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▽レス始

「激闘! 学校対抗試合・後編(GS)」

いりあす (2006-08-27 17:46)
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「スタンドは、相当ザワついているでござるな……」
「ま、無理もないわね。コーチャーがいきなり巻き添えを食って、その後足を止めた殴り合いだもんね」
 観客席のシロとタマモが、会場の異様な雰囲気に眉をしかめていた。しばらくの間あまりのバイオレンスな光景に言葉を失っていた観客達は、四人が一斉にリングアウトすると同時に一斉にざわめき始めている。
「ほら、横島の学校あたりじゃ、一部でブーイングが出てるし」
「おキヌどのの学校のスタンドでは、恐らく弓どのを指差して陰口を叩いている輩もいるようでござる」
「……シロ、タマモ」
 しかめっ面でリングとスタンドを見渡していた美神令子が、ボソリと言った。
「あんた達、耳も良かったわね。スタンドの連中の声、聞き分けられる?」
「……まあ、ある程度であれば」
「あまり小声だと難しいけど」
「……じゃあ、少しスタンドの声を聞いてみて、聞き捨てならない言葉が出てたら私に教えなさい」
 腕組みして、二の腕を人差し指でイライラと叩きながら、美神令子は二人を見ないまま命令した。


「なあ、おキヌちゃん」
「はい?」
 目が合った瞬間、横島には彼女たちの心理が何となく分かった。それは横島なりの勘の鋭さなのか、おキヌの心理が読みやすいせいなのか、それとも身体を重ね合ったがゆえのシンパシーなのか。
「………ちょっと、タンマ」
「え?」
 横島は右手を挙げておキヌに制止のサインを送り、法円の際までスタスタと歩み寄った。
「あ、審判のおっちゃん! マイク持ってたら貸してくれるか? ………ああ、ありがと」
 試合を一度中断させて横島は審判からマイクを受け取り、電源を入れて二度ほどポンポンと叩き「アー、アー」と試しに声をかけてから、咳払いして話し始めた。
『えーと、試合を再開する前に説明させてもらうけど、ウチのコーチャー役の愛子だけど……命に別状はない。ケガは俺とおキヌちゃんで治したし、今は身体を打って気を失ってるだけだから、安心してくれ』
 今の一言に、スタンドからは安堵の声が出た。そりゃ誰だって、こういう試合中に人死になんて出たらなんて思うと気が気でなかっただろう。
『それで、何で彼女が巻き込まれたかって言うと……実のところ、俺達が反則をしたからなんだよな、コレが』
 この横島の告白で、いきなりスタンドがどよめいた。

「あのバカ、そこまでバカ正直に告白する事はないでしょーが……!」
「せ、先生、ほ、ホントに反則をやったのでござるか……?」
「確かにさっきの四人、それっぽい事を言ってたけど」
「……タイガーの能力を応用したって、アレなワケね……」
 どよめく一同の中で、めいめいの反応をする美神、シロ、タマモ、エミ。

『反則と言っても、タイガーの精神感応で選手とコーチャーをつないでいたわけで、反則に該当しないギリギリのライン上なんだけど……結果だけ見るとコーチャーがテレパシーで選手に指示を出してた事になるから、その辺が反則に引っかかるかどうかは、審判の側のジャッジに任せようと思う。正直言って、バレないって自信はあった。一目で気付いたってのは、正直言って脱帽さ』
 そう言って、リングサイドでへたり込む弓と一文字に対して、ニッと笑う。
『ついでに言うと、二人に指示を出したのは俺であって、この件に関して一番責任が重いのは俺だからその辺はよろしく。ただ……この試合だけは最後まで続けさせて欲しい。そんじゃ』
 そう言って横島は、マイクを審判に返した。
「………いいんですか、横島さん?」
「いいさ。アシュタロスの事件の時とかの経験で、ブーイングや後ろ指は慣れっこだ」
 気ぜわしげに横島を気遣うおキヌに、横島は肩をすくめて苦笑した。実際、両サイドのスタンドはかなりどよめいていて、結構な数の人差し指が自分を向いているのが分かる。

「『何よそれ〜? あの連中、反則なんてしてたの〜?』」
「『じゃあさっきの強かったのって、全部反則してたからってこと?』」
「『結局、反則技に頼った連中にアレだけ苦戦して、その上ズルをズルで返したった事じゃない』」
「………………」
 主に六道女学院側で増えた陰口を聞いたままに復唱するシロとタマモに、眉間にシワを寄せながら黙って聞いている美神。が、隣に座っているエミには、長年の腐れ縁から彼女の苛立ちが何となく理解できていた。

(何だかんだ言って、やっぱり勝って当然の試合じゃない)
(ちょっと待ちなさいよ、見た感じあっちも相当レベル高かったと思うわよ)
(そこが反則の効果なんじゃない? あのピートさん以外の三人がそろってズルしてたんだし)
「あ、あの連中……今までのやりとりを見て、まだ“勝って当然”扱いなのかよ……」
「………………」
 六女側のリングサイドにも聞こえる陰口に歯がみする一文字に、無言で目を伏せる弓。そんな二人に、なおもスタンドの口論は続く。当事者達を弁護する声に、なおも後ろ指を立てる口の悪い面々。

(そうかしら? むしろ弓達の方こそ、苦戦してたように見えるけど)
(だったらなおさら問題じゃない? 勝って当たり前の勝負であんなにみっともない……)
「何を甘っちょろい事を言ってんのよ、あんた達はっ!!!」

「「「!?」」」

 競技場を覆っていたざわめきを、一つの怒声がかき消した。
 一瞬の硬直の後、その場の一同が声の方向を向き………そこに、仁王立ちする美神令子の姿を見た。


  『激闘! 学校対抗試合・後編』 Written by いりあす


「あんた達にとっては他愛のない練習試合かも知れないけどね、試合をしている連中にとってはこれは真剣勝負なのよっ!! 反則スレスレの作戦だって、あって然るべきでしょうが! そういう点をね、相手選手の見てくれにキャーキャー言ってた連中があげつらう資格があると思ってるの!?」
「み……」
「美神さん………!?」
 予想外の方向からの怒号に、リング上の横島とおキヌでさえ驚きを隠せなかった。
「GSの世界ってのは、できて当然なんて無責任に言っていられるほど甘っちょろいもんじゃないわ!! ましてGS同士の勝負がどれだけ厳しいものになるか分かってるなら、選手に“勝って当然”だなんてプレッシャーだけを与えていいわけがないのよっ!!」
 口さがない一部の生徒達や、弓やピートに対してお気楽に声援を飛ばしていた面々が、何も言えずに目を反らした。

「……おキヌちゃん達、やっぱりそういうプレッシャーかかってたのか?」
「私や一文字さんはさほどでも無かったんですけど、弓さんは結構言われてたみたいです。口や態度には一切出さなかったんですけど……」
「そうか……」
 そもそもこの試合、六道チームの選手が割を食う可能性が高かったのだ。対戦相手は今年発足したばかりの霊能愛好会だから勝つに決まっている、と事情を知らない連中は言うだろう。が、実はその逆になる可能性が高かったのだ。そのぽっと出の霊能愛好会は全体はともかく、選手三人のレベルは相当に高い。何たってアシュタロス事件の際には先頭を切って戦ったメンツなのだが、この事実は驚くほど社会的に知られていない。一応LIEF誌を始めとする各種マスコミも報道してくれたのだが、専ら取り上げられたのはピートだけだった(この件に関しては、横島としては現在はルシオラの一件を蒸し返されるのに拒否反応があるので、さして拘ってはいないが)。しかも、どちらかというとGS界のアイドル紹介みたいな形で、である。
 だから、横島達の本当の実力を把握しているのは六道親子と当のおキヌ達三人、あとはせいぜい鬼道ぐらいのもので、あとの学生や教師達にとっては“勝って当然”程度の認識を超えていなかったのではないか? その認識が多大なプレッシャーになって、弓をして“ルール違反”に対する“マナー違反”の報復に走らせる程度に苛立たせていたのではないか? 横島はそんな事を思った。

「横島ぁっ!!」
「は、はいっ!!」
 美神が名指しで怒鳴りつけてきたので、横島は慌てて直立不動になった。
「そもそも、あんたが底の浅い反則技をやらせるから、事がややこしくなったのよ!! ルールの抜け道を見つけるのはいいけど、ケチのつけようがある上にすぐバレるような手を使うんじゃないの!!」
「はい! す、すんません!!」
 こういう時の美神には逆らわない方がいいと直感的に感じて、横島は反論せずに頭を下げる。

「次、弓 かおりさん!
「は、はい……」
 憧れの美神のお叱りはさすがに怖かったが、それでも弓は身体の痛みをこらえて立ち上がった。
「あんたもね、プレッシャーで苛立ってたからって後先考えない行動に出ちゃダメよ!? 流派の看板背負って修行してるんなら、周りの声なんざ笑い飛ばせるようになんなさい!!」
「はい…っ!!」
 彼女は横島のように直立不動になれず、一礼すると同時にヒザから崩れ落ちた。

「それから冥子!!
「わ、私〜〜?」
 自分にまで火の粉が飛んでくるとは予想していなかった冥子、ギョッとしていた。
「あんた、何のためにコーチャーに抜擢されたって思ってンの!? あんたはあんたなりに期待されてそこにいるんだから、ノホホンと試合見てないで自分に出来る事をしなさいよ!! でなきゃ、あんたがGSとして成長する機会をなくしちゃうのよ!」
「う、うん〜〜………」
 実際にさっきまでオロオロしているしかできなかった冥子、さすがにうなだれ気味に返事を返した。

「横島クン! おキヌちゃん!」
「「はいっ!」」
「こうなった以上は、せいぜいレベルの高い勝負しなさいよ! この上、ウチの事務所の沽券に関わるようなみっともない試合したら…………」
 そう言いかけた美神、少し考え込んでから
「………バツとして減給処分よ!!」
 と締めた。
「……はい」
「気ィつけます……」
 これで、ますます横島とおキヌから馴れ合いの余地がなくなった。


「あの弓のお嬢ちゃんに、ずいぶん肩入れした裁定じゃない?」
 言いたい事を言い終わって着席する令子に、エミが皮肉っぽい論評を入れた。
「アンタには分かんない事かも知れないけど」
 と、まだ若干苛立ちが残っているらしい令子がチラリとエミの方に視線だけ向ける。
「やれて当然、できなきゃ赤っ恥、しかも家の看板背負わされる、そーゆープレッシャーのかけられ方には、私も身に覚えがあるのよ」
「……なるほど。あの隊長さんの娘って出自じゃ、大概の人間にとっちゃ負担になるワケか」
 多数の霊能者を輩出した美神家の跡取り、それも天才と呼ばれた美神美智恵の娘というレッテルがどれだけの先入観をもたらすか、雑草育ちと言ってもいいエミには正直なところ肌では分からない。が、こいつがこーゆー性格になったのは、その重圧をはねのける過程で培われた要素のせいかも知れない……と、エミは思った。


「そもそもいきなりコーチャーに抜擢なんて、荒っぽい仕込み方なんじゃありません?」
 と、貴賓席の美神美智恵は隣の六道理事長に尋ねていた。
「そりゃあ、冥子ちゃんが指導力を身につけてくれれば彼女の成長に繋がるし、六道女学院の講師不足だって解消されるでしょうけど……この試合で全然ダメだったら、逆に悪影響が出るわ」
「大体理事長、根本的にこの手の競技について、コーチ役があまりに足りないのでは?」
「あのね美智恵ちゃんに唐巣ちゃん〜〜、ウチの学校は霊能の教育校であって、GSの養成所じゃないのよ〜〜。だから、大会の時は誰かにコーチャー役を頼むしかないのよね〜〜」
 と、左右の声に対して、理事長は反論した。

 六道女学院の霊能科は8クラスの一クラス約20人、一学年につき160人前後が在籍している……が、その全員がGSになるわけでもないし、全員がそのまま霊能の世界に留まると決まっているわけでもない。確かにGS試験の合格者の3割がこの学校の卒業生で占められているが、そのGS試験の合格者は年に僅か32名。つまり、この学校の学生やOGであっても、年にせいぜい10人しかGS資格を取得できないのだ。その他の人たちは、ある者は別な形で霊能に関わり、ある者は寺や神社、教会に入り、またある者は悪霊の類に悩まされない程度に霊能をコントロールする術を体得して普通の社会に戻っていく(例えば記憶が甦る前のおキヌみたいに、中途半端な霊感や霊能力が災いしているのを解決すべく、この学校に入学する生徒はしばしばいるのだ)。そりゃもちろん、程度の高い霊能格闘技や除霊術を仕込まれるのは事実なのだが。

 ちなみにこの年の3月末に卒業した霊能科生徒は162名。
 このうち3年次にGS試験を合格してGS見習いになった者、3名(いきなり正規のGSになれた者はゼロ)。
 GSのアシスタントなどをしながらGS試験合格を目指す、いわゆるGS浪人が25名。
 オカルトアイテムの作成・霊相鑑定師・心霊治療師・除霊事務所の事務員など、GSとは違う形で霊能関係の職に就いた者、33名。
 エスカレーター式で大学部(霊能学科は無い。文学科や史学科でオカルト関係の研究を専攻する者が多い)に進学した者、31名。
 他の大学・短大・専門学校に進学した者、23名。
 僧侶・宮司・修道士などの資格を得て寺社神社などに入った者(実家含む)、29名。
 霊能とは特に関係のない一般就職をした者、10名。
 その他、結婚して家庭に入った者、霊能の基礎訓練を活かしてスポーツの道に進んだ者など、様々なのだ。あと、オカルトGメンの東京支所に就職した者も1名いる。

 だから、この手の霊能格闘技についてコーチが務まる講師というのは、この学校をもってしてもさほど多くはない……はっきり言って少ないのだ。例えば、前年の臨海学校の際の事を想起してもらいたい。あの時、一年生総掛かりでの海岸の除霊という大がかりな作業にも関わらず、学校側から引率者としてやって来た教師は、理事長を除けば鬼道・桜井のたった2名だった。その人数不足を、美神・エミ・冥子の3人を招聘して補っていたのである。
 つまり、霊能の知識、実戦経験、そして生徒達に対する指導力・統率力の三つを備えた“コーチャー向けの人材”はごく少数、下手をすると鬼道独りなのかも知れない。ところが、今度開催される全国大会には一校につき3チーム出場できる。当然、全校からメンバーを集めれば選手は楽に3チーム分集まる。しかし、彼女たちを統率するコーチャー役の講師が足りない。生徒からその役を募ろうにも、さすがに指導力や統率力を求めるのは難しいだろう。
 理事長は、その穴埋め役を冥子に求めたのだろう(少なくとも、三つの条件のうち知識と経験は申し分ない)。恐らく大会に対するコーチャー役の発掘と、後輩の統率役をさせる事で彼女がGSとして新しい境地を見出してくれる事、二つの効果を期待して。


 閑話休題、再び舞台はリング上に戻る。
「さてと、仕切り直して試合続行だけど……悪いけど、手加減はできないからね。こんな感じで」
 そう前置きをしてから、横島はダラリと下げた右手を、そのまま左から右へ軽く振った……と同時に、横島の足下からまっすぐ右方向へ、数メートルほど地面がえぐれた。

「え? い、今の、何!?」
「何か、霊波弾でも飛ばしましたの……?」
 リングサイドの一文字と弓は、何があったのかとっさに理解できなかった。
「手を振った瞬間に、右手の霊波刀をめいっぱい伸ばしたのよ〜。だから、ああやって地面がえぐれたのね〜」
 いつもに比べて間延びの少ないしゃべり方で、冥子が二人に説明した。心なしか、その表情もシリアスになってきている。

「大丈夫ですよ、手加減なんかしないで下さい。そうでないと意味がないんです」
「どうして?」
「確かめたいんです……私がGSとして横島さんの隣で戦えるようになったか、って」
「俺の隣で、ねえ…………」
 そう言われた横島、本来なら喜んでもよさそうなものだが、逆にアゴに手を当てて何やら考えだした。
「もしかして……イヤなんですか?」
「いや、イヤっていうか何て言うか……ちょっとおキヌちゃんにとってイヤな話になるかも知れないけど、いいかな?」
 そう言って、横島は“戦意無し”を示すかのように両手を軽く挙げた。
「何て言うかさ、確かに俺とおキヌちゃんと美神さん、今まで三人でずっとやって来たじゃないか。でもさ、魔族との大きな勝負の時なんかは、あくまで美神さんと俺の二人で戦ってきて……でもそれは、おキヌちゃんを置いてけぼりにしてたワケじゃない。言い方は難しいけど、美神さんにとっても俺にとっても、おキヌちゃんは“還るべき処”なんだ」
「………」

「おたく達の中では、おキヌちゃんってそういう立ち位置なワケ?」
「……多分ね。そういう風に思ってた節は、確かにあるわ」
 これまでの一年間を回顧しながら、考え込むように答える美神。

「前におキヌちゃんが記憶喪失になってて、俺たちに気付かないで通り過ぎちゃった時、俺はさびしかった一方で何となくホッとしたんだよ。ああ、これでおキヌちゃんが危険な世界に巻き込まれなくて済む、ってさ」
「横島さん………」
「今何となく気がついたんだけど、俺はひょっとすると……おキヌちゃんに“いて欲しい”って思ってる一方で、“でもGSにはなって欲しくない”って思ってたのかも知れないな。虫のいい願望だけどさ」
「……それでも、なんです」
 少し考えた後で、それでもおキヌは決然として言った。
「美神さんの事務所で修行して、ネクロマンサーとしてはそれなりの実力もついたし、悪霊や霊団から自分の身を守れる程度にはなりました。でも、それだけじゃダメなんです。私だって、美神さんや横島さんと並んで危険に立ち向かっていけるようになりたいんです。GSとしてもよ……えと、パートナーとして戦えるようになりたいんです、私」
 誰のパートナーか、という点については人目を気にしたのか名言はしなかった。しかし、まあ、バレバレなのだけど。
「私、“あの時”みたいに自分の無力を後悔したくない! 美神さんや横島さんが危険な事件に飛び込んでいくなら、私だってついて行きます! そのために、特訓だって積んできたんです!」
 彼女の語勢が強くなると同時に、彼女から吹き上がる霊圧が少しずつ強くなっていくのが霊能者達には分かる。霊能のない横島サイドのスタンドの面々にも、空気が次第に変わっていくのが何となく感じられた。

「……分かったよ。それがおキヌちゃんの願いだって言うなら、俺は止めない」
 軽くため息をついてから、横島はうなずいた。と同時に、横島からも霊圧が発せられ始めた。空気が張りつめていくのを、リングサイドの面々も理解した。
「でも、だったらなおさら、俺も本気で行くからね! 悪いけど弓さんに一文字さんに冥子ちゃん、巻き添えからは自分で身を守ってくれ! ピートもタイガーも、愛子の事を頼む!」
「わ、わかりました……」
「ああもう、二人っきりで好きにやってくれっ! あたしゃ知らん!」
「でも〜、コーチャーとして〜、口ははさむからね〜」
「わ゛……わ゛か゛り゛ま゛し゛た゛……」
「この二人の事は、任せてくんシャイ!」
 一名まだ気絶中だが、両サイドから了承の声が返ってくるのを確認して、横島とおキヌはここで初めて身構えた。
「さあ、勝負だおキヌちゃん!! 君の今の実力を、見させてもらうぜ!」
「はい!! 全力投球で……勝負です、横島さん!!」


「あ、ホントだ。おキヌちゃんの霊力、春休みの測定に比べるとだいぶ上がってるわね」
 野球のスピードガンのような器具をどこからともなく取り出した美神美智恵が、面白そうに言った。
「え? それ、本当かい?」
「だってホラ、彼女の測定結果だけど、85.3マイトですって。属性は“神道”、タイプは“補”ね。この前の測定では、72.5マイトだったのに」
 ちなみにこの器具、パピリオ達の持っていた探査リングを元に作ったパワーガンである。
「横島くんは、っと……ええと、89.9マイト、属性“分類不能”でタイプ“特殊”……何よこの結果」
「彼の霊能力って〜〜〜ずいぶん特殊だものね〜〜〜」
「お、動き始めたようだよ」
 唐巣が指差した先では、二人が間合いを測りながら少しずつ距離を詰め始めていた。

「いきなり笛が飛んでくるかと思ったけど、違う? 接近戦の特訓もした、って事か?」
 様子見とばかりに円を描くようにグルグルと回りながら、お互いの隙を窺う二人。が、今までのように離れて笛を吹くだけでないという事は、彼女の足下を見れば分かる。履いているのはいつもの白に赤い鼻緒の草履だが、今日は紐で足首とかかとを固定していた。いわゆる、草鞋のような走りやすいスタイルである。
「おキヌちゃん〜、横島くんは今文珠を持っていないわ〜。文珠を作る様子を見せたら気をつけてね〜」
「はいっ!」
「……バレてるよ。冥子ちゃん、真剣にやればあの程度は楽にできるんだよな」
 12メートルほど離れていた二人の間合いは、渦を描くような動きで僅かに詰まってきている。11メートル、10メートル……
「よーし、行くぞ! 今のコンディションでフルパワーなら、文珠は5〜6秒で出せる!」
 そう決心して、横島は横歩きを続けながら右手に霊力を集中し始める。おキヌとの距離は、今9メートル半、9メートル、1メートル………
「どわああっ!!??」
 すんでの所で、無防備に直撃を食らうところだった。とっさに気付いて文珠の生成をキャンセルし、霊力をサイキック・ソーサーに切り替えながら前に差し出す。それと同時に、幽体離脱して一直線に突っ込んできたおキヌの霊体が、破魔札を叩きつけてきた。霊力と霊力がスパークして閃光を放つ! 
「あちち……」
 サイキック・ソーサーが不完全だったせいか、衝突の余波を浴びてよろめく横島。その間に、おキヌの霊体は素早く身体に戻っていた。

「ね? 特訓したって、言ったでしょ?」
 油断無く次の破魔札を右手、腰に差したネクロマンサーの笛を左手でなぞりながら、おキヌはそれでも微笑した。
「特訓した、って……」
 これまた体勢を立て直して、右手に霊力をボンヤリと集中させる横島。
「ひょっとして、妙神山で?」
「そうですよ。この前のゴールデンウィークを使って、泊まり込みで修行してきました」
「……道理で。春までに比べると霊力が段違いだし、この前おキヌちゃんの身体を借りた時と比べても、身のこなしとかが違うのが分かるし」
 さり気なく口を滑らせながら、横島はおキヌの今の実力を把握している。
「……今の俺にとってGSのパートナーは美神さんだけど、本気で横取りする気だって事?」
「言いましたよ? “横島さんと並んで危険に立ち向かう”って」
「言ってくれたけど、おキヌちゃんってさ………ひょっとして、欲張り?」
 プライベートなパートナー(俗に“恋人”とか“伴侶”とも言うが)だけでなくGSとしてのパートナーにまで納まろうというのだから、横島としてはそう思える。
「そうですね……私、元々物凄い欲張りだったのかも知れませんね。美神さんや横島さんみたいに、欲望丸出しにしない分、余計に」
「いや、美神さんのがめつさはアレで果てしないと思うんだけどな……」
「そんな事ありませんよ? 確かに美神さんは金銭欲の権化ですけど、欲望を開けっぴろげにするっていうのは、自分の欲望はここからここまでですって言っているようなものじゃないですか。だから、何一つそういう事を言わない人の欲の深さって、底が見えないって事になりますよね」
 美神に関してかなり酷い事を言っているような気もするが、この二人は全く気にしない。
「……こういう女の子は、イヤですか?」
「イヤとかそういう事じゃなくって……なんかおキヌちゃん、吹っ切れてるな」
「横島さんのおかげですよ、たぶん」
 イタズラっぽい笑い方をしながら、軽くウインクするおキヌ。

「おおっ、おキヌどのは美神どのよりゴウツクバリだったのでござるな!」
「でも別に、底が見えないのと底が果てしなく深いのは別モンじゃないの?」
「あ、あの二人、人の事を好き放題言ってくれるじゃない………」
「ぷ〜〜〜っくっくっくっくっ………」
 横で笑いを必死でこらえているエミの横で、美神は額に青筋を浮かべていた。


「とにかく、妙神山で修行したとなると……実力差は大したこと無い! だったら、俺ももうなりふり構ってはいられねーな! いっくぞぉぉぉぉ!!」
 そう言って、横島は危険を承知で精神集中に入る。と言っても、脳裏をハダカのねーちゃんだらけ(ただし、おキヌちゃんの比率は相当多くなっております。まあ、至近距離で色々見ちゃった事だし)にしているのだが……


「煩悩全開――――っ!!!!」
 ゴゴゴゴゴゴ!!
 よせばいいのに一声叫んだ瞬間、横島から吹き上がる霊圧が一気に増した。

「ちょっと、何、このパワー!?」
「こ、これが先生の本気中の本気なのでござるか!?」
「あ、あのバカ、こんな公衆の面前でアレを……」
 初めて見るリミッター解除に驚くタマモとシロ、羞恥心の欠如っぷりに呆れる美神。

「す、凄い霊力だわ! 150マイト、160マイト、170マイト、180マイト…………MAXは、191.9マイトになったわ!」
「い、一体どうやってあそこまで霊力を高められるんだ、彼は?」
「横島くん〜〜〜、よほど特殊な霊能力をしてるのね〜〜〜」
 パワーガンの表示をのぞき込みながら、これまた驚く美智恵・唐巣・六道母。数値がヒワイな語呂合わせになっているのは、多分偶然だろう。


「アシュタロス戦で一度だけお披露目したこの技、悪いけどおキヌちゃんに……は?」
 勝ち誇りかけた横島だったが、対するおキヌの様子に拍子抜けした。彼女は横島の出力全開にさして驚く風でもなく、手を組んで精神集中していた。そしてキョトンとする横島の前で、おキヌは目をカッと見開き………


「幻想全開っっ!!!!」
 バシュウゥゥゥ!!
「「「「「「な、なんだってぇ―――!!??」」」」」」

(↑某マンガのナワヤ・タナカ・イケダ・トマル化する横島と美神達)

 おキヌが叫ぶと同時に、これまた横島ばりに霊力が一気に上がったものだから、横島を含めたその場のほぼ全員が驚倒した。
「140マイト、150マイト、160マイト………ま、MAX175.1マイトぉ!!?」
「「「「「「え゛え゛え゛え゛―――っ!?」」」」」」
 想像外の数値に、美智恵達はおろか少し離れた令子達でさえ驚愕の叫びをあげた。

「横島さん! いざ勝負っ!!」
 高らかに叫んだおキヌ、そのまま再び幽体離脱。しかし、今度の彼女の霊体は先ほどに輪を掛けて速い!
「くっ!? 文珠……」
「てやああ――――っ!!」
 これまたさっきの比ではない集束力で手に霊力を集める横島だが、それより速くおキヌが円を描きながら横島の左後ろに迫ってきた。
「どわ―――っ!?」
 少なくとも時速100キロは軽く超えているスピードで飛来してくるおキヌwith破魔札を、横島は慌てて前に跳んでかわした。その間にも手の中の霊気は凝縮され、横島が着地して体勢をとると同時に文珠として具体化する。しかし、
「まだまだーっ!!」
「うおおっ!?」
 霊体に重さは無いに等しいから(よく数グラムの重さがあると言われるが)、今のおキヌは慣性の法則なんて都合の悪いものから解放されている。破魔札が空を切ったと知るや、急旋回して横島の背中に再度襲いかかる。横島はやむなく、出来たてホヤホヤの文珠に“護”の文字を籠める。

 バババリリッ!!

「どぉぉぉっ!?」
「きゃっ!?」
 破魔札と文珠の結界がスパークして、二人は反動ではじき飛ばされた。前転を二回してからはね起きた横島はおキヌにすかさず向き直るが、すでに彼女は身体に戻ってネクロマンサーの笛を唇に当てている。
「“小悪魔達の狂詩曲”(ラプソディ・バイ・ザ・グレムリンズ)っ!!」

 ピュ――リュリュピュリュリリュ、ピュリュリュリィリュ〜〜♪

「ぐぅっ!?」
 先ほどおキヌが奏でた変調曲が再び響き、今度は撹乱霊波が横島の結界をかき乱していくのを観客達は(霊能のある者に限って、の話だが)見た。さらに、横島が掌で錬成していた文珠が結晶化する寸前に撹乱霊波を浴び、再び霊気の霧に戻っていく。
「ほ、ホントかよ……! ネクロマンサーの笛で文珠をかき消した……!?」
 “護”の文珠までポン!と音を立てて破裂するのを見て、横島はさすがにビビった。こうなると、このヘンテコソングが流れているうちは文珠は使えない。
「だったら、“栄光の手”は……よし、出る!」
 若干ブレ気味だが、それでも右手から霊波刀“栄光の手”が展開された。文珠は集中力が欠けると具現化できないが(一例として、呪いの自転車に捕まってサドルに尻を刺されかけた時は文珠がロクに出せなかった)、霊波刀なら半ば無意識的に出す事ができる。
「おキヌちゃん〜、霊波刀に対して“真後ろ”に逃げちゃダメよ〜、伸びたら捕まっちゃうから〜。それと、文珠は3秒あれば作れちゃうと思うから〜、あまり時間をあげちゃダメ〜」
「…………(こくん)」
 対して狂詩曲を奏でながら、おキヌは冥子のアドバイスにうなずく。

 そしておキヌの肺活量が限界に近づき、曲が止まった。
「今だ! のびろ、霊波刀っ!!」
 おキヌが手加減するなと言ったからには、横島としても遠慮はしない、と言うかできない。まともに直撃すれば死にかねないスピードで、一気に霊波刀をまっすぐに伸ばす。狙うは、息の切れたおキヌが空気を吸い込むその瞬間の
僅かな隙!
「っ!」

 ピッ! ピッ!

 しかしおキヌは息を吸わずに伸びてくる霊波刀をサイドステップでかわしてから一息入れ、横島が霊波刀を縮めて再度伸ばしてくるところを、逆サイドに跳んでかわす! おキヌの幽体離脱より多少遅い程度のスピードの霊波刀は、それぞれ彼女のゆったりした袴と小袖をかすめ、布地を切り裂くだけにとどまった。
「まだまだっ!」
「きゃっ!?」
 とは言え、霊波刀にも重さはないから普通の物理法則には縛られない。突き出したまま即座に斜め上に跳ね上げた霊波刀は、身体を低くして避けたおキヌの頭をほんのちょっとかすめた。紺色がかった黒髪が、一筋切り裂かれて宙を舞う。
「逃げ回ってても、いつか食らっちゃうわ〜! 攻めなきゃ〜!」
「わかってます!」
 さらに二合紙一重でかわしてから、横薙ぎの一刀をおキヌは破魔札で受け止める。札を通して瞬間的に解放された霊力に霊波刀は砕け、霊波の破片が彼女に浴びせかかる。霊波の散弾は彼女の上半身のあちこちをかすめ、顔を、服を、髪を切り裂きながら通り過ぎた。頬から血が流れるのも厭わず、おキヌは霊波刀を砕かれてよろめく横島の隙を突いて再びネクロマンサーの笛を構える。

「“悪鬼達に贈る挽歌”(エレジー・トゥ・ザ・グールズ)!」

 ピュリリュリピュリリュリュ、ピュリリュリュリリュリュリュリュ――――♪

 三曲目は、哀調の奥底に怒りを秘めた静かな挽歌。その曲に乗せられた霊力は、今度はブリザードのような攻撃的霊波に変化して横島に襲いかかった。
「ぐっ……!」
 今度はとっさに霊波刀を消し、全身に霊力をまとって耐える横島。それでもカミソリの刃のような霊波が、横島の身体にピシピシと小さな切り傷を作った。

「先生は、何故何も出さずにただ堪えているのでござろう?」
「文珠か何かで、一気に反撃しないの?」
 いつもの横島の採らない戦法に、首をかしげるシロとタマモ。
「“出さない”って言うより、多分“出せない”のね」
 時折法円の結界に霊波が衝突して火花を散らすのを眺めながら、美神が答えを出した。
「見た感じ、横島クンは文珠を作る時に霊力を手に集中させてるわ。サイキック・ソーサーや霊波刀を出す時とほぼ同じ要領でね」
「でも全霊力を集中させなきゃならないから、その間はそれ以外の身体の部分は霊的に無防備になってしまって、あの霊波の風にズタズタにされる。つまり、今は下手に何も出せない状況にあるってワケ」
 令子の説明を、エミが引き継いで締めくくった。
「横島クン、突っ込まないわね……動けないのか、隙を待っているのか……」
「隙?」
「決まってるでしょ? おキヌちゃんの息切れよ」
 吹奏楽奏者などは口の中に空気を溜めておいて、息を吸う間はそれを吐き出して音を絶やさないという方法も使う。が、ネクロマンサーの笛は音と意思を霊波に変化させるアイテムである。息を吸ってる間に出している音は、正確に霊波には変換してくれない。それに、吹きっぱなしにしていると霊力だってバテる。だから、息が切れれば霊波も“一息”入れなければならない。ついでに言えば、おキヌがそんな器用な真似をしているところを見た事も無い。
「でも横島、だいぶ霊波が乱れてるわね。こりゃアイツ、このまま押し切られるんじゃない?」
「え゛!? せ、先生!?」
 エミの一言にシロが慌ててリングに視線を戻すと、確かに横島は一歩二歩ヨロヨロと後ずさっていた。霊視すれば、横島が全身にまとわせている霊気が攻撃的霊波にかき乱され、かなり揺らいでいる。
「ぐ、ぐぅ……!」
「おキヌちゃん、行けるわ〜! そのまま押し切っちゃえ〜!」
 ここを先途とばかりにおキヌは笛に吹き入れる息を強め、霊波のダイヤモンドダストも鋭さを増してゆく。ついに横島は霊波に押されて、苦悶の表情で尻餅をつく。

「…………ぷはぁっ!!」
「……なんちゃって!!」
 一気に押し切ろうとしたおキヌが息切れした瞬間、すかさず横島が起き上がった。
「今のひょっとして、やられそうなフリでござったか!?」
「霊波をわざと乱して、おキヌちゃんを誘った!?」
「と、来れば次は!」
 霊波が途切れた隙に横島は右手に文珠を造り出し、すかさず投げつけていた。錬成に要した時間にして1.5秒、いつもの文珠より光の鈍いそれにこめられた文字は―――


 “爆”
 ズドン!!!

 次の瞬間、一瞬の閃光の後でおキヌの目の前で爆発が起きた。
「氷室さん!?」
「おキヌちゃん!?」
「きゃ〜!?」
「や、やってもうたんかノー!?」
「つ゛、つ゛い゛に゛……!?」
 爆風を浴びながら、色めき立つリングサイドの面々(ただし、気絶中の愛子除く)。
「霊力は弱くしてあるから、まさか即死なんて事は無いと思うけど……」
 爆煙に軽く咳き込みながら、爆心地に注意を払う横島。今の文珠は、出力を絞って作る事で時間を短縮し、爆発の威力も弱めている。さすがにおキヌの命に関わったら大変だし、リングサイドの面々を巻き添えにしたくはないし(冥子の暴走も怖いし)、そもそもおキヌの次に爆風を派手に浴びるのは自分だし、それに時間をかけると次の曲が始まっていただろう。
 やがて、煙は治まる。闘技場の床には小さいながらクレーター状の物が出来上がっていて―――
「って、いない!? どこだ!? まさか木っ端微塵じゃ!?」
 慌てて周囲を見渡す横島。場外に逃げた様子はない。前、左、後ろ、右……
「上!?」
 第六感に引っかかる物を感じて、最後に上を見上げる。その視界に映ったものは、目の前にグングン迫ってくる三枚の破魔札だった。
「どひゃ――――っ!?」
 慌てて霊波刀を固定させて、直撃コースの一枚を叩き落とす。あと二枚は、横島に対して狭窄する形で地面で霊力を炸裂させた。無論、直撃でないとはいえ手以外は霊的防御ゼロの横島にとってはかなり痛い。
「す、するとおキヌちゃんは……はっ!?」
「やああぁ―――っ!!」
 破魔札とは別の角度から、横島の後頭部を目がけておキヌが落下して来ていた。振り返りざま出しかけたサイキック・ソーサーに、またも破魔札が衝突した。

「おキヌちゃんも〜〜、ずいぶん器用な事ができるのね〜〜〜」
「器用と言うか、おキヌちゃんでないとできない技よね……」
「長すぎる幽霊生活が与えた、皮肉な特技ですか……」
 ここで、種明かしをしておこう。息が切れた隙に横島が文珠を具現化させた事に気付いたおキヌは、慌てて回避に移った。が、法円の端が近かった事もあって横や後ろに逃げても文珠の効果から逃げ切れるものではない。この時点で“爆”の字は刻まれていなかったが、生半可な使い方はしないだろうという事を彼女は悟っている。
 そこで、おキヌが選んだ逃げ道は“上”である。もちろん、ただジャンプする程度では意味がない。彼女は横島が文珠を爆発させる寸前に素早く幽体離脱し、後ろから自分の身体に組み付いてそのまま真上に飛び上がったのである。そして文珠の爆風に乗る形で急上昇し、すかさず破魔札を三枚投げつけてから、今度は急降下しながら身体に戻って横島の後ろ斜め上から攻撃を仕掛けた、というプロセスである。元々幽霊生活が長かったために霊体がほとんど実体化していたおキヌだからこそ出来る方法だ。過去にも幽霊時代に横島を岩で殴る、買い物袋を下げて飛び回る、幽体離脱して美神をキャッチなどといった実績もある事であるし。
 もちろん、危険な方法には違いない。自分の身体に触れるという事は、下手をすると身体に戻ってしまって転落しかねないし、霊体が抜けた後の身体は、手に霊波を集中させた横島同様霊的防御力ゼロである。現に彼女の退避は完全とは言えず、爆風の影響で袴の裾が焦げてしまっている。


 それはさて置き、横島とニアミスした反動で落下速度を落としたおキヌは見事に着地。すでに彼我の距離は、殴り合いができる間合いになっている。
「下がったらやられちゃう! このまま勝負を…っ!」
「下がらない!?」
 霊波刀の間合いに持ち込もうと僅かに後ずさる横島に対して、おキヌは臆せず一気に踏み込んできた。
「せいっ! たぁっ! やあっ! てやぁぁ―――っ!!」
 右手に破魔札を構えて掌底、踏み込んで斜め前に打ち抜く左ストレート、身体を一回転させて右後ろ回し蹴り、そして左前蹴り!
「今度は! 六女仕込みの! 霊能格闘術か……うほぐはぁ!?」
 受ける横島はサイキック・ソーサーで破魔札を受け止め、霊波のこめられた右ストレートをいなし、回し蹴りをブロック……まではいいが、最後の左ハイキックをよけ損ねた。と言うより、まっすぐに自分の顔目がけて蹴りが飛んでくるものだから、ゆったりした袴の裾から覗く白い脚に目を奪われちゃった、というのが正しい(一度何もかも見たクセに何を今さら、なんて言ってはいけない。横島はこーゆーサプライズなチラリズムに至極弱いのだ! なお余談の余談ながら、こーゆー仕事モードのおキヌがちゃんとした“和装”をしている事を横島は承知している)。
「……って、これでやられたら笑い話やないか!」
 額から血を流しながらもよろめく脚を踏みしめて、横島はそれでも痛みを堪えて霊波刀を“抜き”、立ち直りざまおキヌ目がけて振り下ろした。
「うおおぉっ!!」
「やあぁぁっ!!」

 ガシッ!!

「お、おキヌちゃん……!?」
「こ……こうしないと、負けちゃいますから……!」
 重さが無く、最大で5〜6メートルまで伸びる(誰かの霊力を上乗せすれば、10メートルは軽く越す)“栄光の手”を避ける方法はいくつかある。その中で、おキヌが選んだ方法は一か八かの賭だった。
「ムチャするわね、おキヌちゃん……下手したら、横島の霊波刀でズンバラリンじゃない」
「しかし……変幻自在の霊波刀を完全にかわすには、あれが最善でござる……」
 伸びる霊波刀に対して、普通の刀の間合いから“後ろ”に逃げるのは無意味だ。“左右”にかわしても、おそらく切り返しで捕まる。だから、“刀”に“無刀”で対抗するための逃げ場は……“前”だけだ。横島が振り下ろした霊波刀は……横島の手首がおキヌの左肩に当たって止まっていた。霊波刀は彼女の小袖の肩を切り裂き、その下の肌に切り傷をつけただけだった。
 そして、その右手の付け根、つまり右腕をおキヌの左手がつかんでいた。横島は右手から霊波刀を消して左手を振り上げるが、その左手首をおキヌの右手が捕まえた。
「えぇいっ!!」
「うおっ!?」
 そして、横島の背筋が僅かに後ろに反ったのを見計らって、おキヌの右足が横島の内股をすかさず払う。重心が後ろに移動しかかっていた横島、左足を払われてバランスを崩した。某元バレリーナの柔道選手が思わず拍手したくなるような大内刈りで、そのまま二人は横島の背中から見事に地面に倒れ込んだ。すでに二人は、ちょっと顔を動かせばキスできるぐらいに密着している。
「………っ!!!」
「〜〜〜っ!!!」
 すかさずおキヌが幽体離脱して、身動きの取れない横島に破魔札を叩きつける。その一撃を受けるよりほんの少し早く、霊波刀の代わりにとっさに右手で文珠を合成していた横島が“護”の字を刻みつけて発動させていた。たちまち発動する結界に、破魔札の霊波ははじき返された。
「うっ…!?」
 とっさに身体の袂からもう一枚破魔札を取り出して横島に叩きつけるも、これまた結界のフィールドに阻まれて横島にはダメージが入らなかった。そうやって文珠の結界で守られている間に、横島の左手の方に文珠が生成されていく。
「悪いけどおキヌちゃん、いい加減に手を離して………ぐっ!?」
 おキヌの霊体が自分の身体に戻ったように見えた直後、今度は横島が苦しみだした。

「な!? ひ、氷室さん!?」
「な、なんジャト!?」
「う゛、う゛そ゛……!?」
「お、おいおキヌちゃん、そりゃムチャだ!」
「それは危険よ〜、おキヌちゃん〜!」

「な゛、な゛、な゛………、……そうは、させませんっ!
 横島の右手がおキヌの左手を引きはがし、そのまま手に持った文珠をリングサイドに投げ捨ててしまった。続いて左手もそれに倣い、文珠は効力を見せないまま法円の隅へと転がっていった。
こ、このまま5秒横に……って、やられるかぁ!」
「……っ!」
 横島の右脚が上がって、おキヌを後ろに押し返した。と同時に、横島の身体からはじき出されたおキヌの霊体が自分の身体を受け止め、そのままリングサイドまで後退してゆく。
「……って、距離を取らせたら……」
 慌ててはね起きる横島だが、文珠を出すよりおキヌの笛の音の方がほんの少し先を行った。

「“魔女と踊る円舞曲”(ワルツ・ウィズ・ザ・ウィッチ)!!」

 ピュ――ピッピィ、ピュリリィィ――、ピュ――ピッピィ、ピュリリィィ――♪

「うっ……!!」
 四曲目を耳にした途端横島は急にグラつき、まだ実体化していない文珠を取り落とした。

――もう終わりにしましょう……?
  戦うのをやめて、いっしょに帰りましょう――
  このまま二人でどこか遠く、誰も知る人のいないところへ――

「ああっ! お、おキヌちゃん、やめて――! 誘惑しないで〜〜っ!! って言うか、見知らぬ土地に二人で帰るって、なんか微妙にムジュンしてる〜〜〜っ!?」
 ハタから見るとおキヌの笛の音を聞いた横島がワケの分からない事を叫んでいるだけのように見えるが、見る目のある者には、今二人が激しい精神戦を繰り広げている事が想像つく事だろう。
「な、何だよこの歌……! 心が、何だかグラつく……!?」
「せ、精神汚染だわ……! あの曲が、精神コントロールの霊波を帯びている……!」
「何を言ってるのかさっぱり分からないけど〜、何だかおキヌちゃんの言うことに逆らえなくなりそう〜〜」

――疲れているのなら、ほら、一緒に休みましょう……?
  疲れて傷ついた心と身体を、私の中で癒やして――

「あ゛あ゛あ゛〜〜〜っ! き、きき、気持ちはとってもうれしいんだけど、そんな事を公衆の面前で堂々と言っちゃダメ〜〜! ああっ、でも何もかも放り出してそうしたいっ!!」

「先生には、一体おキヌ殿の声がどう聞こえているのでござろうか?」
「よく分かんないけど……多分、横島の煩悩をくすぐる内容じゃないの?」
「案外、横島クンが勝手にそっち方面に解釈して悶えているだけかも知れないけどね。例えばあのコントロール念波が、聞き手にとって最も強く誘惑される言葉に変換されるようになっている、とか」
 例えて言うなら、美神が聞いたら“10億円あげるから戦うのをやめましょう”と聞こえ、タマモだったら“戦いをやめて一緒にきつねうどんを食べに行きましょう”と聞こえる、とか。

「ああっ、ダメだぁ! その誘いには乗りたいけど、そんな事をしたらおキヌちゃんがこんな所で公開エロスをぉぉぉっ……ぉ!?」
 勝手に妄想が進行して葛藤しまくっている横島だが、急にフッと身体が軽くなったような気がした。
「やぁぁぁぁぁぁっ!!」
「おわ―――っ!?」
 横島が我に返った時には、息つぎを身体に任せて幽体離脱したおキヌが(幽体離脱した後の身体が寝言を言っていたことがあったから、当然息ぐらいはできる)、横島の顔面目がけて破魔札を叩きつけていた。爆発した霊力をモロに浴びて、後ろへ吹っ飛ぶ横島!
「や、やったわ〜〜、おキヌちゃん〜〜!」
「まだです、冥子さん! 横島さんは……倒れていません」
 はしゃぐ冥子を静かに制するおキヌの目の前で、吹っ飛んだ横島が身を起こしていた。
「あ、あいちちち……まともに直撃してたら、さすがにやられてた……」
「……ほらね」
 ギリギリでブロックしたらしく、大したダメージにはなっていなかった。
「って、速ぇ……! スピードだけなら、ベスパや小竜姫さまといい勝負だ……!」
「美神さんにあれだけ殴られてるんだもの、あれっくらいじゃ全然平気よね……!」
 そして、二人は再び身構えた。


「せ、拙者……おキヌどのがああもお強いとは思ってもみなかったでござる」
 物凄い攻防を目の当たりにして、シロの握り拳はいつの間にか汗でぐっしょりになっていた。
「いいの、美神? おキヌちゃん、本気で横島のパートナーになれるだけの実力があるんじゃない?」
 隣のタマモも、食べさしのスナック菓子を足下に置いたまま、固唾を呑んで見守っている。
「う、う〜〜ん……おキヌちゃんがGSとして実力をつけてくれるのは嬉しいことなんだけど……時給安くても文句一つ言わないし」
「相変わらず、素直じゃないわね……おたく」
 そして最前列にいる美神とエミも、試合の行方を見逃すまいと視線を動かすことはなかった。

「うおぉぉっ! 飛べ、サイキック・ソーサーっ!!」
「なんのっ! えぇ――――いっ!!」

 でもね、GSにとってパートナーの条件って、実力だけじゃないのよね。
 私はね、横島クンがGSとして半人前でさえなかった頃から、心のどこかでアイツをパートナーとして認めていたのよ。
 それは、アイツが隣にいれば大丈夫だ、っていう信頼感がいつの間にか芽生えていたから。
 西条さんではなく、エミや冥子でもなく、あのバカ……いえ、あのアホをそばに置いていたのは、多分そういう事なんだと思う。
 その事に気付いたのは……ま、ごく最近のことなんだけど。
 だから悪いけどおキヌちゃん、よっぽどのことがない限り、私はあなたと横島クンがGSとしてもベストパートナーだってそう簡単には認められないからね。
 いや、だからって、プライベートなパートナーならOKというワケでもないんだけど。

「でも、そろそろ決着がつくわ。この調子で試合が進むなら、“あと一歩”が足りないまま終わるわね……」
 それでも、いやハイレベルだからこそ美神は、試合の行方をある程度予見することができた。


「ひ、氷室さんって、どこでどんな特訓を積んでこられたのかしら……」
「ああ……確かに、よっぽどキツい鍛え方をしないとあそこまではならないよな……」
「おキヌちゃん〜! 横島クンは左手で文珠を作ろうとしているわ〜、阻止しなきゃ〜」
 おキヌの二人の学友達も、この激闘から目を離すことができない。目の前の二人の戦いは秘術を尽くした死闘でありながら、どこかデュエットの舞いを思わせる美しささえ感じられた。

「“悪鬼達に贈る挽歌”(エレジー・トゥ・ザ・グールズ)っ!!」
「ぐ、ぐっ……ま、まだまだ――っ!!」

「あと一歩、あと一歩なんだ! あと一歩押し切れば、おキヌちゃんが横島に勝てる!」
「でも、その“あと一歩”が……遠いっ!」
「おキヌちゃん〜、さっきも言ったけど〜、守っててもダメよ〜! 攻め切らなくっちゃ〜!」
 こうしてコーチャーの冥子も、必死で彼女らしからぬ大声を張り上げているのだ。いま弓と一文字の二人にできるのは、応援することだけ。


「ふう……何とか、身体が動くようになってきました……」
 ニンニクの大食いをさせられて(少なくとも、ピートにとっては尋常な量ではなかった)ずっと伸びていたピートが、やっと億劫そうに身体を起こした。
「おう、ピートサン、大丈夫カノー?」
「ま、何とかね……まだ、戦える状態ではありませんが……」
「仕方がないノー。わっし達にはもう、あの二人の邪魔はできそうにありませんケエ」
「あ〜、口の中がまだニンニクくさい……相手がニンニクを用意するとは予想してたんですけど、あの時は頭の中からスッポリ抜け落ちてましたよ……」
 ニンニクくさい唾を吐き出しながら、ピートはまだ若干しんどいようだった。

「きゃっ!?」
「かわされた!?」

「んん〜〜〜〜?」
 と、そこへ二人の傍らで間延びした声がした。
「あれ、私……何ともない?」
「あ、愛子サン?」
「気がついたんですか? よ、よかった……」
 二人が振り向いた先では、今の今まで失神していた愛子がムックリと身体を起こしていた。
「あ、そうか。私、インチキしてたのがバレたんだっけ」
「大丈夫でしたか? 横島さんとおキヌさんが手当てしてくれたそうですけど……」
「あ、そうなの? 横島くんだけじゃなくて、おキヌちゃんまでね〜」
 ヒーリングの効果か、愛子には大したケガはないようだ。
「1年前の私だったら、ちょっと危なかったかもね。あれだけ強烈な霊波弾食らうと、アウトだったかな。この1年間がの成果、こういう形で出るなんてね〜」
「……ずいぶん、さばけてますね。もう少し、怒ってるかと思いましたが」
「え? 何で? 先にズルしたの、私の方よ?」
 ピートやタイガーにとって意外なことに、霊波弾を打ち込まれた愛子自身はその件について特段文句を言わなかった。
「こう見えても私、あの東京大空襲を生き残った世代だもの。あの光景に比べたら、この程度可愛いものよね〜。うん、青春に多少のダーティさはつきものだわ」
「……そういうものなんですか?」
「しかもその頃、愛子サンはただの机だったんジャガ……」
 妖怪として霊格が上がったので、彼女はただの机だった頃の記憶を鮮明に思い出してきたのだろうか? 呆れながらも、ピート達はそんな事をふと考えた。

「で、試合の方はどうなの…………って、何、この異様にハイレベルな攻防は?」
「分かりますか?」
「そりゃ、霊力の強さがハンパじゃないもの。一体私の気絶してる間に、何があったの?」
「あ、ちょっと後にしてツカーサイ。正直言って、目が離せないケン」
「そろそろ大詰めですよ……どうやら」


 能力差は、僅差だった。僅差だから、試合は膠着した。
 でも、だからこそ、10対11という霊力値のちょっとした差とか、GSとしての最前線での実戦経験の差とか、それぞれの基礎体力の差とかが、長期戦になってはっきりと現れた。

「てぇぇぇい!!」
「あっ……!?」
 横島の伸ばした霊波刀がおキヌの手をかすめ、そこに握られていたネクロマンサーの笛をはじき飛ばした。
「ま、まだまだ…………うっ!?」
 幽体離脱して笛を拾おうとして一歩足を踏み出したおキヌが何かを踏んづけたと気づいた直後、彼女の身体は足元から吹き出した霊波に包まれた。
「ゆ、幽体離脱………できない!?」
「さっきおキヌちゃん、文珠を投げ捨てただろ? あの時、字を間一髪でこめておけたんだよ」
 おキヌが踏んづけた文珠には、“固”の字が描かれていた。
「うまくいけばブービートラップになるかな、とは思ってたけどさ。ま、うまい事霊体が身体に“固”定されたって事かな」
「う……!」
 必死で身構えるおキヌだが、息は上がっているし、服も身体も傷だらけ。傷の数では横島も似たり寄ったりだが、それでもおキヌほど身体はへばっていなかった。
「もうそろそろ破魔札は使い切った頃だし、笛は落っことして、幽体離脱も封じた。勝負あり、だと思うんだけどさ。それに……」
「それに?」
「俺の霊力って、煩悩に左右されるからねー。そういう格好をされてると、煩悩は溜まってく一方なんだな、これが」
「あう……」
 言われてみると彼女、動き回ったものだから小袖の胸元は大きくはだけちゃってるし、小袖や袴はあちこち切り裂かれて白い肌がのぞいている。しかもただ白いのではなく、動き回ったせいか紅潮している。横島に指摘されて、おキヌは慌てて小袖の襟の合わせを直した。
「横島さんは……その、私の今の格好で……溜まるんですか? 煩悩」
「……まあね。でもさ、あまりそういう格好をさせたくはないんだよな〜……」
「? どうして?」
「こんな公衆の面前で、おキヌちゃんにあられもない姿をさせるのは……さすがにイヤだもんな」
 そう言いながら、横島は自分の背後のスタンドを親指で示した。
「よかった………そう言ってくれて、二重にうれしいです」

「な、なあ弓……今のって、喜ぶべきところなのか?」
「なんか、一種のノロケに聞こえましたわね……」

「でも……まだです! まだ……試合は終わってません!」
 それでもおキヌは背筋をシャンと伸ばし、袴の脇から中に手を突っ込んだ。そして、脚にくくりつけてあった“三つ目のアイテム”を取り出す。
「神通棍……?」
「横島さん……最後まで相手して下さい。私、最後まであきらめません!」
 そして、おキヌは神通棍を伸ばして霊波をこめ始めた。
(―――横島さん、横島さん……横島さん――――――!)

「おキヌちゃん、なんで最初から神通棍を使わなかったのかしら?」
「神通棍なら、先生の霊波刀にも充分対抗できるはずでござるが……」
「それは無理。おキヌちゃんが神通棍を使っても、横島クンには勝てないからよ」
 後ろの二人の質問に、美神が答える。
「あの神通棍を見なさい。今のおキヌちゃんは私以上の霊力を神通棍に与えているのに、私の使う時ほど強く光ったり、鞭に変形したりしないでしょ?」
「……あ、ホントだ」
「霊力にも質ってものがあってね、人によってどうしても向き不向きがあるわ。私がネクロマンサーの笛を吹いても、ウンともスンとも言わないのと同じね」
「なるほど……」
「ついでに言うと、横島クンも神通棍には向いてない。って言うか、霊力を具現化するのに向いた能力だから、神通棍を霊波で内側から壊しちゃうのよね、アイツ」
 使い古しの神通棍を譲ってやったら即座に破裂させてしまった時のことを思い出し、美神はちょっとだけ不愉快な気分になった。あげたものだから弁償はさせなかったが、少々派手に殴り倒させてもらった。

「横島くん、最後まで油断しちゃダメよ! 勝てる勝負を勝ちきるのは、難しいんだからね!」
「お?」
「あ!」
 ピート達のいるリングサイドから、愛子の声が届いたことに二人も気付いた。
「おキヌちゃん〜、最後まであきらめちゃダメ〜。横島くんだって〜どこかで隙を見せるわ〜」
 おキヌの背中には、冥子の激励が飛んできている。
「……続けるんだね、おキヌちゃん?」
「最後まで諦めないで、希望を捨てずに、最善を尽くしてジタバタする……私、横島さんと美神さんの姿を通して、それを学びました」
 霊波刀を中段に構えて、神通棍にありったけの霊力を注ぎ込むおキヌ。
「ああは言ったけど、出せる文珠は残り3個がせいぜいか……でも、やるしかない……!」
 対して横島は右手に文珠を出し、“剣”の字を発動させた。たちまち、横島の右手から二方向に霊気の剣が飛び出す。しかも、通常時の“栄光の手”よりも霊波が強い。
「こうなったら最後まで付き合うぜ、おキヌちゃん!」
「はい……!」

「これが〜〜〜、最後の勝負ね〜〜〜」
「横島くんがこのまま押し切るか、おキヌちゃんの一発逆転なるか……」
「最後まで目の離せない試合になりますな……」

「ふう……はあ………」
「すー………はー……」
 息を整えながら動かない二人。まるで、決闘に臨んだガンマンのようなにらみ合いが十数秒続き……

「クシュン!」

「てゃあぁ―――っ!!!」
「うおぉぉ―――っ!!!」

 スタンドの誰かがあげたクシャミが聞こえた途端、二人ともはじかれたように走り出した。剣の間合いに入ると同時に、おキヌが神通棍を突き出す! それを横島の文珠の剣が受け流し、そのまま袈裟懸けに斬りかかる。それをおキヌは神通棍で受け止め、今度はそれを流してから胴を真横に払う。それを再び横島が受け止め、押し返してから逆に剣を真横に振り抜く。おキヌもそれを神通棍で受け止め―――

 パキィィィィン!!!

 鋭い音がスタジアム全体に響き……神通棍が柄元から真っ二つに断ち切られていた。そのまま文珠の剣は振り抜かれ、おキヌの胸元をかすめた。
「あぁ……っ!?」
 ついに顔を歪ませるおキヌに対し、横島はすかさずバックステップで後ろに下がる。
「よし、もらった! ここでサイキック・ソーサーをぶつけてぐはぁぁっ!!??
 左手にサイキック・ソーサーを具現化して投げつけようとして、横島はいきなり鼻血を軽く吹いた。
「え? あ? きゃっ!?」
 横島が右から左に振り抜いた剣は、見事におキヌの左肩・鎖骨の下5センチばかりのところをかすめ、小袖の襟元をバッサリ切り裂いていた。必然的に小袖は下にめくれ落ち……彼女の左胸をポロリと丸見えにしていた。
「って、あ゛っ!?」
 投げかけたサイキック・ソーサーは……見事にすっぽ抜け、しかも扇情的な光景のためにパワーアップしながらまっすぐ飛んでいった……六道女学院チーム、コーチャーズボックスを正確に目がけて。
「な゛………!?」
 固唾を呑んで見守っていた冥子は、凍りついて全く動けない。十二神将を影から出す暇もなく直撃――
「危ないっ!!」

 ズガンッ!!

「ぐぅ……っ!!」
「え?」
 その前に一つの影が割って入り、冥子に替わってサイキック・ソーサーを受け止めた。尋常でない威力の霊波弾もどきを食らって吹っ飛ぶその影は、
「かおりちゃん……!?」
「ゆ、弓!?」
「弓さん……!?」
 冥子をかばった弓かおりは、冥子の傍らに倒れて動かなかった。

「そ、そ、そんな……! そんな……!!」
 しばらく硬直していた六道冥子が、やがてガタガタとふるえ始めた。
「げっ!?」
「め、冥子さん!?」
 ハッとなる横島とおキヌ。この兆候から考えられる次の彼女の行動は、二人にとっては一つしかない。しかし、
「ど、どう、しよう……! 私、何も、できなかった……! 私、わたし……!!」
 彼女が暴走する時は、必ず無秩序に霊波がブワッと発散されるものなのに、逆に今の冥子からは霊波が消えていっている。
「よ、横島さん、これって……!?」
「ただの暴走じゃ……ない!?」
「!! いけない!! 冥子、それをやってはダメよ!!」
 いきなり立ち上がり、大声を張り上げたのは観客席の六道理事長だった。
「り、理事長? 一体、“それ”って何なんですか?」
 いきなり狼狽する冥子の母に、隣の美智恵がまず驚いた。
「感情が爆発して式神の精神コントロールが不能になると、あの子達が暴走するのは知っているでしょう?」
 理事長の言葉からは、六道家特有の言葉の間延びが一切無かった。つまり、それだけ事態が危険なのだろう。
「でもそれは、無意識的に自分の周囲に対する怒りとか恐怖とかいった“否定”の感情に式神が反応するからなのよ…………この時、式神使いが自己嫌悪みたいな、自分自身に対する“否定”の感情を爆発させたとしたら、どうなると思う?」
「!! ま、まさか……!?」
「そう。影の中に住んでいる十二神将は、一斉に使い手の霊体に襲いかかるのよ………六道家では、これを“自滅”って呼んでいるわ」
「な……!」
 理事長の両脇の美智恵と唐巣が、同時に蒼白になった。
「で、では、式神使いは……?」
「六道家の歴史の中で、“自滅”の前例はいくつかあったわ。彼女たちは運が良くて霊体に大きく傷をつけられて再起不能、普通は……霊体がバラバラになって死ぬ…!」
「な、何ですって!?」
 今の言葉を聞きつけた美神令子が、これまた棒立ちになった。
「め、冥子が……死ぬ……!?」
「そ、それ本当なワケ!?」
「冥子どのが!?」
「そんな!?」
 その呟きを耳にして、エミが、シロが、タマモが、弾かれたように立ち上がった。
「あなた達! 冥子ちゃんを止めなさい! 死なせちゃダメっ!!」
 真っ先に柵を乗り越えて競技場側に飛び降りたのは、やはり美神美智恵だった。続けて令子が、理事長が、唐巣が、エミが、シロとタマモが、六道女学院のスタンドからは鬼道が飛び降りる。
「おキヌちゃん、俺たちも!」
「はい!」
 法円の中で様子を見守っていた横島とおキヌも、すぐさま彼女の元に駆けつける。横島チームのあと三人、ピート・タイガー・愛子の三人もそれに倣う。
「冥子さん、しっかりして下さい!」
「冥子ちゃん、落ち着け、落ち着くんだ!」
「冥子はん!」
 都合13人が、六女側のリングサイドに集まった。
「一文字さん! これで弓さんの手当てを!」
「お、おう!」
 弓を介抱していた一文字に、横島が“癒”の文珠を手渡した。

「冥子! 落ち着きなさい!」
「わ、わ、私なんて………私なんて…………!」
 令子が冥子の肩をつかんで揺さぶるが、冥子の反応は無い。彼女はあらぬ方角をうつろな目で見つめながら、うわごとのように呟いていた。
「おキヌちゃん! ネクロマンサーの笛で、冥子を落ち着かせられないの!?」
「や、やってみます!」
「あ、これ笛」
 途中で横島が拾い上げていた笛を受け取り、おキヌは再びメロディを奏で始めた。

「“妖精の唄う子守唄”(ララバイ・オブ・ザ・フェアリーズ)………」

 ピュ――リュリィ―――ピュ――リュリィ―――、ピュ――リュリィ―――ピュリィ――リュリリィ―――♪

 彼女が奏でるのは、今度は優しい気持ちに満ちた子守唄。それを聞いていた横島はあることに気づき、頭に巻いていた赤いバンダナを外した。
「……………………」
「………(こくこく)」
 おキヌの前でバンダナを指差し、次におキヌを指差し、最後に手にしたバンダナを横に動かす仕草。彼女の方も、それを見て無言のうちに(正確には、演奏しながら)うなずいた。
「………(こくん)」
 返事を確認してから横島はバンダナを広げて、それをおキヌの肌襦袢の左の下に押し込み、彼女の左胸を覆い隠した。その間にも、彼女の演奏は乱れることなく続いている。穏やかな気持ちに包まれながら、周囲はそれでも固唾を呑んで見守った。

 やがて、演奏が終わる。笛から唇を離したおキヌの表情は、引きつっていた。
「……ダメです。冥子さんの心は、物凄い霊波で覆われています……今の私の霊力じゃ、冥子さんの心に……届かないんです……!」
 横島との激闘で消耗したツケが、ここで出たらしい。確かにおキヌの発した霊波は、試合中に比べてずっと弱々しかった。
「く……冥子、このバカ……!」
「ダメよ、令子! そんな事をしたら、逆効果だわ!」
 いつも横島にやっているノリで冥子を引っぱたこうとした令子の右手を、美智恵が慌ててつかんだ。
「おキヌちゃん、もう一度よ! 令子達は呼びかけを続けて! 横島くんも文珠で協力して!」
「は……はい! これが最後の文珠……!」
 横島もありったけの霊力を振り絞って、文珠を手に出現させた。文珠に与えた一文字は、“鎮”。
「冥子、しっかり! 自分に負けちゃダメよ、冥子っ!」
「冥子はん、大丈夫や! 冥子はんは誰も傷付けてへん! 君は、ちゃんとやったんや! だから、しっかり!」
「冥子ちゃん、気を……しっかり……!」
 令子と鬼道が必死で声をかけ、横島が文珠を通して霊波を注ぎ込み、おキヌが必死で笛を吹く。しかし、

「……イヤ……こんな私、もう……イヤ………!」
 すでに冥子の精神は、導火線に火がついたに等しい状態になっているらしい。
(ダメだわ……霊力があと少し、あと少しあれば……!)
 霊力を必死でふるいながら、おキヌは頭の中をフルスピードで回転させる。
(横島さんの“煩悩”なら……! 私もあれをもう一度……二人の霊力で……文珠を……!)
「横島さん――!!」
「冥子はん――!!」
 おキヌが演奏を中止して横島に向き直るのと、鬼道が冥子を引き寄せるのが、ほぼ同時だった―――


ピキィィィィン!!!


「う、う〜ん……何、今の霊圧……?」
 今周囲を駆け抜けた強烈な霊圧がショックになって、弓かおりは意識を取り戻した。
「な、何でしたの? 今のは……」
 目を開けて頭を起こし、最初に目についたのは、一文字・ピート・愛子・タイガー達が驚愕の表情で硬直している姿だった。
「い、一体何が………な゛!!!???
 一同の視線の先にいぶかしげに視線を向け……弓の表情も同じく固まった。


 その視線の先にあったのは、

 六道冥子を抱き寄せて口づけをしている鬼道政樹と、

 その冥子に文珠を突きつけながら、同じく口づけを交わしている横島忠夫とおキヌの姿だった。


「………ふにゃ………」
 気が抜けたかのように冥子の硬直が解け、そのまま崩れ落ちた。
「冥子はん!?」
「だ、大丈夫よ! 気を失っただけ! 霊力も落ち着いたわ!」
 最初に我に返ったのは鬼道と、続いてその傍らにいた令子だった。
「ま、間に合った……」
「よ、よかったです……」
 続いて、霊力を出し尽くしたらしい横島とおキヌが、ひっついたままへたり込んだ。そして、役目を終えた文珠がフッと消えていく。
 その文珠はいつの間にか銀色と青色の二色で太極模様が描かれており、一つの文珠に“鎮”と“静”の二文字がいっぺんに刻み込まれていた。


 ここで、ちょっと説明しよう。
 霊力というものは、魂に由来する能力である。魂、あるいは霊体というものは、つまるところ心、精神である。だから、人が感情を爆発させるように、心のありよう一つで霊力というのは一気に強く発揮されることがあるのだ。
 例えば、横島という男を見て欲しい。彼は煩悩が爆発することで霊力が一気に解放されるという事が、過去幾多の戦いで立証されている。続いて、美神を考えて欲しい。彼女は大金が絡むと、途端に人智を超えたパワーを発揮することがままある。つまり、横島にとっての霊力のスイッチは“煩悩”であり、美神にとっては“お金”なワケだ。
 では、翻っておキヌはどうなのか? そう、彼女にもスイッチはある。例えば、死津喪比女との最初の遭遇の時、彼女をして人柱の池に飛び込ませたのは、親友・女華姫を救いたいという強い気持ちだった。続けて、300年後に死津喪比女との決着をつけた時、彼女が死津喪比女に決死の突撃をかける直接のきっかけになったのは、無線機越しに響いた横島の悲鳴だった。そして、生き返った彼女が過去の記憶とネクロマンサーとしての資質をいっぺんに手にしたのは、自分を襲う霊達への慈しみと、そして霊達から身を挺して自分を守ろうとした横島への想いだった。
 つまるところ、おキヌにスイッチがあるとしたら、密接に関連するキーワードは“愛”と“横島”の二つなのだろう。即ち、先ほど彼女が見せた霊力全開モードは、この二つを有機的に組み合わせる事によって、自分の中の霊力を一気に引き出したという事……なのだろう、多分。

 そういうわけで、今し方のおキヌの行動は、横島のスイッチと自分のスイッチを同時に入れ、なおかつ二人の霊力を相乗させることで冥子の心に働きかけようとしたのである。まあ、これと鬼道の行動のどちらが決定打になったかは、誰にも分からないのだが。

 追記すると、二人の突き出した最後の文珠がいつの間にか、アシュタロスとの戦いでごく数度だけ使われた太極型の二字文珠に変化していた理由は分からないままである。
 でもひょっとすると……ルシオラの魂が入り込んだことによって一時的に使うことのできたこの文珠が今再び発動したという事は、横島の魂の中に眠っている彼女が、二人の仲を認めてくれたという事なのかも知れない。


「あ、あのね……横島クン、おキヌちゃん……」
 鬼道が冥子を抱えて医務室に駆け出していくのを見届けてから、令子が微妙に声をビブラートさせながら二人に声をかけた。
「………いえ、何でもないわ」
 そして、何かを言いかけてやめた。このリングサイドは、今ものすごく白〜〜いムードに包まれていた。
「ところで……試合、どうなったの?」
 この雰囲気の中でポツリと口に出したのは、鉄の精神力を持った美神美智恵だった。
「全員法円から出ちゃったんだけど……これって、リングアウトでしょ?」
「「「「「「……あ゛!」」」」」」
 確かに、法円の中にはもう誰もいなかった。何か乾いた風が、競技場を通り抜けたような気がした。


「う、う〜ん……」
 冥子が目を覚ました時、目の前にあったのは白い天井だった。
「ここ……どこ〜〜?」
「よっ、目ェ覚めたか? ここは医務室やで」
 そして、心配そうに自分の顔をのぞき込む鬼道の姿もあった。
「マーくん〜……」
「大丈夫や。もう心配はあらへん。弓も氷室も一文字も、カスリ傷で済んだ」
 彼女を落ち着かせようと優しく語りかける鬼道だが、冥子の表情は暗い。
「私、何の役にも立たなかった……」
「そんな事はあらへん。君は、最初はともかく後半はよくやってた。相手のことはよく見とったし、アドバイスも的確やった」
「………」
 少し黙り込んでから、冥子はポツリと言った。
「試合の途中で令子ちゃんに怒鳴られた時、私、ちょっとだけ思ったの……これが最後のチャンスなんじゃないか、って……」
「最後の?」
「うん。私、どんなに頑張っても半人前だし、ひょっとしてこれでダメだったら、式神達を取り上げられて、令子ちゃん達からも捨てられちゃうんじゃないか、って。ホントに、私、もうダメなんじゃないかって、心配だったの」
「………そうか……」
「それでね、かおりちゃんが私をかばって倒れちゃった時に、私、すごく自分がイヤになっちゃった。自分は誰の役にも立たない出来損ないの式神使いで、もう……いない方がいいんじゃないか、って」
「そんな事はない」
 強い口調で鬼道は冥子の言い分を否定し、彼女の手を握った。
「誰だって、最初は半人前なんや。冥子はんのお母さんにしたかて美神はんにしたかて、最初から一人前なわけやない。ボクかて、まだまだ一人前とは言えんし」
 そう言って、空いた方の手で彼女の頭を優しく撫でる鬼道。
「だから、自分を嫌いになったらあかん。自分に自信が持てるようになるまで、ちょっとずつでもええから頑張っていかな。な?」
「うん………」
 そううなずいて、冥子はベッドから上半身を起こした。
「ね、政樹くん」
「ほ?」
 いつもの“マーくん”ではないので、鬼道は少し面食らった。
「私、まだ半人前だし、式神達や令子ちゃん達に頼りっぱなしだったし……一人じゃ一人前になれないんじゃないかな、って思うの」
「冥子はん……」
「もし……誰かと一緒でないと一人前にやっていけないようだったら……その時は、政樹くん、そばに、いてくれる〜〜?」
 いつもは能天気そうにノホホンとしている冥子が、いつになく不安げに、寂しそうな表情をしていたものだから、
「ああ、大丈夫や。その時は、ボクが一緒にいるさかい、安心しいや」
 鬼道もそういう返事を返していた。そして彼女の横に柔らかく寄り添いながら、
(ああ、これで週明けは学校で質問責めやな〜〜〜……)
 などと、ピントのずれた心配をした。


「なあ弓、あたし達も、まだまだ修行が足りないよなあ。上には上ってのが、いくらでもいるんだよな」
「……そうですわね」
 試合は済んで、荷物をまとめた弓と一文字が、競技場の外の駐車場を横切っている。
「な、元気出せよ。別に、今日の一件で何のペナルティも無かったんだろ?」
「そりゃそうですけど……私、無様なところを見せてしまいましたし……」
 落ち込む弓を励ます一文字。やがて、二人はバスの手前までたどり着いた。が、二人の足はそこで止まった。
「……何だよ、ズラリと並んで」
 そこにいたのは、今回の代表の選抜トーナメントに破れた、同じ二年生の生徒達だった。学年次席のボブカットの少女が、神通棍使いの長髪の少女が、ファントムの仮面を身につけた少女が……他にも大勢、二人を待っていた。
「……私のこの情けない有様を、笑いに来たとでもおっしゃるの?」
「「「………」」」
 彼女たちはしばらく声もなく顔を見合わせ……
「……ナイスファイト」
「惜しかったよ、今日の試合」
「次、頑張って」
 口々に、二人を賞賛した。
「………え?」
「私達も、甘かったわ。まだまだ……修行、足りないわよね」
「だから、頑張ろうよ。あたし達も、もっと頑張るからさ」
 何人かが二人の傍に歩み寄って、労るように肩や背中をポンと叩いた。
「だから、元気出そうよ。また明日から、出直しよね」
「…………はい…………」
 不意に弓の肩が震え、その双眸から涙が流れ出した。普段は肩肘張って生きている弓が人前で泣くのは、滅多に無いことだった。
「……泣くなよ。次は負けないように、頑張ろうぜ。な?」
「うん、うん………」
 子供のように泣きじゃくる弓を、同期生のライバル達も暖かく見守っていた。
「ところで、今日大活躍の氷室さんは?」
 キョンシー達を連れたセミロングの少女が、周りを見回しながら尋ねた。
「色々聞いておきたいこと、あったのに……」
「あ、ああ…おキヌちゃん? さ、さあね、自分で帰るからって言っていなくなったんだよな。どこ行っちゃったんだろ? ハハハ……」
 若干白々しい答え方で、一文字魔理ははぐらかした。


 試合は済んで、試合会場は綺麗に片づけられている。試合であちこち破損したクレーの地面も、すでに応急修理は終わっていた。横島はそんな競技場の様子を見つめながら、次第に赤く染まりだしている西の空を正面に眺めることのできる観客席の一つに座り込んだ。ボロボロになったGジャンとGパンは替えの服に着替え、切り傷にはバンソーコーを貼ってある。
「横島さん、ここにいたんですか?」
「……おキヌちゃんか」
 破れた巫女服から普通の私服に着替え、横島同様にあちこちにバンソーコーを貼ったおキヌが横島の傍らに寄って来た。
「帰らないんですか?」
「……正直言って、学校の連中と一緒には帰りづらくって」
 だから、暮井先生にこっそり頼んで先にバスで帰ってもらったのだ。もし同乗していたら、

『横島さん、一体なんであんなところでキスなんかしたんですか!?』
『これまでに何があったんかノー!?』
『ニヒヒヒ』←野次馬の笑い声
『ねえねえ、やっぱり横島くんもおキヌちゃんのことを!?』

 ……こうなるに決まってるんだ。多分、おキヌも同様の理由だろう。


「このバンダナ、返しますね。ありがとうございました」
「いや、別に、改まってお礼を言われるほどのことでも……」
 言いかけた横島の正面にしゃがみ込んだおキヌは、先ほどのバンダナを額に当て、手を後ろに回してキュッと結んだ。
「でも、良かったんですか? あれは無効試合でもよかったですし、それに……最後は私の負けだったと思うんですけど」
「別にいいよ。ルールを厳正に適用すれば、アレは反則だったんだし」


 結局、この対抗試合自体はGS協会の裁定により、横島くんの高校(仮名)チームの反則負けという形で決着した。横島の告白もあったが、何より当の愛子自身が反則の存在を認めたからだった。

 なお、横島達の反則にしても、弓がそれを実力行使で強引に排除したことについても、GS協会や運営委員会からのお叱りは一切無かった。
 そもそもこのテストマッチというのは試合環境の不具合やルールの穴などをはっきり浮き彫りにするために開催したのであって、むしろ反則行為や問題が出るのは望むところ。と言うより、不完全なルールをバカ正直に遵守したお行儀のいい試合をされてはこっちが困る、というのが本音なのだろう。
 もちろん、横島・愛子・タイガー・弓の四人が“全国大会ではルールを修正しておくから、もうやらないように”と念を押されたのも事実なのだが。

 もちろん、この後六道女学院や冥子、弓かおり自身がどれだけ名誉を回復できるかについては、彼女たちの今後の頑張り次第だろう。


「私、これでも一生懸命やったつもりだったんですけど……やっぱり、ダメですよね?」
「え? 何が?」
 おキヌが不安そうな表情をしながら、横島の隣の席に座った。
「結局、私……横島さんにかないませんでした。横島さんのパートナーとして務まるって思ってたのに……」
「そんな事はないよ。おキヌちゃん、本当に頑張ってたし」
 そう言って、横島はおキヌの向こう側の肩をつかんで引き寄せる。
「俺だって修行が足りないし、まだまだこれからさ。頑張っていこうよ。な?」
「………はい、横島さん。はい………」
 そう答えて、おキヌは微笑みながら横島の肩に身を預けた。

「横島さん……私、これからも頑張りますから……横島さんと、一緒に…………いさせて、下さいね…………」
 呟くような声が横島の耳に届く。少し考え込んでから返事をしようと横を向くと、そこには目を閉じて眠っているおキヌの姿があった。疲れて寝ちゃったのか、と横島は苦笑し、最初の意図とは別な言葉をかけた。
「………お疲れ様、おキヌちゃん」
 そう言ってから、横島も身体の力をフッと抜いた。


 ああ、やっぱりだ。この人は、心がとても暖かくて柔らかい。
 美神さんやルシオラの時は、彼女たちに対して“そばにいてあげたい”って思ったけど……
 この人には、“そばにいてもらいたい”って思える。
 それは、自分本位の考え方なのかも知れないけど、
 それが、彼女の願いでもあるのなら、それでも構わないかな。

 な、ルシオラ。
 俺、幸せになれるかな? 誰かを、幸せにしてあげられるかな?
 お前以外の誰かと手を取り合って歩いていっても、構わないよな。
 この人と一緒に夕日を眺めていても、それでもいいよな―――


 そんな事を考えながら、横島忠夫もまた、まどろみの中に落ちていった―――


「くおぉぉぉらぁぁぁぁっ!!!」
「わあっ!?」
「きゃっ!?」

 いきなりの怒声が、二人を眠りの園から無理矢理に引っ張り戻した。二人が周りを見回すと、すでに夕日は街並みの向こうに沈んでいて、あたりは宵闇が迫りつつあった。そしてその西の空の中心に……
「み、美神さん……!?」
「シロちゃんに、タマモちゃんも……?」
 物凄く不機嫌そうな、三人が立っていた。

「フッフッフッ、見せつけてくれるじゃないのお二人さん。いつまで経っても戻ってこないからどうなったかと思ったら、まさかまだここにいたなんてね……んん〜?」
「お二人の学校の方々に聞いても、お二人の行方を教えてもらえなかったでござる……探したでござるよ」
 と、美神とシロがピリピリした声を投げかけてきた。
「で? お二人はあ〜ゆ〜仲になっていたのでござるな……拙者達の与り知らぬ所で!」
「詳しく説明してもらおうじゃないの〜? 特に、横島ク〜ン!?」
「私はどうでもいいんだけど……この二人の八つ当たりをさんざん食らったから、その責任は取ってよね」
 タマモも加わって、三人がかりで迫られる横島&おキヌ。

「あ、あの、横島さん…………」
「え?」
 おキヌの手が、横島の手首をギュッとつかんだ。
「…………逃げましょう!!」
「え、ええっ!?」
 そしてそのまま、横島の手を引いてパッと走り出した。
「逃げるって、な、なんで!?」
「と、と、とにかく逃げるんです!」
「…………って、ちょ、ちょっと待ちなさいっ!!」
 そのまま脱兎のように競技場の外へと駆け出す二人、そしてあっけに取られていた美神達も、慌てて二人を追って走り出した。


「お、おキヌちゃん! 逃げるって、どこまで!? いつまで!?」
「どこでもいいんですっ! とにかく、美神さん達のほとぼりが冷めるまで逃げましょう!」
「こら〜〜! 二人でどこへ逃げようってのよ〜〜!」
「せんせ〜〜! 何故逃げるでござるか〜〜!? 拙者も混ぜるでござるよ〜〜!」
「待ちなさいよ〜! 私一人に、この二人を押しつけるんじゃな〜〜い!!」
「ど、どうしましょう横島さん!? お、追いつかれちゃいますよ〜!」
「逃げようって言ったの、おキヌちゃんやないか〜〜!?」
「ぬお〜〜〜っ! 狼の狩りから、そう簡単には逃げられぬでござるよ〜〜!」
「キツネの狩りからもよ〜〜〜!」
「ああっ、もう! こうなったら、とことんまで逃げ切ったる〜!」
「きゃっ!? わ、わ! 横島さん、すごいです〜!」
「あ゛〜〜〜!! お、お、お姫様だっことは何事よ〜〜!? しかも、なんか速いしっ!?」

「走りましょう、横島さん! どこがゴールかは全然分かりませんけど、とにかく走りましょう!」
「いや、走ってるの俺一人だし! ああっ、でもおキヌちゃん抱えてるとスピードが何だか上がっている気がする俺が悲しいっ!!」
「「「待て〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」」」


「めでたし、めでたし……なのか、これって?」
「いえ、私に聞かれましても………」by一文字&弓


 追記


 なお、しばらくしてからこの試合は伊達雪之丞の耳にも入った。が、弓の戦いぶりに関しては、
「アイツが怖い女だってのは、この俺がよ〜く知ってる」
 と、全く動じた風が無かった。
「大体な、アイツの親父さん自体が怖いんだよな。以前敵情視察で闘龍寺を偵察に行った時、うっかりガンたれちゃったらボコボコにされてな。おかげでしばらくの間あのオッサンを街で見かけたら逃げ回るハメになったし……娘の方は、あの頃は全然面識無かったから気付かなかったけどな。ハハ、ハハ、ハハハハ…………」

 今明かされる秘密。弓の実家・闘龍寺と雪之丞のかつての所属・白龍寺(白龍GSの母体)は、どうやら近所だった! しかも、寺同士で結構仲が悪かった!!


 あとがき

 お待たせしました、後編をお届けします。

 中編のレスで樹海様、kuma様、鍵剣様から手厳しいご批判をいただき、不用意な描写をしてしまったと反省しております。でも描いてしまった以上は責任を取らねばならないので、中編については一切文章の改訂をしていませんのでご了承下さい……あ、誤字脱字は別ですよ。
 弓や冥子に対するフォローについては、ちょっと美神にデウス・エクス・マキナ的な役割を押しつけてしまったかも知れません。でも、あれで意外と面倒見のいい美神さんが、あの状況を放置するとも思えませんので、彼女に動いてもらった次第です。

 突っ込まれると思うので先に言っておきますが、横島くんの“GSになって欲しくない”発言については、原作を読んでてチラッと気になったことを拡大解釈した結果です。おキヌちゃんの復帰第一戦で彼女が“自分が足手まといになった”と落ち込むのに対し、横島は“いてよかったろ?”と励ますシーン。これを見ると、横島にとって大事なのは彼女がそばにいる事それ自体であって、彼女のGSとしての能力については、あまりこだわっていないように思えるワケなのです。この後も、横島くんがおキヌちゃんの実力に対して何か言う事はほとんどありませんでしたし。

 おキヌちゃんの新能力(?)については……大真面目です。決して壊れネタではありません。原作の時点では絶対あり得ないでしょうけど、いりあすの前作『小鳩バーガーの(略)』の後だと、こういう能力に覚醒しても不思議ではないと思った次第です。


 あと……全国大会編は、プロット的に辛いかも知れません。できれば、他のSSも書いてみたいですし。それでは、この辺で。


 最後に、レス返しです。(一部、あとがきがレス返しを兼ねていますのでご了承下さい)


>長岐栄様
>横島がおキヌちゃんをどれだけ理解できているかに対して少し自信なさげですね
>その辺りとかが絡んでいるのかな乙女心は怖いですよ(きらーん

 もう一つの答えが、今回の横島くんの発言です。


>aki様、零式様
>アイテム一個で必殺の威力を持つニンニクチューブで無力化されるピートが実におも…悲しいですねw
>もし本番になったらどうなるんだろう?

 多分、全国大会では“相手選手のアレルギー体質を攻撃する目的でアイテムを持ち込んではいけない”とか、ルールが追加される事になるでしょうね。


>tito様
>横島君の戦闘力は6〜7割りってトコですかねー
>文殊の双剣を使ったフルパワーで攻めたら圧倒しそうですね

 いかに横島くんにフルパワーを出させないか、ここが筆者にとってもおキヌちゃんにとってもキーでした。


>T,M様
>いやー、いい勝負になってますね。ちょっと興奮しすぎて、手が震えてます。

 バトル描写に手が震えてくれると、書き手冥利に尽きますね〜。


>虚空様
>ちょっと読んでて気づいたですけど、横島て以外と戦力分析もできるですよね。
>それを考えれば横島は結構強いと思うですよ。

 原作の一年後ですからね、横島くんだってけっこう成長してると思いますよ。


>亀豚様
>『ちょとの希望・・・戦いなのに惚気初めてナニしたかを全部ぶちまけたりして(周りに人が居ることを忘れて・)そんなことになったら、それはもう横島くんには地獄・・・地獄よりコワイカモ!!!(惚気だけでなくアノ戦いのこともルシオラのことも言ってしまったりとか。)生徒達はどんな反応するのだろうか・・?』

 激しくブチまけてもらいました。どっちかっつーと、おキヌちゃんの方に。


>山の影様
>しかし思うんですが、この大会にMF文庫の風水学園や電撃ガオ!のHAUNTEDじゃんくしょんの面々が参加しても可笑しくはなさそうですね。

 筆者としては第一感、全国大会にうしとらの潮、真由子、小夜あたりが出てきそう……とか考えてましたw


>HEY2様
>しかし考えて見ると冥子が成長したSSって、ほとんどないなぁ。(自分の拙い記憶の知る限りは1作のみ)

 確かに、彼女の成長を描くのは難しいと思います。彼女について、果たして充分なフォローができたかどうか。


>仮面サンダー様
>手段を選ばず勝ちにいってるところや、愛子への情け容赦なしの攻撃なんか、非常に美神に通じるものがあります。伊達にファンやってませんね。

 弓さんって、どこか美神の劣化コピーみたいなところあると思うんですよね。
 おキヌちゃんや一文字さん、あるいは雪之丞との関わりが、その辺からの脱却に貢献してくれるかどうか、原作の読者としてもちょっと気になってたりします。


>ダヌ様
>ただこれが雪之丞にバレたら、一悶着ありそうですね。

 追記でちょっと無茶めのフォローをしてみました。


>スケベビッチ・オンナスキー様
>コーチャーを攻撃してはならない、と云うルールがあったのでしょうか。

 はっきり言って、ありませんでした。これは間違いなくルールの不備です。ただ、ルール上はともかくマナー上はかなり危険でしょう。


>pan様
>私も疑問に思ったのですが、横島の文珠は使用に際して規約による制限があったのでしょうか?

 試合前の持ち込みのみ制限されていました。試合中に作るのは自由です。

>彼らが全力で戦わなければならないほど彼女達は強いのでしょうか?
>だとしたら、アシュタロス戦で戦力にならなかったのはナゼ?

 彼女たちは“呼ばれなかった”のであって“戦力にならなかった”のではないと思ってます。
 横島達との実力差は、少なくとも学年上位陣については圧倒的と言うほど開いてはいなかったと判断しました。
 多分、100に対して70〜80ぐらいでしょうか。GS試験編の横島対雪之丞なんて、もっと離れていたと思います。

>冥子のプッツンが攻撃抑止力になっているようですが、逆にプッツンさせてしまえば横島達の勝ちなんじゃないのかと……

 分かっていても絶対やりたくない、そう思っちゃうものだと思いますね……冥子のプッツンについては。

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