS協会に属しているタマモにとって、この老人は直属の上司といっても過言ではないのだ。
だが東堂は気にしていないらしく、それどころか、目を伏せたその表情は、心の底から申し訳ないと感じているように見える。


「……君には、本当に詫びのしようも無いと思っている。
あの大霊障直後で政府が浮き足立っていたとは言え、あのような暴挙は決して許される事では無いのだ。」


予想外の言葉に、シロだけでなくタマモですら呆気に取られていた。
何故なら、東堂のような組織のトップに位置する人間は、なかんずく立場や責任に捕らわれる。
どういった形にせよ、直接こういう事を言う、それ自体が問題となりかねない。
特にタマモは、政府が肝いりで除霊しようとした対象であったのだから。


「対話すら試みず、己のエゴを押し通すような行いは恥ずべきものだ。
今後、二度とあのような事を繰り返してはいけないと思っている。
信じてはもらえないだろうが……それが私の偽らざる本心だ。」


「そんな、今更そんな事を言われても――――」


戸惑いを隠せず、タマモが言葉に窮していた時、またも背後で扉が開いた。
今度は中年の男達が数人、雑談を交わしながら入ってきた。
何者だろうかと訝しむシロとタマモに、東堂が二人にだけ聞こえる程度の小声で呟く。


「彼らは政府の役員だ。
恐らく、このコンサートが終わったら慰霊の打ち合わせをするつもりなのだろう。
彼女の本分は……この慈善コンサートでは無いのだからな。」


男達は四、五十代といった所だろうか。
シロとタマモに気付き、何やら小声で話している。
このVIP席に居るにしては、二人はあまりに若すぎるのだ。


「では、私は失礼するよ。
私が居ない方が、君も落ち着けるだろうしね。」


「――――待って。」


席を立とうとした東堂を、タマモが止めた。
視線こそ合わそうとしないが、その口調に先程の怒気は混ざっていなかった。


「……良いのかね?」


「ええ。今貴方に席を立たれたら、あいつらが寄って来そうだし。」


シロとタマモをちらちら盗み見ている男達に、東堂も納得したように苦笑いを浮かべる。
隠そうとしているようだが、二人に興味津々なのは明らかだった。
男達は小声で何やら話しているようだが、タマモとシロは聞き取れるのだろう。
シロもうんざりした表情で男達に背を向けている。

その時、ふと思い出したようにタマモがシロに囁きかけた。


「そう言えば、あのバカはまだ来ないの?」

「むー、先生はバカじゃないでござる。」

「それはいいから」

「……さっきメール見たら『少し遅れるけど心配するな』って入ってたから、その内来る筈でござるよ。」


シロとタマモは窓から会場を見渡した。
階下の席は既に満員で、熱気がこちらまで伝わってくるようだ。
既に、後数分でコンサートが開始する時間になっていた。


「……良し、そろそろ開演時刻だな。
警備の目が舞台に集中してる間が勝負か。」


頭に乗せていた帽子を目深にかぶり直し、横島がポキポキ拳を鳴らす。
横島がいるのは業者専用の駐車場。
銀一から横流ししてもらった制服を着ているおかげで、ここまではすんなりと辿り着く事が出来た。
青い作業服の上下に身を包むその姿は、傍目には出入りの業者にしか見えない。
持参したリュックを背中に担ぎ、駐車場と建物を隔てているフェンスを、まるで猿の様に軽々と乗り越える。

建物の裏手のそこは、空調設備による低音が鳴り響き、生温かい空気が立ち込めていた。
横島はその音の出所へ向け、一直線に進んでいく。雑草がまばらに生えた地面に、目当ての物は設置されていた。
大人の背丈程の巨大な鉄格子が地面にはめ込まれ、そこから低くこもった音と共に生温い風が吹き上がっている。
二つ並んだ鉄格子の内、片方からしか風が吹き上がっておらず、もう片方の鉄格子はしんと静まり返っていた。


「へぇ……修理を依頼してるって話は本当だったのか。
良し良し。これなら力業でファンを止めなくても済むし、手間が省けた。」


上機嫌で地面にはめ込まれた鉄格子を引き上げようとするが、まるで固定されているかのように、ビクともしない。


「おいおい……まさか溶接かぁ?
ちょっと勘弁してくれよー。」


情けない声を上げながら、横島は鉄格子を観察する。
どれほど力を込めても、ビクともしなかった理由はすぐにわかった。
鉄格子の四隅は鉄のボルトでしっかりと固定されていたのだ。
横島は背中のリュックしか荷物を持っておらず、そのリュックの中にも工具などは用意していない。
普通の人間なら途方に暮れるところだが、横島は安心したように顔を輝かせていた。


「なーんだ、ただのボルトかぁ。焦らせるなっての。
さすがに鉄格子の切断は骨が折れるもんな。」


静かに目を閉じ、意識を右手に集中させる。
瑠璃色の閃光が煌き、横島の右手を――霊力を圧縮凝固し篭手状の形態で発現させる――ハンズ・オブ・グローリーが包み込んでいた。
四年前のあの夜に文珠精製能力を失くして以来、ずっとこれ一本で戦ってきたゆえか今の横島は様々なバリエーションを使いこなすようになっていた。

さらに横島が精神を研ぎ澄ませると、霊力に包まれた右手首がキリキリとねじれていく。
まるで関節など存在しないかのように、横島の右手首は螺旋状に回転を繰り返す。
何も知らない者が見れば卒倒しかねない光景だが、良く見るとねじれているのはハンズ・オブ・グローリーのみで、横島の右手そのものは全くねじれていない。
そろそろ気が済んだのか、横島が手首の回転を止め、鉄格子を固定しているボルトを掴む。

一度小さく息を吸い、気迫と共に一気に吐き出す。
次の瞬間、ねじれていたハンズ・オブ・グローリーが凄まじい速さで逆回転を開始した。
一瞬で元に戻った横島の手の中には、鉄格子を止めていた筈のボルトが握られていた。
ボルトは工具で固く締められていたのだが、ハンズ・オブ・グローリーの回転力は、それを大きく上回っていたのだろう。


「名付けて『サイキック・ねじ回し』ってとこかね。
ま、隠し芸に大層な名前付けんのも、どうかと思うけど。」


ぽいと手の中のボルトを放り投げると、次に取り掛かるべく、またも右手首を回転させるのだった。


その頃、舞台裏の見回りをしていた雪之丞は、眼前に広がる光景に面食らっていた。
迷彩服を着こんだ『幽霊』の一個小隊が舞台裏に整然と陣取っているのだ。予想外にも程がある。
自分達以外に護衛を雇わなかった理由が、今この瞬間ようやく理解できた。


――――雪之丞、そっちは異常無しかノー?


「あ、ああ。ある意味異常ありだが異常なしだ。」


珍しくハッキリしない物言いの相棒に、タイガーがもう一度確認する。
念波でのやり取りなので、距離が離れていても関係ない。


「それが、幽霊の護衛が配置されてやがるんだ。
確かに、これなら俺達以外に護衛を雇ってないのも頷けるぜ。
戦闘能力は大した事無いだろうが、これ以上の見張りは無いんじゃねーか?」


ここは舞台裏だが、正確には舞台地下という方が正しかった。
ここにある階段を登れば、舞台に出ることが出来るのだ。
逆に言えば、ここを通らない限り舞台に登る事はできない。

客席から舞台に上がる事も出来なくは無いが、そんな事をすれば天井で待機している美神の餌食になるだけだ。
遮蔽物が無い舞台周辺で妙な真似をした日には、美神のスナイパーライフルが黙っていないだろう。
あの旦那は必要なら躊躇わずに発砲する。雪之丞はそう確信していた。

雪之丞が次の見回り箇所に移動しようとしていた時、通路の方から靴音が響いてきた。
楽屋から舞台裏へと続く道を歩いてくる人物など、一人しかいない。
挨拶の一つでも交わしたい所だが、自分は依頼で来ているのだ。
プロらしからぬ行動は慎まなければならない。

とは言え、わざわざ逃げるように今すぐこの場を離れる必要は無い。
むしろ、依頼人をしっかり見送る方が正しいプロの在り方だろう。
その際依頼人から話しかけてきたなら、多少話をしても何の問題も無い筈だ。
別にそんな言い訳をする必要も無いのだが、雪之丞は自分を納得させるように頷いている。

そして、遂に雪之丞の前におキヌが姿を現した。
しっとりと艶を湛えた黒髪に思わず息を呑む。
神々しく輝く白衣に、見ているだけで胸が温かくなるような朱色の袴。
それに半透明の薄絹のような羽衣を羽織った幻想的な姿は、この世のものとは思えぬ程に雪之丞の心を捉え、呆けたように見惚れる事しか出来なかった。

その時、立ち尽くす雪之丞に気付き、おキヌが笑顔を浮かべながら歩み寄ってきた。
どう声をかければ良いかわからず、口ごもっている雪之丞に、おキヌは深々と頭を下げる。
おキヌと向かい合う雪之丞の表情が強張り、咽喉が動き唾を飲み込んだ。


「今晩は。私の護衛をして下さるのだと聞きました。
どうか、本日は宜しくお願い致します。」


おキヌが浮かべているのは穏やかな微笑み。
包み込むような慈愛を湛え、それを向けられれば誰であれ、高揚を抑える事など出来ないだろう。
非の打ち所の無い所作。だが、そこに――――

おキヌは去り際にもう一度頭を下げ、舞台へと続く階段へと消えていった。
一人残された雪之丞は、その後姿を無言で見送っていた。
先程のおキヌの眼差し――――だが、果たしてそこに雪之丞の姿は映っていたのだろうか?
おキヌの瞳は目の前の男を映していた。
だが果たして『雪之丞』だと認識されていただろうか。


「今のは……本当に、おキヌなのか……
それに、あの他人行儀な言葉……俺だと気付かなかったってのか……?
いったい、何がどうなってやがるんだ……」


握り締めていた拳を開くと、そこにはじわりと汗が浮かんでいる。
興奮したからではない。おキヌが近付いてきた時、雪之丞が抱いた感情は畏怖と呼ぶべきものだった。
おキヌの霊力が以前より高まっているという訳では無い。肌で相手の霊力を感じ取れる雪之丞が見誤る筈も無い。
だが、先程おキヌと向かい合い感じたのは、まるでとてつもなく巨大な何かと対峙しているような圧迫感。
背中を伝う嫌な汗に、雪之丞は小さく舌打ちしその場を後にした。


地下の楽屋に近い一室。今日は荷物すら置かれず、誰にも使われていない。
天井のパネルが一つ音も無く外れ、ひょいと男が顔を覗かせた。
改めて部屋に誰もいないことを確認すると、身軽な動きで床に飛び降りる。


「見取り図の通りか。銀ちゃん様々やね。」


青い作業服姿の男――――横島である。
通風孔から建物に潜入し、天井裏伝いにここまで移動してきたのだ。
血管のように張り巡らされた通風孔は、そう簡単に繋がっている先がわかる訳ではない。
だが横島は事前に銀一からこのアリーナの詳細な見取り図を手に入れていた。
今では警備員の詰め所から階段の位置、果てはトイレの数や部屋の数すら諳んじる事ができた。

目的地に向かうべく部屋を出ようとするが、何と扉に鍵が掛かっていたようだ。
いくらドアノブを回してもガチャガチャと音を立てるだけで、扉を開ける事は出来なかった。
通常、室内からなら鍵を解除する事が可能なのだが、この部屋の扉は特殊な造りになっており、部屋の内外を問わず、鍵が無ければ開けられない構造になっているようだ。
やれやれと首を振りながら、横島は扉の鍵穴を覗き込む。


「この部屋は荷物置き場みたいだし、盗難対策か?
御丁寧にディンプル錠なんか付けてやがる……
まあ、扉をぶち破るって手もあるけど、目立つような事は避けなきゃな。」


うむ、と頷くと、先程と同じように右手に意識を集中させる。
だが今回は何も変化が現れない。ぐるりと周囲を見渡し、横島が渋い顔で愚痴をこぼした。


「しかも対霊ジャミングまで施してあるとは……ったく、やりすぎじゃねーのか?
ここはホワイトハウスかっての。」


ハンズ・オブ・グローリーを発動させるのは諦め、右手のさらに一部分、人差し指だけに全神経を集中させる。
横島の人並み外れて強大な霊力は、そう簡単に封じれるものではない。人差し指という、極々限られた範囲でなら霊力を発動させる事は可能だった。
瑠璃色に輝く指先を、まるで鍵でも挿すかのように鍵穴に押し付ける。すぐに指先から鍵穴内部に横島の霊力が侵入し始めた。
目を閉じて精神を集中し、自身の霊力が今現在鍵穴の内部でどういう形状になっているかを感じ取る。


「――――見切った!」


――――ガチャリ


錠は滑らかな音を立て、解除された。
これには流石の横島も神経を消耗したのか、額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。


「『サイキック・ピッキング』……やっぱ便利だわ、コレ。」


犯罪まがいの自分の霊能力に、思わず苦笑してしまう。
アメリカでフリーのGSとして活動していた頃、非合法ギリギリの仕事も請け負っていたためか、こんな事ばかりが得意になってしまった。
もっとも、こういう能力の方が自分の性に合っている、という自覚もあった訳だが。

扉を少しだけ開き、隙間から外の様子を窺う。
誰も近くにいない事を確認すると、足音を立てないように気をつけながら、目的地に向けて駆け出していった。

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