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「二人三脚でやり直そう 〜第二十九話〜(GS)」

いしゅたる (2006-11-27 22:42)
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「どうしたい! そんなにあたしの胸が気になるか!?」

「…………っ!」

 最初の睨み合いこそ微妙な雰囲気だったが、繰り出されたメドーサの刺叉により、その雰囲気は払拭された。

 ギン! と音を立て、神剣でその刺突を叩き落す小竜姫。メドーサは叩き落された刺叉の切っ先を、その勢いに逆らわずグルリと大きく回し、自分の手元に戻して構え直す。

「やるじゃないか。さすがは音に聞こえた神剣の使い手、小竜姫……エリートは一味違うってことだね。けど、そんなお上品な剣じゃ、あたしは倒せないよっ!」

 メドーサはそう言って、髪の毛からビッグ・イーターを生み出す。その数五匹。
 ビッグ・イーターたちは、宙を浮いて小竜姫を取り囲んだ。

「美神さん、横島さん! 殿下を連れてここから離れて! こいつは邪悪な竜族の中でも、最悪の魔物です!」

 獰猛な口蓋を開いて自分を威嚇するビッグ・イーターたちから注意を逸らすことなく、小竜姫は美神たちに指示を飛ばした。

「わかったわ! そのタレチチ蛇おばんは任せたわよ!」

「なっ……!?」

 が――その言葉に、誰あろうメドーサが敏感に反応した。

「誰がタレチチ蛇おばんだああああっ!」

 叫ぶと同時、小竜姫を囲っていたビッグ・イーターたちが、残らず美神たちに襲い掛かる。美神たちは、すぐさまボートに乗り込むと、エンジンを噴かせて急発進した。

「美神さん! 何度も何度も余計なこと言わんでくださいよ!」

「あいつのせーで私は散財したのよ! 何度言っても言い足りないわよ!」

 などと掛け合いをしながらも、ボートのスピードを上げて逃げる。

「はん! 天龍のガキ共々殺してやるよ!」

 さらに、そこに追い討ちをかけようと、メドーサが魔力砲を放とうとし――

「!」

 側面から迫ってきた神剣を察知し、魔力砲は中止して咄嗟に刺叉で防ぐ。

「お前の相手は私です! それ以上はさせません!」

「ちっ……!」

 メドーサにとっても、小竜姫はさすがに無視できる相手ではない。舌打ちをして美神たちの追撃をビッグ・イーターたちだけに任せると、正面から小竜姫と対峙した。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第二十九話 プリンス・オブ・ドラゴン!!【その4】〜


「おい! 意外に速いぞ! 追いつかれる!」

 背後から迫るビッグ・イーターたちを見て、天龍が焦って声を上げた。

「心配しないでよ! 横島クン、操縦代わって!」

「ういっス!」

 美神は答えると、横島と交代して神通棍を構える。彼女はそのままボートの後部に移動し、迫り来るビッグ・イーターを次々と打ち倒した。

「おばはん本人ならともかく、こんなザコ!」

『おめえ、人間にしちゃやるな……』

『す、すごいんだな』

 背中から聞こえるヤームとイームの感嘆の言葉に、美神は「ふふん!」と得意げに鼻を鳴らした。
 横島は、『以前』はここで余所見運転をしてビッグ・イーターの強襲を食らったのを思い出し、油断なく周囲を見回した。美神の討ち漏らしがないことを確認すると、スピードを緩めて停止。双眼鏡を取り出し、小竜姫とメドーサの戦いを遠巻きに眺めた。

「……互角ね」

「そっスね」

 同じように双眼鏡を取り出した美神のつぶやきに、横島が同意する。

 神剣での接近戦一辺倒の小竜姫に対し、メドーサは刺叉で応戦。たまに距離を取って魔力砲で攻撃するも、小竜姫は完全に見切って最小限の動きで距離を詰め、再び接近戦を始める。フェイントなどの搦め手や即興のだまし討ちなどで嫌らしく攻めるメドーサに、しかし小竜姫は真っ当な剣技でそれらをねじ伏せていた。
 その戦いは、まさに正道と邪道の一騎打ちといった様相を呈していた。

 ――ふと。

「…………あっ!?」

 その戦いの様子をレンズ越しに眺めていた横島は、重大なことに気付いた。

「何? どうしたのよ?」

「た、大変です美神さん!」

「大変って……何が!?」

 狼狽する横島に、一体どれほど重要なことに気付いたのかと、顔を強張らせる美神。
 横島は、説明を求める美神の視線を、真剣な表情で真正面から受け止め――


「キュロットスカートじゃパンチラが期待できないんです!」

「知ったことかド変態!」


 即座に放たれた容赦ない神通棍の一撃で、血の噴水を噴き出しながら沈む横島。
 確かに今の小竜姫の服装は下界用のもので、腰に履いているのはキュロットスカート――スカートに似た形状のズボンと言うべきもの――であった。横島の期待になど応えられない代物であるが、それこそ他のメンバーにはどうでもいいことである。

「……まあそれは後で追究するとして」

「今だろーが後だろーが、あんたの下らない話に付き合いたくはないわ」

 血を噴出させる傷口を押さえ、つぶやきながらのっそりと起き上がる横島に、美神は半眼で冷たい視線を向けていた。
 横島はそれには答えず、再び双眼鏡を構え、小竜姫とメドーサの戦いを観察する。

(……やっぱ、小竜姫さまが不利だ)

 彼は逆行前の記憶から、総合的にそう判断していた。
 小竜姫とメドーサでは、戦い方の方向性が180度違うため、どちらが優れているかは比較しづらい。しかし、正面からの1対1という戦いは、本来はメドーサのフィールドではないのは確かだ。
 GS試験の時しかり、香港の時しかり――策を巡らせ、入念に準備を整え、罠に嵌めて勝利をもぎ取る。場合によっては、自らが直々にとどめを刺すことだってある。それがメドーサの基本的なスタンスだ。
 対して小竜姫は、直接的な戦闘の場面において、最大の力を発揮する。武神である彼女には、眼前の敵の動作を見切る目やそれを十二分に活かせる体捌きが、特に優れているからだ。
 その二人が正面から戦えば、それは直接的な戦闘を得意とする小竜姫のフィールド。メドーサと幾度となく戦っていた横島は、彼女がまともに戦っても相当に強いことは知っていたが――それでも、この状況では小竜姫の方が有利である。
 が――問題になるのは、メドーサの底意地の悪さだ。何かしらのイレギュラーを意図的に生み出し、それを利用して有利な状況を作り出すということも、十分に考えられる。
 たとえば、人のいる場所に移動して人質を取る。たとえば、港の倉庫群を火の海にし、奇襲のために身を隠す。等々、メドーサが考えそうな手段はいくらでもある。
 そして残念なことに、小竜姫は敵の策謀を見抜く目はそれほど優れていない。戦争を司る戦神なら話は違ってくるだろうが、武術を司る武神である彼女には、戦術眼は十人並み程度にしか備わっていないのだ。
 実際、香港の時では、無関係なロープウェイに魔力砲を放ち、小竜姫が自らを盾にするよう誘ったのだ。あの時は、それが原因で小竜姫の敗北に終わっていた。

(メドーサが何かしなけりゃ、小竜姫さまが押し切れるんだけど……)

 が――横島のその懸念は、残念ながら当たってしまうこととなる。
 その折、河口の方から、一隻の屋形船がのろのろと近づいてきていたのだ。

「あっ!」

 横から声が上がる。どうやら美神も気付いたようだ。
 ちなみにその屋形船、美神が格子を爆破して下水道から脱出する際に、その場にいた屋形船だった。あの時の爆発の余波を受け、操舵系が故障して流された結果、運の悪いことに戦場に近付く羽目になってしまっていたのだが――残念なことに、それを察することのできる人間はこの場にはいなかった。

「な、何よあの屋形船! 状況が見えてないの!?」

「愚痴ってる場合じゃないっスよ美神さん! 早く護衛に向かわないと――」

「勝手に近付くやつまで面倒見れないわよ!」

「そーじゃないっス! メドーサはたぶん、小竜姫さまの隙を突いてあの屋形船を狙います! そうなったら……」

「――そうか! 小竜姫さまなら、そっちの盾に回らざるを得ない……!」

「そんなことになったら小竜姫さまの負けです! 行きますよ!」

「よし任せた! フルスロットルで行きなさい!」

 美神が許可を出すより早く、横島はボートを急発進させた。

 ――が。

 それと同時、メドーサが屋形船に目を向けるのが見えた。

「やばいっ! メドーサが気付いた!」

『俺が先行する!』

「あっ! おい!」

 ボートでは間に合わない――そう思った時、後部座席にいたヤームがそう言って、制止する間もなく飛び出した。
 ヤームはボートよりも速く飛んで行き、問題の屋形船の方に近付いていく。なんとかメドーサが攻撃を開始する前に辿り着くことには成功したが――メドーサはといえば、そんなことはお構いなしとばかりに、小竜姫の攻撃を掻い潜ってヤームと屋形船の方に右の手の平を向けた。

「しまった!」

「死になっ!」

 メドーサの声と同時、その右手から極大の魔力砲が放たれる。それは、ヤームと屋形船を巻き込んで、なお余りあるほどの大きさだった。
 それが放たれた直後――小竜姫の角が光った。
 ヤームの目前まで、魔力砲が迫る。

『あ……!』

 もはや助からない―― 一瞬の後に訪れる死を覚悟したヤームの前に、突然小竜姫が現れた。
 彼女はその背で、魔力砲を受け止める。

『しょ……! 小竜姫さま……!』

「はん! やっぱりね……そんな虫ケラどものために勝負を捨てるなんて、とんだ甘ちゃんだよ! とどめだっ!」

「させるかーっ!」

 その場にいた二人と屋形船をまとめて葬り去らんと、極大の魔力砲をもう一発放とうとしたところで――メドーサの横手から叫び声がかかった。
 彼女がそちらの方にちらりと視線を向けると、飛んでくる霊力の塊――サイキック・ソーサーが視界に入った。

「……ちっ」

 舌打ちひとつ。無造作に放たれたそれを、難なくかわす。ただし、魔力砲の発射は中断させられた。

「こっちよ! 急いで! そっちの屋形船の操縦士も!」

「へ、へい!」

 小竜姫は、最後の力を振り絞り、ボートの上へと落下軌道を修正した。続いてヤームが着地し、屋形船の操縦士も乗り込む。幸いにも、屋形船には客はいなかったようだ。

「す、すいやせん、操縦系が故障しちまって……助かりました」

「礼は後! とにかく、精霊石を……!」

 美神はそう言いながら、右のイヤリングの精霊石をブチッと引きちぎり、メドーサに向かって投擲する。それはメドーサの眼前で爆発し、彼女の目をくらました。
 倒れ伏す小竜姫は、その爆発を視界の端に捉えながら、残りわずかな力を振り絞り、上体を起き上がらせる。

「し、仕方ありません……! 横島さん、美神さん、私の装備を……!」

「え♪」

「……え゛?」

 その言葉に対する反応は、美神と横島で正反対だった。美神は純粋に竜神の装備を手に入れるチャンスだという喜び、横島は自分まで戦うということと、装備品を使った後の後遺症を恐れてのことだった。
 が――迷っている暇はない。美神は動けない小竜姫から、ヘアバンドと籠手を外し神剣を受け取ると、横島に籠手を渡して自分はヘアバンドと神剣を装備した。
 装備の終えた美神は、意識を空中へと向ける。すると、彼女の体がふわりと浮き上がった。

「なるほど……! 小竜姫さまのヘアバンドと籠手、人間が装備すると彼女と同じ力が宿るわけか!」

「あああっ……! 後遺症が恐ろしい……!」

 籠手を装備し終えた横島も、多分にビビリの入った表情で、だがしっかりと美神の後について空を飛んで行った。
 それを見たメドーサは、口の端を吊り上げ、その顔に嘲笑を浮かべる。

「はっ……何をしてくるかと思えば、クズに自分の装備を分け与えたってわけか。けど一人分の装備を二人に分けたら、その分パワーは落ちるよ? そんなんであたしに勝とうなんて、甘すぎるんじゃないかい?」

「さーそれはどうかしらね! 行くわよ年増ヘビ女っ! 私が地獄に逆落とししてやるっ!」

「……応援に徹していられたら良かったのになー……」

 直接借りを返せるとノリノリの美神に対し、とことんまでテンションの低い横島であった。


「――ていっ!」

「はんっ」

「おりゃっ!」

「よっと」

「はぁっ!」

「甘いね」

 美神の繰り出す神剣での連続攻撃を、しかしメドーサは苦もなくかわす。
 普段、神通棍で似たような立ち回りをする美神だが――空中という慣れない三次元的なフィールドで、しかも相手はかなりの格上。竜神の装具という補助があるにせよ、その戦いは大人と子供以上の力の差があった。
 そもそも、武術を極めた武神であり、なおかつ本気で戦った小竜姫でさえ、ほぼ互角だったのだ。人の身で、しかも普段は剣を使った戦闘をしていない美神が、メドーサとまともに戦える道理はない。

「構えも何もなっちゃいない。竜神の力を借りたといっても、しょせんクズはクズか」

「あーもーっ! 当たりなさいよっ!」

 神剣をかわしながら、嘲笑するメドーサ。美神は当たらない攻撃に、苛立ちがつのる。
 そして、視線をメドーサに固定したまま、背後に怒鳴りつける。

「横島ァッ! 見てないで手伝えーっ!」

「無茶言わんといてくださいよっ! 昼からずっとビッグ・イーターから逃げ続けて、霊力スッカラカンなんスから!」

「肝心な時に役に立たないわね、あんた!」

「……まー、もう少ししたら霊力も回復すると思うんスが?」

 そうつぶやく横島の方を、美神は一瞬だけ視線をずらして見てみた。そして、その視線の向かう先を一瞬で見極めると……なんだか馬鹿馬鹿しくなって脱力しかける。
 そこには、激しい動きで揺れる自分とメドーサの胸があった。

(……そーだった。こいつの霊力源はソレだった)

 とはいえ、本気で脱力するわけにはいかない。なんとか気力を奮い立たせ、メドーサに向ける攻撃をさらに激しくする。
 そして、そのまま一分ほど戦い続け――いや、遊ばれ続けと表現した方が適切かもしれない――美神はカウンターで、メドーサの刺叉を腹に受けてしまう。

「ぐっ……!?」

「だらしないね。これじゃ、小竜姫の方がもっとマシだったよ」

「何を……っ!」

 先ほどからずっと止まらない嘲笑に、いい加減美神のプライドは我慢の限界を超過していた。
 そのプライドで気力を保ち、なおも怯むことなく攻撃を続ける。

 一方、横島は――その二人の戦いに参加することなく、ずっと見守っていた。

(……眼福やのー)

 そんなことを考えながら、揺れ続ける二人の胸を凝視する。おかげで煩悩はうなぎ上り、霊力もかなり回復していた。
 美神もそろそろ持たなくなってきている。もう、戦闘に参加してもいい頃合かもしれない。横島はまず、美神の動きに合わせて死角からサイキック・ソーサーをぶつけようと、右手に霊力を集中させる。
 ――が。

(……ん?)

 竜神の籠手を装備しているせいか、霊力の集まり具合がいつもと違う。手の平に集中させようとしていた霊気が、何故か手の甲の方に集中していた。

(なんだ……?)

 初めての感覚? いや違う。この感覚は、前にも感じたことがある。サイキック・ソーサーを展開しようとして、違うものが出来上がる。
 これは――

(まさか……!)

 懐かしい。
 そういえば、と思い出す。確かに彼は、これと同じ感覚を一度味わった。
 そう――それは、香港の地下で。

 ――すなわち。
 これで出来上がるものは――

(やっと戻ってきたか――!)

 ひそかに、その身が歓喜に打ち震える。
 果たして横島が集中させた霊気は、彼が期待した通りの姿を現し始めた。
 手の甲に集まった霊気が、物質化するまで凝縮されて宝玉のようになる。その宝玉を核として、鉤爪のついた霊気の籠手がその右手に現れた。

(これぞ完全版――)

「栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)!」

 霊気の籠手をまとった右手を天に掲げ、高らかに叫ぶ。
 その大きすぎる声に、メドーサが横島に視線を向けた。美神の方も、攻撃はやめないまでも、一瞬だけ横島を見る。

「横島クン、それは――!?」

「話は後! 援護するっス!」

 言って、横島はその右手をメドーサに向け、左手をその右手に添える。

「いけーっ!」

「なにっ!?」

 掛け声と共に、栄光の手が伸びる。それは真っ直ぐメドーサの方に向かった。
 虚を突かれたメドーサは、回避行動がいささか大げさになった。その隙を突き、美神が神剣を振るう。
 だが残念ながら、美神の攻撃はメドーサの頬をかするだけに終わった。

「この……クズの分際で!」

「はん! クズクズって嘗めてるからそーなるのよ!」

 憤慨するメドーサに、啖呵を切る美神。横島はそこでやっと、美神の横に出てメドーサと対峙した。

「美神さん、だいぶへばってません? 今度は俺が前に出るっス」

「任せても大丈夫なの?」

「任せてください。メドーサの動きはもう見えてます」

「…………横島クン、偽者?」

「茶々入れんといてくださいっ!」

 珍しく――本当に珍しく、頼り甲斐のある台詞を吐く横島に、美神は怪訝そうに眉をひそめた。

「まー見ててくださいよ」

「無理はするんじゃないわよ」

「わかってますって」

 頷き、栄光の手を霊波刀状態にして構える。美神は後ろに下がり、わずかに上がり始めた息を整える。

「選手交代ってわけかい。にしても、あたしの動きが見えてるって? 面白いこと言うねえ」

「試してみるか? 全部避けてみせるぜ」

「その言葉、後悔するんじゃないよ!」

 どうせハッタリだ――嘲笑を崩さないまま向かってくるメドーサの表情は、露骨にそう語っていた。
 確かに、横島はハッタリを使うことがよくある。しかし、今回に限ってはハッタリではない。

「よっ」

 ―― 一撃。

「うわっと!」

 ――二撃。

「おわっちゃあ!」

 ――三撃。

「なんとぉーっ!」

 ――四撃。

「うひゃおぅわぁっ!?」

 ――五撃。

 繰り出される攻撃。横島は先の宣言通り、そのことごとくを避けた。だんだんと避ける声が大げさになっていたのは、メドーサの手加減が一撃ごとになくなっていたからである。

「ちっ!」

 さらに攻撃のスピードを上げ、メドーサは刺叉を繰り出す。しかし、そのどれもが、一撃として横島に当たることはなかった。

「ええい、ゴキブリみたいにちょこまかと……!」

「蝶のよーに舞い、ゴキブリのよーに逃げる! それが俺のスタイルじゃ!」

「ふざけんじゃないよ!」

「どひゃああああっ!?」

 苛立ちに任せて放たれた、メドーサにしては割りと本気な神速の一撃を、しかし横島はまたしても大げさに避けた。
 続けて、残像が残るほどに速い突きを、連続で繰り出すメドーサ。が、横島はそれさえも全て避けきる。

「ちっ! なんで当たらないんだい!」

 メドーサは、眼前で繰り広げられている不可解な光景に、眩暈がする思いだった。
 ――ありえないのだ、こんなことは。
 いくら竜神の籠手を装備し、小竜姫の力を不完全ながら行使できるようになっているとはいえ、人間のような矮小な存在がメドーサの攻撃を避け続けられるなどと。
 既に、手加減はほとんど無くしてある。そもそも、人間の動体視力で見える攻撃ではないはずだった。
 しかし、現に目の前の男はメドーサの攻撃を避け続けている。無様に悲鳴を上げながら、だがしっかりと全てを。

「……理解できないって顔してんな、メドーサ」

 全ての攻撃をかわし、距離を取った横島が、ニヤリと口の端を吊り上げて言った。
 メドーサは若干上がった息を落ち着け、その言葉の先を待つ。

「なんで避けられるか、教えてやろうか?」

「……是非教えてもらいたいもんだね。どんな手品を使ってるのやら」

「答えは簡単だ。恨むんだったら、自分の――


 胸の大きさを呪うことだな」

「…………は?」

 いきなり意味不明なことを自信たっぷりに言い出した横島に、メドーサは一瞬、何を言われたのかわからずに、ぽかんと口を開けた。
 が、横島は構わず、その根拠の説明を得意げに始める。

「そう! 大きい胸は揺れる! そして俺はその煩悩ゆえに見切ったのだ! 乳の揺れ方一つで、一瞬先の行動が手に取るように読めると! さらにその眼福な光景を前に、煩悩を源とする俺の霊力はとどまるところを知らずに上がり続ける! おかげで昼から蓄積されていた疲労など、跡形もなく吹き飛んだ! ありがとう俺の煩悩! ありがとう美神さんにメドーサ! 俺は感謝しよう! ナイスバディ万歳と! ヒャハーッ!」

「「砕け散れ変態!」」

 ズドムッ!

「ノオオォォォーッ!」

 声高に演説した横島は、しかし直後に、美神とメドーサの息の合ったクロス・ボンバーをその身に受け、大ダメージを受けて海へと落下していった。
 ぼちゃんと水しぶきを上げて海に消える横島を見送り、美神とメドーサは笑顔でハイタッチを交わす。

「「……はっ」」

 ――が、そこで二人とも正気に戻った。二人は同時に距離を取り、それぞれ神剣と刺叉を構える。

「な、なんであたしがクズと馴れ合うような行動しなけりゃならないんだい!」

「そりゃこっちの台詞よ! つい勢いに任せてハイタッチまでやっちゃったけど!」

 困惑したメドーサの言葉に、こちらも困惑した様子で返す美神。どうにも、横島特有のセクハラ・ザ・ワールドは、無差別に周囲の調子を狂わす効果があるようだ。
 そして、睨み合う両者の足元から、元凶の横島が全身から海水を滴り落としながら、のろのろと浮き上がってくる。

「あー……死ぬかと思った」

「うるさい黙れ。お前はもう喋るな」

「う……ういっス」

 振り返りもせず、底冷えのする声で告げる美神に、横島は素直に頷くしかできなかった。


 ――ちなみにその頃、地上では――

 既に岸へと上がった小竜姫たちが、上空の戦いをじっと見守っていた。

「……………………」

 小竜姫は、無言でその戦いを見続けている。しかしなぜか、その顔から次第に表情が消えていっていた。

『あ、あ、あの、で、殿下……』

『な、なんか、嫌な予感が、す、するんだな……』

「よ、余に聞くな……」

 上空の三人が気付いているかは甚だ疑問だが――○○○の降臨まで、あとわずか。
 カタストロフの訪れは近かった。


 戦闘が再開され、今度は二対一の戦いが繰り広げられる。
 地力で強く、さらに汚い手も平気で使うメドーサ。しかし、卑怯な手段や突拍子のない手段ならば、美神主従コンビも負けてはいない。
 美神の場合ならば、押されて負けそうな時に「タンマー!」と叫んで両手を上げ、メドーサが油断して真っ直ぐ突っ込んで来たならば精霊石でカウンターを食らわせたり。
 横島の場合ならば、メドーサが戦いの勢いを手にしようとした瞬間にセクハラで脱力させ、美神が攻撃する隙を作り出したり。
 メドーサの場合ならば、前後から挟撃されようものなら、十分引き付けたところで髪からビッグ・イーターを出して石化させようとしたり。

 実力の勝るメドーサ相手に、美神と横島はとことん食い下がっていた。

「ちっ……しつこいクズども――ぶっ!」

 距離を取り、息をつこうとしたメドーサの顔面に、美神のパンプスが直撃した。それで視界が塞がった一瞬で、横島が霊波刀で距離を詰める。
 振り下ろされた一撃をメドーサが刺叉で受け止めると、その横島の脇から美神が躍り出て、メドーサのわき腹を狙って神剣が横薙ぎに振るわれる。

「なめるなーっ!」

 叫び、メドーサが魔力を無差別に爆発させる。攻撃力こそ皆無だったが、その霊圧は接近していた二人を吹き飛ばすのには十分だった。
 今度こそ距離を取ったメドーサは、だいぶスタミナを消耗したのか、肩で息をしている。

「ったく、しぶといわね」

「……それはこっちの台詞だ。今日は厄日だね、まったく。クズと思ってた人間にここまで苦労させられるなんて……」

「俺の見切りが功を奏してるからなー」

「お前は黙れ」

「…………」

 井桁を浮かべた美神の冷たい言葉に、横島は沈黙した。額にでっかい汗をかき、視線は微妙にあさっての方向を向いている。

「……胸……か」

 その横島の言葉を受け、メドーサは呆れ顔で嘆息した。

「まったく、一体なんだってんだい。胸の揺れ方で先の行動を見切る? 馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。それが事実だってんだから、殊更に馬鹿馬鹿しい。小竜姫も、出会い頭に胸を凝視するし……胸の大きさがここまで裏目に出るなんて、一体なんて厄日だい」

 そう語るメドーサは、もう付き合ってられないとばかりに疲れた表情をしていた。

「だいたい、胸が大きいからっていいことなんてないんだ。小さい奴は羨ましがるが、恵まれてるからって幸せだなんてことはない。常に支えるよう気を遣わないと形が崩れるし、重くて肩は凝るし、変な男からは変な目で見られるし……ったく」

 やる気が失せたのか、完全に愚痴りモードに入ったメドーサ。それを聞く美神は、共感するところがあるのか、「あー……」とかうめきながら密かに頷いている。横島は苦笑してその愚痴を聞き入っていた。


 ――そして、メドーサは。


「……あたしより胸の小さい小竜姫が羨ましいよ」


 ――言ってはならない一言をつぶやいてしまった。


 ――そして、審判の時が始まる。


「……うふ♪」

 ゾクゥッ!?


 なんか、特大のフォントが入った特大のフキダシが、「ぽふん」と軽い音を立てて――ついでにとんでもない悪寒と共に――頭の上に落ちたよーな気がした。
 なんとなく、その悪寒の根源はすぐ近くにあるよーな気がする。横を見てみると、美神が横島の背後を凝視してピシリと固まっていた。
 そして、ゆっくりと解凍されるにつれ、その表情が怯えに染まる。
 美神にしてはあまりに珍しい顔をしているものだから、カメラを持っていなかったことを後悔したぐらいだ。――などと軽い現実逃避さえできようはずもなく。
 横島は、恐る恐るという表現がピッタリ当てはまる動作で、ゆっくりと背後を振り返った。

 ――そこには――

「うふふふふふふ……」

 いつの間にか空に飛び上がってきて、不気味に笑う――小竜姫の姿。

 それを見た瞬間、横島は悟った。アレだ。またアレが出てきたと。

「ひぃぃぃぃっ!?」

 横島は悲鳴を上げ、急ぎ横に移動する。結果、横島は美神と隣り合うこととなり、メドーサと小竜姫が対峙する形になった。

「はん……今更死に損ないが出てきて、何をするつもりだい?」

 疲れ切った顔に嘲笑を浮かべるメドーサは、勘違いしている。
 横島にはわかる。アレを普段の小竜姫と一緒にするべきではない。アレは常識を完全に無視した存在なのだ。きっと、アシュタロスどころか神魔の最高指導者でさえ、アレには勝てないだろう。

「……いいですねぇ、あなたは……」

 メドーサの嘲笑も気にした様子もなく、小竜姫はその顔に冷笑を浮かべ、淡々と言葉を紡ぐ。

「女として恵まれた肉体を持っているのは、羨ましい限りです。確かにあなたの言う通り、恵まれていることと幸せなことは別物ではありますが、それでも恵まれていないことと不幸なことは同じことなのですよ……」

「何わけのわかんないこと言ってるんだい? 死に損ないは……とっとと死になあっ!」

 精神的な疲れのせいか、哀れにも空気が読めていないメドーサは、そう叫んで小竜姫に魔力砲を放つ。
 それは真っ直ぐ小竜姫に向かっていき――片手で弾かれた。あっさりと。

「なんだと……!?」

「無駄です。蛇の牙は竜には届きません」

 その言葉と共に。
 小竜姫の体から、少しずつ竜気が増え始める。

「い、いけません小竜姫さま!」

 その兆候に、わけもわからず危機感を感じた横島が、声を上げる。
 ――しかし――

「あなたの意見など聞いていません。


 貧乳連結システムの力を開放します」

「なんスかそれはーっ!」

 横島のツッコミも届いた様子もなく。
 小竜姫の竜気は、加速度的に増加を続ける。

「な、何が起きてるんだい……!?」

「だ、駄目だ! 話が通じない! 美神さん、巻き込まれないうちに逃げますよ!」

「え? あ、うん」

 わけがわからないといった様子の美神の手を引っ張り、急ぎ地上に避難する横島。そして地上に降りて見上げる頃には、小竜姫から立ち上る竜気は、とんでもないものになっていた。

「ちょ! 待て! なんだその力は!? 一体何が……!?」

 あまりの力の大きさに、困惑するメドーサ。しかし小竜姫はそんな言葉も無視し、なおも竜気を増加させる。
 そして――


「乳一つ残さず消滅させてやります……」

 そのつぶやきと同時。


 ズゴォォォォォォンッ!


 突如として、メドーサを中心に凄まじい爆発が起きた。

「クックックックッ……ハァーッハッハッハッハァッ!」

 響き渡る小竜姫の哄笑。

「コ、コンプレックス持つほど小さいとは思わないんだけどぉぉぉっ!?」

 その大爆発と哄笑に混じり、メドーサの呆れたような混乱したような、なんだかよくわからない悲鳴が聞こえた気がした。
 が――その言葉はしっかりと小竜姫の耳に入っていたのか、彼女は哄笑をやめ、いまだ燃え続ける爆発の中心に視線を向けた。


「私の名は小隆起! 乳などはない!」

「その台詞はおもいっきし自爆ですよ小竜姫さまああああっ!?」


 魔族もかくやというような、とびっきり不敵で邪悪な冷笑を顔面に貼り付けた小竜姫に、横島の渾身のツッコミが夜空に木霊した。


 ――ちなみにその傍らで。

「……あ。角が生え変わった」

 天龍童子が、人知れず成人していた。


 ――あとがき――


 タイトルをつけるとしたら、『貧乳計画ショウリュウキー』とでも言ったところでしょうか? 天龍編も、次回のエピローグを残すのみとなりました。
 ちなみに今回の元ネタの台詞は、「無駄だ。月の光は天には届かん」「貴様の意見など聞いていない。次元連結システムの力を開放する!」「塵一つ残さず消滅させてやる……」「俺の名は木原マサキ。父などではない!」です。まあ、台詞はうろ覚えですけど(^^; わかった人は結構多いかもしれませんw
 結局、対メド戦ではおキヌちゃんと銀ちゃんは登場しませんでしたが、別に出番を忘れていたというわけではありません。今後の展開の為に、メドーサの前に姿を現すわけにはいかなかっただけでして。その辺は次回にでも明らかにしますが。
 あ、ちなみにメドーサは死んでませんですよ。さすがにギャグ空間で死人は出ませんのでw

 たぶん、小竜姫さまはこれから「もう一人の残忍な私が……!」とか苦悩するかもしれませんとか思いつつ、レス返しー。


○1. スケベビッチ・オンナスキーさん
 ブラドーが最後までカッコイイ場面は、用意する気がございません(マテ
 小竜姫さまには今回も暴れさせてもらいましたw

○2. 秋桜さん
 怒涛の小竜姫伝説、また一ページ追加されましたw メドーサはこの攻撃を受けて、トラウマできちゃったのかもしれませんw

○3. 猫斗さん
 はじめましてー。初レスありがとうございます♪
 私は原作の雰囲気が大好きですので、その雰囲気を尊重してます。横島くんが偽者と感じられないのは、そのせいかもしれませんw 天龍の髪って紫色だったんですねー。折り見て修正しときます。

○4. 寝羊さん
 もはや、小竜姫と小隆起は別人格なのかもしれませんw 今回の壊れはどうでしたか?

○5. とろもろさん
 メドーサはトラウマになったかもしれませんねー。黒シャオロン様というよりは冥王様な感じですがw

○6. 月夜さん
 はじめましてー。初レスありがとうございます♪
 ほんと、小竜姫さまは壊すと書いてて面白いですよねw ひそかに癖になってます(^^; 誤字報告ありがとうございます。修正しておきましたー。

○7. 内海一弘さん
 銀ちゃんは戦いには絡みませんでした。彼には別に役割がありますので、それは次回の冒頭で(^^;
 さて今回の壊れはどーでしょーか? ハズしてないことを祈りつつー。

○8. SSさん
 もー小竜姫さまと小隆起さまは別人かもしれませんねーw メドは生贄に捧げられました(ぁ

○9. 万尾塚さん
 六話ラストのアレがずーっと尾を引いてる感じですねw 歴史を変える一言……まさしくその通りですw

○10. 山の影さん
 前回の鬼門は、作者自身執筆途中まで忘れてました(マテ
 横島くんのセクハラは、もはややらないと生命維持できないレベルなのかもしれませんw 銀ちゃんが関わってくるのは次回からとゆーことで。


 レス返し終了〜。では次回三十話、天龍編エピローグで会いましょう♪

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