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▽レス始

「学校対抗試合の舞台裏・前編(GS+オリキャラ+α)」

いりあす (2006-11-12 02:47/2006-11-23 02:39)
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作者注:この作品は、拙作『小鳩バーガーの不適切な使用法』と『激闘! 学校対抗試合』の間の話になりますので、そこのところはどうぞご了承下さい。


 ゴールデンウィーク。5月の初頭に訪れる、最低でも3日連続、最長で5日連続で学校や官公庁、企業なんかが一斉に休むステキな日々(ま、土曜日が必ず一日中休めるようになったのは最近の事だが。特に学校については)。
 この休日をどう使うか、という命題は当事者達にとってはなかなか嬉しくも悩ましいものである。全部グータラするのは勿体なく、逆にパーッとバカンスでも楽しむには日数が微妙だ。もちろんサービス業従事者になると、連休だからって気安く休めないものでもある。

 休める連中の過ごし方は様々だ。グータラする奴もいれば、日数こそ短いながらパーッと旅行へ繰り出す者もいる……一人だったり、家族と一緒だったり、友だちと一緒だったり……あるいは恋人同士で、とか。もうちょっと軽いところで、やっぱりいろんな取り合わせで街に繰り出したりアウトドアを楽しんだり、とか。

 だからと言って、ゴールデンウィークを楽しい事をして過ごさなきゃいけない、なんて決まりはどこにも無い。このちょっとした休みの間に講習を受けるとかトレーニングをするとか、そういう自己研鑽のためにこの連休を使う人だっている。その中には、近所の山林関係者も滅多に近づかないような深山幽谷に踏み入って山ごもりの修行をしようなんて物好きもたまにはいる。


 さて、世の中にはそんな深山幽谷の一つのはずなのに、特定の業種の人々が好きこのんで立ち入る場所がある。そんな無人の山中に何があるというのか―――そう、この地には“人”は住んでいない。そこには、“人”ではない何者かが住んでいて、立ち入る人々を導くのだと噂されているのだ。

 その地の名前は、妙神山。世界に108ヵ所あると言われる、神界や魔界との接点の一つ(もちろん、日本では唯一の場所である)。

 そしてこのゴールデンウィーク中に、その山中にそびえる修行場の門を叩く物好きがまた一組―――


   『学校対抗試合の舞台裏・前編』 Written by いりあす


「………つ〜ワケで、明後日からの五連休の間妙神山に行ってこようかと思うんスけど……」
 と、その連休の二日前の夕方に、横島忠夫が若干バツの悪そうな表情で切り出した。
「ホ、ホラ! 最近ちょっと霊体が不安定になってたもんで、仕事の手伝いも裏方しかできなかったじゃないスか。だから、妙神山で精密検査とリハビリを兼ねてちょっと行って来ようかって思うんスけど……あと、パピリオや小竜姫さまの顔も見てきたいし」
 横島がちょっとうろたえ気味なのは、説明している相手の美神令子が何やら思案顔だからだ。
「……学校の補習とか課外授業は?」
「イヤ、さすがにGW中はしませんよ。教師だって、連休中は休みたいんですから」
「そりゃそうか……」
 ちょっとビビリ気味の横島の前で、彼女は少しふて腐れたような表情で頭をポリポリと掻いた。
「………ま、いいわよ。この連休中は、事務所総出で当たらなきゃいけないような大仕事は入ってないし。その代わり、不調はキッチリ治してから戻って来なさいよ」
「あ、ありがとうございます! そんじゃ、キッチリ治してから帰ってきます!」
 そう言って、横島はまるで着帽した軍人のような敬礼をした。

 ここ最近の横島の不調は事実だ。元をたどれば4月中旬、おキヌ・美神・シロ・タマモ・なぜか美智恵までが寄ってたかって計7回に渡って横島に小鳩バーガーを食わせて、横島の霊体を身体から追い出して乗っ取るというワケの分からない行為が続発していたのだ。その際に誤って美神令子が横島の霊体をフルパワーでしばき倒してしまい、あわや横島クン魂消滅という事態になっちゃったのだ。
 幸い命に別状はなかったものの、霊体に受けたダメージが完治するには時間がかかるものだし、それに霊体と身体の繋がりが幾分不安定になっていて、何かのはずみで幽体離脱してしまうという一時期のおキヌみたいな状態になってしまっている。こういう状態では除霊現場の最前列に立たせるわけにもいかず、ここ最近は単なる助手だった頃の荷物持ち状態に戻されている。
 こういう状態が続かれると美神としても二重に不本意ではある。戦力的には自分に次ぐ実力者が前線に立てないのは負担がバカにならないし、その原因の大半が自分にあるというのでは、良心もほんのちょっと痛むが周囲の批判の目はそれ以上に痛い。

「で、あんた一人で行くわけ? まさかおキヌちゃんだのシロだのを一緒にとか言わないでしょうね?」
「いや〜、実は誰と行くかは決まってないんですけど」
「はい?」
「イエね、一人で行くのも何なんで、学校の除霊委員……っと、5月から霊能愛好会になったんだっけ。まーとにかく、ピートやタイガーがヒマだったら一緒に来ないかって誘ってるところなんです。ま、一種の強化合宿ってことで」
「ふ〜ん……」
 口には出ていないが、美神の心中は“ま、おキヌちゃんと一緒でないならいいか……”である。なにせ、今回の一件の発端はおキヌが横島と入れ替わった挙げ句に押し倒した上でたらし込んだ(やや人の悪い表現だが)事にあるのだ。それが発端の騒ぎの後始末のついでにデート旅行なんかされてはたまらない、というのが美神の本音である(おキヌに嫉妬しているだなんて、美神本人は絶対に認めないだろうが)。


 コンコン……

「美神さん、すいませ〜ん……」
 そう言いながらドアを開けたのは、そのおキヌだった。
「あ、お取り込み中ですか?」
「え? あ、いいよおキヌちゃん、俺の用事は済んだし」
「はい、それじゃお邪魔しま〜す……」
 と言って、所長室に入ってくるおキヌ。その直後に美神と横島が“あれっ”って表情になったのは、おキヌの後にもう一人入ってきたからだ。
「美神さん、こんちわ〜。お忙しいところ、お邪魔させてもらうべ」
「あら、久しぶりね。東京の一人暮らしはどう?」
「まあ、良くもあり悪くもあり、だべな」
 おキヌに招じ入れられたのは、今年の4月から上京して大学生活を送っているおキヌの義理の姉、氷室早苗当年とって19歳である。
「よっ、横島。身体だか霊体だか壊したって聞いたけど、とてもそうは見えねえだな」
「大きなお世話じゃ。こう見えても、結構難儀してんだぞ?」
「あんたの場合は、少し調子悪い方がいいんだべ。“元気”が有り余ってると、ロクな事しないんでねえの?」
「有り余った“元気”の矛先が君に行ったりはしないから、安心してくれ」
「ま、まーまー……」
 と、軽い毒舌のジャブを始める早苗と横島をおキヌが引き分ける。ちなみに早苗が横島を“さん”付けしなくなっているのは、
『最初に会った時は、まさか年下だとは思っていなかっただ』
 という早苗のボヤキをもってご理解いただきたい。

「ん〜〜………」
 と、美神はメモ帳と卓上カレンダーを交互に睨みつけながら、右手の指でトントンとデスクを突っついた。
「……ま、いっか。このぐらいの用事なら、一年前までは私一人さばいてたし。何とかなるでしょ」
 でも楽をいったん覚えると、そっちに流れちゃうのよね〜と内心でブツブツ言いながら、彼女はOKを出した。
「ありがとうございます、美神さん!」
「悪いだな〜。ま、この埋め合わせはそのうちすっから」
 早苗の頼み事というのは、要約すれば“今度の五連休、何も言わずにおキヌを貸してほしい”という事だ。美神にしても、このお堅い早苗がおキヌをどうこうするとも思えないから、業務への支障を除けばさほどの問題もなくOKを出した―――少なくとも、横島の修行休暇よりはずっとすんなり。
「そいじゃおキヌちゃんは初日の朝から最終日の夜まで留守にすっから、よろしく頼むだよ。ささ、おキヌちゃんは支度の続きをしなくっちゃな〜」
「そ、そういうわけですから、ごめんなさい美神さんに横島さん〜〜……」
 そうもう一度頭を下げてから、彼女はおキヌの背中を押してそそくさと所長室の扉へと向かっていった……その途中で、横島と軽くすれ違った。
「って事だべ。ひょっとして、残念だったか?」
「別にいいけどよ……おキヌちゃんをあんまり変な所へ連れていくなよな? 合コンの人数合わせとか言ったら怒るぞ、俺は」
「そだら泊まりがけの合コンになんて行くもんか。ま、色んな用事ってのがあるんだ、安心してけろ」
 そう言いながら横島の肩をポンと叩いて、早苗はおキヌ共々廊下へ退出していった。

「………?」
 二人が出て行った後の扉を眺めながら、首をひねる横島。その横島をジト目で見つめる美神。
「何よ、おキヌちゃんの事心配してるの? 早苗ちゃんの事だから、滅多な事はないでしょうが」
「そう思いたいんですけど……何か早苗ちゃんって、俺と似たよーな危なっかしさがあるって言うか……」
「そーお? あんたと似てるって、かなりショッキングな事実って気がするけど」
 しかし初対面の時に『人殺し――――っ!?』と絶叫しつつ横島をいきなりぶん殴ったり、『こんなことなら山田君に校舎の裏で迫られたとき、もったいぶらねえでキスしとけばよかっただ〜〜〜〜〜!!』だなんて喚いていたりするあたり、確かに横島ほどではないけど突っ走るところがあるかも知れない。
「それより、あんたも明後日からここを休むんでしょ? その分今日と明日はタップリ働いてもらうからね」
「あの〜、俺派手な除霊は控えないと……」
「何言ってんのよ、代わりに荷物は多めに持ってもらうわよ」
「へ〜〜〜い………そんじゃ、道具の支度してきます……」
 トホホな表情をしながら、横島も廊下へ通じるドアを開けた。その背中が何となく煤けていたので、美神も何となく気がとがめたのか、
「心配しなくたって、連休中にそっちに押しかけたり呼び戻したりはしないわよ!」
 と、彼の背中に向かってフォローした。このあたりが、美神令子の横島忠夫に対する優しさの表現なのだろう。残念ながら、彼女は潜在的恋敵のおキヌみたいに温かい励ましや慰めをスラリと言える女性ではないのだ。


 といった塩梅で、二夜が明けて連休初日の昼下がり。
 横島忠夫は、雪之丞とつるんでやって来て以来久々に、妙神山の修行場の山門を遠くに見出す事のできる山道を歩いている。もっとも今回も独りではなく、同行者が一人いる。

「ついに来たわ妙神山っ! 修行よ! 合宿よ! 青春よっ!!」
「テンション高すぎだぞ、お前わっ!!」

 横島について来たのは、どういうワケか除霊委員仲間の中でも机少女の愛子嬢だった。 


「すいません、横島さん。今度の連休は、唐巣先生の除霊が入ってるんですよ」
「わっしもなんジャー。連休は魔理サ………もとい、エミさんの除霊を手伝わなきゃいけないんですケエ」
 と、結局ピートとタイガーの二人が断ってきたのは昨日の朝の事である。タイガーが口を思いっきり滑らせたのには、横島は敢えて追求しなかった。いや、3月までの横島なら舌鋒鋭く血の涙を流しながらタイガーの胸ぐらを掴んで締め上げただろう。が、この前初体験を済ませてしまった横島は今や追求される側の人間である。自分がタイガーに対して喚き散らしそうな事が、自分に対してそっくりそのままクラスメート達から飛んでくるかもなんて考えると、下手な事を言う気になれなかった(何たって、“不幸は分かち合うが幸福はジャマしてやる”のが3年5組の流儀であるからして)。
「じゃあさ、私がついて行ってもいいかしら?」
 と、その三人を代わる代わる見ていた愛子が右手を軽く挙げた。
「え? お前が? なんで?」
「なんでって、修行したいからに決まってるじゃない? 横島くんのお母さんに言われた事、横島くんだって覚えてるでしょ」
「ああ、あの件……って、お前あきらめてなかったんかい!」
 今の今まで単なる話のタネだったと思っていた横島は、流石に驚いた。


 “あの件”がどの件なのか、ここでフォローしておかなければならないだろう。これは昨日の会話からさらに一週間ほど前のゴールデンウィーク前半のちょっと前に、横島の両親がナルニアから本社への決算報告のために東京の本社に戻って着ていた時の話である。

 ニューヨーク支社に復職の話を結局蹴る事になった横島の母・百合子は、その後どうも仕事の虫がうずいたらしく、夫・大樹の経営するナルニア支社にアドバイザーとして参加する事になった。単独でもかなりの凄腕・大樹に、かつて紅ユリと呼ばれた伝説のスーパー社員・百合子が協力するとどんな恐ろしい事になるか、想像に難くない。そう、彼女の加わった村枝商事ナルニア支社は突然業績がメチャメチャ伸び、4月末の前年度決算で計上された収益は美神令子の年収30年分に及ぶとか(この辺は帰国したその日の夕食の席で大樹が酔っぱらって自慢した事なので、ホラが入っているんじゃないかと息子・忠夫は勘ぐっているが)。


「だいたい親父、何を売ったらそんなに儲かるってんだよ?」
「ん〜? ウチの会社は総合商社だぞ忠夫〜? 総合商社ってのはな〜、何でも売るのが商売なんだぞ」
「そういう事。ニーズのある商品を安く仕入れてたくさん売るのが、上手い商売ってもんよ」
 と、村枝商事本社ビル近くのメシ屋の席で、一杯空けながら大樹と百合子は説明してくれたものである。
「まさか親父……ゲリラに戦車だの重火器だの売りつけたりしなかっただろうな?」
「ハッハッハッハ〜〜、それこそまさかだぞ忠夫〜〜」
 ビールの大ジョッキを凄い勢いで空にしてから、大樹は豪快に笑い飛ばし、
「マシンガン以上の物は売っとらんから安心しろ」
「ブ――――――ッ!?」
 未成年という事で口に含んでいたウーロン茶を盛大に噴き出した。その様子に、今度は一斉に吹き出す両親。
「ぷーっくくく……なに真に受けてるんだ、お前」
「そうそう、いくら総合商社だからってそこまではしないに決まってるやん……く〜っくっくっ」
「こ、こいつら…………」
 二人がかりでからかわれたらしいと気付いた横島が怒鳴りつけようとした時、

 ジリリリリリン! ジリリリリリン!

 と、昔懐かしい黒電話の音が聞こえてきた。
「あんた、電話じゃないの?」
「おっと、ナルニアからだな」
 そう言って大樹はビジネスマンの顔になり、携帯電話を取り出して会話を始めた。
「はいもしもし、横島……ああ、君か。例の商談の経過か……………………何い? その値段で、まだ連中渋ってるのか!?」
「何だよ、仕事の話か……?」
 久々の親子三人での食事の席に水を差された横島、少しふて腐れかけたのだが、
「………イヤ、それはダメだ! 連中だって意地で吹っ掛けてるだけだとわからんのか? 今のニミッツ級の建造計画を考えてみろ、もうあの世代の船は持て余し気味に決まってるんだ! 絶対にこっちの提示した金額で買い取れる! ………………ああ、しょうがないな! 分かった、俺が戻り次第話をつけるから、それまで話を引き延ばしてろ! ………そうだな、だったらその値段で買うなら搭載機もセットでつけろとか持ちかけろ! トムキャットとハリアーを20機ずつ、古い型でいい! もちろんフル装備でな! ……うん、うん……よし、頼むぞ! じゃあ切るからな」

 ピッ!

「……ったく、連中も大国の論理で頭が高いからイヤんなるよ」
「ま、大丈夫でしょ。この前M60を200台買えたんだから、その辺でコネクションが作れたし」
「とにかく、国際情勢がキナ臭くなる前に買っておかんとな。イザとなったらすぐに売り手市場だからなあ」
「………こ、この二人の商売って…………」
 剣呑そうな固有名詞について問いただしたい気分だったが、横島は追及するのをやめた。


「……ってワケでさ、おふくろと美神さんがハチ合わせしたらど〜しよ〜かと気が気でなくってな〜……」
 閑話休題、両親の帰国について翌日学校でグチった横島に、愛子が急に詰め寄ったのだ。
「ね、横島くん……今日、横島くんのお母さんに会える?」
「え゛? あ、ああ、おふくろは親父の付き添いだから、本社ビルへ行けば会えると思うけど……って、まさか!?」
 正直に受け答えしてから、ハッとする横島。なお、百合子は横島の知り合いにはほぼ全員面識がある(神族・魔族以外は、横島NY引っ越し未遂事件の際に送別会の席で顔を合わせた)。
「お前まさか、俺が学校でやってる悪事の数々をおふくろに密告する気じゃねーだろーな?」
「そんなんじゃないってば。って言うか、悪事を働いてるって自覚はあるのね……」
 と言っても、美神事務所や街中に比べれば学校の中の横島は遥かにおとなしいのだが、テンパッた横島からはその辺の分別が綺麗さっぱり吹っ飛んでいた。


「戸籍が欲しい?」
 と、横島百合子は胡散臭げに聞き返した。
「そ、そうなんです……横島くんのお母さんなら、その手の話にも詳しいと思ったんですけど……」
 ゲリラもビビるガン飛ばしに気圧されながら、愛子はテーブルの向かい側の百合子にそう付け加えた。ちなみに、ここは村枝商事ビルにほど近い喫茶店のテーブルの一つである。
「で、何に使うの?」
「は、はい。実はその、受験とか進学するのに、やっぱり戸籍がないと不都合が多いもので……」
「え? お前、大学でも行くのか?」
「そうよ? 3月の進路希望調査でも、そう言ったもの」

 この机妖怪の彼女も、横島の学校の生徒の一員として認められるようになってはや一年。32年間抱き続けた一つの夢が現実のものになったところで、今度は夢をふくらませて広い社会に出て行きたいというのが彼女の次の目標らしい。
 それでもって、彼女の希望する進路は“教育学部に進学”だそうだ。そこは彼女も根が学校の机なものだから、まずは学校関係の職業を考えているらしい。ゆくゆくは教師になって母校(つまり、横島達の高校)に就職――なんて考えているのだそうだ。

「でも、大学に入学する時って戸籍抄本とか住民票とかの提出を求められたりするって聞くし、“妖怪だから許す!”なんて酔狂な学校はまだ無いでしょう? だから、ひとまず戸籍を手に入れて合法的に入学できればなって」
「ふうん……参考までに聞くけど、第一志望の学校って、どこなの?」
「あ、はい。一応、早稲D大学の教育学部……全国模試ではA判定でした。学費はバイトと奨学金で何とかなると思ってるんですが」
 さすがは優等生、高校生活32年は伊達ではない、という事なのだろうか。
「今日び、妖怪だって大学にも行きたいし就職だってしたいのよ。近い将来妖怪が普通にそういう風に社会になじめる日が来るにしても、まずは誰かが社会に対してそういう働きかけをしなくっちゃ。私だってそういう事をしたいのよ、GSに追われる事の多い妖怪の社会的地位向上という課題のためにね」
「ふうん……」
 熱弁を振るう愛子を眺めながら、百合子は少し考え込んだ。
「その前に一つ確認したいんだけど……それ、やっぱり必要なわけ?」
 彼女の言う“それ”とは、愛子の席の隣の椅子にデンと置かれた、年季の入った学校机である。
「はい……この机は私の本体ですから、これから離れる事はできないんです」
「……そりゃまずいわね。そりゃ私だって協力ぐらいはしてあげたいけど、常に机背負って歩かなにゃならないってハンディは大きいわよ……学校に通うだけならまだしも、実社会に出るとなると。不便だし、第一ハタから見たら変な人以外の何者でもないわね」
「………」
 百合子の言う通りなので、思わずシュンとしてしまう愛子。百合子の隣で、横島も“やっぱ無理だよな〜……”と小さくため息をついた。
「まずは、その机っていう問題点を克服する事。机を持たずに普通に歩き回れるようになったら、私も改めて相談に乗ってあげるから」
 そう言ってから、百合子は隣の椅子の横島をジロリと見る。
「あくまで、一人で何とかするのが条件だからね。忠夫の霊能力だか何だかで机を克服する、ってのはダメよ」
「あ、そりゃあ……分かってるって」
 内心で“文珠で机を“小”さくするとかできんかな〜”とか思ってた横島、内心を読まれたかと思って背筋に震えが走った。
「ま、うまくいったら戸籍ぐらいなら何とかなると思うわよ。さしあたり、ウチの養子って事でもいいかな〜……正直言って、女の子が一人ぐらいいてもよかったな〜って思わないでもなかったし」
「本当ですか?」
「ちょ、ちょっと待っておふくろ! それって、俺の義理の妹になるって事かよ!?」
 最初は“裏ルートで戸籍抄本でもデッチ上げるのか?”とか思っていた横島、話がとんでもない方向に進んだのでギョッとした。
「どっちかって言うと姉でしょ。彼女とあんたじゃ、どう見てもあっちの方が年上っぽいし」
「あ、あのなあ……(ま、流石に無理だよなあ……)」
「ち、血のつながらない義理の姉弟! 青春だわ! ロマンだわっ!!
 脱力する横島の斜め向かいで、愛子はやたら鼻息が荒かった。


 というワケで、机のハンディを克服する方法について悩んでいた愛子が、横島の妙神山行きの話に飛びついてきたというのが背後の事情である。
「ところで、修行って具体的にどういう事をするのかしら?」
「さあな。俺も二度ほど行ったけど、基本的に実戦形式の修行ばっかりだったな〜。とりあえず、一見さんは入門試験として鬼門っていう鬼二人と戦わなきゃならないんだよな」
「となると、この格好だとまずいかな」
 そう言って、愛子はいつものスカートを軽くつまみ上げた。ちなみに彼女の今の格好は普通のセーラー服姿のままであるが、山歩き対策として手袋をして足にはストッキングを履き、虫除けスプレーを肌に吹き付けてある。なお、彼女は妖怪なのに虫に食われるのかどうかは定かではないが、横島がその点を尋ねたところ、
「だって、良くできたロボットだって蚊に刺されちゃうものなのよ」
 ……だそうだ。

「横島くん、ちょっと机を下ろしてくれる?」
「着替えでも用意してるのか?」
 そう言いながら、横島は愛子に代わって運んでいたいつもの机を背中から下ろした。なお、横島が普段担いでいるナップザックは彼女の机の中に収納させてもらっているので、今日の横島は比較的身軽である。
「じゃ、ちょっと待ってて。着替えてくるから」
 そう言って彼女は、机の引き出しの中に吸い込まれるように入っていった。
「何だよ、中で着替えるのかよ?」
「だって、着替えてる最中に害虫や野生動物に襲われたら大変じゃない」
「心配してるのはそっちかい!」
 ま、流石の横島も目の前で生着替えをしてくれるとまでは期待していなかったが……いや、彼女の言う野生動物とは“野性に返った横島”の意味だったのかも知れない。

「さてと、こんな格好でいいかな?」
「……ちょっと待て」
 机からニュッと出てきた彼女は、地下足袋にモンペ、脛にはゲートル、上には袖の無いピッタリした和服、腕にはサラシを巻き、腰にはサラシをきつく巻いた上からガンベルトのようなものを引っかけ、背中には鎌のようなものを背負い、顔の下半分には赤いマフラーを巻き付け、右手には剣らしき武器が逆手に握られていた。そして、青紫色一色で染められた装束の左胸には真っ赤な“愛”の一文字………
「な・ん・だ、その格好は? お前はどこぞの馳夫さんか!?」
「実戦形式の修行になるなら、やっぱり動きやすい服装の方がいいかなって思ったんだけど」
「………………………………頼むからもう少しありふれた格好にしてくれ」
 と言うより、これではハッキリ言ってコスプレだ。ただでさえノリの良すぎる愛子が、鬼門や小竜姫に向かって“貴様らの親玉のところへ連れていってもらおうか”とか言いだしたらえらい事になる。
「あ、そうなの? じゃ、もう一度……」
 そう言って机の中に入っていった愛子、しばらくしてから学校指定のジャージとスニーカー姿になって外に出てきた。
「……最初ッからその格好にしてくれればいいのに」
「ジャージ姿だと、修行というより遠足みたいに見えるかなって思ったのよね〜」
「別に服装で修行するわけじゃないだろーが。ほら、行こうぜ」
 そう言って、横島はもう一度机を背中に担いだ。


 妙神山の修行場は、以前にあった場所から1キロほど奥に移転されていた。これは、去年のアシュタロス一味の襲撃の際に山の形が変わるぐらい派手な砲撃を喰らったため、天界とのチャンネルを開くための地脈の流れが多少変わったためである。が、今回は神族・魔族が合同で修復作業を行ったため、外観も内部も以前とほとんど変わらない形で再建されていた。
 午後3時を少し回ったぐらいの時に、二人は妙神山の山門前に到着していた。
「よっ、鬼門の二人。元気してるか? この前は挨拶もロクに出来なくて悪かったな」
「おう、横島ではないか」
「なんと、今日は女連れではないか! お主も隅に置けんのう」
 と、例によって門扉に据え付けられた鬼の顔が、横島に声をかけてきた。ちなみに、例によって右の鬼門の顔の下には、

『この門をくぐる者 汝、一切の望みを捨てよ 〜管理人〜』
 と書かれた案内板が張られている。

「えっと……この二人が?」
「そ、この二人が鬼門だ。本体は両脇のそれな」
 そう言って、横島は門の両脇に屹立している高さ4メートル近い首無しの力士像を指で示した。
「で、そちらのお嬢さんは修行者か?」
 と、鬼門の視線は愛子の方をギョロリと向いた。
「ま、修行っちゃ修行だけど……けど、霊能力者の修行に来たわけじゃ……」
「うむっ! 修行者というからにはまずはその力を示してもらわねばならんっ!」
「生半可な力では、妙神山の荒行の前には死あるのみっ!!」
「人の話を聞けよ、おい!!」
 しかし、久しぶりの仕事で舞い上がったのか、鬼門の二人は聞いちゃいなかった。
「「この門をくぐりたくば、我ら両の鬼門を見事倒してみせよっ!!」」
 そして、門の両脇に突っ立っていた首無しの力士が一斉に愛子目がけて迫ってきた。
「だぁ〜! 全く融通の利かない奴らだ! お役所仕事かよ!?」
「あまり融通を利かせてばかりだと、お役所もグダグダになっちゃうって心配なんでしょ」
 そう言いながら、愛子は横島の背中から自分の本体の机を取り上げた。
「ところでこのテストって、どこまでやれば合格になるのかしら?」
「えっと、美神さんがテストを受けた時は、ダウンさせれば合格だったかと……って、お前本気か!?」
「大丈夫よ。これでも、伊達に33年間学校妖怪やっていないもの」
「「ぬおおお〜〜〜〜っ!!!」」
 飛びかかってくる鬼門二人を見据えながら、愛子は唇の端をペロリと舐め上げた。
「横島くんのお母さんの宿題をクリアするためだもの、このっくらいでつまずけるもんですかっ!」
 いつもの様に机に腰掛けた状態の愛子が、いきなり机ごとハイジャンプ! 飛びかかってきた両の鬼門の頭上(いや、頭は無いのだが)を綺麗に飛び越した。空を切った二発のパンチは一つは地面をえぐり、もう一つはすぐ近くにいた横島を直撃した。
「ごっふぁあっ!!?」
「おお、すまんな横島」
「ええい、待たんか! なんとすばしっこい娘っ子だ!」
 地面を揺らしながら、再び愛子を追い回す鬼門達。彼女の方は、机の脚の方でジャンプを繰り返しながらその攻撃から逃げ回った。
「ええい! 逃げ回っておらんでかかって来ぬか!」
「我々を倒さぬ事には、この中には入れんぞっ!!」
「それもまあ、そうなんだけどねっ!」
 ムキになって鬼門が突っ走ってくるところを、再びハイジャンプして避ける愛子。そして、全力疾走していた鬼門はすぐには止まれないまま……

 ゴン!!

「「ぐはぁっ!?」」
 そそり立った岩壁に見事に激突した。
「隙ありっ!!」
 机の引き出しの中から、舌のような物が飛び出した。それは岩壁に激突して痛がっている鬼門の片割れに巻き付き……

 しゅぽん!!

「うおおおおっ!?」
「み、右のおぉぉっ!?」
 そしてその鬼門は、机の中に吸い込まれてしまった。
「のおおぉぉっ!? な、何だこれはぁぁっ!? あ、痛い! 痛い! やめろっ!」
「くっ、この、抵抗しないで……おとなしく、してよっ! あぅっ! な、中で、暴れないで……つっ!」
 恐らくは机の中の異界空間で戦いが繰り広げられているのだろうが、外から見えるのは愛子が時折痛みに身をよじる、そこはかとないエロスな光景だけである。
「ぬお――っ! 右のぉぉ、今助けるぞぉぉっ!!」
「………今よ!」

 ペッ!! ゴイ〜〜〜ン!!

 左の鬼門が飛びかかろうとしたところに、愛子の狙い澄ました一撃が見事に命中した。吐き出した右の鬼門が、カウンター気味になって左の鬼門に衝突したのである。
「「ぐわぁぁっ!?」」

 ズズン!!

 そして、左右の鬼門は折り重なって地面に倒れたのだった。
「これで合格……でいいのかしら?」
「お前、何げに凄いんだな………」
 鬼門の顔に目隠ししてスリップダウンさせた美神とは対照的に、かなりまともに戦って勝った事に、横島も感嘆の声を禁じ得なかった。
「み、見事だ……」
「お主を妙神山の修行者の資格有りと認めよう……さあ、通るがいい……」
 そして、妙神山の山門は鬼門の意志によって大きく開かれた。
「おう、そいじゃお疲れさん。お勤め頑張れよ」
「それじゃ、お邪魔します」
 そう言って二人は、妙神山の修行場の中へと入っていった。


「なあ右の……お主、あの中で何をされたのだ?」
「いや左の……何が起きたのか全然分からん。ただ、ゲログチョな何かにボコボコにされた……」
「……そうか………」


「あれ、横島さん? 今日はお連れさんがいるんですか?」
 そう言いつつ中庭で二人を出迎えてくれた、頭に角を生やして脇に剣を吊って和服姿をした高校〜大学生ぐらいの見かけの女性。彼女こそが、妙神山修行場の管理人にして人間界に常駐している身では屈指の神族、龍神の剣士・小竜姫である。
「や〜、小竜姫さま〜〜! この間は、ど〜もごメーワクをかけました〜〜!」
「え、ええ……お元気になられたようで、何よりです……」
 目をパチクリさせる小竜姫の手を握って、上下にブンブンと振り回す横島。
「えっと、こちらの方は? 見たところ、妖怪変化か付喪神の類とお見受けしますが」
「あ、はい! 横島くんのクラスメートで、愛子っていいます! 今日は、神族の皆様にご相談したい事がありまして、お邪魔させていただきました」
 そう言って、愛子はビシッと直立不動になった。
「ああ、そんなにかしこまらなくてもいいですよ。私はこの修行場の管理人で、小竜姫と言います。どうぞよろしく」
 そう言って、小竜姫は左掌に右の拳を当てる中国風の挨拶をした。

 さて、修行場の前庭をキョロキョロと見回していた横島が、ある事に気付いて小竜姫の方に振り返った。
「……ところで、パピリオは?」
 老師ことハヌマンはどうか知らないが、妙神山には小竜姫の他にパピリオとジークフリードが常駐しているはずである。が、ジークはともかくパピリオの姿が無い事を横島は不思議がっていた。
「え、パピリオですか? か、彼女は用事がありまして……ジークフリードさんと一緒に留守にしているんです」
「あ、そう……」
 ワタワタと説明する小竜姫の言葉を聞きながら、横島は何となく“ベスパにでも会いに行ったのかな?”と思った。彼女は妙神山預かりになっているから、魔界の正規軍にいる姉に会うにも色々と手続きが必要なのだろうというのは分かる。
「その割りに、こう何というか……修行場全体に緊張感が漂っているのはどうしてなんすかね?」
「う゛……」
 横島は気付かなかったが、小竜姫の表情がわずかに引きつるのを愛子は見た。
「鋭いですね横島さん……実は、老師を私の父と友人方が訪ねて来ていまして」
「え? 小竜姫さまの親父さん?」
「はい。父と老師は、古くからの友人なんです」
「へ〜……小竜姫さまに父親がねえ……」
「龍神というのは、神族の中でも血縁関係がしっかりしている方ですから」
 いつぞやの天龍童子も龍神王の息子だという話だから、そういうものなのだろう。
「で、老師と父達が昔話などをして盛り上がっていたのですが、少々エキサイト気味でして……」
「そ、そうなんすか……あの、ちょっと顔だけ出してきてもいいっすか?」
「それでしたら、あっちの宿坊の中ですよ」
 そう言って、小竜姫は正面に構える銭湯風の建物の左隣に建っている、武家屋敷風の建物を指差した。


(ふふふ……小竜姫さまの親父さんに会えるなんて思わなかった。ここは一つ、バシッと格好のいいところを見せてだな……)
 なんてアホなことを考えつつ、横島は屋敷の中に足を踏み入れた。ちなみに中は和と中華がごちゃ混ぜになっていて、靴を脱ぐ場所がなかったりする。ちなみに愛子もちゃっかり横島の後ろを歩いていたりするのだが、横島の脳内劇場がその程度で妨害されるでもなく。

「おおっ! 君が横島くんだね。娘から君の事は聞いているよ、噂に違わぬ好男子ぶりじゃないか」
「ふっ、イヤですね。小竜姫さまったら、俺の事を美化しすぎですよ」
「いいや、そんな事はないよ! これからもどうか、娘の事をよろしく頼むよ」
「横島さん……これからも末永くよろしくお願いしますね♪」
「はっはっは、お任せ下さい。お嬢さんは俺が
「横島さんっ!!」「こらぁっ、横島ァっ!!!」へ?」

「横島クン! あんた、何をこんな所でデレデレしてんのよっ! 私の丁稚のクセして、図々しいわねっ!」
「よ、横島さん! 私との事は遊びだったんですか!? 私だって、横島さんのことを――!」
「わ゛〜〜〜っ!? ち、違うんです美神さんにおキヌちゃん! こ、これは……!」
「ひ、ひどいっ! 横島さん、美神さんとおキヌちゃんだけでなくて、私までもてあそんだんですね……!?」
「え゛え゛っ!? しょ、小竜姫さま! こ、これは違うん……うぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ……………」

「おわあぁぁぁぁっ!?」
「わぁっ!? よ、横島くん、どうしたの?」
 妄想が悪夢に一転したところで横島は悲鳴を上げていたらしい。後ろで愛子がビックリしていた。
「い、いや、なんでもない……」
「ところで、あの部屋じゃないの? 何か話し声が聞こえるし」
「お、おう………」
 確かに、それらしき声がボソボソと聞こえる部屋がある。横島はその部屋に入ろうとドアノブに手をかけたのだが、

―――ぐっ……よりによって、お主達三人が一斉に牙を剥いてくるとはな……―――
―――ま、これも世の習いって奴さ。覚悟してもらおうか、長兄?―――
―――残念ですが、もう逃げられませんよ? 我々の包囲網は完璧です……―――

 そんな声が部屋の中から聞こえてきたので、横島と愛子の二人は凍りついた。
「よ、横島くん……これって……」
「ま、まさか……? でも、追いつめられているのは確かにサルの爺さんの声だ……」
 どうも修羅場になっているらしい部屋の中を想像し、ツバを飲み込む横島と愛子。

―――そう言うわけだ、長兄。1300年前につけられなかった決着、今こそつけさせてもらおうか―――
―――それとも長兄、我々三人に立ち向かい、見事にこの網を食い破ってみせるかい?―――
―――言うたなお主ら……ならば、この上はお前達を正面から打ち破ってくれよう!―――
―――おっ、それでこそ長兄だねえ。さあ、かかってきなよ! 1300年前のような邪魔はもう入らないぜ―――

「横島くん、止めなきゃ!」
「い、一体この中で何が起きてるんや〜? でも、ここは誰かが止めねば……でも怖い〜〜〜っ!!」
 そう葛藤しながらも、横島は震える手でドアノブをゆっくりと回した。

 ガチャ!

「うおぉぉぉぉぉおぉ〜〜〜っ!!」
「お、おい爺さん! 一体何が……」

「ロ―――ン!! リーチ一発ピンフイーペー純チャン三色ドラドラウラウラぁっ!!」
「ど、ド高め数え役満かぁぁぁぁっ!?」

「って、ただの麻雀かいっ!!」
 ズッコケながらも、横島は突っ込みの絶叫を忘れなかった。

「おう、横島ではないか。その後、調子はどうじゃ?」
 点棒の入ったケースを卓上に放り投げながら(今の振り込みでハコテンになったらしい)、横島に気付いた猿神――斉天大聖老師が声をかけてきた。
「そう言えばこの人、最初に会った時もゲームにハマってたっけ……」
「全く父上達も、のめり込み過ぎではありませんか?」
 ブツブツ言いながら立ち上がる横島の後ろで、小竜姫も部屋の中に入ってきた。そして、酒瓶だのジュースのペットボトルだのおつまみの皿やビニール袋だのが散乱している室内に眉をひそめる。
「ああ、そう言わないでくれよ小竜……我々だって、こうして4人揃った時でもないとハメを外せないんだ」
 そう弁解しつつ振り向いたのは、和服の源流になった昔の中国風の服を着た、見た目40代ぐらいの人のよさそうな中年男性である。が、頭から角が生えているところからして、龍神には違いないのだろう。
「で、こちらの人間の少年と妖怪のお嬢さんは?」
「……そうですね。せっかくですから、ちゃんとした紹介をするべきですね」
 そう言って、小竜姫は二人と雀卓を囲んだ4人の間に立った。ちなみに一番奥、つまり横島達と向かい合っているのが老師。対面に座っていて、椅子ごとこちら側を振り向いているのが小竜姫の父と思しき龍神。残り二人は、色黒でやややせ形、クールそうな感じの50歳ぐらいの中年の神族で、もう一人は逆に剽軽そうな人相をしたやや小太りの中年の神族である。
「こちら、前に話しました人間のGSで、横島忠夫さん。で、こちらは横島さんのご友人で、妖怪の……」
「横島くんの学友で、机妖怪の愛子って言います。ど、どうかよろしくお願いします……」
 恐縮気味に、愛子はペコリと頭を下げた。

「で、こちらが猿神の斉天大聖老師。横島さんはご存じでしたね」
「うむ。そっちのお嬢さんも、よろしくな」
 そう言って、いつもの人民服姿の老師は右手を軽く挙げた。

「それで、その隣の少し恰幅のいい方が、父と老師の旧友の天蓬元帥導師」
「よろしく。あ、堅っ苦しいのはヤメにしといて、人界での名乗りの“朱 悟能”と呼んでくれてもいいからな、妖怪変化のおぜうさん」
 老師から見て上家の側の小太りの神族が、ニヤッと笑いながらウインクを飛ばしてきた。

「その向かいの日焼けした方が、同じく捲簾大将師範です」
「……よろしく」
 こちらの神族は、言葉少なに頭を軽く下げた。

「で、最後に玉龍三太子こと敖 玉龍―――私の父です」
「あ、どうもヨロシク。横島くんだったね、君の事は小竜から聞いてるよ。面白い人間の霊能者がいるってね。そちらの妖怪のお嬢さんも、以後ヨロシク」
 そう言いながら、玉龍と呼ばれた龍神がニコニコ笑いながら小竜姫と同じ中華風の挨拶をした。


「せ、斉天大聖に、天蓬元帥、捲簾大将、玉龍三太子………?」
 内心で“ふ〜ん”とか思っている横島の隣で、愛子の方は固まっていた。
「え、何? お前、この連中の事知ってるのか?」
「あ、当たり前でしょう! 横島くんだって、西遊記ぐらい読んだ事あるでしょ!?」
「え? アレって、孫悟空に猪八戒に沙悟浄だろ?」
「だから、その三人なんだってば!」
「い゛!?」
 今初めてそのことに気付いた横島が硬直した。と言うか、横島は斉天大聖が孫悟空の名乗りの一つだという事を、今の今まで知らなかったらしい。
「えっと……そうすると、小竜姫さまの親父さんって…………」
 そう言いかけて、首をひねる横島。
「……西遊記に竜なんていたっけ?」
「玄奘三蔵法師の馬の代わり! ひょっとしてあなた、絵本やマンガでしか読んでないの!? ちゃんとした本なら、影が薄くてもちゃんと馬になるくだりは載ってるわよ!」
 当の本人達の前で、かなり無礼なやり取りをしている二人。この愛子をもってしても、横島のペースにはどうしても巻き込まれてしまうものらしい。

「あ、あの父上、どうかご容赦を〜〜〜………」
「……ま、いいんだけどね。僕の事って、人界の講談にはあまり取り上げられてないからね……」
 その脇で必死で取りなす小竜姫と、指先で眉間を揉みながら苦笑する玉龍三太子なんて情景もあったりする。


「それにしても、あの本が本当にあった話だなんて知らんかったな〜」
 ゴミ出しを済ませて片づいた部屋のテーブルを囲んで、横島はお茶をすすった。
「ま、正確に言えば半分は本当で半分は架空かな。僕たちの地上での仕事全部があの講談に収められているわけでもないしね……もぐもぐ」
「……さらに言えば、身に覚えのない話まで我らの話にもなっている……んぐんぐ」
「ま、アレだ。後世の人間が俺たちの活躍を講談にまとめる最中に、他の誰かの話までゴチャマゼにしちまったって事なんだろ……ぎょっくん。あ、小竜ちゃんお茶おかわり」
 小竜姫が持ってきた点心を頬張りながら、玉龍三太子・捲簾大将・天蓬元帥の順に説明してくれた。
「ま、気がついたらワシらの仕事が全部、玄奘三蔵の西域取経の旅の途中の話にまとめられておるからのう」
「牛魔王一派との決着なんて、俺たちが玄奘さんを長安に送り届けてからの話なんだぜ」
「って言うか、講談に出て来なかった幹部もいましたよね……前に読んだ時には、紅孩児と羅刹女と玉面公主しか出てきませんでしたけど」

「横島くん、小竜姫さま……なんか、凄い勢いで昔話に花が咲いてません?」
「……思い出話には事欠きませんから、父上達は」
 お茶のお代わりを淹れながら、小竜姫は苦笑した。
「あ、横島さん。検査の件ですけど、明日の朝にはヒャクメが来ますから、今日のところはゆっくりして行って下さいね」
「あ、そう……まあ、呼べばすぐ来るほどヒャクメもヒマじゃないよな……」
 しょうがないので、横島は斉天大聖達の茶飲み話に付き合う事にした。


 西暦で言うと7世紀、中国では唐代、日本では飛鳥時代、オリエントの覇権を東ローマとペルシアが争い、西ヨーロッパは民族大移動による諸民族の割拠状態がまだ続いていた頃、神界・魔界でも大きな勢力の変動があった。
 人界での宗教観の変動や信仰の勢力地図の変化によって、神族や魔族の力関係が大きく変わるという事はままあるものである。それまでにもキリスト教に押された古代ギリシアの神々の多くは神界から退いて実体を失い、北欧やオリエントの神族は魔族の側に追いやられてしまっている。
 そして、7世紀。この時代にはイスラム教の急速な発展に伴い、アジアの各地で未だ信仰されていた土着の神々が決定的にに捨て去られてゆく事になる。信仰、すなわち神格を喪失した土着の神族はある者は魔族としてはじき出され、時には各地で大妖として地上を荒らすという事もあった。彼ら古き神々の信仰は歴史の中に埋もれ、現代にはその名はおろか信仰の存在すら痕跡を残していないものも多々ある。

「で、そういう混沌としていた当時のアジア一帯の神魔族の力関係を整理するために、たまたま神界で不祥事を起こして地上に追放されたり監禁されていた僕らに白羽の矢が立ったっていうわけさ」
「その仕事の一つが、玄奘三蔵法師の西域取経の手助けだったというわけじゃな。なんせあの頃の西域は、魔族や妖怪のウヨウヨする危険地帯だったからのう」
「ふ〜ん、大変だったんすね」
「あれ? じゃあさっきの会話って何だったんですか?」
 4人が入れ替わり立ち替わりで話してくれる当時の話を聞いていた愛子が、思い出したように指を一本立てた。
「さっきの会話?」
「ほら、“1300年前の決着”がどうとかこうとか……」
「ああ、アレの事かい? まあ、聞いてくれたまえよ」
 天蓬元帥が身をズイと乗り出して、声を少しひそめた。
「俺らもあの頃は若くってねえ、旅の途中にけっこうヒマを持て余していたもんさ。玉龍の末弟が馬に化けて、その横を歩いてパッパカパッパカ旅しなきゃならん。で、まあ行く先々の街で、今日みたいに4人でバクチでもやってヒマを潰したりしていたもんなんだが」
「……言い出しっぺは常に天蓬元帥の次兄だったのだが」
「まあ、そう言うなよ。バクチと言っても賭け碁だったり双六(現代で言うバックギャモンの事)だったり、はたまたサイコロやカードだったりしたのだがな。なのに勝負が興に乗ってくるたびに法師がやって来て……」
 口惜しそうに歯ぎしりする天蓬元帥、その隣で無言で眉をギュッと寄せる捲簾大将と玉龍三太子。まあ、猿神の斉天大聖の表情はよく分からなかったのだが。
「怒られて物別れになったって事ですか?」
「いや、割り込まれた挙げ句総取りで持って行かれてしまうのだ」
「「「ブッ!!??」」」
 横島・愛子・小竜姫の三人が、綺麗なタイミングでお茶を吹き出した。
「げ、玄奘三蔵さまが、賭け事をなさるんですか?」
「下界での功績によって仏神の列に加わってからは知らないが、当時の法師は強かったぞ〜。俺たち4人がかりでも、どうしても勝てなんだ」
「バクチだけで次の街への路銀を稼いだ事もあったのう」
「……勝ちすぎて荒事になった事もあったな」
「ちょ、ちょっと、それってマズいんじゃないですか?」
 机を(自分の本体ではなくて、飲茶をしているテーブルの方)を叩いて、腰を浮かせる愛子。
「お、お坊さんが、それも三蔵法師様ともあろう方が、賭け事だなんて……」
「え? 何で? あの人は必要とあらば飲む・打つ・買うも拒まない人だったんだけど」
「なにィィィィっ!?」「あうぅぅっ!!」「そ、そんな!?」
 三者三様のショックを受けて、思わずのけぞる年少者3人。
「ぼ、坊主のクセに酒にバクチ、その上キレーなねーちゃんとウハウハだとぉぉぉ!? 何じゃ、そりゃあああぁっ!?」
「いや、横島くん? 別に、行く先々で酒池肉林をしていたわけじゃないんだよ?。ま、どれを取っても人並み以上な人だったけど」
「し、しかし父上、いくら何でもそれは……」
 うろたえる小竜姫の鼻先に、玉龍三太子が掌を差し出してさえぎった。
「あのね小竜、玄奘殿は別に唐の皇帝の使いか何かとして威風堂々と旅をしていたわけじゃないんだよ? と言うより皇帝の禁令を破って密出国していたんだ、これって皇帝に対する反逆と受け取られても不思議じゃない。ハッキリ言っちゃうと、捕まったら玄奘殿どころか協力者の僕たちまで首を斬られかねない……ま、僕らは普通の刀じゃ死なないけどね」
「まあ実際、手配書が回っていた事もあった」
「な、何だかお話の中の旅とはずいぶん雰囲気が違うのね……」
「まるで逃亡者の旅ですね……」

「で、そうなると行く先々の国の王だの有力者だのに援助を求めるのは難しい――逆に歓待されて唐の事を根掘り葉掘り質問責めにされた事もあったけど――隊商に紛れ込んで同行させていただいたり、闇商人達に手引きを頼んだり、お国柄にもよるけどそういう非合法な手段で旅をしなければならない事もありました」
「そうなると、肉食いません酒飲めませんでは相手も気を悪くするだろう? まして昼はクソ暑く夜はクソ寒い砂漠や高原地帯の旅だし、体力をつけないと行き倒れになっちまう。つきあいでバクチも打つし、その手の女郎買いも断るわけにもいかん」
「そういう事情を考えれば、三蔵法師殿とて取り澄ました態度を取れるはずがない」
「大事の前の小事、という言葉もあるしのう」
「な、なるほど……」
「あああ、さ、西遊記の中の三蔵法師様のイメージがぁ……」
「ま、まさかそういう方だったとは……」
 どうも彼らが一緒に旅をした玄奘三蔵法師というのは、インドまで経典を取りに行くという大目的のためなら、目先の法律だの戒律だのは脇に放り捨てるのも厭わないような、ある種豪快な性格の人だったらしい。ま、そのぐらいの人でなければ取経なんて無謀な情熱に駆り立てられる事もないのかも……いや、駆り立てられたからって即実行するような事はないのだろう…………


「さてと、お茶の時間はこれぐらいにして」
 最後の烏龍茶を飲み干してから、斉天大聖は武神の顔に戻った。
「横島の坊主はこの前のケガの治療と検査の為に来たとして……そっちの妖怪の嬢ちゃんは何をしに来たのかのう?」
「え、私? あ、そうだ!」
 言われて初めて、愛子は自分の本来の目的を思い出したらしい。我に返ったようにパッと立ち上がる。
「小竜姫さま、老師さま! じ、実は私、に、に、人間になりに来たんですっ!」
「え゛!?」
 一番驚いたのは、同行者のはずの横島だったりする。
「ちょ、ちょっと待て? お前、確か机担いで歩き回らなくてもよくなるのが目的じゃなかったんか?」
「い、いいじゃないのよ!? せっかく有名な神様に修行つけてもらえるんだから、夢はでっかくハードルは高く持ったってバチは当たらないわ! そ、それに私だってもしなれるもんなら人間になってよこ……だから、そういうものなのよっ!」
「い、痛い痛い!? 何故そこで俺を殴るんや!?」
 何故か真っ赤になって力説する愛子の姿を見て、この場の神族5人のうち何人が“ああ、なるほど………”と、彼女の心理を忖度できたかどうかは定かではない。

「それにしても、そういう目的で来られた修行者は初めてですから……」
 7人でテーブルを囲んだ状態で、管理人の小竜姫が困ったように腕を組んで考え込む。この妙神山の修行場は人界の霊能力者の修行のために開かれている。つまり、ここで行われている修行は“強くなる”ためのものなのだ。彼女のように、妖怪が日常生活の不都合を解決するためにやって来る事なんて想定されていない。まして責任者の斉天大聖にせよ管理人の小竜姫にせよ、根は武神なものだから斬ったはった以外の事を人に教えるという経験があまりなかった。
「でもよくよく考えてみると今の愛子って、つまるところ机の魂が幽体離脱して実体化しているようなもんだろ? だったら、まず机から離れて自由に行動できるようになるべきじゃないのか?」
「だから、その方法を知りたくてここに来たんだってば……」
「でなければ、机ごとその姿に変身できるようになるか、だろうね」
 愛子机の天板を指で軽く叩きながら、隣に座っている玉龍三太子。
「そうですね……では適切な方法は明日ヒャクメに相談してみるものとして、まずは付喪神としての霊格を高めるトレーニングから始める事にしましょうか」
 と、方針を決めたところで小竜姫が立ち上がった。
「え〜……それではすみません父上、ちょっとお手伝いいただけませんか?」
「え、僕?」
 いきなり名指しされたものだから、玉龍三太子がビックリしたように自分を指差した。
「父上〜〜、三度三度の食事を作らなければならない私の身にもなって下さいよ? まして今日は修行者が3……じゃなかった、お二人もお見えになったんですから、買い物に行かないといけないんです!」
「え? 確か買い物は昨日ドッサリ……あ、そ、そうだね。たまに人界に来ているんだ、修行者の指導を手伝うのも神族の責務だね、アハハ」
 何かを言いかけた玉龍、娘の眼光に気圧されて前言をあっさり翻した。さっきから文句を言われっぱなしのこの龍神様、娘には甘いのかも知れない。この父娘の周りの家族がどういうラインナップなのかにもよると思うが………はて、いま眼光という割りには目配せが飛んだような気もするが。
「ま、そういう修行は末弟の方が向いておるじゃろうな。のう朱次弟よ?」
「俺らは悪く言えばケンカ屋の集団だからな、どう教えたらいいのか全然分からんもんね。なあ、沙三弟?」
「……残念ながら、適性は敖末弟が最も向いている。違うかね、孫長兄?」
 ここぞとばかりに面倒を玉龍三太子に押しつける、調子のいい斉天大聖・天蓬元帥・捲簾大将。
「で、では義兄上達は何をしてくれるのでしょう……?」
 無駄とは思いつつも、一応聞いてみる義理の末弟の玉龍。
「そりゃ、決まっとる」
「だねえ」
「うむ」
「「「横島くんと卓を囲むのだ!!」」」
「「「「ひ、ひどいっ!?」」」」
 この場にいた7人の声が、綺麗に二つに分かれてハモった。


「ハ〜イなのね〜、横島さんもお元気そうで何よりなのね〜〜〜」
 翌日やって来たヒャクメは、それなりに楽しそうだった。
「なんか楽しそうだな、ヒャクメ……」
「ここんとこ神界の内部監査の仕事が多くて、ちょっと息が詰まり気味でね〜〜。久しぶりに人界で羽を伸ばして気分転換ができるのね〜〜〜」
「何か、出張旅行が入って喜ぶサラリーマンみたいだな……」
 昔、大樹が長期出張のたびに喜々として荷造りをしていたり、百合子が“出張先でOL口説くんじゃないわよ!”とオドシをかけていた事を、横島はちょっと思い出した。

「あ、そうそう。これはまだ本決まりにはなってないんだけどね〜」
 何が楽しいのか、ニヤニヤという表現がしっくり来る笑いを浮かべるヒャクメ。
「今度神界と魔界の合同でね、人材交流で人界に留学生を派遣しようって話が出ているのよね〜。それで、留学先は横島さんの高校になりそうなのよね〜〜」
「はあ? ウチの学校にか?」
「横島さんの高校なら、神族や魔族が留学してきても特別扱いされずに平等に接してもらえるってもっぱらの評判なのよね〜」
「……ま、“カッコイイから許す!”って言葉がまかり通る学校やからなあ……」
 バンパイアハーフのピートにしても机妖怪の愛子にしても、あるいはドッペルゲンガーの暮井先生にしてもルックスと性格が良ければ別に気兼ねがないというのは事実である。
「それでね〜、派遣候補に挙がっているのは神界では私か小竜姫、魔界からはジークかベスパになりそうなのね〜。だから、そっちに行った時はヨロシクね〜〜」
 横島の肩をポンポンと叩きながらケラケラ笑うヒャクメ。神界での日頃の仕事のストレスから解放されて、多少はハイになっているのかも知れない。


「……うん、OKなのね〜。霊体そのもののダメージはもうすっかり治っているのね〜」
 いくつかの電極のような物を横島の身体に貼り付け、そこにつないだカバン型コンピューターのキーを叩きながら、ヒャクメは太鼓判を押してくれた。ちなみに、ヒャクメによると近頃最新のメディカルソフト『アクスレピオスの杖・Ver6.2』をインストールしたとか何とか。
「いや、俺の方は大丈夫だって自覚あるんだけどな、問題は俺の霊体に……」
「あ〜、ちょっと待ってね〜。今チェックかけてるから」
 横島を制止しながらヒャクメはゴーグルのような物を顔にかけ、そこから延びるケーブルをコンピューターに接続する。そして、またキーをリズミカルに叩き……
「うん、そっちの方も問題無し。横島さんの霊体に融合しているルシオラさんの魂にも、何の問題も起きていないのね〜」
 と、これまた笑いながら指でマルを描いた。

「あ〜、よかった……アレが原因でルシオラの魂がダメになったんで転生できませんなんて言われたらどうしようかと思ったよ」
「良かったですね横島さん、何ともなくて」
 さすがに緊張しながら検診を受けていた横島、安心したのか力が抜けたらしい。そのまま椅子の背もたれにズリズリとへたり込んだ。その隣で様子を見ていた小竜姫が、ホッとしたようにその肩をポンポンと叩く。
「それと、ホイホイ幽体離脱しちゃって困っちゃう状態の方なんだけどね〜〜……横島さん、今文珠持ってる?」
「え? ああ、一個でいいか?」
 ヒャクメが差し出した右手に、ポンと文珠を一つ乗せる横島。理由を聞きもせずにヒョイヒョイ手放すあたりは、本来の彼の気前の良さに起因するのか、それとも美神に巻き上げられているせいなのか。
「ん〜……“固”で試してみるのがいいかな〜〜」
 そう言いながら、受け取った文珠に“固”の文字を込めるヒャクメ。字を与えられて光を放った文珠を、今度はすかさず横島の身体に「えい」と言いながら押しつけた。小さいながらも確かな光を放ちながら、文珠は横島の身体に吸い込まれるように消えてゆく。
「これでどう? 少しは霊体と身体のズレが解消されたと思うのね〜〜」
「………サッパリ分からん」
「じゃ、試しに頭の中だけで“空を飛べ〜〜”とか念じてみて」
「なんで空なんだよ……ええと……………………………」
 横島は言われた通りに念じてみるが、何も起こらなかった。
「何も起きんやないか?」
「それが効果アリって事なのね〜。一日一回こうやって文珠で霊体を身体に“固”定しておけば、一週間から10日ぐらいで霊体が自然に身体に馴染んで、不自然に幽体離脱する事もなくなると思うのよね〜〜」
「ふ〜ん……文珠に“固”ねえ……って、そんな方法でいいのか?」
「いいんじゃないですか? 横島さんの文珠ですから、自分で自分を治療するのも手軽にできるでしょうし」
 ノホホンとお茶をすすりながら、小竜姫はさして意に介せずに言ってくれた。

「まあ横島さんにとっちゃ、ルシオラさんがちゃんと自分の子供に生まれ変わってくれるかどうかが賭かってるから、どうしても神経質になっちゃうのは仕方がないのよね〜」
「その点に関しては、横島さんが早くいい人を見つけて所帯を持てる事を祈るのみですけど」
 今サラッと小竜姫がキツい事を言ったような気がするが、その辺は気にしてはいけない。
「俺の子供って形なら、あいつが転生できるってのは確かなのか? あの時は、美神さんがそう言ってただけだから疑ってるヒマなんてなかったんだけど」
「それは確かなのね〜。私とジークと土偶羅の三人がかりで調べたんだけど、横島さんが預かってるルシオラさんの霊破片に、横島さんの魂に引っ付いてる霊気構造のうち霊体維持に必要な部分を差し引いた霊体量をプラスして計算すると、一個の魂として生存してゆくのに最低限必要な量はギリギリで確保できているのね」
「ギリギリ、ねえ……」
 ヒャクメの証言は嬉しいと言えば嬉しいはずなのだが、“ギリギリ”という言い方をされちゃうと横島としては逆に不安がこみ上げてきてしまうようだ。
「けどな、魂が生きていくのにギリギリな強さしかないなんてのは……生まれ変わってきても、何か悪影響が出るんじゃねーの?」
「それは……あるでしょうね。魂が弱かったりいびつだったりすると、身体が弱くなったり精神的に不安定になったりする事はあると聞いてます」
「となると、それを解消するためにはどっかから霊体をもらってきてあいつの魂に……なんて事をしたら、生まれてくるのは100%のルシオラじゃなくなっちまうんだよな〜……」
「横島さん……何か、気の早い心配をしてませんか?」
 それとも彼には彼女が近々生まれ変わってくるという見込みでもあるのだろうか? 小竜姫としては、そんな勘繰りをしたくなった。が、次の瞬間にはこれも彼の煩悩の一側面――俗に子煩悩と言う――の発露なのかも知れない、と考え直した。
「でも、魂というのは神通力や魔力で増幅したりするとますますいびつになってしまう恐れがありますからね。あとルシオラさんの魂を強くするアプローチと言えば、残るは彼女の“母親”に頑張ってもらうしかないんじゃないですか?」
「あいつの“母親”って……要するに」
「横島さんのお嫁さんの事ですね」
「サラッと言わんで下さいよ……もらえるかどーかも分かんないのに」
 ヒャクメもそうだけど、神族や魔族ってのは言うことがストレートだよな〜……と、横島は思った。人間と神族では、やっぱりデリカシーのありようも少し違うのかも知れないが……いや、この人達が率直すぎるだけか?

「例えば、お母さんの方でルシオラさんと血縁のある人だったら、その人の中の魂の因子のうちのルシオラさんと同一の部分で、彼女の欠けた魂を補完することができると思うのね〜。この場合血縁とは言い難いけど、姉妹としてベスパやパピリオちゃん、そんでもって美神さん」
「は? ルシオラと美神さんが姉妹?」
「美神さんの前世はアシュタロスの創った魔族だそうですから、遠い姉妹のようなものと言って差し支えないんじゃないですか? 少なくとも“父親”は同じって事で」
「う〜〜む………」
 でもあの美神さんに“美神さんがルシオラの母親に一番適任なんです!”なんて言ったら、恐らく横島はタダでは済むまい。多分“ふざけんじゃないわよ、このバカタレ!!”とか言いながら神通棍でピクリとも動かなくなるまでタコ殴りの刑だろう。

「別な方向からアプローチして考えてみると、おキヌちゃんでもどうにかなるかも知れないのね〜〜」
「な、ななな、なな何でそこでおキヌちゃんの名前が出てくるんだ?」
「? 何で横島さんがそんなに動揺するんですか?」
 前にもどこかで言及しましたが、横島くんとおキヌちゃんの秘め事を知っているのは美神さんだけですから。
「おキヌちゃんって、300年間地脈にくくられた状態で幽霊してたって聞いてるじゃない? そのせいで、霊体が半ば実体化してるって事は横島さんの方がよく知ってると思うけどね〜」
「……まあな」
 初めて出会った時に突き飛ばされるわ色仕掛けされるわ岩で殴られるわ逆にこっちから押し倒すわ(しかも確かにあの時の彼女は“あったかいなーやーらかいなー”状態だった)だった横島が知らんはずがない。
「だから、普通の人間の女性はお腹の中で子供を育てて出産するわけど、彼女の場合“身体”を“霊体”に置き換えて同じ事ができると思うのよね〜〜。ま、“子育て幽霊”ならぬ“子作り幽霊”なのね〜〜」
「……と言っても仮説の域は出ませんし、事実だとしてもそれによる副作用が何もないという保証もありません。あくまで、可能性の話をしているまでですよ」
 そう小竜姫は制止するが、横島の心に生じたさざ波はそう簡単に消えることもなく。
(や、やっぱりあの二人なんか? あの二人のうちどっちかと必ずひっつけっつー天の声なんか? こーなったらもーおキヌちゃんでいけとゆーのか!? ああっ、でも美神さんのあの豊満なちちやしりやふとももも投げ出すには惜しすぎるっ!! お、俺はどーすれバインダーっ!?)
 モノローグが声にならなかったのは、横島の成長の証だろうか。そんな横島に、ヒャクメがもう一声油を注ぐ。
「100%のルシオラさんを取り戻したいなら、一番確実な方法があるんだけどね〜〜」
「え? 本当? まさか、コスモプロセッサでも作ってとか言わんだろうな?」
「まさか〜、もっと簡単な方法なのね〜。でも、モラル上ではそれ以上に問題があるのね〜〜」
「……は?」
「さっきの仮説に従えば、“横島さんと美神さんの子供をおキヌちゃんに代理母出産してもらう”のがベストね〜。これなら、本来のルシオラさんの99.9%まで魂を再現できるはずなのね〜」
「………いや、そりゃマズイだろ。そんな事をしたら二人がかりで殺される」
 確かに問題がありすぎる。ヒャクメの狙い通りなのかそうでないのか、とにかく横島に冷水をブッかけるような効果はあった。
「ですから、あまり急がなくてもいいんですよ。うまくいっていない家庭に生まれたって、生まれてきたルシオラさんが気の毒じゃないですか」
「そりゃまー、小竜姫さまの仰る通りなんすけど」
 第一感で“困惑顔のちびルシオラの目の前で美神にボコボコにされる横島の図”なんてのが思い浮かんだ。
「それに、彼女の魂を99%まで復元したって前世のことを思い出すとは限りませんし、逆にほとんど別人でも横島さんとのことを覚えているかも知れません。ま、その辺のことは神様にでもお祈りしておいて」
 自分も神の一員なのに、そんな事を言う小竜姫。
「横島さんにとってお互い一番大事な人と円満な将来を手に入れるのが、まずは一番大事だと思いますよ。その方がルシオラさんも本意だと思いますけど」
「そんなもんスかね〜〜……」
「ま、その辺はあせらず気長に考えた方がいいですよ」
「同感なのね〜〜」
 どの道誰か自分にふさわしい伴侶を見つけなさい、って事らしい。このあたりは二人とも神族、横島とは同年代に見えても言ってることはいい年の大人のものである。


「お〜う、検査は済んだか?」
 と、検査の間三人でTVゲームでもしていたらしい斉天大聖・天蓬元帥・捲簾大将の三人がドヤドヤと押しかけてきた。なお、愛子と玉龍三太子は別室で修行中である。
「う〜ん、まだ検査の途中なのね〜〜」
「なに? ヒャクメ、さっき問題ないって……」
「アレは日常生活上の話なのね〜。霊能力を使う時の検査はこれからだから、横島さんには軽〜く模擬戦でもやってもらって、その時のコンディションもチェックしないといけないのよね」
「え゛……模擬戦?」
 とんでもない話が飛び出し、横島は青ざめた。
「ほう、模擬戦とな?」
「よしっ! そのお相手は、この不肖天蓬元帥が務めさせてもらうぜい」
「こりゃ、わしの弟子を奪うでない! この坊主の相手は師匠のわしじゃ」
「いや待て長兄に次兄。ここは平等に我々三人で稽古をつけよう」
「な、ナヌ―――――!!??」
 横島の悲鳴は、もう完全に声が裏返っていた。顔色は青を通り越して白いし。
「た、助けて――!! せめて、せめて小竜姫さまを相手にさせて――!!」
「すいません横島さん、私も管理人の立場上、いつ別の修行者の稽古をつけることになるか分からないんです。ですから、今回は老師達とトレーニングをしていて下さいね」
「そ゛、そ゛ん゛な゛――――!!」
 涙と鼻汁を流しながら、横島は三人に引きずられて検査室を出て行った。

「さあ、稽古けいこ! 実は俺たち、アシュタロスを倒したっていうお前さんとやり合うのを楽しみにしてたんだよな〜。なんせ神界の予定じゃ、本来はワルキューレ達がしくじった時は俺たち“チーム三蔵+α”でアシュタロス討伐をする予定だったもんな」
「…参考までに、“+α”は顕聖二郎真君と那乇三太子だ」
(※作者注:三太子の正式な字は普通の日本語ソフトには載っていません。“娜”と“托”のそれぞれの“へん”を“くちへん”にした表記になります)
「イヤ―――!! この三人がかりでフクロだなんて、俺は牛魔王じゃねえ〜〜〜!!」
「ボヤくな坊主! わしらとて退屈しとるんだ、気晴らしにつきあわんか!」
「横島さん、がんばるのね〜〜〜」
 そんな事を言い合いながら、ヒャクメを加えた5人は奥の稽古場へ入っていった。


「……さてと」
 全員が去っていったのを確認してから、小竜姫は宿坊を出た。そして、本来の修行者が用いる銭湯スタイルの第1修行場ののれんをくぐり、脱衣場から稽古場へ入っていった。


「ホラホラ、こんな所で目を回してどうするんでちゅか!? 気をシャンとして立つでちゅよ!」
「は、はい……!」
「よし、笛を構えて! 次は、四方から時間差をつけて襲ってくる敵を想定したトレーニングだ!」
 ガラス戸の向こうのただっ広い空間には、ピエロ服もどきを着たティーン未満の少女、ベレー帽をかぶった魔族の青年軍人、そして巫女服姿の髪の長い少女がいた。


「本当にいいんですか? 横島さんに会わなくても」
「はい、大丈夫です……修行、続けましょう」
 巫女服の少女―――おキヌは、荒い息を整えながらうなずく。
「でも、会いたいんでしょう? 私だって、別に木の股から産まれてきたわけではありませんよ」
「それは確かに会いたいですけど……でも、今はダメなんです。今横島さんに会ったら、気持ちのどこかで横島さんに甘えちゃいます」

 実は彼女、昨日の午前中にこの妙神山の山門に到着していた。そして鬼門のテストを見事に合格して、横島と愛子が来た時には修行の真っ最中だったのである。

「今回のことは、私一人で決めましたから。だから――大丈夫です。このまま続けましょう、小竜姫さま」
「そうですか…それでは修行を続けましょう。この“ネクロマンサーの修行”が終わったら、次の“霊能の修行”に入りますからそのつもりでいて下さいね」
「はい!」


 こうして、おキヌちゃんの挑戦が始まる。


「つづきます!」by小竜姫


 あとがき


 と言うわけで、お久しぶりのいりあすです。

 プロットも練れてきたので、横×キヌの一連の学園物をしつこく続けたいと思いますが、まずはその前に前2シリーズの番外的な話から描いてみたいと思います。『激闘! 学校対抗試合』で出てきたネタの補足的な事も踏まえ……って言いますか、実のところ小竜姫パパやチーム三蔵を出してみたかったというのが大きいんですが。
 今回の話の中に出てくる無茶な構成については、こんな感じで描いてます。


○西遊記ネタに関する解釈

 斉天大聖が実在する以上、GS世界では西遊記の話は史実ベースのはずです。ただ実際にあった事をそのまま描いてるんじゃなくて、老師達の色んな冒険談を“西域取経の冒険”として再構成したのが現存する西遊記だと考えるのが妥当かなって考えました。
 小竜姫パパが玉龍なのは、小竜姫が斉天大聖の弟子という以上こう考えるのが一番しっくり来たからです。ちなみに玉龍は西海竜王の三男なので、龍神王の息子の天龍童子にとっては家来筋って事で。
 天蓬元帥は“朱悟能”と名乗りましたが、西遊記での猪八戒の下界での名前は“猪悟能”なんですよね。なぜ通称の八戒が一般的なのかはいりあすも知りませんがw なお、八戒の姓が“猪”になったのは明代からで、それ以前は“朱”だったそうです。これは、明の皇帝が朱姓だったのでその字を避けたからだそうです(昔の中国では、皇帝や目上の名前に含まれる字を使うのはタブー)。

 最後に一つ。玄奘三蔵法師を尊敬している皆様、ゴメンなさい。このお話はあくまでフィクションです。


○ルシオラの転生がらみに関する解釈

 ハッキリ言って、“母親”うんぬんの話はパッと思いついた理屈です。元々は『小鳩バーガー〜』の後編からカットした“おキヌちゃんが幽体離脱して横島・身体おキヌ・霊体おキヌで擬似3人エロス”ネタを突っ走らせた結果でした。でも、ルシオラの霊体が足りない状態って言うのは、言ってみれば最大HPが極端に低いようなもんだと思ってますので(単にHPが減ってるだけの状態とは違うってことで)、生まれ変わるのも楽じゃないだろうとは思っています。


○その他

 文珠で幽体離脱防止とかヒャクメ達留学計画とか、無理矢理本編中に出してみました。あとは次の全国大会編への伏線張りかな〜〜……その辺は次回の後編or中編で何とかしてみたいと思ってます。


 そんなわけで、このシリーズも気長に描きたいと思ってますので皆様あまり急かさずにお待ち下さい(我ながら、遅筆にも程があるとは思ってるんですよホント)。

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